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isc(裏)生徒会
仲間のための覚醒
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【日当瀬 晴生】
「な、那由多ァァ―――!!」
天夜が叫びながら千星さんに駆け寄る姿を俺はどこか遠くで見つめていた。
なぜ、気付かなかった。
それくらい、俺の頭で先読み出来なかったか?
どうして、直ぐに対処できなかった。
千星さんの張ってくれた防御壁で視界が遮られていたなんて言い訳にしかならない。
千星さんの腹部を貫通した岩は俺の直ぐ横を通った筈なのに……!
言いようのない、気持ち悪い感情が渦巻く。
腸が煮えくりかえるとはこのことかも知れない。
勿論自分に。
彼を守ると約束した。
だが、結果はどうだ。
彼に守られはすれど、俺は彼を守れなかった。
沸々と感情が奥底で沸騰する。
天夜が必死に千星さんに呼びかけているがその手や地面は真っ赤に染まっていくばかりだ。
「カンツウしちまったか!クシザシじゃねーの残念だったナ。」
ディータの声が響く。
その時、俺の中の何かが切れた。
そして、繋がった。
千星さんの作ってくれた防御壁がポロポロと崩れる。
その音がとても大きく聞こえるのはきっと間違えでは無い。
全て崩れ終わるまでに俺は嵌めていたコンタクトを指で外して地面に捨てた。
今ならきっと必要無い。
視界がぼやけた後に一気にクリアになる、その瞬間にものすごい量の情報が押し寄せてきた。
声、筋肉の動き、脈拍、心拍数、風の音、石が転げる音、小さな機械音。
その中には千星さんの心臓の音も混じっていた。
振り返るとディータは無数の岩の槍をピアノ線で繋げて待ち構えていた。
一気に感情が渦巻く。
その瞬間に俺は地を蹴り、敵の元へと掛け出して行った。
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【ディータ】
オレが投げた岩がセンボシの腹部を貫通した。
正直、誰かをここまで甚振ったのは初めてだったことに少し身体が震えた。
恐怖?後悔?そんなこと考えたって答えは出ないだろう。
突き刺してやるつもりだったが、うまくできなかった。
妙にアイツの運や行動は俺の斜め上を行きやがる。
弱いくせに。
さっきの岩の壁だってそうだ。
どこまで技を隠し持ってんだ。いや、隠しているわけではないのかもしれない。
アイツは闘いと共に成長している。
虫唾が走る。
甘さだけでも十分に腹が立っているというのに。
そういう運だけで勝ち進んでいくヤツに勝利なんてくれてやりたくない。
オレは岩のそこら中の柱をピアノ線で持ち上げた。
それを壁で砕く様に削ると、岩の槍へと姿を変える。
「さっさとオマエらもセンボシみたいにしてヤルヨ!」
そう言って掲げた瞬間にヒトウセがこちらへ向かってくるのが見えた。
オレは一本一本ヤツに岩の槍を投げつけていく。
「ナカマがヤラれて気でも狂ったか?
オマエ一人でオレ達に敵うワケネーダろバーカ!」
しかし、オレはその後の彼の行動に目を瞠ることになる。
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【日当瀬 晴生】
全ての物体に数字と文字が見える。
筋肉の動きまで分かるので敵の次の動きが読めてしまう。
そう、この時俺は特殊能力が開花していた。
かなりの情報量が一気に押し寄せてくるのでメモリーがパンクしそうだった。
頭の中に叩き込まれる情報から必要なものを並べていく。
慣れないために口がぶつぶつと一般人には分からないだろう記号や文字や数字を羅列してく。
まるで目の前に仮想のディスプレイを幾つも並べているような感覚だった。
それと同時に敵の武器を紐解いていく。
ディータの武器。
ピアノ線は見えやすいモノと見えにくいモノを使い敵の視覚を狂わすことに加え。
どうやら、彼の特殊能力は吸引力のようなものみたいだ。
ピアノ線が絡まなくても触れただけでモノを動かせている。
フィデリオのリングはかなり特殊だ。
あの、ヒューマノイドが作ったのだろうが、それにディータの吸引力、それで、敵から外れることを防いでいる。
さらに、彼の特殊能力は電気。それも、静電気のようだ。
しかも、九鬼の具現能力も加わっているのか、このリングが自動的に外れることは無いだろう。
それを考えながらでもディータの放った岩の槍は俺に当たることは無い。
風がすり抜けるかのようにギリギリの位置でかわし、千星さんの方へと行きそうなものだけ撃ち落とす。
勿論、右手が馬鹿になっているので、左手で銃を持つことにした。
その時、フィデリオの数値が変わった。
先ほどのようにまた、このリングの電圧を変えるつもりだろう。
そのタイミングを見計らって俺は近場の岩を触る。
青白い閃光が一瞬輝くも俺の体全体を回るよりも早く、地面へと流れて行った。
そう、この岩は避雷針の役割をする鉱物を多量に含んでいたのだ。
勿論、この能力が開花して初めて、どの岩がそうなのか見分けられたのだが。
だからといっても、右腕には電気をくらっているし、ずっとこの岩を触っている訳にはいかない。
でも、今の俺はこの二人に負ける気はしなかった。
岩の上に立ち、薄くなった瞳で二人を見下す。
そして、俺は右手を伸ばした。
「腕章三人分。くれてやるなら、許してやるぜ。」
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【ディータ】
なんでだ!
なんでヒナタセはオレの攻撃を避けている!?
ましてやあのリングの電圧さえも岩を使って地面へと逃し、ダメージは0…。
さっきとまるで違う。別人のようだ。
まさか…特殊能力の開花…!?
奴のデータではまだ特殊能力は目覚めていないとい聞いている。
けれどあの動き、行動、はっきりとは分からないが全ての神経が研ぎ澄まされたような、先ほどとは違う違和感を感じる。
全ての岩の槍が避けられ、壊され、オレは焦りと恐怖でじっとりと汗をかいた。
ヒナタセがこちらに手を差出し、腕章を差し出すなら許す、と生意気なコトを言いやがった。
「…許す…ネ…」
ヒナタセの言葉に小さくため息を付くと、バレないように会話でこちらを引きつけながら、
足元のピアノ線をゆっくりと地面を這わせるように、死にそうになっているセンボシとアマヤへと近づけていく。
アマヤは見たところだいぶ混乱しているだろうからこれには気づかないだろう。
ホンモノの人形。死人を捕まえて操って、コイツらの精神を削ってやる。
「腕章渡すなんてコト死んでもナイネ。
オマエがどんな特殊能力かは知んネーケド、センボシのコトはいいのカ?
今にもアイツ死にそうダゼ?
