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isc(裏)生徒会
キャバクラ潜入捜査
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【千星那由多】
7月も半ばに入り、もうすぐ夏休みが近づいて来た。
最近の任務は、特殊能力をどこかのルートで手に入れている生徒などの処理が多い。
学校でも「金髪の少年に会えば、“不思議な魔法”を使えるようになる」という話が持ち上がっていた。
噂の粋を出ないので、新たな愛輝凪高校の七不思議として話が収まっていることには安心だったけれど、結局特殊能力を手に入れた経路は、未だにハッキリとしていない。
放課後、蝉が鳴く通路を歩きながら、いつものように(裏)生徒会室へと向かった。
夏はあまり好きじゃない。
歩いているだけで体力を消耗される気がするからだ。
(裏)生徒会室に入ると、冷房が効いていた。
ここはとても過ごしやすいので、授業が終わった後は楽園だった。
三木さんが淹れてくれるコーヒーもいつしかホットからアイスに変わっている。
今年は時間の流れが早いなと感じてしまうのは、(裏)生徒会へと入ったからだろうか。
いつものように全員集まると、会議が始まった。
今日は珍しく校外での任務があるらしい。
会長の話をストローの先を齧りながら聞いていた。
「キャバクラ…?」
キャバクラ。
所謂…女の人が男の人を持て成す場所…でいいのか?
もちろん俺は行ったことが無いので、テレビなどでの知識しかなく、まったく想像がつかないが、今回の任務はキャバクラで売春の疑いがあるという事だった。
そういうのは警察に任せてしまえばいいのではないかと思ったが、どうやら未成年でうちの生徒が巻き込まれているらしい。
しかもそれが合意の上での売春ではなく、レイプ被害のようなもので、何人もの女子生徒が被害にあっているという事だった。
学生なのにそんな所で働いている女子生徒の気がしれないが、まぁ色々とお金を稼がなければいけない理由があるんだろう。
この(裏)生徒会に入って、色んな生徒の「闇」を見て来た。
俺が知らない世界はたくさん存在するのだ。
けれど、一体どうやってこの事件を解決するのだろうか。
テーブルの真ん中に置かれているお菓子へと手を伸ばしながら、俺は思考を巡らせながら会長の話を聞いていた。
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【神功左千夫】
地区聖戦が近いせいなのか、否か、最近は能力者絡みの事件が多い。
それに加えての通常任務。
正直言うと余り能力を使いたくないのが現状だ。
能力全快で潜入、暴力で口を割らせる手も無くは無いが、出来れば穏便にサクッと済ませたいのが実情だ。
と、なると会議前に話していたイデアの作戦が一番になる。
「―――と、いう訳でして、これからこの事件を片付ける訳ですが…。」
余り気が乗らないのでどうしても喋る言葉がゆっくりになる。
するとイデアが色々な女性の服をドンっと机の真ん中に置いた。
「囮作戦ダ、取り合えず、ゼンイン、着替えてミロ」
そう。女装をして現場に乗り込んで内情を探る。
柚子由を危ない目に合わせる訳にはいかないので必然的に僕達が囮役になる。
そうすると向き不向きがあるので取り合えずは女性の服を着てみろという結果になった。
「取り合えず、着替えましょうか?話はそれからです。」
柚子由に給湯室へ行っておく様に指示をしてから、手短に有った服を一枚掴んで、僕は服を脱ぎ始めた。
着るのは構わないが、これで外に出るとなると少し嫌かもしれない。
僕が選ばれるかどうかはわからないし、深く考えないことにした。
囮の選出はイデアと柚子由に任せることにする。
女性目線の方が的確に選べるだろうからだ。
僕が選んだのはキャバスーツと呼ばれるもので。
これはスーツと呼べるのかと思うほど、セクシーな作りでスカートも短い。
もう少しちゃんと選ぶべきだったと着用しながら後悔してしまった。
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【千星那由多】
会長はいつもなら淡々と任務の内容を話すのだが、今回はその口調が少し気乗りしていない感じだった。
少し嫌な予感がしたが、それはイデアが目の前に出した服で的中することになる。
囮作戦。
イデアの起伏の無い声でそう言われると、俺の顔は青ざめて行った。
確かにキャバクラでの囮作戦となると、男ばかりの俺達では女装をしなければならないだろう。
三木さんを囮に使いたくは無いので、俺はため息を漏らすのを我慢しながら目の前の服へとおずおずと手を差し出した。
それより先に巽が俺に「これが似合うと思うよ」と少しフリルの多いワンピースを手渡してきた。
断る前に目の前の衣装が全てみんなの手に渡ってしまったので、仕方なく着る事になる。
さすがにこれはどうにかして囮から逃げ出したい所だ。
着替え終わると、全員を見渡す。
会長はスーツなのか良くわからないほどのセクシー系の服。
正直、男の俺から見ても会長の女装は良く似合ってると思う。
晴生は普通に女物のスーツ。
一番これが無難な衣装なのだが、目付きの悪い女性…って感じで思った以上に似合っている。
巽は愛輝凪高校の女子の制服。
こいつは中々ガタイがいいので、完璧に男が女装しているとわかってしまう。
顔は目もパッチリしているし男前なのだが、体格を見ると違和感がありすぎる。
そして副会長はチャイナ服だった。
正直あまりじっくり見たくないので、さっと目を逸らした。
イデアは着替えを終えた全員を一人一人見つめ、妙な機械音を鳴らしている。
今誰が一番囮に最適かを見ているのだろう。
なるべく男らしい立ち方で「俺は似合わないぞ」というのをアピールしながら、その結果を俯きながら待った。
「結果が出タ。囮は、サチオ、ハルキ、そして、ナユタの三人でイク」
最後に自分の名前を聞いた瞬間に、俺は崩れ落ちそうな身体を机に両手を付くことで耐える。
「タツミは女装は似合わなイナ。キモチガ悪い。……クキは論外ダ。今すぐ脱ゲ。
囮になれナカッタ二人には、客とシテ潜入してモラウ。
後の三人ハ、面接へ行ケ。受かるかワカラナイので多めに選出シテオイタ」
「ええっ!?…客として潜入とかもあんのかよ!!俺もそっちの…」
「異論がアルのカ、ナユタ」
思わず発してしまった言葉に対し、ぐるりとイデアの顔がこちらへ向いた。
その真っ赤な目は「反論するなら殺す」と言ったような目だった。
「な……ないです…」
がっくりと肩を落としながら、俺はスカートの裾を強く握った。
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【日当瀬晴生】
ダリィ…なんで俺がこんな格好しねぇとなんねーだよ。
つーか、三木にやらせりゃいいだろ。
んと、会長は過保護だぜ。
仕方なく手短に有ったスーツを掴んだ。
なんでスカートを履かなきゃなんねーんだと思いながら身に纏う。
会長、奴は元から容姿が中性的だからな、何を着てもにやいやがる。
タッパがあるので目立っちまうがな。
天夜と九鬼は論外だ、こんな女みたことねぇ。
……矢張りお似合いになられる。
千星さんは線も細いので女性の服も似合う。
こりゃ、千星さんか、会長で決定だな、と、思って、悠長にしていたら俺の名前が耳に響く。
は?
はぁあああ????
硬直した顔でイデアさんを見つめる。
どうやら面接の為に多くを抜粋したようだが…、俺?なんで俺なんだよ!?
「分かりました、では準備に取り掛かります。
晴生君、那由多君、打ちあわせです。
客側は九鬼に任せますね。」
ちょ、会長!なんでんな、さっくり納得できんだよ!
つーか、任務最優先過ぎるだろう!てめぇは!!
俺の心の叫びも虚しく、打ち合わせが行われていく。
俺達は友達三人でちょっと興味が有って見学入店と言う感じで面接を受けに行くことになる。
格好は今のままで大丈夫だろうとの事。
しかし、化粧、髪形は三木に弄られるとのこと。
「晴生君はその、鬱陶しい前髪、上げましょうね。」
にっこりと微笑む会長が鬱陶しかったが、今回は任務の為仕方が無い。
あー、だりー、さっさと終わらせて帰って煙草すいてぇ。
俺の頭はそれでいっぱいだった。
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【千星那由多】
結局囮は会長、晴生、俺の三人で決定してしまった。
これから面接に行くということで、軽い打ち合わせと容姿のセッティングが行われる。
「囮って言っても俺達これだけじゃバレません?」
胸も無いし、声もこのままだし。
ああいう所に行けば店の人もそれなりに女性というものを知っているだろうから、怪しまれる可能性がある。
「ソレは問題ナイ」
仮眠室で三人で話し合っていたら、真後ろにイデアの声がした。
そして、すぐ差し出されたものは、女性の胸をリアルに再現しているものだった。
思わず俺と晴生は目を逸らしてしまう。
「な、なにそれ?」
「フェイクバスト。こういうコトもアルカト思い、作ってオイタ。
コレハ肌に密着し、谷間もデキル。
見た目も触り心地モ女のモノと変わりはナイが、触りスギルと取れるカラ気をツケロ」
そう言って俺を見たイデアは、まるで俺がこれを付けて自分の乳を触りまくるとでも言いたげな目だった。
さすがにそんな変態臭いことはしない。
イデアはそれと女物の下着を置いて行った。
声に関しては酒焼けなど嘘を付けと言われたが、偽物の胸が作れるならそっちも頑張ってどうにかしろよと言いたかったが言わないでおいた。
不慣れな下着にかなり手間取ってしまったが、フェイクバストの上から下着をつけると、本当に自分に胸がついたような感覚になる。
少し重みがあるが、ちょっとやそっとじゃ取れ無さそうだ。
下着は下も女物だったが、さすがに嫌だったので今履いているトランクスのままにしておいた。
着替え終わると、三木さんがメイクをしてくれる。
室内に入ってきた彼女は俺達、いや、主に会長を見て頬を染めていた。
髪のセットなどもあったので少し時間がかかってしまったが、三木さんのお陰でなんとか見れるぐらいにはなったと思う。
会長と晴生はメイクや髪をセットすると、より一層女性らしくなったので、見た目は完璧にクリアしている。
フェイクバストの谷間が会長のセクシーな胸元から覗くと、本当に女性のような錯覚さえ覚えた。
俺はと言うとあまり自分のこんな姿をまじまじと見たくないので鏡は見ていない。
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【神功左千夫】
柚子由が前髪をサイドに流して、カールを掛けてくれた。
なんというか、晴生君は異国の血が入っていることも有りポンパドールにするとかなり迫力のある美人だ。
逆に千星君はガードが弱そうと言うか、まぁ、男が寄ってきそうなか弱い、可愛い系の女の子に見える。
イデアに指名されたので拒否権は無い。
自分を鏡でみると…まぁ、女に見えなくは無いか。
イデアの作ったフェイクバストが良い役割をしている。
これのお陰で武骨で骨ばった体が何とか女性らしい体に見える。
後は下着のコルセットで何とか体型はごまかせるか。
それにしても僕は長身で目立つんだ。
出来ればこういう役割は他人に回してほしい。
スカートが短いので仕方なく女性ものの下着を身に付けた。
とは、言っても男なので意味が無い気もする。
耳に掛る髪を掻きあげる様にし、隠しカメラや発信器の仕込んである鞄を手にすると二人を振り返った。
ピンヒールを履くのは、まぁ、色々な応用でなんともない。
毎日履けと言われると困るが。
「さて、さっさと片付けましょうか?
夏休みに入ってしまうと被害が増えそうですからね。」
短いスカートな為に控え目な歩幅で歩く。
イデアが使用する裏道を通って学校の外まで出るとチラシを手に目的地へと向かう。
繁華街のはずれ、裏路地に入って行くと派手な看板の向こうにある、派手な扉のチャイムを鳴らした。
「はい。」
「今日、面接をお願いしてたものです。体験入店してみたいんですが。」
出来るだけ女性に声を近付けるようにして言葉を綴る。
口調もいつもより柔らかめにする。
「ああ。あいてるから入って。」
そう告げられたのでそのまま扉を開いた。
まだ、営業前なのだろう、華やかな内装はしているが照明は殆ど付いていなかった。
そのまま明かりがある奥まで真っ直ぐに進んで行く。
見た目は普通のお店みたいだな、と、視線を巡らせた。
取り合えず、数か所のテーブル裏にカメラをセットしていった。
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【千星那由多】
ああ、スカートの裾が気になって仕方がない。
なゆちゃんの衣装はコスプレといった感じなのでまだ耐えれるものがあったが、これは本当の女装な上に、現実で出歩くのは結構辛いものがある。
人通りが少なかったのは助かったけど、それでも恥ずかしいことには変わりはなかった。
会長の後ろへついて目的地へ着くと、緊張が高まり変な汗が出てくる。
ていうかこの面接で落ちてしまえば、俺は囮として参加しなくていいんじゃないか?
