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遠すぎた月(A Moon Too Far)
前夜祭(April Fool) 1
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―前夜祭(April Fool)―
【アメリカ合衆国 シアトル郊外 合衆国陸軍第6軍司令部】
1945年4月1日 昼
合衆国陸軍、その第6軍司令部はシアトル近郊のリゾートホテルを接収するかたちで設立されていた。敷地内にある広大なゴルフ場は装甲部隊の演習場と化し、周辺を取り囲む人工林では歩兵部隊が日々模擬戦を繰り広げている。来月になれば、彼等の大半はロッキー山脈を越えて、本格的な実戦に投入される手はずだった。
人工林内で一人の兵士がトリガーに手をかけていた。照準は木々の間を歩く集団へ向けられている。何を考えているのか知らないが、まったく無防備にして、無警戒だった。
彼が所属する小隊は、人工林内に侵入した小型魔獣のゴブリンやグールを相手に掃討戦を行う想定だった。対抗部隊は既に林内に展開完了しており、お互い仮想敵として模擬戦を行っていた。
照門の中央に、相手の姿を捉え、トリガーを引こうとした瞬間だった。先任の軍曹が横っ面を張り倒してきた。
兵士はうめき声をあげると不服そうに軍曹を見上げた。
「馬鹿者。あれは敵じゃない」
軍曹は呆れた様子で、見下ろしていた。やがて別の方向で銃声が連続的に響いた。模擬弾の雨が彼の所属する小隊の兵士へ降り注いだ。
『状況終了!』
判定官役の将校の声がスピーカーを通じて林内に響き渡った。続いて、このゲームの勝者がレッドチームであることが告げられる。
いたるところで、うめきに似た抗議の声が漏れた。
「小休止!」
軍曹は怒鳴りつけるように命じた。本来なら彼の上官の少尉が命じるべきだった。若い少尉は演習開始、30分で魔獣に食い殺されたことになった。
「お前らは死んだ。この後は、午睡だ。一歩も動くな!!」
へまをやらかした兵士の隣に座り込む。意気消沈しているようだった。
「そう落ち込むな。危うくお前は反逆罪になるところだったんだぞ」
軍曹は兵士よりも先に双眼鏡で無粋な侵入者の姿を捉えていた。演習中に部外者を招き入れるなど、何を考えていやがるのかと思ったが、スコープに映し出された顔を見て納得した。
「ま、撃ったところで、あの親父さんならよくやったと言うかもれんが――」
「まだまだ腰が座っとらんな」
老将軍は苦笑いを浮かべながら、全滅した自軍の部隊の様子を見守った。好戦的な笑みで、ヤニで黄色く染まったが歯をのぞかせている。
「あいつら、きっと俺らを敵と間違えて撃とうとしたな。抜き打ちの視察とは言え、全くなっとらんぞ。ホンゴー中佐、貴様の部隊でウチの腰抜けども鍛えてくれんか?」
「パットン閣下、ご冗談が過ぎます。それに私は何度も貴軍の部隊に救われました。彼等の勇気に不足を感じたことはありません」
ジョージ・S・パットン中将はアメリカ人的な笑いを漏らした。この生真面目だが、どこか懐の深さを感じさせる日本軍人を、ますます気に入った様子だった。どこか、彼の旧友たるブラッドリーに似ていた。
「そうか!! ボッティンオーの英雄のお墨付きなら間違いなかろう!」
パットンはさらに豪快に笑うと、副官を呼びつけた。
「あのブルーチームの指揮官に、"邪魔したな"と言っておけ」
演習終了後、第6軍の主だった将兵がホールに集められた。仮設されたステージに星条旗と日の丸が掲げられる。
本郷は壇上に上がると、敬礼を行った。相手は第6軍の司令官、パットンだった。答礼したパットンは、室内にも関わらずヘルメットをつけたままだった。それこそが彼のスタイルだった。
本郷の胸に金色の輝きが加わり、パットンは日本人に勲章を与えた最初のアメリカ人となった。銀勲章と呼ばれるものだ。それは「敵対する武装勢力との交戦において、格段の勇敢さを示す」場合に送られる栄誉だった。
パットンは勲章を胸つつけると、本郷と力強い握手を交わし、その場にいる者へ向けて彼の評価を告げた。
「見ろ! これが英雄だ!」
独特の野太い声がホールに響き渡り、呼応するように万雷の拍手が響き渡っていく。