仮に俺達の腕章が奪えたとシテモ、結局アイツが死ぬ結果は変わらネーンダカラ」
ワザとイラつかせるように言葉を投げかける。
ピアノ線はじわじわとセンボシとアマヤの方へと向かっていった。
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【天夜 巽】
「なゆた……」
急いで駆け寄るとうつ伏せの那由多を仰向けにし、首の下に手をいれるようにして全体を窺いながら、右腹部を手で押さえ止血する。
那由多の傷は酷かった。いや、きっと助からない。
……このままじゃ。
悩む間もなくひとつの考えが浮かんだ。
前から考えていたことだ。
那由多を地面に寝かせ、落ちた剣の柄を両手で握らせる。
そして、俺はその剣の刃の部分を握り締めた。
チラッと日当瀬の方を見たがどうやらあちらは問題無さそうだ。
「聞いて。那由多。今から俺の言う通りにして、那由多なら絶対できるから」
そう告げるとゆっくりと精神を統一していく。
俺は自分を治癒することはできるが他人を治癒することはできない。
しかし、那由多は自然エネルギーを自由に使うことが出きるため、放出するのではなく逆に自分をに取り込むことが出来るかもしれない。
「今から那由多の剣に俺の力を流すよ。俺は他人にこの力を流す能力はあっても中にいれる能力までは無い。
だから、那由多が受け取って?
作り出すのとは逆で食べる感じだね。」
ほとんど意識のない那由多に優しい声音で話し掛ける。
それから精神統一していくと、僕の体は金色に輝いていく。
その力を自分に使うのでは無く剣に伝わせていった。
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【千星 那由多】
巽が俺に触れている感覚もよくわからない。
呼吸がどんどん小さくなっていき、眠ってしまいそうになる。
霞んでいく視界の中に、ぼんやりと心配そうな顔が見えた。
死にたくないな…。
俺の怪我は酷過ぎるんだろうか。
ゆっくりと気を失いそうになった時、巽が俺に剣を握らせた。
何かを喋っている。
俺は必死でそれを聞き取るように乱れる瞳を巽へと向けた。
どうやら俺に力を受け取れと言っているようだった。
全身は冷たくなっていたが、巽の声色だけが暖かかった。
そして、耳に入る途切れ途切れの言葉に、俺は返答も頷くこともできないまま巽が剣に触れた。
巽の身体が金色に輝く。
眩しさを感じながら目を瞑った。
あったかい。
剣を握った指先から少しずつ何かが伝わってくる気がする。
丁寧に抱きしめられていくように、包み込まれていく感じだ。
それをゆっくりと自分の中へ招き入れていく。
徐々に温もりが全身を巡っていき、自分の微かだった心臓の音が脳内に聞こえた。
そしてそのまま安定していく鼓動、背中が地面に触れている感覚、剣を握っている触感…。
目が自然と開いた。
その先の巽の顔がはっきりと視界に映る。
「たつみ…」
まるで寝起きのような掠れた声で巽の名前を呼んだ。
一体何が起きたのか自分でもよくわかっていない。
瞬きを数度繰り返しはっきりとした視界を確認するように巽の顔を見ると、汗が俺の頬へと落ちた。
まったく動く気配がなかった自分の身体が、ピクリと動く。
思わず抉られてしまった腹の部分を手で触って確認すると、指先に薄らと血がついただけで、何事もなかったように傷も痛みも全て無くなっていた。
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【天夜 巽】
俺の光が那由多にも移っていく。
怪我も塞がっているし、血も止まった。
どうやら、俺の思惑通りに事は運んだようだ。
俺の能力は自己治癒力の強化。
ただ単に、自分が傷を治す能力を上げるだけなので、リスクは少ない。
その代わり日に何度も使うことは出来ない。
俺の能力値が低いこともあるだろうけど。
那由多を全快させたところで俺の能力は尽きたようだ。
那由多の瞳が開く。
その瞳には生気が宿っていて安心した。
「まだ、もうちょっと安静にしてて。残りも全部上げるから。」
俺はフィデリオのリングがはまってしまっているので、回復しても仕方ない。
どうせなら、那由多を回復できるところまでしてしまおう。
那由多の頬に落ちてしまった自分の汗を親指で拭う。
静かな笑みを浮かべて、那由多を安心させてやる。
それから更に集中してありったけの力を那由多に注いだ。
こっちは何とかなりそうだ。
後は日当瀬の方か。
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【九鬼】
どうやらディータが千星を殺った。
殺った、といっても即死ではなさそうだったが、まず助からないだろう。
こちらには回復要因はいるが、相手側は天夜しかしない。
その天夜巽も自己治癒しかできないという情報をエイドスからもらっている。
ボクはモニターで千星の腹部から広がっていく血を見ながら、足を子供のようにじたばたさせた。
「あー早く闘いたーい」
真っ白な制服が鮮血で染まっていく光景はやはりたまらない。
ゾクゾクと自分の中で黒鬼が疼いた。
どうやら日当瀬の方は能力開花したようで、少し厄介そうだったが、そこはディータ達に任せるしかない。
手助けができないのなら、見守るしか手はないわけだし。
基本ボクは彼らに自由にさせている。
ボク自身が束縛されるのがキライだということもあるけれど。
そんなことを考えていると、千星に近寄った天夜の身体が金色に光ったのが見えた。
ボク達のモニターからはそれがはっきりと見えていたが、日当瀬の能力開花のせいで少しディータ達は焦っているようだったので、
そちらに目が行っているかもわからない。
その行為をじっと見ていると、千星の身体も同じように金色に光り出した。
「……まさかネ」
しかし、その「まさか」は的中していた。
どうやら、千星の身体は回復していっているようだ。
愛輝凪高校(裏)生徒会、ボクは少し見くびっていた。
能力開花は基本戦闘中で起こることが多い。
しかし、彼らの能力開花は過去の結果から見ても、「仲間」や「自分以外の誰か」のために生まれていることが多い。
特にこの三人はその様だった。
その点では明らかにディータ達は劣っている。
まぁ、その「お仲間意識」が結果的にはいいのかなんて、ボクにはわらかないけれど。
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【日当瀬 晴生】
ディータの声がうるさい。
ただでさえいつも以上の情報をこっちは処理してんだ。
グダグダグダグタ喋られると耳がもたねぇ。
俺を挑発するかのような言葉。
いつもの、俺ならこれに乗っていたかもしれないが、今は違う。
なぜなら、俺が今、千星さんの元に走ったって何も出来ない。
可能性があるなら、天夜の方だ。
俺が出来るのはこの戦いを即座に終わらすこと。
ディータは俺に隠して、ピアノ線を伸ばしているがはっきり言ってバレバレだ。
「オマエ、馬鹿だろ?
