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isc(裏)生徒会
怖くていいから
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【千星 那由多】
俺はあの後ふらふらと仮眠室へ戻り、そのままベッドに突っ伏して寝てしまっていたようだ。
時刻は朝6時。
重い身体を起こして仮眠室から出ると、イデアが椅子に行儀よく座っていた。
「……」
俺はイデアに何も言えないまま、日当瀬のいた部屋へと足を運ぶ。
いない。
「ハルキはイッタ」
いつの間にか俺の真後ろに立っていたイデアがいつもの起伏のない声で喋る。
それに「そうか」とだけ返答して仮眠室へと戻り自分の鞄を手に取った。
「ナユタ」
俺が帰ろうとしていることに気づいたのか、イデアが呼びとめる。
怒られるような気がした。
ヒューマノイドでも、人間に失望とかするんだろうか。
「ワタシには恐怖やトラウマとイッタ感情ガわからナイ。ダカラ、何も言えナイ」
「……」
「タダ、ハルキはどうしてもオ前を連レテ行きたくナイと言ッタ」
日当瀬が…。
「オマエはそれデ本当にイイノカ?」
イデアの言葉に耳を傾けていたが、不甲斐ない自分は十分に分かっていた。
もう、何も言われてもきっと無理だ。
あいつ…巽とは戦えない。
俺はイデアに何も返答せず、そのまま(裏)生徒会室から出て行った。
白く霧がかった通学路進み、家へと向かっていく。
今頃日当瀬は敵地に乗り込んでいるのだろうか。
三木さんは無事だろうか、何もされていないだろうか、ケガなんかしていないだろうか。
心配になるなら行けばよかったんだ…このバカでヘタレが。
本当に本当に最初から今まで迷惑をかけっぱなしだ。
だけど、だけど、だけど。
俺は込み上げてくる思いをぐっとこらえ、俯きながら足を早める。
今日はゴールデンウィークに突入したため、早朝は休日といった雰囲気だった。
チラホラと人通りはあったが、それ以外は静かな朝と言った感じだ。
「あれっ君…」
暫く歩いていると、すれ違った誰かに声をかけられた。
俺はそれが巽なんじゃないかと、身体を強張らせながら恐る恐る声のする方へと目をやる。
「あーやっぱり!千星くん!!」
この大きな声は…この間会った元(裏)生徒会長の夏岡先輩だった。
その隣には、メガネをかけた白髪の男がいた。
-----------------------------------------------------------------------
【夏岡陣太郎】
こんな早朝にすれ違うとは思ってもみなかったが、俯いている濃い青色をしたパーマの男子は千星くんだった。
「どしたの?こんな早朝に!!もしかして任務帰り?」
俺の言葉に少し戸惑うような表情を見せた千星くんは曖昧な返事してまた俯いた。
その態度に疑問を持ったが、とりあえず隣にいる太一を千星くんに紹介をしなくては。
「メガネのこいつねー千星君と一緒で書記やってたんだよ!!ついでに俺の親友…っつーか腐れ縁っつーか?
今図書委員で(裏)生徒会の補佐もしてるけど会ったことない?」
千星くんが、俺のどこかの言葉に身体をビクッと反応させた。
ますますおかしい。何かあったんだろうか?
横にいる太一は無愛想な顔して挨拶さえしないので小突いてやった。
「弟月太一って言うんだ、こいつ!無愛想だけどいい奴だよー」
それでも明らかに千星君の元気はない。
…少し鎌をかけてみよう。
「(裏)生徒会は楽しんでる?晴生とはうまくやってるかー??」
それでも彼はあまりいい返答をしなかった。
何かあったに違いないが、俺は今からバイトがあるため時間を割いてあげられない。
横にいる太一に目配せするとため息をついたのがわかった。
「…あー!俺これからバイトなんだよね!!
ここで会ったのも何かの縁だろ!太一っ!!先輩として色々アドバイスしてやれよ!
