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isc(裏)生徒会
神功家の二人
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【神功十輝央】
「勝負しよう!千星君!!」
「…………」
愛輝凪(裏)生徒会の全員が「また今日も来たか」といった表情をみせる。
この扱いにも慣れるほどに、僕は千星君との習字勝負に勝てていない。
しかも今日、地区聖戦の予選は最終日で、正午12時には終わってしまう。
今回の勝負で千星君に勝たなければ、左千夫と向き合う機会が無くなるという事だ。
「とっきーも諦め悪いネ~その精神にはカンプクー」
「ありがとう!でも今日は勝たないといけないから!」
「……いや、けなしたんだケド…」
九鬼君がアイスを頬張りながら引き攣った笑みを見せる。
何度「勝つ」という言葉を口にしようとも、僕はめげない。
千星君がおずおずと左千夫の方へと視線を移すと、左千夫は読んでいた本を閉じた。
「外へ行きますか」
視線はこちらに向かない。
相変わらずここ最近態度が冷たいが、これぐらいはっきりしてくれないと僕も心を鬼にできない。
千星君が左千夫の言葉に立ち上がると、全員外へと移動することになった。
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【錦織一誠】
くそっ!何だって言うんだこの十輝央様に対しての態度は…!!?
それにしても十輝央様も健気過ぎる!
あの、千星と言う男など、決闘で倒してしまえば直ぐだと言うのに!
十輝央様は当たり前と言えば当たり前なのだが、千星那由多以外の勝負は全て勝利している。
神功家の後継候補と言うだけで彼は他校から勝負を挑まれることがある。
なので、この数日でかなりの戦闘経験をおつみになさった。
と、いっても一番に行っているのは字の練習なのだが…。
それに対して神功左千夫。
彼は勝負自体余りしていない。
確かにポイント数はかなり多いが、戦闘数が少ないのだ。
(裏)生徒会室の場所が他校にばれたくないのだろう。
神功左千夫は外へと向かって行った。
水上庭園へと向かう最中も何人か勝負を挑んでこようとしていたが全て神功左千夫に寄って宣言を口にする前に口を塞がれ気絶させられていた。
「貴様!そんな、卑怯なことを…!!」
「規約違反では無いですよ。それに、愛輝凪高校はもう既に十分ポイントを稼いでますので、勝負する必要が無いんですよ。」
飄々と俺に向かって言いのける、この男がいけすかない!
十輝央様は全ての勝負を健気にお受けなさっていると言うのに。
俺が拳を握ってフルフルと震えていると、十輝央様が肩を叩いてくださった。
本当にこの方はお優しい。
水上庭園につくとその一角の結界の中へと入る。
ここだと暫く他校からの介入を防げるからだろう。
愛輝凪高校のヒューマノイドのイデアが既に習字の用意をして待っていた。
「ご苦労様です、イデア。」
神功左千夫はそれだけ告げると近くのベンチに腰かけ、三木柚子由が持ってきていた資料を眺めていた。
三木柚子由、俺はこいつもいけすかないのだが…、今回はよしとしよう。
それよりも、今日の勝負が大切だ。
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【千星那由多】
十輝央先輩との習字勝負では、徐々に点数の差は縮まっているものの、俺は勝っていた。
今日は地区聖戦の予選最終日。
この闘いで十輝央先輩との勝負も終わるだろう。
俺はこれで地区聖戦のポイントを稼いでいるので、最後の最後に負けるわけにもいかなかった。
これ以上ポイント減らしたくないし…。
地面に敷かれた座布団の上へと座ると、筆を取る。
「よろしく、千星君」
「はい……」
力無く十輝央先輩へと返事をすると、イデアへと視線を向けた。
毎回お題はイデアが出している。
大体あいつが好きそうな四文字熟語が多いので、今回も「残酷非道」とかそう言った類の物だろうなと思っていた。
しかし、その検討は外れる。
「……そうだナ……今日は『柚子』でイクカ」
イデアは明らかに三木さんの方向を見ながらそう告げた。
随分単純な単語だけど、多分度重なるこの勝負で、考えるのがめんどくさくなったんだろう。
それと同時に十輝央先輩の表情が少し緩んだ。
「……それなら勝てる気がする」
小さく呟いたこの言葉の意味が俺にはわからなかったが、いつもと同じように半紙へと視線を落とす。
「柚子」という字に三木さんを思い浮かべた。
誰にも優しくてふんわりとしていて、それでいて芯を持っていて……。
いつもの殺伐とした四文字熟語よりも、気持ちを緩めて筆を進めて行く。
絶対勝てる。
そう確信しながら、最後のハネを払った。
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【三木柚子由】
勝負が始まる前にイデアちゃんと視線があってしまった。
それのせいか分からなかったが勝負は私の名前の漢字に含まれている柚子、だった。
いつもそうだけど、この勝負どちらを応援していいかわからない。
千星君に勝って欲しいとも思うし。
十輝央さんに負けて欲しくないとも思う。
二人とも愛輝凪の生徒なのにどうして勝負しなきゃならないんだろう。
でも、左千夫様は何か考えがあってこうなさってるんだろうし。
立っている私の横にあるベンチに座って左千夫様は資料に目を通している。
私にも座る様に場所を空けてくれてはいるんだけどはらはらしてそれどころじゃ無かった。
二人の筆が一斉に動いていく。
何度か二人の戦いを見たことはあるけど、私なんかじゃどちらのほうが綺麗なんて分からない位綺麗な字を書く。
それを見て居ると十輝央さんに書いている手紙の字が恥ずかしくなってくる。
でも、彼は律儀に返事をくれるのでやめられないんだけど。
「それでは…判定ニ、入ル」
どうやら二人とも完成したみたいで、墨が渇くのを待ってイデアちゃんが言葉を口にした。
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【神功十輝央】
「柚子」という漢字にしてくれたのは、正直ありがたかった。
単純に、僕はこの単語を良く書いている。
柚子由さんと手紙のやり取りをしているからだ。
いつもいつも気持ちを込めて書いているんだ。負ける気がしない。
勝つという気持ちはいつもある。
ただ、今回は「勝てる」と断言しても良い程だった。
書きあげた後、ヒューマノイドが小さな機械音を立てながら半紙へと視線を落とした。
いつもこの瞬間は緊張する。
息を飲み、僕は結果を待った。
そして、ヒューマノイドは勝者の名前を呼ぶ。
「勝者……――――ジングウトキオ」
機械的な声で僕の名前を呼ばれた瞬間、すぐに勝利の快感が沸き起こった。
自然と笑みが零れると、小さく拳を握る。
「やった、やっと勝てた…!」
ただ口では大げさな表現はしなかった。
嬉しさを噛みしめると言うのはこう言う事だろうか。
長らく味わっていなかった気がする。
目の前の千星君へと視線を向けると、目を丸くしながら僕を見ていた。
すぐに手を差し伸べると、握手を促す。
「ありがとう、ずっと僕の我儘に付き合ってくれて。
とっても楽しかった。
多分…僕はこの文字だから勝てた。他の文字だったらずっと勝てなかったかもしれない。
君の字は、本当に素晴らしいよ」
感謝の言葉をかけると、千星君は手を握り返してくれた。
納得がいかない、と言った表情ではなく、少し悲しさが感じ取られる。
誰かに勝つ、ということはこう言う事だ。
彼の手を離すと次は左千夫に視線を向けた。
「左千夫、僕は勝った。約束を守って」
…僕の本番はここからだ。
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【神功左千夫】
兄さんが那由多君に勝った。
“柚子”という字は兄さんがそれだけ練習していたということだろう。
書き終わった互いの字を見比べたが矢張り僕は那由多君の字が好きだった。
この辺りは好みなので仕方ないだろうが。
目を通していた資料を横に置き、ベンチから立つと僕は那由多君の肩をポンと叩いてから前にでる。
「お疲れ様です。僕は那由多君の字の方が好きですよ。」
微笑みと共にそれを告げると僕は前に出た。
予選も終盤だ。
那由多君のおかげでかなり兄さんの時間を潰すことができた、これには本当に感謝している。
「いいですよ。…約束でしたからね。
十輝央兄さん、能力はもう開花しましたか…?」
僕はブレスレットにしていた武器を槍の形状へと戻す。
そして、十輝央兄さんへと向けて片腕を突きだした。
僕がこれから取る行動はもう決まっている。
その為にずっと気を使って戦ってきたからだ。
「愛輝凪高校 神功左千夫 決闘にて神功十輝央に勝負を申し込む。いざ、尋常に勝負。」
場所がここで調度良かった。
しかも、近くにイデアが居る。
僕が決めて居た予定を取り行うには最適な環境に自然と口角を上げた。
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【千星那由多】
ついに負けてしまった…。
自信があった習字で勝てなかった事にショックで気持ちが沈みそうになったが、会長の言葉に少しだけ心が軽くなった。
俺の字の方が好きだと言われる事は素直に嬉しい。
まだ俺が(裏)生徒会にいる意味がある。
そして、俺が負けた事によって、会長と十輝央先輩は闘うことになってしまった。
これでよかったのかはわからないが、この二人が闘うのは少し複雑な気持ちだ。
その場から引き、会長が決闘の申し込みをする様子を見守る。
「うん、なんとなく能力は使えるように――――」
「羅呪祢高校助っ人、錦織一誠、この勝負に助太刀する!」
十輝央先輩が会長の言葉に返事しようとした瞬間に、錦織さんの助太刀が入った。
全員の視線がそちらへ向くと、十輝央先輩も後ろにいた錦織さんへと驚いたように振り向く。
「ちょっと錦織!助太刀いらないよ。
僕は左千夫と一対一で闘いたいんだ」
「駄目です!こいつが化け物なのは十輝央様が一番良く知ってらっしゃるでしょう?
私は十輝央様をお守りする義務があります!ここは引けません!」
「何言ってるの、これは僕と左千夫の闘いなんだよ?
