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太平洋の嵐(Pacific storm)
太平洋の嵐(Pacific storm) 14
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少女が迫ってくるにつれ、その輪郭がはっきりと見て取れるようになった。頬はこけ、顔のあちこち、体中に黒紫色の染みが出来ていた。ネシスは、その姿に見覚えがあった。少女は自分に、とてもよく似ていた。彼女は確信に近いものを感じた。
少女が跳躍し、牙を剥き出しにして来ても、何ら恐れることは無かった。彼女は全身に衝撃を感じながらも、抱きしめるように小枝のように細い身体を受け止めた。
同時に鋭い痛みを首筋に走った。
帝国海軍の水兵服、その襟元から黒く染められていく。
背後で、彼女の契約者が必死に名を呼んでいるのがわかった。なんだ、あの男でも慌てることがあるのじゃなと、少しばかりおかしみを感じる。
ネシスの腕の中で、少女は暴れ回っていたが、彼女は駄々っ子をなだめるかのようにじっと抱いたまま動かなかった。
「すまぬ……。許すが良い。今の妾は、抱き留めることしか出来ぬ」
絞り出すような囁き声でネシスは言った。
儀堂は、射撃命令を撤回すると他の兵をその場に残し、ネシスの背後へ歩み寄った。何事か囁く声が聞こえたかと思えば、少女が徐々に大人しくなっていく様子が見て取れた。やがて、血走った目が穏やかなものに変わり、首元から顔が離れた。
少女はネシスと鼻先を付き合わすような姿勢になった。その瞳に映った顔を認識すると、かすれた声で言語化した。
「ねえ……さん?」
「気は済んだか?」
ネシスは寝かしつけるように言った。少女は小さな声で「うん」と肯くと、そのまま気を失った。
「儀堂――」
ネシスは倒れた少女を抱えながら、ためらいがちに振り向いた。彼女の契約者は、ルガーをホルスターへ収めていた。ただ、表情は依然として険しかった。
「お前に夢に出てきたのは、その子だったのか?」
「そうじゃ」
「詳しく聞かせてもらえるな?」
「……ああ、約束する」
ネシスは苦しげにうなずくと、よろめいた。咄嗟に儀堂は肩を貸した。
「まったく無茶をする。お前、この子にわざと血を吸わせただろう。もしもことがあったらどうする?」
「たわけ。もしもなどあろうはずがない。妾を何と心得る」
「何も心得んよ。とにかく、こんなところに居られない。おい、寛。もう歩けるな?」
ちょうど戸張は、よたよたと立ち上がったところだった。
「ああ、大丈夫――ああん!?」
間の抜けた声を上げると、戸張は少女が収まっていた容器に手を伸ばした。
「どうした?」
「いや、こいつはなんだ?」
伸ばした手の先には、鈍い銀色の光を放つ卵が握られていた。ただし大きさが規格外だった。それらは控えめに見積もっても西瓜ほどの大きさだった。
ネシスは、その卵を見た瞬間、血相を変えた。怒りとも悲しみとつかない表情だった。
「何と惨いことを」
「知っているのか?」
「それは――」
彼女が答えを言う前に、産みの親が正体を現わした。
突如、支柱を大きな揺れが襲い、内壁に大きな穴が空いた。穴の先から黒い巨影が姿を現わした。
<宵月>で沈黙させたはずの黒竜だった。血だらけになった頭部を壁から突き出すと、かっと口を開いた。橙色の光が喉元に宿りだした。
「なるほど、こりゃ参ったね!」
半笑いで戸張は首を降る。
儀堂はネシスから少女を取り上げた。わずかな重さしか感じられず、軽い驚きを覚える。
「自分で走れるな?」
「無論じゃ」
「よろしい。総員、退避! <宵月>まで走れ!!」
儀堂達が駆け出すと同時に、黒竜より火球が放たれた。
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次回1/22(火)投稿予定
少女が跳躍し、牙を剥き出しにして来ても、何ら恐れることは無かった。彼女は全身に衝撃を感じながらも、抱きしめるように小枝のように細い身体を受け止めた。
同時に鋭い痛みを首筋に走った。
帝国海軍の水兵服、その襟元から黒く染められていく。
背後で、彼女の契約者が必死に名を呼んでいるのがわかった。なんだ、あの男でも慌てることがあるのじゃなと、少しばかりおかしみを感じる。
ネシスの腕の中で、少女は暴れ回っていたが、彼女は駄々っ子をなだめるかのようにじっと抱いたまま動かなかった。
「すまぬ……。許すが良い。今の妾は、抱き留めることしか出来ぬ」
絞り出すような囁き声でネシスは言った。
儀堂は、射撃命令を撤回すると他の兵をその場に残し、ネシスの背後へ歩み寄った。何事か囁く声が聞こえたかと思えば、少女が徐々に大人しくなっていく様子が見て取れた。やがて、血走った目が穏やかなものに変わり、首元から顔が離れた。
少女はネシスと鼻先を付き合わすような姿勢になった。その瞳に映った顔を認識すると、かすれた声で言語化した。
「ねえ……さん?」
「気は済んだか?」
ネシスは寝かしつけるように言った。少女は小さな声で「うん」と肯くと、そのまま気を失った。
「儀堂――」
ネシスは倒れた少女を抱えながら、ためらいがちに振り向いた。彼女の契約者は、ルガーをホルスターへ収めていた。ただ、表情は依然として険しかった。
「お前に夢に出てきたのは、その子だったのか?」
「そうじゃ」
「詳しく聞かせてもらえるな?」
「……ああ、約束する」
ネシスは苦しげにうなずくと、よろめいた。咄嗟に儀堂は肩を貸した。
「まったく無茶をする。お前、この子にわざと血を吸わせただろう。もしもことがあったらどうする?」
「たわけ。もしもなどあろうはずがない。妾を何と心得る」
「何も心得んよ。とにかく、こんなところに居られない。おい、寛。もう歩けるな?」
ちょうど戸張は、よたよたと立ち上がったところだった。
「ああ、大丈夫――ああん!?」
間の抜けた声を上げると、戸張は少女が収まっていた容器に手を伸ばした。
「どうした?」
「いや、こいつはなんだ?」
伸ばした手の先には、鈍い銀色の光を放つ卵が握られていた。ただし大きさが規格外だった。それらは控えめに見積もっても西瓜ほどの大きさだった。
ネシスは、その卵を見た瞬間、血相を変えた。怒りとも悲しみとつかない表情だった。
「何と惨いことを」
「知っているのか?」
「それは――」
彼女が答えを言う前に、産みの親が正体を現わした。
突如、支柱を大きな揺れが襲い、内壁に大きな穴が空いた。穴の先から黒い巨影が姿を現わした。
<宵月>で沈黙させたはずの黒竜だった。血だらけになった頭部を壁から突き出すと、かっと口を開いた。橙色の光が喉元に宿りだした。
「なるほど、こりゃ参ったね!」
半笑いで戸張は首を降る。
儀堂はネシスから少女を取り上げた。わずかな重さしか感じられず、軽い驚きを覚える。
「自分で走れるな?」
「無論じゃ」
「よろしい。総員、退避! <宵月>まで走れ!!」
儀堂達が駆け出すと同時に、黒竜より火球が放たれた。
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