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isc(裏)生徒会
いつもと違う8月10日
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【千星那由多】
8月10日。
今日は俺の誕生日だ。
15年間の誕生日、夏休みと被っていたせいか俺は友達から祝われたことが一度もない。
もちろん友達があまりいないと言えばそれまでなんだけど。
巽はわざわざプレゼントを持って来てくれたりするけど、基本的にこの日は家族とケーキを食べるくらいだ。
妹から「今日は帰って来れないの?」とメールが来ていたので、会長に事情を話すと、夜にまた晴生の所へ帰るのであれば、と任務を休ませてくれた。
一日オフになるので、夜まではゆっくりさせてもらおうと久々に実家へと帰宅する。
母さん達の顔を見るのも久々だった。
家に帰れないことは心配はしているようだったが、地区聖戦前に会長から丁寧な電話を貰ったらしく、しきりに「会長すごく美声ね!!」と言ってくるのがうざかったが。
妹は今日は部活が休みだったのか、「誕生日プレゼント」と言ってパピコの片割れをくれる。
いつもこんな調子なので、特別誕生日というものも意識はしていない。
父親は相変わらず呑気にやっているみたいで、みんな元気そうな事には安心した。
少し家族と話をしてから、さぁゲームでもするか!とリビングから出た時だった。
チャイムが鳴る。
その瞬間になにか嫌な予感がした。
さっさと二階へ行ってしまおうと階段に足をかけると、妹が玄関のドアを開けた。
「初めまして!那由多クンのお友達7名でーす♪」
聞き覚えのある声は振り向かなくてもわかる。
副会長だ。
七名、ということは会長達と純聖、幸花もいるんだと思う。
「もしかして君なゆゆの妹?かわいいネ~彼氏い……ったぁあああ!!」
多分会長に足でも踏まれたのだろう。
けれど俺は気にせずに階段を上って行く。
「え、わっ、ちょ、ちょっと、お、おにーちゃん!お友達!!」
ほっといてくれ、と言いたかったが、慌てて駆け上ってきた雪那に腕を掴まれ、無理矢理引きずり降ろされる。
これだけ団体でイケメン揃いの友達が来たら、さすがに雪那もビビっているのか、顔が真っ赤だった。
「……何しに来たんですか……」
「何しに?んもーわかってる癖に♪」
そう言って俺の額をツンツンと小突くと、ぞろぞろと玄関先へと入ってきた。
もちろん会長、三木さん、晴生は申し訳なさそうな感じだったが、他4名はお構いなしに家の中へと入ってくる。
騒ぎに気付いた母親も出て来ると、驚いた表情をしていた。
「あらっ!巽くん!みんな那由多のお友達!?男前じゃな~い!会長はっ!?会長は誰っ!?」
その言葉に会長が丁寧に挨拶をすると、母親はうっとりとした表情を浮かべている。
正直こんな母さん見たくなかった…!!
結局全員家へあがることになってしまったので、質問攻めの母親と雪那を無視しながら、7人の団体をせんまい部屋へと引き連れていった。
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【天夜巽】
かつて那由多の誕生日がこんなににぎやかに行われたことは無い。
夏休みだからという理由もあるが、一番は那由多がそういうタイプではないからだ。
那由多は一般庶民なので部屋もそれなりだ。
俺の部屋よりは広いがこれだけの人数が入ればぎゅうぎゅうで、全員床に座ることは不可能だろう。
会長はどこに座って良いのか分からずに立っている始末だ。
「那由多ー!飲み物いれておくわねー!」
下から那由多のお母さんの声が聞こえる。
それに一番に反応したのは三木さんだった。
「あ、私取ってくる。」
そう言って三木さんは慌てて部屋を出ていく。
彼女も余り他人の家に来ることが無いのだろういつも以上におどおどとしている。
副会長、純聖、幸花は思い思いに那由多の部屋をあさっている。
あ、…そこ、危ないかも。
「なんだ那由多、この服着てない女がいっぱいのってるやつ!」
「不潔…。」
「わー、なゆゆってすっごい分かりやすいとこにいっぱい置いてあるねー。」
「ちょ!止めて下さい!!副会長!!純聖も、幸花も!!」
そう、那由多のエロ本は分かりやすいところに置いてある。
それを片っ端から那由多は回収しているが、まぁ、あさる人数が多い為間に合わない。
そうしている間に三木さんが上がってきたので、取り合えず、俺はもってきているケーキを冷蔵庫に仕舞わせてもらおうと下へと降りた。
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【千星那由多】
部屋にあげたはいいが……。
「ほんっとーにやめろっっっ!!」
さっきから部屋の中を荒らされまくっている。
男ばかりなら別に構わないんだ。
子供…はまぁ意味わかってない奴もいるからいいからまぁいい。
ただ今は三木さんがいる。
主犯格は副会長だ。
エロ本から俺の服、ゲーム、なんでもかんでも漁り出す始末で、三木さんの目にとまるまでに回収ができない。
そこまで酷い物を置いているつもりはないが、見られたら恥ずかしい物だって俺にはある。
「とにかくっ!ゲームしましょうゲーム!」
何か別の事に引きつければいいかと、自ら遊びを提案する。
そもそも俺の部屋に来て全員でできる事と言えばゲームぐらいだ。
パーティーゲームなんかも無いので、二人プレイできる格闘ゲームを適当にゲーム機にブチこんだ。
「なにこのゲーム!格闘ゲーム!?」
一番最初に食いついたのは純聖だった。
俺の机の中を漁っていた最中だったが、画面に食いついてくる。
とにかくエロ本を漁りまくっている副会長を、先にこちらに引き込もうとコントローラーを無理矢理手渡した。
「…これで俺に勝てたら部屋漁っても何も言いません」
「えっ♪ほんとーに!?もっとなゆゆの恥ずかしいもの見れちゃう?やるやる~」
よし、かかった。
自らこう言うことを提案することなど殆ど無いが、今はもうこれ以上部屋を漁られたくない。
もちろんこのゲームで俺は負けるつもりはない。
バトルモードを選ぶと、使い慣れた青髪の学ランを着たキャラを選択する。
副会長は中国人のボインの露出の激しい女キャラを選択していた。
「手加減とか無しでいきますから」
「全然どんとこ~い」
本当に俺はマジだ。
相手が弱かろうが初心者であろうが、ゲームで手加減はしない。
もちろん負ければ、これ以上恥ずかしいものが見られるという事もあるからだが。
画面の中で繰り広げる闘いは一気に片が付いた。
コンボ技を駆使すると、中国人のボイン姉ちゃんはアンアン言いながらボコボコにされている。
俺の圧勝だ。体力ゲージも殆ど減っていない。
「……なゆゆ強すぎじゃん…」
「そりゃそうです」
「ずるい!ハンデ!体力ゲージ半分に減らして!!」
そのハンデも俺には通用しない。
再戦したが、この勝負も圧勝で終わった。
もっとハンデを与えても同じことだ。
俺がどれだけこのゲームやってきたと思ってんだ。
口先を尖らせて文句を垂れている副会長を見て、したり顔で笑う。
「……よし!今からゲーム大会ね!!一番弱い人が罰ゲームっっ!!」
俺なんかに自分が負けたのが悔しいのか、副会長は周りを巻き込み始めた。
とりあえず、暫く部屋を漁られる危険性はないだろうと、ほっと胸を撫で下ろした。
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【日当瀬晴生】
流石千星さん。
途轍もなくお強い。
俺も天夜も九鬼に巻き込まれてコントローラーを握らされたが全く出来なかった。
それからコマンドを教えて貰って、暗記することなら得意なのでなんとかできるようになったが、なんというか、もう少し俺の思う通りに動いて欲しい。
因みに会長が一番酷かった。
ジャンプするときに手は上がる、蹴るときに足は出る、殴るときに体が前にでる始末だった。
「あははは!!会長!何それ!ジョーダンきついヨ!!」
九鬼が笑い散らかしている。
会長はむっとしていたが何も言わなかった。
しかし、それから横で必死にゲーム画面を見つめていた。
コントローラーが全部使われている時は紙にボタンを書いたやつで応用しながら練習する始末だった。
なんだか、なんでもできる天才だと思ってたが、会長は昔からこうやって基礎を徹底的にこなしてきたから成せる技なんだろうと改めて思った。
「くらえー!ボインアタックー!!」
「やられたー!お返しに、パンティ――ぐえ!!も、酷いよ会長!!」
今は純聖と九鬼が低レベルな争いをしているところに会長の横やりが飛んだ。
そんな技は無かった気がするので当然の結果だろう。
三木と幸花は人並みには出来る様で女二人で楽しんでいた。
つーか、千星さんの誕生日なのにこんな感じでいいのか?
皆が楽しそうにしていたので口を挟めず、時間が過ぎていった。
因みに天夜はゲームセンスが無さ過ぎる。
会長と千星さんの番になると、会長はしきりに千星さんの手元を見て、色々質問していた。
九鬼はなりやらトーナメント表を作り始めている。
まさか、今から本気でトーナメントをするのか。
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【千星那由多】
「じゃじゃーーん!トーナメント表です!」
副会長がノートに書かれたトーナメント表を高く掲げた。
対戦相手は、巽VS晴生、会長VS副会長、純聖VS幸花、三木さんVS俺、となっている。
ここから勝ち上がっていけば優勝となるようだ。
「んじゃ、一回戦はなゆゆVSゆずず!女の子だからって手加減しちゃダメだヨ?」
また嫌な組み合わせを思いつくなと思ったが、しぶしぶコントローラーを握った。
「よ、よろしくお願いします…」
「うん、弱いけど、よろしくね」
お互いお辞儀すると画面へと目をやった。
今思えばこの部屋に三木さんが来てるって、とんでもなく素晴らしい事なんじゃないだろうか。
おまけが数人いるけど。
三木さんが俺の部屋で、俺の隣に座ってゲームしてる。
彼女…と言える子はいたけど、家にも部屋にも連れて来た事なかったし、そう考えるとだな…初めての女の子が…み、三木さ――――。
「千星君、どうしたの?」
「!!」
三木さんの声でハッとすると、既にバトルが始まり、俺の体力ゲージが半分以下になっていた。
だめだだめだ、こんなみんながいる状況で変な事考えるな。
そこからも一応手加減はしてみたが、三木さんはまだ操作に不慣れなようだった。
一生懸命コントローラーを操作する姿がかわいい…ってまた脱線しようとしてる俺。
巽よりかは幾分かマシだったが、結局俺の勝利となった。
ゲームが終わると、照れたように「千星君、強いね」と言われると胸が高鳴る。
ああ、俺に彼女ができたら、きっとこんな感じなんだろうな…と、また妄想を繰り広げた。
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【日当瀬晴生】
千星さんの部屋とかマジで緊張する。
天夜とかが普通に居ることがマジスゲームカつく。
家の前までは何度も来ているが実際上がるのは初めてだった。
どうしても部屋の隅々まで見てしまう自分をとどめる。
一回戦は言うまでも無く、千星さんの勝利。
彼はお優しいので手加減してあげたのだろう。
でないと、あんなに体力ゲージが減る筈が無い。
「流石、千星さん!優しいですね。
おい、天夜。さっさとやるぞ。」
九鬼が勝手に決めたトーナメント表では次は俺と天夜の番だ。
正直言ってさっきからこいつはコントローラーを触っては即死している。
格闘ゲームでそんなに速く死/ねるのかと言う即死っぷりだ。
こいつなら楽勝だ。
と、思って俺は定位置についた。
「テメーには負ける気がしねぇ!!」
「うん、僕も勝てる気がしない。」
天夜は本当にゲームが苦手なのだろう。
頭の後ろを触りながら苦笑していた。
いつもは自信満々のこいつが珍しい。
格闘が始まる。
勿論、速攻で勝負がついた。
K.O!と赤い文字がでかでかと画面に現れた。
「おっしゃ!!次は千星さんとですね!」
と、俺は意気揚々と言ったが。
彼と戦うなんて俺には無理だと思い肩を落とした。
まぁ、一緒にゲームができるだけでも幸せかと俺は次の対戦を眺めた。
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【幸花】
ゲーム…というのはあまり経験がない。
エーテルにもゲーム機はあるけれど、触ったことはなかった。
純聖がたまにやっているのは少しだけ見た事あるけど、正直こういう遊びは時間の無駄だと思ってる。
気乗りしないけれど、左千夫がやってるからやるしかない。
それよりも、何故私がこの部屋にいるのかが一番の謎だなんだけれど。
対戦相手は純聖。
「ぜってー幸花には負けねー!」
「…無理ね」
純聖はうまい方だとは思うけど、私だって絶対に純聖にだけは負けたくない。
だって負けたらずっとバカにされるし。
コマンドは全て覚えた。
後はうまく操作できるか、ただそれだけ。
純聖はアニマルレンジャーのレッドに似たキャラクターを選択している。
私はそいつと非対称なキャラを選択した。
バトルが始まると、お互い隙をついて必殺技を繰り広げて行く。
純聖のキャラは、燃えるぜ!だの、熱血な台詞ばかり叫んでる。
正直うっとうしい。
「そのキャラのセリフ、どうにかならないの」
「はぁ!?こういうのがカッコいーんじゃん!」
「お子ちゃまにはお似合いね」
「おめーもお子ちゃまだろーが!!」
画面の中でもバトルしているけど、私と純聖の言葉のバトルが始まる。
これなら絶対に負けない。
「さっきから同じ技ばっかり」
「バカの一つ覚え」
「ガードしたら?」
「突っ込むしか能の無いやつはこれだから」
「さっさと死んで」
言葉でどんどん追い詰めていくと、横に座っている純聖がふるふると震えだしたのがわかった。
こうなればもう私の勝ちも同然。
「…純聖は一生アニマルレッドになんかなれない」
「う、うっせえええええ!!!」
純聖が叫んだ瞬間に特大必殺技をお見舞いする。
熱血キャラはボコボコにやられて無様に負けた。
「幸花煩くて集中できなかったからもっかい!!」
「負けは負け…素直に認めて」
そう言ってもまったく聞かない純聖を、なだめる様に左千夫が口を塞いだ。
……ずるい、純聖。私も左千夫に口を塞がれたい。
ぷくっと両頬を膨らますと、柚子由の膝の上へと移動した。
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【純聖】
あー!もー!!幸花の奴マジむかつく!
