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isc(裏)生徒会
継承式
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【三木柚子由】
地区聖戦の予選も終盤に差し掛かってきている。
そろそろどんでん返しでも無い限り上位4校は決まってきている。
勿論愛輝凪もそこに名前を連ねてるので、最近は登下校に勝負を挑まれる回数が増えてる。
左千夫様が、少しでもいい高校に勝って名前を覚えて貰おうとしてるって言ってたけど…。
純聖君と幸花ちゃんが最近戦いっぱなし。
私が足を引っ張ってるのは分かってるんだけど…。
そうしているうちに駈礼嗚(クレイオ)高校の制服が見えた。
なるべく戦闘は避けたいので遠回りをしようとしていると。
「駈礼嗚(クレイオ)高校 三年!山田俊夫!!愛輝凪高校、千星那由多!いざ尋常に勝負!!
種目は五教科の三年一学期中間のテスト範囲だ!!」
千星君?
私と純聖君と幸花ちゃんは慌ててそっちに駆け寄った。
すると、駈礼嗚(クレイオ)高校の生徒五人と千星君、日当瀬君、天夜君の三人が居た。
恵芭守(エバス)高校との戦いの後、暫くは任務も無くて各自夏休みを楽しんでいたので久しぶりの再会。
今日は最後の作戦を練る為に集まったんだけど…。
「愛輝凪高校 三木柚子由。 助太刀します。」
「同じく、幸花。」
「純聖。助太刀してやるぜ!」
それを告げると同時にヒューマノイドが走ってきた。
そして、辺りに結界が張られるので私達は能力を解き、千星君に向かって走った。
「千星君…!……待ち合わせに遅れちゃうね。」
左千夫様も遅くなっても構わないと言っていたけど、これじゃあ高校までも中々辿り着きそうにないなぁ…。
勉強の科目には初めに30分、間に15分の自習時間がある。
そして、机と椅子が用意される。
私はブレスレットから電子ブックを取り出して、日当瀬君が纏めてくれた三年一学期の中間テストの範囲に目を通し始めた。
勉強系の科目は各生徒の平均点と満点取得時の加算点で争われるのでなるべく満点を取りたいんだけど。
三年の教科書をめくりながら、一つ息を零した。
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【千星那由多】
地区聖戦の勝負には、こう言ったとんでもない勝負を挑まれる時がある。
特に俺は愛輝凪高校の(裏)生徒会でスペックが一番低いせいもあって、不得意分野で勝負をかけられると終わりだ。
と言っても俺に得意分野なんかはないけれど。
その度にみんな加勢してくれるので、自分が負けてもみんなのポイントが上がる事は多かった。
明らかに俺が足を引っ張っていると言ってもいい。
とにかくだ、俺はまだ一年なわけで、三年の勉強なんてさっぱりわからない。
もちろん少しの自習時間に教科書を見ていても、書いてる意味さえわからないときたら、もうまぐれで当てていくしかないだろう。
相変わらず毎日挑んでくる十輝央先輩との習字勝負では勝ててはいたが、勝った分だけ差し引かれていくことばかりであった。
純聖や幸花もこの勝負に加わったが、あいつらは速読できる上に妙に頭がいい。
範囲指定されていればテスト勝負で負けることは無いだろう。
空白が続いて行くテスト用紙に頭を抱えながら、とりあえず選択問題で自分の運にかけることにした。
もちろん俺に運なんて物も存在しないが。
朝っぱらから災難だ。
普段以上に動かない思考に大きくため息をつくと、眉を顰めながらテスト用紙を見つめた。
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【日当瀬晴生】
しっかし、この平均点つー制度は面倒だな。
まぁ、相手も一人じゃなくて五人で来てるってことは得意教科が一つずつと考えるのが正しいだろう。
高校三年の範囲つーのも一般人にはきつい話だが、この前は大学の○○学科なんて言われたんでそれに比べればマシだ。
俺は能力を解放し、データ化していたテスト範囲を読み流している。
純聖と幸花は流石、会長が寄越しただけある。
このへんはちゃんと出来る奴らなんだなと妙に感心しちまう。
純聖なんてバカ丸出しなのによ。
しかも、この地区聖戦のテストは学校のテストみたいに優しくは無い。
教科書の隅に書いてある、※のマークがあるところからも出るときがある。
勿論、自習時間前に配られる教科書からしかでないのでそこは助かるのだが。
何しろ、俺の100点は外せないのできっちりと頭に叩きこんで行った。
そうしている間に予習時間が終わり、教科書等が回収される。
勿論カンニングはヒューマノイドにみつかると駄目だが、見つからない場合は大丈夫となる。
つっても、俺は必要ねーがな。
「それでは、テストを開始する。 始め!」
ヒューマノイドがそう告げた瞬間、俺達はテスト用紙を返し、問題を解き始めた。
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【幸花】
こういう勝負は勉強になるので好き。
新しい知識がついていくのはすごく快感。
それに絶対頭で純聖には負けたくないし。
テストが終了すると、結果的に私とハルキが5教科満点だった。
純聖は数学のみ99点だったのを悔しそうにしていた。
柚子由も得意科目は100点だったので、すごく頑張っていると思う。
巽は多分カンニングしたと思うけど、ヒューマノイドは気づいていなかった。
そういう所は感心する。
そして言うまでも無く他校合わせた中で、最悪の点数だったのがアホナユタだけど。
まぐれで選択問題は当たっても、最高点が10点。0点なんてザラだ。
本当にアホでバカで役立たず。
それでも5教科満点が効いたのか、駈礼嗚高校に勝つことができた。
挑んできておいて負けるアホ高校の奴等は、恥ずかしくないのだろうか。
ポイントは勝った高校に、負けた高校の人数分のポイントが加算される。
あちらは5人で挑んできて私達に負けたので、こちらには5ポイントが配分。
ブレスレットを見ると、平均点の高い順で1ポイントずつプラスされたみたい。
こうやって地味に増えるのって、時間の無駄のように感じるから嫌。
ちなみにアホナユタは私たちの中で点数が最下位だったので、ポイントは入らないし減る事もない。
「お前らバケモノかよ……」
「……私からしたら、アホナユタの方ががバケモノ……どうしたらあんな最悪な点数が取れるのかわかんない…」
皮肉をこめまくってそう告げると、アホナユタはかなり落ち込んでいた。
小学生に負ける高校生って、ダサい。
容姿だけじゃなく頭もダサいとか、生きてる価値ないと思う。
「三年の教科があれだけできれば十分ですよ!!」
「……なんか…5教科満点のお前に言われるとすっごい悲しくなる…」
それでもハルキは犬らしく、アホナユタを褒めちぎっていた。
本当にここの関係は、主従関係が崩れないのが不思議でたまらない。
ハルキは頭はいいけど……アホだ。
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【天夜巽】
何とか今回もばれずに済んだ。
三年の範囲になると俺がいくら予習時間に教科書を読んでも勉強してきている彼らには勝てない。
それならば一か八かのカンニングを講じた方が成功した時の点が高い。
那由多はバカ正直なのでいつも通りだった。
那由多はカンニングしてもばれちゃうかもしれないけど。
駈礼嗚高校は「ありえない」、「なぜだ…!」とか口々に呟いてたけど、俺もそう思う。
それだけのことを当たり前のように出来る幸花ちゃんと純聖君は本当に優秀な研究材料だったんだろうな。
今はそんな風には全然見えないけど。
結局、六人で学校へと向かうことになった。
日当瀬と那由多との三人の生活にも慣れてきたし。
那由多の料理にもやっとなれてきたところなので地区聖戦の予選が終わってしまうのは少し哀しいなと思った。
でも、順位も順調だし早く終わることを願ったほうが本当はいいことも分かってるんだけどな。
実習棟の近くまで行くとブレスレッドが警戒音を鳴らし始めたけど誰も見当たらなかった。
結界の中に居るのかなと思った瞬間に、ドサドサと人が倒れる音がした。
“挑戦者の敗北を確認 勝者 愛輝凪高校 神功左千夫 九鬼 計二名”
イデアちゃんの声が聞こえた瞬間目の前に気絶した人が大勢倒れて居る。
10人や20人じゃない……これは、いったい。
「100人戦法…やぶれ…たり…」
倒れて居た一人がそう呟いてから気を失った。
そして、よく知った二人が現れる。
「ここは賑やかですね、合宿場へ向かいましょうか。」
会長と副会長だ。
勿論二人とも無傷で、会長に居たっては「助太刀は不要だといつもいってるでしょ。」等、言っている始末だ。
100人戦法ってことはこれ、100人いたんだよね。
それを二人で倒したってことかな。
相変わらず人間離れしてるな、と思っていると、またブレスレッドが鳴った。
他校が近いにいると身構えた瞬間会長が走って行く。
「画羅都(えらと)高校 さんね…ぅぐ!!!!????」
茂みから現れた人物の口をすかさず塞ぎ、そのまま鳩尾に膝蹴りを一発くらわせている。
痛い、あれは痛い…!!!
結局挑戦者が言葉を言いきらない間に気絶した為その戦いは無しになる。
「…やれやれ。全て相手にしていたら日が暮れそうですね。裏通路から急いで行きましょう。」
何事も無かった様に会長は走り始めた。
俺はイデアちゃんが回収している気絶している人たちを不憫に思いながらその場を去った。
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【千星那由多】
とにかく忙しない。
できればもう俺はこれ以上ポイントも減らしたく無いので、ここは逃げるが勝ちだ。
会長と副会長はさっきまで100人相手にしていたはずなのに、息も乱さずに裏通路へと向う。
その後を追いながら、心底自分が愛輝凪の(裏)生徒会でよかったと思った。
絶対にこんな人たちを敵に回したくない。
久々の合宿場へと着くと、会議室へと向かった。
ここからは暫くの間敵には邪魔されないので、少し落ち着くことができそうだ。
流れる汗を拭いながら安堵のため息をつく。
そして、会長が会議室のドアを開けた。
その瞬間だった。
俺の表情が固まる。
いや、俺以外のみんなも多分固まってたと思う。
その硬直の理由は、扉を開いたすぐそこにどっしりと腰かけている、椎名だった。
「…………」
「何故貴方がここにいるのですか…」
全員が沈黙した後、会長が一番に口を開いた。
そして、同じように部屋にいた夏岡先輩へと視線を向ける。
「え!?俺呼んでないよ!ていうか椎名の奴一番にここに来てたんだって!
超びっくりしたけど、なんか棄権したからもう恵芭守の助っ人じゃないとか言うしさー!
とにかく左千夫達待とうと思って待ってた!」
奥の方でお菓子を食べながら夏岡先輩が困った様にため息をつく。
弟月先輩は勉強していたのか、教科書へと落としていた視線をこちらへ向け、眼鏡を押し上げた。
一体なんで椎名がここに居るんだ。
暫くドアの前で立ち止まっていたが、これでは埒が明かなさそうなので全員部屋へと足を踏み入れた。
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【神功左千夫】
元からいい加減な男だとは思っていた。
いや、戦闘が絡むといい加減さは皆無なのだが、彼にはあの籠城作戦が性に合わなかったのだろう。
恵芭守高校は現在1位だ。
各々の能力も凄いが、椎名優月、通称moonが稼いだと言っても過言では無い。
しかし、あのラビリンスに篭るとなると椎名優月は必要なくなるだろう。
それに、戦闘狂の彼があんなところでジッとしているとは思えない。
「貴方も元、(裏)生徒会メンバーです。居るのは構いませんが、今から会議なので邪魔をしないように必要なら会議の後に聞きます。
さて、僕達の『アジト』は他高校にはばれて無いみたいです。
ですので、休憩所の特権を使わない為に外の小屋に移動しましょうか。
あそこはアジト外に設定してますので、敵の気配を感じれば移動しましょう」
僕はそう言って全員を外の小屋へと案内する。
どういうことか椎名優月もついてきた。
各自、円テーブルの席へと着くと晴生君がデータ化した資料を配ってくれる。
それを各自ブレスレットで展開させた。
那由多君のは晴生君がしてくれているので問題ないだろう。
「それでは、現順位ですが、先程、100人戦法と言うものを仕掛けてくれたおかげで僕達は現在2位の位置に居ます。
僕は3位、4位が上がってこない限りこの位置のキープで行こうと思ってますが異論ありますか?」
特に異論はなさそうなので、僕はそのまま進めていく。
「それでは、各自の成績ですが。
柚子由 15ポイント 21戦
純聖 20ポイント 22戦
幸花 21ポイント 21戦
3人とも十分な成績です。柚子由も、この二人と一緒に居ながら良くポイントを取れましたね。
僕がお願いした通りなるべく戦闘を避け、拳を交える戦いは全て勝利してるみたいですし、二人とも柚子由のフォローは完璧ですね。」
そう告げると僕は3人に微笑みかけた。
期待以上のポイント数だ。
「夏岡陣太郎 12ポイント 35戦
弟月太一 10ポイント 34戦
……二人とも受験も有るのにお疲れ様です。」
「あ、いや!本当はもっと稼げたんだぜ!でも、太一が逃げるつーからさ!
しかも、直ぐに棄権するし!」
「ポイントキープでいいと言われていたからな。」
そうだと思う。
これは弟月太一が故意にこの点数にしたのだろう。
しかし、キープと言えど、調度それに合わせるのは大変な事、それをやってのけると言うのは矢張り只者では無いな、色んな意味で。
元より、点数が減って無ければいいな程度の考えだったのでここは問題ない。
「次に。
九鬼 72ポイント 20戦………。
九鬼…この負けのうちの一つ、僕知らされてないのですが…。
それに、さっきので大量に取った以外、サボってましたね。」
彼が負けたのは個人戦ではスペル戦争のみである筈だ。
しかし、負けがもう一つついていた。
僕はチラっと九鬼の方へと視線を向けた。
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【九鬼】
神出鬼没。
椎名っちはそういう言葉が一番似合う男だと思うが、なんだかボクの立ち位置を取られたような気がしないでもない。
似ているのだ、ボクと彼は。
それ故椎名っちを見ているとどこか、イラっとする。
同族嫌悪というやつだろうか。
そんな事を考えていると、左千夫クンから負けがひとつ増えていると言われたので、彼へと視線を向けた。
そう言えばすっかり忘れていたけど、最初のスペル戦争で負けた後、一回負けてたんだった。
「あ、言うの忘れてた♪
まぁそれにはふか~い理由がありまして…あれは夜も更けた熱帯夜の日……」
勿体ぶりながら喋っていると、左千夫クンの視線が痛みを増したので、腰かけていたイスをぐらぐらと揺らす。
「実はさ……相手は超かわいい女の子でネ、ポイントくれるならおっぱい揉ませてくれるって言うからさ~!
ま、一ポイントくらいいいかと思って、気が済むまで揉みしだかせてもら――――いったぁああ!!!!」
最後まで言い切る前に隣にいた左千夫クンに足を踏まれた。
みんなの視線、特にゆずずと幸花の視線は、まるで汚物を見ているようだ。
「…おっぱいがあったら揉みたくなるのが男でショ…」
そう呟いたら踏まれていた足をぐりぐりとねじ込められる。
なんとも遺憾だ。
青少年として正当な行動だと言うのに。
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【純聖】
あの柔らかいのがなぜそんなにいいのかわかんねー。
確かに柚子由にぎゅってされると落ち付く。
それは分かるけど、一生懸命揉みたいとかそう言うのはわかんねー。
まぁ、柔らかいから触りたくなる衝動は分かるけど。
ポイントが取られるって分かってたら絶対やらねーな。
それよりも左千夫はどうなんだろ。
ブレスレッドを駆使したら分かるんだろうけど、なんとなく左千夫の声は心地いいのでこのまま聞いておくことにする。
きっと左千夫はクキが負けた相手なら注意する必要があるかもしれないと思って聞いたんだろうけど。
ま、クキだもんな、所詮。
両肘を付きながら膝をふらふら揺らして耳だけ傾けた。
既にちょっと眠い。
いくら左千夫の声だと言っても俺はこういうの苦手だ。
「気を取り直して。
日当瀬晴生 31ポイント 35戦
千星那由多 6ポイント 55戦
天夜巽 31ポイント 34戦
那由多君は毎日十輝央兄さんの相手お疲れ様です。
こちらに来ないと言うことは今のところ全勝なんですね。
巽君も晴生君もお疲れ様です。
僕から言うことは無いですね。
さて、僕、神功左千夫 81ポイント。
本当はそろそろ点数を稼ぎに行こうと思ってたのですが先程の勝利のおかげでその必要は無いようですね。」
俺達に配られているデータには勝敗も事細かく乗っている。
那由多は駄目だな。
十輝央って奴以外はほとんど引き分けか負け。
他もまぁまぁかな、と、思いながら視線を流していると左千夫の欄が見えた。
あれ、左千夫…。
「すっげー!!左千夫!!負けなしじゃんか!!」
俺だって特殊な教科、種目になってくるとどうしても負けちまう。
それなのに、左千夫は負けが一つもついていない。
「僕は特殊そうな能力者については先程のように口を塞いで逃げてましたので。
それでは、今のポイント数を各自維持していただけるようにお願いします。」
俺がそう言っても左千夫はいつものように微笑むだけだった。
やっぱり、格好いいぜ!左千夫!!
「…後、余計な、お世話かもしれませんが。
那由多君、どうして、戦闘方法をゲームにしないのですか?
この前、君の家でさせていただいたゲームを指定すればもっとポイント増えると思いますよ。」
そう言われてナユタのデータを見ると、ほとんどが向こう側から仕掛けられ、そして負けて居る。
……ナユタ、絶対気付いて無かったよな、これ。
ぽかんとしているナユタをチラッとだけ見て俺は溜息を吐いた。
もう少し、ナユタが格好良かったらなー。
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【千星那由多】
全員の獲得ポイントは俺のポイントとは桁違いに良かった。
俺は元の10ポイントさえ維持できていない。
これが自分の駄目さを露呈しているようで、とてつもなく恥ずかしかった。
そして、会長の言葉に俺は目を丸くした。
俺はこの予選中、自分から挑むことは全くしていない。
余計にポイントが減るのも嫌だったし、自分に得意分野など無いと思っていたからだ。
しかし、確かにゲームであれば勝てたかもしれない。
「あ、はぁ……そう、ですね……ははは…次からはそうします…」
空笑いで返事をする。
このメンバーの中にいると、自分は「できない存在」だと言う事ばかり先行してしまうのも難点だ。
その確証が今回のポイントでも取れてるし。
とにかく後の予選の間は、なるべく自分から勝負を挑もう…。
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【弟月太一】
俺は10ポイントにとどめたが神功は特に何も言ってこなかった。
余り点数を稼いで目を付けられるものいやなのでこうしたのだが。
それに、千星だけ低いのもあれだしな。
まぁ、気を使っても本人には通じて居ないようだが。
それからはこれからのこと、決勝についても軽く話し合われた。
全て終わると次はお菓子タイムになる訳だが、その時に神功が立ちあがる。
「それで、椎名優月。戻ってきた用件は何でしょうか?」
そうだ、俺もそれが気になる。
なぜ今更椎名が戻ってきたのか。
もしかして、陣が居るからかとも思ったがどうやら違うらしい。
奴は少し離れた場所で椅子に座り、腕を組んだままずっとこちらを見つめて居た。
黒いコートの襟を触っていた手を話すと徐に口を開く。
「継承式、するんでしょ?
