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序
蝶
しおりを挟む夢の中で蝶を追っている。
ひらりはらりと。
近づけば遠ざかる。
距離を置けば、様子を窺うように近づいてくる。
付かず、離れず。
蝶を追っている。
夢なので気ままに風景は変わる。
ただ今日の夢は少し変だ。
潮の香がずっと漂っている。海辺の夢ではないのに。
香りというのが妙だ。
風景だけなら記録でいくらでも見た。
だがわたしは一度も海を訪れたことはない、知らない潮の香りを海と思ったのはなぜだろう。
どこからかかすかな波の音がするせいか。
考え事をしながら歩いていると、足が波を踏んだ。
ぎょっとして慌てて後ずさる。
目の前に黒い海があった。
夢を歩くにはルールがある。
境界を越えるな。ドアを開けるな。壁を壊すな。橋を渡るな。
歩くのは、自分の夢だけ。
他人の夢に入り込んではいけない。
ましてや夢の間隙に飲まれぬよう細心の注意を払えと言い渡されている。
押し寄せてくるような黒い海が広がっている。
不吉な場所のように思えた。
はっとして辺りを見渡す。
蝶が、いない。
血の気が引いた。
蝶を、失ってはならない。
駆けた。
蝶は、どこ。
海から離れているのに、潮の香りが強まっていく。
後ろから追われているように。
だが、そんなことよりも蝶は、どこ。
見当たらない。
どうしよう、あの子を失ったら、わたしには何も無い。
あの子は、どこ。
駆けた。
垣根を飛び越える。飛び石を渡る。
階段を下る。門をくぐる。
暗くなる。
ようやく青く輝くあの子の姿をとらえ、胸を撫で下ろした時、
くしゃりと、
白い手が蝶を捕まえた。
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