こんな時まで義務とか言わなくていいよ」
闘いが始まる前に二人の言い合いが始まった。
錦織さんも十輝央先輩を思っての事なんだろうけれど、その行動に先輩は呆れている様子だ。
それでも錦織さんは全く引く様子を見せなかった。
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【神功左千夫】
「御託はイイ、さっさと、始めるゾ 戦闘開始!!」
イデアはこの後の作戦を言ってあったこともあるし、こう言った面倒な言い争いは好まないのだろう。
さっさと戦闘開始の合図を言ってしまった。
まぁ、…タイマン指定をしなかった僕も悪いか。
正直僕もどっちでもいい。
神功家の秘書や執事は皆忠誠心が並みでは無い。
それは全て父さんの人徳なのだが、僕にはそう言った相手が傍に居ることが耐えられないので付けて貰っていない。
それに自分が人に尽くして貰う価値があるとも思えない。
僕はイデアにアイコンタクトを送る。
今から行うのは兄さんが他校の助っ人になると言ったときから決めて居たこと。
これで父さんも兄さんの頑固さが分かっただろうし、僕が神功家に興味が無いことも分かって貰えるだろう。
「神功左千夫、降参します。」
『勝者 羅呪祢高校助っ人 神功十輝央 錦織一誠 敗者が一人の為、神功十輝央に1ポイントが移動するゾ。』
僕が作り上げた幻術で僕達が戦っている風景をイデアにおくる。
全体を霧に包ませて僕達の画像が全く映らない、所謂何をしているか分からない状態で僕は自分の敗北を告げる。
こうすれば取り合えず、神功左千夫は神功十輝央には敵わなかったと言う情報が流れるだろう。
そして、彼の秘書も納得する筈。
言い合いをしていた二人がこちらを見て放心している。
羅呪祢は上位四位から程遠いところに居るのでこのままなら兄さんの地区聖戦は終わるだろう。
それでも、僕の唯一の負けは彼だけなので評価は高いだろう。
それに、これだけしたら、もしいけるととしても決勝にはいかないでしょうしね。
茫然とこちらを見つめている兄さんに僕は微笑みかけた。
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【神功十輝央】
錦織が助っ人に入った事に呆れてしまった。
千星君と毎日勝負し、左千夫と闘うまで漕ぎ着けたと言うのに、それでも錦織は僕を守るという。
別にその気持ちが嫌なわけではないけれど、少しは空気を呼んでほしかった。
それでも錦織は一歩も譲らない。
もちろん僕も譲る気はないので、少しの間言い合っていると、見かねたヒューマノイドに戦闘開始の合図をとられる。
このまま戦闘に入るのは嫌だ。
一時休戦、ができるのかはわからないが、とにかく一度止めてもらおうと口を開こうとした時だった。
「神功左千夫、降参します。」
その言葉に僕の思考は停止した。
降参?……左千夫は、何を言ってるんだ?
呆然としている間にヒューマノイドはそれを受け入れたのか、話が進んで行く。
「……ちょっと左千夫、どう言う事…?」
「僕は神功家の財産には興味ありません。」
その言葉に僕は眉を顰めた。
左千夫が次期社長を狙い、義母さんを迫害しようとしているのは…?
「降参」という事は負けを認めたという事だし。
いや、財産には興味がないと言っているだけなので、また違った意味を含んでいるのかもしれない。
「待って、言ってる意味がわからない。
負けを認めるって事は、左千夫は神功家を継ぐ気は…………」
話を続けようとしたその時だった。
左千夫の後ろの空間が歪む。
そこから、どこの誰だかわからない男が二人見えた。
……結界が破られている?
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【神功左千夫】
調度僕が武器をブレスレッドに戻したその時だった、背後に気配を感じた。
しかも、結界が破壊されて、酷い耳鳴りのする中、僕の足元に五つの石が転がってくる。
“転送開始”
よりにもよって突如現れた見知らぬ男は宣言もせずに僕に攻撃を開始した。
と、言うことは地区聖戦関係者じゃないのか…?
僕個人に恨みを抱えて居るものは数えても数えきれないだろうが、その行為を行ったものが僕だと知っているものは少ない。
これはいったい。
僕の足元に転がった石が光の線で繋がり、幾何学模様の陣を形成する。
はやくこの結界を壊さなければと、自分の武器を展開しそうとしたその瞬間。
「左千夫!!危ない!!」
「――なッ!」
そう言って飛び込んできたのは今、一番近くに居た兄さんだった。
しかし、兄さんが飛び込んできたせいで僕は武器を繰り出すことができなくなる。
そのまま兄さんは僕を庇う様に形成され陣から押しだそうとしたその時だった。
“転送完了”
その言葉と共に視界が歪む。
この感覚は“魔女っ子なゆちゃん”の世界に飛ばされた時ににている。
どうやら空間を飛ばしたり、形成するタイプの能力者のようだ。
そうなると今のところ生命の危機は無いだろう。
僕は次に視界の前に光が見えるまで静かに両手を下ろし、空間の狭間を感じた。
次の瞬間、ふわっと無重力を感じると共におもちゃの世界の様なメルヘンな空間へと降り立った。
隣に十輝央兄さんも居る、矢張り一緒に巻き込まれてしまったらしい。
色々な意味で僕は大きく息を吐いた。
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【神功十輝央】
後ろの男の二人は誰かはわからない。
けれど、左千夫の足元に石ころのような物が転がってきた瞬間、危険を感じた。
言葉よりも先に身体が動くと、左千夫をその場所から逃がそうと飛びでていた。
しかし、その結果僕は左千夫と一緒にその攻撃に巻き込まれてしまう。
いや、実際これは直接的な攻撃ではなく、空間を移動すると言った類の物だ。
気づいた時には周りの景色は全く別の物になっており、驚きが隠せない。
(裏)生徒会という存在を知ってから、本当に色んな能力を使う人がいる。
これもそのひとつなのだろうと思うと、これから起きることに少しばかり不安が過った。
隣にいる左千夫がため息を吐いた。
これは僕に対して、だろうか。
「ごめん……なんか余計な事しちゃったみたいだね。
それにしてもここは…どうなってるの?」
「どうやら空間形成の能力者のようですね。
多分課題をクリアすればでれると思います」
そう言って左千夫が視線を落とした先にあったのは、子供が遊びそうな玩具のパズルだった。
それがあちこちに散らばっている。
出口を探したがそれらしきものは見当たらず、左千夫の言っていることは多分当たっているだろう。
「とにかく、課題をクリアしていきましょう」
木のパズルを手にとる左千夫を見て、僕も別のパズルへと手をつけた。
暫く押し黙っていたが、さっきの降参の意味をきちんと聞きたかった。
今聞くべき事かは迷ってしまったが、僕の気持ちは納まらない。
「……こんな時になんだけど、さっきの続き話してもいい?」
「……いいですよ」
左千夫はパズルに視線を落としていたが、どうやら話してもいいみたいなので続きを聞くことにした。
「さっき……なんで降参したの?
左千夫は次期社長を狙ってるんじゃなかったの?
僕は左千夫に勝てる気はしないけど、あれじゃああんまりだよ。
きちんと理由が知りたい」
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【神功左千夫】
十輝央兄さんに謝られてしまった。
もしかして、自分のせいだと思っているのだろうか。
そんなつもりはなかったのだが。
何よりも空間形成能力はややこしい。
恵芭守高校の様な戦闘系ならまだしも、こういう何かを成さなければいけないと言う課題は大変だ。
木のパズルは簡単だったので直ぐ解けた。
そうするとそのパズルは消え、上から知恵の輪が落ちてきた。
それも簡単だったのでまた直ぐ外してしまうと今度は違う形の知恵の輪が落ちてきた…。
そうやって解いていると横から声が掛る。
僕は視線はパズルに落としたまま胡坐を掻いて話しをすることにした。
兄さんとゆっくり会話をする機会は少ないから丁度良かったかもしれない。
「今まで黙ってましたが、父さんは僕を養子にするときに一つ条件を出しました。
僕が大きくなるまでの経済支援はするけれど、神功を僕に継がせるつもりはないと…。」
そう言うと横に居た兄さんの手が止まった。
それはそうだろう。
兄さんは、僕と兄さんを競わせる為に父さんが養子を取ったと思っている。
「父さんが僕のところに来てくれた時に言われたんです。
それでもいいかって。
…僕は元から財産とかそう言うのは興味無かったので。それが父さんに伝わったようで、めでたく養子になれたんですが、これは兄さんには秘密でした。」
横で硬直してしまった兄さんを余所に僕はどんどんパズルを解いていく。
そして、言葉も更に綴って行った。
「でも、これは兄さんには内緒でした。
なんでだと思います?父さん、兄さんは向上心が乏しいと思ってるんですよ。
優し過ぎるって。
確かに十輝央兄さんは優しいですが、父さんと一緒でとても頑固で、欲しいものは絶対手に入れるタイプだって分かっていないみたいです。」
そう思うと、本当にこの親子は似て居るなと少し笑ってしまった。
息子が居るのに養子を取る、あの父の優しさと寛大さと言えば世界一だと思う。
「でも、この地区聖戦で父さんも分かったでしょうし、もう秘密にしておくこともないでしょう。
那由多君には悪いことをしましたが、地区聖戦で余り他の人と戦って欲しくなかったので…。
兄さん、殆ど本家で習字をしてたでしょう?」
クスクスと音を立てながら僕は笑った。
悪戯っ子が悪戯を成功させたときはこんな気分だったんだろうな。
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【神功十輝央】
「……はぁ……そう言う事か……」
左千夫から全ての話を聞いて、なんとも言えないため息が漏れる。
僕の勘違いも先行し、今までの経緯が全て僕の為だったのかと思うと、ストンと型に嵌ったような安堵感に包まれた。
「僕もまだまだ子供だね。すっかり踊らされてたってことか…。
ひとまず左千夫と闘わずに済んでよかったよ。
それに……感情がどうであれ、何かを目標にしているのは楽しかった。
こういう世界に身を置くのは趣味じゃないけど、いい経験になったよ。ありがとう」
悪戯っ子のように笑う左千夫に、僕もつられて笑みが零れた。
こんな風に笑えるんだな、と少し安心感も湧き起こる。
左千夫の過去を僕は知らない。聞こうとも思わない。
けれど最近、彼は少し変わった気がする。
前まではもっと何を考えているのかわからなかった。
まるでガラス張りの世界からこちらを見ているような、見えない距離を感じていた。
でも今の彼は少し違う。
元々持っていた本質なのかもしれないけど、それを知る事ができただけでも、良しとしよう。
そして、次のパズルに手をかけた時だった。
部屋の中に敷き詰められている玩具の中から、突然ピエロの人形が飛び出した。
「――――!?」
『わー☆やってるやってる♪ここはおもちゃの部屋☆
もうわかってるかもしれないけど、出てくる課題をクリアすることが条件♪
クリアできなくても、三週間経ったらここから出られるよ!
