悪役令嬢諸国漫遊記

清水裕

文字の大きさ
上 下
34 / 37

第二十四話 悪役令嬢、ダンジョンへと向かう。1

しおりを挟む
 薄暗い中、石造りの階段をしばらく下りていくと上の方で何かが動く音が聞こえました。……多分、ホムンとクルスがこの階段に繋がる道を閉じたのでしょう。
 あの場所に戻る事は叶わないと感じながら、ゆっくり、確実に下へと一段一段階段を下りていきます。
「……それにしても幸運でしたね」
 辺りは静かだから不安を感じていると思ったのか、カエデがぽつりとわたくしへと話しかけて来ました。
 幸運、本当に幸運でした。絶体絶命のところで壁が開き、わたくし達はホムンとクルスが眠る拠点に入る事が出来たのですから……。
 ですが……、
「あれは偶然、だったのでしょうか? 追われていたのは本当の事でした。この事態に巻き込まれた事も偶然です。ですが、あの壁が開いた事……それは偶然ではないとわたくしは思いますよ」
「え? それは、どういう事ですか?」
 わたくしの返答に対し、カエデは驚いたような声で聞いてきます。
「これはわたくしの想像ですが……、わたくし達を見ていた者が何処かに居たのかも知れません。そしてわたくし達が逃げている場所の一番近くにあった拠点を開いて、わたくし達を助けたと思っています」
「それって……、ですが私でも気配が読む事が出来ない相手なんて……」
 わたくしの言葉とホムンとクルスとの会話でわたくしが言いたいことを、もしかしたらあの状況を助けたと思われる人物をカエデも理解したようです。
 同時に気配が読めなかった事にショックを受けているようですね。
「とりあえずはダンジョンに向かえば、わたくし達を助けた理由が分かると思います。ですから、今はダンジョンに向かいましょう……っと、ここが一番下みたいですね」
 階段が途切れ、一番下へと辿り着くとなぜか周囲は重苦しい気配を感じ……ゾワゾワとした嫌悪感が溢れてきます。
 何でしょうかこの感覚は? それに、地下だとしてもこの雰囲気は変です。
 そう思いながら前に進もうとしたわたくしをカエデが手で制止しました。
「カエデ?」
「気をつけてくださいお嬢様。前から何かが近づいてきます」
 そう言いながら鞘に手をかけるカエデに対して、わたくしも前を見ます。
 すると、前から妙な音が響いてきました。……こう、ポミョンポミョンと、ゴスンゴスンという音です。
 この音はいったい? そう思いつつ前を見ていると、薄暗い道の先から青と赤の半透明の物体が近づいてくるのが見えました。
 薄っすらと見えていた青と赤のそれらは近づいてくることでようやく何であるかを理解しました。
「これは……? スラ? けど、何か違うような……」
 スラ――それはこの世界での雑魚モンスターと呼ばれるタイプのモンスターで、薄い青色のプルプルとした少し硬いゼリーのような見た目が特徴的なモンスターです。
 ちなみに核となっている場所を潰せば簡単に倒すことが出来るモンスターですから、雑魚らしいです。
 当然わたくしも見たことはあります。……が、倒したことがありません。貴族令嬢ですからね。
 ちなみに彼もスラを見ていた時に『本当は名前をちゃんとスライムにしたかったけど、色々と権利が絡んでストップが来たから……イムは取ってスラにしたんだ……権利怖い』と遠い目をしながら呟いていました。いったい、どういう事でしょうね? 
 そんなことを言ってたのを思い出しつつ、目の前の青色と赤色のスラを見ますが……普通に見かけるスラと違っていますね。
 青色のスラは普通のものよりも柔らかそうな反面、弾力があるのか先程から弾むようにこちらへと移動しています。
 一方で赤色のスラは一言で現すと硬そうですね。見た目も丸ではなく少し台形に近い形でゆっくりと進むようにゴスンゴスンと移動していますし……もしかして重い?
「この通路はしばらく使っていなかったようですから、モンスターが出てきたのでしょうか?」
「どうなのでしょう? とにかく、先に進むために倒します」
「わかりました。ですが通路を壊さないように」
 普通の地下通路にモンスターが出てくることにわたくしは疑問を抱きつつ、刀を構えながらスラ達と対峙するカエデへと激励します。
 するとスラ達はわたくし達がどういう行動に出るかを待っていた。とでもいうように行動を開始しました。
 青色のスラはポミョンポミョンと地面を跳ねると、段々と速度が速くなり始め……天井へとボニョンと当たり、弾むようにして地面に戻り、そこから角度を変えたのか壁に当たり、と通路を塞ぐかのように縦横無尽に弾み始めます。
 対する赤色のスラは先ほどからこちらを窺っていた場所から移動をしていないように見えます。青色のスラを先に動かしたといったところでしょうか?
「――っ!! お嬢様っ、左に跳んでください!!」
 そう思っていた瞬間、カエデの大声が上がり言われるがままに左へと跳びました。
 すると、先程までわたくし達が立っていた通路の真ん中を赤い軌跡が通り過ぎました。
 そして――ゴッ! という音がわたくし達が降りてきた階段の一番下に聞こえ、振り返ると赤色のスラが階段にめり込んでいました。
