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isc(裏)生徒会
ぐだぐだ前夜祭
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【千星那由多】
今日は7月31日、合宿の最終日だ。
この10日間、訓練は地獄の様だった。
暑さでバテることもあれば、次の日動けないぐらいに扱かれたり、散々な目に合されたのは言うまでもない。
そしてついに明日は地区聖戦「ラディエンシークルセイド」が始まる。
大変だったけど、必殺技もそれなりに形になってきたし、とりあえずこの合宿が終わることが、俺は何よりも嬉しかった。
何故か今日は朝食が無いまま、朝の会議を始める。
明日から始まる地区聖戦の詳しい話しや、拠点をこの訓練施設にするという話しが行われた。
基本的に地区聖戦は「24時間」いつでも敵に狙われるし、こちらも狙うことができる。
ただ拠点、所謂「アジト」にいれば4時間は攻撃を免れると言うことになっているようだ。
作戦を練る時、傷ついた時に利用すると言った感じだろうか。
24時間体制というのもキツイものがあるなと思ったが、もう明日から始まるのに尻込みしても無駄だ。
ここまで来たらやるしかない。
会議を終え、最後の訓練だなと腰をあげようとすると、イデアが現れた。
「今日はナガシソウメンをスル」
「はぁ?」
流し素麺…?だから朝食が無かったのか?
最後の合宿なので、思い出を残す…などと言うことは絶対にありえないだろう。
イデアの事だから、確実にとんでもないことを考えているに違いない。
「とりアエズ竹をアリッタケ用意シロ。C地点の滝ノ上へアツマルこと。以上」
そう言うと踵を返しキッチンへと戻っていった。
……嫌な予感しかしないんだが…。
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【天夜巽】
これから流しそうめんをするらしい。
本当にイデアちゃんは楽しいことを考えるのが得意だ。
合宿は俺に取ってもかなりハードなものだった。
必殺技を鍛えたり、体力を向上させたり、会長やクッキー先輩との手合わせは学ぶことが多かった。
イデアちゃんの注文通りかなりの数の竹を用意してC地点へと向かう。
そこへ行くまでも会長が地区聖戦について色々なことを話していた。
「言い忘れてましたが、明日からは任務が無い日は招集しません。
夏休みですので基本は自由に行動して構いませんが、ラディエンシークルセイドの事を考えると余り一人で行動するのは好ましくないと思います。
後、宿泊する場所ですが、僕は基本、学校の(裏)生徒会室に居ます。
今日帰りに配布する、政府から支給されているブレスレットでも展開すると仲間の場所が分かる様になってますので参考にしてください。
何か問題があるときはいつ来て貰っても構いませんし。
柚子由はいつも通りエーテルに居て下さい。
あそこは防御も硬い。
那由多君、巽君の宿泊場所は晴生君にお願いしてあります。
那由多君の親御さんに電話が必要なら僕からかけて置きますが?」
俺達はどうやら家に帰る訳でも、ここで夏休みを明かす訳でもなさそうなことに驚いた。
てっきり毎日集まると思っていたからだ。
会長は那由多の心配をしているらしく、声を掛けてきた。
俺の方にも同じことを言われたが、基本俺の母さんはこういうことに対しては放任なので大丈夫だと返しておいた。
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【千星那由多】
明日からはこの訓練施設にいるわけでも、家に帰れるわけでもないみたいだ。
また外泊許可を貰わないといけないが、俺から親に連絡すると、全く聞き入れてもらえないので、会長に連絡をいれてもらうことにした。
一人でいるよりも、巽と晴生が居た方がまだ安心かもしれない。
煩くなる事には変わりはないだろうけれど。
竹を集めてC地点まで持っていくと、イデアが高い木の上で俺達を見下ろしていた。
「ヨシ、竹はそれぐらいでイイダロウ。割レ」
そう言われたので、各々が自分の武器で竹を割り始める。
この時点でとんでもなくだるかったが、朝から何も食べてないので素麺でもなんでもいいから食事をとりたい一心で頑張った。
竹を割ってからは組立作業に入る。
イデアが立っている高い木から、滝へと流れ落ちるように長い流し素麺のルートができた。
そこに、イデアは何処からかホースを持ち出し、水を流し始めた。
おお、なんかすごく本格的で、涼しげだ。
暑い夏には持ってこいだな。
太目の竹を流れる水を覗き込む……と俺は絶句した。
何故、濁流の様な水の流れなんだ。
「……なんか…流れ…ありえないぐらい速くね?」
木の上にいるイデアへと声をかける。
「フツウの流れジャ訓練にナラない。動体視力、獲物を捕らエル指先の力を鍛エテモラウ。
ちなみに箸は利き手デ持つナ」
そう言うと三木さんから箸とお皿が配らる。
完全にこの流し素麺で、飯にありつけないであろうという事を確信した。
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【三木柚子由】
全員にお皿を配り終わると私と幸花ちゃんは木の上に呼ばれた。
木の上には確りした足場が組まれており、テーブルも有った。
そこには桶の中に渦の様な回転がある、流れるソーメン?回転すしのソーメンバージョンが有った。
「ユズユとサチカはここで食エ。後は、手伝い頼むゾ。」
どうやら私達はここでゆっくり食べてもいいみたい。
幸花ちゃんがおにぎりを握って私に渡してくれた。
「ありがとう、幸花ちゃん。」
「左千夫。」
もう一つおにぎりを握ると幸花ちゃんは木の上から顔を出して左千夫様に落としていた。
「…っと、ありがとうございます。幸花。」
左千夫様はお箸を持っていた手で器用に受け取って手を合わせてからそれを食べ始めた。
その後純聖君が、「俺も、俺も!」と、騒いでいたので私が握ってあげようかと思ったら幸花ちゃんが素早く握り純聖君に向かって全力で投げつけていた。
純聖君はギリギリキャッチできたようだが顔が強張っている。
「他に居る人…。」
そう言ったが誰も手を挙げなかった。
その後はまずは卵やキュウリなどのトッピングを投げた、幸花ちゃんが。
皆思い思いにそれを皿でキャッチしている。
つゆはもとから支給してあるのでいよいよ流し始めることになる。
並んでいる順番はクッキーさん、純聖君、天夜君、千星君、日当瀬君、左千夫様だ。
「ヨシ、行くゾ。」
その声と共に筒にソーメンをいれたがものすごい濁流に直ぐに呑まれて行った。
これを箸で掴むのは難しいのではと思ったけど、そこはくっきーさん、簡単に箸で一本残らずソーメンを取っていた。
「うん♪楽しいネ、これ。」
そして、つるっと一口で食べている。
クッキーさんだけ見ていると普通の流しそうめんなんだけどここから落として直ぐにあそこまで流れている訳なのでとんでもない速さだ。
純聖君も「ずりー!次は俺!!」と、言っていたので見えているようだけど、千星君はまだ私の方を見ていたのできっと見えていない。
だ、大丈夫かな?
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【九鬼】
濁流から流れてくる素麺をうまくキャッチして食べるというのも、中々面白みがあっていい。
一番上にいるので全部取ってしまってもいいんだけど、そうすると左千夫クンに怒られそうなのでやめておいた。
暫く流れてくる素麺を全員がキャッチして食べる、という濁流だけど普通の流し素麺が続いている。
しかし、どうやらなゆゆは一回も取れていないようだった。
確かになゆゆの動体視力じゃ、この流れの中で素麺をキャッチすることはできないだろう。
「適当に箸突っ込んどいたらいいんじゃない?」
そうは言ったが箸さえも折れてしまいそうな濁流で、ずっと箸を突っ込んだままにしておくことはできないだろう。
皆がずるずると食べている中、なゆゆはぶるぶると震えていた。
「こんな……こんなの無理だって!!!」
急に叫び始めたかと思うと、徐に箸を流れの中へと突っ込んだ。
「!!!!」
どうやら素麺がヒットしたようだ。
本当になゆゆはたまに奇跡を起こす。
驚きながら、ぐっと箸を持ち上げた先に、白い……ブラジャーがあった。
「な…………何それ!!!なゆゆ!!何それ!!!」
思わず食いつくと、なゆゆは顔を真っ赤にして硬直していた。
素麺ではなく、ブラジャーをキャッチしたのだ。
なんとも羨ましい。
硬直しているなゆゆの元へ、左千夫クンがやってきた。
いつもの様に、にっこり笑うと微動だにしないなゆゆから、びしゃびしゃになったブラジャーを奪い、イデアへと声をかける。
「…どう言う事ですか?イデア」
「言い忘れてイタ。時々私物も流レテくるノデ気をツケロ」
私物、しかも会長がすぐさまあのブラジャーを奪ったという所を見ると、きっとあれは…ゆずずのだ。
「イデちゃーん!どーんどん流してきて!ボク全部キャッチするから!!」
そう言うと左千夫クンに思い切り足を踏まれる。
けれどボクは負けない。
もちろん私物という事は自分の物も流れてくるんだろうけれど、別に流されて困るようなものも無いし、キャッチすればいいことだ。
俄然やる気が出始め、目を見開いた。
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【日当瀬晴生】
ヤバかった…。
三木の野郎、いっちょ前にあんなもの付けやがって。
いや、ブラジャー無しは無しで困るので仕方ないが。
俺は鼻を手の甲で数度摩ってからもう一度スタンバイする。
どうやら、今の一件で一番後ろに居た筈の会長が一番前に居る。
だろうな、俺だって会長の立場なら一番前に行きたくなる。
九鬼に三木の下着を取られる訳にはいかないだろう。
しかし、そうなると二人の狙いは私物になってしまったので、ソーメンは素通りして流れてくる。
それを掬い上げると、まだ固まっている千星さんのお皿に入れた。
「だ、大丈夫ですか?千星さん…、今ならソーメン取り放題ですよ。」
流石に箸でブラジャーをキャッチした衝撃は凄いだろう。
俺ならきっと倒れてる。
次は何が落ちてくるのかと見つめていると、ジッパーの袋に入ったピンクの携帯が流れてきた。
色からしてあれも三木のものかと思ったが、三木の携帯のストラップあんな丸かったっけ?
そんなことを考えているとそれは会長の直ぐ側まで直ぐに流れてきた。
会長の箸が伸びる。
が、会長はその携帯を掴むどころか逆に思いっきり水の流れに乗せる様に滝の方向に向けて押し流した。
「あー!!!それ、ボクの!!ちょっと、左千夫クン!!!」
そう、焦った声を上げたのは九鬼だった。
素早い動きで携帯を追いかけて滝の方に走っていく。
「……けがらわしい。」
会長はいつもの笑顔だったが、声はいつもと比べ物にならないほど低かった。
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【千星那由多】
俺が掴んだブ…下着はどうやら三木さんの物のようだった。
まずい、今からこんなものが流れてくるとなると、色んな意味で自分が保てそうにない。
もちろん俺の私物も流れてくるんだろう。
暫く放心していると、晴生から声がかかって我に返る。
そうだ、素麺、素麺取らないと。
無理矢理空腹の方へと思考を移すと、再び流れへと視線を落とす。
会長と副会長は死闘を繰り広げているようだった。
しかしまったく素麺が取れない。
もちろん素麺以外の物も取れない。
上で意図的にキャッチされなかった物も流れてきている。
晴生の私物だったり、副会長の携帯だったり、俺のゲーム……ゲーム機!!???
あの青い携帯ゲーム機は確実に俺の私物だ。
そう言えば持ってきていた。
ゲーム機にはソフトもささったままだろう。
ジッパーの袋に入ってはいるが、水が流れて行く先は滝壺だ。
落ちたら確実に……!!!!
「あああああ!!!レベルもクエストもMAX手前のデータ!!!!」
どれだけこつこつ頑張ってやったと思ってるんだ!!
ハードモードで何度死んだかわからない。
それでも仲間達と力を合わせながら、最強の武器と防具を揃え、全てMAXにしてからボス戦に挑もうと思っていた俺の大事な大事なデータ!!!