てか、こんなのゲームじゃねーよ!
ゲームにまで心理戦持ち込んでくんなよな!!
なんつーか、負けて爽快とか悔しいとかじゃなくてただただムカつくぜ!
くっそー、俺がおんなじ技ばっかしてたのは嵌め技の為だっつーの!
ガードなんてしなくても勝てるし。
左千夫に「勝負は一度きりですよ。」って言われたから引き下がるけど、後で覚えとけよ!!
このトーナメントが終わったら絶対再戦を申し込む!!
てか、俺最近負けてばっかだな。
そこらへんのザコに負けることはねーけど、恵芭守(エバス) 高校にも負けたし。
はー、なんか負け癖ついてる気がする。
俺がガックリ肩を落としていると左千夫がくしゃくしゃと髪を撫でてくれる。
それだけで少し安心するからホント不思議だ。
「さー、次はボクと会長だね。楽勝ー、楽勝ー!
さっさと終わらせちゃおう!」
そう言えば左千夫、さっき全然出来てなかったよな。
俺もやり始めはコントローラーの反応の遅さについていけなかったから良く覚えてる。
夏合宿で九鬼が言った、左千夫に勝ったと言う言葉が俺の脳裏にまた甦る。
やっぱり、左千夫も負けちゃうのかな?
俺の中に不安が生まれるけど、左千夫はいつもみたいにニコニコしながらコントローラーを握った。
左千夫に似た、綺麗な長髪でクールな性格っぽいキャラを選んでる。
そのキャラってやりこんだらスッゲー強くなるけど、やりこむまでは弱小なんだよな…。
こんな短期間で使いこなせる筈が無い。
九鬼は一応格闘ゲームと言うものを知っているのか、初めてと同じ使いやすいキャラを選んでいた。
もう、キャラ設定の時点で勝敗決まってんじゃん。
俺は更にガックリと肩を落とした。
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【九鬼】
みんなそれなりに楽しんでいるようだ。
このトーナメントには他の意味もあるんだけど…ま、気づくことは無いだろう。
特になゆゆ。
次はボクと左千夫クンの番だ。
さっきの彼の様子を見ていると、ボクが負ける事はまずないだろう。
何やら黙々と自己練習もしていたが、こんな短時間で操作に慣れるはずもない。
それなのに左千夫クンは余裕そうに、純聖を膝の上に乗せたままボクの隣に座った。
「そんなに余裕ぶっこいてていーのかナ?」
挑発するように言ってやったが、左千夫クンより純聖が先に睨みつけて来る。
ボクはボインのおねーちゃんキャラを選択すると、かかってこーいと言いたげにジャンプを繰り返していた。
「いつでも来てヨ、さち……」
そう言った瞬間だっただろうか。
いや、もうボクが喋る前に左千夫クンはコマンドを打ち込んでいたのだろう。
目にも止まらなぬ速さでボインのおねーちゃんがボコボコにされている。
左千夫クンはさっきみたいに、手が出たりだとか、足が出たりとかもしておらず、いつも通り微笑んだままだった。
「え、ちょッ!?なにこれ!!ちょっと待って!!!」
必死で抵抗するようにボタンを押しまくった。
そかし、ボインのおねーちゃんの体力ゲージの減少は止まらない。
最後に左千夫クンのキャラが『地獄へ堕ちろ』と言うセリフと共に、眩い閃光がボインのおねーちゃんを貫く。
KO!という文字と共に、左千夫クンのキャラが髪をかきあげた。
「な、なんでぇえええええ!!!!???」
「会長すごい!今の特殊コマンドで、発動するのにもかなりの条件いるんですよ!!初心者でぶっぱなすの初めてみました!!」
珍しくなゆゆが大声で嬉しそうにしている。
なにそれ!?意味わかんないし!!
さっきまで全然できてなかったじゃん!!なんで!!??
左千夫クンの膝の上に乗っている純聖がにやりと笑ったのを見て、ボクは口先を尖らせた。
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【天夜巽】
次は那由多対日当瀬。
まぁ、ここは言うまでも無く…。
「うお!凄いですね、千星さん!その右ストレート!」
「そこで背後取れるんですか!マジ、神ですね!神!!」
「そのコンボはーーーっ!!!惨敗です!やっぱ、すごいっす千星さん!!」
これぞ、接待ゲーム。
すごいノリだ。
普段ならげんなりしている那由多もゲームだから満更でも無い様数だ。
最後は日当瀬が大げさに体をのけぞらせながら悪役みたいにやられて終わった。
勿論コントローラーは握り締めていたが。
そっからは握手までして、その対戦は終わった。
勿論、那由多の圧勝。
次は幸花ちゃんと会長の番だった。
幸花ちゃんは三木さんの膝の上に居たのだが、対決の番になるや否や純聖君を蹴飛ばして会長の膝の上を奪っていた。
「左千夫、手加減抜き。」
「お手柔らかに頼みますよ。」
純聖君が叫ぶのも構わず、膝の上から会長を見つめて幸花ちゃんはそう告げた。
でも、幸花ちゃんの頬がちょっと赤い。
叫んでいる純聖は三木さんの膝の上に回収されていた。
これは幸花ちゃんの負けかな、と思ったらやっぱり、会長の勝ちだった。
と、言うか会長の成長具合が物凄い。
空いている時間に説明書の熱読と日当瀬に攻略サイトを探して貰ってそれを見てはいたけれど。
普通の人間じゃあこの短期間にこの成長は無理だ。
俺はどうしてもボタンを押してから伝達してくれるまでの間が良く分からなくてゲームは出来ないんだけど、会長はそのズレを自分で合わせている。
やっぱり、人間離れしているなぁ、と改めて思った。
次は最終戦、会長対那由多だ。
なんだか、いつもより静かだなと少し不思議に思いながら最終戦を見つめた。
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【千星那由多】
正直ここまで会長が成長するとは思わなかった。
さすがと言った所だろうか。
けど、ここで負けたら俺が情けない。
いくら会長の吸収力がいいと言え、俺が数百時間かけてきた今までが無になってしまうのはいやだ。
「本当に手加減無しでやります」
「お手柔らかに」
会長は微笑んでいた。
俺がこんなにも本気になろうと思った相手は、今まで存在しない。
そして、バトルが始まった。
全員が息を飲んで見つめていたのだろう、うるさかった純聖も副会長も静かだ。
集中しやすくてありがたい。
会長は俺のコンボ技も必殺技も打ち消していった。
俺も負けじと隙を取られないように、攻撃やガードをうまく使って太刀打ちする。
コマンドを入力する指が酷く痛い。
長い間、画面からキャラの声と、凄まじい速さのボタンの音だけが部屋に響いていた。
どれぐらい時間が経っただろうか、お互いの体力ゲージはもう次で決まるぐらいにはすり減っている。
やれ、やるんだ那由多、仕掛けろ!!
会長の指が動いたのがわかった。
ほぼ同時に俺もコマンドを入力する。
これで、これで勝負は…――――決まる!!!!
画面の中、最後に攻撃を受けたのは、会長のキャラだった。
本当に僅差だった。
気を抜けば俺がやられていただろう。
KO!と言う文字と共に、俺のキャラの勝利ポーズが画面に流れると、安堵の息を吐いた。
「…っはー……緊張した……」
一年分ぐらいの集中力を使っただろうか。
酷い脱力感に襲われる。
もちろん俺はゲーム以外にこんなに集中力を使ったことはないが。
「会長、すごかったです!またやりましょう!」
次、勝てる自信はない。
けれど久々にワクワクしていた。
興奮している俺を見てにっこりとほほ笑んだ会長が、何故か勉強机の方を指差した。
どうしたのかと、そちらの方向へ向く。
「ちょーこれなゆゆエロゲーじゃん!」
「なにこれ?少女マンガみたいな絵だなー」
持っていたコントローラーが落ちた。
さっきまで副会長達が静かだったのは、俺が集中している間に再び部屋を漁りだしたからだった。
そして、勉強机のノートパソコンに入っていたエロゲーをやり始めている。
「……っふくかいちょおおおおおお!!!!」
俺の怒りの叫び声に、一階から刹那の心配そうな声が響いた。
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【神功左千夫】
格闘ゲームと言うものを初めてやった。
勿論名前は聞いたことあるし、ゲームセンターや他人がしているのを見たことは有った。
正直ゲームがこんなに難しいものだとは思わなかった。
まずは覚えなければいけないことが多い。
ボタンを運動信号としてこの画面のキャラクターが動く、それはとても複雑な作りだ。
しかも、押し方でかなり動きが違ってくる。
説明書には一通りしかのってないので、後は晴生君が調べてくれた攻略サイトで覚えた。
そのほかにも、技の優劣、タイミング、現実並みのカウンター、しかし画面なので二次元、その辺の把握が難しい。
しかも、キャラによって特化している部分が有る為、そこをいかす必要もある。
あと、ゲージと呼ばれるものも多い。
流石は那由多君。
ゲーマーと言うだけあって全くつけいる隙が無い。
そのまま白熱した勝負が繰り広げられた、僕もかなり愉しかった……が横やりが入る。
~絶頂☆ハーレム地獄っ!~私のこと、愛してくれますか?~
そんなナレーションが僕の耳に届いた。
勝負の最中に申し訳ないがどうしても思考がそっちに行ってしまいちら見してしまう。
主人公を好きな金髪の後輩が顔を真っ赤にしている画面がでかでかと映されている。
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春菜『那由多先輩…あたし…那由多先輩のこと…』
肩を持って無理矢理キスをする。
春菜「んっ…ダメです…こんなところで…!」
――――――――――――――――――――――――――
名前まで呼んでくれるのだろう。
可愛らしい女の子の声が響いた。
そこで対戦の決着がついた。
どうやら僕が負けてしまったようだ。
当の那由多君はよほど勝負に集中していたのだろう全く気付いていない様子だった。
「会長、すごかったです!またやりましょう!」
清々しい笑顔でそう告げる彼に事の現状を教えてあげておく。
「……っふくかいちょおおおおおお!!!!」
まぁ、そんなことでは九鬼の行動は止まらない、ひょいとノートパソコンを持ち上げて上の方で何やら操作している。
「ん?このセーブポイントは…。」
春菜『あぁぁぁぁん!那由多せんぱッ!はげしッ!はるなの奥まで届いてッ―――ぁあああッ!!』
それは柚子由と幸花には聞いて欲しくなかったので、纏める様にして耳を塞いで置いた。
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【九鬼】
なゆゆは見事に集中していた。
ゲームに気を逸らせているうちに、再び室内を漁る計画は大成功だ。
今しかない!とバレないように勉強机のパソコンを開く。
画像や動画もおもしろいものがたくさんあったけど、一番気になったのがこのエロゲーだ。
幼馴染、クーデレ、ツンデレ…まぁキャラ設定は普通に良くあるエロゲーだろう。
ただなんとなく、キャラクターがボク達に似てる気もする。
「なゆゆこの春菜ちゃんだけ愛情度MAXだネ♪
ボクは幸子ちゃんかナ~!生徒会長クーデレキャラ!こういう子落とすのって難しいんでしょ?」
「…そうですね……」
「幼馴染のたつきちゃん、ちょーヤンデレじゃん!何このスチル!こわいんだけど!!」
「………」
「九龍先輩超ビッチ!やっぱり幸子ちゃんかわいいネ~、ねっ左千夫クン!」
「……………」
ボクの言葉についになゆゆが返答しなくなった。
それどころか、周りの視線もどんどん痛くなってくる。
そう言えば、なゆゆの誕生日のためにここに来たんだった。
「そろそろ終わりにしよっかナ~♪次なにする?」
さすがにこの空気の中これ以上エロゲーを続ける気が起きず、慌ててパソコンを切ろうとしたその時だった。
「…もう、帰ってください」
俯いたままのなゆゆが小さくそう零した。
あーあ、やっちゃったかも。
「もう、帰ってください!!俺は一人でいたいんです!!一体何しに来たんですか!!」
なゆゆがここまで怒ったの初めて見た。
顔をあげたなゆゆは半泣き状態で、さすがにやりすぎたかと反省する。
やっちゃったー♪という意味を込めて、会長にでもフォローしてもらうとペロっと舌を出した。
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【三木柚子由】
多分千星君はかなり怒ってる。
私は耳を塞がれたままなのであまり聞こえないけど、くっきーさんが左千夫様に助けを求めている。
左千夫様は大きく肩を落とした後、自分のポケットから綺麗に包装されたプレゼントを取り出し、千星君の両肩を後ろからゆっくりと掴んだ。
「貴方の誕生日を祝いに来たんですよ、那由多君。
帰るのは構いませんが、せめてプレゼントを渡させて下さい。
ほら、九鬼も反省してますし。」
そう言うと、皆の視線がくっきーさんに行く、こういう時の彼は腰が低いみたいで、必死に両手を合わせて謝っていた。
私も、そっと千星君に紙袋に入ったプレゼントを差し出す。
それにつられて、日当瀬君、純聖君、幸花ちゃん、くっきーさん皆がプレゼントを差し出していった。
千星君の手の中にプレゼントが集まっていく。
「あ、俺ね、今年はケーキ作ってきたんだ。
食べるでしょ?持ってくるね。」
