駄々甘ママは、魔マ王さま。

清水裕

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第59話 ヨシュア、料理を作る。

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「あの、ちょっと良いですか?」
「ゆ、勇者様っ!? この様な場所にどうなされたのですか?」

 厨房に顔を少しだけ出しながら、僕は中へと声をかける。
 すると、コックさんが僕に気づいて驚いた声を上げた。
 そしてその声に釣られるようにして、他のコックさん達も入口に顔を向けてくる。
 集中する視線に、何と言うか恥かしい気持ちになるけれど……僕は勇気を振り絞る。

「勇者様、どうされましたか? 何か食べ物に不満でもあったのですか?」

 僕が勇気を振り絞り正面を見ると同時に、コックさん達の中から一番帽子が長いコックさんが出てきた。
 もしかしたら、騎士団長さんみたいに偉い人……なのかな?
 っとと、考えてたらダメだよね? 言うことを言わないと。

「食べ物に不満は無いです。何時も美味しいご飯をありがとうございます」
「ははっ、ありがとうございます。そう言って貰えるのが料理人冥利につくものです」
「それで……今日はお願いがあって来ました」
「ほう? なんでしょうか?」
「あの、ぼ……僕に、料理を教えてくれませんかっ!」

 僕は、厨房に響き渡るように言った。料理を教えて欲しいという理由も……。
 それを聞いて、コックさん達は納得したように頷き合った。

「なるほど……。昨日から全然食べ物が減らなかった理由はそれでしたか。良いでしょう、簡単な料理ですが教えさせていただきます」
「あ、ありがとうございますっ!」
「いえいえ、お礼などはいりません。さあ、早く作りましょう」
「はいっ!」

 一番偉いコックさん……コック長さんに教えて貰いながら、僕は料理を作り始める。
 けれど、初めての料理という事と、作った物が軟らかすぎたために……何度もひっくり返す時に崩れてしまったり、焦がしたりした。
 だけど……何度も失敗して、不恰好ながらもようやく料理は完成した。
 それを周りのコックさん達が温かい眼差しで見つめてくれていて、最後にコック長さんが……。

「勇者様、上手に出来なくても良いのです。その人のために想いを込めるのが良いのです」
「ありがとうございました。その、いってきますっ」
「いってらっしゃいませ。……さあ、仕込みの続きをしましょう!!」

 僕は出来上がった料理を持って、厨房を離れ……暫く歩いて、ある部屋の前へと立っていた。
 すぅ、はぁ、と息を吸って吐いてから、ノックする。

 ――コンコン。

 ――ぺたぺたぺた…………。

 ノックに気づいたのか、部屋に居る人はゆっくりと扉の前へと近づいて来ているようで、歩く音が聞こえる。
 そして、暫くすると具合が悪そうな声が聞こえてきた。

「だ、だれアルかぁ…………?」
「あの、僕です。ヨシュアですけど……、ファンロンさん。大丈夫ですか?」
「よしゅあアルか? 如何したアルか……?」

 僕だって分かったからなのか、ファンロンさんが扉を開けて顔を見せる。
 けれどその顔は、元気かと聞かれたら具合が悪いって言いたくなるような、青白い顔をしていた。
 僕が騎士の人達の手を借りてスライムを倒してた時も具合が悪そうだったけど、先程よりももっと具合が悪そうだった。
 やっぱり、食べても吐いちゃうから、元気が無いんだろうな……。

「えっと、ご飯を作ってきたのですけど……食べますか?」

 心配そうにファンロンさんを見ながら、僕は料理が載ったトレーを見せる。
 僕の持つトレーを見て、一瞬瞳を輝かせたけれど……、申し訳なさそうな顔に戻った。

「駄目アルよ……。ファンロン食べたらきっと、また吐いちゃうアル……。そうしたら、よしゅあに申し訳ないアル……」
「大丈夫ですよ。ファンロンさんは具合が悪い。だから、僕は怒りません」
「…………わかった、アル……。じゃあ、中に入って欲しいアル」

 そう言って、ファンロンさんは僕を部屋の中へと招いた。
 ファンロンさんの部屋は僕の部屋と同じ感じだった。多分、ウィスドムさんの部屋も同じなんだろうなぁ。
 そんな事を思いながら、僕はファンロンさんが座った椅子の前のテーブルへと作ってきた料理を置く。

「えっと、初めて作ったから……美味しくないかも知れませんけど、どうぞ」

 料理の蓋を開けると、フワっと甘い香りが周囲に漂ってくる。

「甘い匂いアル……。これは、何アルか?」
「これはコック長さんに教えて貰った料理ですけど、栄養満点トロトロパンです」

 僕が作った料理、それは柔らかいパンを輪切りにしてたっぷりの蜂蜜とミルク、卵を混ぜた物にじっくりと浸して、凄く軟らかくなった物を低温で温めたフライパンでじっくりと焼いた料理。
 失敗した物を僕も食べてみたけれど、口に入れた瞬間……トロ~っと溶けて甘い味わいが口の中へと広がっていった。
 この食べ物は初めて食べたけど……ケーキみたいに生地がふんわりとしていない分、トロッとした染み込ませた液の甘みが強く感じることが出来た。

「美味しそうアルね……。けど、食べれるか不安アル……」
「そう、ですか……」
「でも……、よしゅあが作ってくれたから、一口だけでも食べてみるアル」
「わ、わかりましたっ。えっと、それじゃあ……あーん、してください」

 まるで決死の覚悟、と言った感じに言うファンロンさんに僕も緊迫してしまいながらも……、トロトロパンをひとつフォークで刺すと、ファンロンさんへと持っていく。
 すると、ファンロンさんは……顔を真っ赤にしながらモジモジとしていた。

 ……どうしたのかな?
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