あなたのタマシイいただきます!

さくらんこ

文字の大きさ
上 下
100 / 113
isc(裏)生徒会

スペル戦争(副将対決)

しおりを挟む
【千星那由多】

完全に俺のせいで晴生と巽は負けた気がする。
周りには責められる事はなかったが、なんだか気が重い。
そしてこのタイミングで、次の試合は俺と三木さんのペアだ。
しかも相手は椎名優月……。

ここは犠牲者として出場させてもらいたいと思い、会長に声をかけようとした時だった。

「……那由多君。執行人、お願いしますね。」

その言葉に俺は硬直する。
俺が執行人、という事はもちろん三木さんが犠牲者だ。
三木さんが傷つき、拘束されるということになる。

「え、それは……」

嫌だと言いたかったが、三木さんも頷いているし何よりこの期待の籠った眼差し。
いや、彼女はそういうつもりで俺を見ているのではないだろうが、この視線に俺は…弱い。

「わかりました……」

小さく肩を落とし、フィールドの中へと入って行く。
この勝負で負けてしまえば俺達は完全な敗北。
重大な責任も背負っているわけだ。

……胃が痛い。

コイントスでの先攻は三木さんが裏、相手が表を選び、こちらが先攻となった。
椎名は一人でフィールドに立っていて、やはり御神は参加しないようだ。
緊張で身体が震えるのをぐっと我慢し、大きく息を吐く。

「じゃあ……行きます…」

さて、スペルだ。
今までの試合を見ていたので大体の原理はわかるが、いざ言葉にしようとすると何を言っていいのかわからない。
ゲームだと思えばいいのだろうか。
いや、でもゲームだと大体必殺技の呪文とか決まってるし。
……と、とにかく、早く何か言わないと。

「だ……大地に立つ…のは、孤独な戦士…。
戦士は一人で全てができると…思っている。
お、お前には守るものなんて何もないけど、俺には確かにここにある。
だから、強く、なれる……気がする。

横を流れる川は氾濫し、大きな渦を巻き始める。
それはさながら……さながら……洗濯機?
いや、洗濯機…じゃなくて、なんか…なんかとにかくぐるっぐるの濁流なんだよ!!
そして、ま、まずはお前の三半規管を奪う!!!!」

な、なんか意味わかんなくなってきた!
やばい、テンパってる、俺!!

-----------------------------------------------------------------------

【加賀見匡】

結局、椎名優月は一人でフィールドへと向かった。
御神が完全に意識を取り戻していたらここで一悶着あったのだろうが、奴はまた意識が朦朧としているようだ。
格闘フィールドに居ながらのこの重傷。

彼の潜在能力はいかほどのものなのか。

僕は御神に視線を向けてから、敵である神功へと視線を向けた。
彼はこちらから視線を向けると必ず気付き、微笑み返してくる。
それがまたいけすかない。

ヤツは全身レーダーか何かか…?

これだけ気配に敏い人間が存在するのだろうか。

それにこの愛輝凪高校。
普通はスペル戦争と言うものはもっと混乱する。
たとえ対策を練ってもこちらはエキスパート、向こうは素人、そう言う仕組みだ。
いやならばこのラビリンスに来なければいい。
謂わば守りの陣を俺達はひいている。