天夜君のプレゼントは誕生日ケーキだ、なので今日は他にケーキは用意していない。
天夜君を手伝う為に私も一緒に階段を降りる、今度は幸花ちゃんも一緒についてきてくれた。
皆、色々騒いでたけど、ちゃんと千星君を祝いたいんだよ、と、伝える為に降りる前に微笑みを送る。
直ぐに千星君の机の上はお皿とジュース、ケーキでいっぱいになった。
ロウソクに火を灯すとバースデーソングを皆で歌う。
左千夫様が、千星君をケーキの前に誘導する。
「「ハッピー・バースディ・トゥ・ユー♪」」
「那由多」
「千星さん」
「千星君」
「那由多君」
「なゆゆ」
「「誕生日おめでとー!!!!」」
見事に呼び方がバラバラだなって思ったけど、これも彼の人柄な気がする。
私はとびっきりの笑顔を彼に向けた。
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【千星那由多】
久々に激怒した。
俺がなんでも許すと思ったら大間違いだ。
せっかくゲームしていい気分になれてたのに、副会長のせいで台無しだ。
ぐっと拳を握りしめていると、会長が肩を掴んだのがわかった。
そして、落とされた言葉に俺はハッとする。
わかってはいたけど、みんなは誕生日を祝いにわざわざ来てくれてるんだ。
少し申し訳ない事をしてしまったかなと副会長を見ると、反省しているのか手を合わせていたので、なんだか力が抜けてしまった。
「…すいません、俺もちょっと興奮してました」
そして、三木さんから始まり、皆がプレゼントを渡してくれる。
こんなに大勢からプレゼントをもらうなんて、もしかしたら初めてかもしれない。
こっぱずかしくなり、終始顔が赤かったと思う。
三木さんに、みんなちゃんと俺の事を祝いたいんだよ、と言われるとそれだけで胸がいっぱいになった。
みんな、会長や三木さんを祝ってきた時のように、同じ気持ちを持ってくれてるんだろうか。
そう思うと嬉しかった。
高校に入って、こんなに俺の環境が変わると思ってなかった。
友達でさえ少ない俺に、こんなに仲間が増えると思ってなかった。
思えば、さっきみたいに俺が本気で怒れるのも、誰かが一緒にいないとできない。
そう思うとそれさえも大事な気持ちなんだと、妙に胸がくすぐったくなった。
皆が俺の名前を呼んだ。
こんなに全員が違う呼び方だったのかと改めて実感すると、本当に色んな人と関わってきたんだなと思い知らされる。
「…あ、ありがとう……」
ああ、恥ずかしい。
みんなにおめでとうと言われるのがこんなにも恥ずかしく、嬉しいとは。
ちょっと泣きそうになるじゃんか。
ローソクを吹き消すと、バラバラの拍手が室内に響いた。
照れを隠すようにすぐに貰ったプレゼントを手に取る。
「じゃ、じゃあプレゼント開けてこっかな?」
最初に手に取ったのは、運が良いのか悪いのか、副会長からもらったプレゼントだった。
みんなの視線が一気に集まったので、さっさと開けていく。
中に入っていたのは、食い込みが酷い青くギラギラした派手なパンツだった。
「ぜーったいなゆゆに似合うと思って!勝負する時履いてよネー!」
履けるか!!
こんなの履いて洗濯出した時には家族会議モンだっつーの!!
他にも似たような下着がいくつか入っていたが、見る気にもならなかった。
本当にこの人は期待を裏切らない。
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【日当瀬晴生】
危うく九鬼のせいで誕生日会が丸潰れになりそうだった。
それにしても千星さんはあーいう女性が好みなんだな。
勉強になった。
あんまり直視できなかったけど。
九鬼のプレゼントは相変わらずだったが少し履いてみて欲しいなとも思った。
千星さんにその気はなさそうだったので言えないが。
そして、次は純聖のプレゼントだった。
一応茶色の封筒に入ってあるそれは開くと「アニマルレンジャー」という、キャラクターのレッドとブルーだった。
「それ、やる!結構レア度高いんだぜ!」
「純聖この前被ったって騒いでたやつ。」
幸花がぼそっと喋ってる。
なるほど、だぶりを千星さんに渡した訳だな。
それでも、千星さんはありがとうと言っていた。
本当、えらいなと思った。
幸花からのプレゼントも茶封筒に入っていた。
エーテルには茶封筒しかないのか。
そんなことを思いながら中身を見つめた。
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【千星那由多】
純聖からはアニメルレンジャーのカードを貰った。
正直もう戦隊物が好きな年代ではないし、被ってたからいらない物扱いだったが、こいつがくれただけでもありがたいという事にしておく。
そして次に、幸花から貰った茶封筒の中身を出した。
「…なんだこれ?」
小さなパックが連なったものが出て来た。
あれだ、よく妹が試供品、とか言って貰ってくるやつだ。
どうやらシャンプーみたいだったが、裏の詳細を見てみると、「がんこなくせ毛もサラサラのストレートヘアーに!」と書かれている。
「…わざわざネットで無料の試供品頼んだ…」
ボソリと幸花が呟く。
明らかに嫌味だろうと思ったがこれもありがたくいただいておこう。
でも…無料の試供品って…。
いや、いいんだ、別にこどもに何かを期待してるわけではない。
もしかしたらめちゃくちゃストレートになるかもしれないしな!
次は三木さんからのプレゼントだった。
可愛い小さな紙袋に入ったそれを空ける。
女の子からプレゼントをもらうのはもちろん初めてだ。
照れながら丁寧にテープを剥がしていった。
そして、中からじゃらりと音を立てて出て来たのは、キーホルダーだった。
しかも魔女っ娘なゆちゃんの。
「それね!今すごい人気で売り切れてるんだよ!あと、もう一個!お供のハルキーヌもいるの!」
興奮気味に三木さんが迫ってくるので参ってしまったが、鞄に付けときますねとだけ言うと袋の中へと直した。
いや、なんにせよ三木さんにプレゼントを貰えたという事だけで胸がいっぱいだ。
寧ろこれを選ぶ時俺の事を考えてくれていたんだろうと思うと…。
……っと、また脱線しようとしていた。
次だ、次。
次は晴生のプレゼント。
箱に入っているので見た所一番でかいし重い。
わくわくしながら包装紙を開ける。
箱に書かれた文字を見た途端に、俺は心の奥底から喜びの声をあげた。
「う、ぇええええ!!これ!こないだ俺が川に流された携帯ゲーム機の新しいやつ!!!!しかもソフトまでついてる!!」
やばい、やばいやばいやばい!!!
お陀仏した携帯ゲーム機が…最新版になって帰ってきた…!!
天にも昇る思いでゲーム機の箱を抱きしめる。
「つまらないものですが」とかなんとか言ってるけど、全然つまんなくない。
寧ろこれをつまらないものと言ってしまう時点で、金持ちはやっぱり違う。
喜びに舞い上がった後で、最後は会長のプレゼントだ。
黒い包装紙に巻かれたそれを丁寧に開けると、高級そうな箱が出て来る。
なんか扱うのが怖いなと思いながら蓋を開けると、中身はこれまたお高そうな濃い青の万年筆だった。
金で俺のイニシャルが掘られている。
「左千夫クン…それなゆゆには勿体ないんじゃ…」
副会長のそんな声が聞こえたので、多分かなり高価な物だと思う。
万年筆という時点で、俺が使いこなせ無さそうな物だけれど、それでも嬉しかった。
会長は本当に俺の字を好きでいてくれてるんだ。
「ありがとうございます、大事にします!」
自分でも驚くくらいに満面な笑みだったと思う。
それに答えてくれるように会長は優しく微笑んでくれた。
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【天夜巽】
那由多は皆からのプレゼントを死ぬほど喜んでいるようだった。
誕生日にこんな嬉しそうな那由多は見たことが無い。
勿論、俺のプレゼントには毎年喜んでくれるが。
「それじゃあ、俺からのプレゼント。ケーキ食べようか?」
俺はイチゴのショートケーキを丁寧に切り分けていく。
そして、一緒に持ってきた紙皿に盛っていく。
全部同じ大きさになるように切り分けると俺は各々に振り分けるのでは無く真ん中に置いた。
「実はこれ、ロシアンルーレットケーキなんだ。一個だけ、ハズレ。
ハズレがどんな味がするかは食べてからのお楽しみ。
それじゃあ、まずは主役の那由多から。
俺は最後にとるから、後は皆適当に取って言ってね。」
那由多がゴクリと生唾を飲むのが聞こえた。
俺がこういうものを作った時のはずれが壮絶なのを知っているからだ。
まずは那由多が取った。
一応均等には分けたがその中でも普通サイズの物を取った。
次は純聖と幸花。
二人ともちょっとおおきめのを取っていた。
やっぱり子供だなぁと、ほほえましくなる。
次に会長と三木さん。
会長は真剣なのかトサカがゆらゆら揺れていた、しかし、ホッとした顔をすると残りのケーキの中で一番大きいものを取っていた。
三木さんは一番小さいものを。
性格が出るなぁと思いながらそれを眺める。
日当瀬も少し嫌そうな顔をしながらもケーキを取る。
くっきー先輩には俺が先輩の前にケーキとタバスコを置いた。
そして、最後は俺のものとなる。
「じゃぁ、那由多。誕生日おめでとー!いただきまーす。」
僕が声を上げると、皆が一斉にケーキを口にした。
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【千星那由多】
最後は巽のケーキだ。
毎年何かしらしてくれるので、巽からのプレゼントは特別だ。
こうやって今年も無事に祝ってもらえるのが、一番うれしかった。
巽が作ってきたケーキは、めちゃくちゃうまそうで、お店に並べてもいいんじゃないかってくらいに綺麗だ。
しかし、今回はロシアンケーキらしい。
人数が多いし、巽なりのゲームなのだろうけど、こういう時は大体物凄い嫌な物を入れてくる。
まさか一番最初に取ってそれが当たりとか、そんな事はないだろうと、好きなケーキを選んだ。
「いただきまーす」
全員が一斉に口に含む。
途端に口の中でゴリッという嫌な音がした。
もうこの感触で大体わかる。
俺のだいっっきらいなきゅうりだ……。
みんなはうまそうにケーキを食べていて、アタリじゃなかったと笑顔で会話してる。
ええ、俺ですよアタリは。
いや、でもここで吐きだすとかそんな事はさすがにしない。
巽へと半泣き状態で目をやると、俺がアタリだとわかっていたのか満面の笑みだった。
「那由多、当たっちゃった?」
「うっそ、なゆゆ悪運良すぎ~!!」
「…………でもうまいよ……」
めちゃくちゃ不味くはないが、おいしくもない。
シャリシャリとした触感が辛く、キュウリ独特の苦みとクリームの甘みがせめぎ合い、何を食べてるのかさえわからない。
俺だけ咀嚼音がみんなと違うのもおかしい話だ。
けれど不味そうな顔はできなかったので、引き攣った笑顔でなんとか食べきる事ができた。
「ごち、そうさま……ありがとう…」
最後にジュースを飲み込んだが、あの不可解な味は消えなかった。
みんな食べ終わると、時刻はもう17時をすぎていた。
食べ終わった食器を三木さんが片付けると言ってくれたが、さっきから色々とやってくれてるので悪いと思い、巽と二人でリビングへと降りる。
調度母親と妹が買い物へ行くところだった。
「那由多、今日みんな何食べたいかしら?」
「へ?みんな?」
「会長達よ!みんなご飯も食べてくでしょ?」
いやいやいや、何勝手に決めてんだこの母親は。
すっかり会長達の事を気に入ってしまったのか、珍しいことを言いだしたぞ。
「いや…さすがに帰って…」
「いいんじゃない?俺も久々におばさんの手料理食べたいし、なんなら俺も手伝うよ」
巽に遮られると、母親は「久々に腕がなるわ~!」と言って妹と二人で買い物へと行ってしまった。
まぁ、いいか。たまにはこんな大勢で食べるのも。
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【神功左千夫】
結局那由多君の家でご飯を頂くことになった。
僕がイデアに作ってあげることは有るがこう…お母さんと方にご飯を作って貰うのは初めてかもしれない。
働かざる者食うべからず。
エーテルでもこの方針は変わらないので、純聖、幸花もちゃんと手伝いをしている。
僕もご飯を余所うことくらいは出来るので其処は手伝う。
結局、テーブルだけでは収まらないので、テーブルには僕と九鬼と那由多君の父母。
後はぎゅうぎゅうでちゃぶ台で食べることになった。
食事は白ご飯と肉じゃが、サラダに、味噌汁に冷ややっこだった。
こういう経験はめったにないので少しドキドキしてしまう。
この前巽君の居酒屋でのご飯も新鮮だったけどそれ以上だ。
「いただきます。」
じゃがいもを割って口に運ぶ。
癖の無い味付けでとても美味しい。
なんだか、沢山食べれる味だ。
那由多君のお父さんも帰って来られたが平和主義そうな大人しい方だ。
ゆっくりと箸を進めていると那由多君のお母さんが僕に喋りかけてきた。
「左千夫君は本当に男前ね。俳優とかモデルとか目指さないの?」
「そんな、恐れ多いです。それに、どうやってなるかも良く知りませんし。」
「なんなら、おばさんが応募してあげるよ!!
