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isc(裏)生徒会
スペル戦争(先鋒対決)
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【千星那由多】
格闘フィールドは、会長の快進撃で勝利を収めた。
砂嵐が酷かったので何が起きたのかさっぱりわからなかったが、弟月先輩が離脱してから即効で片が付いたようなものだった。
やっぱりあの人はすごい。
晴生も治療を受けた後、何事もなかったかのようにピンピンしていたので、大事に至らなくて済んで本当によかった。
すっかり忘れてたけど、地区聖戦って、死ぬ可能性だってあるんだよな。
もしこの闘いが生死なんて関係のない闘いであったなら、俺にも死の危険性は十分にあったんだ。
そして、自分の能力がうまく発動できなかったことも気がかりだ。
次の試合は勝てるだろうか。
いや、今度こそ勝ちたい。
副会長に蹴られた腹が、まだ少しずきずきと痛んだ。
次のステージへと進むまでの道はただの迷路だった。
しかし、いかんせん長い。
もうかれこれ30分は歩き続けているだろうか。
やけに空気も薄く、身体にかかる負担が少し大きかった。
御神はあれから目覚めることはなかった。
大丈夫だとは思うけれど、やっぱり敵であってもあんな姿を見るのは少し心が痛む。
少し進んだ先に二つの扉があった。
「二つあるネ、どっちかがフェイクとか?」
「可能性はありますね」
どちらを開けるかが問題となったが、そこは晴生の能力で扉の先に何があるかを分析してもらう。
しかし、晴生の言葉に俺達は耳を疑った。
「一方は壁、もう一方は崖になってるな」
壁と崖?
そうなるとどちらもフェイクなんじゃないのか?
「でも多分、崖の方が正解だな」
晴生はその言葉と同時に、壁の扉と崖の扉を開けた。
確かに右はただの壁がすぐそこにあって、左は真っ青な青空が向こう側に広がっている。
「飛び降りるしかないな!!」
そう言っていち早く夏岡先輩がマントを翻した。
いやいや、飛び降りるって…夏岡先輩と副会長は空飛べるからいいけど…。
「では、夏岡は柚子由をお願いします。幸花は僕が。後は各自頑張ってください」
会長がそれだけ告げると、幸花を抱え上げた。
え?俺、俺は?
他はまぁ絶対なんとかなると思うけど、俺は?
冷や汗を流しながらきょろきょろと視線を泳がせていると、副会長が俺の肩に手をかけてきた。
「んじゃ、ま、行こっか♪」
ああ、副会長、俺を抱えて飛び降りてくれるんだ。
さっき思いっきり蹴られたけど、やっぱり副会長、実はいい人……。
そう思った瞬間だった。
「一番なゆゆー!!」
崖の扉ぎりぎりまでくると、楽しそうな声をあげ、俺の背中を勢いよく蹴る。
もちろん俺はそのまま前面から声にならない叫びをあげ、見事に落下していった。
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【純聖】
「千星さん!!」
「那由多!!」
ナユタが落ちた後、それを追いかけるようにハルキとタツミが飛び降りて行った。
つか、この高さからダイブしてあいつら大丈夫なのかよ。
まぁ、あの二人がいるからナユタは大丈夫か。
そうしている間に皆飛び降りて行く。
俺もその後をついて飛び降りて行った。
下からかなり強烈な風が吹き上げてくる。
普通に降りるだけなら問題ねーんだけど、俺の体格にこの風は結構堪える。
しかも、この崖、90度どころか抉れてるから飛ばされたら上の岩にぶつかんだよな。
そう思っているところに白い物体が降りてきた。
九鬼だ。
調度良い。
俺は九鬼に飛びついた。
「おっと!どうしたのおちびちゃん?ああ、おチビだから飛ばされそうでしんどいんだネ!」
「うるせー!!!」
九鬼の言葉は図星だったが俺はそのまま背中に張り付いた。
風もほとんど来ないし、危なげないし。
ここ、かなりの特等席だ。
幸花は左千夫が抱えてる。
いいな、と、思いながら俺はそれを見つめた。
つーか、俺全然左千夫の役に立ててねーな。
地区聖戦に選ばれた時はすげー嬉しかったんだけど、きっと左千夫に何も恩返しできてない。
九鬼の背中の服をグッと握りながら左千夫を見ていると幸花と目があった。
相変わらず鋭い目つきでこっちを睨んだ後視線を逸らされた。
なんだよ!アイツ!もうちょっと優しくしてくれたっていいだろ!!
九鬼の後ろでわなわな震えていると下の方からナユタの声が聞こえる。
「おちー!!おちーー!!!ヒィィィィィ、ぅぶ!!!!!!」
取り合えず、大丈夫そうな声だな。
俺はもやもやした気持ちを消化できないまま九鬼の背中を陣取っていた。
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【千星那由多】
ハイスピードで俺の身体は落下した。
気を失いたかったのに失えなかった。
いや、失ったら失ったでどうなってたかはわからない。
結局落下寸前に巽と晴生に抱えられ、晴生の空気砲と巽の鉤爪のお陰で地面への着地は大事に至らずにすんだ。
二人に抱えられたままぐったりと項垂れていると、次々とみんな地面へと降り立って来た。
「すっげー綺麗な景色!!」
夏岡先輩の声で、俺はやっと辺りを見回す。
周りは自然が溢れ、川のせせらぎ、鳥の声、澄んだ空気、全てが癒しになるような、そんな景色が広がっていた。
落下時の恐怖は抜けきらないが、ぼさぼさになった髪を手櫛で直していると、遠くから何かがこちらへ向かって来ているのが見えた。
でかい鳥……の上に恵芭守の奴等が乗っている。
全員軽やかに川の向こう岸の地面へと降り立つと、先頭に立ったのは眼鏡の男、加賀見匡だった。
「最後のステージへようこそ。
生憎御神はあれから目を覚まさないのでね、今回は僕が仕切らせてもらおう。
もうすでにここは僕の能力でフィールドが形成されている。
そして、今から行うのは、『スペル戦争』だ。
一度そちらのメンバーと闘ったことがあるので、ある程度はこれからやることはわかっているだろうが、物分かりの悪い奴等もいそうなので、きちんと説明しておこう」
■■■スペル戦争■■■
・2対2のゲーム(先鋒 次鋒 中堅 副将 大将の順番となり、先に三勝した方が勝利となる)
・参加ポイント3(勝利の場合、倍になって返ってくる)
・人が生息できない場所に足をつけば負け(例えばマグマ等。その場合自動的に自分の陣地に戻る仕組みになってくる)
・能力の使用OK。言葉の武器の使用は可能だが基本は武器の使用は必要としない。
■■■スペル戦争とは■■■
・言葉(スペル)を利用した戦闘で有る。
・まず二人は犠牲者と執行人に別れる。
・戦闘はターン形式で行われ、一ターンに可能な動作攻撃系が一度、防御が一度と限られている。
(○雷鳴よ響け ×黒い雲を空を覆え、更に雷鳴よ響け)
・ダメージは拘束となって現れ、犠牲者が完全拘束されると負けとなる。
「と、まぁこんな所だ」
確かこのスペル戦争ってのは、副会長と純聖が闘って負けたやつだ。
あの後副会長は会長に扱かれていたみたいだけど。
ついに俺もこの闘いをする時が来たのか。
「こちらのペアと順番は、そちらが決めてから同時に発表する。
先鋒、次鋒、中堅、副将、大将を決めてくれ、もちろん後からの変更は不可だ。
では、少し時間を与えよう。さっさとペアを決めてもらおうか」
その言葉の後、俺達は組み合わせを決めるための相談に入った。
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【純聖】
来た…。
正直あのスペル戦争ってのはもうやりたくない。
またあの状態になっても困るし、左千夫や仲間からお説教もごめんだ。
でも、やらなきゃ左千夫に迷惑がかかる。
俺は大きく喉を動かした。
九鬼の背中から降りると左千夫がペアを発表していたのでそれを聞くために近づいた。
「これで決定します。」
そう言って左千夫が示したのは、
先鋒■純聖・幸花
次鋒■夏岡陣太郎・弟月太一
中堅■天夜巽・日当瀬晴生
副将■三木柚子由・千星那由多
大将■九鬼・神功左千夫
「本当は体力を削られているものを温存したいのですが、この組み合わせが理想だと思います。
今回は肉体ダメージは無いようですが精神ダメージには気を付けてください。
犠牲者と執行者は話し合いで決めて下さい。
それでは送信しますね。」
そう言って左千夫はブレスレッドを使って、順番を送信した。
すると、向こうは既に組み合わせが決まっていたのか、大きなディスプレイに対戦票が発表された。
先鋒■純聖・幸花VS五十嵐栞子・葛西知穂
次鋒■夏岡陣太郎・弟月太一VS法花里津・Chloe Barnes
中堅■天夜巽・日当瀬晴生VS大比良樹里・小鷹安治
副将■三木柚子由・千星那由多VS御神圭・椎名優月
大将■九鬼・神功左千夫VS加賀見匡・ 田井雄馬