それまでいーっぱい楽しんでね☆
それじゃー頑張って!何かあったらまた呼んでね♪♪』
ふわふわと浮かんだそのピエロは、それだけを告げると再び玩具の中へと力を失ったかのように落ちた。
クリアできなかったら、三週間後に出られる?
それだと地区聖戦自体が終わってしまう。
羅呪祢高校が今日の予選最終日でどのような順位になるかはまだわからないが、僕は助っ人だから関係ないと言えば関係ない。
ただ、左千夫は……。
左千夫へと視線を向けると、少し困惑したような表情を浮かべていた。
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【神功左千夫】
三週間…。
それではラディエンシークルセイドの決勝まで終わってしまう計算だ。
と、言うことはあの二人はそれまで考えて僕をこの結界に閉じ込めたと言うことか…?
現在のトップ4は恵芭守(エバス)高校、麗亜(レイア)高校、明雷鳴(アライナ) 高校そして、愛輝凪(アテナ)高校の四校だ。
この四校にかなりの点数が固まっているので、他校はこの四校から点数を奪わなければ順位変更が無い。
即ち、五位以下から最下位まで点数を全て一つの高校に集めても四位には食い込めないと言うことだ。
順位を変えたいのであれば、上位四校から点数を奪っていかなければならない。
そうなると上位四校。恵芭守(エバス)高校、麗亜(レイア)高校、明雷鳴(アライナ) 高校が僕を決勝戦に出さないための画策だろうか。
明雷鳴(アライナ) 高校に関してはデータが不足しているので、恵芭守(エバス)高校、麗亜(レイア)高校かもしれないが二校とも主力メンバーの中ではあんな能力を使うものは居なかった。
それとも、全く違う場所から派遣されたメンバーなのか。
ラディエンシークルセイドは色々な利害が絡んでいるのでその辺りの決めつけは出来ない。
それに何にせよ情報が…少な過ぎる。
僕は解いていたパズルを一度置いて正方形の部屋の右端にある扉へと歩いていった。
そして、扉を開いた。
目の前に広がるのは只の真っ暗な闇だった。
感覚で分かるが危険な類では無い、なので僕はそのままその闇へと歩いていった。
しかし、次の瞬間。
僕は左端の扉からはいってきた。
中央に兄さんが座っている。
と、言うことはこの部屋は無限ループと言うことだ。
次はブレスレッドを武器に戻して壁を叩き壊してみた。
しかし、何事もなかった様に元に戻ってしまった。
これは本当に課題を解くしか方法はなさそうだ…。
しかし……。
「一つ、質問です。課題は何問なるのですか?」
『えへへ☆それは秘密だよ☆』
ふわっと、ピエロが浮き上がると同時に回答してくる。
矢張り、そういうことか…。
「三週間で解ききれない位有ると言うことですね……。」
ここにある問題の質は悪い。
数秒で解ける。
しかし、この課題が億単位いや、それ以上で有るとするとどうだ。
僕達はどれだけ解いてもここから出れない。
加えて内側から出来ることは課題を解く以外にないようだ。
「……取り合えず、僕達はこれを解いていくしかないようですね。」
僕はまた、兄さんの横に座るとパズルを解き始めた。
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【千星那由多】
「………!!」
突然の出来事に全員が対応できなかった。
俺達が介入する暇もなく、会長と十輝央先輩は消えてしまい、その向こう側から結界を破った男達が更に中へと入ってくる。
他にも数人仲間がいるようだ。
制服も着ておらず、ブレスレットにも名前が表示されない。
という事は、地区聖戦とは全く関係ない奴等か?
「貴様ァ!!十輝央様をどこにやった!!」
束の間の沈黙を切り裂いて、一番に錦織さんの怒号が飛ぶ。
その気迫はクールな錦織さんからは想像がつかず、思わず身体が強張ってしまった。
「は?言えるわけねーじゃん」
しかし男達は、怒りを露わにする錦織さんとを何とも思わないのか、ケラケラと笑っている。
どうやら答える気は無いようだ。
そのやり取りを見て、隣で大きくため息をついた副会長が、ブレスレットから武器を展開させた。
「口で聞いても無理なら、身体に聞こっか♪左千夫クンいないと困るし~。
みんなー戦闘じゅーんび」
グローブをきゅっと嵌め込むと、一人の男に殴りかかりに行くのを見て、俺も武器を展開させた。
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【日当瀬晴生】
んと、ラディエンシークルセイドが始まってから能力者が増えたな。
俺は携帯を展開させるとさっき会長が消えた、場所と転がっている石を見つめた。
そして、能力者を見つめる。
「おい、弟月。テメーは全員のプロフィールあらっとけよ。」
「言われなくても分かっている。」
そう言って弟月はメガネを取っていた。
まずは一番初めにのされそうな九鬼が走って行った相手から情報を読み取っているようだ。
お相手さんは運が悪い。
今日は夏岡さん、そして、なんでかしらねーが椎名までがこの場に居やがる。
「椎名。重要な証拠人消すんじゃねーぞ!!!!
すいません、千星さん、前衛任せます。」
武器を展開して走って行こうとしている千星さんに声を掛ける。
もう既に、幸花、純聖、三木、天夜は戦闘に入っている。
これだけいればこんなザコなんてことないだろうと俺は会長の行方の手掛かりだけを負った。
「日当瀬晴生!お前は、確か情報系の能力者だったな!十輝央様はどこにいったのだ。」
「あー!ガタガタうっせぇな!今それを探してんだよ!だまっとけ!」
俺が一点を見つめて集中していると言うのに横から会長の兄の秘書が喋りかけてくる。
しかも掴まれて揺らされる。
こんなに鬱陶しいことは無い。
俺はその手をパシっと弾いて、さらに現状を読み取って行く。
「空間………課題…………………」
そこまで読み取れると俺は目を閉じる。
瞼の裏を色々な情報が過ぎて行った。
その中で優良なもの、確実なものだけを拾い繋げていく。
「空間形成系の能力者だ。会長と会長の兄は別次元に飛ばされている。
こちらに戻ってくるのは課題のクリアが必要、………そんな感じだ。取り合えず死んじゃいねーよ。」
俺が分析している間に戦況もだいぶマシになってきている。
弟月が空間にキーボードを形成し情報を打ち込んでいるので今度はそれをこっちで纏めていった。
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【九鬼】
空間形成系の能力者。
なゆちゃんの時の二次元と似たようなものだろう。
「オッケー、じゃあ意識があるぐらいに叩いてくヨ♪」
ボク達全員をあちらに移動させなかったのが、重大なミスだ。
こんな雑魚相手に時間を取ることもない。
一人の男がナイフを持って襲いかかって来たのをいなすと、腕を掴み、へし折る。
骨を折ったり、ヒビを入れるぐらいなら大丈夫だろう。
これで気絶されたらたまったもんじゃないケド。
雑魚は悲痛な叫び声をあげながら、どんどんその場に倒れ込んで行く。
他も致命傷にはならない程度にボコっていたみたいだけが、椎名っちは詰まら無さそうにしていた。
全員を地面へ這いつくばらせるのに十分もかからなかった。
「九鬼―、拘束頼む!」
ジンタロマンが最後の男を倒れさせたのを確認すると、庭園に備え付けてある仕切りの鎖を手に取った。
能力を発動させ、それで動けない男達の身体を拘束させながら一か所へと集中させていく。
思いの外人数がいたようだ。
左千夫クンをどこかにやった、空間形成の能力者だけをつるしあげると、全員がその男の前へと集まった。
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【天夜巽】
地獄絵ってこんなんだろうなって思った。
いや、まぁ、皆手加減してるんだけどね。
これって、高校生にしたら十分地獄だと思う。
くっきー先輩は脱臼、骨折気にしてないし。
純聖君は何人か焦しちゃってるし。
幸花ちゃん凄い返り血だよ…。
夏岡先輩、それ多分締めすぎです。
椎名先輩もなんというか、人数が初めより減ってしまっている気がする、加減はしてくれたんだろうけど。
重軽傷様々な結果に終わったけど攻め込んできた敵は倒した。
そして、今ターゲットの人物が吊るしあげられている。
「おい、貴様!さっさと十輝央様を戻せ!!」
「は!無理だね!一度あっちの世界に行っちまえば課題を解き終わるまで戻って来れない。」
一番に食ってかかったのは錦織さんだった。
かなり短気な性格なんだなと思いながらやり取りを見つめて居ると日当瀬が那由多の横に並んだ。
「どうしますか、千星さん。
そんなに強い能力者では無いので殺害した場合、会長たちは帰ってくると思います。」
ん?すっごい物騒な方へと話が進んだ気がする。
「そうなの?さっさと言ってくれたらさっき殺っちゃってたのに♪」
そう言って手をポキポキ鳴らしながらくっきー先輩が近づいていっている。
これ、止めた方がいいのかな。
吊るされた張本人はかなり青ざめている、でも脅したら他の情報落としてくれるかもしれないしね。
そう思った時先に錦織さんの声が響いた。
「待て!いきなり殺すな。そんなことをしたら十輝央様が悲しまれる。」
へぇ、この人短気で情がなさそうに見えたけどそんなこともないんだと見直した僕はその後驚く嵌めになる。
「だから、こうしよう。お前の命は残り少しだ、その間に私を満足させる回答を寄越せ、さもなければ―――」
そう言った瞬間、錦織さんがメガネを外して掛けた片眼鏡から光がその男に注がれた。
「体力か精神破壊を起こして死ぬ。……十輝央様もここまですれば分かって下さるだろう。」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
そう言った瞬間。
男の悲鳴が辺りに響き渡った。
そして、その辺りに無尽蔵に五角形の幾何学模様が現れ始めた。
その陣は誰も捕らえることなく作られては消えていく。
「とめろぉぉぉぉとめてくれぇぇぇ!!!に、三週間!三ッ週間したら、でて――ぎゃぁああああああ!!」
「バカめ。十輝央様の大切な時間を貴様ごときに三週間もくれてやるはずがないだろう。」
「わ、かった、わかった!!解決方法をっ、おし、教える、教えるからぁァァ!!!」
酷い耳鳴りがした。
これは分かる、彼の能力が暴走しているんだ。
能力が暴走してしまうと体力が失われる上に酷いと精神を破壊され死にいたると言う。
これが錦織さんの特殊能力…。
吊るしあげられた人物がそう言った瞬間、錦織さんはパチンと指を鳴らした。
そうすると耳鳴りが止み、辺りに現れた陣も消えたが吊るされた男は更にぐったりとしていた。
「さ、さっきも言ったけど、戻すことは…無理だ……けど、課題なら…減らせる」
「ならさっさとやれ」
消えそうな声で言った男に侮蔑の視線を向けながらそう言い放った。
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【神功十輝央】
僕と左千夫は黙々とパズルを解いていた。
とにかく今はこの課題をクリアしていくことしか解決方法は無い。
錦織達がどうにかしてくれればいいんだけど…。
そんな事を考えながら、何十個目かわからないパズルに手をかけた時だった。
軽い耳鳴りと頭痛が起きたと同時に、空間がビリビリと揺れた。
左千夫もそれに気づいたのか、手の動きを止める。
「……なんか、あったみたいだね」
どうやらこの空間が歪んでいる。
能力者本人に何かあったのだろうか。
でも、今このタイミングなら、もしかすれば僕の能力でみんなと通信することができるかもしれない。
「左千夫、ちょっと僕の能力試してみてもいい?
