あなたのタマシイいただきます!

さくらんこ

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isc(裏)生徒会

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【九鬼】

『ボ…ボクの友達になって!』

『僕でいいのなら……
でも、僕は…ここから出れません。ここから出れたら、もっといい友達になれるのに…』


『ボク、おとうさんに君を買ってもらえないか頼んでくる!
ううん、絶対に買ってもらう!それでここから出ていっぱい遊ぼう!!』


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ああ、嫌な夢を見た。

この夢を見たら必ず泣いてしまっている自分がガキくさくてイヤになる。
ベッドから起き上がると流れている涙を拭った。


あの日、奴隷市場に売られていた左千夫クンを買えなかったボクは、暫く立ち直れないくらい落ち込み、泣いた。
今でもリアルに思い出せるあの感覚は、どんな痛みや辛さよりも心臓を抉ってくる。
彼は覚えていてくれなかったケド、ボクはずっと覚えていた。
そして、成長した彼を見つけた時は本当に嬉しかったんだ。

性格はだいぶ捻くれてしまったけど、彼はボクの最初の


「トモダチ…か」


実験室で彼から奪ったピンキーリングを手にとり眺めた。
自分の小指にさえ入らないくらいに小さいそれは、色がだいぶくすんでいたが、大切にされていたのがわかった。 


「クキ、行きマスよ」

ドアを叩く音と、ローレンツの声が聞こえた。
時計を見ると、学校へ行く時間だったのに気付く。

ピンキーリングを布で包みベッド脇の机の中へ鍵をかけてしまい込んだ後、ボクはベッドから出た。 


「今行くヨ」 





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【日当瀬 晴生】


あれから一週間が経った。
千星さんを交えた三人の連携も完全に物になってきている。
そして、なぜか三木まで会長の槍を振り回している。

三木は会長に仕込まれているので身を守れる程度には強い。
でも、きっとこんなに激しく修業をすることを会長は望んでないだろう。

あれから会長から音沙汰は無い。
いつもなら、逃げてきました。とか、平気な顔をして現れそうなものだが、今回はその憎たらしい声すら聞くことができない。
そして、俺たちは伸び悩みの時期に入った。

連携もうまくいっている、夏岡さんもほめてくれている。
でも、まだこれではあの、白髪頭には勝てないだろう。
千星さんも自分のイメージと特殊能力がうまく当てはまらないようだ。 

俺に至っては特殊能力のかけらも掴めては居ない。

焦りが募る一方で修行にも雑念が多くなる。
そうしているうちに日が暮れ、イデアさんが晩飯ができたと呼びに来た。 


今日は夢原は居ないし、三木は修業をしていたのでイデアさんが作ってくれたようだ。
毎日誰かの作った飯を食うことなんて殆ど無かったので俺は少しだけこの時間が好きだった。



………この日を迎えるまでは。 


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【千星 那由多】


今、机に並べられているものはなんだ?


食べ物…なんだと思う。
皿に盛られているから。

とにかく形容しがたいそれらは、色味も派手な上、形もグロテスクだった。
俺達はそれを見下ろしながら息を飲んだ。

「たんと食エ」

そう言ったイデアは割烹着姿でご飯…をついでいるのだと思う。
だがその茶碗に盛られたご飯の色は真っ青だった。
俺はだいぶ腹が減っているはずだった。
なのに、ものすごく食欲がなくなる色味で、一気に食欲が減退する気分になる。 


「…これ…ご飯…だよな?」


イデアにそう尋ねると、いつもの無表情で「ソウダ」とだけ答えた。
みんなの顔に視線を向けると、全員が全員顔をひきつらせていた。
どういう調理方法をすればこんな食べ物になるのだろう。
こっそり味噌汁だと思われるものの匂いを嗅いでみた。

…?

あれ、普通に味噌汁のにおいがする。
もしかして、見た目はこんなだけど、味は普通だったりするのか?