…俺、一番だな。
ちらっと幸花を見たけど既に俺なんか見て無かった。
「な、幸花」
「純聖、犠牲者だから」
だよな。
俺はガックリと肩を落とした。
それからさっきまで背中に乗ってきた九鬼を見たけど、あっちはあっちで左千夫に分厚い辞書を渡されていた。
犠牲者なら…スペルはあんま使用しないけど…。
もやもやとした感情を抱えたまま俺はフィールドへ向かった。
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【幸花】
純聖と一緒。
そうなるとは思ってたけど、最後くらい左千夫と一緒に闘いたかった。
それにしても、柚子由をあのアホナユタに預けていいものかと正直心配だ。
左千夫の事だから何か考えがあるのだろうけど。
「対戦相手はこれで決定だ。
第一回戦のペアは前へ出てくれ」
メガネの人がそう告げると、河がこちらとあちらを繋ぐように分裂され、そこに土の道ができた。
何やら純聖は何かに戸惑っている様子だったけど、私は無関心を装って闘いの舞台へと進んで行く。
「犠牲者は後ろ、執行人は前へ」
その言葉通りに私は先に配置へとついた。
後ろから小さなため息が聞こえたので、多分純聖も配置についたんだろう。
あちらの犠牲者は五十嵐栞子、執行人は葛西知穂だ。
「手は抜きませんよ」
カサイの後ろにいるイガラシがそう口にしたけど、返答する気は無かった。
元々手を抜いてもらう気なんてさらさらない。
「先攻後攻はコインで決めてもらう。ブンガク・ブドウ、来い」
メガネの男が名前を呼ぶと、断裂された河を渡って小さい男の子が現れた。
どうやらあちらのヒューマノイドだろう。
横半分がアカデミックドレス、もう半分が胴着というなんともおかしな恰好をしている。
そのヒューマノイドがコインをこちら側と相手側に見せると、宙へと指で飛ばした。
高くジャンプしそれをすぐさまキャッチすると、地面へと大きな音を立てて着地する。
「先にどうぞ」
イガラシにそう言われたので、純聖の方へと振り返る。
「え!?俺?……裏!」
「では表で」
ゆっくりと開いた手の甲のコインは、表だった。
再び純聖の方へと視線を送ると、大きくため息をついた。
この闘いをやるのは初めてだから、正直私も何が起こるかいまいち見当がつかない。
あちらの出方を見るのも手か。
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【葛西知穂】
「栞子様、お体は大丈夫でしょうか。」
「ああ。もう、問題無い。」
栞子様は体は大丈夫な様だが、まだ御神様を気にしてらっしゃる。
無理も無い、彼女にとって御神様は全てを捧げられる人物、そして彼はまだ意識を取り戻さない。
私は五十嵐様のお家に使える使用人のような身分だ。
それなのに彼女は私を同等に扱ってくださる。
そんな彼女にどうしても勝利を与えたい。
スペル戦争はこちらが最も訓練してきたゲーム。
そして相手は不慣れなゲームとハンデがあるもののここは勝利しておきたい。
「それでは命ずる。我が知識を持って、このフィールドを支配する。
覆うは闇、音も光も遮断された世界。
その世界を持って、二人の可愛い子ウサギを包み込む。孤独へと導く。」
いきなりの攻撃では無く。
私は補助攻撃から始めた。
もっとも、暗闇が嫌いなものが居ればこれでも十分攻撃になりうるが。
攻撃系の言葉を詠唱し、こちらは防御は必要ないのでこれでターンエンドとなる。
さて、あちらはかなり小さいがどういった言葉を選んでくるかが見ものだな。
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【幸花】
辺りが暗闇に包まれた。
先ほどまで聞こえていた自然の音、光が一切遮断され真っ暗闇に一人佇んでいる状態。
目の前にいたイガラシとカサイの姿もまったく見えなくなっている。
後ろにいる純聖ももちろん見えないが、なんとなくそこにいるというのは感覚でわかる。
今このフィールドに対し補助的なスペルを唱えるのがいいのか、攻撃をする方がいいのか。
暫く悩んだ所で、逃げていても無駄だろうと思い攻撃に徹することにする。
このフィールドが全て闇になっているというのなら、暗闇で使用できるもの。
動物……コウモリさんとかいいかも。
私は暗闇の中まっすぐ先を見つめ、小さく息を吸いこんだ。
「……暗闇で迷子になってしまった兎は誰も求めない。
たった一人、孤独で死んでいくことは怖くないから。
ただ、もし誰かを見つけたのなら、温もりを求めたっぷり血を吸ってあげましょう。
一匹、二匹、…空を埋め尽くすコウモリさんが優雅に舞う。
おいしそうな女の子を見つけたら、躊躇わずにその肉に牙をたててあげて」
暗闇で思いつくことと言えば、夜行性の動物。
攻撃できるものとなれば、吸血系がいいかな、と小さく口端をあげて微笑んだ。
スペルを唱える事で攻撃を受ければ、相手は拘束されると聞いている。
光が遮断されている暗闇なので、姿はまったく見えないけど。
ふと後ろを振り向いたが、もちろん左千夫の姿も見えない。
左千夫からはちゃんと私たちが見えているのかだけが、気がかりだった。
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【葛西知穂】
なるほど。
良いスペルを選んできた。
あの、幸花と言う子供は小さいが豊富な知識を備えている様ね。
「栞子様。ナイフを」
後ろの栞子様から普段携帯しているナイフを借りると私は手の甲を傷つけた。
「漆黒を舞う、蝙蝠よ。
腹を空かせたのなら飯をやろう。
ただし、それは私の血だけだ。
敬愛する彼女の血は一滴たりともやらない。
そして、私の流れる血よ。
地面を伝い、養分となり、下から迷えるウサギを捕まえなさい。
そして、孤独という名の海に引き摺ってしまえ。」
私のスペルは流れる様に防御と攻撃が一文に収まった。
これでかなりの効力を上げることができる。
そして、今の状態にあった文章。
これも得点が高い。
しかし、防御スペルに自分を用いたので蝙蝠たちは血の匂いに引き寄せられ私の血肉へと牙を立てる。
そう、そして、現実と同等の痛みを与え、私の片腕に包帯が巻き付いた。
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【純聖】
ぅおおおおおお!!!!
全くなんも見えねー!
これ、どっから攻撃くんだよ!
上か!下か!右か!左か!
俺がきょろきょろしている間に前から幸花の言葉が聞こえる。
求めないって、孤独に死ぬって。
それって、俺のこと言ってんのか?
俺は求めちゃ駄目なのか…。
ゴクリと大きく喉が鳴り、暗闇が研究施設の事を思い出させ全身が震え始める。
その時俺の手首に"拘束"と言う名の包帯が巻き付き始めていることに気付かなかった。
そして、次に聞こえたのは敵の女の声。
その声が聞こえ瞬間、俺の地面が丸で泥沼のように足を飲みこんで行く。
「うっわ!!なんだよ!これ!!!!」
暗いのに、下に呑みこまれていく。
それはとんでもない恐怖だった。
今、俺はどこまで沈んでいるかも分からない、もがけばもがくほど沈んでる気がする。
もうやめたい。
そう思った時には両手を何かに引っ張っられている様な感覚が伝わった。
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【幸花】
純聖の叫び声が後ろから聞こえる。
どうやら攻撃を食らったみたいだ。
まぁあれくらいなら死ぬバカじゃないだろうし、ほっといても大丈夫だと思う。多分。
それにしても、犠牲者に攻撃を受けさせないようにすることもできるのか。
私は純聖の身代わりにはなるつもりはない。
左千夫なら喜んでなるけど。
さて、次は何で攻撃しよう。
養分、と言えば木になって花になって…血を吸った真っ赤なお花がいいな。
それに誘われてくるのはなんだろう。
「……血を栄養にして育つ花は、真っ赤な色をしていた。
踊る様に咲き乱れ、溢れる蜜は醜い興奮を与えてくれる。
その香りに誘われた蜜蜂さんは、美味しいごはんにありついて、大きく大きく育っていくの。
お尻の針は鋭利に尖り、女の子を串刺しにするために使いましょう」
こんなところだろうか。
なんだかこれ、普段より喋らないといけないから無駄に疲れる気がする。
これなら別に犠牲者を純聖にしなくてもよかったかもしれない。
今更言っても遅いけれど。
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【純聖】
「ぅお!!!!な、なんか下から出てくる!!な、なんだよこれ!!」
俺がどんどん沈んで行く泥沼から何かか出てくる。
それが俺に絡まったおかげでそれ以上は沈まなかったけど、まだ俺は完全に解放された訳じゃなかった。
しかも、なんか、飛んでくる!!
羽音はすげー響いてる!!