今回は椎名の独断で愛輝凪は巻き込まれてしまった訳だが。

先程のゲームも勝つには勝ったが、日当瀬と言う男が最後に練っていたスペルが発動していたら負けて居ただろう。
そして、その時にスペルを切ったこのお荷物の千星。

愛輝凪は奮闘したようだが、どうやらここまでのようだな。

俺は眼鏡を持ち上げてフィールドを見つめた。
その時だった。

「うー…ん。確かにちょっとクラクラするね。」

優月が声を発した。
額に人差し指を立てて居る。
当たり前だが防御スペルも発動させていない上ペアが居ないので攻撃はクリティカルする。

しかし、それでも、こいつが負けるとは思えなかった。

「じゃあ、次は僕の番。」

そう言って椎名は地を蹴った。

-----------------------------------------------------------------------

【千星那由多】

ちょっとくらくらする?
ということは一応はあれで効いてるみたいだ。
ただ、ちょっと、ってのが問題だが。

とにかくテンパるな俺。
次は相手の攻撃だ。
自分の焦りを抑えようと大きく息を吐いた瞬間だった。

「……!?」

椎名は何故か、スペルを唱えるでもなくこちらへ向かってきている。
一瞬意味がわからなかった。
しかし、拳をわざと振りあげるような体勢になった瞬間に気づいた。

こいつはスペルを使わずに三木さんに攻撃をしようとしている。

考えるよりも早く、三木さんを庇うように前へと出ると、椎名の拳がもろに俺の顔面にヒットした。
そのまま横に地面を擦りながら数メートル吹っ飛ぶ。

「千星君!!」

三木さんの声が聞こえた。
殴られた頬が尋常じゃないくらい痛く、眩暈が起き、辺りがわずかに白く霞む。
なんでだ、なんでこいつは直接攻撃してきた?

「……っ、おい……!直接攻撃とか……ありなのかよ…!!」

今まで散々スペルで闘ってきて、こんな事があってたまるもんか。
絶対に優月はルール破っている。
そう思っていたのに俺の思惑は外れた。

「別に駄目な訳じゃないんでしょ、副会長」

「ああ、可能だ。
少し考えて貰えば分かるが、魔法が使える世界で殴る蹴る行為と言うのは魔法使いに素手で殴りかかる様なものだ。
普通なら勝てない。まぁ、そいつが普通かどうかはわからないがな。」

最悪だ。
このままだと優月は直接攻撃してくる。しかもそれを受けるのは三木さんだ。
スペルで防御すれば済む話なんだろうが、不慣れな俺にとってそれは確実に彼女を救えるとは限らない。
苛立ちが募り、脈拍がどんどん速くなっていく。

「…………っ!」

痛む頬を抑えながら、椎名を睨みつけることしか俺にはできなかった。

-----------------------------------------------------------------------

【椎名優月】

ああ。焦ってる焦ってる。

それにしても、このセンボシと言う人間は面白くない。
想像通りの動きしかしない。
なぜ、ジングウが傍に置いたのか、全く理解が出来ない。

自分がスペルを唱え無くても精神バランスが崩れるだけで拘束具は巻きつく。
だからこうやって恐怖を与えて行くだけでもこの戦闘は勝てる。
精神が崩れればの話だが。

スペルと言うのは限りなく面倒だ。
絆と言うものも面倒なのでこの勝負をするときはいつもミカミが喋っている。

僕は何も考えず戦いたいだけ。
その他は何も必要としない。

「一つ忠告しておく。スペルでの攻撃は血が出たりしない拘束という形で表れるが、殴る蹴るの攻撃は返還される仕組みにはなっていない。」

更に加賀見が説明を付け加えて居る。
優しいことだ。

ここでも暴力は暴力。
殴れば痣ができ、切り裂けば血が出る。

大好きな世界だ。

そして、意識が無ければ抵抗は出来ない。
たとえ恐怖に打ち勝てても、ズタズタにして気を失った相手の前で、「完全拘束」と唱えるだけで終わりだ。

「だってさ。 この戦闘苦手でね。
いつもはミカミがしてるんだ。
それに、後ろの少女を拘束するより、直接傷つけたほうが…後が、楽しそうでしょ」

そう言って、ジングウを見つめた。
想像通りの背筋が凍る様な殺気をぶつけてきた。
君が大好きなこのお人形をめちゃくちゃに壊したら君は自分を殺してくれるのかな。

それだけの感情を自分に向かわせるには、この戦闘が終わると解かれる“拘束”ではなくて、“致命傷”の方が効果が高い。
それを考えるだけでワクワクした。
最近は何もたのしいことがなかった。
だから体は疼いてばかりだ。

センボシの向こうに居る、ミキをジッと見据えた。
そして、三節棍取り出すとゆっくりと回転させる。


恐怖に歪んだ顔を見せてよ。

-----------------------------------------------------------------------

【千星那由多】

とにかく、直接攻撃がルールとして問題ないのであれば、どうしようもない。
俺が三木さんを守ればいい。
それだけのことなのに、勝てる気がしない。
でも、勝たなければ三木さんは…。

「大丈夫…?」

側に寄ってきてくれた三木さんに身体を起こされると、心配そうな表情をしていた。
頬の痛みはまだ引かない。
こんな痛みは絶対に彼女に味合わせたくない。

無言で立ち上がると、彼女の手を引っ張り元の位置へとついた。
なるべく三木さんを守る様に距離を詰め、三節棍を構えた椎名を睨みつける。
手が、震える。
普通に拳を交える闘いよりも、酷いプレッシャーが俺に纏わりついてくる。

