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isc(裏)生徒会
七夕フェスティバル
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【三木柚子由】
愛輝凪高校には七夕コンテストというものが有るらしい。
それを今日は表の生徒会で話し合っていた。
ミスコンとは少し異なるシステムで、完全匿名。
衣装、髪型、化粧は皆一緒。
見ためと、七夕にちなんだ競技で決定されるらしい。
最後は皆の投票で決まるので、一番は見た目が重視されるのかな、と、思っていた。
そして、景品は各部活からでるので、全て合わせると一人暮らしが出来てしまいそうなほどだった。
名づけて、「一人暮らし電化製品セット」と、言うそのままのネーミングだ。
お菓子から、ゲーム、テレビ等、(裏)生徒会の部室にあったら便利だろうなと思うものがそろっていた。
その中に紛れている一つが私の人生を変えることになった。
それは、私がどんなに探しても手に入らなかったもの。
その、商品名が告げられた瞬間、私はコンテストに参加することを決意した。
次の日の昼休み。
調度七夕コンテストの事を放送で万葉先輩が放送で告げている。
私は調度千星君のクラスの前まで来ていた。
七夕コンテストは騎馬戦があるので後二人一緒に参加して貰わなければならない。
勿論クラスメイトには恥ずかしくて言えない。
左千夫さまにはもっと恥ずかしくて言えない。
後、唯一頼れるとすると千星君だけだった。
私は廊下から顔だけ覗かせて、天夜君と日当瀬君と一緒に居る千星君を見つめた。
調度日当瀬君は用事が有ったのか私と反対側の入口から外に出て行ってしまった。
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【千星那由多】
7月に入ると、期末テストも終わり、本格的に夏に近づいて来た。
会長達のスパルタ勉強会の甲斐があったのか、俺は物理を落としただけで、あとは平均点以上という結果で終わった。
中間テストのことを思えばかなりの進歩だ。母親も驚いていた。
勉強会はもう絶対にやりたくないので、これからは真面目に授業を受けようと思う。
ちなみに副会長は苦手な国語を満点クリアしたようで、結果が出た日にそのテスト用紙を俺達に見せびらかしにきた。
絶対ズルしたんだと思ったけれど、どうやら本気で頑張ったらしい。
…やればできる人は羨ましい。
それはそうと、もうすぐ三木さんの誕生日だ。
彼女の誕生日は七夕なので、何かをしてあげようとみんなでこっそりと計画を進めていた。
その前日の昼休み、いつも通り巽と晴生、三人で昼飯をとる…はずだったんだけど、晴生は用事があるから先に食べててくださいと、教室から出て行ってしまった。
あいつが俺ら以外の用事があるなんて珍しいこともあるもんだな、と巽と二人で昼飯を食べようとしていた時だった。
教室の前側の入口に、三木さんが一人立っているのが見えた。
目が合うと手招きされたので、どうやら俺に用事があるみたいだ。
巽を置いて三木さんの元へと向かう。
「どうしました?何か事件でも…」
「ううん、違うの」
事件ではない…としたら何の用事だろう。
なんか、一番最初に三木さんに呼び出された時のことを思い出してしまう。
いや、もう俺は勘違いなんてしないぞ。
三木さんの誤解を招くような喋りにはもう耐性がついた!!
「ここじゃ話し辛いですか?場所変えます?」
どうにも恥ずかしそうにしているので、言いだしにくいことなんだろう。
会長のこととかだろうか。
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【三木柚子由】
場所を変えてくれると言うので、千星君とお弁当を持って中庭に移動することになった。
実は今でもまだ迷いは有った。
でも、私はどうしても彼にお願いしたい。
いや、彼しかお願いできる相手が居ない。
中庭にあるベンチに座ると、私が深刻そうな顔をしていたからか千星君から声が掛った。
「何かありましたか?」
その言葉をきっかけに私はキュッとスカートを持ちながら話し始める。
「あ、あのね。えーっと、千星君にお願いしたいことがあって、…その。と、言うか、千星君にしか、おねがいできなくて。」
そわそわしながら伝えると、自然と視線が右往左往する。
更に体を丸めながら声を震わせ、ちらちらと千星君を潤んだ目で見上げる。
恥ずかしさが前面に出てしまって中々本題に移れなかった。
「あのね、その……一緒に、……ね?その、乗らせて…もらってもいい?」
やっと本題を言えたので、私は顔を真っ赤にしながら、千星君の方を向き、その手を握り締めた。
そしてかなりの間を置いてから更にお願いを重ねる。
「あのね、私、七夕コンテスト、どうしても優勝したいの!だからね、…騎馬戦の馬になってもらってもいいかな…?」
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【千星那由多】
巽に今日は一人で食べてくれとお願いして、中庭に移動したはいいが、思った以上に三木さんは深刻そうだった。
ここまで何に悩んでいるんだろうか。
そして、俺にしかお願いできない事…。
考えてみてもこんな俺が三木さんの力になれることが見当たらない。
そわそわとしている三木さんの言葉をじっと待った。
すると彼女は、とんでもないことを口走る。
「あのね、その……一緒に、……ね?その、乗らせて…もらってもいい?」
一緒に。乗らせて。
一緒に。乗らせて。
乗らせて。
乗らせてぇえええええ!!!!????
俺の頭はその言葉に一気にピンク色だ。
いや、まてまてまて、乗るっつったって車とか、そんなのがあるだろ。
俺のチャリか?
いや、俺はチャリ通でもないしそもそもチャリなんか倉庫に眠って何年も乗ってない。
えーとじゃあ、なんだ、乗るって。
………―――――――俺の上に乗ることしか思いつかない。
思考が停止してしまった上に、三木さんに手を握られると潤んだ瞳の中に俺が映った。
まずい、これは、まずい。
「の、の、のらせ、乗らせてって、みき、三木さん…!」
なんとか返事をしようと思うが呂律がうまく回らずに舌を噛む。
あたふたしていると、三木さんは更に俺に言葉を告げた。
「あのね、私、七夕コンテスト、どうしても優勝したいの!だからね、…騎馬戦の馬になってもらってもいいかな…?」
たな…ばた…コンテスト?騎馬戦…?馬…?
その言葉に回っていない思考が徐々に動き出した。
七夕コンテストってあれか、さっき万葉先輩の放送で言ってたやつか?
ちゃんと聞いてなかったけど、そのコンテストで優勝したい…ってことは出場したいということだろうか。
そして、俺に騎馬戦の馬になれと。
小さく安堵と期待が消えてしまった残念さで溜息を吐いた。
いや、彼女の言葉を先読みしてしまった俺が悪い。
「いいですよ、馬でもなんでも…優勝したいなら手伝います…」
引き攣った笑みを返すと、三木さんはやっと笑ってくれた。
それにしても、七夕コンテストで優勝って。
彼女からは考えられない言葉だ。
賞品目当てとかだろうか?
確かにゲーム機があるのは魅力的だけど、三木さんが欲しいものって…なんだろう。
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【三木柚子由】
千星君は快く頷いてくれた。
少し、残念そうにも見えたのはなぜだろう。
「馬は二人で作るから、後…一人居るんだ。」
「それなら、巽に言っとくんで大丈夫ですよ。」
もう一つの心配ごとを呟くとそれは、千星君に寄って簡単に処理されてしまった。
やっぱり彼に相談してよかった。
それからはお弁当を広げて千星君と一緒に食べた。
人と話すのは苦手だけど、千星君となら少しだけ喋れる。
七夕が近いこととか、(裏)生徒会の事、イデアちゃんの事、結局コンテストに関係ない話をしながら昼食を終えた。
「ありがとう、千星君……。私がんばるね…!」
どうしても優勝したいその思いを胸に私は千星君と別れた。
そして、申込書を提出したのだった。
勿論左千夫様には内緒で。
当日は織姫をモチーフにした和服、女子は舞妓さんの様な厚塗りの化粧を施すようなのできっとばれることは無いと思う。
左千夫様は止めることはしないが私が何かに参加すると凄く心配をする。
今回は私の私利私欲の為なので左千夫様を巻き込みたくは無かった。
結局、千星君を巻き込むことになってしまったので、申し訳ない気持ちでいっぱいだけど。
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【千星那由多】
7月7日、午前中の授業は無く、午後から七夕フェスティバルとなっている。
少し早めに巽と二人で学校に向かった。
晴生には内緒にしていたが、あいつも何か予定があるらしかったので調度よかった。
何やら昨日からそわそわしていたようだったけど。
そして今日が三木さんの誕生日だ。
七夕フェスティバルが終わった後、集まってお祝いする予定になっている。
もしかして晴生はその件で色々と動いてくれているのだろうか。
…いや、あいつはそんなことをする奴ではない。
少し早めに学校につくと、七夕らしい飾り付けがされていた。
行事ごとには愛輝凪高校は気を抜かない。
今回の七夕フェスティバルも他校や一般人が見に来るぐらいの行事らしい。
テスト期間が終わった後なので、生徒の息抜きなども含まれているようだった。
三木さんが準備をしている体育館の控室へと向かう。
参加者は匿名なので準備はひっそりと行われ、一般生徒が登校してくる時間は昼前となっている。
ドアをノックすると、女性二人の声がした。
三木さんと夢原先輩だ。
メイクや着付けを夢原先輩に頼んだ所、快く承諾してくれたみたいだった。
静かにドアを開け、巽と二人で中を覗き込んだ。
「し、しつれいしまーす」
最初に見えたのは夢原先輩。
三木さんにメイクをしてあげている途中で、こちらを向いてにっこりと笑った。
「久しぶりね、千星君に天夜君。もうちょっとで終わるから、待っててね」
そして夢原先輩にメイクをされている三木さんは、長い睫を伏せたまま座っていた。
衣装は十二単のようなもので、ピンク色が主体だったが、鮮やかな柄で彩られている。
それを身に纏っている三木さんは……綺麗だった。
巽も同じようなことを思ったのか、ドアを覗き込んだまま俺達は停止していた。
閉じていた瞼を三木さんがゆっくりと開くと、こちらを見て「中に入って」と困ったように笑った。
正直、正直だ、俺は舞妓さんのような白塗りメイクで「綺麗だ」なんて思ったことはない。
別次元というか…まだ俺にはその魅力がよくわかっていないからだ。
けれど、目の前にいる三木さんを見て、新しいドアが開けた気がした。
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【三木柚子由】
千星君が来てくれた。
正直この格好を見られるのは恥ずかしい。
でも、夢原先輩がばっちりメイクしてくれたから私とは分からないだろう。
「ごめんね、千星君、天夜君。私のせいで巻きこんじゃって。…夢原先輩もすいません。」
そう言ったけど、皆揃って、気にしないでと、言ってくれた。
ここは本当に優しい人ばかりだ。
メイクをして着物をまとったけど、十二単ってこんなに重いものなんだ。
知らなかったな…。
夢原先輩ができたよ、と、声を掛けてくれたので立ち上がる。
着物の時の歩き方は左千夫様から教わった。
その通りにゆっくりと内股で歩く。
そして、結局外で待っててくれた、千星君と天夜君の前に立った。
顔は真っ赤だけど、化粧のせいで分からないと思う。
「わ、私ってわからないかな?できれば、左千夫様には秘密に…したくて…」
なぜか二人とも私を見て制止していた。
そ、そんなに似合わないのかな。
その時横を同じ衣装の人が通った、私の肩に彼女はぶつかったので私は那由多君の方によろけてしまった。
「……きゃ…!」
「あら。すいませんね、小さくて分かりませんでした。…あらま、本当に小さくて…、みすぼらしい織姫だこと。」
そう言った女性は長身で、胸も大きくて目もぱっちりしていた。
私はこうやって非難されることはなんとも思わないんだけど、やっぱりそう見えるんだとちょっと優勝が遠のいた気がしてしょんぼりしてしまった。
「そうかな?私は、小さくてとっても、可愛い織姫だと、思うな。行きましょ?織姫さん、始まっちゃうよ。」
その時助け船を出してくれたのは夢原先輩だった。
夢原先輩は本当にそう思ってくれてるかのような口ぶりで私の手を引いて舞台へと連れて行ってくれる。
彼女はミス愛輝凪高校のナンバー1。
顔もすっごく美人なんだけど、それ以上になぜ、彼女が一位か今ので分かった気がする。
彼女は本当に真っ直ぐ自分の意見を現すことができる。
そこが少しうらやましいなと思った。
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【千星那由多】
「レディーーースエーーーンドジェントルマーーーーン!!
愛輝凪のみんな!!盛り上がってるかーーーーい!!」
万葉先輩の声で七夕フェスティバルが始まった。
周りの生徒達はみんなその声に続いてそれぞれ声をあげている。
俺はもちろん「イエー」とか「うおー」とか言うタイプではないので、いつもの表情でそれを見守っていた。
晴生が見当たらないので、俺は巽と一緒に体育館の後ろの方で三木さんが出てくるのを待つ。
それにしてもすごい盛り上がりだ。
周りにはコスプレしている生徒などもいる。
こういうはっちゃけ方は俺個人は好きではないが、まぁ楽しいならそれはそれでいいだろう。
「7月7日…その1日だけ二人は出会える…純粋純愛な星空の恋物語!!
そんな素敵な日に、いっちばん輝く織姫、彦星を全校生徒で決めちゃおーZE☆
優勝賞品は各部活の予算を削ってまで選び抜かれたなーんとも豪華なモノバカリ♪
第一回目の競技は、『和服コンテスト!!』
んじゃー最初に、輝く彦星、見てもらおうかなッ!彦星ッカモーン♪」
その言葉の後に派手な音楽が流れ、先に男子、彦星にエントリーした生徒が舞台へと一人ずつ出て来た。
男子はあまり興味なさそうだったが、女子達はかなり食いついている。
みんなそれぞれ舞台上をウォーキングし、軽いパフォーマンスなんかをしている奴もいる。
特に俺も興味はなかったので、男のくせにこんな人目に晒されること良くやれるよなぁと、冷めた目で見ていた。
彦星が終わった後は織姫だった。
男子の食いつき方が尋常じゃない。
一人一人出てくる中、三木さんはまだかまだかとハラハラしていた。
そんな中、さきほど三木さんとぶつかった女生徒が出てきた。
何故か他のエントリー者は白塗りなのに対し、彼女のメイクは普通より少し厚めのメイクであった。
先入観を与えないための匿名、が条件なはずなのに、このメイクでは誰だかわかってしまうだろう。
男子生徒から名前を呼ぶ声があがっている。どうやら彼女はミス愛輝凪の2位らしい。
こんなことをされては、組織票だけで勝ってしまいそうな気がしたが、正直三木さんよりかわいいと思わなかった。
何より性格悪そうだし。
大声援の中、一番最後のエントリー者になった。
三木さんがまだ出てきていない、という事は最後は三木さんだ。
俺は息を飲み、舞台を瞬きもせずに見つめた。
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【天夜巽】
七夕コンテストを見て、改めて行事が好きな学校だなと再認識した。
「和服コンテスト」の彦星をなんとなく眺めていると、五番目に出てきた黒髪の…と、言っても全員黒髪になっているんだけど、取り合えずその人の時が歓声が大きかった。
なんとなく見たことが有る様な気がしたけど、織姫の番になってしまったので三木さんの登場を待つ。
途中、「えりかさまー!!」「えりかさま!こちらをむいてくださーい!!」「よ!ミス愛輝凪の2位」と、声援が上がっていた。
こういうフェアじゃないのは僕は好きじゃない。
それはさっき、三木さんにぶつかった女性だった。
あからさまな票を獲得しようとする動きに俺は溜息を吐いた。
でも、大丈夫、三木さんは彼女に負けない位素敵だ。
きっと、圧勝に決まってる。
俺も那由多も息をのんだ。
いよいよ三木さんの番だ。
「さぁ!!!次はいよいよラストーーーーー!!!エントリーナンバー21番の織姫だぁァァ!!!」
「うぉぉぉぉぉ!!」と、体育館が盛り上がっていた。
しかし、彼女が舞台に出てきた瞬間、シーンと静まりかえった。
そう、三木さんはそれほど美しかったのだ。
見惚れるほど美しい。
ずっと見ていたい。まさにそんな感じの織姫だった。
ゆっくりと三木さんが歩いてくる。
そうすると、体育館がざわつき始める、これは三木さんの圧勝だな、と、思ったその時だった。
「きゃぁ!!」
三木さんが滑る様にして後ろにこけてしまった。
しかも、このこけ方じゃ着物が開いて下着が丸見えになってしまう。
俺も那由多も慌てて舞台上に走ろうとした瞬間、キーンと耳鳴りがした。
勿論、そのまま三木さんはこけてしまったんだけど、何がどうなったか分からないが着物は肌蹴無かった。
明らかにおかしい。
しかし、当の本人は、下着が見えたと思ったらしくそのままおずおずと舞台袖にと入って行った。
僕と那由多は急いで舞台裏へと向かう。
その途中で甘い香りがした、会長の匂いだ。
会長の方を振り向くと視線が有った、会長はにっこりと笑っていた。
……と、言うことはバレバレと言うことだろう。
そうか、さっきも本当は下着が丸見えだったのだろう、それを会長の幻術であのような画像と置き換えられたのだ。
横に居たクッキー先輩が両目を痛そうに押さえていた理由はなんとなく想像がついた。
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【千星那由多】
下着が見えなくて少しショック…いやいや断じてそんなことは思っていない。
寧ろあのまま見えていたら彼女がショックを受けてしまっていただろう。
しかし三木さんが舞台袖へと行ってしまったのを見て、後を追う様に巽と舞台裏へと向かった。
舞台裏へ回ると、三木さんは舞台袖の暗がりにしゃがみこむようにして座っていた。
どう声をかけていいのかわからずに側に寄ったが、俯いたまま顔をあげてくれない。
「だ、大丈夫でした!ぜんっぜん見えてませんでした!本当です!信じてください!!」
とりあえず本当に見えていなかったので、それだけを早口で伝える。
顔を真っ赤にした彼女がこちらを向いたが、俺の必死な形相を見てどうやら信じてもらえたようだった。
ほっと胸を撫で下ろした所で、万葉先輩の声が響いた。
「マイクトラブルあったみたいでゴメンね~!
気を取り直して、和服コンテスト!投票は携帯の七夕フェスティバルアプリからよろしくッ!
集計にはちょっと時間がかかるんで、待っててNE☆」
体育館内がざわついている、今生徒は誰かに投票しているのだろう。
俺と巽も急いで携帯を開き投票をする。もちろん三木さんにだ。
暫くして投票結果が出たのか、派手なドラム音が響き渡った。
「おっまたせーい!集計結果でたよーん!
和服コンテスト……投票数1位は…………エントリーNO16番の織姫だァァァァ!!!」
館内に歓声が響き渡った。
その中に「エリカ様ー!」という声がいくつも湧き上がっている。
和服コンテストはあのいけ好かない先輩が1位のようだ。
ちなみに集計結果はアプリにも表示されるので、三木さんの番号を探す。
2位だ。しかし、1位とはかなりの差。
絶対に組織票だ。不公平すぎる。
三木さんに目をやると、かなり落ち込んでいるようだった。
「……大丈夫です。まだ一回戦ですよ!
次からは実力勝負です。絶対、絶対に三木さんを優勝させますから!!」
あんな女に負けるわけがないんだ。
コンテストの時に三木さんが出て来た時の生徒の反応を見ればわかる。
みんな絶対に彼女が一番キレイだと思っていたはずだ。
「さーて、次はプールへ移動して二回戦目に移るよ~!
