レッドサン ブラックムーン ―大日本帝国は真珠湾にて異世界軍と戦闘状態に入れり―

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遠すぎた月(A Moon Too Far)

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【ミネソタ州 スペリオール湖畔 ダルース】
 1945年5月16日 午後

 五大湖周辺は銅、鉄鋼、石炭、石灰などの鉱物資源に恵まれた地帯だった。重工業にとって必要不可欠な鉱山が水源地帯に隣接していたのである。必然的に五大湖周辺は合衆国最大の工業地帯へ変貌していくことになった。いつの時代でも水運に勝る大量輸送の手段はない。五大湖周辺で採掘された鉱物は、そのまま船で陸揚げされ、工場で加工された。産業革命と第一次大戦を通じて、五大湖周辺地帯は工業製品を産み出す巨大な装置として完成された。合衆国にとって五大湖は神の恩寵に等しい存在だった。

 ゆえに1941年、BMと魔獣によって五大湖を失った事実は同国にとってまさに痛恨以外の何ものでも無かった。合衆国が失われた東部の中で、真っ先に五大湖を回復させようとしたのは相応の理由があった。

 ダルースも、五大湖の恩恵を受けた港街の一つだった。かつては10万近い人口を誇った有数の港湾都市だったが、今では見る影も無かった。

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『アズマ2より、アズマ1へ。前方の道路に異常在り』
「こちらアズマ1、何があった?」
『ビルが倒壊して、道が塞がっています。迂回するしかありません』

 本郷は双眼鏡を手に取った。確かに、数百メートル先のビルが倒壊し、完全に道路を塞いでいた。破壊の具合から考えて、人為的なものに思えた。魔獣の場合、建築物の損害は一部に留まることが多い。魔獣が建築物の破壊を目的とした行動をとらないからだ。あくまでも魔獣は人類への敵対行動の結果として、破壊を行う。建築物の破壊を目的とするのは、人間以外にありえない。無人の建築物を破壊するなど、魔獣の行動原理から外れている。

――爆撃されたものだろうか。

 おそらくエクリプス作戦の過程で爆撃でもされたのだろう。ひょっとしたら、魔獣がいたのかもしれない。ダルースで敵獣の反応が見られないのも、合衆国軍による爆撃により掃討されたのならば説明がつく。

「アズマ1、了解。迂回路に当てはあるか?」
『こちらアズマ2、もらった地図が正しければ、ここから左折して2ブロック進めば港へ通じるメインストリートがあります』
「アズマ1、了解。そのまま先行してくれ。後に続く。終わり」
『アズマ2、了解。先行します。終わり』

 本郷は通信を切ると、前方の五式中戦車チリが信地旋回するのを眺めていた。履帯によって、道路の舗装が剥がされていくのがわかった。マウスほどでは無いにしろ、45トンを越える重量の負荷が掛かるのだから、並の路面では耐えきれないだろう。

――あれを中戦車・・・と呼んでいいものなのだろうか?

 187トンの怪物に乗る本郷としては複雑な思いだった。三式中戦車チヌが20トンを越えるのがせいぜいだったのだから、彼の受けた印象はあながち的外れでは無かった。単純計算してもチリは前世代の2倍以上の重量を有する戦車だった。

 本郷の戦車中隊は指揮車両のマウスを除き、先月受領したばかり五式中戦車チリで占められていた。

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 チリは当初の計画より、大幅に設計変更が加えられた車両だった。きっかけは1943年、ソヴィエトロシアの崩壊まで遡る。魔獣とBM、そして独逸軍から追い立てられたロシア人の技術者たちが、ウラジオストク経由で日本へ亡命してきた。彼等を保護・・したのは日本軍だった。とりわけ陸軍が積極的だった。

