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遠すぎた月(A Moon Too Far)
発動(zero hour):5
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【ミネソタ州 スペリオール湖畔 ダルース港】
1945年5月16日 夕
本郷達の姿は、<宵月>の艦橋にいる儀堂からも視認できた。
――子連れの獣のようだ
3両の戦車の群れを見て思った。規格外の寸法を持つマウス、その前後を五式中戦車チリが挟み込むように向ってきていた。廃墟の街を彷徨う鋼鉄の獣たち。終末的な情景だった。
背後で高声電話がなった。副長の興津がすぐに受話器をとると、儀堂を呼んだ。
「艦長、接岸完了しました」
「わかった。すぐに取りかかるように伝えてくれ。オレは下に降りる。しばらく、ここを頼むよ」
「はっ、お任せください」
興津の敬礼に見送られながら、艦橋を出ようとしたときだった。
右の耳当てが鼓膜を震わせた。
『ギドー、妾も一緒に行っても良いか?』
ネシスが遠慮がちに言った。少し疲れているようにも聞こえた。
儀堂は喉頭式マイクのスイッチを入れた。
「構わない。外套を忘れるな。外は冷えるぞ」
5月とは言え、スペリオール湖半の気候は10度を下回る。
====================
ネシスを伴い、儀堂は<宵月>を降りると、すぐに本郷の元へ向った。
本郷はマウスから降車していた。彼は二人の姿を認めると、手を振った。
「やあ、君らの援護には助けられたよ」
儀堂は短く敬礼を返した。
「いいえ、当然のことをし――」
「感謝してよいぞ。妾のおかげで、ゆっくり物見遊山ができたであろう」
儀堂を遮り、ネシスが得意げに言った。眉をひそめる儀堂に対し、本郷は苦笑して肯くと、ネシスへ視線を移した。実際、彼女のおかげで、本郷の中隊はさしたる戦闘も経験せずにスペリオールまで辿り着いていた。彼等が行く先々にあった障害は<宵月>から徹甲弾の洗礼を受け、沈黙していたのだ。
「ええ、姫様のおかげをもちまして」
ネシスに一礼する。恭しくも嫌みを含まぬ一礼だった。本郷は、目前の鬼が高貴な出だと聞かされていた。彼なりにとるべき態度を選んだだけだったが、ネシスにとっては意外だったらしく、狼狽していた。
「ほ、ほう、左様か。お主は実に礼をわきまえておるのじゃな。どこぞの誰かにも見習って欲しいものじゃ」
傍らの儀堂へそれとなく顔を向ける。儀堂は小首をかしげた。
「何の話だ?」
「ふん、なんでもない」
憮然とするネシスに釈然としない者を感じつつ、儀堂は周囲を見渡した。あることに気がつく。確か、本郷は戦車中隊の指揮官のはずだ。しかし、目前には3両の戦車しか見えなかった。
「本郷中佐、あなただけですか?」
「ああ、まずは僕が先行してきたところだよ。もうすぐ後続の部隊が着くはずだ。待たせて済まない」
「なるほど」
慎重な男なのだなと儀堂は思った。恐らく、他の部隊は市外の敵を警戒していたのだろう。
「用心に越したことは無いでしょう」
「まったくだ。北米では、石橋をたたき割る勢いで進んだ方が無難なんだ。気を悪くしないでくれ。これは経験者からの忠告として受け取って欲しい。君がこれから遭遇する困難に少しでも役立ててもらえれば幸いだ」
「同意します。勇猛さにも分別が必要なのでしょう」
「そう。理性を欠いた勇気は狂気でしか無い」
本郷は、その狂気に駆られた軍人の末路を東南アジアと北米で数多く見てきた。度しがたいことに、その種の狂気は伝染するのだ。彼が見る限り、儀堂衛士はその種の狂気に抗体をもった人間のようだった。
「どうやら海に限らず、陸にもその種の方が少なからずいるようで」
「誠に残念なことにね」
二人は諦観を帯びた笑いを漏らすと、それぞれの部下に準備に取りかかるよう指示をだした。
<宵月>では甲板に積んだ兵站物資の荷下ろしが始まった。中隊本部の兵站幕僚が、それら物資を目録と照らし合わせて、不足がないか確かめる。よく調整された歯車のように、兵達はそつなく自身に課せられた役割を遂行していた。
二人の指揮官は兵の挙動に満足を覚えた。
ふと、儀堂が何かを思いだしたように口を開いた。
「しかし、まあ我々も人のことは笑えないのかも知れません。何しろ、味方から離れてこんな敵地のただ中へ飛び込んでいるのですから」
「ああ、全く同感だね。第三者から見れば、我々こそ狂気に駆られた奴ばらなのだろう」
<宵月>と本郷の戦車中隊は味方の戦線から100キロ近く東方へ進出している。彼等はエクリプス作戦のどさくさに乗じて、六反田少将が送り込んだ特務部隊だった。名目上、本郷の部隊は海軍陸戦隊隷下の一中隊に過ぎないことになっているが、指揮系統は月読機関が握っていた。<宵月>も同様だった。
