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isc(裏)生徒会
地区聖戦
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【錦織一誠(にしごりいっせい)】
俺は神功十輝央様の秘書だ。
神功家には小さいころからお抱えの秘書が付いている。
まだ、俺は未熟なので秘書長を纏めている俺のおじい様の指示を仰いでいるが、俺はいずれ、十輝央様の専属秘書となるだろう。
俺は彼を神功財閥TOPにするために尽力を尽くさなければならない。
十輝央様こそTOPに相応しいお方だ!
あの、神々しい笑顔!誰にでも差し出される慈愛に満ちて手!
彼以外に次期神功家の代表は務まらない、そう俺は信じている。
しかし、それを阻む人物がここに。
「…おや、十輝央兄さんの秘書の方ですね、僕に何か御用ですか。」
「いえ、おかえりになられていると聞きまして挨拶に参りました。」
「それは、ご丁寧に。それでは僕は部屋に戻りますね。」
神功左千夫。
彼は十輝央様の義理の弟だ。
忠仁様は尊敬しているが、どうしてこんな得体のしれない男を養子にしたのか分からない。
後継ならば十輝央様だけで十分だと言うのに。
それに俺はこいつが余り好きではない。
いくら容姿が整っているとは言え、プライベートがラフ過ぎる。
十輝央様はプライベートゾーンでもきっちりとパジャマを着ていると言うのに、この男はバスローブをはおるだけだ。
今の、忠仁様の奥様と同じようなにおいがする。
俺は彼女も好きではないが、そうなってしまう前の彼女も知っている為一概に嫌いにはなれない。
しかし、この男はここに来た時からそうだった。
整った容姿で他人を誑かす、俺は絶対にその手には乗らないようにしていた。
神功左千夫の後ろ姿を見送った後、十輝央様に渡す書類を手に廊下を歩いていると爺やの声が聞こえた。
「どういうことですか、傳蔵(でんぞう)殿、十輝央様に地区聖戦の事を教えないとは…!」
「黙れ、若造が!十輝央の坊にはそのような地位は必要ないわい!あれは、政府が勝手に作った大会じゃ、わざわざそのようなものに、坊が出る必要は無い。」
「しかし、左千夫様はお出になるのでしょう?そうなれば、十輝央様の時期当主の件も危うくなるのでは……!!」
「うるさい…!いいか、この件は二度とワシの前で話題にするな!勿論坊にも秘密じゃ、分かったな!!」
傳蔵爺やは頑固だ。
俺には優しいけど、一度言いだしたら聞かないところがある。
それにしても、地区聖戦とはなんであろうか…。
もし、十輝央様に必要ならば俺がお伝えしなければならない。
爺やは昔のお人だ、現代の事は分かっていないことがある。
これは、将来専属秘書である、俺がきっちり見定めなくては…!
そう思い、俺は情報を集めることにした。
まさか、この戦いがとても意味のある大きなものになるとはこの時は知る由もなかった。
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【神功十輝央】
今、僕は毎日がとても楽しい。
柚子由さんと文通を始めたからだ。
この間、彼女に渡したプレゼントの中に手紙を入れていた。
内容は差し当たりのない普通のものだったけれど、彼女は次の日律儀に返事を書いて渡してくれた。
それからいつの間にか文通のようなものになっている。
大半内容は左千夫のことばかりだけれど、それでも僕は彼女と会話ができるだけで嬉しい。
彼女の柔らかい文章や、整ったかわいい文字を見るのが、今はとても幸せだ。
明日は終業式。夏休みが始まる。
今年は彼女を誘って海にでも行ってみようか。
いや、二人きりというのはまだ早すぎる気も…。
そんな事を考えながら自室で明日彼女に渡す手紙を書いていると、秘書の錦織の声がした。
「十輝央様、お時間よろしいでしょうか」
「どうぞ」
そう言うとこの夏にきっちりとスーツを着こなした錦織が入ってくる。
家の中は冷房完備されているので暑さを感じる事はないが、見ているこっちは暑苦しい。
相変わらずの綺麗な七三で丸眼鏡。
顔立ちは整っていて、左千夫にも引けを取らない容姿だ。
彼の学年は僕のひとつ上だが、小さい頃から一緒なので、幼馴染のようなものだと勝手に思っている。
錦織は多分そんなこと思ってはいないだろうけれど。
たまに真面目すぎる所がめんどくさくなる時もあるが、彼なりに「秘書」として頑張ってくれているのには好意が持てた。
できればもっと気さくに話しかけて欲しいが、それは絶対に無いだろう。
「何?用事?」
錦織に向き合うと、彼は軽く下げていた頭をあげた。
そして、胸元からいつものメモ帳を出すと、僕へと視線を向ける。
「夜分遅くに申し訳ございません。
十輝央様にお伝えしなければならないことがありまして」
眼鏡を人差し指でくいっと持ち上げると、光の反射で彼の瞳が見えなくなった。
こういう時の錦織は、何か重要な話をしてくるのは知っている。
続けて、と言うと彼は再び眼鏡を整えた。
「地区聖戦というものをご存知ですか?」
「地区…聖戦?何それ、知らない」
「では、(裏)生徒会という学校の裏の活動はご存知でしょうか?」
「…(裏)生徒会?ああ、なんか噂には聞いたことあるけど。何?僕に関係のあることなの?」
地区聖戦、(裏)生徒会、一体錦織は何の話をしようとしているのだろうか。
彼の話を難しい顔をしながら聞いていると、どうやら学校には(裏)生徒会という組織が本当に存在するらしい。
その名の通り、裏で学校を支える組織。
僕が聞いた噂には「極悪で非道」などと尾ひれがついていたが、大体錦織が話す内容の物と合っていた。
そして地区聖戦とは、簡単に言えば、各高校の(裏)生徒会が競い合い勝者を決めるというものだった。
「なんでそれを僕に?僕に関係あることのようには思えないけど?」
「それが、愛輝凪高校の(裏)生徒会の会長は……左千夫様らしいのです」
その名前に少し驚いてしまったが、彼ならなんとなくそういう組織のトップに立ちそうな気はするので、これと言って疑問も持たなかった。
それよりも何故錦織がこんなことを僕に言いだしたのかが分からない。
真っ直ぐに彼を見つめたまま、話を聞いて行く。
「どうやら左千夫様は地区聖戦に出て地位を確立し、神功家の次期社長を狙っているとか。
そして、お義母様…香織様を神功家から迫害なさるおつもりのようです」
左千夫が次期社長を狙ってる?義母さんを迫害する?
