あなたのタマシイいただきます!

さくらんこ

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isc(裏)生徒会

チェンジ

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【飯田慶介(いいだけいすけ)】

俺は飯田慶介。
悩みは背が低いこと、そしてちょっと小太りで筋肉が無いこと、それから明日が球技大会なこと。
運動が苦手な俺はどの班でも敬遠されてきた。
そんなときクラスメイトの神功君が僕を仲間へと誘ってくれた。
財閥の息子の彼に逆らう奴はこのクラスには居ない。

僕の班にはバレー部の時期キャプテンも居たが反対に清志も居た。
清志は俺より背が高いけど、俺より太っちょで運動が出来ない。
そして、なんて言ったってねくらだ。

こいつが下手すぎて俺の下手さなんて目立たないだろうとそう思っていたのに。
どんな特訓をしたのか清志は足を引っ張らない程度にはバレーができる様になっていた。

「やったね!清志君。特訓の成果だよ!」

神功君の声が響く。
最近彼と仲が良いと思っていたらそんなことまでして貰っていたのか。
トレーナーでも付けて貰ったのかな、金持ちのやることは違う。

結局練習では俺が足を引っ張ってばかりだった。
正直明日はズル休みしたい。
そんなことを思いながら廊下を歩いていた。

「あー、明日の球技大会かったりー」

「は?おまえのチーム神功居なかったっけ?あ、十輝央のほうな!神功でも運動神経が良い方。」

「居るには居るんだけどよー。お荷物を二人も連れてきやがったんだぜ?
あー、まぁ、堀口はなんとかなりそーなんだよな、でも飯田。あいつはだめだな、あんな奴居たらたとえ神功がいても勝てねーよ。」

バレー部の奴がそう言うのが聞こえた。
俺だって出なくていいなら出たくない。
彼らがこちらに来そうだったので俺は慌てて逃げた。

元から体のつくりが違うんだ。
俺は小さくてあいつらはデカイ、筋肉だってつきにくい体質だ。
どうやったって俺が運動なんてできねぇよ。

「じゃぁ。体を変えちゃえばいいじゃん」

空き教室から声が聞こえた。
びくっと体を揺らしてから俺はそちらに視線を向けた。
其処には外人の男の子が佇んでいた。

「君に魔法を上げるよとっておきのね。」


そこからの記憶は少し途切れてる。
そして、今日は球技大会本番。
俺はその男の子に言われたとおりに自分の右手を胸に、そうして左手をバレー部の時期キャプテンへと触れさせた。

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【千星那由多】

今日は球技大会だ。競技はバレー。
正直ズル休みしたいぐらいに出たくなかったが、巽と晴生が同じチームなので二人にまかせておけばなんとかなるんじゃないかと思ったので、仕方なく出ることにした。
もちろん巽と晴生は同じチームなのにいつものごとく敵対している。

ジャージに着替えると校長の長い話を終え、球技大会が始まった。
全学年同時に行われるのでグラウンドには全校生徒がうじゃうじゃと集まっていて息苦しい。
まだ俺達のチームは試合が無いので、三人でグラウンドの隅で座り込んでいると、遠くに会長と副会長がいるのが見えた。
二人とも背が高くスラリとしているので、相変わらず目立つ。
同時に周りにいる女子や男子の取り巻きも目に入った。

あの二人はまったく正反対でどこも似ていない。
けれど、仲が悪いと感じることはなかった。
見た感じはかなり悪そうに見えるけれど。
なんだかんだ言ってお互いがお互いを信頼しているんだろう。

あ、副会長足踏まれてる。

そんな二人をぼーっと見ていると、同じチームのクラスメイトにもうすぐ試合が始まると呼ばれたので、コートへと向かった。
この時俺は、会長と副会長、そして俺達の身に大変な事が起きるとは、知る由もなかった。

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【神功左千夫】

僕は運動の競技は余り目立ちたくない。
勉強はトップをキープしているのでこれ以上僕を飾り立てるものは必要ないからだ。
なので、上の中くらいでいい。
幸い僕のチームには九鬼が居た、と、言うよりは九鬼の強引な誘いに負けた訳だが。
それでも、目立たなくて済むのでこれはこれで嬉しかった。

球技大会は予選と決勝がある。
種目は男子はバスケットとバレー。僕はバレーの方へと割り振られた。
予選は総当たりでリーグの上位二チームが決勝へと進める。
僕はCリーグに振りあてられていた。
第一戦目は十輝央兄さんが居るクラスとだった。
運悪く十輝央兄さんが敵に居た、これは間違いなく白熱する。
彼は運動神経がいい。巽君と似たようなタイプで無駄のない動きをする。
そして、バレー部も居た。
しかし、足手まといそうな人物が二人、こちらも全員が運動神経が良い訳ではないので五分と言ったところか。

「じゃぁ、皆行くよ!」

九鬼の声がこだまする。
どちらのコートを使うかが決まり僕はタオルを手にそちらに移動し始めたその時だった。
相手チームのバレー部がタオルを落とした。

「落としましたよ。」

「あ、ありがとう。」

僕はそれを拾い上げて返した、そうすると、彼は左手でそれを掴む。
その時に女子と喋りながら歩いてきた居た九鬼がバレー部の右手にぶつかった。

“交換完了”

頭の中で声が響いた。
その瞬間視界が変わる。
僕の視界に僕、神功左千夫が映っていた。
そして、僕の周りには先程九鬼が侍らせていた女性が居た。

一瞬訳が分からなくて、真っ直ぐに僕を見つめた。
そうすると僕もこちらを真っ直ぐに見詰めてきた。 
その表情の作り方が九鬼そのものだったので分かってしまった。

嗚呼、僕たちは入れ変わってる。
自分の掌を見てから体育館にある鏡を見たら矢張り僕は九鬼の姿をしていた。
僕のいや、九鬼の体を通して見た掌も間違いなく九鬼のものだ、僕の手よりも大きくて男らしい。

なぜそうなったか分からなかったが、あのバレー部が関係している様な気がする。
彼を捕まえようとしたが既に彼の姿は無く、先生がピーっと笛を吹いた。

事を荒立てる訳にはいかないのでこのまま試合をするしかないようだ。
僕は九鬼の体で溜息を吐いた。
どうやら、九鬼はまだ事の事情を呑み込めていないようで僕の体でキョロキョロと辺りを見回していた。
恥ずかしいから止めて欲しい。
僕は“神功左千夫(九鬼)”の手を繋いでコートへと引っ張って行く。
そこで小さく耳打ちした。

「後で説明します。」

僕が話している筈なのに、耳に九鬼の声が響いて気持ち悪かった。
そして、“神功左千夫(九鬼)”は元のポディションに行こうとしたのでそれをひきはがしてセッターに向かわせた。
そう、僕はセッター、ボールを上げるポディションをするつもりだったのだ。
九鬼にボールを集める作戦だったので間違いなく九鬼の体に居る僕にボールが集まる。
面倒だな、と、思いながら構えていると一人のチームメイトから声が掛った。

「クッキーあれ、いわねぇの?」

「は?いえ、あれな、…いえ、あれだよね、忘れてた、ゴメンゴメン!よーし皆、行くぞー!!
円陣組んで―――」

「絶対勝つ!!!」
「「勝つ!!」」

「そーして!女の子にもてる!!!」
「「もてる!!」」

「行くぞ―!!」
「「オー!!」」


もう死にたい。
まぁ、僕もこの円陣に組みこまれていたのだがいつもは声なんか出していない。
“神功左千夫(九鬼)”が凄い顔で笑いをこらえているのが視界に入った、その足を踏みつけて置く。
勿論ばれないようにだが…、ちょっと力が入り過ぎたかも知れない。

それにしても、こんなくだらないことを言うだけでチームの士気を上げ、周りを和ませるこのキャラクターを作りあげた九鬼は少し凄いなと思ってしまった。
僕があんなことを言えば間違いなく病院に連れて行かれるだろう。

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【神功左千夫(九鬼)】

おかしい。
目の前にボクがいる。
確実にあの白い跳ねた髪はボクの頭だ。
鏡でもここにあるのか?でもボクってこんなに無愛想な顔してたっけ?

次に自分の手を見た。
細く白い指、整った綺麗な爪、目にかかる髪は黒い。

…あれ?