もちろん箸で掴めなかった上、後ろにいた晴生も調度自分の私物を取っていたので、そのまま流されていく。
追いかけるが、この濁流でもちろん間に合うことなく、携帯ゲーム機はあっけなく滝壺へと落ちていった。
「……あ……あああ……」
絶望に打ちひしがれながらがっくりと項垂れると、続いて誰かの私物であろう気持ち悪い形のピンク色の物も落ちていった。
「ああああ!!ボクのバイブーー!!!左千夫クン酷い!!さっきから何でわざと流れに乗せるのッ!!」
あまり聞きたくない名前だったが、会長がこれをぶち落としたい気もわかる気がする。
そんなことよりも、俺の小遣い4か月分の…ゲーム機……セーブデータ……。
俺と副会長は同じように半泣きで、その場に項垂れた。
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【天夜巽】
初めはソーメンが多かったけど、後半はソーメンは殆ど流れて来なかった。
寧ろ、皆自分の私物を取るのに精一杯だ。
僕は余り持ち物は多くないのでだいたいは見守っていたけど、上から三木さんが、「イデアちゃんそれは…」と、声を上げていたものは大体会長が取っていた。
いや、全て会長が副会長を押しのけて取っていた。
「純聖、おもちゃはもってこない約束でしょう。」
戦隊モノのフィギュアを箸で掴み、会長は純聖にそれを渡していた。
それ以外も会長は取れるものを大体取っていた。
と、言うか会長は持ち物が多かったのか山積みになっている。
通帳や印鑑、どうやって流れてきたか分からないぬいぐるみまである。
殆ど自分の荷物を回収し終えたところでの敗者は二人。
那由多の分は俺や日当瀬も頑張って掴んでいたが、そのへんはイデアちゃんがうまく俺達が掴みにくい順番に流していた。
それでも、那由多の携帯と財布と鍵は会長と二人で死守したけど。
項垂れている、那由多とクッキー先輩を気にもせず会長は全て回収し終わったようで、ソーメンを食べていた。
横に純聖君もチョコンと座っている。
純聖君は流しソーメンが楽しかったようで項垂れていた那由多にちゃちゃを入れていた。
「なんだよ、那由多!ゲームくらいでくよくよすんなよ!
明日からは他校に襲われまくってそんなことしてる暇無いぜ!!」
その言葉は那由多には逆効果な気もするけど。
取り合えず、俺達は流しソーメンを終え、明日からの支度もあるだろうと早めの解散となった。
これから日当瀬が宿泊場所へと案内してくれるらしい。
てっきりまた、山の中等の訓練施設だと思っていたが辿り着いたのは高級マンションだった。
カードキーでエントランスを潜り、エレベーターへと向かう。
豪華な佇まいに思わず瞬いてしまった。
エレベーターでもカードキーをいれてから目的の階数を押す。
「このワンフロア貸し切りになってるんで、ここでもカード入れて下さいね。」
本当に日当瀬は金持ちなんだな、と、この時改めて思った。
到着したフロアはシンと静まりかえっていたが掃除が行きとどいておりとてもきれいだった。
何部屋かあるうちの一番広そうな部屋へと日当瀬が入っていく。
靴を脱いだ後、那由多のスリッパだけ並べていた。
俺のはと言うと場所だけ顎でしめされた、…この辺は相変わらずだ。
「ここが千星さんの部屋です、こっちが天夜の、ちなみに俺の部屋はここなんで。天夜、勝手にはいんなよ。」
相変わらず嫌われているなと思いながらも自分の家よりも広い部屋に瞬いた。
しかも、洋室なのに、寝るところだけは少し段が上がったところに畳のベッドと布団が用意してあった。
那由多の部屋は普通に洋室にベッドだが取り合えず、とても広くて小さな冷蔵庫まで完備されているVIP待遇だ。
その後は共有部分のトイレ、風呂、ダイニングキッチン、リビング、トレーニングルームは別室であるようだ。
各部屋にもテレビはあるが、リビングの大きなテレビの横には那由多が喜びそうなゲームまで置いてあった。
そして、日当瀬は机の上に各自の名前や番号が書かれた、ごついブレスレッドとイヤフォンとカードキー数枚を置いた。
「これが明日からの地区聖戦用の支給物です。俺は大体の操作をマスターしてますので、後でお伝えしますね。
こっちはこのマンションのカードキーになります、瞳孔認証も後でして貰いますのでお願いします。
一応、家事当番は日替わりで行おうと思ってますがいいですか?」
そう言った日当瀬は既に、ブレスレットとイヤフォンを付けていた。
そうか、明日からは自炊しなければならないのか、俺は大丈夫だけど那由多は大丈夫かな。
料理の本なども適当に置いてあるようで何とかなるかと思った。
俺があちこちみても日当瀬は気にしていないようで、空調を整えていた。
地区聖戦の間はここで暮らすと言われてもあまり実感がわかなかった。
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【千星那由多】
結局俺のゲーム機は滝壺に落ちた後、探しに探したが見つからず、帰ってこなかった…。
純聖に、これからゲームしてる暇も無くなるぞと言われたが、そういう事じゃないんだ!!
俺の時間が…俺の仲間達が…。
素麺はと言うとこっそり晴生に分けてもらったが、少なすぎて腹は減ったままだった。
解散した後は、晴生のマンションへ巽と一緒に移動となる。
金持ちだとは思ってはいたが、高級マンションへと案内された時はちびるかと思った。
ワンフロア貸切な上、一部屋一部屋も広く、ここに一人で住んでいるのかと思うと寂しい気もしたが、俺達が宿泊することを考えると、気を遣ってしまうぐらいのものだ。
もちろん泊まる部屋は、俺の自宅のリビングよりも広い。
訓練施設の宿泊所も広かったが相部屋だったので、ここで夏の間過ごせるのかと思うと夢のようだった。
家事当番は正直自信はないが、ここにいる以上やらなければいけないだろう。
リビングへ行くと、すぐさまゲームが目に入る。
明日からは地区聖戦、闘いが始まる。
ちょっとぐらい…やっても怒られたりしないよな?
空調を整えている晴生に近寄ると、こそこそと小さく呟いた。
「なぁ…話し合い終わった後とかでいいから…ゲームやっていい?」
晴生は快くOKしてくれたので、小さくガッツポーズをつくる。
とりあえず明日の話し合いもあるけど、今日は最後の休みと思ってゆっくりしよう。
久々の趣味に投じれる時間を考えると、思わず笑みを零した。
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【日当瀬晴生】
簡単な打ち合わせを終えた後、千星さんはゲームをし始めた。
どうやらこの部屋で落ち着いてくれているようだ。
ちなみにここは俺の部屋では無い。
元からこのワンフロアは仕事用にと全て借りているのだが実際に俺が生活しているのは一番小さな部屋だ。
と、言っても一人で住むには十分すぎる広さが有る。
そして、この部屋はこのフロアでは一番広い部屋になる。
ゲームをしている千星さんの前の机にコーヒーを置いておく。
「個室も考えたんですが、それじゃあ、チームの意味が無いと思いまして…寛げなかったらすいません。」
ゲームの邪魔にならない位の声で話しかける。
千星さんは夢中なので軽く相槌を打つだけだったがそれで構わない。
天夜も千星さんの横で画面を眺めている。
調度区切りがよさそうなところで時間も夕飯に差し掛かっていた。
「那由多、日当瀬居る間に、家事当番一回目しといたら?居ない日に当たったらなにもきけなくなるよ。」
「ん、調度、区切りもいいしそうする。」
天夜に言われた、千星さんはどうやらゲームを終える様でグーッと伸びをした。
俺は冷蔵庫や火の付け方、食費の置いてある場所、風呂の入れかた等一通り伝えた。
その時調度チャイムが鳴った。
全て俺の携帯に転送してあるので携帯を広げるとそこにはアップの九鬼の姿が有った。
「なんだよ。」
「はるるつめたーい!!前夜祭と行こうかと思ってね!あ、会長も連れてきてるよ!!」
後ろに居る夏なのに長袖の会長をモニターの前に無理矢理引き摺り出していた。
それから、近くのコンビニの位置を聞かれたので仕方なく外に出ていくことにした。
「千星さん、俺、外、行ってきますね。多分、つまみになりそうなものは色々買ってくると思うので好きなモノだけ作っていいですよ。」
財布と携帯だけ突っ込んで、煙草を口に挟んでから、俺は外へと向かった。
九鬼は一升瓶を持っていたので今日は酒盛りになりそうだ。
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【千星那由多】
はー幸せ。ゲームしてる時が一番幸せを感じる時間だ。
家事の話しになったので、区切りのいいところで終わると晴生から色々と説明を受けた。
難しそうな作業はなかったけど、復習するためにも今日は家事当番をやることにする。
もちろん料理なんてラーメンを作ったことぐらいしかない。
来客はどうやら会長と副会長だったようで、晴生は外へと出て行った。
巽が心配そうに見ていたが、とりあえず米だけでも炊いておけば後は何とかなるだろう。
俺も腹減ってるし。
冷蔵庫を開けると、それなりに食材は揃っていた。
普段も自炊しているのだろうか、適当に中身を見てみたが…料理初心者の俺には、冷蔵庫の中からメニューを決めることなんてできるわけがなかった。
「大丈夫…?那由多」
「お、おう!多分!!」
米は炊いたことがあるので、とりあえず米を洗う事から。
おかずはとりあえず炒め物を作ってみよう。初心者でもできるだろ。
野菜…よくわかんないから玉ねぎとピーマンでいいや。
あと卵と…ウインナー発見!!これパリっとしててうまいんだよなー。
そんな事を考えながら着々と料理を進めていく。
普段料理をしたことなどないが、中々楽しいかもしれない。
俺が野菜を切る度に、巽はハラハラしているようだったが、口出しはしなかった。
もちろん俺もここは頼らないでおこうと頑張ってみる。
刻まれた野菜はいびつだったが、まぁ見た目より味だ。
ウインナーも切って入れて…。
卵…。味付けは塩コショウだよな?スパイスがなんか色々あるけど、これでいいだろ。
なんか…ウインナーの量多すぎたかな。
野菜炒めっつーよりウインナー炒めみたいになってる気がする。
あれ、ピーマンって種みたいなやつ取った方がよかったんだっけ?
卵が…こげついて……っ…。
「……できた……っ」
そこには、フライパンいっぱいの野菜炒め…いや、ウインナー炒めがあった。
匂いはまぁ普通だ。
とりあえず味見をしておかなければと、ウインナーを取った。
うん!ウインナーうまい!!
