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太平洋の嵐(Pacific storm)
太平洋の嵐(Pacific storm) 2
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アームストロング少佐のERB-29より、ハワイBMが消失の報告がもたらされたのは3月17日、午前6時32分のことだった。直後、統合参謀本部長のウィリアム・リーヒ海軍元帥は全軍に警戒態勢を取らせた。彼が想定した最悪の事態は、オアフ島のBM(以後、オアフBM)に北米西海岸を蹂躙されることだった。それだけはいかなる犠牲を払ってでも防がなければならなかった。仮にそのような事態が現出した場合、合衆国は戦争遂行能力を失うことになる。
まずは西海岸全域の陸海軍の航空基地から哨戒機を発進させた。続いて西太平洋で行動中の艦隊を本土へ呼び戻した。
同様の措置を日本軍が取ったのは現地時刻における3月16日午前11時すぎのことだった。BM消失の報せは、それよりも遙か前にもたらされていたのだが、陸海軍の首脳部へ伝達する過程で遅延が生じた。合衆国の統合参謀本部のような全軍を統括する機関が、日本になかったためである。後に同様の組織として、日本でも統合軍令部が設立されるが、それは数年先の話であった。
結果的に、日本では陸海軍がそれぞれ独自の行動をとった。彼等は内地はもちろん、南太平洋に点在する航空基地に対して緊急発進をかけ、探索可能な海域を洗いざらい見て回ることになった。
YS87船団と第三航空艦隊に報せが届いたのは、さらに遅れて3時間後のことだった。その頃、彼等は飛行型魔獣ワイバーンの大群の襲撃の始末をようやくつけたところだった。
最初にオアフBMを発見したのはガトー級潜水艦フラッシャー号だった。慣熟訓練中で、偶然浮上した先でオアフBMと鉢合わすかたちになった。フラッシャーは位置と時間を打電した直後、消息を絶った。彼女が残した遺言は以下の通りだった。
『こちらSS-249フィッシャー、北緯45°西経153°にてオアフBMを認む。時刻は13時36分』
そこはYS87船団の南方300海里にあたる。
=====================
【北太平洋上 第三航空艦隊】
1945年3月17日 午後4時
オアフBM接近の報せを受けて、三航艦司令部は大慌てで航空隊を呼び戻した。加来司令を始め幕僚達は、自分たちに残された選択肢が限られていることを自覚していた。
このまま推移すれば、YS87船団は確実にオアフBMへ捕捉される。ならば、やるべきことは一つだった。彼らは海軍軍人であり、果たすべき義務がある。
加来は航空隊の換装と再出撃を命じた。今ならば夕刻にはBMを強襲できるだろう。次いで隷下の艦艇の大半をBMへ対して振り向けた。撃破は困難だろうが、時間稼ぎにはなる。その間に船団を北西へ退避させるつもりだった。
ワイバーンの迎撃戦闘終結から3時間後、再び制空隊の烈風が大鳳の甲板を飛び立っていった。
=====================
出撃前、戸張は僚機の飛行曹長二人へ賭け金を渡した。その結果、彼の懐は氷河期へ突入していた。
「ド畜生の唐変木めが! オレは二度と賭けなんてしねえぞ!」
烈風の操縦席で戸張は毒づいた。今日という日は彼にとっては厄日に違いなかった。確かに大空に敵を求めていたが、いくらなんでも極端すぎるだろうが。よりにもよって、BMを寄越してくるなんて、この世の神全てを呪いたくなってくる。
是非とも、このまま済ますわけにいかない。オレの懐を氷河期に変えやがった魔獣どもに一泡吹かせなければ、腹の虫が治まらないではないか。
要するに八つ当たりをしたいわけである。
無線越しに上官の罵倒を聞いていた僚機二人は、そのような結論を下していた。
=====================
<宵月>の艦橋で、儀堂大尉は黙り込んでいた。彼は三航艦の要請に従い、オアフBMへ向けて艦を最大戦速で航行させていた。彼女の周囲には三航艦の艦艇が併走している。
三航艦の加来中将は、わざわざ無線で儀堂に礼を言ってきた。直接会ったことは無いが、人格者なのだろうと思った。三航艦は<宵月>に命じる立場に無いから、断っても問題ないはずだった。
しかし、儀堂に断る意思は全く無かった。むしろ彼は要請が無くとも自ら迎撃に赴くつもりだった。
今彼の胸中で渦巻いているのは自身に対する純粋な怒りだった。
――オレは莫迦野郎だ
気づかなければいけなかったのだ。
なぜ、ワイバーンどもが、こんな寒空の北太平洋になんぞ現われたのか。
いや、それも違う。
現われることが可能だったのか、考えを巡らせるべきだった。
本来ならばワイバーンの体力で長距離を渡洋してくるなど不可能だ。ならばどうやって奴らは渡ってきたのか?
