70 / 113
isc(裏)生徒会
魔女っ娘なゆちゃん
しおりを挟む
【千星 那由多】
「あ、すすすすいませんっ」
登校途中、廊下を歩く男子と肩がぶつかった。
小太りのその男子は無意味に息を荒くしていて、走ってきたのかと思うほどに大量に汗をかいていた。
「あ、いや、俺こそよそ見してた…」
ぶつかった男子が持っていた本などをバラバラと落としたので、巽と晴生と一緒に拾い集めた。
俺の足元に転がって来たキーホルダーを手に取る。
そのキーホルダーは青色の髪をしたピンク色のヒラヒラの服を纏った、所謂オタクにウケそうな萌え系の女の子キャラクターだった。
別にこういう趣味に関しては俺もゲームオタクのような部分があるので、なんて思わない。
「はい、これ」
男子に差し出すように手渡すと、その小太りの男子は俺の顔をじっと見たまま動かなかった。
キーホルダーを中々受け取らないので、眉を顰めると、ハッと我に返ったようにそれを奪い取るように手に取った。
そして何も言わずに走り去って行った。
ただ、一言、「なゆちゃん」とだけ聞こえたんだが、聞き間違いだろうか。
それから数日後の朝、俺の人生に転機が訪れた。
おおげさかもしれないが、それほど俺にとっては珍しいことで、尚且つ感動することだった。
下駄箱に――――――ラブレターらしき物が入っていたのだ!!!!
その光景を見て、感動に打ちひしがれていると、巽と晴生から声があがる。
一瞬ラブレターが入っていたことがバレてしまったのかと思ったが、どうやらそれは俺に対しての声ではなかった。
『なんか手紙入ってる』
え?
ほぼ同時に二人が言った言葉に耳を疑った。
二人も顔を見合わせながら、手にもった手紙を見つめる。
しかもそれは俺と同じような白い封筒に入ったものだった。
「俺も…入ってたんだけど……」
「千星さんにラブレター!!!???」
「那由多にラブレター!!!??」
いや、そこツッコむとこじゃないから。
-----------------------------------------------------------------------
【神功 左千夫】
朝、柚子由に髪を結って貰っている時に何枚かの手紙を渡された。
「これ……、今日の左千夫様の靴箱に入ってた分です。」
「いつもすいませんね、柚子由。」
僕は(裏)生徒会室の更にそのまた地下に住処を構えているので朝下駄箱を通ることは余りない。
代わりに柚子由が見てきてくれるのだが今日もラブレターというものが入っていたらしい。
毎回御断りの手紙を書かなくてはならないので大変なんだが。
「今日は私のところにも入ってました。」
そうか、今日は柚子由のところにも入ってましたか、って…柚子由にラブレター?
危うく飲んでいる紅茶を噴き出しそうになった。
しかし、余りにも彼女が嬉しそうな表情をしていたので僕は硬直する羽目になる。
もっとも彼女は別の理由で喜んでいたようだった。
「左千夫様と一緒の封筒です。」
にっこりと笑った笑顔の彼女。
まだまだ、色恋には程遠いそうなそれになぜだか僕は安心してしまう。
そうこうしているうちに九鬼が現れた。
僕の朝食のハムエッグパンに齧りついている。
「おはよー。あ、会長とゆずずのとこにも入っていたの?実は僕のところにもなんだよネ。」
「朝っぱらからなにしに来たんですか。」
九鬼はこの生徒会に居座っている。
その辺りは自由なので構わないと言えば構わないが、どうやら僕と一緒に登校しているつもりらしい、彼は。
殆ど毎日ここまで迎えに来るので会わない日は少ない。
柚子由と九鬼と僕、その三人で途中まで行くのは日課になっていた。
と、言ってもイデアの専用通路で教室の近くまで行くので殆ど誰とも出会わないから問題ないのだが。
それよりも今はこの白い封筒が気になった。
びりびりと中破いて中を確認してみると…
『どうしてもお願いしたいことがあります。
あなたにしかできないことです。
放課後中庭に来て貰えませんか?
話は、その時に。
…僕たちを助けて下さい。』
どうでもいい内容だった。
しかし、柚子由は行くつもりだろう。
そうなると僕も行かざるを得ない、そうして、九鬼も副会長なのだから道連れにしてやろう。
いつもより少し憂鬱な気分で授業を過ごすことになった。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
この謎の手紙の内容は巽、晴生とも同じものだった。
『どうしてもお願いしたいことがあります。
あなたにしかできないことです。
放課後中庭に来て貰えませんか?
話は、その時に。
…僕たちを助けて下さい。』
もしかして(裏)生徒会の任務関係の事かとも思ったが、俺達が(裏)生徒会だとバレることはまずない…はず。
でもこの三人に絡んでいるということはもしかしたら気づかれてしまっているのかもしれない。
誰かの罠とかかもしれないが、とりあえず、放課後中庭に向かう事にしよう。
三木さんに遅れるということだけメールで連絡すると、三木さんからも同じように用事が終わってから行くという返事がきた。
どうやら会長と副会長も一緒みたいだ。
変に色々重なる日だなと思いながら中庭へとたどり着いた。
「まだ誰も来てないね…」
辺りを大体見回したがまだここに来ているのは俺達三人だけのようだった。
暫く誰かが来るのを待っていると、見慣れた顔が遠くに見えた。
そこにいたのは、会長、副会長、そして三木さんだった。
「え?」
あちらの三人も俺達に気づいたのか、会長がいつものようににっこりと笑った。
もしかして、あの手紙の犯人って…会長達?
-----------------------------------------------------------------------
【三木 柚子由】
放課後私は左千夫様とクッキーさんの三人で中庭に向かうことになった。
一人でも大丈夫だと言ったのだけど、罠かもしれないと言われて三人で中庭に向かう。
千星君から遅れるとメールを来たので、左千夫様に知らせて、私達も遅れることをメールした。
でも、すぐ、千星君達に会うことになった。
私達が行った先の中庭に彼らが居たから。
「千星君!…どうしたの?用事ってここでするの?」
私の手には朝貰った手紙が握られていたので千星君がそれを指差す。
「三木さん、それ!」
そう言って彼も同じ手紙をポケットから出した。
(裏)生徒会皆が同じ手紙を貰ってる?
私達の存在がばれたのかと思ったけど、思い当たる節が無い。
左千夫様も難しそうな表情でそれを見つめているところにクッキーさんが覗くように顔を出してきた。
その瞬間。
『トウジョウジンブツ…クリア…コレヨリ、二次元ニ、転送シマス。』
機械音が聞こえた瞬間、私達が居た床が煌めく。
そのまま底が抜けるような感覚が起き、私達は異世界へと引き摺り込まれた
「きゃあああぁぁぁぁぁ―――!!」
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
俺が目を覚ました場所は、知らない部屋だった。
……なんだ、ここ。誰の部屋だ?
ゆっくりと起き上がって辺りを見回したが、ピンク色の家具やピンク色の布団、かわいいぬいぐるみ…見覚えのないここは完全に俺の部屋ではなかった。
一瞬夢かと思って頬を抓ってみたが、痛い。
落ちてくる前に二次元だとか聞いたけど……あれはなんだったんだろう。
とりあえずベッドから降りようと布団から足を出す。
その足に履いていたズボンも、またピンク色だった。
「きもちわる…」
そんなことを呟いたと同時に、脳内に声が響き渡った。
『なゆちゃん、おはよう』
「………誰だ…?」
その声は男の声だった。
なゆちゃん、と言ったが、俺の名前は那由多なので勝手に変なあだ名でもつけられたのだろうか。
『来てくれてありがとう。なゆちゃんはやっぱり優しいんだね。
君達に手紙を送ったのはボク達だ。
物語を始める前に、この世界の説明を簡単にしてあげるね』
この世界…ということは、ここは俺達がいる世界とは別の世界なのだろうか。
とにかく話を聞くしかない。
『ここは所謂二次元、アニメの世界。
君達には僕らが用意した台本通りに物語を進めてもらう。
台本は頭の中に自然と浮かんでくるだろうから、それを間違わずに読み上げ、きちんとこなして行ってほしい。
もしこなせなかった場合は、体罰がある』
「……体罰…?」
そう言った瞬間に俺の身体に電流が走った。
目の前が真っ白になり、声が引き攣る。
『その電流をセリフや行動を間違った者以外に流す。
なゆちゃんが間違えば、他の5人にその電流が流れるってことだよ』
「……っ…なんだよそれ……ッ」
光が飛ぶ視界を何度か瞬きし、頭を振る。
意味がよくわからないが、なんせ奴等の作ったストーリー通りに事を進めなければならないと言う事だ。
それを間違えば間違った者以外が電流の体罰…ふざけている。
今この場所には俺しかいない。
ということは、別の場所で会長達は同じような話を聞いているはず。
『考えている暇なんてないよ、物語はもう始まりだしたんだから』
「は?何言って――――」
「なゆー遅刻するわよー」
「!!??」
知らない女の人の声が聞こえた。
だが、脳内がその声は母親だという認識をする。
どういうことだ?
その後、すぐに擦り込むように言葉が頭の中に入ってくる。
これを、読み上げるのか…?
「はーい…今行くー…」
明らかな棒読みだったが、次に脳内に浮かんだのは、クローゼットを開け制服に着替えるということだった。
俺は立ち上がるとクローゼットへと移動する。
そこに並んでいたのは、女物の服…そして、女子の制服…。
マジかよ…。
俺は肩を落としてしぶしぶと着替え始めた。
-----------------------------------------------------------------------
【三木 柚子由】
どうやら、これは誰かの特殊能力の中みたい。
私は男の子の格好をして学生鞄を持って、今、なゆちゃんと言う人物を迎えに行っている。
言う通りにしないと他の五人に電流が流れると言っていた。
こういう特殊能力は初めてなのでどうしていいか分からず、言う通りにしている。
頭の中に浮かぶ通りに行動をしていると一軒家の前に着いた、そこのチャイムを三回位押す。
一回しか押したくないけど、それも頭の中の台本に書いてあるから。
「なゆー!はやく行くぞ!!俺、もう待ち切れない…ぜ。」
慣れないどころか噛んでしまいそう。
あわあわしたいけど、それも出来ない。
そうしているうちに家から誰か出てきた、それは紛れもない千星くんだった。
が、……私とは反対に女の子の制服を着ていた。
意外と似合っているそれをマジマジと見つめていると彼は赤くなってしまった。
千星君と一緒に学校に登校する。
ここは特に台本がないのでこそこそとだったら何か話しても問題なさそうだっけど、お互いに言葉が出なかった。
また、急に私の頭の中に台本が浮かぶ。
その内容に私はパチパチと瞬いた。
その内容とは―――
‘なゆちゃんのスカートを捲れ’
だった。
私は真っ赤になりプルプルと震えてしまったが、やらないと皆に電流を流される。
少し歩く速度を緩めると千星君がこちらを振り返った。
「どうした――――」
その瞬間目にも見えぬ鮮やかな手つきで、私はなゆちゃんの後ろのスカートを捲った。
スカートは綺麗に空気を取り込み、見事にパンツが丸見えになった。
バックプリントは可愛い鶏柄だった。
そして、そのまま頭に浮かぶ台本を読み上げて、私はもうダッシュで学校へと走って行く。
「へっへー!中学生になっても、コッコちゃんのバックプリントのパンツかよ!…次はもっと色気有るもんはいとけよー!」
は、恥ずかしいよぉ……!!
どうやら、私の出番はここで一度終わりらしい、暗転した世界へと再び淀んで行く。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
なんとか制服に着替えるとチャイムが荒々しく鳴る。
どうやら幼馴染が迎えに来たという設定らしい。
出てくるのは誰だ…?巽か…?
この制服姿を一番見られたくないのは巽なんだが。
「い、今でるよー」
相変わらずの棒読みで恐る恐るドアを開けると、そこには三木さんがいた。
しかも三木さんは男子の制服を着ている。
どうやら彼女は男の親友役という設定みたいだった。
ああそれにしても…誰であれこの格好を見られるのは恥ずかしい…。
思わずスカートの裾をぎゅっと握った。
そのまま通学シーンへと入る。
周りに数人生徒はいるが、女装している俺をマジマジと見るわけでもなく、普通の通学風景だった。
明らかに俺と三木さんは役柄が反対じゃないだろうか。
暫く頭の中に台本も出てこないので、押し黙っていると、三木さんが立ち止まった。
脳内には「どうしたの」と振り向くという台詞が浮かび上がる。
「どうした――――」
その瞬間、三木さんが思いもよらぬ行動を取る。
素早いその動きは俺にはスローモーションに感じた。
そう、スカートを捲られたのだ。
「―――――ッ!!????」
捨て台詞のようなものを吐いて三木さんは顔を真っ赤にしながら走っていった。
放心してしまった俺は、風に揺れるスカートを感じながら、その場から動けなくなる。
………なんだよこれほんとにいいいいいい!!!!
