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isc(裏)生徒会
白い翼の黒い鬼
しおりを挟む【神功 左千夫】
ここまでの様ですね……。
巽君がぶち当たる壁を幻術で柔らかくしたところで僕は幻術を解いた。
そして不思議そうにこちらを向く柚子由に言葉を掛ける。
「君は那由多君のところに行きなさい。」
そうしてゆっくりと僕は九鬼の元に歩いていく。
一歩一歩踏みしめる様に。
‘那由多君お願いが有ります。柚子由を夏岡陣太郎の元に届けて貰えませんか?
僕は彼女を巻き込みたくないのです。
夏岡陣太郎は少し離れた宿舎に居ます。’
こう告げると那由多君はいやとは言わないだろう。
柚子由は僕の言うことに逆らったりはしない筈だ。
那由多君の方に向いている九鬼の元へ向かう最中に僕は瞼を落とす。
邪魔なのは四肢から放たれる電気信号、負傷の痛みも電気信号だ。
これを全て遮断する。
本来痛みは生きる為に必要な信号だ。
これを遮断してしまっていいことは余りない。
しかし、僕の傷は深すぎる為、この信号によって動きが鈍る。
なら、その信号を麻痺させるだけだ。
自分自身に催眠術を掛けて。
突然死もあり得るこの策は無謀に近いので余り使いたくは無い。
それでも、このまま何もせず死ぬよりはマシだろう。
「九鬼…。」
静かに笑みを湛えながら名前を呼ぶ。
僕にとっても彼は、久々の―――。
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【千星 那由多】
俺は気を失った晴生を支えるように側にいた。
そして、巽も九鬼にやられてしまったのを呆然と見ていることしかできなかった。
九鬼は圧倒的な強さだった。
晴生や巽でこの様だ。俺なんかが立ち向かえるわけがなかった。
震えだしそうになる身体を必死で堪えていると、脳内に会長の声が響く。
その内容は、三木さんを夏岡先輩達の元へ連れて行ってくれという指示だった。
俺は脳内に響いた会長の声に思わず言葉を返した。
「でもっ…会長…は…」
俺の声は届いているのかはわからない、ただ、会長は九鬼の元へと向かったのが見えた。
一人で闘うつもりなのだろう。
だけど、三木さんをこの場所から離すのには賛成だった。
後でまたここに戻ってくればいい。
会長を信じよう…。
「ごめん、晴生、また来るから」
晴生を壁へともたれ掛けさせ、巽にも視線を送る。
巽も気を失っているんだろう。
ぐったりと壁にもたれ掛っていた。
俺は唇を噛みしめると、場内にいる三木さんの元へと向かった。
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【九鬼】
千星のところへ向かおうとした時だった、左千夫クンの幻術の気配が無くなり、ボクは翼を止めた。
彼へ視線を落とすと、こちらへ向かってきているのがわかる。
心臓が高鳴った。
次はどうやら彼が相手のようだ。
ボクは歓喜の笑みを零しながら地面へと下降する。
千星が動き始める。三木は心配そうに左千夫クンを眺めていた。
彼女を逃がそうとでもしているのだろうか。
まぁボクは彼女は最初から眼中にないからどうでもいいけど。
彼の目の前へと降り立つと更に笑みを深めた。
「…君も甘いね」
これほどの相手と対峙できるのはいつぶりだろうか。
久しく味わったことの無い高揚感。
一歩間違えばボクもきっと死ぬ。
そのギリギリを味わえるこの闘い、喜びを抑えきれるわけがなかった。
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【神功 左千夫】
彼は僕に向かって甘いと言った。
一度僕の表情から笑みが消える。
少し顎を上げ見下す様に九鬼を見つめてから、おかしさに小さく笑ってしまった。
「フフ…。そうですね、僕は確かに身内には甘いかもしれませんね。
……貴方こそ、その考えが甘い。僕がそれだけの理由で彼らを場外に送ったと思いますか?」
クツクツと自然と喉が揺れる。
九鬼も僕、同様。高揚していることが手に取るようにわかった。
そう、こんな楽しみ誰にも邪魔されたくない。
最後の暗示を掛ける様に片手で自分の顔を覆う、その指の隙間から赤い瞳で九鬼を見つめた。