写真撮って良い?那由多!ちょっと後で携帯貸しなさい!!」
本当に応募するのだろうか…。
僕は自分の容姿に自信が無い訳ではないが、現代のニーズに合っているかまでは分からない。
「左千夫クンかっこういいですよねー。」と、横で九鬼が言っていると、「あんたも十分男前よ!」と、軽く返されていた。
この人から見れば、僕も九鬼も子供なのだろう。
母親とは強い存在だなと改めて思った。
僕達はエーテルでは母親、父親代わりだけどこの人たちには全く及ばないなと肩を落とした。
それにしても、人に作って貰ったご飯と言うのはこんなにおいしいものなのだと改めて思ってしまった。
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【千星那由多】
かつて家のリビングにこんなに人が集まったことがあるだろうか。
会長と副会長は、母親、父親と一緒にダイニングテーブルに座っている。
すっかり父親もみんなの事が気に入ったようだった。
三木さんの事もしきりに褒めているので、やはり血は争えないというやつか。
俺達のテーブルも賑やかだった。
三木さんは純聖と幸花がいるので大変そうだったが、みんなうまそうに飯を食ってくれていた。
料理自体はいつもと変わりないが、俺はウインナーさえあればいいので、誕生日だからと言って料理にはこだわらない。
巽と晴生は相変わらずだったが、雪那の質問攻めには晴生もたじたじのようだ。
雪那、巽のこと好きとか言ってなかったっけ。
賑やかなムードで箸を進めていると、ふとイデアの事が気になった。
「そう言えばイデアまだ忙しいですかね?あいつだけいないっつーのもなんかな」
「どうだろう…連絡してみようか?」
あいつは飯は食わないと思うが、雰囲気だけでもと思い三木さんに尋ねると、三木さんがイデアに連絡を入れてくれた。
携帯を閉じた瞬間だっただろうか。
リビングのドアが開いた。
「なんダ」
「うおおおおおおッ!!??」
そこに立っていたのはイデアだった。
今さっき連絡を入れたばかりなのに、家の前どころか中にまで入ってきてやがる。
親はイデアの素早い登場に驚くかと思ったが、親は特に気にも止めていない様子だ。
「あらあら、純聖くんと幸花ちゃんのお友達?それとも晴生君の妹かしら?
そっちもう座れないから、こっち座りなさい、今ご飯よそってあげるから!」
親のこういう所の図太さは、子供ながらに感心する。
イデアは会長に手招きされるといつもの表情でダイニングテーブルへと向かった。
「そうダ、ナユタ。先にコレを渡してオク」
そう言って背中に背負っていたリュックから何かを出し始める。
取りだして来たものには見覚えがあった。必殺技を会得した時の銅像と顔が一緒だ。
「銅像クン三号。日々の鍛練ニ必要ナものヲ装備させテおいタ」
真っ赤なリボンまで巻いていたので、多分イデアなりの誕生日プレゼントなんだろう。
両手に収まるぐらいの重いそれを受け取ると、苦笑いを返した。
「誕生日覚えててくれたのか…ってイデアなら当たり前か。ありがとな」
「ナユタの誕生日ナド、消去してモいいのダガナ」
起伏の無い声でそう言うと、会長の隣へと座った。
銅像君三号…また暴走したりとかしないよな?
そんな事が頭を過ったが、ありがたく受け取っておくことにした。
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【純聖】
家族でご飯ってこんなふうなんだなって思った。
そんなに作らなくても飯が出てくる。
エーテルも基本は年上が作ってくれるけど、なんか学校の給食に似てる感じだ。
皿とかも全然違うなと思いながら箸を進める。
「まぁ、味はまーまーだな。」
本当は結構うまかったけどそんなこと言えない。
あー、俺もこんなんだったのか、普通に暮らせれたら。
それでも、今の暮らしが嫌だとは思わないので考えないことにした。
そして、那由多のウインナーをぶんどる。
ただのウインナーなのになんでこんなにうまいんだろう。
イデアが来てからは皿に賑やかなになって行った。
「かたじけないナ、ナユタママ。」
「あら、凄いわね。小さいのに、どこで覚えたのそんな言葉!
イデアちゃんは食べ方とても綺麗ね。」
来たばかりのイデアと楽しそうにナユタのかーちゃんは会話していた。
じーっと観察していると急に泣き出したのでギョッとした。
お、俺、が見てたからか?
なんかしたか?
「ど、どうしたんだい、母さん。」
ナユタの父ちゃんも焦って聞いていた。
左千夫も驚いているみたいで箸が止まっている中、イデアだけ黙々と食べていた。
「いやぁね…那由多にこんな素敵な友達がいっぱいできるなんて…!
あの子ぶっきらぼうでしょ!何に対してもやる気もないし!
ずっと仲良くしてくれるの巽くんだけだと思ってたわ…!」
「母さん…そんな急に…」
「父さんは黙ってて!!」
そっからもナユタのかーちゃんは黙々と喋っていた。
最後は左千夫の両手を握り締めて、「これからも、那由多をよろしくね!」と、涙ながらに言っていた。
左千夫は勿論嫌な顔せず、いつもの笑顔で頷いていた。
そして、次は「母さん止めろよ!」と、恥ずかしがっているナユタをじーっと見つめた。
「なんだよ、純聖。」
「いや…母親ってすげーなって思って。」
俺が友達をたくさん作った位で泣いてくれる奴なんていないと思う。
左千夫も柚子由も褒めてはくれるだろうけど、それとはまたちょっと違う。
俺には新鮮だけどナユタはめんどくさそうだった。
幸花をチラッと見ると幸花も那由多のかーちゃんを見つめていた。
多分、俺の気持ちはエーテルに居る奴らにしか分からないんだろうな。
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【九鬼】
家族との食事がこんなにもゆるいものだとは。
ボクには母が居ない。
父とのお堅い食事は何度も経験してきたが、正直あの頃は何を食べていたのかさえも覚えていない。
寧ろ味がしなかった。
それほど家族の団欒がボクは嫌いだったので、こういう経験はものすごく新鮮だった。
料理にタバスコをかけるのはママさんに怒られたけど。
食事を食べ終えると、各々が片付けへと入る。
さすがにキッチンに何人も居座れないので、ゆずずと会長、巽が率先して後片付けをしてくれていた。
なんだかんだで時刻は22時を過ぎている。
「長居しすぎましたね、そろそろ帰りますか」
会長がそう言って立ち上がったので、急いでリビングのドア前へと立ちはだかる。
「待って、ボクもう一個なゆゆにプレゼントあるんだ♪
ていうかみんなにプレゼント?車待たせてあるから、みんなそれに乗ってほしーナ♪」
そう言うと会長が怪訝そうな顔を覗かせたが、無視してなゆゆの腕を引っ張る。
「ママさーんパパさん、雪那っち!ごちそーさまでした!!
またなゆゆ暫く借りるネ~♪」
その後全員がママさん達にお礼を言うと、家の近くに止めてある小型のバスへと乗り込んで行く。
窓はスモークが貼ってあり、運転席も見えないようにしてあるので、どこに行くかはみんなわからない。
はるるが「人でもさらうのかよ」と言っていたが、ある意味ここにいる全員をさらっていくようなものだ。
玄関先まで送ってくれたママさん達に手を振ると、そのままボク達は出発した。
「ちょっと長い道のりだから寝てもいいヨ♪
トイレとかも全部ついてるから、好きにしてー。じゃ!」
そう言うと後部座席と運転席側で仕切られているカーテンを閉めた。
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【日当瀬晴生】
家族の食事ってこんなんだっけな。
懐かしい様な、全く違っていた様な。
まぁ、俺は親、嫌いだったからな、なんとも言えねー。
つーか、緊張し過ぎて飯の味が思い出せねぇ。
だって、あこがれの千星さん家で食事だぜ!緊張しねー方が無理だつーの。
千星さんの妹さんが色々会話してくれたので助かったが失礼が無かったか心配だ。
さて、これからの予定は俺も全くしらねぇ。
九鬼が用意したバスに乗った。
あいつのことだ余り期待しないでおこう。
俺と千星さん、天夜、純聖は一番後ろ。
三木と幸花とイデアさんは並んで座っていた。
上の棚から毛布を出してくれて各自に配っている。
そして、助手席を覗ける席に腰を掛けるとカーテンから前に顔出していた。
色々聞いているのか。
「もう、遅いですし寝ましょうか、千星さん。」
そういって、俺はシートを後ろに下げた。
千星さんのレバーも引っ張っておく。
車の揺れが心地よく俺達は直ぐに眠りに入った、そして、かなりの時間が経過した後、九鬼の声が社内に響いた。
「着いたよ~!!!」
そう言った途端、車の窓が全開になった、時間は朝の七時と言ったところだろうか。
其処は見渡す限り広い海が広がっていた。
「ここにボクの別荘が有るんだ!
なゆゆへのプレゼント!昨日は怒らしちゃってゴメンネ!