みんないっそげー♪」
次は確か水泳勝負だ。
ここからは見た目ではなく、実力で決まるだろう。
「いきましょう、三木さん」
そう言って、重い十二単を纏った身体を起こしてあげるように支えてあげた。
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【三木柚子由】
駄目だ、また失敗した。
私は本当にこういうときに失敗する。
肝心な時ほどちゃんと出来ない。
舞台袖で丸まっていると草履の花緒が切れていた。
何かぬるっとしたものを踏んだ様な気もするんだけど…。
それにしても、ついていない。
千星君が必死に私を勇気づけてくれたので自然と笑みを浮かべることができた。
人気投票は残念ながら二位だったけど、参加したからには最後まで頑張ってみることにした。
次はプールで水泳。
衣装は普段のスクール水着に着替えるけどメークはそのままで帽子。
ちょっと笑ってしまう姿だなと思いながら、イメージを崩されないようにと用意された和風のガウンをはおる。
今は男子の番なので私は順番待ちだ。
左千夫様はこういうイベントの時はこっそり抜けているときが多い。
今日も見当たらないのでホッとしていた。
左千夫様が居るとどうしても私は余所見をしてしまう、彼を目で追ってしまうからだ。
男子が終わって次は私の番。
私の前にはエリカさんが居た。
「あら、本当にみすぼらしいわね、あなたは。
いくら匿名だからって参加を自粛して欲しいわね。」
そう言うエリカさんは胸元が大きく開いた水着を着ていて、とてもセクシーだった。
確かに、彼女と比べたら私は可愛くないかもしれない。
でも、千星君達まで頼んで参加したんだ、最後まで頑張ろう。
タイムトライアルの筈なのにエリカさんは優雅に泳いでいる。
初めの投票があの大差だったのでもういいのかな?
競技では競技点が貰えるけど、最後にもう一度皆から投票される。
それであの得点差がもう一度ついてしまうと私は絶対勝てないだろう。
だめだめ、今はそんなこと考えちゃ!
そう思いなおして私は飛び込み台に立った。
万葉先輩の掛け声とともに飛び込もうとしたが、ぬるっと足場が滑ってスタートに失敗した。
「わぁ!!」
…私は盛大に水しぶきを上げながら着水した。
多分見た目は最悪だっただろう。
それでも、運動神経は実は悪くないので一位を取れた。
何とか競技点を取ることが出来てほっとした。
それにしても、今日はこけてばっかりだ。
情けない自分に嫌気がさして俯きながらベンチに座った。
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【千星那由多】
飛び込み時は彼女らしからぬ動きだったけど、三木さんは無事に1位を取ることができた。
落ち込んだ様子でベンチに座っている三木さんに駆け寄ると、タオルと飲み物を渡す。
あまり彼女の水着姿を見ていたくないという理由もあったが。
次の競技まで時間があったので、暫く休んでいると、あのエリカという先輩が俺達の前に現れた。
嫌でも開いた谷間に目が行くのが男の性だけれど、三木さんの水着姿の方が興奮する。
あ、いや、興奮はしない。いや、する、いや…まぁそれはどうでもいい。
先輩は俺達と三木さんににっこりと微笑かけると、高めのトーンで声をかけてきた。
「水泳競技、1位おめでとう。変な飛び込み方だったけど、あれが勝利の秘訣かしら?」
完璧に嫌味だ。
三木さんは言い返すこともなく黙って先輩を見ている。
言い返してやろうかと思い睨むような視線を送りつけたが、三木さんは静かに俺の袖口を掴み、小さく横に首を振った。
そうだ、今ここで俺が何かを言ったって変わらない。
「今度私も教えてもらおうかしら。なーんて」
そう言って高らかに笑いながら取り巻きと共に去って行く。
本当にいけすかない。完全に俺の苦手なタイプだ。
そんな一件で心の中がもやもやとしていたが、七夕フェスティバルの三回戦目の競技が始まった。
次は借り物競争。
水中にある笹にくくりつけられた短冊に書いてある物を周りの生徒に借り、どれだけ多く持ってこられるかを競う競技だ。
これが一番生徒と触れ合える競技になるだろう。
うまくいけば最後の投票でエリカ先輩の票がこちらへ流れてくる可能性もある。
俺達はただ三木さんを信じて見守っているだけだ。
先に彦星のエントリー者からだった。
男がぎゃいぎゃい叫びながら、辺りの生徒に物を借りている。
…まるで戦争だ。あまり近寄りたくはない。
そんな中、一人俺の目の前で俯きながら立っている彦星がいた。
何か借り物を探しているのだろうか。
顔を隠すように立っているそいつは、少し落ち着きが無いようだった。
「何か探してる…んですか?」
そう言うと身体がビクリと跳ね余計に困惑しているようだったが、急に突きつけるように無言で短冊を渡された。
そのぐしゃぐしゃな短冊には、「好きな人の私物を借りる」と書かれていた。
「……は?」
意味がわからないと言った顔をしていると、横に居た巽が無理矢理俺のネクタイを引き抜き、そいつに手渡していた。
その彦星は無言でお辞儀をすると、そそくさと去って行く。
暫くポカンとその光景を目で追ったが、ハッと我に返り巽へと問い詰める。
「なんで俺のネクタイ渡したんだよ!」
「あの人欲しいみたいだったから」
そう言った巽は何か知っている風だった。
あのネクタイは返ってくるのだろうか……。
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【三木柚子由】
彦星さん達の競技が終わって行く。
私は自分のことで全然ちゃんと見れてなかったけど、彦星の部も織姫の部と同じように一人が突出しているらしい。
彼は競技も真面目にこなしているようで、競技点まで加算されていき、とても他の彦星は追いつけそうにない。
入れ換わるときにその彦星に、ポンと肩を叩かれた。
言葉こそなかったけれど、頑張れと言われているようで少し勇気を貰った。
借り物競走が始まる。
私はプールの其処にある短冊を次々に拾い上げ、プールサイドや観客席で見ている生徒へとお願いしに走った。
それは、帽子だったり、団扇だったり、靴下、ズボン、下着など、どうしてこんなものまで、と、言うものもあったが皆快く貸してくれた。
頑張った会も有ってここも一位を取れた。
エリカさんはお付きの人に全て取ってきて貰っていた。
私は余りずるいことをするのは好きでは無かったので、あんなにきれいなのに嫌な気分になった。
次は最後の騎馬戦。
その後にもう一度投票が有る。
騎馬戦が始まる前に私は和柄のガウンをはおって借りたものを返しに走り回った。
競技が全て終わってから返してもいいんだろうけど、なるべく早い方がいいと思って。
「ありがとうございました…ッ!」
最後の一つ、ハンカチを両手で掴んで返すと手に激痛が走った。
よく見るとそれには折れたカッターナイフが挟まってあったのだ。
「わ、なんだよ。んな、血まみれのハンカチいらねーよ!!」
「ご、ごめんなさい。また、新しいの返しますね。」
「もう、良いって。オラ、さっさといけよ!白塗りで気持ち悪いっつーの!」
これはエリカさんのとりまきの男の人から借りたものだった。
悪いことしちゃったな。
それにしてもどこで挟まったんだろ。
でも、あの男の人が怪我をしなくてよかったな。
そのハンカチで指を止血しながら私は控室へと戻った。
「ど、どしたの三木さん!!」
「あ、大丈夫…!ちょっとすりむいちゃって…」
千星君が入るなり声を掛けてくれた、優しい彼はそのまま直ぐ手当てする道具を持ってきてくれる。
そして、巽君が傷を手当してくれた。
色々あって気分も沈んでしまったけど、後ひとつで終わりなので私は頑張ることにした。
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【千星那由多】
借り物競争は三木さんの頑張りで1位を取ることができた。
その時に指を怪我したのか、細い指から血が滴っていた。
軽く手当をしてあげたが、この一連の三木さんの失敗などを見ると次の競技も嫌な予感がする。
もちろん彼女自身の失敗だとは思っていない。
誰かが三木さんを陥れようとしている気がする。
エリカ先輩は相変わらず俺達を見て周りの取り巻きと笑い合っていた。
「絶対あの二人、あの娘の男よ。他に何人セックスフレンドがいるのかしら」なんて声が聞こえてきたが、三木さんにこれ以上聞かせたくなかったので、距離を取る様にその場を離れた。
次の競技は騎馬戦だ。
俺と巽が馬にならないといけない。
正直自信はないが、プールの水深も顔が浸かるほどではないので、そこらへんは安心だろう。
ただ、水着姿の彼女を担ぐと言うのは…ちょっと気が引ける。
俺達も水着に着替えると、先に彦星の騎馬戦が始まっていた。
プールの中が男だらけで異様な熱気だ。
その光景を眺めていると、その中に顔見知り…というレベルではない。会長と副会長がいたのだ。
担がれている彦星は誰だかわからなかったが、二人の共通の友人とかだろうか。
もしかして神功先輩か?
会長と副会長の馬はすごかった。
この騎馬戦は潰されたら負けというルールだが、まるで水の中ではないような身のこなし。
上に乗っている彦星も次々と相手を潰していっている。
そしてあっという間に会長達は勝利した。
まぁ、あの二人が馬ならそうなるよな。
周りの彦星たちが寧ろかわいそうになるレベルだ。
彦星の騎馬戦が終わり、織姫の番になった。
三人で頑張ろう!!と気合を入れていると、辺りがざわつく。
声の向いている方へと視線を向けると、エリカ先輩が屈強な男二人を従えて出てきていた。
その男達はかなりガタイが良く、俺の倍以上の筋肉だ。
あいつらを馬にすると言うのだろうか。
しかもエリカ先輩は、何故か身体がつやつやと光っている。
……ローション……か?
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【天夜巽】
どうやら男子の部は終わったみたいだ。
彼がどうして会長と副会長にお願いしたかは分からなかったけど。
あの二人にお願いしたからには優勝は間違いないだろう。
それよりもこっちだ、一連の三木さんの怪我や失敗はどうもおかしい。
彼女はなにも言わないので真意は分からないがこれは気を引き締めて行かないとならないだろう。
そして、エリカ先輩の馬は間違えなくアメフト部の先輩だ。
暴力沙汰を何回も起こして謹慎処分になっている暴れ馬が二人。
なにもないことは無いと思う。
俺と那由多は手を組み合わせて水の中で馬を作る。
三木さんは和柄の水をはじく布を纏ったまま競技をするので那由多に直接は当たらないけど。
那由多が前で本当に大丈夫だったかな…。
水の中だし、元から三木さんは軽いので重さは全く気にならないけど。
三木さんは遠慮がちに那由多の肩を手で掴んだ。
「那由多。気を付けてね。」
俺はひっそり那由多に耳打ちした。
その後万葉先輩の声が響き、競技が始まる。
流石は三木さん、彼女は実力を出し切れないだけで運動神経は悪くない。
俺が指示を出しながらうまく、敵の騎馬の横や後ろにつけると彼女はなにも言わなくても的確に騎馬に乗っている女性を落としていっていた。
しかも、落ちる女性が怪我をしないように優しくバランスを崩して上げている。
「ごめんなさい…」
しかも、その後に必ず謝るんだ。
其処までして今回の景品の何に魅力が有ったんだろうか。
それとは反対にエリカ先輩。
彼女はなにもせず屈強な男の上にまたがっているだけだった。
審判には見えないが水面下でラグビー部の先輩が相手の騎馬を蹴っている。
そして、エリカ先輩を押そうとしても彼女はローションに塗れているので巧く押せないのだろう、女性がなんにんも転倒していっている。
「おーっと、残る騎馬が少なくなってきたぞ!!織姫の皆!!最後までがんばれー!!」
万葉先輩の声がこだました時、三木さんが更に一人騎馬を押し倒した。
これで残るはエリカ先輩のみだ。
俺達は彼女と向かい合った、くるくるとその周りをまわってみるが、一向に後ろを取らせてくれない。
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【千星那由多】
ついに織姫の騎馬戦が始まる。
大丈夫、大丈夫だ、平常心を心がけろ俺!!
もちろんこの大丈夫の意味は、馬役として頑張ろうという意味でもあったが、もうひとつある。
三木さんが上に乗っても……まぁ、そう言う意味での、大丈夫、だ。
着水するとゆっくりと三木さんが俺と巽の間に乗っかった。
気を使ってくれたのかはわからないが、彼女は水着のままでなく上着を羽織っていた。
ただ、足などは露出しているため、直接俺の肌に触れてしまうから、そこに意識が集中してしまう。
平常心を保つようにぐっと唇を噛みしめると、急に巽に「気をつけてね」と声をかけられた。
これは……俺の男の性に対する気をつけて、だろうか?
…お、…俺だって男なんだから反応するのは仕方ねーじゃねーか!
む、胸もそんなに頭に触れてねーよ!!
童貞だけどこんぐらいで勃たねーよ!?俺!!!……いや、勃つかもしんないけど!!!
顔を赤くしながらわなわな震えていると、騎馬戦が始まる。
俺は若干顔を前に出しながら巽の指示通りに動いた。
三木さんはかなり軽いので重さなんかは気にならないが、それでも水中で人を担いで動くのは大変で息もあがっていく。
しかし、三木さんはうまく相手の騎馬を倒していき、俺も競技に集中していると、三木さんの胸が頭に当たっていても気にならなくなっていった。
成長したなあ。体力的にも、精神的にも。
そんなことをぼんやりと考えている内に、最後はあのエリカ先輩の馬だけになった。
相手は馬の高さやガタイからして違う。
それに、ローション塗れなのも厄介だ。
暫く後ろを取ろうと動いていたが、急に何かが腹を掠める。
少し掠っただけだったので何かはわからなかったが、その後すぐにそれが何かがわかった。
前に居るデカブツの足だ。
二度目は思い切りみぞおちに入った。
「うぶッ…!」
よろめきそうになった俺を、巽が気づいたのか片足で支えるようにした。
痛い、痛いけど、こんなのイデアの鞭に比べたら…。
そう思うことで痛みを和らげていく。
こんな所であいつのスパルタが役に立つとは思ってもみなかった。
一旦後ろへ下がったが、それを機に奴等は俺を狙う様に間合いを詰めて来た。
何度か蹴られ、幾度かよろめく度に立て直す。
絶対に、倒れたくはなかった。
俺が倒れてここまで頑張った三木さんが負けるなんて、そんなの絶対に嫌だったから。
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【三木柚子由】
最後に残ったのはエリカ先輩だった。
彼女は屈強な騎馬に跨っていたけれど、この二人よりも千星君達の方が凄いに決まってる。
天夜君の誘導の元、背後を取ろうとしていたが急に足場がぐらついた。
「―――きゃ。」
初めはどうしてか分からなかったけど、千星君の額に汗が凄い。
私はそこで初めて水面下で何が起こっているか分かってしまった。
千星君が目の前の男の人に何度も腹部をけられている。
それでも二人は私を落とさないように必死に支えてくれていた。
けど、こんなことまでして勝ったって駄目な気がする。
「千星君!!も、もう、いい…!おろして?私、もう、諦めるから…!!」
「駄目だ!!」
千星君は私にそう即答した。
そして、巽君が私と千星君を支えながらぐんっと後退してエリカ先輩たちと距離を取った。
千星君の息がかなり上がっている。
迷惑掛けてばかりだと、ぐっと手を握り締めた。
「千星くん、もう、本当にいいから…私のせいで、怪我でもしたら、大変だよ…。
私が、景品欲しさの…為に、参加した…せいで」
俯きながら千星君に言葉を落とす。
自分の欲がこんなにも二人に迷惑を掛けると思わなかった。
いつものように浅はかだと反省して私は騎馬を降りようとした。
けれど、天夜君と千星君に足を掴まれてしまった。
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【千星那由多】
さすがに同じ強さで何度も腹を蹴られていると立っているのもやっとになってくる。
巽が俺の名前を呼ぶ度にハッとなり体勢を整える、という繰り返しだった。
周りの声援が酷く煩い。
降ろしてと三木さんに言われると咄嗟に駄目だと叫んでしまった。
息も上がっているが、降ろすことなんて絶対にできない。
けれど優しい彼女は自ら降りようと、足を降ろしていった。
俺と巽でそれを制止すると、再び腹に蹴りを入れられる。
奴等はニヤ付く様に嫌な笑顔を俺達に向けていた。
「ッ……三木さん……俺達を信じてくれてますか…?
信じてるなら絶対に降りないでください……」
「大丈夫、那由多が大怪我したって僕なら治せるから」
「巽……お前なぁ…」
小さく後ろで巽の笑い声が聞こえた。
本当にあいつは余裕綽々だな。
蹴られてる俺の身にもなってみろっつーの。
「……ってわけなんで……あの鬱陶しい先輩、落としちゃってください」
降りようとした三木さんの体勢を立て直し、足を踏ん張る。
まだまだ大丈夫だ。
そんな俺達の話しをじっと聞いていたエリカ先輩は俺を見下すように鼻で笑った。
「お熱い友情ね。で、どっちが三木さんの本命なのかしら?
手前の貧弱な子?それとも後ろの腹黒そうな子?
どちらにせよどっちもひょろっこくて弱そうね。三木さんにはお似合いなんじゃないかしら?
小さくてみすぼらしい織姫様にはね」
ああ、もういちいち鬱陶しい。
こういう女は苦手を通り越して大嫌いだ。
初めて女を殴ってやりたいと思った瞬間だった。
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【三木柚子由】
信じる。その言葉を言われて私は数度瞬いた。
そう言う彼らは私を信じてくれているんだろう。
天夜君とのやり取りはいつものままで私は少し笑ってしまったけど、嬉しくって大きく首を縦に振った。
「ああ。もう、さっさと片付けて頂戴。
そんなもやしみたいな子にいつまで掛っているの?
それに、あなた、私があれだけ嫌がらせしたのに棄権しないなんてどれだけ鈍感なのかしら。
だから二又をかけられるのね。
そう言うところはあの心愛と変わらないわね、あの子もかわい子ぶっているけど、いつも男を二人抱えていたわ。
ホント、私だけね、真っ当なのは。」
今のエリカ先輩の言葉で競技中の私の失敗を引き起こした原因が彼女だと分かった。
私を悪く言うのは構わないけど、千星君、天夜君、夢原先輩の事を言われた私は流石に腹が立った。
「天夜くん!!」
天夜君に声を掛けるなり、体を隠す様にかけていたガウンを放り投げる、観客から私達を隠すと那由多君の肩を足場にするよ
うにして私はエリカ先輩の胴体を蹴り込んだ。
ヌルヌルで触れないなら、一撃で体の芯を押した方が早い。
観客からは何が起こったか分からないままエリカ先輩が後方へとふっとんだだろう。
そうして、天夜君が伸ばしてくれた手を取り、私はまた、千星君の上に戻った。
目隠しに使ったガウンをまたはおる。
「おーっと!!エントリーNO21番の織姫の必殺技が炸裂!!観客からは見えなかったか!?