今ならみんなと連絡取れるかもしれない」
その言葉に左千夫は頷いた。
息を吐くと精神を集中する。
右手をぐっと握った後軽く開き、パズルをかき分け、床へと直接触れた。
「……シグナルキャッチ」
右手から左脳が繋がったような感覚と痺れが起きる。
痛くは無いんだけど、この感覚はむず痒いというか……まだ慣れない。
更に精神を集中させると、この部屋から発せられていない誰かの声が途切れ途切れに聞こえてきた。
目を開くと、成功の意味を込めて、左千夫へと微笑んだ。
そして、地面に手を触れたまま声を出す。
「錦織、いる?」
僕がそう尋ねた後、少しして僕の口が勝手に動き出す。
『十輝央様!!ご無事でしたか!!』
どうやらこの通信を使うと僕の身体を媒体にするようなので、まるで僕が錦織の声で喋っているにようになるみたいだ。
なんだかおかしいな。
「うん、左千夫も僕も無事だよ。
そっちで何かあった?」
『はい、十輝央様を異次元に飛ばした男を捕らえました。
直接十輝央様をこちらに戻すことはできないみたいですが、課題を減らすことができるようです』
「ほんと!?助かったー。よろしく頼むよ。
よかったね、左千夫」
課題が減れば、二週間待つ事もなくここからすぐに出る事ができるだろう。
左千夫がちゃんと地区聖戦の決勝に出られる事に、安堵の息を吐いた。
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【神功左千夫】
兄さんが錦織一誠の声で話し始めた。
兄さん自体が携帯電話で兄さんの口がスピーカーと言ったところか。
なら、僕の声を伝えることも出来るんだろうか、と兄さんに一歩寄った。
すると、兄さんから片手が伸びてきた。
「僕の体の一部に唇を当ててくれたらあっちに飛ぶみたい」
兄さんの手の甲に唇を当てて僕は喋り始める。
「おつかれさまです、皆さん。
もうすぐ地区聖戦が終わりますが最後まで気を抜かないように。
できるだけ早く帰りますね。」
それだけ伝えると僕から言いたい事はないので兄さんの手から唇を外した。
なかなかこういう機会はないので変な感じだ。
本当の兄弟なら小さい頃に散々やってそうだが。
兄さんは音を伝えられるっていうわけではなさそうなので音を何かに変えて伝えたのだろう兄さんの能力は一体。
「兄さんは予選だけの契約ですよね…前にも聞いたかもしれませんが。」
「うん。そうだよ。」
「その、能力…。なにか、音波とか波長系のものですか?」
「そう!よくわかったね。流石左千夫だ。どうやら、電磁波を操ることが出来るみたいなんだけど、まだこんな感じの通信と後は少し戦闘に使えるように応用できるようになってきたとこなんだ。」
その言葉を聞いて僕は少し驚いた。
電磁波とは全ての能力の根源にあることばだ。
流石神功家の正息と言えばいいのか、その能力はきっちりと育てていけばいいものになるだろう。
本人にその気があるかは分からないし、僕はこれ以上兄さんにこっちの世界にかかわって欲しくないが。
「…すごい能力ですね。さて、そろそろ最後の課題が出るみたいですよ。」
あたりの風景が一気に変わっていく。
相変わらずメルヘンな部屋で、ベッドやテーブルがあるが散らばっていたおもちゃやパズルは消えていった。
『やっほー☆よくがんばったね!!最後の試練だよ♪…それはね。』
家具と一番初めに踊り出したピエロだけ空間へと残り他はすべて消えてしまった。
ピエロは宙を舞いながら最後の課題を告げ始めた。
やっと元の世界に帰れると安堵した瞬間、ピエロの言葉に僕たちは凍てつくことになる。
『キス……!!!だよ★簡単でしょ♪じゃーね☆』
それだけ告げるとピエロは元の人形に戻った。
……簡単………なわけない。
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【千星那由多】
会長と十輝央先輩は無事なようだった。
さっきの通信は十輝央先輩の能力なんだろうか。
よくわからないが、男の口から二人の声が聞こえた時はちょっとびっくりした。
それから暫く時間が経過したが、中々二人は帰って来なかった。
「貴様!!本当に課題を減らしたんだろうな!?」
その事に業を煮やしたのか、また錦織さんが能力者の男に突っかかっていった。
釣り上げられている男は必死な形相で頭を縦に振っているので、多分本当だと思う。
しかし一向に信じようとしない錦織さんを見て、夏岡先輩が制止に入った。
「まぁまぁ落ち着けって錦織。ゆっくり待とうぜ?
最後の課題に手間取ってんだよきっと」
「夏岡さんの言う通りだ、少しは黙れ。
……それより、もう地区聖戦終わるぜ」
晴生の言葉に全員がブレスレットへと視線を移した。
これで予選も終わりか…。
このままいけば、愛輝凪高校は決勝に進める。
とてつもなく長い期間のように感じたが、まだこれは予選だ。
これからが本番になるのだと思うと、まだまだ先は長い。
「10……9……8…」
晴生のカウントダウンが始まり、それに耳を傾ける。
全員が静かにそれを見守った。
「4……3……2……1………――――予選終了」
そして、正午12時。
地区聖戦の予選が終わった。
「はぁー……やっと終わ――――」
「な、んだよ…?これ……っ」
安堵感に包まれ大きく息を吐いたと同時に、晴生の声があがる。
全員の視線がそちらへと向いた。
「どうした?晴生?」
「……いえ、その…恵芭守が……」
晴生が言葉を続けようとした時、突然能力者の魔法陣が光り始める。
その魔法陣から浮き出て来るように、会長と十輝央先輩現れた。
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【日当瀬晴生】
上位四校はもうほとんど決まっていた。
筈、だったのに。
俺が声を震わせた瞬間に会長と会長の兄が帰ってきた。
「すいません、お待たせしました。」
「錦織、ありがとう!助かった。」
二人ともいつものようだが僅かな違和感を感じた。
しかし今はそれどころじゃない。
もう一度画面操作をするが情報にアクセスしている高校が多すぎるんだろう。
回線が不安定だ。
「くそっ、さっさと繋がれ。」
「どうしました、晴生君。愛輝凪の順位変動はありましたか。」
「いや、愛輝凪は二位、明雷鳴(アライナ) が三位、麗亜(レイア)が四位はねぇよ…ただ、恵芭守が…くそ、繋がらなくなりやがった。」
順位表は一瞬しか見えなかった。
その後プツンと切れたように画面が真っ黒になり、履歴すら残っていない。
バグなのかどうなのか分からなかったがさっさと繋がってほしい。
そうしているときに椎名が急に携帯を取った。
「なに?もう、契約はすんだ……。……?―――ジングウあげる。」
そう言って椎名は会長へと携帯を放り投げていた。
会長は携帯を耳にするなり、表情を変える。
「これは君に対するSOSなのでは?」
「そう。でも、行く義理はない。」
会長と椎名が話している。
電話からは色々な悲鳴が聞こえていた。
俺が耳がいいから聞こえたのかみんなに聞こえたかは分からなかったが。
「……ボランティアもたまには必要ですかね。…柚子由はイデアが帰ってくるまで待機しておいてください。純聖、幸花も。他は自主参加です。今から恵芭守に行きます。」
そういった瞬間に会長は走り始めた。
……アイツあれ、全力だろう、誰が着いていけんだよ。
それに続いて九鬼が走り始める。
そして天夜、千星さん。
俺は千星さんについていくことにした。
夏岡さんはこっちが心配だからと三木に付いていてくれるようだ。
本当に少し、遅れただけだったが会長の姿はもうなかった。
ほんと、化けものだよな、アイツ。
「勝負しよう!千星君!!」
「…………」
愛輝凪(裏)生徒会の全員が「また今日も来たか」といった表情をみせる。
この扱いにも慣れるほどに、僕は千星君との習字勝負に勝てていない。
しかも今日、地区聖戦の予選は最終日で、正午12時には終わってしまう。
今回の勝負で千星君に勝たなければ、左千夫と向き合う機会が無くなるという事だ。
「とっきーも諦め悪いネ~その精神にはカンプクー」
「ありがとう!でも今日は勝たないといけないから!」
「……いや、けなしたんだケド…」
九鬼君がアイスを頬張りながら引き攣った笑みを見せる。
何度「勝つ」という言葉を口にしようとも、僕はめげない。
千星君がおずおずと左千夫の方へと視線を移すと、左千夫は読んでいた本を閉じた。
「外へ行きますか」
視線はこちらに向かない。
相変わらずここ最近態度が冷たいが、これぐらいはっきりしてくれないと僕も心を鬼にできない。
千星君が左千夫の言葉に立ち上がると、全員外へと移動することになった。
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【錦織一誠】
くそっ!何だって言うんだこの十輝央様に対しての態度は…!!?