思わずわなわなと震えてしまったが、三木さんも相当頑張ってくれたんだろう。
考えてみるとこの役柄が逆だったら三木さんのスカートを捲ることになっていた。
前向きに考えよう、これでよかったのだと。
「い…いやーん!ゆずのエッチ!!!!!」
俺は盛大に頭の中のセリフを読み上げた。
恥ずかしすぎて、今すぐ死にたい。
すると辺りの景色が急に変わっていく。
いつの間にか俺は学校の前に来ていた。
周りに人が増えているのでかなり恥ずかしかったが、そのまま校舎内へと入る。
もちろんこの学校は愛輝凪高校ではない見たこともない中学校だった。
やはり恥ずかしかったので、なるべく身を隠すように歩いて行くと、校内で叫び声と爆発音が上がった。
「!!??」
事件か!?
…ってここは現実じゃない、慌てても仕方がないんだ。
すぐに脳内に展開が浮かび上がった。
『モンスター登場』
ああ、これバトル系作品なんだ…。
その場で待っていると、校舎裏から巨大な気持ち悪いモンスターが出て来た。
蔓のようなものがうねうねとたくさん蠢き、植物のような姿をしている。
中々リアルなんだな…と感心していたが、どうやらこれを俺が倒さないといけないみたいだった。
「…現れたわね!モンスター!!が、学校の平和を乱すなんて…許せない!
ま、魔女っ娘…?なゆちゃんがお仕置きしてあげるんだから!」
魔女っ娘?
魔女っ娘なのか俺の役は!!!!
とにかくもうやけくそだ。
とりあえず早くこの物語を終わらせたい…。
その時、見慣れた奴が俺の前に現れた。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬 晴生】
つーか、なんだよこれ!!
なんでこんな犬みたいな耳を付けて、マスクみたいな鼻を付けなきゃなんねーんだ!!!!!!
意味わかんねぇ!
と、思っていたらいきなり視界がクリアになった。
そこは中学校だった、そして俺の目の前には、せ、せ、千星さんが居た。
その余りの姿に俺は口元を押さえたが、ここに連れて来られて直ぐに言われた通り脳裏に言葉が浮かんだ。
これが台本だろう。
しかし、その内容は想像を絶するものだった。
“変身だ!なゆちゃん!”
「………………。」
「―――い、言えるかー!!千星さんに向かってこんなこと言えるわけねぇだろ!!」
その瞬間千星さんがピカッと光った。
彼に電流が流れてしまった様だった。
俺はハッとして千星さんに声を掛ける。
「せ、千星さん!!!」
しかし、それは逆効果でまた、千星さんに電流が走ったようだ。
しかも、次はそれが止まらずに流れ続けている。
だ、駄目だ俺が早く言わないと千星さんが焼け焦げちまう……!!
「へ…へ…変身だ!ななな、…なゆちゃん!!!」
俺は顔を真っ赤にしながら言葉にする。
どもったが一応OKな範囲だったようで、千星さんに流れていた電流が止まった。
俺はホッと肩を落としたが、謝りたくても謝れないのが現状だ。
しかも、敵もスゲェ気持ち悪い。
とんでもない能力だと、俺は恐怖で顔が青ざめた。
後、何回彼を‘なゆちゃん’と、呼ばなければならないのだろうか。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
目の前に現れたのは、犬のコスプレをした晴生だった。
犬耳に、犬の鼻のマスク…それはとてつもなく滑稽で笑ってしまうのを口を押さえながら堪える。
晴生も同じように口元を押さえていたが、そう言えば俺も人のこと言えないような恰好をしていた。
思わず屈むように身を丸くすると、晴生が台詞を読み上げたのが聞こえた。
いや、それは台詞ではなかった。
俺の身体に電流が走る。
頭の中が真っ白になり、全身が熱い。
「あがッ!!!」
身体が跳ね上がった後、ガクンと電流が抜けると、更に晴生は俺の名前を呼んだ。
再び俺の身体に長い電流が走る。
ガクガクと震える身体に思考が追いついていかない。
俺以外のみんなもきっとこうなっているんだろう。
晴生…早く台詞を言ってくれ!!身体が持たない!!
「へ…へ…変身だ!ななな、…なゆちゃん!!!」
どうやらこれが晴生の台詞だったようだ。
電流が流れがピタリと止まる。
てっきり晴生は敵なのかと思ったが、どうやらよくある人外のパートナーキャラの「ハルキーヌ」という名前らしい。
ガクリと身体が項垂れ、肩で息を繰り返す。
しかし、この物語の台本は容赦なく頭に浮かび上がってくる。
“ポケットから変身アイテムを取り出し、変身する”
ポケットの中を探ると、黄色い星の形をしたコンパクトのようなものが入っていた。
俺はそれを真上に掲げると、頭の中の台詞を叫ぶ。
「……宇宙に輝く星たちよ…私に力を貸して………ウィ、ウィンキングスター!!!」
その言葉の後、全身が眩い光に包まれ、妙なBGMが流れ出した。
「う、わ、わわわ」
身体が浮かび上がり、服が全て消えていく。
消えていくと言っても、裸になっているわけじゃなかった。
身体のラインだけが浮かび上がり、全身が輝いているような状態だ。
ポンッと星が弾けるように辺りに散らばり、足、腕、腰…と服が纏われていく。
良くあるこども向けアニメの変身シーンのようだった。
…いや、その場合だと俺は女子の制服よりももっと悲惨な格好に…なるんじゃないのか!!!??
最後に額の横にどでかい星がついたかと思うと、浮いていた身体が地面へとふわりと着地した。
袖の無い身体に張り付くようなシャツに、ふわふわなピンクのスカート、胸元にはでかいリボンがついていた。
手には魔法の杖のようなものが握られていて、先の方に額の横についている星と同じようなものがついて輝いている。
「魔女っ娘なゆちゃん…幾千の星を超えて華麗に参上……頭…クラクラしちゃう…」
それが、魔女っ娘なゆちゃんの決め台詞だった。
俺の表情は死んでいた。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬 晴生】
千星さんが変身と言うやつをして行く。
や、やばい、これ以上彼はどんな姿を俺のまで晒すと言うのだ。
顔の前に置いた手を離せそうにないが、見ないわけにもいかないのでその姿を眺める。
千星さんが変身したのは完全に女の子が変身した後の姿だった。
短いスカートで生足は丸見え。
腕も丸見え、臍だって、見えている。
ああ…千星さんが…俺の男前の千星さんが……。
これはこれでいいかも、とその後思いなおしたのは秘密の話だ。
「いけ!なゆちゃん!妖怪キノーコを倒すんだ!」
俺の言葉を合図になゆちゃんが妖怪キノーコと言う、植物の怪物に立ち向かっていく。
何本もの蔓がなゆちゃ…ちがった、千星さんを攻撃していくが彼は華麗に交わしていた。
しかし、アニメで良くある、劣勢シーンへと入る。
学校で飼育していたウサギがキノーコの前に飛び出したのだ!
「危ない!」
なゆちゃん、いや、千星さんがウサギを庇うようにして飛び出す。
蔦が体を打ち付ける様にはなたれ、服が少し破けながら千星さんが飛ばされた。
「せ、な、なゆちゃん!!!!!」
ヤバい、助けに行かないと。
でも、俺の頭の中には制止のコマンドしかない。
はらはらしながらじっとしていると、千星さんがにこっと笑いながらウサギを逃がして上げていた。
「良かった……無事だったのね…さ、早く逃げなさい。」
とびっきりの笑顔でなゆちゃんがウサギに語りかける。
そう、この時俺はもう、話の中に入り込んでいた。
な、なゆちゃん、いい人だぜあんたは!!!
彼女はステッキをバトンの様にクルクル回した後、キノーコに向けて真っ直ぐに伸ばした。
それからは、あれだ、本当にアニメのノリでなゆちゃんがくるくる回る、俺はなゆちゃんに見惚れてしまって、ちゃんと何を言っていたか聞いていない。
なゆちゃんの輝く瞳、くるっと巻かれた髪、少しエロい衣装、頭についた大きな星。
全てが俺を魅了していった。
エロい方の意味では無く、俺は完全になゆちゃんの虜になっていた。
決め台詞も一つ一つ計算された動きも、背景も整い過ぎている。
俺の好みど真ん中だ。
『シューティングスターアロー!!!!』
なゆちゃんが必殺技を叫ぶ。
幾千ものまばゆい流れ星のようなものが敵に向かって飛んでいく。
美し過ぎる光景に目を奪われているとキノーコは雄たけびを上げて地に伏してしまった。
「やったよ!!なゆちゃん!!!」
キラキラ目を輝かせた俺が思った言葉と頭の中の台本は同じだった。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
戦闘シーンに突入した。
何故だかこの衣装になった途端、全身に力が漲るように感じた。
さながらアニメのヒーロー…いや、ヒロインだったか。
妖怪キノーコの蔦を華麗に避けて行く。
なんというか、自分で避けているという感覚よりも、そういう風に仕込まれていると言ったような身体の動きだった。
俺もこれだけ闘いで華麗に戦えたらな、なんてことを考えていると、目の前にウサギが現れたのが見える。
頭の中に「ウサギを助ける」という指示が浮かび上がったので、庇うような体勢になると蔦に打ち付けられ思い切り飛ばされてしまった。
「ぐッ―――!!」
声が上がってしまうぐらいには痛い。
胸元付近が蔦のせいで敗れてしまったが、俺は女ではないので隠す必要はない。
もちろん指示も出ていない。
……やっぱりこの役が三木さんだったらと想像すると恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
続いて脳内には「微笑んでウサギを逃がしてあげる」という指示が出ている。
「良かった……無事だったのね…さ、早く逃げなさい。」
俺は笑った。
もちろん目は死んで口だけしか吊り上っていない。
脳内の台本はバトルのシメへと突入したようだった。
バトンをクルクルと回し、妖怪キノーコに先端をビシッと向ける。
ちょっと自分でもこのポーズは決まったな、と思ってしまったのが情けなかった。
「これであなたはお終いよ…宇宙の星に……還りなさい!!!」
よくあるお決まりの台詞だった。
ちょっとなゆちゃんカッコいいな、なんて思ってしまったが感情移入してしまうのだけは嫌だった。
グッとステッキを握りしめると、必殺技が頭に浮かんだ。
「シューティングスターアロー!!!」
ステッキの星から無数の光輝く矢がキノーコへと突き刺さり、雄たけびをあげてキノーコは倒れた。
晴生のセリフが聞こえたので、そちらに目をやると、目をキラキラと輝やかせながら俺を見ている。
「千星那由多」の活躍に感動している、という感じではなかった。
かんっぺきにこの物語に感情移入してしまっているんだろう。
俺は絶対にああなりたくはない!!!!
「ハルキーヌ」に向かって微笑むという台本に寒気がしたが、俺は口端をひきつらせて笑った。
「…星裁完了!」
そして、あたりは暗転し、俺の視界は暗闇に飲み込まれた。
どうやら次のシーンには俺は登場しないらしい。
-----------------------------------------------------------------------
【神功 左千夫】
これは誰かの特殊能力だ。
こんなに変わった異空間系の能力は初めてだ、僕も特殊能力を解除しようとしたが、この空間ではそもそも特殊能力が使えないようだ。
と、言うことは「しね」や「殺せ」など、そこまで強制的な指示は出来ない筈。
そんな、便利な能力は中々無いからだ。
精々、言う通りにせず、電流で焼け死ぬくらいだろう。
暗転している間に僕も電流をくらった。
そして、必要な情報だけ与えられて視界が明るくなった。
どうやら、僕の役は「黒魔女さっちゃん」
深夜枠でこんな感じの番組をやっていた様な気がする。
幼い子が見るような戦士に変身する能力を与えられ、悪に立ち向かっていく内容だが、ちょっと卑猥だった筈。
主人公のなゆちゃんが毎回ちょっと悪戯されてしまうような。
僕にとってはチープに思えたので確り見たことは無いが。
暗転から解き放たれるとなんとも凄い格好をしていた。
ネコの耳、ツインテール、チャイナの様にスリットが入った服。
見えはしないが下着と名ばかりの布。
男の僕がこれをきたら犯罪ではないのか?風で捲れたらとんでもないことになる。
巨乳キャラなのだろう、胸元がブカブカで男の僕が着ると見えてはいけないところまで見えそうだ。
僕は男なので見えても構わないが。
そんなことを考えていると僕の頭の中に初めの台本が浮かんだ。
“下僕を足蹴りしろ”
…………。下僕とは誰だ、NPCならいいが他のメンバーなら耐えがたい行為だ。
と、思ったが目の前に居たのは九鬼だった。
僕はにっこり笑い彼を見下ろした後、手加減無くその背中を蹴り付けた。
「もー。ホント使えないわね!!どいつもこいつも弱くて腹が立っちゃう!!