とりあえず、華麗だったZE!!!と、言うことで、勝者はエントリーNO21番の織姫だァァァァ!!!」
万葉先輩の声が響き渡る中、私は二人に微笑みかけた。
「ありがとう、千星君、天夜君。
後は最終投票だけだけど、私、頑張るね。」
久しぶりに真っ直ぐに背筋が伸びた気がした。
最後は衣装はそのままなので和柄のガウンをはおったままプールサイドに立つ。
エリカ先輩は泳げなかったのか、屈強な男の人に助けて貰っていた。
それなのに、その男たちを罵っていた。
あと、彼女はここまで濡れることを想像していなかったのかな。
化粧が落ちてしまっていた。
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【千星那由多】
「う、おおお…」
思わず目を瞠って声が漏れてしまった。
三木さんが華麗な蹴りをエリカ先輩にお見舞いしたからだ。
そのまま先輩は水しぶきを上げながら後ろへ吹っ飛ぶと、再び上着を羽織った三木さんは俺の上へと着地する。
一瞬の出来事で驚いてしまったが、かなり胸の中はすっきりした。
観客はまったく気づいていなかったみたいだが、物凄い歓声があがっている。
エリカ先輩は水中から何度も顔を出したりしながら何かを言っていたようだったが、俺達は無視してプールからあがった。
そして、最後の投票はこの場所で行われ、全ての競技点をプラスした上に、生徒の投票が加算され優勝者が決まる。
三木さんから離れ、痛む腹を抱えながらベンチへと腰かけ、巽に治療してもらいながら結果が出るのを待った。
最初の投票は彦星からだ。
先ほどと同じようにこちらも携帯のアプリから投票する。
暫くして彦星の集計結果が出たのか、万葉先輩の声が響いた。
彦星の優勝者はぶっちぎりで一人の生徒だった。
最初の投票から競技、そしてこの投票まで1位を独走していたみたいだ。
しかもそいつは俺からネクタイを持っていった奴だった。
誰かはわからないが、後で返してもらわなければ。
その彦星は優勝のコメントを求められていたが、手で拒むような仕草をしクールにかわしていた。
女子から黄色い声がひっきりなしにあがっている。
濡れた姿がこれまた色気を誘い、確かに男でもカッコいいなと思える容姿だった。
そして、次は待ちに待った織姫の番だ。
全員一列に並び、一番端に三木さんが立っていた。
心配そうにぎゅっと胸元で手を握っている。
ちなみにエリカ様は投票中にも関わらず堂々とその場でメイクを直していた。
いるよな、誰の前でもメイクを直す羞恥心のない女子。
集計結果が出たのか、音楽と共に万葉先輩がマイクを取った。
「みんなお待ちかね!織姫の集計結果がでたZE☆
ここまで頑張ってくれた織姫エントリー者たち…誰が栄光の天の河を渡りきることができたのか!?
栄えある1位の織姫………………エントリーナンバー………………」
もったいぶっている万葉先輩の言葉に、観客から早くしろー!と声があがった。
本当にだ。早くしてくれないと俺の心臓がもたない!!
そして万葉先輩の指先が、優勝者の織姫を指さすとともに、スポットライトが当てられる。
「―――――――21番の織姫!!!!」
もちろん、それは三木さんだった。
後ろの簡易スクリーンに彼女の驚いたような顔が映し出された。
俺と巽は立ち上がって飛び跳ねるように喜んだ。
観客からも「その通りだ」と言わんばかりの声援が送られている。
「まさかまさかの逆☆転☆勝☆利!!!
最初の投票で二位だった織姫が競技点、そして最終投票で1位ぶっちぎりだああああ!!!!」
画面に映し出された名前を見ると、三木さんのポイント数は本当にぶっちぎりだった。
最終投票もエリカ先輩とかなりの大差をつけている。
しかもエリカ先輩は二位どころかかなり下までランキングが落ちていた。
ざまぁ見ろ!!
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【天夜巽】
三木さんは一位だった。
俺もそうだと思う。
俺と那由多は二人で喜び合った後、三木さんの元に走って行った。
「キィーー!!どうして私がこんなみすぼらしい子に負けないとならないのよ!!!
こんなコンテスト、中止よ、中止!!!」
エリカ先輩が叫んでいた。
きっと彼女は、三木さんがライバルになると思って嫌がらせをしていたのだろうけど、度が過ぎたようだった。
どうやら、ミスコンで2位になって彼女は逆上せすぎたようだ。
もう、周りは誰も彼女を見てはいない。
僕は彼女の肩をグッと掴んだ。
「なによ、けがらわしい手で――」
「周りよく見た方がいいですよ、もう、誰も貴方なんて見てません。」
僕の笑顔に彼女はやっと気づいてくれたのか、周りが皆三木さんを見ていること認識したようだ。
そして、彼女は文句を言いながら走り去って行った。
僕を腹黒呼ばわりした彼女にはこれくらいの制裁は必要だろう。
「それじゃぁ!今年のナンバー1彦星.織姫とその騎馬の方は、こっちきてね!!
さーて、今からが、本番!!これぞ、このコンテストでナンバーワンになった彦星、織姫は絶対仲睦まじくならないと言われる所以!!
熱い抱擁ではなく、景品を掛けた熱いバトルを行って貰いまーーーす!!!
勝った方が先に賞品AかBか選べるZE!!!」
ばさっと、プールサイドに置かれた賞品の布が払われた。
どうみたって、Aの方がグレードが高い。勿論、Bも悪くは無いんだけど。
……と、言うことは、俺達は会長達と戦うと言うことになるよね。
那由多、大丈夫かな?
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【千星那由多】
巽がエリカ先輩に何か言ってたみたいだが、うまく聞き取れなかった。
まぁいつものようににこにこしていたので、大したことは言ってないとは思うけど。
これで七夕フェスティバルもようやく終了、あとは賞品の受け渡しか……と思ったのも束の間、何故か織姫と彦星だけではなく、騎馬をしていた俺達も呼ばれる。
言われるがままに三木さんの隣へ並ぶと、どうやらこれだけで終わりではなかったみたいだ。
そう、これから行われるのは織姫と彦星の騎馬戦バトル…そんな勝負は多分全校生徒が知らなかっただろう。
けれど周りの観客は大盛り上がりだった。
しかも彦星の騎馬が最悪なことに会長と副会長のタッグだ。
ちらりと目をそちらへ向けると、会長はにっこりとこちらに向けてほほ笑んでいた。
……あの笑顔が久々に怖い。
流されるままに再びプールの中へと入ることになり、俺と向い合せになったのは副会長だった。
「手加減しないからネーなゆゆ♪」
にっこにこと楽しそうに笑っているが、俺はもう既に負けた気分でいた。
いや、けれどこれが本当に最後の勝負なんだ。
三木さんがAかB、どちらの賞品が欲しいかはわからないが、ここまで頑張ってきたのに負けるわけにはいかなかった。
「こっちこそ負けませんよ…」
珍しく強気で出てみた。
気合だけでも入れておかなければ。
三木さんが背に乗ると、彦星もスタンバイに入った。
ここでも彦星は顔を逸らす様に別の方向を見ている。
しかも顔が真っ赤だ。
……もしかして、三木さんの水着姿を直視できないのか?
こいつ…もしかして…………童貞とみた!!!!!
同じ童貞にならわかる。
三木さんの水着姿は……ほんっとーにヤバイ!
しかも上着を羽織っているとは言え、あいつの位置からは谷間が全開だろう。
俺もあの位置から三木さんを………いやいやいや、今はこの勝負に集中することだけを考えよう。
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【三木柚子由】
私を勇気づけてくれた彦星さんと対決するとは思ってなかった。
この時先に私の欲しい賞品はBだと言っていればこの後の死闘は繰り広げられなかったのかもしれないけど、
てっきり彼も賞品のBを狙っていると勘違いした私は本気でこの人と戦うことを決意した。
しかも、左千夫様が相手に居る。
左千夫様は日光に弱いのでシャツを着たままプールの中に居た。
余り、表の舞台で目立つことが嫌う彼が手伝うこの彦星さんは誰なのかちょっと知りたかった。
た、多分、ばれてないとは思うけど、視線が合う度彼はニコっと微笑んでくれた。
そのたびに気が抜けそうになる。
だ、駄目。ちゃんと集中しなきゃ!!!
「レディーGO!!!」
そうこうしているうちに万葉先輩の声がスピーカーから放たれる。
流石、クッキーさんと、左千夫様の騎馬。
とっても速かった。
唯一の救いは彦星さんがなぜだかわからないけどずっと目を閉じて俯いていた。
指示は全てクッキーさんが出してるみたいだ。
「はーい、右手!!あ、避けられちゃった。
やるね、織姫ちゃん、今日、これから、ボクと―――ぐふっ!痛いヨ!左千夫クン!ボクまだ、何もやましいこと言ってないよ!!」
水面下だったのでなにが起こってるかは見えなかったけど、きっとクッキーさんは蹴られたんだろうな。
相変わらず、この人には何かが欠けている気がする。
でも、彦星さんが目を開けられないなら私にも勝機はある!
後、左千夫様が騎馬の後ろだったのも幸いした。
クッキーさんに隠れて余り見えないので騎馬戦に集中することだ出来るからだ。
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【九鬼】
突然左千夫クンから命令され、今ボクの上にいる彦星クンの騎馬をやらされることになってしまった。
こういう意味の無さそうなお祭りは好きなので、快く手伝うことにしたが。
そして今目の前の織姫、そう、ゆずずと勝負している。
ゆずずは白塗りで織姫の様なウィッグをしているので、周りから見ると誰だかわからないが、仕草や声などを聞けば一発でわかる。
きっと左千夫クンもそうだろう。
ま、彼はゆずずがどんな姿であれ、絶対に気づくとは思うけど。
とりあえずボクはこの最終決戦を楽しむことにした。
彦星クンは水着姿のゆずずが見れないようなので、ボクが指示を仰いで行くが、なかなか彼女は落とせない。
目の前にいるなゆゆも巽もおもしろいほど必死な形相だ。
それほど彼女を勝たせたいんだろう。
けどボクは彼女を落とそうだとかそんなことは考えていなかった。
彦星クンに指示を出しながら、徐々にゆずずの羽織りを乱していく。
ゆずずも必死なので、どんどん肌蹴て行っていることに気づいていない。
さて、そろそろ脱がせれるかな。
ゆずずの横を通り過ぎようとした瞬間に、彦星クンに指示を送る。
「はい次ー左手横にだしてーそのまま勢いよくー……手前にひっぱる!!」
彦星クンは指示通りの動きをした。
これは、ゆずずの羽織りを掴み、脱がせるという動きだ。
引っ張られて落ちそうになったゆずずは、羽織を脱ぐことを選んだのか、そのまま彦星クンに羽織を取られてしまう。
「さーて次は水着を――――んげふッ!!!」
またイラナイことを言ったボクに、左千夫クンの蹴りが背中にヒットする。
す、水中プレイもありだネ。
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【神功左千夫】
彼が僕に頭を下げてくるとは思わなかった。
しかも、こんな大会の為に。
彼の財力なら景品程度、容易く買えると思うのだが、なにか非売品でも入っているのだろうか。
しかも、柚子由までこの大会に参加しているとは…。
彼女は僕にばれたくないようだったので声はかけないで置く。
そんな、彼女が僕に隠してまで優勝を目指しているので勝たせてあげたい気もするが、勝負は勝負だ。
大会よりもなによりも、僕は今年のナンバーワン織姫と彦星が欲しているものに興味が有った。
とりあえず目の前で不埒な真似をする九鬼を蹴飛ばしておく。
全く、この男は本当にデリカシーが無い。
観客はこの男の指示のせいで大盛り上がりだ。
なんにせよ柚子由が必死で気付いていないのでよしとするが。
戦略としても間違っては居ない、が、出過ぎたことをしたら瞬殺するつもりだった。
しかし、そこから九鬼の指示は的確だった。
ちゃんと柚子由の動きに合わせて彦星に指示を出している。
目を瞑っている分時間は掛っているがこちらの勝利まで、後数手で決まるだろう。
と、思った僕が馬鹿だった。
「はい!じゃ、右手を前に出してー、今!右に払って!そのまま左手を前につきだーす!!!」
九鬼がその言葉を言いきるか言いきらないかの間に僕は彼の臀部を下から蹴り上げた。
これは勿論手加減なしだ。
自然に僕たちの組んでいた手が離れるので彦星の足を僕の膝に乗せる様にして支えてやる。
水中なら一人で彼を支えるのも訳ないのだが、彼の伸びる左手に僕は仕方なくテレパシーを彼に送った。
“晴生君、目を開けて、前を見て下さい…、後悔しますよ。”
僕に蹴り飛ばされた九鬼は調度正面に居た那由多君に飛んで行ったようだ。
さて、こちらの彦星、日当瀬晴生君が先に落ちるか、向こうの騎馬が先に壊れるか、これは少し見ものかもしれない。
僕は静かに口角を上げた。
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【千星那由多】
副会長の指示で三木さんの羽織りが脱がされてしまった。
そのせいで俺の頭に彼女のやわらかいものが当たってしまう。
更に前かがみになるが、前へ行きすぎると倒れてしまいそうになる。
嬉しいやら悲しいやら、とにかくこれじゃあまったく集中できない。
それでも負けるわけにはいかないので、彼女を落とさないように彦星からの追撃を避けていく。
周りの男子生徒の歓声が煩かったが、三木さんは気にしていない様子だった。
彼女が前に手を伸ばす度に、ふにふにと当たる感触が心地よい。
この騎馬で前を任されたことを後悔しているはずなのに、俺は顔を伏せながらニヤついていた。
ちょっと…幸せかも。
天国に昇るような気持ちになった瞬間だった。
副会長が俺の名前を呼んだので、何があったのかと顔をあげてしまう。
これが間違いだった。
「ごめーん、危ないかも♪」
「え?」
真正面にいつものように笑っている副会長の顔があった。
驚く間もなく、その顔が俺の顔にぶち当たる。
というより、ぶち当たったのは唇同士だった。
「んぶッ!!!!」
勢いよく倒れてきたせいでかなり痛い。
目尻に涙を浮かべながら、なんでこういう最悪な役回りが多いのだろうと、自分の運の悪さを呪った。
天国から一気に地獄に突き落とされるとはこういうことか。
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【日当瀬晴生】
七夕フェスティバルの景品を聞いた瞬間に俺は会長のところに向かった。
どうしても、欲しい商品が有ったからだ。
織姫で三木が出ていた。
初めは分からなかったが陰で会長がずっと視線で追っていたので途中から分かってしまった。
三木の奴が今回はかなり頑張った。
だから優勝は譲ってやりたいが、あの中にどうしても俺が欲しいものが入っている。
それ以外なら勝った後に譲ってやる。
なんなら、誕生日だし買ってやってもいい。
俺が欲しいものは、今は品切れ中で絶対手に入らない代物だ。
ネットオークションで高値で売られているかもしれないが、そこまでして買うのも気が引ける。
だから、この勝負は譲る訳にはいかなかった。
目を瞑ったまま九鬼の指示に従う。
羽織を掴めたと思った瞬間に三木は脱いでしまったようだ、これじゃますます触れるところが少なくなる。
手を組んで引っ張りたかったが彼女は自分の弱点を心得ているようでなかなかそうさえてくれない。
「はい!じゃ、右手を前に出してー、今!右に払って!そのまま左手を前につきだーす!!!」
“晴生君、目を開けて、前を見て下さい…、後悔しますよ。”
九鬼の指示と会長の直接頭に響く様な声が同時に聞こえた。
その瞬間足場が無くなるがそれは会長によって支えられた。
そして、俺は左手を突きだす、しかし、やはり会長の言葉は気になる。
目を開けることは非常に困難だったが俺はうっすらと目を開いた。
「ッッッッ―――!!!」
俺の左手が伸びた先に三木の胸が有った。
それを寸でのところでかわす、と、同時に俺はバランスを崩して堕ちた。
調度九鬼と千星さんが密着している上に盛大に転びながら水しぶきを上げて着水した。
つーか、九鬼を信じた俺がバカだったぜ!!!
賞品のグレードからいっても三木が選ぶのはきっとAだろう。
俺が欲しいものもAに有る。
逆に三木に譲って貰えないか聞きに行くはめになりそうだ。
千星さんが転んだ勢いで三木もこけてしまったようで激しい水の音が聞こえた。
一人優雅に佇んでいる会長が俺の視界に映った。
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【千星那由多】
溺れるかと思った。
副会長がこけた後、俺も巻き込まれた上に彦星が落ちてきて、その後落ちてきたであろう三木さんに助けられた。
プールから上がった時にはもう勝負は決まっていた。
二人とも騎馬から落ちてはいたが、先に落ちた彦星の負け。
そう、三木さんの勝利だ。
それはそれでよかったし嬉しかったんだけど、俺はこの七夕フェスティバルでいい思い出も嫌な思い出もできてしまった。
そして優勝賞品は結局三木さんはB賞を選んだ。
AにくらべてBはあまりいい賞品がなかったので、万葉先輩に本当にそっちでいいのか何度も聞かれていたが、三木さんは終始笑顔だった。
彼女はそちらに欲しい商品があったんだろう。さらば、俺の最新ゲーム機。
そして彦星はグレードの高いA賞を狙っていたらしく、結局あのバトルはなんだったのかという疑問さえ残ったまま七夕フェスティバルは幕を閉じた。
ちなみに俺は副会長とキスをしたことを周りの生徒にいじられまくったので、三木さん並みに有名人になってしまったのは言うまでもない。
先に着替え終わると、三木さんがメイクを落としている間、俺達は賞品を持って先に(裏)生徒会室へと行くとだけ告げ体育館から出た。
これから三木さんの誕生日を祝わなければならないので準備がある。
今回は副会長が「いいものがある」と言っていたので、準備などはほぼ副会長に任せていた。
…正直不安しかないけれど。
そしてその不安は的中することになる。
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【三木柚子由】
彦星さんはAの賞品が欲しかったみたいだ。
私達は争うことなく無事に賞品を受け取った。
千星君達が賞品を運んでくれると言っていたのでお言葉に甘えて私はメイクを落とし始めた。
「おめでとう、柚子由ちゃん。」
「夢原先輩。ありがとうございます、先輩のメイクのお陰です…」
少し照れくさかったので、小さく俯いた。
彼女は柚子由ちゃんが可愛かったんだよ、と、言ってくれたけど、それには素直に頷けなかった。
「これから、(裏)生徒会にいくんでしょ?
薄いメイクに変えてあげるね?」
「え?あの…」
私は普段余りメイクはしない。
日焼け止めやリップは塗るけれどその程度だった。
それを伝える前に夢原先輩の手が動く。
彼女は、器用に元から置いてあったパレットと自分のメイク道具を使って私を綺麗にしていってくれた。
最後は髪も綺麗にカールを掛けてくれて、ハーフアップに纏めてくれた。
そして、まるで織姫の様な桃色の浴衣を私に着せてくれた。
「これね、景品の中に入ってたものだから、柚子由ちゃんのものだよ。
凄くよく似合ってる。」
「……私じゃ、無いみたいです。
先輩、本当にありがとうございました。」
深々と頭を下げると先輩は慌ててしまった。
また今度化粧を教えて貰おうとお願いすると快く頷いてくれた。
そして、小さなポーチを手渡される。
「今日柚子由ちゃんのアイメイクに使った化粧品が中に入ってるの、よかったら使ってね。」
受け取って良いのか分からなかったけど、にっこりと綺麗に笑った先輩に押し通されてしまって受け取ってしまう。
夢原先輩を見送ってから、後片付けをして私は控室から出た。
すると、一人の男性が目の前に立っていた。
神功十輝央先輩、左千夫様の義理のお兄さんだ。
私は今一つ、彼とどう接したらいいか分からない為、その場に立ち止まってしまった。
彼も、じっと私を見てる。
……なにか、拙いことしたかな。
織姫が私だってバレちゃったかな。
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【神功十輝央】
大きく深呼吸をした。
大勢の人の前に立ってもこんなに緊張することはないのに、こんなに緊張しているのは初めてだ。
手にもった小さな紙袋を握りしめ、僕はある人を待っていた。
何度も伝える言葉を反復練習するように小さく呟いていく。
10回以上繰り返していた時、その人は現れた。
そう、僕が待っていたのは三木柚子由さんだった。
控室から出て来た彼女の方へとすぐに目を向けるが、いつもと違う彼女に驚いて固まってしまう。
普段はあまりメイクをしていない彼女の顔立ちが、更に美しくなっていた。
薄いメイクなはずなのに、彼女の良さを更に引き出している。
しかも制服ではなく、織姫の衣装を着ていた。
黙り込み、つい彼女をじっと見つめてしまっていたことに気づき、ハッとなった。
「あ、えーと…おり、ひめ、すごく、似合ってました…」
その言葉に目の前の三木さんは困ったように俯いていた。
もしかして、言っちゃまずかったかな?