それにしても十輝央様も健気過ぎる!
あの、千星と言う男など、決闘で倒してしまえば直ぐだと言うのに!
十輝央様は当たり前と言えば当たり前なのだが、千星那由多以外の勝負は全て勝利している。
神功家の後継候補と言うだけで彼は他校から勝負を挑まれることがある。
なので、この数日でかなりの戦闘経験をおつみになさった。
と、いっても一番に行っているのは字の練習なのだが…。
それに対して神功左千夫。
彼は勝負自体余りしていない。
確かにポイント数はかなり多いが、戦闘数が少ないのだ。
(裏)生徒会室の場所が他校にばれたくないのだろう。
神功左千夫は外へと向かって行った。
水上庭園へと向かう最中も何人か勝負を挑んでこようとしていたが全て神功左千夫に寄って宣言を口にする前に口を塞がれ気絶させられていた。
「貴様!そんな、卑怯なことを…!!」
「規約違反では無いですよ。それに、愛輝凪高校はもう既に十分ポイントを稼いでますので、勝負する必要が無いんですよ。」
飄々と俺に向かって言いのける、この男がいけすかない!
十輝央様は全ての勝負を健気にお受けなさっていると言うのに。
俺が拳を握ってフルフルと震えていると、十輝央様が肩を叩いてくださった。
本当にこの方はお優しい。
水上庭園につくとその一角の結界の中へと入る。
ここだと暫く他校からの介入を防げるからだろう。
愛輝凪高校のヒューマノイドのイデアが既に習字の用意をして待っていた。
「ご苦労様です、イデア。」
神功左千夫はそれだけ告げると近くのベンチに腰かけ、三木柚子由が持ってきていた資料を眺めていた。
三木柚子由、俺はこいつもいけすかないのだが…、今回はよしとしよう。
それよりも、今日の勝負が大切だ。
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【千星那由多】
十輝央先輩との習字勝負では、徐々に点数の差は縮まっているものの、俺は勝っていた。
今日は地区聖戦の予選最終日。
この闘いで十輝央先輩との勝負も終わるだろう。
俺はこれで地区聖戦のポイントを稼いでいるので、最後の最後に負けるわけにもいかなかった。
これ以上ポイント減らしたくないし…。
地面に敷かれた座布団の上へと座ると、筆を取る。
「よろしく、千星君」
「はい……」
力無く十輝央先輩へと返事をすると、イデアへと視線を向けた。
毎回お題はイデアが出している。
大体あいつが好きそうな四文字熟語が多いので、今回も「残酷非道」とかそう言った類の物だろうなと思っていた。
しかし、その検討は外れる。
「……そうだナ……今日は『柚子』でイクカ」
イデアは明らかに三木さんの方向を見ながらそう告げた。
随分単純な単語だけど、多分度重なるこの勝負で、考えるのがめんどくさくなったんだろう。
それと同時に十輝央先輩の表情が少し緩んだ。
「……それなら勝てる気がする」
小さく呟いたこの言葉の意味が俺にはわからなかったが、いつもと同じように半紙へと視線を落とす。
「柚子」という字に三木さんを思い浮かべた。
誰にも優しくてふんわりとしていて、それでいて芯を持っていて……。
いつもの殺伐とした四文字熟語よりも、気持ちを緩めて筆を進めて行く。
絶対勝てる。
そう確信しながら、最後のハネを払った。
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【三木柚子由】
勝負が始まる前にイデアちゃんと視線があってしまった。
それのせいか分からなかったが勝負は私の名前の漢字に含まれている柚子、だった。
いつもそうだけど、この勝負どちらを応援していいかわからない。
千星君に勝って欲しいとも思うし。
十輝央さんに負けて欲しくないとも思う。
二人とも愛輝凪の生徒なのにどうして勝負しなきゃならないんだろう。
でも、左千夫様は何か考えがあってこうなさってるんだろうし。
立っている私の横にあるベンチに座って左千夫様は資料に目を通している。
私にも座る様に場所を空けてくれてはいるんだけどはらはらしてそれどころじゃ無かった。
二人の筆が一斉に動いていく。
何度か二人の戦いを見たことはあるけど、私なんかじゃどちらのほうが綺麗なんて分からない位綺麗な字を書く。
それを見て居ると十輝央さんに書いている手紙の字が恥ずかしくなってくる。
でも、彼は律儀に返事をくれるのでやめられないんだけど。
「それでは…判定ニ、入ル」
どうやら二人とも完成したみたいで、墨が渇くのを待ってイデアちゃんが言葉を口にした。
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【神功十輝央】
「柚子」という漢字にしてくれたのは、正直ありがたかった。
単純に、僕はこの単語を良く書いている。
柚子由さんと手紙のやり取りをしているからだ。
いつもいつも気持ちを込めて書いているんだ。負ける気がしない。
勝つという気持ちはいつもある。
ただ、今回は「勝てる」と断言しても良い程だった。
書きあげた後、ヒューマノイドが小さな機械音を立てながら半紙へと視線を落とした。
いつもこの瞬間は緊張する。
息を飲み、僕は結果を待った。
そして、ヒューマノイドは勝者の名前を呼ぶ。
「勝者……――――ジングウトキオ」
機械的な声で僕の名前を呼ばれた瞬間、すぐに勝利の快感が沸き起こった。
自然と笑みが零れると、小さく拳を握る。
「やった、やっと勝てた…!」
ただ口では大げさな表現はしなかった。
嬉しさを噛みしめると言うのはこう言う事だろうか。
長らく味わっていなかった気がする。
目の前の千星君へと視線を向けると、目を丸くしながら僕を見ていた。
すぐに手を差し伸べると、握手を促す。
「ありがとう、ずっと僕の我儘に付き合ってくれて。
とっても楽しかった。
多分…僕はこの文字だから勝てた。他の文字だったらずっと勝てなかったかもしれない。
君の字は、本当に素晴らしいよ」
感謝の言葉をかけると、千星君は手を握り返してくれた。
納得がいかない、と言った表情ではなく、少し悲しさが感じ取られる。
誰かに勝つ、ということはこう言う事だ。
彼の手を離すと次は左千夫に視線を向けた。
「左千夫、僕は勝った。約束を守って」
…僕の本番はここからだ。
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【神功左千夫】
兄さんが那由多君に勝った。
“柚子”という字は兄さんがそれだけ練習していたということだろう。
書き終わった互いの字を見比べたが矢張り僕は那由多君の字が好きだった。
この辺りは好みなので仕方ないだろうが。
目を通していた資料を横に置き、ベンチから立つと僕は那由多君の肩をポンと叩いてから前にでる。
「お疲れ様です。僕は那由多君の字の方が好きですよ。」
微笑みと共にそれを告げると僕は前に出た。
予選も終盤だ。
那由多君のおかげでかなり兄さんの時間を潰すことができた、これには本当に感謝している。
「いいですよ。…約束でしたからね。
十輝央兄さん、能力はもう開花しましたか…?」
僕はブレスレットにしていた武器を槍の形状へと戻す。
そして、十輝央兄さんへと向けて片腕を突きだした。
僕がこれから取る行動はもう決まっている。
その為にずっと気を使って戦ってきたからだ。
「愛輝凪高校 神功左千夫 決闘にて神功十輝央に勝負を申し込む。いざ、尋常に勝負。」
場所がここで調度良かった。
しかも、近くにイデアが居る。
僕が決めて居た予定を取り行うには最適な環境に自然と口角を上げた。
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【千星那由多】
ついに負けてしまった…。
自信があった習字で勝てなかった事にショックで気持ちが沈みそうになったが、会長の言葉に少しだけ心が軽くなった。
俺の字の方が好きだと言われる事は素直に嬉しい。
まだ俺が(裏)生徒会にいる意味がある。
そして、俺が負けた事によって、会長と十輝央先輩は闘うことになってしまった。
これでよかったのかはわからないが、この二人が闘うのは少し複雑な気持ちだ。
その場から引き、会長が決闘の申し込みをする様子を見守る。
「うん、なんとなく能力は使えるように――――」
「羅呪祢高校助っ人、錦織一誠、この勝負に助太刀する!」
十輝央先輩が会長の言葉に返事しようとした瞬間に、錦織さんの助太刀が入った。
全員の視線がそちらへ向くと、十輝央先輩も後ろにいた錦織さんへと驚いたように振り向く。
「ちょっと錦織!助太刀いらないよ。
僕は左千夫と一対一で闘いたいんだ」
「駄目です!こいつが化け物なのは十輝央様が一番良く知ってらっしゃるでしょう?
私は十輝央様をお守りする義務があります!ここは引けません!」
「何言ってるの、これは僕と左千夫の闘いなんだよ?