「俺はこんなことするお前を認めない…。
そして、必ず防ぎきる。三木さんには絶対怪我をさせない…」

自分に言い聞かせるようにそう呟くと、スペルを唱えようと口を開いた。

「俺の怒りに同調して、地面は揺れる。
亀裂が入った地面から、灼熱のマグマがあふれ出す。
そしてそれは急速に冷え固まり、お前の足の自由を奪うだろう。
お前はそこから一歩も動くことはできない…絶対に動かさない…!!」

声が震えてしまう。
あいつが向かって来た時の事を考え、すぐに防御スペルを唱えることができるように目の前の相手に集中した。
どうする、どうやってこいつを倒す?

もう俺の頭の中に「逃げ」という選択肢はない。
三木さんを守り、椎名を倒す。
その事ばかりが頭を駆け巡った。

-----------------------------------------------------------------------

【三木柚子由】

椎名さんの下からマグマが噴き出て彼の足を熔かす様に捉えて行った。
そして、それは岩のように固まるけど…。

「熱いね…。
熱いのもいいよね、冷たいのも好きだけど。
でも、一番いいのは切り裂かれるときの痛みかな。」

その攻撃に彼は表情一つ変えない。
そして、無理矢理足を上げると岩が砕かれた。
その足には棘(いばら)が巻かれている。
あれが今回の拘束の印。

「スペル戦争はいい仕組みだとは思うけど。
これじゃあ、止めることはできないね。
残念だったね、マグマで本当に足が熔けて居たら止まったのに。」

流暢に冷たい声が流れる。
その巻きつく棘は椎名さんの足を刺し、更に成長していっているけど椎名さんは止まらなかった。

「………森。
広大な棘の森。
眠りのお姫様をかくしていた様な森が私達の前に現れる。
彼から二人をかくして、少しの時間を稼ぐの。

なぜか王子が二人現れた。
だから時間が必要。」

私に与えられているのは防御スペルのみ。
なので、こう言ったことくらいは出来る様子。
私は急いで携帯を展開させ、左千夫様の武器を構える。

「千星君。
私、防御くらいは出来るから…。
攻撃に専念して、じゃないと…彼には勝てない。」

棘の森は彼を巻きこむように成長していった。
そして、辺り一帯も棘がどんどんと伸びて行く。

「左千夫様は優しいから、きっとギブアップしてもいいって言うと思う……」

これは私のわがまま。
俯いていた視線を千星君に戻した。

「でも、私、どうしても勝ちたいの。
ご、ごめんね…千星君、付き合わせちゃって。」

そう言っている間に何かが破壊されている音がする。
きっと彼が直ぐそこまで来ているんだ。

-----------------------------------------------------------------------

【千星那由多】

勝ちたい。
それは俺も同意だ。
ここで負けてしまえば、椎名のことを認めてしまうような気がするから。
そして、今まで頑張って来た皆に…今度こそ顔向けできない。
しかし、攻撃に専念しろと言われても、やっぱり彼女を守りたい気持ちも大きい。

俺と三木さんの周りが棘で包み込まれて行く。
椎名が向かって来ていると思われる方向から、破壊音が響いてくる。
心臓が大きく脈打ち、見えない敵の恐怖に視線が乱れた。

だめだ、こんなんじゃ。
こんなんじゃ椎名を倒すどころか、彼女を守ることさえできない。

「……王子はここへは辿りつけない、本物の王子では無いからだ。
偽物の王子は姫を攻撃してくるだろう。
しかし、彼女を守る棘はそれを知っている。
攻撃をしかけた瞬間、奴を押し出すように棘は無数に飛んでいく。
切り裂かれる痛みがいいなら……味わえ!!!!」

椎名がいる方向へと叫びながら、三木さんの前へと立ち剣を構えた。
いつでも来い。
絶対に三木さんには触れさせない。

-----------------------------------------------------------------------

【椎名優月】

「だから、切れないの。
…切れる痛みは味わえるけど、それは快感でしかないからね。」

三節棍を振りかざした瞬間に、その棘からトゲが別れてとんでくる。
スペルを使わない自分にとってはかなり速い。

まぁ、それがまたそそるんだけどね。
こんな世界でなければ直ぐに殺しちゃうけど、少しは楽しめるか。

体に巻きついていく棘は彼が生きられる時間だと気付いているのかどうか。
棘は僕を歩かせないようにしっかり巻きついている、それを無理矢理引き摺るように歩くことは物理攻撃になるんだろう。

