あなたのタマシイいただきます!

さくらんこ

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isc(裏)生徒会

生まれた世界が違っても

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【純聖】

幸花が土の檻で覆われていく。
この能力は那由多…。

こんなもの幸花の力に掛ると直ぐに潰されるだろう。
しかし、無いよりある方がいい。
少しでも時間を稼げるなら、柚子由に手を施せる。

「どういうつもりだよ。ナユタ…。」

冷たい声が自分の口から零れたのが分かった。

俺は幸花を殺すための集中力を柚子由へと向ける。
いくら止血の為に押さえても血が止まらない。

こうなったら…。

柚子由の傷の上に優しく手を翳す。
そして、それと同時に俺の温度を一気に下げていった。
俺の手の表面も凍っていく、そして、その周りの空気中の水も凍っていく。

ここからが難しい。
細胞は凍らさず、その周りを凍らせていく感じ。

こう言うのは勘だ!勘!!

パキパキと音を立てながら柚子由を凍らせていく。
これで、強制的に出血は止まる。
そして、仮死状態に陥る…筈だ。

研究所でも何度もやったけど、蘇生率が100パーセントってわけじゃねぇ。
だから、本当は使いたくなかった。
でも、今の状態じゃ、柚子由は…。

氷漬けになった柚子由の周りを更に覆う様に空気中の水を凍らせていく。
これで、少しの衝撃では柚子由までは届かない。

「俺を止めた理由を教えろ。…策も無く止めたって言うなら、お前を殺して幸花を殺す。
俺には幸花の血液が付着しちまってる…これ以上増えたら逆に…

俺の方が幸花に殺されることになる。

答えろナユタ…なんで止めた。」

俺はこっちへと来たナユタに視線を上げて更に質問を重ねた。

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【千星那由多】

俺に問いかける純聖は、いつもの純聖ではない。
寧ろ怖かった。
俺と経験してきた人生が違うんだ、殺すと決めたらきっと徹底的だ。
でも、俺はそれを認める訳にはいかない。

「……ダメだ、幸花は殺しちゃいけない。
誰かがそれを認めたって、俺は認めない。
…もちろん、お前も死なせないし、三木さんも死なせるわけにはいかない…」

純聖から目を逸らさずに言葉を続ける。
こんなの、言い訳にしか聞こえない。
だから、俺は覚悟を決めなきゃいけない。
無理だとわかっていても。

「……10分、10分だけ時間をくれ。
それでダメなら俺ごと幸花を殺していい……」

口から出たでまかせのようなものだった。
10分でなんとかなるとは思ってはいない。
寧ろ、あの幸花を止められる力が俺にはあるのかと言われたら…無いと思う。
だけど、これが必要最低限の時間だ。
もしかすればその10分の間に俺は殺されるかもしれない。
それでも、やるしかない。

「…………」

純聖は俺の言葉に露骨に嫌そうな顔をした。
俺を見定めているのか、そんなことできっこない、と思っているのかはわからない。
でもここは、自分の意見を出さない俺が、付き通すべき時だ。

「頼む……!!チャンスをくれ……」

純聖の肩に手を当て、訴えるように真剣に目を見つめる。
銀色の瞳が一度伏せると、純聖は小さく息を吐いた。

「わかった、10分やる。
それで駄目なら……お前ごと幸花を殺す」

その言葉に安堵の息が漏れた。
いや、落ち着いている場合ではない。
信じてくれた純聖を、裏切らないようにしなければいけないんだ。

「ありがとう……」

そう言葉を落とした所で、幸花を覆っていたドームが壊れた音がした。
振り返ると、純聖を後ろへ下がらせるように前へと立つ。
目の前には、穴の開いた土のドームから涙を流しながらこちらを見ている幸花がいた。

「…………苦しいよな…幸花、……絶対助けてやるから」

そう呟くと剣を両手でしっかりと握りしめた。

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【純聖】

10分。
それはギリギリの時間だ。
幸花をどうにかした後柚子由を蘇生しなきゃなんねぇ。

俺がきっちり冷凍保存できていれば何の問題もねぇが、もし、…もし、だ、失敗している場合、蘇生までの時間は速ければ速い方がいい。
エーテルまでいけば誰かがどうにかしてくれるだろう。