既にこの時、俺は幸花の言葉なんて聞いてなかった。
何も見えない中で全てを耐えることに必死だった。
怖い、怖いけど怖いって言えない。
どうしたら、どうしたらいいんだ。
呼吸が荒くなっていく、駄目だこれじゃあ前の二の舞だ。
「我が主は痛みは効かない。
その体を持って蜜蜂の攻撃に耐える。
暗闇に染まった世界に光が射す。
火よりも熱い閃光が、紅い花に惑わされた蜜蜂や血に染まった蝙蝠を浄化していく。
そして、その光は孤独を分かりあえない二匹のウサギさえも焼きつくす」
俺がもたもたしている間にスペルが刻まれた様だ。
やっと視界に光がともった。
あれ、俺の手足、包帯が巻かれて―――。
「――――ッぁあああッ」
そうだ、言葉に出さなきゃ能力も使えないんだ。
光に照らされた俺の体が熱い。
そして、気付いたころには俺の手足は完全に包帯に巻かれていた。
これ、拘束だ。
俺、知らない間にこんなにダメージ受けてた。
激しい動機を抑えきれず、俯いたまま大きく呼吸した。
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【五十嵐栞子】
あちらの少女はよくやっているようだ。
けれどそれ以上に知穂はうまくやっている。
先ほどの攻撃も痛覚オフのおかげか、体力的には全く持って支障はなかった。
特にあちらの少年は弱り切っているようだ。
精神的にも体力的にも、この暗闇が余計に少年を拘束している、そんな風に思えた。
溶けてしまいそうに熱い光が少年を襲う。
一瞬にして辺りが眩い光に照らされ、暗闇に光が灯った。
いつ見てもこのスペル戦争というのは非現実的だ。
それ故に現実に起きているという事が少し認識しにくい。
このまま勢いを失わなければ、負ける相手ではないでしょう。
御神様のためにも、この勝負は勝たなければ。
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【幸花】
光の閃光が純聖へと向かってくる。
熱なら純聖は能力的にも耐える事ができるので、問題はない。そう思っていたのに。
後ろから悲痛な叫び声がこだました。
私は思わず後ろを振り向いた。
そこには、包帯に手足の自由を奪われた純聖がいる。
あの包帯は攻撃を受けた分だけの対価。
なぜ純聖はあの熱を能力で耐えなかったのか。
犠牲者でもそれは可能なはず。
眩い光に照らされた純聖は蹲っていた。
それはまるで戦意を失っているようにも見える。
…あいつ、あんなに弱いはずない。
いつだって無茶して、うざいぐらいに前向きで、正直本気で闘ったら負けるかもしれないって、そう思ってた。
そんな弱い所見せないでよ。
こっちだって不安になるじゃない。
「……光に負けた少年の気持ちは、少女はわからない。
痛みも、辛さも、少女と少年は共有できない……。
だからこそ、我の心の痛みを少年に与えよ。
眩い光は影をつくり、その影より出でし悪魔が少年の身を包み込む。
それは愛ではない、もう一度彼を立たせるための罰だ」
私は相手ではなく、純聖を攻撃するスペルを唱えた。
純聖に優しさをかけるつもりなんて毛頭ないし、私は本当に不器用だ。
気持ちを言葉にできるのなら簡単だけれど、そんな事したってあいつには効かない気がする。
「いつまでも……自分の事ばっかり考えてるから、そうなるの…」
最後にその言葉だけを小さく告げた。
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【純聖】
熱い!
この熱さはまるで、実験の時に火であぶられている様な痛みだった。
それだけじゃない、闇が、影が、俺を…ッ!
「―――ッ!!!さち、かッ!……ぅわあああッ!!!」
まだ下に存在していた闇が俺に絡みついて締め上げて行く。
それは敵の攻撃じゃなく幸花の攻撃だった。
なんで、なんで幸花まで俺に。
そんなに俺って必要ないのか。
混乱している俺は闇だけじゃなく、どんどん包帯に拘束されていった。
その時小さな声が聞こえた。
「いつまでも……自分の事ばっかり考えてるから、そうなるの…」
自分のこと…?
その言葉に控え席の方へと視線を移した。
左千夫がこっちを見てる、その横に柚子由が心配そうにしてる。
そうだ、俺は柚子由を守るために選ばれたんだ。
左千夫に恩返し出来るんだ。
これで、俺が負けたら、幸花も役に立てなかったことになる。
俺のせいで。
「仲間割れ…か。
オスとメスのウサギは分かりあえなかった。
更に光は強くなり、彼らの体をこがすだろう。
闇に掴まれたウサギの体はもう動くことが出来ない、熱くて、熱くて、孤独を感じながら焼かれて行くのだ。」
敵の声が聞こえる。
そうすると、俺を焼いていた光が更に強くなる。
熱い。
でも、俺の方がもっと熱い筈だ。
でも、でも…
なんていっていいか、わかんねーんだよー!!!
「俺はぁぁぁぁ!!!熱いッッ!!!!!」
そう、俺はこの中でどうやって能力を発動させていいかさっぱりわからなかったのだ。
なので、取り合えず言葉にしてみた。
そうすると全身の熱が上昇した。
照らしてくる光は確かに俺を焦がしたかもしれないが、能力が発動した俺には全く効かなかった。
俺は笑みを浮かべながら敵を見た。
もうほとんどを包帯で覆われているので猶予は無いが。
「悪かったな、幸花。
さっさとやっつけて、左千夫に褒めて貰おうぜ。」
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【幸花】
俺は熱いって…。
もっとマシな言い方ってものがあるのに。
後ろを振り向くと、純聖は正気に戻っていた。
謝られるとなんだか私が手を貸したみたいになるからやめてほしい。
「……当たり前でしょ…」
左千夫に褒めてもらおう、と言う言葉に私はそう答えた。
そうだ。
私達は左千夫と柚子由のために闘っているようなものだ。
この闘いで勝利を収める事で喜んでもらえるのなら、負けるわけにはいかない。
純聖の向こう側にいる左千夫と柚子由を見つめた。
二人の姿が見えて安心したのか、私の心は少し軽くなっていた。
「愚かな者は学び、そして自分の力を解放する。
その熱は身を焦がす以上に熱く、痛みさえ伴わない程に溶ける。
地表は灼熱の海へと変わり、その身体は深く深く沈んで行くでしょう。
女は人魚姫にはなれない。王子様は眠り続けているから」
そのスペル通りに、純聖の熱と先ほどカサイが放ったスペルが融合する。
高熱で辺りがゆらぎ、イガラシがいた地面が海の様に波打ち、溶け始めた。
そして彼女の身体が灼熱の海へと沈み始める。
イガラシの能力の痛みを伴わない能力、正直腹が立つ。
痛みが分からなくなるほど散々甚振られてきた私達の方が、本当の意味で痛みに強いはずだ。
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【純聖】
「―――ッ」
後ろのねーちゃんに包帯が巻き付いた。
俺には幸花の言ってることはさっぱりわかんねーけど、どこかに俺みたいに引っかかるワードがあったんだろう。
「幸花、いいとこついたんじゃね?」
マグマで岩石が壊れる音が凄いので俺は幸花にだけ聞こえる声で言った。
分かってるとか、黙ってってとか言われると思ったけど、幸花は小さく頷いていた。
…逆にこれはこれでなんか調子狂うな。
そんなこと死んでも言えないけどと思いながら後ろから幸花を見つめた。
今は光がある。
だから左千夫も柚子由も見える。
もう、闇に落ちたりしない。
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【葛西知穂】
栞子様に包帯が巻きついてしまった。
それにしても熱い。
マグマがじわじわ私達に近づいてきている。
きっと栞子様が引っかかったのは王子と言う言葉だろう。
そこから離さなければ。
「彼女には従順な家来が居る。
彼女には沢山の仲間が居る。
孤独な二人のウサギとは異なり、彼女には支えてくれる沢山の人が居る。
こんな程度のマグマで私達は埋もれたりしない。
崩れた岩石が私達を囲い守り、冷やされた石達が怒り狂ったように人間に歯向かった二匹のウサギへと飛んでいく。」
どういうことだ。
上手く、言葉は選んだ筈だ。
しかし、思った以上にとんで行く岩に効力が無い。
私はチラッと栞子様を振り返った。
もしかして、前回の戦闘で負われた傷が回復していないのでは。
攻撃には犠牲者の精神状態も関係してくる。
その関係は私にはよくわからないが、いつもの練習ほどの効力が今は無かった。
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【五十嵐栞子】
溶岩は熱くも痛くも無い、それでも私の身体に包帯が巻きついて行く。
彼女が言った「王子様」という言葉に少しばかり反応してしまった。
戦闘中に彼、御神様の事は考えないようにしなければと思っていたのに。
このスペル戦争は、どちらかの信頼バランスや精神バランスが崩れると、敵の攻撃も深くなる。
そして、先ほど知穂の放ったスペルは、思った以上に相手には響いていないみたいだった。
私のせい、かもしれない。
私には、支えてくれる人、仲間、確かにそれは存在する。
それは、正解だけれど…。
囲われた岩の壁は溶岩を塞き止めていた、しかし、嫌な音がする。
これでは余り持たないのではないだろうか。
そもそも、知穂は私を守りすぎだ。
もっと、信頼してくれてもいいのに。
いや、彼女は私を信頼してくれている、でも…。
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【幸花】
飛んで来た岩の効力が弱い。
何やら確実にあちらに異変が起きている。
純聖に、いいところをついた、と言われたので、先ほどのスペルを思い返していると、多分原因はイガラシの「王子様」だ。
そして、カサイもそれをわかっていない。
「…溢れかえる民衆が、全員信頼できるとは限らない。
お姫様は孤独、だって家来も王子もお姫様の心を知らない。
彼女を守る鉄壁の城は脆く崩れ去り、綺麗に着飾ったドレスは燃えていく。
もがき苦しむお姫様は、たった一人で死へのダンスを踊り続ける」
突く、とすればミカミの事だろう。
さっき純聖を陥れた仕返し…と言うのは少し違うけれど、身体が痛くないなら精神的に痛めつけるだけだ。
それは私の得意分野だし。
少し楽しくなってきたのか、自然と口角があがっていた。
そして、イガラシの周りを囲んでいた岩は崩れ去り、彼女の身体は溶岩に飲まれて行った。
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【葛西知穂】
防御壁が意図も簡単に壊れて行く。
どうして、私のスペル選びに問題があるの。
「五十嵐様…ッ!」
「私は、大丈夫です…ッ、集中して。」
そう言った五十嵐様は熱そうだった。
熱い……?