別に左千夫が次期社長になるのは構わない。
実力で負けるのであれば仕方がないことだし、僕が神功家に相応しくなかっただけのことだ。
けれど、義母さんを迫害するという事が僕には引っ掛かった。
錦織に聞くだけでは、これが真実がどうなのかを判断することができない。
「……わかった、明日左千夫に聞いてみるよ。下がっていいよ、ありがとう」
「失礼いたします」
錦織は深く礼をすると、部屋から静かに出て行った。
机に向き直すと、さっきの話を整理しようと目を伏せたが、今色々考えるよりは本人にきちんと話を聞く方が早いだろう。
伸びをし再びペンを握ると、三木さんへの手紙を書き始めた。
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【神功左千夫】
昼休みを告げるチャイムが鳴った。
今日は柚子由が僕の分のお弁当まで作ってきてくれたのでそれを机から取り出し、いつものように席を立つ。
すると、いつものように九鬼も立ちあがったが、今日は先客が廊下から顔を出した。
十輝央兄さんだ。
十輝央兄さんは用事が無ければ学校で会いに来ない。
ただでさえ僕達は財閥の息子。
そして、僕は養子である。
隠しては有るが同学年と言うこともあり隠しきれない部分もある。
僕達が一緒に居ると必ず陰口をたたかれる。
笑い合っているが本当は仲が悪い、神功左千夫は神功家を乗っ取ろうとしている、左千夫は愛人の子だとか…、まぁ、碌なものがない。
それを気遣ってか、必要以上には兄さんは僕に近づいては来ない。
こうやってわざわざ教室まで来たと言うことは何か用事が有ると言うことだ。
僕は九鬼へと、アイコンタクトを送って十輝央兄さんの元へと向かう。
彼に誘われるままに屋上へと向かった。
「一緒にお昼を食べるのも久しぶりですね。」
「……そうだね。」
余り人目につかない一角を二人で陣取り。
僕は柚子由の弁当、十輝央兄さんは自分で作ったらしき弁当を広げていた。
本当に何でもできるな、と感心して見つめていたが、兄さんの返事が思い。
何か言い難いことでもあるのかと、こちらから話題を振った。
「何か、僕に話でも……?」
「左千夫って、(裏)生徒会の会長なの?」
核心を突く質問に僕の表情は崩れなかった、そのまま笑みを浮かべながら言葉を綴って行く。
「どうしたんですか、急に、そんな噂をもち―――」
「地区聖戦、左千夫もでるんだよね?」
嗚呼。これははぐらかし切れないな、はぐらかしでもしたら僕は一生尾行されるだろう。
それくらい、十輝央兄さんの瞳は本気だった。
僕は食べ掛けていた弁当箱に箸を置き、一つ息を吐いた。
僕の推測からすると十輝央兄さんが自分で調べた訳ではないだろう。
何かしら外部からのアクションが有った筈だ。
そう考えると頭が重くなったが僕は深く頷いた。
この時の僕は冷めた表情をしていたと思う、出来るならば、兄にはこちらの世界に関わって欲しくない。
関わるとしてももう少し後でいい、僕はそう思っていたからだ。
「はい。僕が愛輝凪高校の(裏)生徒会会長ですよ。それがなにか?」
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【神功十輝央】
最初ははぐらかしていた左千夫も、どうやらこれ以上はごまかしきれないと思ったのか、本当の事を言ってくれた。
「はい。僕が愛輝凪高校の(裏)生徒会会長ですよ。それがなにか?」
錦織の言ってることは本当だったんだ。
僕は息を飲んだ。
彼が(裏)生徒会の会長なら、地区聖戦に出て、神功家の次期社長を狙っている事も…義母さんを迫害しようとしていることも、真実なのだろうか。
暫く黙り込んでいたが、本人にちゃんと聞いてみない事にはわからない。
固く閉ざしていた口を開くと、左千夫を真っ直ぐ見つめた。
「じゃあ、神功家の社長になって……義母さんを迫害しようとしていることも本当なの?」
「…どうしてそんなことを聞くのですか?…あの女性は神功には必要ないと思いますけどね。」
左千夫の表情はひとつも変わらなかった。
けれど、義母さんの話になると、視線だけを僕から逸す。
「必要ない」と言う言葉と、その仕草で、僕は少し心が重くなってしまった。
左千夫は本当に義母さんを迫害しようとしているのだ。
義母さんは確かに変わってしまった。
家に来た時は、色々な人に気を使い、笑顔の絶えない優しい人だった。
あの時の義母さんは本当の母親にも引けをとらないと思っている。
けれど、いつの間にか神功家の「妻」というプレッシャーに潰れてしまった。
何があったのかは僕には詳しくわからないし、そのプレッシャーと言うのも僕には全部理解できない。
だから、いつかは最初の頃のように戻ってくれると、そう思ってなるべく義母さんとは向き合うようにしてきた。
だけどそれを必要ないから迫害してしまうなんて…悲しいよ、左千夫。
…だめだ、左千夫を止めなきゃ。
「…僕も地区聖戦に出たい。(裏)生徒会じゃなくても出れるんでしょ?
一緒に参加させてよ!!」
僕は左千夫の肩を掴んだ。
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【神功左千夫】
まさか十輝央兄さんからそんな言葉を聞くとは思わなかった。
僕が社長になりたいはずが無い、しかし、それを言ってしまえば兄さんの向上心を奪うことになる。
それは僕を養子に迎えてくれた父を裏切る行為になってしまう為口には出来ない。
そう、僕が養子に迎えられた理由の一つに、十輝央兄さんと競わせる為と言うものがある。
父上は十輝央兄さんに欲が無いのを酷く気にしておられる。
と、言っても僕に言わせれば兄さんは欲の塊に見えるのだが…。
親子だからだろうか、見えてないところも多い。
そんな考えで後半は気にしていなかった。
僕は義理の母のことなんてどうでもいい。
彼女が柚子由の母だと名乗りさえしなければ、柚子由に介入しなければどうだって良かったので、思ったことをそのまま回答してしまった。
しかし、それは間違いだったようだ。
「…僕も地区聖戦に出たい。(裏)生徒会じゃなくても出れるんでしょ?
一緒に参加させてよ!!」
そう言って、彼は僕の肩を掴んだ。
「嫌です。」
勿論、即答だ。
そのまま暫く、「参加させて」「断ります」「駄目、僕も出る。」「決定権は僕にしかありません。」「本当に左千夫は頑固者だね。」「十輝央兄さんには負けます。」と、押し問答を繰り広げていたが、僕が一つも笑わなかったからだろう、彼は大きく溜息を吐いた。
どうやら、諦めてくれる様子だ。
「わかった。左千夫には頼まない!僕は、僕で地区聖戦にでることにするよ。」
そう言って彼は僕の目のまで弁当を食べ始めた。
父上…貴方はきっと親バカなだけだと僕は思います。
彼は向上心が無く見えるかもしれない、しかしそれは今は必要ないからだ。
彼は信じる者に危害が加わりそうになったときはこうも頑固だ。
こうなってしまうと、僕にもどうしようもないので大きく溜息を吐いて弁当へと箸を付ける。
まぁ、父上に十輝央兄さんの向上心や欲を見せつけるには調度いい機会かもしれない。
こうなってしまっては、能力も開花してしまうだろう。
他のヒューマノイドにされる前にイデアに能力開花をして置いて貰おうと内心溜息を吐いた。
その後はいつも通りの会話だった。
そして、十輝央兄さんが余りにも柚子由の作った弁当を見つめていたので卵焼きをおすそ分けしておいた。
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【千星那由多】
明日から、待ちに待った夏休みだ。
嬉しすぎて俺は朝からそわそわしていた。
早起きしなくてもいいし、夜もずっと起きていられるし、ゲームもやり放題!
家でアイス食いながらごろごろして過ごす!!
ちなみにこの夏休みにどこかへ行く予定はない。
夏は家に引きこもっているのが一番だからだ。
俺のテンションは上がりっぱなしだったが、それは見事に放課後打ち砕かれた。
「地区…聖戦……」
(裏)生徒会室での会議中、その言葉を俺は震えた声で反復した。
そう言えば前にそんな話を会長がしていた気がする。
しかもその地区聖戦がなんとまぁ夏休みにだだかぶりだという事実に俺は項垂れた。
そうだ、俺は今(裏)生徒会の一員なのだ。
明日から夏休みという事実に浮かれきっていて、すっかり自分の立場を忘れていた。
もう一度会長が地区聖戦の話をしてくれるのをげんなりしながら耳を傾ける。
簡単に言えば、この区域の(裏)生徒会が闘い、(裏)順位を決める。
優勝した高校は大学の推薦や就職率も大きく変わるらしく、所謂政府公認の闘いと言った感じだ。
今の俺はあまり先の事を考えていないので、それがどれだけ良い物なのかはわからなかった。
それよりも俺の夏休みが崩れさってしまった事が今一番の問題だ。
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【天夜巽】
毎年、俺の夏休みは部活で潰れていた。
それが今年は(裏)生徒会で潰れることになりそうだ。
そんなことは入った時から覚悟していたし、行事は基本参加するタイプなので地区聖戦もメンバーに入っているならでるつもりだ。
『ラディエンシークルセイド』即ち地区聖戦について会長から説明ある。
どうやら、これは政府公認の大会、そして、政府公認で殺し合いが出来る様だ。
基本はヒューマノイドによって止められるらしいが運悪く死んでしまった時には事故死として扱われる。
そういう決まりになっているらしい。
「僕からの説明は以上です。那由多君、巽君、これから足を踏み入れる世界は君たちの知らない世界です。そして、引き返すことのできない世界。
その代わり成功すればかなりの地位を手に居れることになるでしょう。
と、いっても、僕と晴生君、九鬼、はこの地区聖戦で手にいれられる地位を特に必要としていません。あくまでも愛輝凪の生徒の為に戦います。
ですので、君たちに強制はしません。それでも、一緒に戦ってくれるならこの書類にサインをお願いします。」
会長から地区聖戦に関しての書類を渡される。
誓約書の様なものだ。
色々記されているが一番は“死亡した場合は一切の責任を政府は取らず、事故死として扱う”が一番重みのある言葉だろう。
もう僕の覚悟は決まっていたのでサラサラとその書類にサインを書いていった。
それから、僕は那由多に改めて視線を向けた。
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【千星那由多】
全員が順に書類にサインをしていく。
夏岡先輩と弟月先輩は強制だったようだが、特に反論もないまま二人もサインをしていた。
「死ぬかもしれない」という現実味の無い言葉よりも、俺は夏休みが潰れる方が一大事だった。
これは強制ではないと言われると余計に気持ちがゆらいでしまう。
想像ができない未知の世界だが、仮に、もし出場しないでこのメンバーの中の誰かが死んだとする。
それで俺は耐えられるのだろうか?