さ、まずは朝ごはん食べにいこっか。」
そう言って、九鬼はまた前に戻って行った。
開いた窓からごつい建物が見える。
…もしかして、あれが別荘か。
つーか、ここどこだよ。
色々疑問は有ったがそのまま建物へと向かった。
皆がざわざわしている中でも会長は眠ったままだった。
この人変なとこで図太いよな。
そう思いながら九鬼の別荘と呼ばれる場所に向かった。
8月10日。
今日は俺の誕生日だ。
15年間の誕生日、夏休みと被っていたせいか俺は友達から祝われたことが一度もない。
もちろん友達があまりいないと言えばそれまでなんだけど。
巽はわざわざプレゼントを持って来てくれたりするけど、基本的にこの日は家族とケーキを食べるくらいだ。
妹から「今日は帰って来れないの?」とメールが来ていたので、会長に事情を話すと、夜にまた晴生の所へ帰るのであれば、と任務を休ませてくれた。
一日オフになるので、夜まではゆっくりさせてもらおうと久々に実家へと帰宅する。
母さん達の顔を見るのも久々だった。
家に帰れないことは心配はしているようだったが、地区聖戦前に会長から丁寧な電話を貰ったらしく、しきりに「会長すごく美声ね!!」と言ってくるのがうざかったが。
妹は今日は部活が休みだったのか、「誕生日プレゼント」と言ってパピコの片割れをくれる。
いつもこんな調子なので、特別誕生日というものも意識はしていない。
父親は相変わらず呑気にやっているみたいで、みんな元気そうな事には安心した。
少し家族と話をしてから、さぁゲームでもするか!とリビングから出た時だった。
チャイムが鳴る。
その瞬間になにか嫌な予感がした。
さっさと二階へ行ってしまおうと階段に足をかけると、妹が玄関のドアを開けた。
「初めまして!那由多クンのお友達7名でーす♪」
聞き覚えのある声は振り向かなくてもわかる。
副会長だ。
七名、ということは会長達と純聖、幸花もいるんだと思う。
「もしかして君なゆゆの妹?かわいいネ~彼氏い……ったぁあああ!!」
多分会長に足でも踏まれたのだろう。
けれど俺は気にせずに階段を上って行く。
「え、わっ、ちょ、ちょっと、お、おにーちゃん!お友達!!」
ほっといてくれ、と言いたかったが、慌てて駆け上ってきた雪那に腕を掴まれ、無理矢理引きずり降ろされる。
これだけ団体でイケメン揃いの友達が来たら、さすがに雪那もビビっているのか、顔が真っ赤だった。
「……何しに来たんですか……」
「何しに?んもーわかってる癖に♪」
そう言って俺の額をツンツンと小突くと、ぞろぞろと玄関先へと入ってきた。
もちろん会長、三木さん、晴生は申し訳なさそうな感じだったが、他4名はお構いなしに家の中へと入ってくる。
騒ぎに気付いた母親も出て来ると、驚いた表情をしていた。
「あらっ!巽くん!みんな那由多のお友達!?男前じゃな~い!会長はっ!?会長は誰っ!?」
その言葉に会長が丁寧に挨拶をすると、母親はうっとりとした表情を浮かべている。
正直こんな母さん見たくなかった…!!
結局全員家へあがることになってしまったので、質問攻めの母親と雪那を無視しながら、7人の団体をせんまい部屋へと引き連れていった。
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【天夜巽】
かつて那由多の誕生日がこんなににぎやかに行われたことは無い。
夏休みだからという理由もあるが、一番は那由多がそういうタイプではないからだ。
那由多は一般庶民なので部屋もそれなりだ。
俺の部屋よりは広いがこれだけの人数が入ればぎゅうぎゅうで、全員床に座ることは不可能だろう。
会長はどこに座って良いのか分からずに立っている始末だ。
「那由多ー!飲み物いれておくわねー!」
下から那由多のお母さんの声が聞こえる。
それに一番に反応したのは三木さんだった。
「あ、私取ってくる。」
そう言って三木さんは慌てて部屋を出ていく。
彼女も余り他人の家に来ることが無いのだろういつも以上におどおどとしている。
副会長、純聖、幸花は思い思いに那由多の部屋をあさっている。
あ、…そこ、危ないかも。
「なんだ那由多、この服着てない女がいっぱいのってるやつ!」
「不潔…。」
「わー、なゆゆってすっごい分かりやすいとこにいっぱい置いてあるねー。」
「ちょ!止めて下さい!!副会長!!純聖も、幸花も!!」
そう、那由多のエロ本は分かりやすいところに置いてある。
それを片っ端から那由多は回収しているが、まぁ、あさる人数が多い為間に合わない。
そうしている間に三木さんが上がってきたので、取り合えず、俺はもってきているケーキを冷蔵庫に仕舞わせてもらおうと下へと降りた。
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【千星那由多】
部屋にあげたはいいが……。
「ほんっとーにやめろっっっ!!」
さっきから部屋の中を荒らされまくっている。
男ばかりなら別に構わないんだ。
子供…はまぁ意味わかってない奴もいるからいいからまぁいい。
ただ今は三木さんがいる。
主犯格は副会長だ。
エロ本から俺の服、ゲーム、なんでもかんでも漁り出す始末で、三木さんの目にとまるまでに回収ができない。
そこまで酷い物を置いているつもりはないが、見られたら恥ずかしい物だって俺にはある。
「とにかくっ!ゲームしましょうゲーム!」
何か別の事に引きつければいいかと、自ら遊びを提案する。
そもそも俺の部屋に来て全員でできる事と言えばゲームぐらいだ。
パーティーゲームなんかも無いので、二人プレイできる格闘ゲームを適当にゲーム機にブチこんだ。
「なにこのゲーム!格闘ゲーム!?」
一番最初に食いついたのは純聖だった。
俺の机の中を漁っていた最中だったが、画面に食いついてくる。
とにかくエロ本を漁りまくっている副会長を、先にこちらに引き込もうとコントローラーを無理矢理手渡した。
「…これで俺に勝てたら部屋漁っても何も言いません」
「えっ♪ほんとーに!?もっとなゆゆの恥ずかしいもの見れちゃう?やるやる~」
よし、かかった。
自らこう言うことを提案することなど殆ど無いが、今はもうこれ以上部屋を漁られたくない。
もちろんこのゲームで俺は負けるつもりはない。
バトルモードを選ぶと、使い慣れた青髪の学ランを着たキャラを選択する。
副会長は中国人のボインの露出の激しい女キャラを選択していた。
「手加減とか無しでいきますから」
「全然どんとこ~い」
本当に俺はマジだ。
相手が弱かろうが初心者であろうが、ゲームで手加減はしない。
もちろん負ければ、これ以上恥ずかしいものが見られるという事もあるからだが。
画面の中で繰り広げる闘いは一気に片が付いた。
コンボ技を駆使すると、中国人のボイン姉ちゃんはアンアン言いながらボコボコにされている。
俺の圧勝だ。体力ゲージも殆ど減っていない。
「……なゆゆ強すぎじゃん…」
「そりゃそうです」
「ずるい!ハンデ!体力ゲージ半分に減らして!!」
そのハンデも俺には通用しない。
再戦したが、この勝負も圧勝で終わった。
もっとハンデを与えても同じことだ。
俺がどれだけこのゲームやってきたと思ってんだ。
口先を尖らせて文句を垂れている副会長を見て、したり顔で笑う。
「……よし!今からゲーム大会ね!!一番弱い人が罰ゲームっっ!!」
俺なんかに自分が負けたのが悔しいのか、副会長は周りを巻き込み始めた。
とりあえず、暫く部屋を漁られる危険性はないだろうと、ほっと胸を撫で下ろした。
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【日当瀬晴生】
流石千星さん。
途轍もなくお強い。
俺も天夜も九鬼に巻き込まれてコントローラーを握らされたが全く出来なかった。
それからコマンドを教えて貰って、暗記することなら得意なのでなんとかできるようになったが、なんというか、もう少し俺の思う通りに動いて欲しい。
因みに会長が一番酷かった。
ジャンプするときに手は上がる、蹴るときに足は出る、殴るときに体が前にでる始末だった。
「あははは!!会長!何それ!ジョーダンきついヨ!!」
九鬼が笑い散らかしている。
会長はむっとしていたが何も言わなかった。
しかし、それから横で必死にゲーム画面を見つめていた。
コントローラーが全部使われている時は紙にボタンを書いたやつで応用しながら練習する始末だった。
なんだか、なんでもできる天才だと思ってたが、会長は昔からこうやって基礎を徹底的にこなしてきたから成せる技なんだろうと改めて思った。
「くらえー!ボインアタックー!!」
「やられたー!お返しに、パンティ――ぐえ!!も、酷いよ会長!!」
今は純聖と九鬼が低レベルな争いをしているところに会長の横やりが飛んだ。
そんな技は無かった気がするので当然の結果だろう。
三木と幸花は人並みには出来る様で女二人で楽しんでいた。
つーか、千星さんの誕生日なのにこんな感じでいいのか?
皆が楽しそうにしていたので口を挟めず、時間が過ぎていった。
因みに天夜はゲームセンスが無さ過ぎる。
会長と千星さんの番になると、会長はしきりに千星さんの手元を見て、色々質問していた。
九鬼はなりやらトーナメント表を作り始めている。
まさか、今から本気でトーナメントをするのか。
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【千星那由多】
「じゃじゃーーん!トーナメント表です!」
副会長がノートに書かれたトーナメント表を高く掲げた。
対戦相手は、巽VS晴生、会長VS副会長、純聖VS幸花、三木さんVS俺、となっている。
ここから勝ち上がっていけば優勝となるようだ。
「んじゃ、一回戦はなゆゆVSゆずず!女の子だからって手加減しちゃダメだヨ?」
また嫌な組み合わせを思いつくなと思ったが、しぶしぶコントローラーを握った。
「よ、よろしくお願いします…」
「うん、弱いけど、よろしくね」
お互いお辞儀すると画面へと目をやった。
今思えばこの部屋に三木さんが来てるって、とんでもなく素晴らしい事なんじゃないだろうか。
おまけが数人いるけど。
三木さんが俺の部屋で、俺の隣に座ってゲームしてる。
彼女…と言える子はいたけど、家にも部屋にも連れて来た事なかったし、そう考えるとだな…初めての女の子が…み、三木さ――――。
「千星君、どうしたの?」
「!!」
三木さんの声でハッとすると、既にバトルが始まり、俺の体力ゲージが半分以下になっていた。
だめだだめだ、こんなみんながいる状況で変な事考えるな。
そこからも一応手加減はしてみたが、三木さんはまだ操作に不慣れなようだった。
一生懸命コントローラーを操作する姿がかわいい…ってまた脱線しようとしてる俺。
巽よりかは幾分かマシだったが、結局俺の勝利となった。
ゲームが終わると、照れたように「千星君、強いね」と言われると胸が高鳴る。
ああ、俺に彼女ができたら、きっとこんな感じなんだろうな…と、また妄想を繰り広げた。
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【日当瀬晴生】
千星さんの部屋とかマジで緊張する。
天夜とかが普通に居ることがマジスゲームカつく。
家の前までは何度も来ているが実際上がるのは初めてだった。
どうしても部屋の隅々まで見てしまう自分をとどめる。
一回戦は言うまでも無く、千星さんの勝利。
彼はお優しいので手加減してあげたのだろう。
でないと、あんなに体力ゲージが減る筈が無い。
「流石、千星さん!優しいですね。
おい、天夜。さっさとやるぞ。」
九鬼が勝手に決めたトーナメント表では次は俺と天夜の番だ。
正直言ってさっきからこいつはコントローラーを触っては即死している。
格闘ゲームでそんなに速く死/ねるのかと言う即死っぷりだ。
こいつなら楽勝だ。
と、思って俺は定位置についた。
「テメーには負ける気がしねぇ!!」
「うん、僕も勝てる気がしない。」
天夜は本当にゲームが苦手なのだろう。
頭の後ろを触りながら苦笑していた。
いつもは自信満々のこいつが珍しい。
格闘が始まる。
勿論、速攻で勝負がついた。
K.O!と赤い文字がでかでかと画面に現れた。
「おっしゃ!!次は千星さんとですね!」
と、俺は意気揚々と言ったが。
彼と戦うなんて俺には無理だと思い肩を落とした。
まぁ、一緒にゲームができるだけでも幸せかと俺は次の対戦を眺めた。
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【幸花】
ゲーム…というのはあまり経験がない。
エーテルにもゲーム機はあるけれど、触ったことはなかった。
純聖がたまにやっているのは少しだけ見た事あるけど、正直こういう遊びは時間の無駄だと思ってる。
気乗りしないけれど、左千夫がやってるからやるしかない。
それよりも、何故私がこの部屋にいるのかが一番の謎だなんだけれど。
対戦相手は純聖。
「ぜってー幸花には負けねー!」
「…無理ね」
純聖はうまい方だとは思うけど、私だって絶対に純聖にだけは負けたくない。
だって負けたらずっとバカにされるし。
コマンドは全て覚えた。
後はうまく操作できるか、ただそれだけ。
純聖はアニマルレンジャーのレッドに似たキャラクターを選択している。
私はそいつと非対称なキャラを選択した。
バトルが始まると、お互い隙をついて必殺技を繰り広げて行く。
純聖のキャラは、燃えるぜ!だの、熱血な台詞ばかり叫んでる。
正直うっとうしい。
「そのキャラのセリフ、どうにかならないの」
「はぁ!?こういうのがカッコいーんじゃん!」
「お子ちゃまにはお似合いね」
「おめーもお子ちゃまだろーが!!」
画面の中でもバトルしているけど、私と純聖の言葉のバトルが始まる。
これなら絶対に負けない。
「さっきから同じ技ばっかり」
「バカの一つ覚え」
「ガードしたら?」
「突っ込むしか能の無いやつはこれだから」
「さっさと死んで」
言葉でどんどん追い詰めていくと、横に座っている純聖がふるふると震えだしたのがわかった。
こうなればもう私の勝ちも同然。
「…純聖は一生アニマルレッドになんかなれない」
「う、うっせえええええ!!!」
純聖が叫んだ瞬間に特大必殺技をお見舞いする。
熱血キャラはボコボコにやられて無様に負けた。
「幸花煩くて集中できなかったからもっかい!!」
「負けは負け…素直に認めて」
そう言ってもまったく聞かない純聖を、なだめる様に左千夫が口を塞いだ。
……ずるい、純聖。私も左千夫に口を塞がれたい。
ぷくっと両頬を膨らますと、柚子由の膝の上へと移動した。
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【純聖】
あー!もー!!幸花の奴マジむかつく!