「―――邪魔なんですよ。もともと僕の戦闘スタイルは人を寄せ付けません。
手助けなんて、不要です。
貴方のお仲間にも言い聞かせて置いてくださいね。横やりを入れるなら容赦はしないと。」
嗚呼。愉快だ。
自然と口角が上がる。
血液が沸騰する。
僕は槍を構え直し、矛先を彼に付きだす様に向けながら両手で持つと間合いを図った。
「羽、使ってもいいですよ。
直ぐに毟り取って上げますから。」
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【九鬼】
「おー怖い怖い」
左千夫クンの言葉に肩をすくめイタズラに笑い返した。
「大丈夫、こっちは手助けなんてしないヨ。
ボクが邪魔されるのが嫌いなのわかってるだろうカラ」
胸の高鳴りを感じながらボクは大きく息を吸った。
彼が槍を構えたので、ポケットに入れていた手を取り出すと、ボクも臨戦態勢に入る。
醸し出される殺気はここの奴等とは比べ物にならない。
背筋に恐怖のような快感が走ると、ボクは再び翼を広げた。
「毟り取るなら、痛くしないでヨ?」
目を見開く。
黒鬼が自分の全てを支配する。
殺す気で闘え、自分の中の戦闘狂がそう囁いていた。
「いくぞ」
垂れ流される殺気を彼のみに向ける。
オレは周りの地面を柱のようにいくつも突出させると同時に空へと羽ばたいた。
全ての柱を殴りつける。
力を全てかけてしまうと砕けて無くなってしまうので、力を分散させながら砕くと、頭ぐらいの大きさの岩が彼へといくつも飛んで行った。
柱が無くなれば再び柱を立て、止まることなく連続で砕き飛ばしていく。
得意な接近戦に持ち込みたいところだが、間合いを詰めるのにも一苦労しそうだ。
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【神功 左千夫】
「精進します。」
羽を優しく毟り取れと彼は言う。
そんなこと出来る筈もないがにこやかに笑みを浮かべながら、サービストークを返した。
上がった口角が下がらない。
彼が目を見開いた瞬間に感じる畏怖。
身を焼く様に一心に注がれる殺気を僕は愉しんでいる。
地を這うような、死の声とともに僕は地上を蹴った。
彼の実体化能力は見事だった。
芸術的センスに酔ってしまいそうだ。
僕が幻術の世界でしか出来ないことを彼はリアルでやってのけてしまう。
しかし、まだ、特殊能力に関しては発展途上なのだろう。
色々制限が有りそうな、能力だ。
僕の対で産まれた能力だと考えるととても興味深い。
この、能力は僕を倒すために作られた能力。
その、能力を壊せたらどんなに愉快だろうか。
地から生えてくる石柱。
幻術で足場を作ることも可能だが今は必要ないだろう。
僕の残りの力はかなり限られているので分配は大事だ。
その柱をすり抜ける様に距離を詰めていく。
勿論、彼の間合いになんて入るつもりはないが幻術が効かない彼を仕留める為には刺し殺すしかない。
幸い僕の武器の方がリーチが長いので巧く事を運べば、彼の間合いの外から攻撃出来るだろう。
飛んでいくる岩には彼の拳圧が加わっているようだ。
避けた後地面にぶつかった岩は砕けるどころか、地面の方を割る始末だった。
くらったら一たまりもないな。
そんなことを考えながらも体は勝手に動く。
僕は九鬼が繰り出す岩の塊を足場にするようにして跳ねあがって行く。
手数が多いことが幸いしてかそのまま九鬼の元まで一直線に跳ね上がる。
「フフ…調度いい足場でしたよ。さて、羽を頂きましょうか?」
岩に飛び移る様にして九鬼の目の前まで来る。
調度岩を殴るモーションをしている彼の背中の羽を狙って、槍を突き刺す。
彼は僕の動きに順応して、岩じゃなく僕を殴りかかってくるが、その姿は煙のように消える。
「―――――残念。そっちは残像です。」
彼の頭上から声を落とす。
そう、僕は今、彼よりもはるか高くへと跳んでいる。
最後の岩で上に跳躍したのだ。
そのまま真下に重力を見方に付けて右足で踏みつける様にして蹴りつけていく。
相手とともに地上に落ちることを狙って。
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【九鬼】
オレが殴ったのは彼の残像で、拳が空を切ると身体に影が映った。
