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太平洋の嵐(Pacific storm)
対獣戦闘(Anti-beast warfare) 3
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【北太平洋上 駆逐艦<宵月>】
1945年3月17日 昼
久方ぶりに、気分の良い寝覚めに、ネシスは上機嫌だった。何よりも今日という日を絶好調で迎えられたことに喜びを感じている。
彼女は今、魔導機関の室内、その中央部に据えられた銀色の筒(マギアコア)内部にいた。マギアコアはカプセルの容器で、台の上に横たわるように据えられていた。
「まだかのう?」
好奇心旺盛の彼女はのぞき窓から、忙しなく外をきょろきょろと見渡した。
「もう少し待って。さっきから言っているでしょう」
あのドイツじんのキルケとか言うのが、少しいらついた声で返してくる。そんなに怒らなくてもよかろうにと思う。
「退屈なのじゃ」
「あと少しですよ、ネシスさん」
みつぎとかいう少尉が、優しく諭すように言ってきた。どうも気に入らない。初めて会った頃から、この女には嫌悪感というか、嘘くさいものをネシスは感じていた。
「わかっとる」
ぶっきらぼうに言い放つとネシスは、そっと目を閉じた。
昨夜の儀堂との会話を思い返す。
『君がここにいるということだ』
そう、妾はここにいる。もうあの牢獄に囚われることはない。それだけは確かなことだ。その事実が彼女の精神に安らぎをもたらしていた。今ならば、あの男のために存分に自らを役立てることができそうだった。
ガチリと硬質な歯車が回るような音がマギアコアの下部から伝わってきた。
「準備は出来たわよ。お姫様」
リッテルハイムが揶揄するように言った。
「その言い方は止めよ」
ネシスは口を尖らせ、文句を言うと、そっと目を閉じた。
=====================
儀堂はちょうど対空指揮所から艦橋へ降りてきたところだった。警戒任務を開始してから数時間、今のところ、電探と水測から異常は報告されていない。オレの杞憂ならば良いが、そう思い始めたときだった。耳当てから中性的な声が発せられた。
『艦長、魔導機関へ同調接続が完了致しました』
御調少尉だった。儀堂は喉頭式マイクを押さえた。
「わかった。始めてくれ。異常があれば直ちに中止だ。その場合は通常通り、電探と水測に切り替える」
『承知しました。それでは始めます』
=====================
電子演算機の真空管が忙しなく点滅する。演算機は<宵月>の対空、対水上電探および水中聴音機へ接続されていた。電波の揺らぎが視覚情報に変換され、音紋の旋律が聴覚情報に変換される。それらは演算機によって特殊なフィルタリングされて、マギアコアへ送信された。
電探が捕らえる反射波、聴音機が捕らえる音紋が、ネシスの神経パルスへ正しく変換されていく。彼女は自身の感覚が広がり、<宵月>と同調していくのがわかった。
「良いな。そう、これは良い」
ネシスは低く呟いた。
今やネシスの目から、<宵月>の取り巻く全てが遙か遠くまで見えており、そして感じることが出来た。
大空を駆ける渡り鳥の群れ、その上空を大きく旋回する烈風の編隊、海面下で求愛行動を繰り広げるイルカのつがい、さらに深い海の底をゆらりと航行するマッコウクジラの巨体。
それらの挙動をつぶさに彼女は見て、聞き、感じることができた。
これまでも彼女は<宵月>の周辺の状況を感じ取ることことができたが、それはあくまでも気配を探る程度に過ぎなかった。おおざっぱに定義するならば何となくに過ぎなかったのだ。それが今では明確な形状を持って認識できるようになった。彼女は<宵月>が発しているもの、そして受けているもの全てを感じとることができた。
今のネシスは<宵月>そのものだった。
「良いぞ、誠に良いぞ。お主ら、褒めてつかわそう。大義であった」
ネシスは、新しい玩具を手に入れた子どものように喜んでいた。御調は苦笑し、キルケは肩をすくめた。