そんなことを考えながら、事務所のような所へと導かれた。
「店長、面接ッス」
「おー」
事務所にはソファに腰掛けた店長と呼ばれる人物がいた。
いかにも遊んでます、というような金髪でチャラい風貌で、年は20代後半辺りだろう。
他にも数人男の人が居たが、恥ずかしかったので辺りを見回すことができなかった。
「店長の柏木です、よろしく。とりあえずそこ座って」
言われるがままにパイプ椅子のようなものに全員腰かけると、店長が一人一人を品定めしていくように全身を見ている。
俺は男だと言うことがバレないかと視線を泳がせていると、小さくため息をついた店長が足を組んだのがわかった。
「君達かわいいんだけどさ……未成年だよね?」
一瞬男だとバレてしまったのかと思い、心臓が跳ねた。
しかし、店長は性別ではなく年齢のことを気にしたようだった。
「どんだけ大人っぽくしても俺にはわかるよ。ダメだよ、未成年がこんな所で働くなんて」
「……どうしても…働かせてもらうことはできませんか」
会長が少し高めのトーンでそう言うと、目の前に座っている店長をじっと見つめる。
店長はその会長の眼差しを避けるように視線を横へ逸らすと、煙草に火をつけた。
「どうしても働きたいの?」
「はい、どうしても」
「全員?」
「はい」
容姿がクリアしたなら、年齢では絶対に落とされることは無いだろう。
任務の内容は未成年の売春の捜査なんだ。
多分これは店長の建前。
「ん~…仕方ないな…じゃあ年齢は隠しといてあげるから、書類にちゃんとサインしてくれる?
絶対にお客さんにバラしたり、ましてや警察に言ったりしないようにね」
笑った店長は仕方なしに雇ってあげるよ、と言った態度だったが嘘だろう。
とりあえず第一関門はクリアだ。
書類を三人分机の上に出される。そこにはだらだらと長い文章が書かれていた。
会長がサインしたのを見てから、続いて俺もサインをする。
名前はすでに偽名をイデアが決めていたので、その名前を記入する。
俺は「万星なゆ」だ。
サインし終わった書類を店長がすぐに取り上げると、近くの男性に手渡した。
「はい、オッケー。うちの店は来る者拒まずだから、ある程度容姿が良ければOK出してるんだ。
だから面接はこれで終了。君達みんなかわいいから期待してるよ、頑張って」
長くなった煙草の灰をデカイ灰皿に落としながら笑った店長の顔は、すがすがしい程に爽やかだった。
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【日当瀬晴生】
日向春(ひゅうがはる)
これが俺に与えられた偽名だ。
会長は、神宮寺紗千(じんぐうじさち)。
全員抵抗なく書類に署名していく。
紙に書いてある内容を速読したが、とてつもなくややこしい書き方になっていた。
一応俺達は18歳を超えていると自分から宣言していることになる。
未成年、18歳未満でこの文章を読んで納得してサインしている奴は居るのか。
「見学つってたけど、今日から本働きも行けそうなメンバーだねー。
どうする?衣装は貸してあげるけど?
その場合帰りは終電逃しちゃうんでタクシーで送ることになるからね。」
「なら、お願いできますか?私は、少し急ぎでお金が欲しいので。」
会長が女性の様に微笑んで応える。
この辺りは流石完璧だ。
俺達も聞かれたので深く頷いた。
そうすると奥から世話係と呼ばれる少し年齢のいったケバイ女性が出てきた。
肌の露出が多いし、髪も凄いボリュームだ。
「じゃ、ねーさん、後、頼みますね。」
店長と呼ばれていた男はそれで出て行った。
俺達は控室に連れて行かれる。
このキャバクラはランクで言うとチープな方だろう。
きらびやかだがソファー等の質が安っぽい、と、言うことは来る客も安いな。
そうすると接待は面倒だな、と肩を竦めた。
「私達、よくわからないんで衣装、選んでもらえませんか?」
「いいわよ、其処に立ってて。髪も今日は、私が手直ししてあげるけど、ココ、続ける場合は自分ですることになるからね。」
控室には色々な色の衣装が置いてある。
ねーさんと、呼ばれた女が俺達の顔と身長を見ながら衣装を選んでいく。
そして、俺に割り当てられたのは薄い緑色で、露出が多く、とんでもなく短いスカートの衣装だった。
異論を唱えそうになった俺の肩をポンっと会長が叩いた。
会長のはラインが完全に分かる様なものだったが、裾は長い。
この時点で俺はもう、暴れたくて仕方が無かった。
それでも、任務なので言う通りに衣装に着替えて行く。
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【千星那由多】
ねーさんと呼ばれる人物に衣装を選んで貰いそれに着替えて行く。
俺のものは派手な柄で青い色のワンピースだった。
胸の少し下にでかいリボンがついている。
問題なのがさっきよりもスカートの丈が短いという事だ。
これでは完璧にトランクスが見えてしまう。
かと言ってトランクスを脱ぐわけにもいかない。
小さめの手持ち鞄を開くと、中からイデアに貰った女性用の下着を取り出した。
…今日だけ…今日だけだからとりあえず履いておこう。
意を決して俺はトランクスを脱ぎ捨て、女性物の下着を履いた。
何か大事な物を失った気がした。
全員先ほどよりも派手な衣装と髪型になり、本当にキャバ嬢のような風貌になる。
会長はいつものように笑ってはいたが、内心どうなのかはわからない。
晴生はあからさま態度に出ているが、まぁこんな女もいるだろう。
どちらも顔立ちは整っているので、背が高いくらいであまり違和感はない。
寧ろモデルのようだった。
暫くして女性が次々と控室へと入って来る。今日働くスタッフ達だろう。
室内は香水や化粧品の匂いで充満し、吐き気がしてきたがぐっと我慢する。
派手なお姉さん達は俺達に気づくと、気さくに声をかけてくれた。
女性たちの雰囲気は悪くないようだ。
それに男だということも全然バレていない。
もうすぐ開店時間なのだろうか。
どんどんと店内も慌ただしくなってくる。
そもそも女装という点を除いても、俺はこういう接客業をしたことがない。
巽の家の手伝いでお客さんと少し話すぐらいだが、その時もうまく喋れないことが殆どだった。
それに今は女になりきらなければならないと言うこともあり、不安がどんどん積り、俺の心臓は破裂しそうだった。
「か、会長…俺……不安になってきました…」
会長の側に寄って肩を落としながら周りに聞こえないように呟いた。
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【神功左千夫】
「か、会長…俺……不安になってきました…」
那由多君が小さく呟く。
確かに僕もいろいろな意味で不安だ。
席が離れてしまえば助けて上げることも出来ないだろうから。
店長の次にここの店の指揮権を掴んでいそうな男性に近づいていく。
「あ、あの…すいません。」
「ん?どうした?」
黒髪で歳は店長と同じくらいか店長とは違い知的そうな男に僕は声を掛けた。
「その、私の友達、今日が初めてで緊張しちゃってるみたいで、出来れば二人で席に付けて上げられませんか?」
今日だけでいいので。と、付けくわえると。
いいよ、いいよ、とその男は言ってくれた。
新人と言うだけで指名は多くなる様だ。
晴生君を付けても会話の面では改善しないので仕方なく那由多君に近づいて首からリングトップの付いたペンダントを取り出した。
「那由多君に、軽い催眠術を掛けて置きますね。
聞き上手になるだけで、特に行動は制限されませんので。」
部屋の隅で那由多君にリングを真っ直ぐに見て貰う。
勿論晴生君には背中を向けて居て貰う。
彼はちら見でも掛ってしまうほど幻術の類に弱いからだ。
晴生君は美人なので少しくらいツンとしていても一日持つだろう。
那由多君には自信を持たせてあげる。
それと同時に相手が気分のいい頷き方を擦りこんで行く。
これだけでだいぶ変わるだろう。
さて、開店時間だ。
まずは先輩方のヘルプについて接客を学ばなければ、僕は一番性格のよさそうな人を探して、その人の元に付いた。
この辺はいつもの感じで大丈夫だ。
服装だけはどうしてもなれなかったが。
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【千星那由多】
会長に不安を漏らすと、せめてもと催眠術をかけてくれた。
緊張は解れていなかったが、なんとなく落ち着いてきた気がする。
結局俺は晴生とペアで接客をさせてもらうことになった。
こいつと一緒になるのは余計に不安になるが、居ないよりはマシかもしれない。
会長が先に席に着いたのを見ていると、スタッフから声がかかった。
どうやら俺と晴生にテーブルに着けと言っているようだった。
「い、今いきます!」
トーンを上げて返事をすると、晴生を連れて高いヒールで床を歩いて行く。
フラフラとよろめきながらテーブルへと着くと、一応微笑んで挨拶をしておいた。
「な、なゆです」
「はる……です」
晴生が無愛想な顔をしているので、見えないように肘で小突くと客の両隣へと座る。
できれば並んで座りたかったがそうはいかない。
客は二人、サラリーマン風の男性だった。
年齢はまだ若い方だと思うが、既に顔は赤く酔っぱらっているようだった。
「君達新人なの?かわいいね~」
「ありがとうございます~…」
笑ってる笑顔が引き攣るが、口元を抑えごまかす。
客がグラスを掲げたので、着替えの最中にねーさんに教えてもらった通りにお酒を注いだ。
「お仕事は何をなされているんですか?」
さっそく催眠術の効果なのか、俺が困るまでもなく客に質問を投げかけている。
その後も暫く話を続けていたが、晴生はあちら側の男性とうまく喋れているのだろうか。
そちらへ視線を向けると、相変わらず表情はいつもの晴生のまんまだった。
小さくため息を付くと、俺と話をしていたサラリーマンが顔を覗き込んでくる。
「なに?疲れちゃった?」
「あ、いえ、ちが……!!!!!」
笑顔で返答しようとした時、そのサラリーマンの手が俺の太腿へと伸びた。
う、お、お、これはマズイ、それ以上侵入されると男だってバレる…つーか気持ち悪い!!!!