結果なんて関係ねーよ、俺は今、出来ることをする。
それだけだ。」
「はん!オマエに出来ることなんてナニモねーよ!!
セイゼイ、もがき苦しむんだな!!」
ディータが千星さんへ伸ばしたピアノ線の動きを速めた。
その言葉と同時に俺は更のカートリッジをディータの足に投げつける。
それは空中で手榴弾へと変化していく。
熱分量さえ変わらなければ変化させるのは可能のようだ。
「なに………!!」
ディータの足が動く。
と、言うことは自動的に千星さん達に伸びたピアノ線が意味をなさなくなったと言うことだ。
俺の口角は自然に持ちあがる。
フォローに入ってこようとしようとした、フィデリオにもすかさずにカートリッジを投げつける。
それも、爆発型の手榴弾へと変化する。
二発の破裂音が響く中、俺はディータの元に走る。
その音にまぎれるように銃を放ち、ディータが認識するよりも早く腕章を風圧で斬り落とす。
地面へと転がった腕章を慌てて拾い上げようとしたディータの後頭部に銃を突きつけた。
「千星さんに詫びろ。そして、死ね。」
俺はトリガーに指を掛ける。
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【千星 那由多】
完全に俺の身体は元の状態まで戻っていた。
先ほどの致命傷、それまでの闘いの傷、疲れ、全てが消え身体がほのかに温かい。
巽が俺に全てを分け終わったのか、俺達を纏っていた金色の光は静かに消えていく。
上体を起こすと、巽は少し疲れたような顔をしていたが、いつものように笑ってくれた。
「巽…ありがとう」
みなぎってくる力を考えると、回復能力を使い果たしたんだろう。
こんなことができるとは思ってもみなかったが、俺の命は巽の能力で救われることとなった。
巽の手を借りて立ち上がった瞬間、晴生が闘っている方向から二発の破裂音が響き渡る。
その音に反応してそちらへと顔を向けると、ディータの後頭部に銃を突きつけた晴生の声が、モニターから響いた。
『千星さんに詫びろ。そして、死ね。』
「!!」
俺はその光景に目を瞠り、思わず走り出していた。
この距離では晴生が今から行おうとする悲惨な行為を制止することはできない。
大きく息を吸って、晴生に届く様に大声で叫んだ。
「晴生っ!!!やめろ!!!」
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【日当瀬 晴生】
俺が引き金を引く瞬間に千星さんの声が体中を駆け巡った。
ハッとして、顔を上げるとそこには何事も無かったようにこちらに走ってくる彼の姿が見えた。
「千星さん…。」
少し、感傷に浸ってしまったその時、背後から不穏な音が聞こえた。
フィデリオだ。
だが、俺は既に奴の攻撃パターンは記憶してしまっている。
細い鎖に繋がれたリングがこちらに向かって飛んでくるが、それを難なく避けると距離を詰める。
あの、表情が無いフィデリオの顔が少し歪むのが愉しい。
そしてそのまま回し蹴りを食らわしたところで彼は千星さんの方へと飛んでいく。
そう、千星さんは調度剣に炎を纏わせていたので。
あっちはこれで大丈夫だろ。
後はこっちだ。
俺の銃口が頭から外れたのをいいことに地面をはいつくばる様にして落ちた腕章に向かうディータの直ぐ側の地面を撃ち抜いた。
「格好悪いことしてんじゃねーよ。負けを認めな。」
そう告げるとディータは悔しそうに表情を歪め拳を握り締めた。
その横をゆっくりと歩きながら俺は腕章に向かう。
敵の女の声がする。
彼女の腕章を奪ってもいいが、それよりも早く終わらせるべきだろう。
俺の能力が後どれくらい持つかも分からない。
仲間の名前を呼ぶ、フリーデルを一睨みした後俺は腕章に手を伸ばした。
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【千星 那由多】
晴生が顔を上げると、ディータを打ちぬこうとしたトリガーの指は止まり、俺を見て驚いた後、安堵の表情を見せた。
俺もほっと胸を撫で下ろすと、自分は大丈夫だと言うように控えめに笑顔を向けた。
その時、晴生の背後を狙ってフィデリオのリングが飛んできた。
俺はその行動に今は戦闘中だ、と緩んだ気を立て直し、握っていた剣で火の字を綴り、炎の剣を創り上げる。
まだ戦いは終わっていないんだ。
晴生の動きがさっきよりもかなり良くなっているのは、もしかして特殊能力か何かだろうか。
俺も闘いに参戦しようとしたところで、晴生に蹴りを食らわされたフィデリオがこちらに飛んできた。
飛んできている間にフィデリオはリングをこちらへと放り投げる体制を取った。
「なぜ、生きてイル」
無表情なフィデリオの眉間に皺が寄っている。
そのままリングをいくつか投げつけて来たが、炎の剣で薙ぎ払うと、そのひとつが溶けるような音がし火が乗り移った。
フィデリオは地面で身体を回転させると、燃え始めているリングを鎖ごと捨ててしまう。
「俺も死んだかと思ったよ」
苦笑いしながらそう言うと、フィデリオは更に眉間に皺を刻み、再びリングを投げつけてくる。
苛立ちや焦りがあるのだろうか、その行動はとても荒っぽかった。
「投げてきてもお前のリングは俺の炎で燃えるみたいだし、意味ないみたいだぞ?」
「うるさい」
俺は走りながらリングを自分へと引きつけ、近づいてきたリングは炎の剣で薙ぎ払った。
そして、フィデリオの後ろに回った存在に気が付くと、ピタリとその場に立ち止まる。
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【天夜 巽】
「僕を忘れて貰っちゃ困るな。」
フィデリオは完全に那由多しか眼中に無かったようだ。
俺が真後ろに回り込むまで気づかれなかった。
俺の体力が底尽きて気配が薄くなったせいもあるかもしれないが。
一瞬だけ目を見開いたフィデリオ。
次の瞬間、俺は腕章を引きちぎる様にして奪った。
「強奪!」
俺の声がリング場に響き渡る。
その後にモニターからも日当瀬の声が響いた。
どうやら、間に合った様子だ。
『強奪……』
俺達は勝った。
いや、勝ったという表現はおかしいのかな。
取り合えず、腕章を二つ手に入れることが出来た。
けれど戦力的にこの後も戦えそうなのは那由多だけだ、日当瀬が走る様にこっちに走ってくる。
やったね、と、言いたかったがやっぱり日当瀬には那由多しか見えてないみたいだった。
「すいません!!!千星さん!!!!!