少しだけそれをすすってみた。


「!!!!!!」


父さん、母さん、妹、そしてみんな。
今までありがとう。


頭の中を走馬灯が巡り、俺は顔面から机に突っ伏した。
とにかく死の淵を彷徨うくらいまずかったのだ。 




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【天夜 巽】


それにしてもこの前のイデアちゃんのご飯は凄かったな。
あの後、俺たち三人は生死を彷徨った。
後から来た三木さんが必死に看病してくれたようだけど。
でも、ちょっとだけ体がすっきりした。
もしかして、漢方とかだったのかな?
那由多に言ったら絶対違うって言いそうだけど。


今は授業中。
あれから数日経った、俺達はメキメキと実力をつけて行ってるのが分かる。
那由多と日当瀬はまだ、何か悩んでいるようだけど、三人の連携は完璧だ。 

俺の席からフィデリオが見える。
彼は授業中は全く攻めてくる気が無いのだろう。
呑気に窓の外をずっと見つめている。

その時不意に俺の携帯が鳴った。

普段は余り見ないんだけど。
今は別、イデアちゃんからの緊急連絡かもしれない。
こっそりと机の下で携帯を開く。

「………?」

知らないアドレスからのメールだった。
一応見ておこうと思ってメールを開いた。


「―――――!!!」 


俺はそこに添付されている画像を見て声をあげそうになった。



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件名:九鬼だよん☆
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本文:君達逃げてばっかりだから、会長こんな
になっちゃってるよ?
かわいそうだね!

今日の放課後、羅呪祢高校で処刑行う予定だか
ら来るなら早く来なきゃ大変なことになるかも
!?
PS.会長の本体はレゲネからもらってきたから☆

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文章こそふざけた内容だが、添付されている写真は本物だろう。

そこには身動きできないように柱に縛り付けられている会長の姿があった。
棒に縛り付けられている会長の顔には既に多数の痣がある。

羅呪祢高校とはこの前ドラッグの件で一悶着があった高校だ。
その時に居た不良も数人ここに写っている。 

今日の放課後に処刑を行う。
間違いなく罠だ。
俺が那由多を(裏)生徒会から辞めさせようとしたのと同じ手段だ。

那由多と日当瀬の方を見ると二人にも同じメールが来ていたようで視線が絡んだ。
次は昼休みだ。
俺は、那由多達にメールを打ち始めたところで、先に日当瀬からメールが来た。 


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【千星 那由多】


昨日のイデアの飯で俺達は生死を彷徨ったのは言うまでもないが、妙に身体はすっきりしていた。
感謝していいのやらどうなのやら、ただ、もうあの飯だけは食べたくない。

いつも通り授業を受けていると、携帯がポケットの中で震える。
どうやら前の席の巽も同じように携帯が鳴ったようで、こっそりと覗いているのが見えた。
イデアからかと思い俺も先生にバレないように隠れながらメール画面を開く。

知らない宛先、それは九鬼からだった。


その内容を見て心臓が飛び跳ね、思わず席から立ち上がりそうになる。
ついに奴らが本気で動き始めた。
沸き起こる怒りに携帯を持っている手が震え、三木さんがこのメールを見てどうなってるかと思い、心配になった。
けれど今は授業中だ、どうしようもない。
こんな時間に送りつけてくるなんて本当に悪趣味だ。
同じクラスのフィデリオへ目をやると、いつもと変わらぬ死んだ魚のような目で外を眺めていた。 

どうしようかとそわそわしていると、続いて晴生からメールが来た。


“昼休みに校舎裏、A地点に集合願います”


それに俺は即座に返信すると、後ろを振り向いた巽が小さく頷き、俺もそれに唇を噛みしめながら頷いた。
早く授業が終われと、そればかりが頭を過り授業内容はもちろん頭に入るわけがなかった。 


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【日当瀬 晴生】


とんでもねぇメールを送ってきやがった。
写真に写っていた会長はきっちりと制服を着込んでいたものの顔にいくつも痣があり、気を失っていたようだ。
じゃねぇと、あんな写真、会長が撮られる訳ねぇ。
しかも、ちゃんとは見えないが両手足に夏岡さんたちが付けられていたリングがある。
あれじゃあ、会長でもどうしようも出来ないだろう。