だから、わざわざ来たんだよ。」
そう言っていつものように楽しそうに笑顔を浮かべて居た。
ああ、有ったな、そう言うややこしいしきたりが。
しかも、政府からも急かされてた奴だな。
神功が一気に険しい顔になった。
そして、陣を睨みつけている。
陣はそう言うまどろっこしい話は一切していないのだろう。
俺は溜息を吐くと席を立った。
「面倒だが、全員がそろってる今が得策かもな。陣、さっさと、してしまおう。
また、(裏)生徒会の為に時間が割かれるよりはいいだろう?」
後日となれば、また椎名を呼ぶ必要があるし、陣もバイトを休まなくてはならなくなる。
それにあれはバーチャルで行う儀式的なものなので、体が傷付いたりはないだろう。
まぁ、精神的には来るかもしれないがな。
「中の施設を使おう。継承式中に攻められたらヤバいしな。」
そう言って俺は席を立った。
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【夏岡陣太郎】
継承式の事は頭の隅っこで覚えていたけど、椎名がやろうって言いだしたのには困った。
左千夫から睨まれると、素知らぬ顔をしながらそっぽを向く。
俺が継承式をやる気が起きなかったのは、椎名がいなくなってたし、「仲間と闘う」というシステムが苦手だからだ。
まぁ俺も経験してきた事だけど…。
「あーやっぱしないとダメか~仕方ないか…」
席を立った太一に続いて俺も立つ。
部屋を出ようとした時に、那由多に捕まった。
「継承式、ってなんですか…?」
「んー簡単に言うと、役職を継承する儀式みたいなもんだよ。
なんかそういうお堅い仕来りが(裏)生徒会にはあるんだって。
その儀式がまためんどくさくて厄介なんだけどねー」
先を行く太一へと視線を移すと、再び那由多へと戻す。
「……おまえ、頑張れよ……」
肩をたたくと那由多は呆けた顔をしていた。
ここが一番心配だな。
太一結構容赦ないし。
椎名はまぁクッキーだからなんとかなると思う。
そして俺は左千夫と闘わないといけないのかと思うと、小さくため息が漏れた。
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【日当瀬晴生】
継承式…。
そう言えばそんなものがあったと言うことは聞いている。
俺は少し遅れて入ったので行わなかったし、今回は兼任してるんでする必要もねーのか。
その辺りは夏岡さんの指示に従おうと思って後を着いていく。
向かった場所は訓練所では無くアジトのコンピューター制御室だった。
そこに入ると弟月がなんやらコンピュータを触って政府の回線にアクセスし始めた。
「するのカ、継承式ヲ…」
「おわ!イ、イデアさん、いつの間に…!!」
「晴生はいいカ、…なら、六人分ダナ」
そう言って、急にどこからともなく現れたイデアさんはケーブルの繋がった頭に付ける装置を六人に配り始めた。
継承式は戦闘。
少し前までは本当に手合わせをしていたらしいんだけど、近年はバーチャルの世界で行うらしい。
なので、気を確り持たないと廃人になっちまうつー怖い面もある。
継承式の真髄は上の者が下の者に戦闘の経験値を伝えるって意味らしいが、多分、椎名はただ戦いたいだけだ。
「タイマンかチーム戦が選べるんだけど、どーする?左千夫?」
夏岡さんが会長に質問している。
会長は少し考えた後、言葉を返した。
「チーム戦で。と、言っても、タイマンの色が濃い、チーム戦でしょう?」
「良く分かってんじゃん。」
二人は会話を終えると機械を自分につなげていっている。
取り合えず、俺は千星さんを手伝おうと彼のもとへと向かった。
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【千星那由多】
なんかよくわからない装置を渡された。
継承式。
さっきの夏岡先輩の説明で、意味合い的な事はなんとなくわかるけど、なんでこんなの付けさせられるんだろう。
そして、嫌な予感がする。
装置を付けるのに手間取っていたら、晴生が手伝いに来てくれた。
全員の頭の装置からケーブルがいくつも繋がっている。
異様な光景だな…と思いながら、されるがままになっていた。
「うしっ、全員つけたなー。
んじゃ、継承式をわかってない奴もいると思うから俺から説明する!
えー…継承式つーのはな!先輩が後輩に技術を教えるつー目的がある伝統的なしきたり。
とりあえずどっちかがぶっ倒れるまで殴りあうつーことだな。
このバーチャルになってからはどっちかが死ぬまでって感じになんだけど、ま、電脳空間とか言うやつだから死んでも本当に死にはしないんじゃない?
でも、多分、スゲー痛いと思うぜ。
俺もこのバーチャル戦はやったことねーからわかんねーけど。
因みに、待ったもギブも無しだから覚悟しとけよー!!」
夏岡先輩が一気にそう告げる。
やはりバトルになってしまうのか…。
しかも先輩達と闘わなきゃいけない。
ぶっ倒れるまでボコられるのかと思うと、背筋に悪寒が走った。
……い、嫌すぎる……。
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【神功左千夫】
こんな、面倒なことがあるなんて聞いていなかった。
地区聖戦もそうだ。
取り合えず、僕が面倒事が嫌いなのを知っているのか周りはそう言う類の事を全て隠している様だ。
(裏)生徒会長。
この地位に不満は無いがこういうなんとも言えない自体も多いので頭を抱えると言えば抱える。
しかし、こういった意味で頭を抱えることが無かった僕にとってはいい経験なのかもしれない。
明日はどう生きていけばいいか、そんなことばかり考えて居たのだから。
全員装置を付け終わり、椅子に固定されたことを弟月太一が確認すると口を開いた。
「先に行くぞ。 “ダイブ”」
どうやら、それが電脳空間へ行く為の言葉のようだ。
その言葉に続いて全員がアイコンタクトを交わしインするための言葉を綴って行く。
「「ダイブ…!」」
自然と閉じて居た瞳を開く。
そこは四次元空間と言えばいいのか。
どこまでも広大な空間だった。
何もない空間。
光もあるのか分からないが相手の姿は確認できる。
僕の前には夏岡陣太郎。
那由多君の前には弟月太一。
九鬼の前には椎名優月が立っていた。
“それでは、これより、継承式を始めます。 戦闘開始!!”
早々と戦闘開始の合図が切って出された。
夏岡陣太郎と弟月太一が組まれると僕でも少し苦しいので先に目の前の居る夏岡を潰してしまおうと思った瞬間だった。
「――――ッ!!!!!!??」
僕の視界を夏岡のマントが塞いだ。
これは、マズイ。
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【夏岡陣太郎】
ただっ広く何もない空間は、なんか不安になってくる。
これがバーチャル世界か。
特に身体に異変もないし、動きにくいとかもない。
生身と大差も無いようなので、妙な緊張感がある。
久々だな、この感覚。
よし、もうこうなったらとことんやる!
長引かせたらこっちもしんどいし!
突然の戦闘の合図と共に、携帯を解除しマントを大きく広げた。
それは生き物の様に目の前の左千夫へと伸びて行く。
こいつの視界を覆い、一瞬の隙をつく。
ってのはここに来る前に言われた太一からの指示なんだけど。
そして、まだ戦闘開始にもたついていた那由多の腕を掴んだ。
「えっ、え!?」
そのまま後ろから羽交い絞めにすると、太一へと那由多を差し出すようにする。
「太一!!」
武器さえ展開していない那由多は暴れようとするが、俺の力とこいつじゃ敵うはずがない。
太一が二丁の拳銃を那由多へと向けた。
さて、ここからだ。
一気に蹴りをつけるわけではない。
これにはある作戦が含まれていた。
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【弟月太一】
俺達の作戦はどうやら見事に嵌りそうだ。
陣と二人の時は全て俺が作戦を練ってきた。
前衛兼指揮官とかなりの負担だった。
日当瀬が入ることによりそれは緩和されたが俺の前衛は変わらない。
何と言っても日当瀬は射撃を的から外すことが無いからな。
陣のマントを蹴散らし、遅れて神功がこちらへと向かってくる。
これも計算通りだ。
そして、千星が近くに居ればアイツは幻術を使えない。
ゆっくり練ることができれば大丈夫だろうが、あいつもこの一瞬で俺と陣だけを幻術の世界に引き込むことは無理だから。
間違いなく、千星もその世界へと連れて行ってしまう。
それに、俺は幻術が効きにくい体質だ。
「遅い。」
千星の前に立ちはだかる神功の急所を狙い、二丁拳銃を乱射していく。
その時点で神功は気付いた様だ、俺達の作戦に。
しかし、もう遅い。
陣に背中を向けた時点で勝負は付いている。
俺の銃弾を撃ち落としたコンマ何秒の間に神功は陣のほうへと身を翻した。
それよりも陣の硬化したマントに寄り彼は右腕、肩より少し近くを深くえぐり取られる。
「――――ッ!!」
神功は深手を負いながらも左手一本で大きく槍を回転させ、陣を遠ざけ、千星を自分の近くへと導いた。
同時に俺も牽制してくる。
お前たちの弱点と言えば直ぐに使える遠距離が居ないことだろう。
そして、神功の幻術が千星が居ることに寄り半減する。
俺達はそこを突いた訳だ。
そして、初めから目的は神功の片腕を使えなくすること。
ブラーンと神経の伝達が無くなり垂れる右腕を見つめながら俺は銃で肩を叩いた。
「やれやれ、これでやっと五分五分に持ちこめたってとこだな。」
そう、これだけしても俺達はやっと五分に慣れたところだろう。
陣はいつものように俺の後ろの上方をとんでいる。
神功は槍を地上へと刺すと、自分のネクタイを解き、口と左手で傷の上をきつく結びつけ止血しているようだ。
「ふふ…、まさか、始めから僕の腕狙いだったとは、気付くのが遅れましたよ。」
陣が神功の急所を狙っていればきっと止められていただろう。
しかし、俺は陣に効き腕を狙うように指示しておいたのだ。
そして、俺の弾も、効き腕への攻撃を防ぎにくいようにした。
全ては作戦と、俺達の長年の戦闘経験から成り立った功績だ。
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【千星那由多】
最悪だ。
いきなりの戦闘開始についていけなかった上、夏岡先輩の力に及ばず逃げれなかった。
そして、会長に深手を負わせてしまう。
「会長!!すいません…!!」
したたる血を見ると、血の気が引いて行くのが分かった。
これはバーチャルだ。
けれど、リアルにそこにある現実に、心拍数が上がる。
言葉にならない声をあげながら、側にいる会長に何もしてあげられない自分が歯がゆい。
そして、慌て切ってしまっている俺の頭に、会長の声が響いた。
『那由多君、落ち着いて。とりあえず武器を展開してください』
会長の口から音は発せられておらず、直接脳に語りかける声だった。
その言葉にはっとしイデアアプリを開くと、携帯を展開させ武器にする。
会長が俺の前に立つような体勢になると、夏岡先輩が広げていたマントを硬化させた。
「よっしゃ、行くかんな!!」
飛び上がり宙に浮くと、後ろから会長を狙うように効果させたマントを猛スピードで突き付けてきた。
「――――ッ!!」
それを剣で弾く様にしなんとか防ぐが、軽く突き飛ばされ、会長の背中にぶち当たる。
やばい、俺がいることで確実に足手纏いになっている気がする。
「会長、俺、どうすれば……っ」
まだ頭が今の状況に追いついてこない。
宙に浮いている夏岡先輩を見ながら、冷や汗が流れたのがわかった。
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【神功左千夫】
やられた。
初めから僕の効き腕の破壊、それが作戦だった様だ。
僕はてっきり那由多君を速攻で消してくるのかと思った。
三対三と言っても椎名優月が相手となると九鬼もこちらに助太刀は出来ないだろう。
抉れた右腕はかなりの損傷で、止血しても血が滴っている。
骨が断たれ、なんとか肉と皮で繋がっている様な状態だ。
切り捨てた方がいいのかもしれない、しかし今すると那由多君の士気が更に下がるだろう。
夏岡が弟月の背後へと戻って行く。
これが彼らの通常の陣形。
空を飛び、どこからでも攻撃出来る夏岡の前に弟月が居る。
弟月は二挺拳銃と体術を駆使する超近距離タイプの戦闘員だ、僕が前回戦った時は幻術がばれて居なかったのでそれを駆使して戦ったが、手の内がばれて居る以上使い過ぎる訳にはいかない。
それに、今回は後ろに那由多君が居る。
足場を作ったりする幻術なら良いが、燃やす等になると彼まで巻き込んでしまわないか心配だ。
彼を巻きこまないようにするためにかかなり集中しないといけないが僕の体には今激痛が走っている。
一番は那由多君を前衛にして僕が背後から援護するのがいいのだが。
チラッと背後を見たが、まだ彼は戦える準備が整っていない。
完全に“先輩方”の殺気に押されている。
それにしても味方相手にもこれだけの殺気が出せるのは場数を踏んでいるのは伊達じゃないと僕は左手で槍を構えた。
『落ち付いて。暫くは後ろでフォローを…僕が先に前に出ます、しっかり彼らの動きを見て居て下さいね。』
テレパシーでそれだけ告げると僕は地を蹴った。
それと同時に弟月が銃を連射していくる。
精度は晴生君に劣るが僕が自然と有る方向へと誘導されてしまう。
そう、そこに向かって夏岡がマントを硬化して突っ込んでくるのだ。
「―――ッ!!!!」
流石の僕でも彼の攻撃を片手では受けきれない。
そのまま後ろにぶっ飛ぶと側面を地面にするようにして転がって行く。
全身に傷を覆うが寝てなんかいられない、直ぐに聞こえる弟月の銃声で僕は転がりながら立ち上がりまた彼らに向かって行った。
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【夏岡陣太郎】
負傷していても左千夫は強い。
ただ、それは那由多がいるせいか少し鈍っている気がする。
この二人が合わないのか、那由多が弱すぎるのか…。
「おーい頑張れよ那由多ー。
お前頑張んなきゃ左千夫ヤバイぞー」
一応応援しながらも左千夫への攻撃は止めない。
太一の銃の牽制に合わせながら、しつこく硬化したマントで奴を狙っていく。
ここんとこは手は抜かない。
気を抜けば左千夫にやられてしまうだろうし。
後衛にいる那由多は慌てていたが、左千夫の言葉でやっと自分の立ち位置を理解したのか能力を発動し、火という文字を綴り始めた。
あいつの能力は把握してるから、やることは大体わかる。
接近戦だと炎の剣は性質が悪いけど、あいつはまだ人の前に立つ技量を持ち合わせていない。
火の文字は弾となり銃を放っている太一、そして俺の元へといくつか飛んでくる。
少し考えたのか、火の後すぐに水の玉を打ち込んできた。
これは当たらなければいい話だし。
ま、その前に太一がなんとかするだろう。
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【弟月太一】
千星はまだまだ発展途上だ。
なので、俺達は彼に基礎しか教えて居ない。
千星は遠距離も中距離も近距離も出来るが、どれとして完璧には出来ない。
所謂中途半端な存在だ。
剣技もなければ、銃を扱える訳でも無い。
また、動体視力もなければ、先を読む力も無い。
そうなればこういった生命を取り合う攻防になれば彼は必ず遅れを取る。
少しでも実戦経験をと思って俺は継承式をすることにしたのだが。
アイコンタクトで陣を俺の後ろへと下がらせると今度は俺が前に出る。
二丁拳銃を乱射しながら千星の火や水の弾を打ち砕いていく。
一つの弾に付き、三発程当てるとそれは自然へと戻って行った。
その合間を縫う様に神功が俺の槍で突いてくる。
しかし、千星は神功を避けて弾を撃つと言う器用なことが出来ないのだろう。
神功が千星の弾を避けて向かってきている状態だ。
それではどうしても動きが鈍る。
お互いに分かりあえて居ればいいがここはまだペアでの戦闘経験がそこまで無い。
神功の槍を右手の銃の腹で弾くと同時に眉間に左の銃口を突き付ける。
しかし、やはり奴はそこまでバカでは無い。
一瞬で幻を作りあげて自分は上方へと飛びあがった。
「陣!」
そこへ陣をすかさず誘導してやると、神功は眉を顰めた後、槍を左手と足で押さえる様にガードし千星の横までぶっ飛ぶように押し戻されて行く。
ズザザザザザザっと地面を擦る音が響きわったった。
そして、俺は溜息を吐く。
「千星、お前が前に来い。
さもないと、神功が…死ぬ、ぞ?」
俺は拳銃のカートリッジを差し替えながら辛辣に告げた。
「無理しないで…ッ、……那由多君……僕が……前、で、大丈夫です…ッ」
明らかに神功が肩で呼吸をしている。
血圧が足りなくなってきているのだろう。
止血しているとは言え片手を損傷してこの動きをすればそのうち奴は朽ちる。
それは本人も分かっている筈だが。
それでも全く戦意の衰えない瞳で俺を睨んできた。
この辺りの精神力は尊敬に値する。
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【千星那由多】
あー駄目だ…。
巽と晴生との連携の時、自分がいかに二人を頼っていたかがわかった。
もちろん会長も俺に合わせてくれている。
けど、違うんだ。しっくり嵌らない。
いや、それよりも俺の基礎が全然なってない。
放った火と水の弾は弟月先輩に消されてしまった。
地面には会長の血の跡が無数に散らばっている。
息を荒げている会長の後ろ姿に眉を顰めながら、自分の汗を拭った。
「千星、お前が前に来い。
さもないと、神功が…死ぬ、ぞ?」
弟月先輩の言葉に身体が硬直する。
そうだ、俺が前に出ればいいんだ。
しかし、会長は無理をするなと言ってくる。
その後ろ姿は俺を守るために立っているような気がした。
腕から流れる血は、最初よりはるかに量が増えている。
…これじゃいけないんだ。
もし、闘っている相手が先輩達でなく敵だったら?
いや、敵で無くても今の状況では、俺が……会長を死なせてしまう。
「……いえ、出ます……俺が前に出ます!!」
会長を後ろに行かせるように、剣を構え前に出ようとしたその瞬間。
俺の後頭部に何かが突き刺さった。
「いっ…たああああッ!!!!」
急な痛みに身体がすくみ、その突き刺さったものを急いで引っこ抜くと、何かの羽だった。
この羽は…。
「ごめーんなゆゆ!!わざとじゃないから!!」
そう、副会長の翼の羽だ。
張りつめていた空気が一気にゆるんだ気がした。
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【椎名優月】
自分の三節棍の先には刃先が仕込んである。
今はそれを急に出してみたんだけど。
びっくりしたように見開いた瞳が堪らない。
しかし、鎌のようになった刃先は彼の翼を掠めたにすぎなかった。
そして、それが真っ直ぐにセンボシに飛んでいく。
本当にアイツは運が無い。
ラビリンスでも、この自分と勝負しないといけなかったくらいに。
「ごめーんなゆゆ!!わざとじゃないから!!」
余裕のある声。
それを聞くと手を抜きすぎたかと思った。
次の瞬間九鬼の背後に移動する。
ブラックホールの能力を使えば可能なことだ。
この能力を使いこなせる人物が居れば、だが。
そして、その片翼を掴むとそのまま鎌のようになった三節棍で根元から切り裂いた。
序に背なかにも刃物を立ててやる。
「おしゃべり…してる暇ある?」
ドサっと音を立てて翼を下に落とすクキが落下するのとどっちが速いのだろうか。
そう思っているとまた、彼の背中から翼が生えた。
「それ、無尽蔵なんだね。
いいねぇ……何回も、抉れる。
それにしても、君がこんなにいい能力を手に入れるとは思わなかった。
ジングウの片割れだからかな。
マフィアの御曹司だっていうからぬるいと思ったけど、そうでもないね。
この前は泳がしとく方がおいしくなるかなっと思って逃がしたけど…そろそろ狩ってあげる。」
前回この目の前の男は、自分に副会長の座を譲ってくれと言いに来た。
理由を聞くと今の(裏)生徒会を壊したいからだと言われた。
調度ナツオカもジングウも相手をしてくれなかったのでどこかに旅に出ようと思っていたところだったので快く地位を明け渡した訳だが。
それに、ジングウの対の能力も見てみたかった、と、言うのは間違いでは無い。
「で、君は左千夫と戦って強くなった?弱くなった?」
結局、愛輝凪の(裏)生徒会長はジングウのままだ、それは彼が負けたという一番の証拠だった。
皮肉をこめて口角を上げる。
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【九鬼】
攻撃してもすべて椎名っちのブラックホールに飲み込まれる。
一人は中々苦戦しそうだ。
しかし、左千夫クンの方も気になってしまうが、今はこちらに集中するだけで手いっぱいだ。
背後に突如現れた椎名っちに翼をもがれたが、それはすぐに再生する。
これはボクの能力が切れない限り、何度でも再生可能だ。
椎名っちから少し距離を取りながら空を舞う。
出来る限り地上戦より空中戦を選びたい所だが、これも長くは続かなさそうだ。
小さく息を吐くと椎名っちから質問が飛んだ。
左千夫クンと闘ってボクは強くなったのか、弱くなったのか…。
このぬるい環境で過ごしていると、時折思う事があった。
ボクは弱くなっているのではないだろうかと。
それはいい弱さなのか悪い弱さなのかはわからない。
「……そだネ~わかんない♪」
変わらず口角をあげ茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。
その返事と共に、能力で地面を尖らせると椎名っちを突き刺しにかかった。
が、一瞬にして消え、まったく見当のつかない位置へと移動される。
どうにかして奴を捕らえたいところだけど、このただっ広く何も無い空間で自分のできる事は限られてしまう。
「ほんっと便利だネ…その能力!!!!」
翼をはためかせると、無数の羽を飛ばした。
鋭利になったその羽達は、椎名っち目がけて飛んで行くが、突如現れたブラックホールに消されていく。
そして、すぐさま白い空間から更に束になり硬化した羽を飛ばしてくる。
それを宙を舞いながら避け、椎名の頭上を浮遊しながら頭を悩ませた。
やはりこのままでは埒が明かない。
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【椎名優月】
「うらやましい…?
