悪役令嬢諸国漫遊記

清水裕

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第十五話 悪役令嬢、聖女(笑)と口論する。

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 孤児院で寝泊りをするようになってから2日が経ちました。
 この2日間の間に屋台広場で孤児院の子供達が手伝いを行い、その報酬として食べ物を貰う事が出来るようにウオお爺さんと相談してどちらも困る事が無いよう話し合いが行われ、孤児達を働かせる事が出来るようになりました。
 3日目の朝、わたくしは定時報告を兼ねて風を利用して行う通信用魔道具を使って、通信役を買って出ている人物と話をしていました。
 あの人はデンワと呼ばれる物を創ろうとしてたみたいだけれど、上手くは行かず今はこれが精一杯という事で落ち着いたのがこの魔道具だった。
 そんな事を考えながら、母国の話を聞いているとお馬鹿さん達は面白い事をしていたようでした。
「そう。面白い……ふふっ、あのお馬鹿な脳筋お兄様は悦んでシロップ漬けの蛙の卵を食べたのね?」
『はい、会頭の予想を上回るバカっぷりでした。万が一それを作ったら著作権違反として訴えるつもりだったのですが』
「無駄になってしまいましたわね、それ……。他に面白い事は?」
『面白い事ですか? ……ああ、ちょっと腹立たしかったことがひとつ。先日、頭のおかしな女性が紹介に乗り込んできたので、私が応対したのですが……人の事を【こうかんどチェッカー】と言い抜かしました』
「なるほど……。とりあえず彼女は生涯出入り禁止にしてあげてください。それとムフェル様達は1回問題を起こしたら出入り禁止です。多分、そろそろお兄様がそちらにお金を要求しに――」
 言い終わるよりも先に、通信魔道具の向こうでどたばたという音とお馬鹿なお兄様の声が聞こえました。
「……来ましたね」
『来ちゃいましたね。では会頭、またのご連絡をお待ちしております』
「ええ、また。それじゃあ、頑張ってくださいね」
 そう言って向こうの通信が切れ、わたくしも魔道具に送っていた魔力を止めます。
 しかし、色々と面白い事になっているみたいですね。
 先ほど聞いた母国……というかムフェル様達の状況を思いながらわたくしは笑みを浮かべます。
「まあ、すぐに戻るつもりはないのですけどね」
 呟きながら外を眺めると、外へと出て行く子供達の姿が見えます。
 屋台広場の手伝いの時間みたいですね。
 そう思いながら彼らを見ていると、セージョさんの姿が見えました。彼女もわたくしに気づいたようで少し恥ずかしそうにしながらも手を振ってきました。なので軽く手を振り返します。
 それが嬉しかったのでしょう。彼女は先程よりも嬉しそうに歩き出しました。
 少しは心を開いてくれた……のでしょうか?