上空を見上げる暇もなく背中に重い蹴りが振りかかってくる。
身体を捻りたかったが彼は俺と共に地面へと落下し続ける。
「踏みつけられるのもイイもんだ」
ポツリと呟くとそのまま地面へと前面から落下した。
それと同時に彼は翼へ槍を突き差し、一気に横へと引きちぎるように引っ張った。
「―――ッ!!!」
身体の一部となったものが抉られていき、肉が剥がれていく感触があった。
痛覚が背中から全身に巡ると、声なき声が上がったがオレは相変わらず笑っていた。
痛い、痛いが最高にキモチよくて震えてしまう。
「おや。あまり痛くなさそうですね」
そう彼が言ったと同時にオレは自分の翼に手をかけ自分でそれを引きちぎっていった。
中途半端にされる方がもっと苦痛だったので、一気にそぎ落としてしまう。
この翼自体消してしまってもよかったのだが、ただなんとなく、痛みがなくなるのは嫌だった。
一気に引きちぎり彼の槍から解放されると上体を横に捻り、彼の腕を掴んだ。
そのまま地面へと叩きつけようとするが、うまく体勢を整えられたので、片手を地面に着き、
跳ねるように自分の身体全体を起こし上げると彼への間合いを詰めた。
リーチが長い分、その長さの間に入ってしまえば少しは楽だ。
ボクは休むことなく拳を繰り出しそれを槍先と柄の間で受け止めている彼を追いこんで行く。
「君のせいで痛かったから、全部取ってやったよ」
片方だけの翼をはためかせながら彼に拳を繰り出していった。
集中的に同じ場所を狙っていると、その部分がどんどん弱っていくのがわかる。
そして、力任せに拳をぶち込むと、槍先が落ちるように砕け、柄だけになった。
折れたその一瞬の隙をついて彼の後ろへと回り込むと、そのまま後頭部横へと拳を繰り出す。
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【神功 左千夫】
彼の羽を突き刺すまでは予定通りだった。
しかし、九鬼は自分で羽を毟る。
劣勢を一手で優勢に変えてしまう、自分を傷つけることを苦とも思わない。
これも彼が黒鬼と言われる所以か。
その統制された筋力を使って彼はすぐさま間合いを詰めてくる。
流石にここまで近いと僕の方が部が悪い。
槍を回転させるようにして拳を受けていたが、受け流すまでの余力がない。
ミシミシと嫌な音が槍から響き渡るが彼は間合いを取らせてはくれないようだ。
イデアが作ったものが壊れるとは…。
そう思った瞬間、矛先の近くが無残にも砕け散った。
その一瞬、次の手を考える一瞬を付いて彼は攻撃を繰り出してくる。
僕も追うように身を翻したが、柄をその拳にあてることは不可能だった。
仕方なく、僕は左手で九鬼の拳を掴むように受ける。
グッと握ると拳をそこで止めることは出来たが衝撃を逃がせた訳ではない。
後ろに吹っ飛ばされるのも厄介なので腕を一本くれてやることにした。
プシュっと嫌な音が腕から漏れた。
腕の血管が膨張し、そのまま破裂する。
腕から血が噴き出る様を表情なく見つめてから彼に笑みを湛えた。
「これで、おあいこですね。ああ、でも、これで貴方にあげるのは最後ですが…。」
彼の拳を掴んだまま笑みを湛える。
僕の腕は無数に血管が破れ、止め処なく血が溢れ、闘技場の地面を赤く染めていった。
痛くは無い。それは僕が痛みを遮断しているからだが、どうやら、左手はもう使い物になりそうになかった。
指先まで信号を伝えるのがいっぱいいっぱいだ。
それでも、この緊張は心地よい。
一時の緩和の時間が終わると僕は徐に右手に掴んでいた槍の柄を突き出す。
調度、彼が折ってくれたおかげで先は尖り十分な殺傷能力は有していた。
矛先が無くなったそれは軽く、今までの比にならない位の早さで九鬼の右肩へと襲いかかる。
同時に逃げれないように拳を握ったままにしておいてやった。
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【九鬼】
折った柄先がオレの肩を貫いた。
拳を握られているせいで逃げることはできず、奥へグッと差し込まれるように貫かれるのを笑いながら受け入れていた。
「…突き刺すなら心臓にしとけよ」
口だけで笑いかけると彼の腹を思い切り蹴り飛ばす。
柄ごと後ろへと飛んだ彼を見ながら、片手で貫かれ血が噴き出している肩を抑えた。
