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isc(裏)生徒会
花は開き、友にさよなら
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【千星 那由多】
目の前が真っ赤に染まる。
それは俺の顔にもかかって、雨で冷めた頬に温い感触が伝わる。
「…?」
一瞬なにが起きたのかわからなかった。
目の前で俺を庇うように現れた晴生がもたれかかってくる。
俺はその重さで後ろへと倒れた。
荒い呼吸をする晴生は俺の肩へと顔を埋めていた。
「晴生…?どうした…?」
晴生の背中へと手を回すとぬるりとした液体が指に付着する。
「……血?」
目の前が真っ白になる。
呼吸が荒くなる。
意識が飛びそうなくらいに全身が熱くなる。
「……なんで?…」
血が雨で余計に流れていくのを押さえることもできずに、血のついた震える左手を握りしめた。
怒りと言うのは、こういうものなのだろうか。
自分が自分じゃないような、手や足、全身も自分のものじゃないような。
俺は晴生を横へと静かに寝かせ立ち上がった、と思う。
そして右手に握っていた剣を巽へと真っ直ぐに向けたようだった。
自分でも何をしたのかは覚えていない。
手が勝手に何かを字を書く様に動いたと同時に、目の前に火の塊が現れていた。
これが俺の特殊能力か…?
茫然としていると、晴生が微かに俺の名前を呼んだことでハッと我に返る。
「ありがとな…できるだけ早く片をつけれるようにするから、痛いだろうけど頑張ってほしい」
すぐに手当をしてやりたかったが、多分晴生は強がる。
なら先に巽との決着をつけるべきだ。
崩れそうな笑顔で晴生にそう言うと、晴生は安心したのかはわからないが、意識を手放した。
そして俺は再び巽を見据える。
なぜだか恐怖やそういったものはどこかに消し飛んでいた。
「巽、おまえは俺の親友だ。それは今でも変わらない。
だから、俺は俺の正義でお前を正す。わかってもらえねーだろうけど」
-----------------------------------------------------------------------
【天夜 巽】
どうやら俺の攻撃は那由多を庇った日当瀬に命中したようだ。
その可能性を考えなかった訳ではないが本当に邪魔な存在だ。
しかし、ここは敵の戦力を減らせたと考えるのが妥当だろう。
地面が赤く染まる。
もう、日当瀬は立てないだろう。
ゆっくりと立ち上がった那由多の剣が燃え盛ったような気がしたが後ろで轟く雷鳴が俺の気を逸らせた。
直ぐに視線を戻す。
しかし、俺に向けられた那由多の瞳は先程までのものでは無かった。
俺を倒すと言わんばかりの覇気のある表情に俺の眉間は寄る。
俺を倒す?
俺を正す?
まるで、間違っているのは俺だと言いたげなその表情に俺の怒りは増幅していく。
なんで、なんで...どうして那由多は分かってくれない…。
どうやら那由多をもとに戻すにはまだまだ痛みと恐怖が足りないようだ。
「那由多が俺に勝てる訳ないだろ?
動かないでじっとしてたら一瞬で決めてやるよ。」
距離を詰めたその場所から鉤縄を投げつける。
「目を醒ませ!!!!那由多!!!」
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
巽が怒りを静かに露にした表情で、鉤縄をこちらに投げつけてきた。
避けるか?
いや、万一避けれたとしても自在に動かして俺へと命中させてくるのは目に見えてる。
…この火はどうする?
目の前で円を描く様に渦まく火を見つめながら剣を構える。
これ剣で打てるか?
いや、考えてる暇はない………打つしか…ない!