僕も同じように俯いてしまったが、ここでこのまま黙り込んでいるわけにもいかない。
意を決して握りしめていた紙袋を彼女に差し出した。
「あの、さ、左千夫に今日誕生日だって聞いて…。それで、プレゼント渡そうと思って待ってたんだ。
つまらないものだけど、受け取ってくれないかな…?」
視線を落とし、すっと腕を伸ばしたまま彼女が手を差し出すのを待つ。
ああ、ちゃんと言えた。
彼女に誕生日プレゼントを渡すためにここで待っていたんだ。
心臓がものすごく早い。
今の僕の顔は変じゃないだろうか。
いや、元々そんなに左千夫みたいな綺麗な顔立ちでもないから変と言えば変なんだけど…。
しかし、彼女は驚いているのか困っているのか、なかなか受け取ってくれない。
落としていた視線を彼女へと向けると、小さく肩を落とした。
「…そんな話したこともない奴から急にこんなことされても嬉しくないよね…驚かせてごめん……。
今日、…頑張ってる三木さんとっても素敵だった。
それに、今の君も…その…すごく綺麗、……で……」
もしかして今僕は変なことを言ってしまっているのではないだろうか。
これじゃあ彼女を余計に困らせてしまうだけだ。
そう言った後、僕はゆっくりと腕を降ろし、小さく会釈をしてからその場から立ち去ろうとした。
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【三木柚子由】
神功十輝央先輩、いや、神功先輩。
…それじゃあ、左千夫様と同じだ。
十輝央先輩…。それも、おかしい。
…お兄さん?間違いではないけどきっと違う、私と彼は血は繋がっていないから。
神功十輝央先輩の本当のお母さんは亡くなっている。
戸籍上、縁は切れているが私の実母が今は彼の母親、神功家の本妻。
彼とはそんなややこしい関係。
そんなことを考えていると、織姫が綺麗だったと言われ私は一気にてんぱる。
控室から出てきたからとかじゃなくて、この人は私が織姫だって元から分かってたみたいだ。
そうなってしまうと殆ど後の彼の言葉を聞いていなかった。
困惑し顔を真っ赤にしたまま俯いてしまう。
左千夫さんのお兄さんにあれを見られていたかと思おうととても恥ずかしかった。
その間に彼は自分で完結して帰って行こうとしていた。
その時にやっと紙袋が目に入り、誕生日と言う言葉が頭で反芻された。
夢原先輩も「誕生日おめでとう」と、言ってくれていたような…。
フェスティバルに必死だったので頭に無かった。
「あ。…待って、……神功先輩?……神功十輝央先輩?
えーと……その、……すいません、なんてお呼びすれば。」
おずおずと告げると彼は気さくに十輝央で良いと言ってくれた。
呼び捨ては流石に失礼なので十輝央さんと、呼ぶことに決める。
胸元で手を握ったまま彼に一歩近づいた。
「頂いても…いいのなら、……とても、嬉しいです。
まさか、十輝央さんが、私の事を覚えてると、思わなかった……ので。」
すいません、と、私は深く頭を下げた。
いつもドキドキするけど、今日はもっとドキドキしてる気がした。
左千夫様が居てくれたら、こんなことはないんだろうけど。
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【神功十輝央】
帰ろうと彼女に背中を向けた所で、やっと三木さんは僕に声をかけてくれた。
呼び名を問われたので、神功先輩ではややこしいから下の名前で呼んでくれて構わないと告げる。
これは建前で、僕が彼女を「柚子由さん」と呼びたかったからでもあった。
彼女に「十輝央さん」と呼ばれると、余計に照れてしまったが、正直嬉しくて心の中では飛び跳ねるように喜んでいた。
「あ、ああ、良く左千夫が君…柚子由さんのこと話してるのもあって…。
少しお友達になりたいなって思ってたんだ。一応母親も一緒だしね」
左千夫を使うのはとても申し訳なかったけど、初めて会った時から気になっていただなんてことは言えない。
彼女は義理の母親に顔は似ているけれど、雰囲気というか温か味と言うか、そういう内面的なものは全く似通っていなかった。
苦く笑いながら、深々と頭を下げた彼女を上へ向かせると、改めて紙袋を手渡す。
「気に入って貰えるかわからないけど……あ、長々とごめんね、引き止めちゃったね。
じゃあ、またどこかで会ったら、声かけてくれたら嬉しいな」
微笑みながら最後の挨拶をすると、緊張はもう無くなっていた。
そのまま小走りで彼女の元から離れる。
けれどまだ顔は熱く、心音は暫く鳴りやむことはなかった。
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【三木柚子由】
「はい。…気を付けて。」
十輝央さんは私が礼をする間もなく直ぐに帰ってしまった。
貰った紙袋には小さなリボンがしてあってとても可愛らしかった。
彼の前で開けた方が良かったかな、と、今更ながら思ったけれどもう遅かった。
(裏)生徒会へと向かう途中に私は紙袋を開けた。
中には色とりどりのお菓子と、ハート形で格子状の小さな入れ物の中に赤い宝石が入ったチャームが入っていた。
お菓子は流石左千夫様のお兄さんと言った内容で、どれもおいしそうで、全て左千夫様が好みそうなものばかりだった。
チャームもきらきら輝いていてとても私には不似合いなものに思えた。
けれど、大きさが小さかったのでこれならあまり目立つことなく付けれそうなのが嬉しかった。
私は早速、さっき夢原先輩に貰ったポーチにそのチャームを付けた。
だいぶ時間が経ってしまったので、私は急いで(裏)生徒会へと向かった。
準備室から(裏)生徒会室に入った瞬間、パン!パン!とクラッカーの音が鳴り響き私は数度瞬いた。
「「「ハッピーバースデー!!!」」」
左千夫様を祝った時と違ってぴったりと声が揃っていた。
そっか、皆私の為に誕生日会をしてくれるんだ。
感激で涙が溢れそうになったがそれも直ぐに消えてしまった。
(裏)生徒会のメンバーがなぜか皆全身タイツだったからだ。
天夜君と日当瀬君は牛の被りものを被って、茶色いタイツ。
千星君は星の被りものを被っていて、全身黄色のタイツ。
くっきーさんは緑の全身タイツで笹の形になっていた。
ちょっと、下半身が見苦しかった。
左千夫様はと青ざめたが彼は全身タイツでは無かった。
それどころか長い髪をまとめ上げ、彦星の格好をしていた。
生徒会の机の上にはケーキやお菓子が並べてある。
そうして、左千夫様は私のところまでゆっくり歩いてくると私の手を取って、椅子までエスコートしてくれた。
「おめでとうございます、柚子由。いえ、織姫様。」
もう、このまま死んでしまうかもしれないと思えるほど顔が真っ赤に染まったのが分かった。
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【千星那由多】
三木さんにこんな姿を見られたくなかったけど仕方がない。
副会長の「いいものがある」というのは、七夕になぞらえたコスプレ衣装だった。
巽と晴生は牛、副会長は笹、そして俺は星。しかも全員全身タイツ。
傍から見ると俺達は完璧に怪しい集団なんだけど、誰もこの部屋へ入ってくることはないからそこの所は安心だ。
イデアは許可も取らずにばっしばしと写真を撮っているが。
会長だけは今日は三木さんの誕生日だからということで彦星の衣装だった。
まぁ会長の全身タイツ姿は一番見たくないので、よかったことにしておこう。
そして(裏)生徒会室に入ってきた三木さんは、何故か織姫らしい衣装を着ていた。
どうやら副会長が夢原先輩に根回ししていたようだ。
本当にこの人はこういう事には労力を惜しまない。
こんな姿でかなり嫌だったけど、三木さんは会長にエスコートされるように手を差し伸べられると、顔を真っ赤にしていた。
とても嬉しそうだったのでよしとしておこう。
三木さんが席に着くと、部屋の照明を消す。
ホールケーキに刺さった蝋燭の淡い火が彼女を照らした。
「おめでとうございます、三木さん」
いつもと違いメイクをしている彼女が灯に照らされると、すごく綺麗で見とれてしまう。
間違いなくこの日一番綺麗な織姫だろう。
「ゆずず♪今日はお疲れ様~水着すが…ごふぅッ!!!」
副会長が何かを言いかけた時、みぞおちに会長の拳が入ったのが見えた。
どうやら会長達には三木さんが七夕フェスティバルの織姫をやっていた事がバレているみたいだ。
彼女はバレていないと思っているようだったので、この事は一生黙っておこう。
「蝋燭、消してください」
そう言うと、三木さんは照れくさそうに蝋燭の火を消した。
口々におめでとうという言葉があがる。
嬉しそうな彼女を見て、俺も自然と笑みが零れた。
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【三木柚子由】
私が蝋燭を消すと皆拍手してくれた。
小さいころはこうやってよく祝って貰った。
左千夫様と一緒になってからも毎年一緒に住んでいる子たちが祝ってくれた。
でも、友達、仲間に祝って貰って貰ったのは初めてかもしれない。
私が感動を噛みしめていると左千夫様がケーキを切り分けてくれた。
私のお皿のケーキはとびっきり大きかったけど、それにも負けない位左千夫様のお皿にも大きなケーキを取り分ける。
「……今日はおまえの誕生日ですよ?」
左千夫様は困った様な笑顔を零したけど。
私は左千夫様が喜ぶことが一番うれしいから。
それから、左千夫様はケーキを皆に分けて行った。
全部周りの皆がしてくれたので、なんだか悪い気分になる。
「そう言えばよ、三木、んとに、景品Bで良かったのかよ?」
「え。あ、うん、欲しいものが、あっちに……」
あれ。
日当瀬君、今なんて。
私に景品の事を聞くってことは私が織姫だってばれてる?
目の前の左千夫様が慌てていた、と、言うことは彼も知っていたんだろう。
そして、(裏)生徒会室を見渡すと景品の山になっていた。
千星君には織姫の子が騎馬のお礼に上げたって設定にしてもらってたんだけど…
よく見ると、私のBの商品だけじゃなくAも有った。
「も、もしかして、日当瀬君、…あの、彦星さん?」
そう言うと彼は頬を掻きながら真っ赤になった。
そして、私も隠しきれなかったことに真っ赤になったが、左千夫様が頭を撫でてくれる。
こういう時彼はなにも言わない。
困ったような顔で頭を撫でてくれるだけだった。
恥ずかしさで顔から火がでそうだったけど、ばれちゃったものは仕方ない。
この後のお願いもしやすくなったし…、深く考えないで置こう。
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【千星那由多】
キッチンで飲み物の準備をしていると、新しい冷蔵庫があることに気づく。
これって七夕フェスティバルの優勝賞品じゃないのかと思いながらキッチンを出ると、三木さんと晴生の話し声が聞こえてきた。
どうやらあの彦星は晴生だったようだ。
確かに言われてみればあの顔は晴生だった気がする。
黒髪と黒のカラコンでああも変わってしまうものか。
あいつがあんな行事に参加するとは思えなかったので少し耳を疑ってしまった。
いや、でもネクタイを返してもらう手間も省けるし、もしかして俺が欲しかった最新型ゲーム機も(裏)生徒会室にあるのでは、と胸が高鳴った。
後でこっそり確認しておこう。
ケーキを食べ終わると、副会長が徐に短冊を取り出した。
「今日は七夕だからネ!そしてボクは笹!!
これにお願い事書いて括り付けたらもしかしたら願い事が叶うかも??」
副会長はニコニコと笑いながら自分が書いた短冊を、股間に取り付けている笹に括り付けていた。
まぁそれは会長に引きちぎられていたが。
確かにあんなとこに括り付けられると目のやり場に困るのでたまったもんじゃない。
願い事か…何にしよう。
迷っているとみんなは早々と書き終わって順次副会長の頭の笹へと括り付けていた。
慌てて書き上げ括り付けると、俺の短冊の内容を見た巽が笑った。
「那由多、自分のこと書いてる」
「えっ!?」
そういう意味じゃなかったのか?
みんなが書いた短冊に目を通すと、そこには三木さんの事が書かれている。
完璧に空気を読めていなかった俺は「ゲームがしたいです」なんて書いてしまった。
まぁ副会長も「女の子紹介してください」とかそういう内容だったのだが、あの人と同レベルなのが情けない。
慌てて裏面に「お茶会が続きますように」と殴り書く。
そんな俺を見て三木さんは笑ってくれたが、余計に恥ずかしくなってしまった。
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【三木柚子由】
クッキーさんの股の所に吊るしてあった短冊は左千夫様に引きちぎられてしまっていた。
なんて書いていたんだろう。
クッキーさんにどんどん短冊が飾られていく。
“柚子由が幸せになりますように。甘いものをいっぱい食べれますように。神功左千夫”
“三木が怪我しませんように。日当瀬晴生”
“三木さんが欲しいものが手に入りますように。天夜巽”
千星君が書き直していたのが少し面白かったな。
クッキーさんは、…コメントしないで良いかな。
私は自分の短冊に“皆ずっとなかよく居られますように”と書いてクッキーさんへと飾り付けた。
「柚子由。これは皆からです。」
左千夫様が大きなプレゼント袋をくれた。
一度左千夫様を見上げると開けていいですよ、と言われたのでリボンを解く。
中から出てきたのは私が好きなコッコちゃんの大きなぬいぐるみだった。
コッコちゃんはトサカが一本だけ長い、オスの鶏。
.好きな理由はこのトサカが左千夫様に似ているから。
それに顔も凄く可愛い。
「皆、ありがとうございます。大切にしますね。」
私はギュッとその人形を抱きしめた。
其処からはまたいつものお茶会が始まった。
ケーキを食べ始めたところで私の本題が始まる。
左千夫様の横でもじもじしていると「どうしました?」と、聞かれた。
言うなら今しかない。
「さ、左千夫様!!お、お願いが有ります!!」
「…なんですか?」
「あ、あの、これを着て貰えませんか!!!」
そう言って私は鞄にしまってあった、魔女っ子さっちゃんの衣装を左千夫様に突き出す。
七夕フェスティバルの賞品Bにはこの衣装が入っていたのだ。
実は私はこれを着た左千夫様を生で見れていない。
DVDでは見たけど…。
どうしても、一度だけ生で見たくて、下からそっと見上げた。
流石に駄目だって、言うかな?
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【千星那由多】
コッコちゃん人形って言うのは初めて見たけど、なんとなく会長に似ている気がする。
ピンと立った一本のトサカと、なんとも言えない目付き…これがかわいいと思う三木さんは少し変わっている。
俺はかわいいっていうより…なんか……怖い。
ケーキを食べ始めると、今日あったことを色々と話す。
それと同時に副会長とキスをしてしまったことも思い出してしまったので、甘いケーキが酷く辛く感じた。
暫くトラウマ決定だ。
そんなことをつらつら考えていると、三木さんが急に黙り込んだ。
会長が心配そうに話しかけたのを見て、二人のやりとりに目をやる。
そしてその後の三木さんの行動に俺は目を見開いた。
彼女から鞄から取り出したのは、魔女っ娘なゆちゃんのライバル、「さっちゃんのコスプレ衣装」だった。
それを見た途端に、俺はフォークを落とした。
正直なゆちゃん関係は嫌な思い出しかない。
さすがに三木さんの頼みでもこれは着れないだろう。
逆に俺が会長の立場なら泣いてでも断る。
というか、何故あれを持っているんだろうか。
もしかして、三木さんが欲しいと言っていた賞品はあれだったのか?
だから良い品が揃ったAではなくBを選んだのか?
すいません会長……俺は彼女に嫌われてでも七夕フェスティバルの出場を止めておくべきでした。
色んな思いが渦巻く中、静まり返った室内に副会長の声が響き渡る。
「ゆずずナ~イス!今日はゆずずの誕生日だもんネ!優しい会長ならそんなお願い簡単に聞いてくれるヨ~♪」
その言葉に苦笑いを浮かべながら、俺達は会長の反応を伺った。
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【神功左千夫】
柚子由が僕の横で黙り込むときは何か僕に言いたいこと、お願い事が有る時だ。
彼女にしては頼みにくいことなのだろうが、僕にとってはたやすいことが多い。
今日もきっとその類だろうといつもの調子で微笑んで先を促した。
それが間違いだったと気付いたが既に遅かった。
彼女が取り出したのは魔女っ娘なゆちゃんのキャラクター「さっちゃんのコスプレ衣装」だった。
遠くでフォークが落ちる音がした。
正直、この物語にいい思い出が無いので着たくなかったが。
柚子由が僕を見上げる瞳が純粋すぎる。
よこしまな感情は一切なく、本当に僕がさっちゃんの衣装を着ている姿を見たいのだろう。
確かに彼女はあの異次元で僕のさっちゃんの姿を生では見ていない。
と、言うか、生で無いのはみたのだろうか。
困った、そして迷った、暫く硬直が続く。
なんとか、表情は微笑みをキープできたが。
そうすると、柚子由は駄目だと思ったのか涙目になりながら小さく首を傾けた。
この仕草に僕は弱い。
駄目ではないですよ、と、即答したくなる。
駄目押しの九鬼の言葉が心底鬱陶しかった。
「……勿論。後で、僕の部屋においでなさい。
そこで、ゆっくりと…」
彼女の頬をゆっくりと撫でる。
多分僕の表情は少し怖がっていただろう。
「よ!流石会長!やっさしーい♪」と横で言った九鬼の足を机の下で踏む。
まぁ、柚子由と二人きりなら構わないだろう。
しかし、それも後で後悔することになる。
パーティーがお開きになった後僕は私室でさっちゃんの衣装に着替えた。
正直現実の世界でこれを着るのは死ぬほど恥ずかしかったが、柚子由の頼みなので我慢した。
部屋に戻ると柚子由は携帯をスタンバイして待っていた。
「左千夫様。楽しみましょうね?」
其処からは思い出したくない。
普段の柚子由はどこにいったのかと疑いたくなった。
何枚も何枚も写真を撮られた。
そ、それをどうするんですか、柚子由!