「あー楽しすぎてにやける、どんどん来いよ」
鮮血で染まっていく制服。
そこら中に漂う生臭い血の匂い。
オレは自分のネクタイを引き抜くと、肩の血を止血するように手早く結んだ。
グローブについた血を舐めとりながら、彼を静かに睨みつける。
「ま、利き手が無事ならなんとかなるか」
そう言った俺は彼へと再び殴りかかる。
お互い左腕を失った状態での攻防戦。
一瞬も緩むことができない緊張感の海。
崖から落ちるのは、どちらが先か。
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【千星 那由多】
「三木さん…」
俺は三木さんと闘技場を出ようとしていた。
最初は付いて来てくれていた三木さんだったが、やっぱり気になるのか立ち止まり闘技場内のモニターへと目をやった。
その瞬間に会長が九鬼の拳を素手で受け止め、腕から出血をしている映像がながれた。
「!!」
俺と三木さんは目を瞠り、声なき声をあげた。
だがそのすぐ後、会長は九鬼の肩を折れた柄先で突き刺した。
貫通したそれは血に染まっていたが、九鬼は笑っていた。
『…突き刺すなら心臓にしとけよ』
九鬼の口調は会長と闘いだしてからまるで別人のように変わっていた。
顔つきも笑ってはいるが、いつもの笑顔とはまったく違っていた。
二人の闘いを見ていると背筋が凍る。
闘い、というよりも、これは殺し合いだ。
俺は掴んでいた三木さんの腕を引っ張り歩き出した。
「お願いです、もう振り向かないでください。
俺もすぐ戻ります。何もできないかもしれないけど」
そう言ってそのまま会場を後にする。
時折振り返っているようだったが、俺は振り返らなかった。
会長に言われたことを守る。
それだけが今の俺にできることだったから。
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【三木 柚子由】
千星君が私を引っ張って逃げていく。
左千夫様は身内には優しい。
私にも一緒に住んでいる子達にもそれは平等だ。
そして、誰もそれには逆らわない。
左千夫様の腕から血が流れた。
彼の死闘は何度か見ているがここまで悲惨なものは初めて見る。
千星君は更に私を引っ張って走り出す。
これでいいのかな…。
私は左千夫様の言うことを聞いていたらいいのかな。
私の片手には左千夫様の槍の片割れが握り締められていた。
暫く千星君と走っていたけどやっぱり私は夏岡先輩のところには行きたくなかった。
後もう直ぐで宿舎と言うところで足を止める。
「ごめんね。千星君。やっぱり、私、戻るね。
私なんか千星君よりも役に立たないかもしれないけど、一人だけ逃げるなんて出来ない。」
そう言って千星君の手を振り払ってまた闘技場に向かって走り出す。
慌てた千星君も後から付いてきてくれてるみたいだけど、振り向くことなく左千夫様の元に戻る。
もしかしたら私に出来ることが有るかもしれない。
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【神功 左千夫】
利き手を失っての攻防戦は均衡状態だった。
僕の柄の攻撃、彼の拳圧でお互い生傷ばかり増えていく。
「ゲホッ……ッ―――流石に、しぶといですね。」
先程から何度目の吐血か。
口端から垂れる血液を手の甲で拭う。
もう、そろそろ僕の体は限界だろう。
白い制服は見るも無残な姿でだらりと左手が垂れる。
肩で呼吸を繰り返すが矢張り口角は下がらない。
その時に柚子由の気配を感じた。
どうやら彼女は戻ってきてしまったようだ。
そうなると、那由多君も一緒に戻ってきているだろう。
僕は一つの賭けに出ることにした。
「俺との戦闘中に考え事か?余裕だな。」
「フフフ…。いえ、貴方が余りにも無残な姿だったので見惚れていただけですよ。」
九鬼が攻めてくる拳を半身を返すことで避ける。
そのまま柄の部分で彼を薙ぎ払い、間合いを開けると見せかけて、そのまま尖った方を九鬼に向けて槍のように柄を九鬼の顔面へと投げつける。
先程までとはまったく異なる動きをしているので彼はまだ順応できないようだ。
そして、その柄を弾かれるとそれがどこに飛んでいくか読んでいるかのように柄が跳ねかえる空中で待機し、それを手に持つ。