俺は両手でぐっと剣を握りしめた。
「目ェ醒ますのはそっちだよ!!!」
野球のバッドのように剣を構え、火の渦が調度刃の中央に当たるようにスイングする。
巽の鉤縄に火が命中するのをイメージしながら、思いっきり振りきった。
剣には何か当たったという衝撃もなく、ふわっとしたものが中央に触れたような軽い感触だった。
火はそのまま一直線に渦を巻きながら鉤縄へと物凄い速さで飛んでいく。
そして鉤縄の先へ命中したかと思うと、この大雨と鉄にも関わらず小さな火柱をあげ燃え盛る。
すぐにどろりと溶けた鉤縄の先は失速し、俺の数メートル前で音も無く落下した。
そのまま縄にも火が移り、巽の手元へと向かいながら鉤縄は真っ黒な灰になっていく。
なんつー炎の威力だよ…。
俺は息を飲んだ。
-----------------------------------------------------------------------
【天夜 巽】
那由多の前にあるあの炎の塊はなんだ。
俺は鉤縄でそれを潰そうとするが俺の意に反して那由多はそれを俺に打ち込んできた。
「なに!!!!?」
意図も簡単に鉤爪を溶かせた炎は縄を伝い俺の元に飛んでくる。
俺は慌てて縄から手を離した。
しかし、那由多が放った炎は意思を持つかのようにそのまま俺を喰らった。
「ぅああああああああ!!!!!」
熱い!!
俺の左手から体にかけて炎がまとわりつく。
皮膚が溶けていきそうなのを自己治癒の力でなんとか抑えながら俺は泥濘を転げ回りなんとかその炎を消し止めた。
しかし、俺の治癒能力では間に合わず、左手には火傷を負ったままだ。
タンパク質が焦げた異臭が漂う。
先程、日当瀬に負わされた傷を治した俺にはもう、この傷を治す力は残っていなかった。
そんなことよりも、俺は那由多が許せなかった。
俺に牙を剥いた那由多が…
「那 由 多 」
俺は怒りを隠すことなく全面に出して、那由多に飛びかかる。
そして、横っ面に向かって足をしならせた。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
炎は巽をも焼いた。
なんとか火を消したようだったが、焼けた左手はあの治癒能力ではもう治せないようだった。
一瞬その光景に気持ちがゆらいだが、巽は怒りに満ちた表情で俺に飛びついてきた。
そして俺の顔に蹴りを入れるような構えを見せる。
咄嗟にそれを剣の腹で防ぐと、耳元で金属音が響いた。
ギリギリと巽の足の負荷が剣へとかかってくるのを何とか食い止める。
「……巽…ッ!」
俺は巽を睨みつけながら、掠れた声で名前を呼ぶ。
「…お前の武器がないなら俺も武器を使わない…ッ…元々お前ぶん殴る予定だったからな!!!」
蹴りを防いでいた剣をそのまま投げやり、巽が元の体勢に戻るまでに俺は右手を後ろへと引いた。
そして、渾身の力を込めて巽の左頬へと拳を沈めるように殴る。
人なんて初めて本気で殴った。
それが親友だなんてなんかやっぱいい気持ちはしない。
右手の痛みを感じながら俺は殴った拳を戻し、右を向いたままの巽に言葉をかける。
「…ごめんとかそんなの言わないしおまえも言うな。
お前にボコられたら勝てる気全然しねーけど、俺に怒ってんなら俺だけにその怒りを向けろ!!
みんなを…巻き込むな…!!」
大雨や泥で濡れたぐしゃぐしゃな顔に、大粒の涙も混ざっていくのがわかった。
-----------------------------------------------------------------------
【天夜 巽】
俺の拳は那由多の剣によって防がれてしまった。
もう一発と思ったが那由多が剣を捨てたことにより体勢が崩れてしまった。
まだ、俺の心のどこかでは那由多は俺を殴れないと言う油断もあったんだと思う。
その隙を抉るように左頬に熱が宿る。
「―――――――っ」
那由多が殴った。
俺を…?
俺を…
那由多のことを一番に考えている俺を…
「おまえが!!!
周りに影響されるからこんなことになったんだろ!!