身体を硬直させて笑っていると、急に客の顔目がけてトングが飛んできた。
ソファに突っ伏すようになった客の手は、俺の太腿から離れる。
小気味よくぶち当たったそれが飛んできた先にいたのは―――晴生だった。
「手が滑っちゃいました」
その晴生の顔はさっきと違って満面の笑みだった。
絶対にこいつわざとだ…。
しかし、晴生の隣にいた客は笑っている。顔面にぶち当たった客も笑っている。
こ…心の広い人達でよかったのかどうなのか…。
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【日当瀬晴生】
「はぁ、そうですか。」
適当に相槌を打つ。
俺が余りなにも質問しないからか相手から勝手に喋ってくれた。
まぁ、任務だから相手はする。
しかし、俺はこういうのは苦手だ。
髪を上げられてしまって視界がはっきりするので余計に人を見たくない。
言われたとおりに酒をついでいた時、千星さんの隣の男が、こともあろうことか彼の太腿に手を伸ばしていた。
俺は、滑るふりをしてトングを飛ばした。
「手が滑っちゃいました」
満面の笑みを浮かべると二人とも笑っていた。
ったく、これだから、酔っぱらいは困る。
さて、何を話そうかと思案していたら、横の男が経営の話を振ってきた。
「まぁ、専門的なことだから、君にいっても仕方ない―――」
「それ、改善できますよ。」
俺が好きな話だ。
男は俺が食いついたからか間抜けな顔でこちらを見ていた。
其処からは千星さんを忘れるくらい熱く語った。
普通の冴えないサラリーマンかと思ったら、俺の隣に座ったやつはかなりの知識を持っていて、聞いていても面白かった。
なんだ、こんな接客ならいくらでもしていたい。
そう思っていた矢先、「あ、そろそろ時間だね。今日は愉しかったけど、また来ることにするよ。」と、二人は帰って行った。
客を見送ると入れ違いに、天夜と九鬼が入ってくるのが分かった。
二人ともスーツを着ていたのでそれなりには見れた。
どっちか、つーと俺もこっちが良かったんだけどな…。
これで、指名して貰えば一時休める。
俺はそればかりを考えていた。
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【九鬼】
こういう場所に来るのは久々だ。
(裏)生徒会に入るまでは良く夜遊びもしていたが、今は付き合い程度の物になっている。
ドアを開けるとボーイがやってきた。
初めてだと告げると、ある程度店のシステムを説明してくれたが、聞き流しながら店内を見回す。
一際目立つ姿勢のいい黒髪の女…ではなく男、あれは左千夫クンだ。
なゆゆとはるるはどうやら二人でテーブルについているらしい。
三人共うまくなじめているので違和感はない。
隣にいる巽は少しそわそわしていたが、初めて来る場所だろうから仕方ないだろう。
「達也どーする?俺あの黒髪の子気にいっちゃったから、指名したいナ」
一応ボク達は先輩と後輩のしがないサラリーマンという設定だ。
きちんとスーツを身に纏い、ビジネスバッグも持っている。
ちなみにボクは眼鏡もかけた。
背も高い方なので、見た目では高校生とはバレないだろう。
「えっと…僕はあそこの二人がいいんですが」
そう言って巽はなゆゆとはるるを指差した。
左千夫クンはまだ接客をしているが、なゆゆとはるるは調度客が帰った所だったので、巽は先にそちらのテーブルへと案内される。
先に一緒のテーブルに着きますかと言われたが、断りを入れた。
「じゃあ、九条先輩、また後で」
「はーい楽しんでネ」
そう言ってスーツ姿の巽を見送った。
巽とは違う近くのテーブルへと着くと、先に別の女の子がやってくる。
中々胸も大きくかわいい子だったので、とりあえず先に飲み物を注文しておいた。
もちろんお酒。
「あいりでーす、あいって呼んでくださーい♪おにーさん見ない顔ですね?初めてですかぁ?」
横にぴったりとくっつくように座るその娘にお酒を注いで貰う。
その娘と言ってもきっとボクより年上だろうけど。
「初めて初めて♪君みたいにかわいい子がいるなら常連になっちゃおっかナ~」
そう言って彼女の顔を覗き込む。
少し頬を染めたあいちゃんはきゃいきゃいはしゃいでいた。
さて、こんなコトばかりしていると左千夫クンに怒られる。
グラスに口を付けながら、バレないように辺りを見回した。
見た感じ普通のキャバクラだし、見知った顔もいない。
大体こういう所ではボクの「裏の知り合い」がいる事も多いので、スタッフや客の顔を確認していくが、誰も該当しなかった。
知り合いがいれば任務もさっさと終わらせられるかと思ったんだけど。そううまくはいかないか。
適当にあいちゃんとスキンシップを取りつつ、煙草を咥えながら左千夫クンがテーブルに来るのを待った。
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【神功左千夫】
一番目の客の相手をしているところで九鬼達が入ってきているのが見えた。
数度延長をしてくれた目の前の客もそろそろ潮時かと帰る様な誘導を始める。
そうするとお客さんは帰ってくれた。
ここのキャバクラはお客の層が広い様だ、僕の貰った名刺に書いてある企業はかなりランクの上のものだった。
「さち。次あっちね。」
「はい。分かりました。」
いつもよりも柔らかく笑みを浮かべながら九鬼の入るテーブルへと向かった。
九鬼はこういうところに来ることに慣れているんだろう。
酒を飲み、煙草を吸っていた。
そして、女性を侍らしている。
「お待たせしました。
あいりさん、ありがとうございます。それとも、一緒の方がいいですか。」
九鬼にしか分からないように刺々しく告げてやる。
「そんな失礼なことしないよー!!ごめんね、次は君を指名するからね!あいちゃん!!」
白々しく告げられるサービストークに九鬼の方がホストみたいだと思ってしまった。
あいりさんが傍から離れると九鬼の隣に座る。
他愛ない話を進めていたが、彼が新しく煙草を咥えので密着してライターの炎を灯す。
「店側から、客の貴方に対してのアクションは有りませんか?」
周りに聞こえないように耳元で言葉を落とした。
勿論普通の話もする。
二つ織り交ぜながら会話を繰り返していった。
彼は裏の顔も持っているのでその方面からも何か分からないか、聞いてみたがどうやらまだ、成果は無い様だ。
売春させられた生徒は直ぐに売られたようだ。
と、言うことはもう少し店側にかまを掛けて置くか。
そう思っていたら九鬼が更に密着してきた、しかし、調度ボーイが目の前に居るので変な顔は出来ない。
「……なんですか?」
まだ、用事が有るのかと、僕は彼の顔を覗き込んだ。
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【九鬼】
あいちゃんと楽しんでいた時、左千夫クンが他の客の接客を終えたのか、こちらへと来た。
背が高いので少し威圧感はあるが、いつもと違ったやわらかい笑みで微笑む彼は、女性になりきっていた。
少し寂しかったがあいちゃんとお別れすると、普通の会話に混ぜて重要な点だけ周りにバレないように話していく。
煙草を吹かしながら、お酒を飲み、笑顔で会話しているフリを装い続けた。
任務じゃなくて普通に客として来たい。もちろん接客は左千夫クンにしてもらって。
ふといいことを思いついた。
彼に更に寄り添うと、覗き込んできた顔に微笑みかけ、肩を抱く。
逆側の手は足へといやらしく這わした。
側のボーイがこちらを見たが、これぐらいならまだ何とも言われないだろう。
「ボクに集中して」
少し嫌そうな雰囲気を出していた左千夫クンの表情が変わった。
酔っぱらったフリをして胸元に手を伸ばすと、柔らかい感触がして不思議な感覚で笑ってしまいそうになる。
そしてわざと側のボーイに聞こえるように囁いた。
「君と……セックスしたいなァ……」
その言葉を聞いたボーイがすぐに側へ駆け寄ってくると、左千夫クンをボクから引っぺがした。
「お客様、それ以上の行為は当店では禁止しております」
「えーなんでーいーじゃーん」
「聞き入れていただけないのであれば、誠に申し訳ございませんが、退店願います」
ボーイの行動は迅速だった。
奥から屈強な肉体の男が二人出てきたかと思うと、ボクの両腕を掴みあげる。
いつもなら、こんなことをされても簡単にぶちのめすことはできるけど、今それはしちゃいけない。
「まったネ~さっちゃん♪」
そう言って左千夫クンにウインクをすると、ずるずると引きずられて外まで追い出されてしまった。
ずり落ちた眼鏡と乱れたスーツを直し、暫くそこで文句を言っているフリをする。
「お客様…」
「んだよー!ボクは客だぞー!お金なんて払わないからなー!」
暫くして出て来たのは、店長らしき男だった。
こいつもボクの顔見知りではない。
「大変申し訳ございませんでした。ご無礼をお許しください。
お詫びと言ってはなんなのですが……お客様にいいお話があるのです」
――――かかった。
ボクは不信感を露わにする演技をし、その店長に向かって大きくため息をついた。
「何?時間取らせないでよネ」
その言葉に店長は嫌な笑みを零した。
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【神功左千夫】
九鬼が意味深なことを呟いた。
何か策が有るのだろう、太腿は触られるのが嫌だったが、胸は…まぁ、僕の胸では無い。
何か失ってしまいそうな気はしたが。
「……あ、お客様――」
「お客様、それ以上の行為は当店では禁止しております」
ボーイの制止は速かった。
そのまま九鬼は引き摺られるように連れて行かれる。
彼ならあんな男達にやられることは無いだろう。
それなのに連れて行かれたのは何か考えが有ると言うことだ。
僕はそのまま控室に戻されると、先程の知的な佇まいの男が僕に話掛けてきた。
「酷い目にあったね?大丈夫だった?」
「あ、はい……。」
「うちはこういうこともあるから、それに対応できるスタッフをちゃんと用意してあるんだ?これから、も安心して――」
「すいません…そのことなんですが…どうも、私…こういう仕事…向いてないみたいで、…やっぱり、見学だけで終わりにしておきます…あ、今日はちゃんと最後まで働きますので…!」
僕は俯き、両手で胸を抱くようにしておずおずと言葉を零していく。
勿論演技だ。
そうして、チラっとばれないように視線を上げて、相手の表情を盗み見る。
其処には冷めた表情をした相手が居た。
先程までとは別人だ。
そのまま顔を上げると彼は柔和な笑みを拵えていた。
どうやら、こっちはこれで掛りそうだと僕は内心笑みを浮かべた。
「そっか…仕方ないね。なら、ちゃんとタクシー代もだすから、今日一日頑張ってね?」
そう言って彼は更に奥の事務室へと消えて行った。
僕は深々と礼をした。
さて、そろそろ尻尾が掴めそうだ。
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【千星那由多】
客が引いた後に来たのは巽だった。
副会長は会長を指名したようで、別の席へと座ったのが見えた。
スーツを身に纏いビジネスバッグを持つ巽は様になっている…というより、新入社員のような風貌だ。
巽はいつものようににこにこ笑いながら席に着くと、目を輝かせてきょろきょろと辺りを見回している。
晴生は巽が来たことで安心したのか、足まで組み始める始末だ。
「おまえらちゃんとしろって」
屈むふりをして小声でそう漏らす。
最初の注文を迷っていたが、メニューを見た巽は目を輝かせるようにある商品を指差した。
「これってドンペリ?あの有名なやつ?」
「そうだな」
「わードンペリくださーい!なーんてね」
にこにこ笑いながらそう口にした瞬間、側に居たボーイが即座に反応した。
「ドンペリ入りましたー!!!」
「「「えッ」」」
あれよあれよと言う間に、ボトルが運ばれてきて渡される。
俺と晴生は巽にじとっとした視線を向けたが、こいつはばつが悪そうに笑うだけだった。
頼んでしまったものは仕方がないが…。
「俺お金そんなに持ってない」
「なんでじゃああんなこと言ったんだよ、俺もねーよ!」
「……後で俺が払っときますんで」
三人一斉にため息をつき、ボトルを見つめる。
お酒自体飲んだことはないし、口にはしてはいけないのだろうけれど、「ドンペリ」という物には少し興味がある。
ちょっと飲んでみたいかも…。
そう言う間もなく、巽は自分でお酒を注ぎ始めた。
「ちょッたっ…お客様…」
慌ててボトルを奪って注ぐふりをする。
どうやらこいつは飲む気だ。
「折角だから飲まないと損でしょ?」
「確かにな」
そう言った晴生も自分のグラスになみなみと注ぎだす。
最後には俺の方にも巽が注いでくれた。
ちらりと会長と副会長の方を見たが、あちらもあちらで何か話し込んでいるようだった。
副会長に関しては煙草もお酒も飲んでいるし、俺達が少しぐらい飲んでも何も言われないだろう。
「ちょ、ちょっとだけな」
小声でひそひそと会話をしながら、俺達はグラスを手に持ち、周りに怪しまれないように笑みながら口に含んだ。
…うん、なんかそんなに不味くないかも。
巽と晴生は平気そうな感じで飲んでいる。
一気に飲むことはできないが、ちびちびと口に含みながら、初めてのお酒を味わっていた。
グラスから少し口を離すと、少し身体が熱くなったのを感じたが、気にせずまたグラスを傾けた。
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【天夜巽】
こういった種類のお酒は飲んだことないので興味が有る。
口に流し込むと高級シャンパンと言われる味がこれなのかと舌が認識する。
飲み慣れるとあれなのかもしれないが、結構酸味が強い。
日当瀬はそんなこと気にしないのか、流す様に酒をあおっていた。
「はぁ、なんだか酸っぱいね。」
「それは、貴方が子供だからだよ。」
ここでも日当瀬は口調を変え、僕に喧嘩口調で返してくる。
まぁ、キツイ外人の女にしか見えないがこれでは一部の客にしか相手にされないだろう。
逆にこれはこれで売りにもなるので、一概に悪いとは言えない。
「なゆちゃん。あれ、なゆちゃん、もしかしてもう酔っちゃったの?」
那由多は酒に余り強くない。
どうやら、この少しの量でくらっと来ているようだ。
大丈夫か確認するように更に那由多の方に寄る、どうやら大丈夫そうだ。
那由多は可愛い系で男受けするだろう。
いつもの那由多と違ってなんだかよくしゃべる。
もしかして、会長が何かしているかもしれないけど…。
取り合えず、危うい。
そんなにおいがした。
その時、クッキー先輩達が動き出した、見事な演技だ。
僕は彼の連れなので、一応後を追わないといけないだろう。
「もー、九条先輩、相変わらず、酒癖悪いんだから。
ごめん、はるちゃん、これで支払い済ませといて!じゃ、また来るね!」
俺は日当瀬にお金を渡すふりをする。
席から立つとクッキー先輩を追うように店から出る。
その時調度数名のサラリーマン、若者と言うよりは中年の男達が入ってきていた。
常連なのか直ぐに店長が出てきていた。
調度那由多が顔を出していたからか、その禿げたサラリーマンは那由多や他にも数名女の子を指名していた。
どうしてか分からないが、あの集団からは嫌な雰囲気がした。
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【九鬼】
ボクは店長に裏にある小さな倉庫へと連れていかれる。
中は小さな照明で薄暗く、簡素なテーブルと机が並び、数人目の淀んだ男達が立っていた。
そこに座るように促されたので、不信感を抱きながら乱暴に腰かけた。
すると、店長は外からやってきたスタッフに耳打ちで何かを聞いている。
「申し訳ございません、別のお客様が来られましたので少し席を外させていただきます。
説明はそちらのスタッフに。すぐ戻って参りますんで…」
ニヤニヤ笑いながらへこへこと頭を下げ、店長は倉庫から出て行った。