これより彼等は協同して、合衆国軍よりも先にシアトルBMへ到達しなければならなかった。
====================
次回3/21投稿予定
1945年5月16日 夕
本郷達の姿は、<宵月>の艦橋にいる儀堂からも視認できた。
――子連れの獣のようだ
3両の戦車の群れを見て思った。規格外の寸法を持つマウス、その前後を五式中戦車チリが挟み込むように向ってきていた。廃墟の街を彷徨う鋼鉄の獣たち。終末的な情景だった。
背後で高声電話がなった。副長の興津がすぐに受話器をとると、儀堂を呼んだ。
「艦長、接岸完了しました」
「わかった。すぐに取りかかるように伝えてくれ。オレは下に降りる。しばらく、ここを頼むよ」
「はっ、お任せください」
興津の敬礼に見送られながら、艦橋を出ようとしたときだった。
右の耳当てが鼓膜を震わせた。
『ギドー、妾も一緒に行っても良いか?』
ネシスが遠慮がちに言った。少し疲れているようにも聞こえた。
儀堂は喉頭式マイクのスイッチを入れた。
「構わない。外套を忘れるな。外は冷えるぞ」
5月とは言え、スペリオール湖半の気候は10度を下回る。
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ネシスを伴い、儀堂は<宵月>を降りると、すぐに本郷の元へ向った。
本郷はマウスから降車していた。彼は二人の姿を認めると、手を振った。
「やあ、君らの援護には助けられたよ」
儀堂は短く敬礼を返した。
「いいえ、当然のことをし――」
「感謝してよいぞ。妾のおかげで、ゆっくり物見遊山ができたであろう」
儀堂を遮り、ネシスが得意げに言った。眉をひそめる儀堂に対し、本郷は苦笑して肯くと、ネシスへ視線を移した。実際、彼女のおかげで、本郷の中隊はさしたる戦闘も経験せずにスペリオールまで辿り着いていた。彼等が行く先々にあった障害は<宵月>から徹甲弾の洗礼を受け、沈黙していたのだ。
「ええ、姫様のおかげをもちまして」
ネシスに一礼する。恭しくも嫌みを含まぬ一礼だった。本郷は、目前の鬼が高貴な出だと聞かされていた。彼なりにとるべき態度を選んだだけだったが、ネシスにとっては意外だったらしく、狼狽していた。
「ほ、ほう、左様か。お主は実に礼をわきまえておるのじゃな。どこぞの誰かにも見習って欲しいものじゃ」
傍らの儀堂へそれとなく顔を向ける。儀堂は小首をかしげた。
「何の話だ?」
「ふん、なんでもない」
憮然とするネシスに釈然としない者を感じつつ、儀堂は周囲を見渡した。あることに気がつく。確か、本郷は戦車中隊の指揮官のはずだ。しかし、目前には3両の戦車しか見えなかった。
「本郷中佐、あなただけですか?」
「ああ、まずは僕が先行してきたところだよ。もうすぐ後続の部隊が着くはずだ。待たせて済まない」
「なるほど」
慎重な男なのだなと儀堂は思った。恐らく、他の部隊は市外の敵を警戒していたのだろう。
「用心に越したことは無いでしょう」
「まったくだ。北米では、石橋をたたき割る勢いで進んだ方が無難なんだ。気を悪くしないでくれ。これは経験者からの忠告として受け取って欲しい。君がこれから遭遇する困難に少しでも役立ててもらえれば幸いだ」
「同意します。勇猛さにも分別が必要なのでしょう」
「そう。理性を欠いた勇気は狂気でしか無い」
本郷は、その狂気に駆られた軍人の末路を東南アジアと北米で数多く見てきた。度しがたいことに、その種の狂気は伝染するのだ。彼が見る限り、儀堂衛士はその種の狂気に抗体をもった人間のようだった。
「どうやら海に限らず、陸にもその種の方が少なからずいるようで」
「誠に残念なことにね」
二人は諦観を帯びた笑いを漏らすと、それぞれの部下に準備に取りかかるよう指示をだした。
<宵月>では甲板に積んだ兵站物資の荷下ろしが始まった。中隊本部の兵站幕僚が、それら物資を目録と照らし合わせて、不足がないか確かめる。よく調整された歯車のように、兵達はそつなく自身に課せられた役割を遂行していた。
二人の指揮官は兵の挙動に満足を覚えた。
ふと、儀堂が何かを思いだしたように口を開いた。
「しかし、まあ我々も人のことは笑えないのかも知れません。何しろ、味方から離れてこんな敵地のただ中へ飛び込んでいるのですから」
「ああ、全く同感だね。第三者から見れば、我々こそ狂気に駆られた奴ばらなのだろう」
<宵月>と本郷の戦車中隊は味方の戦線から100キロ近く東方へ進出している。彼等はエクリプス作戦のどさくさに乗じて、六反田少将が送り込んだ特務部隊だった。名目上、本郷の部隊は海軍陸戦隊隷下の一中隊に過ぎないことになっているが、指揮系統は月読機関が握っていた。<宵月>も同様だった。
これより彼等は協同して、合衆国軍よりも先にシアトルBMへ到達しなければならなかった。
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