体に掠り傷がついていく。

しかし、センボシがスペルで攻撃してくるものは棘に。

さて。
ミカミが居ない分、拘束のスピードは速いな。
それまでに、ジングウと遊べるだけのネタはしこんでおかないと。

円を描く様にその場で三節棍を回す。
しかし、これは囮。
物凄い破壊音のみをここに響かせて、棘を縫う様にして彼らの側面へと回る。

そして、一気に飛び出した。

「あ。構えてた?意味無いけど…ね。」

そう言って、センボシを無視して、後ろのミキの顔面を拳で殴り付ける。

しかし、槍の柄で塞がれてしまい、そのまま彼女は後ろにぶっ飛んだ。
中々、ジングウはその辺りはぬかりなく彼女を鍛えているようだ。
昔会ったときはこんなこと出来なかった筈。

「へぇ……君もおもしろいね。」

ジングウが育てた彼女。
少し興味が出てきたな、木の幹に背中をぶつけた彼女へと近づこうとすると前にセンボシが立ちはだかった。
溜息を吐きながら二本あったうちのもう一本の三節棍を肩へと担いだ。

興味ないな。

-----------------------------------------------------------------------

【千星那由多】

フェイクをかけられ攻撃は三木さんに行った。
しかし、それはうまく彼女が防いでくれたおかげで事なきを得た。
でも、これじゃいつか絶対に酷い目に合う。

椎名の前に立ちはだかると、剣先を向けた。
余裕そうな表情、いや、もう俺のことなど眼中にも無いだろう。

次のスペルだ。
しかし、焦りが先走って頭が回らない。
スペルでこいつを拘束したって、全身巻き付くまで時間がかかる。
あと何回唱えればいいんだ?

「っ……炎……、俺の能力によってその効果は上乗せされる。
お前をここから排除するように、炎は俺達の周りを囲み始める。
それは彼女を守る森とも反応する。
近づけば焼かれ、切り裂かれる。
お前は灼熱の業火にもがき苦しむんだ……ッ!!」

スペルを言い終わると同時に宙に文字を綴った。
普段ならそれを纏うか相手に叩きつけるかだが、俺のスペル通りに三木さんと俺を囲うように大きな火柱が立った。
周りを覆っていた棘にも炎が燃え移り、椎名へと攻撃をしかける準備をする。
更に俺は三木さんへと近づき、目の前の椎名を睨みつけた。

-----------------------------------------------------------------------

【三木柚子由】

強い…、この人。
左千夫様かくっきーさん、きっとそのレベルの人だと思う。
このままじゃ勝てない。
それどころか殺されてしまうかもしれない。

でも、諦めたくない。

部が無い訳じゃないから。

私達の周りを炎が囲む。
しかし、そこに炎が無いかのように優月さんは歩いてくる。
それに反応するように棘の炎が彼に向かってとんでいく。

「こんな炎、なんとも―――ぎゃぁああああ!!!」

あれ…?
優月さんから悲鳴が上がった。
もしかして、効いてるのかな。

少しだけ、私と千星くんの心が揺れたその時だった。

「なんて、言うと思う?」

直ぐに目の前に彼が居た。
私と千星君の直ぐ前に、彼が…。

慌てて構えたその手首を、千星君も剣を構えた手首を、燃え盛る炎を纏ったままの彼の手に捕らえられる。

「ぁあああああッ!!!」

「ッ―――!!このッ!!」

千星君が剣を凪いでくれたおかげで優月さんが一度離れた。
私の手首には彼が掴んだ指の痕がくっきりと付いている。

「うーん。やっぱり、君邪魔だね。
先に、逝く?」

そう言って優月さんは燃え盛る三節棍をゆっくりと回した。

-----------------------------------------------------------------------

【千星那由多】

スペルを唱えても力の差が感じられる。
俺がこのスペル戦争に向いていないとかじゃない。
それ以前の問題だ。

三木さんの手首に椎名の手の型が付いた。
その痛々しい痕が、更に俺の怒りと焦りを増幅させていく。
椎名は炎を纏った三節棍を回しながら、俺に向けて嫌な笑みで微笑んだ。