聞いてるの?クキノ助!!」
「はいー」と、情けない声が僕の下から聞こえる。
僕の声でこのセリフは全く合わないが、仕方が無いのでなりきってやる。
ああ、でも、なんの代償もなくこの男を踏みつける行為は癖になりそうだった。
-----------------------------------------------------------------------
【九鬼】
なんだかよく分からない能力に巻き込まれてしまったみたいだけど、ちょっとおもしろそうだったので乗ってみることにした。
何度か電流が流れたが、取るに足らないものだったので、大した痛みもない。
けれど、このストーリーを最後までこなさないと、一生この世界に閉じ込められてしまうんだろう。
それはちょっと嫌かな。女の子とデートの約束もしてるし。
ボクはどんな役なのだろうとワクワクしていたら、周りの景色が暗闇から変化していった。
目の前に現れたのは左千夫クンだった。
その姿は明らかな女装で、猫耳にツインテールと言った男がするような姿ではない。
でも、これはこれでボクは好きだった。寧ろウェルカムだ。
逆にボクの姿の方が放送禁止になりそうな服装だった。
いや、服装、と言うよりも首から下までが真っ白な全身タイツで覆われているだけだった。
普段からラインが出るような下着を履いているので、別に恥ずかしい気持ちもなく、あまり違和感がないのがちょっと悔しい。
見る人には変態に映るんだろうけど。
そんなことを考えていると、急に左千夫クンに足蹴にされる。
どうやら彼はボクの主人らしく、ボクは下僕だった。
なんだ、いつもと変わりない設定だ。
背中をグリグリと蹴りつけられる快感も中々いいなぁと感心しながら、頭の中に台本が浮かんだ。
だけど、なんだか面白くない普通の台詞…。
ちょっと遊んでみることにしよう。
「……アァッ!もっと!!もっと蹴ってくださいませご主人さまぁああ!!!
貴方のそのお御足でッ!!ワタクシを蹴ってくださいませぇえええ!!!!
どうせなら背中じゃなくて股間部を!!!」
実を言うと本当のセリフは「申し訳ありません、ご主人様!」だった。
間違えばボク以外のみんなに電流が流れるということは、目の前の左千夫クンにも流れるんだろう。
ただ、それが見たくてこんな小芝居を打ってやった。
気分はノリノリだったけど。
だけど、彼の身体には電流が流れているはずなのに、ただ済ました顔で見下げられ、背中の蹴りが強くなるだけだった。
やっぱり彼は左千夫クンだ。こんなの屁でもないんだろう。
「ちぇーつまんないのー」
ボクのこの物語を逸脱した展開に、多分彼以外のみんなにも電流が流れているんだろう。
まぁ、そんなのはどうでもよかったんだけど。
脳内に台本が浮かび上がる。
これ以上遊んでもおもしろくなさそうだし、ちょっと付き合ってあげるかな。
「ご主人様…どうにかあのクソ魔女っ娘を退治することはできないでしょうか…!」
この間も背中は踏みつけられている。
ちょっとクセになりそうだった。
-----------------------------------------------------------------------
【神功 左千夫】
そんな、台本なのだろうかと思っていたら電流が流れた。
勿論、九鬼のところに居た時に流された電流に比べれば痛くも痒くもなかったので僕はいいが、これはきっと柚子由にも流れている。
そう思うとこの男が忌々しくて仕方が無い。
このまま、再起不能にしてやろうか、そうすれば少しは大人しくなるかもしれない。
そう思っているとちゃんと物語が先に進んだ。
また、僕の頭の中に言葉が浮かぶ。
「うっふーん。良いわ。今回は直々にさっちゃんが、出向いてあ・げ・る。
覚悟してないさい!なゆちゃん!
今度こそ貴女を地面に跪かせて、ヒィヒィ言わせてあげるんだから!!!」
いったい、このキャラはどんな性格なんだ。台本の中にハートマークが沢山表記されている。
分かる様で分かりたくない。
踏み台の様にしている九鬼は相変わらず楽しそうに笑っていたので最後に踵でその顔面を踏みつけて上げた。
「さっさと、用意しなさい、クキノ助!行くわよ。」
ペロッと唇を舐めるようなしぐさをすると視界が暗転した。
また、場面が変わるのだろうか。
それにしても、僕の姿も酷いが九鬼の姿も酷かったな。
どっちかを着ろと言われれば、僕はこの衣装を取るかもしれない。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
暗闇の中で身体に電流が流れたということは、誰かが反抗したということだろうか。
順番的には会長、副会長、巽…だとは思うが、この中で一番反抗しそうなのは会長か。
いや、でも三木さんがいるから…などと暇を持て余していたら、辺りが暗闇から川沿いへと変化していく。
景色は夕方だった。
脳内には“下校中”という指令がでていた。
姿は制服に変わっていたが、隣には晴生がいた。
何度か台本通りの会話をしたが、晴生のテンションがいつも通りで変わらない。
相変わらず目がギラついていた。
すると、突如空にブラックホールのようなものが現れる。
「フフフ…フハハハハ!!」
高らかな笑い声と共にそこから現れたのは…真っ白い全身タイツを着た副会長だった。
背中から翼が生えているがまたそれが現実の副会長とリンクする上、嫌でも股間に目が行ってしまい、俺と晴生は笑いを堪えきれずに噴き出してしまった。
「ふ、ふくッ副会長!!!…ッ!!」
晴生と俺が笑ってしまったので、全員に電流が流れる。
「いだだっだああああ!!!」
もうこれで何度目だろう。
電流を流されると、どこか冷静になってしまう自分がいた。
けれど副会長は電流が流れてはいるんだろうが、まったくそのような仕草は見せなかった。
まぁ副会長ともなればこれぐらいの電流は耐えられる範囲なんだろう。
罰じゃねーじゃん。
「あなたは…私の永遠のライバル、黒魔女さっちゃんの下僕、クキの助…」
黒魔女さっちゃんとはなんだろうか。
なんだか「さっちゃん」という響きにとてつもなく嫌な予感がするが、なるべくこの予感は当たってほしくない。
「貴様を倒しにきた!!覚悟しろ!!なゆちゃん!!」
思いのほか副会長はノリノリだった。
表情から行動、声質まできちんと変えて、役になりきっている。
こういうの好きそうだもんな、副会長。
「なゆちゃん!変身だ!!」
晴生にそう言われると、再び変身シーンに突入した。
ここはさっき変身シーンが入ったためかだいぶ割合され、いつの間にか制服からあの魔女っ娘の姿へと変わっていた。
「覚悟するのはあなたよ!クキの助!!」
そう言うと再びバトルシーンへと台本は突入する。
俺はクキの助の鞭のようなものを華麗にかわしていき、優勢かと思った瞬間にクキの助が放った鞭が俺の手足へと巻き付き、宙に浮く状態になった。
そして、俺はこの後の展開が脳内に浮かんだ途端に、身体が硬直してしまう。
-----------------------------------------------------------------------
【九鬼】
なゆゆは魔女っ娘なゆちゃんって言うんだ。
また左千夫クンとは対照的にピンクの衣装でふわふわとしている。
微妙に似合ってるのがこれまたおかしい。
台本通りに役になりきってなゆゆを攻撃していく、そして彼を捕まえた途端に脳内に浮かんだ台本に、ボクは自然と笑みを浮かべてしまった。
なゆゆをいじめるチャンスだ。
「どうだ…これで動けまい…」
「ちょっ副会長!!マジでやめてください!!!」
「ククク…ワタクシは副会長という名前ではない!!クキの助だ!!」
なゆゆが明らかに台本と違う言葉を言ったのは、電流が流れたのでわかった。
けれどボクはお構いなしに続けて行く。
ボクの頭に浮かんだ指令は「自在に動く鞭で、なゆちゃんのスカートの中をまさぐる」というものだった。
なゆゆにはリコール決戦で色々もらったものがあるから、ちゃんとお返ししなくては。
「だーーーー!!!やめて!!!やめてやめて!!!」
「暴れても無駄だ!!ほ~れ!!」
電流が流れていないのは、きっとなゆちゃんが「嫌がる」という指令が出ているからだろう。
遠慮なくボクは鞭の先端をなゆゆのスカートの中に這わせていく。
とにかくエロく、エロくだ。
ちなみにこれは指示にはないが、電流が流れないので許容範囲ということだろう。
なゆゆは結構いい顔をしていた。
中々いいかもしれない。
巽やはるるが彼を慕うのも少しはわかる気がした。
でも、これが左千夫クンならもっとよかったんだけどなー。
「っ…!や、やめ…!!ッんん!!」
「フハハハどうだどうだーー!!」
そうボクが言ったところで、後ろから後頭部に何かがぶち当たった。
カーンという気持ちのいい音を立てた途端に、脳内に展開が浮かんだ。
“黒魔女さっちゃん登場”
ボクは口先を尖らせながら、後ろを振り向いた。
そこには物凄い怖い笑顔の左千夫クンがいた。
-----------------------------------------------------------------------
【神功 左千夫】
那由多君は本気で嫌がっていた。
と、言うか柚子由に電気が流れるのを分かっているのか九鬼は。
勿論いつものように笑っていたが、負のオーラは隠せなかったと思う。
「もう!いつも、そうやって遊んでばっかだからやられちゃうのよ!!
クキノ助のバカ!バカ!!」
セリフの通り言葉は発しているが、黒いオーラを纏いながら九鬼を足裏で踏みつぶす。
勿論顔面を。
満足するまで踏みつけると落ちたステッキを拾い上げ、ピシッとなゆちゃんもとい、那由多君に向かって突き出す。
「うっふーん。お久しぶりね、なゆちゃん。
これから、さっちゃんが、たっぷりとおしおきしてあ・げ・る。」
笑うな、と、言う笑みを込めて冷ややかに晴生君と那由多君を見つめる。
しかし、那由多君の衣装は凄い。
あのヒラヒラよりはこっちが良いと思ってしまう辺り、配役は間違ってないのかもしれない。
「どうして!どうしてこんなことするの、さっちゃん!」
なぜか晴生君の目はきらきらと輝いていたが、那由多君の目は死んでいるし、セリフは棒読みだった。
その気持ちは僕にも分かるがやりきらないと終わらないなら僕はやりきる。
「うるさー―――い!!