1ヶ月ほど前、ボッティンオーにおいて、本郷の中隊は大型ドラゴン2体を相手に奮戦し、勝利した。彼等の働きのおかげで、合衆国の人的被害は最小限に抑えられた。
銀勲章は、その多大なる貢献と戦果に報いるものだった。大変な名誉に違いないが、本郷の心が踊ることは無かった。
その引き替えに彼の中隊は壊滅したのだから。
顔にこそださなかったが、本郷の内心では忸怩たる思いがあった。もちろん名誉は感じている。しかし叶うことならば、あの戦いで散った全員に与えられてしかるべきだった。
本郷への勲章授与は、異例とも言える速さで決定された。列強の中でも合衆国は、極めて効率的な組織運用を行いことで定評があったが、それを鑑みても異例であることに変わりなかった。
要因は2つある。
まず本郷の中隊が救援した第6軍、その総司令官がジョージ・S・パットン中将であることが大きな要因としてあげられた。当時第6軍はドラゴンの侵攻に対し、後退を強いられていた。猛将のパットンにとり、クソトカゲ相手に後退など許しがたい行為だったが、上級司令部の命令ならば致し方ないことだった。合衆国軍上層部は反攻作戦のために、是が非でも第6軍の戦力を温存せねばならなかったのだ。その第6軍の危機を救ったのが本郷だった。不本意な撤退を行う第6軍に代わり、本郷の中隊はトカゲども始末してくれた。よくも悪くも軍人として直情的なパットンにとって、大きな借りをつくったことになる。何よりも彼は、戦場のヒロイズムを何よりも崇高なものと考えていた。結果的にパットンはほとんど命令に近い口調で、上級司令部に勲章の授与を要請した。
次に、合衆国政府の政治的な事情が要因として加わった。実のところ、要因として此方の方が主たるものとなっている。合衆国は上級司令部の判断ミス(第6軍の後退)から国民の目を逸らす必要があった。それに日本よりも先に勲章の授与を行うことで、今回の借りを帳消しにする意味合いも含まれている。
実際、今回の一件で面子を潰されたと感じたのか、日本陸軍内で本郷の野戦昇進が決定している。恐らく、そう遠くない未来に、彼は国産の勲章も受け取ることになるだろう。
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次回2/19(火)投稿予定
【アメリカ合衆国 シアトル郊外 合衆国陸軍第6軍司令部】
1945年4月1日 昼
合衆国陸軍、その第6軍司令部はシアトル近郊のリゾートホテルを接収するかたちで設立されていた。敷地内にある広大なゴルフ場は装甲部隊の演習場と化し、周辺を取り囲む人工林では歩兵部隊が日々模擬戦を繰り広げている。来月になれば、彼等の大半はロッキー山脈を越えて、本格的な実戦に投入される手はずだった。
人工林内で一人の兵士がトリガーに手をかけていた。照準は木々の間を歩く集団へ向けられている。何を考えているのか知らないが、まったく無防備にして、無警戒だった。
彼が所属する小隊は、人工林内に侵入した小型魔獣のゴブリンやグールを相手に掃討戦を行う想定だった。対抗部隊は既に林内に展開完了しており、お互い仮想敵として模擬戦を行っていた。
照門の中央に、相手の姿を捉え、トリガーを引こうとした瞬間だった。先任の軍曹が横っ面を張り倒してきた。
兵士はうめき声をあげると不服そうに軍曹を見上げた。
「馬鹿者。あれは敵じゃない」
軍曹は呆れた様子で、見下ろしていた。やがて別の方向で銃声が連続的に響いた。模擬弾の雨が彼の所属する小隊の兵士へ降り注いだ。
『状況終了!』
判定官役の将校の声がスピーカーを通じて林内に響き渡った。続いて、このゲームの勝者がレッドチームであることが告げられる。
いたるところで、うめきに似た抗議の声が漏れた。
「小休止!」
軍曹は怒鳴りつけるように命じた。本来なら彼の上官の少尉が命じるべきだった。若い少尉は演習開始、30分で魔獣に食い殺されたことになった。
「お前らは死んだ。この後は、午睡だ。一歩も動くな!!」
へまをやらかした兵士の隣に座り込む。意気消沈しているようだった。
「そう落ち込むな。危うくお前は反逆罪になるところだったんだぞ」