『幸花の症状がこの前恵芭守で起きた事件と似てる。
そうなると、操作系だ。
晴生が言ってたんだ、操作系なら…操作されている者の体のどこかに、受信器がある筈って。』

幸花に向かって行く前にナユタがそう言っていた。
確かに、幸花は操られていると言っていた。
そうなると、受信器があってもおかしくは無い。
でも、幸花の血の糸みたいに見えにくいものだったらナユタはどうするつもりなんだ。

そんなもの、絶対10分じゃ見つけられない。

ナユタは俺には柚子由を守れと言った。
確かに、俺には血の糸が既に付いている。
体を高温にして水分を蒸発させたが、血の中の鉄分などの分子は付着したままだろう。
きっと、水分を飛ばしたくらいじゃ、幸花の血の呪縛からは逃げられない。

これ以上、俺に血が付着しない様にするにはナユタに任せる方が得策かもしれないが、そうなるとナユタは一人だ。

ゴクリと大きく喉が動く。

これでナユタが失敗したら俺は直ぐに幸花を殺す。
殺すと言っても手足を全て焼きつくすか凍らせるつもりだ。
そこまですれば動くことができないだろう。
もしかしたら幸花は生き残るかもしれない。
そして、俺を恨むかもしれないけど、……きっと、今回の件も謝れば左千夫や柚子由は許してくれる。
それも、柚子由を助けられたら、の話だけど。

もし、幸花が生きていたら俺も一緒に謝って許してもらおう。
幸花は俺のことは許してくれないだろうけど、…左千夫に許して貰うことはできるかもしれないから。

そんで、もし、奇跡が起こってナユタが幸花を止めれたら、それこそ、本気で俺、柚子由と左千夫に土下座するからさ。

「元に戻ってくれよ……幸花……」

冷徹に心を殺している筈なのに。
俺の口からはそんな蚊の泣く様な声が漏れた。
いつからこんなに俺は弱くなったんだろう。

氷の一部を溶かし、俺は柚子由の体温を一定に保つことを心がけた。

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【千星那由多】

「……あんたなんかじゃ無理……純聖、早く……殺して!」

土のドームから這い出てきた幸花の表情に心が抉られた。
こんな小さな子供に、こんな顔させちゃいけないんだ。

「…いいから黙ってろ、信じてくれ」

「…………信じられるわけ……っ!!」

幸花の手が上へとあがると、傷口から血の糸が無数に伸びる。
その先が鋭利になると、幸花は腕をこちらへと振るった。

あれには当たっちゃいけない。
瞬時に目の前に土の壁を作ると、その壁にいくつもの血の刃が刺さった。
砕けることは無かったので、そこから警戒するように顔を出すと幸花へと視線を送る。

とにかく晴生が言っていた受信機を探さなくてはいけない。
そうなると、幸花の動きを封じるしかなくなる。
動きを封じれる技と言えば、この間成功した水の龍…闇水津波を使うしかない。
そんな隙を与えてくれるかはわからないが。

再び幸花の腕があがった。
後ろに純聖達がいる状態ではかなり不利だ。
こちらに向かって振りかざしてきた瞬間に、土の壁を残したまま地面を蹴った。
幸花の後方へと回るように走って行く途中、剣に火を纏わせた。
追ってくる血のナイフを燃やすように剣を振うが、それを見計らったように血のナイフは幸花の元へと戻る。

できるだけ傷つけたくはない、なんて言える強さは俺には無い。
ただ、闇水津波が使える隙だけが欲しい…。

「アホナユタ!後ろ!!」

全て幸花の元へと戻っていたと思った血のナイフが、数本俺の後方にあった。
幸花の声でその事実に気づき、炎の剣を振うと、血のナイフは蒸発した。
これぐらいの数なら燃やせる。
だけど、もっと多くなるときっと無理だ。

「アホナユタ……殺せなくてもせめて…攻撃して……」

その言葉に奥歯を噛みしめる。
攻撃する、と言っても、炎が当たれば幸花は確実に大火傷を負うだろう。
仲間には回復できる奴もいない。
頼みの綱も今はない。

「それは…無理だ……」

その言葉の後、幸花は無表情のまま両手をあげた。

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【幸花】

絶対に無理。
アホナユタに私は止められない。
純聖でも止める事ができないんだ。
それなら殺してくれる方がみんなのためになるということを、こいつはわかっていない。

私の両手があがる。
無数に出ていた血の糸が繋がり、次は大きなナイフとなった。
これで、アホナユタを殺すことは可能だ。
いや、どうせなら、アホナユタを殺してしまった方がいいかもしれない。
こんな足手纏い……ううん、今は私が一番足手纏い。

「……アホナユタの選択は……間違ってる…」

自分の腕が意思とは関係なく振り降ろされる。
アホナユタは走った。その大きなナイフから逃げるように。

でも、もう駄目。
きっと私はあいつを殺す。

心が沈んでいく。
どうでもいい人を傷つけることなんて、慣れているはずなのに。

「逃げて……ナユタ……」

自然と掠れた声が喉から漏れた。
もうそれしか私には言えなかった。
アホナユタが何か文字を綴った瞬間に、そこから火の矢のようなものが飛び出す。
けれど、それが大きな血のナイフに当たる前に、血は弾けるように拡散した。
火の矢を避けるようにバラバラの細い糸になると、アホナユタの身体に絡まるように突き刺さった。

ほら、もうダメ。
10分?5分も持たなかったじゃない。
でもいい、アホナユタが黙れば、私は純聖に殺してもらえる。

血の糸がアホナユタの身体に突き刺さったまま、宙に浮いて行く。
私の身体が純聖の方へと向いた。
空いている手で土の壁へと血の弾をなげつけると、壁は粉々に砕け散った。

その向こうに、こちらを見据えている純聖がいる。

「……純聖……早く、殺して…」

目いっぱい笑ったつもりだった。
これが最後になるかもしれないから。
もっと、生きたかったな。
左千夫や柚子由、純聖達と、もっと一緒にいたかったな。

でも、悔いはない。
死なんて、誰にだって訪れるものなのだから。
それが、私にとって今というだけ。

アホナユタを宙へと掲げたまま、足が純聖と柚子由の方へと向かって行く。
後方で何かが落ちた音がした。
きっと、アホナユタの剣だろう。
できないことをやろうとしたあいつが……悪い。

「幸……花っ……!」

頭上から聞こえる苦しそうな声に、もう耳を傾ける事は無かった。

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【純聖】

やっぱ、ナユタは直ぐにやられてしまった。
そうだよな。
これが現実ってやつだ。
俺達が研究所に居たときは毎日起こっていた実力社会。

そんな俺達に夢を与えてくれたのが左千夫。
だから、俺も幸花も左千夫にそむいてまで夢を見たいと思わない。
俺の選択は間違って無い。

時間は五分も経っていないだろう。
調度良い、柚子由の仮死状態をとくのは早ければ早い方がいい。

土の壁が砕ける音が響き渡る。

「―――ッ!!!」

なんだよ!なんで笑ってんだよ!
しかもそんな顔で!!
お前、俺に笑いかけたことなんてなかったじゃないか!

「確かに……俺は…お前に笑いかけて欲しかったけど…さ、なにも、こんな時に笑うなよッ!!そんな顔で!!!」

俺は幸花を燃やすつもりだった。
でも、凍らせることにした。
その方が痛みが少ないかもしれない。
勿論柚子由みたいに蘇生できるかもしれないと言う思いも有ったがそんな慎重に凍らせる芸当を幸花がさせてくれるとは思わない。

「痛いより……いいだろう?」

ピキピキと俺の手の周りの空気が嫌な音を上げ始める。
幸花の血液が付着した体の部位の表面をまず凍らせていく、これで、もし血の糸を付けられても一回は氷を溶かすことで何とかできるだろう。

接近戦。

それにさえ持ち込めたら俺の勝ちだ。

冷気を纏った俺が地を蹴ろうとした瞬間、何かでかい物体が頭上から落ちてきた。
俺も幸花も同時に頭上を見上げ、その瞬間に何か液体が幸花に飛んでいった、その液体が幸花の顔にべちゃりと掛る。

「――――――ッん!!!」

幸花が痛そうに両目を閉じた。
もがこうとしているのだろうけど、それは出来ていない。
操作されているからだろうか。

でも、これはチャンスだ。

「誰かしらねぇが……ッ」

今ならもしかしたら、幸花を捕らえられるかもしれねぇ、それが出来るのは今、一番近くに居るナユタだけだ。
俺は地にある砂を凍らせるとそれをナユタを繋いでる血の糸に向かって蹴りつけた。

その後に俺の背後に幸花に粘液を投げつけたやつが降りてきた。
てっきり知り合いかと思ったが…そこには190センチくらいの大きな男が立っていた。

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【千星那由多】

結局……駄目だった。
全身に針が刺さり、締め付けられる痛みに気を失いそうになる。
俺のせいで誰かが死ぬ。
受け入れられない事実、しかしそれは現実でこれから起こる事だ。

喉が詰まる。
握れなくなった剣が、ガランと音を立てて地面に落ちた。

「純……聖っ……!や……め……」

それでも少しでも二人を止めたかった。
俺が約束を守れなかったから、こうなってしまったというのに。

ギリッと奥歯を噛みしめたその時だった。
浮いていた身体が重力によって地面へと落下する。
血の糸が切れたんだ。

「げほっ……が、はっ……」

咽ながら息を必死で吸い込んだ。
俺達の他に誰かがいる。そいつが幸花に何かをした。
黄緑色の髪の……長身の男だ。

今そいつが誰だか考えている場合ではない。
幸花はその男によって視界を奪われているようだが、身体が操られている以上動く。
この拘束のチャンスを逃してはいけない。

急いで地面に落ちている剣を握ると、ふらつく身体で立ち上がり、宙に文字を綴った。

「闇水津……波…っ!!」

その言葉と共に、幸花目がけて龍の形をした水が暴れながら飛んで行く。
身体にがっちりと巻き付いた瞬間、俺は幸花の元へと走った。

水の龍に巻き付かれている幸花の身体が暴れる。
両目は何かの液体が付着し、開ける事が出来ない状態のようだ。

どこだ……受信機はどこにある。

焦りと緊張で心臓が早い。
幸花の身体を確認するように、くまなく探し続ける。
…目に見えない物だったらおしまいだ。

「早くしろ那由多!!拘束解けちまうぞ!!」

純聖の声が聞こえる。
わかってる、慌てるな、絶対にある、あるはずなんだ…!!

幸花の太い三つ編みをかきあげた瞬間、首筋にキラリと光るものが見えた。

「…あった!!!!!」

調度幸花の三つ編みで隠れる首後ろ。
異様な場所に、小さな服のボタンのようなものがあった。
これが受信機なはずだ。

それに手を伸ばそうとした瞬間、幸花を拘束していた水の龍がはじけ飛んだ。
そして、幸花の拳が俺の顔へとダイレクトに放たれる。

「――――ぐッ!!」

酷く痛い。こいつどこからこんな力出してんだよ。
殴りながら俺から逃げようとする幸花を、逃がさないように腕をしっかりと掴みながらその受信機へと手を伸ばす。

「ナユ…タ…!!早く…………だめ……ッ!」

幸花の掠れた声が耳元に落ちる。
それと同時に首後ろの受信機を引きちぎろうとした手は、幸花の血のナイフに突き刺された。

「あ゛ぁああッ!!!!」

何度も繰り返し、容赦なくナイフが突き刺さってくる。
血が散乱し、痛みでうまく力が入らない。
しかし、引いては駄目だ。
耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろ。
これさえ取れば……幸花は自由になる…!!!!

誰も死ななくて済む!!!!

「――――っだあああああああああッ!!!!!」

幸花を地面へと押し倒す体勢になると、手に取った受信機をその勢いで地面に押し当てる。
手の中で何かが潰れる感触があった。
そして、それが潰れたと同時に、幸花が動かしていた手がピタリと止まった。

「……っはぁ……はぁ……」

「…………ッ……ナユタ……」

薄らと開いている瞳が、俺を見ていた。
腕に刺さっていた血のナイフがどろりと血液に戻る。

「…………止まった……」

幸花がそう言った瞬間に、俺は自然と小さな身体を片腕で抱きしめていた。
刺された痛みなどもうどうでもよかった。
幸花はもう、誰かの操り人形ではなくなったんだ。

「ごめんな……っ……時間かかった……」

やり遂げる事ができた安堵感に、声が酷く震えた。

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【純聖】

やっぱり無理だ。
これが左千夫だったらいけたかもしれない。
でも、ナユタじゃ無理だ。

もう、拘束も破られた、…ってなにしてんだよ、ナユタ。
俺達の為に血まみれになってなにやってんだよ。

「…………止まった……」

そんな幸花の声が聞こえた瞬間、俺の双眸から涙が零れ落ちた。
無意識だった。
無意識で人って泣けるんだな。

手の甲で涙を拭い、歓喜に震えることを言葉で表現しようとしたその時だった。
俺の近くに降り立った黄緑色の髪が柚子由に向かって歩き始めた。

「お、おい!何するつもりだオマエ!!!」

「見るだけだ…見せろ…」

そう言ってその男は柚子由の直ぐ近くまで近づいていった。
特に殺気とか、そんなものは感じなかったので俺は緊張しながらもこいつが近づくことを許す。
それよりも、また冷気を与えて温度を下げなきゃ。
んで、周りの氷を薄くして運べる状態にしねーと。

ここからエーテルは目と鼻の先。
こっからは時間との勝負だ。
喜んでる場合じゃなかった。

「……やっぱり、違う。サチオじゃない……、似てるだけ…」

「え、お前。左千夫知ってんの?」

「…?お前、サチオ知っているのか?…こいつ、怪我してる。俺、怪我、治せる…ここ、触らせろ。」

なんだ、この押し問答は。
それよりもなんだよこいつの片言。
外人か…?

しかも怪我治せるとか胡散臭いんだけど。
まぁ、いいや、どうせ氷は薄くしねーとなんねぇーし。
これ、難しいんだよな。

俺は右手は熱を逃がし冷たくしていく、そして左手は熱を吸収し熱くしていく。
右手を氷の中まで突っ込んで柚子由を凍結させたまま、周りの氷だけを溶かしていった。
そうすると、男が俺の直ぐ横に来る。

「おい……変なこと…すんな…よ…!?????」

そんなこと言っている間に何かが柚子由の腹部に触れた。
つーか、舌だよな舌!
なに、こいつ!舌なげーんだけどっ!つーか人間じゃ無理なんですけど!!

その時だった。
ポワンっと舌が触れた部分が輝いた。
そして、みるみる柚子由の傷が塞がっていく。

「やっぱり、難しい…さっさと、解凍しろ。舌が冷たい。」

「お、おう。」

ったく、えらそうに言ってくれるぜ。
取り合えず、舌は今はいい。
コイツが回復系なら柚子由を治してもらおう。
俺は一気に両手に熱を集めると柚子由の周りを熱で包んで行く。
次は全身を均一に溶かす。

凍った細胞を温めて震わせて。

細胞を壊さない様に気を付けて。

俺が柚子由を蘇生しているあいだも横の男の舌が柚子由を包んでいた。

だからだろうか。
俺が柚子由を蘇生し終えたときにはとても綺麗な状態でどこも細胞は壊れて無かった。
こんなに完全に人間を冷凍して解凍できたのは初めてだった。

「……純聖……君?」

長い睫毛の瞼が上がっていく、その後ろから優しい柚子由の瞳が現れた。
ちゃんと、生きてる。

ああ、駄目だ、また、目になんか溜まってる。

「ご、ごめんなさい!!その、謝っても許して貰えねぇかもしれねぇけど!!幸花!!操られてたんだ!!だから!だから!!
俺も、一緒に罰を受けるから、許して……やって…お願いだ、柚子由…!!俺!どんな罰でも受けるからさ!!」

俺は柚子由が生きてるって分かった瞬間に柚子由から少し離れた位置で土下座した。
額が地面に当たってゴツンって音がしたけどそんなことどうだっていい。
声も涙で震えちまったけど、取り合えず俺にはこれくらいしかできないから。
罰って凄く痛くて苦しいけど、柚子由や左千夫から与えられるなら大丈夫。

-----------------------------------------------------------------------

【幸花】

手の平を閉じ、開く。
自分の身体が自分の思うがままに動く。
研究所から解放された時のように、私は二度目の自由を味わった。

ナユタが私を抱きしめている。
身体が震えていて、こんなんじゃどちらが操られていたのかわからない。
でも、不思議と嫌ではなかった。

「……時間かかりすぎ……ていうかどいて」

それだけ告げると那由多の股間を蹴り上げた。
悶絶するように横へと倒れ込んだけど、元気そうなので大丈夫だろう。

「い、いってぇな……!怪我してんだぞ…俺!」

「それくらいで死なない…………」

寝転がっている那由多を見下ろすと、自分の服の汚れを落とすように叩く。
そして背を向けると、小さく小さく呟いた。

「……でも、ありがとう……」

私がナユタにお礼を言う日がくるなんて思わなかった。
途中はダメダメだったけど、結果としては良くやったと思う。
こいつが私をどうにかすると言わなきゃ、私は純聖に殺されていただろう。
それに…ちょっと、ほんのちょっとだけ、カッコよかったし。