さっさと、やられておしまい!なゆちゃん!」
“なゆちゃんと戦闘”
僕の頭の中にそれが浮かんだ。
どうやら戦闘はオートでしてくれるようなので体が動きたそうな方へと身を流した。
ダイヤの形をしたステッキを振り回しながら那由多君と争う。
計算された動きをするここは少しだけ楽しかった。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
散々な目にあったが、副会長の後ろから飛んできたステッキのようなもので助かった。
副会長は俺に恨みでもあるのだろうか。
なくても彼なら遊び感覚で酷い事をするとは思うが。
いや、そんなことはどうでもいい。
それよりも目の前に現れた人物に俺は驚愕してしまった。
“黒魔女さっちゃん登場”
その展開が脳内に浮かび、見上げた先には―――――女装した会長がいた。
やっぱり俺の嫌な予感は当たっていた。
俺とは対照的な黒い衣装を身に纏い、どちらかというとセクシー系のその姿。
正直、似合っているとは思う。
非の打ちどころはない、のだが、会長はなりきっていた。
ばっちり「黒魔女さっちゃん」を演じきっていたのだ。
そのギャップに驚愕から笑いが込み上げそうになったが、会長の目が恐ろしくすぐに笑いは恐怖にかき消されていった。
そこからまたバトルシーンに入る。
会長と闘うなんて夢にも思わなかったが、これは現実の世界ではない。
確実に現実の世界なら俺は死んでいるだろう。
身体が動く方向へと身を任せながら死闘を繰り広げていった。
しかし、その死闘を阻む者が現れる。
脳内に浮かんだ展開に、俺は一瞬戸惑ってしまった。
会長の後ろからどす黒い尖った岩が俺を目がけて飛んでくる。
正直リアルすぎて少し怖かったのだが、身体が動かない。
「なゆちゃん危ない!!」
晴生の声が聞こえた。
しかし、この尖った岩が刺さったのは俺ではなかった。
会長が俺を庇うようにして目の前に立つ。
現実とリンクしてしまうようなリアリティさに、俺は一瞬自分がなゆちゃんだという事を忘れていた。
会長の背中に血しぶきをあげ岩が刺さる。
グラリと倒れてきた身体を支えると衣装や顔に血が飛び散った。
リアルに生ぬるい感触だったが、これは偽物だろうか。
「か……さっちゃん…!」
焦るな、これは台本通りの展開なのだ。
“なゆちゃんをさっちゃんが庇う”
そういう展開が俺の脳内に出ていたという事は、会長の脳内にも同じものが浮かんでいたのだろう。
「か、会長……大丈夫…ですか…」
聞き取れないぐらいの小さい声で囁くと、会長は小さく微笑んだ。
「大丈夫です、痛くないので」
学校での戦闘シーンで、キノーコの蔓が結構痛かったので、多少なり痛みは走るとは思うが、その笑顔は余裕そうだった。
ほっと胸を撫で下ろした所で、脳内に展開が浮かび上がる。
それと共に邪悪な笑い声が辺りに響き渡った。
“魔王ドラゴン登場”
名前はまったく違うが、多分もう出て来れる登場人物は巽しかいない。
あいつが魔王とか、適役すぎて思わず顔が引き攣ってしまった。
-----------------------------------------------------------------------
【天夜 巽】
雲が空を覆う。
その狭間から俺は羽をはばたかせながら降りてくる。
「フハハハハハハ、やはりワシの邪魔をするか、さっちゃんよ。」
俺はこのアニメを知っている。
深夜枠だけど予約して見てたほど気になっていたアニメだ。
まさか、自分が魔王になるとは思わなかったけど。
なぜ、見てたかと言うと、勿論主人公が那由多に似ていたから。
ただ、それだけだ。
それにしても、俺の前に見える四人は全て適役だった。
なゆちゃんにしては本物と見間違うほどだ。
会長達も抗わないと言うことは、やらなきゃ仕方ないんだろう。
俺は学芸会だと思って役に徹することにする。
しかし、この着ぐるみのようなものを被って戦うのは動きにくい気がしたんだけど、そこはアニメ。
俺の衣装は自分が殆ど見えないドラゴンの着ぐるみだった。
サイズは人間より少し大きい位だが。
ベシンッ、と、大きく長い尻尾を揺らす。
これも、中から手作業でやらないといけないので大変だ。
「さっちゃん…どうして、私なんかを…」
那由多が会長を見つめながら震えた声を放つ。
「分からない…なぜか……体が、動いちゃって、…なゆちゃん、逃げて……ドラゴンが来る」
会長もなりきっているようで震えた声で返している。
これは、はっきりいってうまい。
“さっちゃん意識を失う”
「さっちゃー――――ん!!」
那由多が叫ぶ。
多分会長は目を瞑っているだけだと思うけど。
「そんな、ゴミさっさと捨ててしまえばいいものを。
その、出血じゃ長くはもたないだろう。
なゆちゃん、よくもワシの邪魔をしてくれたな…たっぷりと可愛がって……な、に!」
俺がゆっくりと近づいている途中の事だった。
なっちゃんから眩い光が放たれ、曇天だった雲を割り開くようにして無数の星が落ちてきた。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
現れた巽は龍の着ぐるみを着ていた。
目元だけ少し覗いているが、その眼差しは魔王そのものだった。
あいつもなりきってるのかと思うと、みんなノリノリじゃねえかと適当にやっていた自分が恥ずかしくなる。
しかし容赦なく脳内の展開は進んでいった。
目の前の会長は血まみれだった。
普通の人ならこの光景は非現実的なのかもしれないが、最近の俺にとってこれはまったく非現実ではない。
闘いの最中に俺を庇って怪我をするのはありえる話…いや、実際経験してきたものだ。
そんなことを考えていると、自然と感情移入してきてしまっている自分がいた。
「さっちゃん…どうして、私なんかを…」
びっくりするほど声が震えていた。
会長の芝居も嘘とは思えないほどの演技だった。
それが更に俺をこの物語の主役にしていく。
そして目の前の会長、いや、さっちゃんは気を失った。
「さっちゃー――――ん!!」
そう叫んだ所で次は脳内に“過去を思い出す”という展開が浮かび上がった。
そこからは高速で頭の中に物語を叩き込まれていくようだった。
アニメのシーンが早送りのように映像として浮かび上がる。
どうやら俺はなゆちゃんとさっちゃんの「前世」を思い出しているようだ。
その映像に心が震えた。
自然と頬に涙が伝う。
ちなみにこれは演技ではなく、本当に俺は感動で泣いていた。
俺の身体から眩い光が放たれると、空から無数の星が流れ星のように落ちてくる。
こんな景色は見たことがないほど綺麗だった。
俺はさっちゃんを抱えゆっくりと立ち上がった。
頬に伝う涙を拭い、気を失ったさっちゃんに視線を落とし優しく微笑む。
「全部…全部思い出した……さっちゃん…あなたとあたしは前世で恋人だったんだね…」
もうこの時俺は脳内の台本をスラスラと読むことができていた。
完璧に「なゆちゃん」に感情移入しきっていたのである。
さっき俺の脳内に流れた映像。
それは、なゆちゃんとさっちゃんは前世で恋人同士だったという話だった。
前世で結ばれたはずの二人、しかし魔王ドラゴンに狙われたなゆちゃんを、さっちゃんが庇って死んでしまうという悲しい結末だった。
それがまた、この時代、この物語で繰り返されようとしている。
逃げられない運命、それに抗うんだ、俺は…いや、なゆちゃんは!!!
「魔王ドラゴン、あなたは絶対に許さない!!!」
眩い光に包まれたまま、無数の星達が俺の身体に吸い込まれるように入って行く。
「愛しい私の恋人、さっちゃん……目を開けて……運命に負けちゃだめ!!一緒に、闘おう…!!」
そう言うとさっちゃんの身体にも無数の星が吸い込まれていき、突き刺さった尖った岩を分解すると、傷が癒えていった。
-----------------------------------------------------------------------
【神功 左千夫】
どうやら那由多君は完全に物語に入り込んでしまったようだ。
僕への指示は気絶する。
と、言っても、これくらいの傷では気絶出来ないので目を閉じているだけだった。
その時だった。
僕の体を温かい光が包む。
こんな体験は初めてだったので思わず目を開けてしまうと、目の前に那由多君……いや、なゆちゃんがいた。
取り合えず、僕も演技を続けよう。
幸い背中に受けた筈の傷は消えてしまったようだ。
それと同時になゆちゃんと同じ過去の記憶が僕にも入ってきた。
嗚呼。那由多君はこれにやられたんですね。
せめて、僕だけは冷静で居ようと役になりきりながらも自分を保つことにした。
「ありがとうなゆちゃん…。さっちゃんも、思いだしたよ…なゆちゃんのこと。」
ぎゅっとなゆちゃんの手を握り締める。
それから僕は両足を地面に付き、なゆちゃんに向かって優しく微笑む。
“合体技で魔王ドラゴンを倒す”
次の指示はこうだった。
これが最後の指示であることを願って僕は那由多君と向かい合い、お互いの指を絡めるように、両手を胸の前で握り締め、額同士を付き合わす。
それから、二人同時に魔王に向かって手を伸ばすと、そこにステッキが移動してきた。
僕のダイヤ型のステッキとなゆちゃんの星型ステッキが真っ直ぐに魔王を指す。
「いくよ、さっちゃん!」
「うん、なゆちゃん!」
僕たちは息ぴったりに台本を読み上げた。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
さっちゃんの傷が癒えると、どうやら物語もラストに近づいているようだ。
俺とさっちゃんは額を合わせる、もうここまできたら会長はさっちゃんにしか見えなかった。
自分がなゆちゃんだと思えば、会長とこんな近距離でも平気なのか。
最後の必殺技の台詞が脳内に浮かんだ。
俺とさっちゃんは、声を揃え高らかに叫ぶ。
「エンゲージ・ラブ!!!!」
するとステッキの先から無数のハートやら星が煌めきながらシャワーのようにドラゴンへと振りかかった。
そのシャワーの通り道から虹がかかり、美しい光景が目の前に広がる。
「なっ…なんだ、と…!このワシが負けると言うのか!!!」
魔王ドラゴンはもがき苦しみながらそのシャワーを浴び姿が薄れていく。
「ククク…しかし…!またワシは貴様達の前に現れよう…その日を……心、待ちに……しておけ…」
姿が薄れたドラゴンがパァンッと弾けると、そこからまた無数の星が降り注いで空は流星で満ち溢れていた。
その光景に見とれていると、どこからか歌が流れだす。
多分これでエンディングだ。
俺はさっちゃんと見つめ合い微笑んだ。
「さっちゃん…」
「なゆちゃん…」
そうして二人は強く抱き合い、永遠を共に――――――。
気づけば中庭にいた。
俺はさっちゃん…いや、会長と抱き合っていた。
周りには、目頭を押さえている晴生と、携帯で写メを撮っている巽と副会長、そして青ざめた顔の三木さんがいた。
「け、汚らわしいです!!!」
「ちちち違うんです三木さん!!」
三木さんの声で俺は会長から慌てて離れる。
さっきまで自分がしたことが今追いついてきたかのように恥ずかしくなり、顔が熱くなったのがわかった。
バカなことをしてしまった。
三木さんに汚らわしいと言われても仕方がない。
俺は後半は完璧になゆちゃんになりきってしまっていた。
服装が元に戻っているということは、どうやら現実に戻って来たようだ。
項垂れながら真っ赤な顔を押さえていると、どこかから拍手が聞こえる。
拍手は中庭の奥の方から徐々にこちらに近づいてきていた。
「ず…ずばらじがっだでずぅううううう!!!!」
そう言って出て来たのは、いかにも「アニメオタク」という風貌をした数人の男達だった。
しかも全員が号泣している。
もしかしてこいつらがあの二次元に俺達を連れて行った奴等…か?
俺は怒りでわなわなと身体が震え始めていた。
-----------------------------------------------------------------------
【神功 左千夫】
「け、汚らわしいです!!!」
柚子由の言葉に僕は慌てたが、どうやら那由多君だけに言っているようだったので安心した。
僕も大して変わらないことをしていたのだが…。
那由多君が僕から離れる。
彼はどうやら自分がなりきってしまったことを後悔しているようで少し笑ってしまった。
そうしてその後は想像通りというかなんというか、僕たちがその特殊能力者に制裁を加える。
珍しく那由多君が率先して行っていた。
あまり暴力をふるい過ぎてもあれなので、最後は結局僕の特殊能力により、キノーコに襲われている映像を見せて置いた。
時間にして三時間と言うところか。
それにしても不思議な能力だった。
どうやら、アニメ研究部の上層部が全員集合して、なおかつ発動条件を満たさないと能力は使えないようだが管理の必要がある。
レゲネや政府に言うほどでもないので、管理するための発信器の様な機械をイデアに作って貰わなければならない。
他の逃亡アンドロイドもまだいるようなので、そいつから能力を与えられたのか。
かなりの謎は有ったが、その辺りは聞いても「神が授けて下さった」的なアニメ展開しか読み取れなかったので諦めることにした。
しかし、折角魔女っ子なゆちゃんの世界から解き放たれたと言うのに、(裏)生徒会は暫くその話で持ちきりだった。
今度映画化するや、録画したDVDの貸しあい、なゆちゃん派かさっちゃん派か…。
その話をするたびに青ざめる那由多君が忍びなかったので、僕は彼に甘いコーヒーを淹れてあげた。
その間も柚子由を含め、他の4人はなゆちゃんの話で持ち切りだ。
結局、急に那由多君が泣きながらイデアのアトリエに走り去ったことにより大っぴらになゆちゃんの話はしないで置こうと言う決まりが出来たようだ。
出来れば僕もその方が有りがたい。
そして、(裏)生徒会にはいつもの平穏が戻った。
しかし、確実にいろんな場所に、なゆちゃんグッズが増えつつあった。
…まずは僕のカップからだったが。
「あ、すすすすいませんっ」
登校途中、廊下を歩く男子と肩がぶつかった。
小太りのその男子は無意味に息を荒くしていて、走ってきたのかと思うほどに大量に汗をかいていた。
「あ、いや、俺こそよそ見してた…」
ぶつかった男子が持っていた本などをバラバラと落としたので、巽と晴生と一緒に拾い集めた。
俺の足元に転がって来たキーホルダーを手に取る。
そのキーホルダーは青色の髪をしたピンク色のヒラヒラの服を纏った、所謂オタクにウケそうな萌え系の女の子キャラクターだった。
別にこういう趣味に関しては俺もゲームオタクのような部分があるので、なんて思わない。
「はい、これ」
男子に差し出すように手渡すと、その小太りの男子は俺の顔をじっと見たまま動かなかった。
キーホルダーを中々受け取らないので、眉を顰めると、ハッと我に返ったようにそれを奪い取るように手に取った。
そして何も言わずに走り去って行った。
ただ、一言、「なゆちゃん」とだけ聞こえたんだが、聞き間違いだろうか。
それから数日後の朝、俺の人生に転機が訪れた。
おおげさかもしれないが、それほど俺にとっては珍しいことで、尚且つ感動することだった。
下駄箱に――――――ラブレターらしき物が入っていたのだ!!!!