すぐにスタッフが目の前の席に座ると、書類を出してくる。
それは左千夫クン、なゆゆ、はるるの顔写真付きの履歴書だった。
「何?」
眉を顰めながら目の前のスタッフへと言葉をかける。
「先ほどボーイが貴方様のお言葉を聞いていたのですが…」
「言葉?…ああ、セックスしたいナーって言ってたこと?冗談じゃん、悪かったって」
まだその事を責められるのか、という演技でため息を吐きながら腕を組んだ。
「いえ、悪くはないのです。その件に関してお客様にうちの“裏のシステム”をご利用していただこうかと思いまして」
「…裏のシステム?」
少し興味がある、という仕草で相手を見た。
どうやら確実に当たりだろう。
今からこの三人の売春の話しがあるはずだ。
思った通り、そのスタッフは不敵な笑みを零しながら、淡々と「裏のシステム」について話をし始める。
売春とは直接話さなかったが、お金を払ってくれれば「さち」を抱くことができる、と言われた。
身を軽く乗り出し、その話しに食いつくフリをする。
「ここだけの話しなのですが…ここの三人は18歳未満、現役高校生でバイトをしています。
しかもさちは、今日の体験入店で辞めてしまうと申してきました。抱くのであれば今日しかありません。
もしお客様にそういうご趣味があるのであれば、悪い話しではないと思いますが…」
「…いいネ、女子高生とか最高だヨ。で、いくら?」
スタッフは笑みを深くさせ、値段を提示しようとしたその時だった。
店長が帰ってくると、スタッフの行為を停止させる。
「申し訳ございません、お客様…!そのお話しなのですが、先約ができてしまい…」
そう言って深々と頭を下げた。
「さちは無理なのですが、なゆとはる、はいかがでしょうか?」
「えーやだ、ボクさっちゃんがいい」
「も、申し訳ございません…」
先約ということは、買う側の人間が現れたという事か。
この雰囲気からして、金持ちでかなりの常連だろう。
ま、これだけわかれば十分だ。
「…わかった、いいヨ。また来る。だからさっちゃん辞めさせないでヨ」
店長の言葉を聞き入れ、「また来る」という言葉を利用し、この事はここだけの話しにするという意味を込める。
店長は気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
一応この話しを口外しないという約束の書類にサインを書かされると、ボクは倉庫を後にした。
巽が店の前で待っていたので、目で「釣れた」という合図を送ると、そのまま近くで待機することになった。
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【神功左千夫】
九鬼が帰った後は大口の客の相手をしていた。
と、言っても一番偉いだろう相手の隣に座り付きっきりだった。
そのほかは彼の部下だろう、へこへこと頭を下げ、僕の横の男の機嫌を取っていた。
しかし、かなり地位のある男なのだろうが、下品だ。
先程の九鬼が可愛らしく思えるほどボディタッチも酷い。
男かとばれないかと思ったが良い位に酒も入っているので大丈夫だろう。
そうこうしているうちに那由多君や晴生君も同じ席について彼の部下の相手をしていた。
この男の次に地位が有りそうな男はどうやら那由多君がお気に入りのようだ、かなり近づいていっている。
そうこうしているうちに閉店時間になった。
彼らも大人しく帰る様だけど果たしてどうだろうか。
僕達は控室に戻り、私服に着替える。
化粧を直し、帰り仕度が終わると店長がこちらに向かってきた。
「おつかれさーん。今日はどうだった?はい。これ、今日のお給料ね。」
僕達三人に封筒が渡される。
高校生に取って高額なそれを見て僕は驚いたふりをする。
「さっちゃん、また働きたくなったらいつでもおいで、君ならここのナンバーワンになれるよ。
あ、あと、皆疲れたでしょ?これ食べて、お酒の匂いも消してくれるから、家族へのカモフラージュになるしね」
そう言って店長は瓶に入った飴を僕達に差し出した。
優しい口調だが食べろと威圧されている。
勿論僕達は躊躇なくその飴を食べた。
甘い味が体を癒していく、しかしそれだけでは無い。
この飴には薬物が混入しているようだ。
それから僕達は別々のタクシーに乗った。
中も眠気を誘う様な甘い香りがしている。
一般人なら意識が混沌してくるだろう。
「眠いなら寝てていいよ。着いたらオジサンが起してあげるから。」
僕は運転手の言葉に甘えて扉に凭れるようにして瞼を落とすふりをする。
それから胸に仕掛けてあった無線機のマイクに情報を流す。
「九鬼。僕は今タクシーの中です。僕はナンバープレート○○、那由多君は○○、晴生君は○○。
晴生君には忘れ物をしたと言って戻って貰います。
那由多君は少しお酒がまわってそうなので、このまま帰れるなら帰しますが、多分僕と同じルートをたどると思います。救助は巽君お願いしますね。
九鬼は撮影を。少ししてから入って来て貰えますか。」
そう告げているとタクシーがホテルへと入って行った。
これで確実だな、と、内心笑みを浮かべた。
ホテルは部屋に車付け出来る作りになっていた。
「着いたよ、おじょうちゃん、はい。降りて降りて。」
僕は泥酔しているふりをした、そのまま運転手の肩に寄り添うようにして降りて直ぐの部屋の扉の前に連れたいかれた。
同時に部屋の扉が開く、中に居るのは予想どおり先程の品の無い小太りな男だった。
「いらっしゃい、さっちゃん。」
そのまま僕は部屋へとぐっと引き込まれる。
よろつくふりをしながらドレッサーに鞄を置く、勿論この中にはカメラが隠してある。
そうして、ベッドに背中を向ける様にして、この男を怯えた瞳で見上げる。
後は後退していくだけだ。
「あ、あの、私、家に帰る途中で……」
「何言っているの、さっちゃん、今日は僕とセックスするんだよ。」
「そんなこと、きいてま―――」
「君はつべこべ言わず服を脱げばいいんだ!!お金なら沢山上げただろ!!」
そう言って僕はベッドに押し倒される。
必死に服を守るふりをする、と、言うか脱がされるとばれる。
「あ、あの!私まだ、高校生なんでこういうことは――!!」
「知ってるよ…。」
掛った。これで、任務は終了だろう。
後は九鬼が入ってきてくれる…筈だ。
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【九鬼】
左千夫クンに言われたナンバーのタクシーを別のタクシーで追う。
行き着いた先はラブホテルだった。
少し離れた場所に降ろしてもらうと、左千夫クンが入って行った部屋の前にサングラスをかけた男が二人立っていた。
めんどくさいなと思いながらも、ふらふらとそちらに近寄って行く。
「なんですか」
「あ、いやーボクさっきここ利用して忘れ物しちゃったんですヨー」
へらへらと笑いながらその二人を割ってドアノブに手を伸ばそうとすると、当然ながら二人に両肩を掴まれた。
「今利用中です。忘れ物ならホテルスタッフに聞いていただけませんか」
「えーでも大事なものなんでー」
つべこべ理由をつけてそこから帰ろうとしないボクに、痺れを切らした男二人は、掴んでいた肩を離し、ボクに殴りかかってくる。
それを後ずさりし避けると、二人の顔を覗き込むようにイタズラな笑みを送った。
「ボクの大事な人がいるんで♪」
そう言うと両手で二人の額を掴むと、後ろの壁に思い切り打ちつけた。
酷い音がしたが、二人はそのまま沈黙し、ずるずると地面へとへたり込んだ。
両手を叩いて払うと、ポケットの中から小ぶりのカメラを取り出す。
録画ボタンを押すとドアを映し、片方の手はドアノブに触れた。
いくら頑丈に鍵をかけたって、ボクの能力で変形させられるので意味はない。
「突入~!」
そう言うとずかずかと室内に上り込んで行く。
奥の部屋にいたのは今にも襲われそうな左千夫クンと、裸の汚いおっさんだった。
もうちょっと遅れてくればよかったかな。
そんな事を思いながら、カメラを回しながら笑っているボクを見て、おっさんは訳がわからないと言った表情でこちらを見ていた。
「い~ネ~その顔!!さ、どうぞどうぞ続けて!」
ちなみにボクは左千夫クンを助けるつもりはない。
というか助けなくても大丈夫だろう。
ただカメラ役に徹するのみだ。
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【神功左千夫】
九鬼が入ってきた。
このシーンを撮影して後は終わりだろう。
彼の事だ、「こんなことしちゃ、いけないネ、オジサン」と、言いながら助けてくれる…と、僕は勘違いしていた。
「い~ネ~その顔!!さ、どうぞどうぞ続けて!」
九鬼から呑気な声が漏れ落ちる。
僕もそして、目の前の下品な男も驚いた表情で九鬼を見つめた。
「フハハ!なんだ、店長の新しいサービスか!いいねぇ、撮影されながらのセックス!!上等だよ!!」
その時僕は完全に頭が回っていなかったので、この前の男の一手を避けることができなかった。
無残にもスーツのボタンが弾け飛ぶ。
そして、シャツを胸元まで捲り上げられた。
フェイクバストと女性もののブラジャーが飛び出す。
この損失感はどう現したらいいか分からないが、僕は何かを失った。
その瞬間に右ストレートを目の前の男の顔面に打ち抜く。
素っ裸の男がベッドでのた打ち回っている中、僕の怒りの矛先は九鬼へと向いた。
ベッドから立ち上がると同時に手短に有った、ポールハンガーを彼へと投げつける。
殺せるものなら殺したいが僕のポールハンガーは九鬼の頬を掠めただけだった。
そうして、破れた上着とフェイクバストを下に落とし、スカート一枚になりながら九鬼に歩み寄る。
この時どんな表情をしていたのか僕には認識が無い。
「普通…、助けに来たよ、とか、大丈夫ですか?とか…そう言うシーンをビデオに収めるんじゃないんですか?」
何が続けてだ。
意味が分からない。
「お、お前!!騙していたのかッ!!」
九鬼ににじり寄っている間に後ろから声が聞こえる。
ドレッサーの上の鞄から携帯を取り出すと、イデアアプリを展開させていく。
そうして、一緒に呼び寄せた愛輝凪高校の(裏)生徒会の制服を僕ははおった。
……下はスカートだが。
「そうですよ。僕は男です。なんなら、下も脱いで上げましょうか?」
後ろから九鬼が「脱いで、脱いでー!!」と、ふざけたことを言ったので睨みつける。
一つ息を吐いてから僕はゆっくりと裸の男に近づいていった。
「どちらにしろ、もう終わりです。貴方はこのビデオを手に自首しなさい。
警察に包み隠さず全てを話すのですよ?」
ゆったりと歩き、胸元のペンダントトップを揺らしながら近づいていく。
目の前の男はなにか喚いていたが直ぐに幻術に掛って行く。
静かになった男の瞳に生気は無かった、完全に僕の術の中だ。
これで、この件は片付くだろう。
今回は能力者が絡んでいる様子は無かった。
それにしても面倒な任務だった。
僕ははおった制服の前を閉じながら九鬼を振り返った。
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【九鬼】
おっさんはサービスだと勘違いしたのか、行為を続けて行く。
アホだ。まぁこっちは面白いもの撮れていいんだけど。
しかし、すぐさま左千夫クンからポールハンガーが飛んできたので、咄嗟にそれを避ける。
頬を掠めたがまだ撮影の手は止めない。
「だってもうちょっと緊迫してる状況の方がいいでしょ?」
イタズラに笑いながら凄い恰好でこちらを見ている左千夫クンを上から下まで撮影していく。
そうしてやっとおっさんは状況がおかしいことに気づいたのか、声を荒げた。
騙されるエロ親父の方が悪い。
というか、今まで未成年のかわいい女子高生たちを何人も騙してきた奴に言われる筋合いはない。
結局それからは手伝う間もなく、左千夫クンはおっさんに催眠術をかけ終わっていた。
「お見事っ!撮影しゅーりょー♪」
カメラを畳むと、中のカードだけ取り出して虚ろなおっさんに放り投げた。
イデアから受け取ったビデオカメラなので、ボクたちの顔や声は撮影してもすり替わるようになっている。
その後すぐに携帯を取り出すと、店にいるであろうはるるに電話をかけた。
「こっちは終わったから、お店の方よろしくネ♪」
それだけ言うと、はるるはすぐ様電話を切った。
彼も嫌な女装までさせられて、かなり鬱憤が溜まっているだろう。
あちらは任せておけば大丈夫だ。
そして巽にも電話をかける。
出るのが少し遅かったが、なゆゆの方も片付いたみたいだった。
とりあえずそちらに合流するとだけ伝え、電話を切った。
「よし、これで任務は終了だネ、行こっか、さっちゃん♪」
そう言った瞬間の左千夫クンの目は鋭かったが、気にせずに部屋から出ていった。
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【日当瀬晴生】
タクシーを返した。そのまま俺は店の前で待機している。
九鬼から電話が来る。
やはりこの店は売春をしていたようだ。
隠しカメラの回収の為に閉店した店内へと向かう。
「あれ?どうしたのはるちゃん、忘れ物?」
「はい、そうです。」
俺はまだ、女装をしたままだったのではるちゃんと声を掛けられる。
やっとこの面倒な任務から解放されたと言うのにまだその呼び方かと肩を竦めた。
俺は堂々と隠しカメラを回収していく。
そうするにつれ、店長や社員達の表情が変わって行った。
「ん!なんのつもりだ、はる!!」
「ああ?売春の現場押さえた資料を回収してんに決まってんだろ?」
「な!!おい!さっさとこいつを取り押さえろ!!」
あーだり。
一般人が俺に勝てる訳ねーつーの。
ヒールが高い靴を徐に男達に投げつける。
身軽になったと同時に携帯を取り出した。
「――解除」
拳銃を取り出すと敵が怯むのが分かる。
甘い蜜を吸いたいだけに裏に手を染めたやつばかりなんだろう。
「なに、怯んでいる!!こんなガキ一匹に!!」
それでも、店長の声で屈強な男どもが俺に飛びかかってくる。
「うぜぇ!…ザコはさっさと寝んねしな!」
躊躇なく俺は空気砲を打ち込んで行く、机はぶっ飛び、照明は割れ、暫くは営業ができない状態になるまで暴れまくる。
一通りの男が沈黙すると俺は武器をブレスレッドへと戻した。
それから、俺達がサインした資料、隠しカメラ、テープ。
仕掛けたものと、今日の俺達の売り上げを根こそぎ手にするとその場から去った。
「じゃーな、店長。次はもうちょっとマシな娘雇うことだな。」
後日この店は警察にガサ入れされることになる。
そのおかげで被害にあった生徒も少しは救われるだろう。
こんなことをしても奪われたものは戻ってこないので、せめても…だが。
「そもそも、こういうバイトするなら、覚悟しとけつーの。」
俺は煙草を吹かしながら一人帰途についた。
7月も半ばに入り、もうすぐ夏休みが近づいて来た。
最近の任務は、特殊能力をどこかのルートで手に入れている生徒などの処理が多い。
学校でも「金髪の少年に会えば、“不思議な魔法”を使えるようになる」という話が持ち上がっていた。
噂の粋を出ないので、新たな愛輝凪高校の七不思議として話が収まっていることには安心だったけれど、結局特殊能力を手に入れた経路は、未だにハッキリとしていない。
放課後、蝉が鳴く通路を歩きながら、いつものように(裏)生徒会室へと向かった。
夏はあまり好きじゃない。
歩いているだけで体力を消耗される気がするからだ。
(裏)生徒会室に入ると、冷房が効いていた。
ここはとても過ごしやすいので、授業が終わった後は楽園だった。
三木さんが淹れてくれるコーヒーもいつしかホットからアイスに変わっている。
今年は時間の流れが早いなと感じてしまうのは、(裏)生徒会へと入ったからだろうか。
いつものように全員集まると、会議が始まった。
今日は珍しく校外での任務があるらしい。
会長の話をストローの先を齧りながら聞いていた。
「キャバクラ…?」
キャバクラ。
所謂…女の人が男の人を持て成す場所…でいいのか?