おまえが、俺の言うことをちゃんと聞けばいいんだ!!!」
熱い左頬を手で押さえる。
こんなに雨が降っているのに頬の熱は一向に引かない。
こんなにも思っているのに届かない那由多が憎い。
俺は完全に心を閉ざして那由多に殴りかかった。
本当はどこかで那由多がこうなったら意地でも動かないのを気づいてたのかも知れない。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
巽のパンチはやはり強烈だった。
身体が倒れそうになるのをなんとか足を踏ん張り耐えたが、頬は痺れるように痛い。
口の端から血が滲んだのを袖で拭き取る。
「…影響されちゃダメなのかよ!!変わったらダメなのかよ!!
俺は…お前の所有物なんかじゃねえ!!」
巽がこんな風に捻じ曲がるまで俺のことを思っているとは思わなかった。
俺が巽から逃げられないのは、きっとこいつが逃がさないように縛っているからだ。
その縛っている紐を解けとは言わない。
だけど、こいつには今の俺のことを少しでもわかってほしかった。
負けじと巽を殴り返すと再び巽も同じように殴り返してくる。
大雨の中、頬から伝わるにぶい音が脳内に響き、俺の目には巽しか映っていなかった。
その後も暫く殴り合いは続いたが、何故か俺の心は頬と拳の痛みが増すほど晴れやかになっている気がしていた。
けれど身体はボロボロになって行く一方で、息を荒げふらふらになりながら、泥濘に足を立てて居るだけでも精一杯だった。
-----------------------------------------------------------------------
【天夜 巽】
何となく。
このまま那由多を殴り続けても那由多の意思は変わらないと言うことが分かってしまった。
俺の体は日当瀬の爆発に加え、先程の那由多の攻撃で限界だった。
それでも容赦なく殴り付けてくる那由多に体より心が痛む。
「―――っ!!!変わらなくていい!!!!!おまえがこんなになってまで、居る必要あるの?!!!!
那由多がこんなになってるのにトップが顔出さないなんて……。
利用されてるだけって気づけよ!!!」
どうしたらいいか、俺はそればかりを考えている。
いくら殴っても倒れない那由多を辛うじて動く右手で殴る。
肩で呼吸を繰り返していると不意に視界の端に倒れている日当瀬が入った。
俺は那由多を木にぶつけるように大きく蹴り飛ばす。
そして、足を引き摺りながら日当瀬の元に向かった。
「日当瀬をもっといたぶったら、那由多は責任を感じて辞めてくれるかな。」
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
巽に蹴り飛ばされ木に背中を打ち付けられると、息が詰まった。
咳き込みながらもたれるように木へと身体を預け、痛む腹を抑えていると、巽は晴生の方へと向かう。
そして巽が言い放った言葉に俺は全身の毛が逆立つような怒りを感じた。
「…ッやめろ…っつってんだろ…!!」
ふらつく足で、晴生の元へと向かう巽の背中にタックルをかます。
泥濘に倒れた巽をこちら側へ向け、上にそのまま覆いかぶさると、首元を掴んだ。
「俺以外見んな…!俺以外…っ傷つけんな…!
これ以上晴生になんかしたら……もう俺、お前のこと嫌いになっちまうから……いやなんだ…!」
こんな状況になっても、俺は巽のことを嫌いにはなれなかった。
昔から家族みたいな付き合いで、ずっと一緒にいた。
それをそう簡単に突き放せるなんてことは、ヘタレな俺にはできない。
結局、散々殴り飛ばしておきながらも、俺は巽が離れていくのが怖いんだ。
でも、だから、わかってほしい。なんてのは俺の我儘なんだろうか。
そう言って俺は力の無い拳で巽の肩を何度も叩く。
握った拳は震え、いつまでもこの時間が続いて行くような錯覚にさえ陥る。
-----------------------------------------------------------------------
【天夜 巽】
那由多は俺が考える以上にしぶとかった。
もう、痛む場所がありすぎてなにが痛いかも分からない。
泥濘に沈み、那由多の拳を肩に受けながら雨とそれでは無い温かいものが俺に降り注ぐ。
これだけしても、まだ那由多は自分を嫌いじゃないと言う。
やっぱり那由多は優しい。
俺は…
那由多に嫌われても那由多を辞めさせる。