俺がふいがいないばっかりに……!!」
闘技場の真ん中で土下座が始まった。
俺、もう結構ふらふらなんだけどな。
日当瀬のこの那由多へと対するパワーの源を俺は知りたく思った。
取り合えず、誰も死ななくて良かった。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
二人が腕章を取ったのを見届けると、喜びよりも安心が勝り深く息を吐いた。
緊張の糸が再び解けると、晴生がこちらへと腕章を手にし走ってくる。
巽も晴生もだいぶこの戦闘で力を使い果たしたようだったが、晴生は俺の元へと辿り着くと土下座をし始めたので
恥ずかしくなって立たせるように腕を引っ張った。
「は、恥ずかしいからやめろって!
それに…誰のせいでもないだろ?結果的に巽のおかげで俺も死ななくてすんだし…。腕章も二つ奪うことができた。
……二人とも、あ…ありがとう…」
照れくさそうにそう言うと、晴生は目を輝かせながら俺を見つめ、巽はため息をつくように小さく笑った。
ディータ達の方へと視線を向けると、フィデリオがディータの元へと近づいているのが見えた。
「…ごめん、ダメだっタ…」
フィデリオが手を差し出したが、ディータはその手を掴もうともせず項垂れていた。
フリーデルの傷も治ったようだったが、彼女はその場所から動こうとしていなかった。
俺はそんな彼らの方へと歩んでいく。
「ディータ」
「……んだよ、アマッチョロ…一発殴りにでもキタカ?」
俺の言葉にうつむいたまま顔もあげないので、無理矢理ディータの腕を掴むと、引っ張るようにして立ち上がらせ、握手を促すように手を差し出した。
「は…?」
「…俺はお前が言うように甘かった。それには同意する。
正直この闘いで俺も周りを傷つけたし不安にさせたよ。
でも、みんなには悪いけどあの時死んでたって俺の甘さは無くならないと思う」
「……」
「シッターもきっとそうなんじゃないかな、…わかんないけど」
そう言って無理に握手を交わすと、フィデリオにも続けて握手を交わした。
その行為が終わると、俺は巽たちの元へと駆け戻った。
-----------------------------------------------------------------------
【ディータ】
俺達はあいつらに負けた。
正直、あんな奴等に負けたことが悔しくてたまらない。
シッターがいなくなった後も、俺達は頑張って力を付けたと言うのに。
全力で戦った末の敗北、こんなにきついものだと思わなかった。
項垂れたままでいると、フィデリオがこちらへとやってきた。
手を差し伸べられたようだったが、それに応じないままぐっと地面で拳を握り締めた。
その後暫くしてセンボシの声が頭上から降り注ぐ。
一発殴りにでも来たのかと思ったが、それはどうやら間違いで俺は無理矢理立たされてしまった。
そして、握手とともにまたアマッチョロイことを言ってやがる。
…こいつにシッターのことがわかってたまるかよ。
そのまま去っていくセンボシの後姿を見ながら舌打ちすると、俺はフリーデルの方へと向かった。
フィデリオも何も言わずに俺の後ろをついてくる。
「…傷、ダイジョウブか」
フリーデルは小さく頷いた。
アマヤに切り裂かれた足の傷は治っているようだった。
少し躊躇してしまったが、俺はフリーデルにゆっくりと手を差し伸べる。
「さっきは酷いコトしてワルカッタな」
視線を外しながらそう言うと、横でフィデリオが少し笑った気がした。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬 晴生】
終わってすぐ千星さんは敵の元に走って行かれた。
今し方酷い目に遭わされたと言うのに尊大なお方だ。
その一言で敵の方の険悪なムードも解れたようだ。
俺は敵を潰す時は徹底的なので、こんなに清々しい戦闘の終わり方は初めてだった。
またひとつ彼の尊敬出来るところを見つけることが出来た。
これから幾つ見つけることが出来るか楽しみで仕様がない。
俺達は自分の陣地へと戻る。
正直気が抜けると俺も天夜も立ってるのがやっとだったので、二人とも千星さんに甘えることにした。
「つーか、お前、回復できんじゃねーのかよ。」
「那由多に力全部使っちゃったからね。それに、これが付いている限り回復しても意味がないでしょ?」
天夜をジトっと睨んだが納得の答えを返されてしまった。
フィデリオのリングは彼を倒しても外すことが出来ない。
きっと、この戦いが終わるまで外れないだろう。
しかも、常に電流は流れっぱなしだ。
今のところ電圧は抑えられているようだがこれが常にマックスになることを考えると俺達は戦力外となる。
「お疲れ様でした。」
会長がいけすかないいつもの笑顔で見つめた。
三木の奴が慌てて救急箱を用意している。
俺は会長に向かって、腕章を二つ投げ捨てる。
「今度、くだんねぇ指示を出したら、あんなどころじゃすまねぇからな。」
「肝に命じておきます。」
表情も声も大して変わらない。
本心の言葉じゃないのだろう。相変わらず、食えない男だ。
しかも、会長はこのリングを四つつけた状態で立っている。
この状態で良く九鬼のところから逃げ帰るのは至難の業だろう。
俺達が三木の手当を受け始めるころに、ディータ達も自分の陣地に帰って行ったようだ。
敵ながら少し気になり、俺はそちらの方を眺めていた。
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【九鬼】
ディータ達が試合を終えて帰ってきた。
相変わらずディータはボクに視線も合わさないふてぶてしささだったが、彼なりに落ち込んではいるのだろう。
フリーデルは特に落ち込んでいるようで、唇をずっと噛み締めていた。
「クキ様…申し訳ございません…」
「オマエは腕章取られてネーダロ、謝るのはオレ達だっつの」
「そうダヨ、フリーデル」
そんなやりとりを見ていると、彼らの戦闘への緊張感が無くなっていることに気づいた。
左千夫クン達の方へと視線を向けると、あちらもまだ闘いは終わっていないと言うのに和やかなムードが漂っている。
なんだこの緩んだ空気は。
もっと危機感持ってほしいもんだネ。
深くため息を吐いた後、口端を上げて笑った。
「ま、あっちの能力開花に油断したのが決定打だったネ。
まだリコール決戦は終わってないから、次で取り戻せばいいんじゃナイ?
じゃあ…ハイ、これあげる。」
そう言ってボクはポケットから辛い飴玉を取り出し三人に手渡す。
三人の顔が一気に青ざめたのがわかって更に笑みを深くした。
ボクは小さなノート型のモニターを手元へと表示させると、彼らの方へと通信を繋いだ。
左千夫クンの顔がそこに表示されると、ギアーズダイスを手に取り指でクルクルと擦るように回す。
「一回戦勝利おめでとう。
次のギアーズダイス、そっちが投げる?」
そう言うとあちらの手元にある画面にデカデカと表示されているボクの顔が気に食わないのか、彼は一歩下がりながらこちらが投げるように、と促した。
ボクは手元でギアーズダイスを一度上へと投げるとそのまま空中でキャッチし、闘技場の中へと放り投げる。
暫く転がった後、ピタリと回転が止まり、ふたつの刻まれた面が上になっているのがモニターから確認できた。
次の対戦人数は二対二。
「な、那由多ァァ―――!!」
天夜が叫びながら千星さんに駆け寄る姿を俺はどこか遠くで見つめていた。
なぜ、気付かなかった。
それくらい、俺の頭で先読み出来なかったか?