これね、調度(裏)生徒会長が光の能力者だったからこうなったんだけど。
…知ってる?ブラックホールってさ、光の速さよりも速いんだ。
それに気を付けて。
バーチャルでもこれに吸い込まれたらどうなるかは分からないから。」
自分の掌に黒い球体を作る。
このテリトリーに入ってものは全て異次元に引き込まれてしまう。
そして、ホワイトホールから出すことは可能だが。
異次元を移動する速度がある為そのままと言う訳にはいかない。
人も何人も吸い込んでしまったけど彼らは帰ってこない。
全く知らない土地に飛ばされたのか、異次元で朽ちたのかどちらかは分からないがそれ以来会えては居ない。
小さいブラックホールを生成した瞬間に九鬼が更に攻撃を仕掛けてきた。
羽根を別の尖った物質へと変化させてこちらへと飛ばしてくる。
もしかして、生成出来るブラックホールが一つとでも彼は思っているのだろうか。
その小さな球体をそこに置いたまま、クキの背後にワープホールを作る。
次はその翼を両方?いであげよう。
彼の背後に出ると白い翼を片手づつ持ち、一気に根元から毟りとりながら、地面に向かって背なかを蹴り付けた。
「後、何回もがしてくれるの?」
そう告げている間に彼の能力から解放された羽根は自然へと戻って行った。
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【九鬼】
確かにあれには飲み込まれたくない。
どこに繋がっているかさっぱりわからないし。
さすがにバーチャル内で朽ちてしまうのは嫌だ。
攻撃をしかけた途端に椎名の姿が消えると、すぐ背後で殺気を感じた。
振り向く間もなく両の翼を毟り取られると、地面へと落下するように背中を蹴られる。
「――――ッ!!」
背中が抉られる痛みにゾクリと身体が震え、口角があがる。
もう翼は捨ないとダメか。
地面を能力で柔らかくし、一度身体をバウンドさせた後、地面を滑り着地した。
「……はー…もういいヨ、翼使うだけ無駄だネ」
椎名の能力の発動がノーアクションなのが痛い。
いや、もしかすれば気づきにくいアクションを取っているのかもしれないが。
それを堂々と見せる奴ではないだろう。
いけすかない笑顔で微笑んでいる椎名をじっと見据える。
見つけるには少し時間が必要だ。
グローブを嵌め直すと、地面へと移動した椎名に向かって構える。
少し離れた所でおとじいの銃声が聞こえていた。
手伝いたい所だけどごめんネ左千夫クン、暫くここから離れられそうにない。
斜め前へ上体を倒し、右足の地面に能力を送り込む。
接地面を攻撃するように押し出し、その勢いで椎名の元へと弧を描く様に後ろへと走り込んだ。
最後に力強く地面に踏み込むと、両拳で椎名の後頭部へと攻撃を仕掛けたが、一瞬にして姿は消える。
地面へ拳が減り込むが、間髪入れずに体勢を立て直すと、再び椎名の元へと駆けていった。
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【椎名優月】
「もう、やめるの?
ツマラナイな…、ん、でも、いい動き。
そして、パワーは申し分ない、と。」
クキは翼を出すのをやめた。
きっと、これ以上出しても無駄だと分かったんだろう。
付属部と言うのはどうしても意識から外れやすい。
クキの手足をもぐと言うことは容易く出来ることではないが、後から付けたした翼を?ぐということは簡単な行為だ。
「反応もいい。
勿体無いな、…ずっと、戦う気ない?」
調度良い遊び相手だ。
このふざけた性格といい、なんといい。
どうせ(裏)生徒会の仕事を真面目にしていないのなら、自分とずっと闘って居て欲しい。
久々のエモノに更に口角が上がって行くのが分かった。
マグレで僕の瞬間移動の先が当たったのだろう、異次元から飛び出すと目の前にクキが居た。
異次元を作る前に彼の拳がとんでくるので、三節棍で受け止める。
普通なら力が拮抗し、両者が背後に飛ぶのが定石、しかし、クキはその手を右へと振った、クキのグローブのサックに引っかかり三節棍がそのままとんでいく。
クキは分かって無いのだろうか、自分は武器を有していても有していなくても大して気にしないと言うことを。
流れに乗る様に、左ストレートを撃ち込んできたのでもう一本の三節棍で受け止める、と同時に自分の三節棍を足場にするように蹴りバク転する。
その先に、クキの目の前にブラックホールを作る。
自分はその異次元を回転しながら飛び越え、クキとの間にブラックホールを作ることで間合いを取る。
そして、両側に飛んだ三節棍を確認しながら、九鬼の右後方と、左後方にブラックホールを作った。
三つのホールに囲まれた彼がどうするか、見ものだな、と、少し離れたところに佇んだ。
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【九鬼】
「ずっと闘う気…?今は無いネ」
できれば今の状況ではない、全員がいない時にお願いしたい所だ。
一応ボクは副会長という立場であることは頭の隅に置いてある。
攻撃を繰り返しながら椎名っちからは視線を外さない。
三つのブラックホールに囲まれると、一度立ち止まったが、地面へ拳を突きたてると能力を送り込んだ。
自分の存在する場所のみ上へとせり上がり、頭上へと高く昇って行く。
ある程度の高さになった所でそこから椎名っち目がけて飛び降りるが、落下していく場所にいくつもブラックホールができあがった。
「穴開きすぎ!」
能力でいくつも地面を突起させ、そこから棒状の物を付きだし、それに捕まり自分の体勢を変えながら移動先を変えていく。
ブラックホールが邪魔をして、中々椎名っちへとたどり着けない。
突き出している石の棒を能力で槍に変えると、それを四方八方から奴へと投げつけた。
その時椎名の視線が動き、その向いた方向へとブラックホールができた。
全ての石の槍がそこに飲み込まれて行く。
武器が発動元かと思っていたが、どうやらブラックホールの形成には視線も作用しているようだ。
石の槍に気を取られた少しの瞬間に、突出させた地面の側面へと足を着く。
思い切り蹴り上げると同時に橋のような足場を形成し、椎名っちへと突っ込んだ。
すぐに視線はボクを追う様にこちらを向くと、ブラックホールを形成し始めた。
ボクが移動している場所と関係のない所へも視線が向き、そこにもブラックホールが出来上がる。
やはり視線だ。
視線が向くとほんの少し生まれるタイムラグを使い、自分の進行方向を変えていく。
そして、奴がいるギリギリの所まで辿りつくと、拳を思い切り左方向からぶち込んだ。
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【椎名優月】
「順応もいい、けど、少しまだ足りないな…っと。」
クキは器用に自分が開いたブラックホールを避けて行く。
彼の能力は物質を作ることができるのだろう。
それはフィールドのものを使用するためこういっただだっ広いだけの場所では能力を最大限に発揮できない。
「次するときは、もっと、違う場所がいいね。
次が、有れば…の話。だけど。」
どうやら彼はブラックホールの形成に視線が絡んでいることに気付いた様だ。
視線、と言うよりは視界に入る全ての場所にブラックホールを形成できる。
なのでノンアクションで形成していると思われがちだ。
クキも視線で能力を発動するタイプなので気付かれたのかもしれない。
自分の視界に入らないように彼が動いていく。
彼が動いた後に後手でブラックホールが形成されて行く。
これは決定打だな。
手を黒のコートのポケットに突っ込む。
どうしてもこの体勢が戦いやすい。
色んな意味も含んでいるけど。
思いっきりぶち込まれた拳を足の裏で受け止める。
ぐぐぐぐぐ…と軋む音を立ててから均衡を弾く様に拳を押し返した。
「君がどんなに強い拳を使っても、脚力で対抗すれば、簡単だよ。」
悠長に言葉を続けて居たら、彼は直ぐに零しを撃ち込んできた。
さらに回り込むような動きを絡めて来るからブラックホールが追いつかない。
こうなってくると次元の切れ目を作っても無駄になる。
これ以上の玩具になるかどうか、この子は試すことだできそうだ。
自分の口角が自然に上がった。
そして、その瞬間自分の背後を取った九鬼の更に背後、拳を撃ち込むために引いた左手の肘を飲みこむようにブラックホールを形成した。
「残念。視界だけじゃないんだ。」
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【九鬼】
打ち込んだ拳は椎名っちの足で受けられる。
しかし怯んではいられない。
すぐさま打ち込んだ拳を撃ちこもうとしたが、背後に次元の歪みを感じた。
「――――ッ!!」
ブラックホールだ。
そして、呟かれた椎名の言葉に舌打ちをする。
ブラックホールの形成は視線だけではない。
能力の発動が一つの動作だけとは確かに限らない。
自分の落ち度に思わず笑ってしまう。
ブラックホールに嵌った肘は、引き抜こうとしてもびくともしなかった。
それどころか、自分の腕全体が暗い穴の中へと引きずりこむように引力がかかる。
……これは、ちょっと不味いかナ。
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【神功左千夫】
前にでる…?
それを聞くと僕は一度弟月の元から引く様に後ろに飛んだ。
彼は手を抜くことなく拳銃を撃ち込んでくるが、これぐらいの距離があれば十分槍で弾くことができる。
そして、夏岡は作戦も無く弟月の前に出たりはしない。
なので、この距離を保ち、那由多君の傍に居れば作戦を練ることはできる。
「那由多君、無理しないでくださ…い。」
「だ、大丈夫です!俺、前に出ます!弟月先輩と一対一で戦いします!!」
僕の右手はだらりと垂れたままで感覚は戻りそうにない。
確かにこのまま僕一人で前衛となると苦しいかもしれない。
今はアドレナリンが大量に出て居る為動くことは動けるが血圧が足りなくなりいつ倒れてもおかしくない状態だろう。
しかし…。
「那由多君……死ぬ覚悟はありますか?」
そう言って僕は背後に居る、那由多君へと視線を向けた。
タイマンになると後は個々の能力に掛っている。
那由多君が強ければ生き残れるが、弟月が強ければ彼が死ぬ。
なんとも簡単なことだがそれは避けては通れない結果としてあらわれる。
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【千星那由多】
会長の言葉に息を飲んだ。
振り向いた瞳は赤く、俺を真っ直ぐ見つめている。
死ぬ覚悟…。
そんなのは…。
「ど、どちらかと言うと、死にたくありません……でも、その覚悟が必要なら……頑張ります…」
はっきりと「死ぬ覚悟はあります!」とは言えない。
できれば死にたくないのが本心だ。
けど、ここはバーチャル世界だ。
この世界で死んでも、もしかしたら現実の俺は生き返れるかもしれない。
死ぬ、という感覚がまだうまく理解できない俺は、はっきりと返事はできなかった。
「もちろん、前に出るって言った事は…訂正しません!」
それだけは確かに自分の中にある。
意を決し、会長の前へと出ると、炎を剣に纏わせた。
本当に大丈夫なのか、と自分に問いかけるが、もう宣言してしまったからには後に引けない。
「いきます……!!」
俺の声と共に弟月先輩が銃をこちらへと構えた。
間髪を容れずに炎の剣で宙に文字を綴っていく。
「――――火之矢斬破!!」
ドッと鈍い音が辺りに響くと、無数の矢が弟月先輩へと向かって行った。
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【神功 左千夫】
死にたくないとの言葉に思わず少し微笑んでしまった。
そんな場合では無いことは分かっているのに。
僕は那由多君のその言葉を信じることにした。
ここは電脳空間。
そう言った経験も彼にはまだまだ必要なのかもしれない。
「できるだけ、早く片付けてきます。」
頼もしくなった彼の後ろ姿を一瞥してから僕は夏岡陣太郎へと視線を上げる。
すかさず、前に出た那由多君へと攻撃しようとした彼の間へと割って入り、槍の柄で牽制するかのように弟月との距離を取らせる。
こうしてしまえば指示が夏岡へと飛びにくくなるので彼らの力が少し劣る。
と、言っても僕もかなりの傷を負っている。
九鬼からの援護も望めそうにない。
そうなってしまうとなるべく最速で事を成してしまわないといけない。
「こうやって、戦うのは出会ったとき、以来ですね……夏岡、陣太郎。」
彼へと対峙するように立つと僕は真っ直ぐに彼を見つめた。
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【夏岡陣太郎】
必殺技を放って来た那由多へ攻撃しようとしたが、左千夫の槍で引き離される。
ま、那由多が珍しくやるっつってんだから、ここは太一に任せるしかねーか。
「太一、任せたぞ!左千夫は俺がやる!」
そのまま太一と距離を取る様に移動すると、赤い瞳が俺を見据えた。
片腕が使えなくとも、この殺気には全身が震える。
「おーほんとにな。できればあんまり闘いたくなかったけど」
一度俺達は左千夫を(裏)生徒会へ入れるために、出会った当初闘っている。
その時の左千夫は能力を開花させていなかったので、なんとか俺は勝利を得たが、今のこいつと正々堂々と戦って勝てるかと聞かれれば正直危うい。
「でも、ま、やるしかねーもんな!!」
マントを翻すと宙へと高く舞い、左千夫の周りを高速で旋回する。
そして、硬化させたマントで奴のもう片方の腕を狙うように尖らせた。
「お前一本でも平気そうだから、もう一本もらうぞ!!」
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【弟月太一】
「はい、どうぞとは言えませんね…」
少し離れた場所で神功の声が聞こえる。
千星がサシを指定したので俺はそれを取ることにした。
神功は片腕を?いでいる。
これで陣とはいい勝負だろう。
どちらか、先に相手を倒した方が加勢にいけるのでこの継承式に勝つことができるだろう。
なので、俺もはやくケリを付けてしまいたい。
「ハチの巣にされに来たか…」
火之矢斬破、千星の必殺技だ。
必殺技と言うだけあって数も威力も普通の態とは違う。
しかし、それでも三発以上打ち込めばその場で消失していく。
俺は日当瀬のように器用ではないので適当な散弾数で炎の矢を撃ち抜いていく。
時折、相殺し損ねるものは体を捻る様にして避ける。
なるべく距離を詰め過ぎないようにしながらまずは様子見に炎を擦りぬける様にして銃を撃ちこんで行く。
これで、当たってくれるようなら楽勝なんだがな。
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【千星那由多】
「さすがにハチの巣はゴメンです…!!」
火の矢が何本も弟月先輩へと向かって行くが、もちろんそう易々と攻撃を受ける人ではない。
弟月先輩の動きについて行きながら、炎の剣を構えると、水の文字を宙へといくつも綴った。
熱湯に圧縮された弾を、炎の矢に紛らわせるようにして打ち込んで行く。
とにかくガンガン打ち込んで行く。
それしか今は方法が無い。
あまり長く続けていれば、体力がなくなるのは俺の方だと目に見えている。
時折こちらを目がけて飛んでくる銃の弾が、まぐれで俺の攻撃に当たってくれるのが幸いだった。
少し離れた所で闘っている会長と副会長を気にかけている暇はない。
目の前の先輩と対峙することが、今俺にできる精一杯の事だった。
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【弟月太一】
炎の剣で水の弾。
千星は俺がしごいた時からだいぶ成長しているなと表情無く思った。
しかし、これでやられるほど俺は落ちぶれてはいない。
俺もあの、イデアの特訓を…!…いや、……今はいい。
どうやら水の弾は只の貫通する弾では無く、炎の剣のせいで湯気を渦巻かせながらこちらに飛んできている。
普通に受けることは不可能だろう。
ここは障害物が何もない。
弾を避ける手段が、相殺か避けるしかないのが少し痛いところだが、それは相手も同じだろう。
「遠距離は課題が多いが、まぁ、いいだろう。ハチの巣がいやなら一撃で終わらせていやる。」
俺は地を蹴り、距離を詰めていく。
千星の弾が俺の全身をかすって行く。
燃え移る火の弾は裂け弾のギリギリを縫いながら千星に向かって走って行った。
俺が得意なのは接近戦だからな。
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【千星那由多】
弟月先輩はどんどんこちらに距離を詰めてくる。
銃の弾が俺のすぐ真横を掠め、怯んだ瞬間にすぐ側で銃を構えられた。
――――まずい!
「っだぁあああああ!!」
咄嗟の判断で弟月先輩と俺の間に風の文字を綴る。
椎名の時に生まれた新しい技は、炎の剣で使う事により火が勢いを増すようだった。
燃え盛り巨大になった炎の剣を真横へと振るうと、想像以上の爆風が起き、弟月先輩が後方へとふっとんだ。
その間、俺は考えていた。
どうにかして弟月先輩の動きを止められないかと。
イデアに提供された必殺技が頭を過る。
練習ではさっぱり発動できなかったけど、今ここで一か八か試すべきじゃないだろうか。
俺だってこの地区聖戦予選の間、なにもしていなかったわけじゃない。
弟月先輩が体勢を整えるまでに、炎の剣を収束させる。
銃がこちらへと向けられるより先に、剣先で文字を書き殴った。
「――――闇水津波(クラミツハ)!!!!」
その言葉と同時に、目の前に巨大な水の龍が現れた。
弟月先輩が放った弾を口で食らいながら、暴れるように水の龍は前進していく。
そして、弟月先輩の身体を締め上げるように巻き付いた。
……できた…!!!!
成功したことに身体が震え、口角が自然と上がった。
しかし、少しの心の余裕で、俺は全てを見誤ることになる。
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【神功 左千夫】
横から物凄い爆風が吹き荒れてきた。
ちらりと視線を横に流すと弟月太一が那由多君の水の龍にとらわれて居た。
その爆風により僕の右腕を狙っていた夏岡陣太郎も空中で風に煽られたようだった。
今だ。
今仕留めれば、勝機はある。
僕は左手に全神経を集中させる。
そして、それと一緒に辺りを甘い香りが包んだ。
夏岡にはばれないようにして、槍を二又と三叉に分ける。
幻術では槍をそのまま投げる様に見せかけて僕は二又の方を彼に向けて遠投した。
「――終わりです、夏岡陣太郎。」
体勢を崩した夏岡に向かって僕は短く告げた。
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【夏岡陣太郎】
左千夫のもう一本の腕を狙っていたが、中々うまく行かない。
試行錯誤しながら飛び回っていると、横からの爆風に煽られた。
「うっわ!!」
飛んでいるせいで体勢が崩れ、その瞬間に左千夫の声が響いた。
次いで二又の槍が飛んでくると、体勢を保てていなかったがどうにかしてうまく避けることはできた。
避けたと同時に体勢を整えたが、そこは左千夫、抜け目が無い。
すぐに三又の槍が来ると、避ける事ができずにマントで身体を覆うようにして弾くことしかできなかった。
「っぶねー…――――!!??」
マントの隙間から顔を出した瞬間だった。
左千夫は地面を蹴り、すぐそこまで飛び込んできている。
そしてその手には三又の槍が握られていた。
おかしい、さっき俺が弾いた槍はそこに落ちている。
そして、俺は左千夫の姿に目を瞠った。
負傷していた左千夫の腕が……無い。
怯んだその隙に俺の腹に鈍い痛みが走った。
貫かれる感覚、というのはどれくらい久々だろうか。
腹に突き刺さっている槍は本物だった。
ということは、俺が弾いた三又の槍は……左千夫の腕だ。
「おっまえ……ほんっとーに無茶すんなぁ……」
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【神功 左千夫】
上手くいった。
僕は一撃目の二又の影に三叉を隠して投げて居たと思わせた。
しかし、これはフェイクで、二叉の影に隠れて居たのは僕の腕。
そう、負傷していた右手を完全に切断して投げつけたのだ。
夏岡はそれを完全に三叉だと思ったようでマントで防いだ。
更に僕はその場にとどまっている虚像を幻術で作って置いた。
しかし、本当の僕は腕を投げた瞬間に夏岡に向かって飛んでいたのだ。
夏岡陣太郎の一瞬の勘違い、そして、そこにできた隙をついて僕は三叉で彼の腹部を貫いた。
そのまま地面へと押しつけ、串刺しの言葉の通り、槍で地面に縫い付ける。
出血量、臓器の欠損、全てを計算すると夏岡が助かる可能性はほぼ無い。
この槍を抜く体力も無いだろう。
そこまで頭でシュミレーションしてから直ぐに二叉を拾いに走る。
“ドン!!”