このままでは埒があかない。
三木さんは守らずに攻撃をしろと言ったけど、俺が先に椎名を拘束できる確証はない。
彼女が傷つく必要は、もうこの際無いだろう。
変わりに俺が傷つけばいいことだ。

「…土、地にあるもの全て、そして俺が生み出す能力によって彼女を守る鉄壁の城を作る。
俺は守る、なんとしてでも…。
三木さんに何て思われてもいい、俺には…彼女を犠牲者にすることはできない…っ!!」

椎名に向けた刃先で「土」の文字を宙へと書くと、それは地面へと落ち、辺り一帯の土と同化した。
そして、三木さんのみを取り囲み、守る様に硬い岩の城を作り上げた。
これがいつまでもつのかわからない。
だけど…。

「俺を先に逝かせたいなら、もう彼女に攻撃しなくてもいいだろ…!
潰すなら俺を先に潰してくれ…」

-----------------------------------------------------------------------

【三木柚子由】

駄目だ。
心がバラバラだ。
目の間が岩の壁で埋まって行く。
でも、こんなことをしても彼に勝てない。

それに、千星君が死んじゃっても終わる訳じゃないのに。

「なら、君を先に逝かせてあげるよ。」

岩の外からそんな声が聞こえる。

「だ、だめー!!!」

私が悲鳴の様な声を上げたその時だった。
岩を砕きながら三節棍がこちらにとんできた。
全く見えない死角から入ってきた為防御の動作が遅れる。

まともに腹部にそれをくらい、私は後ろに吹っ飛び、千星君が作った岩に背中をぶつける。

崩れて行く岩の隙間から見えた千星君は無事だった。
こちらを驚いた表情で振り返っていた。

さっきの言葉ももしかするとフェイク?

そんなことを考えている間に体が激痛を感じ、私は膝を付いたまま何度も咽た。

-----------------------------------------------------------------------

【千星那由多】

「なら、君を先に逝かせてあげるよ。」

椎名の意識がこちらに向いた。
来い、絶対に耐え抜く。
ここまでしておいて、すぐにやられるわけにはいかない。

「……来い!!」

こうなったらスペルで対抗するよりも、自分の力に頼るしかない。
そう思い直接攻撃での態勢を整えた。
はずだったのに。

三節棍を構えた奴の笑みにゾッとした。
殺される、そう本能が悟った瞬間に、その三節棍は俺ではなく三木さんを守っている城へと飛んで行く。

「――――!!??」

砕けるわけがない、と思っていた。
けれどそれは俺の妄信にしか過ぎなかった。
勢いよく飛んで行った三節棍は岩の壁を突き破り、中にいる三木さんにぶちあたった。

「三木さん!!」

思考が攻撃を受けた三木さんの方へ逸れる。
何故破られたのか、そんなことを考えるよりも先に、鈍い痛みが横っぱらに響いた。
自分の身体が嫌な音を立てている。
体勢を崩し軽く吹っ飛んだ俺は、痛みに身体を丸めた。
腹部を抑えると、そこには茨も巻き付いていた。

「が、っは……!!」

息を吐くのに必死で声もあがらない。
椎名へと視線をむけると、俺を見下ろしながら身の毛のよだつような笑みで口角をあげていた。

「役立たずだってわかってないの?」

その言葉と同時に、椎名は俺の背を踏みつけながらクスクスと楽しそうに笑い始めた。
そして、俺をバカにするように言葉を続ける。

「君みたいなタイプが一番興味無い。
弱い癖に強くなった気がして、独りよがりで、さっきのも、その前のも君のせいで負けたんでしょ?
無理せず土下座でもしたら?なら、許さないこともないよ?
後ろの女の子だけにしといてあげる。」

……そうだ俺は役立たずだ。
椎名の言ってることは全部正しい。
弱い俺が勝手に行動したから、三木さんにも、みんなにも迷惑かけてる。
それどころか、危険な目に合せてしまっていることも確かだ。
わかってる、わかってるんだ。
…だけど、土下座なんか、絶対にしない。

「そうだよ……役立たずだよ……もう散々何度も、理解してきたよ……っ!
でも……土下座は、しな――――ぐあッッ!!」

椎名の足が茨の巻き付いている場所を攻めてくる。
その痛みと共に、上半身を伝う様に茨が広がっていった。

-----------------------------------------------------------------------

【三木柚子由】

椎名さんが千星さんを嬲る声が聞こえてくる。

「……殺す価値もないんだけど、寧ろ手を下すのが面倒なの。
熱血だけあっても実力が無かったら意味無い。
本当にわかってないな…。

クズで役立たずで、本当に、なんで君、ジングウに選ばれたの?」

椎名さんが千星君の頭を足で押し付けて居る。
あのまま無理矢理土下座させるつもり…?