ようやくそこでボクはボクじゃないことに気づいた。
この甘い香りは左千夫クンの香りだ。
もしかして……身体が左千夫クンになってる?

そう思った途端に笛が鳴った。
目の前のボクに腕を引っ張られる。
なんだか気持ち悪いけど、この手を引っ張っているボクは、もしかして左千夫クン?

頭が混乱していたが、ボクの声で「後で説明します」と言われた所で合点がいった。
声はボクだったけれど、こんな喋り方は父の前でぐらいしかしない。
きっとこの中には左千夫クンがいる。

どうしてこうなったのかはわからなかったが、ちょっとおもしろくなりそうだ。

目の前の“ボクの身体の左千夫クン”は、あくまでも九鬼らしく振る舞っている。
それを見ると笑えてしまってしょうがない。
彼は心底嫌なのだろうけれど、なるべく表情を崩さないようにしていた。
まぁ既にボクはあんな冷静そうな顔しないんだけどネ。
笑いを堪えていると、目の前のボクに足を踏まれてしまった。

「――――いッッッ!!!!」

いつも踏まれるより痛い。
ボクの力で踏んでいるからだろうか。
足先がジンジンと痛み、目尻に涙が溜まった。
ていうか、この足は左千夫クンの足なのに。

そうこうしている内に試合が始まる。
サーブは向こうのチームからで、どうやらホーリーのようだった。
トッキーが肩を叩いて頑張れ!と声をかけているのが見えた。
ホーリーはどんくさそうなので、サーブで失敗するかと思いきや、ちゃんとこちらにボールが届いている。
やるねーと声に出しそうになったが、左千夫クンはそんな言葉は出さないだろう。

サーブをクラスメイトが受け止めると、ボクの方にボールが飛んできた。
えーと、ボクはセッターなので、これは…左千夫クンに打ち込んでもらうためにトスすればいいのか。
ああ、ややこしい!!

目の前に出てきた両手はボクの手ではないが、それをうまく上へと上げるようにトスをした。
けれど、思った以上に力の加減がわからずに、ボールは高くあがり過ぎてしまった。

「うわっ」

そう呟いた声に目の前にいたトッキーが不思議そうな顔をした。
あ、ダメだダメだ、ボクは今左千夫クンなんだ。

高く飛び過ぎたトスを、次はボクの姿をした左千夫クンが打ち込む。
そのボジションはボクだったんだけど…いや、打っているのはボクの身体だからボクか。
ダメだ。ちゃんと考えようとすると、頭が混乱する。

とにかく静かにしておかなければならないのだが、普段は何かしら喋っているので、今すぐにでも声を出したくて仕方がない。
うずうずしながら左千夫クンのスパイクを見守った。

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【九鬼(神功左千夫)】

体に違和感を感じる。
他人の体なので当たり前なのだがいつも通りと言う訳にはいかないだろう。
堀口清志からサーブが放たれる。
なるほど、どうやら彼は十輝央兄さんから指導を受けたようだ、構えがよく似ている。
なら、彼は足手まといになんてならないだろう。
ああ見えて十輝央兄さんは徹底的に指導するタイプだ。
褒めて伸ばす式なので教えて貰う方も頑張れる。

“神功左千夫(九鬼)”にちゃんとボールが返った、しかし、彼、僕の中の九鬼がボールを上げ損ねた。
と、言うか高く上げ過ぎた。
天井に付きそうじゃないか、出来ればそんな目立つことはして欲しくない。

それでも、このボールはちゃんとネット際に上げられているので仕方なく落ちてくるのを見計らって僕は跳躍した。

「―――ッッッ!!!」

ちゃんと加減して跳躍した筈なのに思った以上に跳びあがってしまった。
敵チームがぽかんと僕を見つめている。
そうだろうな、どう考えたって今の僕は人間の跳躍を超えている。
結局僕の胸にボールが当たって相手のコートに転がる。
相手が呆けていたおかげでそのまま相手コートにボールが落ちた。
まぁ、点が取れたのでよしとしよう。次はもう少し控え目に跳ぶことにする。

「――すっげぇな!!クッキー今のどんな技だよ!!どうやってあんな高いとこまで飛んだんだよ…!!」

「いえ、その……あー、企業秘密、企業秘密♪皆できちゃつまんないでショ?」

クラスメイトが僕に駆け寄ってくる。
まぐれです、と、言いたかったが九鬼ならそんなことは言わない。
仕方なく頭をフル回転させて彼の言いそうなことを言う。
もともと九鬼はよくしゃべるタイプでよく話しかけられるタイプなので、話すことに必要以上に体力を要した。

チラッと“神功左千夫(九鬼)”の方を見ると彼もぽかんとしていた。
彼でも驚くほど僕は跳躍したと言うことか?
その前にその体は僕の体だ!
そんな顔を晒さないでくれ。
次は、“神功左千夫(九鬼)”がサーブの番だったのでそのほけた顔面にバレーボールを投げてやった。
これもまた、凄い速さで飛んでいく。

いったい何なんだこの体は…!!!

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> 【神功左千夫(九鬼)】

ボクの姿の左千夫クンからボールが飛んでくる。
一瞬避けてしまいそうになったが、それを片手で受け止めた。
ボールがぎゅるっと手の中で回転し、痛い。
彼も力の加減がまだわかっていないんだろう。
さっきもかなり跳躍しすぎていた。
ていうかボクあんなに飛べるんだ。

そんな事を思いながらサーブを打ち込む。
さっきみたいな事にならないように加減して打ち込んだので、自ずと威力が落ちてしまう。
これでは相手チームに打ち返してくださいと言っているようなものだ。
人の身体で動くのがこんなにも難しいなんて。
あーめんどくさい!!

1セット目は力加減が分からずにぐだぐだな試合だった。
元々ボクと左千夫クンでチームを切り持っていたので、ボクらの調子が出ないとなるとうまく回らなくなる。
もちろん相手チームも強かったんだけど、本調子じゃない上に左千夫クンの身体だと威力が発揮できない。
そもそもボクはセッターの位置が大の苦手だ。
それでもなんとか頑張ってはみたけど、やはり負けてしまった。

2セット目に入る前に休憩が入る。
左千夫クンの元へ駆け寄ろうと思ったのに、見事にトッキーに捕まってしまった。

「さっきのトス凄かったね、左千夫ってあんなに力あったんだ」

「え?あーそうだ……ですね………あ、いや、今のは……ですね…」

ああ、彼の口調はなんとなくわかるんだけど、うまく喋れない。
もじもじしていると、トッキーは不思議そうにボクの顔を覗き込んだ。

「…なんか今日変だけど、何かあった?」

やばい、ボクと左千夫クンが入れ替わってるなんて思ってもいないだろうが、トッキーは妙に感が良さそうだ。
あまり突っ込まれた話しをしたくはない。

「い、いえ…そんなことはありませぬ」

「え?ありませぬ?」

「あーいや!なんでもない……です!!では!!!」

深々とお辞儀をし、トッキーからそそくさと離れる。
こんなこと多分しないんだろうな、と頭の中では思ったが、どういう態度を取ればいいのかもわからない。
そして、普段父ぐらいにしか敬語を使わないので、いつものノリで喋れないことがむずかゆい。
ベンチの方でボクの姿の左千夫クンが薄らと微笑んでいるのが分かった。
やめて、その顔でそうやって微笑むとなんか怖いから。


2セット目はギリギリで勝てたものの、まだ左千夫クンの身体は慣れない。
力を入れ過ぎると飛び過ぎるし、入れなさすぎると威力がない。
その間の感覚を掴むのは中々難しかった。
そして、普段通り喋れないイライラも募り、精神的にもかなり辛い。

2セット目が終了してからの休憩で、ボクはだらりとベンチに座り込んだ。
ああ、ダメだ、こんな風に左千夫クンはだらしない座り方しないっけ。
思わず開いてしまった足を閉じたが、これさえも窮屈に感じる。
ボクの身体の感覚で動き回っていたせいもあって、かなり疲労は溜まっていた。

なんか……ぜんっぜんおもしろくない……。

この身体でやりたい事をやっていいのならはしゃぎまくるが、それをするとボクの身体の左千夫クンが怒ってくる。
自分の顔に怒られるというのはいい気分ではなかった。
左千夫クンの顔で怒られるならドンとこいなんだけど。