簡単な話だ。すぐそこに巣があったからだ。
思い返せば、ここ数日の出来事も全てそれで説明が付いた。魔獣の襲撃が激化したことも、ネシスが連日見た悪夢も何らかの繋がりがあったのだろう。
――クソッタレが、今になって納得してどうするのだ
舌打ちをしたいところ、ようやく堪える。彼は努めて感情を表に出さぬようにしていたが、それでも苛立ちを隠しきれずにいた。その点において儀堂は未だに26歳の青年であった。
無線越しでも儀堂の揺らぎは伝わっていたらしく、ネシスが恐る恐る語りかけてきた。
『ギドー……』
「なんだ?」
『すまぬ。妾の落ち度である』
「……」
『あの悪夢を見たとき、こうなることはわかっておったはずなのじゃ。あれの呼び声が強くなる自覚があったのに、妾は――』
「道理ではないな」
『?』
「オレ達の落ち度だ。オレとお前以外に、恐らく今回の事態を予測し得たものはいない。ならば、この始末はオレ達でつけねばならないだろう」
『……そうじゃな』
「ネシス……オレの役に立ってくれ」
『……フフ、何を今更。もとよりそのつもりじゃ』
<宵月>がオアフBMと接触したのは、一時間後のことだった。
その頃には既に航空隊による攻撃が開始されていた。
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次回1/7投稿予定
まずは西海岸全域の陸海軍の航空基地から哨戒機を発進させた。続いて西太平洋で行動中の艦隊を本土へ呼び戻した。
同様の措置を日本軍が取ったのは現地時刻における3月16日午前11時すぎのことだった。BM消失の報せは、それよりも遙か前にもたらされていたのだが、陸海軍の首脳部へ伝達する過程で遅延が生じた。合衆国の統合参謀本部のような全軍を統括する機関が、日本になかったためである。後に同様の組織として、日本でも統合軍令部が設立されるが、それは数年先の話であった。
結果的に、日本では陸海軍がそれぞれ独自の行動をとった。彼等は内地はもちろん、南太平洋に点在する航空基地に対して緊急発進をかけ、探索可能な海域を洗いざらい見て回ることになった。
YS87船団と第三航空艦隊に報せが届いたのは、さらに遅れて3時間後のことだった。その頃、彼等は飛行型魔獣ワイバーンの大群の襲撃の始末をようやくつけたところだった。
最初にオアフBMを発見したのはガトー級潜水艦フラッシャー号だった。慣熟訓練中で、偶然浮上した先でオアフBMと鉢合わすかたちになった。フラッシャーは位置と時間を打電した直後、消息を絶った。彼女が残した遺言は以下の通りだった。
『こちらSS-249フィッシャー、北緯45°西経153°にてオアフBMを認む。時刻は13時36分』
そこはYS87船団の南方300海里にあたる。
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【北太平洋上 第三航空艦隊】
1945年3月17日 午後4時
オアフBM接近の報せを受けて、三航艦司令部は大慌てで航空隊を呼び戻した。加来司令を始め幕僚達は、自分たちに残された選択肢が限られていることを自覚していた。
このまま推移すれば、YS87船団は確実にオアフBMへ捕捉される。ならば、やるべきことは一つだった。彼らは海軍軍人であり、果たすべき義務がある。
加来は航空隊の換装と再出撃を命じた。今ならば夕刻にはBMを強襲できるだろう。次いで隷下の艦艇の大半をBMへ対して振り向けた。撃破は困難だろうが、時間稼ぎにはなる。その間に船団を北西へ退避させるつもりだった。