実体つーことは尚悪いな。
流石ドイツで「黒鬼」と呼ばれただけはある。


授業が終わると直ぐに走るように教室を抜ける。
俺たち三人はなるべく人が多く居るところを通り、それから待ち合わせ場所へと急いだ。 

そこには今にも倒れそうなほど顔を青くした三木が居た。

「三木……。」

三木が言いたいことは分かる。
千星さんと天夜が駆け寄った。

衛星写真と照合すると場所は露呪祢高校の校舎裏の一角。
結界が張られているようだ。

「どうします?100%罠ですよ。」

授業から抜けてきたので嵌めたままだった眼鏡を押し上げる。
夏岡さん達に伝えるべきかも悩んでる。
彼らの体は日に日にあのリングに蝕まれているようだ。
毎日電流を流されているようなものなのでそうなってもおかしくないだろう。
夏岡さんに伝えれば助けに行こうと、言ってくれるかもしれない。
しかし、あのリングの効果が分からないのに敵に接触しても大丈夫かということと、必ず戦闘になる。
只でさえ俺たちに付き合わせて無理をしている夏岡さんたちをこれ以上無理させたくない。 

「今の、僕たちならなんとかなるんじゃないかな?
九鬼を倒すのは無理だけど。会長を連れて逃げるくらいだったら…」

天夜がそう告げる。
俺は千星さんの意見を聞くため彼に視線を向けた。 


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【千星 那由多】


晴生がこちらへと視線を向けたのを見て俺は考えるように唇へと拳を当てた。

巽が言っていることには少し賛成だった。
今の俺達なら会長を助け出すぐらいならなんとかいけるかもしれない。
だけど、会長には20日間逃げ切れと言われ、最悪の結果…を考えると自信より不安が少し上回っていると言ったところだった。 

青ざめた表情で俯いている三木さんへと目をやった。
小さい肩が震え今にも泣きそうなのに、涙を見せずにそこに立っている姿に、胸が痛んだ。 


「お……俺は……助けにっつーかどうなってるかだけでも確認しに行きたい。
罠だったとしてもこういうの、やっぱ許せないし…」


自分に言い聞かせるように拳を握る。

もちろん不安なのは変わらない。
でももし自分が、大切な人をこんな目に合わせられているのだとしたら、指をくわえて待っていることなんてできないだろう。
仮にこれが罠だったとしてもだ。

「正直不安だけど、行ってもいいと思う」


自分の強さに自信は持てない。
だからはっきりとは「助けに」とは言えない自分は本当にずるいな、と思った。 


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【三木 柚子由】


どうしよう。左千夫さまが…。
あの、左千夫さまが。


携帯に送られてきた写真に私はただただ目を瞠ることしかできなくて。
泣いたってなんの解決にもならないから泣かないけど、もう涙はそこまで来てる。

放心状態ってこのことを言うのかな。

皆は左千夫さまを助けにいく計画をしている。
でも…。
罠だと分かっているところに飛び込むのは得策じゃないのは私はよく分かってる。
でも、行っちゃだめだって言えない。
私も左千夫さまを助けに行きたいから。
私は左千夫さまが居なくなったらどうしたらいいのか分からなくなる。

日当瀬君が夏岡先輩と弟月先輩には黙っておくと言った。
そうなると、左千夫さまを助けに行けるのは私を含め四人。


こんな無謀なこと止めなきゃいけないんだけど。
私は左千夫さまの黒い携帯をぎゅっと握りしめる。 



駄目だ、私には止めることができない。
天夜君が放課後またここに集合しようといった言葉に私は深く頷いた。 


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【千星 那由多】


放課後すぐにまた同じ場所へと集まった俺達は、夏岡先輩達には告げずに露呪祢高校へと向かう。
今日は夏岡先輩達は用事がありすぐには訓練施設には行けないと言っていたので、なるべく早くそれまでの間に向かわなければならなかった。 