俺の上にいる那由多の胸ぐらを掴むとそのまま日当瀬の居る方向に投げやる。
そして立ち上がった俺は怒りよりも哀しみに満ちた瞳を向け、那由多に向かって構える。
これに勝ったらきっと俺は那由多に嫌われる。そう、思いながらもいつもの笑みを浮かべた。
「最後にしよ、那由多。
俺が勝ったら俺は日当瀬を好きにさせてもらう。
那由多が勝ったら...そうだな。
お前には今後一切近寄らない。
さようならだ。那由多。」
それだけ告げると俺は泥濘を蹴り、那由多へと向かって走り出した。
自分の気持ちを圧し殺して。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
巽に軽々と投げ飛ばされた俺は、泥濘を滑るように倒れている晴生の側へと落ちる。
身体への衝撃を堪えながらゆっくりと顔を上げると、眠っている晴生の顔が目にとまった。
長い睫を纏った瞳は重く閉じられていて、微かに呼吸をしている。
早く決着をつけなければ、晴生の状態も危ない。
「…ごめんな……」
俺は晴生の濡れた髪を力なくそっと撫でた。
そして、巽から降り注ぐ言葉に、もうここで覚悟を決めなければとゆっくりと重い身体を立ち上がらせる。
最後。
どう転んでも巽とはこれでもう最後だ。
これ以上口で言っても殴り合っても、俺のことをわかってはくれない。考え直してもくれない。
巽の哀しそうな表情に俺もつられて顔が歪む。
こいつはもう覚悟を決めたんだろう。
どちらにせよ選ぶのはただ一つ。
勝てるかはわからない。だけど、俺は晴生を守らなきゃいけない。
「……じゃあな、巽」
俺は残った力を振り絞って地面へと足を付き、こちらへと向かってくる巽が来るのを待ち構える。
巽が殴りかかる体勢を取り、俺も拳を引いて殴ろうとしたその時だった。
「やれやれ。無益な戦いはそれくらいにしておいたらどうですか。」
いつかどこかで聞いたような声。
甘い香りが雨の中、微かに漂った。
その声に俺と巽はあと一歩の所で拳を止め、声がした方向へと同時に目をやった。
目の前が真っ赤に染まる。
それは俺の顔にもかかって、雨で冷めた頬に温い感触が伝わる。
「…?」
一瞬なにが起きたのかわからなかった。
目の前で俺を庇うように現れた晴生がもたれかかってくる。
俺はその重さで後ろへと倒れた。
荒い呼吸をする晴生は俺の肩へと顔を埋めていた。
「晴生…?どうした…?」
晴生の背中へと手を回すとぬるりとした液体が指に付着する。
「……血?」
目の前が真っ白になる。
呼吸が荒くなる。
意識が飛びそうなくらいに全身が熱くなる。
「……なんで?…」
血が雨で余計に流れていくのを押さえることもできずに、血のついた震える左手を握りしめた。
怒りと言うのは、こういうものなのだろうか。
自分が自分じゃないような、手や足、全身も自分のものじゃないような。
俺は晴生を横へと静かに寝かせ立ち上がった、と思う。
そして右手に握っていた剣を巽へと真っ直ぐに向けたようだった。
自分でも何をしたのかは覚えていない。
手が勝手に何かを字を書く様に動いたと同時に、目の前に火の塊が現れていた。
これが俺の特殊能力か…?
茫然としていると、晴生が微かに俺の名前を呼んだことでハッと我に返る。
「ありがとな…できるだけ早く片をつけれるようにするから、痛いだろうけど頑張ってほしい」
すぐに手当をしてやりたかったが、多分晴生は強がる。
なら先に巽との決着をつけるべきだ。
崩れそうな笑顔で晴生にそう言うと、晴生は安心したのかはわからないが、意識を手放した。
そして俺は再び巽を見据える。
なぜだか恐怖やそういったものはどこかに消し飛んでいた。
「巽、おまえは俺の親友だ。それは今でも変わらない。
だから、俺は俺の正義でお前を正す。わかってもらえねーだろうけど」
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【天夜 巽】
どうやら俺の攻撃は那由多を庇った日当瀬に命中したようだ。
その可能性を考えなかった訳ではないが本当に邪魔な存在だ。
しかし、ここは敵の戦力を減らせたと考えるのが妥当だろう。
地面が赤く染まる。
もう、日当瀬は立てないだろう。
ゆっくりと立ち上がった那由多の剣が燃え盛ったような気がしたが後ろで轟く雷鳴が俺の気を逸らせた。
直ぐに視線を戻す。
しかし、俺に向けられた那由多の瞳は先程までのものでは無かった。
俺を倒すと言わんばかりの覇気のある表情に俺の眉間は寄る。
俺を倒す?