そんな事を考えていると妙に恥ずかしくなって、ナユタに顔も向けずに柚子由の方へと向かった。
どうやら黄緑頭の男は治癒能力を持っているようで、柚子由は回復し、うっすらと瞳を開けている。
死ななくてよかった。
でも、傷つけてしまった事実は変わらない。

黄緑頭へと視線を向けると、ナユタを指差す。

「あいつも回復してあげて……一応みんなにとって、大事な人だから」

「…わかった」

黄緑頭がナユタの方へと向かったのを見た後、土下座している純聖の横へと座り込む。
そして、私も地面に額を宛がった。

「……純聖は悪くない。私が全部悪い。
罰なら、私だけにしてほしい……」

それだけ告げると拳を握りしめる。
私が弱いから、柚子由を傷つけて、そしてナユタも傷つけた。
もちろん、純聖の心にも深い傷を負わせただろう。

「本当に……ごめんなさい…………」

-----------------------------------------------------------------------

【三木柚子由】

ああ…私の不注意で二人を悲しませることになった。

幸花ちゃんの様子がおかしくて近づいた私は彼女の攻撃によって倒れてしまった。
腹部を襲った痛みは今はもうなくて、違和感のようなものだけがそこに存在する。

そして、私の周りで地に頭を擦りつける子供が二人。

「だめだよ…そんなことしちゃ。」

私は慌てて体を起こした。
血が足りないのか少しふらっとしたけどそんなこと関係ない。
直ぐに抱きしめるようにぎゅっと二人を無理矢理すくい上げた。
小さな私には二人を抱きしめるのは大変だけど、そこには二つの温かさがあった。

「よかった…二人とも無事で。」

純聖君に電話した時の違和感は無くなっているようで私はほっと息を吐いた。

純聖君と幸花ちゃんが不思議そうにこっちを見上げた。
どうしたらいいか分からない瞳だ。
エーテルに来る子がよくする瞳。
どうしたら、怒られないか、生きていけるのか考えている瞳。

「いっぱい、なぐっていいんだぜ…柚子由になら、熱湯掛けられても、俺、大丈夫…」

「違う…純聖はなにも…悪くない…私が、…私が悪いから…」

そういう二人はとても可愛くて、とてもかわいそうだ。
可愛そうと言う同情は良くないのはわかる。
でも、それ以外のどの言葉を使えばいいか分からなかった。

「そんな痛いこと、できない…よ。あのね、…純聖君も、幸花ちゃんももっと自分を…大事にして…?もっとあがいて?折角、左千夫様が助けてくれたんだから……もっと、長く、左千夫様と一緒にいよ?」

私にはこの二人の世界を変えるなんて到底無理だから。
こんな言葉しか掛けられないけど。

私は何一つ怒っていなかった。
もし、怒っているとするならこんな子供にこんなことをさせたその相手、だろう。

私は真っ直ぐに顔を上げた。

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【幸花】

柚子由の言葉は暖かかった。
私達に罰を与えるどころか、別の道を示してくれている。
もっと長く左千夫といよう、と言われると、また涙が溢れてしまいそうだった。
どうしてこんなに優しくて暖かいんだろう。
凍った心が溶けて、それが涙になっているような気がする。

私は幸せ者だ。
叱ってくれる人や、優しくしてくれる人がたくさんいる。
私も純聖も、ここにいていいんだ。
生きてていいんだ。

「……ゆず――――」

ぐしゃぐしゃな顔をあげ、柚子由の名前を呼ぼうとした時だった。

「見事でしたね。
ここで成仏すればあなた方も釈迦の素晴らしさに気づいたかもしれないのに…」

女の声が、表の路地から聞こえる。
全員がそちらへ視線を送ると、変わった格好をした女、そして男達がいた。
見た所、左千夫達と同じくらいの年。

「……煤孫さん……」

柚子由がその女を見て名前を呼ぶ。
煤孫と呼ばれた女は、丸い眼鏡を押し上げると、柚子由へと視線を送った。

「三木さん、その節はお世話になりました。
お怪我は大丈夫ですか?
今回はドラッグの時よりもうまく行くと思ったのですが……やはり地区聖戦優勝候補、愛輝凪高校(裏)生徒会なだけありますね」

これだけでは、私には理解できないことが多い。
けど、きっと私の身体を操っていたのはこいつらだ。
そう感じると血液が沸騰するように怒りがこみ上げた。
今にも襲いかかってやろうと自分の血液に触れたが、柚子由に制止されてしまう。