その瞬間だった。
一際耳につく銃声が響き渡った。
そして、酷い耳鳴りがした。
これは少し遠くで次元が歪んでいることによる現象なので九鬼の方だろう。
まずは近くに居る那由多君だ。
二叉の槍を拾うと僕は那由多君の方へと振り返った。
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【九鬼】
爆風が起きた後、ジンタロマンが地面に伏した。
どうやら左千夫クンは片をつけたみたいだ。
こっちに参戦して欲しい所だったけど、それよりなゆゆの方が気にかかるようだ。
ボクの腕はブラックホール飲み込まれて行く。
椎名っちはただそれを嫌な笑みで眺めているだけだった。
「はー…………うっとーしー」
小さく息を吐くと、地面を見つめた。
そこから急速に伸びて来た鋭利な石の刃が、自分の腕に突き刺さる。
温い返り血を浴びるが、自分の血を浴びるのは趣味ではない。
「左千夫クンも捨てたみたいだし、ボクもいらない」
そのまま自分の腕を引きちぎるように引っ張ると、ぷっつりと感覚が無くなった。
痛みはもちろん酷い。
しかし、この闘いでアドレナリンが出ているせいか、この激痛さえも快感だった。
ブラックホールから解き放たれたので、椎名っちと距離を取る様にその場から引く。
千切れてしまった腕からは大量に血が滴るが、能力で自分の腕の袖をきつく締め付けるようにし適当に止血した。
「ま、バーチャルだし怪我するなら今の内ってネ」
椎名っちを見つめながら、口端をあげて笑った。
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【椎名優月】
少し驚いた。
こんなにも容易く彼が自分の腕を切り捨てるとは思わなかったからだ。
「君はもう少し自分を大切にするタイプだと思ったけど。
他に手、思いつかなかった?
ああ、やっぱりいいね、その血。
赤い血。
簡単に流されちゃ面白くないけど、遊んだ後なら存分に流して。
ほら、君の法則きかなくなっちゃったけど、どうする…?」
そう言って視界から外れたところにもブラックホールを作っていた。
今度は彼が走り回るその先を狙って、空間の切れ目を作って行く。
彼にこれ以上策が無いなら、これで終わりだろう。
片腕は失い損かな。
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【九鬼】
ブラックホールの発動元は武器や視線だけではない。
となると残るは、ポケットの中に入ってる手と言ったところだろう。
さすがに隠れている物を見る事はできない。
特に手なんかはどうにでもして隠せることができる。
距離を取りながら、あらゆる場所に生まれるブラックホールを避けて行く。
少し集中が切れれば飲み込まれてしまうだろう。
その間にも能力を使い、地面から石の柱を突出させて椎名っちを攻撃する。
まぁそれもブラックホールに飲み込まれていくわけだけど。
攻撃も防御も能力ひとつで賄えてしまうのは結構痛い。
いや、待て。
この能力を逆に利用してしまえばいいのではないだろうか。
そうなると、接近戦に持ち込まなくてはならなくなるが。
表情を変えずに椎名っちの周りを旋回するように走る。
突如現れたホワイトホールから、先ほど飲み込んだ柱が鋭利に尖った物が出てきた。
地面を蹴り飛び上がるようにしてそれを避け、椎名っちへと少しずつ少しずつ距離を縮めて行く。
頭で考えている作戦がどうなるかわからないが、考えている時間は無いな。
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【椎名優月】
距離を詰められている…?
避けることに専念した九鬼は素早かった。
彼も薄々気づいているようだが、自分は指先が示した方向へもブラックホールを作ることができる。
但し、背後に作るとなればどうしても多少の誤差が出来る訳だが。
自分がブラックホールを作るためのわずかなタイムラグを利用して九鬼は距離を詰めてきた。
でも、無駄だ。
まだ、自分には手がある。
ワープホールだ。
ポケットから手を出すと自分の目の前を指差し黒い空間を作った。
「接近戦なら勝ち目があると思った?」
そう簡単には近寄らせない。
自分をそのワープホールに呑みこませていく。
そして、あらかじめ作ってい置いたワープホールから抜ける。
その時だった九鬼が目の前に居る。
「…!!気付いた……?凄い…な」
自分はワープホールを作るときあらかじめ次に出現する場所を決めてから作る。
勿論先に呑みこまれることも可能だがそうなるとどこに出てくるか分からなくなるからだ。
なので、次元の歪みが二つ出来る、九鬼はそのもう一つを感じ取ったのだろう。
「でも、惜しかった。楽しかったけど、…終わり。」
自分が次の出現点に選んだ先には三節棍がある。
三節棍を足で蹴り上げると彼の足を巻きこむようにブラックホールを作った。
三節棍の遠心力と同様に黒い闇はどんどん広がって行く。
そして、彼の拳を避けるように上半身を仰け反らせた。
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【九鬼】
距離を縮めていたことはバレていたようだが、わずかに感じ取った空間の歪みに反応すると、彼を捕らえることができた。
少しずつ感覚が掴めてくる。
そもそも普通の空間に異次元を作るんだ。
そこで生じる微妙な次元の違和感は、集中していれば少なからず感じ取ることはできる。
そして、近づいたと同時に、椎名っちはボクをブラックホールへと飲み込ませようとした。
片腕を失っている状態で、接近戦を挑むつもりはハナからない。
ボクはこれを狙っていた。
「終わり?まだ早いんじゃない?」
椎名っちの言葉に口角をあげると、自分の衣服に能力を送り込む。
振りかぶった拳はフェイクだ。
彼の身体がそれを避けるように反ると、その瞬間に衣服を何重にも絡みつかせがっちりと身体をくっつけた。
「君と抱き合うのも嫌だし、心中ってのも気が引けるけど、仕方ないから一緒に異次元の旅に出よっか」
両の口端を思い切りあげ笑うと、椎名っちを巻き添えに自らブラックホールへと入り込むように重心を傾けた。
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【椎名優月】
どうやら彼は気付いたらしい。
自分が接近戦をしない理由を。
九鬼は自分もろとも異空間へ身を投げるつもりだ。
正直きっちりと考えて出した異次元に呑みこまれるならまだしも、ざっと作っただけの切れ目に入るのはごめんだ。
その中でどんな速度で動くかも分からないし、本当に出て来れないかも知れない。
仕方なく溜息を吐くとポケットの中で指を動かした。
途端に弾ける様にブラックホールが消える。
そして、三節棍の先から鎌を出すとひっつく様絡みついた服を切り裂いた。
同時に自分のコートを脱ぎ捨て、三節棍を投げると地面に転がっているもう一本へとぶつけ両方を手に取る。
「うん。合格、仕方ないから、直々に遊んであげる。」
そう言った途端地を蹴り、彼に向かって走って行く。
本当は接近戦の方が好きだと告げたら彼はどんな顔をするのか。
自分と同じようなタイプなので笑顔でかわされてしまうかもしれない。
九鬼へと三節棍を回転させながら投げつけると同時にワープゾーンを作る。
ワープゾーンと言うのは便利な様に見えるが、ここに入っている一瞬の間は現実で何が起こっているか分からない。
自分の投げた、三節棍を九鬼は避けて居るかもしれないし、受け止めて居るかもしれない、はたまた当たって致命傷を得て居るかもしれない。
ワープゾーンの出口を九鬼の背後に設定する。
そして、ここでもまた問題が起こる。
九鬼はワープゾーンの仕組み、即ち出口の次元の歪みが分かる。
そうなると自分がどこに出現するか分かるので。
九鬼が避ければここに武器があるだろうと言うところに右手を置き、もう片方は彼が自分の出現ポイントを察知し攻撃してきたとき様に三節棍を構えた状態でワープホールから姿を現すことにした。
現実が広がった瞬間どうなっているかが楽しみで心臓が高鳴る。
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【九鬼】
思った通り椎名っちはブラックホールを閉じた。
なるべく巻き込む形にすれば、この能力もどうにかなるかもしれない。
しかし、すぐにくっついた服を切り裂かれると、三節棍が飛んで来た。
直々に遊んであげる、という言葉に口角があがる。
もうここからは接近戦になるだろう。
「なるべくお遊びは早く切り上げたいけどネ」
そう言いながら三節棍を避けた。
その瞬間に背後に気配を感じる。
すぐに 右腕を後ろへと振り切るが三節棍で弾かれ、もう片方の三節棍が腹を抉った。
「――――ッ…!」
後方に少し飛びながら、椎名っちの顎を蹴り上げるようにバク宙するが、ギリギリで避けられる。
地面に足がついたと同時に上体を曲げ、足を掛けに行ったがやはり反応は早い。
「接近戦も得意とか…ヤだ…ネッ!!」
右腕を地に着くと能力を発動し、地面をせり上げたと同時に後方へと飛び逃げた。
しかしまたボクを追うように三節棍がこちらへと飛んできて、それを避けると椎名っちが突然現れ攻撃をしかけてくる。
止血した左腕からは、酷く血が滴っていた。
地を血で染めて行く感覚、ギリギリの死闘、息はあがっているが正直楽しくて仕方がなかった。
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【椎名優月】
九鬼は思った通りの接近タイプ。
爆発するように殴りあうのも嫌いじゃない。
ちょろちょろ逃げるエモノを捕らえるもの勿論好きだが。
神功や夏岡は後者のタイプだったが珍しく前者のタイプが出てきた。
「でも、直ぐ動かなくなるんだ、こっちは。」
果敢に挑んでくるタイプは直ぐに潰してしまう。
果敢に挑んでこなくても近距離タイプはどうしても直ぐに破壊してしまう。
これだけ自分の近いところに居るんだ。
そんな玩具達から壊れるのは自然の摂理だろう。
しかし目の前の玩具は腹を抉ったのに大丈夫そうだ。
その事実に口角を上げて、態と同じ攻撃を繰り返す。
これで三節棍を投げるのは三度目。
一度目、二度目と同様に九鬼の背後にワープしたはずだった。
「――あれ?……ッ!」
しかし僕がワープゾーンから出てきた時に開けた視界には彼の姿は無かった。
自分の三節棍のみが手元に帰ってくる。
気配を探していたその瞬間地中から彼の手が出てきた、足首を掴んだ。
そう、九鬼は自分が投げた三節棍を普通にかわすのではなく能力で地中に潜り込んでかわしていたのだ。
そこまで理解した時には自分の体は宙に舞っていた。
投げ飛ばされたのなんていつぶりかな。
勿論それで終わる彼では無いので、そのまま宙でひっくり返ってる自分の体に拳を打ち込んでくる。
三節棍で受けるには受けたがまともに受けた為ミシっと嫌な音が鳴った。
―――面白い…。
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【千星那由多】
足に鈍痛が走る。
その場に膝を付くと、自分の足元へと視線を落とした。
血が……流れてる。
「い……ってぇ……」
バーチャル世界と言えども、やはり痛みはリアルだった。
自分の足に弾が当たったと言う事に頭がついて行かず、小刻みに息を吐く。
俺の必殺技は確かに決まった。
弟月先輩を水の龍で締め上げた所まではよかったんだ。
しかし一筋縄ではいかなかった。
弟月先輩は地面へと落とした銃を踏み暴発させると、その弾が一発俺の足を貫通した。
俺の状態の変化で巻き付いていた水の龍は緩んだ。
そして今、弟月先輩は目の前で俺に銃口を向けている。
――――撃たれる……!!
痛む足を庇いながら立ち上がろうとしたが、それよりも先に弟月先輩が口を開いた。
「よくやった、ゆっくり休んどけ」
先輩らしいそんな言葉と同時に、俺に向けられた銃から発砲音が響き渡った。
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【神功左千夫】
「那由多君!!!!」
間に合わなかった。
二叉を弟月に投げつけた為それを避ける様に彼は飛んだ。
しかし、それは弟月太一の銃から発射された弾が那由多君の胸を貫通した後だった。
「すいませ……ん、か……いッ―――………。」
残った片腕で倒れて居た那由多君を抱き寄せる。
仰向けにすると蒼白な表情をした那由多君が視界に映った。
止め処なく胸から流れる血液は本物を錯覚させるように温かかった。
しかし、その後、那由多君はプログラミングのように砕け散りその場には何もなくなった。
これがバーチャルでの死なんだろう。
彼が最後に綴った言葉は僕への謝罪だった。
そんなもの必要ないのに。
夏岡陣太郎の方を振り返るとそこには三叉の槍があるだけで彼の姿は無かった。
彼も那由多君同様に砕け散ったのだろう。
僕は一度武器をブレスレッドに戻す。
それから、再び左手にそれを構えた。
弟月太一の暴発させた方の武器は使い物にならなくなっているようだ。
彼は片方しか銃を持っていない。
そればかりか頬から耳に掛けて深い傷を負い、大量に出血している。
どうやら暴発した時の弾は一発では無かったようだ。
那由多君は弟月に最後の手を使わせたのだろう。
一か八かと言う方が正しいだろうか。
もしかしたら暴発が失敗して弟月が死んでいたかもしれない。
しかし、今回は無情にも那由多君が生命を落とすことになった。
「残念でしたね。それだけの怪我では僕には勝てません…よ。」
僕の呼吸もかなり上がっている。
それは弟月太一も同様。
お互いに肩で呼吸をしながらいがみ合う。
僕と戦うのは相当神経をすり減らすと思う。
僕が幻術を使うかどうかを見極めなければならないからだ。
しかし、僕は一対一では負けない。
それだけの自信がある。
ピシっと空間が弾ける音がした瞬間に地を蹴り、弟月へと走り込む。
僕の槍をしゃがむようにしてかわし、そのまま足に銃弾を撃ち込んできたので、槍を棒高跳びのように地面に突き刺してしゃがんだ弟月の上を舞う。
着地して直ぐ、足元を薙ぐように銃を横から打ち付けてきたのでそのまままた、バク宙して元の位置へと戻る。
その時に槍を二つに分離させ、二叉だけ手に持つとまだ体勢の整っていない弟月太一を指す様に二叉を突きこんだが彼はその調度真ん中へと寝転ぶようにしてのがれた。
しかしこれで彼を完全に包囲した。
弟月の二の腕が裂け血が噴き出る。
それでも彼は持っていた銃を落とさなかった。
両者とも間髪入れず武器を構える。
弟月は銃。僕は地面から抜き取った三叉。
その後一瞬で勝負がついた。
僕の目は大きく見開かれ、全身が震えた。
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【九鬼】
地中から這いでた後、間髪入れずに椎名っちに拳を突きつけ続ける。
無い左腕の隙を狙い攻撃もしかけられるが、暫く近距離での打ち合いが続いた。
彼から受ける痛みが爽快で、自然と笑みが零れてしまう。
しかし、激しく動けば動く度に、片腕の痛みは酷くなっていった。
ただ、これくらいのハンデで怯むわけにはいかない。
片方の三節棍を掴みあげると、地面から奴の腕を狙う様に地面を突き出した。
その反動で椎名っちの手が緩み、掴みあげた三節棍を奪い放り投げる。
そして、すぐさま拳を横っ腹に叩き込もうとした時だった。
弟月の三発目の銃声が響いた。
それと同時に椎名っちの身体が一度大きく跳ね、固まる。
「――――……!!??」
彼の肩口から向こう側を覗いた。
弟月はこちらに銃口を向けていた。
椎名っちは撃たれたんだ。
どうしてだ?
ボクを狙ってミスった?
いや、そんな失敗をおとじいがするはずが無い。
突然の奇行にただ驚くことしかできなかった。
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【椎名優月】
「オトヅキ……ッ……ゲホッ」
痛い、と思う前に全身が言うことを利かなくなった。
弟月からの銃弾は見事に自分の心臓を捕らえ貫通していた。
電脳空間だと言うことで自分は油断していたのだろう。
そこは突いたのだ、彼は。
一応今回は仲間の筈だと思ったが、自分自身彼らを仲間とだなんて思ったこと無かったのでそう考える方がおかしい。
弟月は自分の方を見ながら、フッと皮肉に笑んだ。
そして、彼もまた神功に寄り胸を抉るように貫かれていたのでそのまま電脳空間へと粉々に散って行く。
「まさか、アイツにやられるなんて……」
目の前で呆けている九鬼へと言葉を掛けた。
その後自分の視界も赤く塗りつぶされて行く。
まだまだ、この楽しい空間を長引かせるつもりだったのに、それがオトヅキには分かってしまったのか。
“勝者 現(裏)生徒会!!”
そんな機械音が自分の耳を通過した後、意識が暗闇に紛れた。
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【九鬼】
「ちょっと左千夫クン、これどういう事?」
椎名っちはボクの目の前で砕け散る様にしていなくなった。
その光景がこの世界がバーチャルだという事を実感させる。
ボク達は勝利した。
が、なんだか納得のいかない勝利だ。
まぁあのまま続けてても延々終わらなかったかもしれないが。
ここに残っているのは左千夫クンとボクだけ。
お互い無くした腕から血が滴り落ち、疲労と痛みはまだ継続している。
「それは本人に聞いてください。
……イデア、全員の再生は可能ですか」
『カノウだ』
「ではお願いします」
左千夫クンがイデちゃんにそう告げると、目の前に数体の光が集まって行く。
そして、ボクと左千夫クンの腕にも同じような光が集合すると、千切れたはずの腕が再生されていった。
腕は何事もなかったかのように自由に動き、感覚もきちんとある。
目の前光がどんどん人型になっていくと、そこには先ほど死んだなゆゆ達がいた。
「あれ?俺……また戻って来た?」
間抜けな声と共に辺りを見回すなゆゆの横で、おとじいが眼鏡を押し上げている。
ボクはすぐに彼に駆け寄った。
「ちょっとおとじい!!なんで椎名っち撃ったの!
久々に楽しんでたのにー!」
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【弟月太一】
今のところ痛みや違和感などは特に無く、ここに入ってきた状態で体や意識が再構築された様だ。
戦闘モードを解いた俺は眼鏡を押しあげた。
「継承式、だからな。決着がつかないと終わらないだろ?
不意打ちでもしない限り、アイツを倒すことは困難だからな。
地区聖戦の途中で生身の体を襲われる訳にもいくまい。」
駆け寄ってきた九鬼へと言葉を投げ捨てる。
チラッと視線を向けた椎名は相変わらずの微笑みを浮かべており良く分からなかった。
チェっと、不貞腐れて行くように去って行く九鬼を見つめていると神功もこちらを見つめていた。
「お前とサシになった時点で俺の負けだった。加えて、千星を仕留める時に俺も怪我をしたしな。
それに…伝えたかったことは伝えた。
あくまでお堅い式典だからな、生き残ることに執着しなかっただけだ。」
そう、俺と夏岡は千星には死闘を、神功には信頼を伝えたかっただけだ。
結果千星は命を落とすことになったが。
「それよりもさ!折角死なない体なんだから、もっと特訓しようぜ!」
後ろから陣はそう言い始めた。
もう、政府用のデータは取ったが、確かに時間はまだもう少し残ってる。
陣は愉しそうに千星へと向かって行く。
そして、椎名は間髪いれず神功へと飛びかかってる。
……目の前に残ったのは九鬼だけだった。
俺は大きく溜息を吐いた。
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【千星那由多】
残りの時間散々夏岡先輩に扱かれ、バーチャル世界から出た時にはかなりの時間が過ぎていた。
目を覚ますと目の前に巽と晴生の顔があった。
二人からお疲れ様、と声をかけられると、頭の装置を外し解放感に大きく息を吐く。
弟月先輩に撃たれた感触はまだ覚えているが、痛みはもう全く無い。
もちろん生身の身体にも傷一つついておらず、少しだけ倦怠感が残るだけだった。
意外といけるもんだと思いながら、自分の胸を撫でる。
しかし、続いて起きてきた会長達は、どうやら負傷した部分に痛みを感じているようだった。
「大丈夫、ですか?」
「……?那由多君は…平気なんですか?」
「え?あ、はい……何とも無いみたいで――――」
会長の言葉に返事をしようとした瞬間、目の前が歪んでいく。
みんなが俺を呼ぶ声が遠くに聞こえるが、返事もできないし身体も動かない。
視界が完全にブラックアウトすると、俺はその場にぶっ倒れ、見事に意識を失った。
会長達に疲労が感じられるなら、俺が体感する疲労はそれ以上だという事に、その数時間後ベッドの上で目が覚めてから痛感した。
地区聖戦の予選も終盤に差し掛かってきている。
そろそろどんでん返しでも無い限り上位4校は決まってきている。
勿論愛輝凪もそこに名前を連ねてるので、最近は登下校に勝負を挑まれる回数が増えてる。
左千夫様が、少しでもいい高校に勝って名前を覚えて貰おうとしてるって言ってたけど…。
純聖君と幸花ちゃんが最近戦いっぱなし。
私が足を引っ張ってるのは分かってるんだけど…。
そうしているうちに駈礼嗚(クレイオ)高校の制服が見えた。
なるべく戦闘は避けたいので遠回りをしようとしていると。
「駈礼嗚(クレイオ)高校 三年!山田俊夫!!愛輝凪高校、千星那由多!いざ尋常に勝負!!