俺を正す?
まるで、間違っているのは俺だと言いたげなその表情に俺の怒りは増幅していく。
なんで、なんで...どうして那由多は分かってくれない…。
どうやら那由多をもとに戻すにはまだまだ痛みと恐怖が足りないようだ。
「那由多が俺に勝てる訳ないだろ?
動かないでじっとしてたら一瞬で決めてやるよ。」
距離を詰めたその場所から鉤縄を投げつける。
「目を醒ませ!!!!那由多!!!」
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【千星 那由多】
巽が怒りを静かに露にした表情で、鉤縄をこちらに投げつけてきた。
避けるか?
いや、万一避けれたとしても自在に動かして俺へと命中させてくるのは目に見えてる。
…この火はどうする?
目の前で円を描く様に渦まく火を見つめながら剣を構える。
これ剣で打てるか?
いや、考えてる暇はない………打つしか…ない!
俺は両手でぐっと剣を握りしめた。
「目ェ醒ますのはそっちだよ!!!」
野球のバッドのように剣を構え、火の渦が調度刃の中央に当たるようにスイングする。
巽の鉤縄に火が命中するのをイメージしながら、思いっきり振りきった。
剣には何か当たったという衝撃もなく、ふわっとしたものが中央に触れたような軽い感触だった。
火はそのまま一直線に渦を巻きながら鉤縄へと物凄い速さで飛んでいく。
そして鉤縄の先へ命中したかと思うと、この大雨と鉄にも関わらず小さな火柱をあげ燃え盛る。
すぐにどろりと溶けた鉤縄の先は失速し、俺の数メートル前で音も無く落下した。
そのまま縄にも火が移り、巽の手元へと向かいながら鉤縄は真っ黒な灰になっていく。
なんつー炎の威力だよ…。
俺は息を飲んだ。
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【天夜 巽】
那由多の前にあるあの炎の塊はなんだ。
俺は鉤縄でそれを潰そうとするが俺の意に反して那由多はそれを俺に打ち込んできた。
「なに!!!!?」
意図も簡単に鉤爪を溶かせた炎は縄を伝い俺の元に飛んでくる。
俺は慌てて縄から手を離した。
しかし、那由多が放った炎は意思を持つかのようにそのまま俺を喰らった。
「ぅああああああああ!!!!!」
熱い!!
俺の左手から体にかけて炎がまとわりつく。
皮膚が溶けていきそうなのを自己治癒の力でなんとか抑えながら俺は泥濘を転げ回りなんとかその炎を消し止めた。
しかし、俺の治癒能力では間に合わず、左手には火傷を負ったままだ。
タンパク質が焦げた異臭が漂う。
先程、日当瀬に負わされた傷を治した俺にはもう、この傷を治す力は残っていなかった。
そんなことよりも、俺は那由多が許せなかった。
俺に牙を剥いた那由多が…
「那 由 多 」
俺は怒りを隠すことなく全面に出して、那由多に飛びかかる。
そして、横っ面に向かって足をしならせた。
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【千星 那由多】
炎は巽をも焼いた。
なんとか火を消したようだったが、焼けた左手はあの治癒能力ではもう治せないようだった。
一瞬その光景に気持ちがゆらいだが、巽は怒りに満ちた表情で俺に飛びついてきた。
そして俺の顔に蹴りを入れるような構えを見せる。
咄嗟にそれを剣の腹で防ぐと、耳元で金属音が響いた。
ギリギリと巽の足の負荷が剣へとかかってくるのを何とか食い止める。
「……巽…ッ!」
俺は巽を睨みつけながら、掠れた声で名前を呼ぶ。
「…お前の武器がないなら俺も武器を使わない…ッ…元々お前ぶん殴る予定だったからな!!!」
蹴りを防いでいた剣をそのまま投げやり、巽が元の体勢に戻るまでに俺は右手を後ろへと引いた。
そして、渾身の力を込めて巽の左頬へと拳を沈めるように殴る。
人なんて初めて本気で殴った。
それが親友だなんてなんかやっぱいい気持ちはしない。
右手の痛みを感じながら俺は殴った拳を戻し、右を向いたままの巽に言葉をかける。
「…ごめんとかそんなの言わないしおまえも言うな。
お前にボコられたら勝てる気全然しねーけど、俺に怒ってんなら俺だけにその怒りを向けろ!!