いや、待て、ウインナーって味ついてるよな。そりゃうまいよな。
野菜はどうだ?ピーマン……にがっ…。
玉ねぎも味ついてない…。
「…ま、マヨネーズかければいっか!!」
俺は冷蔵庫からマヨネーズを出すと、勢い余って大量にフライパンの中にぶちまけてしまった。
やばい。マヨネーズで、でろでろだ。
「…よ、よし!ウインナーマヨネーズ炒め完成!!」
巽が死んだ魚のような目でフライパンの中身を見ていたが、気にしないでおくことにした。
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【神功左千夫】
僕は前夜祭などするつもりは無かったのだが九鬼に無理矢理連れ出された。
そして、彼はどうやら地区聖戦の間は僕と一緒に居るつもりらしい。
僕は彼にはチームを与えていない。
与える必要が無いからだ。
そして僕もチームを必要としない。
と、言うか居ると邪魔だ。
しかし、そんなことは九鬼はお構いなしのようだ。
まぁ、彼も暇人では無いので、四六時中一緒と言うことは無いだろう。
それに彼には僕の幻術が効かないので好き勝手戦えるところは有り難かった。
彼の後ろに荷物を持ってついていくと晴生君のマンションの前に来る。
九鬼はインターフォンで何かやりとりしていたようだが、これからまだ何か買いに行くらしい。
僕の荷物の中はきっと酒だ。
これだけあるのにまだ買いに行くのかと溜息すら漏れた。
九鬼も一升瓶を何本か抱えている。
彼らにとっては折角の夏休みが戦いに潰れるんだ、これくらいの息抜きは必要かと僕達はスーパーに向かう。
そこで九鬼は惣菜やらつまみやら自分が食べる以上のモノを入れていた。
調度タイムセールで安くもなっていたので僕も食べたい物をカゴに放り込む。
それからはお菓子のコーナーに向かい、ノーマルなモノと、期間限定の棒状のチョコ菓子を持ってレジに並んでいた九鬼にそれを放り投げた。
晴生君は刺身を大量にカゴに入れていた。
そう言えば彼は魚が好きだったな。
そんなことを考えている間に会計が終わり、余りの荷物の多さに晴生君は文句を言っていたが、三人で手分けして運ぶことになった。
「セキュリティ確りしてますね。安心しました。」
「ッチ、当たり前だろ。なんにしろ、千星さんが泊まるんだからな。
これ、予備のカードキーだ、渡しとくぜ。」
「あれ?会長だけ?ボクのは…?」
「信用してねーから、ねぇーよ。」
「なら、僕は信用されてるんですね。」
そんな軽口を叩きながら目的のフロアへと向かった。
勿論、晴生君には否定されたが、九鬼よりは信頼されていると思ってよさそうだ。
和やかなムードで帰宅したが、それを出迎えてくれたのはリビングのテーブルの上に存在感のあるフライパンのままドンと置かれている、世にも奇妙な白い海に沈んだウインナーの塊だった。
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【九鬼】
なんだろう、この卑猥な食べ物は。
白い液体の中にウインナーと野菜が浮いている。
全員黙り込みながらそのフライパンへと視線を注いでいると、なゆゆが気まずそうに声をあげた。
「つ、作ったんですよ!初めて!俺の手料理!」
ボケているのかと思ったが、なゆゆはそういうタイプではない。
スーパーの袋を適当に置くと、そわそわしているなゆゆをよそに、箸を手に取った。
ゲテモノはなんでも食べれるが、不味い料理は好きではない。
「じゃあボクが味見してあげる♪」
そう言うと白い液体の中から徐に野菜を摘まんだ。
口に広がるマヨネーズマヨネーズマヨネーズ塩っ気。
しかもこの触感、多分ピーマンの種だ。
ボクはすぐ側に置いていたチューハイの缶を手に取り、流し込むように飲み込んだ。
「うん、不味い!!」
そう感想を述べると、やっぱりかと言ったようにガックリと項垂れていた。
本当に何もできないんだななゆゆは。
「とりあえずこれは食べれないから、買って来たもの広げて広げて~」
へこんでるなゆゆや巽達に、先ほどスーパーで購入しきたものを渡していく。
ボクはさっき開けたチューハイを飲みながら作業をしていると、左千夫クンに殴られた。
合宿中は飲めなかったのでこれぐらい許してほしい。
皿も用意し、全て広げ終わると、全員のグラスにいきなり日本酒をなみなみと注いでいく。
なゆゆ達は困ったような顔をしていたが、関係ない。
「さ、まずは会長からお言葉を頂戴しましょうっ」
イタズラに微笑みながら、会長へと視線を移した。
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【神功左千夫】
どうやら九鬼似乾杯の音頭を振られたようだ。
長々と話してもいいが、場の雰囲気もある。
ここはサクッと終わらせてしまおうと考え、僕はグラスに注がれた日本酒を掲げた。
「それでは、明日からの地区聖戦「ラディエンシークルセイド」、頑張りましょう。乾杯。」
僕がそう告げると全員がグラスを掲げ、小気味よい音を響かせる。
「ちなみに僕より呑み終わるのが遅かった場合、あの那由多君の白濁まみれのソーセージを食べて貰います。」
そう言って僕は一気に酒を煽った。
皆必死になって煽る様子を横目で見つめると少し笑えてきた。
結局僕はグラス半分くらいしか酒を飲まなかった。
只単に、全員にいっきさせる為に言ったに過ぎないからだ。
「それではみなさん楽しみましょう。」
既に九鬼以外は結構回っている様子で、顔に朱がさしていた。
僕は日本酒は冷より熱燗が好きなので、マヨネーズ塗れのソーセージと一緒に電子レンジへと運ぶ。
軽くチンして戻ってくると九鬼が早々と他の皆の二杯目をついでいた。
「次はボクと飲み比べね!敗者は―――」
どうやら今日は脱落者が沢山出そうだ。
僕は那由多君の横に腰を下ろすと、いかにもまずそうな手料理に箸を付ける。
まぁ、美味しくは無かったが食べれなくもない。
頬を紅潮させた那由多君がこちらを見てきたので笑みながら言葉を返した置いた。
「意外においしいですよ。ピーマンの種は取って欲しいですけど」
その言葉に晴生君が、「俺も、千星さんの手料理頂きます!!!」と、意を決して箸を付けたけれどそのままトイレに直行していた。
明日からは彼が家事当番の日は大変だろうなとひとごとに思いながら酒を流していった。
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【千星那由多】
飲まなければならない雰囲気になってしまったので、乾杯と共に日本酒を口に含んだが不味い。
こんなのが飲める大人が良くわからん。
でもなんだかふわふわしてきもちがいい。
晴生と巽は強いみたいだった。
俺は、わかんない。つーかもうなんでもいいや。
副会長に煽られながら日本酒を飲んでいたが、できれば飲みやすい物がいいと思い、梅酒の缶を開けた。
うん、これならまだ飲める。
会長は俺が作ったマヨネーズウインナー炒めを食べてくれた。
優しいなあ。意外においしいって。よかった。
晴生はトイレに行ったみたいだけど、酒の飲み過ぎか?
意外にこどもっぽいんだな、あいつ。
なんだかどんどん楽しくなってきた。
自然に笑みが零れ始めると、視界がぐらぐらと揺れ始めている。
副会長は日本酒の瓶をラッパ飲みしたり、巽と飲み比べたりしていて楽しそうだ。
「あはは、副会長はアホですね」
そう言うと会長は「そうですね」と笑ってくれた。優しいなあ。
「さてー!盛り上がってきたところで…夏の夜のお約束と言えば…?」
副会長が唐突に立ち上がり叫び始めた。
夏の夜のお約束?…と言えば決まっている。
俺はすかさず手をあげた。
「はーいはいはい!!」
「はい!早かったーなゆゆ!!」
「かいだんばなし!!!!」
「せいっかいッ!!」
副会長がビッと日本酒の瓶の先で俺を指した。
どうやら今から怪談話をするようだ。
副会長は自分の鞄の中から蝋燭を5本取り出している。
「100物語は無理だから、とりあえず今いるメンバーの本数の蝋燭持ってきましたー!
それぞれコワーイ話をしてから蝋燭を吹き消していくこと!いいネ?」
「おっけー!!!」
ノリノリの副会長に合わせて俺も乗るように拳を高らかに挙げた。
怪談話なんて怖いなあ。
だけどなんだか今ならすっごく楽しめる気がする。
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【天夜巽】
どうやら那由多は酔っているようだ。
テンションがおかしい。
そして、流れは夏に因んだ怪談話になった。
会長の様子がおかしい気もしたけど、日当瀬が部屋の電気を消し、クッキー先輩が皆の前に一つずつ蝋燭を立てていく。
初めに火を灯した席には日当瀬が座った為彼から話が始まることになった。
「―――実はこの部屋のことなんですがね。
そこ、少し、黒いしみが有るじゃないですか…、ちゃんと大家に確認した訳じゃないんですが、このワンフロアだけなぜか安かったんですよ。」
日当瀬は俺達に話していると言うよりは那由多をガン見して話しているので少し変な感じだ。
「まぁ、安いに越したことがないので、俺はここに住むことに決めたんですが、夜になるとね…
―――聞こえるんですよ女の人の声が。」
日当瀬は天井のシミを指しながら言葉をつづけた。
「それは悲鳴に近い声で、助けてッ、助けてって聞こえるんですけど、俺にはどうしようもなくて、―――ほら、今も」
日当瀬の話はそれで終わりの様で、その瞬間に蝋燭の火を吹き消した。
次の瞬間、天井がギシギシと揺れ始め女の人の声が聞こえ始めた。
確かに、かすかに悲鳴のような声と懇願する声が聞こえている。
……しかし、怖いって言うよりこれは…!!
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【千星那由多】
「あははは!こわー!俺こんなとこに泊まるのむりー!!こわいですねっ会長!!」
大笑いしながら隣にいた会長の背中を叩きつつ声をかけると、会長は一点を見つめたまま固まっている。
そう言えば会長お化け嫌いだったような…違ったかな?
でもま、いいや!みんなといればこわくないだろ!
「じゃあ次なゆゆネ♪」
副会長にそう言われると、目の前に蝋燭が置かれた。
怖い話か…基本的にそう類の話は避けて来ていたのであまり持ちネタがない。
揺れる蝋燭を見て唸りながら考える。
「あ、そう言えば」
思い出したように顔を上げると、蝋燭に照らされる全員の顔を眺める。
その光景さえもおもしろくて、吹き出しそうになったのをぐっと堪えた。
そして、声のトーンを落として神妙な面持ちで語り始める。
「前に…何処からともなくシャッター音が聞こえてきてたんですよ…。
そりゃあもう、学校にいても、お風呂に入ってても、一人でゲームしてても…。
加えて誰かに見られてる感じがする…。
親に相談しても気味悪がられるだけで、気のせいじゃない、って言われ続けてたんですね…。
そしてある日の夜、眠りに落ちそうな時でした…また、カシャ…カシャ…ってシャッター音が聞こえてきたんです…」
静まり返った部屋に、俺の声だけが響いている。
副会長と晴生だけが俺の顔をじっと見ていた。
「またか…って思って、俺もさすがに怖くなってさっさと寝てしまおうと思い、寝返りを打ったんです。
そしたらすぐ側で…………『こっち向いて』…って声が聞こえて……!!!!」
その瞬間、キッチンの方で何かが落ちたような音がした。
全員がそちらに視線を向けたが、会長だけはまだ一点だけを見つめている。
「ああ、良く落ちるんだよ、ひっかけてるおたま」
「びっくりするでしょーちゃんとひっかけといてよ!!」
どうやらキッチンにあるおたまが落ちたようだった。
みんながビックリしているのを見ると、おもしろくて笑いが込み上げて来る。
「で?続きは?」
「そのまま俺寝ちゃいました!!」
ピースしながらにっこりほほ笑む。
そうだ、その日は怖すぎて布団を被って息苦しい思いをしたまま就寝した。
その日からシャッター音はしなくなったんだけど、一体あれはなんだったんだろうか。
巽がいつも以上に笑顔だけど、俺の話、そんなに面白かったかな。
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【日当瀬晴生】
「じゃあ、次は僕だね。」
そう言って天夜は蝋燭に顔を近づけた。
下から顔を照らされると怖く映るものだと思いながら俺は酒を飲み進めた。
どうも、九鬼が持ってきた酒は結構アルコールが高かったみたいだ。
俺も酒が回り始めた。
「那由多の話の続きなんだけどね……。シャッター音が聞こえなくなったのは、消音のアプリを手に入れたからで、今でも那由多の傍には幽霊が居るんだよ」
天夜はそう言って、自分の手前の蝋燭を消しやがった。
「もー巽、怖い事言うなよ!」
千星さんは天夜につっこんでいたが、その事実を天夜が知っていると言うことは、つーか、…それって!!