こんな時まで義務とか言わなくていいよ」
闘いが始まる前に二人の言い合いが始まった。
錦織さんも十輝央先輩を思っての事なんだろうけれど、その行動に先輩は呆れている様子だ。
それでも錦織さんは全く引く様子を見せなかった。
-----------------------------------------------------------------------
【神功左千夫】
「御託はイイ、さっさと、始めるゾ 戦闘開始!!」
イデアはこの後の作戦を言ってあったこともあるし、こう言った面倒な言い争いは好まないのだろう。
さっさと戦闘開始の合図を言ってしまった。
まぁ、…タイマン指定をしなかった僕も悪いか。
正直僕もどっちでもいい。
神功家の秘書や執事は皆忠誠心が並みでは無い。
それは全て父さんの人徳なのだが、僕にはそう言った相手が傍に居ることが耐えられないので付けて貰っていない。
それに自分が人に尽くして貰う価値があるとも思えない。
僕はイデアにアイコンタクトを送る。
今から行うのは兄さんが他校の助っ人になると言ったときから決めて居たこと。
これで父さんも兄さんの頑固さが分かっただろうし、僕が神功家に興味が無いことも分かって貰えるだろう。
「神功左千夫、降参します。」
『勝者 羅呪祢高校助っ人 神功十輝央 錦織一誠 敗者が一人の為、神功十輝央に1ポイントが移動するゾ。』
僕が作り上げた幻術で僕達が戦っている風景をイデアにおくる。
全体を霧に包ませて僕達の画像が全く映らない、所謂何をしているか分からない状態で僕は自分の敗北を告げる。
こうすれば取り合えず、神功左千夫は神功十輝央には敵わなかったと言う情報が流れるだろう。
そして、彼の秘書も納得する筈。
言い合いをしていた二人がこちらを見て放心している。
羅呪祢は上位四位から程遠いところに居るのでこのままなら兄さんの地区聖戦は終わるだろう。
それでも、僕の唯一の負けは彼だけなので評価は高いだろう。
それに、これだけしたら、もしいけるととしても決勝にはいかないでしょうしね。
茫然とこちらを見つめている兄さんに僕は微笑みかけた。
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【神功十輝央】
錦織が助っ人に入った事に呆れてしまった。
千星君と毎日勝負し、左千夫と闘うまで漕ぎ着けたと言うのに、それでも錦織は僕を守るという。
別にその気持ちが嫌なわけではないけれど、少しは空気を呼んでほしかった。
それでも錦織は一歩も譲らない。
もちろん僕も譲る気はないので、少しの間言い合っていると、見かねたヒューマノイドに戦闘開始の合図をとられる。
このまま戦闘に入るのは嫌だ。
一時休戦、ができるのかはわからないが、とにかく一度止めてもらおうと口を開こうとした時だった。
「神功左千夫、降参します。」
その言葉に僕の思考は停止した。
降参?……左千夫は、何を言ってるんだ?
呆然としている間にヒューマノイドはそれを受け入れたのか、話が進んで行く。
「……ちょっと左千夫、どう言う事…?」
「僕は神功家の財産には興味ありません。」
その言葉に僕は眉を顰めた。
左千夫が次期社長を狙い、義母さんを迫害しようとしているのは…?
「降参」という事は負けを認めたという事だし。
いや、財産には興味がないと言っているだけなので、また違った意味を含んでいるのかもしれない。
「待って、言ってる意味がわからない。
負けを認めるって事は、左千夫は神功家を継ぐ気は…………」
話を続けようとしたその時だった。
左千夫の後ろの空間が歪む。
そこから、どこの誰だかわからない男が二人見えた。
……結界が破られている?
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【神功左千夫】
調度僕が武器をブレスレッドに戻したその時だった、背後に気配を感じた。
しかも、結界が破壊されて、酷い耳鳴りのする中、僕の足元に五つの石が転がってくる。
“転送開始”
よりにもよって突如現れた見知らぬ男は宣言もせずに僕に攻撃を開始した。
と、言うことは地区聖戦関係者じゃないのか…?
僕個人に恨みを抱えて居るものは数えても数えきれないだろうが、その行為を行ったものが僕だと知っているものは少ない。
これはいったい。
僕の足元に転がった石が光の線で繋がり、幾何学模様の陣を形成する。
はやくこの結界を壊さなければと、自分の武器を展開しそうとしたその瞬間。
「左千夫!!危ない!!」
「――なッ!」
そう言って飛び込んできたのは今、一番近くに居た兄さんだった。
しかし、兄さんが飛び込んできたせいで僕は武器を繰り出すことができなくなる。
そのまま兄さんは僕を庇う様に形成され陣から押しだそうとしたその時だった。
“転送完了”
その言葉と共に視界が歪む。
この感覚は“魔女っ子なゆちゃん”の世界に飛ばされた時ににている。
どうやら空間を飛ばしたり、形成するタイプの能力者のようだ。
そうなると今のところ生命の危機は無いだろう。
僕は次に視界の前に光が見えるまで静かに両手を下ろし、空間の狭間を感じた。
次の瞬間、ふわっと無重力を感じると共におもちゃの世界の様なメルヘンな空間へと降り立った。
隣に十輝央兄さんも居る、矢張り一緒に巻き込まれてしまったらしい。
色々な意味で僕は大きく息を吐いた。
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【神功十輝央】
後ろの男の二人は誰かはわからない。
けれど、左千夫の足元に石ころのような物が転がってきた瞬間、危険を感じた。
言葉よりも先に身体が動くと、左千夫をその場所から逃がそうと飛びでていた。
しかし、その結果僕は左千夫と一緒にその攻撃に巻き込まれてしまう。
いや、実際これは直接的な攻撃ではなく、空間を移動すると言った類の物だ。
気づいた時には周りの景色は全く別の物になっており、驚きが隠せない。
(裏)生徒会という存在を知ってから、本当に色んな能力を使う人がいる。
これもそのひとつなのだろうと思うと、これから起きることに少しばかり不安が過った。
隣にいる左千夫がため息を吐いた。
これは僕に対して、だろうか。
「ごめん……なんか余計な事しちゃったみたいだね。
それにしてもここは…どうなってるの?」
「どうやら空間形成の能力者のようですね。
多分課題をクリアすればでれると思います」
そう言って左千夫が視線を落とした先にあったのは、子供が遊びそうな玩具のパズルだった。
それがあちこちに散らばっている。
出口を探したがそれらしきものは見当たらず、左千夫の言っていることは多分当たっているだろう。
「とにかく、課題をクリアしていきましょう」
木のパズルを手にとる左千夫を見て、僕も別のパズルへと手をつけた。
暫く押し黙っていたが、さっきの降参の意味をきちんと聞きたかった。
今聞くべき事かは迷ってしまったが、僕の気持ちは納まらない。
「……こんな時になんだけど、さっきの続き話してもいい?」
「……いいですよ」
左千夫はパズルに視線を落としていたが、どうやら話してもいいみたいなので続きを聞くことにした。
「さっき……なんで降参したの?
左千夫は次期社長を狙ってるんじゃなかったの?
僕は左千夫に勝てる気はしないけど、あれじゃああんまりだよ。
きちんと理由が知りたい」
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【神功左千夫】
十輝央兄さんに謝られてしまった。
もしかして、自分のせいだと思っているのだろうか。
そんなつもりはなかったのだが。
何よりも空間形成能力はややこしい。
恵芭守高校の様な戦闘系ならまだしも、こういう何かを成さなければいけないと言う課題は大変だ。
木のパズルは簡単だったので直ぐ解けた。
そうするとそのパズルは消え、上から知恵の輪が落ちてきた。
それも簡単だったのでまた直ぐ外してしまうと今度は違う形の知恵の輪が落ちてきた…。
そうやって解いていると横から声が掛る。
僕は視線はパズルに落としたまま胡坐を掻いて話しをすることにした。
兄さんとゆっくり会話をする機会は少ないから丁度良かったかもしれない。
「今まで黙ってましたが、父さんは僕を養子にするときに一つ条件を出しました。
僕が大きくなるまでの経済支援はするけれど、神功を僕に継がせるつもりはないと…。」
そう言うと横に居た兄さんの手が止まった。
それはそうだろう。
兄さんは、僕と兄さんを競わせる為に父さんが養子を取ったと思っている。
「父さんが僕のところに来てくれた時に言われたんです。
それでもいいかって。
…僕は元から財産とかそう言うのは興味無かったので。それが父さんに伝わったようで、めでたく養子になれたんですが、これは兄さんには秘密でした。」
横で硬直してしまった兄さんを余所に僕はどんどんパズルを解いていく。
そして、言葉も更に綴って行った。
「でも、これは兄さんには内緒でした。
なんでだと思います?父さん、兄さんは向上心が乏しいと思ってるんですよ。
優し過ぎるって。
確かに十輝央兄さんは優しいですが、父さんと一緒でとても頑固で、欲しいものは絶対手に入れるタイプだって分かっていないみたいです。」
そう思うと、本当にこの親子は似て居るなと少し笑ってしまった。
息子が居るのに養子を取る、あの父の優しさと寛大さと言えば世界一だと思う。
「でも、この地区聖戦で父さんも分かったでしょうし、もう秘密にしておくこともないでしょう。
那由多君には悪いことをしましたが、地区聖戦で余り他の人と戦って欲しくなかったので…。
兄さん、殆ど本家で習字をしてたでしょう?」
クスクスと音を立てながら僕は笑った。
悪戯っ子が悪戯を成功させたときはこんな気分だったんだろうな。
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【神功十輝央】
「……はぁ……そう言う事か……」
左千夫から全ての話を聞いて、なんとも言えないため息が漏れる。
僕の勘違いも先行し、今までの経緯が全て僕の為だったのかと思うと、ストンと型に嵌ったような安堵感に包まれた。
「僕もまだまだ子供だね。すっかり踊らされてたってことか…。
ひとまず左千夫と闘わずに済んでよかったよ。
それに……感情がどうであれ、何かを目標にしているのは楽しかった。
こういう世界に身を置くのは趣味じゃないけど、いい経験になったよ。ありがとう」
悪戯っ子のように笑う左千夫に、僕もつられて笑みが零れた。
こんな風に笑えるんだな、と少し安心感も湧き起こる。
左千夫の過去を僕は知らない。聞こうとも思わない。
けれど最近、彼は少し変わった気がする。
前まではもっと何を考えているのかわからなかった。
まるでガラス張りの世界からこちらを見ているような、見えない距離を感じていた。
でも今の彼は少し違う。
元々持っていた本質なのかもしれないけど、それを知る事ができただけでも、良しとしよう。
そして、次のパズルに手をかけた時だった。
部屋の中に敷き詰められている玩具の中から、突然ピエロの人形が飛び出した。
「――――!?」
『わー☆やってるやってる♪ここはおもちゃの部屋☆
もうわかってるかもしれないけど、出てくる課題をクリアすることが条件♪
クリアできなくても、三週間経ったらここから出られるよ!