許さない、椎名さんも……そして、千星君も。

「…本当に君は弱い、クズだ。」

「そんなことない!!」

やっと手足の感覚が戻ってきたので立ち上がる。
殴られたお腹が痛い。

そこを抑えながら、千星君達のところにあるいて行く。

「左千夫様が間違いを犯すはずが無い。
それに…千星君はちゃんと自主練も頑張ってるし、優しいし、人思いだし、そして……強い!」

私はそのまま槍を凪いだ。
勿論簡単に受け止められてしまったけど。
どうやら彼の気はこっちに向けることができたらしい。

「君は強いね…」

そう言って伸びてきた彼の手は私の喉を掴んでそのまま棘に押し付けられた。

「ッ、ぁああああ!!!!」

椎名さんが周りの棘をもぐように取った。
何をするのかと思ったらそれを私の首や腕に巻き付けていった。

「生身のダメージじゃジングウも分かりにくいだろうから、巻き付けてあげるよ。」

トゲが身を切り裂いて痛い。
でも、これくらいで音をあげてたら左千夫様の横に居る資格なんて無い。

「千星君も、千星君だよ!!私は彼を攻撃してっていったんだよ!
彼を…倒して!!!

防御なんてしていたら二人で共倒れになって終わりだよ!」

私にとって目の前の椎名さんなんか興味ない。
私には左千夫様だけ。

「霧。
棘から発生する水分によって辺りの視界が奪われていく」

最後に私は防御スペルを唱えた。

-----------------------------------------------------------------------

【千星那由多】

椎名が抑えつけていた頭が軽くなった。
三木さんが側にいる、そして椎名に向かって行っている。
だめだ俺、また守られてるじゃんか。
結局これかよ……なんで、俺は、こんなに……。

――――弱いんだ。

その思考が頭を支配した瞬間、三木さんの声が響いた。
彼女は俺を強いと言ってくれた。
そう言ってくれるのは、きっと彼女だけだ。
闘わなければ、立ち上がらなければ。
ここで椎名に平伏せば、三木さんの言葉が嘘になる。

蹴られた腹と巻き付いた茨の痛みを堪えながら立ち上がろうとした時、椎名は三木さんに自分の茨を巻き付け始める。
その光景に俺は目を見開いた。
彼女が俺の目の前で、苦しめられている。

「…………三木、さんっ……!!!」

傷ついても尚、三木さんは俺に言葉を投げかけてきた。
俺は、さっき「攻撃をして」と言った彼女を裏切ってしまったんだ。
それは彼女を信頼していなかった事に繋がる。
そして、このスペル戦争では、二人の信頼関係や精神バランスが崩れれば、それはスペルに大きく影響するんだ。
だから、彼女を守るために作った城は、崩れてしまった。

奴を倒せと、三木さんは言う。
その言葉が頭の中で大きく反響し、何度も何度も繰り返される。
そうだ、椎名を倒せ。でないと三木さんも、俺も殺される。

椎名を…………椎名を殺せ……!!

辺りに靄が広がった瞬間に、手元に落ちていた剣を持ち、立ち上がった。
椎名と三木さんの間を割る様に剣を振りかざすと、奴はすぐさまそれに気づき後方へと引く。
姿が見えなくなったところで、三木さんの前へと立つと小さく口を開いた。

「すいませんでした、三木さん……俺、間違ってました…。
勝とうって思ってたのに、どっかで逃げてた。
……守るだけじゃ、勝てませんよね。……やります……必ず、勝ちますから」