彼女は熱さを感じない筈。
でも、でも。
「……お姫様は孤独なんかじゃない。
何人もの家来が彼女の周りを囲う。
冷たい冷たい氷となって彼女を冷やす。
―――栞子様をマグマから守るの……!!
そして、その氷は絆が無い孤独なウサギを切り裂くの!」
全てを防御スペルへと費やしてしまった。
しかし、思ったほどの効果は得られない。
栞子様がマグマへと呑み込まれていくと同時にどんどんダメージとして包帯が巻かれていく。
もう、顔くらいしか見えていない。
そして、私も包帯へととらわれ始めた。
練習ではこのスペルで何の問題も無かったのに。
後は、私が最後に付け加えた攻撃スペルで彼女たちの絆が切れればまだ勝機はあるかもしれない。
矢張り、私では御神様の代わりにはなれないのか。
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【五十嵐栞子】
おかしい、身体が熱い。
耐えれない熱さではない、けれど、痛覚オフしているはずなのにこんなに熱いのはおかしい。
私の異変に気付いた知穂に、集中するように言いつける。
そして、彼女のスペルが響き渡ると、再び防御が発動した。
氷でマグマを押し切ろうとしているけれど、あたりに蒸気が発生し、熱に負けている状態だった。
彼女は私を「お姫様」だと言う。
確かに家柄もさほど悪くは無い、そして知穂は本当に姫のように私の事を扱う。
正直それを望んでいない。
何度も友達になろうと言った。
それなのに、彼女はいつも「主従関係」だと言い張る。
冷たい氷が熱で溶け始めた。
精神を保たなければいけないのに、御神様の事や千穂の事に気を取られてしまう。
知穂が放った氷のスペルが、少年と少女へと向かって飛んで行った。
もう少年も後がない、…もちろん、今の私もだけれど。
そして、少女の小さな声で、スペルが響き渡った。
「…絆なんて最初から少年と少女には無い、けれど、目指す場所は一緒。
それは何者にも断ち切れる事はない、永遠の約束。
氷の刃は綺麗な氷の宝石へと変わるの。
その宝石は、わかり合えない家来とお姫様を着飾るために使おうか。
キラキラ光る宝石は、血の色が滲んで真っ赤な宝石になるでしょう」
その言葉の後、すぐさま私は知穂に声をかけた。
「…防御はもういい、攻撃の事だけ考えて…私を信用して……今は、私の事は『犠牲者』だと思いなさい…ッ」
これ以上逃げに徹しても状況は変わらない。
私は守られるためにここにいるのではない、闘うためにいるの。
それを知穂にわかってもらいたかった。
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【葛西知穂】
「ッぁあああッ!!!」
駄目だ、氷が溶ける。
それだけでは無く、飛んでくる宝石によって私達は切り刻まれていった。
攻撃に転じなければならない。
でも、栞子様が痛みを訴えている。
そして、口にされた『犠牲者』との言葉。
栞子様はいつもそう。
私を他人を守るために身を呈してくれる。
これで私まで彼女を犠牲にしてどうすると言うのだ。
「できません…!」
包帯が巻き付き始めた腕を抑えながら私はそれを言い切った栞子様に反するのは初めてかもしれない。
そうすることで私達の絆は途絶えてしまう。
「私は栞子様の家来。
私の務めは貴方を守ること。
もう一度言う!土の壁よ彼女を……守りなさい…」
もう、スペルも浮かばなかった。
私達の負け…だ。
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【幸花】
カサイが放ったスペルはイガラシを守るものだった。
あの二人の精神バランスは完璧に崩れてる。
もうそろそろお終いだろう。
「…お姫様を守る土の壁は、彼女を更に孤独にしていく。
家来は言う事を聞かない、王子は助けにも来ない。
牢屋に入れられたかわいそうなお姫様。
二度と出れないように鍵をかけてあげましょう。
牢の檻はお姫様の身体を拘束し、声も光も届かない暗闇へと引きずりこむの。」
そのスペル通り、土の壁はイガラシをドーム状に包み込んだ。
そして、土の中へ身体ごと引きずり込んでいく。
イガラシが叫んでいる声も姿も見えない。
土が完璧に平らになった所で、辺りの景色が正常に戻って行く。
スペルで形成された世界が先ほどいた綺麗な景色へと変わり、私は安堵の息を吐いた。
そして、イガラシの姿が見えた時には、彼女の全身は包帯でぐるぐる巻きになっていた。
勝った、んだと思う。
負ければあんな姿になるのか。
やっぱり犠牲者じゃなくてよかった。
すぐに左千夫の方へと振り返った。
後ろの純聖も振り返っている。
いつものように優しく微笑んでいる左千夫と柚子由を見て、私も嬉しさで自然と笑みが零れた。
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【加賀見匡】
「栞子様…!!」
葛西が急いでミイラのように包帯で巻き付けられた五十嵐へと走って行った。
そして、顔の部分の包帯だけ毟り取る。
しかし、まぁ、本当に完全拘束されたな。
あそこまで拘束されるのは完全なる敗北を意味している。
「はやく戻ってこい、五十嵐、葛西。
五十嵐はその程度ではなんとも無いだろう。」
俺は眼鏡を押しあげながら辛辣に言った。
五十嵐は強い、これくらいの精神ダメージでは彼女はなんとも無いだろう。
その時だった。
「駄目だよ、全力を尽くして戦った二人に、そんなこと言っては…」
御神がどうやら目覚めたようだ。
しかし、体調は思わしく無いのか青ざめた表情で木に凭れかかったままだ。
「御神様!!!」
包帯を解いて貰った五十嵐が走ってくる。
その後ろで葛西は俯いていた。
「…大丈夫だよ、栞子。
僕より、もっと傷付いている人が、後ろにいるだろう。」
御神に走り寄った五十嵐へと諭す様に語りかける。
こういう甘っちょろいところが僕は嫌いだ。
そして、五十嵐は戻ってきた葛西のもとへと歩んで行った。
愛輝凪の方を見やれば、先程戦っていた子供二人は会長と副会長に褒められていた。
なるほど、彼らの絆とはあの二人、会長と副会長のことだったのか。
それを見抜けなかったこちらの負けは僕には直ぐに納得できた。
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【五十嵐栞子】
身体中に巻き付いた包帯を解いたのは、知穂だった。
心配そうな顔、いつもそうやって私を本当に心配してくれるのは、知穂と御神様だけ。
体調が万全で無いのにこの場所へ現れた御神様に諭され、ハっとした。
私はきっと、知穂に酷い事をしてしまっていた。
少し痛む身体を引きずりながら、知穂へと歩み寄る。
俯いた彼女と視線を合わすように屈むと、優しく抱きしめてあげた。
彼女はしっかりしている、でも私はそれに甘えすぎていた。
「ごめんね……負けてしまって。
もうちょっと私が強ければ…ううん、そんな強さなんて関係ないわよね。
私、きっとあなたを今までいっぱい傷つけてしまっていたと思うの。
だけど、私もあなたに傷つけられていたわ。
……もう、家来とか主従関係とか、思わないで。
それが私は一番辛いの。
…知穂は私の大事な親友で、仲間、御神様とはまた違う、特別な関係よ。
もう様付けはいらないわ、私の親友になって、知穂」
思いを伝えるように強く彼女を抱きしめる。
やっと、自分の中のしがらみがとけた気がした。
知穂はどうだかわからない、でも私はきちんと彼女に思いの丈を伝えたつもり。
彼女から身体を離すと、いつものように微笑みを送った。
格闘フィールドは、会長の快進撃で勝利を収めた。
砂嵐が酷かったので何が起きたのかさっぱりわからなかったが、弟月先輩が離脱してから即効で片が付いたようなものだった。
やっぱりあの人はすごい。
晴生も治療を受けた後、何事もなかったかのようにピンピンしていたので、大事に至らなくて済んで本当によかった。
すっかり忘れてたけど、地区聖戦って、死ぬ可能性だってあるんだよな。
もしこの闘いが生死なんて関係のない闘いであったなら、俺にも死の危険性は十分にあったんだ。
そして、自分の能力がうまく発動できなかったことも気がかりだ。
次の試合は勝てるだろうか。
いや、今度こそ勝ちたい。
副会長に蹴られた腹が、まだ少しずきずきと痛んだ。
次のステージへと進むまでの道はただの迷路だった。
しかし、いかんせん長い。
もうかれこれ30分は歩き続けているだろうか。
やけに空気も薄く、身体にかかる負担が少し大きかった。
御神はあれから目覚めることはなかった。
大丈夫だとは思うけれど、やっぱり敵であってもあんな姿を見るのは少し心が痛む。
少し進んだ先に二つの扉があった。
「二つあるネ、どっちかがフェイクとか?」
「可能性はありますね」
どちらを開けるかが問題となったが、そこは晴生の能力で扉の先に何があるかを分析してもらう。
しかし、晴生の言葉に俺達は耳を疑った。
「一方は壁、もう一方は崖になってるな」
壁と崖?