そんなことは怖くて聞けない。
「ありがとうございます。私、左千夫様のお陰で忘れられない誕生日になりました。」
嗚呼。
僕も忘れられない日になりましたよ。おまえのおかげでね。
色々失った気がしたが柚子由が満足したならと考え直すことにする。
僕の可愛い柚子由。
来年はもう少しマシなお願いにしてくださいね。
愛輝凪高校には七夕コンテストというものが有るらしい。
それを今日は表の生徒会で話し合っていた。
ミスコンとは少し異なるシステムで、完全匿名。
衣装、髪型、化粧は皆一緒。
見ためと、七夕にちなんだ競技で決定されるらしい。
最後は皆の投票で決まるので、一番は見た目が重視されるのかな、と、思っていた。
そして、景品は各部活からでるので、全て合わせると一人暮らしが出来てしまいそうなほどだった。
名づけて、「一人暮らし電化製品セット」と、言うそのままのネーミングだ。
お菓子から、ゲーム、テレビ等、(裏)生徒会の部室にあったら便利だろうなと思うものがそろっていた。
その中に紛れている一つが私の人生を変えることになった。
それは、私がどんなに探しても手に入らなかったもの。
その、商品名が告げられた瞬間、私はコンテストに参加することを決意した。
次の日の昼休み。
調度七夕コンテストの事を放送で万葉先輩が放送で告げている。
私は調度千星君のクラスの前まで来ていた。
七夕コンテストは騎馬戦があるので後二人一緒に参加して貰わなければならない。
勿論クラスメイトには恥ずかしくて言えない。
左千夫さまにはもっと恥ずかしくて言えない。
後、唯一頼れるとすると千星君だけだった。
私は廊下から顔だけ覗かせて、天夜君と日当瀬君と一緒に居る千星君を見つめた。
調度日当瀬君は用事が有ったのか私と反対側の入口から外に出て行ってしまった。
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【千星那由多】
7月に入ると、期末テストも終わり、本格的に夏に近づいて来た。
会長達のスパルタ勉強会の甲斐があったのか、俺は物理を落としただけで、あとは平均点以上という結果で終わった。
中間テストのことを思えばかなりの進歩だ。母親も驚いていた。
勉強会はもう絶対にやりたくないので、これからは真面目に授業を受けようと思う。
ちなみに副会長は苦手な国語を満点クリアしたようで、結果が出た日にそのテスト用紙を俺達に見せびらかしにきた。
絶対ズルしたんだと思ったけれど、どうやら本気で頑張ったらしい。
…やればできる人は羨ましい。
それはそうと、もうすぐ三木さんの誕生日だ。
彼女の誕生日は七夕なので、何かをしてあげようとみんなでこっそりと計画を進めていた。
その前日の昼休み、いつも通り巽と晴生、三人で昼飯をとる…はずだったんだけど、晴生は用事があるから先に食べててくださいと、教室から出て行ってしまった。
あいつが俺ら以外の用事があるなんて珍しいこともあるもんだな、と巽と二人で昼飯を食べようとしていた時だった。
教室の前側の入口に、三木さんが一人立っているのが見えた。
目が合うと手招きされたので、どうやら俺に用事があるみたいだ。
巽を置いて三木さんの元へと向かう。
「どうしました?何か事件でも…」
「ううん、違うの」
事件ではない…としたら何の用事だろう。
なんか、一番最初に三木さんに呼び出された時のことを思い出してしまう。
いや、もう俺は勘違いなんてしないぞ。
三木さんの誤解を招くような喋りにはもう耐性がついた!!
「ここじゃ話し辛いですか?場所変えます?」
どうにも恥ずかしそうにしているので、言いだしにくいことなんだろう。
会長のこととかだろうか。
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【三木柚子由】
場所を変えてくれると言うので、千星君とお弁当を持って中庭に移動することになった。
実は今でもまだ迷いは有った。
でも、私はどうしても彼にお願いしたい。
いや、彼しかお願いできる相手が居ない。
中庭にあるベンチに座ると、私が深刻そうな顔をしていたからか千星君から声が掛った。
「何かありましたか?」
その言葉をきっかけに私はキュッとスカートを持ちながら話し始める。
「あ、あのね。えーっと、千星君にお願いしたいことがあって、…その。と、言うか、千星君にしか、おねがいできなくて。」
そわそわしながら伝えると、自然と視線が右往左往する。
更に体を丸めながら声を震わせ、ちらちらと千星君を潤んだ目で見上げる。
恥ずかしさが前面に出てしまって中々本題に移れなかった。
「あのね、その……一緒に、……ね?その、乗らせて…もらってもいい?」
やっと本題を言えたので、私は顔を真っ赤にしながら、千星君の方を向き、その手を握り締めた。
そしてかなりの間を置いてから更にお願いを重ねる。
「あのね、私、七夕コンテスト、どうしても優勝したいの!だからね、…騎馬戦の馬になってもらってもいいかな…?」
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【千星那由多】
巽に今日は一人で食べてくれとお願いして、中庭に移動したはいいが、思った以上に三木さんは深刻そうだった。
ここまで何に悩んでいるんだろうか。
そして、俺にしかお願いできない事…。
考えてみてもこんな俺が三木さんの力になれることが見当たらない。
そわそわとしている三木さんの言葉をじっと待った。
すると彼女は、とんでもないことを口走る。
「あのね、その……一緒に、……ね?その、乗らせて…もらってもいい?」
一緒に。乗らせて。
一緒に。乗らせて。
乗らせて。
乗らせてぇえええええ!!!!????
俺の頭はその言葉に一気にピンク色だ。
いや、まてまてまて、乗るっつったって車とか、そんなのがあるだろ。
俺のチャリか?
いや、俺はチャリ通でもないしそもそもチャリなんか倉庫に眠って何年も乗ってない。
えーとじゃあ、なんだ、乗るって。
………―――――――俺の上に乗ることしか思いつかない。
思考が停止してしまった上に、三木さんに手を握られると潤んだ瞳の中に俺が映った。
まずい、これは、まずい。
「の、の、のらせ、乗らせてって、みき、三木さん…!」
なんとか返事をしようと思うが呂律がうまく回らずに舌を噛む。
あたふたしていると、三木さんは更に俺に言葉を告げた。
「あのね、私、七夕コンテスト、どうしても優勝したいの!だからね、…騎馬戦の馬になってもらってもいいかな…?」
たな…ばた…コンテスト?騎馬戦…?馬…?
その言葉に回っていない思考が徐々に動き出した。
七夕コンテストってあれか、さっき万葉先輩の放送で言ってたやつか?
ちゃんと聞いてなかったけど、そのコンテストで優勝したい…ってことは出場したいということだろうか。
そして、俺に騎馬戦の馬になれと。
小さく安堵と期待が消えてしまった残念さで溜息を吐いた。
いや、彼女の言葉を先読みしてしまった俺が悪い。
「いいですよ、馬でもなんでも…優勝したいなら手伝います…」
引き攣った笑みを返すと、三木さんはやっと笑ってくれた。
それにしても、七夕コンテストで優勝って。
彼女からは考えられない言葉だ。
賞品目当てとかだろうか?
確かにゲーム機があるのは魅力的だけど、三木さんが欲しいものって…なんだろう。
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【三木柚子由】
千星君は快く頷いてくれた。
少し、残念そうにも見えたのはなぜだろう。
「馬は二人で作るから、後…一人居るんだ。」
「それなら、巽に言っとくんで大丈夫ですよ。」
もう一つの心配ごとを呟くとそれは、千星君に寄って簡単に処理されてしまった。
やっぱり彼に相談してよかった。
それからはお弁当を広げて千星君と一緒に食べた。
人と話すのは苦手だけど、千星君となら少しだけ喋れる。
七夕が近いこととか、(裏)生徒会の事、イデアちゃんの事、結局コンテストに関係ない話をしながら昼食を終えた。
「ありがとう、千星君……。私がんばるね…!」
どうしても優勝したいその思いを胸に私は千星君と別れた。
そして、申込書を提出したのだった。
勿論左千夫様には内緒で。
当日は織姫をモチーフにした和服、女子は舞妓さんの様な厚塗りの化粧を施すようなのできっとばれることは無いと思う。
左千夫様は止めることはしないが私が何かに参加すると凄く心配をする。
今回は私の私利私欲の為なので左千夫様を巻き込みたくは無かった。
結局、千星君を巻き込むことになってしまったので、申し訳ない気持ちでいっぱいだけど。
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【千星那由多】
7月7日、午前中の授業は無く、午後から七夕フェスティバルとなっている。
少し早めに巽と二人で学校に向かった。
晴生には内緒にしていたが、あいつも何か予定があるらしかったので調度よかった。
何やら昨日からそわそわしていたようだったけど。
そして今日が三木さんの誕生日だ。
七夕フェスティバルが終わった後、集まってお祝いする予定になっている。
もしかして晴生はその件で色々と動いてくれているのだろうか。
…いや、あいつはそんなことをする奴ではない。
少し早めに学校につくと、七夕らしい飾り付けがされていた。
行事ごとには愛輝凪高校は気を抜かない。
今回の七夕フェスティバルも他校や一般人が見に来るぐらいの行事らしい。
テスト期間が終わった後なので、生徒の息抜きなども含まれているようだった。
三木さんが準備をしている体育館の控室へと向かう。
参加者は匿名なので準備はひっそりと行われ、一般生徒が登校してくる時間は昼前となっている。
ドアをノックすると、女性二人の声がした。
三木さんと夢原先輩だ。
メイクや着付けを夢原先輩に頼んだ所、快く承諾してくれたみたいだった。
静かにドアを開け、巽と二人で中を覗き込んだ。
「し、しつれいしまーす」
最初に見えたのは夢原先輩。
三木さんにメイクをしてあげている途中で、こちらを向いてにっこりと笑った。
「久しぶりね、千星君に天夜君。もうちょっとで終わるから、待っててね」
そして夢原先輩にメイクをされている三木さんは、長い睫を伏せたまま座っていた。
衣装は十二単のようなもので、ピンク色が主体だったが、鮮やかな柄で彩られている。
それを身に纏っている三木さんは……綺麗だった。
巽も同じようなことを思ったのか、ドアを覗き込んだまま俺達は停止していた。
閉じていた瞼を三木さんがゆっくりと開くと、こちらを見て「中に入って」と困ったように笑った。
正直、正直だ、俺は舞妓さんのような白塗りメイクで「綺麗だ」なんて思ったことはない。
別次元というか…まだ俺にはその魅力がよくわかっていないからだ。
けれど、目の前にいる三木さんを見て、新しいドアが開けた気がした。
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【三木柚子由】
千星君が来てくれた。
正直この格好を見られるのは恥ずかしい。
でも、夢原先輩がばっちりメイクしてくれたから私とは分からないだろう。
「ごめんね、千星君、天夜君。私のせいで巻きこんじゃって。…夢原先輩もすいません。」
そう言ったけど、皆揃って、気にしないでと、言ってくれた。
ここは本当に優しい人ばかりだ。
メイクをして着物をまとったけど、十二単ってこんなに重いものなんだ。
知らなかったな…。
夢原先輩ができたよ、と、声を掛けてくれたので立ち上がる。
着物の時の歩き方は左千夫様から教わった。
その通りにゆっくりと内股で歩く。
そして、結局外で待っててくれた、千星君と天夜君の前に立った。
顔は真っ赤だけど、化粧のせいで分からないと思う。
「わ、私ってわからないかな?できれば、左千夫様には秘密に…したくて…」
なぜか二人とも私を見て制止していた。
そ、そんなに似合わないのかな。
その時横を同じ衣装の人が通った、私の肩に彼女はぶつかったので私は那由多君の方によろけてしまった。
「……きゃ…!」
「あら。すいませんね、小さくて分かりませんでした。…あらま、本当に小さくて…、みすぼらしい織姫だこと。」
そう言った女性は長身で、胸も大きくて目もぱっちりしていた。
私はこうやって非難されることはなんとも思わないんだけど、やっぱりそう見えるんだとちょっと優勝が遠のいた気がしてしょんぼりしてしまった。
「そうかな?私は、小さくてとっても、可愛い織姫だと、思うな。行きましょ?織姫さん、始まっちゃうよ。」
その時助け船を出してくれたのは夢原先輩だった。
夢原先輩は本当にそう思ってくれてるかのような口ぶりで私の手を引いて舞台へと連れて行ってくれる。
彼女はミス愛輝凪高校のナンバー1。
顔もすっごく美人なんだけど、それ以上になぜ、彼女が一位か今ので分かった気がする。
彼女は本当に真っ直ぐ自分の意見を現すことができる。
そこが少しうらやましいなと思った。
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【千星那由多】
「レディーーースエーーーンドジェントルマーーーーン!!
愛輝凪のみんな!!盛り上がってるかーーーーい!!」
万葉先輩の声で七夕フェスティバルが始まった。
周りの生徒達はみんなその声に続いてそれぞれ声をあげている。
俺はもちろん「イエー」とか「うおー」とか言うタイプではないので、いつもの表情でそれを見守っていた。
晴生が見当たらないので、俺は巽と一緒に体育館の後ろの方で三木さんが出てくるのを待つ。
それにしてもすごい盛り上がりだ。
周りにはコスプレしている生徒などもいる。
こういうはっちゃけ方は俺個人は好きではないが、まぁ楽しいならそれはそれでいいだろう。
「7月7日…その1日だけ二人は出会える…純粋純愛な星空の恋物語!!
そんな素敵な日に、いっちばん輝く織姫、彦星を全校生徒で決めちゃおーZE☆
優勝賞品は各部活の予算を削ってまで選び抜かれたなーんとも豪華なモノバカリ♪
第一回目の競技は、『和服コンテスト!!』
んじゃー最初に、輝く彦星、見てもらおうかなッ!彦星ッカモーン♪」
その言葉の後に派手な音楽が流れ、先に男子、彦星にエントリーした生徒が舞台へと一人ずつ出て来た。
男子はあまり興味なさそうだったが、女子達はかなり食いついている。
みんなそれぞれ舞台上をウォーキングし、軽いパフォーマンスなんかをしている奴もいる。
特に俺も興味はなかったので、男のくせにこんな人目に晒されること良くやれるよなぁと、冷めた目で見ていた。
彦星が終わった後は織姫だった。
男子の食いつき方が尋常じゃない。
一人一人出てくる中、三木さんはまだかまだかとハラハラしていた。
そんな中、さきほど三木さんとぶつかった女生徒が出てきた。
何故か他のエントリー者は白塗りなのに対し、彼女のメイクは普通より少し厚めのメイクであった。
先入観を与えないための匿名、が条件なはずなのに、このメイクでは誰だかわかってしまうだろう。
男子生徒から名前を呼ぶ声があがっている。どうやら彼女はミス愛輝凪の2位らしい。
こんなことをされては、組織票だけで勝ってしまいそうな気がしたが、正直三木さんよりかわいいと思わなかった。
何より性格悪そうだし。
大声援の中、一番最後のエントリー者になった。
三木さんがまだ出てきていない、という事は最後は三木さんだ。
俺は息を飲み、舞台を瞬きもせずに見つめた。
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【天夜巽】
七夕コンテストを見て、改めて行事が好きな学校だなと再認識した。
「和服コンテスト」の彦星をなんとなく眺めていると、五番目に出てきた黒髪の…と、言っても全員黒髪になっているんだけど、取り合えずその人の時が歓声が大きかった。
なんとなく見たことが有る様な気がしたけど、織姫の番になってしまったので三木さんの登場を待つ。
途中、「えりかさまー!!」「えりかさま!こちらをむいてくださーい!!」「よ!ミス愛輝凪の2位」と、声援が上がっていた。
こういうフェアじゃないのは僕は好きじゃない。
それはさっき、三木さんにぶつかった女性だった。
あからさまな票を獲得しようとする動きに俺は溜息を吐いた。
でも、大丈夫、三木さんは彼女に負けない位素敵だ。
きっと、圧勝に決まってる。
俺も那由多も息をのんだ。
いよいよ三木さんの番だ。
「さぁ!!!次はいよいよラストーーーーー!!!エントリーナンバー21番の織姫だぁァァ!!!」
「うぉぉぉぉぉ!!」と、体育館が盛り上がっていた。
しかし、彼女が舞台に出てきた瞬間、シーンと静まりかえった。
そう、三木さんはそれほど美しかったのだ。
見惚れるほど美しい。
ずっと見ていたい。まさにそんな感じの織姫だった。
ゆっくりと三木さんが歩いてくる。
そうすると、体育館がざわつき始める、これは三木さんの圧勝だな、と、思ったその時だった。
「きゃぁ!!」
三木さんが滑る様にして後ろにこけてしまった。
しかも、このこけ方じゃ着物が開いて下着が丸見えになってしまう。
俺も那由多も慌てて舞台上に走ろうとした瞬間、キーンと耳鳴りがした。
勿論、そのまま三木さんはこけてしまったんだけど、何がどうなったか分からないが着物は肌蹴無かった。
明らかにおかしい。
しかし、当の本人は、下着が見えたと思ったらしくそのままおずおずと舞台袖にと入って行った。
僕と那由多は急いで舞台裏へと向かう。
その途中で甘い香りがした、会長の匂いだ。
会長の方を振り向くと視線が有った、会長はにっこりと笑っていた。
……と、言うことはバレバレと言うことだろう。
そうか、さっきも本当は下着が丸見えだったのだろう、それを会長の幻術であのような画像と置き換えられたのだ。
横に居たクッキー先輩が両目を痛そうに押さえていた理由はなんとなく想像がついた。
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【千星那由多】
下着が見えなくて少しショック…いやいや断じてそんなことは思っていない。
寧ろあのまま見えていたら彼女がショックを受けてしまっていただろう。
しかし三木さんが舞台袖へと行ってしまったのを見て、後を追う様に巽と舞台裏へと向かった。
舞台裏へ回ると、三木さんは舞台袖の暗がりにしゃがみこむようにして座っていた。
どう声をかけていいのかわからずに側に寄ったが、俯いたまま顔をあげてくれない。
「だ、大丈夫でした!ぜんっぜん見えてませんでした!本当です!信じてください!!」
とりあえず本当に見えていなかったので、それだけを早口で伝える。
顔を真っ赤にした彼女がこちらを向いたが、俺の必死な形相を見てどうやら信じてもらえたようだった。
ほっと胸を撫で下ろした所で、万葉先輩の声が響いた。
「マイクトラブルあったみたいでゴメンね~!
気を取り直して、和服コンテスト!投票は携帯の七夕フェスティバルアプリからよろしくッ!
集計にはちょっと時間がかかるんで、待っててNE☆」
体育館内がざわついている、今生徒は誰かに投票しているのだろう。
俺と巽も急いで携帯を開き投票をする。もちろん三木さんにだ。
暫くして投票結果が出たのか、派手なドラム音が響き渡った。
「おっまたせーい!集計結果でたよーん!
和服コンテスト……投票数1位は…………エントリーNO16番の織姫だァァァァ!!!」
館内に歓声が響き渡った。
その中に「エリカ様ー!」という声がいくつも湧き上がっている。
和服コンテストはあのいけ好かない先輩が1位のようだ。
ちなみに集計結果はアプリにも表示されるので、三木さんの番号を探す。
2位だ。しかし、1位とはかなりの差。
絶対に組織票だ。不公平すぎる。
三木さんに目をやると、かなり落ち込んでいるようだった。
「……大丈夫です。まだ一回戦ですよ!
次からは実力勝負です。絶対、絶対に三木さんを優勝させますから!!」
あんな女に負けるわけがないんだ。
コンテストの時に三木さんが出て来た時の生徒の反応を見ればわかる。
みんな絶対に彼女が一番キレイだと思っていたはずだ。
「さーて、次はプールへ移動して二回戦目に移るよ~!
