駄々甘ママは、魔マ王さま。

清水裕

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第75話 ヨシュア、怒る。

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「うぅ、顔痛い…………」
「ヨシュア、大丈夫?」
「う、うん、何とか……」
「なら良かったけど……、それはそうとアホ。無理してわたしら危険に晒すんじゃないわよ!」
「ごめんアル~。久しぶりだったから加減分からなかったアル~~」

 顔を擦る僕の前で、プンプンに怒ったウィスドムさんがファンロンさんに怒鳴っている。
 怒鳴られているファンロンさんは困った風に謝っているけれど、力を使いすぎたからか少し元気が無いように見えた。

「ふ、ふたりとも、ちょっと落ち着こうよ」
『ダレダ、キサマタチハ!?』
『女だブー! 女がいるブーー!!』
『人間がイるぞ! 殺セ! 殺セ!!』
「うわっ!? モ、モンスター!!」

 2人を宥めようとする僕の背後から声が聞こえ、振り返ると……大きな両足だけで立つ犬さんと、苦い思い出のあるブタさんと、緑色の小さな人が立っていた。
 そのどれもこれもがちょっと気が立っているように見える。
 事実、武器を構えてこっちに近付いてきたし……。

「お肉アル、美味しそうなお肉があるアル! ウィス、ちょっと焼いて貰えないアルか?」
「……あんた、悪食止めたんじゃないの?」
「お腹が減りすぎて力が出ないアル。だから、これはきんきゅーそちアル」
「意味はわかんないけど……、まあ動けないんじゃ仕方ないか。『拘束』『炎』目標は『豚』」
『ブヒッ!? な、何か拘束されてるブー!? って、火!? 火だブー!! 燃える、燃え――――』

 突如襲いかかろうとしていたブタさんの足元から、蔓が飛び出すとブタさんを締め上げ……ブタさんを覆うようにして炎が巻き起こった。
 突然のことに驚いたのか、犬さんと緑色の小さな人が後ろに逃げ出した。
 そんな彼らを無視して、燃え上がって臭いにおいを放つブタさんが倒れると……ファンロンさんがそのお腹に齧りついた。

「もぐもぐもぐ……、うぅ、マズいアル……。やっぱり未調理された物はマズいアル……。でも仕方ないアル。えいようほきゅうのために仕方ないアル……」

 今にも泣きそうな顔をしながら、ファンロンさんは焼けたブタさんを食べる。
 その光景に、デカイ犬さんと緑色の小人は絶句しているようで動けていない。
 暫くそれを見ていると、食べ終えたファンロンさんの体力は回復したみたいだった。

「ファンロン復活アル! それとよしゅあ、戦い終わったらまたとろとろぱん食べさせて欲しいアル!」
「え、あ、はい……」

 両腕を上げて元気になったファンロンさんへと返事をしていると、何か嫌な感じがして……そっちのほうを向いた。
 何か嫌な感じがする男の人が立っていた。……だけど、それよりも僕は違う物に目が行っていた。

「え、うそ……あれって……何で?」
「よしゅあ? 如何したアル?」
「どうしたのヨシュア? あれは……いや、あれが、魔族?」

 僕の様子に気づいた2人が近付き声をかける。
 けれどその声は聞こえない。
 頭が混乱しているからだ。……なんで、何であれが……ここにあるの?

「ククッ、間違いない……! 龍の来訪で戸惑ったが、勇者が来るとは私にも運が向いてきた!!」

 そう叫びながら魔族は、僕に向けて握り締めた剣を向けた。
 そんな魔族に向けて、我慢出来ずに僕は叫んだ。

「何で、何でお前がママの持ってた【まおー剣ダークネス・フレイム】を持っているんだよ!?」
「え、ちょ、ヨシュア? 今、魔王剣……ダークネス・フレイムって言った?」
「答えろよっ?!」
「いや、だから答えて。答えてってばっ!?」

 隣でウィスドムさんが驚いた様子で声をかけてくるけれど、今は気にすることなんて出来ない。
 だって、ママが使っていたまおー剣だから、ママが死んじゃったから眠るママの隣に置いていたはずなのに!!

「そんなこと知るわけがないだろう? この剣は邪神様が私にお与えになったのだからなぁ!!」
「答えに、答えになってない! ちゃんと答え――――え」
「うわっ!? な、何でこれがここに!? まさか、龍のブレスの衝撃で飛ばされてきたのか?!」

 目の前の魔族にちゃんとした答えを求めようとする僕の前に何かがゴロゴロと転がり落ちてきた。
 それを見た僕は……頭が真っ白となり、魔族の方は驚いた様子を見せた。

「……マ、マ…………?」

 僕の前へと転がってきたそれは、首だった。
 しかも斬っただけじゃ満足していなかったのか、綺麗だった肌も切り刻まれて……髪も酷い有様となっていた。
 そんな元の顔がどんな顔だか分からない首……だけど分かる。これはママだ……。
 震える手で僕の足元に転がってきた首を両手で取る。

「どう、して……? ぼく、ちゃんと……埋めたのに…………」
「ヨシュア? ヨシュア、どうしたの!?」
「よしゅあ、しっかりするアル!!」

 ファンロンさんとウィスドムさんの声が聞こえる。
 だけど、返事を返す余裕がない。
 何で? ママが、何で? 埋めたのに、何で掘り返されてるの? 埋めたのに、埋めたのに、うめたのに……。

「チャ、チャンスだ……! クハハハッ、油断したな勇者! 死ねええええぇぇぇぇっ!!」
「!? 危ない! 『氷』『矢』『連射』!!」
「無駄だ無駄だぁ! 所詮は人間如きの力で、私を止められるものかぁ!!」

 笑いながら魔族は僕へと近付いてくる。
 そんな魔族へとウィスドムさんが無数の氷を撃ち出すけれど、効果が無いようだった。
 けど、そんなことはどうだって良かった。

 …………。

「…………さない」
「よ、しゅあ……?」

 黒いドロドロとした何かが、心に溜まっていくのが分かる。
 目の前の魔族に、この溜まっていくのをぶつけたい……いや、ぶつけないと。

「ゆる、さ…………ない」

 ゆっくりと僕は立ち上がると、剣を構えた。
 そして、力を込めて僕は――叫んだ!!

「ゆるっ、さないっ!!」

 直後、僕の体に力が漲った。
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