てか、こんなのゲームじゃねーよ!
ゲームにまで心理戦持ち込んでくんなよな!!
なんつーか、負けて爽快とか悔しいとかじゃなくてただただムカつくぜ!
くっそー、俺がおんなじ技ばっかしてたのは嵌め技の為だっつーの!
ガードなんてしなくても勝てるし。
左千夫に「勝負は一度きりですよ。」って言われたから引き下がるけど、後で覚えとけよ!!
このトーナメントが終わったら絶対再戦を申し込む!!
てか、俺最近負けてばっかだな。
そこらへんのザコに負けることはねーけど、恵芭守(エバス) 高校にも負けたし。
はー、なんか負け癖ついてる気がする。
俺がガックリ肩を落としていると左千夫がくしゃくしゃと髪を撫でてくれる。
それだけで少し安心するからホント不思議だ。
「さー、次はボクと会長だね。楽勝ー、楽勝ー!
さっさと終わらせちゃおう!」
そう言えば左千夫、さっき全然出来てなかったよな。
俺もやり始めはコントローラーの反応の遅さについていけなかったから良く覚えてる。
夏合宿で九鬼が言った、左千夫に勝ったと言う言葉が俺の脳裏にまた甦る。
やっぱり、左千夫も負けちゃうのかな?
俺の中に不安が生まれるけど、左千夫はいつもみたいにニコニコしながらコントローラーを握った。
左千夫に似た、綺麗な長髪でクールな性格っぽいキャラを選んでる。
そのキャラってやりこんだらスッゲー強くなるけど、やりこむまでは弱小なんだよな…。
こんな短期間で使いこなせる筈が無い。
九鬼は一応格闘ゲームと言うものを知っているのか、初めてと同じ使いやすいキャラを選んでいた。
もう、キャラ設定の時点で勝敗決まってんじゃん。
俺は更にガックリと肩を落とした。
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【九鬼】
みんなそれなりに楽しんでいるようだ。
このトーナメントには他の意味もあるんだけど…ま、気づくことは無いだろう。
特になゆゆ。
次はボクと左千夫クンの番だ。
さっきの彼の様子を見ていると、ボクが負ける事はまずないだろう。
何やら黙々と自己練習もしていたが、こんな短時間で操作に慣れるはずもない。
それなのに左千夫クンは余裕そうに、純聖を膝の上に乗せたままボクの隣に座った。
「そんなに余裕ぶっこいてていーのかナ?」
挑発するように言ってやったが、左千夫クンより純聖が先に睨みつけて来る。
ボクはボインのおねーちゃんキャラを選択すると、かかってこーいと言いたげにジャンプを繰り返していた。
「いつでも来てヨ、さち……」
そう言った瞬間だっただろうか。
いや、もうボクが喋る前に左千夫クンはコマンドを打ち込んでいたのだろう。
目にも止まらなぬ速さでボインのおねーちゃんがボコボコにされている。
左千夫クンはさっきみたいに、手が出たりだとか、足が出たりとかもしておらず、いつも通り微笑んだままだった。
「え、ちょッ!?なにこれ!!ちょっと待って!!!」
必死で抵抗するようにボタンを押しまくった。
そかし、ボインのおねーちゃんの体力ゲージの減少は止まらない。
最後に左千夫クンのキャラが『地獄へ堕ちろ』と言うセリフと共に、眩い閃光がボインのおねーちゃんを貫く。
KO!という文字と共に、左千夫クンのキャラが髪をかきあげた。
「な、なんでぇえええええ!!!!???」
「会長すごい!今の特殊コマンドで、発動するのにもかなりの条件いるんですよ!!初心者でぶっぱなすの初めてみました!!」
珍しくなゆゆが大声で嬉しそうにしている。
なにそれ!?意味わかんないし!!
さっきまで全然できてなかったじゃん!!なんで!!??
左千夫クンの膝の上に乗っている純聖がにやりと笑ったのを見て、ボクは口先を尖らせた。
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【天夜巽】
次は那由多対日当瀬。
まぁ、ここは言うまでも無く…。
「うお!凄いですね、千星さん!その右ストレート!」
「そこで背後取れるんですか!マジ、神ですね!神!!」
「そのコンボはーーーっ!!!惨敗です!やっぱ、すごいっす千星さん!!」
これぞ、接待ゲーム。
すごいノリだ。
普段ならげんなりしている那由多もゲームだから満更でも無い様数だ。
最後は日当瀬が大げさに体をのけぞらせながら悪役みたいにやられて終わった。
勿論コントローラーは握り締めていたが。
そっからは握手までして、その対戦は終わった。
勿論、那由多の圧勝。
次は幸花ちゃんと会長の番だった。
幸花ちゃんは三木さんの膝の上に居たのだが、対決の番になるや否や純聖君を蹴飛ばして会長の膝の上を奪っていた。
「左千夫、手加減抜き。」
「お手柔らかに頼みますよ。」
純聖君が叫ぶのも構わず、膝の上から会長を見つめて幸花ちゃんはそう告げた。
でも、幸花ちゃんの頬がちょっと赤い。
叫んでいる純聖は三木さんの膝の上に回収されていた。
これは幸花ちゃんの負けかな、と思ったらやっぱり、会長の勝ちだった。
と、言うか会長の成長具合が物凄い。
空いている時間に説明書の熱読と日当瀬に攻略サイトを探して貰ってそれを見てはいたけれど。
普通の人間じゃあこの短期間にこの成長は無理だ。
俺はどうしてもボタンを押してから伝達してくれるまでの間が良く分からなくてゲームは出来ないんだけど、会長はそのズレを自分で合わせている。
やっぱり、人間離れしているなぁ、と改めて思った。
次は最終戦、会長対那由多だ。
なんだか、いつもより静かだなと少し不思議に思いながら最終戦を見つめた。
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【千星那由多】
正直ここまで会長が成長するとは思わなかった。
さすがと言った所だろうか。
けど、ここで負けたら俺が情けない。
いくら会長の吸収力がいいと言え、俺が数百時間かけてきた今までが無になってしまうのはいやだ。
「本当に手加減無しでやります」
「お手柔らかに」
会長は微笑んでいた。
俺がこんなにも本気になろうと思った相手は、今まで存在しない。
そして、バトルが始まった。
全員が息を飲んで見つめていたのだろう、うるさかった純聖も副会長も静かだ。
集中しやすくてありがたい。
会長は俺のコンボ技も必殺技も打ち消していった。
俺も負けじと隙を取られないように、攻撃やガードをうまく使って太刀打ちする。
コマンドを入力する指が酷く痛い。
長い間、画面からキャラの声と、凄まじい速さのボタンの音だけが部屋に響いていた。
どれぐらい時間が経っただろうか、お互いの体力ゲージはもう次で決まるぐらいにはすり減っている。
やれ、やるんだ那由多、仕掛けろ!!
会長の指が動いたのがわかった。
ほぼ同時に俺もコマンドを入力する。
これで、これで勝負は…――――決まる!!!!
画面の中、最後に攻撃を受けたのは、会長のキャラだった。
本当に僅差だった。
気を抜けば俺がやられていただろう。
KO!と言う文字と共に、俺のキャラの勝利ポーズが画面に流れると、安堵の息を吐いた。
「…っはー……緊張した……」
一年分ぐらいの集中力を使っただろうか。
酷い脱力感に襲われる。
もちろん俺はゲーム以外にこんなに集中力を使ったことはないが。
「会長、すごかったです!またやりましょう!」
次、勝てる自信はない。
けれど久々にワクワクしていた。
興奮している俺を見てにっこりとほほ笑んだ会長が、何故か勉強机の方を指差した。
どうしたのかと、そちらの方向へ向く。
「ちょーこれなゆゆエロゲーじゃん!」
「なにこれ?少女マンガみたいな絵だなー」
持っていたコントローラーが落ちた。
さっきまで副会長達が静かだったのは、俺が集中している間に再び部屋を漁りだしたからだった。
そして、勉強机のノートパソコンに入っていたエロゲーをやり始めている。
「……っふくかいちょおおおおおお!!!!」
俺の怒りの叫び声に、一階から刹那の心配そうな声が響いた。
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【神功左千夫】
格闘ゲームと言うものを初めてやった。
勿論名前は聞いたことあるし、ゲームセンターや他人がしているのを見たことは有った。
正直ゲームがこんなに難しいものだとは思わなかった。
まずは覚えなければいけないことが多い。
ボタンを運動信号としてこの画面のキャラクターが動く、それはとても複雑な作りだ。
しかも、押し方でかなり動きが違ってくる。
説明書には一通りしかのってないので、後は晴生君が調べてくれた攻略サイトで覚えた。
そのほかにも、技の優劣、タイミング、現実並みのカウンター、しかし画面なので二次元、その辺の把握が難しい。
しかも、キャラによって特化している部分が有る為、そこをいかす必要もある。
あと、ゲージと呼ばれるものも多い。
流石は那由多君。
ゲーマーと言うだけあって全くつけいる隙が無い。
そのまま白熱した勝負が繰り広げられた、僕もかなり愉しかった……が横やりが入る。
~絶頂☆ハーレム地獄っ!~私のこと、愛してくれますか?~
そんなナレーションが僕の耳に届いた。
勝負の最中に申し訳ないがどうしても思考がそっちに行ってしまいちら見してしまう。
主人公を好きな金髪の後輩が顔を真っ赤にしている画面がでかでかと映されている。
――――――――――――――――――――――――――
春菜『那由多先輩…あたし…那由多先輩のこと…』
肩を持って無理矢理キスをする。
春菜「んっ…ダメです…こんなところで…!」
――――――――――――――――――――――――――
名前まで呼んでくれるのだろう。
可愛らしい女の子の声が響いた。
そこで対戦の決着がついた。
どうやら僕が負けてしまったようだ。
当の那由多君はよほど勝負に集中していたのだろう全く気付いていない様子だった。
「会長、すごかったです!またやりましょう!」
清々しい笑顔でそう告げる彼に事の現状を教えてあげておく。
「……っふくかいちょおおおおおお!!!!」
まぁ、そんなことでは九鬼の行動は止まらない、ひょいとノートパソコンを持ち上げて上の方で何やら操作している。
「ん?このセーブポイントは…。」
春菜『あぁぁぁぁん!那由多せんぱッ!はげしッ!はるなの奥まで届いてッ―――ぁあああッ!!』
それは柚子由と幸花には聞いて欲しくなかったので、纏める様にして耳を塞いで置いた。
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【九鬼】
なゆゆは見事に集中していた。
ゲームに気を逸らせているうちに、再び室内を漁る計画は大成功だ。
今しかない!とバレないように勉強机のパソコンを開く。
画像や動画もおもしろいものがたくさんあったけど、一番気になったのがこのエロゲーだ。
幼馴染、クーデレ、ツンデレ…まぁキャラ設定は普通に良くあるエロゲーだろう。
ただなんとなく、キャラクターがボク達に似てる気もする。
「なゆゆこの春菜ちゃんだけ愛情度MAXだネ♪
ボクは幸子ちゃんかナ~!生徒会長クーデレキャラ!こういう子落とすのって難しいんでしょ?」
「…そうですね……」
「幼馴染のたつきちゃん、ちょーヤンデレじゃん!何このスチル!こわいんだけど!!」
「………」
「九龍先輩超ビッチ!やっぱり幸子ちゃんかわいいネ~、ねっ左千夫クン!」
「……………」
ボクの言葉についになゆゆが返答しなくなった。
それどころか、周りの視線もどんどん痛くなってくる。
そう言えば、なゆゆの誕生日のためにここに来たんだった。
「そろそろ終わりにしよっかナ~♪次なにする?」
さすがにこの空気の中これ以上エロゲーを続ける気が起きず、慌ててパソコンを切ろうとしたその時だった。
「…もう、帰ってください」
俯いたままのなゆゆが小さくそう零した。
あーあ、やっちゃったかも。
「もう、帰ってください!!俺は一人でいたいんです!!一体何しに来たんですか!!」
なゆゆがここまで怒ったの初めて見た。
顔をあげたなゆゆは半泣き状態で、さすがにやりすぎたかと反省する。
やっちゃったー♪という意味を込めて、会長にでもフォローしてもらうとペロっと舌を出した。
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【三木柚子由】
多分千星君はかなり怒ってる。
私は耳を塞がれたままなのであまり聞こえないけど、くっきーさんが左千夫様に助けを求めている。
左千夫様は大きく肩を落とした後、自分のポケットから綺麗に包装されたプレゼントを取り出し、千星君の両肩を後ろからゆっくりと掴んだ。
「貴方の誕生日を祝いに来たんですよ、那由多君。
帰るのは構いませんが、せめてプレゼントを渡させて下さい。
ほら、九鬼も反省してますし。」
そう言うと、皆の視線がくっきーさんに行く、こういう時の彼は腰が低いみたいで、必死に両手を合わせて謝っていた。
私も、そっと千星君に紙袋に入ったプレゼントを差し出す。
それにつられて、日当瀬君、純聖君、幸花ちゃん、くっきーさん皆がプレゼントを差し出していった。
千星君の手の中にプレゼントが集まっていく。
「あ、俺ね、今年はケーキ作ってきたんだ。
食べるでしょ?持ってくるね。」