ワイバーンの迎撃戦闘終結から3時間後、再び制空隊の烈風が大鳳の甲板を飛び立っていった。
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出撃前、戸張は僚機の飛行曹長二人へ賭け金を渡した。その結果、彼の懐は氷河期へ突入していた。
「ド畜生の唐変木めが! オレは二度と賭けなんてしねえぞ!」
烈風の操縦席で戸張は毒づいた。今日という日は彼にとっては厄日に違いなかった。確かに大空に敵を求めていたが、いくらなんでも極端すぎるだろうが。よりにもよって、BMを寄越してくるなんて、この世の神全てを呪いたくなってくる。
是非とも、このまま済ますわけにいかない。オレの懐を氷河期に変えやがった魔獣どもに一泡吹かせなければ、腹の虫が治まらないではないか。
要するに八つ当たりをしたいわけである。
無線越しに上官の罵倒を聞いていた僚機二人は、そのような結論を下していた。
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<宵月>の艦橋で、儀堂大尉は黙り込んでいた。彼は三航艦の要請に従い、オアフBMへ向けて艦を最大戦速で航行させていた。彼女の周囲には三航艦の艦艇が併走している。
三航艦の加来中将は、わざわざ無線で儀堂に礼を言ってきた。直接会ったことは無いが、人格者なのだろうと思った。三航艦は<宵月>に命じる立場に無いから、断っても問題ないはずだった。
しかし、儀堂に断る意思は全く無かった。むしろ彼は要請が無くとも自ら迎撃に赴くつもりだった。
今彼の胸中で渦巻いているのは自身に対する純粋な怒りだった。
――オレは莫迦野郎だ
気づかなければいけなかったのだ。
なぜ、ワイバーンどもが、こんな寒空の北太平洋になんぞ現われたのか。
いや、それも違う。
現われることが可能だったのか、考えを巡らせるべきだった。
本来ならばワイバーンの体力で長距離を渡洋してくるなど不可能だ。ならばどうやって奴らは渡ってきたのか?
簡単な話だ。すぐそこに巣があったからだ。
思い返せば、ここ数日の出来事も全てそれで説明が付いた。魔獣の襲撃が激化したことも、ネシスが連日見た悪夢も何らかの繋がりがあったのだろう。
――クソッタレが、今になって納得してどうするのだ
舌打ちをしたいところ、ようやく堪える。彼は努めて感情を表に出さぬようにしていたが、それでも苛立ちを隠しきれずにいた。その点において儀堂は未だに26歳の青年であった。
無線越しでも儀堂の揺らぎは伝わっていたらしく、ネシスが恐る恐る語りかけてきた。
『ギドー……』
「なんだ?」
『すまぬ。妾の落ち度である』
「……」
『あの悪夢を見たとき、こうなることはわかっておったはずなのじゃ。あれの呼び声が強くなる自覚があったのに、妾は――』
「道理ではないな」
『?』
「オレ達の落ち度だ。オレとお前以外に、恐らく今回の事態を予測し得たものはいない。ならば、この始末はオレ達でつけねばならないだろう」
『……そうじゃな』
「ネシス……オレの役に立ってくれ」
『……フフ、何を今更。もとよりそのつもりじゃ』
<宵月>がオアフBMと接触したのは、一時間後のことだった。
その頃には既に航空隊による攻撃が開始されていた。
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