 だと良いのですけどと思いつつ、外を見ていると彼女達の後ろをこっそりと尾行するチンピラの姿が見えます。……が、わたくしが見ている事に気づくと頭を下げてきました。
 見た目から性格が悪そうに見える彼らですが、トロコスさんが寄越した護衛のようですね。
 そう思いながら彼らが歩いていくのを見届けると、部屋の扉が叩かれました。
 どうぞ、と言うと中へとカエデが入ってきて、恭しくわたくしへと頭を下げます。
「失礼します。お嬢様、彼が戻ってきました」
「ご苦労様、カエデ。それじゃあ会いに行きましょうか」
「はい、彼は院長室に待機してもらっています」
 カエデの言葉を聞いて、椅子から立ち上がると部屋を出て廊下を歩き、院長室へと入ります。
 すると中には黒尽くめの男が立っていました。
「こんにちわ、怪我の具合はどうですか?」
「ああ、特に問題はない。……聖女様に感謝を」
 そう言って彼は聖女を称える為のポーズを行います。まあ、この場合聖女といっても聖女(笑)ではなくちゃんとした方ですけどね。
 それをしばらく見届けてから、わたくしは近くの椅子に座り、相手にも座るように促してから尋ねる事にしました。
「……それで、教会の方はどうなっていましたか?」
「一言で言うならば、大混乱……だな」
「でしょうね。だって突然の聖女様だけが開ける事が出来るという扉が輝き、聖女様が力を使ったという事が明らかとなった。それなのに、同じ時間帯に聖女さま(笑)は力を使った様子などまったく無かったのですから」
「お陰で教会にいる聖女さまが本当に聖女なのかと疑問視する声が出てきたし、オレ達暗部に本物の聖女を捜すべきだと言う指示も出はじめた」
「けれども、聖女さま(笑)を囲っている派閥がそれを握り潰しているといったところでしょうか? もしかしたら、それを言った者を秘密裏に始末しろとか出ています?」
 わたくしが尋ねると、彼……確かアサシンと名付けられている男は目を反らしました。
 ああ、聖女さま(笑)は言ってないけれど、その派閥のボスが言ってるんでしょうね。
「とりあえず、匿名かそれともその派閥だけじゃない完全な暗部のボスに相談してみるべきですね。でないと恐ろしい事になりますよ?」
「……わかった。それと教会の聖女さまが聖女じゃないと言われている事に腹を立てているようだった。どんな言葉を喋っているのか分からないが……苛立ちながら喚いていた」
 アサシンはそう言って、あのような人物を敬愛していただなんてという落胆を滲ませた表情をしました。
 まあ、恋は盲目と言いますし、狂信者も同じ様なものですよ。
 そう思いながらも、喚いていたという聖女さま(笑)は次に何をするか。そう訊ねるならば……そろそろ、でしょうか。
「アサシンさん、教会を離れるつもり……あります?」
「どういう意味だ?」
「簡単に言うとここで暮らしてシスターの手伝いをするか、それとも金貸しのチンピラ業務に腕を売り込むかと言ってるんですよ」
 正直、彼はこのまま教会に居ても碌な未来が待っていないと思いますし、どうせなら本当の聖女様の近くに居させた方が良いと思うんですよね。
 その問いかけの意味を理解していないのでしょう、彼は眉を寄せながら胡散臭そうにわたくしを見ます。
「まあ、考える時間は一応はあります。今は悩むだけ悩んでくださいね。……けど今はこちらの方を最優先にした方が良いでしょう」
 言いながらわたくしは立ち上がるとドアへと歩きます。
「カエデ、出かけますから着いて来てください。アサシンさん、あなたもです」
「かしこまりました、お嬢様」
「あ、ああ……」
 わたくしの言葉にカエデは頷き、アサシンさんは戸惑いながら頷き……二人を連れて出かけます。
 向かう先は屋台が立ち並ぶ広場です。

 ●

「あんたっ! アタシを馬鹿にしてるでしょ!!」
「え、あ……あの、わたし、なにもしてな――「黙んなさいよ!!」――ひぅっ!」
 屋台広場に近づくに連れて、キーキーと煩い雄叫びのような罵声が聞こえてきます。
 声が聞こえる場所を囲むようにして町の人達が何事かと集まっており、それらを通さないように神官と騎士が立ちふさがっていました。
『なんだなんだ? 何があったんだよ?』
『何か聖女さまが孤児に突然掴みかかってきたんだよ』
『おい、あの子って……聖女さまの』
『言うな。言った奴が最近見かけないんだから黙ってろっ!』
 そんな町の人達の声が聞こえる中、わたくしはズンズンと歩いていく。そんなわたくしをちらちらと見る者達がいますが無視しましょう。
 そして、人が密集している辺りまで辿り着くと、すぅ……と軽く息を吸い込み、正面を見据えながら口を開きました。
「――お退きなさい」
 キン、と氷のように鋭い声は周囲の喧騒に搔き消えそうな声は周囲に響き渡り……言葉通り周囲が凍り付いたように静まり返り、静寂が生まれます。
 そして、わたくしに気づいた者達が歩み進んでいくわたくしに道を譲るかのように脇へと下がっていきました。
「ありがとうございます。……貴方がたも退いてくださいませんか?」
「そ、それは……」
「あら? 聖女さまに言われたから退くことは出来ないと言うのですか? 面白いですわね、貴方がたが敬愛する聖女さまは自分と瓜二つの顔を持つ孤児を甚振るのが趣味だと言うのですか!?」
 周囲に聞こえるようにわたくしは大袈裟に驚きます。すると何名かは初めて知ったといわんばかりに息を呑む気配がしますし、知っているものは複雑そうな顔をしていました。
 ですが、この聖女さま(笑)はおいたが過ぎたのでちょっと懲らしめないといけません。
「もう一度訊ねましょう。貴方がたはこのような何もしていない孤児の少女を甚振り、我が侭しか言わない傍若無人な子供を好き勝手にさせると言うのですか?! そうでないのならば、今すぐ道を開けなさい!!」
『『『っっ!!』』』
 気迫を込めて彼らへと言うと、気圧されたのかビクリとしながら下がりました。
 そして、恐る恐る左右へと退きます。
「それで良いのです」
 彼らに聞こえるか聞こえないか程度の声で呟き、ゆっくりと歩き出します。
 すると先ほどからの声が聞こえていたのでしょう。怯えて縮こまるセージョさんの前で聖女さま(笑)をしているアージョさんが顔を引きつらせながらわたくしを見ていました。
「パ、パナセア・F・フロルフォーゴ……」
「生憎ですが、わたくしのミドルネームは”F”ではなく”S”ですので」
「そ……そんな事はどうでも良いのよ! 何しに来たのよ!!」
 わたくしを見ながら、アージョさんは怒鳴り声を上げます。ですが、怯えて威嚇しているようにしか見えません。
 そんな彼女へとわたくしは一歩一歩足を前へと出し始めます。
「っ! な、なによ? ア、アタシに何かするつもりなのっ!? あんた達、アタシを助けなさいよっ!!」
 自分に危害を加える。そう思ったのかアージョさんは傍観する神官と騎士達へと叫びます。そんな彼女を無視してわたくしは前へと進みます。
 近づいてくるわたくし、助けに来ない神官と騎士達。
 それに恐怖の限界が来たのでしょう……。
「こ、来ないで、来ないでよぉ!! ひ――ひぃ!!」
「大丈夫ですか、セージョさん。悪くないのに悪く言われ続けて……恐かったでしょう?」
「パ、ナセア……さま……」
 しゃがみ込んだアージョさんを無視し、怯えて縮こまるセージョさんへと両膝を地面に付けながら優しく声をかけると……彼女はようやくわたくしに気づいたようです。
 アージョさんに色々と言われて、恐怖に自分の殻に入ってたのでしょうね……。そう思いながら、顔を上げた彼女をやさしく抱きしめ、頭を撫でました。
「あ…………。うぇ、うぇぇぇぇぇ……っ!」
 すると、わたくしに撫でられたことでようやく暴言を掛けられ続けていた状況から抜け出せたことに気づいたのでしょう、セージョさんは目に涙を浮かべ……わたくしに抱きついて顔を歪めながら泣き出しました。
 そんな彼女の背中を優しく撫でますが、ますます力強く泣き声を上げました。
 まあ、今は泣くだけ泣いてくださいね。そう思いながら彼女を撫で続けていると、恥を搔かされた事に腹を立てたのかアージョさんがわたくしを睨み付けます。
「アンタ、よくも……よくもぉ!!」
「あら、まだ居たのですか? このまま尻尾を巻いて逃げたら良かったのに」
 躾がなっていない子供を見るようにわたくしは呆れたように溜息を吐きつつ、アージョさんを見ます。
 するとそれが癪に触ったのか、彼女はますます怒ったように顔を真っ赤にして睨みつけました。
「パ、パナセアァ……!! あんた達、この無礼者を捕えなさい!!」
「で、ですが……」
「聖女の命令が聞けないというのっ!? こいつはアタシを馬鹿にしたのよ!? だったら教会を馬鹿にするのと同じ事よっ!!」
「それは……、そう……ですが」
 周囲の街の人達の視線があるからか、神官や騎士達は手が出せないようです。ですが、それを分かっていないようでアージョさんは早くしろとキーキー喚き続けます。
 仕方ありませんね。でしたら、とっととご退場願いましょうか。
「えっと確か……ん、んっ、あー……あー……こうですね。『聖女さま、はやく帰ったほうがいいのではなくて?』
『っ!? あ、あんた、何で日本語が喋れるのよ!?』
『ふふっ、何故でしょうね? まあ、これがどういう意味か分からないあなたでも無いでしょう?』
 ああ、にほんごって言うんでしたね。一応喋れるよう訓練をしましたけど、少し拙い様に感じられます。
 ですが、にほんごを喋ったという事が彼女にとっては衝撃的だったようで、信じられないと言わんばかりにわたくしを見ています。
 一方、わたくしが発したにほんごは神官達や町の人達に聞こえていたようで様々な声が聞こえて来ました。
「な、なんだ、あの言葉は? 聞いた事が無いぞ!?」
「ああ、いろんな国から船が来るけど、これは聞いた事がないな」
「そ、そんな、あれは……聖女様のみが喋れると言う聖句!?」
「「な、なにぃ!?」」
 なるほど、アージョさんは自分が聖女だから、時折喋っていたにほんごを聖句という事にしたのでしょうか。それとも、この世界の人は喋れないし聞き取れないそれをプロパガンダにした者が居るか……ですね。
 ですが、それをわたくしが喋った結果、聖句ではない。もしくはわたくしが聖女かも知れないと思ってしまいましたか?
 ……正直面倒ですね。まあ、如何にかなると思っておきましょう。
 そう思っていると、青ざめた表情でアージョさんは立ち上がるとフラフラと神官と騎士達の下へと歩いて行きました。
「せ……聖女様?」
「か、帰るわよ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわよ!! だから帰るって言ってるのよ! 早くしなさいよこの愚図どもっ!!」
「「はっ、はいっ!!」」
 怒鳴り声にビクッとしながら、彼らは急いでアージョさんを神輿に座らせるとそれを担いでその場から立ち去って行きました。
 後に残るのは、わたくしとセージョさん。それと町の人達だけです。
 そんな彼らの視線はわたくしとセージョさんに向けられていますが、鬱陶しいと思いますので釘を刺しておきましょう。
「…………こほん。皆様、何が起きたのか聞きたいと思います。ですが、わたくしも彼女も疲れていますので、出来れば聞かないで欲しいと思います」
 わたくしの言葉に聞きたそうだった彼らは言葉を詰まらせるのがわかりました。
 そんな気配を感じながら、セージョさんを立ち上がらせると心配そうに見ていた孤児院の子供達へと指示を出します。
「わたくしはセージョさんを連れて帰りますが、皆さんは仕事を続けてもらってもいいですか?」
「う、うん、わ……わかった……」
 彼らの中のひとりがそう言って頷くのを見ながら、それぞれの屋台のほうを見ると心配しないで欲しいと言うように頷くのが見えました。
 一応止めれなかった事に罪悪感を感じているのでしょう。そう思いながら軽く頭を下げ、セージョさんを見ます。
「さて、一旦戻りましょうか。大丈夫ですか、セージョさん?」
「は、はい……その、ありがとう……ございます。パナセアさま……」
 心配するように彼女に問いかけると、セージョさんは頬を赤くしつつ頷き……握ったわたくしの手をギュッとしながらお礼を言いました。
 特に気にはしていませんよ。そう言うと、セージョさんはピトッとわたくしから離れないと言わんばかりに腕にしがみ付いて歩きます。
 これは完全に懐かれたのでしょうか? そう思いながら、わたくしは孤児院へと戻るのでした。
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