天夜君のプレゼントは誕生日ケーキだ、なので今日は他にケーキは用意していない。
天夜君を手伝う為に私も一緒に階段を降りる、今度は幸花ちゃんも一緒についてきてくれた。
皆、色々騒いでたけど、ちゃんと千星君を祝いたいんだよ、と、伝える為に降りる前に微笑みを送る。
直ぐに千星君の机の上はお皿とジュース、ケーキでいっぱいになった。
ロウソクに火を灯すとバースデーソングを皆で歌う。
左千夫様が、千星君をケーキの前に誘導する。
「「ハッピー・バースディ・トゥ・ユー♪」」
「那由多」
「千星さん」
「千星君」
「那由多君」
「なゆゆ」
「「誕生日おめでとー!!!!」」
見事に呼び方がバラバラだなって思ったけど、これも彼の人柄な気がする。
私はとびっきりの笑顔を彼に向けた。
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【千星那由多】
久々に激怒した。
俺がなんでも許すと思ったら大間違いだ。
せっかくゲームしていい気分になれてたのに、副会長のせいで台無しだ。
ぐっと拳を握りしめていると、会長が肩を掴んだのがわかった。
そして、落とされた言葉に俺はハッとする。
わかってはいたけど、みんなは誕生日を祝いにわざわざ来てくれてるんだ。
少し申し訳ない事をしてしまったかなと副会長を見ると、反省しているのか手を合わせていたので、なんだか力が抜けてしまった。
「…すいません、俺もちょっと興奮してました」
そして、三木さんから始まり、皆がプレゼントを渡してくれる。
こんなに大勢からプレゼントをもらうなんて、もしかしたら初めてかもしれない。
こっぱずかしくなり、終始顔が赤かったと思う。
三木さんに、みんなちゃんと俺の事を祝いたいんだよ、と言われるとそれだけで胸がいっぱいになった。
みんな、会長や三木さんを祝ってきた時のように、同じ気持ちを持ってくれてるんだろうか。
そう思うと嬉しかった。
高校に入って、こんなに俺の環境が変わると思ってなかった。
友達でさえ少ない俺に、こんなに仲間が増えると思ってなかった。
思えば、さっきみたいに俺が本気で怒れるのも、誰かが一緒にいないとできない。
そう思うとそれさえも大事な気持ちなんだと、妙に胸がくすぐったくなった。
皆が俺の名前を呼んだ。
こんなに全員が違う呼び方だったのかと改めて実感すると、本当に色んな人と関わってきたんだなと思い知らされる。
「…あ、ありがとう……」
ああ、恥ずかしい。
みんなにおめでとうと言われるのがこんなにも恥ずかしく、嬉しいとは。
ちょっと泣きそうになるじゃんか。
ローソクを吹き消すと、バラバラの拍手が室内に響いた。
照れを隠すようにすぐに貰ったプレゼントを手に取る。
「じゃ、じゃあプレゼント開けてこっかな?」
最初に手に取ったのは、運が良いのか悪いのか、副会長からもらったプレゼントだった。
みんなの視線が一気に集まったので、さっさと開けていく。
中に入っていたのは、食い込みが酷い青くギラギラした派手なパンツだった。
「ぜーったいなゆゆに似合うと思って!勝負する時履いてよネー!」
履けるか!!
こんなの履いて洗濯出した時には家族会議モンだっつーの!!
他にも似たような下着がいくつか入っていたが、見る気にもならなかった。
本当にこの人は期待を裏切らない。
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【日当瀬晴生】
危うく九鬼のせいで誕生日会が丸潰れになりそうだった。
それにしても千星さんはあーいう女性が好みなんだな。
勉強になった。
あんまり直視できなかったけど。
九鬼のプレゼントは相変わらずだったが少し履いてみて欲しいなとも思った。
千星さんにその気はなさそうだったので言えないが。
そして、次は純聖のプレゼントだった。
一応茶色の封筒に入ってあるそれは開くと「アニマルレンジャー」という、キャラクターのレッドとブルーだった。
「それ、やる!結構レア度高いんだぜ!」
「純聖この前被ったって騒いでたやつ。」
幸花がぼそっと喋ってる。
なるほど、だぶりを千星さんに渡した訳だな。
それでも、千星さんはありがとうと言っていた。
本当、えらいなと思った。
幸花からのプレゼントも茶封筒に入っていた。
エーテルには茶封筒しかないのか。
そんなことを思いながら中身を見つめた。
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【千星那由多】
純聖からはアニメルレンジャーのカードを貰った。
正直もう戦隊物が好きな年代ではないし、被ってたからいらない物扱いだったが、こいつがくれただけでもありがたいという事にしておく。
そして次に、幸花から貰った茶封筒の中身を出した。
「…なんだこれ?」
小さなパックが連なったものが出て来た。
あれだ、よく妹が試供品、とか言って貰ってくるやつだ。
どうやらシャンプーみたいだったが、裏の詳細を見てみると、「がんこなくせ毛もサラサラのストレートヘアーに!」と書かれている。
「…わざわざネットで無料の試供品頼んだ…」
ボソリと幸花が呟く。
明らかに嫌味だろうと思ったがこれもありがたくいただいておこう。
でも…無料の試供品って…。
いや、いいんだ、別にこどもに何かを期待してるわけではない。
もしかしたらめちゃくちゃストレートになるかもしれないしな!
次は三木さんからのプレゼントだった。
可愛い小さな紙袋に入ったそれを空ける。
女の子からプレゼントをもらうのはもちろん初めてだ。
照れながら丁寧にテープを剥がしていった。
そして、中からじゃらりと音を立てて出て来たのは、キーホルダーだった。
しかも魔女っ娘なゆちゃんの。
「それね!今すごい人気で売り切れてるんだよ!あと、もう一個!お供のハルキーヌもいるの!」
興奮気味に三木さんが迫ってくるので参ってしまったが、鞄に付けときますねとだけ言うと袋の中へと直した。
いや、なんにせよ三木さんにプレゼントを貰えたという事だけで胸がいっぱいだ。
寧ろこれを選ぶ時俺の事を考えてくれていたんだろうと思うと…。
……っと、また脱線しようとしていた。
次だ、次。
次は晴生のプレゼント。
箱に入っているので見た所一番でかいし重い。
わくわくしながら包装紙を開ける。
箱に書かれた文字を見た途端に、俺は心の奥底から喜びの声をあげた。
「う、ぇええええ!!これ!こないだ俺が川に流された携帯ゲーム機の新しいやつ!!!!しかもソフトまでついてる!!」
やばい、やばいやばいやばい!!!
お陀仏した携帯ゲーム機が…最新版になって帰ってきた…!!
天にも昇る思いでゲーム機の箱を抱きしめる。
「つまらないものですが」とかなんとか言ってるけど、全然つまんなくない。
寧ろこれをつまらないものと言ってしまう時点で、金持ちはやっぱり違う。
喜びに舞い上がった後で、最後は会長のプレゼントだ。
黒い包装紙に巻かれたそれを丁寧に開けると、高級そうな箱が出て来る。
なんか扱うのが怖いなと思いながら蓋を開けると、中身はこれまたお高そうな濃い青の万年筆だった。
金で俺のイニシャルが掘られている。
「左千夫クン…それなゆゆには勿体ないんじゃ…」
副会長のそんな声が聞こえたので、多分かなり高価な物だと思う。
万年筆という時点で、俺が使いこなせ無さそうな物だけれど、それでも嬉しかった。
会長は本当に俺の字を好きでいてくれてるんだ。
「ありがとうございます、大事にします!」
自分でも驚くくらいに満面な笑みだったと思う。
それに答えてくれるように会長は優しく微笑んでくれた。
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【天夜巽】
那由多は皆からのプレゼントを死ぬほど喜んでいるようだった。
誕生日にこんな嬉しそうな那由多は見たことが無い。
勿論、俺のプレゼントには毎年喜んでくれるが。
「それじゃあ、俺からのプレゼント。ケーキ食べようか?」
俺はイチゴのショートケーキを丁寧に切り分けていく。
そして、一緒に持ってきた紙皿に盛っていく。
全部同じ大きさになるように切り分けると俺は各々に振り分けるのでは無く真ん中に置いた。
「実はこれ、ロシアンルーレットケーキなんだ。一個だけ、ハズレ。
ハズレがどんな味がするかは食べてからのお楽しみ。
それじゃあ、まずは主役の那由多から。
俺は最後にとるから、後は皆適当に取って言ってね。」
那由多がゴクリと生唾を飲むのが聞こえた。
俺がこういうものを作った時のはずれが壮絶なのを知っているからだ。
まずは那由多が取った。
一応均等には分けたがその中でも普通サイズの物を取った。
次は純聖と幸花。
二人ともちょっとおおきめのを取っていた。
やっぱり子供だなぁと、ほほえましくなる。
次に会長と三木さん。
会長は真剣なのかトサカがゆらゆら揺れていた、しかし、ホッとした顔をすると残りのケーキの中で一番大きいものを取っていた。
三木さんは一番小さいものを。
性格が出るなぁと思いながらそれを眺める。
日当瀬も少し嫌そうな顔をしながらもケーキを取る。
くっきー先輩には俺が先輩の前にケーキとタバスコを置いた。
そして、最後は俺のものとなる。
「じゃぁ、那由多。誕生日おめでとー!いただきまーす。」
僕が声を上げると、皆が一斉にケーキを口にした。
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【千星那由多】
最後は巽のケーキだ。
毎年何かしらしてくれるので、巽からのプレゼントは特別だ。
こうやって今年も無事に祝ってもらえるのが、一番うれしかった。
巽が作ってきたケーキは、めちゃくちゃうまそうで、お店に並べてもいいんじゃないかってくらいに綺麗だ。
しかし、今回はロシアンケーキらしい。
人数が多いし、巽なりのゲームなのだろうけど、こういう時は大体物凄い嫌な物を入れてくる。
まさか一番最初に取ってそれが当たりとか、そんな事はないだろうと、好きなケーキを選んだ。
「いただきまーす」
全員が一斉に口に含む。
途端に口の中でゴリッという嫌な音がした。
もうこの感触で大体わかる。
俺のだいっっきらいなきゅうりだ……。
みんなはうまそうにケーキを食べていて、アタリじゃなかったと笑顔で会話してる。
ええ、俺ですよアタリは。
いや、でもここで吐きだすとかそんな事はさすがにしない。
巽へと半泣き状態で目をやると、俺がアタリだとわかっていたのか満面の笑みだった。
「那由多、当たっちゃった?」
「うっそ、なゆゆ悪運良すぎ~!!」
「…………でもうまいよ……」
めちゃくちゃ不味くはないが、おいしくもない。
シャリシャリとした触感が辛く、キュウリ独特の苦みとクリームの甘みがせめぎ合い、何を食べてるのかさえわからない。
俺だけ咀嚼音がみんなと違うのもおかしい話だ。
けれど不味そうな顔はできなかったので、引き攣った笑顔でなんとか食べきる事ができた。
「ごち、そうさま……ありがとう…」
最後にジュースを飲み込んだが、あの不可解な味は消えなかった。
みんな食べ終わると、時刻はもう17時をすぎていた。
食べ終わった食器を三木さんが片付けると言ってくれたが、さっきから色々とやってくれてるので悪いと思い、巽と二人でリビングへと降りる。
調度母親と妹が買い物へ行くところだった。
「那由多、今日みんな何食べたいかしら?」
「へ?みんな?」
「会長達よ!みんなご飯も食べてくでしょ?」
いやいやいや、何勝手に決めてんだこの母親は。
すっかり会長達の事を気に入ってしまったのか、珍しいことを言いだしたぞ。
「いや…さすがに帰って…」
「いいんじゃない?俺も久々におばさんの手料理食べたいし、なんなら俺も手伝うよ」
巽に遮られると、母親は「久々に腕がなるわ~!」と言って妹と二人で買い物へと行ってしまった。
まぁ、いいか。たまにはこんな大勢で食べるのも。
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【神功左千夫】
結局那由多君の家でご飯を頂くことになった。
僕がイデアに作ってあげることは有るがこう…お母さんと方にご飯を作って貰うのは初めてかもしれない。
働かざる者食うべからず。
エーテルでもこの方針は変わらないので、純聖、幸花もちゃんと手伝いをしている。
僕もご飯を余所うことくらいは出来るので其処は手伝う。
結局、テーブルだけでは収まらないので、テーブルには僕と九鬼と那由多君の父母。
後はぎゅうぎゅうでちゃぶ台で食べることになった。
食事は白ご飯と肉じゃが、サラダに、味噌汁に冷ややっこだった。
こういう経験はめったにないので少しドキドキしてしまう。
この前巽君の居酒屋でのご飯も新鮮だったけどそれ以上だ。
「いただきます。」
じゃがいもを割って口に運ぶ。
癖の無い味付けでとても美味しい。
なんだか、沢山食べれる味だ。
那由多君のお父さんも帰って来られたが平和主義そうな大人しい方だ。
ゆっくりと箸を進めていると那由多君のお母さんが僕に喋りかけてきた。
「左千夫君は本当に男前ね。俳優とかモデルとか目指さないの?」
「そんな、恐れ多いです。それに、どうやってなるかも良く知りませんし。」
「なんなら、おばさんが応募してあげるよ!!