背後の三木さんには振り返らず、その言葉だけを伝える。
すでに俺の頭の中には、奴を倒す……いや、殺すことしか頭になかった。

-----------------------------------------------------------------------

【椎名優月】

彼女はジングウの幻術を授かりしもの。
だからだろうか。

この霧は気配までも断つ厄介な白煙。
どうやらセンボシという男は彼女の言葉で完全に我を取り戻したようだ。

後方に飛んだ後霧の中緩やかに近づきセンボシの顔を見やるといい顔をしていた。

「ちょっとは面白くなりそ…?」

ゆっくりと上唇を舐めた。
弱い奴からでも殺気を当てられるのは心地いい。
正義感なんかよりもとっぽどいい感覚だ。

三節棍を構えた。

勿論、僕は嬲るのが好きなタイプなので加減をしながら三節棍を撃ち込んで行く。

右肩、左足、頬、全てを掠めるように棒を振り回す。
途中、投げ出してあった一本も回収すると残念ながらセンボシは僕の足元にも及ばなくなってきた。

「口だけ?そんなこと…じゃ…」

自分はセンボシと違った一か所に三節棍を再び投げつけた。
霧が晴れた先に彼女が居た、が、フェイクのようだ。

「霧は惑わす。
それはなんびともたがわない。
何人もの私が王子の周りを囲み、その勝利を見届ける。

千星君…!幻術も使えるから、私の…能力も使って…」

全方向から声がする。
そして、目の前のセンボシの動きが徐々に速くなってきている。
勿論、彼女だけを探すのは簡単だが、二人一緒には少し難しいな。

何と言っても、スペルを使って無い自分はここでは生身の人間だから、少しの油断で完全拘束されてしまう。

やっぱり目の前のセンボシから嬲り殺すことにした。

彼の攻撃を横に交わしながら横っぱらを殴打した。
そう言えば彼には全く棘が巻きつかなくなった。
肉体的な損傷しか受けて居ない、それは精神は傷付いていないと言うことだろう。

その点も神功の玩具は優れているな。
彼女には殆ど棘なんて巻きついていない。

まぁ、自分が無理矢理巻きつけたものはあるけどね。

センボシの息が切れてきたところで少し距離を取り、落ちて居る三節棍を回収した。

「息、上がってきてるよ?」

-----------------------------------------------------------------------

【千星那由多】

三木さんの幻術のおかげで、椎名を少し攪乱できているみたいだった。
しかし、それでも奴は俺を弄ぶように嬲ってくる。
身体中にじわじわと痛みが広がり、このままゆっくりと嬲られていけば、いずれ俺は倒れる。

奴を一気に倒すには、スペルでは無理だ。
炎を纏わせた剣を振りかざしながら、奴を倒す最適の方法を考える。
痛みと苦痛。
三木さんにしたように、あいつも身を裂かれる痛みを味わえばいい。

奴が少し距離を置いた。
息があがってくる。
立ち止まると、腕や足の痛みを脳で理解してしまう。

動け、剣を振りかざすのを止めるな。
止まれば死ぬ、殺される。

自分の幻影を縫う様に走り、霧の中に紛れた。

「ちょこまか逃げても無駄だよ?」

目の前に三節棍の一部が吹っ飛んでくると、勢いよく頬を掠め、血が流れた。
それでも俺は走るのを止めなかった。
正直足は、身体は悲鳴をあげそうだ。
けれど、ここで俺が倒れても、誰も助けてくれない。
三木さんを守れるのは、俺一人だ。

……奴を殺るにはどうする?
俺は無意識に自分へと質問を投げかけていた。
椎名とではない、今は自分と対峙する。
何が最適か、何が奴の決定的な痛みとなるのか。

瞬間、辺りに微かに吹いていた風が強い追い風になり、自分の背中が押される。

「…………風……」

そう呟いたと同時に、剣に纏わりついた炎が収束する。
まるで、俺の言葉に反応するように。
誰かに、「行け」と背中を押されるように。

それを理解した瞬間、辺りの景色がスローモーションになっているかのようだった。
時間が長い。自分の心音もゆっくり、心地よく脈打っている。
俺はこの時、闘う事が気持ちがいいと、どこかで感じていただろう。

「……椎名、本当に切り刻まれる痛み、味わってもらう……っ」

辺りに俺の声が響き渡る。
心地よかった心音が一気に跳ねると、椎名から距離を置いて立ち止まり、剣先を奴がいる方向へと構えた。
あがっていた息は、更に乱れる。
全身の痛みは熱に変わり、全ての毛が逆立つような感覚に襲われた。

自分の腕がゆっくりと動き、そして、宙に字を綴り始める。
火でも水でもなく、俺の目の前に現れた文字は「風」だった。
文字を書き切ると、三木さんの幻術の霧を飲み込むように辺りが凄まじい風で包まれていく。
はっきりと目の前に現れた椎名は嫌な表情で笑っていた。