種目は五教科の三年一学期中間のテスト範囲だ!!」
千星君?
私と純聖君と幸花ちゃんは慌ててそっちに駆け寄った。
すると、駈礼嗚(クレイオ)高校の生徒五人と千星君、日当瀬君、天夜君の三人が居た。
恵芭守(エバス)高校との戦いの後、暫くは任務も無くて各自夏休みを楽しんでいたので久しぶりの再会。
今日は最後の作戦を練る為に集まったんだけど…。
「愛輝凪高校 三木柚子由。 助太刀します。」
「同じく、幸花。」
「純聖。助太刀してやるぜ!」
それを告げると同時にヒューマノイドが走ってきた。
そして、辺りに結界が張られるので私達は能力を解き、千星君に向かって走った。
「千星君…!……待ち合わせに遅れちゃうね。」
左千夫様も遅くなっても構わないと言っていたけど、これじゃあ高校までも中々辿り着きそうにないなぁ…。
勉強の科目には初めに30分、間に15分の自習時間がある。
そして、机と椅子が用意される。
私はブレスレットから電子ブックを取り出して、日当瀬君が纏めてくれた三年一学期の中間テストの範囲に目を通し始めた。
勉強系の科目は各生徒の平均点と満点取得時の加算点で争われるのでなるべく満点を取りたいんだけど。
三年の教科書をめくりながら、一つ息を零した。
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【千星那由多】
地区聖戦の勝負には、こう言ったとんでもない勝負を挑まれる時がある。
特に俺は愛輝凪高校の(裏)生徒会でスペックが一番低いせいもあって、不得意分野で勝負をかけられると終わりだ。
と言っても俺に得意分野なんかはないけれど。
その度にみんな加勢してくれるので、自分が負けてもみんなのポイントが上がる事は多かった。
明らかに俺が足を引っ張っていると言ってもいい。
とにかくだ、俺はまだ一年なわけで、三年の勉強なんてさっぱりわからない。
もちろん少しの自習時間に教科書を見ていても、書いてる意味さえわからないときたら、もうまぐれで当てていくしかないだろう。
相変わらず毎日挑んでくる十輝央先輩との習字勝負では勝ててはいたが、勝った分だけ差し引かれていくことばかりであった。
純聖や幸花もこの勝負に加わったが、あいつらは速読できる上に妙に頭がいい。
範囲指定されていればテスト勝負で負けることは無いだろう。
空白が続いて行くテスト用紙に頭を抱えながら、とりあえず選択問題で自分の運にかけることにした。
もちろん俺に運なんて物も存在しないが。
朝っぱらから災難だ。
普段以上に動かない思考に大きくため息をつくと、眉を顰めながらテスト用紙を見つめた。
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【日当瀬晴生】
しっかし、この平均点つー制度は面倒だな。
まぁ、相手も一人じゃなくて五人で来てるってことは得意教科が一つずつと考えるのが正しいだろう。
高校三年の範囲つーのも一般人にはきつい話だが、この前は大学の○○学科なんて言われたんでそれに比べればマシだ。
俺は能力を解放し、データ化していたテスト範囲を読み流している。
純聖と幸花は流石、会長が寄越しただけある。
このへんはちゃんと出来る奴らなんだなと妙に感心しちまう。
純聖なんてバカ丸出しなのによ。
しかも、この地区聖戦のテストは学校のテストみたいに優しくは無い。
教科書の隅に書いてある、※のマークがあるところからも出るときがある。
勿論、自習時間前に配られる教科書からしかでないのでそこは助かるのだが。
何しろ、俺の100点は外せないのできっちりと頭に叩きこんで行った。
そうしている間に予習時間が終わり、教科書等が回収される。
勿論カンニングはヒューマノイドにみつかると駄目だが、見つからない場合は大丈夫となる。
つっても、俺は必要ねーがな。
「それでは、テストを開始する。 始め!」
ヒューマノイドがそう告げた瞬間、俺達はテスト用紙を返し、問題を解き始めた。
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【幸花】
こういう勝負は勉強になるので好き。
新しい知識がついていくのはすごく快感。
それに絶対頭で純聖には負けたくないし。
テストが終了すると、結果的に私とハルキが5教科満点だった。
純聖は数学のみ99点だったのを悔しそうにしていた。
柚子由も得意科目は100点だったので、すごく頑張っていると思う。
巽は多分カンニングしたと思うけど、ヒューマノイドは気づいていなかった。
そういう所は感心する。
そして言うまでも無く他校合わせた中で、最悪の点数だったのがアホナユタだけど。
まぐれで選択問題は当たっても、最高点が10点。0点なんてザラだ。
本当にアホでバカで役立たず。
それでも5教科満点が効いたのか、駈礼嗚高校に勝つことができた。
挑んできておいて負けるアホ高校の奴等は、恥ずかしくないのだろうか。
ポイントは勝った高校に、負けた高校の人数分のポイントが加算される。
あちらは5人で挑んできて私達に負けたので、こちらには5ポイントが配分。
ブレスレットを見ると、平均点の高い順で1ポイントずつプラスされたみたい。
こうやって地味に増えるのって、時間の無駄のように感じるから嫌。
ちなみにアホナユタは私たちの中で点数が最下位だったので、ポイントは入らないし減る事もない。
「お前らバケモノかよ……」
「……私からしたら、アホナユタの方ががバケモノ……どうしたらあんな最悪な点数が取れるのかわかんない…」
皮肉をこめまくってそう告げると、アホナユタはかなり落ち込んでいた。
小学生に負ける高校生って、ダサい。
容姿だけじゃなく頭もダサいとか、生きてる価値ないと思う。
「三年の教科があれだけできれば十分ですよ!!」
「……なんか…5教科満点のお前に言われるとすっごい悲しくなる…」
それでもハルキは犬らしく、アホナユタを褒めちぎっていた。
本当にここの関係は、主従関係が崩れないのが不思議でたまらない。
ハルキは頭はいいけど……アホだ。
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【天夜巽】
何とか今回もばれずに済んだ。
三年の範囲になると俺がいくら予習時間に教科書を読んでも勉強してきている彼らには勝てない。
それならば一か八かのカンニングを講じた方が成功した時の点が高い。
那由多はバカ正直なのでいつも通りだった。
那由多はカンニングしてもばれちゃうかもしれないけど。
駈礼嗚高校は「ありえない」、「なぜだ…!」とか口々に呟いてたけど、俺もそう思う。
それだけのことを当たり前のように出来る幸花ちゃんと純聖君は本当に優秀な研究材料だったんだろうな。
今はそんな風には全然見えないけど。
結局、六人で学校へと向かうことになった。
日当瀬と那由多との三人の生活にも慣れてきたし。
那由多の料理にもやっとなれてきたところなので地区聖戦の予選が終わってしまうのは少し哀しいなと思った。
でも、順位も順調だし早く終わることを願ったほうが本当はいいことも分かってるんだけどな。
実習棟の近くまで行くとブレスレッドが警戒音を鳴らし始めたけど誰も見当たらなかった。
結界の中に居るのかなと思った瞬間に、ドサドサと人が倒れる音がした。
“挑戦者の敗北を確認 勝者 愛輝凪高校 神功左千夫 九鬼 計二名”
イデアちゃんの声が聞こえた瞬間目の前に気絶した人が大勢倒れて居る。
10人や20人じゃない……これは、いったい。
「100人戦法…やぶれ…たり…」
倒れて居た一人がそう呟いてから気を失った。
そして、よく知った二人が現れる。
「ここは賑やかですね、合宿場へ向かいましょうか。」
会長と副会長だ。
勿論二人とも無傷で、会長に居たっては「助太刀は不要だといつもいってるでしょ。」等、言っている始末だ。
100人戦法ってことはこれ、100人いたんだよね。
それを二人で倒したってことかな。
相変わらず人間離れしてるな、と思っていると、またブレスレッドが鳴った。
他校が近いにいると身構えた瞬間会長が走って行く。
「画羅都(えらと)高校 さんね…ぅぐ!!!!????」
茂みから現れた人物の口をすかさず塞ぎ、そのまま鳩尾に膝蹴りを一発くらわせている。
痛い、あれは痛い…!!!
結局挑戦者が言葉を言いきらない間に気絶した為その戦いは無しになる。
「…やれやれ。全て相手にしていたら日が暮れそうですね。裏通路から急いで行きましょう。」
何事も無かった様に会長は走り始めた。
俺はイデアちゃんが回収している気絶している人たちを不憫に思いながらその場を去った。
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【千星那由多】
とにかく忙しない。
できればもう俺はこれ以上ポイントも減らしたく無いので、ここは逃げるが勝ちだ。
会長と副会長はさっきまで100人相手にしていたはずなのに、息も乱さずに裏通路へと向う。
その後を追いながら、心底自分が愛輝凪の(裏)生徒会でよかったと思った。
絶対にこんな人たちを敵に回したくない。
久々の合宿場へと着くと、会議室へと向かった。
ここからは暫くの間敵には邪魔されないので、少し落ち着くことができそうだ。
流れる汗を拭いながら安堵のため息をつく。
そして、会長が会議室のドアを開けた。
その瞬間だった。
俺の表情が固まる。
いや、俺以外のみんなも多分固まってたと思う。
その硬直の理由は、扉を開いたすぐそこにどっしりと腰かけている、椎名だった。
「…………」
「何故貴方がここにいるのですか…」
全員が沈黙した後、会長が一番に口を開いた。
そして、同じように部屋にいた夏岡先輩へと視線を向ける。
「え!?俺呼んでないよ!ていうか椎名の奴一番にここに来てたんだって!
超びっくりしたけど、なんか棄権したからもう恵芭守の助っ人じゃないとか言うしさー!
とにかく左千夫達待とうと思って待ってた!」
奥の方でお菓子を食べながら夏岡先輩が困った様にため息をつく。
弟月先輩は勉強していたのか、教科書へと落としていた視線をこちらへ向け、眼鏡を押し上げた。
一体なんで椎名がここに居るんだ。
暫くドアの前で立ち止まっていたが、これでは埒が明かなさそうなので全員部屋へと足を踏み入れた。
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【神功左千夫】
元からいい加減な男だとは思っていた。
いや、戦闘が絡むといい加減さは皆無なのだが、彼にはあの籠城作戦が性に合わなかったのだろう。
恵芭守高校は現在1位だ。
各々の能力も凄いが、椎名優月、通称moonが稼いだと言っても過言では無い。
しかし、あのラビリンスに篭るとなると椎名優月は必要なくなるだろう。
それに、戦闘狂の彼があんなところでジッとしているとは思えない。
「貴方も元、(裏)生徒会メンバーです。居るのは構いませんが、今から会議なので邪魔をしないように必要なら会議の後に聞きます。
さて、僕達の『アジト』は他高校にはばれて無いみたいです。
ですので、休憩所の特権を使わない為に外の小屋に移動しましょうか。
あそこはアジト外に設定してますので、敵の気配を感じれば移動しましょう」
僕はそう言って全員を外の小屋へと案内する。
どういうことか椎名優月もついてきた。
各自、円テーブルの席へと着くと晴生君がデータ化した資料を配ってくれる。
それを各自ブレスレットで展開させた。
那由多君のは晴生君がしてくれているので問題ないだろう。
「それでは、現順位ですが、先程、100人戦法と言うものを仕掛けてくれたおかげで僕達は現在2位の位置に居ます。
僕は3位、4位が上がってこない限りこの位置のキープで行こうと思ってますが異論ありますか?」
特に異論はなさそうなので、僕はそのまま進めていく。
「それでは、各自の成績ですが。
柚子由 15ポイント 21戦
純聖 20ポイント 22戦
幸花 21ポイント 21戦
3人とも十分な成績です。柚子由も、この二人と一緒に居ながら良くポイントを取れましたね。
僕がお願いした通りなるべく戦闘を避け、拳を交える戦いは全て勝利してるみたいですし、二人とも柚子由のフォローは完璧ですね。」
そう告げると僕は3人に微笑みかけた。
期待以上のポイント数だ。
「夏岡陣太郎 12ポイント 35戦
弟月太一 10ポイント 34戦
……二人とも受験も有るのにお疲れ様です。」
「あ、いや!本当はもっと稼げたんだぜ!でも、太一が逃げるつーからさ!
しかも、直ぐに棄権するし!」
「ポイントキープでいいと言われていたからな。」
そうだと思う。
これは弟月太一が故意にこの点数にしたのだろう。
しかし、キープと言えど、調度それに合わせるのは大変な事、それをやってのけると言うのは矢張り只者では無いな、色んな意味で。
元より、点数が減って無ければいいな程度の考えだったのでここは問題ない。
「次に。
九鬼 72ポイント 20戦………。
九鬼…この負けのうちの一つ、僕知らされてないのですが…。
それに、さっきので大量に取った以外、サボってましたね。」
彼が負けたのは個人戦ではスペル戦争のみである筈だ。
しかし、負けがもう一つついていた。
僕はチラっと九鬼の方へと視線を向けた。
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【九鬼】
神出鬼没。
椎名っちはそういう言葉が一番似合う男だと思うが、なんだかボクの立ち位置を取られたような気がしないでもない。
似ているのだ、ボクと彼は。
それ故椎名っちを見ているとどこか、イラっとする。
同族嫌悪というやつだろうか。
そんな事を考えていると、左千夫クンから負けがひとつ増えていると言われたので、彼へと視線を向けた。
そう言えばすっかり忘れていたけど、最初のスペル戦争で負けた後、一回負けてたんだった。
「あ、言うの忘れてた♪
まぁそれにはふか~い理由がありまして…あれは夜も更けた熱帯夜の日……」
勿体ぶりながら喋っていると、左千夫クンの視線が痛みを増したので、腰かけていたイスをぐらぐらと揺らす。
「実はさ……相手は超かわいい女の子でネ、ポイントくれるならおっぱい揉ませてくれるって言うからさ~!
ま、一ポイントくらいいいかと思って、気が済むまで揉みしだかせてもら――――いったぁああ!!!!」
最後まで言い切る前に隣にいた左千夫クンに足を踏まれた。
みんなの視線、特にゆずずと幸花の視線は、まるで汚物を見ているようだ。
「…おっぱいがあったら揉みたくなるのが男でショ…」
そう呟いたら踏まれていた足をぐりぐりとねじ込められる。
なんとも遺憾だ。
青少年として正当な行動だと言うのに。
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【純聖】
あの柔らかいのがなぜそんなにいいのかわかんねー。
確かに柚子由にぎゅってされると落ち付く。
それは分かるけど、一生懸命揉みたいとかそう言うのはわかんねー。
まぁ、柔らかいから触りたくなる衝動は分かるけど。
ポイントが取られるって分かってたら絶対やらねーな。
それよりも左千夫はどうなんだろ。
ブレスレッドを駆使したら分かるんだろうけど、なんとなく左千夫の声は心地いいのでこのまま聞いておくことにする。
きっと左千夫はクキが負けた相手なら注意する必要があるかもしれないと思って聞いたんだろうけど。
ま、クキだもんな、所詮。
両肘を付きながら膝をふらふら揺らして耳だけ傾けた。
既にちょっと眠い。
いくら左千夫の声だと言っても俺はこういうの苦手だ。
「気を取り直して。
日当瀬晴生 31ポイント 35戦
千星那由多 6ポイント 55戦
天夜巽 31ポイント 34戦
那由多君は毎日十輝央兄さんの相手お疲れ様です。
こちらに来ないと言うことは今のところ全勝なんですね。
巽君も晴生君もお疲れ様です。
僕から言うことは無いですね。
さて、僕、神功左千夫 81ポイント。
本当はそろそろ点数を稼ぎに行こうと思ってたのですが先程の勝利のおかげでその必要は無いようですね。」
俺達に配られているデータには勝敗も事細かく乗っている。
那由多は駄目だな。
十輝央って奴以外はほとんど引き分けか負け。
他もまぁまぁかな、と、思いながら視線を流していると左千夫の欄が見えた。
あれ、左千夫…。
「すっげー!!左千夫!!負けなしじゃんか!!」
俺だって特殊な教科、種目になってくるとどうしても負けちまう。
それなのに、左千夫は負けが一つもついていない。
「僕は特殊そうな能力者については先程のように口を塞いで逃げてましたので。
それでは、今のポイント数を各自維持していただけるようにお願いします。」
俺がそう言っても左千夫はいつものように微笑むだけだった。
やっぱり、格好いいぜ!左千夫!!
「…後、余計な、お世話かもしれませんが。
那由多君、どうして、戦闘方法をゲームにしないのですか?
この前、君の家でさせていただいたゲームを指定すればもっとポイント増えると思いますよ。」
そう言われてナユタのデータを見ると、ほとんどが向こう側から仕掛けられ、そして負けて居る。
……ナユタ、絶対気付いて無かったよな、これ。
ぽかんとしているナユタをチラッとだけ見て俺は溜息を吐いた。
もう少し、ナユタが格好良かったらなー。
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【千星那由多】
全員の獲得ポイントは俺のポイントとは桁違いに良かった。
俺は元の10ポイントさえ維持できていない。
これが自分の駄目さを露呈しているようで、とてつもなく恥ずかしかった。
そして、会長の言葉に俺は目を丸くした。
俺はこの予選中、自分から挑むことは全くしていない。
余計にポイントが減るのも嫌だったし、自分に得意分野など無いと思っていたからだ。
しかし、確かにゲームであれば勝てたかもしれない。
「あ、はぁ……そう、ですね……ははは…次からはそうします…」
空笑いで返事をする。
このメンバーの中にいると、自分は「できない存在」だと言う事ばかり先行してしまうのも難点だ。
その確証が今回のポイントでも取れてるし。
とにかく後の予選の間は、なるべく自分から勝負を挑もう…。
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【弟月太一】
俺は10ポイントにとどめたが神功は特に何も言ってこなかった。
余り点数を稼いで目を付けられるものいやなのでこうしたのだが。
それに、千星だけ低いのもあれだしな。
まぁ、気を使っても本人には通じて居ないようだが。
それからはこれからのこと、決勝についても軽く話し合われた。
全て終わると次はお菓子タイムになる訳だが、その時に神功が立ちあがる。
「それで、椎名優月。戻ってきた用件は何でしょうか?」
そうだ、俺もそれが気になる。
なぜ今更椎名が戻ってきたのか。
もしかして、陣が居るからかとも思ったがどうやら違うらしい。
奴は少し離れた場所で椅子に座り、腕を組んだままずっとこちらを見つめて居た。
黒いコートの襟を触っていた手を話すと徐に口を開く。
「継承式、するんでしょ?