俺の知らない場所で誰かが死ぬ。
それが誰にも知られずに「事故死」として扱われる。
そんな悲しい闘いの中に、身を投じなければいけないんだ。
ごちゃごちゃ考えていると気が重くなってくる。
せっかく夏休みが始まると言うのに、なんでこんな思いをしなければいけないんだろうか。
押し黙っていると、三木さんがサインをしているのが見えた。
彼女もどうやら出場させてもらえるらしい。
あの時は、闘いの中に彼女を巻き込むのは嫌だと思った。
けど、彼女だって強くなりたいと願って、リコール決戦の時は一緒に頑張ったんだ。
最近のゆるい任務で、過去に致命傷を負ったことも、皆と力を合わせて闘ったことも俺はすっかり忘れていた。
それだけの場所に、俺は今いるんだ。
改めて、自分の適当さや軽い考えに自己嫌悪が沸き上がる。
三木さんがサインをし終わった。
最後に俺に書類が回ってくる。
俺は覚悟を決めた。
地位なんてどうでもいい。もちろん夏休みが潰れるのは嫌だ。
だけど、このまま参加しないで自分だけぬくぬくと生活するのはもっと嫌だ。
ペンを取り、力んだ手で皆の名前の一番下へと自分の名前を書く。
書記 千星那由多。
もう後戻りはできないだろうと、俺は小さなため息をついた。
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【三木柚子由】
左千夫様に『ラディエンシークルセイド』に出ていい許可を昨日貰った。
私は半分諦めかけていたのだけれど、左千夫様と能力を強要してしまった以上、他校から狙われる可能性が出てくるとのこと。
それならば、一緒に出た方がルールがあるし、僕の役にも立つので一緒に出て欲しいと言われた。
役立てる様に頑張らないと。
私がサインした後に那由多君もサインをしていた。
那由多君も巽君も、晴生君も、クッキー先輩も、夏岡先輩も、弟月先輩も皆一緒だと凄く心強い。
そして、一番上に左千夫様がサインをする。
これで、8人。
「では、今から『ラディエンシークルセイド』、地区聖戦について簡単に説明します。
詳細は各自に配る冊子になりますが…。
誰も読まないと思いましたので僕が要約しておきました。」
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地区対抗『ラディエンシークルセイド』
◆◆予選◆◆
参加者は(裏)生徒会会長の承認の元、締切までに契約書にサインをし、参加の意をヒューマノイドに告げること。
◆ルール◆
○参加者は支給されたブレスレットとイヤフォンを必ず期間中装着すること。
○各校必ず10人以上の参加者を必要とする。(尚、途中で死亡した場合は除かれる)
○参加資格はその高校の生徒であること。ただし、助っ人を二人まで入れることができる。
○各学校の持ち点は100点とする。
○初期の持ち点の振り分けは最高を10点、最低を1点までとする。
○勝敗はヒューマノイドの監視の元、公平にジャッジされ。勝ち+1点、負け-1点、引分0点となる。
○勝負は宣言を行った者が主体となり一番近くのヒューマノイドが到着してからの開始となる。
○申し立てた者が敗北するとその勝負はそこで終わりとなる。尚、途中参加は無制限に認められる。
○敗北とは「参った」と、口にする、意識不明、死亡、またはヒューマノイドが敗北を認めた場合を言う。
○一対一を所望の場合は「一対一を所望する」と、告げ、双方の同意が得ることが出来れば成立する。それよりも早く仲間や他校が入ってきた場合は成立しない。
◆宣言◆
「○○高校、名前、競技。いざ尋常に勝負」
以上を全て言い切ったと同時に戦闘開始となる。
近くのヒューマノイドが来るまではその場待機となる。
例)愛輝凪高校、千星那由多、決闘で勝負を申し込む。いざ尋常に勝負。
◆点数◆
・筆記などの問題の場合は各校に分かれて平均を取り、上位から階段式に点数が与えられていく。
・戦闘の場合は自分が倒した数だけ点数が入る。二人以上で倒した場合はヒューマノイドが割り振ることになる。
・他特殊能力、特殊戦闘は立ち合いのヒューマノイドの元、点数の割り振りがされる。
+++++++++++++++++++++++++++++++++
要約されても結構難しいなと思った。
あれ、十人って…。
私は指を使って人数をもう一度数え始めた、やっぱり八人しかいない。
「そうですよ、柚子由。現状では八人しか居ません。後二人は助っ人として僕が呼んでます。
純聖(じゅんせい)、幸花(さちか)、入ってらっしゃい。」
聞き覚えのある名前。
そして、思った通りの人物が入ってきた。
二人は私と一緒に廃墟で暮らしている子達だ。
今日も朝いってきますを言ってきた。
「純聖君、幸花ちゃん!!」
「やっほー!!柚子由!!やっぱ全然気づいてなかった?俺らが出るの大分前から決まってたんだぜ!やったな幸花!!見事秘密に出来たぜ!」
大きな声を上げながら純聖君は立ちあがった私に飛び込んできた。
それを確りと受け止め、彼を見下ろす。
「それに、左千夫!この戦いで柚子由を守ったら俺に稽古付けてくれる約束忘れんなよ。」
「はいはい。分かりました。幸花、頼みますね。」
左千夫様の直ぐ横に居る、幸花ちゃんの頭を彼は撫でて上げていた。
いつものようになにも喋らないまま、彼女は左千夫様を見上げていた。
幸花ちゃんも、純聖君も学年で言うとまだ、小学校の低学年だが、私の施設の子の中では群を抜いて、戦闘のセンスも頭の良さも兼ね揃えている。
そして、特殊能力も定着している。
確かにこの二人がメンバーに加わるなら心強い。
私は改めてしゃがむと純聖君と視線を合わした。
けど、その時彼は既に私の方を向いておらず、千星君の方を向いて、しかも指をさしていた。
続いての言葉に私は瞬くことになる。
「なぁ、なんでこんなよわっちそうなのがいんだよ、左千夫。」
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【千星那由多】
配られた冊子は読む気も失せるぐらいに分厚かった。
会長の要約で『ラディエンシークルセイド』別名、地区聖戦の内容は大体わかったが、色々めんどくさそうだ。
パラパラと冊子を捲っていると、「助っ人枠」と言われる少年と少女が入って来た。
一人は純聖という男の子。黒髪でつり目の声や仕草からして元気な少年だ。
知り合いだからなのか、入って来ていきなり三木さんと会長に馴れ馴れしい。
俺もあれだけ小さければ三木さんに抱き着くことができるのかと思いながらその少年を見つめる。
もう一人の幸花という女の子は、太い三つ編みを横に垂らしている大人しそうな黒髪の少女だった。
にしてもこんな少年少女が、死ぬかもしれない闘いに参戦するなんて大丈夫なのだろうか。
会長が連れて来たのだから、心配はしなくていいのだろうけれど。
そんな事を考えながら会長達のやり取りを見ていると、純聖と言われる少年がこちらをじっと見つめてくる。
俺に興味があるのだろうかと思い、控えめに笑って挨拶しようとしたその時だった。
「なぁ、なんでこんなよわっちそうなのがいんだよ、左千夫。」
よわっ…?
今確実に俺を見て言ったよな?
いや、いやいやいや、確かに俺はよわっちょろいけども!
見た目だけで判断しちゃいけないな少年よ!!!
驚きながら何も言葉を返せずに顔を引き攣らせていると、会長が純聖の言葉に反応した。
フォローしてくれるのかと若干胸を高鳴らせたが、それは完璧な間違いだった。
「純聖、思っててもそう言うことは口に出してはいけません」
胸の高鳴りは音を立てて崩れ、俺は撃沈した。
ちょ、ちょっとくらいは「彼も中々やるのですよ」とか言ってくれてもいいじゃないか!!