どうして、直ぐに対処できなかった。
千星さんの張ってくれた防御壁で視界が遮られていたなんて言い訳にしかならない。
千星さんの腹部を貫通した岩は俺の直ぐ横を通った筈なのに……!
言いようのない、気持ち悪い感情が渦巻く。
腸が煮えくりかえるとはこのことかも知れない。
勿論自分に。
彼を守ると約束した。
だが、結果はどうだ。
彼に守られはすれど、俺は彼を守れなかった。
沸々と感情が奥底で沸騰する。
天夜が必死に千星さんに呼びかけているがその手や地面は真っ赤に染まっていくばかりだ。
「カンツウしちまったか!クシザシじゃねーの残念だったナ。」
ディータの声が響く。
その時、俺の中の何かが切れた。
そして、繋がった。
千星さんの作ってくれた防御壁がポロポロと崩れる。
その音がとても大きく聞こえるのはきっと間違えでは無い。
全て崩れ終わるまでに俺は嵌めていたコンタクトを指で外して地面に捨てた。
今ならきっと必要無い。
視界がぼやけた後に一気にクリアになる、その瞬間にものすごい量の情報が押し寄せてきた。
声、筋肉の動き、脈拍、心拍数、風の音、石が転げる音、小さな機械音。
その中には千星さんの心臓の音も混じっていた。
振り返るとディータは無数の岩の槍をピアノ線で繋げて待ち構えていた。
一気に感情が渦巻く。
その瞬間に俺は地を蹴り、敵の元へと掛け出して行った。
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【ディータ】
オレが投げた岩がセンボシの腹部を貫通した。
正直、誰かをここまで甚振ったのは初めてだったことに少し身体が震えた。
恐怖?後悔?そんなこと考えたって答えは出ないだろう。
突き刺してやるつもりだったが、うまくできなかった。
妙にアイツの運や行動は俺の斜め上を行きやがる。
弱いくせに。
さっきの岩の壁だってそうだ。
どこまで技を隠し持ってんだ。いや、隠しているわけではないのかもしれない。
アイツは闘いと共に成長している。
虫唾が走る。
甘さだけでも十分に腹が立っているというのに。
そういう運だけで勝ち進んでいくヤツに勝利なんてくれてやりたくない。
オレは岩のそこら中の柱をピアノ線で持ち上げた。
それを壁で砕く様に削ると、岩の槍へと姿を変える。
「さっさとオマエらもセンボシみたいにしてヤルヨ!」
そう言って掲げた瞬間にヒトウセがこちらへ向かってくるのが見えた。
オレは一本一本ヤツに岩の槍を投げつけていく。
「ナカマがヤラれて気でも狂ったか?
オマエ一人でオレ達に敵うワケネーダろバーカ!」
しかし、オレはその後の彼の行動に目を瞠ることになる。
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【日当瀬 晴生】
全ての物体に数字と文字が見える。
筋肉の動きまで分かるので敵の次の動きが読めてしまう。
そう、この時俺は特殊能力が開花していた。
かなりの情報量が一気に押し寄せてくるのでメモリーがパンクしそうだった。
頭の中に叩き込まれる情報から必要なものを並べていく。
慣れないために口がぶつぶつと一般人には分からないだろう記号や文字や数字を羅列してく。
まるで目の前に仮想のディスプレイを幾つも並べているような感覚だった。
それと同時に敵の武器を紐解いていく。
ディータの武器。
ピアノ線は見えやすいモノと見えにくいモノを使い敵の視覚を狂わすことに加え。
どうやら、彼の特殊能力は吸引力のようなものみたいだ。
ピアノ線が絡まなくても触れただけでモノを動かせている。
フィデリオのリングはかなり特殊だ。
あの、ヒューマノイドが作ったのだろうが、それにディータの吸引力、それで、敵から外れることを防いでいる。
さらに、彼の特殊能力は電気。それも、静電気のようだ。
しかも、九鬼の具現能力も加わっているのか、このリングが自動的に外れることは無いだろう。
それを考えながらでもディータの放った岩の槍は俺に当たることは無い。
風がすり抜けるかのようにギリギリの位置でかわし、千星さんの方へと行きそうなものだけ撃ち落とす。
勿論、右手が馬鹿になっているので、左手で銃を持つことにした。
その時、フィデリオの数値が変わった。
先ほどのようにまた、このリングの電圧を変えるつもりだろう。
そのタイミングを見計らって俺は近場の岩を触る。
青白い閃光が一瞬輝くも俺の体全体を回るよりも早く、地面へと流れて行った。
そう、この岩は避雷針の役割をする鉱物を多量に含んでいたのだ。
勿論、この能力が開花して初めて、どの岩がそうなのか見分けられたのだが。
だからといっても、右腕には電気をくらっているし、ずっとこの岩を触っている訳にはいかない。
でも、今の俺はこの二人に負ける気はしなかった。
岩の上に立ち、薄くなった瞳で二人を見下す。
そして、俺は右手を伸ばした。
「腕章三人分。くれてやるなら、許してやるぜ。」
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【ディータ】
なんでだ!
なんでヒナタセはオレの攻撃を避けている!?
ましてやあのリングの電圧さえも岩を使って地面へと逃し、ダメージは0…。
さっきとまるで違う。別人のようだ。
まさか…特殊能力の開花…!?
奴のデータではまだ特殊能力は目覚めていないとい聞いている。
けれどあの動き、行動、はっきりとは分からないが全ての神経が研ぎ澄まされたような、先ほどとは違う違和感を感じる。
全ての岩の槍が避けられ、壊され、オレは焦りと恐怖でじっとりと汗をかいた。
ヒナタセがこちらに手を差出し、腕章を差し出すなら許す、と生意気なコトを言いやがった。
「…許す…ネ…」
ヒナタセの言葉に小さくため息を付くと、バレないように会話でこちらを引きつけながら、
足元のピアノ線をゆっくりと地面を這わせるように、死にそうになっているセンボシとアマヤへと近づけていく。
アマヤは見たところだいぶ混乱しているだろうからこれには気づかないだろう。
ホンモノの人形。死人を捕まえて操って、コイツらの精神を削ってやる。
「腕章渡すなんてコト死んでもナイネ。
オマエがどんな特殊能力かは知んネーケド、センボシのコトはいいのカ?