大きいため息をついて、その場にガクリと項垂れた。

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【九鬼(神功左千夫)】

僕の姿をした九鬼が十輝央兄さんに捕まっている。
そして、アタフタしていた。
これで少しは僕の苦労が分かっただろう、本当に他人を演じるのは大変だ。
また、演じるだけではなく体を使いこなさなければならない。

このチームはムードメイカーの九鬼と、僕のトス回しによって成立していた。
僕がセッターなら速攻や、バックアタック、時間差、ツーアタック等色々取り入れれるのだが“神功左千夫(九鬼)”は僕にトスを上げることしか出来ていない。
彼はこういうまどろっこしいことは苦手なんだろう。
今は僕の体にいるのだから少し考えれば出来る筈なのに。

僕はだいぶ九鬼の体に慣れてきた。
僕の体の使い方、筋肉の動かし方でいけばほんの最小限でかなりの運動ができる。
それくらいこの体は確りと鍛えられていた。
正直うらやましい位だ。
1セット目は落としたものの2セット目になると僕のスパイクが確実に決まり始めた。
相手のチームの飯田と言う選手がどうやら穴のようなので的確に其処を狙って行くとうまくいった。
何とか2セット目を取れたものの3セット目は苦しいだろう。

“神功左千夫(九鬼)”がもうクタクタなのだ。
当たり前だ、僕の体を酷使し過ぎだ。
手は振り過ぎだし、跳躍しすぎ、手を引く時も引きすぎだ。
とにかく無駄な動きが多い。

ベンチに座ってスポーツドリンクを飲んでいたが、それを忠告してやろうと上着をはおった。
いつもの癖でチャックを一番上まで上げた時、クラスメイトの女子が話しかけてきた。

「クッキー、どうしたの?今日調子悪いじゃん。」

「そんなこと、……ん?そうかな?ミッキンちゃんに見惚れてたからかな?」

「もーまた!でも、やっぱ、いつものクッキーだよかった!!なんだか、今日は近寄りがたかったからさ!
あ、ところで、今週の日曜あいてる?デートしようよ?」

「あ、はい―――あ、すいません、…その、ゴメンゴメン、その日調度闇の組織との決闘が…」

「なによ!闇の組織って!!ちょーおかし!!まーいや、また誘うね!アタシんとこ今から試合見たい」

じゃあね、と、彼女は去って行った。
闇の組織が何かは僕が知りたい。
と、言うか断っては駄目だったのか。
これは、大丈夫だと言うべきだったのか…。

咄嗟に誘われたので断ってしまった。
こんな男とデートに行く彼女に気がしれない。
と、言うか危ないだろう、間違いなく。

そんな無駄なことを考えていたら、“神功左千夫(九鬼)”の周りに女性が群がっていた。

嫌な気しかせずに僕はそっちに向かった。
案の定それは的中したのだが。

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【神功左千夫(九鬼)】

久々に自分の中に苛立ちを感じる。
自分らしく振る舞えないというのはこんなにも辛いものなのか。
項垂れていると、周りに女子が集まってきたのがわかったので、いつものような笑みを…浮かべてはいけないんだった。
女子達はタオルやらドリンクやらを渡してくれる。
ボクとは違って、左千夫クンの周りには大人しめの女子が集まるようだ。
あまり元気で煩そうなタイプの子はいない。

「じ、神功君……」

「な………なんですか?」

この子は確か隣のクラスの子だ。
結構かわいい事で有名だけど、大人しい性格なのでボクが話しかけても逃げられることが多い。
左千夫クンになると、こんな子に話しかけられるのか。

「えと…あの……こ、今週の日曜…空いてませんか?」

おーっと!!キター左千夫クンも隅におけないネー!
デートのお誘いだヨー!
って言いたかったけど、今左千夫クンはボクだった。

ここはうっぷん晴らしに勝手にデートの誘いをOKしておこうと、いいですよ、と言おうとしたその時だった。

「ごめんネー!その日はボクとデートなんだ♪」

ボクがやってきた。
いや、中身は左千夫クンだ。
さっきから思ってたけど結構ボクの演技が上手いな、なんて感心していたら腕を引っ張られズルズルと引きずられていく。
彼に見えないように、誘ってくれた女子にウインクをしておいた。
その子は顔を真っ赤にして慌ててどこかに行ってしまう。
あー左千夫クンの身体で遊びたーい。絶対楽しいのに。

試合が始まる前、左千夫クンに無駄な動きをし過ぎだと怒られてしまった。
そんなこと言われても動きたくなるんだから仕方ない。
口先を尖らせていると、彼がまた足を踏んでくる。
だから痛いんだって!!

とにかく3セット目、これをとらなければ試合には負けてしまう。
もちろんあんな小休憩じゃ体力は回復していなかった。
彼の身体を上手く使いこなせないボクとは違って、左千夫クンはどうやら徐々にあの身体に慣れてきたようだ。
ボクには彼のような順応性は無い。
そもそも、誰かの事を思って動くというめんどくさい事はしたくないんだ。

そんなことを思いながら、疲れた身体でトスをあげていく。
あーこの地味な立ち位置、やっぱりボクには向いていない。

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【バレー部(飯田慶介)】

使える!使える!使えるぅぅ!!

俺はもともとバレーは好きだ。
試合をよく見るし、ゲームもしたりする。
頭の中でシュミレーションなども良くしていたので想像は出来るんだ。
自分の体が付いてこなかっただけでこの体なら自由にできる。
スパイクが面白いほど決まる。

どうやら相手チームの神功君と九鬼君を入れ替えてしまったようだがなぜだか彼らは騒がなかった。
まぁ、騒いだとしても誰も信じてくれないからな。
俺の能力は一日で切れるらしい。
なので、明日には元に戻る。
夢でも見たのかと二人とも思うだろう。

それよりも、バレー部の山本航平(やまもとこうへい)が入ってる飯田慶介は本当に使えない。
二セットはあいつが狙われて、全て失敗して落とした様なもんだ。
これであいつも分かっただろう、運動できないものの気持ちが……!!

「はー、二セット目は誰かさんのせいで全くだったな。
これだから困るぜ素人は。」

態と山本君が入っている飯田慶介に聞こえる様に言ってやる。
そうすると、彼は悔しそうに奥歯を噛みしめていた。
俺はそんな表情しないんだけどな。

「ま!そう言わずに頑張ろうよ!
後、一セット取った方が勝ちだよ!!」

そう言いだしたのは神功十輝央だった。
彼はポンっと“飯田(バレー部)”の肩を叩いていた。
こいつもムカつく、俺の気持ちなんて分からない癖に励ましやがって。
大体、お前らみたいな元から運動も出来て、金もある人間に俺の事が分かる筈が無いんだ。

そうだ、いいことを考えた。

こいつも入れ替えてしまおう。

「そうだな!おい、皆、景気づけに円陣組もうぜ!!」

そう言って、俺は堀口を左手で触り、神功十輝央を右手で触った。

“転送完了”

神功十輝央、お前も俺の苦しさを味わうがいい。

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【神功十輝央】

“転送完了”

そんな声が聞こえたので辺りを見回した。
なんだったんだろう、今の。
脳内に響いた感じだったんだけど。
けれど特別周りに何も変わったことはなかった。

「じゃあ、あと1セット頑張ろうか!」

……あれ?声がおかしい。
風邪ひいたかな?