んじゃ、俺行くから!!あ、太一ノートありがとな~♪じゃねー!!」
そう言って千星くんの頭をぐしゃぐしゃと撫でた後、去り際に太一に「頼んだ」とだけ小声で伝えると、俺はその場を走って去った。
太一なら大丈夫だ。……多分。
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【千星 那由多】
夏岡先輩の言葉にはいい返答をすることができなかった。
任務から逃げ帰ってきたなんて…言えるわけもない。
相変わらずのマシンガントークだったが、親友という言葉や日当瀬の名前が出た時には少し動揺をしてしまった。
俺がどういう状況かはバレるわけないと思っていたが、今の態度は少しおかしいと思ったのには違いなかった。
そしてまた俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で、嵐のように去っていき、俺は初めて会う(元)裏生徒会の書記の弟月先輩と二人きりになる。
初対面で二人きりは大の苦手だったが挨拶はしておかなければと思ったので、軽くお辞儀をして名前を言った。
「どうも…千星那由多、です。今書記やってます」
弟月先輩はメガネで視線が見えなかったが、俺を見ていたと思う。
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【弟月 太一】
面倒事を押し付けられた。
夏岡、…陣と行動しているといつものとこでもう慣れたのだが、GW初っぱなから、早朝にノートを持ってこさされただけでも大概なのに、その上これか。
嫌でも溜息が出る。
俺が陣を目だけで見送っていると、現(裏)生徒会の彼が言葉を掛けてきた。
名前は千星那由多と言うらしい。
しかし、見るからに冴えない青年だ。
今は何か抱え込んでいるからかも知れないが覇気も無い。
「あの会長が選んだとは思えないな。」
千星には聞こえない位の声だが口から出てしまった呟きは俺の本心だった。
明らかに話にならない。
俺には人選ミスだとしか思えないが陣に頼まれた手間放っておく訳にも行かない為また溜息を落とした。
「千星…、場所を変えるぞ。」
そう言って俺はスーパーの袋片手に踵を返し、一番近くのファミレスへと入った。
元から俺は余り饒舌ではない。
席に座るまでは互いに一言も話すことは無く、注文を確認する為に声を掛けた。
掛けたと言っても俺がほとんど決めてしまったが。
千星にコーヒーでいいかと言ったところ彼は頷いたので、コーヒー二つとサンドイッチの盛り合わせを頼む。
何から話そうかと、分厚いレンズ越しに千星を見つめる。
「…千星はどうして(裏)生徒会に入ったんだ?」
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【千星 那由多】
なぜか夏岡先輩のせい……計らいで俺はいきなり初対面の人とファミレスでお話しなんてことになってしまった。
二人に会っただけでも、今日の任務に参加しなかったことに更に罪悪感を感じていたのに、早く帰りたかったがさすがに先輩なので好意を無碍にはできない。
どことなく弟月先輩は俺と似ている気がした。
こういうことも苦手そうだし、喋るのも面倒みたいで言葉数も少ない。
自分に似ているとなると、ますますこの場所に連れてきてもらったのが悪いと感じてしまう。
頼んでくれたコーヒーとサンドイッチが来る前に、弟月先輩は俺に質問を投げかけてきた。
どうして生徒会に入った…なんて言われるとどう返答していいか困ってしまう。
「……あの…なりゆきって言ってしまったら失礼なんですけど…入ったのは半ば無理矢理でした」
これは事実であったが、今はその事を別に恨んでいたりはしないし、今現在(裏)生徒会にいるのは自分の意思だ。
「今いるのは自分の意思ですが…でも、なんか結局みんなに迷惑かけまくってて…」
俺の言葉の後、暫く沈黙が流れる。
その時店員がコーヒー二つとサンドイッチの盛り合わせを持ってきた。
弟月先輩がコーヒーに何もいれずに口をつけたのを確認してから、俺もミルクと砂糖を入れ、軽く会釈をしてからカップに口をつけた。
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【弟月 太一】
「だろうな。俺もそんなもんだった。」
成り行きと言う言葉を聞くと思っていた通りなので深く頷く。