それまでいーっぱい楽しんでね☆
それじゃー頑張って!何かあったらまた呼んでね♪♪』
ふわふわと浮かんだそのピエロは、それだけを告げると再び玩具の中へと力を失ったかのように落ちた。
クリアできなかったら、三週間後に出られる?
それだと地区聖戦自体が終わってしまう。
羅呪祢高校が今日の予選最終日でどのような順位になるかはまだわからないが、僕は助っ人だから関係ないと言えば関係ない。
ただ、左千夫は……。
左千夫へと視線を向けると、少し困惑したような表情を浮かべていた。
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【神功左千夫】
三週間…。
それではラディエンシークルセイドの決勝まで終わってしまう計算だ。
と、言うことはあの二人はそれまで考えて僕をこの結界に閉じ込めたと言うことか…?
現在のトップ4は恵芭守(エバス)高校、麗亜(レイア)高校、明雷鳴(アライナ) 高校そして、愛輝凪(アテナ)高校の四校だ。
この四校にかなりの点数が固まっているので、他校はこの四校から点数を奪わなければ順位変更が無い。
即ち、五位以下から最下位まで点数を全て一つの高校に集めても四位には食い込めないと言うことだ。
順位を変えたいのであれば、上位四校から点数を奪っていかなければならない。
そうなると上位四校。恵芭守(エバス)高校、麗亜(レイア)高校、明雷鳴(アライナ) 高校が僕を決勝戦に出さないための画策だろうか。
明雷鳴(アライナ) 高校に関してはデータが不足しているので、恵芭守(エバス)高校、麗亜(レイア)高校かもしれないが二校とも主力メンバーの中ではあんな能力を使うものは居なかった。
それとも、全く違う場所から派遣されたメンバーなのか。
ラディエンシークルセイドは色々な利害が絡んでいるのでその辺りの決めつけは出来ない。
それに何にせよ情報が…少な過ぎる。
僕は解いていたパズルを一度置いて正方形の部屋の右端にある扉へと歩いていった。
そして、扉を開いた。
目の前に広がるのは只の真っ暗な闇だった。
感覚で分かるが危険な類では無い、なので僕はそのままその闇へと歩いていった。
しかし、次の瞬間。
僕は左端の扉からはいってきた。
中央に兄さんが座っている。
と、言うことはこの部屋は無限ループと言うことだ。
次はブレスレッドを武器に戻して壁を叩き壊してみた。
しかし、何事もなかった様に元に戻ってしまった。
これは本当に課題を解くしか方法はなさそうだ…。
しかし……。
「一つ、質問です。課題は何問なるのですか?」
『えへへ☆それは秘密だよ☆』
ふわっと、ピエロが浮き上がると同時に回答してくる。
矢張り、そういうことか…。
「三週間で解ききれない位有ると言うことですね……。」
ここにある問題の質は悪い。
数秒で解ける。
しかし、この課題が億単位いや、それ以上で有るとするとどうだ。
僕達はどれだけ解いてもここから出れない。
加えて内側から出来ることは課題を解く以外にないようだ。
「……取り合えず、僕達はこれを解いていくしかないようですね。」
僕はまた、兄さんの横に座るとパズルを解き始めた。
-----------------------------------------------------------------------
【千星那由多】
「………!!」
突然の出来事に全員が対応できなかった。
俺達が介入する暇もなく、会長と十輝央先輩は消えてしまい、その向こう側から結界を破った男達が更に中へと入ってくる。
他にも数人仲間がいるようだ。
制服も着ておらず、ブレスレットにも名前が表示されない。
という事は、地区聖戦とは全く関係ない奴等か?
「貴様ァ!!十輝央様をどこにやった!!」
束の間の沈黙を切り裂いて、一番に錦織さんの怒号が飛ぶ。
その気迫はクールな錦織さんからは想像がつかず、思わず身体が強張ってしまった。
「は?言えるわけねーじゃん」
しかし男達は、怒りを露わにする錦織さんとを何とも思わないのか、ケラケラと笑っている。
どうやら答える気は無いようだ。
そのやり取りを見て、隣で大きくため息をついた副会長が、ブレスレットから武器を展開させた。
「口で聞いても無理なら、身体に聞こっか♪左千夫クンいないと困るし~。
みんなー戦闘じゅーんび」
グローブをきゅっと嵌め込むと、一人の男に殴りかかりに行くのを見て、俺も武器を展開させた。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬晴生】
んと、ラディエンシークルセイドが始まってから能力者が増えたな。
俺は携帯を展開させるとさっき会長が消えた、場所と転がっている石を見つめた。
そして、能力者を見つめる。
「おい、弟月。テメーは全員のプロフィールあらっとけよ。」
「言われなくても分かっている。」
そう言って弟月はメガネを取っていた。
まずは一番初めにのされそうな九鬼が走って行った相手から情報を読み取っているようだ。
お相手さんは運が悪い。
今日は夏岡さん、そして、なんでかしらねーが椎名までがこの場に居やがる。
「椎名。重要な証拠人消すんじゃねーぞ!!!!
すいません、千星さん、前衛任せます。」
武器を展開して走って行こうとしている千星さんに声を掛ける。
もう既に、幸花、純聖、三木、天夜は戦闘に入っている。
これだけいればこんなザコなんてことないだろうと俺は会長の行方の手掛かりだけを負った。
「日当瀬晴生!お前は、確か情報系の能力者だったな!十輝央様はどこにいったのだ。」
「あー!ガタガタうっせぇな!今それを探してんだよ!だまっとけ!」
俺が一点を見つめて集中していると言うのに横から会長の兄の秘書が喋りかけてくる。
しかも掴まれて揺らされる。
こんなに鬱陶しいことは無い。
俺はその手をパシっと弾いて、さらに現状を読み取って行く。
「空間………課題…………………」
そこまで読み取れると俺は目を閉じる。
瞼の裏を色々な情報が過ぎて行った。
その中で優良なもの、確実なものだけを拾い繋げていく。
「空間形成系の能力者だ。会長と会長の兄は別次元に飛ばされている。
こちらに戻ってくるのは課題のクリアが必要、………そんな感じだ。取り合えず死んじゃいねーよ。」
俺が分析している間に戦況もだいぶマシになってきている。
弟月が空間にキーボードを形成し情報を打ち込んでいるので今度はそれをこっちで纏めていった。
-----------------------------------------------------------------------
【九鬼】
空間形成系の能力者。
なゆちゃんの時の二次元と似たようなものだろう。
「オッケー、じゃあ意識があるぐらいに叩いてくヨ♪」
ボク達全員をあちらに移動させなかったのが、重大なミスだ。
こんな雑魚相手に時間を取ることもない。
一人の男がナイフを持って襲いかかって来たのをいなすと、腕を掴み、へし折る。
骨を折ったり、ヒビを入れるぐらいなら大丈夫だろう。
これで気絶されたらたまったもんじゃないケド。
雑魚は悲痛な叫び声をあげながら、どんどんその場に倒れ込んで行く。
他も致命傷にはならない程度にボコっていたみたいだけが、椎名っちは詰まら無さそうにしていた。
全員を地面へ這いつくばらせるのに十分もかからなかった。
「九鬼―、拘束頼む!」
ジンタロマンが最後の男を倒れさせたのを確認すると、庭園に備え付けてある仕切りの鎖を手に取った。
能力を発動させ、それで動けない男達の身体を拘束させながら一か所へと集中させていく。
思いの外人数がいたようだ。
左千夫クンをどこかにやった、空間形成の能力者だけをつるしあげると、全員がその男の前へと集まった。
-----------------------------------------------------------------------
【天夜巽】
地獄絵ってこんなんだろうなって思った。
いや、まぁ、皆手加減してるんだけどね。
これって、高校生にしたら十分地獄だと思う。
くっきー先輩は脱臼、骨折気にしてないし。
純聖君は何人か焦しちゃってるし。
幸花ちゃん凄い返り血だよ…。
夏岡先輩、それ多分締めすぎです。
椎名先輩もなんというか、人数が初めより減ってしまっている気がする、加減はしてくれたんだろうけど。
重軽傷様々な結果に終わったけど攻め込んできた敵は倒した。
そして、今ターゲットの人物が吊るしあげられている。
「おい、貴様!さっさと十輝央様を戻せ!!」
「は!無理だね!一度あっちの世界に行っちまえば課題を解き終わるまで戻って来れない。」
一番に食ってかかったのは錦織さんだった。
かなり短気な性格なんだなと思いながらやり取りを見つめて居ると日当瀬が那由多の横に並んだ。
「どうしますか、千星さん。
そんなに強い能力者では無いので殺害した場合、会長たちは帰ってくると思います。」
ん?すっごい物騒な方へと話が進んだ気がする。
「そうなの?さっさと言ってくれたらさっき殺っちゃってたのに♪」
そう言って手をポキポキ鳴らしながらくっきー先輩が近づいていっている。
これ、止めた方がいいのかな。
吊るされた張本人はかなり青ざめている、でも脅したら他の情報落としてくれるかもしれないしね。
そう思った時先に錦織さんの声が響いた。
「待て!いきなり殺すな。そんなことをしたら十輝央様が悲しまれる。」
へぇ、この人短気で情がなさそうに見えたけどそんなこともないんだと見直した僕はその後驚く嵌めになる。
「だから、こうしよう。お前の命は残り少しだ、その間に私を満足させる回答を寄越せ、さもなければ―――」
そう言った瞬間、錦織さんがメガネを外して掛けた片眼鏡から光がその男に注がれた。
「体力か精神破壊を起こして死ぬ。……十輝央様もここまですれば分かって下さるだろう。」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
そう言った瞬間。
男の悲鳴が辺りに響き渡った。
そして、その辺りに無尽蔵に五角形の幾何学模様が現れ始めた。
その陣は誰も捕らえることなく作られては消えていく。
「とめろぉぉぉぉとめてくれぇぇぇ!!!に、三週間!三ッ週間したら、でて――ぎゃぁああああああ!!」
「バカめ。十輝央様の大切な時間を貴様ごときに三週間もくれてやるはずがないだろう。」
「わ、かった、わかった!!解決方法をっ、おし、教える、教えるからぁァァ!!!」
酷い耳鳴りがした。
これは分かる、彼の能力が暴走しているんだ。
能力が暴走してしまうと体力が失われる上に酷いと精神を破壊され死にいたると言う。
これが錦織さんの特殊能力…。
吊るしあげられた人物がそう言った瞬間、錦織さんはパチンと指を鳴らした。
そうすると耳鳴りが止み、辺りに現れた陣も消えたが吊るされた男は更にぐったりとしていた。
「さ、さっきも言ったけど、戻すことは…無理だ……けど、課題なら…減らせる」
「ならさっさとやれ」
消えそうな声で言った男に侮蔑の視線を向けながらそう言い放った。
-----------------------------------------------------------------------
【神功十輝央】
僕と左千夫は黙々とパズルを解いていた。
とにかく今はこの課題をクリアしていくことしか解決方法は無い。
錦織達がどうにかしてくれればいいんだけど…。
そんな事を考えながら、何十個目かわからないパズルに手をかけた時だった。
軽い耳鳴りと頭痛が起きたと同時に、空間がビリビリと揺れた。
左千夫もそれに気づいたのか、手の動きを止める。
「……なんか、あったみたいだね」
どうやらこの空間が歪んでいる。
能力者本人に何かあったのだろうか。
でも、今このタイミングなら、もしかすれば僕の能力でみんなと通信することができるかもしれない。
「左千夫、ちょっと僕の能力試してみてもいい?