そうなるとどちらもフェイクなんじゃないのか?
「でも多分、崖の方が正解だな」
晴生はその言葉と同時に、壁の扉と崖の扉を開けた。
確かに右はただの壁がすぐそこにあって、左は真っ青な青空が向こう側に広がっている。
「飛び降りるしかないな!!」
そう言っていち早く夏岡先輩がマントを翻した。
いやいや、飛び降りるって…夏岡先輩と副会長は空飛べるからいいけど…。
「では、夏岡は柚子由をお願いします。幸花は僕が。後は各自頑張ってください」
会長がそれだけ告げると、幸花を抱え上げた。
え?俺、俺は?
他はまぁ絶対なんとかなると思うけど、俺は?
冷や汗を流しながらきょろきょろと視線を泳がせていると、副会長が俺の肩に手をかけてきた。
「んじゃ、ま、行こっか♪」
ああ、副会長、俺を抱えて飛び降りてくれるんだ。
さっき思いっきり蹴られたけど、やっぱり副会長、実はいい人……。
そう思った瞬間だった。
「一番なゆゆー!!」
崖の扉ぎりぎりまでくると、楽しそうな声をあげ、俺の背中を勢いよく蹴る。
もちろん俺はそのまま前面から声にならない叫びをあげ、見事に落下していった。
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【純聖】
「千星さん!!」
「那由多!!」
ナユタが落ちた後、それを追いかけるようにハルキとタツミが飛び降りて行った。
つか、この高さからダイブしてあいつら大丈夫なのかよ。
まぁ、あの二人がいるからナユタは大丈夫か。
そうしている間に皆飛び降りて行く。
俺もその後をついて飛び降りて行った。
下からかなり強烈な風が吹き上げてくる。
普通に降りるだけなら問題ねーんだけど、俺の体格にこの風は結構堪える。
しかも、この崖、90度どころか抉れてるから飛ばされたら上の岩にぶつかんだよな。
そう思っているところに白い物体が降りてきた。
九鬼だ。
調度良い。
俺は九鬼に飛びついた。
「おっと!どうしたのおちびちゃん?ああ、おチビだから飛ばされそうでしんどいんだネ!」
「うるせー!!!」
九鬼の言葉は図星だったが俺はそのまま背中に張り付いた。
風もほとんど来ないし、危なげないし。
ここ、かなりの特等席だ。
幸花は左千夫が抱えてる。
いいな、と、思いながら俺はそれを見つめた。
つーか、俺全然左千夫の役に立ててねーな。
地区聖戦に選ばれた時はすげー嬉しかったんだけど、きっと左千夫に何も恩返しできてない。
九鬼の背中の服をグッと握りながら左千夫を見ていると幸花と目があった。
相変わらず鋭い目つきでこっちを睨んだ後視線を逸らされた。
なんだよ!アイツ!もうちょっと優しくしてくれたっていいだろ!!
九鬼の後ろでわなわな震えていると下の方からナユタの声が聞こえる。
「おちー!!おちーー!!!ヒィィィィィ、ぅぶ!!!!!!」
取り合えず、大丈夫そうな声だな。
俺はもやもやした気持ちを消化できないまま九鬼の背中を陣取っていた。
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【千星那由多】
ハイスピードで俺の身体は落下した。
気を失いたかったのに失えなかった。
いや、失ったら失ったでどうなってたかはわからない。
結局落下寸前に巽と晴生に抱えられ、晴生の空気砲と巽の鉤爪のお陰で地面への着地は大事に至らずにすんだ。
二人に抱えられたままぐったりと項垂れていると、次々とみんな地面へと降り立って来た。
「すっげー綺麗な景色!!」
夏岡先輩の声で、俺はやっと辺りを見回す。
周りは自然が溢れ、川のせせらぎ、鳥の声、澄んだ空気、全てが癒しになるような、そんな景色が広がっていた。
落下時の恐怖は抜けきらないが、ぼさぼさになった髪を手櫛で直していると、遠くから何かがこちらへ向かって来ているのが見えた。
でかい鳥……の上に恵芭守の奴等が乗っている。
全員軽やかに川の向こう岸の地面へと降り立つと、先頭に立ったのは眼鏡の男、加賀見匡だった。
「最後のステージへようこそ。
生憎御神はあれから目を覚まさないのでね、今回は僕が仕切らせてもらおう。
もうすでにここは僕の能力でフィールドが形成されている。
そして、今から行うのは、『スペル戦争』だ。
一度そちらのメンバーと闘ったことがあるので、ある程度はこれからやることはわかっているだろうが、物分かりの悪い奴等もいそうなので、きちんと説明しておこう」
■■■スペル戦争■■■
・2対2のゲーム(先鋒 次鋒 中堅 副将 大将の順番となり、先に三勝した方が勝利となる)
・参加ポイント3(勝利の場合、倍になって返ってくる)
・人が生息できない場所に足をつけば負け(例えばマグマ等。その場合自動的に自分の陣地に戻る仕組みになってくる)
・能力の使用OK。言葉の武器の使用は可能だが基本は武器の使用は必要としない。
■■■スペル戦争とは■■■
・言葉(スペル)を利用した戦闘で有る。
・まず二人は犠牲者と執行人に別れる。
・戦闘はターン形式で行われ、一ターンに可能な動作攻撃系が一度、防御が一度と限られている。
(○雷鳴よ響け ×黒い雲を空を覆え、更に雷鳴よ響け)
・ダメージは拘束となって現れ、犠牲者が完全拘束されると負けとなる。
「と、まぁこんな所だ」
確かこのスペル戦争ってのは、副会長と純聖が闘って負けたやつだ。
あの後副会長は会長に扱かれていたみたいだけど。
ついに俺もこの闘いをする時が来たのか。
「こちらのペアと順番は、そちらが決めてから同時に発表する。
先鋒、次鋒、中堅、副将、大将を決めてくれ、もちろん後からの変更は不可だ。
では、少し時間を与えよう。さっさとペアを決めてもらおうか」
その言葉の後、俺達は組み合わせを決めるための相談に入った。
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【純聖】
来た…。
正直あのスペル戦争ってのはもうやりたくない。
またあの状態になっても困るし、左千夫や仲間からお説教もごめんだ。
でも、やらなきゃ左千夫に迷惑がかかる。
俺は大きく喉を動かした。
九鬼の背中から降りると左千夫がペアを発表していたのでそれを聞くために近づいた。
「これで決定します。」
そう言って左千夫が示したのは、
先鋒■純聖・幸花
次鋒■夏岡陣太郎・弟月太一
中堅■天夜巽・日当瀬晴生
副将■三木柚子由・千星那由多
大将■九鬼・神功左千夫
「本当は体力を削られているものを温存したいのですが、この組み合わせが理想だと思います。
今回は肉体ダメージは無いようですが精神ダメージには気を付けてください。
犠牲者と執行者は話し合いで決めて下さい。
それでは送信しますね。」
そう言って左千夫はブレスレッドを使って、順番を送信した。
すると、向こうは既に組み合わせが決まっていたのか、大きなディスプレイに対戦票が発表された。
先鋒■純聖・幸花VS五十嵐栞子・葛西知穂
次鋒■夏岡陣太郎・弟月太一VS法花里津・Chloe Barnes
中堅■天夜巽・日当瀬晴生VS大比良樹里・小鷹安治
副将■三木柚子由・千星那由多VS御神圭・椎名優月
大将■九鬼・神功左千夫VS加賀見匡・ 田井雄馬
…俺、一番だな。
ちらっと幸花を見たけど既に俺なんか見て無かった。
「な、幸花」
「純聖、犠牲者だから」
だよな。
俺はガックリと肩を落とした。
それからさっきまで背中に乗ってきた九鬼を見たけど、あっちはあっちで左千夫に分厚い辞書を渡されていた。
犠牲者なら…スペルはあんま使用しないけど…。
もやもやとした感情を抱えたまま俺はフィールドへ向かった。
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【幸花】
純聖と一緒。
そうなるとは思ってたけど、最後くらい左千夫と一緒に闘いたかった。
それにしても、柚子由をあのアホナユタに預けていいものかと正直心配だ。
左千夫の事だから何か考えがあるのだろうけど。
「対戦相手はこれで決定だ。
第一回戦のペアは前へ出てくれ」