コーヒーに口を付けると、取り皿へと2つだけサンドイッチを移動させ残りを全て千星へと押し遣る。
「差し詰め迷惑が掛かるし、手に負えなくて逃げてきたってとこか。
…イデアは何も言わなかったのか。」
彼の行動を分析すると眼鏡の真ん中の位置を中指で押し上げる。
見たままの実力不足なのだろうな。
確かに千星が三木や日当瀬、ましてや会長と肩を並べられるとは思えない。
でも、それは当たり前の事だ。
それを彼に気付かせてやることは出来るだろうか。
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【千星 那由多】
逃げてきた、と言われて、身体が強張る。
すでに弟月先輩にも、もちろん夏岡さんにもほぼバレているんだろう。
そうだ、逃げてきたんだよな、俺は。
そう言われると更に自分の中で再び罪悪感が目立った。
この言葉は間違ってはいないから余計に。
俺は押しやられたサンドイッチに目を落としながら、こうなれば全部話してもいいかと考えていた。
「…イデアには、言われました。それでいいのかって…」
間を開けて込み上げて来る感情をぐっと飲み込む。
巽のことを言っていいのかわからなかったが、曖昧に話していても逆にあちらも話が進まずイライラしてしまうだろう。
「でも…今回は……無理なんです。どうしても、怖くって…」
視線を机に置かれたコーヒーへと落とし、膝の上で握られた手に力を込める。
「親友が、相手、で…俺……そいつに裏切られ、た、みたいな感じになってて…。
怖くて、怖くて……今回は行けないって…日当瀬に…」
そう言った所で自分が泣いているのに気付いた。
我慢していたのに、巽のことや日当瀬、三木さん、イデアのことが一瞬にして頭に広がりぐちゃぐちゃになった。
流れる涙を服の袖でふき取る。
ああ、すごい面倒なやつなんだろうな、今の俺って。
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【弟月 太一】
恐怖心による逃走。
よくある話で別に千星に限っての話ではない。
それなのに涙してしまうとなるとまだ、未練があるのだろう。
「それで、日当瀬一人で行ったのか?それとも三木と二人でか?」
どうやら前者のようで俺は深く溜息を吐く。
今、確か会長は留守の筈だ。
そうなるとアイツ一人になるのは仕方が無いかもしれないが、本当にこいつらは日当瀬の事を分かっているのだろうか。
「誰にだって正義はある。
千星が正しいと思った事と、その親友が正しいと思った事が今回は違ったんだろ?
……正してやれとは言わないが、何もしないとお前は後悔する気がする。」
そう告げると涙目ながら不思議そうに千星がこっちを見てきた。
しかし、俺も口下手な類なのでどう伝えようかと腕を組む。
「お前は俺と似ている。俺もお前と一緒で始めは何度逃げ出そうと思ったか…」
まぁ、俺は別の意味で逃げられなかったんだが。
辛いイデアのスパルタを思い出し俺は頭を抱えた。
「でも、今では逃げなくてよかったと思う。
逃げなかったから陣の隣に居れるだけの実力も付いた。
お前はその親友がやろうとしていることが正しいと思うのか?」
なんだか昔の自分を見ているようで小さく俺は笑んだ。
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【千星 那由多】
俺と巽の正義が違った。
そうなんだ、あいつはあいつなりの正義で俺を正そうとしている。
なのに、俺はそんな巽から逃げた。
逃げて更に周りを巻き込んだ。
三木さんを見捨てた。
日当瀬にすべて押し付けた。
イデアに何も言えなかった。
どんどんと感情が涙になって込み上げて来る。
弟月先輩の話に耳を傾けながら、その言葉をしっかりと受け止めていた。
どう喋っていいのかわからないといったそぶりをしていたが、俺にはきちんと伝わっていた。
そして、逃げなくてよかったと、逃げなかったからこそ夏岡先輩の隣に居れる実力ができたんだと、
そう言われたところで、夏岡先輩と弟月先輩が俺と巽の姿とリンクする。
夏岡先輩は弟月先輩を親友だと言っていた。
俺も、巽は親友だ、本当は失いたくない、裏切られたと感じている今でもそれはどこかで思っている。
「お前はその親友がやろうとしていることが正しいと思うのか?」
そう言われた後、何かを思い出すように小さく微笑んだ弟月先輩を見て、俺は少し考えたが、すでに返す答えは決まっていた。