まぁまぁまぁ、確かに俺はヨワッチョロイし?
みんなの足手まといだし?
体力ないし?
必殺技もないし?
頭も……いや、これ以上自分で自分を貶めるのはやめよう。
ガックリと項垂れていると、横に座っていた晴生がいきなり立ち上がった。
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【日当瀬晴生】
「おい!テメェ!!何失礼なこと言ってんだ!千星さんに謝れ!!」
会長が連れてきたチビは会長と同じくらいムカつくやつらだった。
千星さんに向かって“弱い”なんて、失礼甚だしい!
千星さんの強さを俺が語ってやりたいくらいだ。
「ふーん。こいつが千星か…って、ことはナユタだな。んで、たつみ、くき、ナツオカ、オトヅキ、イデアさん、で、お前がはるき、だな。貰ってた資料どおり、はるきは煩い奴だな。」
三木の横で一人ずつ指をさして名前を言って行きやがった。
なるほど記憶力は悪くないし、基本情報は既に叩きこまれているらしい。
が、最後に余計なことを言いやがる、何のつもりだこいつは!上を敬う心ってもんがかけてる!!
「テメェが千星さんの事を使えないとかいうからだろうが!!謝れこの野郎!!」
「ちょ!止めろよ!晴生!!」
俺が純聖とかいうガキに殴りかかろうとしたが、千星さんと天夜に止められてしまう。
純聖も三木に隠れるなら可愛げがあるものの三木から一歩こっちに出てあっかんべぇをしている始末だ。
流石会長の申し子だぜ、本気でむかつく!
暫く、俺と純聖が、「謝れ」「これぐらいで熱くなるなんて大人げない」等と争っていたら、会長から不穏な空気を感じた。
いち早く感じ取ったのは純聖の奴だったようで、会長の方を見て硬直していた。
それにつられるように俺が会長の方を向く、そうするとそこには見たこともないさわやかに笑んでいる会長が、居た。
これはマジで怒ってる。
「……二人とも、後は終わってからやって貰えますか。
純聖と幸花は主に柚子由のガードです。
地区聖戦のルール上、多人数で一人を狙うと言う戦法を用いる学校が多いと思います。
ですので、基本は複数で動くこと。
詳しくは夏合宿空けにお伝えしますね。明日からは特訓施設で合宿です。各自用意してくるように。」
会長が質問は、と言いたげに辺りを見渡したが特に全員なにも反応しなかった為に会議はそれでお開きになった。
その後はこっちに三木が慌てて走ってきた。
そして、千星さんに小声で謝罪している。
「ごめんね、千星君…。
純聖君も悪気が有って言ってる訳じゃない…んだけど…
その…施設の子ってちょっと…難しいところが…あって…
あ、あれでもだいぶ明るくなったんだよ!…でも、それは千星君には関係ないよ…ね。」
三木がいつものようにもじもじしながら千星さんに謝罪している。
そうだ関係ない。しかし、流石に三木達の教育が悪いとまでは言えなかった。
施設関連の子供と言うことは過去は間違いなくいわくつきだろう。
そんなやつらを纏めて面倒見てるんだ、個体差の性格なんつーもんまで見てられないだろう。
取り合えず明日からの合宿でぎゃふんと言わせてやる。
そう思っている矢先だった、純聖が三木の後ろに来ていた。
「なーなー。柚子由、んな奴らと話してないでさ、また、スカート捲らせてよ」
そう、純聖が告げた瞬間、柚子由は顔を真っ赤にして180度回転して、しゃがみこみ純聖と目線を合わしていた。
「人前ではそんなこと言っちゃ駄目」と、言ってたけど。
人前じゃなくても駄目だと思うぜ、三木。
取り合えず、色々手に負えていないことは分かったが、会長がそれでも選んできたって実力は折り紙つきなのだろう。
そもそも、三木のガードに弱い奴を付けるなんてことは会長は絶対しないだろう。
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【千星那由多】
純聖という少年と晴生の言い合いは会長の爽やかな…いや、恐ろしい笑顔で幕を閉じた。
三木さんに謝られると、子供の言うことだからと笑って返しておいた。
まぁ実際間違ったことは言ってないと思うし。
ただちょっと傷ついたけど。
しかし、純聖という少年が三木さんのスカートを捲っているのは許せない。
だからって俺が捲りたいわけじゃないが……こ、子供だからって羨ましいじゃないか少年!!
会議が終わると、会長の側にいた少女がこちらへと視線を移した。
さっきまでは会長のことばかり見ていたが、どうやら俺にも興味を持ってくれたみたいだ。
この子はあの少年よりも気難しくなさそうだなと思い、小さく微笑を向ける。
「……きもい、しね」
その少女から落とされた小さな言葉に俺は凍りついた。
「よわっちょろい」ってのはまだ自分も納得していたが、さすがに「きもい」は無意味に傷つく。
俺そんなに気持ち悪い笑顔で笑ったのか?
更に汚物を見るような冷ややかな視線が胸を抉る。
イデアとはまた違った人間故の冷徹さがあり、俺は少女から逃げるように視線を外すと、小さく項垂れた。
子供結構好きだったんだけどな…俺。
明日からの夏合宿のため、今日はほどほどにして早めに切り上げることになった。
今度は親にちゃんと言って外泊することになるが、パンツはきちんと用意しておこう。
この地区聖戦が、俺にとっての成長になればいいなと思う反面、あの子供達とうまくやっていけるのかと胃を痛めながら帰宅した。
…さらば、俺の夏休み。
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【純聖】
堅苦しい会議とか言うやつが終わった。
俺はこういう長ったるい話を聞くのが苦手だ。
聞かなくても『ラディエンシークルセイド』については一緒に住んでる奴らに叩き込まれたってこともある。
それよりなりより、左千夫が稽古を付けてくれる。
これが一番楽しみだ。
昔は良く手合わせしてくれたんだけど、最近は忙しいのかアジトにすら帰ってこない。
勿論、既に基礎はみっちりたたきこまれたけど。
俺達はアジトのことをエーテルと呼んでいる。
上の奴らがそう呼んでいるからでその意味は知らない。
エーテルにはいろんな奴らが居る。
俺達はその中では能力も高くて、精神的にも落ち付いている部類だ。
中には外に出せないほど凶暴なやつ、病んでいて一歩も動けない奴、植物人間状態な奴、逆に能力が低くて普通の奴もいる。
左千夫達が適正だと思ったら、里親を探したり、一定の年齢以上になったら希望すればエーテルから出ることもできる。
俺はまだ里親に貰われる気もないので、エーテルに居させて貰ってる。
なんて言ってもあそこは居心地がいいからな。
それに気になる奴も居るし。
「純聖。」
「なんだよ幸花。」
俺がぼーっとしていたら幸花から声が掛った。
なんだか、ナユタが更に暗くなってる気がするけど気にしないでおこう。
幸花が俺の服を引っ張って左千夫の傍まで行く。
行きたいなら一人で行けばいいのに。
幸花は無愛想だけど、左千夫の横だけはちょっと笑う。
俺も笑わせようとしてみたけど、殺されかけたので最近は諦めた。
「おや?どうしました。純聖、幸花。
おまえ達も一度帰って貰えますか?柚子由も支度があると思いますので。」
俺と幸花の頭を左千夫が撫でる。
幸花はちょっと嬉しそうだ。
俺の前ではそんな表情絶対しないのにと、思いながら見つめていたら殺されそうなほど睨まれたので視線を逸らす。
そんなことをしている間に柚子由がこちらに来た。
柚子由は好きだ。
普通の人間なのに俺達に偏見が無い。
そして、何より優しい。
だからこのメンバーに選ばれた時少し嬉しかったのは秘密だ。
「左千夫様、私達も一度帰りますね。
純聖君、幸花ちゃん、夏休みの間、お世話になります。」
柚子由が俺達に頭を下げる。
こういう時どういう対応をしたらいいか分からない。
俺達は家畜当然に扱われてきたんだ、そんな自分たちに抵抗なく柚子由は頭を下げる。
「へっ!しっかたねぇーな!柚子由は弱いんだから、ちゃんと俺の後ろに隠れてろよ!!」
俺が生意気に言っても柚子由は気にすることなく笑っている、そして俺達の手を引いて生徒会室から出て行く。
正直、もう子供じゃないんだから、手を繋ぐのは止めて欲しいんだけどな。
明日からの合宿、ちょっとは楽しかったらいいな。
俺は神功十輝央様の秘書だ。
神功家には小さいころからお抱えの秘書が付いている。
まだ、俺は未熟なので秘書長を纏めている俺のおじい様の指示を仰いでいるが、俺はいずれ、十輝央様の専属秘書となるだろう。
俺は彼を神功財閥TOPにするために尽力を尽くさなければならない。
十輝央様こそTOPに相応しいお方だ!