みんないっそげー♪」
次は確か水泳勝負だ。
ここからは見た目ではなく、実力で決まるだろう。
「いきましょう、三木さん」
そう言って、重い十二単を纏った身体を起こしてあげるように支えてあげた。
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【三木柚子由】
駄目だ、また失敗した。
私は本当にこういうときに失敗する。
肝心な時ほどちゃんと出来ない。
舞台袖で丸まっていると草履の花緒が切れていた。
何かぬるっとしたものを踏んだ様な気もするんだけど…。
それにしても、ついていない。
千星君が必死に私を勇気づけてくれたので自然と笑みを浮かべることができた。
人気投票は残念ながら二位だったけど、参加したからには最後まで頑張ってみることにした。
次はプールで水泳。
衣装は普段のスクール水着に着替えるけどメークはそのままで帽子。
ちょっと笑ってしまう姿だなと思いながら、イメージを崩されないようにと用意された和風のガウンをはおる。
今は男子の番なので私は順番待ちだ。
左千夫様はこういうイベントの時はこっそり抜けているときが多い。
今日も見当たらないのでホッとしていた。
左千夫様が居るとどうしても私は余所見をしてしまう、彼を目で追ってしまうからだ。
男子が終わって次は私の番。
私の前にはエリカさんが居た。
「あら、本当にみすぼらしいわね、あなたは。
いくら匿名だからって参加を自粛して欲しいわね。」
そう言うエリカさんは胸元が大きく開いた水着を着ていて、とてもセクシーだった。
確かに、彼女と比べたら私は可愛くないかもしれない。
でも、千星君達まで頼んで参加したんだ、最後まで頑張ろう。
タイムトライアルの筈なのにエリカさんは優雅に泳いでいる。
初めの投票があの大差だったのでもういいのかな?
競技では競技点が貰えるけど、最後にもう一度皆から投票される。
それであの得点差がもう一度ついてしまうと私は絶対勝てないだろう。
だめだめ、今はそんなこと考えちゃ!
そう思いなおして私は飛び込み台に立った。
万葉先輩の掛け声とともに飛び込もうとしたが、ぬるっと足場が滑ってスタートに失敗した。
「わぁ!!」
…私は盛大に水しぶきを上げながら着水した。
多分見た目は最悪だっただろう。
それでも、運動神経は実は悪くないので一位を取れた。
何とか競技点を取ることが出来てほっとした。
それにしても、今日はこけてばっかりだ。
情けない自分に嫌気がさして俯きながらベンチに座った。
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【千星那由多】
飛び込み時は彼女らしからぬ動きだったけど、三木さんは無事に1位を取ることができた。
落ち込んだ様子でベンチに座っている三木さんに駆け寄ると、タオルと飲み物を渡す。
あまり彼女の水着姿を見ていたくないという理由もあったが。
次の競技まで時間があったので、暫く休んでいると、あのエリカという先輩が俺達の前に現れた。
嫌でも開いた谷間に目が行くのが男の性だけれど、三木さんの水着姿の方が興奮する。
あ、いや、興奮はしない。いや、する、いや…まぁそれはどうでもいい。
先輩は俺達と三木さんににっこりと微笑かけると、高めのトーンで声をかけてきた。
「水泳競技、1位おめでとう。変な飛び込み方だったけど、あれが勝利の秘訣かしら?」
完璧に嫌味だ。
三木さんは言い返すこともなく黙って先輩を見ている。
言い返してやろうかと思い睨むような視線を送りつけたが、三木さんは静かに俺の袖口を掴み、小さく横に首を振った。
そうだ、今ここで俺が何かを言ったって変わらない。
「今度私も教えてもらおうかしら。なーんて」
そう言って高らかに笑いながら取り巻きと共に去って行く。
本当にいけすかない。完全に俺の苦手なタイプだ。
そんな一件で心の中がもやもやとしていたが、七夕フェスティバルの三回戦目の競技が始まった。
次は借り物競争。
水中にある笹にくくりつけられた短冊に書いてある物を周りの生徒に借り、どれだけ多く持ってこられるかを競う競技だ。
これが一番生徒と触れ合える競技になるだろう。
うまくいけば最後の投票でエリカ先輩の票がこちらへ流れてくる可能性もある。
俺達はただ三木さんを信じて見守っているだけだ。
先に彦星のエントリー者からだった。
男がぎゃいぎゃい叫びながら、辺りの生徒に物を借りている。
…まるで戦争だ。あまり近寄りたくはない。
そんな中、一人俺の目の前で俯きながら立っている彦星がいた。
何か借り物を探しているのだろうか。
顔を隠すように立っているそいつは、少し落ち着きが無いようだった。
「何か探してる…んですか?」
そう言うと身体がビクリと跳ね余計に困惑しているようだったが、急に突きつけるように無言で短冊を渡された。
そのぐしゃぐしゃな短冊には、「好きな人の私物を借りる」と書かれていた。
「……は?」
意味がわからないと言った顔をしていると、横に居た巽が無理矢理俺のネクタイを引き抜き、そいつに手渡していた。
その彦星は無言でお辞儀をすると、そそくさと去って行く。
暫くポカンとその光景を目で追ったが、ハッと我に返り巽へと問い詰める。
「なんで俺のネクタイ渡したんだよ!」
「あの人欲しいみたいだったから」
そう言った巽は何か知っている風だった。
あのネクタイは返ってくるのだろうか……。
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【三木柚子由】
彦星さん達の競技が終わって行く。
私は自分のことで全然ちゃんと見れてなかったけど、彦星の部も織姫の部と同じように一人が突出しているらしい。
彼は競技も真面目にこなしているようで、競技点まで加算されていき、とても他の彦星は追いつけそうにない。
入れ換わるときにその彦星に、ポンと肩を叩かれた。
言葉こそなかったけれど、頑張れと言われているようで少し勇気を貰った。
借り物競走が始まる。
私はプールの其処にある短冊を次々に拾い上げ、プールサイドや観客席で見ている生徒へとお願いしに走った。
それは、帽子だったり、団扇だったり、靴下、ズボン、下着など、どうしてこんなものまで、と、言うものもあったが皆快く貸してくれた。
頑張った会も有ってここも一位を取れた。
エリカさんはお付きの人に全て取ってきて貰っていた。
私は余りずるいことをするのは好きでは無かったので、あんなにきれいなのに嫌な気分になった。
次は最後の騎馬戦。
その後にもう一度投票が有る。
騎馬戦が始まる前に私は和柄のガウンをはおって借りたものを返しに走り回った。
競技が全て終わってから返してもいいんだろうけど、なるべく早い方がいいと思って。
「ありがとうございました…ッ!」
最後の一つ、ハンカチを両手で掴んで返すと手に激痛が走った。
よく見るとそれには折れたカッターナイフが挟まってあったのだ。
「わ、なんだよ。んな、血まみれのハンカチいらねーよ!!」
「ご、ごめんなさい。また、新しいの返しますね。」
「もう、良いって。オラ、さっさといけよ!白塗りで気持ち悪いっつーの!」
これはエリカさんのとりまきの男の人から借りたものだった。
悪いことしちゃったな。
それにしてもどこで挟まったんだろ。
でも、あの男の人が怪我をしなくてよかったな。
そのハンカチで指を止血しながら私は控室へと戻った。
「ど、どしたの三木さん!!」
「あ、大丈夫…!ちょっとすりむいちゃって…」
千星君が入るなり声を掛けてくれた、優しい彼はそのまま直ぐ手当てする道具を持ってきてくれる。
そして、巽君が傷を手当してくれた。
色々あって気分も沈んでしまったけど、後ひとつで終わりなので私は頑張ることにした。
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【千星那由多】
借り物競争は三木さんの頑張りで1位を取ることができた。
その時に指を怪我したのか、細い指から血が滴っていた。
軽く手当をしてあげたが、この一連の三木さんの失敗などを見ると次の競技も嫌な予感がする。
もちろん彼女自身の失敗だとは思っていない。
誰かが三木さんを陥れようとしている気がする。
エリカ先輩は相変わらず俺達を見て周りの取り巻きと笑い合っていた。
「絶対あの二人、あの娘の男よ。他に何人セックスフレンドがいるのかしら」なんて声が聞こえてきたが、三木さんにこれ以上聞かせたくなかったので、距離を取る様にその場を離れた。
次の競技は騎馬戦だ。
俺と巽が馬にならないといけない。
正直自信はないが、プールの水深も顔が浸かるほどではないので、そこらへんは安心だろう。
ただ、水着姿の彼女を担ぐと言うのは…ちょっと気が引ける。
俺達も水着に着替えると、先に彦星の騎馬戦が始まっていた。
プールの中が男だらけで異様な熱気だ。
その光景を眺めていると、その中に顔見知り…というレベルではない。会長と副会長がいたのだ。
担がれている彦星は誰だかわからなかったが、二人の共通の友人とかだろうか。
もしかして神功先輩か?
会長と副会長の馬はすごかった。
この騎馬戦は潰されたら負けというルールだが、まるで水の中ではないような身のこなし。
上に乗っている彦星も次々と相手を潰していっている。
そしてあっという間に会長達は勝利した。
まぁ、あの二人が馬ならそうなるよな。
周りの彦星たちが寧ろかわいそうになるレベルだ。
彦星の騎馬戦が終わり、織姫の番になった。
三人で頑張ろう!!と気合を入れていると、辺りがざわつく。
声の向いている方へと視線を向けると、エリカ先輩が屈強な男二人を従えて出てきていた。
その男達はかなりガタイが良く、俺の倍以上の筋肉だ。
あいつらを馬にすると言うのだろうか。
しかもエリカ先輩は、何故か身体がつやつやと光っている。
……ローション……か?
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【天夜巽】
どうやら男子の部は終わったみたいだ。
彼がどうして会長と副会長にお願いしたかは分からなかったけど。
あの二人にお願いしたからには優勝は間違いないだろう。
それよりもこっちだ、一連の三木さんの怪我や失敗はどうもおかしい。
彼女はなにも言わないので真意は分からないがこれは気を引き締めて行かないとならないだろう。
そして、エリカ先輩の馬は間違えなくアメフト部の先輩だ。
暴力沙汰を何回も起こして謹慎処分になっている暴れ馬が二人。
なにもないことは無いと思う。
俺と那由多は手を組み合わせて水の中で馬を作る。
三木さんは和柄の水をはじく布を纏ったまま競技をするので那由多に直接は当たらないけど。
那由多が前で本当に大丈夫だったかな…。
水の中だし、元から三木さんは軽いので重さは全く気にならないけど。
三木さんは遠慮がちに那由多の肩を手で掴んだ。
「那由多。気を付けてね。」
俺はひっそり那由多に耳打ちした。
その後万葉先輩の声が響き、競技が始まる。
流石は三木さん、彼女は実力を出し切れないだけで運動神経は悪くない。
俺が指示を出しながらうまく、敵の騎馬の横や後ろにつけると彼女はなにも言わなくても的確に騎馬に乗っている女性を落としていっていた。
しかも、落ちる女性が怪我をしないように優しくバランスを崩して上げている。
「ごめんなさい…」
しかも、その後に必ず謝るんだ。
其処までして今回の景品の何に魅力が有ったんだろうか。
それとは反対にエリカ先輩。
彼女はなにもせず屈強な男の上にまたがっているだけだった。
審判には見えないが水面下でラグビー部の先輩が相手の騎馬を蹴っている。
そして、エリカ先輩を押そうとしても彼女はローションに塗れているので巧く押せないのだろう、女性がなんにんも転倒していっている。
「おーっと、残る騎馬が少なくなってきたぞ!!織姫の皆!!最後までがんばれー!!」
万葉先輩の声がこだました時、三木さんが更に一人騎馬を押し倒した。
これで残るはエリカ先輩のみだ。
俺達は彼女と向かい合った、くるくるとその周りをまわってみるが、一向に後ろを取らせてくれない。
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【千星那由多】
ついに織姫の騎馬戦が始まる。
大丈夫、大丈夫だ、平常心を心がけろ俺!!
もちろんこの大丈夫の意味は、馬役として頑張ろうという意味でもあったが、もうひとつある。
三木さんが上に乗っても……まぁ、そう言う意味での、大丈夫、だ。
着水するとゆっくりと三木さんが俺と巽の間に乗っかった。
気を使ってくれたのかはわからないが、彼女は水着のままでなく上着を羽織っていた。
ただ、足などは露出しているため、直接俺の肌に触れてしまうから、そこに意識が集中してしまう。
平常心を保つようにぐっと唇を噛みしめると、急に巽に「気をつけてね」と声をかけられた。
これは……俺の男の性に対する気をつけて、だろうか?
…お、…俺だって男なんだから反応するのは仕方ねーじゃねーか!
む、胸もそんなに頭に触れてねーよ!!
童貞だけどこんぐらいで勃たねーよ!?俺!!!……いや、勃つかもしんないけど!!!
顔を赤くしながらわなわな震えていると、騎馬戦が始まる。
俺は若干顔を前に出しながら巽の指示通りに動いた。
三木さんはかなり軽いので重さなんかは気にならないが、それでも水中で人を担いで動くのは大変で息もあがっていく。
しかし、三木さんはうまく相手の騎馬を倒していき、俺も競技に集中していると、三木さんの胸が頭に当たっていても気にならなくなっていった。
成長したなあ。体力的にも、精神的にも。
そんなことをぼんやりと考えている内に、最後はあのエリカ先輩の馬だけになった。
相手は馬の高さやガタイからして違う。
それに、ローション塗れなのも厄介だ。
暫く後ろを取ろうと動いていたが、急に何かが腹を掠める。
少し掠っただけだったので何かはわからなかったが、その後すぐにそれが何かがわかった。
前に居るデカブツの足だ。
二度目は思い切りみぞおちに入った。
「うぶッ…!」
よろめきそうになった俺を、巽が気づいたのか片足で支えるようにした。
痛い、痛いけど、こんなのイデアの鞭に比べたら…。
そう思うことで痛みを和らげていく。
こんな所であいつのスパルタが役に立つとは思ってもみなかった。
一旦後ろへ下がったが、それを機に奴等は俺を狙う様に間合いを詰めて来た。
何度か蹴られ、幾度かよろめく度に立て直す。
絶対に、倒れたくはなかった。
俺が倒れてここまで頑張った三木さんが負けるなんて、そんなの絶対に嫌だったから。
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【三木柚子由】
最後に残ったのはエリカ先輩だった。
彼女は屈強な騎馬に跨っていたけれど、この二人よりも千星君達の方が凄いに決まってる。
天夜君の誘導の元、背後を取ろうとしていたが急に足場がぐらついた。
「―――きゃ。」
初めはどうしてか分からなかったけど、千星君の額に汗が凄い。
私はそこで初めて水面下で何が起こっているか分かってしまった。
千星君が目の前の男の人に何度も腹部をけられている。
それでも二人は私を落とさないように必死に支えてくれていた。
けど、こんなことまでして勝ったって駄目な気がする。
「千星君!!も、もう、いい…!おろして?私、もう、諦めるから…!!」
「駄目だ!!」
千星君は私にそう即答した。
そして、巽君が私と千星君を支えながらぐんっと後退してエリカ先輩たちと距離を取った。
千星君の息がかなり上がっている。
迷惑掛けてばかりだと、ぐっと手を握り締めた。
「千星くん、もう、本当にいいから…私のせいで、怪我でもしたら、大変だよ…。
私が、景品欲しさの…為に、参加した…せいで」
俯きながら千星君に言葉を落とす。
自分の欲がこんなにも二人に迷惑を掛けると思わなかった。
いつものように浅はかだと反省して私は騎馬を降りようとした。
けれど、天夜君と千星君に足を掴まれてしまった。
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【千星那由多】
さすがに同じ強さで何度も腹を蹴られていると立っているのもやっとになってくる。
巽が俺の名前を呼ぶ度にハッとなり体勢を整える、という繰り返しだった。
周りの声援が酷く煩い。
降ろしてと三木さんに言われると咄嗟に駄目だと叫んでしまった。
息も上がっているが、降ろすことなんて絶対にできない。
けれど優しい彼女は自ら降りようと、足を降ろしていった。
俺と巽でそれを制止すると、再び腹に蹴りを入れられる。
奴等はニヤ付く様に嫌な笑顔を俺達に向けていた。
「ッ……三木さん……俺達を信じてくれてますか…?
信じてるなら絶対に降りないでください……」
「大丈夫、那由多が大怪我したって僕なら治せるから」
「巽……お前なぁ…」
小さく後ろで巽の笑い声が聞こえた。
本当にあいつは余裕綽々だな。
蹴られてる俺の身にもなってみろっつーの。
「……ってわけなんで……あの鬱陶しい先輩、落としちゃってください」
降りようとした三木さんの体勢を立て直し、足を踏ん張る。
まだまだ大丈夫だ。
そんな俺達の話しをじっと聞いていたエリカ先輩は俺を見下すように鼻で笑った。
「お熱い友情ね。で、どっちが三木さんの本命なのかしら?
手前の貧弱な子?それとも後ろの腹黒そうな子?
どちらにせよどっちもひょろっこくて弱そうね。三木さんにはお似合いなんじゃないかしら?
小さくてみすぼらしい織姫様にはね」
ああ、もういちいち鬱陶しい。
こういう女は苦手を通り越して大嫌いだ。
初めて女を殴ってやりたいと思った瞬間だった。
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【三木柚子由】
信じる。その言葉を言われて私は数度瞬いた。
そう言う彼らは私を信じてくれているんだろう。
天夜君とのやり取りはいつものままで私は少し笑ってしまったけど、嬉しくって大きく首を縦に振った。
「ああ。もう、さっさと片付けて頂戴。
そんなもやしみたいな子にいつまで掛っているの?
それに、あなた、私があれだけ嫌がらせしたのに棄権しないなんてどれだけ鈍感なのかしら。
だから二又をかけられるのね。
そう言うところはあの心愛と変わらないわね、あの子もかわい子ぶっているけど、いつも男を二人抱えていたわ。
ホント、私だけね、真っ当なのは。」
今のエリカ先輩の言葉で競技中の私の失敗を引き起こした原因が彼女だと分かった。
私を悪く言うのは構わないけど、千星君、天夜君、夢原先輩の事を言われた私は流石に腹が立った。
「天夜くん!!」
天夜君に声を掛けるなり、体を隠す様にかけていたガウンを放り投げる、観客から私達を隠すと那由多君の肩を足場にするよ
うにして私はエリカ先輩の胴体を蹴り込んだ。
ヌルヌルで触れないなら、一撃で体の芯を押した方が早い。
観客からは何が起こったか分からないままエリカ先輩が後方へとふっとんだだろう。
そうして、天夜君が伸ばしてくれた手を取り、私はまた、千星君の上に戻った。
目隠しに使ったガウンをまたはおる。
「おーっと!!エントリーNO21番の織姫の必殺技が炸裂!!観客からは見えなかったか!?