何度かイデアから全員の携帯に着信があったが、今は全て遮断しておく。
夏岡先輩たちにバレるのもきっと時間の問題だろう。


露呪祢高校へ着くと、テスト期間中だったためか、生徒の姿はあまり見当たらなかった。
この制服だとさすがに目立つのと、相手の能力を考え裏門から人と鉢合わせしないように静かに侵入した。 

俺の武器は目立つため、まだアプリは解除していない。
今の所見張りなどの気配は見当たらなかったが、晴生を先頭にして身を隠しながら会長が捕らわれているであろう場所へと向かった。 


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【日当瀬 晴生】


露呪祢高校へは案外すんなりと侵入できた。
そのまま、携帯で確認しながら目的の場所へと向かう。
俺と天夜は既にアプリを展開させている。


「もう直ぐです。気を付けてください。」

俺は耳が良い。
それを頼りに進んでいくと、後もう少しで着くと言うところでそれを乱すような気配を感じた。 



『何をしに来たんですか?はやく帰りなさい。』



霧のような黒い渦が現れた。
俺たちの前に姿を現したのは会長だった。
その、信じられない光景に俺は思わず呟いた。

「……会長?」

「左千夫さま…!!どうして、精神体に!?左千夫さまの体は今――――っ!?」 

三木が慌てて声を荒げた。
どうやらこの会長は精神体らしい、そう認識した矢先、会長は三木の頬を思いっきり引っ叩いた。
辺りに小気味よい音が響き渡る。


「僕は早く帰りなさいと言ったんですよ。副会長。」


重い空気が辺りに充満する。
三木は頬を押さえたまま立ち尽くし、その前には冷たい表情をした会長が立っていた。 

「どうして、こんな無謀な真似を許したんですか、副会長。
僕が居ない今、貴方には確りして貰わないと困ります。」

それは他人行儀で、業務連絡のような抑揚のない声だった。
そしてその射抜くような視線を一人一人に向けていく。 


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【千星 那由多】


いきなり精神体で現れた会長は三木さんの頬を引っ叩く。
俺はその光景に目を見張った。

三木さんは会長を心配して…と言いかえしたかったが、その後の会長の口調と射抜くような視線に思わず目を逸らしてしまう。
かなり、俺達の行動に怒っているようだ。

普段は基本的に温厚な部分の会長しか見たことがなかったので、怒っている会長を見て叩かれた三木さんにもどう言葉をかければいいかわからなかった。 重い空気が漂いどうしようかと思っていたその時だった。


「!?」


辺りが歪み始め、周りの景色の色が変わりぐるぐると揺れて気持ちが悪くなってくる。
この感覚、風紀委員と戦った時と似ている。

もしかして、幻術…!


「…どこかに行ったト思ったラ、こんなトコロに大勢デ」

金髪のオールバックの男が木のてっぺんに直立しているのが見えた。

「逃げる気デスか…?ジングウサチオ…」

そう言って地面へと静かに降り立つ。
ボソボソと喋る声でうまく聞き取れなかったが、どうやらオールバックは俺達のことより会長のことを気にしているみたいだった。 

俺は携帯を取り出しアプリを静かに解除し、剣を手に取り構えた。
全員臨戦態勢になる。 


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【神功 左千夫】


クラリと視界が歪む。
あれから気がつけば僕は露呪祢高校の不良に囲まれていた。
これはまずい展開だ。
きっと、愛輝凪(裏)生徒会を罠にかけるつもりだ。
そう気づいた途端柚子由達の気配を感じる。 


……あの子は。 


九鬼は囲んでいる不良たちの中には居らず、校舎の非常階段の二階。
この催し物を見物するには絶好の観覧位置に露呪祢(裏)生徒会メンバーと一緒に居た。
全員が彼に捕まってしまったことを考えると身ぶるいを起こした。
本体がこんな状態で行うのは危険だが僕は精神体を分離させた。
幸い僕が抜けられないほどの強い結界もここには張られていなかった。 