俺は声を荒げようかと思ったが、今、千星さんは酔っぱらっている、知らぬが仏と言う言葉も有るのでそこは伏せておいた。
たまにツイッターにアップしてくれる天夜の写真は俺の癒しでもあるしな。
心の中で千星さんに謝罪しながら俺はまた、酒を煽った。
「えー、早いヨ!巽!ま、いっか!次、ボクね。」
そう言って九鬼は自分の前にある蝋燭受けを持つ。
そして、自分の表情が一番怖くなる位置へと蝋燭を近づけていった。
さっきから会長が微動だにしないが、大丈夫なのか。
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【九鬼】
はるるの話は多分上でAV撮影でもやってるんだろう。
なゆゆの話は、巽の話しからすると確実に犯人は巽だ。
全員お化けじゃなく、リアルに存在する人間の話になっているのはまぁいいとしよう。
左千夫クンが怖がっているだけで、ボクは満足だからだ。
蝋燭に照らされながら薄らと目を開くと、全員の顔、特に左千夫クンの顔を眺めた。
多分今のボクの表情はかなり怖いと思う。
「そうだネ…色々持ちネタはあるんだけどー…ボク達が体験した怖い話の続きをしようか。
七不思議の任務あったでしょ?あの最後に見た…トイレの女の子の幽霊覚えてる?」
そう言うと口角を上げ薄気味悪く笑う。
神妙な面持ちで、左千夫クン以外の全員がこくりと頷いた。
「あの女の子の話し、校外でも結構有名みたいでネ、とある筋から聞いた話しなんだけど…。
深夜、あのトイレでイケナイ事をした生徒がいたんだって。
もちろん七不思議の事は知ってたみたいで、そのスリルを味わうためにヤってたんだろうけど、それが間違いだった。
夢中になって行為をしている途中、ボクらが見た金髪の少女がスッと現れて、その男女を眺めていたんだって。
だけどその二人はそれさえも興奮してしまって、行為を止めなかった」
ゆらゆらと蝋燭が揺れる先に、左千夫クンの真顔が見える。
更に口角をあげ目を見開くと、言葉を続けた。
「するとネ、先に女の方が急に発狂しだして、ぐったりと項垂れてしまった。
男はびっくりして何度も女を叩き起こそうとしたけど…その女は目を見開き恐怖の表情のまま、息を引き取っていたんだ。
まずいと思った男は、女を置いて逃げた。もちろんトイレから少女が追ってくる。
『抱きしめて…わたしを抱きしめて…』って」
ボクの低い声が室内によく通った。
心なしか寒気を感じ始める。
「それでも男は逃げた。だけど少女はすごいスピードで追ってくる。廊下、階段……そしていつの間にか屋上まで来ていた。
観念した男は、抱きしめてと呟き続ける少女を抱きしめることしにた。
怖かったけど勇気を振り絞って少女に近づき、身を包むように手を回した………そしたら……
『あなたなんかパパじゃない!!!!!』
そう言って叫んだ少女の顔は血まみれでひん曲がってて、まるで誰かに執拗に殴られたようなものだった。
そして…その後はわかるよネ?」
「…男の人は……しんだんですか?」
「そう、次の日屋上で誰かに執拗に殴られたような顔になって…しんでたらしいヨ」
そう言って最大限の笑みを左千夫クンに向けると、蝋燭を吹き消した。
もちろんこれは、全部作り話なんだけどネ。
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【神功左千夫】
九鬼が嫌がらせの様に目を開いてこちらを見つめてくる。
いや、いつも開いては居るのだがわざわざ鬼のように一番恐ろしくなる顔を作らなくてもいいと思う。
しかも、彼が口にした話は僕が見た幽霊の話であった。
そしてその続きに息を呑む。
僕は机の下で自然とズボンを握り締めていた。
晴生君の話も、那由多君の話も、巽君の話も、全て怖いが、実体験している九鬼の話が一番怖い。
と、言うかあのトイレには一生行けない。
と、言うか今日はもう、トイレに行きたくない。
今にも気絶しそうだったが、九鬼が蝋燭を消した瞬間に我に返った。
なぜなら皆がそろってこちらを見つめているからだ。
相変わらず上はギシギシなっているし、キッチンからは嫌な気配がする。
ゴクリと音が立つほど大きく喉を動かしてから、僕の唇は勝手に動き出す。
そう、怪談話になると僕の唇は自制できなくなるんだ。
「この百物語は蝋燭を全て消していくと怪奇現象が起こる。そんな話ですよね…。
それはなぜだかわかりますか?」
それだけ告げると僕は全員の顔を眺めた。
すると天井だけでなく、四方から壁をドンドン、ギシギシと叩く音が聞こえ始めた。
そう、僕達の周りをお化けが囲み始めているんだ。
「百物語は怖い話をすることで、霊を呼び寄せるそうです。
しかし、この蝋燭が結界となってお化けはこの部屋には入って来れない。
なので、災いが起こって欲しくない時は99本を消した後、1本のこして日が昇るのを待ちます。
今回は5本と言う略式ですが、この形式を取った以上十分に百物語を行ったと言えるでしょう。」
それだけ告げて僕が蝋燭受けごと蝋燭を持ち上げると周りのガンガンと言う音がより鮮明になる。
そして、キィィィィと奇音まで聞こえ始める始末だ。
「もう、分かりますよね、この蝋燭を消した瞬間、僕達はこの周りの化け物に襲われるなので―――」
「それ、面白そう!」
なので、朝までこのままで過ごしましょう。
と、僕は言うつもりだった、しかし九鬼は蝋燭の炎を吹き消してしまう。
その瞬間に辺りが暗闇に包まれる。
「ひゃははははッ!!!やめろ!やめっ!!は、ははははっ!!!」
その瞬間那由多君の声が部屋にこだました。
いったい何をされているのかと僕はパニックになった瞬間に僕の上にもドスンと重みが有るものがのかってくる。
「―――――――――――ッッッッ!!!!!」
白い影が見えた瞬間に僕は声も上げられず固まった。
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【千星那由多】
会長が蝋燭を消すとヤバイって話をしているのに、副会長はそんな事は全く気にせずに最後の蝋燭を吹き消した。
暗闇になった途端に、誰かが俺の身体をくすぐり始める。
もしかしたらお化けだったのかもしれないが、暗くて全く見えず、ただくすぐったいだけで怖くもなんともなかった。
ひとしきり笑い転げた後、多分晴生辺りが電気をつけたのだろう、辺りが明るくなる。
「もー誰だよくすぐった奴!!!」
涙目になりながら寝転がっていた身体を起こした。
先ほどまで鳴り響いていた不思議な音も消え、辺りに変化は何もないようだった。
ただ、会長がやけに顔が赤くなっているのは気になったけど、怖すぎて酔いでも回ってきたのだろうか。
「特に何も起こらなかったネー。つまんなーい」
副会長が口先を尖らせながらそう言うと、また鞄の中から何かを取りだし始める。
あの人の鞄の中は四次元ポケットなんだろうか。次は割られた5本の割りばしが登場した。
その割りばしは、一本だけ先が赤くなっている。
「怪談話しで盛り上がったところで!次はやっぱり王様ゲームだよネ!!女の子がいないのは残念だケド♪」
「いえーい!!!」
俺も副会長につられて高らかに拳を挙げる。
王様ゲームなんてやったことが無かったので楽しみだ。
そして副会長が手の中で割りばしを擦り合わせた。
「はーい早く引いて引いて!」
こういうのを嫌がりそうな会長が、何故か率先して割りばしを引く。
続いて俺、巽。晴生は残った二本をしぶりながら引いていた。
「……王様だーーーーーれだ!!!」
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【日当瀬晴生】
俺は電気を付けたがどうやら怪談だけで終わりそうにない。
どんどん副会長の悪ノリに全員が流されて行く。
いつも止める筈の会長が顔が真っ赤だった、まさか酒でも回ったか?
いや、彼はそんなに酒は弱くない筈だ。
千星さんがノリノリなので俺がこの流れを断ち切る訳にもいかず渋々割り箸を引き抜く。
「……王様だーーーーーれだ!!!」
俺だった……。
無言で手を上げると、「うわー、晴生かぁ!」「あれ、ボクじゃないの!?」などと声が上がっている。
…凄いテンションだ。
こういったことはしたことが無かったので俺は少し悩んでから、言葉を発した。
「一番がそのグラスをいっき呑み…」
「フフフフ、僕にいっき呑みさせようなんて、流石晴生くんですね。」
そう言ったのは会長だった。
いつもの笑顔だったんだが確実に目が据わっていた。
そして一気に酒を煽る、しかも、グラスじゃなくて、ビンに残っているもの全てだった。
「……ごちそうさまでした。」
見る見るうちに酒が無くなり、会長は手の甲で男気たっぷりに口元を拭っていた。
「さぁ、次ー!!おーさま、だーれだ!!」
「僕ですね。」
そう言ったのは会長だった。
そして、薄らと笑みを浮かべたまま会長がこちらを見ている。
ちなみに俺は三番だ。
「三番。この一升瓶を一気呑み。」
会長は俺の方を見つめたままそう言った。
これはもう既に、王様ゲームと言えないのではないか?
いや、引き抜く時も必死に抜かないと彼の動体視力で見えてしまうのだろう。
しかし、ゲームのルールに従わない訳にはいかない。
千星さんも期待の目でこちらを見つめている。
俺はそのまま、一升瓶に口をつけ、一気に飲み干した。
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【千星那由多】
みんなまるで相手の番号がわかっているかのように、うまく一人を狙っていく。
その対象が今は晴生だ。
とにかくお酒を煽られまくって、晴生の目もどんどん据わっていっていた。
副会長はいつも酔ってるようなテンションなので、変化してるのかはわからない。
巽も同じように煽られていたが、強いからかまったくいつもと変わらず楽しそうな笑顔のままだった。
会長は多分酔ってる。
「王様だーーれだ!!!」
全員が同じように声を上げると、やっと俺が王様の箸を引いた。
「俺ー!!俺!俺!!」
無駄に立ち上がるとぴょんぴょんとその場で跳ねた。
ついに俺が王様だ。
さて、どんな命令をみんなにしてやろう。
へらへらと笑いながら、全員を見下ろす。
「へへへ……じゃーねえ、おうさま以外の全員がパンツ一枚になって、その場に正座!!」
「全員なんて鬼畜だネーなゆゆー」
「おーさまのめいれいはぜったい!!」
副会長は口先を尖らせていたが、問答無用とばかりに叫んでおいた。
一番最初に脱ぎ始めたのは、やはり会長だった。
続いて副会長、晴生、巽の順で皆服を脱ぎ捨てて行く。
「だはは!みんなパンツ一丁~!きもちーなこれ!!」
いつも自分は命令する立場にいないので、俺の指示で全員が同じことをするととてつもなく気持ちがよく、満面の笑みを浮かべた。
パン一で正座して箸を握っている姿はものすごく滑稽だ。
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【天夜巽】
皆面白い程ベロベロになっていたけど、たまにはこういうのもいいかもしれない。
俺は運が悪いのか余り王様が回ってこない。
暫く言うことばかり聞いていがやっと俺にも王様が回ってきた。
「それじゃーね、三番と五番がパンツの奪い合い」
「おれおれー!!さんばーん!!誰だ五番は!?」
那由多だ先手を切って挙手した。
それから日当瀬がおどおどしながら挙手していた。
「そ、そんな、…俺には千星さんの下着なんて、恐れ多くて捲れません!!」
日当瀬は手をグーに握って徐に立ち上がった。
言っていることはいつもと同じだが完全に酔っているのだろう、テンションが違い過ぎる。
那由多はそんなこと関係なしに日当瀬に飛び付いていた。
そして、日当瀬が何とか下着を死守している状態なのだが、那由多は服すら脱いでないので劣勢も劣勢だ。
クッキー先輩がそのやり取りを見つめるのに飽きたのか、早々に割り箸を回収して引き始める。
「もー、待ってられなーい!!つぎつぎー!!次、ボク、おうさまー!!」
普通はクジを持っている人物は最後に引かなければならないのだがもう、ぐちゃぐちゃだった。
会長や僕がクジを引こうとするが副会長はもう決まっているからと言わんばかり、割り箸を取るのすら省略し始めた。
「さちおくんが全員に濃厚なキス!!」
そう言った瞬間に会長が僕に飛びかかってきた。
其処までの心の準備は出来てなかったが考える間もなく唇を奪われる。
「か、会長…、まっ―――ン。」
会長の唇は薄くて軟らかかった、じゃなくて!
マズイ、会長は流石、会長と言うだけあって、とてもキスが上手かった。
そうして、暫くすると会長が那由多達の方へと向かって行く。
僕は放心状態で天井を見つめた。
――――何かを奪われた気がする。
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【九鬼】
みんなが乱れまくっているのに乗っかってボクも調子づいてみた。
巽はどうやら潰せそうにないが、周りがこんな状態だともう抵抗はできないだろう。
左千夫クンが巽に濃厚なキスをしているのを、なゆゆは爆笑しながら見ている。
晴生は酔っぱらっているが、さすがに嫌なのか覆いかぶさられながらも抵抗していたが、なゆゆに抑えつけられてあっけなく左千夫クンの餌食になっていた。
なゆゆは自分から腕まで回す始末で、ノリノリにも程がある。
そしてついにボクの番になった。
目の据わっている左千夫クンの顔が近づくと同時に、イタズラに微笑んでやる。
「いや~ん♪優しくしてよネ~左千夫ク…」
そう言おうとした瞬間、頭が床にぶつかる勢いで押し倒され、息苦しい程の濃厚なキスが落ちて来た。
正直苦しすぎて昇天してしまうかと思う程に、何十分も舌を絡められたのは言うまでもない。
それからはなんでもありな状態に陥り、地区聖戦前の長い夜は更けて行った…。
早朝、いつの間にか眠っていたのか、寒さで目を覚ますと、ほぼ全員が床で裸のまま眠っていた。
ボク自身も生まれたままの姿だ。
左千夫クンはと言うと、ちゃっかりソファに移動し、毛布にくるまって寝息をたてている。
なゆゆに関しては物凄くうなされていて顔色も悪い。
時刻は朝の5時。
地区聖戦前に少しやり過ぎたかなと反省しつつ、記念にと携帯で今の状況を撮影すると迎え酒を煽った。
今日は7月31日、合宿の最終日だ。
この10日間、訓練は地獄の様だった。
暑さでバテることもあれば、次の日動けないぐらいに扱かれたり、散々な目に合されたのは言うまでもない。
そしてついに明日は地区聖戦「ラディエンシークルセイド」が始まる。
大変だったけど、必殺技もそれなりに形になってきたし、とりあえずこの合宿が終わることが、俺は何よりも嬉しかった。
何故か今日は朝食が無いまま、朝の会議を始める。
明日から始まる地区聖戦の詳しい話しや、拠点をこの訓練施設にするという話しが行われた。
基本的に地区聖戦は「24時間」いつでも敵に狙われるし、こちらも狙うことができる。
ただ拠点、所謂「アジト」にいれば4時間は攻撃を免れると言うことになっているようだ。
作戦を練る時、傷ついた時に利用すると言った感じだろうか。
24時間体制というのもキツイものがあるなと思ったが、もう明日から始まるのに尻込みしても無駄だ。
ここまで来たらやるしかない。
会議を終え、最後の訓練だなと腰をあげようとすると、イデアが現れた。
「今日はナガシソウメンをスル」
「はぁ?」
流し素麺…?だから朝食が無かったのか?