「んだよ堀口、お前がそんな事言うなんて珍しいな」

「え?」

チームメイトが僕の方を見て清志君の名前を呼んだ。
名前間違ってるよ、と言おうとしたが、その理由に気づくのにはそう時間はかからなかった。
だって、僕が目の前にいたから。

「あれ?」

目の前の僕も驚いたような顔をしている。
そしてその顔がどんどん青ざめていくのがわかった。

「じ…神功君…!」

「…あ!もしかして清志君?」

目の前にいる人物は、声や表情は僕なのだけれど、雰囲気がどことなく清志君のように感じた。
だとすると、今の僕は清志君の身体になっているのだろうか。
体験したことがない不思議な現象に驚きを隠せない。
しかし、チームメイトは既に配置についているし、もう試合が始まってしまう。
この事について話し込んでいる暇は無さそうだ。

僕はこっそり僕の身体の清志君に耳打ちをする。

「よく分からないけど、きっと大丈夫。今まで練習してきたように頑張ってみてよ。
申し訳ないけど、暫く君の身体借りるね」

その言葉に戸惑っていた清志君は少し安心したようだった。
彼の身体は少し重いけれど、重い服を纏っていると思えばなんとかなりそうだ。
元々彼は「運動ができない」と思い込んでいた部分もあったし、この身体でちゃんとできることを見せてあげれば、もっと向上心を持ってくれるかもしれない。
戻る戻らないは、その後かな。

「みんな!ベストを尽くそう!」

清志君の声でそう言うと、僕の姿をした清志君の顔が真っ赤になっていくのがわかった。

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【バレー部:山本航平(飯田慶介)】

な、何なんだこいつは!!
俺は確かに神功十輝央と堀口清志の中身を入れ替えた筈。
しかし、神功君は堀口君の体でもバレーが出来ている、と、言うよりも脅威になっている。

ど、どういうことだ。
どうしてあんな筋肉も無い、太っちょな体で動けるんだ。
ジャンプ力が少ないことなどは妥協し、腐るほどあるウエイトを球威へと利用している。
あの体になったことをプラスにしている。
何なんだ、アイツは。
普通は他人の体は動きにくい筈。

「さー、もう一本行こうか!」

完全に皆の視線が“堀口清志(神功左千夫)”に集まっている。
今までは俺が注目されていたと言うのに。
そりゃそうだ、太っていても運動できる、それはそれで格好いい。
しかも、性格は神功十輝央のままなのでニッコニコ笑って愛想も良く見える。

敵チームも堀口にもボールを打ち返したら駄目だと気付いたのか、ターゲットを絞り始めた。
そう、俺の体にだ。
勿論、中に入っているのは山本君だ。
精々、的にされて苦しむがいい。

しかし、俺の優越感も長くは続かなかった。

山本君は俺の体を使ってうまくバレーをし始めたんだ。
まるで、堀口君を真似するかのように。
こうなってしまうとうちのチームに弱点は無くなった。
しかし、エースも居なくなった。

これでは駄目だ、スポーツにはエースが必要だ!
俺と言うエースが!
そんなことをしているうちにゲームが終わった。
俺達のチームが勝つには勝ったのだが、俺は複雑だった。

山本君は俺の体でもバレーをやってのけたのだ。
いや、違う!まぐれだ!あんな体でバレーができる筈がないのだから。
俺達は次の試合に備えて休憩を取る。
いつの間にか“堀口清志(神功十輝央)”と俺、“飯田慶介(山本航平)”の周りに人だかりが出来ていた。
……面白くねぇ。

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【神功左千夫(九鬼)】

相手チームの雰囲気が変わった。
まるでトッキーとホーリーが入れ替わったみたいだ。
…入れ替わった?まさか二人も?

そんなことを考える暇もなく、あちら側の勝利でこの試合は終わってしまった。
ああ、疲れた。
次の試合まで暫く時間はあるけれど、これからこの身体をどうするか。
周りに調子悪いなと言われるのを無言のまま笑顔でかわす。
口を開けば自分の言葉で喋ってしまいそうだ。

「中々調子でないネ~。次から左千夫クンとボクのダブルセッターで行こうか?」

目の前のボクがそう言った。
その目は笑っているのに、左千夫クン特有の「後で覚悟しておきなさい」という目そのものだった。
ボクは引き攣った笑みを浮かべながら、小さく頷いた。

その後の数試合はボクと左千夫クンのダブルセッターでなんとか勝利をおさめることができた。
感覚はだいぶ掴んで来たものの、やはり普段の動きと左千夫クンの身体は相性が悪い。
彼自身も相当鍛えているとは思うが、ボク並みの体力はやはり無いようだった。

そんなこんなで午前中の試合が終わり、昼休みに入る。
正直もう体力的にも精神的にもくたくただ。早く身体を元に戻したい。

昼休みに入ると、ボクと左千夫クンは購買部へと向かった。
いつもここで昼食を買うんだけど、左千夫クンはかなり小食だ。
ボクはその倍以上の量を食べる。
とりあえず「神功左千夫」として振る舞うために、サンドイッチを二つ購入しろと言われた。
よくこんな少量で持つもんだ。

購買は生徒でごった返していた。
その中に、ぎゅうぎゅうに押しやられて弁当を買いに行くボクの姿をした左千夫クンを見守っていると、また女子に囲まれてしまった。
普段左千夫クンに、ここまで女子が寄って来ているのを見たことがない。大体は遠巻きに見ている子が多い。
今は中身がボクだからということもあるのだろうか。
女子達はどうやら調子が悪いのを心配してくれているようだったが、この身体のボクに寄ってこられると触ることも冗談を言うこともできないので、正直苦痛で仕方ない。
ちらりと弁当を買いに行っている左千夫クンの方へと目をやる。
今は白い頭だから目立つので、見つけやすい。
まだ暫く時間はかかりそうだ。
それを見てボクは少し鬱憤を晴らしてやろうと、取り巻きの女子に満面の笑みを送る。

「大丈夫ですヨ…午後から本気を出しますんで、それより貴方の髪……とても綺麗ですネ…」

そう言って、その子の長い黒髪を手ですくい上げる。
その女子は卒倒してしまいそうなほどに顔を真っ赤にさせた。
そりゃそうだ、左千夫クンは絶対にこんなことを言わないし、女子の髪を簡単に触ったりなどしないだろう。
調子に乗り出したボクは、どんどんと左千夫クンの声で女子へと甘く囁く。

「皆さんは優しいですネ…こんなコトされたら僕……あっ…胸がくるしい……貴方がうつくしす……」

そう言った時、女子の向こう側から誰かの殺気を感じた。
一瞬左千夫クンが来たのかと思ったが、そちらへ目を向けると、そこにいたのはゆずずだった。
壁から顔を覗かせ、物凄い目でこちらを見つめている。
背筋が凍るような感覚に、言葉を詰まらせてしまった。

「神功君?」

「あっえっいや!な、なんでもないですよ!ふふ、ふふふ!」

ゆずずには左千夫クンの中身がボクだとバレているのか?
とにかくもうここには居たくないので、周りの女子から逃げるようにその場から離れた。

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【神功左千夫】

なんだ、この弁当の争奪戦は。
隠れたところではなんでもありと言うかのような攻撃が繰り広げられている。
流石、男子高校生。
そこは、九鬼の体なのでどうとでもなった。
とりあえず、違う種類の弁当を三つ掴む、人気商品のTOP3だ。
後は会計だとお金を払っている時とんでもない殺気を感じた。

これは間違いない柚子由だ。
誰に向けられているのかと思ったらそれは“神功左千夫(九鬼)”に向けられていた。

また何かやらかしたんでしょうね…。

そう思い、柚子由に事の顛末を伝えに行こうとした時いきなり尻を掴まれた。

「―――ッ!!!」

「やっほー、クッキー!!相変わらずよく食うな、おッ前!!」

チャライ!この人物はC組の不良だ。
良い噂は聞いたことがないが九鬼には親しげに話しかけてきてる。
そのまま尻を揉まれる。
両手に弁当を持っている為塞ぎようが無い。

「あ、その―――ッ!ひ!ぁ!!」

僕が返答しようとしたその時だった。
今度はE組みのごつい男に股間を掴まれた。
余りにも不意打ち、と、言うかなんだこの交友関係は!
変な声が出てしまって慌てて唇を結ぶ。

「どうしたんだよ!今日調子悪いじゃん!!お、相変わらずいいモン―――……お、おい、おいどうした、もしかして俺のテクで感じちゃったか?」

ああ。鬱陶しい。
どうしてこう、空気を読めない奴らばかりなんだ。
感じるか!股間を掴まれただけで感じる奴が居るなら見て見たい。
一気に僕が黒いオーラに包まれる。

「退け。」

二人を睨みつけると尻もちをついてしまった。
九鬼の評判が落ちようが知ったことが無い。
折角柚子由に話すチャンスだったのに彼女の姿はもうなかった。
それどこから、“神功左千夫(九鬼)”もどこかに行こうとしている。

僕はスタスタと尻もちをついている二人の間を通って“神功左千夫(九鬼)”を追った。

もしかして、これが黒鬼と呼ばれている状態なのかもしれない。

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【神功左千夫(九鬼)】

昼食をとるため、いつものように屋上へ行くと、なるべく端の方で生徒に話が聞かれない場所へと移動する。
サンドイッチを無造作に左千夫クンに渡すと、辺りに誰もいないことを確認し、大きく息を吐いた。