僕は精神体で抜けてきた。
それは即ち、不良に囲まれ、拘束されている体は人形と化していると言うことだ。
その状態で殴られるのは非常に危険である。

しかし、感じた柚子由達の気配を放っておくわけにはいかなかった。
ここには露呪祢の(裏)生徒会も居る。この前のドラッグもある。
こんなところに飛び込んでくればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
もう学校に入った時点で気付かれているだろう。
後は獲物が罠に掛るのを待つだけ。


僕が自分のメンバーと対峙していると不穏な空気が流れる。

一瞬で分かる幻術師の気配。

「いいえ。本体を置いて逃げる訳ない。それは、君が一番よくおわかりなのでは。」

僕の横で臨戦態勢になる、メンバーに険しい視線を向ける。
ローレンツが現れたということはもう、僕も長くはもたない。
そして、見る限りで分かった、このメンバーではローレンツ一人にすら勝つことは難しいと。 

「夏岡陣太郎達がくるまで、何とか逃げ延びて下さい。
僕には、もう、殆ど力が残ってません……、これで最後です。」

僕は彼らに背中を向けたまま言葉を告げる。
それと同時に辺り一面を幻影の炎が包み込む。
メンバーも熱いだろうがその、熱気と煙でローレンツの感覚を少しの間紛らわせることくらいは出来るだろう。 


「後は頼みましたよ、愛輝凪(裏)生徒会」


僕は煙と共に姿を消した。 


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【千星 那由多】


会長が逃げろと告げると辺りが炎の幻術で包まれる。
炎はリアルと見間違うほどの業火でかなり熱かったが、そのおかげでオールバックの幻術が和らぎ、炎が消えると辺りの嫌な雰囲気が少し浄化されていた。

「後は頼みましたよ、愛輝凪(裏)生徒会」

そう言って会長が消えた向こうに、オールバックが眉間に皺を寄せ佇んでいた。


「相変わらずムカツク男だ…!」

そう呟いたように聞こえた瞬間、今の空気を裂くようにオールバックの後ろからナイフが飛んでくる。
それはまだ放心状態の三木さんを狙っていた。

「三木さん!」

俺が三木さんの元へ駆け寄ろうとするより先に、巽のクナイと晴生の弾がそのナイフを狙い軌道を逸らす。
そのまま三木さんへ駆け寄り肩を掴み軽く揺さぶる。

「三木さん!しっかりしてください!…今は…」

巽と晴生に視線を送り三人同時に頷く。

「逃げましょう…」


そう言うとローレンツが地を蹴り飛び上がるように上空へと舞った。

「逃がしまセンよ!!!!」

そのままローレンツは本のページを破ったかと思うと、その破いたページは無数の鋭利なナイフへと変化した。
俺は三木さんの腕を掴んで校外へと走り出す。 


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【天夜 巽】


強い。いざ戦ってみたら分かったこいつ一人でもかなりの強さだ。
しかも幻術はやっかいで少しでも信じてしまうと実体と変わらないらしい。
日当瀬は僕が撃ち落とした以上の何かが見えているようで、空気砲を放っている。

アイツはとことん幻術とは相性が悪いようだ。
那由多が三木さんを引っ張って裏門へと走って行ってくれている、裏門から大通りまで出れば逃げ切れることができるだろう。 


浅はかだった。


会長を助けるどころか、その現場にすらたどり着くことはできなかった。
日当瀬と二人がかりでナイフを撃ち落としていく、後もう少しで校門と言ったところで二人の影が立ちはだかる。
それは、フィデリオとディータ。九鬼の仲間であった。


「千星さん!てめぇら!!こっちだ!!」

日当瀬の誘導の元仕方なく俺たちは校舎の方へと走っていく。
地の利が無いのは向こうも同じだが、完全に入り込んでしまうと得策では無いのは俺でも分かる。 
それでも今はその道しかない。
今の俺たちでは三木さんを守りながら、この三人を相手することは難しかった。 