あの、神々しい笑顔!誰にでも差し出される慈愛に満ちて手!
彼以外に次期神功家の代表は務まらない、そう俺は信じている。
しかし、それを阻む人物がここに。
「…おや、十輝央兄さんの秘書の方ですね、僕に何か御用ですか。」
「いえ、おかえりになられていると聞きまして挨拶に参りました。」
「それは、ご丁寧に。それでは僕は部屋に戻りますね。」
神功左千夫。
彼は十輝央様の義理の弟だ。
忠仁様は尊敬しているが、どうしてこんな得体のしれない男を養子にしたのか分からない。
後継ならば十輝央様だけで十分だと言うのに。
それに俺はこいつが余り好きではない。
いくら容姿が整っているとは言え、プライベートがラフ過ぎる。
十輝央様はプライベートゾーンでもきっちりとパジャマを着ていると言うのに、この男はバスローブをはおるだけだ。
今の、忠仁様の奥様と同じようなにおいがする。
俺は彼女も好きではないが、そうなってしまう前の彼女も知っている為一概に嫌いにはなれない。
しかし、この男はここに来た時からそうだった。
整った容姿で他人を誑かす、俺は絶対にその手には乗らないようにしていた。
神功左千夫の後ろ姿を見送った後、十輝央様に渡す書類を手に廊下を歩いていると爺やの声が聞こえた。
「どういうことですか、傳蔵(でんぞう)殿、十輝央様に地区聖戦の事を教えないとは…!」
「黙れ、若造が!十輝央の坊にはそのような地位は必要ないわい!あれは、政府が勝手に作った大会じゃ、わざわざそのようなものに、坊が出る必要は無い。」
「しかし、左千夫様はお出になるのでしょう?そうなれば、十輝央様の時期当主の件も危うくなるのでは……!!」
「うるさい…!いいか、この件は二度とワシの前で話題にするな!勿論坊にも秘密じゃ、分かったな!!」
傳蔵爺やは頑固だ。
俺には優しいけど、一度言いだしたら聞かないところがある。
それにしても、地区聖戦とはなんであろうか…。
もし、十輝央様に必要ならば俺がお伝えしなければならない。
爺やは昔のお人だ、現代の事は分かっていないことがある。
これは、将来専属秘書である、俺がきっちり見定めなくては…!
そう思い、俺は情報を集めることにした。
まさか、この戦いがとても意味のある大きなものになるとはこの時は知る由もなかった。
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【神功十輝央】
今、僕は毎日がとても楽しい。
柚子由さんと文通を始めたからだ。
この間、彼女に渡したプレゼントの中に手紙を入れていた。
内容は差し当たりのない普通のものだったけれど、彼女は次の日律儀に返事を書いて渡してくれた。
それからいつの間にか文通のようなものになっている。
大半内容は左千夫のことばかりだけれど、それでも僕は彼女と会話ができるだけで嬉しい。
彼女の柔らかい文章や、整ったかわいい文字を見るのが、今はとても幸せだ。
明日は終業式。夏休みが始まる。
今年は彼女を誘って海にでも行ってみようか。
いや、二人きりというのはまだ早すぎる気も…。
そんな事を考えながら自室で明日彼女に渡す手紙を書いていると、秘書の錦織の声がした。
「十輝央様、お時間よろしいでしょうか」
「どうぞ」
そう言うとこの夏にきっちりとスーツを着こなした錦織が入ってくる。
家の中は冷房完備されているので暑さを感じる事はないが、見ているこっちは暑苦しい。
相変わらずの綺麗な七三で丸眼鏡。
顔立ちは整っていて、左千夫にも引けを取らない容姿だ。
彼の学年は僕のひとつ上だが、小さい頃から一緒なので、幼馴染のようなものだと勝手に思っている。
錦織は多分そんなこと思ってはいないだろうけれど。
たまに真面目すぎる所がめんどくさくなる時もあるが、彼なりに「秘書」として頑張ってくれているのには好意が持てた。
できればもっと気さくに話しかけて欲しいが、それは絶対に無いだろう。
「何?用事?」
錦織に向き合うと、彼は軽く下げていた頭をあげた。
そして、胸元からいつものメモ帳を出すと、僕へと視線を向ける。
「夜分遅くに申し訳ございません。
十輝央様にお伝えしなければならないことがありまして」
眼鏡を人差し指でくいっと持ち上げると、光の反射で彼の瞳が見えなくなった。
こういう時の錦織は、何か重要な話をしてくるのは知っている。
続けて、と言うと彼は再び眼鏡を整えた。
「地区聖戦というものをご存知ですか?」
「地区…聖戦?何それ、知らない」
「では、(裏)生徒会という学校の裏の活動はご存知でしょうか?」
「…(裏)生徒会?ああ、なんか噂には聞いたことあるけど。何?僕に関係のあることなの?」
地区聖戦、(裏)生徒会、一体錦織は何の話をしようとしているのだろうか。
彼の話を難しい顔をしながら聞いていると、どうやら学校には(裏)生徒会という組織が本当に存在するらしい。
その名の通り、裏で学校を支える組織。
僕が聞いた噂には「極悪で非道」などと尾ひれがついていたが、大体錦織が話す内容の物と合っていた。
そして地区聖戦とは、簡単に言えば、各高校の(裏)生徒会が競い合い勝者を決めるというものだった。
「なんでそれを僕に?僕に関係あることのようには思えないけど?」
「それが、愛輝凪高校の(裏)生徒会の会長は……左千夫様らしいのです」
その名前に少し驚いてしまったが、彼ならなんとなくそういう組織のトップに立ちそうな気はするので、これと言って疑問も持たなかった。
それよりも何故錦織がこんなことを僕に言いだしたのかが分からない。
真っ直ぐに彼を見つめたまま、話を聞いて行く。
「どうやら左千夫様は地区聖戦に出て地位を確立し、神功家の次期社長を狙っているとか。
そして、お義母様…香織様を神功家から迫害なさるおつもりのようです」
左千夫が次期社長を狙ってる?義母さんを迫害する?