「これはいったい……?」
「分かりません……。こちらに来る気配を感じたので叫びましたが、あれが何をしたのかはまったく」
 驚くわたくしに対し、カエデは申し訳なさそうに言います。ですが、彼女が言わなければわたくしはあの赤スラの突進を受けてしまうところでしたね。
 そう思っていたわたくしの耳へとボミョンボミョンと跳ねる音が聞こえ、そちらを向くと青色のスラがこちらに跳ねてくるのが見えました。しかも、通路の石壁に当たる威力が先程よりも強く感じられます。
「あっちの青色のスラは、跳ねるたびに威力が強くなっていくみたいですね」
 一方で赤色のスラは何をしてるのかはまだ分かりません。
「カエデ、貴女が戦うならどちらが良いかしら?」
「両方まとめて倒せます」
 わたくしの問い掛けに彼女は迷わず答えますが、却下です。
「ダメです。貴女なら可能だと思うけれど、自分を過信しては駄目よ?」
「……では、青色のほうを私がやりますが……、赤色の方は大丈夫ですか?」
 大いに不満である。そんな雰囲気を醸しながらカエデはわたくしへと言います。
 なのでわたくしは不敵に笑い返します。
「任せなさい」
「お任せします。ですが無茶はしないでください。……あ、お嬢様」
 わたくしの言葉に従ってカエデは恭しく頷きましたが、思い出したように声をかけてきて、振り返ると彼女はメイド服のスカートを捲り上げました。
 白く綺麗な太ももをわたくしの視界に晒しながら、彼女は股間に近い辺りの太ももに巻かれた留め具から小さいナイフを取り出しました。……その際、彼女の下着が見えましたが……未だにフンドシですね。
「……いい加減、ちゃんとした下着を穿かせないといけませんね」
 ボソリとわたくしが呟くと、一瞬ビクリと震えた気がしましたが……気のせいにしておきましょう。とりあえず下着選びはこれが終わってから機会があればで良いでしょう。
「こちらをどうぞ。お嬢様が護身用として用意していた武器は馬車に置き去りとなっていますので」
「そういえばそうね。それじゃあ、ありがたく使わせてもらうわ」
 彼女の言葉でようやくわたくしは魔法が使えたとしても、武器を持たない丸腰であることを思い出しました。
 魔法だけで戦うという方法もあるにはあります。ですが、魔法は使う度に自身が窮地に陥るものだとわたくしは思っているので、極力使おうとは思いません。
「まあ、必要と思ったら使いますけどね。……お待たせしました。それでは、やりましょうか」
 魔法は切り札。そう思いながら、わたくしはナイフを構えると今まで待っていてくれた赤色のスラへと対峙します。
 一方でカエデも壁を跳ねる青色のスラと対峙していますね。
 そう思いつつ赤色のスラと対峙すると、待っていてくれたとでもいうようにその場でドスドスと跳ねてからわたくしをジッと見ます。
 いえ、どちらかというと見ているのではなく……先程と同じようにしようとしているのでしょう。
 ですがアレだけの威力の突進、どうやってしているのでしょうか?
 まったく動いていないように見えるのに……。
「っ!」
 そう思っていた瞬間、ジッと赤色のスラを見ていたお陰か突進するのが見え、急いで回避をします。すると赤色のスラは先程までわたくしが立っていた背後の壁に体をめり込ませ、ごろんと石畳の床へと落ちました。
「やはり危ないですね! ――っ、これ、硬い!?」
 避けたけれども先程の突進にドキドキしながら、わたくしは地面に転がる赤色のスラへとナイフを振り下ろすように突き刺しました。
 ですがナイフはある程度赤色のスラの体へと刺さりましたが、途中で止まると少しずつ内側から弾かれるようにして刀身が上がってきました。
「くっ!? 普通に突き刺すだけじゃ、駄目みたいですね……」
 跳ね上がったナイフを再び構えながら、わたくしは呟き赤色のスラを間近で見ていました。
 でも、すぐには行動には移らないのは何故でしょうか?
 そんな疑問を抱きながら、わたくしは再び距離を取って赤色のスラと対峙しました。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

公爵令嬢エイプリルは嘘がお嫌い〜断罪を告げてきた王太子様の嘘を暴いて差し上げましょう〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」 「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」  公爵令嬢エイプリル・カコセクナイトは、新年度の初日に行われたパーティーで婚約者のフェナス王太子から断罪を言い渡される。迫り来る魔女裁判に恐怖で震えているのかと思われていたエイプリルだったが、フェナス王太子こそが嘘をついているとパーティー会場で告発し始めた。 * エイプリルフールを題材にした作品です。更新期間は2023年04月01日・02日の二日間を予定しております。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

処理中です...