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isc(裏)生徒会
悲劇を操る者
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【五十嵐栞子】
身体は意思とは関係なく動く。
こんな非道な闘いは、初めて。
絶望。
そればかりが頭を巡り、どうにもできない歯がゆさは涙になって消えた。
辺りには、良く知った仲間達の悲痛な叫び声がこだましている。
そう、今、私は愛する人……仲間を攻撃している。
どうして?
どうしてこんな事になったの?
…事の発端は、歌棄走士という男と勝負になったことから始まった。
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「どういう、事………ッ!?」
私の身体がおかしくなった。
歌棄走士という男が、ラビリンスでの勝負を一人で挑んで来た。
第一ステージでラビリンスの説明をしている最中、急に身体の自由が効かなくなり、私は自らこの男の元へと歩み始めていた。
全員が見守る中で、だ。
仲間達も驚いたに違いない、けれど、私が一番意味がわらかなかった。
必死で歩んで行く足を踏ん張っているのに、自分の物ではないかのように動いている。
歌棄走士の横へとたどり着くと、歩んでいた足がピタリと止まり、御神様達へと踵を返した。
完璧に身動きが取れなくなると、歌棄走士は私の喉元に槍を突き付けてきた。
「栞子……どうしたんだ?そいつは知り合いか!?」
「こんな奴知りません!……身体が……勝手に!!」
私の言葉に全員の表情が曇った。
この男に寝返ったのではと、疑っている者もいるだろう。
心臓が今の状況に大きく跳ねあがり、血の気が引いて行った。
違う、私は御神様を、みんなを裏切ったりしない。
「し、信じて……!!」
表情は歪むのに、身体は震えない。
行動で示すことはできないのならば、言葉で理解してもらうしかなかった。
暫く沈黙が流れた後、御神様が一番に口を開いた。
「……僕は栞子を信じよう」
自分の心に安堵が広がる。
加賀見匡はこちらを疑惑の目で睨み、御神様の言葉に大きくため息をついていた。
緊張感の広がる中、御神様は言葉を続ける。
「……歌棄走士、目的はなんだ?」
「……お互い全部の点数を掛けて勝負したい」
歌棄走士の言葉に、全員が耳を疑った。
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【加賀見匡】
歌棄走士、所属高校は羅呪祢(ロシュネ) 高校。
羅呪祢(ロシュネ) 高校は多くの高校と同盟を結んでいる。
点数の変動を望まず、キープする方針だからだ。
なので、我が高校、恵芭守に入ってきた時点でおかしいのだ。
五十嵐の裏切りかとも思ったが今は矛先を突き付けられている状態だ。
このまま見捨てて死なれても後味が悪い。
御神はこういうやつなので五十嵐のことを信じるのは容易に推測でした。
仕方が無いので、用件だけでも聞いてやろう。
「……お互い全部の点数を掛けて勝負したい。
そして、この空間を解け。」
歌棄走士、見るからに巨体で体力タイプ。
身長は2メートルを超えているだろう。
見るからに硬い筋肉を纏っており、青い髪をオールバックにしている。
口も大きく口角が上がり品の悪い笑顔でこちらを見ている。
青い目は血に飢えているのだろう、どす黒い光が蠢いている様だ。
羅呪祢は仏教高校なので制服が袈裟なのだろうが、目の前の男からは仏教の基本である不殺生戒の心は見受けることができなかった。
それに奴が提示した条件はばかげている。
そんなもの頷ける筈が無い。
「お、オイオイ!そりゃねーんじゃね?俺ら、恵芭守は現在一位だぜ!一位!!
お前、このラビリンスに入る為にポイント払ったから10ポイントもねー状態だろ?
それで俺らの点数掛けろなんて…、な?匡ちゃん。」
雄馬が先導を切って言葉を発していた。
そして、こちらに賛同を求めてくる。
「そうだな。雄馬にしては珍しく分かってるじゃないか。」
そんなものNOに決まっている。
僕ならば。
「分かった、君のその勝負受けて立とう。」
しかし、これが我が高校の会長の答えだ。
コイツの人の良さは本当にバカとしか言いようがない。
「なんだい、加賀見君、珍しく反論しないんだね。」
「僕は無駄なことはしない主義だからな。
それに、勝てばいい話だ。」
きっと何か罠がある。
それも分かっているがここは乗るしか方法が無い。
どんな策略があろうとも僕が暴いてやる。
「グッフッフ、嬉しいねぇ。了解して貰えて。
俺はこう見えても約束さえ貰って貰えれば温厚的なんだ。」
そう言って歌棄走士は、五十嵐を盾に取ったまま友好のあかしと言うかのように全員に握手していった。
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【田井雄馬】
おいおい…マジかよ?
五十嵐が裏切ったのかと思ったけど、なんかそれも違うみてーだし。
しかも御神はバカな俺でもわかるような、明らかにおかしい勝負を受け入れやがった。
でも、それは仕方ねーよな。
俺だってもし匡ちゃんがあんな風になったら、絶対に匡ちゃんの言う事を信じちまうと思う。
歌棄って男は、これまたいやーな笑みで俺達に握手をしてきた。
いけすかねーな。
こいつは危ない奴だと、本能的に悟ってしまうほどには嫌な雰囲気だ。
全員と握手が終わると、少し離れた場所で歌棄が口を開いた。
「羅呪祢(ロシュネ) 高校、歌棄走士。勝負は決闘!ポイントは総掛け、いざ尋常に勝負!!」
宣誓すると同時に、五十嵐を突き離すようにしてこちらへ押しやってくる。
五十嵐は不思議そうな顔で自分の身体を見つめていたが、すぐに御神の側まで来ると、一緒に後ろへと一歩下がった。
俺を含め、武の奴等は前へと出て、知の奴等は俺達の後方へと並んだ。
そしてすぐに羅呪祢高校のヒューマノイドが上から降って来る。
仏教系の高校なので、なんとも言い難い神々しい雰囲気のあるヒューマノイドだ。
目が全てを悟ってるような…俺的にはすごく気持ちが悪い目だった。
「……それでは、勝負……始め」
ぼそり、と起伏のない声が聞こえると、俺は気合を入れるために声をあげた。
「っしゃー!いっちょやってやんぜ!!!!」
俺は歌棄に向かって行くように地面を蹴った。
――――はずだったんだ。
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【葛西知穂】
「く、…どこが尋常に勝負だ。栞子様をあんな目に合わせて…」
歌棄走士の能力がなんなのかさっぱりわからなかったが。
栞子様は無事にこちらに帰ってきた。
それと同時に御神様が幻術を解き、この場所がラビリンスではな無く普通の廃れた体育館へと姿を変える。
既に戦闘開始の声が掛ったが私は念のためにこちら側へと戻ってきた栞子様に声を掛けた。
「ご無事ですか栞子様。
糸か何かを付着させられたのでしょうか?」
そう言うと彼女は薙刀で全身を周りを切る様にお回しになった。
「もしそうだとしても今はもうないみたいだわ。」
「違和感がありましたら、また直ぐにお声をおかけください。今度は全力で止めます。」
「栞子は無理しなくていいよ。
僕が前衛に混じって来るから、そこで戦況に応じて葛西の指示で動いてくれ。」
そう言ったのは御神様だった。
彼は武と知の中間に居る存在。
なので、私達指示する側に居ることも、武と一緒に直接攻撃しに行くこともできる。
フライスウェイターを手に歌棄走士へ向かって走って行くところだった。
しかし、それから信じられないことが起こる。
「なッ!?御神様!!避けて下さいッ!!」
まただ、さっきと同じだ。
何かに引っ張れている様子はない、自然な動作で栞子様が動き出した。
薙刀を振りかざす様にして御神様に斬りかかる。
「おっと。分かっては居たけど、正々堂々とはいかないみたいだね。
全員!!歌棄走士をさっさと叩いてくれ。」
御神様は寸前のところで薙刀をかわしていた。
間一髪と言ったところだろうか。
「樹里……御神のフォローを…」
めったに指示を出さない小鷹が口を開いた。
それだけ今起きている自体は異常なのだ。
大比良がこちらを向いた、そこまでは良かった。
「ッ!樹里…!?…どうした……まさか…」
「わからない…手が、手が…勝手に…逃げて、安治君!逃げて…!!」
機関銃は一歩下がっていた知のメンバー全員に向かって発砲されていた。
知のメンバーそれを避ける様に宙に飛びあがり、旧体育館に転がっている使い古された机や椅子を弾よけにした。
「小鷹ッ、何か分かるか!?」
大きく声を上げたのは加賀見だった。
そう、ここには情報分析能力に長けた者は居ない。
唯一、小鷹がその知識と医療の能力を駆使して分かるぐらいなのだ。
「……わからない」
「ッチ…それなら、どうにかして拘束するしか無いか。」
御神様はこちらには下がることができておらず、いまだに栞子様と戦っておられた。
全員が混乱している中で御神様と加賀見だけが冷静に事を判断しているように見えた。
しかし、そんな希望も直ぐに砕けることになる。
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【法花里津】
闘いが始まった。
でも、それは歌棄走士という男とではない。
私達仲間の闘い…。
大比良の銃を避けるように上へ舞い上がったけど、すぐにクロエが能力を使い、宙へと浮き上がって来た。
放たれる気功を間一髪で避けると、体勢が崩れ地面へと落ちる。
「……クロエ!どうなってるんですか!!」
「分からない…全く体が動かないの…」
そう口では言うけど、攻撃は確実に私に向かっている。
操られている、としか言いようがなかった。
歌棄走士を叩くしかない…。
けれど、今目の前にいるクロエをどうにかしないことには、その先には進めむことはできない。
頭で考えるよりも早く、再び気功を打ち込まれると、その衝撃に身体が壁へと吹っ飛んで行く。
「――――きゃあッ!!!!」
思い切り壁にぶち当たると、全身に鈍い衝撃が走った。
それでもクロエは私をまだ狙っている。
だめ、クロエになんて攻撃できません……それに、私なんかが敵う相手じゃない…。
「りっちゃん!!逃げて!起きて!!!!」
クロエの悲痛な声がした後、両腕を後ろへと引き、気功を放つの構えを取った。
起き上がろうとしても、打ち付けられた衝撃で身体が重い。
…………もうだめ……!
強く目を瞑った瞬間、激しい音と同時に目の前に人影が映る。
空気が揺れたけれど、私の身体はなんともない…。
薄らと開いた視界の先に立っていたのは、小鷹だった。
大きな腕を身体の前でクロスし、クロエのから放たれた衝撃波を身体で受け止めたようだ。
「……小鷹……っ!」
「……気を抜くな……今は敵だと思え」
その言葉の後大比良が銃を放ってきた。
小鷹はクロエの攻撃を受けたにも関わらず、私の身体を担ぎあげると弾を避けるように走り始めた。
「どうしたら、いいんですか……!」
「…………」
その言葉に小鷹は返事をしなかった。
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【Chloe Barnes】
「りっちゃん!武器を大きくしてッ!防御してッ!!」
駄目。
体が全く言うことを効かない。
気功で守っていた私の体に何か異様なものが付いた気配なんてありませんでした。
それならば催眠術の類?
どちらにしろ解除方法が全く分からないことだらけ。
私の表情はどんどん青ざめていく。
戦闘の場合、武の者は知の者を守りながら戦うのに、その知の者を今私達は攻撃している。
そんなことをすれば、どういう結末になるかは分かりきっている。
「りっちゃん!はやくッ!はやくッ!能力を展開してッ!!」
そう言いながらも私の体は気功砲を練り、小鷹君とりっちゃんを攻撃してしまっている。
「きゃああああああ!!」
「―――くッ!!」
小鷹君がりっちゃんを守る様にしてふっ飛ばされて行く。
そしてその場にりっちゃんだけが残った。
私は絶望した表情でりっちゃんを見下ろした、だめ、このままじゃ私はりっちゃんを。
「―――逃げてぇえええ!!!」
そう告げた瞬間にりっちゃんは自分の天秤の武器を大きくして私の気功を防いでいた。
りっちゃんの目には気力が戻っている。
それを見て私はホッとしたのに、次の瞬間りっちゃんは私に向かってきてしまっていた。
「りっちゃん……!?」
「待ってってください、クロエ。今、動きを止めます。」
「駄目ッ!りっちゃんじゃ、私にはッ…!」
確かにりっちゃんの瞳には気力が戻っていました。
けれどこの時の私達は既に戦える状態ではなかったのでしょう。
大きくなった天秤で私を殴りに掛る、りっちゃん。
それからはとてもスローモーションだった。
私が気功によってそれをはじき返す。
後は見たくない光景でした。
それでも、私の瞳は閉じることはありません。
私の繰り出す重力操作でりっちゃんが地に落ちていきます。
重たくなった天秤に押し潰されるように。
「いやぁああああああッ!!やめて!やめてください!!!!!!!!!!!!」
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【大比良樹里】
嫌だ……なんで、なんで樹里は皆を攻撃してるの?
身体が言う事を聞かない。
自分の意思が、通用しない。
クロエさんが法花さんに襲いかかっているのを横目で見ながら、自分の足取りは気功で吹っ飛んだ安治君の方へと向かっている。
今は、クロエさんを止めることなどできない。
樹里自身が自分を止めれないからだ。
「……安治君……っ!!」
自分の構えた銃が、体勢を崩している安治君へと向いた。
「いや……や、だ……ッ!!」
どんなに抵抗しても、トリガーを引く指は言う事を聞かない。
今にも銃を放とうとした瞬間、先に安治君が銃を狙ってメスを飛ばして来た。
照準が外れると、彼はその隙に身体をよろめかせ逃げるように地を蹴り走り始めた。
「安治君……!お願い!!樹里を一度…殺して!!」
安治君を傷つけたくない。
なら、安治君に樹里を傷つけてもらうしかない。
殺す、とまではいかなくても、彼の能力なら私の身体の機能を止めることができるはずだ。
彼にとっては人を傷つける行為は辛い事かもしれないけれど、樹里の身体が言う事を効かない以上、それしか方法が思いつかない。
「………」
無言で振り向いた安治君の表情は、酷く悲しそうだった。
そして、彼が治療に使っている魔法の絨毯へと飛び乗ると、私の攻撃を避けるように宙を舞った。
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【小鷹安治】
……痛む。
身体の痛みよりも、心の方が重傷だ。
魔法の絨毯に飛び乗ると、樹里は私を追う様に銃を放ってきた。
そのまま体育館内を飛び回りながら、仲間たちの様子を眺める。
地獄。
まさにその言葉が似合うだろう。
仲間と争いたくなどない、皆を助けたい。
きっと全員がそう思っている。
しかし、そんな甘い事を言っていられる状況ではなかった。
そうだ、私は樹里を攻撃しなくてはならない。
それが今、最善の策だ。
「…………っ」
視線を樹里に向ける。
ほんの少し、隙ができればいい。
弾が切れる瞬間だ。そこを狙い、身体の機能を一時的に停止させる。
そうすれば、彼女の身体はきっと動かなくなるはずだ。
そのためには近づかなくてはいけない。
樹里から目を離さずに、少しずつ近づきながら飛び回る。
そして、私に向けていた銃の弾が切れ、弾を入れ替える仕草をしたのが見えた。
「樹里……っすまない――――!!」
両手に能力を送り込む。
そして樹里へと突っ込んでいくと、身体を貫く様に手を突き刺した。
身体の筋肉組織など、樹里の身体が動けなくなるように、体内組織を組み替えていく。
私は治療専門だが、その逆を行う事により、相手の身体の構造を変えることができる。
もちろんこれは邪道だ。
ここまで酷い行いはしたことがなく、その一番最初の相手が樹里だということがやりきれなかった。
「すぐに、戻してやるからな……」
「あ、んじくん……ありが、と……」
彼女の身体が反るような体勢になると、ガクリと項垂れる。
身体を不随にさせると共に意識も落としておいた。
これ以上悲惨な光景は、彼女に見せたくない。
この要領で全員の動きを止める事ができれば……。
そう思い、彼女の身体から腕を引き抜いた瞬間だった。
絶対に動くはずのない樹里の片手が動くと、銃口が私の肩に突き当てられた。
「……………ッ!?」
その動きに瞠目したと同時に、私の肩に弾が貫通した。
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【御神圭】
本当に栞子は強い、いい動きだ。
武器を持っていない葛西君じゃ相手にならないだろうと、僕は彼女を守りながら戦った。
僕のフライスウェイターで拘束出来ればいいのだけど。
最悪の事態を考えて僕はそっと裏ポケットに直してある緊急時用の携帯のボタンを押した。
どこでどう操っているか分からなかったので自分すら見ることなく、誰からもどこからも見えないように廃材に隠れて行った。
さっきから加賀見君の視線が痛い、きっとさっさと緊急信号を散らせと言う意味だろうけど、これは僕も彼も同意見だった。
携帯をスピーカーにした状態で複数の連絡先に発信する。
それから目の前の僕の女神へと視線を戻した。
目の前で泣き叫びながら攻撃してくる栞子に僕は眉を顰めた。
「御神様…ッ!み、かみ、さま、ごめんなさ、ごめんなさい…ッ!!」
はやく彼女を止めてあげたかった。
けれど彼女は「武」の武器を扱うクラスでTOPだ。
全てに汎用な僕では足掻くのが精一杯だった。
こんな戦いがこの世にあっていいのか。
「小鷹!!法花!!」
葛西君が叫んだその瞬間にけたたましい銃声と、何か重いものが地面へと沈む音が聞こえた。
そしてその現場へと葛西君が走り出してしまう。
駄目だ、今、彼女は冷静では無い。
僕も余所見をしてしまった一瞬の隙をついて、栞子が葛西君へと飛び込んで行った。
その手には日本刀が確りと握られている。
ここからじゃ間に合わない。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!逃げて!知穂!!ちほぉぉぉ!!!」
悲痛な叫びがこだまする。
葛西が振り返った時にはもう彼女の目の前まで日本刀が落ちていた。
だめだ、このままじゃ。
「――――ぅ、―――ざい!」
そう思った瞬間葛西君の体がとび蹴りによりぶっ飛ばされる。
葛西君にそれを喰らわしたのは加賀見君だった。
しかし、その蹴りをくらわしたことに寄り栞子の日本刀は宙を斬り、地面へと突き刺さった。
そして、その後を追う様に田井君が着地して直ぐの加賀見君へと拳を突きつける。
「匡ちゃッ!あぶなッ―――ッ!!!!」
それを彼は両足で踏み台にでもするかのようにしてそのままぶっ飛んで壊れたとび箱へと派手にぶつかって行った。
それでも加賀見君は直ぐに立ちあがっていた。
「おい!御神!」
甘かった。
どんな罠があってもこのメンバーだったら勝てると思った僕が甘かった。
これ以上仲間に傷を負わせる訳にはいかない。
小鷹君ですら止めることができないんだ。
ここは棄権するしかない。
どうやらそれは加賀見君も同じようだった。
「恵芭守(エバス) 高校 生徒会長 御神圭 全メンバーを代表して告げる。 この決闘を降参する…だから、さっさと僕の仲間を元に戻してくれ!!」
僕は初めから一歩も動いていない歌棄走士へと視線を向けながら告げた。
“勝者 羅呪祢(ロシュネ) 高校 歌棄走士 よって全ポイントが歌棄走士へと移動する。”
ヒューマノイドの無機質な声が響く。
そして、ブレスレットが光ポイントが移動していく。
栞子達の動きも止まって僕はホッと肩を落とした。
「…なんだ、もう終わりか。まぁ、頂くもんは頂いたしな。んじゃ、俺は帰るぜ。」
歌棄走士の声とここから去る足音が虚しく響いた。
それよりも今僕は自分の無力さに嘆いていた。
すすり泣きをしたまま止まってしまった栞子へとゆっくり近づく。
そして、彼女の頬に手を置いた。
「ごめんね…栞子…僕が不甲斐ないばっかりに…」
「御神様ッ、…すいませんッ……すいませッ」
その時だった。
僕の腹に生温かい感触が過ぎった。
恐る恐る視界を下げると僕の腹には栞子の日本刀が貫通していた。
目の前の栞子の瞳が恐怖に見開いた。
しかし、栞子の体はその刃を更に抉るように動こうとしたので僕は両手で日本刀の根元を掴んだ。
「――くッ、御神!!葛西!!五秒持たせろ!!!」
加賀見君の怒号が響く。
そう、戦闘が終わっても栞子の洗脳はとけて居なかったんだ。
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【加賀見匡】
「どういうことだ!!歌棄走士!!もう、点数はあげただろう!!―――ッ!!!」
葛西が歌棄に食いついていた。
そして、その葛西を雄馬が攻撃する。
歌棄の足は止まりもしなかった。
そういうことだろう。
「ん?誰も、降参したら止めてやるとはいってない。……精々楽しめ……ぐふふ」
認識が甘かった。
普通ならヒューマノイドが止めてくれたりもするのだが、如何せん今回のヒューマノイドは羅呪祢側のものだ。
これだけイレギュラーならヒューマノイドもイレギュラーでもおかしくない。
意識の無い大比良は銃の腹で小鷹を殴打し始めていた。
ならば僕は自分の出来ることをするしかない。
僕の能力でテリトリーを作れば上手くいくと全員を完全拘束出来るかもしれない。
それも、可能性だが。
何もしなくてくたばるよりはいい。
精神を集中してテリトリーを広げる。
体育館全部となるとそれなりの時間を要するが、御神と葛西が上手く足止めになっていた。
「To the world of ラ―――ッ!!!!!???」
言葉の世界へ。
僕が発動の為に言葉を唱えようとした瞬間だった。
プツンと言葉が途切れた。
声が出ない。
そして、次の瞬間、表情を歪めた雄馬が直ぐ目の前に居た。
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【田井雄馬】
今、俺は何をしている?
身体は俺が動かしているような感覚ではない。
でも、手から伝わってくる感触は、確かに匡ちゃんの喉元を抑え込んでいた。
自分の筋肉が能力によって増量していく。
「た、匡ちゃん……!!やばい……ッ!!」
俺の片手は匡ちゃんの喉元を抑え込んだまま、身体に馬乗りになった。
苦しそうなその表情に、自分の血の気が引いて行く。
自分の左手が後ろへと振りかぶると、息が詰まった。
「やめ……やめろおおおおおおおお!!!!」
拳に鈍い感触が伝わる。
匡ちゃんの眼鏡が吹っ飛んでいき、自分が彼の顔をぶん殴っている事実に頭がついてこない。
自分の力が強い事を、初めて呪った。
そして、俺達を操っている誰かの存在に憎悪が増していく。
やめてくれ、やめてくれやめてくれ。
地面や身体に匡ちゃんの血が飛散する光景に、視界が涙で乱れていった。
「匡ちゃん!!ごめん!!ごめん!!!!ごめん!!!!」
「だい、じょうぶ、だ……」
周りでは、悲痛な叫びと共に、俺達を慰めるような小さな声がいくつもあがっていた。
悪いのはお前達ではない、気にするな、こんな事で死なない。
一方的に攻撃されているのに、放たれる言葉は相手を気遣うような言葉ばかりだ。
目の前の匡ちゃんも、殴られながらもじっと俺の目を見つめていた。
心臓が締め付けられる。
辛い。
誰か、誰か助けてくれ。
どうして、身体が言う事を効かない?
なぁ匡ちゃん、御神、みんな。
俺、どうしたらいいんだよ?
そしてついにもう片方の手が大きく後ろに振りかぶった。
更に筋肉が能力で増量され、ミチミチと嫌な音が耳に入る。
大切な人を殺してしまう。
そう思った瞬間だった。
窓ガラスの割れる音が、体育館内に盛大に響き渡った。
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【葛西知穂】
…なぜ?…どうして…?
急に私の体が動かなくなった。
そのせいで、田井は私を超えて加賀見へと突っ込んで行く。
もう、彼の能力しか希望は無いのに。
それが分かっていたから体を張ってでも田井を止めないといけなかったのに。
体が動かない。
「御神さまぁ!!!いやあぁああ!!知穂!知穂ッ、避けて、このままじゃ―――!!!」
視界の端にどさりと崩れた御神様が映った。
そして、次の瞬間には私に向かって栞子様が走ってきてる。
避けなきゃいけない。
でも、体が動かない…。
きっと、既に敵は私達も操れるのだろう。
恵芭守全員がこの敵のおもちゃになっているんだ。
そのまま肉の隙間を縫うように日本刀が腹へと貫通した。
そこで、やっと、手足が動く様になったけど力及ばず私の体は床に倒れていく。
「大丈夫…です、栞子様……、これ、くらい、いつも、貴方にしてもらっていることを考えれば…ッ」
相手をなだめる様な声を上げているのは私だけでは無い。
知はいつもで、戦闘となれば武に守って貰っている。
なので、傷付くのはいつも、武のメンバーなんだ。
だから、気にしなくていい。
いつも、作戦を練る私達は彼女達に頼ってばかりなのだから。
こんなことがあっても構わない。
「すいません…栞子様…私が弱いばかりに……」
「樹里……お前の意識だけでも切れてよかった…」
「泣かないでクロエ。大丈夫、クロエが…優しいの知ってますから…」
「気にするな、雄馬…。これも、お前が、…乗り越えなければ、いけない、一つの試練だと思え…」
「すまない……皆、僕が…もっとつよけれ…ばッ…」
思い思いに掠れた声を上げる。皆きっと気持ちは一緒だ。
御神様の謝罪が耳に入ってきた。
そして皆、覚悟した。
どうせなら最後に抱きしめてあげたかった。大丈夫だと体で示してあげたかった。
でも、もう、腕も動かないや。
死を覚悟したその瞬間けたたましい音が体育館に響いた。
「九鬼!!」
そう言った瞬間地面が栞子様を縛る様に絡みついた。
聞こえた声は確か、愛輝凪高校の神功左千夫の声…。
それだけ認識した瞬間私の意識はとんでしまった。
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【千星那由多】
会長がボランティア、と言っている意味がわからなかった。
ただ物凄い速さで走って行ってしまったので、さっきかかってきた電話が恵芭守にとって悪い事だという事だけわかった。
会長、副会長、巽は先を行くが、晴生は俺の横を走っている。
自分だけ酷く息が切れていたが、歩くことはしなかった。
恵芭守高校の体育館が見えてくる。
すでに会長達の姿は無く、窓ガラスが割られているのが見えた。
「はっ、はぁっ、やっと、ついた――――」
体育館の側まで駆け寄ると、息を整えながら割れた窓から中を覗き込んだ。
中にいる巽の後姿の向こうに、悲惨な光景が広がっていた。
恵芭守の数人が副会長の能力なのか、地面から突出した物に取り押さえられ、倒れている奴等は地に伏せ、ほぼ血まみれだった。
取り押さえられているメンバーは、叫びながら泣いてる奴もいる。
「――――これ、どういう……」
その光景に身体が強張った。
見た限りでは、恵芭守が仲間割れした、としか考えられない。
その場に立ちすくんでいたが、普段あまり聞く事の無い会長の大きな声で我に返った。
「九鬼は田井雄馬、巽くんはChloe Barnes、那由多君は大比良樹里、晴生君は能力で現状把握と那由多君のフォローを!
僕は五十嵐栞子を抑えます!」
「は、はい!!」
慌てて返事をすると、俺は大比良さんの元へと向かった。
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【日当瀬晴生】
なんだこれは…。
仲間割れか…?
いや、それを調べるために俺が居るんだ。
俺は銃を大比良に構えながら自分の能力を使うために集中していく。
それにしても悲惨な光景だぜ。
確か恵芭守高校は「武」を専攻しているものが戦闘を、「知」を専攻しているものは作戦を練ると言うスタンスだ。
だからこそ、「知」は「武」に裏切られるとこんな悲惨な光景になる。
久々の修羅場に俺は大きく喉を動かしながら何かおかしな点が無いかと大比良を見つめた。
しかし。
「……あ…れ。」
何も変化は無い。
脈拍も、筋肉も、付着物も、能力の変かも。
ただ、少し、筋肉等は酷使された傾向は有るがそれだけだ。
やっぱただの仲間割れか?
そう思ったが、完全に無理矢理行わされている様な情景にしか見えなかった。
今にも九鬼の拘束を砕き、更に仲間に殴りかかろうとしていた、筈だった。
次の瞬間、五十嵐、田井、大比良、クロエが武器を落とし、地に膝をついた。
その表情は完全に戦意を喪失している、そして、やっと体が自由になったと安堵するかのように自分の体を見つめ…そして、自分のパートナーに駆け寄る為に九鬼の拘束から逃げだそうともがく。
そして、大比良に至っては意識さえ無かった。
「……操作系…か?」
会長も皆もその変化に気付いた様で、九鬼は能力を引っ込めていた。
俺の推測できる能力はそれしかなかった。
恵芭守高校には俺の様な状況把握ができる能力者が居ない。
なので、ここをこんな惨劇にした奴は俺が来た瞬間にその証拠を全て消したのだろう。
なにをどうやったかは全く分からない。
しかし、今は恵芭守の奴らには何の異変も無かった。
もし、操作系だとしたらこの近くにまだ能力者が居るかもしれない。
「おい。会長。俺は辺りを見てくるぜ、取り合えず怪我してる以外にそいつらに何も異常はねぇ、つーか、無くなった。」
「分かりました。残りの皆は全員の応急処置を、僕は病院に電話します。」
俺達が来て、コイツ等にとっての最悪の事態は回避できたのかもしれない。
それでも、体育館内に充満する負の感情や、啜り泣く声が俺の耳から消えることは無かった。
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【九鬼】
見ていて気分のいいものではない、と感じたのは久々だった。
こんな光景には慣れているはずなんだけどナ。
「筋肉君、動けるなら救急箱かなんか持って来てヨ」
離れるのは嫌だと言ったような表情をしたので、大きくため息を吐き、冷めた目で見下す。
「仲間を思うなら急げつってんの」
その言葉に頬を血まみれの手で拭うと、その場から立ちさっていった。
眼鏡くんへと視線を落とすと、視界も乱れて危険な状態だった。
胸糞悪い能力者がいるもんだ。
はるるの能力でも、この惨状を作りだした犯人は見つからないようだった。
うまく逃げられ、証拠も隠されたか。
明らかな計画的犯行で、誰かが助けに来ても逃げ切れる自信があったのだろう。
筋肉君が救急道具を持ってきたので、それをなゆゆ達に割り振らせた後、体育館内に気配を感じた。
なゆゆ以外がそちらへ視線を移すと、そこには恵芭守高校のヒューマノイドがいた。
ここのヒューマノイドは身体が右と左半分に別れ、武と知を現すような姿をしている。
「おい!愛輝凪の野郎!!どうなってんだよこれ!」
「ちょっと静かにしてください、ブドウ」
「静かにしてられるわけねーだろブンガク!!」
どうやら性格も半分に別れているのか、「ブドウ」と呼ばれる武と「ブンガク」と呼ばれる知の方から違う声があがっている。
武の方はかなり慌てているようだが、知の方は冷静だった。
暴れるような仕草をするブドウをブンガクが抑え込みながらこちらへと歩いて来た。
「連絡は届いていたのですが、他の試合のジャッジをしていたので遅れてしまいました…。
見た限りでは愛輝凪高校の皆さんの仕業ではありませんね。
あなた方が助けてくださったのですか?」
「オイさっさと話せよ愛輝凪高校の会長!!」
「だからブドウは黙ってください」
視覚でも聴覚でも煩いヒューマノイドだな、と思いながら眼鏡君の応急処置をするために腰を降ろした。
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【神功左千夫】
「車の手配は終わりました。
君は恵芭守のヒューマノイドですね、僕が愛輝凪の会長です。
僕達も詳しくは状況を分かっていません。
ここの助っ人に椎名優月が参加していたのは知っておられますね。
彼の携帯が鳴り、その携帯から悲鳴のようなものが聞こえたので駆けつけました。
椎名はこの現場に来てませんが、気になるならば今は愛輝凪に居ますので、呼びますが?」
「おう!呼べ!呼べ!!」
「いえ、結構です。それだけお聞きできれば十分です。」
ブドウの方は呼ぶように促しているが、ブンガクがそれを制止している。
ややこしいなと思ったが、どうやらブンガクが勝ったようで身振りが制止のままだったので呼ばないことにする。
「チッ…!怪しい形跡は何にもなかったぜ。
ただ、他にもこの辺りで重症者が出てやがった。
一応ここの対戦をあらったが、対戦相手は羅呪祢の歌棄走士。
対戦方法は普通の決闘だな。
んで、ポイント全部を掛けるという特殊ルールだ。
戦闘の内容も録画されてるはずなんだけどな、前半はほとんど見えねぇよ、後半は今、データとして送る。
ま、あんま、見て気持ちいいもんではねーよ。」
辺りを見回っていた晴生君が帰ってきて現状を伝えてくれた。
結局全く何も分からないと言ったところだろう。
執拗に練られた計画だった。
そういうことだ。
「お疲れ様……」
「後、順位だけどよ。その、羅呪祢が一位だ。」
「―――ッ。」
晴生君が僕を真っ直ぐに見詰めながらそう告げた。
これは僕達が二位に落ちたと言うこともあるが、それよりも十輝央兄さんがそこに居ることを示唆しているのだろう。
僕は頭を抱える様にして、息を吐いた。
しかし、これは後だ。
先にこの現状を何とかしなければ。
僕は幻術を行使する。
こんなものは只のあがきにしかならないがまだ意識のあるものには効くだろう。
ちゃんと血が巡っているように錯覚させてやる、痛みも無いかのように傷が塞がった時の感覚を与えてやる。
「すいませんが、僕達のメンバーに治癒を使えるものが居ません。
僕が派遣した特殊班が来るまでお待ちください。」
ヒューマノイドに向けて告げると深く頷いてくれた。ブドウの方はなにかいっていたようだが。
「それよりもブンガク!!これは評議会に掛ける必要があるんじゃねーか!!
ここの審判だったヒューマノイドはこの後始末をしなければならない筈だろう!!!」
「確かにそうだが、私達にもここの性格がある。それに、それをするならば評議会を開かなければならないんだぞ。」
「そんなもん!開いちまえば良いだろう!!」
「いや……そ、れは…だめ、だよ、…ブンガ…く、……ブド…ウ…。―――ッ!!」
「おい!御神!!大丈夫なのか!!!?」
「大丈夫な訳ないでしょう。寝ていなさい御神さん…!」
那由多君が応急処置をしてくれた御神圭が立ちあがろうとしていた。
「御神圭。僕の能力は治癒ではありません、下手に動くと本当に死にますよ。」
それだけ酷い出血量だった。
今まで意識がどこかに飛んでいたように茫然としていた五十嵐栞子が急いで駆け寄っている。
勿論御神は直ぐにそのまま地に伏せてしまった。
「これは…ッ、……僕達…に、力が無かったから起こった…ことだ、評議会で…もう、いちど、ほりかえす…ことでは」
「僕も…そう考える……。ア…テナ…今回の、礼は、知っているじょうほうを、渡す…なので、この件は忘れて…くれ」
それでも起きようとする御神圭、そして、次は加賀見匡まで起き上がろうとしている。
更には小鷹安治、法花里津までも立ちあがろうとしている。
「僕達は構いません。もともと礼を受け取ろうと思って駆けつけたのでは有りません。
ここに駆けつけたのは只の善意です。
ブドウ、ブンガク。評議会となれば全員の証言が必要になります、ここのメンバーにもう一度この悲惨な状況を証言させるのは僕は酷だと思いますよ。
さて、僕が手配した車が来ましたので、後は治療の後お話下さい。」
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【千星那由多】
ああもう、何がなんだかわからない。
結局は、羅呪祢高校の歌棄走士とか言う奴の仕業なんだろう。
こんな残忍なやり方でポイントを奪うなんてどうかしてる。
いや……でも、俺達にだって降りかかってもおかしくない事例なんだ。
それが、地区聖戦ってやつなんだろう。
会長が手配した車がくると、重症なメンバーがタンカで運ばれて行く。
みんな傷は深い。
でも、それよりも心が折れているような気がした。
車に全員が乗り込む前、五十嵐さんが会長の元へとやってくる。
制服は血まみれで、泣きはらした顔だったが、目には光が宿っていた。
「本当に……ありがとうございました。
私たちは落選してしまったので、決勝には進めません。
地区聖戦決勝……予選以上に気を付けてください……。
このような経験は、私達だけで十分です……」
その言葉に会長は真剣な顔でただ五十嵐さんを見つめるだけだった。
五十嵐さんは深々とお辞儀をすると、車へと乗り込んで行く。
そして、恵芭守高校を後にしたのを全員で見送った。
体育館を見渡した。
血まみれの床や壁。
その光景に、俺は目を逸らしてはいけないんだ。
地区聖戦決勝。
俺達はそのステージへとあがる。
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【歌棄走士】
待ち合わせ場所へと向かう時に他校と出会った。
タイムリミットまで直ぐだったし、調度ヒューマノイドを連れていたので勝負に乗ってやった。
先に喉を潰せば好きなだけ甚振れる。
俺達のヒューマノイドは勝手に勝負を止めたりはしない。
なんでかつーのは秘密だがな。
「クック、他愛ない。オイ、人形、行くぞ。」
それを言うと俺達のヒューマノイドが戦闘不能と言う表現で俺へとポイントを移動した。
今回の地区聖戦で初めてのポイントだ。
地区聖戦にでれば好き勝手にできると言って誘われたのに残念なことに何もさせてもらえてない。
それもこれも、羅呪祢のめんどくせー保守体勢のせいだ。
だが、それも、予選まで。
「戻ったぞ。」
「あ、お疲れさまで~す。てか、勝手に戦闘しました?だめじゃないですか~、ちょー血なまぐさいですよ、アハッ。
んー、でも、大丈夫です、きっと。
そろそろ、お許しでそうです、……押矢歌会長の!」
そう言って奴は木の上から降りてきた。
「全ては釈迦の導きのままに、ダロ?は、くっだらねーお告げだぜ。」
「あ、そんなこと言っちゃだめですよ~。天罰、……喰らってしまいマスよ。」
やっと長かった予選が終わった。
そう、これで、やっと、俺の実力を見せる時が来る。
そうして、俺は高みに昇り詰めるんだ。
「グフフフフ……おい、人形、行くぞ。」
そう思うと笑いが止まらなかった。
そして、ヒューマノイドに指示をし俺達はいつも通りに己の高校へと戻った。
身体は意思とは関係なく動く。
こんな非道な闘いは、初めて。
絶望。
そればかりが頭を巡り、どうにもできない歯がゆさは涙になって消えた。
辺りには、良く知った仲間達の悲痛な叫び声がこだましている。
そう、今、私は愛する人……仲間を攻撃している。
どうして?
どうしてこんな事になったの?
…事の発端は、歌棄走士という男と勝負になったことから始まった。
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「どういう、事………ッ!?」
私の身体がおかしくなった。
歌棄走士という男が、ラビリンスでの勝負を一人で挑んで来た。
第一ステージでラビリンスの説明をしている最中、急に身体の自由が効かなくなり、私は自らこの男の元へと歩み始めていた。
全員が見守る中で、だ。
仲間達も驚いたに違いない、けれど、私が一番意味がわらかなかった。
必死で歩んで行く足を踏ん張っているのに、自分の物ではないかのように動いている。
歌棄走士の横へとたどり着くと、歩んでいた足がピタリと止まり、御神様達へと踵を返した。
完璧に身動きが取れなくなると、歌棄走士は私の喉元に槍を突き付けてきた。
「栞子……どうしたんだ?そいつは知り合いか!?」
「こんな奴知りません!……身体が……勝手に!!」
私の言葉に全員の表情が曇った。
この男に寝返ったのではと、疑っている者もいるだろう。
心臓が今の状況に大きく跳ねあがり、血の気が引いて行った。
違う、私は御神様を、みんなを裏切ったりしない。
「し、信じて……!!」
表情は歪むのに、身体は震えない。
行動で示すことはできないのならば、言葉で理解してもらうしかなかった。
暫く沈黙が流れた後、御神様が一番に口を開いた。
「……僕は栞子を信じよう」
自分の心に安堵が広がる。
加賀見匡はこちらを疑惑の目で睨み、御神様の言葉に大きくため息をついていた。
緊張感の広がる中、御神様は言葉を続ける。
「……歌棄走士、目的はなんだ?」
「……お互い全部の点数を掛けて勝負したい」
歌棄走士の言葉に、全員が耳を疑った。
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【加賀見匡】
歌棄走士、所属高校は羅呪祢(ロシュネ) 高校。
羅呪祢(ロシュネ) 高校は多くの高校と同盟を結んでいる。
点数の変動を望まず、キープする方針だからだ。
なので、我が高校、恵芭守に入ってきた時点でおかしいのだ。
五十嵐の裏切りかとも思ったが今は矛先を突き付けられている状態だ。
このまま見捨てて死なれても後味が悪い。
御神はこういうやつなので五十嵐のことを信じるのは容易に推測でした。
仕方が無いので、用件だけでも聞いてやろう。
「……お互い全部の点数を掛けて勝負したい。
そして、この空間を解け。」
歌棄走士、見るからに巨体で体力タイプ。
身長は2メートルを超えているだろう。
見るからに硬い筋肉を纏っており、青い髪をオールバックにしている。
口も大きく口角が上がり品の悪い笑顔でこちらを見ている。
青い目は血に飢えているのだろう、どす黒い光が蠢いている様だ。
羅呪祢は仏教高校なので制服が袈裟なのだろうが、目の前の男からは仏教の基本である不殺生戒の心は見受けることができなかった。
それに奴が提示した条件はばかげている。
そんなもの頷ける筈が無い。
「お、オイオイ!そりゃねーんじゃね?俺ら、恵芭守は現在一位だぜ!一位!!
お前、このラビリンスに入る為にポイント払ったから10ポイントもねー状態だろ?
それで俺らの点数掛けろなんて…、な?匡ちゃん。」
雄馬が先導を切って言葉を発していた。
そして、こちらに賛同を求めてくる。
「そうだな。雄馬にしては珍しく分かってるじゃないか。」
そんなものNOに決まっている。
僕ならば。
「分かった、君のその勝負受けて立とう。」
しかし、これが我が高校の会長の答えだ。
コイツの人の良さは本当にバカとしか言いようがない。
「なんだい、加賀見君、珍しく反論しないんだね。」
「僕は無駄なことはしない主義だからな。
それに、勝てばいい話だ。」
きっと何か罠がある。
それも分かっているがここは乗るしか方法が無い。
どんな策略があろうとも僕が暴いてやる。
「グッフッフ、嬉しいねぇ。了解して貰えて。
俺はこう見えても約束さえ貰って貰えれば温厚的なんだ。」
そう言って歌棄走士は、五十嵐を盾に取ったまま友好のあかしと言うかのように全員に握手していった。
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【田井雄馬】
おいおい…マジかよ?
五十嵐が裏切ったのかと思ったけど、なんかそれも違うみてーだし。
しかも御神はバカな俺でもわかるような、明らかにおかしい勝負を受け入れやがった。
でも、それは仕方ねーよな。
俺だってもし匡ちゃんがあんな風になったら、絶対に匡ちゃんの言う事を信じちまうと思う。
歌棄って男は、これまたいやーな笑みで俺達に握手をしてきた。
いけすかねーな。
こいつは危ない奴だと、本能的に悟ってしまうほどには嫌な雰囲気だ。
全員と握手が終わると、少し離れた場所で歌棄が口を開いた。
「羅呪祢(ロシュネ) 高校、歌棄走士。勝負は決闘!ポイントは総掛け、いざ尋常に勝負!!」
宣誓すると同時に、五十嵐を突き離すようにしてこちらへ押しやってくる。
五十嵐は不思議そうな顔で自分の身体を見つめていたが、すぐに御神の側まで来ると、一緒に後ろへと一歩下がった。
俺を含め、武の奴等は前へと出て、知の奴等は俺達の後方へと並んだ。
そしてすぐに羅呪祢高校のヒューマノイドが上から降って来る。
仏教系の高校なので、なんとも言い難い神々しい雰囲気のあるヒューマノイドだ。
目が全てを悟ってるような…俺的にはすごく気持ちが悪い目だった。
「……それでは、勝負……始め」
ぼそり、と起伏のない声が聞こえると、俺は気合を入れるために声をあげた。
「っしゃー!いっちょやってやんぜ!!!!」
俺は歌棄に向かって行くように地面を蹴った。
――――はずだったんだ。
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【葛西知穂】
「く、…どこが尋常に勝負だ。栞子様をあんな目に合わせて…」
歌棄走士の能力がなんなのかさっぱりわからなかったが。
栞子様は無事にこちらに帰ってきた。
それと同時に御神様が幻術を解き、この場所がラビリンスではな無く普通の廃れた体育館へと姿を変える。
既に戦闘開始の声が掛ったが私は念のためにこちら側へと戻ってきた栞子様に声を掛けた。
「ご無事ですか栞子様。
糸か何かを付着させられたのでしょうか?」
そう言うと彼女は薙刀で全身を周りを切る様にお回しになった。
「もしそうだとしても今はもうないみたいだわ。」
「違和感がありましたら、また直ぐにお声をおかけください。今度は全力で止めます。」
「栞子は無理しなくていいよ。
僕が前衛に混じって来るから、そこで戦況に応じて葛西の指示で動いてくれ。」
そう言ったのは御神様だった。
彼は武と知の中間に居る存在。
なので、私達指示する側に居ることも、武と一緒に直接攻撃しに行くこともできる。
フライスウェイターを手に歌棄走士へ向かって走って行くところだった。
しかし、それから信じられないことが起こる。
「なッ!?御神様!!避けて下さいッ!!」
まただ、さっきと同じだ。
何かに引っ張れている様子はない、自然な動作で栞子様が動き出した。
薙刀を振りかざす様にして御神様に斬りかかる。
「おっと。分かっては居たけど、正々堂々とはいかないみたいだね。
全員!!歌棄走士をさっさと叩いてくれ。」
御神様は寸前のところで薙刀をかわしていた。
間一髪と言ったところだろうか。
「樹里……御神のフォローを…」
めったに指示を出さない小鷹が口を開いた。
それだけ今起きている自体は異常なのだ。
大比良がこちらを向いた、そこまでは良かった。
「ッ!樹里…!?…どうした……まさか…」
「わからない…手が、手が…勝手に…逃げて、安治君!逃げて…!!」
機関銃は一歩下がっていた知のメンバー全員に向かって発砲されていた。
知のメンバーそれを避ける様に宙に飛びあがり、旧体育館に転がっている使い古された机や椅子を弾よけにした。
「小鷹ッ、何か分かるか!?」
大きく声を上げたのは加賀見だった。
そう、ここには情報分析能力に長けた者は居ない。
唯一、小鷹がその知識と医療の能力を駆使して分かるぐらいなのだ。
「……わからない」
「ッチ…それなら、どうにかして拘束するしか無いか。」
御神様はこちらには下がることができておらず、いまだに栞子様と戦っておられた。
全員が混乱している中で御神様と加賀見だけが冷静に事を判断しているように見えた。
しかし、そんな希望も直ぐに砕けることになる。
-----------------------------------------------------------------------
【法花里津】
闘いが始まった。
でも、それは歌棄走士という男とではない。
私達仲間の闘い…。
大比良の銃を避けるように上へ舞い上がったけど、すぐにクロエが能力を使い、宙へと浮き上がって来た。
放たれる気功を間一髪で避けると、体勢が崩れ地面へと落ちる。
「……クロエ!どうなってるんですか!!」
「分からない…全く体が動かないの…」
そう口では言うけど、攻撃は確実に私に向かっている。
操られている、としか言いようがなかった。
歌棄走士を叩くしかない…。
けれど、今目の前にいるクロエをどうにかしないことには、その先には進めむことはできない。
頭で考えるよりも早く、再び気功を打ち込まれると、その衝撃に身体が壁へと吹っ飛んで行く。
「――――きゃあッ!!!!」
思い切り壁にぶち当たると、全身に鈍い衝撃が走った。
それでもクロエは私をまだ狙っている。
だめ、クロエになんて攻撃できません……それに、私なんかが敵う相手じゃない…。
「りっちゃん!!逃げて!起きて!!!!」
クロエの悲痛な声がした後、両腕を後ろへと引き、気功を放つの構えを取った。
起き上がろうとしても、打ち付けられた衝撃で身体が重い。
…………もうだめ……!
強く目を瞑った瞬間、激しい音と同時に目の前に人影が映る。
空気が揺れたけれど、私の身体はなんともない…。
薄らと開いた視界の先に立っていたのは、小鷹だった。
大きな腕を身体の前でクロスし、クロエのから放たれた衝撃波を身体で受け止めたようだ。
「……小鷹……っ!」
「……気を抜くな……今は敵だと思え」
その言葉の後大比良が銃を放ってきた。
小鷹はクロエの攻撃を受けたにも関わらず、私の身体を担ぎあげると弾を避けるように走り始めた。
「どうしたら、いいんですか……!」
「…………」
その言葉に小鷹は返事をしなかった。
-----------------------------------------------------------------------
【Chloe Barnes】
「りっちゃん!武器を大きくしてッ!防御してッ!!」
駄目。
体が全く言うことを効かない。
気功で守っていた私の体に何か異様なものが付いた気配なんてありませんでした。
それならば催眠術の類?
どちらにしろ解除方法が全く分からないことだらけ。
私の表情はどんどん青ざめていく。
戦闘の場合、武の者は知の者を守りながら戦うのに、その知の者を今私達は攻撃している。
そんなことをすれば、どういう結末になるかは分かりきっている。
「りっちゃん!はやくッ!はやくッ!能力を展開してッ!!」
そう言いながらも私の体は気功砲を練り、小鷹君とりっちゃんを攻撃してしまっている。
「きゃああああああ!!」
「―――くッ!!」
小鷹君がりっちゃんを守る様にしてふっ飛ばされて行く。
そしてその場にりっちゃんだけが残った。
私は絶望した表情でりっちゃんを見下ろした、だめ、このままじゃ私はりっちゃんを。
「―――逃げてぇえええ!!!」
そう告げた瞬間にりっちゃんは自分の天秤の武器を大きくして私の気功を防いでいた。
りっちゃんの目には気力が戻っている。
それを見て私はホッとしたのに、次の瞬間りっちゃんは私に向かってきてしまっていた。
「りっちゃん……!?」
「待ってってください、クロエ。今、動きを止めます。」
「駄目ッ!りっちゃんじゃ、私にはッ…!」
確かにりっちゃんの瞳には気力が戻っていました。
けれどこの時の私達は既に戦える状態ではなかったのでしょう。
大きくなった天秤で私を殴りに掛る、りっちゃん。
それからはとてもスローモーションだった。
私が気功によってそれをはじき返す。
後は見たくない光景でした。
それでも、私の瞳は閉じることはありません。
私の繰り出す重力操作でりっちゃんが地に落ちていきます。
重たくなった天秤に押し潰されるように。
「いやぁああああああッ!!やめて!やめてください!!!!!!!!!!!!」
-----------------------------------------------------------------------
【大比良樹里】
嫌だ……なんで、なんで樹里は皆を攻撃してるの?
身体が言う事を聞かない。
自分の意思が、通用しない。
クロエさんが法花さんに襲いかかっているのを横目で見ながら、自分の足取りは気功で吹っ飛んだ安治君の方へと向かっている。
今は、クロエさんを止めることなどできない。
樹里自身が自分を止めれないからだ。
「……安治君……っ!!」
自分の構えた銃が、体勢を崩している安治君へと向いた。
「いや……や、だ……ッ!!」
どんなに抵抗しても、トリガーを引く指は言う事を聞かない。
今にも銃を放とうとした瞬間、先に安治君が銃を狙ってメスを飛ばして来た。
照準が外れると、彼はその隙に身体をよろめかせ逃げるように地を蹴り走り始めた。
「安治君……!お願い!!樹里を一度…殺して!!」
安治君を傷つけたくない。
なら、安治君に樹里を傷つけてもらうしかない。
殺す、とまではいかなくても、彼の能力なら私の身体の機能を止めることができるはずだ。
彼にとっては人を傷つける行為は辛い事かもしれないけれど、樹里の身体が言う事を効かない以上、それしか方法が思いつかない。
「………」
無言で振り向いた安治君の表情は、酷く悲しそうだった。
そして、彼が治療に使っている魔法の絨毯へと飛び乗ると、私の攻撃を避けるように宙を舞った。
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【小鷹安治】
……痛む。
身体の痛みよりも、心の方が重傷だ。
魔法の絨毯に飛び乗ると、樹里は私を追う様に銃を放ってきた。
そのまま体育館内を飛び回りながら、仲間たちの様子を眺める。
地獄。
まさにその言葉が似合うだろう。
仲間と争いたくなどない、皆を助けたい。
きっと全員がそう思っている。
しかし、そんな甘い事を言っていられる状況ではなかった。
そうだ、私は樹里を攻撃しなくてはならない。
それが今、最善の策だ。
「…………っ」
視線を樹里に向ける。
ほんの少し、隙ができればいい。
弾が切れる瞬間だ。そこを狙い、身体の機能を一時的に停止させる。
そうすれば、彼女の身体はきっと動かなくなるはずだ。
そのためには近づかなくてはいけない。
樹里から目を離さずに、少しずつ近づきながら飛び回る。
そして、私に向けていた銃の弾が切れ、弾を入れ替える仕草をしたのが見えた。
「樹里……っすまない――――!!」
両手に能力を送り込む。
そして樹里へと突っ込んでいくと、身体を貫く様に手を突き刺した。
身体の筋肉組織など、樹里の身体が動けなくなるように、体内組織を組み替えていく。
私は治療専門だが、その逆を行う事により、相手の身体の構造を変えることができる。
もちろんこれは邪道だ。
ここまで酷い行いはしたことがなく、その一番最初の相手が樹里だということがやりきれなかった。
「すぐに、戻してやるからな……」
「あ、んじくん……ありが、と……」
彼女の身体が反るような体勢になると、ガクリと項垂れる。
身体を不随にさせると共に意識も落としておいた。
これ以上悲惨な光景は、彼女に見せたくない。
この要領で全員の動きを止める事ができれば……。
そう思い、彼女の身体から腕を引き抜いた瞬間だった。
絶対に動くはずのない樹里の片手が動くと、銃口が私の肩に突き当てられた。
「……………ッ!?」
その動きに瞠目したと同時に、私の肩に弾が貫通した。
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【御神圭】
本当に栞子は強い、いい動きだ。
武器を持っていない葛西君じゃ相手にならないだろうと、僕は彼女を守りながら戦った。
僕のフライスウェイターで拘束出来ればいいのだけど。
最悪の事態を考えて僕はそっと裏ポケットに直してある緊急時用の携帯のボタンを押した。
どこでどう操っているか分からなかったので自分すら見ることなく、誰からもどこからも見えないように廃材に隠れて行った。
さっきから加賀見君の視線が痛い、きっとさっさと緊急信号を散らせと言う意味だろうけど、これは僕も彼も同意見だった。
携帯をスピーカーにした状態で複数の連絡先に発信する。
それから目の前の僕の女神へと視線を戻した。
目の前で泣き叫びながら攻撃してくる栞子に僕は眉を顰めた。
「御神様…ッ!み、かみ、さま、ごめんなさ、ごめんなさい…ッ!!」
はやく彼女を止めてあげたかった。
けれど彼女は「武」の武器を扱うクラスでTOPだ。
全てに汎用な僕では足掻くのが精一杯だった。
こんな戦いがこの世にあっていいのか。
「小鷹!!法花!!」
葛西君が叫んだその瞬間にけたたましい銃声と、何か重いものが地面へと沈む音が聞こえた。
そしてその現場へと葛西君が走り出してしまう。
駄目だ、今、彼女は冷静では無い。
僕も余所見をしてしまった一瞬の隙をついて、栞子が葛西君へと飛び込んで行った。
その手には日本刀が確りと握られている。
ここからじゃ間に合わない。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!逃げて!知穂!!ちほぉぉぉ!!!」
悲痛な叫びがこだまする。
葛西が振り返った時にはもう彼女の目の前まで日本刀が落ちていた。
だめだ、このままじゃ。
「――――ぅ、―――ざい!」
そう思った瞬間葛西君の体がとび蹴りによりぶっ飛ばされる。
葛西君にそれを喰らわしたのは加賀見君だった。
しかし、その蹴りをくらわしたことに寄り栞子の日本刀は宙を斬り、地面へと突き刺さった。
そして、その後を追う様に田井君が着地して直ぐの加賀見君へと拳を突きつける。
「匡ちゃッ!あぶなッ―――ッ!!!!」
それを彼は両足で踏み台にでもするかのようにしてそのままぶっ飛んで壊れたとび箱へと派手にぶつかって行った。
それでも加賀見君は直ぐに立ちあがっていた。
「おい!御神!」
甘かった。
どんな罠があってもこのメンバーだったら勝てると思った僕が甘かった。
これ以上仲間に傷を負わせる訳にはいかない。
小鷹君ですら止めることができないんだ。
ここは棄権するしかない。
どうやらそれは加賀見君も同じようだった。
「恵芭守(エバス) 高校 生徒会長 御神圭 全メンバーを代表して告げる。 この決闘を降参する…だから、さっさと僕の仲間を元に戻してくれ!!」
僕は初めから一歩も動いていない歌棄走士へと視線を向けながら告げた。
“勝者 羅呪祢(ロシュネ) 高校 歌棄走士 よって全ポイントが歌棄走士へと移動する。”
ヒューマノイドの無機質な声が響く。
そして、ブレスレットが光ポイントが移動していく。
栞子達の動きも止まって僕はホッと肩を落とした。
「…なんだ、もう終わりか。まぁ、頂くもんは頂いたしな。んじゃ、俺は帰るぜ。」
歌棄走士の声とここから去る足音が虚しく響いた。
それよりも今僕は自分の無力さに嘆いていた。
すすり泣きをしたまま止まってしまった栞子へとゆっくり近づく。
そして、彼女の頬に手を置いた。
「ごめんね…栞子…僕が不甲斐ないばっかりに…」
「御神様ッ、…すいませんッ……すいませッ」
その時だった。
僕の腹に生温かい感触が過ぎった。
恐る恐る視界を下げると僕の腹には栞子の日本刀が貫通していた。
目の前の栞子の瞳が恐怖に見開いた。
しかし、栞子の体はその刃を更に抉るように動こうとしたので僕は両手で日本刀の根元を掴んだ。
「――くッ、御神!!葛西!!五秒持たせろ!!!」
加賀見君の怒号が響く。
そう、戦闘が終わっても栞子の洗脳はとけて居なかったんだ。
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【加賀見匡】
「どういうことだ!!歌棄走士!!もう、点数はあげただろう!!―――ッ!!!」
葛西が歌棄に食いついていた。
そして、その葛西を雄馬が攻撃する。
歌棄の足は止まりもしなかった。
そういうことだろう。
「ん?誰も、降参したら止めてやるとはいってない。……精々楽しめ……ぐふふ」
認識が甘かった。
普通ならヒューマノイドが止めてくれたりもするのだが、如何せん今回のヒューマノイドは羅呪祢側のものだ。
これだけイレギュラーならヒューマノイドもイレギュラーでもおかしくない。
意識の無い大比良は銃の腹で小鷹を殴打し始めていた。
ならば僕は自分の出来ることをするしかない。
僕の能力でテリトリーを作れば上手くいくと全員を完全拘束出来るかもしれない。
それも、可能性だが。
何もしなくてくたばるよりはいい。
精神を集中してテリトリーを広げる。
体育館全部となるとそれなりの時間を要するが、御神と葛西が上手く足止めになっていた。
「To the world of ラ―――ッ!!!!!???」
言葉の世界へ。
僕が発動の為に言葉を唱えようとした瞬間だった。
プツンと言葉が途切れた。
声が出ない。
そして、次の瞬間、表情を歪めた雄馬が直ぐ目の前に居た。
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【田井雄馬】
今、俺は何をしている?
身体は俺が動かしているような感覚ではない。
でも、手から伝わってくる感触は、確かに匡ちゃんの喉元を抑え込んでいた。
自分の筋肉が能力によって増量していく。
「た、匡ちゃん……!!やばい……ッ!!」
俺の片手は匡ちゃんの喉元を抑え込んだまま、身体に馬乗りになった。
苦しそうなその表情に、自分の血の気が引いて行く。
自分の左手が後ろへと振りかぶると、息が詰まった。
「やめ……やめろおおおおおおおお!!!!」
拳に鈍い感触が伝わる。
匡ちゃんの眼鏡が吹っ飛んでいき、自分が彼の顔をぶん殴っている事実に頭がついてこない。
自分の力が強い事を、初めて呪った。
そして、俺達を操っている誰かの存在に憎悪が増していく。
やめてくれ、やめてくれやめてくれ。
地面や身体に匡ちゃんの血が飛散する光景に、視界が涙で乱れていった。
「匡ちゃん!!ごめん!!ごめん!!!!ごめん!!!!」
「だい、じょうぶ、だ……」
周りでは、悲痛な叫びと共に、俺達を慰めるような小さな声がいくつもあがっていた。
悪いのはお前達ではない、気にするな、こんな事で死なない。
一方的に攻撃されているのに、放たれる言葉は相手を気遣うような言葉ばかりだ。
目の前の匡ちゃんも、殴られながらもじっと俺の目を見つめていた。
心臓が締め付けられる。
辛い。
誰か、誰か助けてくれ。
どうして、身体が言う事を効かない?
なぁ匡ちゃん、御神、みんな。
俺、どうしたらいいんだよ?
そしてついにもう片方の手が大きく後ろに振りかぶった。
更に筋肉が能力で増量され、ミチミチと嫌な音が耳に入る。
大切な人を殺してしまう。
そう思った瞬間だった。
窓ガラスの割れる音が、体育館内に盛大に響き渡った。
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【葛西知穂】
…なぜ?…どうして…?
急に私の体が動かなくなった。
そのせいで、田井は私を超えて加賀見へと突っ込んで行く。
もう、彼の能力しか希望は無いのに。
それが分かっていたから体を張ってでも田井を止めないといけなかったのに。
体が動かない。
「御神さまぁ!!!いやあぁああ!!知穂!知穂ッ、避けて、このままじゃ―――!!!」
視界の端にどさりと崩れた御神様が映った。
そして、次の瞬間には私に向かって栞子様が走ってきてる。
避けなきゃいけない。
でも、体が動かない…。
きっと、既に敵は私達も操れるのだろう。
恵芭守全員がこの敵のおもちゃになっているんだ。
そのまま肉の隙間を縫うように日本刀が腹へと貫通した。
そこで、やっと、手足が動く様になったけど力及ばず私の体は床に倒れていく。
「大丈夫…です、栞子様……、これ、くらい、いつも、貴方にしてもらっていることを考えれば…ッ」
相手をなだめる様な声を上げているのは私だけでは無い。
知はいつもで、戦闘となれば武に守って貰っている。
なので、傷付くのはいつも、武のメンバーなんだ。
だから、気にしなくていい。
いつも、作戦を練る私達は彼女達に頼ってばかりなのだから。
こんなことがあっても構わない。
「すいません…栞子様…私が弱いばかりに……」
「樹里……お前の意識だけでも切れてよかった…」
「泣かないでクロエ。大丈夫、クロエが…優しいの知ってますから…」
「気にするな、雄馬…。これも、お前が、…乗り越えなければ、いけない、一つの試練だと思え…」
「すまない……皆、僕が…もっとつよけれ…ばッ…」
思い思いに掠れた声を上げる。皆きっと気持ちは一緒だ。
御神様の謝罪が耳に入ってきた。
そして皆、覚悟した。
どうせなら最後に抱きしめてあげたかった。大丈夫だと体で示してあげたかった。
でも、もう、腕も動かないや。
死を覚悟したその瞬間けたたましい音が体育館に響いた。
「九鬼!!」
そう言った瞬間地面が栞子様を縛る様に絡みついた。
聞こえた声は確か、愛輝凪高校の神功左千夫の声…。
それだけ認識した瞬間私の意識はとんでしまった。
-----------------------------------------------------------------------
【千星那由多】
会長がボランティア、と言っている意味がわからなかった。
ただ物凄い速さで走って行ってしまったので、さっきかかってきた電話が恵芭守にとって悪い事だという事だけわかった。
会長、副会長、巽は先を行くが、晴生は俺の横を走っている。
自分だけ酷く息が切れていたが、歩くことはしなかった。
恵芭守高校の体育館が見えてくる。
すでに会長達の姿は無く、窓ガラスが割られているのが見えた。
「はっ、はぁっ、やっと、ついた――――」
体育館の側まで駆け寄ると、息を整えながら割れた窓から中を覗き込んだ。
中にいる巽の後姿の向こうに、悲惨な光景が広がっていた。
恵芭守の数人が副会長の能力なのか、地面から突出した物に取り押さえられ、倒れている奴等は地に伏せ、ほぼ血まみれだった。
取り押さえられているメンバーは、叫びながら泣いてる奴もいる。
「――――これ、どういう……」
その光景に身体が強張った。
見た限りでは、恵芭守が仲間割れした、としか考えられない。
その場に立ちすくんでいたが、普段あまり聞く事の無い会長の大きな声で我に返った。
「九鬼は田井雄馬、巽くんはChloe Barnes、那由多君は大比良樹里、晴生君は能力で現状把握と那由多君のフォローを!
僕は五十嵐栞子を抑えます!」
「は、はい!!」
慌てて返事をすると、俺は大比良さんの元へと向かった。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬晴生】
なんだこれは…。
仲間割れか…?
いや、それを調べるために俺が居るんだ。
俺は銃を大比良に構えながら自分の能力を使うために集中していく。
それにしても悲惨な光景だぜ。
確か恵芭守高校は「武」を専攻しているものが戦闘を、「知」を専攻しているものは作戦を練ると言うスタンスだ。
だからこそ、「知」は「武」に裏切られるとこんな悲惨な光景になる。
久々の修羅場に俺は大きく喉を動かしながら何かおかしな点が無いかと大比良を見つめた。
しかし。
「……あ…れ。」
何も変化は無い。
脈拍も、筋肉も、付着物も、能力の変かも。
ただ、少し、筋肉等は酷使された傾向は有るがそれだけだ。
やっぱただの仲間割れか?
そう思ったが、完全に無理矢理行わされている様な情景にしか見えなかった。
今にも九鬼の拘束を砕き、更に仲間に殴りかかろうとしていた、筈だった。
次の瞬間、五十嵐、田井、大比良、クロエが武器を落とし、地に膝をついた。
その表情は完全に戦意を喪失している、そして、やっと体が自由になったと安堵するかのように自分の体を見つめ…そして、自分のパートナーに駆け寄る為に九鬼の拘束から逃げだそうともがく。
そして、大比良に至っては意識さえ無かった。
「……操作系…か?」
会長も皆もその変化に気付いた様で、九鬼は能力を引っ込めていた。
俺の推測できる能力はそれしかなかった。
恵芭守高校には俺の様な状況把握ができる能力者が居ない。
なので、ここをこんな惨劇にした奴は俺が来た瞬間にその証拠を全て消したのだろう。
なにをどうやったかは全く分からない。
しかし、今は恵芭守の奴らには何の異変も無かった。
もし、操作系だとしたらこの近くにまだ能力者が居るかもしれない。
「おい。会長。俺は辺りを見てくるぜ、取り合えず怪我してる以外にそいつらに何も異常はねぇ、つーか、無くなった。」
「分かりました。残りの皆は全員の応急処置を、僕は病院に電話します。」
俺達が来て、コイツ等にとっての最悪の事態は回避できたのかもしれない。
それでも、体育館内に充満する負の感情や、啜り泣く声が俺の耳から消えることは無かった。
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【九鬼】
見ていて気分のいいものではない、と感じたのは久々だった。
こんな光景には慣れているはずなんだけどナ。
「筋肉君、動けるなら救急箱かなんか持って来てヨ」
離れるのは嫌だと言ったような表情をしたので、大きくため息を吐き、冷めた目で見下す。
「仲間を思うなら急げつってんの」
その言葉に頬を血まみれの手で拭うと、その場から立ちさっていった。
眼鏡くんへと視線を落とすと、視界も乱れて危険な状態だった。
胸糞悪い能力者がいるもんだ。
はるるの能力でも、この惨状を作りだした犯人は見つからないようだった。
うまく逃げられ、証拠も隠されたか。
明らかな計画的犯行で、誰かが助けに来ても逃げ切れる自信があったのだろう。
筋肉君が救急道具を持ってきたので、それをなゆゆ達に割り振らせた後、体育館内に気配を感じた。
なゆゆ以外がそちらへ視線を移すと、そこには恵芭守高校のヒューマノイドがいた。
ここのヒューマノイドは身体が右と左半分に別れ、武と知を現すような姿をしている。
「おい!愛輝凪の野郎!!どうなってんだよこれ!」
「ちょっと静かにしてください、ブドウ」
「静かにしてられるわけねーだろブンガク!!」
どうやら性格も半分に別れているのか、「ブドウ」と呼ばれる武と「ブンガク」と呼ばれる知の方から違う声があがっている。
武の方はかなり慌てているようだが、知の方は冷静だった。
暴れるような仕草をするブドウをブンガクが抑え込みながらこちらへと歩いて来た。
「連絡は届いていたのですが、他の試合のジャッジをしていたので遅れてしまいました…。
見た限りでは愛輝凪高校の皆さんの仕業ではありませんね。
あなた方が助けてくださったのですか?」
「オイさっさと話せよ愛輝凪高校の会長!!」
「だからブドウは黙ってください」
視覚でも聴覚でも煩いヒューマノイドだな、と思いながら眼鏡君の応急処置をするために腰を降ろした。
-----------------------------------------------------------------------
【神功左千夫】
「車の手配は終わりました。
君は恵芭守のヒューマノイドですね、僕が愛輝凪の会長です。
僕達も詳しくは状況を分かっていません。
ここの助っ人に椎名優月が参加していたのは知っておられますね。
彼の携帯が鳴り、その携帯から悲鳴のようなものが聞こえたので駆けつけました。
椎名はこの現場に来てませんが、気になるならば今は愛輝凪に居ますので、呼びますが?」
「おう!呼べ!呼べ!!」
「いえ、結構です。それだけお聞きできれば十分です。」
ブドウの方は呼ぶように促しているが、ブンガクがそれを制止している。
ややこしいなと思ったが、どうやらブンガクが勝ったようで身振りが制止のままだったので呼ばないことにする。
「チッ…!怪しい形跡は何にもなかったぜ。
ただ、他にもこの辺りで重症者が出てやがった。
一応ここの対戦をあらったが、対戦相手は羅呪祢の歌棄走士。
対戦方法は普通の決闘だな。
んで、ポイント全部を掛けるという特殊ルールだ。
戦闘の内容も録画されてるはずなんだけどな、前半はほとんど見えねぇよ、後半は今、データとして送る。
ま、あんま、見て気持ちいいもんではねーよ。」
辺りを見回っていた晴生君が帰ってきて現状を伝えてくれた。
結局全く何も分からないと言ったところだろう。
執拗に練られた計画だった。
そういうことだ。
「お疲れ様……」
「後、順位だけどよ。その、羅呪祢が一位だ。」
「―――ッ。」
晴生君が僕を真っ直ぐに見詰めながらそう告げた。
これは僕達が二位に落ちたと言うこともあるが、それよりも十輝央兄さんがそこに居ることを示唆しているのだろう。
僕は頭を抱える様にして、息を吐いた。
しかし、これは後だ。
先にこの現状を何とかしなければ。
僕は幻術を行使する。
こんなものは只のあがきにしかならないがまだ意識のあるものには効くだろう。
ちゃんと血が巡っているように錯覚させてやる、痛みも無いかのように傷が塞がった時の感覚を与えてやる。
「すいませんが、僕達のメンバーに治癒を使えるものが居ません。
僕が派遣した特殊班が来るまでお待ちください。」
ヒューマノイドに向けて告げると深く頷いてくれた。ブドウの方はなにかいっていたようだが。
「それよりもブンガク!!これは評議会に掛ける必要があるんじゃねーか!!
ここの審判だったヒューマノイドはこの後始末をしなければならない筈だろう!!!」
「確かにそうだが、私達にもここの性格がある。それに、それをするならば評議会を開かなければならないんだぞ。」
「そんなもん!開いちまえば良いだろう!!」
「いや……そ、れは…だめ、だよ、…ブンガ…く、……ブド…ウ…。―――ッ!!」
「おい!御神!!大丈夫なのか!!!?」
「大丈夫な訳ないでしょう。寝ていなさい御神さん…!」
那由多君が応急処置をしてくれた御神圭が立ちあがろうとしていた。
「御神圭。僕の能力は治癒ではありません、下手に動くと本当に死にますよ。」
それだけ酷い出血量だった。
今まで意識がどこかに飛んでいたように茫然としていた五十嵐栞子が急いで駆け寄っている。
勿論御神は直ぐにそのまま地に伏せてしまった。
「これは…ッ、……僕達…に、力が無かったから起こった…ことだ、評議会で…もう、いちど、ほりかえす…ことでは」
「僕も…そう考える……。ア…テナ…今回の、礼は、知っているじょうほうを、渡す…なので、この件は忘れて…くれ」
それでも起きようとする御神圭、そして、次は加賀見匡まで起き上がろうとしている。
更には小鷹安治、法花里津までも立ちあがろうとしている。
「僕達は構いません。もともと礼を受け取ろうと思って駆けつけたのでは有りません。
ここに駆けつけたのは只の善意です。
ブドウ、ブンガク。評議会となれば全員の証言が必要になります、ここのメンバーにもう一度この悲惨な状況を証言させるのは僕は酷だと思いますよ。
さて、僕が手配した車が来ましたので、後は治療の後お話下さい。」
-----------------------------------------------------------------------
【千星那由多】
ああもう、何がなんだかわからない。
結局は、羅呪祢高校の歌棄走士とか言う奴の仕業なんだろう。
こんな残忍なやり方でポイントを奪うなんてどうかしてる。
いや……でも、俺達にだって降りかかってもおかしくない事例なんだ。
それが、地区聖戦ってやつなんだろう。
会長が手配した車がくると、重症なメンバーがタンカで運ばれて行く。
みんな傷は深い。
でも、それよりも心が折れているような気がした。
車に全員が乗り込む前、五十嵐さんが会長の元へとやってくる。
制服は血まみれで、泣きはらした顔だったが、目には光が宿っていた。
「本当に……ありがとうございました。
私たちは落選してしまったので、決勝には進めません。
地区聖戦決勝……予選以上に気を付けてください……。
このような経験は、私達だけで十分です……」
その言葉に会長は真剣な顔でただ五十嵐さんを見つめるだけだった。
五十嵐さんは深々とお辞儀をすると、車へと乗り込んで行く。
そして、恵芭守高校を後にしたのを全員で見送った。
体育館を見渡した。
血まみれの床や壁。
その光景に、俺は目を逸らしてはいけないんだ。
地区聖戦決勝。
俺達はそのステージへとあがる。
-----------------------------------------------------------------------
【歌棄走士】
待ち合わせ場所へと向かう時に他校と出会った。
タイムリミットまで直ぐだったし、調度ヒューマノイドを連れていたので勝負に乗ってやった。
先に喉を潰せば好きなだけ甚振れる。
俺達のヒューマノイドは勝手に勝負を止めたりはしない。
なんでかつーのは秘密だがな。
「クック、他愛ない。オイ、人形、行くぞ。」
それを言うと俺達のヒューマノイドが戦闘不能と言う表現で俺へとポイントを移動した。
今回の地区聖戦で初めてのポイントだ。
地区聖戦にでれば好き勝手にできると言って誘われたのに残念なことに何もさせてもらえてない。
それもこれも、羅呪祢のめんどくせー保守体勢のせいだ。
だが、それも、予選まで。
「戻ったぞ。」
「あ、お疲れさまで~す。てか、勝手に戦闘しました?だめじゃないですか~、ちょー血なまぐさいですよ、アハッ。
んー、でも、大丈夫です、きっと。
そろそろ、お許しでそうです、……押矢歌会長の!」
そう言って奴は木の上から降りてきた。
「全ては釈迦の導きのままに、ダロ?は、くっだらねーお告げだぜ。」
「あ、そんなこと言っちゃだめですよ~。天罰、……喰らってしまいマスよ。」
やっと長かった予選が終わった。
そう、これで、やっと、俺の実力を見せる時が来る。
そうして、俺は高みに昇り詰めるんだ。
「グフフフフ……おい、人形、行くぞ。」
そう思うと笑いが止まらなかった。
そして、ヒューマノイドに指示をし俺達はいつも通りに己の高校へと戻った。
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