その光景を見て、感動に打ちひしがれていると、巽と晴生から声があがる。
一瞬ラブレターが入っていたことがバレてしまったのかと思ったが、どうやらそれは俺に対しての声ではなかった。
『なんか手紙入ってる』
え?
ほぼ同時に二人が言った言葉に耳を疑った。
二人も顔を見合わせながら、手にもった手紙を見つめる。
しかもそれは俺と同じような白い封筒に入ったものだった。
「俺も…入ってたんだけど……」
「千星さんにラブレター!!!???」
「那由多にラブレター!!!??」
いや、そこツッコむとこじゃないから。
-----------------------------------------------------------------------
【神功 左千夫】
朝、柚子由に髪を結って貰っている時に何枚かの手紙を渡された。
「これ……、今日の左千夫様の靴箱に入ってた分です。」
「いつもすいませんね、柚子由。」
僕は(裏)生徒会室の更にそのまた地下に住処を構えているので朝下駄箱を通ることは余りない。
代わりに柚子由が見てきてくれるのだが今日もラブレターというものが入っていたらしい。
毎回御断りの手紙を書かなくてはならないので大変なんだが。
「今日は私のところにも入ってました。」
そうか、今日は柚子由のところにも入ってましたか、って…柚子由にラブレター?
危うく飲んでいる紅茶を噴き出しそうになった。
しかし、余りにも彼女が嬉しそうな表情をしていたので僕は硬直する羽目になる。
もっとも彼女は別の理由で喜んでいたようだった。
「左千夫様と一緒の封筒です。」
にっこりと笑った笑顔の彼女。
まだまだ、色恋には程遠いそうなそれになぜだか僕は安心してしまう。
そうこうしているうちに九鬼が現れた。
僕の朝食のハムエッグパンに齧りついている。
「おはよー。あ、会長とゆずずのとこにも入っていたの?実は僕のところにもなんだよネ。」
「朝っぱらからなにしに来たんですか。」
九鬼はこの生徒会に居座っている。
その辺りは自由なので構わないと言えば構わないが、どうやら僕と一緒に登校しているつもりらしい、彼は。
殆ど毎日ここまで迎えに来るので会わない日は少ない。
柚子由と九鬼と僕、その三人で途中まで行くのは日課になっていた。
と、言ってもイデアの専用通路で教室の近くまで行くので殆ど誰とも出会わないから問題ないのだが。
それよりも今はこの白い封筒が気になった。
びりびりと中破いて中を確認してみると…
『どうしてもお願いしたいことがあります。
あなたにしかできないことです。
放課後中庭に来て貰えませんか?
話は、その時に。
…僕たちを助けて下さい。』
どうでもいい内容だった。
しかし、柚子由は行くつもりだろう。
そうなると僕も行かざるを得ない、そうして、九鬼も副会長なのだから道連れにしてやろう。
いつもより少し憂鬱な気分で授業を過ごすことになった。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
この謎の手紙の内容は巽、晴生とも同じものだった。
『どうしてもお願いしたいことがあります。
あなたにしかできないことです。
放課後中庭に来て貰えませんか?
話は、その時に。
…僕たちを助けて下さい。』
もしかして(裏)生徒会の任務関係の事かとも思ったが、俺達が(裏)生徒会だとバレることはまずない…はず。
でもこの三人に絡んでいるということはもしかしたら気づかれてしまっているのかもしれない。
誰かの罠とかかもしれないが、とりあえず、放課後中庭に向かう事にしよう。
三木さんに遅れるということだけメールで連絡すると、三木さんからも同じように用事が終わってから行くという返事がきた。
どうやら会長と副会長も一緒みたいだ。
変に色々重なる日だなと思いながら中庭へとたどり着いた。
「まだ誰も来てないね…」
辺りを大体見回したがまだここに来ているのは俺達三人だけのようだった。
暫く誰かが来るのを待っていると、見慣れた顔が遠くに見えた。
そこにいたのは、会長、副会長、そして三木さんだった。
「え?」
あちらの三人も俺達に気づいたのか、会長がいつものようににっこりと笑った。
もしかして、あの手紙の犯人って…会長達?
-----------------------------------------------------------------------
【三木 柚子由】
放課後私は左千夫様とクッキーさんの三人で中庭に向かうことになった。
一人でも大丈夫だと言ったのだけど、罠かもしれないと言われて三人で中庭に向かう。
千星君から遅れるとメールを来たので、左千夫様に知らせて、私達も遅れることをメールした。
でも、すぐ、千星君達に会うことになった。
私達が行った先の中庭に彼らが居たから。
「千星君!…どうしたの?用事ってここでするの?」
私の手には朝貰った手紙が握られていたので千星君がそれを指差す。
「三木さん、それ!」
そう言って彼も同じ手紙をポケットから出した。
(裏)生徒会皆が同じ手紙を貰ってる?
私達の存在がばれたのかと思ったけど、思い当たる節が無い。
左千夫様も難しそうな表情でそれを見つめているところにクッキーさんが覗くように顔を出してきた。
その瞬間。
『トウジョウジンブツ…クリア…コレヨリ、二次元ニ、転送シマス。』
機械音が聞こえた瞬間、私達が居た床が煌めく。
そのまま底が抜けるような感覚が起き、私達は異世界へと引き摺り込まれた
「きゃあああぁぁぁぁぁ―――!!」
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
俺が目を覚ました場所は、知らない部屋だった。
……なんだ、ここ。誰の部屋だ?
ゆっくりと起き上がって辺りを見回したが、ピンク色の家具やピンク色の布団、かわいいぬいぐるみ…見覚えのないここは完全に俺の部屋ではなかった。
一瞬夢かと思って頬を抓ってみたが、痛い。
落ちてくる前に二次元だとか聞いたけど……あれはなんだったんだろう。
とりあえずベッドから降りようと布団から足を出す。
その足に履いていたズボンも、またピンク色だった。
「きもちわる…」
そんなことを呟いたと同時に、脳内に声が響き渡った。
『なゆちゃん、おはよう』
「………誰だ…?」
その声は男の声だった。
なゆちゃん、と言ったが、俺の名前は那由多なので勝手に変なあだ名でもつけられたのだろうか。
『来てくれてありがとう。なゆちゃんはやっぱり優しいんだね。
君達に手紙を送ったのはボク達だ。
物語を始める前に、この世界の説明を簡単にしてあげるね』
この世界…ということは、ここは俺達がいる世界とは別の世界なのだろうか。
とにかく話を聞くしかない。
『ここは所謂二次元、アニメの世界。
君達には僕らが用意した台本通りに物語を進めてもらう。
台本は頭の中に自然と浮かんでくるだろうから、それを間違わずに読み上げ、きちんとこなして行ってほしい。
もしこなせなかった場合は、体罰がある』
「……体罰…?」
そう言った瞬間に俺の身体に電流が走った。
目の前が真っ白になり、声が引き攣る。
『その電流をセリフや行動を間違った者以外に流す。
なゆちゃんが間違えば、他の5人にその電流が流れるってことだよ』
「……っ…なんだよそれ……ッ」
光が飛ぶ視界を何度か瞬きし、頭を振る。
意味がよくわからないが、なんせ奴等の作ったストーリー通りに事を進めなければならないと言う事だ。
それを間違えば間違った者以外が電流の体罰…ふざけている。
今この場所には俺しかいない。
ということは、別の場所で会長達は同じような話を聞いているはず。
『考えている暇なんてないよ、物語はもう始まりだしたんだから』
「は?何言って――――」
「なゆー遅刻するわよー」
「!!??」
知らない女の人の声が聞こえた。
だが、脳内がその声は母親だという認識をする。
どういうことだ?
その後、すぐに擦り込むように言葉が頭の中に入ってくる。
これを、読み上げるのか…?
「はーい…今行くー…」
明らかな棒読みだったが、次に脳内に浮かんだのは、クローゼットを開け制服に着替えるということだった。
俺は立ち上がるとクローゼットへと移動する。
そこに並んでいたのは、女物の服…そして、女子の制服…。
マジかよ…。
俺は肩を落としてしぶしぶと着替え始めた。
-----------------------------------------------------------------------
【三木 柚子由】
どうやら、これは誰かの特殊能力の中みたい。
私は男の子の格好をして学生鞄を持って、今、なゆちゃんと言う人物を迎えに行っている。
言う通りにしないと他の五人に電流が流れると言っていた。
こういう特殊能力は初めてなのでどうしていいか分からず、言う通りにしている。
頭の中に浮かぶ通りに行動をしていると一軒家の前に着いた、そこのチャイムを三回位押す。
一回しか押したくないけど、それも頭の中の台本に書いてあるから。
「なゆー!はやく行くぞ!!俺、もう待ち切れない…ぜ。」
慣れないどころか噛んでしまいそう。
あわあわしたいけど、それも出来ない。
そうしているうちに家から誰か出てきた、それは紛れもない千星くんだった。
が、……私とは反対に女の子の制服を着ていた。
意外と似合っているそれをマジマジと見つめていると彼は赤くなってしまった。
千星君と一緒に学校に登校する。
ここは特に台本がないのでこそこそとだったら何か話しても問題なさそうだっけど、お互いに言葉が出なかった。
また、急に私の頭の中に台本が浮かぶ。
その内容に私はパチパチと瞬いた。
その内容とは―――
‘なゆちゃんのスカートを捲れ’
だった。
私は真っ赤になりプルプルと震えてしまったが、やらないと皆に電流を流される。
少し歩く速度を緩めると千星君がこちらを振り返った。
「どうした――――」
その瞬間目にも見えぬ鮮やかな手つきで、私はなゆちゃんの後ろのスカートを捲った。
スカートは綺麗に空気を取り込み、見事にパンツが丸見えになった。
バックプリントは可愛い鶏柄だった。
そして、そのまま頭に浮かぶ台本を読み上げて、私はもうダッシュで学校へと走って行く。
「へっへー!中学生になっても、コッコちゃんのバックプリントのパンツかよ!…次はもっと色気有るもんはいとけよー!」
は、恥ずかしいよぉ……!!
どうやら、私の出番はここで一度終わりらしい、暗転した世界へと再び淀んで行く。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
なんとか制服に着替えるとチャイムが荒々しく鳴る。
どうやら幼馴染が迎えに来たという設定らしい。
出てくるのは誰だ…?巽か…?
この制服姿を一番見られたくないのは巽なんだが。
「い、今でるよー」
相変わらずの棒読みで恐る恐るドアを開けると、そこには三木さんがいた。
しかも三木さんは男子の制服を着ている。
どうやら彼女は男の親友役という設定みたいだった。
ああそれにしても…誰であれこの格好を見られるのは恥ずかしい…。
思わずスカートの裾をぎゅっと握った。
そのまま通学シーンへと入る。
周りに数人生徒はいるが、女装している俺をマジマジと見るわけでもなく、普通の通学風景だった。
明らかに俺と三木さんは役柄が反対じゃないだろうか。
暫く頭の中に台本も出てこないので、押し黙っていると、三木さんが立ち止まった。
脳内には「どうしたの」と振り向くという台詞が浮かび上がる。
「どうした――――」
その瞬間、三木さんが思いもよらぬ行動を取る。
素早いその動きは俺にはスローモーションに感じた。
そう、スカートを捲られたのだ。
「―――――ッ!!????」
捨て台詞のようなものを吐いて三木さんは顔を真っ赤にしながら走っていった。
放心してしまった俺は、風に揺れるスカートを感じながら、その場から動けなくなる。
………なんだよこれほんとにいいいいいい!!!!