今ならみんなと連絡取れるかもしれない」
その言葉に左千夫は頷いた。
息を吐くと精神を集中する。
右手をぐっと握った後軽く開き、パズルをかき分け、床へと直接触れた。
「……シグナルキャッチ」
右手から左脳が繋がったような感覚と痺れが起きる。
痛くは無いんだけど、この感覚はむず痒いというか……まだ慣れない。
更に精神を集中させると、この部屋から発せられていない誰かの声が途切れ途切れに聞こえてきた。
目を開くと、成功の意味を込めて、左千夫へと微笑んだ。
そして、地面に手を触れたまま声を出す。
「錦織、いる?」
僕がそう尋ねた後、少しして僕の口が勝手に動き出す。
『十輝央様!!ご無事でしたか!!』
どうやらこの通信を使うと僕の身体を媒体にするようなので、まるで僕が錦織の声で喋っているにようになるみたいだ。
なんだかおかしいな。
「うん、左千夫も僕も無事だよ。
そっちで何かあった?」
『はい、十輝央様を異次元に飛ばした男を捕らえました。
直接十輝央様をこちらに戻すことはできないみたいですが、課題を減らすことができるようです』
「ほんと!?助かったー。よろしく頼むよ。
よかったね、左千夫」
課題が減れば、二週間待つ事もなくここからすぐに出る事ができるだろう。
左千夫がちゃんと地区聖戦の決勝に出られる事に、安堵の息を吐いた。
-----------------------------------------------------------------------
【神功左千夫】
兄さんが錦織一誠の声で話し始めた。
兄さん自体が携帯電話で兄さんの口がスピーカーと言ったところか。
なら、僕の声を伝えることも出来るんだろうか、と兄さんに一歩寄った。
すると、兄さんから片手が伸びてきた。
「僕の体の一部に唇を当ててくれたらあっちに飛ぶみたい」
兄さんの手の甲に唇を当てて僕は喋り始める。
「おつかれさまです、皆さん。
もうすぐ地区聖戦が終わりますが最後まで気を抜かないように。
できるだけ早く帰りますね。」
それだけ伝えると僕から言いたい事はないので兄さんの手から唇を外した。
なかなかこういう機会はないので変な感じだ。
本当の兄弟なら小さい頃に散々やってそうだが。
兄さんは音を伝えられるっていうわけではなさそうなので音を何かに変えて伝えたのだろう兄さんの能力は一体。
「兄さんは予選だけの契約ですよね…前にも聞いたかもしれませんが。」
「うん。そうだよ。」
「その、能力…。なにか、音波とか波長系のものですか?」
「そう!よくわかったね。流石左千夫だ。どうやら、電磁波を操ることが出来るみたいなんだけど、まだこんな感じの通信と後は少し戦闘に使えるように応用できるようになってきたとこなんだ。」
その言葉を聞いて僕は少し驚いた。
電磁波とは全ての能力の根源にあることばだ。
流石神功家の正息と言えばいいのか、その能力はきっちりと育てていけばいいものになるだろう。
本人にその気があるかは分からないし、僕はこれ以上兄さんにこっちの世界にかかわって欲しくないが。
「…すごい能力ですね。さて、そろそろ最後の課題が出るみたいですよ。」
あたりの風景が一気に変わっていく。
相変わらずメルヘンな部屋で、ベッドやテーブルがあるが散らばっていたおもちゃやパズルは消えていった。
『やっほー☆よくがんばったね!!最後の試練だよ♪…それはね。』
家具と一番初めに踊り出したピエロだけ空間へと残り他はすべて消えてしまった。
ピエロは宙を舞いながら最後の課題を告げ始めた。
やっと元の世界に帰れると安堵した瞬間、ピエロの言葉に僕たちは凍てつくことになる。
『キス……!!!だよ★簡単でしょ♪じゃーね☆』
それだけ告げるとピエロは元の人形に戻った。
……簡単………なわけない。
-----------------------------------------------------------------------
【千星那由多】
会長と十輝央先輩は無事なようだった。
さっきの通信は十輝央先輩の能力なんだろうか。
よくわからないが、男の口から二人の声が聞こえた時はちょっとびっくりした。
それから暫く時間が経過したが、中々二人は帰って来なかった。
「貴様!!本当に課題を減らしたんだろうな!?」
その事に業を煮やしたのか、また錦織さんが能力者の男に突っかかっていった。
釣り上げられている男は必死な形相で頭を縦に振っているので、多分本当だと思う。
しかし一向に信じようとしない錦織さんを見て、夏岡先輩が制止に入った。
「まぁまぁ落ち着けって錦織。ゆっくり待とうぜ?
最後の課題に手間取ってんだよきっと」
「夏岡さんの言う通りだ、少しは黙れ。
……それより、もう地区聖戦終わるぜ」
晴生の言葉に全員がブレスレットへと視線を移した。
これで予選も終わりか…。
このままいけば、愛輝凪高校は決勝に進める。
とてつもなく長い期間のように感じたが、まだこれは予選だ。
これからが本番になるのだと思うと、まだまだ先は長い。
「10……9……8…」
晴生のカウントダウンが始まり、それに耳を傾ける。
全員が静かにそれを見守った。
「4……3……2……1………――――予選終了」
そして、正午12時。
地区聖戦の予選が終わった。
「はぁー……やっと終わ――――」
「な、んだよ…?これ……っ」
安堵感に包まれ大きく息を吐いたと同時に、晴生の声があがる。
全員の視線がそちらへと向いた。
「どうした?晴生?」
「……いえ、その…恵芭守が……」
晴生が言葉を続けようとした時、突然能力者の魔法陣が光り始める。
その魔法陣から浮き出て来るように、会長と十輝央先輩現れた。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬晴生】
上位四校はもうほとんど決まっていた。
筈、だったのに。
俺が声を震わせた瞬間に会長と会長の兄が帰ってきた。
「すいません、お待たせしました。」
「錦織、ありがとう!助かった。」
二人ともいつものようだが僅かな違和感を感じた。
しかし今はそれどころじゃない。
もう一度画面操作をするが情報にアクセスしている高校が多すぎるんだろう。
回線が不安定だ。
「くそっ、さっさと繋がれ。」
「どうしました、晴生君。愛輝凪の順位変動はありましたか。」
「いや、愛輝凪は二位、明雷鳴(アライナ) が三位、麗亜(レイア)が四位はねぇよ…ただ、恵芭守が…くそ、繋がらなくなりやがった。」
順位表は一瞬しか見えなかった。
その後プツンと切れたように画面が真っ黒になり、履歴すら残っていない。
バグなのかどうなのか分からなかったがさっさと繋がってほしい。
そうしているときに椎名が急に携帯を取った。
「なに?もう、契約はすんだ……。……?―――ジングウあげる。」
そう言って椎名は会長へと携帯を放り投げていた。
会長は携帯を耳にするなり、表情を変える。
「これは君に対するSOSなのでは?」
「そう。でも、行く義理はない。」
会長と椎名が話している。
電話からは色々な悲鳴が聞こえていた。
俺が耳がいいから聞こえたのかみんなに聞こえたかは分からなかったが。
「……ボランティアもたまには必要ですかね。…柚子由はイデアが帰ってくるまで待機しておいてください。純聖、幸花も。他は自主参加です。今から恵芭守に行きます。」
そういった瞬間に会長は走り始めた。
……アイツあれ、全力だろう、誰が着いていけんだよ。
それに続いて九鬼が走り始める。
そして天夜、千星さん。
俺は千星さんについていくことにした。
夏岡さんはこっちが心配だからと三木に付いていてくれるようだ。
本当に少し、遅れただけだったが会長の姿はもうなかった。
ほんと、化けものだよな、アイツ。
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