最後の合宿なので、思い出を残す…などと言うことは絶対にありえないだろう。
イデアの事だから、確実にとんでもないことを考えているに違いない。
「とりアエズ竹をアリッタケ用意シロ。C地点の滝ノ上へアツマルこと。以上」
そう言うと踵を返しキッチンへと戻っていった。
……嫌な予感しかしないんだが…。
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【天夜巽】
これから流しそうめんをするらしい。
本当にイデアちゃんは楽しいことを考えるのが得意だ。
合宿は俺に取ってもかなりハードなものだった。
必殺技を鍛えたり、体力を向上させたり、会長やクッキー先輩との手合わせは学ぶことが多かった。
イデアちゃんの注文通りかなりの数の竹を用意してC地点へと向かう。
そこへ行くまでも会長が地区聖戦について色々なことを話していた。
「言い忘れてましたが、明日からは任務が無い日は招集しません。
夏休みですので基本は自由に行動して構いませんが、ラディエンシークルセイドの事を考えると余り一人で行動するのは好ましくないと思います。
後、宿泊する場所ですが、僕は基本、学校の(裏)生徒会室に居ます。
今日帰りに配布する、政府から支給されているブレスレットでも展開すると仲間の場所が分かる様になってますので参考にしてください。
何か問題があるときはいつ来て貰っても構いませんし。
柚子由はいつも通りエーテルに居て下さい。
あそこは防御も硬い。
那由多君、巽君の宿泊場所は晴生君にお願いしてあります。
那由多君の親御さんに電話が必要なら僕からかけて置きますが?」
俺達はどうやら家に帰る訳でも、ここで夏休みを明かす訳でもなさそうなことに驚いた。
てっきり毎日集まると思っていたからだ。
会長は那由多の心配をしているらしく、声を掛けてきた。
俺の方にも同じことを言われたが、基本俺の母さんはこういうことに対しては放任なので大丈夫だと返しておいた。
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【千星那由多】
明日からはこの訓練施設にいるわけでも、家に帰れるわけでもないみたいだ。
また外泊許可を貰わないといけないが、俺から親に連絡すると、全く聞き入れてもらえないので、会長に連絡をいれてもらうことにした。
一人でいるよりも、巽と晴生が居た方がまだ安心かもしれない。
煩くなる事には変わりはないだろうけれど。
竹を集めてC地点まで持っていくと、イデアが高い木の上で俺達を見下ろしていた。
「ヨシ、竹はそれぐらいでイイダロウ。割レ」
そう言われたので、各々が自分の武器で竹を割り始める。
この時点でとんでもなくだるかったが、朝から何も食べてないので素麺でもなんでもいいから食事をとりたい一心で頑張った。
竹を割ってからは組立作業に入る。
イデアが立っている高い木から、滝へと流れ落ちるように長い流し素麺のルートができた。
そこに、イデアは何処からかホースを持ち出し、水を流し始めた。
おお、なんかすごく本格的で、涼しげだ。
暑い夏には持ってこいだな。
太目の竹を流れる水を覗き込む……と俺は絶句した。
何故、濁流の様な水の流れなんだ。
「……なんか…流れ…ありえないぐらい速くね?」
木の上にいるイデアへと声をかける。
「フツウの流れジャ訓練にナラない。動体視力、獲物を捕らエル指先の力を鍛エテモラウ。
ちなみに箸は利き手デ持つナ」
そう言うと三木さんから箸とお皿が配らる。
完全にこの流し素麺で、飯にありつけないであろうという事を確信した。
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【三木柚子由】
全員にお皿を配り終わると私と幸花ちゃんは木の上に呼ばれた。
木の上には確りした足場が組まれており、テーブルも有った。
そこには桶の中に渦の様な回転がある、流れるソーメン?回転すしのソーメンバージョンが有った。
「ユズユとサチカはここで食エ。後は、手伝い頼むゾ。」
どうやら私達はここでゆっくり食べてもいいみたい。
幸花ちゃんがおにぎりを握って私に渡してくれた。
「ありがとう、幸花ちゃん。」
「左千夫。」
もう一つおにぎりを握ると幸花ちゃんは木の上から顔を出して左千夫様に落としていた。
「…っと、ありがとうございます。幸花。」
左千夫様はお箸を持っていた手で器用に受け取って手を合わせてからそれを食べ始めた。
その後純聖君が、「俺も、俺も!」と、騒いでいたので私が握ってあげようかと思ったら幸花ちゃんが素早く握り純聖君に向かって全力で投げつけていた。
純聖君はギリギリキャッチできたようだが顔が強張っている。
「他に居る人…。」
そう言ったが誰も手を挙げなかった。
その後はまずは卵やキュウリなどのトッピングを投げた、幸花ちゃんが。
皆思い思いにそれを皿でキャッチしている。
つゆはもとから支給してあるのでいよいよ流し始めることになる。
並んでいる順番はクッキーさん、純聖君、天夜君、千星君、日当瀬君、左千夫様だ。
「ヨシ、行くゾ。」
その声と共に筒にソーメンをいれたがものすごい濁流に直ぐに呑まれて行った。
これを箸で掴むのは難しいのではと思ったけど、そこはくっきーさん、簡単に箸で一本残らずソーメンを取っていた。
「うん♪楽しいネ、これ。」
そして、つるっと一口で食べている。
クッキーさんだけ見ていると普通の流しそうめんなんだけどここから落として直ぐにあそこまで流れている訳なのでとんでもない速さだ。
純聖君も「ずりー!次は俺!!」と、言っていたので見えているようだけど、千星君はまだ私の方を見ていたのできっと見えていない。
だ、大丈夫かな?
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【九鬼】
濁流から流れてくる素麺をうまくキャッチして食べるというのも、中々面白みがあっていい。
一番上にいるので全部取ってしまってもいいんだけど、そうすると左千夫クンに怒られそうなのでやめておいた。
暫く流れてくる素麺を全員がキャッチして食べる、という濁流だけど普通の流し素麺が続いている。
しかし、どうやらなゆゆは一回も取れていないようだった。
確かになゆゆの動体視力じゃ、この流れの中で素麺をキャッチすることはできないだろう。
「適当に箸突っ込んどいたらいいんじゃない?」
そうは言ったが箸さえも折れてしまいそうな濁流で、ずっと箸を突っ込んだままにしておくことはできないだろう。
皆がずるずると食べている中、なゆゆはぶるぶると震えていた。
「こんな……こんなの無理だって!!!」
急に叫び始めたかと思うと、徐に箸を流れの中へと突っ込んだ。
「!!!!」
どうやら素麺がヒットしたようだ。
本当になゆゆはたまに奇跡を起こす。
驚きながら、ぐっと箸を持ち上げた先に、白い……ブラジャーがあった。
「な…………何それ!!!なゆゆ!!何それ!!!」
思わず食いつくと、なゆゆは顔を真っ赤にして硬直していた。
素麺ではなく、ブラジャーをキャッチしたのだ。
なんとも羨ましい。
硬直しているなゆゆの元へ、左千夫クンがやってきた。
いつもの様に、にっこり笑うと微動だにしないなゆゆから、びしゃびしゃになったブラジャーを奪い、イデアへと声をかける。
「…どう言う事ですか?イデア」
「言い忘れてイタ。時々私物も流レテくるノデ気をツケロ」
私物、しかも会長がすぐさまあのブラジャーを奪ったという所を見ると、きっとあれは…ゆずずのだ。
「イデちゃーん!どーんどん流してきて!ボク全部キャッチするから!!」
そう言うと左千夫クンに思い切り足を踏まれる。
けれどボクは負けない。
もちろん私物という事は自分の物も流れてくるんだろうけれど、別に流されて困るようなものも無いし、キャッチすればいいことだ。
俄然やる気が出始め、目を見開いた。
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【日当瀬晴生】
ヤバかった…。
三木の野郎、いっちょ前にあんなもの付けやがって。
いや、ブラジャー無しは無しで困るので仕方ないが。
俺は鼻を手の甲で数度摩ってからもう一度スタンバイする。
どうやら、今の一件で一番後ろに居た筈の会長が一番前に居る。
だろうな、俺だって会長の立場なら一番前に行きたくなる。
九鬼に三木の下着を取られる訳にはいかないだろう。
しかし、そうなると二人の狙いは私物になってしまったので、ソーメンは素通りして流れてくる。
それを掬い上げると、まだ固まっている千星さんのお皿に入れた。
「だ、大丈夫ですか?千星さん…、今ならソーメン取り放題ですよ。」
流石に箸でブラジャーをキャッチした衝撃は凄いだろう。
俺ならきっと倒れてる。
次は何が落ちてくるのかと見つめていると、ジッパーの袋に入ったピンクの携帯が流れてきた。
色からしてあれも三木のものかと思ったが、三木の携帯のストラップあんな丸かったっけ?
そんなことを考えているとそれは会長の直ぐ側まで直ぐに流れてきた。
会長の箸が伸びる。
が、会長はその携帯を掴むどころか逆に思いっきり水の流れに乗せる様に滝の方向に向けて押し流した。
「あー!!!それ、ボクの!!ちょっと、左千夫クン!!!」
そう、焦った声を上げたのは九鬼だった。
素早い動きで携帯を追いかけて滝の方に走っていく。
「……けがらわしい。」
会長はいつもの笑顔だったが、声はいつもと比べ物にならないほど低かった。
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【千星那由多】
俺が掴んだブ…下着はどうやら三木さんの物のようだった。
まずい、今からこんなものが流れてくるとなると、色んな意味で自分が保てそうにない。
もちろん俺の私物も流れてくるんだろう。
暫く放心していると、晴生から声がかかって我に返る。
そうだ、素麺、素麺取らないと。
無理矢理空腹の方へと思考を移すと、再び流れへと視線を落とす。
会長と副会長は死闘を繰り広げているようだった。
しかしまったく素麺が取れない。
もちろん素麺以外の物も取れない。
上で意図的にキャッチされなかった物も流れてきている。
晴生の私物だったり、副会長の携帯だったり、俺のゲーム……ゲーム機!!???
あの青い携帯ゲーム機は確実に俺の私物だ。
そう言えば持ってきていた。
ゲーム機にはソフトもささったままだろう。
ジッパーの袋に入ってはいるが、水が流れて行く先は滝壺だ。
落ちたら確実に……!!!!
「あああああ!!!レベルもクエストもMAX手前のデータ!!!!」
どれだけこつこつ頑張ってやったと思ってるんだ!!
ハードモードで何度死んだかわからない。
それでも仲間達と力を合わせながら、最強の武器と防具を揃え、全てMAXにしてからボス戦に挑もうと思っていた俺の大事な大事なデータ!!!