「那由多!!!」


その時ディータから伸びた何か細いものが那由多の足を捉えた俺は慌てて那由多に駆け寄り、くないで切り裂こうとしたが
一瞬でかなり硬質な物質だと判断し、靴と靴下ともども脱がすようにしてその細い糸から逃れ校舎へと走っていく。 


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【千星 那由多】


片足が裸足になってしまったが、三木さんを庇うように構わず校舎へと走り抜ける。
俺達が校舎の中に入ろうとしたその時だった。


「だーから、逃げたって無駄だっテ」


金髪のチビが俺と巽達との間を割って、身を翻しながら着地する。
しまった…!

オールバックとフィデリオはこちらに気を向けた瞬間の巽と晴生を狙い、そちらへと向かったのが見えた。 


「オレはディータ…オマエ、俺より年上?」

「…?」

「……オレが……この世で一番嫌いなモノを教えといてヤルよ」 

ディータが目の前で指と指に絡めていた細い糸をピンと張り口端を上げて笑う。
三木さんを後ろへと隠すように俺は剣を構えた。


「弱いクセに俺ヨリ背のデケェヤツだよ!!!」


そう言うと俺と三木さんに向かってその糸をこちらへと放り投げる。
まずい、さっきのアレに捕まったらどうなるかわからない。

その自由自在な糸を振り払おうと剣を振った。
だが、それは剣の刃と俺の両手首へ瞬時に巻きつき、ディータと俺へとピンと張られる。 

「…ッ!」

そこまで痛くはない、けれど物凄い力で両手の自由を奪われそうになるのを地に踏ん張り必死で耐える。
三木さんが俺の名前を後ろで呼んだのが聞こえた。

「…三木さん…!…逃げて………――ッ!!?」

そう告げた途端に絡まっていた糸を引っ張られ、宙へと舞い上がり、両手を上に掲げたままぶら下がった状態になる。
必死で身体全体を使ってどうにか振りほどこうとするが、腕がまったく動かず顔を顰めた。 


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【三木 柚子由】


左千夫さまに叩かれた。
こんなことは初めてだった。
私が失敗したときですら、あの方は私を殴ったことは無い。 


そして、私のことを副会長と呼んだ。


いろんなことが頭の中をぐるぐると回ってうまく処理できない。
千星君に引っ張られるようにして走っていたけど。

ドイツの留学生達に追いつかれてしまった。

私の頭は混乱したけれど、千星君が私を庇って敵の細い糸に捕まった瞬間私は我に返った。 


「千星くん!!!」


皆と一緒に逃げなきゃならないのに。
私も確りしないと…、千星君を助けないと。

震える手で左千夫さまの携帯のアプリを展開した。
何とか解除できた瞬間に千星くんは中へと吊るしあげられた。 


「へへ、一丁アガリ!!サテ、逃げられないヨウに、足でも潰しトクかな。」

私のクラスに居たディータが千星君めがけて糸を絡ませる。
その瞬間私の意識はどこか遠くへと行ってしまった。 


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【千星 那由多】


このままでは、まずい!
晴生と巽もオールバックとフィデリオと戦っていてこちらを気にする暇もないようだった。 

クソ!!
なんで俺!!いつもこうなるんだ!!!

自分の不甲斐なさを悔やんでいる暇はない。
ディータはそのまま吊り上げている俺の腕を剣ごと右足へ振りかざそうとした、その時だった。 


「!!!」


三木さんが会長の槍でディータを薙ぎ払った。
風で塵が舞い三木さんの表情が見えない。

ディータはそのまま茂みの向こうの壁へと打ち付けられ、惨く重い音が響き渡った。
その瞬間に俺に絡まっていた糸もほどけ、身体が地面へと落ちる。
三木さんはあの重い槍を三又のまま使用し、クルクルと回しながら地面へとザッと突き立てた。 