今にもアイツ死にそうダゼ?
仮に俺達の腕章が奪えたとシテモ、結局アイツが死ぬ結果は変わらネーンダカラ」
ワザとイラつかせるように言葉を投げかける。
ピアノ線はじわじわとセンボシとアマヤの方へと向かっていった。
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【天夜 巽】
「なゆた……」
急いで駆け寄るとうつ伏せの那由多を仰向けにし、首の下に手をいれるようにして全体を窺いながら、右腹部を手で押さえ止血する。
那由多の傷は酷かった。いや、きっと助からない。
……このままじゃ。
悩む間もなくひとつの考えが浮かんだ。
前から考えていたことだ。
那由多を地面に寝かせ、落ちた剣の柄を両手で握らせる。
そして、俺はその剣の刃の部分を握り締めた。
チラッと日当瀬の方を見たがどうやらあちらは問題無さそうだ。
「聞いて。那由多。今から俺の言う通りにして、那由多なら絶対できるから」
そう告げるとゆっくりと精神を統一していく。
俺は自分を治癒することはできるが他人を治癒することはできない。
しかし、那由多は自然エネルギーを自由に使うことが出きるため、放出するのではなく逆に自分をに取り込むことが出来るかもしれない。
「今から那由多の剣に俺の力を流すよ。俺は他人にこの力を流す能力はあっても中にいれる能力までは無い。
だから、那由多が受け取って?
作り出すのとは逆で食べる感じだね。」
ほとんど意識のない那由多に優しい声音で話し掛ける。
それから精神統一していくと、僕の体は金色に輝いていく。
その力を自分に使うのでは無く剣に伝わせていった。
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【千星 那由多】
巽が俺に触れている感覚もよくわからない。
呼吸がどんどん小さくなっていき、眠ってしまいそうになる。
霞んでいく視界の中に、ぼんやりと心配そうな顔が見えた。
死にたくないな…。
俺の怪我は酷過ぎるんだろうか。
ゆっくりと気を失いそうになった時、巽が俺に剣を握らせた。
何かを喋っている。
俺は必死でそれを聞き取るように乱れる瞳を巽へと向けた。
どうやら俺に力を受け取れと言っているようだった。
全身は冷たくなっていたが、巽の声色だけが暖かかった。
そして、耳に入る途切れ途切れの言葉に、俺は返答も頷くこともできないまま巽が剣に触れた。
巽の身体が金色に輝く。
眩しさを感じながら目を瞑った。
あったかい。
剣を握った指先から少しずつ何かが伝わってくる気がする。
丁寧に抱きしめられていくように、包み込まれていく感じだ。
それをゆっくりと自分の中へ招き入れていく。
徐々に温もりが全身を巡っていき、自分の微かだった心臓の音が脳内に聞こえた。
そしてそのまま安定していく鼓動、背中が地面に触れている感覚、剣を握っている触感…。
目が自然と開いた。
その先の巽の顔がはっきりと視界に映る。
「たつみ…」
まるで寝起きのような掠れた声で巽の名前を呼んだ。
一体何が起きたのか自分でもよくわかっていない。
瞬きを数度繰り返しはっきりとした視界を確認するように巽の顔を見ると、汗が俺の頬へと落ちた。
まったく動く気配がなかった自分の身体が、ピクリと動く。
思わず抉られてしまった腹の部分を手で触って確認すると、指先に薄らと血がついただけで、何事もなかったように傷も痛みも全て無くなっていた。
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【天夜 巽】
俺の光が那由多にも移っていく。
怪我も塞がっているし、血も止まった。
どうやら、俺の思惑通りに事は運んだようだ。
俺の能力は自己治癒力の強化。
ただ単に、自分が傷を治す能力を上げるだけなので、リスクは少ない。
その代わり日に何度も使うことは出来ない。
俺の能力値が低いこともあるだろうけど。
那由多を全快させたところで俺の能力は尽きたようだ。
那由多の瞳が開く。
その瞳には生気が宿っていて安心した。
「まだ、もうちょっと安静にしてて。残りも全部上げるから。」
俺はフィデリオのリングがはまってしまっているので、回復しても仕方ない。
どうせなら、那由多を回復できるところまでしてしまおう。
那由多の頬に落ちてしまった自分の汗を親指で拭う。
静かな笑みを浮かべて、那由多を安心させてやる。
それから更に集中してありったけの力を那由多に注いだ。
こっちは何とかなりそうだ。
後は日当瀬の方か。
-----------------------------------------------------------------------
【九鬼】
どうやらディータが千星を殺った。
殺った、といっても即死ではなさそうだったが、まず助からないだろう。
こちらには回復要因はいるが、相手側は天夜しかしない。
その天夜巽も自己治癒しかできないという情報をエイドスからもらっている。
ボクはモニターで千星の腹部から広がっていく血を見ながら、足を子供のようにじたばたさせた。
「あー早く闘いたーい」
真っ白な制服が鮮血で染まっていく光景はやはりたまらない。
ゾクゾクと自分の中で黒鬼が疼いた。
どうやら日当瀬の方は能力開花したようで、少し厄介そうだったが、そこはディータ達に任せるしかない。
手助けができないのなら、見守るしか手はないわけだし。
基本ボクは彼らに自由にさせている。
ボク自身が束縛されるのがキライだということもあるけれど。
そんなことを考えていると、千星に近寄った天夜の身体が金色に光ったのが見えた。
ボク達のモニターからはそれがはっきりと見えていたが、日当瀬の能力開花のせいで少しディータ達は焦っているようだったので、
そちらに目が行っているかもわからない。
その行為をじっと見ていると、千星の身体も同じように金色に光り出した。
「……まさかネ」
しかし、その「まさか」は的中していた。
どうやら、千星の身体は回復していっているようだ。
愛輝凪高校(裏)生徒会、ボクは少し見くびっていた。
能力開花は基本戦闘中で起こることが多い。
しかし、彼らの能力開花は過去の結果から見ても、「仲間」や「自分以外の誰か」のために生まれていることが多い。
特にこの三人はその様だった。
その点では明らかにディータ達は劣っている。
まぁ、その「お仲間意識」が結果的にはいいのかなんて、ボクにはわらかないけれど。
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【日当瀬 晴生】
ディータの声がうるさい。
ただでさえいつも以上の情報をこっちは処理してんだ。
グダグダグダグタ喋られると耳がもたねぇ。
俺を挑発するかのような言葉。
いつもの、俺ならこれに乗っていたかもしれないが、今は違う。
なぜなら、俺が今、千星さんの元に走ったって何も出来ない。
可能性があるなら、天夜の方だ。
俺が出来るのはこの戦いを即座に終わらすこと。
ディータは俺に隠して、ピアノ線を伸ばしているがはっきり言ってバレバレだ。
「オマエ、馬鹿だろ?
