上 下
44 / 99
太平洋の嵐(Pacific storm)

対獣戦闘(Anti-beast warfare) 7

しおりを挟む
【北太平洋上空】
1945年3月17日 昼

 太平洋上空を濃紺の点ワイバーンが覆っていた、それらは無数とも思えるほどに重なり合い、大群を形成している。限りなく黒に近い、紺色の塊だった。そこに緑色の点日本軍機が加わりはじめたのは、数十分ほど前のことだった。約100個に及ぶ緑の点が縦横無尽に濃紺の塊へ飛び込んでいき、切り裂いていく。塊は緑の点が飛び込むたびに、蜘蛛の子を散らすようにばらけていった。

 緑色の点として、一番乗りを果たした戸張少尉の烈風は、4体目のワイバーンを血祭りに上げたところだった。

「切りがねえ!!」

 毒づくと同時に操縦桿を引き起こし、急降下から機体を立て直す。上昇に転じた烈風は、今度は濃紺の塊へ下方から突入した。

 戸張小隊がワイバーンの大群と交戦を始めてから、20分も経たぬうちに三航艦の保有する戦闘機の全力が後に続いて吶喊とっかんした。彼等は編隊飛行を維持していたが、やがてその無意味さを悟った小隊の長から編隊を解くように指示を下していた。戸張のその中の一人だった。

「畜生どもが、テメエ等の相手はオレ達だ!」

 戸張の気配に気がついたワイバーン達が下方へ向けて、火球を放ってくるも、当たる気配は全く無かった。烈風は、速度と旋回性能、そして武装全てにおいてトカゲどもに勝っていた。

 彼は火球をかいくぐると、機銃の雨を浴びせかけた。5体目のワイバーンが北太平洋の海の栄養素として落ちていく。戸張は濃密な敵獣の編隊の中を縫うように駆け抜けながら、操縦席越しに一瞬だけ振り向いた。彼の攻撃によって僅かにワイバーンは混乱し、群れがばらけそうになるも、やがて何事もなかったように、一塊になり、船団へ向って飛行を開始した。

「野郎ども、仲間がやられても動じねえとは――」

 薄気味悪さすら感じた。戸張が編隊を解いたのは、ワイバーンどもが反撃する気配を見せなかったからだ。緒戦の一撃離脱を行った後、格闘戦になるかと思いきや、戸張の存在など無かったかのようにワイバーン達は飛行を続けた。肩すかしを食らった気分だった。

 その後、何度も彼は突入を行うも結果は同じだった。こうなっては編隊を組む意味は全く無い。そもそも編隊は格闘戦になった際に、相互に支援するために生まれたシステムだ。味方が敵機に捕捉されないように援護し、あるいは捕捉されたときに敵機を逆に捕捉して撃墜するために、編隊は機能する。

 しかし、そもそも格闘戦を相手が望まないのならば、全く意味をなさない。対人戦と異なり、ワイバーンは護衛機の概念がないのか、火球による弾幕を張るだけで碌な反撃をしてこなかった。

 だからこそ始末に負えなかった。

――こいつら、捨て身で来てやがる……!

 3度目の突入で、いかに戸張達が盛んに戦いを挑もうとも、ワイバーンは意に介さない。敵獣の群れは一つの生命体のように、ただひたすら船団へ向けて飛行していく。それに気づいたとき、戸張は編隊を解いて、各個に撃破を命じた。敵獣との格闘戦が想定されないのならば、編隊飛行はむしろ不効率だった。自由に飛行させて、各個撃破させた方がよほど効率がいい。

 仮にワイバーンとの格闘戦となったとしても、戸張は編隊を解かざるを得なかっただろう。
 戦闘開始から30分後、さらに100機の流星艦爆隊が合流し、上空には濃紺と緑をかき混ぜた点の塊が形成された。