「…三木、さん…?」

俺は尻もちを着いたまま三木さんに声をかける。

「…僕が逃がします。付いて来てください」

そう言って笑った三木さんは、いつもの三木さんだったが、言葉遣いが違う。
…会長か?
いや、会長はもう精神体でいられないほど消耗しているはずだ。
じゃあ誰だ?でも俺達を逃がすって…。

頭の中が混乱して三木さんを見つめたまま口をポカンと開けていると、「早く」と促され俺は急いで立ち上がった。
そのまま三木さんは槍を構えた状態でローレンツ達と戦っている巽たちの方へと向かう。 


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【日当瀬 晴生】


まずい、千星さんと三木と分かれてしまった。
それに、俺は駄目だ。
この幻術師には手も足も出ない。
天夜になるべく前衛を任せる展開に持っていってるが何分息が合わない。 


ナイフが自分に向かってくるのを避けるとそれは追尾してきた。
更に銃の腹で薙ぎ払おうとした瞬間それが光って見えた。


違う、これはナイフじゃねぇ…!!
それはフィデリオの特殊なリングだった、ローレンツの幻術でナイフに見えていただけだ。 

これは電流を流せる代物だ触れたらダメージを貰う。 


や、ヤベェ!!
そう思った瞬間俺はマントに包まれ荒い動作で後方に飛ばされた、そのマントは次に天夜に包まり、その体ごと攫うようにこちらに来る。 


「逃げるぞ」 


そう告げたのは弟月だった。
「千星さん…」と、言いかけたが
きっとそんな余裕はない、とりあえず一度ひかなくてはならないだろう。
俺は彼の顔が見れなくて、その意志に反抗できないまま夏岡さんと、弟月の後を追いかけるようにしてその場を退いた。
天夜は夏岡さんのマントに包まれたまま、運ばれていたようだった。 


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【千星 那由多】


巽達の元へ向かうと、夏岡先輩と弟月先輩が現れた。
それに対し三木さんは微笑むと、「こっちです」と夏岡先輩達に告げ校舎の中へと入った。
先輩達は困惑した表情で俺の方を見たが、俺も小首を傾げるしかなかった。
ドイツの連中はまだ追ってきていないようだった、後ろの気配に気を付けながら校内を全力で走っていく。 

そのまま三木さんに付いていくと入り組んだ廊下の奥へと連れていかれる。
そこにはショートカットの黒髪の男が佇んでいた。

「!?」

その男を目にした瞬間、三木さんが槍を落とし武器は携帯へと戻る。
そして、男は俺達をみてにっこりと笑う。


「こんにちは」


そう言って笑う男の目尻にはほくろがあり、女性のような雰囲気が漂っていた。
全員が不穏な空気を悟ってか、思わず臨戦態勢に入る。

「待ってください、僕は君達を逃がしてあげた恩人ですよ?」

慌てながら両手を前にひらひらと出す。
逃がしてあげた…恩人…?

その男は三木さんの顔を見てにっこりと笑った。

「勝手に身体を借りてしまいました、すいません。
僕は絶有主(ゼウス)高校(裏)生徒会副会長、薬師河と言います」 

そう俺達全員の顔を微笑みながら眺める。
絶有主高校…?名前だけは聞いたことがある。
だけどその副会長がなぜここにいるんだ?

「ここの隠し通路から外へ出れます。急いでください。
僕今ここにいないんで、もうすぐ消えちゃいますから」

その行動に俺達は顔を見合わせた。
罠…かもしれない。
夏岡先輩がマントで包んでいた巽を降ろしながら、頭をかいた。 

「うーん、まぁなんか…絶有主高校…って聞いて正直これが罠かもしれないって思うけど…行くしかないか」 

そう言うと夏岡先輩達は俺達を通路の中へと押しやった。

「さすが前会長、物分かりが良くて嬉しいです」

更に嬉しそうに笑った薬師河という男の身体が消え入りそうになったのを見て驚く。


「あ、もう時間切れです。では、またどこかで会いましょう」


彼は手を掲げたまま霧になって消えた。
一体なんだったんだ?
視線を向けた三木さんはどうしてここにいるのかわからないと言った顔をしていた。
どうやら薬師河という男の能力で身体を使われていたみたいだった。 