結果なんて関係ねーよ、俺は今、出来ることをする。
それだけだ。」
「はん!オマエに出来ることなんてナニモねーよ!!
セイゼイ、もがき苦しむんだな!!」
ディータが千星さんへ伸ばしたピアノ線の動きを速めた。
その言葉と同時に俺は更のカートリッジをディータの足に投げつける。
それは空中で手榴弾へと変化していく。
熱分量さえ変わらなければ変化させるのは可能のようだ。
「なに………!!」
ディータの足が動く。
と、言うことは自動的に千星さん達に伸びたピアノ線が意味をなさなくなったと言うことだ。
俺の口角は自然に持ちあがる。
フォローに入ってこようとしようとした、フィデリオにもすかさずにカートリッジを投げつける。
それも、爆発型の手榴弾へと変化する。
二発の破裂音が響く中、俺はディータの元に走る。
その音にまぎれるように銃を放ち、ディータが認識するよりも早く腕章を風圧で斬り落とす。
地面へと転がった腕章を慌てて拾い上げようとしたディータの後頭部に銃を突きつけた。
「千星さんに詫びろ。そして、死ね。」
俺はトリガーに指を掛ける。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
完全に俺の身体は元の状態まで戻っていた。
先ほどの致命傷、それまでの闘いの傷、疲れ、全てが消え身体がほのかに温かい。
巽が俺に全てを分け終わったのか、俺達を纏っていた金色の光は静かに消えていく。
上体を起こすと、巽は少し疲れたような顔をしていたが、いつものように笑ってくれた。
「巽…ありがとう」
みなぎってくる力を考えると、回復能力を使い果たしたんだろう。
こんなことができるとは思ってもみなかったが、俺の命は巽の能力で救われることとなった。
巽の手を借りて立ち上がった瞬間、晴生が闘っている方向から二発の破裂音が響き渡る。
その音に反応してそちらへと顔を向けると、ディータの後頭部に銃を突きつけた晴生の声が、モニターから響いた。
『千星さんに詫びろ。そして、死ね。』
「!!」
俺はその光景に目を瞠り、思わず走り出していた。
この距離では晴生が今から行おうとする悲惨な行為を制止することはできない。
大きく息を吸って、晴生に届く様に大声で叫んだ。
「晴生っ!!!やめろ!!!」
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬 晴生】
俺が引き金を引く瞬間に千星さんの声が体中を駆け巡った。
ハッとして、顔を上げるとそこには何事も無かったようにこちらに走ってくる彼の姿が見えた。
「千星さん…。」
少し、感傷に浸ってしまったその時、背後から不穏な音が聞こえた。
フィデリオだ。
だが、俺は既に奴の攻撃パターンは記憶してしまっている。
細い鎖に繋がれたリングがこちらに向かって飛んでくるが、それを難なく避けると距離を詰める。
あの、表情が無いフィデリオの顔が少し歪むのが愉しい。
そしてそのまま回し蹴りを食らわしたところで彼は千星さんの方へと飛んでいく。
そう、千星さんは調度剣に炎を纏わせていたので。
あっちはこれで大丈夫だろ。
後はこっちだ。
俺の銃口が頭から外れたのをいいことに地面をはいつくばる様にして落ちた腕章に向かうディータの直ぐ側の地面を撃ち抜いた。
「格好悪いことしてんじゃねーよ。負けを認めな。」
そう告げるとディータは悔しそうに表情を歪め拳を握り締めた。
その横をゆっくりと歩きながら俺は腕章に向かう。
敵の女の声がする。
彼女の腕章を奪ってもいいが、それよりも早く終わらせるべきだろう。
俺の能力が後どれくらい持つかも分からない。
仲間の名前を呼ぶ、フリーデルを一睨みした後俺は腕章に手を伸ばした。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
晴生が顔を上げると、ディータを打ちぬこうとしたトリガーの指は止まり、俺を見て驚いた後、安堵の表情を見せた。
俺もほっと胸を撫で下ろすと、自分は大丈夫だと言うように控えめに笑顔を向けた。
その時、晴生の背後を狙ってフィデリオのリングが飛んできた。
俺はその行動に今は戦闘中だ、と緩んだ気を立て直し、握っていた剣で火の字を綴り、炎の剣を創り上げる。
まだ戦いは終わっていないんだ。
晴生の動きがさっきよりもかなり良くなっているのは、もしかして特殊能力か何かだろうか。
俺も闘いに参戦しようとしたところで、晴生に蹴りを食らわされたフィデリオがこちらに飛んできた。
飛んできている間にフィデリオはリングをこちらへと放り投げる体制を取った。
「なぜ、生きてイル」
無表情なフィデリオの眉間に皺が寄っている。
そのままリングをいくつか投げつけて来たが、炎の剣で薙ぎ払うと、そのひとつが溶けるような音がし火が乗り移った。
フィデリオは地面で身体を回転させると、燃え始めているリングを鎖ごと捨ててしまう。
「俺も死んだかと思ったよ」
苦笑いしながらそう言うと、フィデリオは更に眉間に皺を刻み、再びリングを投げつけてくる。
苛立ちや焦りがあるのだろうか、その行動はとても荒っぽかった。
「投げてきてもお前のリングは俺の炎で燃えるみたいだし、意味ないみたいだぞ?」
「うるさい」
俺は走りながらリングを自分へと引きつけ、近づいてきたリングは炎の剣で薙ぎ払った。
そして、フィデリオの後ろに回った存在に気が付くと、ピタリとその場に立ち止まる。
-----------------------------------------------------------------------
【天夜 巽】
「僕を忘れて貰っちゃ困るな。」
フィデリオは完全に那由多しか眼中に無かったようだ。
俺が真後ろに回り込むまで気づかれなかった。
俺の体力が底尽きて気配が薄くなったせいもあるかもしれないが。
一瞬だけ目を見開いたフィデリオ。
次の瞬間、俺は腕章を引きちぎる様にして奪った。
「強奪!」
俺の声がリング場に響き渡る。
その後にモニターからも日当瀬の声が響いた。
どうやら、間に合った様子だ。
『強奪……』
俺達は勝った。
いや、勝ったという表現はおかしいのかな。
取り合えず、腕章を二つ手に入れることが出来た。
けれど戦力的にこの後も戦えそうなのは那由多だけだ、日当瀬が走る様にこっちに走ってくる。
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「すいません!!!千星さん!!!!!