思わずわなわなと震えてしまったが、三木さんも相当頑張ってくれたんだろう。
考えてみるとこの役柄が逆だったら三木さんのスカートを捲ることになっていた。
前向きに考えよう、これでよかったのだと。
「い…いやーん!ゆずのエッチ!!!!!」
俺は盛大に頭の中のセリフを読み上げた。
恥ずかしすぎて、今すぐ死にたい。
すると辺りの景色が急に変わっていく。
いつの間にか俺は学校の前に来ていた。
周りに人が増えているのでかなり恥ずかしかったが、そのまま校舎内へと入る。
もちろんこの学校は愛輝凪高校ではない見たこともない中学校だった。
やはり恥ずかしかったので、なるべく身を隠すように歩いて行くと、校内で叫び声と爆発音が上がった。
「!!??」
事件か!?
…ってここは現実じゃない、慌てても仕方がないんだ。
すぐに脳内に展開が浮かび上がった。
『モンスター登場』
ああ、これバトル系作品なんだ…。
その場で待っていると、校舎裏から巨大な気持ち悪いモンスターが出て来た。
蔓のようなものがうねうねとたくさん蠢き、植物のような姿をしている。
中々リアルなんだな…と感心していたが、どうやらこれを俺が倒さないといけないみたいだった。
「…現れたわね!モンスター!!が、学校の平和を乱すなんて…許せない!
ま、魔女っ娘…?なゆちゃんがお仕置きしてあげるんだから!」
魔女っ娘?
魔女っ娘なのか俺の役は!!!!
とにかくもうやけくそだ。
とりあえず早くこの物語を終わらせたい…。
その時、見慣れた奴が俺の前に現れた。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬 晴生】
つーか、なんだよこれ!!
なんでこんな犬みたいな耳を付けて、マスクみたいな鼻を付けなきゃなんねーんだ!!!!!!
意味わかんねぇ!
と、思っていたらいきなり視界がクリアになった。
そこは中学校だった、そして俺の目の前には、せ、せ、千星さんが居た。
その余りの姿に俺は口元を押さえたが、ここに連れて来られて直ぐに言われた通り脳裏に言葉が浮かんだ。
これが台本だろう。
しかし、その内容は想像を絶するものだった。
“変身だ!なゆちゃん!”
「………………。」
「―――い、言えるかー!!千星さんに向かってこんなこと言えるわけねぇだろ!!」
その瞬間千星さんがピカッと光った。
彼に電流が流れてしまった様だった。
俺はハッとして千星さんに声を掛ける。
「せ、千星さん!!!」
しかし、それは逆効果でまた、千星さんに電流が走ったようだ。
しかも、次はそれが止まらずに流れ続けている。
だ、駄目だ俺が早く言わないと千星さんが焼け焦げちまう……!!
「へ…へ…変身だ!ななな、…なゆちゃん!!!」
俺は顔を真っ赤にしながら言葉にする。
どもったが一応OKな範囲だったようで、千星さんに流れていた電流が止まった。
俺はホッと肩を落としたが、謝りたくても謝れないのが現状だ。
しかも、敵もスゲェ気持ち悪い。
とんでもない能力だと、俺は恐怖で顔が青ざめた。
後、何回彼を‘なゆちゃん’と、呼ばなければならないのだろうか。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
目の前に現れたのは、犬のコスプレをした晴生だった。
犬耳に、犬の鼻のマスク…それはとてつもなく滑稽で笑ってしまうのを口を押さえながら堪える。
晴生も同じように口元を押さえていたが、そう言えば俺も人のこと言えないような恰好をしていた。
思わず屈むように身を丸くすると、晴生が台詞を読み上げたのが聞こえた。
いや、それは台詞ではなかった。
俺の身体に電流が走る。
頭の中が真っ白になり、全身が熱い。
「あがッ!!!」
身体が跳ね上がった後、ガクンと電流が抜けると、更に晴生は俺の名前を呼んだ。
再び俺の身体に長い電流が走る。
ガクガクと震える身体に思考が追いついていかない。
俺以外のみんなもきっとこうなっているんだろう。
晴生…早く台詞を言ってくれ!!身体が持たない!!
「へ…へ…変身だ!ななな、…なゆちゃん!!!」
どうやらこれが晴生の台詞だったようだ。
電流が流れがピタリと止まる。
てっきり晴生は敵なのかと思ったが、どうやらよくある人外のパートナーキャラの「ハルキーヌ」という名前らしい。
ガクリと身体が項垂れ、肩で息を繰り返す。
しかし、この物語の台本は容赦なく頭に浮かび上がってくる。
“ポケットから変身アイテムを取り出し、変身する”
ポケットの中を探ると、黄色い星の形をしたコンパクトのようなものが入っていた。
俺はそれを真上に掲げると、頭の中の台詞を叫ぶ。
「……宇宙に輝く星たちよ…私に力を貸して………ウィ、ウィンキングスター!!!」
その言葉の後、全身が眩い光に包まれ、妙なBGMが流れ出した。
「う、わ、わわわ」
身体が浮かび上がり、服が全て消えていく。
消えていくと言っても、裸になっているわけじゃなかった。
身体のラインだけが浮かび上がり、全身が輝いているような状態だ。
ポンッと星が弾けるように辺りに散らばり、足、腕、腰…と服が纏われていく。
良くあるこども向けアニメの変身シーンのようだった。
…いや、その場合だと俺は女子の制服よりももっと悲惨な格好に…なるんじゃないのか!!!??
最後に額の横にどでかい星がついたかと思うと、浮いていた身体が地面へとふわりと着地した。
袖の無い身体に張り付くようなシャツに、ふわふわなピンクのスカート、胸元にはでかいリボンがついていた。
手には魔法の杖のようなものが握られていて、先の方に額の横についている星と同じようなものがついて輝いている。
「魔女っ娘なゆちゃん…幾千の星を超えて華麗に参上……頭…クラクラしちゃう…」
それが、魔女っ娘なゆちゃんの決め台詞だった。
俺の表情は死んでいた。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬 晴生】
千星さんが変身と言うやつをして行く。
や、やばい、これ以上彼はどんな姿を俺のまで晒すと言うのだ。
顔の前に置いた手を離せそうにないが、見ないわけにもいかないのでその姿を眺める。
千星さんが変身したのは完全に女の子が変身した後の姿だった。
短いスカートで生足は丸見え。
腕も丸見え、臍だって、見えている。
ああ…千星さんが…俺の男前の千星さんが……。
これはこれでいいかも、とその後思いなおしたのは秘密の話だ。
「いけ!なゆちゃん!妖怪キノーコを倒すんだ!」
俺の言葉を合図になゆちゃんが妖怪キノーコと言う、植物の怪物に立ち向かっていく。
何本もの蔓がなゆちゃ…ちがった、千星さんを攻撃していくが彼は華麗に交わしていた。
しかし、アニメで良くある、劣勢シーンへと入る。
学校で飼育していたウサギがキノーコの前に飛び出したのだ!
「危ない!」
なゆちゃん、いや、千星さんがウサギを庇うようにして飛び出す。
蔦が体を打ち付ける様にはなたれ、服が少し破けながら千星さんが飛ばされた。
「せ、な、なゆちゃん!!!!!」
ヤバい、助けに行かないと。
でも、俺の頭の中には制止のコマンドしかない。
はらはらしながらじっとしていると、千星さんがにこっと笑いながらウサギを逃がして上げていた。
「良かった……無事だったのね…さ、早く逃げなさい。」
とびっきりの笑顔でなゆちゃんがウサギに語りかける。
そう、この時俺はもう、話の中に入り込んでいた。
な、なゆちゃん、いい人だぜあんたは!!!
彼女はステッキをバトンの様にクルクル回した後、キノーコに向けて真っ直ぐに伸ばした。
それからは、あれだ、本当にアニメのノリでなゆちゃんがくるくる回る、俺はなゆちゃんに見惚れてしまって、ちゃんと何を言っていたか聞いていない。
なゆちゃんの輝く瞳、くるっと巻かれた髪、少しエロい衣装、頭についた大きな星。
全てが俺を魅了していった。
エロい方の意味では無く、俺は完全になゆちゃんの虜になっていた。
決め台詞も一つ一つ計算された動きも、背景も整い過ぎている。
俺の好みど真ん中だ。
『シューティングスターアロー!!!!』
なゆちゃんが必殺技を叫ぶ。
幾千ものまばゆい流れ星のようなものが敵に向かって飛んでいく。
美し過ぎる光景に目を奪われているとキノーコは雄たけびを上げて地に伏してしまった。
「やったよ!!なゆちゃん!!!」
キラキラ目を輝かせた俺が思った言葉と頭の中の台本は同じだった。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
戦闘シーンに突入した。
何故だかこの衣装になった途端、全身に力が漲るように感じた。
さながらアニメのヒーロー…いや、ヒロインだったか。
妖怪キノーコの蔦を華麗に避けて行く。
なんというか、自分で避けているという感覚よりも、そういう風に仕込まれていると言ったような身体の動きだった。
俺もこれだけ闘いで華麗に戦えたらな、なんてことを考えていると、目の前にウサギが現れたのが見える。
頭の中に「ウサギを助ける」という指示が浮かび上がったので、庇うような体勢になると蔦に打ち付けられ思い切り飛ばされてしまった。
「ぐッ―――!!」
声が上がってしまうぐらいには痛い。
胸元付近が蔦のせいで敗れてしまったが、俺は女ではないので隠す必要はない。
もちろん指示も出ていない。
……やっぱりこの役が三木さんだったらと想像すると恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
続いて脳内には「微笑んでウサギを逃がしてあげる」という指示が出ている。
「良かった……無事だったのね…さ、早く逃げなさい。」
俺は笑った。
もちろん目は死んで口だけしか吊り上っていない。
脳内の台本はバトルのシメへと突入したようだった。
バトンをクルクルと回し、妖怪キノーコに先端をビシッと向ける。
ちょっと自分でもこのポーズは決まったな、と思ってしまったのが情けなかった。
「これであなたはお終いよ…宇宙の星に……還りなさい!!!」
よくあるお決まりの台詞だった。
ちょっとなゆちゃんカッコいいな、なんて思ってしまったが感情移入してしまうのだけは嫌だった。
グッとステッキを握りしめると、必殺技が頭に浮かんだ。
「シューティングスターアロー!!!」
ステッキの星から無数の光輝く矢がキノーコへと突き刺さり、雄たけびをあげてキノーコは倒れた。
晴生のセリフが聞こえたので、そちらに目をやると、目をキラキラと輝やかせながら俺を見ている。
「千星那由多」の活躍に感動している、という感じではなかった。
かんっぺきにこの物語に感情移入してしまっているんだろう。
俺は絶対にああなりたくはない!!!!
「ハルキーヌ」に向かって微笑むという台本に寒気がしたが、俺は口端をひきつらせて笑った。
「…星裁完了!」
そして、あたりは暗転し、俺の視界は暗闇に飲み込まれた。
どうやら次のシーンには俺は登場しないらしい。
-----------------------------------------------------------------------
【神功 左千夫】
これは誰かの特殊能力だ。
こんなに変わった異空間系の能力は初めてだ、僕も特殊能力を解除しようとしたが、この空間ではそもそも特殊能力が使えないようだ。
と、言うことは「しね」や「殺せ」など、そこまで強制的な指示は出来ない筈。
そんな、便利な能力は中々無いからだ。
精々、言う通りにせず、電流で焼け死ぬくらいだろう。
暗転している間に僕も電流をくらった。
そして、必要な情報だけ与えられて視界が明るくなった。
どうやら、僕の役は「黒魔女さっちゃん」
深夜枠でこんな感じの番組をやっていた様な気がする。
幼い子が見るような戦士に変身する能力を与えられ、悪に立ち向かっていく内容だが、ちょっと卑猥だった筈。
主人公のなゆちゃんが毎回ちょっと悪戯されてしまうような。
僕にとってはチープに思えたので確り見たことは無いが。
暗転から解き放たれるとなんとも凄い格好をしていた。
ネコの耳、ツインテール、チャイナの様にスリットが入った服。
見えはしないが下着と名ばかりの布。
男の僕がこれをきたら犯罪ではないのか?風で捲れたらとんでもないことになる。
巨乳キャラなのだろう、胸元がブカブカで男の僕が着ると見えてはいけないところまで見えそうだ。
僕は男なので見えても構わないが。
そんなことを考えていると僕の頭の中に初めの台本が浮かんだ。
“下僕を足蹴りしろ”
…………。下僕とは誰だ、NPCならいいが他のメンバーなら耐えがたい行為だ。
と、思ったが目の前に居たのは九鬼だった。
僕はにっこり笑い彼を見下ろした後、手加減無くその背中を蹴り付けた。
「もー。ホント使えないわね!!どいつもこいつも弱くて腹が立っちゃう!!