メガネの人がそう告げると、河がこちらとあちらを繋ぐように分裂され、そこに土の道ができた。
何やら純聖は何かに戸惑っている様子だったけど、私は無関心を装って闘いの舞台へと進んで行く。
「犠牲者は後ろ、執行人は前へ」
その言葉通りに私は先に配置へとついた。
後ろから小さなため息が聞こえたので、多分純聖も配置についたんだろう。
あちらの犠牲者は五十嵐栞子、執行人は葛西知穂だ。
「手は抜きませんよ」
カサイの後ろにいるイガラシがそう口にしたけど、返答する気は無かった。
元々手を抜いてもらう気なんてさらさらない。
「先攻後攻はコインで決めてもらう。ブンガク・ブドウ、来い」
メガネの男が名前を呼ぶと、断裂された河を渡って小さい男の子が現れた。
どうやらあちらのヒューマノイドだろう。
横半分がアカデミックドレス、もう半分が胴着というなんともおかしな恰好をしている。
そのヒューマノイドがコインをこちら側と相手側に見せると、宙へと指で飛ばした。
高くジャンプしそれをすぐさまキャッチすると、地面へと大きな音を立てて着地する。
「先にどうぞ」
イガラシにそう言われたので、純聖の方へと振り返る。
「え!?俺?……裏!」
「では表で」
ゆっくりと開いた手の甲のコインは、表だった。
再び純聖の方へと視線を送ると、大きくため息をついた。
この闘いをやるのは初めてだから、正直私も何が起こるかいまいち見当がつかない。
あちらの出方を見るのも手か。
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【葛西知穂】
「栞子様、お体は大丈夫でしょうか。」
「ああ。もう、問題無い。」
栞子様は体は大丈夫な様だが、まだ御神様を気にしてらっしゃる。
無理も無い、彼女にとって御神様は全てを捧げられる人物、そして彼はまだ意識を取り戻さない。
私は五十嵐様のお家に使える使用人のような身分だ。
それなのに彼女は私を同等に扱ってくださる。
そんな彼女にどうしても勝利を与えたい。
スペル戦争はこちらが最も訓練してきたゲーム。
そして相手は不慣れなゲームとハンデがあるもののここは勝利しておきたい。
「それでは命ずる。我が知識を持って、このフィールドを支配する。
覆うは闇、音も光も遮断された世界。
その世界を持って、二人の可愛い子ウサギを包み込む。孤独へと導く。」
いきなりの攻撃では無く。
私は補助攻撃から始めた。
もっとも、暗闇が嫌いなものが居ればこれでも十分攻撃になりうるが。
攻撃系の言葉を詠唱し、こちらは防御は必要ないのでこれでターンエンドとなる。
さて、あちらはかなり小さいがどういった言葉を選んでくるかが見ものだな。
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【幸花】
辺りが暗闇に包まれた。
先ほどまで聞こえていた自然の音、光が一切遮断され真っ暗闇に一人佇んでいる状態。
目の前にいたイガラシとカサイの姿もまったく見えなくなっている。
後ろにいる純聖ももちろん見えないが、なんとなくそこにいるというのは感覚でわかる。
今このフィールドに対し補助的なスペルを唱えるのがいいのか、攻撃をする方がいいのか。
暫く悩んだ所で、逃げていても無駄だろうと思い攻撃に徹することにする。
このフィールドが全て闇になっているというのなら、暗闇で使用できるもの。
動物……コウモリさんとかいいかも。
私は暗闇の中まっすぐ先を見つめ、小さく息を吸いこんだ。
「……暗闇で迷子になってしまった兎は誰も求めない。
たった一人、孤独で死んでいくことは怖くないから。
ただ、もし誰かを見つけたのなら、温もりを求めたっぷり血を吸ってあげましょう。
一匹、二匹、…空を埋め尽くすコウモリさんが優雅に舞う。
おいしそうな女の子を見つけたら、躊躇わずにその肉に牙をたててあげて」
暗闇で思いつくことと言えば、夜行性の動物。
攻撃できるものとなれば、吸血系がいいかな、と小さく口端をあげて微笑んだ。
スペルを唱える事で攻撃を受ければ、相手は拘束されると聞いている。
光が遮断されている暗闇なので、姿はまったく見えないけど。
ふと後ろを振り向いたが、もちろん左千夫の姿も見えない。
左千夫からはちゃんと私たちが見えているのかだけが、気がかりだった。
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【葛西知穂】
なるほど。
良いスペルを選んできた。
あの、幸花と言う子供は小さいが豊富な知識を備えている様ね。
「栞子様。ナイフを」
後ろの栞子様から普段携帯しているナイフを借りると私は手の甲を傷つけた。
「漆黒を舞う、蝙蝠よ。
腹を空かせたのなら飯をやろう。
ただし、それは私の血だけだ。
敬愛する彼女の血は一滴たりともやらない。
そして、私の流れる血よ。
地面を伝い、養分となり、下から迷えるウサギを捕まえなさい。
そして、孤独という名の海に引き摺ってしまえ。」
私のスペルは流れる様に防御と攻撃が一文に収まった。
これでかなりの効力を上げることができる。
そして、今の状態にあった文章。
これも得点が高い。
しかし、防御スペルに自分を用いたので蝙蝠たちは血の匂いに引き寄せられ私の血肉へと牙を立てる。
そう、そして、現実と同等の痛みを与え、私の片腕に包帯が巻き付いた。
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【純聖】
ぅおおおおおお!!!!
全くなんも見えねー!
これ、どっから攻撃くんだよ!
上か!下か!右か!左か!
俺がきょろきょろしている間に前から幸花の言葉が聞こえる。
求めないって、孤独に死ぬって。
それって、俺のこと言ってんのか?
俺は求めちゃ駄目なのか…。
ゴクリと大きく喉が鳴り、暗闇が研究施設の事を思い出させ全身が震え始める。
その時俺の手首に"拘束"と言う名の包帯が巻き付き始めていることに気付かなかった。
そして、次に聞こえたのは敵の女の声。
その声が聞こえ瞬間、俺の地面が丸で泥沼のように足を飲みこんで行く。
「うっわ!!なんだよ!これ!!!!」
暗いのに、下に呑みこまれていく。
それはとんでもない恐怖だった。
今、俺はどこまで沈んでいるかも分からない、もがけばもがくほど沈んでる気がする。
もうやめたい。
そう思った時には両手を何かに引っ張っられている様な感覚が伝わった。
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【幸花】
純聖の叫び声が後ろから聞こえる。
どうやら攻撃を食らったみたいだ。
まぁあれくらいなら死ぬバカじゃないだろうし、ほっといても大丈夫だと思う。多分。
それにしても、犠牲者に攻撃を受けさせないようにすることもできるのか。
私は純聖の身代わりにはなるつもりはない。
左千夫なら喜んでなるけど。
さて、次は何で攻撃しよう。
養分、と言えば木になって花になって…血を吸った真っ赤なお花がいいな。
それに誘われてくるのはなんだろう。
「……血を栄養にして育つ花は、真っ赤な色をしていた。
踊る様に咲き乱れ、溢れる蜜は醜い興奮を与えてくれる。
その香りに誘われた蜜蜂さんは、美味しいごはんにありついて、大きく大きく育っていくの。
お尻の針は鋭利に尖り、女の子を串刺しにするために使いましょう」
こんなところだろうか。
なんだかこれ、普段より喋らないといけないから無駄に疲れる気がする。
これなら別に犠牲者を純聖にしなくてもよかったかもしれない。
今更言っても遅いけれど。
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【純聖】
「ぅお!!!!な、なんか下から出てくる!!な、なんだよこれ!!」
俺がどんどん沈んで行く泥沼から何かか出てくる。
それが俺に絡まったおかげでそれ以上は沈まなかったけど、まだ俺は完全に解放された訳じゃなかった。
しかも、なんか、飛んでくる!!
羽音はすげー響いてる!!
既にこの時、俺は幸花の言葉なんて聞いてなかった。
何も見えない中で全てを耐えることに必死だった。
怖い、怖いけど怖いって言えない。
どうしたら、どうしたらいいんだ。
呼吸が荒くなっていく、駄目だこれじゃあ前の二の舞だ。
「我が主は痛みは効かない。
その体を持って蜜蜂の攻撃に耐える。
暗闇に染まった世界に光が射す。
火よりも熱い閃光が、紅い花に惑わされた蜜蜂や血に染まった蝙蝠を浄化していく。
そして、その光は孤独を分かりあえない二匹のウサギさえも焼きつくす」
俺がもたもたしている間にスペルが刻まれた様だ。
やっと視界に光がともった。
あれ、俺の手足、包帯が巻かれて―――。
「――――ッぁあああッ」
そうだ、言葉に出さなきゃ能力も使えないんだ。
光に照らされた俺の体が熱い。
そして、気付いたころには俺の手足は完全に包帯に巻かれていた。
これ、拘束だ。
俺、知らない間にこんなにダメージ受けてた。
激しい動機を抑えきれず、俯いたまま大きく呼吸した。
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【五十嵐栞子】
あちらの少女はよくやっているようだ。
けれどそれ以上に知穂はうまくやっている。
先ほどの攻撃も痛覚オフのおかげか、体力的には全く持って支障はなかった。
特にあちらの少年は弱り切っているようだ。
精神的にも体力的にも、この暗闇が余計に少年を拘束している、そんな風に思えた。
溶けてしまいそうに熱い光が少年を襲う。
一瞬にして辺りが眩い光に照らされ、暗闇に光が灯った。
いつ見てもこのスペル戦争というのは非現実的だ。
それ故に現実に起きているという事が少し認識しにくい。
このまま勢いを失わなければ、負ける相手ではないでしょう。
御神様のためにも、この勝負は勝たなければ。
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【幸花】
光の閃光が純聖へと向かってくる。
熱なら純聖は能力的にも耐える事ができるので、問題はない。そう思っていたのに。
後ろから悲痛な叫び声がこだました。
私は思わず後ろを振り向いた。
そこには、包帯に手足の自由を奪われた純聖がいる。
あの包帯は攻撃を受けた分だけの対価。
なぜ純聖はあの熱を能力で耐えなかったのか。
犠牲者でもそれは可能なはず。
眩い光に照らされた純聖は蹲っていた。
それはまるで戦意を失っているようにも見える。
…あいつ、あんなに弱いはずない。
いつだって無茶して、うざいぐらいに前向きで、正直本気で闘ったら負けるかもしれないって、そう思ってた。
そんな弱い所見せないでよ。
こっちだって不安になるじゃない。
「……光に負けた少年の気持ちは、少女はわからない。
痛みも、辛さも、少女と少年は共有できない……。
だからこそ、我の心の痛みを少年に与えよ。
眩い光は影をつくり、その影より出でし悪魔が少年の身を包み込む。
それは愛ではない、もう一度彼を立たせるための罰だ」
私は相手ではなく、純聖を攻撃するスペルを唱えた。
純聖に優しさをかけるつもりなんて毛頭ないし、私は本当に不器用だ。
気持ちを言葉にできるのなら簡単だけれど、そんな事したってあいつには効かない気がする。
「いつまでも……自分の事ばっかり考えてるから、そうなるの…」
最後にその言葉だけを小さく告げた。
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【純聖】
熱い!
この熱さはまるで、実験の時に火であぶられている様な痛みだった。
それだけじゃない、闇が、影が、俺を…ッ!
「―――ッ!!!さち、かッ!……ぅわあああッ!!!」
まだ下に存在していた闇が俺に絡みついて締め上げて行く。
それは敵の攻撃じゃなく幸花の攻撃だった。
なんで、なんで幸花まで俺に。
そんなに俺って必要ないのか。
混乱している俺は闇だけじゃなく、どんどん包帯に拘束されていった。
その時小さな声が聞こえた。
「いつまでも……自分の事ばっかり考えてるから、そうなるの…」
自分のこと…?
その言葉に控え席の方へと視線を移した。
左千夫がこっちを見てる、その横に柚子由が心配そうにしてる。
そうだ、俺は柚子由を守るために選ばれたんだ。
左千夫に恩返し出来るんだ。
これで、俺が負けたら、幸花も役に立てなかったことになる。
俺のせいで。
「仲間割れ…か。
オスとメスのウサギは分かりあえなかった。
更に光は強くなり、彼らの体をこがすだろう。
闇に掴まれたウサギの体はもう動くことが出来ない、熱くて、熱くて、孤独を感じながら焼かれて行くのだ。」
敵の声が聞こえる。
そうすると、俺を焼いていた光が更に強くなる。
熱い。
でも、俺の方がもっと熱い筈だ。
でも、でも…
なんていっていいか、わかんねーんだよー!!!
「俺はぁぁぁぁ!!!熱いッッ!!!!!」
そう、俺はこの中でどうやって能力を発動させていいかさっぱりわからなかったのだ。
なので、取り合えず言葉にしてみた。
そうすると全身の熱が上昇した。
照らしてくる光は確かに俺を焦がしたかもしれないが、能力が発動した俺には全く効かなかった。
俺は笑みを浮かべながら敵を見た。
もうほとんどを包帯で覆われているので猶予は無いが。
「悪かったな、幸花。
さっさとやっつけて、左千夫に褒めて貰おうぜ。」
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【幸花】
俺は熱いって…。
もっとマシな言い方ってものがあるのに。
後ろを振り向くと、純聖は正気に戻っていた。
謝られるとなんだか私が手を貸したみたいになるからやめてほしい。
「……当たり前でしょ…」
左千夫に褒めてもらおう、と言う言葉に私はそう答えた。
そうだ。
私達は左千夫と柚子由のために闘っているようなものだ。
この闘いで勝利を収める事で喜んでもらえるのなら、負けるわけにはいかない。
純聖の向こう側にいる左千夫と柚子由を見つめた。
二人の姿が見えて安心したのか、私の心は少し軽くなっていた。
「愚かな者は学び、そして自分の力を解放する。
その熱は身を焦がす以上に熱く、痛みさえ伴わない程に溶ける。
地表は灼熱の海へと変わり、その身体は深く深く沈んで行くでしょう。
女は人魚姫にはなれない。王子様は眠り続けているから」
そのスペル通りに、純聖の熱と先ほどカサイが放ったスペルが融合する。
高熱で辺りがゆらぎ、イガラシがいた地面が海の様に波打ち、溶け始めた。
そして彼女の身体が灼熱の海へと沈み始める。
イガラシの能力の痛みを伴わない能力、正直腹が立つ。
痛みが分からなくなるほど散々甚振られてきた私達の方が、本当の意味で痛みに強いはずだ。
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【純聖】
「―――ッ」
後ろのねーちゃんに包帯が巻き付いた。
俺には幸花の言ってることはさっぱりわかんねーけど、どこかに俺みたいに引っかかるワードがあったんだろう。
「幸花、いいとこついたんじゃね?」
マグマで岩石が壊れる音が凄いので俺は幸花にだけ聞こえる声で言った。
分かってるとか、黙ってってとか言われると思ったけど、幸花は小さく頷いていた。
…逆にこれはこれでなんか調子狂うな。
そんなこと死んでも言えないけどと思いながら後ろから幸花を見つめた。
今は光がある。
だから左千夫も柚子由も見える。
もう、闇に落ちたりしない。
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【葛西知穂】
栞子様に包帯が巻きついてしまった。
それにしても熱い。
マグマがじわじわ私達に近づいてきている。
きっと栞子様が引っかかったのは王子と言う言葉だろう。
そこから離さなければ。
「彼女には従順な家来が居る。
彼女には沢山の仲間が居る。
孤独な二人のウサギとは異なり、彼女には支えてくれる沢山の人が居る。
こんな程度のマグマで私達は埋もれたりしない。
崩れた岩石が私達を囲い守り、冷やされた石達が怒り狂ったように人間に歯向かった二匹のウサギへと飛んでいく。」
どういうことだ。
上手く、言葉は選んだ筈だ。
しかし、思った以上にとんで行く岩に効力が無い。
私はチラッと栞子様を振り返った。
もしかして、前回の戦闘で負われた傷が回復していないのでは。
攻撃には犠牲者の精神状態も関係してくる。
その関係は私にはよくわからないが、いつもの練習ほどの効力が今は無かった。
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【五十嵐栞子】
溶岩は熱くも痛くも無い、それでも私の身体に包帯が巻きついて行く。
彼女が言った「王子様」という言葉に少しばかり反応してしまった。
戦闘中に彼、御神様の事は考えないようにしなければと思っていたのに。
このスペル戦争は、どちらかの信頼バランスや精神バランスが崩れると、敵の攻撃も深くなる。
そして、先ほど知穂の放ったスペルは、思った以上に相手には響いていないみたいだった。
私のせい、かもしれない。
私には、支えてくれる人、仲間、確かにそれは存在する。
それは、正解だけれど…。
囲われた岩の壁は溶岩を塞き止めていた、しかし、嫌な音がする。
これでは余り持たないのではないだろうか。
そもそも、知穂は私を守りすぎだ。
もっと、信頼してくれてもいいのに。
いや、彼女は私を信頼してくれている、でも…。
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【幸花】
飛んで来た岩の効力が弱い。
何やら確実にあちらに異変が起きている。
純聖に、いいところをついた、と言われたので、先ほどのスペルを思い返していると、多分原因はイガラシの「王子様」だ。
そして、カサイもそれをわかっていない。
「…溢れかえる民衆が、全員信頼できるとは限らない。
お姫様は孤独、だって家来も王子もお姫様の心を知らない。
彼女を守る鉄壁の城は脆く崩れ去り、綺麗に着飾ったドレスは燃えていく。
もがき苦しむお姫様は、たった一人で死へのダンスを踊り続ける」
突く、とすればミカミの事だろう。
さっき純聖を陥れた仕返し…と言うのは少し違うけれど、身体が痛くないなら精神的に痛めつけるだけだ。
それは私の得意分野だし。
少し楽しくなってきたのか、自然と口角があがっていた。
そして、イガラシの周りを囲んでいた岩は崩れ去り、彼女の身体は溶岩に飲まれて行った。
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【葛西知穂】
防御壁が意図も簡単に壊れて行く。
どうして、私のスペル選びに問題があるの。
「五十嵐様…ッ!」
「私は、大丈夫です…ッ、集中して。」
そう言った五十嵐様は熱そうだった。
熱い……?