俺がふいがいないばっかりに……!!」
闘技場の真ん中で土下座が始まった。
俺、もう結構ふらふらなんだけどな。
日当瀬のこの那由多へと対するパワーの源を俺は知りたく思った。
取り合えず、誰も死ななくて良かった。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
二人が腕章を取ったのを見届けると、喜びよりも安心が勝り深く息を吐いた。
緊張の糸が再び解けると、晴生がこちらへと腕章を手にし走ってくる。
巽も晴生もだいぶこの戦闘で力を使い果たしたようだったが、晴生は俺の元へと辿り着くと土下座をし始めたので
恥ずかしくなって立たせるように腕を引っ張った。
「は、恥ずかしいからやめろって!
それに…誰のせいでもないだろ?結果的に巽のおかげで俺も死ななくてすんだし…。腕章も二つ奪うことができた。
……二人とも、あ…ありがとう…」
照れくさそうにそう言うと、晴生は目を輝かせながら俺を見つめ、巽はため息をつくように小さく笑った。
ディータ達の方へと視線を向けると、フィデリオがディータの元へと近づいているのが見えた。
「…ごめん、ダメだっタ…」
フィデリオが手を差し出したが、ディータはその手を掴もうともせず項垂れていた。
フリーデルの傷も治ったようだったが、彼女はその場所から動こうとしていなかった。
俺はそんな彼らの方へと歩んでいく。
「ディータ」
「……んだよ、アマッチョロ…一発殴りにでもキタカ?」
俺の言葉にうつむいたまま顔もあげないので、無理矢理ディータの腕を掴むと、引っ張るようにして立ち上がらせ、握手を促すように手を差し出した。
「は…?」
「…俺はお前が言うように甘かった。それには同意する。
正直この闘いで俺も周りを傷つけたし不安にさせたよ。
でも、みんなには悪いけどあの時死んでたって俺の甘さは無くならないと思う」
「……」
「シッターもきっとそうなんじゃないかな、…わかんないけど」
そう言って無理に握手を交わすと、フィデリオにも続けて握手を交わした。
その行為が終わると、俺は巽たちの元へと駆け戻った。
-----------------------------------------------------------------------
【ディータ】
俺達はあいつらに負けた。
正直、あんな奴等に負けたことが悔しくてたまらない。
シッターがいなくなった後も、俺達は頑張って力を付けたと言うのに。
全力で戦った末の敗北、こんなにきついものだと思わなかった。
項垂れたままでいると、フィデリオがこちらへとやってきた。
手を差し伸べられたようだったが、それに応じないままぐっと地面で拳を握り締めた。
その後暫くしてセンボシの声が頭上から降り注ぐ。
一発殴りにでも来たのかと思ったが、それはどうやら間違いで俺は無理矢理立たされてしまった。
そして、握手とともにまたアマッチョロイことを言ってやがる。
…こいつにシッターのことがわかってたまるかよ。
そのまま去っていくセンボシの後姿を見ながら舌打ちすると、俺はフリーデルの方へと向かった。
フィデリオも何も言わずに俺の後ろをついてくる。
「…傷、ダイジョウブか」
フリーデルは小さく頷いた。
アマヤに切り裂かれた足の傷は治っているようだった。
少し躊躇してしまったが、俺はフリーデルにゆっくりと手を差し伸べる。
「さっきは酷いコトしてワルカッタな」
視線を外しながらそう言うと、横でフィデリオが少し笑った気がした。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬 晴生】
終わってすぐ千星さんは敵の元に走って行かれた。
今し方酷い目に遭わされたと言うのに尊大なお方だ。
その一言で敵の方の険悪なムードも解れたようだ。
俺は敵を潰す時は徹底的なので、こんなに清々しい戦闘の終わり方は初めてだった。
またひとつ彼の尊敬出来るところを見つけることが出来た。
これから幾つ見つけることが出来るか楽しみで仕様がない。
俺達は自分の陣地へと戻る。
正直気が抜けると俺も天夜も立ってるのがやっとだったので、二人とも千星さんに甘えることにした。
「つーか、お前、回復できんじゃねーのかよ。」
「那由多に力全部使っちゃったからね。それに、これが付いている限り回復しても意味がないでしょ?」
天夜をジトっと睨んだが納得の答えを返されてしまった。
フィデリオのリングは彼を倒しても外すことが出来ない。
きっと、この戦いが終わるまで外れないだろう。
しかも、常に電流は流れっぱなしだ。
今のところ電圧は抑えられているようだがこれが常にマックスになることを考えると俺達は戦力外となる。
「お疲れ様でした。」
会長がいけすかないいつもの笑顔で見つめた。
三木の奴が慌てて救急箱を用意している。
俺は会長に向かって、腕章を二つ投げ捨てる。
「今度、くだんねぇ指示を出したら、あんなどころじゃすまねぇからな。」
「肝に命じておきます。」
表情も声も大して変わらない。
本心の言葉じゃないのだろう。相変わらず、食えない男だ。
しかも、会長はこのリングを四つつけた状態で立っている。
この状態で良く九鬼のところから逃げ帰るのは至難の業だろう。
俺達が三木の手当を受け始めるころに、ディータ達も自分の陣地に帰って行ったようだ。
敵ながら少し気になり、俺はそちらの方を眺めていた。
-----------------------------------------------------------------------
【九鬼】
ディータ達が試合を終えて帰ってきた。
相変わらずディータはボクに視線も合わさないふてぶてしささだったが、彼なりに落ち込んではいるのだろう。
フリーデルは特に落ち込んでいるようで、唇をずっと噛み締めていた。
「クキ様…申し訳ございません…」
「オマエは腕章取られてネーダロ、謝るのはオレ達だっつの」
「そうダヨ、フリーデル」
そんなやりとりを見ていると、彼らの戦闘への緊張感が無くなっていることに気づいた。
左千夫クン達の方へと視線を向けると、あちらもまだ闘いは終わっていないと言うのに和やかなムードが漂っている。
なんだこの緩んだ空気は。
もっと危機感持ってほしいもんだネ。
深くため息を吐いた後、口端を上げて笑った。
「ま、あっちの能力開花に油断したのが決定打だったネ。
まだリコール決戦は終わってないから、次で取り戻せばいいんじゃナイ?
じゃあ…ハイ、これあげる。」
そう言ってボクはポケットから辛い飴玉を取り出し三人に手渡す。
三人の顔が一気に青ざめたのがわかって更に笑みを深くした。
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ボクは手元でギアーズダイスを一度上へと投げるとそのまま空中でキャッチし、闘技場の中へと放り投げる。
暫く転がった後、ピタリと回転が止まり、ふたつの刻まれた面が上になっているのがモニターから確認できた。
次の対戦人数は二対二。
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