聞いてるの?クキノ助!!」
「はいー」と、情けない声が僕の下から聞こえる。
僕の声でこのセリフは全く合わないが、仕方が無いのでなりきってやる。
ああ、でも、なんの代償もなくこの男を踏みつける行為は癖になりそうだった。
-----------------------------------------------------------------------
【九鬼】
なんだかよく分からない能力に巻き込まれてしまったみたいだけど、ちょっとおもしろそうだったので乗ってみることにした。
何度か電流が流れたが、取るに足らないものだったので、大した痛みもない。
けれど、このストーリーを最後までこなさないと、一生この世界に閉じ込められてしまうんだろう。
それはちょっと嫌かな。女の子とデートの約束もしてるし。
ボクはどんな役なのだろうとワクワクしていたら、周りの景色が暗闇から変化していった。
目の前に現れたのは左千夫クンだった。
その姿は明らかな女装で、猫耳にツインテールと言った男がするような姿ではない。
でも、これはこれでボクは好きだった。寧ろウェルカムだ。
逆にボクの姿の方が放送禁止になりそうな服装だった。
いや、服装、と言うよりも首から下までが真っ白な全身タイツで覆われているだけだった。
普段からラインが出るような下着を履いているので、別に恥ずかしい気持ちもなく、あまり違和感がないのがちょっと悔しい。
見る人には変態に映るんだろうけど。
そんなことを考えていると、急に左千夫クンに足蹴にされる。
どうやら彼はボクの主人らしく、ボクは下僕だった。
なんだ、いつもと変わりない設定だ。
背中をグリグリと蹴りつけられる快感も中々いいなぁと感心しながら、頭の中に台本が浮かんだ。
だけど、なんだか面白くない普通の台詞…。
ちょっと遊んでみることにしよう。
「……アァッ!もっと!!もっと蹴ってくださいませご主人さまぁああ!!!
貴方のそのお御足でッ!!ワタクシを蹴ってくださいませぇえええ!!!!
どうせなら背中じゃなくて股間部を!!!」
実を言うと本当のセリフは「申し訳ありません、ご主人様!」だった。
間違えばボク以外のみんなに電流が流れるということは、目の前の左千夫クンにも流れるんだろう。
ただ、それが見たくてこんな小芝居を打ってやった。
気分はノリノリだったけど。
だけど、彼の身体には電流が流れているはずなのに、ただ済ました顔で見下げられ、背中の蹴りが強くなるだけだった。
やっぱり彼は左千夫クンだ。こんなの屁でもないんだろう。
「ちぇーつまんないのー」
ボクのこの物語を逸脱した展開に、多分彼以外のみんなにも電流が流れているんだろう。
まぁ、そんなのはどうでもよかったんだけど。
脳内に台本が浮かび上がる。
これ以上遊んでもおもしろくなさそうだし、ちょっと付き合ってあげるかな。
「ご主人様…どうにかあのクソ魔女っ娘を退治することはできないでしょうか…!」
この間も背中は踏みつけられている。
ちょっとクセになりそうだった。
-----------------------------------------------------------------------
【神功 左千夫】
そんな、台本なのだろうかと思っていたら電流が流れた。
勿論、九鬼のところに居た時に流された電流に比べれば痛くも痒くもなかったので僕はいいが、これはきっと柚子由にも流れている。
そう思うとこの男が忌々しくて仕方が無い。
このまま、再起不能にしてやろうか、そうすれば少しは大人しくなるかもしれない。
そう思っているとちゃんと物語が先に進んだ。
また、僕の頭の中に言葉が浮かぶ。
「うっふーん。良いわ。今回は直々にさっちゃんが、出向いてあ・げ・る。
覚悟してないさい!なゆちゃん!
今度こそ貴女を地面に跪かせて、ヒィヒィ言わせてあげるんだから!!!」
いったい、このキャラはどんな性格なんだ。台本の中にハートマークが沢山表記されている。
分かる様で分かりたくない。
踏み台の様にしている九鬼は相変わらず楽しそうに笑っていたので最後に踵でその顔面を踏みつけて上げた。
「さっさと、用意しなさい、クキノ助!行くわよ。」
ペロッと唇を舐めるようなしぐさをすると視界が暗転した。
また、場面が変わるのだろうか。
それにしても、僕の姿も酷いが九鬼の姿も酷かったな。
どっちかを着ろと言われれば、僕はこの衣装を取るかもしれない。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
暗闇の中で身体に電流が流れたということは、誰かが反抗したということだろうか。
順番的には会長、副会長、巽…だとは思うが、この中で一番反抗しそうなのは会長か。
いや、でも三木さんがいるから…などと暇を持て余していたら、辺りが暗闇から川沿いへと変化していく。
景色は夕方だった。
脳内には“下校中”という指令がでていた。
姿は制服に変わっていたが、隣には晴生がいた。
何度か台本通りの会話をしたが、晴生のテンションがいつも通りで変わらない。
相変わらず目がギラついていた。
すると、突如空にブラックホールのようなものが現れる。
「フフフ…フハハハハ!!」
高らかな笑い声と共にそこから現れたのは…真っ白い全身タイツを着た副会長だった。
背中から翼が生えているがまたそれが現実の副会長とリンクする上、嫌でも股間に目が行ってしまい、俺と晴生は笑いを堪えきれずに噴き出してしまった。
「ふ、ふくッ副会長!!!…ッ!!」
晴生と俺が笑ってしまったので、全員に電流が流れる。
「いだだっだああああ!!!」
もうこれで何度目だろう。
電流を流されると、どこか冷静になってしまう自分がいた。
けれど副会長は電流が流れてはいるんだろうが、まったくそのような仕草は見せなかった。
まぁ副会長ともなればこれぐらいの電流は耐えられる範囲なんだろう。
罰じゃねーじゃん。
「あなたは…私の永遠のライバル、黒魔女さっちゃんの下僕、クキの助…」
黒魔女さっちゃんとはなんだろうか。
なんだか「さっちゃん」という響きにとてつもなく嫌な予感がするが、なるべくこの予感は当たってほしくない。
「貴様を倒しにきた!!覚悟しろ!!なゆちゃん!!」
思いのほか副会長はノリノリだった。
表情から行動、声質まできちんと変えて、役になりきっている。
こういうの好きそうだもんな、副会長。
「なゆちゃん!変身だ!!」
晴生にそう言われると、再び変身シーンに突入した。
ここはさっき変身シーンが入ったためかだいぶ割合され、いつの間にか制服からあの魔女っ娘の姿へと変わっていた。
「覚悟するのはあなたよ!クキの助!!」
そう言うと再びバトルシーンへと台本は突入する。
俺はクキの助の鞭のようなものを華麗にかわしていき、優勢かと思った瞬間にクキの助が放った鞭が俺の手足へと巻き付き、宙に浮く状態になった。
そして、俺はこの後の展開が脳内に浮かんだ途端に、身体が硬直してしまう。
-----------------------------------------------------------------------
【九鬼】
なゆゆは魔女っ娘なゆちゃんって言うんだ。
また左千夫クンとは対照的にピンクの衣装でふわふわとしている。
微妙に似合ってるのがこれまたおかしい。
台本通りに役になりきってなゆゆを攻撃していく、そして彼を捕まえた途端に脳内に浮かんだ台本に、ボクは自然と笑みを浮かべてしまった。
なゆゆをいじめるチャンスだ。
「どうだ…これで動けまい…」
「ちょっ副会長!!マジでやめてください!!!」
「ククク…ワタクシは副会長という名前ではない!!クキの助だ!!」
なゆゆが明らかに台本と違う言葉を言ったのは、電流が流れたのでわかった。
けれどボクはお構いなしに続けて行く。
ボクの頭に浮かんだ指令は「自在に動く鞭で、なゆちゃんのスカートの中をまさぐる」というものだった。
なゆゆにはリコール決戦で色々もらったものがあるから、ちゃんとお返ししなくては。
「だーーーー!!!やめて!!!やめてやめて!!!」
「暴れても無駄だ!!ほ~れ!!」
電流が流れていないのは、きっとなゆちゃんが「嫌がる」という指令が出ているからだろう。
遠慮なくボクは鞭の先端をなゆゆのスカートの中に這わせていく。
とにかくエロく、エロくだ。
ちなみにこれは指示にはないが、電流が流れないので許容範囲ということだろう。
なゆゆは結構いい顔をしていた。
中々いいかもしれない。
巽やはるるが彼を慕うのも少しはわかる気がした。
でも、これが左千夫クンならもっとよかったんだけどなー。
「っ…!や、やめ…!!ッんん!!」
「フハハハどうだどうだーー!!」
そうボクが言ったところで、後ろから後頭部に何かがぶち当たった。
カーンという気持ちのいい音を立てた途端に、脳内に展開が浮かんだ。
“黒魔女さっちゃん登場”
ボクは口先を尖らせながら、後ろを振り向いた。
そこには物凄い怖い笑顔の左千夫クンがいた。
-----------------------------------------------------------------------
【神功 左千夫】
那由多君は本気で嫌がっていた。
と、言うか柚子由に電気が流れるのを分かっているのか九鬼は。
勿論いつものように笑っていたが、負のオーラは隠せなかったと思う。
「もう!いつも、そうやって遊んでばっかだからやられちゃうのよ!!
クキノ助のバカ!バカ!!」
セリフの通り言葉は発しているが、黒いオーラを纏いながら九鬼を足裏で踏みつぶす。
勿論顔面を。
満足するまで踏みつけると落ちたステッキを拾い上げ、ピシッとなゆちゃんもとい、那由多君に向かって突き出す。
「うっふーん。お久しぶりね、なゆちゃん。
これから、さっちゃんが、たっぷりとおしおきしてあ・げ・る。」
笑うな、と、言う笑みを込めて冷ややかに晴生君と那由多君を見つめる。
しかし、那由多君の衣装は凄い。
あのヒラヒラよりはこっちが良いと思ってしまう辺り、配役は間違ってないのかもしれない。
「どうして!どうしてこんなことするの、さっちゃん!」
なぜか晴生君の目はきらきらと輝いていたが、那由多君の目は死んでいるし、セリフは棒読みだった。
その気持ちは僕にも分かるがやりきらないと終わらないなら僕はやりきる。
「うるさー―――い!!