みんなを…巻き込むな…!!」
大雨や泥で濡れたぐしゃぐしゃな顔に、大粒の涙も混ざっていくのがわかった。
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【天夜 巽】
俺の拳は那由多の剣によって防がれてしまった。
もう一発と思ったが那由多が剣を捨てたことにより体勢が崩れてしまった。
まだ、俺の心のどこかでは那由多は俺を殴れないと言う油断もあったんだと思う。
その隙を抉るように左頬に熱が宿る。
「―――――――っ」
那由多が殴った。
俺を…?
俺を…
那由多のことを一番に考えている俺を…
「おまえが!!!
周りに影響されるからこんなことになったんだろ!!
おまえが、俺の言うことをちゃんと聞けばいいんだ!!!」
熱い左頬を手で押さえる。
こんなに雨が降っているのに頬の熱は一向に引かない。
こんなにも思っているのに届かない那由多が憎い。
俺は完全に心を閉ざして那由多に殴りかかった。
本当はどこかで那由多がこうなったら意地でも動かないのを気づいてたのかも知れない。
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【千星 那由多】
巽のパンチはやはり強烈だった。
身体が倒れそうになるのをなんとか足を踏ん張り耐えたが、頬は痺れるように痛い。
口の端から血が滲んだのを袖で拭き取る。
「…影響されちゃダメなのかよ!!変わったらダメなのかよ!!
俺は…お前の所有物なんかじゃねえ!!」
巽がこんな風に捻じ曲がるまで俺のことを思っているとは思わなかった。
俺が巽から逃げられないのは、きっとこいつが逃がさないように縛っているからだ。
その縛っている紐を解けとは言わない。
だけど、こいつには今の俺のことを少しでもわかってほしかった。
負けじと巽を殴り返すと再び巽も同じように殴り返してくる。
大雨の中、頬から伝わるにぶい音が脳内に響き、俺の目には巽しか映っていなかった。
その後も暫く殴り合いは続いたが、何故か俺の心は頬と拳の痛みが増すほど晴れやかになっている気がしていた。
けれど身体はボロボロになって行く一方で、息を荒げふらふらになりながら、泥濘に足を立てて居るだけでも精一杯だった。
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【天夜 巽】
何となく。
このまま那由多を殴り続けても那由多の意思は変わらないと言うことが分かってしまった。
俺の体は日当瀬の爆発に加え、先程の那由多の攻撃で限界だった。
それでも容赦なく殴り付けてくる那由多に体より心が痛む。
「―――っ!!!変わらなくていい!!!!!おまえがこんなになってまで、居る必要あるの?!!!!