しかし、それは見せかけで本当は手には持っていない。
この、手から槍を離すトリッキーな動きは頭も体力も使うので動かない左手が痙攣し始める。
限界は近い、これで決めてしまわなければ。
そのまま彼を突き刺すようなモーションを取ると彼は防御の姿勢に入った。
それを見逃すことなくまだ空中に有る槍の柄の丸い方を足の裏で拾い上げる。
空中で一回転しながら柄を押し込むようにして、足裏から付きこむような蹴りを繰り出す。
その棒は僕の体重を乗せ、彼の太腿を貫通した、更に足先で彼に突き刺さったままの柄先を上に上げると自然に彼は仰向けに倒れる。
僕はこの機を見逃すことなく彼に乗り上げる。
そうして、太腿に刺さった槍を引き抜こうとしたその時だった。
どうやら、体の限界が先に来たようだ。
なら、仕方がない、後はここに戻ってくる人物に託すだけだ。
僕の体はピクリとも動かなくなった、九鬼に刺さった槍の柄を引き抜くことすら叶わない。
そのまま彼に覆いかぶさる様に僕はゆっくりと倒れていく。
僕の敗北はいつも死を意味している。
嗚呼、でも、不思議と笑顔は消えなかった。
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【九鬼】
彼の予測できない動きに不意を突かれ、オレは足を貫かれた。
その痛みは酷いモノだった。
けれど、もうどこが痛いのかも正直わかっていない。
それほどまでに脳内のアドレナリンはいつまでも垂れ流されていた。
だいぶお互い、いや、彼は体力も限界なはずなのに、ここまでやられてしまうとは。
それでも死への不安はなかった。寧ろ、彼に殺されるのなら本望だ。
彼が太腿に刺した柄を抜こうとした瞬間だった。
動きが止まる。
その瞬間をオレは見逃さなかった。
そのまま彼が倒れてくるのと同時に、手刀の形を取ると脇腹を勢いよく貫いた。
血が噴き出ると、腕全体が真っ赤に染まった。
不思議と血の温もりはない。
まるで人形のような彼の身体は、そのままオレの上で動かなくなった。
暫くその体勢で静止する。
辛うじて生きてはいるだろう。微かな心音が響いた。
彼を横へと転がし、薄く開いた淡紅色の瞳を見つめた。
「しぶといのは、君の方だヨ。楽しませてくれてアリガトウ」
ボクが口端をあげて微笑み、更に足や腕の一つでも千切って貰ってしまおうかと思った瞬間だった。
左千夫クンの名前を呼ぶ叫びが耳をつんざいた。
声がする方を向くと、蒼白な顔をした三木と千星が立っていた。
「……あーらら、お楽しみ終了」
ボクは彼女達に困ったような笑いを送った。
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【三木 柚子由】
遅かった……。
私が闘技場に着いた時左千夫様は副会長の腕によって腹部を貫かれていた。
そのまま横に転がる左千夫様は息をしてるかどうかもここからは分からなかった。
「左千夫さまぁぁぁぁ!!」
彼の自分に掛けていた幻術が解ける。
それは左千夫様が意識を失ったことを意味する。
彼の肌は青白くなり、幾つもの痣が浮かぶ。
きっと敵に捕まっていた時に受けた暴行の後だ。
傷が有るとは分かっていたがここまで酷いとは知らなかった。
折角力を共有したのに私は彼を守れなかった。
「ぅわああああああああああああああ!!!!」
守れなかった。
彼を。彼を!
私は彼の人形でも満足だった。
彼の傍で居るだけで幸せだったのに。
左千夫様の槍の片割れを手に私は九鬼に一直線に駆けていく。
きっと左千夫様が敵わなかった相手に私が出来ることはない、それでも私は副会長を許せなかった。
笑みを浮かべるその体に向かって槍を突き出す。
「きゃぁぁぁっ!」
意図も簡単に薙ぎ払われる。
槍を掴まれ、腹部に拳を突き付けられた。
それだけで、私はもう、意識を保ってられない。なんて無力だ。
左千夫様の槍を持ったままの私を九鬼はごみの様に投げる。
調度、闘技場についた千星君が私を受け止めてくれた。
彼に頼むのは酷だと分かっている。
それでも、もう、彼しか縋る相手が居ない。
「左千夫様を助けて……、千星君。」
それだけ告げると私は意識を落とした。
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