「あー!もう!左千夫クンの身体硬い!!硬い硬い硬い!!!」

そう言うとかけていた伊達眼鏡を外し、詰めていた首元のジッパーを全開にした。
もう寧ろ脱ぎたい、今すぐ。
彼はボクの顔で嫌そうな表情をしているが、久々に鬱憤が溜まっているボクは気にしなかった。

「もう窮屈すぎて死にそう!女の子には満足に絡んでいけないし、大きな声も出せない!もう喋りたくて喋りたくてたまんないんだけど!!」

後ろでくくられている髪を無造作に掻きながら、フェンスへともたれ掛けた。
左千夫クンがお弁当を手渡してくれたので、そそくさと蓋を開けると箸を口で割った。
すごくお腹が減っているはずなんだけど、見ただけで少し吐き気がしてしまう。
左千夫クンの身体だからだろうか。

「で、これ一体何なの?トッキー達もどうやら入れ替わってるみたいだけど?正直もう犯人ボッコボコにしたくてたまんないんだよネ」

マスタードをたっぷりかけた大きな唐揚げを、口に無理矢理頬張りながら左千夫クンに問いかけて行く。
何故かいつもと違う味がする。
とにかく辛い、不味い、いつもなら美味しいはずなのに、食べたくない。
しかも身体がどんどん熱くなると、次第に全身が痒くなり始めていた。

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【九鬼(神功左千夫)】

「僕、体は硬くないですよ…」

言いたいことは分かるが敢えてそう返答する。
九鬼は喋りたくて仕方ないようだが、僕は反対にもう一言も話したくなかった。
表情なくサンドイッチの袋を毟る。
その前でマスタードいっぱいの唐揚げを“神功左千夫(九鬼)”が頬張っていた。
そんなもの僕の体で食べて美味いものか。

九鬼が美味しく感じないのと同様にこの体で生クリームサンドを食べると吐き気がした。
いつもは緩和される筈のストレスが逆に溜まる。
どうやら、辛いものを食べている僕の体もストレスの限界の様で、“神功左千夫”の肉体に蕁麻疹が出てきている。
僕は溜息を吐いてから、クリームサンドを“神功左千夫(九鬼)”の口に押し込み、相手が食べている弁当を奪った。
いつもならあのサンドイッチでお腹いっぱいな筈なのに全然膨らまない。
しかし、辛子は食べたくなかったので掛って無いところを齧ってみた。

………無味だ。

仕方が無いので、おそるおそる辛子がついているところを齧ってみる。

……辛いのは辛いのだが、なぜか調度良い。
体は満足しているのだが精神的なストレスが溜まる。

「多分能力者ですね。僕的にはバレー部の山本航平が怪しいのですが…
まだ、確信がありません。」

其処まで告げる間にペロリと一つ目の弁当を平らげてしまった。
甘いもの以外をこんなに食べれるのは気持ち的には気持ち悪いが、体はまだ求めている。
仕方なく二つ目の弁当に手を付けた。

「とにかく、僕はもう一度、十輝央兄さんのチームと戦いたい。
次、彼らのチームと当たる為には決勝まで勝ち残らないといけません。
意味、分かってますよね?」

僕はダブルセッターを切りだしたときと同じ笑みを浮かべた。
決勝はリーグ戦なので、負けることは許されない。
その為には“神功左千夫(九鬼)”に体の使い方を教えなければならない。

「いいですか?僕は特殊な環境で幼少時代を過ごしました。
碌な食べ物もなく、トレーニングとは言えない実験、実戦の日々です。
自ずと最低限の動き、カロリーで、最高の動きをできるようになってきます。
と、言いますか、そう意識するように作ってきました、そうでなければ生きていけません。
なので、僕には基本的に溜めという動作は必要ありません。
そして、条件反射のみで動いてください。」

“神功左千夫(九鬼)”は難しそうに頭を抱えていたのでそのまま箸を顔面に投げつけてやる。
パシっと彼がそれを受け取った。そして、ブーブー言いそうだったのでそれを遮る様に言葉を放つ。

「それが条件反射です。体の動くままに身を任せて下さい。
後は折角僕の体に居るのだからちゃんと、脳みそ使ってくださいね。
セッターは司令塔です、貴方は将来マフィアのトップになる男だ、こんなゲームもこなせないのでは、先が思いやられます。」

態と挑発するように口を歪めてやる。
三つ目の弁当に手を付けながらブツブツ言っている“神功左千夫(九鬼)”を見つめた。

「決勝は貴方がセッターで行くつもりです。僕が出していた指示を貴方が全てだして下さい。
作戦として僕をセッターにしたいときはサインを出して貰えばしたがいます。
そうしないと、…勿体無いのですよ、この体でセッターをするのは。よく鍛えられてますしね。
さっさと、僕の体を使いこなしてしまいなさい、九鬼。必ず、自分の体に戻ってもそれは身となってると思いますよ。」

全て食べるとゆっくりと立ち上がる。
自分の腕や足を確かめる様に触る、本当にきちんと鍛えられたいい体だと思う。
後は使い方だ、そう思って九鬼を見つめ、いつもの微笑みを浮かべた。

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【神功左千夫(九鬼)】

どうやら犯人の目星はついているようだった。
バレー部の山本航平。
あいつの事は少し知っているけど、確かにいつもと雰囲気が違うことには少し気づいていた。
確信ではないようなので、きちんと判断できるまでボクも勝手な行動はできないだろう。

左千夫クンにあれこれ言われたが、ボクは物事を深く考えて行動するのは苦手だ。
着の身着のままにやる方が向いていると思っている。
もちろん今までもそうして来た。
だけど、この身体ではそうはいかないのもわかっていた。

痒くなった身体を掻きながら、口の中に突っ込まれたクリームサンドを頬張った。
いつもなら気持ちが悪くなるけれど、今の味覚ならこれも中々悪くはない。

「わかったよ、とにかく決勝まで行く。それでいいんでしょ?」

大きなため息を吐きながら、左千夫クンから投げられた箸を使って1つ残っていた弁当に手を出した。
腹は減っているのだけど…口に含んでもこれ以上食べたいと言う気が起こらない。
この歯がゆさもまた辛い。

「まぁボクも頑張るヨ、セッターの神功左千夫としてネ」

立ち上がったボクの姿をした左千夫クンを見て、イタズラな笑みを送った。


午後の試合は言われた通りのことをこなした。
条件反射で動けるように、なるべく無駄な動きも無くす。
それだけでしなやかに動ける彼の身体は凄かった。
あれだけ疲れていた身体も休めばどうにかなっているし、なんとも便利な身体だ。
ボクが動なら、彼は静。
身体も性格も正反対だからこそ、確かに勉強になるかもしれない。

だけど勿体ないことが一つある。
この容姿で、あれだけ女の子に熱い眼差しを送られながら、彼はその全てをうまく交わしてきているのだ。
ボクには到底できない。
人生の半分は損しちゃってる気がするんだけど。
ま、それも左千夫クンのいい所なんだろうけどネ。

なんだかんだでアドバイス通りに動いた事が功を奏して、ボクらは一気に決勝まで駆け上って行った。
もちろん、トッキーたちのチームも負けてはいない。

そして、遂に決勝戦となる。
さて、あのバレー部は黒だろうか。

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【バレー部:山本航平(飯田慶介)】

全く、面白くねぇ!!
折角バレー部時期キャプテンの体を乗っ取ったって言うのにスポットライトが当たっているのは、山本君が入っている俺の体と、神功君が入っている堀口君の体ときた。

俺は俺で、出来て当たり前って思われているので失敗した時の周りからのヤジが凄い。
本当に面白くね―な。

何とか、俺にスポットライトを当てる方法は無いかと考えていると妙案が浮かんだ。

決勝前に俺はまた、円陣を組もうとチームメイトに声を掛けた。
そして、“堀口清志(神功十輝央)”と“飯田慶介(山本航平)”の中身を入れ替えたのだ。

“転送完了”