だから、わざわざ来たんだよ。」
そう言っていつものように楽しそうに笑顔を浮かべて居た。
ああ、有ったな、そう言うややこしいしきたりが。
しかも、政府からも急かされてた奴だな。
神功が一気に険しい顔になった。
そして、陣を睨みつけている。
陣はそう言うまどろっこしい話は一切していないのだろう。
俺は溜息を吐くと席を立った。
「面倒だが、全員がそろってる今が得策かもな。陣、さっさと、してしまおう。
また、(裏)生徒会の為に時間が割かれるよりはいいだろう?」
後日となれば、また椎名を呼ぶ必要があるし、陣もバイトを休まなくてはならなくなる。
それにあれはバーチャルで行う儀式的なものなので、体が傷付いたりはないだろう。
まぁ、精神的には来るかもしれないがな。
「中の施設を使おう。継承式中に攻められたらヤバいしな。」
そう言って俺は席を立った。
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【夏岡陣太郎】
継承式の事は頭の隅っこで覚えていたけど、椎名がやろうって言いだしたのには困った。
左千夫から睨まれると、素知らぬ顔をしながらそっぽを向く。
俺が継承式をやる気が起きなかったのは、椎名がいなくなってたし、「仲間と闘う」というシステムが苦手だからだ。
まぁ俺も経験してきた事だけど…。
「あーやっぱしないとダメか~仕方ないか…」
席を立った太一に続いて俺も立つ。
部屋を出ようとした時に、那由多に捕まった。
「継承式、ってなんですか…?」
「んー簡単に言うと、役職を継承する儀式みたいなもんだよ。
なんかそういうお堅い仕来りが(裏)生徒会にはあるんだって。
その儀式がまためんどくさくて厄介なんだけどねー」
先を行く太一へと視線を移すと、再び那由多へと戻す。
「……おまえ、頑張れよ……」
肩をたたくと那由多は呆けた顔をしていた。
ここが一番心配だな。
太一結構容赦ないし。
椎名はまぁクッキーだからなんとかなると思う。
そして俺は左千夫と闘わないといけないのかと思うと、小さくため息が漏れた。
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【日当瀬晴生】
継承式…。
そう言えばそんなものがあったと言うことは聞いている。
俺は少し遅れて入ったので行わなかったし、今回は兼任してるんでする必要もねーのか。
その辺りは夏岡さんの指示に従おうと思って後を着いていく。
向かった場所は訓練所では無くアジトのコンピューター制御室だった。
そこに入ると弟月がなんやらコンピュータを触って政府の回線にアクセスし始めた。
「するのカ、継承式ヲ…」
「おわ!イ、イデアさん、いつの間に…!!」
「晴生はいいカ、…なら、六人分ダナ」
そう言って、急にどこからともなく現れたイデアさんはケーブルの繋がった頭に付ける装置を六人に配り始めた。
継承式は戦闘。
少し前までは本当に手合わせをしていたらしいんだけど、近年はバーチャルの世界で行うらしい。
なので、気を確り持たないと廃人になっちまうつー怖い面もある。
継承式の真髄は上の者が下の者に戦闘の経験値を伝えるって意味らしいが、多分、椎名はただ戦いたいだけだ。
「タイマンかチーム戦が選べるんだけど、どーする?左千夫?」
夏岡さんが会長に質問している。
会長は少し考えた後、言葉を返した。
「チーム戦で。と、言っても、タイマンの色が濃い、チーム戦でしょう?」
「良く分かってんじゃん。」
二人は会話を終えると機械を自分につなげていっている。
取り合えず、俺は千星さんを手伝おうと彼のもとへと向かった。
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【千星那由多】
なんかよくわからない装置を渡された。
継承式。
さっきの夏岡先輩の説明で、意味合い的な事はなんとなくわかるけど、なんでこんなの付けさせられるんだろう。
そして、嫌な予感がする。
装置を付けるのに手間取っていたら、晴生が手伝いに来てくれた。
全員の頭の装置からケーブルがいくつも繋がっている。
異様な光景だな…と思いながら、されるがままになっていた。
「うしっ、全員つけたなー。
んじゃ、継承式をわかってない奴もいると思うから俺から説明する!
えー…継承式つーのはな!先輩が後輩に技術を教えるつー目的がある伝統的なしきたり。
とりあえずどっちかがぶっ倒れるまで殴りあうつーことだな。
このバーチャルになってからはどっちかが死ぬまでって感じになんだけど、ま、電脳空間とか言うやつだから死んでも本当に死にはしないんじゃない?
でも、多分、スゲー痛いと思うぜ。
俺もこのバーチャル戦はやったことねーからわかんねーけど。
因みに、待ったもギブも無しだから覚悟しとけよー!!」
夏岡先輩が一気にそう告げる。
やはりバトルになってしまうのか…。
しかも先輩達と闘わなきゃいけない。
ぶっ倒れるまでボコられるのかと思うと、背筋に悪寒が走った。
……い、嫌すぎる……。
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【神功左千夫】
こんな、面倒なことがあるなんて聞いていなかった。
地区聖戦もそうだ。
取り合えず、僕が面倒事が嫌いなのを知っているのか周りはそう言う類の事を全て隠している様だ。
(裏)生徒会長。
この地位に不満は無いがこういうなんとも言えない自体も多いので頭を抱えると言えば抱える。
しかし、こういった意味で頭を抱えることが無かった僕にとってはいい経験なのかもしれない。
明日はどう生きていけばいいか、そんなことばかり考えて居たのだから。
全員装置を付け終わり、椅子に固定されたことを弟月太一が確認すると口を開いた。
「先に行くぞ。 “ダイブ”」
どうやら、それが電脳空間へ行く為の言葉のようだ。
その言葉に続いて全員がアイコンタクトを交わしインするための言葉を綴って行く。
「「ダイブ…!」」
自然と閉じて居た瞳を開く。
そこは四次元空間と言えばいいのか。
どこまでも広大な空間だった。
何もない空間。
光もあるのか分からないが相手の姿は確認できる。
僕の前には夏岡陣太郎。
那由多君の前には弟月太一。
九鬼の前には椎名優月が立っていた。
“それでは、これより、継承式を始めます。 戦闘開始!!”
早々と戦闘開始の合図が切って出された。
夏岡陣太郎と弟月太一が組まれると僕でも少し苦しいので先に目の前の居る夏岡を潰してしまおうと思った瞬間だった。
「――――ッ!!!!!!??」
僕の視界を夏岡のマントが塞いだ。
これは、マズイ。
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【夏岡陣太郎】
ただっ広く何もない空間は、なんか不安になってくる。
これがバーチャル世界か。
特に身体に異変もないし、動きにくいとかもない。
生身と大差も無いようなので、妙な緊張感がある。
久々だな、この感覚。
よし、もうこうなったらとことんやる!
長引かせたらこっちもしんどいし!
突然の戦闘の合図と共に、携帯を解除しマントを大きく広げた。
それは生き物の様に目の前の左千夫へと伸びて行く。
こいつの視界を覆い、一瞬の隙をつく。
ってのはここに来る前に言われた太一からの指示なんだけど。
そして、まだ戦闘開始にもたついていた那由多の腕を掴んだ。
「えっ、え!?」
そのまま後ろから羽交い絞めにすると、太一へと那由多を差し出すようにする。
「太一!!」
武器さえ展開していない那由多は暴れようとするが、俺の力とこいつじゃ敵うはずがない。
太一が二丁の拳銃を那由多へと向けた。
さて、ここからだ。
一気に蹴りをつけるわけではない。
これにはある作戦が含まれていた。
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【弟月太一】
俺達の作戦はどうやら見事に嵌りそうだ。
陣と二人の時は全て俺が作戦を練ってきた。
前衛兼指揮官とかなりの負担だった。
日当瀬が入ることによりそれは緩和されたが俺の前衛は変わらない。
何と言っても日当瀬は射撃を的から外すことが無いからな。
陣のマントを蹴散らし、遅れて神功がこちらへと向かってくる。
これも計算通りだ。
そして、千星が近くに居ればアイツは幻術を使えない。
ゆっくり練ることができれば大丈夫だろうが、あいつもこの一瞬で俺と陣だけを幻術の世界に引き込むことは無理だから。
間違いなく、千星もその世界へと連れて行ってしまう。
それに、俺は幻術が効きにくい体質だ。
「遅い。」
千星の前に立ちはだかる神功の急所を狙い、二丁拳銃を乱射していく。
その時点で神功は気付いた様だ、俺達の作戦に。
しかし、もう遅い。
陣に背中を向けた時点で勝負は付いている。
俺の銃弾を撃ち落としたコンマ何秒の間に神功は陣のほうへと身を翻した。
それよりも陣の硬化したマントに寄り彼は右腕、肩より少し近くを深くえぐり取られる。
「――――ッ!!」
神功は深手を負いながらも左手一本で大きく槍を回転させ、陣を遠ざけ、千星を自分の近くへと導いた。
同時に俺も牽制してくる。
お前たちの弱点と言えば直ぐに使える遠距離が居ないことだろう。
そして、神功の幻術が千星が居ることに寄り半減する。
俺達はそこを突いた訳だ。
そして、初めから目的は神功の片腕を使えなくすること。
ブラーンと神経の伝達が無くなり垂れる右腕を見つめながら俺は銃で肩を叩いた。
「やれやれ、これでやっと五分五分に持ちこめたってとこだな。」
そう、これだけしても俺達はやっと五分に慣れたところだろう。
陣はいつものように俺の後ろの上方をとんでいる。
神功は槍を地上へと刺すと、自分のネクタイを解き、口と左手で傷の上をきつく結びつけ止血しているようだ。
「ふふ…、まさか、始めから僕の腕狙いだったとは、気付くのが遅れましたよ。」
陣が神功の急所を狙っていればきっと止められていただろう。
しかし、俺は陣に効き腕を狙うように指示しておいたのだ。
そして、俺の弾も、効き腕への攻撃を防ぎにくいようにした。
全ては作戦と、俺達の長年の戦闘経験から成り立った功績だ。
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【千星那由多】
最悪だ。
いきなりの戦闘開始についていけなかった上、夏岡先輩の力に及ばず逃げれなかった。
そして、会長に深手を負わせてしまう。
「会長!!すいません…!!」
したたる血を見ると、血の気が引いて行くのが分かった。
これはバーチャルだ。
けれど、リアルにそこにある現実に、心拍数が上がる。
言葉にならない声をあげながら、側にいる会長に何もしてあげられない自分が歯がゆい。
そして、慌て切ってしまっている俺の頭に、会長の声が響いた。
『那由多君、落ち着いて。とりあえず武器を展開してください』
会長の口から音は発せられておらず、直接脳に語りかける声だった。
その言葉にはっとしイデアアプリを開くと、携帯を展開させ武器にする。
会長が俺の前に立つような体勢になると、夏岡先輩が広げていたマントを硬化させた。
「よっしゃ、行くかんな!!」
飛び上がり宙に浮くと、後ろから会長を狙うように効果させたマントを猛スピードで突き付けてきた。
「――――ッ!!」
それを剣で弾く様にしなんとか防ぐが、軽く突き飛ばされ、会長の背中にぶち当たる。
やばい、俺がいることで確実に足手纏いになっている気がする。
「会長、俺、どうすれば……っ」
まだ頭が今の状況に追いついてこない。
宙に浮いている夏岡先輩を見ながら、冷や汗が流れたのがわかった。
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【神功左千夫】
やられた。
初めから僕の効き腕の破壊、それが作戦だった様だ。
僕はてっきり那由多君を速攻で消してくるのかと思った。
三対三と言っても椎名優月が相手となると九鬼もこちらに助太刀は出来ないだろう。
抉れた右腕はかなりの損傷で、止血しても血が滴っている。
骨が断たれ、なんとか肉と皮で繋がっている様な状態だ。
切り捨てた方がいいのかもしれない、しかし今すると那由多君の士気が更に下がるだろう。
夏岡が弟月の背後へと戻って行く。
これが彼らの通常の陣形。
空を飛び、どこからでも攻撃出来る夏岡の前に弟月が居る。
弟月は二挺拳銃と体術を駆使する超近距離タイプの戦闘員だ、僕が前回戦った時は幻術がばれて居なかったのでそれを駆使して戦ったが、手の内がばれて居る以上使い過ぎる訳にはいかない。
それに、今回は後ろに那由多君が居る。
足場を作ったりする幻術なら良いが、燃やす等になると彼まで巻き込んでしまわないか心配だ。
彼を巻きこまないようにするためにかかなり集中しないといけないが僕の体には今激痛が走っている。
一番は那由多君を前衛にして僕が背後から援護するのがいいのだが。
チラッと背後を見たが、まだ彼は戦える準備が整っていない。
完全に“先輩方”の殺気に押されている。
それにしても味方相手にもこれだけの殺気が出せるのは場数を踏んでいるのは伊達じゃないと僕は左手で槍を構えた。
『落ち付いて。暫くは後ろでフォローを…僕が先に前に出ます、しっかり彼らの動きを見て居て下さいね。』
テレパシーでそれだけ告げると僕は地を蹴った。
それと同時に弟月が銃を連射していくる。
精度は晴生君に劣るが僕が自然と有る方向へと誘導されてしまう。
そう、そこに向かって夏岡がマントを硬化して突っ込んでくるのだ。
「―――ッ!!!!」
流石の僕でも彼の攻撃を片手では受けきれない。
そのまま後ろにぶっ飛ぶと側面を地面にするようにして転がって行く。
全身に傷を覆うが寝てなんかいられない、直ぐに聞こえる弟月の銃声で僕は転がりながら立ち上がりまた彼らに向かって行った。
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【夏岡陣太郎】
負傷していても左千夫は強い。
ただ、それは那由多がいるせいか少し鈍っている気がする。
この二人が合わないのか、那由多が弱すぎるのか…。
「おーい頑張れよ那由多ー。
お前頑張んなきゃ左千夫ヤバイぞー」
一応応援しながらも左千夫への攻撃は止めない。
太一の銃の牽制に合わせながら、しつこく硬化したマントで奴を狙っていく。
ここんとこは手は抜かない。
気を抜けば左千夫にやられてしまうだろうし。
後衛にいる那由多は慌てていたが、左千夫の言葉でやっと自分の立ち位置を理解したのか能力を発動し、火という文字を綴り始めた。
あいつの能力は把握してるから、やることは大体わかる。
接近戦だと炎の剣は性質が悪いけど、あいつはまだ人の前に立つ技量を持ち合わせていない。
火の文字は弾となり銃を放っている太一、そして俺の元へといくつか飛んでくる。
少し考えたのか、火の後すぐに水の玉を打ち込んできた。
これは当たらなければいい話だし。
ま、その前に太一がなんとかするだろう。
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【弟月太一】
千星はまだまだ発展途上だ。
なので、俺達は彼に基礎しか教えて居ない。
千星は遠距離も中距離も近距離も出来るが、どれとして完璧には出来ない。
所謂中途半端な存在だ。
剣技もなければ、銃を扱える訳でも無い。
また、動体視力もなければ、先を読む力も無い。
そうなればこういった生命を取り合う攻防になれば彼は必ず遅れを取る。
少しでも実戦経験をと思って俺は継承式をすることにしたのだが。
アイコンタクトで陣を俺の後ろへと下がらせると今度は俺が前に出る。
二丁拳銃を乱射しながら千星の火や水の弾を打ち砕いていく。
一つの弾に付き、三発程当てるとそれは自然へと戻って行った。
その合間を縫う様に神功が俺の槍で突いてくる。
しかし、千星は神功を避けて弾を撃つと言う器用なことが出来ないのだろう。
神功が千星の弾を避けて向かってきている状態だ。
それではどうしても動きが鈍る。
お互いに分かりあえて居ればいいがここはまだペアでの戦闘経験がそこまで無い。
神功の槍を右手の銃の腹で弾くと同時に眉間に左の銃口を突き付ける。
しかし、やはり奴はそこまでバカでは無い。
一瞬で幻を作りあげて自分は上方へと飛びあがった。
「陣!」
そこへ陣をすかさず誘導してやると、神功は眉を顰めた後、槍を左手と足で押さえる様にガードし千星の横までぶっ飛ぶように押し戻されて行く。
ズザザザザザザっと地面を擦る音が響きわったった。
そして、俺は溜息を吐く。
「千星、お前が前に来い。
さもないと、神功が…死ぬ、ぞ?」
俺は拳銃のカートリッジを差し替えながら辛辣に告げた。
「無理しないで…ッ、……那由多君……僕が……前、で、大丈夫です…ッ」
明らかに神功が肩で呼吸をしている。
血圧が足りなくなってきているのだろう。
止血しているとは言え片手を損傷してこの動きをすればそのうち奴は朽ちる。
それは本人も分かっている筈だが。
それでも全く戦意の衰えない瞳で俺を睨んできた。
この辺りの精神力は尊敬に値する。
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【千星那由多】
あー駄目だ…。
巽と晴生との連携の時、自分がいかに二人を頼っていたかがわかった。
もちろん会長も俺に合わせてくれている。
けど、違うんだ。しっくり嵌らない。
いや、それよりも俺の基礎が全然なってない。
放った火と水の弾は弟月先輩に消されてしまった。
地面には会長の血の跡が無数に散らばっている。
息を荒げている会長の後ろ姿に眉を顰めながら、自分の汗を拭った。
「千星、お前が前に来い。
さもないと、神功が…死ぬ、ぞ?」
弟月先輩の言葉に身体が硬直する。
そうだ、俺が前に出ればいいんだ。
しかし、会長は無理をするなと言ってくる。
その後ろ姿は俺を守るために立っているような気がした。
腕から流れる血は、最初よりはるかに量が増えている。
…これじゃいけないんだ。
もし、闘っている相手が先輩達でなく敵だったら?
いや、敵で無くても今の状況では、俺が……会長を死なせてしまう。
「……いえ、出ます……俺が前に出ます!!」
会長を後ろに行かせるように、剣を構え前に出ようとしたその瞬間。
俺の後頭部に何かが突き刺さった。
「いっ…たああああッ!!!!」
急な痛みに身体がすくみ、その突き刺さったものを急いで引っこ抜くと、何かの羽だった。
この羽は…。
「ごめーんなゆゆ!!わざとじゃないから!!」
そう、副会長の翼の羽だ。
張りつめていた空気が一気にゆるんだ気がした。
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【椎名優月】
自分の三節棍の先には刃先が仕込んである。
今はそれを急に出してみたんだけど。
びっくりしたように見開いた瞳が堪らない。
しかし、鎌のようになった刃先は彼の翼を掠めたにすぎなかった。
そして、それが真っ直ぐにセンボシに飛んでいく。
本当にアイツは運が無い。
ラビリンスでも、この自分と勝負しないといけなかったくらいに。
「ごめーんなゆゆ!!わざとじゃないから!!」
余裕のある声。
それを聞くと手を抜きすぎたかと思った。
次の瞬間九鬼の背後に移動する。
ブラックホールの能力を使えば可能なことだ。
この能力を使いこなせる人物が居れば、だが。
そして、その片翼を掴むとそのまま鎌のようになった三節棍で根元から切り裂いた。
序に背なかにも刃物を立ててやる。
「おしゃべり…してる暇ある?」
ドサっと音を立てて翼を下に落とすクキが落下するのとどっちが速いのだろうか。
そう思っているとまた、彼の背中から翼が生えた。
「それ、無尽蔵なんだね。
いいねぇ……何回も、抉れる。
それにしても、君がこんなにいい能力を手に入れるとは思わなかった。
ジングウの片割れだからかな。
マフィアの御曹司だっていうからぬるいと思ったけど、そうでもないね。
この前は泳がしとく方がおいしくなるかなっと思って逃がしたけど…そろそろ狩ってあげる。」
前回この目の前の男は、自分に副会長の座を譲ってくれと言いに来た。
理由を聞くと今の(裏)生徒会を壊したいからだと言われた。
調度ナツオカもジングウも相手をしてくれなかったのでどこかに旅に出ようと思っていたところだったので快く地位を明け渡した訳だが。
それに、ジングウの対の能力も見てみたかった、と、言うのは間違いでは無い。
「で、君は左千夫と戦って強くなった?弱くなった?」
結局、愛輝凪の(裏)生徒会長はジングウのままだ、それは彼が負けたという一番の証拠だった。
皮肉をこめて口角を上げる。
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【九鬼】
攻撃してもすべて椎名っちのブラックホールに飲み込まれる。
一人は中々苦戦しそうだ。
しかし、左千夫クンの方も気になってしまうが、今はこちらに集中するだけで手いっぱいだ。
背後に突如現れた椎名っちに翼をもがれたが、それはすぐに再生する。
これはボクの能力が切れない限り、何度でも再生可能だ。
椎名っちから少し距離を取りながら空を舞う。
出来る限り地上戦より空中戦を選びたい所だが、これも長くは続かなさそうだ。
小さく息を吐くと椎名っちから質問が飛んだ。
左千夫クンと闘ってボクは強くなったのか、弱くなったのか…。
このぬるい環境で過ごしていると、時折思う事があった。
ボクは弱くなっているのではないだろうかと。
それはいい弱さなのか悪い弱さなのかはわからない。
「……そだネ~わかんない♪」
変わらず口角をあげ茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。
その返事と共に、能力で地面を尖らせると椎名っちを突き刺しにかかった。
が、一瞬にして消え、まったく見当のつかない位置へと移動される。
どうにかして奴を捕らえたいところだけど、このただっ広く何も無い空間で自分のできる事は限られてしまう。
「ほんっと便利だネ…その能力!!!!」
翼をはためかせると、無数の羽を飛ばした。
鋭利になったその羽達は、椎名っち目がけて飛んで行くが、突如現れたブラックホールに消されていく。
そして、すぐさま白い空間から更に束になり硬化した羽を飛ばしてくる。
それを宙を舞いながら避け、椎名の頭上を浮遊しながら頭を悩ませた。
やはりこのままでは埒が明かない。
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【椎名優月】
「うらやましい…?