軍曹は兵士よりも先に双眼鏡で無粋な侵入者の姿を捉えていた。演習中に部外者を招き入れるなど、何を考えていやがるのかと思ったが、スコープに映し出された顔を見て納得した。
「ま、撃ったところで、あの親父さんならよくやったと言うかもれんが――」
「まだまだ腰が座っとらんな」
老将軍は苦笑いを浮かべながら、全滅した自軍の部隊の様子を見守った。好戦的な笑みで、ヤニで黄色く染まったが歯をのぞかせている。
「あいつら、きっと俺らを敵と間違えて撃とうとしたな。抜き打ちの視察とは言え、全くなっとらんぞ。ホンゴー中佐、貴様の部隊でウチの腰抜けども鍛えてくれんか?」
「パットン閣下、ご冗談が過ぎます。それに私は何度も貴軍の部隊に救われました。彼等の勇気に不足を感じたことはありません」
ジョージ・S・パットン中将はアメリカ人的な笑いを漏らした。この生真面目だが、どこか懐の深さを感じさせる日本軍人を、ますます気に入った様子だった。どこか、彼の旧友たるブラッドリーに似ていた。
「そうか!! ボッティンオーの英雄のお墨付きなら間違いなかろう!」
パットンはさらに豪快に笑うと、副官を呼びつけた。
「あのブルーチームの指揮官に、"邪魔したな"と言っておけ」
演習終了後、第6軍の主だった将兵がホールに集められた。仮設されたステージに星条旗と日の丸が掲げられる。
本郷は壇上に上がると、敬礼を行った。相手は第6軍の司令官、パットンだった。答礼したパットンは、室内にも関わらずヘルメットをつけたままだった。それこそが彼のスタイルだった。
本郷の胸に金色の輝きが加わり、パットンは日本人に勲章を与えた最初のアメリカ人となった。銀勲章と呼ばれるものだ。それは「敵対する武装勢力との交戦において、格段の勇敢さを示す」場合に送られる栄誉だった。
パットンは勲章を胸つつけると、本郷と力強い握手を交わし、その場にいる者へ向けて彼の評価を告げた。
「見ろ! これが英雄だ!」
独特の野太い声がホールに響き渡り、呼応するように万雷の拍手が響き渡っていく。
1ヶ月ほど前、ボッティンオーにおいて、本郷の中隊は大型ドラゴン2体を相手に奮戦し、勝利した。彼等の働きのおかげで、合衆国の人的被害は最小限に抑えられた。
銀勲章は、その多大なる貢献と戦果に報いるものだった。大変な名誉に違いないが、本郷の心が踊ることは無かった。
その引き替えに彼の中隊は壊滅したのだから。
顔にこそださなかったが、本郷の内心では忸怩たる思いがあった。もちろん名誉は感じている。しかし叶うことならば、あの戦いで散った全員に与えられてしかるべきだった。
本郷への勲章授与は、異例とも言える速さで決定された。列強の中でも合衆国は、極めて効率的な組織運用を行いことで定評があったが、それを鑑みても異例であることに変わりなかった。
要因は2つある。
まず本郷の中隊が救援した第6軍、その総司令官がジョージ・S・パットン中将であることが大きな要因としてあげられた。当時第6軍はドラゴンの侵攻に対し、後退を強いられていた。猛将のパットンにとり、クソトカゲ相手に後退など許しがたい行為だったが、上級司令部の命令ならば致し方ないことだった。合衆国軍上層部は反攻作戦のために、是が非でも第6軍の戦力を温存せねばならなかったのだ。その第6軍の危機を救ったのが本郷だった。不本意な撤退を行う第6軍に代わり、本郷の中隊はトカゲども始末してくれた。よくも悪くも軍人として直情的なパットンにとって、大きな借りをつくったことになる。何よりも彼は、戦場のヒロイズムを何よりも崇高なものと考えていた。結果的にパットンはほとんど命令に近い口調で、上級司令部に勲章の授与を要請した。
次に、合衆国政府の政治的な事情が要因として加わった。実のところ、要因として此方の方が主たるものとなっている。合衆国は上級司令部の判断ミス(第6軍の後退)から国民の目を逸らす必要があった。それに日本よりも先に勲章の授与を行うことで、今回の借りを帳消しにする意味合いも含まれている。
実際、今回の一件で面子を潰されたと感じたのか、日本陸軍内で本郷の野戦昇進が決定している。恐らく、そう遠くない未来に、彼は国産の勲章も受け取ることになるだろう。
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