彼女は熱さを感じない筈。
でも、でも。
「……お姫様は孤独なんかじゃない。
何人もの家来が彼女の周りを囲う。
冷たい冷たい氷となって彼女を冷やす。
―――栞子様をマグマから守るの……!!
そして、その氷は絆が無い孤独なウサギを切り裂くの!」
全てを防御スペルへと費やしてしまった。
しかし、思ったほどの効果は得られない。
栞子様がマグマへと呑み込まれていくと同時にどんどんダメージとして包帯が巻かれていく。
もう、顔くらいしか見えていない。
そして、私も包帯へととらわれ始めた。
練習ではこのスペルで何の問題も無かったのに。
後は、私が最後に付け加えた攻撃スペルで彼女たちの絆が切れればまだ勝機はあるかもしれない。
矢張り、私では御神様の代わりにはなれないのか。
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【五十嵐栞子】
おかしい、身体が熱い。
耐えれない熱さではない、けれど、痛覚オフしているはずなのにこんなに熱いのはおかしい。
私の異変に気付いた知穂に、集中するように言いつける。
そして、彼女のスペルが響き渡ると、再び防御が発動した。
氷でマグマを押し切ろうとしているけれど、あたりに蒸気が発生し、熱に負けている状態だった。
彼女は私を「お姫様」だと言う。
確かに家柄もさほど悪くは無い、そして知穂は本当に姫のように私の事を扱う。
正直それを望んでいない。
何度も友達になろうと言った。
それなのに、彼女はいつも「主従関係」だと言い張る。
冷たい氷が熱で溶け始めた。
精神を保たなければいけないのに、御神様の事や千穂の事に気を取られてしまう。
知穂が放った氷のスペルが、少年と少女へと向かって飛んで行った。
もう少年も後がない、…もちろん、今の私もだけれど。
そして、少女の小さな声で、スペルが響き渡った。
「…絆なんて最初から少年と少女には無い、けれど、目指す場所は一緒。
それは何者にも断ち切れる事はない、永遠の約束。
氷の刃は綺麗な氷の宝石へと変わるの。
その宝石は、わかり合えない家来とお姫様を着飾るために使おうか。
キラキラ光る宝石は、血の色が滲んで真っ赤な宝石になるでしょう」
その言葉の後、すぐさま私は知穂に声をかけた。
「…防御はもういい、攻撃の事だけ考えて…私を信用して……今は、私の事は『犠牲者』だと思いなさい…ッ」
これ以上逃げに徹しても状況は変わらない。
私は守られるためにここにいるのではない、闘うためにいるの。
それを知穂にわかってもらいたかった。
-----------------------------------------------------------------------
【葛西知穂】
「ッぁあああッ!!!」
駄目だ、氷が溶ける。
それだけでは無く、飛んでくる宝石によって私達は切り刻まれていった。
攻撃に転じなければならない。
でも、栞子様が痛みを訴えている。
そして、口にされた『犠牲者』との言葉。
栞子様はいつもそう。
私を他人を守るために身を呈してくれる。
これで私まで彼女を犠牲にしてどうすると言うのだ。
「できません…!」
包帯が巻き付き始めた腕を抑えながら私はそれを言い切った栞子様に反するのは初めてかもしれない。
そうすることで私達の絆は途絶えてしまう。
「私は栞子様の家来。
私の務めは貴方を守ること。
もう一度言う!土の壁よ彼女を……守りなさい…」
もう、スペルも浮かばなかった。
私達の負け…だ。
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【幸花】
カサイが放ったスペルはイガラシを守るものだった。
あの二人の精神バランスは完璧に崩れてる。
もうそろそろお終いだろう。
「…お姫様を守る土の壁は、彼女を更に孤独にしていく。
家来は言う事を聞かない、王子は助けにも来ない。
牢屋に入れられたかわいそうなお姫様。
二度と出れないように鍵をかけてあげましょう。
牢の檻はお姫様の身体を拘束し、声も光も届かない暗闇へと引きずりこむの。」
そのスペル通り、土の壁はイガラシをドーム状に包み込んだ。
そして、土の中へ身体ごと引きずり込んでいく。
イガラシが叫んでいる声も姿も見えない。
土が完璧に平らになった所で、辺りの景色が正常に戻って行く。
スペルで形成された世界が先ほどいた綺麗な景色へと変わり、私は安堵の息を吐いた。
そして、イガラシの姿が見えた時には、彼女の全身は包帯でぐるぐる巻きになっていた。
勝った、んだと思う。
負ければあんな姿になるのか。
やっぱり犠牲者じゃなくてよかった。
すぐに左千夫の方へと振り返った。
後ろの純聖も振り返っている。
いつものように優しく微笑んでいる左千夫と柚子由を見て、私も嬉しさで自然と笑みが零れた。
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【加賀見匡】
「栞子様…!!」
葛西が急いでミイラのように包帯で巻き付けられた五十嵐へと走って行った。
そして、顔の部分の包帯だけ毟り取る。
しかし、まぁ、本当に完全拘束されたな。
あそこまで拘束されるのは完全なる敗北を意味している。
「はやく戻ってこい、五十嵐、葛西。
五十嵐はその程度ではなんとも無いだろう。」
俺は眼鏡を押しあげながら辛辣に言った。
五十嵐は強い、これくらいの精神ダメージでは彼女はなんとも無いだろう。
その時だった。
「駄目だよ、全力を尽くして戦った二人に、そんなこと言っては…」
御神がどうやら目覚めたようだ。
しかし、体調は思わしく無いのか青ざめた表情で木に凭れかかったままだ。
「御神様!!!」
包帯を解いて貰った五十嵐が走ってくる。
その後ろで葛西は俯いていた。
「…大丈夫だよ、栞子。
僕より、もっと傷付いている人が、後ろにいるだろう。」
御神に走り寄った五十嵐へと諭す様に語りかける。
こういう甘っちょろいところが僕は嫌いだ。
そして、五十嵐は戻ってきた葛西のもとへと歩んで行った。
愛輝凪の方を見やれば、先程戦っていた子供二人は会長と副会長に褒められていた。
なるほど、彼らの絆とはあの二人、会長と副会長のことだったのか。
それを見抜けなかったこちらの負けは僕には直ぐに納得できた。
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【五十嵐栞子】
身体中に巻き付いた包帯を解いたのは、知穂だった。
心配そうな顔、いつもそうやって私を本当に心配してくれるのは、知穂と御神様だけ。
体調が万全で無いのにこの場所へ現れた御神様に諭され、ハっとした。
私はきっと、知穂に酷い事をしてしまっていた。
少し痛む身体を引きずりながら、知穂へと歩み寄る。
俯いた彼女と視線を合わすように屈むと、優しく抱きしめてあげた。
彼女はしっかりしている、でも私はそれに甘えすぎていた。
「ごめんね……負けてしまって。
もうちょっと私が強ければ…ううん、そんな強さなんて関係ないわよね。
私、きっとあなたを今までいっぱい傷つけてしまっていたと思うの。
だけど、私もあなたに傷つけられていたわ。
……もう、家来とか主従関係とか、思わないで。
それが私は一番辛いの。
…知穂は私の大事な親友で、仲間、御神様とはまた違う、特別な関係よ。
もう様付けはいらないわ、私の親友になって、知穂」
思いを伝えるように強く彼女を抱きしめる。
やっと、自分の中のしがらみがとけた気がした。
知穂はどうだかわからない、でも私はきちんと彼女に思いの丈を伝えたつもり。
彼女から身体を離すと、いつものように微笑みを送った。
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