これね、調度(裏)生徒会長が光の能力者だったからこうなったんだけど。
…知ってる?ブラックホールってさ、光の速さよりも速いんだ。
それに気を付けて。
バーチャルでもこれに吸い込まれたらどうなるかは分からないから。」
自分の掌に黒い球体を作る。
このテリトリーに入ってものは全て異次元に引き込まれてしまう。
そして、ホワイトホールから出すことは可能だが。
異次元を移動する速度がある為そのままと言う訳にはいかない。
人も何人も吸い込んでしまったけど彼らは帰ってこない。
全く知らない土地に飛ばされたのか、異次元で朽ちたのかどちらかは分からないがそれ以来会えては居ない。
小さいブラックホールを生成した瞬間に九鬼が更に攻撃を仕掛けてきた。
羽根を別の尖った物質へと変化させてこちらへと飛ばしてくる。
もしかして、生成出来るブラックホールが一つとでも彼は思っているのだろうか。
その小さな球体をそこに置いたまま、クキの背後にワープホールを作る。
次はその翼を両方?いであげよう。
彼の背後に出ると白い翼を片手づつ持ち、一気に根元から毟りとりながら、地面に向かって背なかを蹴り付けた。
「後、何回もがしてくれるの?」
そう告げている間に彼の能力から解放された羽根は自然へと戻って行った。
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【九鬼】
確かにあれには飲み込まれたくない。
どこに繋がっているかさっぱりわからないし。
さすがにバーチャル内で朽ちてしまうのは嫌だ。
攻撃をしかけた途端に椎名の姿が消えると、すぐ背後で殺気を感じた。
振り向く間もなく両の翼を毟り取られると、地面へと落下するように背中を蹴られる。
「――――ッ!!」
背中が抉られる痛みにゾクリと身体が震え、口角があがる。
もう翼は捨ないとダメか。
地面を能力で柔らかくし、一度身体をバウンドさせた後、地面を滑り着地した。
「……はー…もういいヨ、翼使うだけ無駄だネ」
椎名の能力の発動がノーアクションなのが痛い。
いや、もしかすれば気づきにくいアクションを取っているのかもしれないが。
それを堂々と見せる奴ではないだろう。
いけすかない笑顔で微笑んでいる椎名をじっと見据える。
見つけるには少し時間が必要だ。
グローブを嵌め直すと、地面へと移動した椎名に向かって構える。
少し離れた所でおとじいの銃声が聞こえていた。
手伝いたい所だけどごめんネ左千夫クン、暫くここから離れられそうにない。
斜め前へ上体を倒し、右足の地面に能力を送り込む。
接地面を攻撃するように押し出し、その勢いで椎名の元へと弧を描く様に後ろへと走り込んだ。
最後に力強く地面に踏み込むと、両拳で椎名の後頭部へと攻撃を仕掛けたが、一瞬にして姿は消える。
地面へ拳が減り込むが、間髪入れずに体勢を立て直すと、再び椎名の元へと駆けていった。
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【椎名優月】
「もう、やめるの?
ツマラナイな…、ん、でも、いい動き。
そして、パワーは申し分ない、と。」
クキは翼を出すのをやめた。
きっと、これ以上出しても無駄だと分かったんだろう。
付属部と言うのはどうしても意識から外れやすい。
クキの手足をもぐと言うことは容易く出来ることではないが、後から付けたした翼を?ぐということは簡単な行為だ。
「反応もいい。
勿体無いな、…ずっと、戦う気ない?」
調度良い遊び相手だ。
このふざけた性格といい、なんといい。
どうせ(裏)生徒会の仕事を真面目にしていないのなら、自分とずっと闘って居て欲しい。
久々のエモノに更に口角が上がって行くのが分かった。
マグレで僕の瞬間移動の先が当たったのだろう、異次元から飛び出すと目の前にクキが居た。
異次元を作る前に彼の拳がとんでくるので、三節棍で受け止める。
普通なら力が拮抗し、両者が背後に飛ぶのが定石、しかし、クキはその手を右へと振った、クキのグローブのサックに引っかかり三節棍がそのままとんでいく。
クキは分かって無いのだろうか、自分は武器を有していても有していなくても大して気にしないと言うことを。
流れに乗る様に、左ストレートを撃ち込んできたのでもう一本の三節棍で受け止める、と同時に自分の三節棍を足場にするように蹴りバク転する。
その先に、クキの目の前にブラックホールを作る。
自分はその異次元を回転しながら飛び越え、クキとの間にブラックホールを作ることで間合いを取る。
そして、両側に飛んだ三節棍を確認しながら、九鬼の右後方と、左後方にブラックホールを作った。
三つのホールに囲まれた彼がどうするか、見ものだな、と、少し離れたところに佇んだ。
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【九鬼】
「ずっと闘う気…?今は無いネ」
できれば今の状況ではない、全員がいない時にお願いしたい所だ。
一応ボクは副会長という立場であることは頭の隅に置いてある。
攻撃を繰り返しながら椎名っちからは視線を外さない。
三つのブラックホールに囲まれると、一度立ち止まったが、地面へ拳を突きたてると能力を送り込んだ。
自分の存在する場所のみ上へとせり上がり、頭上へと高く昇って行く。
ある程度の高さになった所でそこから椎名っち目がけて飛び降りるが、落下していく場所にいくつもブラックホールができあがった。
「穴開きすぎ!」
能力でいくつも地面を突起させ、そこから棒状の物を付きだし、それに捕まり自分の体勢を変えながら移動先を変えていく。
ブラックホールが邪魔をして、中々椎名っちへとたどり着けない。
突き出している石の棒を能力で槍に変えると、それを四方八方から奴へと投げつけた。
その時椎名の視線が動き、その向いた方向へとブラックホールができた。
全ての石の槍がそこに飲み込まれて行く。
武器が発動元かと思っていたが、どうやらブラックホールの形成には視線も作用しているようだ。
石の槍に気を取られた少しの瞬間に、突出させた地面の側面へと足を着く。
思い切り蹴り上げると同時に橋のような足場を形成し、椎名っちへと突っ込んだ。
すぐに視線はボクを追う様にこちらを向くと、ブラックホールを形成し始めた。
ボクが移動している場所と関係のない所へも視線が向き、そこにもブラックホールが出来上がる。
やはり視線だ。
視線が向くとほんの少し生まれるタイムラグを使い、自分の進行方向を変えていく。
そして、奴がいるギリギリの所まで辿りつくと、拳を思い切り左方向からぶち込んだ。
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【椎名優月】
「順応もいい、けど、少しまだ足りないな…っと。」
クキは器用に自分が開いたブラックホールを避けて行く。
彼の能力は物質を作ることができるのだろう。
それはフィールドのものを使用するためこういっただだっ広いだけの場所では能力を最大限に発揮できない。
「次するときは、もっと、違う場所がいいね。
次が、有れば…の話。だけど。」
どうやら彼はブラックホールの形成に視線が絡んでいることに気付いた様だ。
視線、と言うよりは視界に入る全ての場所にブラックホールを形成できる。
なのでノンアクションで形成していると思われがちだ。
クキも視線で能力を発動するタイプなので気付かれたのかもしれない。
自分の視界に入らないように彼が動いていく。
彼が動いた後に後手でブラックホールが形成されて行く。
これは決定打だな。
手を黒のコートのポケットに突っ込む。
どうしてもこの体勢が戦いやすい。
色んな意味も含んでいるけど。
思いっきりぶち込まれた拳を足の裏で受け止める。
ぐぐぐぐぐ…と軋む音を立ててから均衡を弾く様に拳を押し返した。
「君がどんなに強い拳を使っても、脚力で対抗すれば、簡単だよ。」
悠長に言葉を続けて居たら、彼は直ぐに零しを撃ち込んできた。
さらに回り込むような動きを絡めて来るからブラックホールが追いつかない。
こうなってくると次元の切れ目を作っても無駄になる。
これ以上の玩具になるかどうか、この子は試すことだできそうだ。
自分の口角が自然に上がった。
そして、その瞬間自分の背後を取った九鬼の更に背後、拳を撃ち込むために引いた左手の肘を飲みこむようにブラックホールを形成した。
「残念。視界だけじゃないんだ。」
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【九鬼】
打ち込んだ拳は椎名っちの足で受けられる。
しかし怯んではいられない。
すぐさま打ち込んだ拳を撃ちこもうとしたが、背後に次元の歪みを感じた。
「――――ッ!!」
ブラックホールだ。
そして、呟かれた椎名の言葉に舌打ちをする。
ブラックホールの形成は視線だけではない。
能力の発動が一つの動作だけとは確かに限らない。
自分の落ち度に思わず笑ってしまう。
ブラックホールに嵌った肘は、引き抜こうとしてもびくともしなかった。
それどころか、自分の腕全体が暗い穴の中へと引きずりこむように引力がかかる。
……これは、ちょっと不味いかナ。
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【神功左千夫】
前にでる…?
それを聞くと僕は一度弟月の元から引く様に後ろに飛んだ。
彼は手を抜くことなく拳銃を撃ち込んでくるが、これぐらいの距離があれば十分槍で弾くことができる。
そして、夏岡は作戦も無く弟月の前に出たりはしない。
なので、この距離を保ち、那由多君の傍に居れば作戦を練ることはできる。
「那由多君、無理しないでくださ…い。」
「だ、大丈夫です!俺、前に出ます!弟月先輩と一対一で戦いします!!」
僕の右手はだらりと垂れたままで感覚は戻りそうにない。
確かにこのまま僕一人で前衛となると苦しいかもしれない。
今はアドレナリンが大量に出て居る為動くことは動けるが血圧が足りなくなりいつ倒れてもおかしくない状態だろう。
しかし…。
「那由多君……死ぬ覚悟はありますか?」
そう言って僕は背後に居る、那由多君へと視線を向けた。
タイマンになると後は個々の能力に掛っている。
那由多君が強ければ生き残れるが、弟月が強ければ彼が死ぬ。
なんとも簡単なことだがそれは避けては通れない結果としてあらわれる。
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【千星那由多】
会長の言葉に息を飲んだ。
振り向いた瞳は赤く、俺を真っ直ぐ見つめている。
死ぬ覚悟…。
そんなのは…。
「ど、どちらかと言うと、死にたくありません……でも、その覚悟が必要なら……頑張ります…」
はっきりと「死ぬ覚悟はあります!」とは言えない。
できれば死にたくないのが本心だ。
けど、ここはバーチャル世界だ。
この世界で死んでも、もしかしたら現実の俺は生き返れるかもしれない。
死ぬ、という感覚がまだうまく理解できない俺は、はっきりと返事はできなかった。
「もちろん、前に出るって言った事は…訂正しません!」
それだけは確かに自分の中にある。
意を決し、会長の前へと出ると、炎を剣に纏わせた。
本当に大丈夫なのか、と自分に問いかけるが、もう宣言してしまったからには後に引けない。
「いきます……!!」
俺の声と共に弟月先輩が銃をこちらへと構えた。
間髪を容れずに炎の剣で宙に文字を綴っていく。
「――――火之矢斬破!!」
ドッと鈍い音が辺りに響くと、無数の矢が弟月先輩へと向かって行った。
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【神功 左千夫】
死にたくないとの言葉に思わず少し微笑んでしまった。
そんな場合では無いことは分かっているのに。
僕は那由多君のその言葉を信じることにした。
ここは電脳空間。
そう言った経験も彼にはまだまだ必要なのかもしれない。
「できるだけ、早く片付けてきます。」
頼もしくなった彼の後ろ姿を一瞥してから僕は夏岡陣太郎へと視線を上げる。
すかさず、前に出た那由多君へと攻撃しようとした彼の間へと割って入り、槍の柄で牽制するかのように弟月との距離を取らせる。
こうしてしまえば指示が夏岡へと飛びにくくなるので彼らの力が少し劣る。
と、言っても僕もかなりの傷を負っている。
九鬼からの援護も望めそうにない。
そうなってしまうとなるべく最速で事を成してしまわないといけない。
「こうやって、戦うのは出会ったとき、以来ですね……夏岡、陣太郎。」
彼へと対峙するように立つと僕は真っ直ぐに彼を見つめた。
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【夏岡陣太郎】
必殺技を放って来た那由多へ攻撃しようとしたが、左千夫の槍で引き離される。
ま、那由多が珍しくやるっつってんだから、ここは太一に任せるしかねーか。
「太一、任せたぞ!左千夫は俺がやる!」
そのまま太一と距離を取る様に移動すると、赤い瞳が俺を見据えた。
片腕が使えなくとも、この殺気には全身が震える。
「おーほんとにな。できればあんまり闘いたくなかったけど」
一度俺達は左千夫を(裏)生徒会へ入れるために、出会った当初闘っている。
その時の左千夫は能力を開花させていなかったので、なんとか俺は勝利を得たが、今のこいつと正々堂々と戦って勝てるかと聞かれれば正直危うい。
「でも、ま、やるしかねーもんな!!」
マントを翻すと宙へと高く舞い、左千夫の周りを高速で旋回する。
そして、硬化させたマントで奴のもう片方の腕を狙うように尖らせた。
「お前一本でも平気そうだから、もう一本もらうぞ!!」
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【弟月太一】
「はい、どうぞとは言えませんね…」
少し離れた場所で神功の声が聞こえる。
千星がサシを指定したので俺はそれを取ることにした。
神功は片腕を?いでいる。
これで陣とはいい勝負だろう。
どちらか、先に相手を倒した方が加勢にいけるのでこの継承式に勝つことができるだろう。
なので、俺もはやくケリを付けてしまいたい。
「ハチの巣にされに来たか…」
火之矢斬破、千星の必殺技だ。
必殺技と言うだけあって数も威力も普通の態とは違う。
しかし、それでも三発以上打ち込めばその場で消失していく。
俺は日当瀬のように器用ではないので適当な散弾数で炎の矢を撃ち抜いていく。
時折、相殺し損ねるものは体を捻る様にして避ける。
なるべく距離を詰め過ぎないようにしながらまずは様子見に炎を擦りぬける様にして銃を撃ちこんで行く。
これで、当たってくれるようなら楽勝なんだがな。
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【千星那由多】
「さすがにハチの巣はゴメンです…!!」
火の矢が何本も弟月先輩へと向かって行くが、もちろんそう易々と攻撃を受ける人ではない。
弟月先輩の動きについて行きながら、炎の剣を構えると、水の文字を宙へといくつも綴った。
熱湯に圧縮された弾を、炎の矢に紛らわせるようにして打ち込んで行く。
とにかくガンガン打ち込んで行く。
それしか今は方法が無い。
あまり長く続けていれば、体力がなくなるのは俺の方だと目に見えている。
時折こちらを目がけて飛んでくる銃の弾が、まぐれで俺の攻撃に当たってくれるのが幸いだった。
少し離れた所で闘っている会長と副会長を気にかけている暇はない。
目の前の先輩と対峙することが、今俺にできる精一杯の事だった。
-----------------------------------------------------------------------
【弟月太一】
炎の剣で水の弾。
千星は俺がしごいた時からだいぶ成長しているなと表情無く思った。
しかし、これでやられるほど俺は落ちぶれてはいない。
俺もあの、イデアの特訓を…!…いや、……今はいい。
どうやら水の弾は只の貫通する弾では無く、炎の剣のせいで湯気を渦巻かせながらこちらに飛んできている。
普通に受けることは不可能だろう。
ここは障害物が何もない。
弾を避ける手段が、相殺か避けるしかないのが少し痛いところだが、それは相手も同じだろう。
「遠距離は課題が多いが、まぁ、いいだろう。ハチの巣がいやなら一撃で終わらせていやる。」
俺は地を蹴り、距離を詰めていく。
千星の弾が俺の全身をかすって行く。
燃え移る火の弾は裂け弾のギリギリを縫いながら千星に向かって走って行った。
俺が得意なのは接近戦だからな。
-----------------------------------------------------------------------
【千星那由多】
弟月先輩はどんどんこちらに距離を詰めてくる。
銃の弾が俺のすぐ真横を掠め、怯んだ瞬間にすぐ側で銃を構えられた。
――――まずい!
「っだぁあああああ!!」
咄嗟の判断で弟月先輩と俺の間に風の文字を綴る。
椎名の時に生まれた新しい技は、炎の剣で使う事により火が勢いを増すようだった。
燃え盛り巨大になった炎の剣を真横へと振るうと、想像以上の爆風が起き、弟月先輩が後方へとふっとんだ。
その間、俺は考えていた。
どうにかして弟月先輩の動きを止められないかと。
イデアに提供された必殺技が頭を過る。
練習ではさっぱり発動できなかったけど、今ここで一か八か試すべきじゃないだろうか。
俺だってこの地区聖戦予選の間、なにもしていなかったわけじゃない。
弟月先輩が体勢を整えるまでに、炎の剣を収束させる。
銃がこちらへと向けられるより先に、剣先で文字を書き殴った。
「――――闇水津波(クラミツハ)!!!!」
その言葉と同時に、目の前に巨大な水の龍が現れた。
弟月先輩が放った弾を口で食らいながら、暴れるように水の龍は前進していく。
そして、弟月先輩の身体を締め上げるように巻き付いた。
……できた…!!!!
成功したことに身体が震え、口角が自然と上がった。
しかし、少しの心の余裕で、俺は全てを見誤ることになる。
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【神功 左千夫】
横から物凄い爆風が吹き荒れてきた。
ちらりと視線を横に流すと弟月太一が那由多君の水の龍にとらわれて居た。
その爆風により僕の右腕を狙っていた夏岡陣太郎も空中で風に煽られたようだった。
今だ。
今仕留めれば、勝機はある。
僕は左手に全神経を集中させる。
そして、それと一緒に辺りを甘い香りが包んだ。
夏岡にはばれないようにして、槍を二又と三叉に分ける。
幻術では槍をそのまま投げる様に見せかけて僕は二又の方を彼に向けて遠投した。
「――終わりです、夏岡陣太郎。」
体勢を崩した夏岡に向かって僕は短く告げた。
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【夏岡陣太郎】
左千夫のもう一本の腕を狙っていたが、中々うまく行かない。
試行錯誤しながら飛び回っていると、横からの爆風に煽られた。
「うっわ!!」
飛んでいるせいで体勢が崩れ、その瞬間に左千夫の声が響いた。
次いで二又の槍が飛んでくると、体勢を保てていなかったがどうにかしてうまく避けることはできた。
避けたと同時に体勢を整えたが、そこは左千夫、抜け目が無い。
すぐに三又の槍が来ると、避ける事ができずにマントで身体を覆うようにして弾くことしかできなかった。
「っぶねー…――――!!??」
マントの隙間から顔を出した瞬間だった。
左千夫は地面を蹴り、すぐそこまで飛び込んできている。
そしてその手には三又の槍が握られていた。
おかしい、さっき俺が弾いた槍はそこに落ちている。
そして、俺は左千夫の姿に目を瞠った。
負傷していた左千夫の腕が……無い。
怯んだその隙に俺の腹に鈍い痛みが走った。
貫かれる感覚、というのはどれくらい久々だろうか。
腹に突き刺さっている槍は本物だった。
ということは、俺が弾いた三又の槍は……左千夫の腕だ。
「おっまえ……ほんっとーに無茶すんなぁ……」
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【神功 左千夫】
上手くいった。
僕は一撃目の二又の影に三叉を隠して投げて居たと思わせた。
しかし、これはフェイクで、二叉の影に隠れて居たのは僕の腕。
そう、負傷していた右手を完全に切断して投げつけたのだ。
夏岡はそれを完全に三叉だと思ったようでマントで防いだ。
更に僕はその場にとどまっている虚像を幻術で作って置いた。
しかし、本当の僕は腕を投げた瞬間に夏岡に向かって飛んでいたのだ。
夏岡陣太郎の一瞬の勘違い、そして、そこにできた隙をついて僕は三叉で彼の腹部を貫いた。
そのまま地面へと押しつけ、串刺しの言葉の通り、槍で地面に縫い付ける。
出血量、臓器の欠損、全てを計算すると夏岡が助かる可能性はほぼ無い。
この槍を抜く体力も無いだろう。
そこまで頭でシュミレーションしてから直ぐに二叉を拾いに走る。
“ドン!!”