別に左千夫が次期社長になるのは構わない。
実力で負けるのであれば仕方がないことだし、僕が神功家に相応しくなかっただけのことだ。
けれど、義母さんを迫害するという事が僕には引っ掛かった。
錦織に聞くだけでは、これが真実がどうなのかを判断することができない。
「……わかった、明日左千夫に聞いてみるよ。下がっていいよ、ありがとう」
「失礼いたします」
錦織は深く礼をすると、部屋から静かに出て行った。
机に向き直すと、さっきの話を整理しようと目を伏せたが、今色々考えるよりは本人にきちんと話を聞く方が早いだろう。
伸びをし再びペンを握ると、三木さんへの手紙を書き始めた。
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【神功左千夫】
昼休みを告げるチャイムが鳴った。
今日は柚子由が僕の分のお弁当まで作ってきてくれたのでそれを机から取り出し、いつものように席を立つ。
すると、いつものように九鬼も立ちあがったが、今日は先客が廊下から顔を出した。
十輝央兄さんだ。
十輝央兄さんは用事が無ければ学校で会いに来ない。
ただでさえ僕達は財閥の息子。
そして、僕は養子である。
隠しては有るが同学年と言うこともあり隠しきれない部分もある。
僕達が一緒に居ると必ず陰口をたたかれる。
笑い合っているが本当は仲が悪い、神功左千夫は神功家を乗っ取ろうとしている、左千夫は愛人の子だとか…、まぁ、碌なものがない。
それを気遣ってか、必要以上には兄さんは僕に近づいては来ない。
こうやってわざわざ教室まで来たと言うことは何か用事が有ると言うことだ。
僕は九鬼へと、アイコンタクトを送って十輝央兄さんの元へと向かう。
彼に誘われるままに屋上へと向かった。
「一緒にお昼を食べるのも久しぶりですね。」
「……そうだね。」
余り人目につかない一角を二人で陣取り。
僕は柚子由の弁当、十輝央兄さんは自分で作ったらしき弁当を広げていた。
本当に何でもできるな、と感心して見つめていたが、兄さんの返事が思い。
何か言い難いことでもあるのかと、こちらから話題を振った。
「何か、僕に話でも……?」
「左千夫って、(裏)生徒会の会長なの?」
核心を突く質問に僕の表情は崩れなかった、そのまま笑みを浮かべながら言葉を綴って行く。
「どうしたんですか、急に、そんな噂をもち―――」
「地区聖戦、左千夫もでるんだよね?」
嗚呼。これははぐらかし切れないな、はぐらかしでもしたら僕は一生尾行されるだろう。
それくらい、十輝央兄さんの瞳は本気だった。
僕は食べ掛けていた弁当箱に箸を置き、一つ息を吐いた。
僕の推測からすると十輝央兄さんが自分で調べた訳ではないだろう。
何かしら外部からのアクションが有った筈だ。
そう考えると頭が重くなったが僕は深く頷いた。
この時の僕は冷めた表情をしていたと思う、出来るならば、兄にはこちらの世界に関わって欲しくない。
関わるとしてももう少し後でいい、僕はそう思っていたからだ。
「はい。僕が愛輝凪高校の(裏)生徒会会長ですよ。それがなにか?」
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【神功十輝央】
最初ははぐらかしていた左千夫も、どうやらこれ以上はごまかしきれないと思ったのか、本当の事を言ってくれた。
「はい。僕が愛輝凪高校の(裏)生徒会会長ですよ。それがなにか?」
錦織の言ってることは本当だったんだ。
僕は息を飲んだ。
彼が(裏)生徒会の会長なら、地区聖戦に出て、神功家の次期社長を狙っている事も…義母さんを迫害しようとしていることも、真実なのだろうか。
暫く黙り込んでいたが、本人にちゃんと聞いてみない事にはわからない。
固く閉ざしていた口を開くと、左千夫を真っ直ぐ見つめた。
「じゃあ、神功家の社長になって……義母さんを迫害しようとしていることも本当なの?」
「…どうしてそんなことを聞くのですか?…あの女性は神功には必要ないと思いますけどね。」
左千夫の表情はひとつも変わらなかった。
けれど、義母さんの話になると、視線だけを僕から逸す。
「必要ない」と言う言葉と、その仕草で、僕は少し心が重くなってしまった。
左千夫は本当に義母さんを迫害しようとしているのだ。
義母さんは確かに変わってしまった。
家に来た時は、色々な人に気を使い、笑顔の絶えない優しい人だった。
あの時の義母さんは本当の母親にも引けをとらないと思っている。
けれど、いつの間にか神功家の「妻」というプレッシャーに潰れてしまった。
何があったのかは僕には詳しくわからないし、そのプレッシャーと言うのも僕には全部理解できない。
だから、いつかは最初の頃のように戻ってくれると、そう思ってなるべく義母さんとは向き合うようにしてきた。
だけどそれを必要ないから迫害してしまうなんて…悲しいよ、左千夫。
…だめだ、左千夫を止めなきゃ。
「…僕も地区聖戦に出たい。(裏)生徒会じゃなくても出れるんでしょ?
一緒に参加させてよ!!」
僕は左千夫の肩を掴んだ。
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【神功左千夫】
まさか十輝央兄さんからそんな言葉を聞くとは思わなかった。
僕が社長になりたいはずが無い、しかし、それを言ってしまえば兄さんの向上心を奪うことになる。
それは僕を養子に迎えてくれた父を裏切る行為になってしまう為口には出来ない。
そう、僕が養子に迎えられた理由の一つに、十輝央兄さんと競わせる為と言うものがある。
父上は十輝央兄さんに欲が無いのを酷く気にしておられる。
と、言っても僕に言わせれば兄さんは欲の塊に見えるのだが…。
親子だからだろうか、見えてないところも多い。
そんな考えで後半は気にしていなかった。
僕は義理の母のことなんてどうでもいい。
彼女が柚子由の母だと名乗りさえしなければ、柚子由に介入しなければどうだって良かったので、思ったことをそのまま回答してしまった。
しかし、それは間違いだったようだ。
「…僕も地区聖戦に出たい。(裏)生徒会じゃなくても出れるんでしょ?
一緒に参加させてよ!!」
そう言って、彼は僕の肩を掴んだ。
「嫌です。」
勿論、即答だ。
そのまま暫く、「参加させて」「断ります」「駄目、僕も出る。」「決定権は僕にしかありません。」「本当に左千夫は頑固者だね。」「十輝央兄さんには負けます。」と、押し問答を繰り広げていたが、僕が一つも笑わなかったからだろう、彼は大きく溜息を吐いた。
どうやら、諦めてくれる様子だ。
「わかった。左千夫には頼まない!僕は、僕で地区聖戦にでることにするよ。」
そう言って彼は僕の目のまで弁当を食べ始めた。
父上…貴方はきっと親バカなだけだと僕は思います。
彼は向上心が無く見えるかもしれない、しかしそれは今は必要ないからだ。
彼は信じる者に危害が加わりそうになったときはこうも頑固だ。
こうなってしまうと、僕にもどうしようもないので大きく溜息を吐いて弁当へと箸を付ける。
まぁ、父上に十輝央兄さんの向上心や欲を見せつけるには調度いい機会かもしれない。
こうなってしまっては、能力も開花してしまうだろう。
他のヒューマノイドにされる前にイデアに能力開花をして置いて貰おうと内心溜息を吐いた。
その後はいつも通りの会話だった。
そして、十輝央兄さんが余りにも柚子由の作った弁当を見つめていたので卵焼きをおすそ分けしておいた。
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【千星那由多】
明日から、待ちに待った夏休みだ。
嬉しすぎて俺は朝からそわそわしていた。
早起きしなくてもいいし、夜もずっと起きていられるし、ゲームもやり放題!
家でアイス食いながらごろごろして過ごす!!
ちなみにこの夏休みにどこかへ行く予定はない。
夏は家に引きこもっているのが一番だからだ。
俺のテンションは上がりっぱなしだったが、それは見事に放課後打ち砕かれた。
「地区…聖戦……」
(裏)生徒会室での会議中、その言葉を俺は震えた声で反復した。
そう言えば前にそんな話を会長がしていた気がする。
しかもその地区聖戦がなんとまぁ夏休みにだだかぶりだという事実に俺は項垂れた。
そうだ、俺は今(裏)生徒会の一員なのだ。
明日から夏休みという事実に浮かれきっていて、すっかり自分の立場を忘れていた。
もう一度会長が地区聖戦の話をしてくれるのをげんなりしながら耳を傾ける。
簡単に言えば、この区域の(裏)生徒会が闘い、(裏)順位を決める。
優勝した高校は大学の推薦や就職率も大きく変わるらしく、所謂政府公認の闘いと言った感じだ。
今の俺はあまり先の事を考えていないので、それがどれだけ良い物なのかはわからなかった。
それよりも俺の夏休みが崩れさってしまった事が今一番の問題だ。
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【天夜巽】
毎年、俺の夏休みは部活で潰れていた。
それが今年は(裏)生徒会で潰れることになりそうだ。
そんなことは入った時から覚悟していたし、行事は基本参加するタイプなので地区聖戦もメンバーに入っているならでるつもりだ。
『ラディエンシークルセイド』即ち地区聖戦について会長から説明ある。
どうやら、これは政府公認の大会、そして、政府公認で殺し合いが出来る様だ。
基本はヒューマノイドによって止められるらしいが運悪く死んでしまった時には事故死として扱われる。
そういう決まりになっているらしい。
「僕からの説明は以上です。那由多君、巽君、これから足を踏み入れる世界は君たちの知らない世界です。そして、引き返すことのできない世界。
その代わり成功すればかなりの地位を手に居れることになるでしょう。
と、いっても、僕と晴生君、九鬼、はこの地区聖戦で手にいれられる地位を特に必要としていません。あくまでも愛輝凪の生徒の為に戦います。
ですので、君たちに強制はしません。それでも、一緒に戦ってくれるならこの書類にサインをお願いします。」
会長から地区聖戦に関しての書類を渡される。
誓約書の様なものだ。
色々記されているが一番は“死亡した場合は一切の責任を政府は取らず、事故死として扱う”が一番重みのある言葉だろう。
もう僕の覚悟は決まっていたのでサラサラとその書類にサインを書いていった。
それから、僕は那由多に改めて視線を向けた。
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【千星那由多】
全員が順に書類にサインをしていく。
夏岡先輩と弟月先輩は強制だったようだが、特に反論もないまま二人もサインをしていた。
「死ぬかもしれない」という現実味の無い言葉よりも、俺は夏休みが潰れる方が一大事だった。
これは強制ではないと言われると余計に気持ちがゆらいでしまう。
想像ができない未知の世界だが、仮に、もし出場しないでこのメンバーの中の誰かが死んだとする。
それで俺は耐えられるのだろうか?