もちろん俺は行ったことが無いので、テレビなどでの知識しかなく、まったく想像がつかないが、今回の任務はキャバクラで売春の疑いがあるという事だった。
そういうのは警察に任せてしまえばいいのではないかと思ったが、どうやら未成年でうちの生徒が巻き込まれているらしい。
しかもそれが合意の上での売春ではなく、レイプ被害のようなもので、何人もの女子生徒が被害にあっているという事だった。
学生なのにそんな所で働いている女子生徒の気がしれないが、まぁ色々とお金を稼がなければいけない理由があるんだろう。
この(裏)生徒会に入って、色んな生徒の「闇」を見て来た。
俺が知らない世界はたくさん存在するのだ。
けれど、一体どうやってこの事件を解決するのだろうか。
テーブルの真ん中に置かれているお菓子へと手を伸ばしながら、俺は思考を巡らせながら会長の話を聞いていた。
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【神功左千夫】
地区聖戦が近いせいなのか、否か、最近は能力者絡みの事件が多い。
それに加えての通常任務。
正直言うと余り能力を使いたくないのが現状だ。
能力全快で潜入、暴力で口を割らせる手も無くは無いが、出来れば穏便にサクッと済ませたいのが実情だ。
と、なると会議前に話していたイデアの作戦が一番になる。
「―――と、いう訳でして、これからこの事件を片付ける訳ですが…。」
余り気が乗らないのでどうしても喋る言葉がゆっくりになる。
するとイデアが色々な女性の服をドンっと机の真ん中に置いた。
「囮作戦ダ、取り合えず、ゼンイン、着替えてミロ」
そう。女装をして現場に乗り込んで内情を探る。
柚子由を危ない目に合わせる訳にはいかないので必然的に僕達が囮役になる。
そうすると向き不向きがあるので取り合えずは女性の服を着てみろという結果になった。
「取り合えず、着替えましょうか?話はそれからです。」
柚子由に給湯室へ行っておく様に指示をしてから、手短に有った服を一枚掴んで、僕は服を脱ぎ始めた。
着るのは構わないが、これで外に出るとなると少し嫌かもしれない。
僕が選ばれるかどうかはわからないし、深く考えないことにした。
囮の選出はイデアと柚子由に任せることにする。
女性目線の方が的確に選べるだろうからだ。
僕が選んだのはキャバスーツと呼ばれるもので。
これはスーツと呼べるのかと思うほど、セクシーな作りでスカートも短い。
もう少しちゃんと選ぶべきだったと着用しながら後悔してしまった。
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【千星那由多】
会長はいつもなら淡々と任務の内容を話すのだが、今回はその口調が少し気乗りしていない感じだった。
少し嫌な予感がしたが、それはイデアが目の前に出した服で的中することになる。
囮作戦。
イデアの起伏の無い声でそう言われると、俺の顔は青ざめて行った。
確かにキャバクラでの囮作戦となると、男ばかりの俺達では女装をしなければならないだろう。
三木さんを囮に使いたくは無いので、俺はため息を漏らすのを我慢しながら目の前の服へとおずおずと手を差し出した。
それより先に巽が俺に「これが似合うと思うよ」と少しフリルの多いワンピースを手渡してきた。
断る前に目の前の衣装が全てみんなの手に渡ってしまったので、仕方なく着る事になる。
さすがにこれはどうにかして囮から逃げ出したい所だ。
着替え終わると、全員を見渡す。
会長はスーツなのか良くわからないほどのセクシー系の服。
正直、男の俺から見ても会長の女装は良く似合ってると思う。
晴生は普通に女物のスーツ。
一番これが無難な衣装なのだが、目付きの悪い女性…って感じで思った以上に似合っている。
巽は愛輝凪高校の女子の制服。
こいつは中々ガタイがいいので、完璧に男が女装しているとわかってしまう。
顔は目もパッチリしているし男前なのだが、体格を見ると違和感がありすぎる。
そして副会長はチャイナ服だった。
正直あまりじっくり見たくないので、さっと目を逸らした。
イデアは着替えを終えた全員を一人一人見つめ、妙な機械音を鳴らしている。
今誰が一番囮に最適かを見ているのだろう。
なるべく男らしい立ち方で「俺は似合わないぞ」というのをアピールしながら、その結果を俯きながら待った。
「結果が出タ。囮は、サチオ、ハルキ、そして、ナユタの三人でイク」
最後に自分の名前を聞いた瞬間に、俺は崩れ落ちそうな身体を机に両手を付くことで耐える。
「タツミは女装は似合わなイナ。キモチガ悪い。……クキは論外ダ。今すぐ脱ゲ。
囮になれナカッタ二人には、客とシテ潜入してモラウ。
後の三人ハ、面接へ行ケ。受かるかワカラナイので多めに選出シテオイタ」
「ええっ!?…客として潜入とかもあんのかよ!!俺もそっちの…」
「異論がアルのカ、ナユタ」
思わず発してしまった言葉に対し、ぐるりとイデアの顔がこちらへ向いた。
その真っ赤な目は「反論するなら殺す」と言ったような目だった。
「な……ないです…」
がっくりと肩を落としながら、俺はスカートの裾を強く握った。
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【日当瀬晴生】
ダリィ…なんで俺がこんな格好しねぇとなんねーだよ。
つーか、三木にやらせりゃいいだろ。
んと、会長は過保護だぜ。
仕方なく手短に有ったスーツを掴んだ。
なんでスカートを履かなきゃなんねーんだと思いながら身に纏う。
会長、奴は元から容姿が中性的だからな、何を着てもにやいやがる。
タッパがあるので目立っちまうがな。
天夜と九鬼は論外だ、こんな女みたことねぇ。
……矢張りお似合いになられる。
千星さんは線も細いので女性の服も似合う。
こりゃ、千星さんか、会長で決定だな、と、思って、悠長にしていたら俺の名前が耳に響く。
は?
はぁあああ????
硬直した顔でイデアさんを見つめる。
どうやら面接の為に多くを抜粋したようだが…、俺?なんで俺なんだよ!?
「分かりました、では準備に取り掛かります。
晴生君、那由多君、打ちあわせです。
客側は九鬼に任せますね。」
ちょ、会長!なんでんな、さっくり納得できんだよ!
つーか、任務最優先過ぎるだろう!てめぇは!!
俺の心の叫びも虚しく、打ち合わせが行われていく。
俺達は友達三人でちょっと興味が有って見学入店と言う感じで面接を受けに行くことになる。
格好は今のままで大丈夫だろうとの事。
しかし、化粧、髪形は三木に弄られるとのこと。
「晴生君はその、鬱陶しい前髪、上げましょうね。」
にっこりと微笑む会長が鬱陶しかったが、今回は任務の為仕方が無い。
あー、だりー、さっさと終わらせて帰って煙草すいてぇ。
俺の頭はそれでいっぱいだった。
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【千星那由多】
結局囮は会長、晴生、俺の三人で決定してしまった。
これから面接に行くということで、軽い打ち合わせと容姿のセッティングが行われる。
「囮って言っても俺達これだけじゃバレません?」
胸も無いし、声もこのままだし。
ああいう所に行けば店の人もそれなりに女性というものを知っているだろうから、怪しまれる可能性がある。
「ソレは問題ナイ」
仮眠室で三人で話し合っていたら、真後ろにイデアの声がした。
そして、すぐ差し出されたものは、女性の胸をリアルに再現しているものだった。
思わず俺と晴生は目を逸らしてしまう。
「な、なにそれ?」
「フェイクバスト。こういうコトもアルカト思い、作ってオイタ。
コレハ肌に密着し、谷間もデキル。
見た目も触り心地モ女のモノと変わりはナイが、触りスギルと取れるカラ気をツケロ」
そう言って俺を見たイデアは、まるで俺がこれを付けて自分の乳を触りまくるとでも言いたげな目だった。
さすがにそんな変態臭いことはしない。
イデアはそれと女物の下着を置いて行った。
声に関しては酒焼けなど嘘を付けと言われたが、偽物の胸が作れるならそっちも頑張ってどうにかしろよと言いたかったが言わないでおいた。
不慣れな下着にかなり手間取ってしまったが、フェイクバストの上から下着をつけると、本当に自分に胸がついたような感覚になる。
少し重みがあるが、ちょっとやそっとじゃ取れ無さそうだ。
下着は下も女物だったが、さすがに嫌だったので今履いているトランクスのままにしておいた。
着替え終わると、三木さんがメイクをしてくれる。
室内に入ってきた彼女は俺達、いや、主に会長を見て頬を染めていた。
髪のセットなどもあったので少し時間がかかってしまったが、三木さんのお陰でなんとか見れるぐらいにはなったと思う。
会長と晴生はメイクや髪をセットすると、より一層女性らしくなったので、見た目は完璧にクリアしている。
フェイクバストの谷間が会長のセクシーな胸元から覗くと、本当に女性のような錯覚さえ覚えた。
俺はと言うとあまり自分のこんな姿をまじまじと見たくないので鏡は見ていない。
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【神功左千夫】
柚子由が前髪をサイドに流して、カールを掛けてくれた。
なんというか、晴生君は異国の血が入っていることも有りポンパドールにするとかなり迫力のある美人だ。
逆に千星君はガードが弱そうと言うか、まぁ、男が寄ってきそうなか弱い、可愛い系の女の子に見える。
イデアに指名されたので拒否権は無い。
自分を鏡でみると…まぁ、女に見えなくは無いか。
イデアの作ったフェイクバストが良い役割をしている。
これのお陰で武骨で骨ばった体が何とか女性らしい体に見える。
後は下着のコルセットで何とか体型はごまかせるか。
それにしても僕は長身で目立つんだ。
出来ればこういう役割は他人に回してほしい。
スカートが短いので仕方なく女性ものの下着を身に付けた。
とは、言っても男なので意味が無い気もする。
耳に掛る髪を掻きあげる様にし、隠しカメラや発信器の仕込んである鞄を手にすると二人を振り返った。
ピンヒールを履くのは、まぁ、色々な応用でなんともない。
毎日履けと言われると困るが。
「さて、さっさと片付けましょうか?
夏休みに入ってしまうと被害が増えそうですからね。」
短いスカートな為に控え目な歩幅で歩く。
イデアが使用する裏道を通って学校の外まで出るとチラシを手に目的地へと向かう。
繁華街のはずれ、裏路地に入って行くと派手な看板の向こうにある、派手な扉のチャイムを鳴らした。
「はい。」
「今日、面接をお願いしてたものです。体験入店してみたいんですが。」
出来るだけ女性に声を近付けるようにして言葉を綴る。
口調もいつもより柔らかめにする。
「ああ。あいてるから入って。」
そう告げられたのでそのまま扉を開いた。
まだ、営業前なのだろう、華やかな内装はしているが照明は殆ど付いていなかった。
そのまま明かりがある奥まで真っ直ぐに進んで行く。
見た目は普通のお店みたいだな、と、視線を巡らせた。
取り合えず、数か所のテーブル裏にカメラをセットしていった。
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【千星那由多】
ああ、スカートの裾が気になって仕方がない。
なゆちゃんの衣装はコスプレといった感じなのでまだ耐えれるものがあったが、これは本当の女装な上に、現実で出歩くのは結構辛いものがある。
人通りが少なかったのは助かったけど、それでも恥ずかしいことには変わりはなかった。
会長の後ろへついて目的地へ着くと、緊張が高まり変な汗が出てくる。
ていうかこの面接で落ちてしまえば、俺は囮として参加しなくていいんじゃないか?