頭の中に響くこの声が俺が特別だって教えてくれてる。

「あれ?堀口君が居る、僕堀口君の中に居た筈なのに…」

「―――ッ!!おい、飯田!てめぇいい加減にしろよ!」

“飯田慶介(神功十輝央)”が間抜けな声を上げながら“堀口清志(山本航平)”を指差している。
堀口の中に居る山本は俺が何か特殊なことをしていると気付いているので、俺の方をみて飯田と叫んだ。
しかし、俺の姿は今、山本航平だ。
そんなことを言ったってなにもならない。

「どうしたんだい、堀口くん。急に飯田君に当たって。
おい、セッター。どうやら二人は疲れ始めているみたいだ、俺に重点的にボールを回してくれよ」

それだけ伝えると試合が始まった。
堀口の体になった山本は渋々ポディションに付いたようだ。
敵からサーブが来るが矢張り全くの役立たずに戻っていた。
これは慣れるまでは俺が輝けるチャンスだ。

しかし、それは見事に打ち砕かれることとなった。

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【神功左千夫(九鬼)】

決勝戦、トッキーのチームが明らかにさっきと雰囲気が変わっている。
また誰かと誰かが入れ替わったのだろうか。
もうこの時ボクは左千夫クンの身体の使い方はマスターしていた。
この決勝戦は絶対に勝つ。
そして、ボクと左千夫クンを入れ替えた犯人を確実に見つける。

1セット目は無事に取ることができた、この調子で2セット目だ。
その時向こうのチームが揉めて始めた。
ホーリーがバレー部に食ってかかっているのが見える。
ホーリーは声を荒げないし、あんなことをする奴ではないというのはわかっているので、きっと中にいる人物が違うのだろう。
だとしたらやっぱりバレー部が犯人か?

どういう意図で中身を入れ替えているのかはわからないが、とにかくこんな時に中身を入れ替えられた方はたまったもんじゃない。
できればボクは女子と入れ替えて欲しかった。
そこんとこもちゃんと犯人に言っておかなければ。

そんな事を思いながらも、2セット目が始まる。
2セット目は明らかにバレー部の山本にボールが集中していた。
奴からしかスパイクがこない。
さすがバレー部、決めるところは決めてくる。
けれど、そういう見た目でわかってしまう戦法は命取りだ。
ボクはタイムを取ると、チームメイトを集め、神功左千夫のフリをする。

「4番にボール集中しています。重点的にブロックを」

なるべく彼のようにキビッと言ってみたが、なかなかむず痒いものがある。
だけど、左千夫クンが言うとみんな真摯な態度できちんと聞いてくれた。
ボクとはまたノリが違うので、そこがまたおもしろい。
それからは指示通りチームが動いてくれたので、広げられていた点差がどんどん追いついてきた。
この試合でできれば勝利を決めてしまいたい。

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【九鬼(神功左千夫)】

九鬼がちゃんと僕をしていた。
見た目はそのまま僕なのだけれど、あの中に入っているのは九鬼と思うと笑いが込み上げてくる。
“神功左千夫(九鬼)”の言った作戦で間違い無いだろう。

バレーをしながら、僕は能力者の事について考えていた。
確か、一度目の円陣の時も十輝央兄さんと堀口清志が入れ変わった。
二人はバレー部の両側に居た。
今回は堀口清志の中身、神功十輝央と飯田慶介の“中身”が入れ変わったようだ。
これも円陣の際にバレー部の両隣りに居た。
僕たちもバレー部の右手と左手に触った。

どうして飯田慶介の中身が違う人物かと仮定するかと言うと、彼はこんなに激情するタイプでは無い。
飯田慶介が入れ変わって無いのならば、今、堀口清志の中に居るのは飯田慶介になる。
しかし、どう見ても堀口清志の中に居るのは違う人物に思える。

「堀口君の中には誰が入ってるのでしょうねぇ…」

“神功左千夫(九鬼)”にしか聞こえないように呟く。
とりあえず、今現在、能力を発動しているのはバレー部の山本航平で間違いなさそうだ。

そして、この戦いも負けることは無い。
一人がスターのチームで成功する確率なんて低い。
十輝央兄さんを要とするならばいい作戦かもしれないが、あのバレー部では役不足だ。
バレー部のスパイクをブロックで止める。

「こっちに、ボクが居るの忘れてないかな?さーて皆!一気に片付けちゃおう!!」

こっちの士気も最高潮だ。
負ける要因は無いだろう。
なによりも、この体は目立ってもいいので暴れるのは愉しかった。
多少やり過ぎかなと思うぐらい完膚無きまでに相手を叩きのめしてやる。

「試合終了!勝者A組!!」

久々に体育で本気で暴れたのでニッコニコと自然に笑みが零れた。
周りから視線を感じるのはいつもの事なので気にしないことにする。
スポーツドリンクを流しこんでいると、バレー部が外へと出て行ってるのが見えた、その後を堀口清志が追っている。
“神功左千夫(九鬼)”にアイコンタクトを送って僕たちは彼らを追った。

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【神功左千夫(九鬼)】

2セット目も勝利し、ボク達のチームは優勝することができた。
左千夫クンはボクの顔で満面の笑みを浮かべている。
余程のびのびと試合することができたのだろう。
優勝チームはこの後表彰式があったが、それよりも先にバレー部の山本が動いた。
そしてそれをホーリーが追いかけている。
左千夫クンがこちらを見たので、小さく頷くとそのまま追いかけていく。
この身体をさっさと戻してもらわなければいけないから、勝利に酔いしれる暇もない。
クラスメイトに呼び止められたが、手を合わせてウインクし「用事♪」と言い返すと、驚いたような表情をされた。
あ、この身体でやっちゃいけなかったんだ。

逃げ去って行く山本を追っているホーリーの後を付けていく。
ホーリーの体力ではさすがにバレー部に所属している山本には追いつけないと思っていたが、余程彼はバテていたようで、すぐに腕を掴まれていた。
二人が止まった所で、ボク達も距離を置いてバレないように姿を隠す。

「飯田!!さっさと元に戻せよ!」

声は確かにホーリーなのだが、口調も全く聞いたことがないようなトーンだ。
そして、ホーリーは何故か山本に向かって「飯田」と呼んでいる。

「うっせー…うっせーうっせー!!
なんで…なんで俺は山本の身体なのに…あんなに頑張ったのに優勝できねーんだよ!!
それに山本…てめぇもなんで俺の身体や堀口の身体でそんなに動けるんだよ!!意味わかんねえ!!」

俺は山本の身体なのに…?

この会話からして、今山本の中にいるのは確実に飯田ということだ。
そして、ホーリーの中にいるのはバレー部の山本だ。
てっきりバレー部の山本が誰かと誰かの身体を入れ替えて遊んでいるのかと思ったが、それは違ったようだ。
飯田が能力を使い、山本と入れ替わったのが全ての始まり。
きっとそう言う事だろう。

結論、この「入れ替えの能力者」は「飯田慶介」。
こいつがボクたちを入れ替えた犯人だ。

「…おまえな……いくら俺の身体だからって、バレーはチーム戦だろうが!
あんなめちゃくちゃな個人プレーで勝てる訳ねーだろ!!」

「うるさい!!お前エースなんだろ!?だったらこの身体なら絶対に勝てるじゃないか!みんなに一目置かれる存在になれるはずだ!!なのに…なのに!!!」

「お前…俺の身体で何したかったんだよ?俺の身体なら絶対に勝てる?一目置かれる?ふざけんな!!俺はそんな気持ちでバレーしてねえよ!!
つべこべ言ってねぇでさっさと身体返せ!!」

この調子では取っ組み合いになりそうだ。
その状況をボクの顔で真面目そうに見ている左千夫クンへと、ボクは視線を移した。

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【九鬼(神功左千夫)】

「その話、僕達も詳しく聞きたいですね。」

どうやら僕の推測は当たっていたようだ。
今は、山本航平の中に居る飯田慶介に解除方法を聞くのが先決。
しかし、“堀口清志(山本航平)”がここに居るのは正直厄介だ。
これ以上能力の事を知られたくない。

僕がそう声を掛けることで“山本航平(飯田慶介)”がこちらに気づいて青ざめている。
態と出した殺気にあてられたのか、“堀口清志(山本航平)”の腕を払って逃げて行った。
僕達も"堀口清志(山本航平)"も、山本の体を乗っ取った飯田を追い掛ける。