さっさと、やられておしまい!なゆちゃん!」
“なゆちゃんと戦闘”
僕の頭の中にそれが浮かんだ。
どうやら戦闘はオートでしてくれるようなので体が動きたそうな方へと身を流した。
ダイヤの形をしたステッキを振り回しながら那由多君と争う。
計算された動きをするここは少しだけ楽しかった。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
散々な目にあったが、副会長の後ろから飛んできたステッキのようなもので助かった。
副会長は俺に恨みでもあるのだろうか。
なくても彼なら遊び感覚で酷い事をするとは思うが。
いや、そんなことはどうでもいい。
それよりも目の前に現れた人物に俺は驚愕してしまった。
“黒魔女さっちゃん登場”
その展開が脳内に浮かび、見上げた先には―――――女装した会長がいた。
やっぱり俺の嫌な予感は当たっていた。
俺とは対照的な黒い衣装を身に纏い、どちらかというとセクシー系のその姿。
正直、似合っているとは思う。
非の打ちどころはない、のだが、会長はなりきっていた。
ばっちり「黒魔女さっちゃん」を演じきっていたのだ。
そのギャップに驚愕から笑いが込み上げそうになったが、会長の目が恐ろしくすぐに笑いは恐怖にかき消されていった。
そこからまたバトルシーンに入る。
会長と闘うなんて夢にも思わなかったが、これは現実の世界ではない。
確実に現実の世界なら俺は死んでいるだろう。
身体が動く方向へと身を任せながら死闘を繰り広げていった。
しかし、その死闘を阻む者が現れる。
脳内に浮かんだ展開に、俺は一瞬戸惑ってしまった。
会長の後ろからどす黒い尖った岩が俺を目がけて飛んでくる。
正直リアルすぎて少し怖かったのだが、身体が動かない。
「なゆちゃん危ない!!」
晴生の声が聞こえた。
しかし、この尖った岩が刺さったのは俺ではなかった。
会長が俺を庇うようにして目の前に立つ。
現実とリンクしてしまうようなリアリティさに、俺は一瞬自分がなゆちゃんだという事を忘れていた。
会長の背中に血しぶきをあげ岩が刺さる。
グラリと倒れてきた身体を支えると衣装や顔に血が飛び散った。
リアルに生ぬるい感触だったが、これは偽物だろうか。
「か……さっちゃん…!」
焦るな、これは台本通りの展開なのだ。
“なゆちゃんをさっちゃんが庇う”
そういう展開が俺の脳内に出ていたという事は、会長の脳内にも同じものが浮かんでいたのだろう。
「か、会長……大丈夫…ですか…」
聞き取れないぐらいの小さい声で囁くと、会長は小さく微笑んだ。
「大丈夫です、痛くないので」
学校での戦闘シーンで、キノーコの蔓が結構痛かったので、多少なり痛みは走るとは思うが、その笑顔は余裕そうだった。
ほっと胸を撫で下ろした所で、脳内に展開が浮かび上がる。
それと共に邪悪な笑い声が辺りに響き渡った。
“魔王ドラゴン登場”
名前はまったく違うが、多分もう出て来れる登場人物は巽しかいない。
あいつが魔王とか、適役すぎて思わず顔が引き攣ってしまった。
-----------------------------------------------------------------------
【天夜 巽】
雲が空を覆う。
その狭間から俺は羽をはばたかせながら降りてくる。
「フハハハハハハ、やはりワシの邪魔をするか、さっちゃんよ。」
俺はこのアニメを知っている。
深夜枠だけど予約して見てたほど気になっていたアニメだ。
まさか、自分が魔王になるとは思わなかったけど。
なぜ、見てたかと言うと、勿論主人公が那由多に似ていたから。
ただ、それだけだ。
それにしても、俺の前に見える四人は全て適役だった。
なゆちゃんにしては本物と見間違うほどだ。
会長達も抗わないと言うことは、やらなきゃ仕方ないんだろう。
俺は学芸会だと思って役に徹することにする。
しかし、この着ぐるみのようなものを被って戦うのは動きにくい気がしたんだけど、そこはアニメ。
俺の衣装は自分が殆ど見えないドラゴンの着ぐるみだった。
サイズは人間より少し大きい位だが。
ベシンッ、と、大きく長い尻尾を揺らす。
これも、中から手作業でやらないといけないので大変だ。
「さっちゃん…どうして、私なんかを…」
那由多が会長を見つめながら震えた声を放つ。
「分からない…なぜか……体が、動いちゃって、…なゆちゃん、逃げて……ドラゴンが来る」
会長もなりきっているようで震えた声で返している。
これは、はっきりいってうまい。
“さっちゃん意識を失う”
「さっちゃー――――ん!!」
那由多が叫ぶ。
多分会長は目を瞑っているだけだと思うけど。
「そんな、ゴミさっさと捨ててしまえばいいものを。
その、出血じゃ長くはもたないだろう。
なゆちゃん、よくもワシの邪魔をしてくれたな…たっぷりと可愛がって……な、に!」
俺がゆっくりと近づいている途中の事だった。
なっちゃんから眩い光が放たれ、曇天だった雲を割り開くようにして無数の星が落ちてきた。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
現れた巽は龍の着ぐるみを着ていた。
目元だけ少し覗いているが、その眼差しは魔王そのものだった。
あいつもなりきってるのかと思うと、みんなノリノリじゃねえかと適当にやっていた自分が恥ずかしくなる。
しかし容赦なく脳内の展開は進んでいった。
目の前の会長は血まみれだった。
普通の人ならこの光景は非現実的なのかもしれないが、最近の俺にとってこれはまったく非現実ではない。
闘いの最中に俺を庇って怪我をするのはありえる話…いや、実際経験してきたものだ。
そんなことを考えていると、自然と感情移入してきてしまっている自分がいた。
「さっちゃん…どうして、私なんかを…」
びっくりするほど声が震えていた。
会長の芝居も嘘とは思えないほどの演技だった。
それが更に俺をこの物語の主役にしていく。
そして目の前の会長、いや、さっちゃんは気を失った。
「さっちゃー――――ん!!」
そう叫んだ所で次は脳内に“過去を思い出す”という展開が浮かび上がった。
そこからは高速で頭の中に物語を叩き込まれていくようだった。
アニメのシーンが早送りのように映像として浮かび上がる。
どうやら俺はなゆちゃんとさっちゃんの「前世」を思い出しているようだ。
その映像に心が震えた。
自然と頬に涙が伝う。
ちなみにこれは演技ではなく、本当に俺は感動で泣いていた。
俺の身体から眩い光が放たれると、空から無数の星が流れ星のように落ちてくる。
こんな景色は見たことがないほど綺麗だった。
俺はさっちゃんを抱えゆっくりと立ち上がった。
頬に伝う涙を拭い、気を失ったさっちゃんに視線を落とし優しく微笑む。
「全部…全部思い出した……さっちゃん…あなたとあたしは前世で恋人だったんだね…」
もうこの時俺は脳内の台本をスラスラと読むことができていた。
完璧に「なゆちゃん」に感情移入しきっていたのである。
さっき俺の脳内に流れた映像。
それは、なゆちゃんとさっちゃんは前世で恋人同士だったという話だった。
前世で結ばれたはずの二人、しかし魔王ドラゴンに狙われたなゆちゃんを、さっちゃんが庇って死んでしまうという悲しい結末だった。
それがまた、この時代、この物語で繰り返されようとしている。
逃げられない運命、それに抗うんだ、俺は…いや、なゆちゃんは!!!
「魔王ドラゴン、あなたは絶対に許さない!!!」
眩い光に包まれたまま、無数の星達が俺の身体に吸い込まれるように入って行く。
「愛しい私の恋人、さっちゃん……目を開けて……運命に負けちゃだめ!!一緒に、闘おう…!!」
そう言うとさっちゃんの身体にも無数の星が吸い込まれていき、突き刺さった尖った岩を分解すると、傷が癒えていった。
-----------------------------------------------------------------------
【神功 左千夫】
どうやら那由多君は完全に物語に入り込んでしまったようだ。
僕への指示は気絶する。
と、言っても、これくらいの傷では気絶出来ないので目を閉じているだけだった。
その時だった。
僕の体を温かい光が包む。
こんな体験は初めてだったので思わず目を開けてしまうと、目の前に那由多君……いや、なゆちゃんがいた。
取り合えず、僕も演技を続けよう。
幸い背中に受けた筈の傷は消えてしまったようだ。
それと同時になゆちゃんと同じ過去の記憶が僕にも入ってきた。
嗚呼。那由多君はこれにやられたんですね。
せめて、僕だけは冷静で居ようと役になりきりながらも自分を保つことにした。
「ありがとうなゆちゃん…。さっちゃんも、思いだしたよ…なゆちゃんのこと。」
ぎゅっとなゆちゃんの手を握り締める。
それから僕は両足を地面に付き、なゆちゃんに向かって優しく微笑む。
“合体技で魔王ドラゴンを倒す”
次の指示はこうだった。
これが最後の指示であることを願って僕は那由多君と向かい合い、お互いの指を絡めるように、両手を胸の前で握り締め、額同士を付き合わす。
それから、二人同時に魔王に向かって手を伸ばすと、そこにステッキが移動してきた。
僕のダイヤ型のステッキとなゆちゃんの星型ステッキが真っ直ぐに魔王を指す。
「いくよ、さっちゃん!」
「うん、なゆちゃん!」
僕たちは息ぴったりに台本を読み上げた。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
さっちゃんの傷が癒えると、どうやら物語もラストに近づいているようだ。
俺とさっちゃんは額を合わせる、もうここまできたら会長はさっちゃんにしか見えなかった。
自分がなゆちゃんだと思えば、会長とこんな近距離でも平気なのか。
最後の必殺技の台詞が脳内に浮かんだ。
俺とさっちゃんは、声を揃え高らかに叫ぶ。
「エンゲージ・ラブ!!!!」
するとステッキの先から無数のハートやら星が煌めきながらシャワーのようにドラゴンへと振りかかった。
そのシャワーの通り道から虹がかかり、美しい光景が目の前に広がる。
「なっ…なんだ、と…!このワシが負けると言うのか!!!」
魔王ドラゴンはもがき苦しみながらそのシャワーを浴び姿が薄れていく。
「ククク…しかし…!またワシは貴様達の前に現れよう…その日を……心、待ちに……しておけ…」
姿が薄れたドラゴンがパァンッと弾けると、そこからまた無数の星が降り注いで空は流星で満ち溢れていた。
その光景に見とれていると、どこからか歌が流れだす。
多分これでエンディングだ。
俺はさっちゃんと見つめ合い微笑んだ。
「さっちゃん…」
「なゆちゃん…」
そうして二人は強く抱き合い、永遠を共に――――――。
気づけば中庭にいた。
俺はさっちゃん…いや、会長と抱き合っていた。
周りには、目頭を押さえている晴生と、携帯で写メを撮っている巽と副会長、そして青ざめた顔の三木さんがいた。
「け、汚らわしいです!!!」
「ちちち違うんです三木さん!!」
三木さんの声で俺は会長から慌てて離れる。
さっきまで自分がしたことが今追いついてきたかのように恥ずかしくなり、顔が熱くなったのがわかった。
バカなことをしてしまった。
三木さんに汚らわしいと言われても仕方がない。
俺は後半は完璧になゆちゃんになりきってしまっていた。
服装が元に戻っているということは、どうやら現実に戻って来たようだ。
項垂れながら真っ赤な顔を押さえていると、どこかから拍手が聞こえる。
拍手は中庭の奥の方から徐々にこちらに近づいてきていた。
「ず…ずばらじがっだでずぅううううう!!!!」
そう言って出て来たのは、いかにも「アニメオタク」という風貌をした数人の男達だった。
しかも全員が号泣している。
もしかしてこいつらがあの二次元に俺達を連れて行った奴等…か?
俺は怒りでわなわなと身体が震え始めていた。
-----------------------------------------------------------------------
【神功 左千夫】
「け、汚らわしいです!!!」
柚子由の言葉に僕は慌てたが、どうやら那由多君だけに言っているようだったので安心した。
僕も大して変わらないことをしていたのだが…。
那由多君が僕から離れる。
彼はどうやら自分がなりきってしまったことを後悔しているようで少し笑ってしまった。
そうしてその後は想像通りというかなんというか、僕たちがその特殊能力者に制裁を加える。
珍しく那由多君が率先して行っていた。
あまり暴力をふるい過ぎてもあれなので、最後は結局僕の特殊能力により、キノーコに襲われている映像を見せて置いた。
時間にして三時間と言うところか。
それにしても不思議な能力だった。
どうやら、アニメ研究部の上層部が全員集合して、なおかつ発動条件を満たさないと能力は使えないようだが管理の必要がある。
レゲネや政府に言うほどでもないので、管理するための発信器の様な機械をイデアに作って貰わなければならない。
他の逃亡アンドロイドもまだいるようなので、そいつから能力を与えられたのか。
かなりの謎は有ったが、その辺りは聞いても「神が授けて下さった」的なアニメ展開しか読み取れなかったので諦めることにした。
しかし、折角魔女っ子なゆちゃんの世界から解き放たれたと言うのに、(裏)生徒会は暫くその話で持ちきりだった。
今度映画化するや、録画したDVDの貸しあい、なゆちゃん派かさっちゃん派か…。
その話をするたびに青ざめる那由多君が忍びなかったので、僕は彼に甘いコーヒーを淹れてあげた。
その間も柚子由を含め、他の4人はなゆちゃんの話で持ち切りだ。
結局、急に那由多君が泣きながらイデアのアトリエに走り去ったことにより大っぴらになゆちゃんの話はしないで置こうと言う決まりが出来たようだ。
出来れば僕もその方が有りがたい。
そして、(裏)生徒会にはいつもの平穏が戻った。
しかし、確実にいろんな場所に、なゆちゃんグッズが増えつつあった。
…まずは僕のカップからだったが。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる