駄々甘ママは、魔マ王さま。

清水裕

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第3話 ザッコ、胃痛に悩む。

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 鳥が軽やかに鳴き、雲ひとつ無い青空から降り注ぐ朝日を受けながら、自分は体格に見合わない優雅な朝のティータイムをしているッス。
 ちなみに体型に見合わないというのは簡単に言うと自分ガチムキな純粋な悪魔だからッス。
 けどそんなのは関係ないッス。今はただのんびりとするにかぎるッス。

「……ふう、良い朝ッスね~」

 暢気にそう言いながら自分はお茶を啜ると……初摘みのお茶は仄かな苦味と酸味を出し良い味であり、芳醇な香りもするッス。
 こんな素晴らしいお茶を飲めるのだから、とんでもないことが起きる可能性は低いはずッス。
 そう思いながら自分は、側に控えていた侍女によって注ぎ直されたカップに満たされたお茶を口の中へと含んだッス。
 直後、自分の頭へと主である魔王様が念話を届けてきたんッスよ。

『あ、ザッコくん、聞こえるぅ? 多分今日、小生意気な幼女神が結界を通り抜けてヨシュアを勇者に覚醒させると思うから、手筈通りよろしくねぇ~♪』
「ぶふーーーーぅ!? い、いきなりッスね!? 魔王様だったら神の動向ぐらい分かるッスよねぇ!? というか、本当にやるんッスか!? ヨシュア君、すっごく泣きませんかぁ!?」

 口に含んだお茶を噴出し、汚い霧を創りながら自分は勇者の母親リリーと呼ばせている魔王リリエール=ナイトメア様へと返事を返す。
 当然魔王様からの返事は無いッス。言うだけ言ってシャットアウトッスね。
 そして、そんな自分の様子を周囲に控えたサキュバスやワーキャット、ワーウルフ、アラクネなど様々な種族の侍女たちが気の毒そうな表情で見ており、その視線に気づくと皆口を揃えて……。

「「……旦那様、頑張ってください…………」」

 と言って、労わるようにして頭を下げてきたッス。
 ……彼女たちは自分がこの屋敷に暮らすときに雇い入れた者たちやその娘たちなので、自分が行わされていた魔王様の無茶振りを間近で見ていた者たちであるッス。
 あるときはヨシュア君が嫌な夢を見たからと言って、悪夢を食べる神獣である夢喰いを掴まえて来いと言われたこともあったッス。
 頑張って見つけて捕獲したら、『私がギュッと抱きしめて寝てたら、悪い夢が何処か行っちゃったみたいなの』と嬉しそうに夢喰いを持って家の近くの森に待機していた自分にそう言ってきたッス。
 夢喰いは今現在自分の屋敷のペットとなっているッス。
 また、あるときはヨシュア君の誕生日だからケーキが欲しいと言って来たので、最高級の素材を揃えて侍女たちと共に作ってそれを素早く届けたりもしたッス。
 家の中に送り届けようとしたら、何時もの場所でひったくるように取られたッス。
 魔王様が『遠くから見ても良いけど、間近で会ったら泣いちゃうじゃないの』と言うからだ。というか、自分デーモンロードでモンスターッスからね……。
 ちなみに自分は結局ヨシュア君とは一度も直接会ったことが無いッス。

「ちなみに旦那様、いったい今度は何を(やら)されるのですか?」
「キミたち、魔王様に聞こえているかも知れないのに、平然としているって度胸あるッスね……」
「わたくしたちは魔マ王様とはママ友なので、大目に見てくれています」
「「ねー♪」」

 そう言って、侍女頭のサキュバスさんが言うとフレンドリーに他の子持ちの侍女たちが示し合わしたかの如く頷きあう。
 ナニソレ、羨ましいッスよ?
 あと運が良いことに雇い入れている侍女たちは美人ばかりだと自分は思うッス。だから、頷き合う姿が可愛らしくて微笑ましいッス。
 まあ、自分、男なのでママ友とか無理ッスけどね……。
 あと何だか魔王様の呼び方変じゃ無いッスか? 気のせいッスかね?

「それで、何をされるのですか? 魔マ王様は何も教えてくれないので」
「……簡単に言うと、自分が建設したあの家を壊して、ヨシュア君を襲いなさいってことッスよ」
「「「え……、旦那様死ぬ気ですか?」」」

 信じられない、そんな表情をしながら侍女たちは口元に手を当てて、自分を見るッス。
 一瞬空から『うわ、わたしのねんしゅうひくすぎ』とか訳のわからない声が聞こえた気がするッスけど気のせいッスね。
 ……うん、正直これから行う行為は、自分でも自殺行為だって思っているッス。
 だって、あの家は今現在の魔王様にとっての聖域であり、ヨシュア君は今の魔王様の全てッスから。
 それなのにその聖域破壊して、勇者となったヨシュア君を殺す気で襲えって……死にに行くようなもの、いや自殺しに行くものッスよ! 誰か変わってくれるなら喜んで変わってあげるッスよ!!

「皆の思っていることは理解出来ているッスよ。自分もそう思っているッスから……けど、魔王様の指示なんだから仕方ないッスよ……はぁ」
「け、けど、魔マ王様も何か考えがあってですよね……?」
「…………演出だそうッスよ」
「は?」
「え、演出……ですか?」
「魔王様、ヨシュア君を庇って自分の攻撃を受けるそうッス。それで自分の攻撃で事前に用意していた血糊をブシャーッと撒き散らして、もう助からないって見せるそうッス」
「は、はあ……?」

 ああ、これからのことを考えると胃が痛いッス。だから、彼女たちにもこの心労を分かち合って貰うッスよ。
 なので、計画の全部をぶちまけるッス。

「勇者と覚醒したけどまだ弱い勇者のヨシュア君に外の世界を見せるために、母親リリーは死んだことにするそうッス……。
 で、十分に強くなったヨシュア君を前に魔王リリエールとして会おうと考えているそうッスよ……。そのとき自分に言った言葉が『一度死んだと思ってたママが、魔王として現れる……、そこから始まる衝撃な展開! 最高よねぇ♪』ッスよ……。しかもうっとりしながらッス」
「そ、それは……何というか、すごいことですね……」
「行かなかったら、魔マ王様はお冠。行ったら行ったで条件次第で旦那様が酷いことになる……八方塞ですね」

 とんでもないことを要求していると理解しているのか、侍女たちも目を反らしながら言う。
 本当、行きたくないッスよ。けど、行かないと本当に怖いッスからね……。
 まあ、頑張るしかないッス。

「それじゃあ、ちょっと行ってくるッス。とりあえずは……回復要員は待機させておいて欲しいッスよ」
「「「いってらっしゃいませ、旦那様。無事に帰還することをお祈りいたします」」」

 自分が覚悟を決めて立ち上がると、侍女の皆が一斉に頭を下げ自分を見送るッス。
 はあ……、頑張るしかないッスよね。ほんとう、がんばるしか…………。


 ―――――
 ・豆知識
 【まおー剣ダークネス・フレイム】
 正式名称:魔王剣ダークネス・フレイム
 特徴:魔王のみが持つ『火』属性の剣。振ると黒い炎が上がり、斬られた相手は燃え上がる。
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