「千星くん、はやく」

そう夏岡先輩に言われ、ハッとした俺は隠し通路の中へと入って行った。 


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【天夜 巽】


那由多達を放ってきたことに後悔をした矢先、三木さんが那由多を連れ、更に先導するように僕たちの前を走って行った。 

どうやら僕たちは絶有主高校(裏)生徒会の副会長によって逃がされたようだ。
理由は分からないが、「僕はこういったことは余り好きではないので…」とは言っていた。 

夏岡先輩のマントから解放されるとそのまま裏道らしきところを走っていく。
罠なら完全にアウトだと言えるほど殆ど明かりもなく、一本道だった。
しかし、本当に彼は逃がしてくれた様子で、
隠しボタンのようなもののを押すとそこは繁華街のすぐ横へと繋がっていた。

先頭の弟月先輩が辺りを確認してから人ごみに紛れる。


「一時はどうなるかと思ったが…」

そう、弟月先輩が呟く。
その声音はとても低かったがそれ以上は何も言わなかった。
結局会長は助けられなかった。
それどころか、会長にも夏岡先輩たちにも迷惑を掛けることになってしまった。 


そのまま一言も話すことなくイデアの訓練所に帰ると鬼のような形相、いや、彼女に表情は無いのだが…
とりあえず俺たちの前にはイデアが仁王立ちをしていた。 


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【千星 那由多】


結局俺達の行動はみんなに迷惑をかけただけで終わってしまった。
これは、自分たちの力を過信しすぎた結果だった。


仁王立ちするイデアは怒っているようだった。
感情はないから怒っているはずはないんだけど。

「ごめん…イデア…それに夏岡先輩たちも…すいませんでした」

俺は三人に向かって項垂れるように頭を下げる。
謝っても無意味なことはわかってる。
だけど、謝ることしかできなかった。


「オマエ達はバカだ」


イデアの起伏のない声が響く。
その通りだ、俺達はバカだ。
勝手に罠にハマりに行って、結局なにもできないまま助けられて帰ってきた。

そのまま下げた頭を上げられずに黙り込んでいると、イデアがチョップを食らわしてきた。

「いだ!」

「バカだ、バカだ、大バカだ」

そう言って何度も何度も俺の頭をビシビシと叩く。

「ちょっ!痛い痛い痛い!なんで俺ばっか叩くんだよ!」

「ナユタが一番叩きやすイ」

もう一度振りあげられたその手を防ごうと、手を伸ばした時だった。


「……え?」

ふわり、とイデアが俺の身体に抱き着いてきた。
しっかりと背中に手を回し、まるで小さい子供が親に抱き着くように。
周りのみんなも目を丸くしてこの光景を見ている。
「心配という言葉は知ってイルが、感情はワカラナイ。
だが、ジンタロウ達を見てイタラ、きっとこういう気持ちなんダロウ」 


「…イデ………あだだだだだだだだああああ!!!!」


その言葉とほぼ同時にイデアは俺の身体をきつく締め上げる。
折れる!!折れる!!骨が折れる!!!!
なんだよコイツ!
ちょっと人間の感情がわかるようになってきたのかと思ったじゃねーか!! 

暫くイデアの強烈な締めを俺だけくらわされていたが、夏岡先輩の声かけでイデアはやっと俺を解放してくれた。 


その後夏岡先輩達にもこっぴどく叱られたが、もう終わったことだから仕方ない無事でよかったとみんなの頭をポンポンと撫でてくれた。 
浅はかだった自分に腹が立つと同時に、あの時薬師河という男が助けてくれなければどうなっていたかと思うと、背筋がゾッとする。 



俺達は、すっかり暗くなった訓練施設へとまた戻った。
会長は無事だろうか。
あの時の会長の射抜くような視線が忘れられない。
そして打たれた三木さんの心情も心配だった。


逃げ切るまであと12日、先はまだ長い。 





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