とりあえず、華麗だったZE!!!と、言うことで、勝者はエントリーNO21番の織姫だァァァァ!!!」
万葉先輩の声が響き渡る中、私は二人に微笑みかけた。
「ありがとう、千星君、天夜君。
後は最終投票だけだけど、私、頑張るね。」
久しぶりに真っ直ぐに背筋が伸びた気がした。
最後は衣装はそのままなので和柄のガウンをはおったままプールサイドに立つ。
エリカ先輩は泳げなかったのか、屈強な男の人に助けて貰っていた。
それなのに、その男たちを罵っていた。
あと、彼女はここまで濡れることを想像していなかったのかな。
化粧が落ちてしまっていた。
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【千星那由多】
「う、おおお…」
思わず目を瞠って声が漏れてしまった。
三木さんが華麗な蹴りをエリカ先輩にお見舞いしたからだ。
そのまま先輩は水しぶきを上げながら後ろへ吹っ飛ぶと、再び上着を羽織った三木さんは俺の上へと着地する。
一瞬の出来事で驚いてしまったが、かなり胸の中はすっきりした。
観客はまったく気づいていなかったみたいだが、物凄い歓声があがっている。
エリカ先輩は水中から何度も顔を出したりしながら何かを言っていたようだったが、俺達は無視してプールからあがった。
そして、最後の投票はこの場所で行われ、全ての競技点をプラスした上に、生徒の投票が加算され優勝者が決まる。
三木さんから離れ、痛む腹を抱えながらベンチへと腰かけ、巽に治療してもらいながら結果が出るのを待った。
最初の投票は彦星からだ。
先ほどと同じようにこちらも携帯のアプリから投票する。
暫くして彦星の集計結果が出たのか、万葉先輩の声が響いた。
彦星の優勝者はぶっちぎりで一人の生徒だった。
最初の投票から競技、そしてこの投票まで1位を独走していたみたいだ。
しかもそいつは俺からネクタイを持っていった奴だった。
誰かはわからないが、後で返してもらわなければ。
その彦星は優勝のコメントを求められていたが、手で拒むような仕草をしクールにかわしていた。
女子から黄色い声がひっきりなしにあがっている。
濡れた姿がこれまた色気を誘い、確かに男でもカッコいいなと思える容姿だった。
そして、次は待ちに待った織姫の番だ。
全員一列に並び、一番端に三木さんが立っていた。
心配そうにぎゅっと胸元で手を握っている。
ちなみにエリカ様は投票中にも関わらず堂々とその場でメイクを直していた。
いるよな、誰の前でもメイクを直す羞恥心のない女子。
集計結果が出たのか、音楽と共に万葉先輩がマイクを取った。
「みんなお待ちかね!織姫の集計結果がでたZE☆
ここまで頑張ってくれた織姫エントリー者たち…誰が栄光の天の河を渡りきることができたのか!?
栄えある1位の織姫………………エントリーナンバー………………」
もったいぶっている万葉先輩の言葉に、観客から早くしろー!と声があがった。
本当にだ。早くしてくれないと俺の心臓がもたない!!
そして万葉先輩の指先が、優勝者の織姫を指さすとともに、スポットライトが当てられる。
「―――――――21番の織姫!!!!」
もちろん、それは三木さんだった。
後ろの簡易スクリーンに彼女の驚いたような顔が映し出された。
俺と巽は立ち上がって飛び跳ねるように喜んだ。
観客からも「その通りだ」と言わんばかりの声援が送られている。
「まさかまさかの逆☆転☆勝☆利!!!
最初の投票で二位だった織姫が競技点、そして最終投票で1位ぶっちぎりだああああ!!!!」
画面に映し出された名前を見ると、三木さんのポイント数は本当にぶっちぎりだった。
最終投票もエリカ先輩とかなりの大差をつけている。
しかもエリカ先輩は二位どころかかなり下までランキングが落ちていた。
ざまぁ見ろ!!
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【天夜巽】
三木さんは一位だった。
俺もそうだと思う。
俺と那由多は二人で喜び合った後、三木さんの元に走って行った。
「キィーー!!どうして私がこんなみすぼらしい子に負けないとならないのよ!!!
こんなコンテスト、中止よ、中止!!!」
エリカ先輩が叫んでいた。
きっと彼女は、三木さんがライバルになると思って嫌がらせをしていたのだろうけど、度が過ぎたようだった。
どうやら、ミスコンで2位になって彼女は逆上せすぎたようだ。
もう、周りは誰も彼女を見てはいない。
僕は彼女の肩をグッと掴んだ。
「なによ、けがらわしい手で――」
「周りよく見た方がいいですよ、もう、誰も貴方なんて見てません。」
僕の笑顔に彼女はやっと気づいてくれたのか、周りが皆三木さんを見ていること認識したようだ。
そして、彼女は文句を言いながら走り去って行った。
僕を腹黒呼ばわりした彼女にはこれくらいの制裁は必要だろう。
「それじゃぁ!今年のナンバー1彦星.織姫とその騎馬の方は、こっちきてね!!
さーて、今からが、本番!!これぞ、このコンテストでナンバーワンになった彦星、織姫は絶対仲睦まじくならないと言われる所以!!
熱い抱擁ではなく、景品を掛けた熱いバトルを行って貰いまーーーす!!!
勝った方が先に賞品AかBか選べるZE!!!」
ばさっと、プールサイドに置かれた賞品の布が払われた。
どうみたって、Aの方がグレードが高い。勿論、Bも悪くは無いんだけど。
……と、言うことは、俺達は会長達と戦うと言うことになるよね。
那由多、大丈夫かな?
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【千星那由多】
巽がエリカ先輩に何か言ってたみたいだが、うまく聞き取れなかった。
まぁいつものようににこにこしていたので、大したことは言ってないとは思うけど。
これで七夕フェスティバルもようやく終了、あとは賞品の受け渡しか……と思ったのも束の間、何故か織姫と彦星だけではなく、騎馬をしていた俺達も呼ばれる。
言われるがままに三木さんの隣へ並ぶと、どうやらこれだけで終わりではなかったみたいだ。
そう、これから行われるのは織姫と彦星の騎馬戦バトル…そんな勝負は多分全校生徒が知らなかっただろう。
けれど周りの観客は大盛り上がりだった。
しかも彦星の騎馬が最悪なことに会長と副会長のタッグだ。
ちらりと目をそちらへ向けると、会長はにっこりとこちらに向けてほほ笑んでいた。
……あの笑顔が久々に怖い。
流されるままに再びプールの中へと入ることになり、俺と向い合せになったのは副会長だった。
「手加減しないからネーなゆゆ♪」
にっこにこと楽しそうに笑っているが、俺はもう既に負けた気分でいた。
いや、けれどこれが本当に最後の勝負なんだ。
三木さんがAかB、どちらの賞品が欲しいかはわからないが、ここまで頑張ってきたのに負けるわけにはいかなかった。
「こっちこそ負けませんよ…」
珍しく強気で出てみた。
気合だけでも入れておかなければ。
三木さんが背に乗ると、彦星もスタンバイに入った。
ここでも彦星は顔を逸らす様に別の方向を見ている。
しかも顔が真っ赤だ。
……もしかして、三木さんの水着姿を直視できないのか?
こいつ…もしかして…………童貞とみた!!!!!
同じ童貞にならわかる。
三木さんの水着姿は……ほんっとーにヤバイ!
しかも上着を羽織っているとは言え、あいつの位置からは谷間が全開だろう。
俺もあの位置から三木さんを………いやいやいや、今はこの勝負に集中することだけを考えよう。
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【三木柚子由】
私を勇気づけてくれた彦星さんと対決するとは思ってなかった。
この時先に私の欲しい賞品はBだと言っていればこの後の死闘は繰り広げられなかったのかもしれないけど、
てっきり彼も賞品のBを狙っていると勘違いした私は本気でこの人と戦うことを決意した。
しかも、左千夫様が相手に居る。
左千夫様は日光に弱いのでシャツを着たままプールの中に居た。
余り、表の舞台で目立つことが嫌う彼が手伝うこの彦星さんは誰なのかちょっと知りたかった。
た、多分、ばれてないとは思うけど、視線が合う度彼はニコっと微笑んでくれた。
そのたびに気が抜けそうになる。
だ、駄目。ちゃんと集中しなきゃ!!!
「レディーGO!!!」
そうこうしているうちに万葉先輩の声がスピーカーから放たれる。
流石、クッキーさんと、左千夫様の騎馬。
とっても速かった。
唯一の救いは彦星さんがなぜだかわからないけどずっと目を閉じて俯いていた。
指示は全てクッキーさんが出してるみたいだ。
「はーい、右手!!あ、避けられちゃった。
やるね、織姫ちゃん、今日、これから、ボクと―――ぐふっ!痛いヨ!左千夫クン!ボクまだ、何もやましいこと言ってないよ!!」
水面下だったのでなにが起こってるかは見えなかったけど、きっとクッキーさんは蹴られたんだろうな。
相変わらず、この人には何かが欠けている気がする。
でも、彦星さんが目を開けられないなら私にも勝機はある!
後、左千夫様が騎馬の後ろだったのも幸いした。
クッキーさんに隠れて余り見えないので騎馬戦に集中することだ出来るからだ。
-----------------------------------------------------------------------
【九鬼】
突然左千夫クンから命令され、今ボクの上にいる彦星クンの騎馬をやらされることになってしまった。
こういう意味の無さそうなお祭りは好きなので、快く手伝うことにしたが。
そして今目の前の織姫、そう、ゆずずと勝負している。
ゆずずは白塗りで織姫の様なウィッグをしているので、周りから見ると誰だかわからないが、仕草や声などを聞けば一発でわかる。
きっと左千夫クンもそうだろう。
ま、彼はゆずずがどんな姿であれ、絶対に気づくとは思うけど。
とりあえずボクはこの最終決戦を楽しむことにした。
彦星クンは水着姿のゆずずが見れないようなので、ボクが指示を仰いで行くが、なかなか彼女は落とせない。
目の前にいるなゆゆも巽もおもしろいほど必死な形相だ。
それほど彼女を勝たせたいんだろう。
けどボクは彼女を落とそうだとかそんなことは考えていなかった。
彦星クンに指示を出しながら、徐々にゆずずの羽織りを乱していく。
ゆずずも必死なので、どんどん肌蹴て行っていることに気づいていない。
さて、そろそろ脱がせれるかな。
ゆずずの横を通り過ぎようとした瞬間に、彦星クンに指示を送る。
「はい次ー左手横にだしてーそのまま勢いよくー……手前にひっぱる!!」
彦星クンは指示通りの動きをした。
これは、ゆずずの羽織りを掴み、脱がせるという動きだ。
引っ張られて落ちそうになったゆずずは、羽織を脱ぐことを選んだのか、そのまま彦星クンに羽織を取られてしまう。
「さーて次は水着を――――んげふッ!!!」
またイラナイことを言ったボクに、左千夫クンの蹴りが背中にヒットする。
す、水中プレイもありだネ。
-----------------------------------------------------------------------
【神功左千夫】
彼が僕に頭を下げてくるとは思わなかった。
しかも、こんな大会の為に。
彼の財力なら景品程度、容易く買えると思うのだが、なにか非売品でも入っているのだろうか。
しかも、柚子由までこの大会に参加しているとは…。
彼女は僕にばれたくないようだったので声はかけないで置く。
そんな、彼女が僕に隠してまで優勝を目指しているので勝たせてあげたい気もするが、勝負は勝負だ。
大会よりもなによりも、僕は今年のナンバーワン織姫と彦星が欲しているものに興味が有った。
とりあえず目の前で不埒な真似をする九鬼を蹴飛ばしておく。
全く、この男は本当にデリカシーが無い。
観客はこの男の指示のせいで大盛り上がりだ。
なんにせよ柚子由が必死で気付いていないのでよしとするが。
戦略としても間違っては居ない、が、出過ぎたことをしたら瞬殺するつもりだった。
しかし、そこから九鬼の指示は的確だった。
ちゃんと柚子由の動きに合わせて彦星に指示を出している。
目を瞑っている分時間は掛っているがこちらの勝利まで、後数手で決まるだろう。
と、思った僕が馬鹿だった。
「はい!じゃ、右手を前に出してー、今!右に払って!そのまま左手を前につきだーす!!!」
九鬼がその言葉を言いきるか言いきらないかの間に僕は彼の臀部を下から蹴り上げた。
これは勿論手加減なしだ。
自然に僕たちの組んでいた手が離れるので彦星の足を僕の膝に乗せる様にして支えてやる。
水中なら一人で彼を支えるのも訳ないのだが、彼の伸びる左手に僕は仕方なくテレパシーを彼に送った。
“晴生君、目を開けて、前を見て下さい…、後悔しますよ。”
僕に蹴り飛ばされた九鬼は調度正面に居た那由多君に飛んで行ったようだ。
さて、こちらの彦星、日当瀬晴生君が先に落ちるか、向こうの騎馬が先に壊れるか、これは少し見ものかもしれない。
僕は静かに口角を上げた。
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【千星那由多】
副会長の指示で三木さんの羽織りが脱がされてしまった。
そのせいで俺の頭に彼女のやわらかいものが当たってしまう。
更に前かがみになるが、前へ行きすぎると倒れてしまいそうになる。
嬉しいやら悲しいやら、とにかくこれじゃあまったく集中できない。
それでも負けるわけにはいかないので、彼女を落とさないように彦星からの追撃を避けていく。
周りの男子生徒の歓声が煩かったが、三木さんは気にしていない様子だった。
彼女が前に手を伸ばす度に、ふにふにと当たる感触が心地よい。
この騎馬で前を任されたことを後悔しているはずなのに、俺は顔を伏せながらニヤついていた。
ちょっと…幸せかも。
天国に昇るような気持ちになった瞬間だった。
副会長が俺の名前を呼んだので、何があったのかと顔をあげてしまう。
これが間違いだった。
「ごめーん、危ないかも♪」
「え?」
真正面にいつものように笑っている副会長の顔があった。
驚く間もなく、その顔が俺の顔にぶち当たる。
というより、ぶち当たったのは唇同士だった。
「んぶッ!!!!」
勢いよく倒れてきたせいでかなり痛い。
目尻に涙を浮かべながら、なんでこういう最悪な役回りが多いのだろうと、自分の運の悪さを呪った。
天国から一気に地獄に突き落とされるとはこういうことか。
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【日当瀬晴生】
七夕フェスティバルの景品を聞いた瞬間に俺は会長のところに向かった。
どうしても、欲しい商品が有ったからだ。
織姫で三木が出ていた。
初めは分からなかったが陰で会長がずっと視線で追っていたので途中から分かってしまった。
三木の奴が今回はかなり頑張った。
だから優勝は譲ってやりたいが、あの中にどうしても俺が欲しいものが入っている。
それ以外なら勝った後に譲ってやる。
なんなら、誕生日だし買ってやってもいい。
俺が欲しいものは、今は品切れ中で絶対手に入らない代物だ。
ネットオークションで高値で売られているかもしれないが、そこまでして買うのも気が引ける。
だから、この勝負は譲る訳にはいかなかった。
目を瞑ったまま九鬼の指示に従う。
羽織を掴めたと思った瞬間に三木は脱いでしまったようだ、これじゃますます触れるところが少なくなる。
手を組んで引っ張りたかったが彼女は自分の弱点を心得ているようでなかなかそうさえてくれない。
「はい!じゃ、右手を前に出してー、今!右に払って!そのまま左手を前につきだーす!!!」
“晴生君、目を開けて、前を見て下さい…、後悔しますよ。”
九鬼の指示と会長の直接頭に響く様な声が同時に聞こえた。
その瞬間足場が無くなるがそれは会長によって支えられた。
そして、俺は左手を突きだす、しかし、やはり会長の言葉は気になる。
目を開けることは非常に困難だったが俺はうっすらと目を開いた。
「ッッッッ―――!!!」
俺の左手が伸びた先に三木の胸が有った。
それを寸でのところでかわす、と、同時に俺はバランスを崩して堕ちた。
調度九鬼と千星さんが密着している上に盛大に転びながら水しぶきを上げて着水した。
つーか、九鬼を信じた俺がバカだったぜ!!!
賞品のグレードからいっても三木が選ぶのはきっとAだろう。
俺が欲しいものもAに有る。
逆に三木に譲って貰えないか聞きに行くはめになりそうだ。
千星さんが転んだ勢いで三木もこけてしまったようで激しい水の音が聞こえた。
一人優雅に佇んでいる会長が俺の視界に映った。
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【千星那由多】
溺れるかと思った。
副会長がこけた後、俺も巻き込まれた上に彦星が落ちてきて、その後落ちてきたであろう三木さんに助けられた。
プールから上がった時にはもう勝負は決まっていた。
二人とも騎馬から落ちてはいたが、先に落ちた彦星の負け。
そう、三木さんの勝利だ。
それはそれでよかったし嬉しかったんだけど、俺はこの七夕フェスティバルでいい思い出も嫌な思い出もできてしまった。
そして優勝賞品は結局三木さんはB賞を選んだ。
AにくらべてBはあまりいい賞品がなかったので、万葉先輩に本当にそっちでいいのか何度も聞かれていたが、三木さんは終始笑顔だった。
彼女はそちらに欲しい商品があったんだろう。さらば、俺の最新ゲーム機。
そして彦星はグレードの高いA賞を狙っていたらしく、結局あのバトルはなんだったのかという疑問さえ残ったまま七夕フェスティバルは幕を閉じた。
ちなみに俺は副会長とキスをしたことを周りの生徒にいじられまくったので、三木さん並みに有名人になってしまったのは言うまでもない。
先に着替え終わると、三木さんがメイクを落としている間、俺達は賞品を持って先に(裏)生徒会室へと行くとだけ告げ体育館から出た。
これから三木さんの誕生日を祝わなければならないので準備がある。
今回は副会長が「いいものがある」と言っていたので、準備などはほぼ副会長に任せていた。
…正直不安しかないけれど。
そしてその不安は的中することになる。
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【三木柚子由】
彦星さんはAの賞品が欲しかったみたいだ。
私達は争うことなく無事に賞品を受け取った。
千星君達が賞品を運んでくれると言っていたのでお言葉に甘えて私はメイクを落とし始めた。
「おめでとう、柚子由ちゃん。」
「夢原先輩。ありがとうございます、先輩のメイクのお陰です…」
少し照れくさかったので、小さく俯いた。
彼女は柚子由ちゃんが可愛かったんだよ、と、言ってくれたけど、それには素直に頷けなかった。
「これから、(裏)生徒会にいくんでしょ?
薄いメイクに変えてあげるね?」
「え?あの…」
私は普段余りメイクはしない。
日焼け止めやリップは塗るけれどその程度だった。
それを伝える前に夢原先輩の手が動く。
彼女は、器用に元から置いてあったパレットと自分のメイク道具を使って私を綺麗にしていってくれた。
最後は髪も綺麗にカールを掛けてくれて、ハーフアップに纏めてくれた。
そして、まるで織姫の様な桃色の浴衣を私に着せてくれた。
「これね、景品の中に入ってたものだから、柚子由ちゃんのものだよ。
凄くよく似合ってる。」
「……私じゃ、無いみたいです。
先輩、本当にありがとうございました。」
深々と頭を下げると先輩は慌ててしまった。
また今度化粧を教えて貰おうとお願いすると快く頷いてくれた。
そして、小さなポーチを手渡される。
「今日柚子由ちゃんのアイメイクに使った化粧品が中に入ってるの、よかったら使ってね。」
受け取って良いのか分からなかったけど、にっこりと綺麗に笑った先輩に押し通されてしまって受け取ってしまう。
夢原先輩を見送ってから、後片付けをして私は控室から出た。
すると、一人の男性が目の前に立っていた。
神功十輝央先輩、左千夫様の義理のお兄さんだ。
私は今一つ、彼とどう接したらいいか分からない為、その場に立ち止まってしまった。
彼も、じっと私を見てる。
……なにか、拙いことしたかな。
織姫が私だってバレちゃったかな。
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【神功十輝央】
大きく深呼吸をした。
大勢の人の前に立ってもこんなに緊張することはないのに、こんなに緊張しているのは初めてだ。
手にもった小さな紙袋を握りしめ、僕はある人を待っていた。
何度も伝える言葉を反復練習するように小さく呟いていく。
10回以上繰り返していた時、その人は現れた。
そう、僕が待っていたのは三木柚子由さんだった。
控室から出て来た彼女の方へとすぐに目を向けるが、いつもと違う彼女に驚いて固まってしまう。
普段はあまりメイクをしていない彼女の顔立ちが、更に美しくなっていた。
薄いメイクなはずなのに、彼女の良さを更に引き出している。
しかも制服ではなく、織姫の衣装を着ていた。
黙り込み、つい彼女をじっと見つめてしまっていたことに気づき、ハッとなった。
「あ、えーと…おり、ひめ、すごく、似合ってました…」
その言葉に目の前の三木さんは困ったように俯いていた。
もしかして、言っちゃまずかったかな?