もちろん箸で掴めなかった上、後ろにいた晴生も調度自分の私物を取っていたので、そのまま流されていく。
追いかけるが、この濁流でもちろん間に合うことなく、携帯ゲーム機はあっけなく滝壺へと落ちていった。
「……あ……あああ……」
絶望に打ちひしがれながらがっくりと項垂れると、続いて誰かの私物であろう気持ち悪い形のピンク色の物も落ちていった。
「ああああ!!ボクのバイブーー!!!左千夫クン酷い!!さっきから何でわざと流れに乗せるのッ!!」
あまり聞きたくない名前だったが、会長がこれをぶち落としたい気もわかる気がする。
そんなことよりも、俺の小遣い4か月分の…ゲーム機……セーブデータ……。
俺と副会長は同じように半泣きで、その場に項垂れた。
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【天夜巽】
初めはソーメンが多かったけど、後半はソーメンは殆ど流れて来なかった。
寧ろ、皆自分の私物を取るのに精一杯だ。
僕は余り持ち物は多くないのでだいたいは見守っていたけど、上から三木さんが、「イデアちゃんそれは…」と、声を上げていたものは大体会長が取っていた。
いや、全て会長が副会長を押しのけて取っていた。
「純聖、おもちゃはもってこない約束でしょう。」
戦隊モノのフィギュアを箸で掴み、会長は純聖にそれを渡していた。
それ以外も会長は取れるものを大体取っていた。
と、言うか会長は持ち物が多かったのか山積みになっている。
通帳や印鑑、どうやって流れてきたか分からないぬいぐるみまである。
殆ど自分の荷物を回収し終えたところでの敗者は二人。
那由多の分は俺や日当瀬も頑張って掴んでいたが、そのへんはイデアちゃんがうまく俺達が掴みにくい順番に流していた。
それでも、那由多の携帯と財布と鍵は会長と二人で死守したけど。
項垂れている、那由多とクッキー先輩を気にもせず会長は全て回収し終わったようで、ソーメンを食べていた。
横に純聖君もチョコンと座っている。
純聖君は流しソーメンが楽しかったようで項垂れていた那由多にちゃちゃを入れていた。
「なんだよ、那由多!ゲームくらいでくよくよすんなよ!
明日からは他校に襲われまくってそんなことしてる暇無いぜ!!」
その言葉は那由多には逆効果な気もするけど。
取り合えず、俺達は流しソーメンを終え、明日からの支度もあるだろうと早めの解散となった。
これから日当瀬が宿泊場所へと案内してくれるらしい。
てっきりまた、山の中等の訓練施設だと思っていたが辿り着いたのは高級マンションだった。
カードキーでエントランスを潜り、エレベーターへと向かう。
豪華な佇まいに思わず瞬いてしまった。
エレベーターでもカードキーをいれてから目的の階数を押す。
「このワンフロア貸し切りになってるんで、ここでもカード入れて下さいね。」
本当に日当瀬は金持ちなんだな、と、この時改めて思った。
到着したフロアはシンと静まりかえっていたが掃除が行きとどいておりとてもきれいだった。
何部屋かあるうちの一番広そうな部屋へと日当瀬が入っていく。
靴を脱いだ後、那由多のスリッパだけ並べていた。
俺のはと言うと場所だけ顎でしめされた、…この辺は相変わらずだ。
「ここが千星さんの部屋です、こっちが天夜の、ちなみに俺の部屋はここなんで。天夜、勝手にはいんなよ。」
相変わらず嫌われているなと思いながらも自分の家よりも広い部屋に瞬いた。
しかも、洋室なのに、寝るところだけは少し段が上がったところに畳のベッドと布団が用意してあった。
那由多の部屋は普通に洋室にベッドだが取り合えず、とても広くて小さな冷蔵庫まで完備されているVIP待遇だ。
その後は共有部分のトイレ、風呂、ダイニングキッチン、リビング、トレーニングルームは別室であるようだ。
各部屋にもテレビはあるが、リビングの大きなテレビの横には那由多が喜びそうなゲームまで置いてあった。
そして、日当瀬は机の上に各自の名前や番号が書かれた、ごついブレスレッドとイヤフォンとカードキー数枚を置いた。
「これが明日からの地区聖戦用の支給物です。俺は大体の操作をマスターしてますので、後でお伝えしますね。
こっちはこのマンションのカードキーになります、瞳孔認証も後でして貰いますのでお願いします。
一応、家事当番は日替わりで行おうと思ってますがいいですか?」
そう言った日当瀬は既に、ブレスレットとイヤフォンを付けていた。
そうか、明日からは自炊しなければならないのか、俺は大丈夫だけど那由多は大丈夫かな。
料理の本なども適当に置いてあるようで何とかなるかと思った。
俺があちこちみても日当瀬は気にしていないようで、空調を整えていた。
地区聖戦の間はここで暮らすと言われてもあまり実感がわかなかった。
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【千星那由多】
結局俺のゲーム機は滝壺に落ちた後、探しに探したが見つからず、帰ってこなかった…。
純聖に、これからゲームしてる暇も無くなるぞと言われたが、そういう事じゃないんだ!!
俺の時間が…俺の仲間達が…。
素麺はと言うとこっそり晴生に分けてもらったが、少なすぎて腹は減ったままだった。
解散した後は、晴生のマンションへ巽と一緒に移動となる。
金持ちだとは思ってはいたが、高級マンションへと案内された時はちびるかと思った。
ワンフロア貸切な上、一部屋一部屋も広く、ここに一人で住んでいるのかと思うと寂しい気もしたが、俺達が宿泊することを考えると、気を遣ってしまうぐらいのものだ。
もちろん泊まる部屋は、俺の自宅のリビングよりも広い。
訓練施設の宿泊所も広かったが相部屋だったので、ここで夏の間過ごせるのかと思うと夢のようだった。
家事当番は正直自信はないが、ここにいる以上やらなければいけないだろう。
リビングへ行くと、すぐさまゲームが目に入る。
明日からは地区聖戦、闘いが始まる。
ちょっとぐらい…やっても怒られたりしないよな?
空調を整えている晴生に近寄ると、こそこそと小さく呟いた。
「なぁ…話し合い終わった後とかでいいから…ゲームやっていい?」
晴生は快くOKしてくれたので、小さくガッツポーズをつくる。
とりあえず明日の話し合いもあるけど、今日は最後の休みと思ってゆっくりしよう。
久々の趣味に投じれる時間を考えると、思わず笑みを零した。
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【日当瀬晴生】
簡単な打ち合わせを終えた後、千星さんはゲームをし始めた。
どうやらこの部屋で落ち着いてくれているようだ。
ちなみにここは俺の部屋では無い。
元からこのワンフロアは仕事用にと全て借りているのだが実際に俺が生活しているのは一番小さな部屋だ。
と、言っても一人で住むには十分すぎる広さが有る。
そして、この部屋はこのフロアでは一番広い部屋になる。
ゲームをしている千星さんの前の机にコーヒーを置いておく。
「個室も考えたんですが、それじゃあ、チームの意味が無いと思いまして…寛げなかったらすいません。」
ゲームの邪魔にならない位の声で話しかける。
千星さんは夢中なので軽く相槌を打つだけだったがそれで構わない。
天夜も千星さんの横で画面を眺めている。
調度区切りがよさそうなところで時間も夕飯に差し掛かっていた。
「那由多、日当瀬居る間に、家事当番一回目しといたら?居ない日に当たったらなにもきけなくなるよ。」
「ん、調度、区切りもいいしそうする。」
天夜に言われた、千星さんはどうやらゲームを終える様でグーッと伸びをした。
俺は冷蔵庫や火の付け方、食費の置いてある場所、風呂の入れかた等一通り伝えた。
その時調度チャイムが鳴った。
全て俺の携帯に転送してあるので携帯を広げるとそこにはアップの九鬼の姿が有った。
「なんだよ。」
「はるるつめたーい!!前夜祭と行こうかと思ってね!あ、会長も連れてきてるよ!!」
後ろに居る夏なのに長袖の会長をモニターの前に無理矢理引き摺り出していた。
それから、近くのコンビニの位置を聞かれたので仕方なく外に出ていくことにした。
「千星さん、俺、外、行ってきますね。多分、つまみになりそうなものは色々買ってくると思うので好きなモノだけ作っていいですよ。」
財布と携帯だけ突っ込んで、煙草を口に挟んでから、俺は外へと向かった。
九鬼は一升瓶を持っていたので今日は酒盛りになりそうだ。
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【千星那由多】
はー幸せ。ゲームしてる時が一番幸せを感じる時間だ。
家事の話しになったので、区切りのいいところで終わると晴生から色々と説明を受けた。
難しそうな作業はなかったけど、復習するためにも今日は家事当番をやることにする。
もちろん料理なんてラーメンを作ったことぐらいしかない。
来客はどうやら会長と副会長だったようで、晴生は外へと出て行った。
巽が心配そうに見ていたが、とりあえず米だけでも炊いておけば後は何とかなるだろう。
俺も腹減ってるし。
冷蔵庫を開けると、それなりに食材は揃っていた。
普段も自炊しているのだろうか、適当に中身を見てみたが…料理初心者の俺には、冷蔵庫の中からメニューを決めることなんてできるわけがなかった。
「大丈夫…?那由多」
「お、おう!多分!!」
米は炊いたことがあるので、とりあえず米を洗う事から。
おかずはとりあえず炒め物を作ってみよう。初心者でもできるだろ。
野菜…よくわかんないから玉ねぎとピーマンでいいや。
あと卵と…ウインナー発見!!これパリっとしててうまいんだよなー。
そんな事を考えながら着々と料理を進めていく。
普段料理をしたことなどないが、中々楽しいかもしれない。
俺が野菜を切る度に、巽はハラハラしているようだったが、口出しはしなかった。
もちろん俺もここは頼らないでおこうと頑張ってみる。
刻まれた野菜はいびつだったが、まぁ見た目より味だ。
ウインナーも切って入れて…。
卵…。味付けは塩コショウだよな?スパイスがなんか色々あるけど、これでいいだろ。
なんか…ウインナーの量多すぎたかな。
野菜炒めっつーよりウインナー炒めみたいになってる気がする。
あれ、ピーマンって種みたいなやつ取った方がよかったんだっけ?
卵が…こげついて……っ…。
「……できた……っ」
そこには、フライパンいっぱいの野菜炒め…いや、ウインナー炒めがあった。
匂いはまぁ普通だ。
とりあえず味見をしておかなければと、ウインナーを取った。
うん!ウインナーうまい!!