そんなことを考えながら、事務所のような所へと導かれた。
「店長、面接ッス」
「おー」
事務所にはソファに腰掛けた店長と呼ばれる人物がいた。
いかにも遊んでます、というような金髪でチャラい風貌で、年は20代後半辺りだろう。
他にも数人男の人が居たが、恥ずかしかったので辺りを見回すことができなかった。
「店長の柏木です、よろしく。とりあえずそこ座って」
言われるがままにパイプ椅子のようなものに全員腰かけると、店長が一人一人を品定めしていくように全身を見ている。
俺は男だと言うことがバレないかと視線を泳がせていると、小さくため息をついた店長が足を組んだのがわかった。
「君達かわいいんだけどさ……未成年だよね?」
一瞬男だとバレてしまったのかと思い、心臓が跳ねた。
しかし、店長は性別ではなく年齢のことを気にしたようだった。
「どんだけ大人っぽくしても俺にはわかるよ。ダメだよ、未成年がこんな所で働くなんて」
「……どうしても…働かせてもらうことはできませんか」
会長が少し高めのトーンでそう言うと、目の前に座っている店長をじっと見つめる。
店長はその会長の眼差しを避けるように視線を横へ逸らすと、煙草に火をつけた。
「どうしても働きたいの?」
「はい、どうしても」
「全員?」
「はい」
容姿がクリアしたなら、年齢では絶対に落とされることは無いだろう。
任務の内容は未成年の売春の捜査なんだ。
多分これは店長の建前。
「ん~…仕方ないな…じゃあ年齢は隠しといてあげるから、書類にちゃんとサインしてくれる?
絶対にお客さんにバラしたり、ましてや警察に言ったりしないようにね」
笑った店長は仕方なしに雇ってあげるよ、と言った態度だったが嘘だろう。
とりあえず第一関門はクリアだ。
書類を三人分机の上に出される。そこにはだらだらと長い文章が書かれていた。
会長がサインしたのを見てから、続いて俺もサインをする。
名前はすでに偽名をイデアが決めていたので、その名前を記入する。
俺は「万星なゆ」だ。
サインし終わった書類を店長がすぐに取り上げると、近くの男性に手渡した。
「はい、オッケー。うちの店は来る者拒まずだから、ある程度容姿が良ければOK出してるんだ。
だから面接はこれで終了。君達みんなかわいいから期待してるよ、頑張って」
長くなった煙草の灰をデカイ灰皿に落としながら笑った店長の顔は、すがすがしい程に爽やかだった。
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【日当瀬晴生】
日向春(ひゅうがはる)
これが俺に与えられた偽名だ。
会長は、神宮寺紗千(じんぐうじさち)。
全員抵抗なく書類に署名していく。
紙に書いてある内容を速読したが、とてつもなくややこしい書き方になっていた。
一応俺達は18歳を超えていると自分から宣言していることになる。
未成年、18歳未満でこの文章を読んで納得してサインしている奴は居るのか。
「見学つってたけど、今日から本働きも行けそうなメンバーだねー。
どうする?衣装は貸してあげるけど?
その場合帰りは終電逃しちゃうんでタクシーで送ることになるからね。」
「なら、お願いできますか?私は、少し急ぎでお金が欲しいので。」
会長が女性の様に微笑んで応える。
この辺りは流石完璧だ。
俺達も聞かれたので深く頷いた。
そうすると奥から世話係と呼ばれる少し年齢のいったケバイ女性が出てきた。
肌の露出が多いし、髪も凄いボリュームだ。
「じゃ、ねーさん、後、頼みますね。」
店長と呼ばれていた男はそれで出て行った。
俺達は控室に連れて行かれる。
このキャバクラはランクで言うとチープな方だろう。
きらびやかだがソファー等の質が安っぽい、と、言うことは来る客も安いな。
そうすると接待は面倒だな、と肩を竦めた。
「私達、よくわからないんで衣装、選んでもらえませんか?」
「いいわよ、其処に立ってて。髪も今日は、私が手直ししてあげるけど、ココ、続ける場合は自分ですることになるからね。」
控室には色々な色の衣装が置いてある。
ねーさんと、呼ばれた女が俺達の顔と身長を見ながら衣装を選んでいく。
そして、俺に割り当てられたのは薄い緑色で、露出が多く、とんでもなく短いスカートの衣装だった。
異論を唱えそうになった俺の肩をポンっと会長が叩いた。
会長のはラインが完全に分かる様なものだったが、裾は長い。
この時点で俺はもう、暴れたくて仕方が無かった。
それでも、任務なので言う通りに衣装に着替えて行く。
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【千星那由多】
ねーさんと呼ばれる人物に衣装を選んで貰いそれに着替えて行く。
俺のものは派手な柄で青い色のワンピースだった。
胸の少し下にでかいリボンがついている。
問題なのがさっきよりもスカートの丈が短いという事だ。
これでは完璧にトランクスが見えてしまう。
かと言ってトランクスを脱ぐわけにもいかない。
小さめの手持ち鞄を開くと、中からイデアに貰った女性用の下着を取り出した。
…今日だけ…今日だけだからとりあえず履いておこう。
意を決して俺はトランクスを脱ぎ捨て、女性物の下着を履いた。
何か大事な物を失った気がした。
全員先ほどよりも派手な衣装と髪型になり、本当にキャバ嬢のような風貌になる。
会長はいつものように笑ってはいたが、内心どうなのかはわからない。
晴生はあからさま態度に出ているが、まぁこんな女もいるだろう。
どちらも顔立ちは整っているので、背が高いくらいであまり違和感はない。
寧ろモデルのようだった。
暫くして女性が次々と控室へと入って来る。今日働くスタッフ達だろう。
室内は香水や化粧品の匂いで充満し、吐き気がしてきたがぐっと我慢する。
派手なお姉さん達は俺達に気づくと、気さくに声をかけてくれた。
女性たちの雰囲気は悪くないようだ。
それに男だということも全然バレていない。
もうすぐ開店時間なのだろうか。
どんどんと店内も慌ただしくなってくる。
そもそも女装という点を除いても、俺はこういう接客業をしたことがない。
巽の家の手伝いでお客さんと少し話すぐらいだが、その時もうまく喋れないことが殆どだった。
それに今は女になりきらなければならないと言うこともあり、不安がどんどん積り、俺の心臓は破裂しそうだった。
「か、会長…俺……不安になってきました…」
会長の側に寄って肩を落としながら周りに聞こえないように呟いた。
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【神功左千夫】
「か、会長…俺……不安になってきました…」
那由多君が小さく呟く。
確かに僕もいろいろな意味で不安だ。
席が離れてしまえば助けて上げることも出来ないだろうから。
店長の次にここの店の指揮権を掴んでいそうな男性に近づいていく。
「あ、あの…すいません。」
「ん?どうした?」
黒髪で歳は店長と同じくらいか店長とは違い知的そうな男に僕は声を掛けた。
「その、私の友達、今日が初めてで緊張しちゃってるみたいで、出来れば二人で席に付けて上げられませんか?」
今日だけでいいので。と、付けくわえると。
いいよ、いいよ、とその男は言ってくれた。
新人と言うだけで指名は多くなる様だ。
晴生君を付けても会話の面では改善しないので仕方なく那由多君に近づいて首からリングトップの付いたペンダントを取り出した。
「那由多君に、軽い催眠術を掛けて置きますね。
聞き上手になるだけで、特に行動は制限されませんので。」
部屋の隅で那由多君にリングを真っ直ぐに見て貰う。
勿論晴生君には背中を向けて居て貰う。
彼はちら見でも掛ってしまうほど幻術の類に弱いからだ。
晴生君は美人なので少しくらいツンとしていても一日持つだろう。
那由多君には自信を持たせてあげる。
それと同時に相手が気分のいい頷き方を擦りこんで行く。
これだけでだいぶ変わるだろう。
さて、開店時間だ。
まずは先輩方のヘルプについて接客を学ばなければ、僕は一番性格のよさそうな人を探して、その人の元に付いた。
この辺はいつもの感じで大丈夫だ。
服装だけはどうしてもなれなかったが。
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【千星那由多】
会長に不安を漏らすと、せめてもと催眠術をかけてくれた。
緊張は解れていなかったが、なんとなく落ち着いてきた気がする。
結局俺は晴生とペアで接客をさせてもらうことになった。
こいつと一緒になるのは余計に不安になるが、居ないよりはマシかもしれない。
会長が先に席に着いたのを見ていると、スタッフから声がかかった。
どうやら俺と晴生にテーブルに着けと言っているようだった。
「い、今いきます!」
トーンを上げて返事をすると、晴生を連れて高いヒールで床を歩いて行く。
フラフラとよろめきながらテーブルへと着くと、一応微笑んで挨拶をしておいた。
「な、なゆです」
「はる……です」
晴生が無愛想な顔をしているので、見えないように肘で小突くと客の両隣へと座る。
できれば並んで座りたかったがそうはいかない。
客は二人、サラリーマン風の男性だった。
年齢はまだ若い方だと思うが、既に顔は赤く酔っぱらっているようだった。
「君達新人なの?かわいいね~」
「ありがとうございます~…」
笑ってる笑顔が引き攣るが、口元を抑えごまかす。
客がグラスを掲げたので、着替えの最中にねーさんに教えてもらった通りにお酒を注いだ。
「お仕事は何をなされているんですか?」
さっそく催眠術の効果なのか、俺が困るまでもなく客に質問を投げかけている。
その後も暫く話を続けていたが、晴生はあちら側の男性とうまく喋れているのだろうか。
そちらへ視線を向けると、相変わらず表情はいつもの晴生のまんまだった。
小さくため息を付くと、俺と話をしていたサラリーマンが顔を覗き込んでくる。
「なに?疲れちゃった?」
「あ、いえ、ちが……!!!!!」
笑顔で返答しようとした時、そのサラリーマンの手が俺の太腿へと伸びた。
う、お、お、これはマズイ、それ以上侵入されると男だってバレる…つーか気持ち悪い!!!!