 それまで九七式中戦車チハを主力としてきた帝国陸軍は東南アジアで魔獣相手に苦戦を強いられることになった。人型のグールならばまだしも、中型のトロールや大型のヒュドラ相手にしたとき全く心許ないものだった。中型以上の魔獣に対して、チハの一式四十七ミリ戦車砲は火力に劣り、撃破まで最低でも10発の徹甲弾が必要との報告が上がってきていた。機動力においても、不安があった。平地ならばチハ車は38キロ近い速度が出るが、東南アジアにおいて整備された道など皆無に等しい。また密林が多く、視界不良な状態で魔獣の奇襲を受けることもあった。近接戦闘になればチハは著しく不利に陥った。その装甲はトロールの拳にぶち抜かれていた。最終的にはジャングルで魔獣で出くわしたときの最も有効な戦術は突撃することだと結論づけられた。恐るべきことに、これは冗談でも揶揄でも無く陸軍の公式見解だった。いかなる魔獣も15トンの鉄塊をぶつけられては無事では済まないからだ。もちろん、ぶつけた方も無傷というわけにはいかなかった。

 開戦初期は歩兵による肉弾攻撃を推奨・・していた陸軍だったが、満州そして東京で無残な敗北を喫してから否が応でも方針の転換を図らざるをえなくなった。彼等にとってウラルを越えてはるばる亡命してきたロシアの技術者たちは、天恵に等しいものだった。独ソ戦におけるT34ショックは日本陸軍内でも既知の出来事だった。

 当初は三式中戦車チヌの改良計画に参画させる予定だったが、チヌは生産ラインが確立された上に、北米からチヌ車でもなお対応力に欠けるとレポートが上がってきていた。そこでまだ紙面上の計画でしか無かった五式戦車の開発にロシア人を投入することになった。

 結果的に、これが英断となった。ロシア人技術者は五式戦車の砲塔を鋲接(リベット接合)から鋳造へ変え、車体には新型の圧延防弾鋼板を採用することで飛躍的な防御力と生産性の向上へ繋げた。さらに懸架装置にはT34で採用されたクリスティー方式を受け継ぐことで、悪路の踏破も容易になる見込みとなった。問題は主砲とエンジンだった。主砲の方は、思いのほか容易に片がついた。当時陸戦隊を常設した海軍から、10センチ高射砲の提供を打診されたのである。海軍は自身が管轄している10センチ高射砲の生産ラインを提供する代わりに、陸戦隊に対して五式中戦車の配備を希望した。

 五式中戦車の開発陣を最後まで悩ませたのはエンジンだった。こればかりはロシア人の知見に頼るわけにはいかなった。彼等はエンジンの故障とメンテナンスに対して、丸ごと交換するという回答しかもたなかったのである。後に車体とエンジンを分離するパワーパックの設計思想が確立されたことを鑑みれば、先見的な発想ではあった。しかしながら、工業資源に全く余裕のない日本では受け入れ難い回答ではあった。既存のエンジンに頼ろうにも、45トンを越えた鉄塊を動かせるエンジンは日本に存在しなかった。独逸を頼ろうという意見もあったが、三国同盟を日本が破棄した直後だった。それに独逸の工業製品は独逸人しか扱えないほど神経質なまでに精巧だった。とてもではないが、日本の技術者の手にあまるものだった。

 最終的に彼等に救いの手を差し伸べたのは合衆国はフォード社だった。フォード社は自社開発したフォードGAF6002B、4ストロークV型8気筒液冷ガソリンのライセンス提供を申し出てきた。もちろん、その額は決して安くは無かったが、当時の帝国陸軍に選択の余地はなかった。後に、この決断は北米を主戦線とした今次大戦において有利に働いた。現地での部品調達が容易になったためである。

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 本郷達が手渡された地図は正確だった。ダルースへ進入してから一時間後、彼の小隊は無事に港まで辿り着いた。港には本郷達と同じく旭日旗を掲げた艦が停泊していた。

 <宵月>である。

 
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次回3月19日(火)投稿予定
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