那由多がこんなになってるのにトップが顔出さないなんて……。
利用されてるだけって気づけよ!!!」
どうしたらいいか、俺はそればかりを考えている。
いくら殴っても倒れない那由多を辛うじて動く右手で殴る。
肩で呼吸を繰り返していると不意に視界の端に倒れている日当瀬が入った。
俺は那由多を木にぶつけるように大きく蹴り飛ばす。
そして、足を引き摺りながら日当瀬の元に向かった。
「日当瀬をもっといたぶったら、那由多は責任を感じて辞めてくれるかな。」
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【千星 那由多】
巽に蹴り飛ばされ木に背中を打ち付けられると、息が詰まった。
咳き込みながらもたれるように木へと身体を預け、痛む腹を抑えていると、巽は晴生の方へと向かう。
そして巽が言い放った言葉に俺は全身の毛が逆立つような怒りを感じた。
「…ッやめろ…っつってんだろ…!!」
ふらつく足で、晴生の元へと向かう巽の背中にタックルをかます。
泥濘に倒れた巽をこちら側へ向け、上にそのまま覆いかぶさると、首元を掴んだ。
「俺以外見んな…!俺以外…っ傷つけんな…!
これ以上晴生になんかしたら……もう俺、お前のこと嫌いになっちまうから……いやなんだ…!」
こんな状況になっても、俺は巽のことを嫌いにはなれなかった。
昔から家族みたいな付き合いで、ずっと一緒にいた。
それをそう簡単に突き放せるなんてことは、ヘタレな俺にはできない。
結局、散々殴り飛ばしておきながらも、俺は巽が離れていくのが怖いんだ。
でも、だから、わかってほしい。なんてのは俺の我儘なんだろうか。
そう言って俺は力の無い拳で巽の肩を何度も叩く。
握った拳は震え、いつまでもこの時間が続いて行くような錯覚にさえ陥る。
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【天夜 巽】
那由多は俺が考える以上にしぶとかった。
もう、痛む場所がありすぎてなにが痛いかも分からない。
泥濘に沈み、那由多の拳を肩に受けながら雨とそれでは無い温かいものが俺に降り注ぐ。
これだけしても、まだ那由多は自分を嫌いじゃないと言う。
やっぱり那由多は優しい。
俺は…
那由多に嫌われても那由多を辞めさせる。
俺の上にいる那由多の胸ぐらを掴むとそのまま日当瀬の居る方向に投げやる。
そして立ち上がった俺は怒りよりも哀しみに満ちた瞳を向け、那由多に向かって構える。
これに勝ったらきっと俺は那由多に嫌われる。そう、思いながらもいつもの笑みを浮かべた。
「最後にしよ、那由多。
俺が勝ったら俺は日当瀬を好きにさせてもらう。
那由多が勝ったら...そうだな。
お前には今後一切近寄らない。
さようならだ。那由多。」
それだけ告げると俺は泥濘を蹴り、那由多へと向かって走り出した。
自分の気持ちを圧し殺して。
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【千星 那由多】
巽に軽々と投げ飛ばされた俺は、泥濘を滑るように倒れている晴生の側へと落ちる。
身体への衝撃を堪えながらゆっくりと顔を上げると、眠っている晴生の顔が目にとまった。
長い睫を纏った瞳は重く閉じられていて、微かに呼吸をしている。
早く決着をつけなければ、晴生の状態も危ない。
「…ごめんな……」
俺は晴生の濡れた髪を力なくそっと撫でた。
そして、巽から降り注ぐ言葉に、もうここで覚悟を決めなければとゆっくりと重い身体を立ち上がらせる。
最後。
どう転んでも巽とはこれでもう最後だ。
これ以上口で言っても殴り合っても、俺のことをわかってはくれない。考え直してもくれない。
巽の哀しそうな表情に俺もつられて顔が歪む。
こいつはもう覚悟を決めたんだろう。
どちらにせよ選ぶのはただ一つ。
勝てるかはわからない。だけど、俺は晴生を守らなきゃいけない。
「……じゃあな、巽」
俺は残った力を振り絞って地面へと足を付き、こちらへと向かってくる巽が来るのを待ち構える。
巽が殴りかかる体勢を取り、俺も拳を引いて殴ろうとしたその時だった。
「やれやれ。無益な戦いはそれくらいにしておいたらどうですか。」
いつかどこかで聞いたような声。
甘い香りが雨の中、微かに漂った。
その声に俺と巽はあと一歩の所で拳を止め、声がした方向へと同時に目をやった。
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