「おまえら…羅呪祢高校だよな……。
恵芭守や幸花を操ったの……お前らなんだろ…」

黄緑頭に回復してもらっているナユタが、そいつらを睨みつけていた。
相手は6人。
こっちはさっきまで闘っていて、疲労しているので確実に今闘うのは不利だ。
戦闘になれば、確実に負ける。

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【釈迦戸葉月】

「手荒なまねをして悪かったね。…それでも、私達にとっては釈迦のお告げは絶対なんだよ。
恵芭守高校からポイントを奪ったのは悪かったと思っているよ?
でも、地区聖戦はそういうものだから仕方が無かった。
そして、今回も。
愛輝凪高校の(裏)生徒会長はそんな者たちを飼っているだろ?
私達の釈迦、羅呪祢(ロシュネ)(裏)生徒会会長 押矢歌留多(おしやかるた)はその者たちの開放と言うありがたいお言葉をいただいた。
私達はそれを実行しに来ただけ。

でも、今回は地区聖戦決勝間近だからね、一旦引かせて貰うよ。」

僕は、羅呪祢(ロシュネ) 高校の副会長の釈迦戸葉月(さかどはづき)。
彼女は煤孫楼亜(すすまごろあ)、会長を手助けする副会長だ。
僕のポディション的には会長の押矢歌留多を止める立場にあるが、地区聖戦ともなればそうも言ってられない。

そして歌留多にはチャクラが開いた。
それは僕達が従わなくてはならない釈迦の証。

ここに居るメンバーは全て釈迦の示す道についていくものたち。

そして、何も話さない釈迦の言葉に耳を傾けれる者も揃った僕達が負けるはずはない。

「君は千星那由多だね。
どうして、異端者の争いに首を突っ込んだの?
そんなことをしなければ怪我をしなくても済んだよ?

自分の道をもっと考えた方がいいよ。」

千星那由多。
データでは愛輝凪のお荷物と書かれていたけれど、僕にはそう見えないね。
彼が全てを調和しているイメージがある。
それに、三木柚子由。
彼女の存在も大きいのでしょう、この混乱に乗じて何人か欠場となるほどの怪我をしてくれればよかったのだけれど。

それにしても、愛輝凪に治癒能力者が居るとは聞いていなかった情報だ。

あの大きな男は何者なのだろうか。

「那俄性(ながせ)、舎苦無(しゃくない)、歌棄(うたす)、尸賀(しが)、楼亜ちゃん、行くよ。」

今回はあいさつ代わりに来ただけなので、一度引くことにする。
また、続きは地区聖戦の決勝に勝ってからでも十分間に合うでしょうしね。

「色即是空、空即是色 」

尸賀が解除の言葉と共に輪宝で宙に円を描いた瞬間、僕達の姿はその場から消えた。

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【千星那由多】

「おいちょっと待――――!!」

身体を起こし、羅呪祢の奴等を止めようとしたが、奴等は一瞬にして姿を消した。
意味のわからない事をつらつらと述べていたが、全ての事件は羅呪祢高校の会長が発端だという事がわかった。
何がありがたいお言葉だ。
恵芭守の(裏)生徒会、そして幸花をあんな目に合せておいて、そんな理由で許されるわけがない。

「くそ……っ」

もう少し相手の事を聞きだしたかったが、それは叶わなかった。
何が異端者だ。ふざけてる。
怒りで震える手を握りしめると、すっかり癒えた傷口が目に入った。
少し身体はだるいが、無理なく動かすことができる。
羅呪祢の事も気がかりだが、この黄緑頭の男は一体何者なんだろう。

「なぁ、あんたは――――」

「そうだ……こんな事してる場合じゃないの…!」

黄緑頭の素性を聞き出そうかと声をかけた瞬間、三木さんが純聖達に支えられながら起き上がった。
その表情から、何か重大な事があるのだとわかる。

「……エーテルが……大変なの!!今すぐ行かなきゃ…!!」

その言葉に俺は眉を顰めた。
さっきの羅呪祢の男が言った言葉と、エーテルに一大事が起きている事が重なる。
エーテルにいる人たちが、幸花のようになっていたら…。

「…急ぎましょう!!」

ここでうだうだと羅呪祢の事に悩んでいる暇はなさそうだ。
立ちあがると、全員がエーテルへと向かった。







   



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じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

兄になった姉

廣瀬純一
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
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ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

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