僕も同じように俯いてしまったが、ここでこのまま黙り込んでいるわけにもいかない。
意を決して握りしめていた紙袋を彼女に差し出した。
「あの、さ、左千夫に今日誕生日だって聞いて…。それで、プレゼント渡そうと思って待ってたんだ。
つまらないものだけど、受け取ってくれないかな…?」
視線を落とし、すっと腕を伸ばしたまま彼女が手を差し出すのを待つ。
ああ、ちゃんと言えた。
彼女に誕生日プレゼントを渡すためにここで待っていたんだ。
心臓がものすごく早い。
今の僕の顔は変じゃないだろうか。
いや、元々そんなに左千夫みたいな綺麗な顔立ちでもないから変と言えば変なんだけど…。
しかし、彼女は驚いているのか困っているのか、なかなか受け取ってくれない。
落としていた視線を彼女へと向けると、小さく肩を落とした。
「…そんな話したこともない奴から急にこんなことされても嬉しくないよね…驚かせてごめん……。
今日、…頑張ってる三木さんとっても素敵だった。
それに、今の君も…その…すごく綺麗、……で……」
もしかして今僕は変なことを言ってしまっているのではないだろうか。
これじゃあ彼女を余計に困らせてしまうだけだ。
そう言った後、僕はゆっくりと腕を降ろし、小さく会釈をしてからその場から立ち去ろうとした。
-----------------------------------------------------------------------
【三木柚子由】
神功十輝央先輩、いや、神功先輩。
…それじゃあ、左千夫様と同じだ。
十輝央先輩…。それも、おかしい。
…お兄さん?間違いではないけどきっと違う、私と彼は血は繋がっていないから。
神功十輝央先輩の本当のお母さんは亡くなっている。
戸籍上、縁は切れているが私の実母が今は彼の母親、神功家の本妻。
彼とはそんなややこしい関係。
そんなことを考えていると、織姫が綺麗だったと言われ私は一気にてんぱる。
控室から出てきたからとかじゃなくて、この人は私が織姫だって元から分かってたみたいだ。
そうなってしまうと殆ど後の彼の言葉を聞いていなかった。
困惑し顔を真っ赤にしたまま俯いてしまう。
左千夫さんのお兄さんにあれを見られていたかと思おうととても恥ずかしかった。
その間に彼は自分で完結して帰って行こうとしていた。
その時にやっと紙袋が目に入り、誕生日と言う言葉が頭で反芻された。
夢原先輩も「誕生日おめでとう」と、言ってくれていたような…。
フェスティバルに必死だったので頭に無かった。
「あ。…待って、……神功先輩?……神功十輝央先輩?
えーと……その、……すいません、なんてお呼びすれば。」
おずおずと告げると彼は気さくに十輝央で良いと言ってくれた。
呼び捨ては流石に失礼なので十輝央さんと、呼ぶことに決める。
胸元で手を握ったまま彼に一歩近づいた。
「頂いても…いいのなら、……とても、嬉しいです。
まさか、十輝央さんが、私の事を覚えてると、思わなかった……ので。」
すいません、と、私は深く頭を下げた。
いつもドキドキするけど、今日はもっとドキドキしてる気がした。
左千夫様が居てくれたら、こんなことはないんだろうけど。
-----------------------------------------------------------------------
【神功十輝央】
帰ろうと彼女に背中を向けた所で、やっと三木さんは僕に声をかけてくれた。
呼び名を問われたので、神功先輩ではややこしいから下の名前で呼んでくれて構わないと告げる。
これは建前で、僕が彼女を「柚子由さん」と呼びたかったからでもあった。
彼女に「十輝央さん」と呼ばれると、余計に照れてしまったが、正直嬉しくて心の中では飛び跳ねるように喜んでいた。
「あ、ああ、良く左千夫が君…柚子由さんのこと話してるのもあって…。
少しお友達になりたいなって思ってたんだ。一応母親も一緒だしね」
左千夫を使うのはとても申し訳なかったけど、初めて会った時から気になっていただなんてことは言えない。
彼女は義理の母親に顔は似ているけれど、雰囲気というか温か味と言うか、そういう内面的なものは全く似通っていなかった。
苦く笑いながら、深々と頭を下げた彼女を上へ向かせると、改めて紙袋を手渡す。
「気に入って貰えるかわからないけど……あ、長々とごめんね、引き止めちゃったね。
じゃあ、またどこかで会ったら、声かけてくれたら嬉しいな」
微笑みながら最後の挨拶をすると、緊張はもう無くなっていた。
そのまま小走りで彼女の元から離れる。
けれどまだ顔は熱く、心音は暫く鳴りやむことはなかった。
-----------------------------------------------------------------------
【三木柚子由】
「はい。…気を付けて。」
十輝央さんは私が礼をする間もなく直ぐに帰ってしまった。
貰った紙袋には小さなリボンがしてあってとても可愛らしかった。
彼の前で開けた方が良かったかな、と、今更ながら思ったけれどもう遅かった。
(裏)生徒会へと向かう途中に私は紙袋を開けた。
中には色とりどりのお菓子と、ハート形で格子状の小さな入れ物の中に赤い宝石が入ったチャームが入っていた。
お菓子は流石左千夫様のお兄さんと言った内容で、どれもおいしそうで、全て左千夫様が好みそうなものばかりだった。
チャームもきらきら輝いていてとても私には不似合いなものに思えた。
けれど、大きさが小さかったのでこれならあまり目立つことなく付けれそうなのが嬉しかった。
私は早速、さっき夢原先輩に貰ったポーチにそのチャームを付けた。
だいぶ時間が経ってしまったので、私は急いで(裏)生徒会へと向かった。
準備室から(裏)生徒会室に入った瞬間、パン!パン!とクラッカーの音が鳴り響き私は数度瞬いた。
「「「ハッピーバースデー!!!」」」
左千夫様を祝った時と違ってぴったりと声が揃っていた。
そっか、皆私の為に誕生日会をしてくれるんだ。
感激で涙が溢れそうになったがそれも直ぐに消えてしまった。
(裏)生徒会のメンバーがなぜか皆全身タイツだったからだ。
天夜君と日当瀬君は牛の被りものを被って、茶色いタイツ。
千星君は星の被りものを被っていて、全身黄色のタイツ。
くっきーさんは緑の全身タイツで笹の形になっていた。
ちょっと、下半身が見苦しかった。
左千夫様はと青ざめたが彼は全身タイツでは無かった。
それどころか長い髪をまとめ上げ、彦星の格好をしていた。
生徒会の机の上にはケーキやお菓子が並べてある。
そうして、左千夫様は私のところまでゆっくり歩いてくると私の手を取って、椅子までエスコートしてくれた。
「おめでとうございます、柚子由。いえ、織姫様。」
もう、このまま死んでしまうかもしれないと思えるほど顔が真っ赤に染まったのが分かった。
-----------------------------------------------------------------------
【千星那由多】
三木さんにこんな姿を見られたくなかったけど仕方がない。
副会長の「いいものがある」というのは、七夕になぞらえたコスプレ衣装だった。
巽と晴生は牛、副会長は笹、そして俺は星。しかも全員全身タイツ。
傍から見ると俺達は完璧に怪しい集団なんだけど、誰もこの部屋へ入ってくることはないからそこの所は安心だ。
イデアは許可も取らずにばっしばしと写真を撮っているが。
会長だけは今日は三木さんの誕生日だからということで彦星の衣装だった。
まぁ会長の全身タイツ姿は一番見たくないので、よかったことにしておこう。
そして(裏)生徒会室に入ってきた三木さんは、何故か織姫らしい衣装を着ていた。
どうやら副会長が夢原先輩に根回ししていたようだ。
本当にこの人はこういう事には労力を惜しまない。
こんな姿でかなり嫌だったけど、三木さんは会長にエスコートされるように手を差し伸べられると、顔を真っ赤にしていた。
とても嬉しそうだったのでよしとしておこう。
三木さんが席に着くと、部屋の照明を消す。
ホールケーキに刺さった蝋燭の淡い火が彼女を照らした。
「おめでとうございます、三木さん」
いつもと違いメイクをしている彼女が灯に照らされると、すごく綺麗で見とれてしまう。
間違いなくこの日一番綺麗な織姫だろう。
「ゆずず♪今日はお疲れ様~水着すが…ごふぅッ!!!」
副会長が何かを言いかけた時、みぞおちに会長の拳が入ったのが見えた。
どうやら会長達には三木さんが七夕フェスティバルの織姫をやっていた事がバレているみたいだ。
彼女はバレていないと思っているようだったので、この事は一生黙っておこう。
「蝋燭、消してください」
そう言うと、三木さんは照れくさそうに蝋燭の火を消した。
口々におめでとうという言葉があがる。
嬉しそうな彼女を見て、俺も自然と笑みが零れた。
-----------------------------------------------------------------------
【三木柚子由】
私が蝋燭を消すと皆拍手してくれた。
小さいころはこうやってよく祝って貰った。
左千夫様と一緒になってからも毎年一緒に住んでいる子たちが祝ってくれた。
でも、友達、仲間に祝って貰って貰ったのは初めてかもしれない。
私が感動を噛みしめていると左千夫様がケーキを切り分けてくれた。
私のお皿のケーキはとびっきり大きかったけど、それにも負けない位左千夫様のお皿にも大きなケーキを取り分ける。
「……今日はおまえの誕生日ですよ?」
左千夫様は困った様な笑顔を零したけど。
私は左千夫様が喜ぶことが一番うれしいから。
それから、左千夫様はケーキを皆に分けて行った。
全部周りの皆がしてくれたので、なんだか悪い気分になる。
「そう言えばよ、三木、んとに、景品Bで良かったのかよ?」
「え。あ、うん、欲しいものが、あっちに……」
あれ。
日当瀬君、今なんて。
私に景品の事を聞くってことは私が織姫だってばれてる?
目の前の左千夫様が慌てていた、と、言うことは彼も知っていたんだろう。
そして、(裏)生徒会室を見渡すと景品の山になっていた。
千星君には織姫の子が騎馬のお礼に上げたって設定にしてもらってたんだけど…
よく見ると、私のBの商品だけじゃなくAも有った。
「も、もしかして、日当瀬君、…あの、彦星さん?」
そう言うと彼は頬を掻きながら真っ赤になった。
そして、私も隠しきれなかったことに真っ赤になったが、左千夫様が頭を撫でてくれる。
こういう時彼はなにも言わない。
困ったような顔で頭を撫でてくれるだけだった。
恥ずかしさで顔から火がでそうだったけど、ばれちゃったものは仕方ない。
この後のお願いもしやすくなったし…、深く考えないで置こう。
-----------------------------------------------------------------------
【千星那由多】
キッチンで飲み物の準備をしていると、新しい冷蔵庫があることに気づく。
これって七夕フェスティバルの優勝賞品じゃないのかと思いながらキッチンを出ると、三木さんと晴生の話し声が聞こえてきた。
どうやらあの彦星は晴生だったようだ。
確かに言われてみればあの顔は晴生だった気がする。
黒髪と黒のカラコンでああも変わってしまうものか。
あいつがあんな行事に参加するとは思えなかったので少し耳を疑ってしまった。
いや、でもネクタイを返してもらう手間も省けるし、もしかして俺が欲しかった最新型ゲーム機も(裏)生徒会室にあるのでは、と胸が高鳴った。
後でこっそり確認しておこう。
ケーキを食べ終わると、副会長が徐に短冊を取り出した。
「今日は七夕だからネ!そしてボクは笹!!
これにお願い事書いて括り付けたらもしかしたら願い事が叶うかも??」
副会長はニコニコと笑いながら自分が書いた短冊を、股間に取り付けている笹に括り付けていた。
まぁそれは会長に引きちぎられていたが。
確かにあんなとこに括り付けられると目のやり場に困るのでたまったもんじゃない。
願い事か…何にしよう。
迷っているとみんなは早々と書き終わって順次副会長の頭の笹へと括り付けていた。
慌てて書き上げ括り付けると、俺の短冊の内容を見た巽が笑った。
「那由多、自分のこと書いてる」
「えっ!?」
そういう意味じゃなかったのか?
みんなが書いた短冊に目を通すと、そこには三木さんの事が書かれている。
完璧に空気を読めていなかった俺は「ゲームがしたいです」なんて書いてしまった。
まぁ副会長も「女の子紹介してください」とかそういう内容だったのだが、あの人と同レベルなのが情けない。
慌てて裏面に「お茶会が続きますように」と殴り書く。
そんな俺を見て三木さんは笑ってくれたが、余計に恥ずかしくなってしまった。
-----------------------------------------------------------------------
【三木柚子由】
クッキーさんの股の所に吊るしてあった短冊は左千夫様に引きちぎられてしまっていた。
なんて書いていたんだろう。
クッキーさんにどんどん短冊が飾られていく。
“柚子由が幸せになりますように。甘いものをいっぱい食べれますように。神功左千夫”
“三木が怪我しませんように。日当瀬晴生”
“三木さんが欲しいものが手に入りますように。天夜巽”
千星君が書き直していたのが少し面白かったな。
クッキーさんは、…コメントしないで良いかな。
私は自分の短冊に“皆ずっとなかよく居られますように”と書いてクッキーさんへと飾り付けた。
「柚子由。これは皆からです。」
左千夫様が大きなプレゼント袋をくれた。
一度左千夫様を見上げると開けていいですよ、と言われたのでリボンを解く。
中から出てきたのは私が好きなコッコちゃんの大きなぬいぐるみだった。
コッコちゃんはトサカが一本だけ長い、オスの鶏。
.好きな理由はこのトサカが左千夫様に似ているから。
それに顔も凄く可愛い。
「皆、ありがとうございます。大切にしますね。」
私はギュッとその人形を抱きしめた。
其処からはまたいつものお茶会が始まった。
ケーキを食べ始めたところで私の本題が始まる。
左千夫様の横でもじもじしていると「どうしました?」と、聞かれた。
言うなら今しかない。
「さ、左千夫様!!お、お願いが有ります!!」
「…なんですか?」
「あ、あの、これを着て貰えませんか!!!」
そう言って私は鞄にしまってあった、魔女っ子さっちゃんの衣装を左千夫様に突き出す。
七夕フェスティバルの賞品Bにはこの衣装が入っていたのだ。
実は私はこれを着た左千夫様を生で見れていない。
DVDでは見たけど…。
どうしても、一度だけ生で見たくて、下からそっと見上げた。
流石に駄目だって、言うかな?
-----------------------------------------------------------------------
【千星那由多】
コッコちゃん人形って言うのは初めて見たけど、なんとなく会長に似ている気がする。
ピンと立った一本のトサカと、なんとも言えない目付き…これがかわいいと思う三木さんは少し変わっている。
俺はかわいいっていうより…なんか……怖い。
ケーキを食べ始めると、今日あったことを色々と話す。
それと同時に副会長とキスをしてしまったことも思い出してしまったので、甘いケーキが酷く辛く感じた。
暫くトラウマ決定だ。
そんなことをつらつら考えていると、三木さんが急に黙り込んだ。
会長が心配そうに話しかけたのを見て、二人のやりとりに目をやる。
そしてその後の三木さんの行動に俺は目を見開いた。
彼女から鞄から取り出したのは、魔女っ娘なゆちゃんのライバル、「さっちゃんのコスプレ衣装」だった。
それを見た途端に、俺はフォークを落とした。
正直なゆちゃん関係は嫌な思い出しかない。
さすがに三木さんの頼みでもこれは着れないだろう。
逆に俺が会長の立場なら泣いてでも断る。
というか、何故あれを持っているんだろうか。
もしかして、三木さんが欲しいと言っていた賞品はあれだったのか?
だから良い品が揃ったAではなくBを選んだのか?
すいません会長……俺は彼女に嫌われてでも七夕フェスティバルの出場を止めておくべきでした。
色んな思いが渦巻く中、静まり返った室内に副会長の声が響き渡る。
「ゆずずナ~イス!今日はゆずずの誕生日だもんネ!優しい会長ならそんなお願い簡単に聞いてくれるヨ~♪」
その言葉に苦笑いを浮かべながら、俺達は会長の反応を伺った。
-----------------------------------------------------------------------
【神功左千夫】
柚子由が僕の横で黙り込むときは何か僕に言いたいこと、お願い事が有る時だ。
彼女にしては頼みにくいことなのだろうが、僕にとってはたやすいことが多い。
今日もきっとその類だろうといつもの調子で微笑んで先を促した。
それが間違いだったと気付いたが既に遅かった。
彼女が取り出したのは魔女っ娘なゆちゃんのキャラクター「さっちゃんのコスプレ衣装」だった。
遠くでフォークが落ちる音がした。
正直、この物語にいい思い出が無いので着たくなかったが。
柚子由が僕を見上げる瞳が純粋すぎる。
よこしまな感情は一切なく、本当に僕がさっちゃんの衣装を着ている姿を見たいのだろう。
確かに彼女はあの異次元で僕のさっちゃんの姿を生では見ていない。
と、言うか、生で無いのはみたのだろうか。
困った、そして迷った、暫く硬直が続く。
なんとか、表情は微笑みをキープできたが。
そうすると、柚子由は駄目だと思ったのか涙目になりながら小さく首を傾けた。
この仕草に僕は弱い。
駄目ではないですよ、と、即答したくなる。
駄目押しの九鬼の言葉が心底鬱陶しかった。
「……勿論。後で、僕の部屋においでなさい。
そこで、ゆっくりと…」
彼女の頬をゆっくりと撫でる。
多分僕の表情は少し怖がっていただろう。
「よ!流石会長!やっさしーい♪」と横で言った九鬼の足を机の下で踏む。
まぁ、柚子由と二人きりなら構わないだろう。
しかし、それも後で後悔することになる。
パーティーがお開きになった後僕は私室でさっちゃんの衣装に着替えた。
正直現実の世界でこれを着るのは死ぬほど恥ずかしかったが、柚子由の頼みなので我慢した。
部屋に戻ると柚子由は携帯をスタンバイして待っていた。
「左千夫様。楽しみましょうね?」
其処からは思い出したくない。
普段の柚子由はどこにいったのかと疑いたくなった。
何枚も何枚も写真を撮られた。
そ、それをどうするんですか、柚子由!
そんなことは怖くて聞けない。
「ありがとうございます。私、左千夫様のお陰で忘れられない誕生日になりました。」
嗚呼。
僕も忘れられない日になりましたよ。おまえのおかげでね。
色々失った気がしたが柚子由が満足したならと考え直すことにする。
僕の可愛い柚子由。
来年はもう少しマシなお願いにしてくださいね。
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言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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