 完全なる大乱戦だった。渦中にいるものの中で、誰がどこにいて敵がどれほど残っているのか把握しているものは皆無だった。

=====================

【北太平洋上 <宵月>よいづき

 <宵月>の艦橋では分刻みで航空戦の情報が更新されていた。搭載された電探が真っ直ぐに船団を目指す複数の機影を捕らえていた。

「敵獣、直掩隊の迎撃を突破しました」

 儀堂は左耳で副長の興津の報告を聞きながら、右耳の耳当てレシーバー越しにネシスと連絡を交わした。

「ネシス、突破したワイバーンを捕捉できるか」
『すでにしておる。どれから殺るのだ?』
「もちろん一番近いヤツだ。方位と高度を教えてくれ」
『よかろう』

 瞼を閉じたままネシスは微笑んだ。その瞳には、遙か遠方から飛来するトカゲの群れが複数投影されていた。彼女は同時に複数の目標を視ていた。

 ギドーは一番近いヤツと言った。それは<宵月>の右舷150度方向、18km彼方より飛来してきた。

 ネシスは数値を直接、高射装置の兵員へ伝えた。高射装置の兵員は言われるがまま、アナログ式演算機に数値を入力する。次に割り出された敵獣の予測針路と高度を方位と俯角へ変換し、各砲塔へ伝達した。

 砲塔内の砲員は伝達された方位と俯角へ向けて照準を向ける。油圧装置が作動し、規則正しい機械音と共に各砲塔が、右舷方向へ旋回を開始する。

 前後甲板へ備えられた4基8門の六五口径九八式10センチ高角砲の同調が完了する。

 数秒後、<宵月>の砲は初弾を発射した。

 高速で射出された10センチ砲弾は四式弾だった。内部の近接信管が作動し、電波を発振しながら空を切り裂いていく。数秒後、信管は反射波を捕らえ、砲弾は破裂した。

 電探が目標の消失を示し、副長の興津が信じられない面持ちで報告してきた。

「初弾、命中。目標の撃墜を確認」

 儀堂は満足げに肯いた。耳当てレシーバーから催促の声が上がってきた。

『ギドー、次はどれだ?』
「先ほどと同じだ。一番近いヤツから順に叩きつぶす」
『承知した』
「艦長、これは……?」

 興津は混乱しているようだった。無理もないだろう。興津から目標消失の報告を受けなければ、儀堂ですら先ほどの戦果報告の真偽を疑いかけたほどだった。

 ネシスを除き、乗員の大半が、白昼夢を見ているような気分だった。最大射程で、航空目標に初弾を命中させるなど、まぐれ当りとしか思えなかった。そうでなければ奇跡の所行だった。

 しかし、その後も<宵月>が発砲する度に、奇跡が量産された。

=====================

次回1/4投稿予定
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 五の巻

初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。 1941年5月、欧州大陸は風前の灯火だった。 遣欧軍はブレストに追い詰められ、もはや撤退するしかない。 そんな中でも綺羅様は派手なことをかましたかった。 「小説家になろう!」と同時公開。 第五巻全14話 (前説入れて15話)

蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 四の巻

初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。 1940年10月、帝都空襲の報復に、連合艦隊はアイスランド攻略を目指す。 霧深き北海で戦艦や空母が激突する! 「寒いのは苦手だよ」 「小説家になろう」と同時公開。 第四巻全23話

蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険 二の巻

初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。 一九四〇年七月、新米飛行士丹羽洋一は配属早々戦乱の欧州へと派遣される。戦況は不利だがそんなことでは隊長紅宮綺羅の暴走は止まらない! 主役機は零戦+スピットファイア! 敵は空冷のメッサーシュミット! 「小説家になろう」と同時公開。 第二巻全23話(年表入れて24話)

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜

華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日  この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。  札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。  渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。  この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。  一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。  そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。 この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。 この作品はフィクションです。 実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。

旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます

竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論 東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで… ※超注意書き※ 1.政治的な主張をする目的は一切ありません 2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります 3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です 4.そこら中に無茶苦茶が含まれています 5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません 6.カクヨムとマルチ投稿 以上をご理解の上でお読みください

軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~

takahiro
キャラ文芸
 『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。  しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。  登場する艦艇はなんと57隻!(2024/12/18時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。  ――――――――――  ●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。  ●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。かなりGLなので、もちろんがっつり性描写はないですが、苦手な方はダメかもしれません。  ●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。  ●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。またお気に入りや感想などよろしくお願いします。  毎日一話投稿します。

蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 一の巻

初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。 一九四〇年、海軍飛行訓練生の丹羽洋一は新型戦闘機十式艦上戦闘機(十式艦戦)と、凄腕で美貌の女性飛行士、紅宮綺羅(あけのみや きら)と出逢う。 主役機は零戦+スピットファイア! 1巻全12回 「小説家になろう」と同時公開。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...