写真撮って良い?那由多!ちょっと後で携帯貸しなさい!!」
本当に応募するのだろうか…。
僕は自分の容姿に自信が無い訳ではないが、現代のニーズに合っているかまでは分からない。
「左千夫クンかっこういいですよねー。」と、横で九鬼が言っていると、「あんたも十分男前よ!」と、軽く返されていた。
この人から見れば、僕も九鬼も子供なのだろう。
母親とは強い存在だなと改めて思った。
僕達はエーテルでは母親、父親代わりだけどこの人たちには全く及ばないなと肩を落とした。
それにしても、人に作って貰ったご飯と言うのはこんなにおいしいものなのだと改めて思ってしまった。
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【千星那由多】
かつて家のリビングにこんなに人が集まったことがあるだろうか。
会長と副会長は、母親、父親と一緒にダイニングテーブルに座っている。
すっかり父親もみんなの事が気に入ったようだった。
三木さんの事もしきりに褒めているので、やはり血は争えないというやつか。
俺達のテーブルも賑やかだった。
三木さんは純聖と幸花がいるので大変そうだったが、みんなうまそうに飯を食ってくれていた。
料理自体はいつもと変わりないが、俺はウインナーさえあればいいので、誕生日だからと言って料理にはこだわらない。
巽と晴生は相変わらずだったが、雪那の質問攻めには晴生もたじたじのようだ。
雪那、巽のこと好きとか言ってなかったっけ。
賑やかなムードで箸を進めていると、ふとイデアの事が気になった。
「そう言えばイデアまだ忙しいですかね?あいつだけいないっつーのもなんかな」
「どうだろう…連絡してみようか?」
あいつは飯は食わないと思うが、雰囲気だけでもと思い三木さんに尋ねると、三木さんがイデアに連絡を入れてくれた。
携帯を閉じた瞬間だっただろうか。
リビングのドアが開いた。
「なんダ」
「うおおおおおおッ!!??」
そこに立っていたのはイデアだった。
今さっき連絡を入れたばかりなのに、家の前どころか中にまで入ってきてやがる。
親はイデアの素早い登場に驚くかと思ったが、親は特に気にも止めていない様子だ。
「あらあら、純聖くんと幸花ちゃんのお友達?それとも晴生君の妹かしら?
そっちもう座れないから、こっち座りなさい、今ご飯よそってあげるから!」
親のこういう所の図太さは、子供ながらに感心する。
イデアは会長に手招きされるといつもの表情でダイニングテーブルへと向かった。
「そうダ、ナユタ。先にコレを渡してオク」
そう言って背中に背負っていたリュックから何かを出し始める。
取りだして来たものには見覚えがあった。必殺技を会得した時の銅像と顔が一緒だ。
「銅像クン三号。日々の鍛練ニ必要ナものヲ装備させテおいタ」
真っ赤なリボンまで巻いていたので、多分イデアなりの誕生日プレゼントなんだろう。
両手に収まるぐらいの重いそれを受け取ると、苦笑いを返した。
「誕生日覚えててくれたのか…ってイデアなら当たり前か。ありがとな」
「ナユタの誕生日ナド、消去してモいいのダガナ」
起伏の無い声でそう言うと、会長の隣へと座った。
銅像君三号…また暴走したりとかしないよな?
そんな事が頭を過ったが、ありがたく受け取っておくことにした。
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【純聖】
家族でご飯ってこんなふうなんだなって思った。
そんなに作らなくても飯が出てくる。
エーテルも基本は年上が作ってくれるけど、なんか学校の給食に似てる感じだ。
皿とかも全然違うなと思いながら箸を進める。
「まぁ、味はまーまーだな。」
本当は結構うまかったけどそんなこと言えない。
あー、俺もこんなんだったのか、普通に暮らせれたら。
それでも、今の暮らしが嫌だとは思わないので考えないことにした。
そして、那由多のウインナーをぶんどる。
ただのウインナーなのになんでこんなにうまいんだろう。
イデアが来てからは皿に賑やかなになって行った。
「かたじけないナ、ナユタママ。」
「あら、凄いわね。小さいのに、どこで覚えたのそんな言葉!
イデアちゃんは食べ方とても綺麗ね。」
来たばかりのイデアと楽しそうにナユタのかーちゃんは会話していた。
じーっと観察していると急に泣き出したのでギョッとした。
お、俺、が見てたからか?
なんかしたか?
「ど、どうしたんだい、母さん。」
ナユタの父ちゃんも焦って聞いていた。
左千夫も驚いているみたいで箸が止まっている中、イデアだけ黙々と食べていた。
「いやぁね…那由多にこんな素敵な友達がいっぱいできるなんて…!
あの子ぶっきらぼうでしょ!何に対してもやる気もないし!
ずっと仲良くしてくれるの巽くんだけだと思ってたわ…!」
「母さん…そんな急に…」
「父さんは黙ってて!!」
そっからもナユタのかーちゃんは黙々と喋っていた。
最後は左千夫の両手を握り締めて、「これからも、那由多をよろしくね!」と、涙ながらに言っていた。
左千夫は勿論嫌な顔せず、いつもの笑顔で頷いていた。
そして、次は「母さん止めろよ!」と、恥ずかしがっているナユタをじーっと見つめた。
「なんだよ、純聖。」
「いや…母親ってすげーなって思って。」
俺が友達をたくさん作った位で泣いてくれる奴なんていないと思う。
左千夫も柚子由も褒めてはくれるだろうけど、それとはまたちょっと違う。
俺には新鮮だけどナユタはめんどくさそうだった。
幸花をチラッと見ると幸花も那由多のかーちゃんを見つめていた。
多分、俺の気持ちはエーテルに居る奴らにしか分からないんだろうな。
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【九鬼】
家族との食事がこんなにもゆるいものだとは。
ボクには母が居ない。
父とのお堅い食事は何度も経験してきたが、正直あの頃は何を食べていたのかさえも覚えていない。
寧ろ味がしなかった。
それほど家族の団欒がボクは嫌いだったので、こういう経験はものすごく新鮮だった。
料理にタバスコをかけるのはママさんに怒られたけど。
食事を食べ終えると、各々が片付けへと入る。
さすがにキッチンに何人も居座れないので、ゆずずと会長、巽が率先して後片付けをしてくれていた。
なんだかんだで時刻は22時を過ぎている。
「長居しすぎましたね、そろそろ帰りますか」
会長がそう言って立ち上がったので、急いでリビングのドア前へと立ちはだかる。
「待って、ボクもう一個なゆゆにプレゼントあるんだ♪
ていうかみんなにプレゼント?車待たせてあるから、みんなそれに乗ってほしーナ♪」
そう言うと会長が怪訝そうな顔を覗かせたが、無視してなゆゆの腕を引っ張る。
「ママさーんパパさん、雪那っち!ごちそーさまでした!!
またなゆゆ暫く借りるネ~♪」
その後全員がママさん達にお礼を言うと、家の近くに止めてある小型のバスへと乗り込んで行く。
窓はスモークが貼ってあり、運転席も見えないようにしてあるので、どこに行くかはみんなわからない。
はるるが「人でもさらうのかよ」と言っていたが、ある意味ここにいる全員をさらっていくようなものだ。
玄関先まで送ってくれたママさん達に手を振ると、そのままボク達は出発した。
「ちょっと長い道のりだから寝てもいいヨ♪
トイレとかも全部ついてるから、好きにしてー。じゃ!」
そう言うと後部座席と運転席側で仕切られているカーテンを閉めた。
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【日当瀬晴生】
家族の食事ってこんなんだっけな。
懐かしい様な、全く違っていた様な。
まぁ、俺は親、嫌いだったからな、なんとも言えねー。
つーか、緊張し過ぎて飯の味が思い出せねぇ。
だって、あこがれの千星さん家で食事だぜ!緊張しねー方が無理だつーの。
千星さんの妹さんが色々会話してくれたので助かったが失礼が無かったか心配だ。
さて、これからの予定は俺も全くしらねぇ。
九鬼が用意したバスに乗った。
あいつのことだ余り期待しないでおこう。
俺と千星さん、天夜、純聖は一番後ろ。
三木と幸花とイデアさんは並んで座っていた。
上の棚から毛布を出してくれて各自に配っている。
そして、助手席を覗ける席に腰を掛けるとカーテンから前に顔出していた。
色々聞いているのか。
「もう、遅いですし寝ましょうか、千星さん。」
そういって、俺はシートを後ろに下げた。
千星さんのレバーも引っ張っておく。
車の揺れが心地よく俺達は直ぐに眠りに入った、そして、かなりの時間が経過した後、九鬼の声が社内に響いた。
「着いたよ~!!!」
そう言った途端、車の窓が全開になった、時間は朝の七時と言ったところだろうか。
其処は見渡す限り広い海が広がっていた。
「ここにボクの別荘が有るんだ!
なゆゆへのプレゼント!昨日は怒らしちゃってゴメンネ!
さ、まずは朝ごはん食べにいこっか。」
そう言って、九鬼はまた前に戻って行った。
開いた窓からごつい建物が見える。
…もしかして、あれが別荘か。
つーか、ここどこだよ。
色々疑問は有ったがそのまま建物へと向かった。
皆がざわざわしている中でも会長は眠ったままだった。
この人変なとこで図太いよな。
そう思いながら九鬼の別荘と呼ばれる場所に向かった。
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