その瞬間だった。
一際耳につく銃声が響き渡った。
そして、酷い耳鳴りがした。
これは少し遠くで次元が歪んでいることによる現象なので九鬼の方だろう。
まずは近くに居る那由多君だ。
二叉の槍を拾うと僕は那由多君の方へと振り返った。
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【九鬼】
爆風が起きた後、ジンタロマンが地面に伏した。
どうやら左千夫クンは片をつけたみたいだ。
こっちに参戦して欲しい所だったけど、それよりなゆゆの方が気にかかるようだ。
ボクの腕はブラックホール飲み込まれて行く。
椎名っちはただそれを嫌な笑みで眺めているだけだった。
「はー…………うっとーしー」
小さく息を吐くと、地面を見つめた。
そこから急速に伸びて来た鋭利な石の刃が、自分の腕に突き刺さる。
温い返り血を浴びるが、自分の血を浴びるのは趣味ではない。
「左千夫クンも捨てたみたいだし、ボクもいらない」
そのまま自分の腕を引きちぎるように引っ張ると、ぷっつりと感覚が無くなった。
痛みはもちろん酷い。
しかし、この闘いでアドレナリンが出ているせいか、この激痛さえも快感だった。
ブラックホールから解き放たれたので、椎名っちと距離を取る様にその場から引く。
千切れてしまった腕からは大量に血が滴るが、能力で自分の腕の袖をきつく締め付けるようにし適当に止血した。
「ま、バーチャルだし怪我するなら今の内ってネ」
椎名っちを見つめながら、口端をあげて笑った。
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【椎名優月】
少し驚いた。
こんなにも容易く彼が自分の腕を切り捨てるとは思わなかったからだ。
「君はもう少し自分を大切にするタイプだと思ったけど。
他に手、思いつかなかった?
ああ、やっぱりいいね、その血。
赤い血。
簡単に流されちゃ面白くないけど、遊んだ後なら存分に流して。
ほら、君の法則きかなくなっちゃったけど、どうする…?」
そう言って視界から外れたところにもブラックホールを作っていた。
今度は彼が走り回るその先を狙って、空間の切れ目を作って行く。
彼にこれ以上策が無いなら、これで終わりだろう。
片腕は失い損かな。
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【九鬼】
ブラックホールの発動元は武器や視線だけではない。
となると残るは、ポケットの中に入ってる手と言ったところだろう。
さすがに隠れている物を見る事はできない。
特に手なんかはどうにでもして隠せることができる。
距離を取りながら、あらゆる場所に生まれるブラックホールを避けて行く。
少し集中が切れれば飲み込まれてしまうだろう。
その間にも能力を使い、地面から石の柱を突出させて椎名っちを攻撃する。
まぁそれもブラックホールに飲み込まれていくわけだけど。
攻撃も防御も能力ひとつで賄えてしまうのは結構痛い。
いや、待て。
この能力を逆に利用してしまえばいいのではないだろうか。
そうなると、接近戦に持ち込まなくてはならなくなるが。
表情を変えずに椎名っちの周りを旋回するように走る。
突如現れたホワイトホールから、先ほど飲み込んだ柱が鋭利に尖った物が出てきた。
地面を蹴り飛び上がるようにしてそれを避け、椎名っちへと少しずつ少しずつ距離を縮めて行く。
頭で考えている作戦がどうなるかわからないが、考えている時間は無いな。
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【椎名優月】
距離を詰められている…?
避けることに専念した九鬼は素早かった。
彼も薄々気づいているようだが、自分は指先が示した方向へもブラックホールを作ることができる。
但し、背後に作るとなればどうしても多少の誤差が出来る訳だが。
自分がブラックホールを作るためのわずかなタイムラグを利用して九鬼は距離を詰めてきた。
でも、無駄だ。
まだ、自分には手がある。
ワープホールだ。
ポケットから手を出すと自分の目の前を指差し黒い空間を作った。
「接近戦なら勝ち目があると思った?」
そう簡単には近寄らせない。
自分をそのワープホールに呑みこませていく。
そして、あらかじめ作ってい置いたワープホールから抜ける。
その時だった九鬼が目の前に居る。
「…!!気付いた……?凄い…な」
自分はワープホールを作るときあらかじめ次に出現する場所を決めてから作る。
勿論先に呑みこまれることも可能だがそうなるとどこに出てくるか分からなくなるからだ。
なので、次元の歪みが二つ出来る、九鬼はそのもう一つを感じ取ったのだろう。
「でも、惜しかった。楽しかったけど、…終わり。」
自分が次の出現点に選んだ先には三節棍がある。
三節棍を足で蹴り上げると彼の足を巻きこむようにブラックホールを作った。
三節棍の遠心力と同様に黒い闇はどんどん広がって行く。
そして、彼の拳を避けるように上半身を仰け反らせた。
-----------------------------------------------------------------------
【九鬼】
距離を縮めていたことはバレていたようだが、わずかに感じ取った空間の歪みに反応すると、彼を捕らえることができた。
少しずつ感覚が掴めてくる。
そもそも普通の空間に異次元を作るんだ。
そこで生じる微妙な次元の違和感は、集中していれば少なからず感じ取ることはできる。
そして、近づいたと同時に、椎名っちはボクをブラックホールへと飲み込ませようとした。
片腕を失っている状態で、接近戦を挑むつもりはハナからない。
ボクはこれを狙っていた。
「終わり?まだ早いんじゃない?」
椎名っちの言葉に口角をあげると、自分の衣服に能力を送り込む。
振りかぶった拳はフェイクだ。
彼の身体がそれを避けるように反ると、その瞬間に衣服を何重にも絡みつかせがっちりと身体をくっつけた。
「君と抱き合うのも嫌だし、心中ってのも気が引けるけど、仕方ないから一緒に異次元の旅に出よっか」
両の口端を思い切りあげ笑うと、椎名っちを巻き添えに自らブラックホールへと入り込むように重心を傾けた。
-----------------------------------------------------------------------
【椎名優月】
どうやら彼は気付いたらしい。
自分が接近戦をしない理由を。
九鬼は自分もろとも異空間へ身を投げるつもりだ。
正直きっちりと考えて出した異次元に呑みこまれるならまだしも、ざっと作っただけの切れ目に入るのはごめんだ。
その中でどんな速度で動くかも分からないし、本当に出て来れないかも知れない。
仕方なく溜息を吐くとポケットの中で指を動かした。
途端に弾ける様にブラックホールが消える。
そして、三節棍の先から鎌を出すとひっつく様絡みついた服を切り裂いた。
同時に自分のコートを脱ぎ捨て、三節棍を投げると地面に転がっているもう一本へとぶつけ両方を手に取る。
「うん。合格、仕方ないから、直々に遊んであげる。」
そう言った途端地を蹴り、彼に向かって走って行く。
本当は接近戦の方が好きだと告げたら彼はどんな顔をするのか。
自分と同じようなタイプなので笑顔でかわされてしまうかもしれない。
九鬼へと三節棍を回転させながら投げつけると同時にワープゾーンを作る。
ワープゾーンと言うのは便利な様に見えるが、ここに入っている一瞬の間は現実で何が起こっているか分からない。
自分の投げた、三節棍を九鬼は避けて居るかもしれないし、受け止めて居るかもしれない、はたまた当たって致命傷を得て居るかもしれない。
ワープゾーンの出口を九鬼の背後に設定する。
そして、ここでもまた問題が起こる。
九鬼はワープゾーンの仕組み、即ち出口の次元の歪みが分かる。
そうなると自分がどこに出現するか分かるので。
九鬼が避ければここに武器があるだろうと言うところに右手を置き、もう片方は彼が自分の出現ポイントを察知し攻撃してきたとき様に三節棍を構えた状態でワープホールから姿を現すことにした。
現実が広がった瞬間どうなっているかが楽しみで心臓が高鳴る。
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【九鬼】
思った通り椎名っちはブラックホールを閉じた。
なるべく巻き込む形にすれば、この能力もどうにかなるかもしれない。
しかし、すぐにくっついた服を切り裂かれると、三節棍が飛んで来た。
直々に遊んであげる、という言葉に口角があがる。
もうここからは接近戦になるだろう。
「なるべくお遊びは早く切り上げたいけどネ」
そう言いながら三節棍を避けた。
その瞬間に背後に気配を感じる。
すぐに 右腕を後ろへと振り切るが三節棍で弾かれ、もう片方の三節棍が腹を抉った。
「――――ッ…!」
後方に少し飛びながら、椎名っちの顎を蹴り上げるようにバク宙するが、ギリギリで避けられる。
地面に足がついたと同時に上体を曲げ、足を掛けに行ったがやはり反応は早い。
「接近戦も得意とか…ヤだ…ネッ!!」
右腕を地に着くと能力を発動し、地面をせり上げたと同時に後方へと飛び逃げた。
しかしまたボクを追うように三節棍がこちらへと飛んできて、それを避けると椎名っちが突然現れ攻撃をしかけてくる。
止血した左腕からは、酷く血が滴っていた。
地を血で染めて行く感覚、ギリギリの死闘、息はあがっているが正直楽しくて仕方がなかった。
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【椎名優月】
九鬼は思った通りの接近タイプ。
爆発するように殴りあうのも嫌いじゃない。
ちょろちょろ逃げるエモノを捕らえるもの勿論好きだが。
神功や夏岡は後者のタイプだったが珍しく前者のタイプが出てきた。
「でも、直ぐ動かなくなるんだ、こっちは。」
果敢に挑んでくるタイプは直ぐに潰してしまう。
果敢に挑んでこなくても近距離タイプはどうしても直ぐに破壊してしまう。
これだけ自分の近いところに居るんだ。
そんな玩具達から壊れるのは自然の摂理だろう。
しかし目の前の玩具は腹を抉ったのに大丈夫そうだ。
その事実に口角を上げて、態と同じ攻撃を繰り返す。
これで三節棍を投げるのは三度目。
一度目、二度目と同様に九鬼の背後にワープしたはずだった。
「――あれ?……ッ!」
しかし僕がワープゾーンから出てきた時に開けた視界には彼の姿は無かった。
自分の三節棍のみが手元に帰ってくる。
気配を探していたその瞬間地中から彼の手が出てきた、足首を掴んだ。
そう、九鬼は自分が投げた三節棍を普通にかわすのではなく能力で地中に潜り込んでかわしていたのだ。
そこまで理解した時には自分の体は宙に舞っていた。
投げ飛ばされたのなんていつぶりかな。
勿論それで終わる彼では無いので、そのまま宙でひっくり返ってる自分の体に拳を打ち込んでくる。
三節棍で受けるには受けたがまともに受けた為ミシっと嫌な音が鳴った。
―――面白い…。
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【千星那由多】
足に鈍痛が走る。
その場に膝を付くと、自分の足元へと視線を落とした。
血が……流れてる。
「い……ってぇ……」
バーチャル世界と言えども、やはり痛みはリアルだった。
自分の足に弾が当たったと言う事に頭がついて行かず、小刻みに息を吐く。
俺の必殺技は確かに決まった。
弟月先輩を水の龍で締め上げた所まではよかったんだ。
しかし一筋縄ではいかなかった。
弟月先輩は地面へと落とした銃を踏み暴発させると、その弾が一発俺の足を貫通した。
俺の状態の変化で巻き付いていた水の龍は緩んだ。
そして今、弟月先輩は目の前で俺に銃口を向けている。
――――撃たれる……!!
痛む足を庇いながら立ち上がろうとしたが、それよりも先に弟月先輩が口を開いた。
「よくやった、ゆっくり休んどけ」
先輩らしいそんな言葉と同時に、俺に向けられた銃から発砲音が響き渡った。
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【神功左千夫】
「那由多君!!!!」
間に合わなかった。
二叉を弟月に投げつけた為それを避ける様に彼は飛んだ。
しかし、それは弟月太一の銃から発射された弾が那由多君の胸を貫通した後だった。
「すいませ……ん、か……いッ―――………。」
残った片腕で倒れて居た那由多君を抱き寄せる。
仰向けにすると蒼白な表情をした那由多君が視界に映った。
止め処なく胸から流れる血液は本物を錯覚させるように温かかった。
しかし、その後、那由多君はプログラミングのように砕け散りその場には何もなくなった。
これがバーチャルでの死なんだろう。
彼が最後に綴った言葉は僕への謝罪だった。
そんなもの必要ないのに。
夏岡陣太郎の方を振り返るとそこには三叉の槍があるだけで彼の姿は無かった。
彼も那由多君同様に砕け散ったのだろう。
僕は一度武器をブレスレッドに戻す。
それから、再び左手にそれを構えた。
弟月太一の暴発させた方の武器は使い物にならなくなっているようだ。
彼は片方しか銃を持っていない。
そればかりか頬から耳に掛けて深い傷を負い、大量に出血している。
どうやら暴発した時の弾は一発では無かったようだ。
那由多君は弟月に最後の手を使わせたのだろう。
一か八かと言う方が正しいだろうか。
もしかしたら暴発が失敗して弟月が死んでいたかもしれない。
しかし、今回は無情にも那由多君が生命を落とすことになった。
「残念でしたね。それだけの怪我では僕には勝てません…よ。」
僕の呼吸もかなり上がっている。
それは弟月太一も同様。
お互いに肩で呼吸をしながらいがみ合う。
僕と戦うのは相当神経をすり減らすと思う。
僕が幻術を使うかどうかを見極めなければならないからだ。
しかし、僕は一対一では負けない。
それだけの自信がある。
ピシっと空間が弾ける音がした瞬間に地を蹴り、弟月へと走り込む。
僕の槍をしゃがむようにしてかわし、そのまま足に銃弾を撃ち込んできたので、槍を棒高跳びのように地面に突き刺してしゃがんだ弟月の上を舞う。
着地して直ぐ、足元を薙ぐように銃を横から打ち付けてきたのでそのまままた、バク宙して元の位置へと戻る。
その時に槍を二つに分離させ、二叉だけ手に持つとまだ体勢の整っていない弟月太一を指す様に二叉を突きこんだが彼はその調度真ん中へと寝転ぶようにしてのがれた。
しかしこれで彼を完全に包囲した。
弟月の二の腕が裂け血が噴き出る。
それでも彼は持っていた銃を落とさなかった。
両者とも間髪入れず武器を構える。
弟月は銃。僕は地面から抜き取った三叉。
その後一瞬で勝負がついた。
僕の目は大きく見開かれ、全身が震えた。
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【九鬼】
地中から這いでた後、間髪入れずに椎名っちに拳を突きつけ続ける。
無い左腕の隙を狙い攻撃もしかけられるが、暫く近距離での打ち合いが続いた。
彼から受ける痛みが爽快で、自然と笑みが零れてしまう。
しかし、激しく動けば動く度に、片腕の痛みは酷くなっていった。
ただ、これくらいのハンデで怯むわけにはいかない。
片方の三節棍を掴みあげると、地面から奴の腕を狙う様に地面を突き出した。
その反動で椎名っちの手が緩み、掴みあげた三節棍を奪い放り投げる。
そして、すぐさま拳を横っ腹に叩き込もうとした時だった。
弟月の三発目の銃声が響いた。
それと同時に椎名っちの身体が一度大きく跳ね、固まる。
「――――……!!??」
彼の肩口から向こう側を覗いた。
弟月はこちらに銃口を向けていた。
椎名っちは撃たれたんだ。
どうしてだ?
ボクを狙ってミスった?
いや、そんな失敗をおとじいがするはずが無い。
突然の奇行にただ驚くことしかできなかった。
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【椎名優月】
「オトヅキ……ッ……ゲホッ」
痛い、と思う前に全身が言うことを利かなくなった。
弟月からの銃弾は見事に自分の心臓を捕らえ貫通していた。
電脳空間だと言うことで自分は油断していたのだろう。
そこは突いたのだ、彼は。
一応今回は仲間の筈だと思ったが、自分自身彼らを仲間とだなんて思ったこと無かったのでそう考える方がおかしい。
弟月は自分の方を見ながら、フッと皮肉に笑んだ。
そして、彼もまた神功に寄り胸を抉るように貫かれていたのでそのまま電脳空間へと粉々に散って行く。
「まさか、アイツにやられるなんて……」
目の前で呆けている九鬼へと言葉を掛けた。
その後自分の視界も赤く塗りつぶされて行く。
まだまだ、この楽しい空間を長引かせるつもりだったのに、それがオトヅキには分かってしまったのか。
“勝者 現(裏)生徒会!!”
そんな機械音が自分の耳を通過した後、意識が暗闇に紛れた。
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【九鬼】
「ちょっと左千夫クン、これどういう事?」
椎名っちはボクの目の前で砕け散る様にしていなくなった。
その光景がこの世界がバーチャルだという事を実感させる。
ボク達は勝利した。
が、なんだか納得のいかない勝利だ。
まぁあのまま続けてても延々終わらなかったかもしれないが。
ここに残っているのは左千夫クンとボクだけ。
お互い無くした腕から血が滴り落ち、疲労と痛みはまだ継続している。
「それは本人に聞いてください。
……イデア、全員の再生は可能ですか」
『カノウだ』
「ではお願いします」
左千夫クンがイデちゃんにそう告げると、目の前に数体の光が集まって行く。
そして、ボクと左千夫クンの腕にも同じような光が集合すると、千切れたはずの腕が再生されていった。
腕は何事もなかったかのように自由に動き、感覚もきちんとある。
目の前光がどんどん人型になっていくと、そこには先ほど死んだなゆゆ達がいた。
「あれ?俺……また戻って来た?」
間抜けな声と共に辺りを見回すなゆゆの横で、おとじいが眼鏡を押し上げている。
ボクはすぐに彼に駆け寄った。
「ちょっとおとじい!!なんで椎名っち撃ったの!
久々に楽しんでたのにー!」
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【弟月太一】
今のところ痛みや違和感などは特に無く、ここに入ってきた状態で体や意識が再構築された様だ。
戦闘モードを解いた俺は眼鏡を押しあげた。
「継承式、だからな。決着がつかないと終わらないだろ?
不意打ちでもしない限り、アイツを倒すことは困難だからな。
地区聖戦の途中で生身の体を襲われる訳にもいくまい。」
駆け寄ってきた九鬼へと言葉を投げ捨てる。
チラッと視線を向けた椎名は相変わらずの微笑みを浮かべており良く分からなかった。
チェっと、不貞腐れて行くように去って行く九鬼を見つめていると神功もこちらを見つめていた。
「お前とサシになった時点で俺の負けだった。加えて、千星を仕留める時に俺も怪我をしたしな。
それに…伝えたかったことは伝えた。
あくまでお堅い式典だからな、生き残ることに執着しなかっただけだ。」
そう、俺と夏岡は千星には死闘を、神功には信頼を伝えたかっただけだ。
結果千星は命を落とすことになったが。
「それよりもさ!折角死なない体なんだから、もっと特訓しようぜ!」
後ろから陣はそう言い始めた。
もう、政府用のデータは取ったが、確かに時間はまだもう少し残ってる。
陣は愉しそうに千星へと向かって行く。
そして、椎名は間髪いれず神功へと飛びかかってる。
……目の前に残ったのは九鬼だけだった。
俺は大きく溜息を吐いた。
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【千星那由多】
残りの時間散々夏岡先輩に扱かれ、バーチャル世界から出た時にはかなりの時間が過ぎていた。
目を覚ますと目の前に巽と晴生の顔があった。
二人からお疲れ様、と声をかけられると、頭の装置を外し解放感に大きく息を吐く。
弟月先輩に撃たれた感触はまだ覚えているが、痛みはもう全く無い。
もちろん生身の身体にも傷一つついておらず、少しだけ倦怠感が残るだけだった。
意外といけるもんだと思いながら、自分の胸を撫でる。
しかし、続いて起きてきた会長達は、どうやら負傷した部分に痛みを感じているようだった。
「大丈夫、ですか?」
「……?那由多君は…平気なんですか?」
「え?あ、はい……何とも無いみたいで――――」
会長の言葉に返事をしようとした瞬間、目の前が歪んでいく。
みんなが俺を呼ぶ声が遠くに聞こえるが、返事もできないし身体も動かない。
視界が完全にブラックアウトすると、俺はその場にぶっ倒れ、見事に意識を失った。
会長達に疲労が感じられるなら、俺が体感する疲労はそれ以上だという事に、その数時間後ベッドの上で目が覚めてから痛感した。
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