身体を硬直させて笑っていると、急に客の顔目がけてトングが飛んできた。
ソファに突っ伏すようになった客の手は、俺の太腿から離れる。
小気味よくぶち当たったそれが飛んできた先にいたのは―――晴生だった。
「手が滑っちゃいました」
その晴生の顔はさっきと違って満面の笑みだった。
絶対にこいつわざとだ…。
しかし、晴生の隣にいた客は笑っている。顔面にぶち当たった客も笑っている。
こ…心の広い人達でよかったのかどうなのか…。
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【日当瀬晴生】
「はぁ、そうですか。」
適当に相槌を打つ。
俺が余りなにも質問しないからか相手から勝手に喋ってくれた。
まぁ、任務だから相手はする。
しかし、俺はこういうのは苦手だ。
髪を上げられてしまって視界がはっきりするので余計に人を見たくない。
言われたとおりに酒をついでいた時、千星さんの隣の男が、こともあろうことか彼の太腿に手を伸ばしていた。
俺は、滑るふりをしてトングを飛ばした。
「手が滑っちゃいました」
満面の笑みを浮かべると二人とも笑っていた。
ったく、これだから、酔っぱらいは困る。
さて、何を話そうかと思案していたら、横の男が経営の話を振ってきた。
「まぁ、専門的なことだから、君にいっても仕方ない―――」
「それ、改善できますよ。」
俺が好きな話だ。
男は俺が食いついたからか間抜けな顔でこちらを見ていた。
其処からは千星さんを忘れるくらい熱く語った。
普通の冴えないサラリーマンかと思ったら、俺の隣に座ったやつはかなりの知識を持っていて、聞いていても面白かった。
なんだ、こんな接客ならいくらでもしていたい。
そう思っていた矢先、「あ、そろそろ時間だね。今日は愉しかったけど、また来ることにするよ。」と、二人は帰って行った。
客を見送ると入れ違いに、天夜と九鬼が入ってくるのが分かった。
二人ともスーツを着ていたのでそれなりには見れた。
どっちか、つーと俺もこっちが良かったんだけどな…。
これで、指名して貰えば一時休める。
俺はそればかりを考えていた。
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【九鬼】
こういう場所に来るのは久々だ。
(裏)生徒会に入るまでは良く夜遊びもしていたが、今は付き合い程度の物になっている。
ドアを開けるとボーイがやってきた。
初めてだと告げると、ある程度店のシステムを説明してくれたが、聞き流しながら店内を見回す。
一際目立つ姿勢のいい黒髪の女…ではなく男、あれは左千夫クンだ。
なゆゆとはるるはどうやら二人でテーブルについているらしい。
三人共うまくなじめているので違和感はない。
隣にいる巽は少しそわそわしていたが、初めて来る場所だろうから仕方ないだろう。
「達也どーする?俺あの黒髪の子気にいっちゃったから、指名したいナ」
一応ボク達は先輩と後輩のしがないサラリーマンという設定だ。
きちんとスーツを身に纏い、ビジネスバッグも持っている。
ちなみにボクは眼鏡もかけた。
背も高い方なので、見た目では高校生とはバレないだろう。
「えっと…僕はあそこの二人がいいんですが」
そう言って巽はなゆゆとはるるを指差した。
左千夫クンはまだ接客をしているが、なゆゆとはるるは調度客が帰った所だったので、巽は先にそちらのテーブルへと案内される。
先に一緒のテーブルに着きますかと言われたが、断りを入れた。
「じゃあ、九条先輩、また後で」
「はーい楽しんでネ」
そう言ってスーツ姿の巽を見送った。
巽とは違う近くのテーブルへと着くと、先に別の女の子がやってくる。
中々胸も大きくかわいい子だったので、とりあえず先に飲み物を注文しておいた。
もちろんお酒。
「あいりでーす、あいって呼んでくださーい♪おにーさん見ない顔ですね?初めてですかぁ?」
横にぴったりとくっつくように座るその娘にお酒を注いで貰う。
その娘と言ってもきっとボクより年上だろうけど。
「初めて初めて♪君みたいにかわいい子がいるなら常連になっちゃおっかナ~」
そう言って彼女の顔を覗き込む。
少し頬を染めたあいちゃんはきゃいきゃいはしゃいでいた。
さて、こんなコトばかりしていると左千夫クンに怒られる。
グラスに口を付けながら、バレないように辺りを見回した。
見た感じ普通のキャバクラだし、見知った顔もいない。
大体こういう所ではボクの「裏の知り合い」がいる事も多いので、スタッフや客の顔を確認していくが、誰も該当しなかった。
知り合いがいれば任務もさっさと終わらせられるかと思ったんだけど。そううまくはいかないか。
適当にあいちゃんとスキンシップを取りつつ、煙草を咥えながら左千夫クンがテーブルに来るのを待った。
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【神功左千夫】
一番目の客の相手をしているところで九鬼達が入ってきているのが見えた。
数度延長をしてくれた目の前の客もそろそろ潮時かと帰る様な誘導を始める。
そうするとお客さんは帰ってくれた。
ここのキャバクラはお客の層が広い様だ、僕の貰った名刺に書いてある企業はかなりランクの上のものだった。
「さち。次あっちね。」
「はい。分かりました。」
いつもよりも柔らかく笑みを浮かべながら九鬼の入るテーブルへと向かった。
九鬼はこういうところに来ることに慣れているんだろう。
酒を飲み、煙草を吸っていた。
そして、女性を侍らしている。
「お待たせしました。
あいりさん、ありがとうございます。それとも、一緒の方がいいですか。」
九鬼にしか分からないように刺々しく告げてやる。
「そんな失礼なことしないよー!!ごめんね、次は君を指名するからね!あいちゃん!!」
白々しく告げられるサービストークに九鬼の方がホストみたいだと思ってしまった。
あいりさんが傍から離れると九鬼の隣に座る。
他愛ない話を進めていたが、彼が新しく煙草を咥えので密着してライターの炎を灯す。
「店側から、客の貴方に対してのアクションは有りませんか?」
周りに聞こえないように耳元で言葉を落とした。
勿論普通の話もする。
二つ織り交ぜながら会話を繰り返していった。
彼は裏の顔も持っているのでその方面からも何か分からないか、聞いてみたがどうやらまだ、成果は無い様だ。
売春させられた生徒は直ぐに売られたようだ。
と、言うことはもう少し店側にかまを掛けて置くか。
そう思っていたら九鬼が更に密着してきた、しかし、調度ボーイが目の前に居るので変な顔は出来ない。
「……なんですか?」
まだ、用事が有るのかと、僕は彼の顔を覗き込んだ。
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【九鬼】
あいちゃんと楽しんでいた時、左千夫クンが他の客の接客を終えたのか、こちらへと来た。
背が高いので少し威圧感はあるが、いつもと違ったやわらかい笑みで微笑む彼は、女性になりきっていた。
少し寂しかったがあいちゃんとお別れすると、普通の会話に混ぜて重要な点だけ周りにバレないように話していく。
煙草を吹かしながら、お酒を飲み、笑顔で会話しているフリを装い続けた。
任務じゃなくて普通に客として来たい。もちろん接客は左千夫クンにしてもらって。
ふといいことを思いついた。
彼に更に寄り添うと、覗き込んできた顔に微笑みかけ、肩を抱く。
逆側の手は足へといやらしく這わした。
側のボーイがこちらを見たが、これぐらいならまだ何とも言われないだろう。
「ボクに集中して」
少し嫌そうな雰囲気を出していた左千夫クンの表情が変わった。
酔っぱらったフリをして胸元に手を伸ばすと、柔らかい感触がして不思議な感覚で笑ってしまいそうになる。
そしてわざと側のボーイに聞こえるように囁いた。
「君と……セックスしたいなァ……」
その言葉を聞いたボーイがすぐに側へ駆け寄ってくると、左千夫クンをボクから引っぺがした。
「お客様、それ以上の行為は当店では禁止しております」
「えーなんでーいーじゃーん」
「聞き入れていただけないのであれば、誠に申し訳ございませんが、退店願います」
ボーイの行動は迅速だった。
奥から屈強な肉体の男が二人出てきたかと思うと、ボクの両腕を掴みあげる。
いつもなら、こんなことをされても簡単にぶちのめすことはできるけど、今それはしちゃいけない。
「まったネ~さっちゃん♪」
そう言って左千夫クンにウインクをすると、ずるずると引きずられて外まで追い出されてしまった。
ずり落ちた眼鏡と乱れたスーツを直し、暫くそこで文句を言っているフリをする。
「お客様…」
「んだよー!ボクは客だぞー!お金なんて払わないからなー!」
暫くして出て来たのは、店長らしき男だった。
こいつもボクの顔見知りではない。
「大変申し訳ございませんでした。ご無礼をお許しください。
お詫びと言ってはなんなのですが……お客様にいいお話があるのです」
――――かかった。
ボクは不信感を露わにする演技をし、その店長に向かって大きくため息をついた。
「何?時間取らせないでよネ」
その言葉に店長は嫌な笑みを零した。
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【神功左千夫】
九鬼が意味深なことを呟いた。
何か策が有るのだろう、太腿は触られるのが嫌だったが、胸は…まぁ、僕の胸では無い。
何か失ってしまいそうな気はしたが。
「……あ、お客様――」
「お客様、それ以上の行為は当店では禁止しております」
ボーイの制止は速かった。
そのまま九鬼は引き摺られるように連れて行かれる。
彼ならあんな男達にやられることは無いだろう。
それなのに連れて行かれたのは何か考えが有ると言うことだ。
僕はそのまま控室に戻されると、先程の知的な佇まいの男が僕に話掛けてきた。
「酷い目にあったね?大丈夫だった?」
「あ、はい……。」
「うちはこういうこともあるから、それに対応できるスタッフをちゃんと用意してあるんだ?これから、も安心して――」
「すいません…そのことなんですが…どうも、私…こういう仕事…向いてないみたいで、…やっぱり、見学だけで終わりにしておきます…あ、今日はちゃんと最後まで働きますので…!」
僕は俯き、両手で胸を抱くようにしておずおずと言葉を零していく。
勿論演技だ。
そうして、チラっとばれないように視線を上げて、相手の表情を盗み見る。
其処には冷めた表情をした相手が居た。
先程までとは別人だ。
そのまま顔を上げると彼は柔和な笑みを拵えていた。
どうやら、こっちはこれで掛りそうだと僕は内心笑みを浮かべた。
「そっか…仕方ないね。なら、ちゃんとタクシー代もだすから、今日一日頑張ってね?」
そう言って彼は更に奥の事務室へと消えて行った。
僕は深々と礼をした。
さて、そろそろ尻尾が掴めそうだ。
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【千星那由多】
客が引いた後に来たのは巽だった。
副会長は会長を指名したようで、別の席へと座ったのが見えた。
スーツを身に纏いビジネスバッグを持つ巽は様になっている…というより、新入社員のような風貌だ。
巽はいつものようににこにこ笑いながら席に着くと、目を輝かせてきょろきょろと辺りを見回している。
晴生は巽が来たことで安心したのか、足まで組み始める始末だ。
「おまえらちゃんとしろって」
屈むふりをして小声でそう漏らす。
最初の注文を迷っていたが、メニューを見た巽は目を輝かせるようにある商品を指差した。
「これってドンペリ?あの有名なやつ?」
「そうだな」
「わードンペリくださーい!なーんてね」
にこにこ笑いながらそう口にした瞬間、側に居たボーイが即座に反応した。
「ドンペリ入りましたー!!!」
「「「えッ」」」
あれよあれよと言う間に、ボトルが運ばれてきて渡される。
俺と晴生は巽にじとっとした視線を向けたが、こいつはばつが悪そうに笑うだけだった。
頼んでしまったものは仕方がないが…。
「俺お金そんなに持ってない」
「なんでじゃああんなこと言ったんだよ、俺もねーよ!」
「……後で俺が払っときますんで」
三人一斉にため息をつき、ボトルを見つめる。
お酒自体飲んだことはないし、口にはしてはいけないのだろうけれど、「ドンペリ」という物には少し興味がある。
ちょっと飲んでみたいかも…。
そう言う間もなく、巽は自分でお酒を注ぎ始めた。
「ちょッたっ…お客様…」
慌ててボトルを奪って注ぐふりをする。
どうやらこいつは飲む気だ。
「折角だから飲まないと損でしょ?」
「確かにな」
そう言った晴生も自分のグラスになみなみと注ぎだす。
最後には俺の方にも巽が注いでくれた。
ちらりと会長と副会長の方を見たが、あちらもあちらで何か話し込んでいるようだった。
副会長に関しては煙草もお酒も飲んでいるし、俺達が少しぐらい飲んでも何も言われないだろう。
「ちょ、ちょっとだけな」
小声でひそひそと会話をしながら、俺達はグラスを手に持ち、周りに怪しまれないように笑みながら口に含んだ。
…うん、なんかそんなに不味くないかも。
巽と晴生は平気そうな感じで飲んでいる。
一気に飲むことはできないが、ちびちびと口に含みながら、初めてのお酒を味わっていた。
グラスから少し口を離すと、少し身体が熱くなったのを感じたが、気にせずまたグラスを傾けた。
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【天夜巽】
こういった種類のお酒は飲んだことないので興味が有る。
口に流し込むと高級シャンパンと言われる味がこれなのかと舌が認識する。
飲み慣れるとあれなのかもしれないが、結構酸味が強い。
日当瀬はそんなこと気にしないのか、流す様に酒をあおっていた。
「はぁ、なんだか酸っぱいね。」
「それは、貴方が子供だからだよ。」
ここでも日当瀬は口調を変え、僕に喧嘩口調で返してくる。
まぁ、キツイ外人の女にしか見えないがこれでは一部の客にしか相手にされないだろう。
逆にこれはこれで売りにもなるので、一概に悪いとは言えない。
「なゆちゃん。あれ、なゆちゃん、もしかしてもう酔っちゃったの?」
那由多は酒に余り強くない。
どうやら、この少しの量でくらっと来ているようだ。
大丈夫か確認するように更に那由多の方に寄る、どうやら大丈夫そうだ。
那由多は可愛い系で男受けするだろう。
いつもの那由多と違ってなんだかよくしゃべる。
もしかして、会長が何かしているかもしれないけど…。
取り合えず、危うい。
そんなにおいがした。
その時、クッキー先輩達が動き出した、見事な演技だ。
僕は彼の連れなので、一応後を追わないといけないだろう。
「もー、九条先輩、相変わらず、酒癖悪いんだから。
ごめん、はるちゃん、これで支払い済ませといて!じゃ、また来るね!」
俺は日当瀬にお金を渡すふりをする。
席から立つとクッキー先輩を追うように店から出る。
その時調度数名のサラリーマン、若者と言うよりは中年の男達が入ってきていた。
常連なのか直ぐに店長が出てきていた。
調度那由多が顔を出していたからか、その禿げたサラリーマンは那由多や他にも数名女の子を指名していた。
どうしてか分からないが、あの集団からは嫌な雰囲気がした。
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【九鬼】