俺の知らない場所で誰かが死ぬ。
それが誰にも知られずに「事故死」として扱われる。
そんな悲しい闘いの中に、身を投じなければいけないんだ。
ごちゃごちゃ考えていると気が重くなってくる。
せっかく夏休みが始まると言うのに、なんでこんな思いをしなければいけないんだろうか。
押し黙っていると、三木さんがサインをしているのが見えた。
彼女もどうやら出場させてもらえるらしい。
あの時は、闘いの中に彼女を巻き込むのは嫌だと思った。
けど、彼女だって強くなりたいと願って、リコール決戦の時は一緒に頑張ったんだ。
最近のゆるい任務で、過去に致命傷を負ったことも、皆と力を合わせて闘ったことも俺はすっかり忘れていた。
それだけの場所に、俺は今いるんだ。
改めて、自分の適当さや軽い考えに自己嫌悪が沸き上がる。
三木さんがサインをし終わった。
最後に俺に書類が回ってくる。
俺は覚悟を決めた。
地位なんてどうでもいい。もちろん夏休みが潰れるのは嫌だ。
だけど、このまま参加しないで自分だけぬくぬくと生活するのはもっと嫌だ。
ペンを取り、力んだ手で皆の名前の一番下へと自分の名前を書く。
書記 千星那由多。
もう後戻りはできないだろうと、俺は小さなため息をついた。
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【三木柚子由】
左千夫様に『ラディエンシークルセイド』に出ていい許可を昨日貰った。
私は半分諦めかけていたのだけれど、左千夫様と能力を強要してしまった以上、他校から狙われる可能性が出てくるとのこと。
それならば、一緒に出た方がルールがあるし、僕の役にも立つので一緒に出て欲しいと言われた。
役立てる様に頑張らないと。
私がサインした後に那由多君もサインをしていた。
那由多君も巽君も、晴生君も、クッキー先輩も、夏岡先輩も、弟月先輩も皆一緒だと凄く心強い。
そして、一番上に左千夫様がサインをする。
これで、8人。
「では、今から『ラディエンシークルセイド』、地区聖戦について簡単に説明します。
詳細は各自に配る冊子になりますが…。
誰も読まないと思いましたので僕が要約しておきました。」
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地区対抗『ラディエンシークルセイド』
◆◆予選◆◆
参加者は(裏)生徒会会長の承認の元、締切までに契約書にサインをし、参加の意をヒューマノイドに告げること。
◆ルール◆
○参加者は支給されたブレスレットとイヤフォンを必ず期間中装着すること。
○各校必ず10人以上の参加者を必要とする。(尚、途中で死亡した場合は除かれる)
○参加資格はその高校の生徒であること。ただし、助っ人を二人まで入れることができる。
○各学校の持ち点は100点とする。
○初期の持ち点の振り分けは最高を10点、最低を1点までとする。
○勝敗はヒューマノイドの監視の元、公平にジャッジされ。勝ち+1点、負け-1点、引分0点となる。
○勝負は宣言を行った者が主体となり一番近くのヒューマノイドが到着してからの開始となる。
○申し立てた者が敗北するとその勝負はそこで終わりとなる。尚、途中参加は無制限に認められる。
○敗北とは「参った」と、口にする、意識不明、死亡、またはヒューマノイドが敗北を認めた場合を言う。
○一対一を所望の場合は「一対一を所望する」と、告げ、双方の同意が得ることが出来れば成立する。それよりも早く仲間や他校が入ってきた場合は成立しない。
◆宣言◆
「○○高校、名前、競技。いざ尋常に勝負」
以上を全て言い切ったと同時に戦闘開始となる。
近くのヒューマノイドが来るまではその場待機となる。
例)愛輝凪高校、千星那由多、決闘で勝負を申し込む。いざ尋常に勝負。
◆点数◆
・筆記などの問題の場合は各校に分かれて平均を取り、上位から階段式に点数が与えられていく。
・戦闘の場合は自分が倒した数だけ点数が入る。二人以上で倒した場合はヒューマノイドが割り振ることになる。
・他特殊能力、特殊戦闘は立ち合いのヒューマノイドの元、点数の割り振りがされる。
+++++++++++++++++++++++++++++++++
要約されても結構難しいなと思った。
あれ、十人って…。
私は指を使って人数をもう一度数え始めた、やっぱり八人しかいない。
「そうですよ、柚子由。現状では八人しか居ません。後二人は助っ人として僕が呼んでます。
純聖(じゅんせい)、幸花(さちか)、入ってらっしゃい。」
聞き覚えのある名前。
そして、思った通りの人物が入ってきた。
二人は私と一緒に廃墟で暮らしている子達だ。
今日も朝いってきますを言ってきた。
「純聖君、幸花ちゃん!!」
「やっほー!!柚子由!!やっぱ全然気づいてなかった?俺らが出るの大分前から決まってたんだぜ!やったな幸花!!見事秘密に出来たぜ!」
大きな声を上げながら純聖君は立ちあがった私に飛び込んできた。
それを確りと受け止め、彼を見下ろす。
「それに、左千夫!この戦いで柚子由を守ったら俺に稽古付けてくれる約束忘れんなよ。」
「はいはい。分かりました。幸花、頼みますね。」
左千夫様の直ぐ横に居る、幸花ちゃんの頭を彼は撫でて上げていた。
いつものようになにも喋らないまま、彼女は左千夫様を見上げていた。
幸花ちゃんも、純聖君も学年で言うとまだ、小学校の低学年だが、私の施設の子の中では群を抜いて、戦闘のセンスも頭の良さも兼ね揃えている。
そして、特殊能力も定着している。
確かにこの二人がメンバーに加わるなら心強い。
私は改めてしゃがむと純聖君と視線を合わした。
けど、その時彼は既に私の方を向いておらず、千星君の方を向いて、しかも指をさしていた。
続いての言葉に私は瞬くことになる。
「なぁ、なんでこんなよわっちそうなのがいんだよ、左千夫。」
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【千星那由多】
配られた冊子は読む気も失せるぐらいに分厚かった。
会長の要約で『ラディエンシークルセイド』別名、地区聖戦の内容は大体わかったが、色々めんどくさそうだ。
パラパラと冊子を捲っていると、「助っ人枠」と言われる少年と少女が入って来た。
一人は純聖という男の子。黒髪でつり目の声や仕草からして元気な少年だ。
知り合いだからなのか、入って来ていきなり三木さんと会長に馴れ馴れしい。
俺もあれだけ小さければ三木さんに抱き着くことができるのかと思いながらその少年を見つめる。
もう一人の幸花という女の子は、太い三つ編みを横に垂らしている大人しそうな黒髪の少女だった。
にしてもこんな少年少女が、死ぬかもしれない闘いに参戦するなんて大丈夫なのだろうか。
会長が連れて来たのだから、心配はしなくていいのだろうけれど。
そんな事を考えながら会長達のやり取りを見ていると、純聖と言われる少年がこちらをじっと見つめてくる。
俺に興味があるのだろうかと思い、控えめに笑って挨拶しようとしたその時だった。
「なぁ、なんでこんなよわっちそうなのがいんだよ、左千夫。」
よわっ…?
今確実に俺を見て言ったよな?
いや、いやいやいや、確かに俺はよわっちょろいけども!
見た目だけで判断しちゃいけないな少年よ!!!
驚きながら何も言葉を返せずに顔を引き攣らせていると、会長が純聖の言葉に反応した。
フォローしてくれるのかと若干胸を高鳴らせたが、それは完璧な間違いだった。
「純聖、思っててもそう言うことは口に出してはいけません」
胸の高鳴りは音を立てて崩れ、俺は撃沈した。
ちょ、ちょっとくらいは「彼も中々やるのですよ」とか言ってくれてもいいじゃないか!!
まぁまぁまぁ、確かに俺はヨワッチョロイし?