=====================
次回12/31投稿予定
1945年3月17日 昼
久方ぶりに、気分の良い寝覚めに、ネシスは上機嫌だった。何よりも今日という日を絶好調で迎えられたことに喜びを感じている。
彼女は今、魔導機関の室内、その中央部に据えられた銀色の筒(マギアコア)内部にいた。マギアコアはカプセルの容器で、台の上に横たわるように据えられていた。
「まだかのう?」
好奇心旺盛の彼女はのぞき窓から、忙しなく外をきょろきょろと見渡した。
「もう少し待って。さっきから言っているでしょう」
あのドイツじんのキルケとか言うのが、少しいらついた声で返してくる。そんなに怒らなくてもよかろうにと思う。
「退屈なのじゃ」
「あと少しですよ、ネシスさん」
みつぎとかいう少尉が、優しく諭すように言ってきた。どうも気に入らない。初めて会った頃から、この女には嫌悪感というか、嘘くさいものをネシスは感じていた。
「わかっとる」
ぶっきらぼうに言い放つとネシスは、そっと目を閉じた。
昨夜の儀堂との会話を思い返す。
『君がここにいるということだ』
そう、妾はここにいる。もうあの牢獄に囚われることはない。それだけは確かなことだ。その事実が彼女の精神に安らぎをもたらしていた。今ならば、あの男のために存分に自らを役立てることができそうだった。
ガチリと硬質な歯車が回るような音がマギアコアの下部から伝わってきた。
「準備は出来たわよ。お姫様」
リッテルハイムが揶揄するように言った。
「その言い方は止めよ」
ネシスは口を尖らせ、文句を言うと、そっと目を閉じた。
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儀堂はちょうど対空指揮所から艦橋へ降りてきたところだった。警戒任務を開始してから数時間、今のところ、電探と水測から異常は報告されていない。オレの杞憂ならば良いが、そう思い始めたときだった。耳当てから中性的な声が発せられた。
『艦長、魔導機関へ同調接続が完了致しました』
御調少尉だった。儀堂は喉頭式マイクを押さえた。
「わかった。始めてくれ。異常があれば直ちに中止だ。その場合は通常通り、電探と水測に切り替える」
『承知しました。それでは始めます』
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電子演算機の真空管が忙しなく点滅する。演算機は<宵月>の対空、対水上電探および水中聴音機へ接続されていた。電波の揺らぎが視覚情報に変換され、音紋の旋律が聴覚情報に変換される。それらは演算機によって特殊なフィルタリングされて、マギアコアへ送信された。
電探が捕らえる反射波、聴音機が捕らえる音紋が、ネシスの神経パルスへ正しく変換されていく。彼女は自身の感覚が広がり、<宵月>と同調していくのがわかった。
「良いな。そう、これは良い」
ネシスは低く呟いた。
今やネシスの目から、<宵月>の取り巻く全てが遙か遠くまで見えており、そして感じることが出来た。
大空を駆ける渡り鳥の群れ、その上空を大きく旋回する烈風の編隊、海面下で求愛行動を繰り広げるイルカのつがい、さらに深い海の底をゆらりと航行するマッコウクジラの巨体。
それらの挙動をつぶさに彼女は見て、聞き、感じることができた。
これまでも彼女は<宵月>の周辺の状況を感じ取ることことができたが、それはあくまでも気配を探る程度に過ぎなかった。おおざっぱに定義するならば何となくに過ぎなかったのだ。それが今では明確な形状を持って認識できるようになった。彼女は<宵月>が発しているもの、そして受けているもの全てを感じとることができた。
今のネシスは<宵月>そのものだった。
「良いぞ、誠に良いぞ。お主ら、褒めてつかわそう。大義であった」
ネシスは、新しい玩具を手に入れた子どものように喜んでいた。御調は苦笑し、キルケは肩をすくめた。
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