ボクは店長に裏にある小さな倉庫へと連れていかれる。
中は小さな照明で薄暗く、簡素なテーブルと机が並び、数人目の淀んだ男達が立っていた。
そこに座るように促されたので、不信感を抱きながら乱暴に腰かけた。
すると、店長は外からやってきたスタッフに耳打ちで何かを聞いている。
「申し訳ございません、別のお客様が来られましたので少し席を外させていただきます。
説明はそちらのスタッフに。すぐ戻って参りますんで…」
ニヤニヤ笑いながらへこへこと頭を下げ、店長は倉庫から出て行った。
すぐにスタッフが目の前の席に座ると、書類を出してくる。
それは左千夫クン、なゆゆ、はるるの顔写真付きの履歴書だった。
「何?」
眉を顰めながら目の前のスタッフへと言葉をかける。
「先ほどボーイが貴方様のお言葉を聞いていたのですが…」
「言葉?…ああ、セックスしたいナーって言ってたこと?冗談じゃん、悪かったって」
まだその事を責められるのか、という演技でため息を吐きながら腕を組んだ。
「いえ、悪くはないのです。その件に関してお客様にうちの“裏のシステム”をご利用していただこうかと思いまして」
「…裏のシステム?」
少し興味がある、という仕草で相手を見た。
どうやら確実に当たりだろう。
今からこの三人の売春の話しがあるはずだ。
思った通り、そのスタッフは不敵な笑みを零しながら、淡々と「裏のシステム」について話をし始める。
売春とは直接話さなかったが、お金を払ってくれれば「さち」を抱くことができる、と言われた。
身を軽く乗り出し、その話しに食いつくフリをする。
「ここだけの話しなのですが…ここの三人は18歳未満、現役高校生でバイトをしています。
しかもさちは、今日の体験入店で辞めてしまうと申してきました。抱くのであれば今日しかありません。
もしお客様にそういうご趣味があるのであれば、悪い話しではないと思いますが…」
「…いいネ、女子高生とか最高だヨ。で、いくら?」
スタッフは笑みを深くさせ、値段を提示しようとしたその時だった。
店長が帰ってくると、スタッフの行為を停止させる。
「申し訳ございません、お客様…!そのお話しなのですが、先約ができてしまい…」
そう言って深々と頭を下げた。
「さちは無理なのですが、なゆとはる、はいかがでしょうか?」
「えーやだ、ボクさっちゃんがいい」
「も、申し訳ございません…」
先約ということは、買う側の人間が現れたという事か。
この雰囲気からして、金持ちでかなりの常連だろう。
ま、これだけわかれば十分だ。
「…わかった、いいヨ。また来る。だからさっちゃん辞めさせないでヨ」
店長の言葉を聞き入れ、「また来る」という言葉を利用し、この事はここだけの話しにするという意味を込める。
店長は気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
一応この話しを口外しないという約束の書類にサインを書かされると、ボクは倉庫を後にした。
巽が店の前で待っていたので、目で「釣れた」という合図を送ると、そのまま近くで待機することになった。
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【神功左千夫】
九鬼が帰った後は大口の客の相手をしていた。
と、言っても一番偉いだろう相手の隣に座り付きっきりだった。
そのほかは彼の部下だろう、へこへこと頭を下げ、僕の横の男の機嫌を取っていた。
しかし、かなり地位のある男なのだろうが、下品だ。
先程の九鬼が可愛らしく思えるほどボディタッチも酷い。
男かとばれないかと思ったが良い位に酒も入っているので大丈夫だろう。
そうこうしているうちに那由多君や晴生君も同じ席について彼の部下の相手をしていた。
この男の次に地位が有りそうな男はどうやら那由多君がお気に入りのようだ、かなり近づいていっている。
そうこうしているうちに閉店時間になった。
彼らも大人しく帰る様だけど果たしてどうだろうか。
僕達は控室に戻り、私服に着替える。
化粧を直し、帰り仕度が終わると店長がこちらに向かってきた。
「おつかれさーん。今日はどうだった?はい。これ、今日のお給料ね。」
僕達三人に封筒が渡される。
高校生に取って高額なそれを見て僕は驚いたふりをする。
「さっちゃん、また働きたくなったらいつでもおいで、君ならここのナンバーワンになれるよ。
あ、あと、皆疲れたでしょ?これ食べて、お酒の匂いも消してくれるから、家族へのカモフラージュになるしね」
そう言って店長は瓶に入った飴を僕達に差し出した。
優しい口調だが食べろと威圧されている。
勿論僕達は躊躇なくその飴を食べた。
甘い味が体を癒していく、しかしそれだけでは無い。
この飴には薬物が混入しているようだ。
それから僕達は別々のタクシーに乗った。
中も眠気を誘う様な甘い香りがしている。
一般人なら意識が混沌してくるだろう。
「眠いなら寝てていいよ。着いたらオジサンが起してあげるから。」
僕は運転手の言葉に甘えて扉に凭れるようにして瞼を落とすふりをする。
それから胸に仕掛けてあった無線機のマイクに情報を流す。
「九鬼。僕は今タクシーの中です。僕はナンバープレート○○、那由多君は○○、晴生君は○○。
晴生君には忘れ物をしたと言って戻って貰います。
那由多君は少しお酒がまわってそうなので、このまま帰れるなら帰しますが、多分僕と同じルートをたどると思います。救助は巽君お願いしますね。
九鬼は撮影を。少ししてから入って来て貰えますか。」
そう告げているとタクシーがホテルへと入って行った。
これで確実だな、と、内心笑みを浮かべた。
ホテルは部屋に車付け出来る作りになっていた。
「着いたよ、おじょうちゃん、はい。降りて降りて。」
僕は泥酔しているふりをした、そのまま運転手の肩に寄り添うようにして降りて直ぐの部屋の扉の前に連れたいかれた。
同時に部屋の扉が開く、中に居るのは予想どおり先程の品の無い小太りな男だった。
「いらっしゃい、さっちゃん。」
そのまま僕は部屋へとぐっと引き込まれる。
よろつくふりをしながらドレッサーに鞄を置く、勿論この中にはカメラが隠してある。
そうして、ベッドに背中を向ける様にして、この男を怯えた瞳で見上げる。
後は後退していくだけだ。
「あ、あの、私、家に帰る途中で……」
「何言っているの、さっちゃん、今日は僕とセックスするんだよ。」
「そんなこと、きいてま―――」
「君はつべこべ言わず服を脱げばいいんだ!!お金なら沢山上げただろ!!」
そう言って僕はベッドに押し倒される。
必死に服を守るふりをする、と、言うか脱がされるとばれる。
「あ、あの!私まだ、高校生なんでこういうことは――!!」
「知ってるよ…。」
掛った。これで、任務は終了だろう。
後は九鬼が入ってきてくれる…筈だ。
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【九鬼】
左千夫クンに言われたナンバーのタクシーを別のタクシーで追う。
行き着いた先はラブホテルだった。
少し離れた場所に降ろしてもらうと、左千夫クンが入って行った部屋の前にサングラスをかけた男が二人立っていた。
めんどくさいなと思いながらも、ふらふらとそちらに近寄って行く。
「なんですか」
「あ、いやーボクさっきここ利用して忘れ物しちゃったんですヨー」
へらへらと笑いながらその二人を割ってドアノブに手を伸ばそうとすると、当然ながら二人に両肩を掴まれた。
「今利用中です。忘れ物ならホテルスタッフに聞いていただけませんか」
「えーでも大事なものなんでー」
つべこべ理由をつけてそこから帰ろうとしないボクに、痺れを切らした男二人は、掴んでいた肩を離し、ボクに殴りかかってくる。
それを後ずさりし避けると、二人の顔を覗き込むようにイタズラな笑みを送った。
「ボクの大事な人がいるんで♪」
そう言うと両手で二人の額を掴むと、後ろの壁に思い切り打ちつけた。
酷い音がしたが、二人はそのまま沈黙し、ずるずると地面へとへたり込んだ。
両手を叩いて払うと、ポケットの中から小ぶりのカメラを取り出す。
録画ボタンを押すとドアを映し、片方の手はドアノブに触れた。
いくら頑丈に鍵をかけたって、ボクの能力で変形させられるので意味はない。
「突入~!」
そう言うとずかずかと室内に上り込んで行く。
奥の部屋にいたのは今にも襲われそうな左千夫クンと、裸の汚いおっさんだった。
もうちょっと遅れてくればよかったかな。
そんな事を思いながら、カメラを回しながら笑っているボクを見て、おっさんは訳がわからないと言った表情でこちらを見ていた。
「い~ネ~その顔!!さ、どうぞどうぞ続けて!」
ちなみにボクは左千夫クンを助けるつもりはない。
というか助けなくても大丈夫だろう。
ただカメラ役に徹するのみだ。
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【神功左千夫】
九鬼が入ってきた。
このシーンを撮影して後は終わりだろう。
彼の事だ、「こんなことしちゃ、いけないネ、オジサン」と、言いながら助けてくれる…と、僕は勘違いしていた。
「い~ネ~その顔!!さ、どうぞどうぞ続けて!」
九鬼から呑気な声が漏れ落ちる。
僕もそして、目の前の下品な男も驚いた表情で九鬼を見つめた。
「フハハ!なんだ、店長の新しいサービスか!いいねぇ、撮影されながらのセックス!!上等だよ!!」
その時僕は完全に頭が回っていなかったので、この前の男の一手を避けることができなかった。
無残にもスーツのボタンが弾け飛ぶ。
そして、シャツを胸元まで捲り上げられた。
フェイクバストと女性もののブラジャーが飛び出す。
この損失感はどう現したらいいか分からないが、僕は何かを失った。
その瞬間に右ストレートを目の前の男の顔面に打ち抜く。
素っ裸の男がベッドでのた打ち回っている中、僕の怒りの矛先は九鬼へと向いた。
ベッドから立ち上がると同時に手短に有った、ポールハンガーを彼へと投げつける。
殺せるものなら殺したいが僕のポールハンガーは九鬼の頬を掠めただけだった。
そうして、破れた上着とフェイクバストを下に落とし、スカート一枚になりながら九鬼に歩み寄る。
この時どんな表情をしていたのか僕には認識が無い。
「普通…、助けに来たよ、とか、大丈夫ですか?とか…そう言うシーンをビデオに収めるんじゃないんですか?」
何が続けてだ。
意味が分からない。
「お、お前!!騙していたのかッ!!」
九鬼ににじり寄っている間に後ろから声が聞こえる。
ドレッサーの上の鞄から携帯を取り出すと、イデアアプリを展開させていく。
そうして、一緒に呼び寄せた愛輝凪高校の(裏)生徒会の制服を僕ははおった。
……下はスカートだが。
「そうですよ。僕は男です。なんなら、下も脱いで上げましょうか?」
後ろから九鬼が「脱いで、脱いでー!!」と、ふざけたことを言ったので睨みつける。
一つ息を吐いてから僕はゆっくりと裸の男に近づいていった。
「どちらにしろ、もう終わりです。貴方はこのビデオを手に自首しなさい。
警察に包み隠さず全てを話すのですよ?」
ゆったりと歩き、胸元のペンダントトップを揺らしながら近づいていく。
目の前の男はなにか喚いていたが直ぐに幻術に掛って行く。
静かになった男の瞳に生気は無かった、完全に僕の術の中だ。
これで、この件は片付くだろう。
今回は能力者が絡んでいる様子は無かった。
それにしても面倒な任務だった。
僕ははおった制服の前を閉じながら九鬼を振り返った。
-----------------------------------------------------------------------
【九鬼】
おっさんはサービスだと勘違いしたのか、行為を続けて行く。
アホだ。まぁこっちは面白いもの撮れていいんだけど。
しかし、すぐさま左千夫クンからポールハンガーが飛んできたので、咄嗟にそれを避ける。
頬を掠めたがまだ撮影の手は止めない。
「だってもうちょっと緊迫してる状況の方がいいでしょ?」
イタズラに笑いながら凄い恰好でこちらを見ている左千夫クンを上から下まで撮影していく。
そうしてやっとおっさんは状況がおかしいことに気づいたのか、声を荒げた。
騙されるエロ親父の方が悪い。
というか、今まで未成年のかわいい女子高生たちを何人も騙してきた奴に言われる筋合いはない。
結局それからは手伝う間もなく、左千夫クンはおっさんに催眠術をかけ終わっていた。
「お見事っ!撮影しゅーりょー♪」
カメラを畳むと、中のカードだけ取り出して虚ろなおっさんに放り投げた。
イデアから受け取ったビデオカメラなので、ボクたちの顔や声は撮影してもすり替わるようになっている。
その後すぐに携帯を取り出すと、店にいるであろうはるるに電話をかけた。
「こっちは終わったから、お店の方よろしくネ♪」
それだけ言うと、はるるはすぐ様電話を切った。
彼も嫌な女装までさせられて、かなり鬱憤が溜まっているだろう。
あちらは任せておけば大丈夫だ。
そして巽にも電話をかける。
出るのが少し遅かったが、なゆゆの方も片付いたみたいだった。
とりあえずそちらに合流するとだけ伝え、電話を切った。
「よし、これで任務は終了だネ、行こっか、さっちゃん♪」
そう言った瞬間の左千夫クンの目は鋭かったが、気にせずに部屋から出ていった。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬晴生】
タクシーを返した。そのまま俺は店の前で待機している。
九鬼から電話が来る。
やはりこの店は売春をしていたようだ。
隠しカメラの回収の為に閉店した店内へと向かう。
「あれ?どうしたのはるちゃん、忘れ物?」
「はい、そうです。」
俺はまだ、女装をしたままだったのではるちゃんと声を掛けられる。
やっとこの面倒な任務から解放されたと言うのにまだその呼び方かと肩を竦めた。
俺は堂々と隠しカメラを回収していく。
そうするにつれ、店長や社員達の表情が変わって行った。
「ん!なんのつもりだ、はる!!」
「ああ?売春の現場押さえた資料を回収してんに決まってんだろ?」
「な!!おい!さっさとこいつを取り押さえろ!!」
あーだり。
一般人が俺に勝てる訳ねーつーの。
ヒールが高い靴を徐に男達に投げつける。
身軽になったと同時に携帯を取り出した。
「――解除」
拳銃を取り出すと敵が怯むのが分かる。
甘い蜜を吸いたいだけに裏に手を染めたやつばかりなんだろう。
「なに、怯んでいる!!こんなガキ一匹に!!」
それでも、店長の声で屈強な男どもが俺に飛びかかってくる。
「うぜぇ!…ザコはさっさと寝んねしな!」
躊躇なく俺は空気砲を打ち込んで行く、机はぶっ飛び、照明は割れ、暫くは営業ができない状態になるまで暴れまくる。
一通りの男が沈黙すると俺は武器をブレスレッドへと戻した。
それから、俺達がサインした資料、隠しカメラ、テープ。
仕掛けたものと、今日の俺達の売り上げを根こそぎ手にするとその場から去った。
「じゃーな、店長。次はもうちょっとマシな娘雇うことだな。」
後日この店は警察にガサ入れされることになる。
そのおかげで被害にあった生徒も少しは救われるだろう。
こんなことをしても奪われたものは戻ってこないので、せめても…だが。
「そもそも、こういうバイトするなら、覚悟しとけつーの。」
俺は煙草を吹かしながら一人帰途についた。
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