みんなの足手まといだし?
体力ないし?
必殺技もないし?
頭も……いや、これ以上自分で自分を貶めるのはやめよう。
ガックリと項垂れていると、横に座っていた晴生がいきなり立ち上がった。
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【日当瀬晴生】
「おい!テメェ!!何失礼なこと言ってんだ!千星さんに謝れ!!」
会長が連れてきたチビは会長と同じくらいムカつくやつらだった。
千星さんに向かって“弱い”なんて、失礼甚だしい!
千星さんの強さを俺が語ってやりたいくらいだ。
「ふーん。こいつが千星か…って、ことはナユタだな。んで、たつみ、くき、ナツオカ、オトヅキ、イデアさん、で、お前がはるき、だな。貰ってた資料どおり、はるきは煩い奴だな。」
三木の横で一人ずつ指をさして名前を言って行きやがった。
なるほど記憶力は悪くないし、基本情報は既に叩きこまれているらしい。
が、最後に余計なことを言いやがる、何のつもりだこいつは!上を敬う心ってもんがかけてる!!
「テメェが千星さんの事を使えないとかいうからだろうが!!謝れこの野郎!!」
「ちょ!止めろよ!晴生!!」
俺が純聖とかいうガキに殴りかかろうとしたが、千星さんと天夜に止められてしまう。
純聖も三木に隠れるなら可愛げがあるものの三木から一歩こっちに出てあっかんべぇをしている始末だ。
流石会長の申し子だぜ、本気でむかつく!
暫く、俺と純聖が、「謝れ」「これぐらいで熱くなるなんて大人げない」等と争っていたら、会長から不穏な空気を感じた。
いち早く感じ取ったのは純聖の奴だったようで、会長の方を見て硬直していた。
それにつられるように俺が会長の方を向く、そうするとそこには見たこともないさわやかに笑んでいる会長が、居た。
これはマジで怒ってる。
「……二人とも、後は終わってからやって貰えますか。
純聖と幸花は主に柚子由のガードです。
地区聖戦のルール上、多人数で一人を狙うと言う戦法を用いる学校が多いと思います。
ですので、基本は複数で動くこと。
詳しくは夏合宿空けにお伝えしますね。明日からは特訓施設で合宿です。各自用意してくるように。」
会長が質問は、と言いたげに辺りを見渡したが特に全員なにも反応しなかった為に会議はそれでお開きになった。
その後はこっちに三木が慌てて走ってきた。
そして、千星さんに小声で謝罪している。
「ごめんね、千星君…。
純聖君も悪気が有って言ってる訳じゃない…んだけど…
その…施設の子ってちょっと…難しいところが…あって…
あ、あれでもだいぶ明るくなったんだよ!…でも、それは千星君には関係ないよ…ね。」
三木がいつものようにもじもじしながら千星さんに謝罪している。
そうだ関係ない。しかし、流石に三木達の教育が悪いとまでは言えなかった。
施設関連の子供と言うことは過去は間違いなくいわくつきだろう。
そんなやつらを纏めて面倒見てるんだ、個体差の性格なんつーもんまで見てられないだろう。
取り合えず明日からの合宿でぎゃふんと言わせてやる。
そう思っている矢先だった、純聖が三木の後ろに来ていた。
「なーなー。柚子由、んな奴らと話してないでさ、また、スカート捲らせてよ」
そう、純聖が告げた瞬間、柚子由は顔を真っ赤にして180度回転して、しゃがみこみ純聖と目線を合わしていた。
「人前ではそんなこと言っちゃ駄目」と、言ってたけど。
人前じゃなくても駄目だと思うぜ、三木。
取り合えず、色々手に負えていないことは分かったが、会長がそれでも選んできたって実力は折り紙つきなのだろう。
そもそも、三木のガードに弱い奴を付けるなんてことは会長は絶対しないだろう。
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【千星那由多】
純聖という少年と晴生の言い合いは会長の爽やかな…いや、恐ろしい笑顔で幕を閉じた。
三木さんに謝られると、子供の言うことだからと笑って返しておいた。
まぁ実際間違ったことは言ってないと思うし。
ただちょっと傷ついたけど。
しかし、純聖という少年が三木さんのスカートを捲っているのは許せない。
だからって俺が捲りたいわけじゃないが……こ、子供だからって羨ましいじゃないか少年!!
会議が終わると、会長の側にいた少女がこちらへと視線を移した。
さっきまでは会長のことばかり見ていたが、どうやら俺にも興味を持ってくれたみたいだ。
この子はあの少年よりも気難しくなさそうだなと思い、小さく微笑を向ける。
「……きもい、しね」
その少女から落とされた小さな言葉に俺は凍りついた。
「よわっちょろい」ってのはまだ自分も納得していたが、さすがに「きもい」は無意味に傷つく。
俺そんなに気持ち悪い笑顔で笑ったのか?
更に汚物を見るような冷ややかな視線が胸を抉る。
イデアとはまた違った人間故の冷徹さがあり、俺は少女から逃げるように視線を外すと、小さく項垂れた。
子供結構好きだったんだけどな…俺。
明日からの夏合宿のため、今日はほどほどにして早めに切り上げることになった。
今度は親にちゃんと言って外泊することになるが、パンツはきちんと用意しておこう。
この地区聖戦が、俺にとっての成長になればいいなと思う反面、あの子供達とうまくやっていけるのかと胃を痛めながら帰宅した。
…さらば、俺の夏休み。
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【純聖】
堅苦しい会議とか言うやつが終わった。
俺はこういう長ったるい話を聞くのが苦手だ。
聞かなくても『ラディエンシークルセイド』については一緒に住んでる奴らに叩き込まれたってこともある。
それよりなりより、左千夫が稽古を付けてくれる。
これが一番楽しみだ。
昔は良く手合わせしてくれたんだけど、最近は忙しいのかアジトにすら帰ってこない。
勿論、既に基礎はみっちりたたきこまれたけど。
俺達はアジトのことをエーテルと呼んでいる。
上の奴らがそう呼んでいるからでその意味は知らない。
エーテルにはいろんな奴らが居る。
俺達はその中では能力も高くて、精神的にも落ち付いている部類だ。
中には外に出せないほど凶暴なやつ、病んでいて一歩も動けない奴、植物人間状態な奴、逆に能力が低くて普通の奴もいる。
左千夫達が適正だと思ったら、里親を探したり、一定の年齢以上になったら希望すればエーテルから出ることもできる。
俺はまだ里親に貰われる気もないので、エーテルに居させて貰ってる。
なんて言ってもあそこは居心地がいいからな。
それに気になる奴も居るし。
「純聖。」
「なんだよ幸花。」
俺がぼーっとしていたら幸花から声が掛った。
なんだか、ナユタが更に暗くなってる気がするけど気にしないでおこう。
幸花が俺の服を引っ張って左千夫の傍まで行く。
行きたいなら一人で行けばいいのに。
幸花は無愛想だけど、左千夫の横だけはちょっと笑う。
俺も笑わせようとしてみたけど、殺されかけたので最近は諦めた。
「おや?どうしました。純聖、幸花。
おまえ達も一度帰って貰えますか?柚子由も支度があると思いますので。」
俺と幸花の頭を左千夫が撫でる。
幸花はちょっと嬉しそうだ。
俺の前ではそんな表情絶対しないのにと、思いながら見つめていたら殺されそうなほど睨まれたので視線を逸らす。
そんなことをしている間に柚子由がこちらに来た。
柚子由は好きだ。
普通の人間なのに俺達に偏見が無い。
そして、何より優しい。
だからこのメンバーに選ばれた時少し嬉しかったのは秘密だ。
「左千夫様、私達も一度帰りますね。
純聖君、幸花ちゃん、夏休みの間、お世話になります。」
柚子由が俺達に頭を下げる。
こういう時どういう対応をしたらいいか分からない。
俺達は家畜当然に扱われてきたんだ、そんな自分たちに抵抗なく柚子由は頭を下げる。
「へっ!しっかたねぇーな!柚子由は弱いんだから、ちゃんと俺の後ろに隠れてろよ!!」
俺が生意気に言っても柚子由は気にすることなく笑っている、そして俺達の手を引いて生徒会室から出て行く。
正直、もう子供じゃないんだから、手を繋ぐのは止めて欲しいんだけどな。
明日からの合宿、ちょっとは楽しかったらいいな。
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