…今すぐ、その余裕そうな笑みを、苦痛に変えてやる。

「…………っ……死ね…」

逆手に持ち変えた剣を後ろへ引き、椎名がけて斜め前方へと振りかざした。
鋭利になった風は地面を抉り、何本ものカマイタチとなって猛スピードで奴へと飛んで行く。

これで、終わりだ。

睨みつけた俺の瞳には、ひとつも戸惑いなどなかった。

-----------------------------------------------------------------------

【椎名優月】

余裕だと思った。
そう、草を毟るよりも簡単にこの男の命を取れると思った。
だが、どうやら、引っ張ってみたら雑草だったようだ。

これは嬉しい誤算なんだけどな。

隙間なく自分に向かって飛んでくるカマイタチ。
全く隙間ない。
スペルの効果が上乗せされているせいもあるだろう。

ああ、これを食らったら完全拘束だな。

そう感じた瞬間に自分の唇はスペルを口ずさんでいた。

「禁忌だった唇を今動かすよ。
真黒な空洞が目の前に現れる。
それは、向かってきたもの全てを飲み込む漆黒の穴。
その穴は、自分の負けと引き換えに全ての攻撃を飲み込んでいく。」

そのスペルを切っ掛けに能力のブラックホールが開口する。
真黒な異空間が自分の前に現れ、彼の風を、周りの霧を全て吸いこんでいく。

霧が晴れた先には心地よい殺気を自分に向けたセンボシが立っていた。

「気に入ったから生かしといて上げる。
それに、あんま遊びすぎると、あっちと戦う前に殺されちゃいそうだしね。」

調度自分の後方に視線を流すとものすごく静かな殺気を纏ったジングウが居た。
彼のことだ、どちらかにとどめを刺そうとした瞬間全てをぶち壊すつもりだったのだろう。
それだけじゃない、愛輝凪のメンバーはどれもおいしそうな顔をしていた。

それだけ告げると黒いコートを翻し、巻きついた棘をむしり取ると、自分の陣地へと歩いて行った。

千星那由多。
彼は案外、化けるかもしれない。

しかし、興味が沸かないのはなぜだろうか。

-----------------------------------------------------------------------

【千星那由多】

俺が放ったカマイタチは全て椎名が放ったスペルに吸収された。
けれど、それは奴の敗北を意味するものだった。

「か、勝った……」

膝から崩れ落ち、冷静になった身体が静かに冷めていくのがわかる。
したたり落ちた汗が地面を濡らし、自分がしたことの記憶を辿ろうとしたが、重い身体が辛くそれどころではなかった。

マントを翻しフィールドから出て行く椎名の背中を見つめる。
勝負には勝ったけれど、個人的には敗北感の方が強かった。

「…千星君、お疲れ様」

「あ、お、お疲れ様です…」

駆け寄ってきた三木さんが笑みを浮かべ手を差し伸べてくれる。
直接攻撃を受けた彼女の手首の傷や茨の痕は消えない。
それでも最悪な結果にならずに済んだことが、今は何よりも嬉しかった。

三木さんの手を快く取ろうとしたが、自分のハンパない汗の量に戸惑ってしまい、必死で断ると、俺と三木さんは陣地へとゆっくり戻っていった。

「おっつ!那由多!柚子由ちゃん!!超ハラハラした!!茨痛そう!!取れっかなこれ?」

一番最初に夏岡先輩が頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれる。
みんな心配してくれていたようで、各々の表情がおもしろい。
会長もいつものように微笑みながら、三木さんの頭を優しく撫でていた。
幸花も純聖も、安心した表情で彼女に抱き着いている。

そうだ、これでよかったんだ。
三木さんも無事で、愛輝凪が負ける危機は脱することができた。
次は最後の闘い。全ての決着がつく。

「“大将 九鬼・神功左千夫VS加賀見匡・ 田井雄馬 前へ”」

「次はボク達の番だネ~!ラスト綺麗に飾っちゃおー♪」

最後の試合を行うメンバーの名前が呼ばれると、副会長が分厚い辞典を持って出て来る。
「おつかれさま」と言うよに俺の肩を叩き通り過ぎていくと、初めて副会長に褒められた気がした。
副会長の後に続く会長へと視線を向け、真っ直ぐと見つめる。

「……頑張ってください」

その言葉に会長は笑みを深くし、静かにフィールドへと向かって行った。 





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

兄になった姉

廣瀬純一
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

処理中です...