やはり、堀口君の体を使っている山本は直ぐに息切れする。

「僕達がちゃんと、戻しますから、君は休んでいてください。」

九鬼の顔で“堀口清志(山本航平)”に対して笑みを湛える。
彼は安心したのか減速し、その場に膝を付く様に走ることを諦めた。
後は目の前の人物を捕まえるだけ。
そう思ったその時だった。

"山本航平(飯田慶介)"が国語の教師にぶつかった。

「こら!!廊下は歩きなさい!!」

そう、声を上げたのは国語の教師では無く、山本航平だった。
キィィィン、と嫌な音が耳に響く。

「まずいですね、能力が暴走し始めている。」

彼の発動条件は片手ずつ触らなければならなかった筈。
それなのに、今はぶつかっただけで入れ変わったようだ。
国語の教師が僕達から逃げていく、あの中に居るのが飯田慶介だ。

「とりあえず、さっさと捕まえましょう。九鬼。」

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【神功左千夫(九鬼)】

ボク達が出た途端に山本に入ったままの飯田が再び逃げ出す。
どうやら能力が暴走しているらしく、次は国語の教師と入れ替わったようだった。
能力暴走特有の耳鳴りが酷い。
このままだと校内の生徒が入れ替わりまくってめちゃくちゃなことになるだろう。

「とりあえず、さっさと捕まえましょう。九鬼。」

そう言われたので、口端をあげながら笑うと、そのまま急いで後を追った。
国語教師に乗り移った飯田は、生徒の間をすり抜けながら走っていく。
どうやら1年が今から行われる表彰式に向かっているようで、ボクたちはたくさんの生徒の間を逆流するハメになっていた。

「あーもう、うっとおしいなー」

そう言ってかけていた眼鏡を外しポケットに入れると、胸元のジッパーを開く。
追っている間もぽつぽつと人が入れ替わっているようだった。
女子と男子、先生から生徒、状況がわかっていない周りの奴等は不思議な表情で彼らを見ている。
さっさと捕まえなければこの中に紛れ込まれたら余計に見つけにくくなってしまうだろう。
一気に足を早めると、急に国語の教師が立ち止まったのが見えた。

「捕まえた!」

「いたッ!え…?…な、なんだよ…?」

そう言って振り向いた顔はポカンとした表情だった。
国語の教師は女性なのだが、この言葉遣いは明らかに男のものだった。
そしてこの表情からして、国語の教師の中にいるのは飯田ではない。

「九鬼、あっちです」

左千夫クンに言われた方へ振り向くと、一人の男子生徒が他の生徒とは逆方向へと走って行くのが見えた。

「めんどくさいなーもう!」

国語教師の手を離すと、逃げた男子の後を追う。
どんどん苛立ちで笑顔が無くなっていく。
その時、少し離れた所に見慣れた頭が見えた。
あの天然パーマは…なゆゆだ。隣に巽とはるるもいる。
しかもまた厄介なことに、逃げている男子生徒(飯田)の前方に三人はいた。

「なゆゆー!逃げて逃げて!」

そう言ったボクはすでに自分の身体が「神功左千夫」だという事を忘れていた。

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【千星那由多】

二年の決勝戦が終わったようなので、合同の表彰式へと向かう。
なんだかんだで俺達のチームは巽と晴生のおかげもあってか、優勝することができた。
だいぶ酷使されまくったせいで身体中が痛いのは辛かったが。

グラウンドへ向かっている途中、遠くから誰かの声が聞こえてきた。
この声は多分会長なのだが、何故か俺の事を「なゆゆ」と呼んでいる気がする。
バレーで疲れすぎて幻聴でも聞こえてるのか?
変に思い辺りを見まわすと、物凄い勢いで走ってきた男子生徒とぶつかりそうになった。

「あっぶね…」

そう呟いた時、自分の声がいつもより高くなっていることに気づいた。

「どうしたの、加奈ちゃん」

「え?」

知らない女子が俺の事を加奈ちゃんと呼んでいる。
俺は那由多だ。勘違いしているのか?
困惑した表情でその女子を見ていると、右目にかかっている髪が黒くストレートなことに気づく。
その前髪を触った手も白く細い。

「…なに…?これ……」

これは……俺の身体ではない。

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【(飯田慶介)】

どういうことだ。
この能力は右手と左手で同士に触ったものの精神を入れ替える能力。
しかし、先程から僕の肉体は先生だったり、女子生徒だったり、一年だったり、三年だったり、触れた者にどんどん乗り移って行ってる。

まぁ、いい。この方が逃げるには調度良い。
俺の能力は明日になれば勝手に戻る。
なので、明日まで逃げ延びれば皆夢かと思うだろう。
ここで捕まって殴られるのは嫌だ。

俺はどんどん人が変わって行った。

「なゆゆー!逃げて逃げて!」

後ろから声がする。
そう言うことはこの女性と入れ替えた一年の体は神功達の知り合いか?
調度いい、それなら、きっと運動神経もいい筈だろう。

体操着の名札に『千星那由多』と書かれた肉体に俺は入った。
しかし…。

な、なんだ、この体は!
重い!既に満身創痍だ!こんな体で逃げられる訳が無い。

「あれ?君誰?那由多じゃないよね…。」

目の前の男が、千星那由多の肉体に入った俺に向かってそう告げた。
こいつには、この肉体に入っているのが千星那由多では無いと言うことが分かると言うことか。
マズイと思った俺は咄嗟に、“天夜巽”と名札に書かれた生徒の胸に触った。

「え?あ、あれ、那由多の声。ん?那由多の体?」

「ど、どうしたんですか?千星さん…?あ、こら、天夜どこいくんだよ!!」

ラッキーだ。この体は使いやすい。
スイスイ走れる。

俺は人ごみを掻きわけるように“天夜巽”の体で走り出した。
しかし、俺の精神体の体力と言うか、能力を使うことが限界だったのか直ぐに走るスピードが落ちてきた。

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【日当瀬晴生】

「晴生君!天夜君を追ってください!」

「ああ!?なんで俺がテメェに命令されなきゃなんねーんだよ。」

九鬼の奴が俺に急に命令してきた。
しかも、なんだ晴生君って、まるで会長みたいな口調だ。

「天夜君の体に能力者がいます。詳しくは後で説明します。」

どうやら面倒なことになっているようだ。
九鬼が会長の口調で喋っている。
雰囲気も会長そのものだ。
そして、横にいる、会長からは九鬼の雰囲気を感じる。

そして、千星さんからは天夜の気配がする。

それを感じると俺は直ぐに、天夜の肉体を追い掛けた。
あいつは幸い人気のない方向に走り出し、くわえていつもよりかなり遅い。
これならすぐ追いつくだろう。

「はぁ…那由多の体って走りにくいや。」

横を見ると千星さんが居た、しかし口調が天夜だ。

「テメェ!千星さんの体で喋んなよ!」

頭が混乱してくる。
横に居るのは千星さんだけど天夜だ、そして、後ろから追いかけてきている見知らぬ女が千星さんか?
とりあえず、俺は目の前の天夜の体を校舎裏へと追い詰めて行った。

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【神功左千夫(九鬼)】

逃げてと言ったもののやはり身体は入れ替わってしまったようだった。
みんなは左千夫クンの簡単な説明でこの状況を理解したのか、逃げる巽(飯田)を追いかけていく。
今は巽の身体に飯田、そしてなゆゆの身体には巽、なゆゆは女の子の身体に入ってしまったようだった。
恥ずかしそうに後を追ってきている。

校舎裏へと追い詰めるように追いかけていくと、ボクと左千夫クンは別のルートを辿り、飯田の正面へと回り込んでやった。

「はーい、鬼ごっこしゅーりょー」

そう言ってイタズラに笑うと、飯田の後ろからも三人が現れ、逃げられないように取り囲んだ。
巽の姿をした飯田の顔が歪み、それにじりじりと近寄っていく。

「さっさと皆のコトなおしてくんない?だいぶ困ってるんだよネーボクたちも」

「……ッ」

触るとまた厄介なことになりそうなので、距離を取りながら威圧していく。
左千夫クンの顔でボクらしく凄むとどんな感じなのだろうか。
ちょっと見てみたいけど生憎ここには鏡がない。

しかし飯田は中々「わかった」と返事をしない。
こういう事に手間をかけるのはボクは苦手だ。
だけど殴ったらダメだろうし。
歯がゆさに大きくため息をつくと、飯田は後ろを振り向き、そのまま三人がいる方向へと手を伸ばした。