いや、待て、ウインナーって味ついてるよな。そりゃうまいよな。
野菜はどうだ?ピーマン……にがっ…。
玉ねぎも味ついてない…。
「…ま、マヨネーズかければいっか!!」
俺は冷蔵庫からマヨネーズを出すと、勢い余って大量にフライパンの中にぶちまけてしまった。
やばい。マヨネーズで、でろでろだ。
「…よ、よし!ウインナーマヨネーズ炒め完成!!」
巽が死んだ魚のような目でフライパンの中身を見ていたが、気にしないでおくことにした。
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【神功左千夫】
僕は前夜祭などするつもりは無かったのだが九鬼に無理矢理連れ出された。
そして、彼はどうやら地区聖戦の間は僕と一緒に居るつもりらしい。
僕は彼にはチームを与えていない。
与える必要が無いからだ。
そして僕もチームを必要としない。
と、言うか居ると邪魔だ。
しかし、そんなことは九鬼はお構いなしのようだ。
まぁ、彼も暇人では無いので、四六時中一緒と言うことは無いだろう。
それに彼には僕の幻術が効かないので好き勝手戦えるところは有り難かった。
彼の後ろに荷物を持ってついていくと晴生君のマンションの前に来る。
九鬼はインターフォンで何かやりとりしていたようだが、これからまだ何か買いに行くらしい。
僕の荷物の中はきっと酒だ。
これだけあるのにまだ買いに行くのかと溜息すら漏れた。
九鬼も一升瓶を何本か抱えている。
彼らにとっては折角の夏休みが戦いに潰れるんだ、これくらいの息抜きは必要かと僕達はスーパーに向かう。
そこで九鬼は惣菜やらつまみやら自分が食べる以上のモノを入れていた。
調度タイムセールで安くもなっていたので僕も食べたい物をカゴに放り込む。
それからはお菓子のコーナーに向かい、ノーマルなモノと、期間限定の棒状のチョコ菓子を持ってレジに並んでいた九鬼にそれを放り投げた。
晴生君は刺身を大量にカゴに入れていた。
そう言えば彼は魚が好きだったな。
そんなことを考えている間に会計が終わり、余りの荷物の多さに晴生君は文句を言っていたが、三人で手分けして運ぶことになった。
「セキュリティ確りしてますね。安心しました。」
「ッチ、当たり前だろ。なんにしろ、千星さんが泊まるんだからな。
これ、予備のカードキーだ、渡しとくぜ。」
「あれ?会長だけ?ボクのは…?」
「信用してねーから、ねぇーよ。」
「なら、僕は信用されてるんですね。」
そんな軽口を叩きながら目的のフロアへと向かった。
勿論、晴生君には否定されたが、九鬼よりは信頼されていると思ってよさそうだ。
和やかなムードで帰宅したが、それを出迎えてくれたのはリビングのテーブルの上に存在感のあるフライパンのままドンと置かれている、世にも奇妙な白い海に沈んだウインナーの塊だった。
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【九鬼】
なんだろう、この卑猥な食べ物は。
白い液体の中にウインナーと野菜が浮いている。
全員黙り込みながらそのフライパンへと視線を注いでいると、なゆゆが気まずそうに声をあげた。
「つ、作ったんですよ!初めて!俺の手料理!」
ボケているのかと思ったが、なゆゆはそういうタイプではない。
スーパーの袋を適当に置くと、そわそわしているなゆゆをよそに、箸を手に取った。
ゲテモノはなんでも食べれるが、不味い料理は好きではない。
「じゃあボクが味見してあげる♪」
そう言うと白い液体の中から徐に野菜を摘まんだ。
口に広がるマヨネーズマヨネーズマヨネーズ塩っ気。
しかもこの触感、多分ピーマンの種だ。
ボクはすぐ側に置いていたチューハイの缶を手に取り、流し込むように飲み込んだ。
「うん、不味い!!」
そう感想を述べると、やっぱりかと言ったようにガックリと項垂れていた。
本当に何もできないんだななゆゆは。
「とりあえずこれは食べれないから、買って来たもの広げて広げて~」
へこんでるなゆゆや巽達に、先ほどスーパーで購入しきたものを渡していく。
ボクはさっき開けたチューハイを飲みながら作業をしていると、左千夫クンに殴られた。
合宿中は飲めなかったのでこれぐらい許してほしい。
皿も用意し、全て広げ終わると、全員のグラスにいきなり日本酒をなみなみと注いでいく。
なゆゆ達は困ったような顔をしていたが、関係ない。
「さ、まずは会長からお言葉を頂戴しましょうっ」
イタズラに微笑みながら、会長へと視線を移した。
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【神功左千夫】
どうやら九鬼似乾杯の音頭を振られたようだ。
長々と話してもいいが、場の雰囲気もある。
ここはサクッと終わらせてしまおうと考え、僕はグラスに注がれた日本酒を掲げた。
「それでは、明日からの地区聖戦「ラディエンシークルセイド」、頑張りましょう。乾杯。」
僕がそう告げると全員がグラスを掲げ、小気味よい音を響かせる。
「ちなみに僕より呑み終わるのが遅かった場合、あの那由多君の白濁まみれのソーセージを食べて貰います。」
そう言って僕は一気に酒を煽った。
皆必死になって煽る様子を横目で見つめると少し笑えてきた。
結局僕はグラス半分くらいしか酒を飲まなかった。
只単に、全員にいっきさせる為に言ったに過ぎないからだ。
「それではみなさん楽しみましょう。」
既に九鬼以外は結構回っている様子で、顔に朱がさしていた。
僕は日本酒は冷より熱燗が好きなので、マヨネーズ塗れのソーセージと一緒に電子レンジへと運ぶ。
軽くチンして戻ってくると九鬼が早々と他の皆の二杯目をついでいた。
「次はボクと飲み比べね!敗者は―――」
どうやら今日は脱落者が沢山出そうだ。
僕は那由多君の横に腰を下ろすと、いかにもまずそうな手料理に箸を付ける。
まぁ、美味しくは無かったが食べれなくもない。
頬を紅潮させた那由多君がこちらを見てきたので笑みながら言葉を返した置いた。
「意外においしいですよ。ピーマンの種は取って欲しいですけど」
その言葉に晴生君が、「俺も、千星さんの手料理頂きます!!!」と、意を決して箸を付けたけれどそのままトイレに直行していた。
明日からは彼が家事当番の日は大変だろうなとひとごとに思いながら酒を流していった。
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【千星那由多】
飲まなければならない雰囲気になってしまったので、乾杯と共に日本酒を口に含んだが不味い。
こんなのが飲める大人が良くわからん。
でもなんだかふわふわしてきもちがいい。
晴生と巽は強いみたいだった。
俺は、わかんない。つーかもうなんでもいいや。
副会長に煽られながら日本酒を飲んでいたが、できれば飲みやすい物がいいと思い、梅酒の缶を開けた。
うん、これならまだ飲める。
会長は俺が作ったマヨネーズウインナー炒めを食べてくれた。
優しいなあ。意外においしいって。よかった。
晴生はトイレに行ったみたいだけど、酒の飲み過ぎか?
意外にこどもっぽいんだな、あいつ。
なんだかどんどん楽しくなってきた。
自然に笑みが零れ始めると、視界がぐらぐらと揺れ始めている。
副会長は日本酒の瓶をラッパ飲みしたり、巽と飲み比べたりしていて楽しそうだ。
「あはは、副会長はアホですね」
そう言うと会長は「そうですね」と笑ってくれた。優しいなあ。
「さてー!盛り上がってきたところで…夏の夜のお約束と言えば…?」
副会長が唐突に立ち上がり叫び始めた。
夏の夜のお約束?…と言えば決まっている。
俺はすかさず手をあげた。
「はーいはいはい!!」
「はい!早かったーなゆゆ!!」
「かいだんばなし!!!!」
「せいっかいッ!!」
副会長がビッと日本酒の瓶の先で俺を指した。
どうやら今から怪談話をするようだ。
副会長は自分の鞄の中から蝋燭を5本取り出している。
「100物語は無理だから、とりあえず今いるメンバーの本数の蝋燭持ってきましたー!
それぞれコワーイ話をしてから蝋燭を吹き消していくこと!いいネ?」
「おっけー!!!」
ノリノリの副会長に合わせて俺も乗るように拳を高らかに挙げた。
怪談話なんて怖いなあ。
だけどなんだか今ならすっごく楽しめる気がする。
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【天夜巽】
どうやら那由多は酔っているようだ。
テンションがおかしい。
そして、流れは夏に因んだ怪談話になった。
会長の様子がおかしい気もしたけど、日当瀬が部屋の電気を消し、クッキー先輩が皆の前に一つずつ蝋燭を立てていく。
初めに火を灯した席には日当瀬が座った為彼から話が始まることになった。
「―――実はこの部屋のことなんですがね。
そこ、少し、黒いしみが有るじゃないですか…、ちゃんと大家に確認した訳じゃないんですが、このワンフロアだけなぜか安かったんですよ。」
日当瀬は俺達に話していると言うよりは那由多をガン見して話しているので少し変な感じだ。
「まぁ、安いに越したことがないので、俺はここに住むことに決めたんですが、夜になるとね…
―――聞こえるんですよ女の人の声が。」
日当瀬は天井のシミを指しながら言葉をつづけた。
「それは悲鳴に近い声で、助けてッ、助けてって聞こえるんですけど、俺にはどうしようもなくて、―――ほら、今も」
日当瀬の話はそれで終わりの様で、その瞬間に蝋燭の火を吹き消した。
次の瞬間、天井がギシギシと揺れ始め女の人の声が聞こえ始めた。
確かに、かすかに悲鳴のような声と懇願する声が聞こえている。
……しかし、怖いって言うよりこれは…!!
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【千星那由多】
「あははは!こわー!俺こんなとこに泊まるのむりー!!こわいですねっ会長!!」
大笑いしながら隣にいた会長の背中を叩きつつ声をかけると、会長は一点を見つめたまま固まっている。
そう言えば会長お化け嫌いだったような…違ったかな?
でもま、いいや!みんなといればこわくないだろ!
「じゃあ次なゆゆネ♪」
副会長にそう言われると、目の前に蝋燭が置かれた。
怖い話か…基本的にそう類の話は避けて来ていたのであまり持ちネタがない。
揺れる蝋燭を見て唸りながら考える。
「あ、そう言えば」
思い出したように顔を上げると、蝋燭に照らされる全員の顔を眺める。
その光景さえもおもしろくて、吹き出しそうになったのをぐっと堪えた。
そして、声のトーンを落として神妙な面持ちで語り始める。
「前に…何処からともなくシャッター音が聞こえてきてたんですよ…。
そりゃあもう、学校にいても、お風呂に入ってても、一人でゲームしてても…。
加えて誰かに見られてる感じがする…。
親に相談しても気味悪がられるだけで、気のせいじゃない、って言われ続けてたんですね…。
そしてある日の夜、眠りに落ちそうな時でした…また、カシャ…カシャ…ってシャッター音が聞こえてきたんです…」
静まり返った部屋に、俺の声だけが響いている。
副会長と晴生だけが俺の顔をじっと見ていた。
「またか…って思って、俺もさすがに怖くなってさっさと寝てしまおうと思い、寝返りを打ったんです。
そしたらすぐ側で…………『こっち向いて』…って声が聞こえて……!!!!」
その瞬間、キッチンの方で何かが落ちたような音がした。
全員がそちらに視線を向けたが、会長だけはまだ一点だけを見つめている。
「ああ、良く落ちるんだよ、ひっかけてるおたま」
「びっくりするでしょーちゃんとひっかけといてよ!!」
どうやらキッチンにあるおたまが落ちたようだった。
みんながビックリしているのを見ると、おもしろくて笑いが込み上げて来る。
「で?続きは?」
「そのまま俺寝ちゃいました!!」
ピースしながらにっこりほほ笑む。
そうだ、その日は怖すぎて布団を被って息苦しい思いをしたまま就寝した。
その日からシャッター音はしなくなったんだけど、一体あれはなんだったんだろうか。
巽がいつも以上に笑顔だけど、俺の話、そんなに面白かったかな。
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【日当瀬晴生】
「じゃあ、次は僕だね。」
そう言って天夜は蝋燭に顔を近づけた。
下から顔を照らされると怖く映るものだと思いながら俺は酒を飲み進めた。
どうも、九鬼が持ってきた酒は結構アルコールが高かったみたいだ。
俺も酒が回り始めた。
「那由多の話の続きなんだけどね……。シャッター音が聞こえなくなったのは、消音のアプリを手に入れたからで、今でも那由多の傍には幽霊が居るんだよ」
天夜はそう言って、自分の手前の蝋燭を消しやがった。
「もー巽、怖い事言うなよ!」
千星さんは天夜につっこんでいたが、その事実を天夜が知っていると言うことは、つーか、…それって!!