この期に及んでまだ逃げるのかこいつは。

それからは4人は見事にごちゃごちゃになった。
見た目だけでは誰に誰が入っているかなんてまったくわからない。
そして、犯人も今誰に入っているかわからない。
結局こんがらがった四人から先に抜け出したのは、巽とはるるだった。

「天夜の身体とかありえねぇ!!戻せコラ!!」

「日当瀬の前髪邪魔だなぁ…」

この二人の会話からして多分巽とはるるはお互いが入れ替わっている。
ということは、犯人は…今尻持ちをついてい座り込んでいるなゆゆと女子のどちらかだろう。

全員の視線がそちらへ向いた。
二人とも焦ったような表情をすると、先に声を出したのは女子生徒だった。

「俺が那由多です!!」

続いて同じようになゆゆも口を開いた。

「俺です!俺が那由多です!!」

……さて、謎解きの時間だ。

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【九鬼(神功左千夫)】

どうやら4人が入れ混ぜになってしまった様だった。
そして、残りの女子生徒と那由多君が、俺が、俺がと叫んでいた。
僕の知り合いを乗っ取った時点で彼の負けは決まっているのだが。

僕が一歩前に出て質問をする。

「那由多君、僕、九鬼の好きなものは?」

いつもの笑みを浮かべながら二人に質問する。
いつもの笑みと言っても九鬼の肉体なので那由多君にどう映っているかは分からないが。

「か、辛いものです!」

そう、答えたのは女子生徒だった。
更に僕は質問を重ねる。

「それでは、彼、神功左千夫の好きなものは。」

「甘いものです!!」

女子生徒が必死に言っている様は滑稽だったが、あの人物は間違えなく那由多君だろう。

「決まりですね。」

僕がそう答えるや否や那由多君の姿をした飯田慶介を全員で囲んだ。

「飯田君。直ぐに解除方法を教えていただければ手荒なまねは致しません。
しかし、貴方がまだ逃げると言うならば僕たちは暴力を惜しみません。
どうしますか?」

ゆったりと笑みを浮かべながらも相手を威圧する。
そうすると彼は観念したようだがとんでも無いことを口にした。

「か、解除方法なんてないんだよ!一日経たないともどらない!」

さて、これは厄介だ。
どうやら時間限定の能力らしい。

「それでは君に、一仕事して貰いましょうか。」

面倒だ、と、全面に出しながら笑みを湛えた。
こうなってしまうと、もう一度元通りに人に触れて戻していくしかない。
明日まで待てばこの噂がかなり大きいものになるだろう。
そうすれば特殊能力の存在に気づくものが多くなってしまう。

まずは手始めに那由多君に触れる様に指示をした。

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【千星那由多】

無駄に焦ってしまったが、なんとか俺は元に戻ることができた。
女子の身体の使いにくさったらない。
走ったら胸は気になるし、下にあるはずの物がないというのは違和感があって仕方がなかった。
髪の毛がストレートになる感覚はもう一度味わいたいけれど。
自分の巻いた髪を触りながら、ため息をつく。

犯人の能力が尽きる可能性があるので、先に入れ替わってしまった生徒や先生を元に戻しておこうと言うことになり、巽と晴生、会長と副会長はまだ入れ替わったままだった。

入れ替わった生徒達を探しながら、表彰式の最中にその人物を見つけてはうまく誘導して犯人にタッチさせる。
誘導するのはイケメンが4人もいるので女子はなんとかうまくいけた。
会長はしばらくお互いが入れ替わっていたためか、成り済ますのもうまい。
ただ、巽と晴生の二人は大変そうだった。
1年の男子は大体が巽の友達だったこともあり、晴生が頑張らなければいけなかったのだが、普段無愛想なあいつが、巽の身体で愛想良く喋るのはかなり滑稽だ。

他の男子生徒は三木さんにも手伝ってもらったので、スムーズに入れ替えることができた。
入れ替わった人はこぞって「今、自分の身体じゃなかった!」と言っていたが、周りの生徒には笑われるだけみたいだったので、事も大きくならずに済みそうだ。
そりゃあそんな夢みたいな話、誰も信じるわけがない。

逃げている最中に入れ替わった生徒や教師を元に戻した所で、最後に神功十輝央先輩の所へ向かう。
どうやら犯人は神功先輩と一緒のチームだったようで、ここが一番最初の入れ替わりの発端らしかった。

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【神功左千夫】

飯田慶介の息切れが激しい。
今は漸く山本航平の肉体を飯田慶介が手に入れたところだ。
助かったのは飯田慶介が見るだけで入れ変わった生徒が分かることだった。
そのおかげでスムーズに事が運ぶ。

これだけの人物を入れ替えたまま彼は一夜を明かすつもりだったようだが、彼の能力値からいってそれは命取りだろう。

暴走した状態では自分のキャパを超える人数を入れ替えてしまえる。
その分命を削っている様なものだ。

最近能力者による事件が多発しているのは地区聖戦が近いせいか、それとも他に理由が有るのか。

十輝央兄さんは二位なので表彰されていたところだった。
ここでは僕の体をした九鬼が役立つだろうと思っていたが飯田慶介の姿をした十輝央兄さんは僕の方へと走ってきた。

「左千夫、君も変わってるみたいだね?
今、いったい何が起こっているんだろうね?」

十輝央兄さんは相変わらず、懐が広いと言うか、鈍いと言うか…。

「手品ですよ、兄さん。目を閉じて見て下さい。」

そう告げると素直に兄さんは目を閉じる。
調度一緒に居た、“神功左千夫(堀口清志)”、“堀口清志(山本航平)”もこちらに走ってきた。
後は、簡単だった。
全員を入れ替えると同時に柚子由に幻術を使って貰う。

僕達を見えなくしているうちに、全員で体育館裏に移動した。
勿論、事の発端の飯田慶介は連れてきた。

「さて、後は、僕達を入れ替えて貰いましょうか?」

「ま…まってくれ、も、…もう、無理だ…」

-----------------------------------------------------------------------

【飯田慶介】

俺は、彼らに連れられて入れ替えた人物を元に戻していくことになった。
只でさえ限界を感じていたのに、もう既に立っているのも辛い位消耗している。

そうして、俺は自分の体に戻った。
暫く歩いた後、俺は跪く。

「ま…まってくれ、も、…もう、無理だ…」

この体は今まで感じたことの無い筋肉痛だった。
俺は未だかつてこんな筋肉痛を体感したことが無い。
俺の体を使って、山本航平や神功十輝央が動いたからだろう。
俺は、体ばかりのせいにしていたけど、違った。
彼らは俺の体でもスポーツをやりこなしていた。

そして、俺の体は筋肉痛だ。
これはまだまだ筋肉がつくということだ。

この時に俺は逃げていただけだと気付いた。

山本君が言った言葉が分かった。

俺はスポーツが出来る様になりたかったんではなくスターになりたかったんだ。
しかし、そのための努力はする気は無かった。

それに、僕は容姿的には絶対スターになれないと思っていたけど、違った。
今日、この体は間違いなく皆からスポットライトを浴びていた。
中に入っていたのは俺では無かったけど、俺の体を使っていた、神功君や山本君は皆からちやほやされていた。

もしかして、この体の方がギャップがあるからスターになりやすいのかもしれない。
そう考えると自分の体が一番なのかもしれない。
改めて色々教えられた気がした。
取り合えず、明日から頑張って努力をしてみよう。
そう思って微笑んだ時に前方に殺気を感じた。

「なに笑ってんの?」

「おい、それ、本気で言ってんのか?」

「冗談だよね?僕、家の手伝いが有るんだけど。」

顔を上げると、“神功君(九鬼君)”“天夜君(日当瀬君)”“日当瀬君(天夜君)”が凄い形相で立っていた。

「あの、いえ。…ごめんなさい…本当に、無理」

「なんて?きこえなーい!後二回位発動しったってしなないよね♪触っちゃえ!触っちゃえ!」

「ご、ご、ご、ごめんなさーーーーい、もうしません!!!!」

“神功君(九鬼君)”がものすごい笑顔で近づいてきたけど、それを“九鬼君(神功君)”が止めてくれた。
彼に礼を言うと、勿論ただじゃないですよ、とすごみのある笑顔で言われた。

もう、一生この能力は使わない。そう心に誓った瞬間だった。 





   

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