俺は声を荒げようかと思ったが、今、千星さんは酔っぱらっている、知らぬが仏と言う言葉も有るのでそこは伏せておいた。
たまにツイッターにアップしてくれる天夜の写真は俺の癒しでもあるしな。
心の中で千星さんに謝罪しながら俺はまた、酒を煽った。
「えー、早いヨ!巽!ま、いっか!次、ボクね。」
そう言って九鬼は自分の前にある蝋燭受けを持つ。
そして、自分の表情が一番怖くなる位置へと蝋燭を近づけていった。
さっきから会長が微動だにしないが、大丈夫なのか。
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【九鬼】
はるるの話は多分上でAV撮影でもやってるんだろう。
なゆゆの話は、巽の話しからすると確実に犯人は巽だ。
全員お化けじゃなく、リアルに存在する人間の話になっているのはまぁいいとしよう。
左千夫クンが怖がっているだけで、ボクは満足だからだ。
蝋燭に照らされながら薄らと目を開くと、全員の顔、特に左千夫クンの顔を眺めた。
多分今のボクの表情はかなり怖いと思う。
「そうだネ…色々持ちネタはあるんだけどー…ボク達が体験した怖い話の続きをしようか。
七不思議の任務あったでしょ?あの最後に見た…トイレの女の子の幽霊覚えてる?」
そう言うと口角を上げ薄気味悪く笑う。
神妙な面持ちで、左千夫クン以外の全員がこくりと頷いた。
「あの女の子の話し、校外でも結構有名みたいでネ、とある筋から聞いた話しなんだけど…。
深夜、あのトイレでイケナイ事をした生徒がいたんだって。
もちろん七不思議の事は知ってたみたいで、そのスリルを味わうためにヤってたんだろうけど、それが間違いだった。
夢中になって行為をしている途中、ボクらが見た金髪の少女がスッと現れて、その男女を眺めていたんだって。
だけどその二人はそれさえも興奮してしまって、行為を止めなかった」
ゆらゆらと蝋燭が揺れる先に、左千夫クンの真顔が見える。
更に口角をあげ目を見開くと、言葉を続けた。
「するとネ、先に女の方が急に発狂しだして、ぐったりと項垂れてしまった。
男はびっくりして何度も女を叩き起こそうとしたけど…その女は目を見開き恐怖の表情のまま、息を引き取っていたんだ。
まずいと思った男は、女を置いて逃げた。もちろんトイレから少女が追ってくる。
『抱きしめて…わたしを抱きしめて…』って」
ボクの低い声が室内によく通った。
心なしか寒気を感じ始める。
「それでも男は逃げた。だけど少女はすごいスピードで追ってくる。廊下、階段……そしていつの間にか屋上まで来ていた。
観念した男は、抱きしめてと呟き続ける少女を抱きしめることしにた。
怖かったけど勇気を振り絞って少女に近づき、身を包むように手を回した………そしたら……
『あなたなんかパパじゃない!!!!!』
そう言って叫んだ少女の顔は血まみれでひん曲がってて、まるで誰かに執拗に殴られたようなものだった。
そして…その後はわかるよネ?」
「…男の人は……しんだんですか?」
「そう、次の日屋上で誰かに執拗に殴られたような顔になって…しんでたらしいヨ」
そう言って最大限の笑みを左千夫クンに向けると、蝋燭を吹き消した。
もちろんこれは、全部作り話なんだけどネ。
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【神功左千夫】
九鬼が嫌がらせの様に目を開いてこちらを見つめてくる。
いや、いつも開いては居るのだがわざわざ鬼のように一番恐ろしくなる顔を作らなくてもいいと思う。
しかも、彼が口にした話は僕が見た幽霊の話であった。
そしてその続きに息を呑む。
僕は机の下で自然とズボンを握り締めていた。
晴生君の話も、那由多君の話も、巽君の話も、全て怖いが、実体験している九鬼の話が一番怖い。
と、言うかあのトイレには一生行けない。
と、言うか今日はもう、トイレに行きたくない。
今にも気絶しそうだったが、九鬼が蝋燭を消した瞬間に我に返った。
なぜなら皆がそろってこちらを見つめているからだ。
相変わらず上はギシギシなっているし、キッチンからは嫌な気配がする。
ゴクリと音が立つほど大きく喉を動かしてから、僕の唇は勝手に動き出す。
そう、怪談話になると僕の唇は自制できなくなるんだ。
「この百物語は蝋燭を全て消していくと怪奇現象が起こる。そんな話ですよね…。
それはなぜだかわかりますか?」
それだけ告げると僕は全員の顔を眺めた。
すると天井だけでなく、四方から壁をドンドン、ギシギシと叩く音が聞こえ始めた。
そう、僕達の周りをお化けが囲み始めているんだ。
「百物語は怖い話をすることで、霊を呼び寄せるそうです。
しかし、この蝋燭が結界となってお化けはこの部屋には入って来れない。
なので、災いが起こって欲しくない時は99本を消した後、1本のこして日が昇るのを待ちます。
今回は5本と言う略式ですが、この形式を取った以上十分に百物語を行ったと言えるでしょう。」
それだけ告げて僕が蝋燭受けごと蝋燭を持ち上げると周りのガンガンと言う音がより鮮明になる。
そして、キィィィィと奇音まで聞こえ始める始末だ。
「もう、分かりますよね、この蝋燭を消した瞬間、僕達はこの周りの化け物に襲われるなので―――」
「それ、面白そう!」
なので、朝までこのままで過ごしましょう。
と、僕は言うつもりだった、しかし九鬼は蝋燭の炎を吹き消してしまう。
その瞬間に辺りが暗闇に包まれる。
「ひゃははははッ!!!やめろ!やめっ!!は、ははははっ!!!」
その瞬間那由多君の声が部屋にこだました。
いったい何をされているのかと僕はパニックになった瞬間に僕の上にもドスンと重みが有るものがのかってくる。
「―――――――――――ッッッッ!!!!!」
白い影が見えた瞬間に僕は声も上げられず固まった。
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【千星那由多】
会長が蝋燭を消すとヤバイって話をしているのに、副会長はそんな事は全く気にせずに最後の蝋燭を吹き消した。
暗闇になった途端に、誰かが俺の身体をくすぐり始める。
もしかしたらお化けだったのかもしれないが、暗くて全く見えず、ただくすぐったいだけで怖くもなんともなかった。
ひとしきり笑い転げた後、多分晴生辺りが電気をつけたのだろう、辺りが明るくなる。
「もー誰だよくすぐった奴!!!」
涙目になりながら寝転がっていた身体を起こした。
先ほどまで鳴り響いていた不思議な音も消え、辺りに変化は何もないようだった。
ただ、会長がやけに顔が赤くなっているのは気になったけど、怖すぎて酔いでも回ってきたのだろうか。
「特に何も起こらなかったネー。つまんなーい」
副会長が口先を尖らせながらそう言うと、また鞄の中から何かを取りだし始める。
あの人の鞄の中は四次元ポケットなんだろうか。次は割られた5本の割りばしが登場した。
その割りばしは、一本だけ先が赤くなっている。
「怪談話しで盛り上がったところで!次はやっぱり王様ゲームだよネ!!女の子がいないのは残念だケド♪」
「いえーい!!!」
俺も副会長につられて高らかに拳を挙げる。
王様ゲームなんてやったことが無かったので楽しみだ。
そして副会長が手の中で割りばしを擦り合わせた。
「はーい早く引いて引いて!」
こういうのを嫌がりそうな会長が、何故か率先して割りばしを引く。
続いて俺、巽。晴生は残った二本をしぶりながら引いていた。
「……王様だーーーーーれだ!!!」
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【日当瀬晴生】
俺は電気を付けたがどうやら怪談だけで終わりそうにない。
どんどん副会長の悪ノリに全員が流されて行く。
いつも止める筈の会長が顔が真っ赤だった、まさか酒でも回ったか?
いや、彼はそんなに酒は弱くない筈だ。
千星さんがノリノリなので俺がこの流れを断ち切る訳にもいかず渋々割り箸を引き抜く。
「……王様だーーーーーれだ!!!」
俺だった……。
無言で手を上げると、「うわー、晴生かぁ!」「あれ、ボクじゃないの!?」などと声が上がっている。
…凄いテンションだ。
こういったことはしたことが無かったので俺は少し悩んでから、言葉を発した。
「一番がそのグラスをいっき呑み…」
「フフフフ、僕にいっき呑みさせようなんて、流石晴生くんですね。」
そう言ったのは会長だった。
いつもの笑顔だったんだが確実に目が据わっていた。
そして一気に酒を煽る、しかも、グラスじゃなくて、ビンに残っているもの全てだった。
「……ごちそうさまでした。」
見る見るうちに酒が無くなり、会長は手の甲で男気たっぷりに口元を拭っていた。
「さぁ、次ー!!おーさま、だーれだ!!」
「僕ですね。」
そう言ったのは会長だった。
そして、薄らと笑みを浮かべたまま会長がこちらを見ている。
ちなみに俺は三番だ。
「三番。この一升瓶を一気呑み。」
会長は俺の方を見つめたままそう言った。
これはもう既に、王様ゲームと言えないのではないか?
いや、引き抜く時も必死に抜かないと彼の動体視力で見えてしまうのだろう。
しかし、ゲームのルールに従わない訳にはいかない。
千星さんも期待の目でこちらを見つめている。
俺はそのまま、一升瓶に口をつけ、一気に飲み干した。
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【千星那由多】
みんなまるで相手の番号がわかっているかのように、うまく一人を狙っていく。
その対象が今は晴生だ。
とにかくお酒を煽られまくって、晴生の目もどんどん据わっていっていた。
副会長はいつも酔ってるようなテンションなので、変化してるのかはわからない。
巽も同じように煽られていたが、強いからかまったくいつもと変わらず楽しそうな笑顔のままだった。
会長は多分酔ってる。
「王様だーーれだ!!!」
全員が同じように声を上げると、やっと俺が王様の箸を引いた。
「俺ー!!俺!俺!!」
無駄に立ち上がるとぴょんぴょんとその場で跳ねた。
ついに俺が王様だ。
さて、どんな命令をみんなにしてやろう。
へらへらと笑いながら、全員を見下ろす。
「へへへ……じゃーねえ、おうさま以外の全員がパンツ一枚になって、その場に正座!!」
「全員なんて鬼畜だネーなゆゆー」
「おーさまのめいれいはぜったい!!」
副会長は口先を尖らせていたが、問答無用とばかりに叫んでおいた。
一番最初に脱ぎ始めたのは、やはり会長だった。
続いて副会長、晴生、巽の順で皆服を脱ぎ捨てて行く。
「だはは!みんなパンツ一丁~!きもちーなこれ!!」
いつも自分は命令する立場にいないので、俺の指示で全員が同じことをするととてつもなく気持ちがよく、満面の笑みを浮かべた。
パン一で正座して箸を握っている姿はものすごく滑稽だ。
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【天夜巽】
皆面白い程ベロベロになっていたけど、たまにはこういうのもいいかもしれない。
俺は運が悪いのか余り王様が回ってこない。
暫く言うことばかり聞いていがやっと俺にも王様が回ってきた。
「それじゃーね、三番と五番がパンツの奪い合い」
「おれおれー!!さんばーん!!誰だ五番は!?」
那由多だ先手を切って挙手した。
それから日当瀬がおどおどしながら挙手していた。
「そ、そんな、…俺には千星さんの下着なんて、恐れ多くて捲れません!!」
日当瀬は手をグーに握って徐に立ち上がった。
言っていることはいつもと同じだが完全に酔っているのだろう、テンションが違い過ぎる。
那由多はそんなこと関係なしに日当瀬に飛び付いていた。
そして、日当瀬が何とか下着を死守している状態なのだが、那由多は服すら脱いでないので劣勢も劣勢だ。
クッキー先輩がそのやり取りを見つめるのに飽きたのか、早々に割り箸を回収して引き始める。
「もー、待ってられなーい!!つぎつぎー!!次、ボク、おうさまー!!」
普通はクジを持っている人物は最後に引かなければならないのだがもう、ぐちゃぐちゃだった。
会長や僕がクジを引こうとするが副会長はもう決まっているからと言わんばかり、割り箸を取るのすら省略し始めた。
「さちおくんが全員に濃厚なキス!!」
そう言った瞬間に会長が僕に飛びかかってきた。
其処までの心の準備は出来てなかったが考える間もなく唇を奪われる。
「か、会長…、まっ―――ン。」
会長の唇は薄くて軟らかかった、じゃなくて!
マズイ、会長は流石、会長と言うだけあって、とてもキスが上手かった。
そうして、暫くすると会長が那由多達の方へと向かって行く。
僕は放心状態で天井を見つめた。
――――何かを奪われた気がする。
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【九鬼】
みんなが乱れまくっているのに乗っかってボクも調子づいてみた。
巽はどうやら潰せそうにないが、周りがこんな状態だともう抵抗はできないだろう。
左千夫クンが巽に濃厚なキスをしているのを、なゆゆは爆笑しながら見ている。
晴生は酔っぱらっているが、さすがに嫌なのか覆いかぶさられながらも抵抗していたが、なゆゆに抑えつけられてあっけなく左千夫クンの餌食になっていた。
なゆゆは自分から腕まで回す始末で、ノリノリにも程がある。
そしてついにボクの番になった。
目の据わっている左千夫クンの顔が近づくと同時に、イタズラに微笑んでやる。
「いや~ん♪優しくしてよネ~左千夫ク…」
そう言おうとした瞬間、頭が床にぶつかる勢いで押し倒され、息苦しい程の濃厚なキスが落ちて来た。
正直苦しすぎて昇天してしまうかと思う程に、何十分も舌を絡められたのは言うまでもない。
それからはなんでもありな状態に陥り、地区聖戦前の長い夜は更けて行った…。
早朝、いつの間にか眠っていたのか、寒さで目を覚ますと、ほぼ全員が床で裸のまま眠っていた。
ボク自身も生まれたままの姿だ。
左千夫クンはと言うと、ちゃっかりソファに移動し、毛布にくるまって寝息をたてている。
なゆゆに関しては物凄くうなされていて顔色も悪い。
時刻は朝の5時。
地区聖戦前に少しやり過ぎたかなと反省しつつ、記念にと携帯で今の状況を撮影すると迎え酒を煽った。
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