「正しい、とは思いません…」
そう言ったが、俺の身体はやはり震えていた。
わかっているんだ、自分がどうしたいかってことは。
こんなところにいる場合じゃないことも、頭では理解してる。
だけど
「だけど…怖いんです…」
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【弟月 太一】
どうやらこいつの中では考えはきっちりまとまっているようだ。
それにホッとしたが次いで出た言葉に自然と眼鏡を触ってしまう。
「逆にこう考えてはどうだ?怖くて当たり前だ。
千星が、親友にどう裏切られたかは知らない。
だから、そんな事で怖がるなとも言わない。」
それから、一つ息を吐き、また眼鏡を弄り神妙な面持ちで愚痴まがいの言葉を落としてしまった。
「と、言うか怖くて当たり前なんだ。
なんで今まで平凡な生徒してたのにいきなり武器を持って不良に殴りかからないといけないんだ。
理不尽にも程がある、俺は生まれてからずっと一般人として過ごしてきたし体力がある訳でもない。なのになんで先陣切って突っ込まないといけないんだ。
なのに…くそ…まぁ、今はいい。悪いな俺の私情が出てしまった。」
悪い癖だ。(裏)生徒会時代を思い出すとろくな思い出が無い。
目の前でポカンと聞いている千星で我に帰るとコホンと息を吐く。
「要は、怖いから行かないじゃなく、怖いけど行く。でも悪くないと思うぞ。
震えてたって役に立たなくたって仕方ない。それは実力だ。
でも、お前が下がる事によって日当瀬が前に出る事になる。それは覚えて置け。」
俺が下がる事に寄って陣が前に出る事になる。
それが嫌で俺はいつも先陣を切っていたから。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
弟月先輩は、俺に語りかけながらも自分の過去を思い出しているようだった。
神妙な面持ちなのに愚痴っぽく言っている弟月先輩を見て、ちょっとあっけにとられてしまった。
この人も相当苦労しているみたいであった。
いや、多分俺のこんな悩みなんかよりもっと辛いことやトラウマになることもあっただろう。
怖くて当たり前…か。
俺は今までできないことは極力やらずに逃げてきた。
めんどくさいって言い訳して、できそうなことにだって挑戦しなかった。
そして、ここまで恐怖を感じたことは初めてで、それをどう消化していいのかも正直わからなかった。
だから、逃げるしかないと、それしか頭に浮かばなかった。
怖いから行く、そういう選択肢もあるのだと、弟月さんの言葉にハッとした。
そして、俺が下がれば日当瀬が前に行く。
風紀との戦いの時、三木さんが俺を守ってくれたのと一緒だった。
俺が逃げることによって、誰かの背中を見なければならない、隠れなければいけない。
それは、嫌だった。
「……」
俺は震える手を握りしめた。
大丈夫だ、いや、大丈夫じゃなくていい、怖くていいんだ。
涙を拭い、弟月さんを見る。
「ありがとうございます、俺…やるだけやってみます…」
ハッキリと「巽と戦いに行く」と言う言葉は言えずそれが精一杯の言葉だったが、俺は席から立ち、ポケットの中の小銭をありったけ出して机に置く。
「また今度、きちんとお礼させてください」
そう言ってお辞儀をしてから、俺はその場から立ち去った。
足手まといになるかもしれない。
でも行こう、三木さんを助けに。
日当瀬と一緒に戦いに。
巽と本気で向き合うために。
-----------------------------------------------------------------------
【弟月 太一】
「無理だと思ったらその時また逃げればいい。
日当瀬に頼るのも間違いではないからな。まぁ…日当瀬は前線に誰か居て初めて実力を発揮するタイプなんだけどな…」
今の会長とは性格も戦い方も相性が悪いので仕方が無いのだろうが。
律儀に礼をしていく千星を視線だけで見送り、小さく笑みを湛える。
結局自分の朝飯になってしまったサンドイッチを頬張っているとここでバイトをしている陣が後ろから姿を現した。
「千星くん、大丈夫かなぁ…」
「駄目なら、駄目。その時は仕方がないのが人生だ。
まぁ…。アイツなら大丈夫だと俺は思うけどな。」
俺は小さく笑いながら、他の店員が見てないのを確認してから、朝飯を食べてないだろう陣の口にサンドイッチを突っ込んでやる。
俺はあの後ふらふらと仮眠室へ戻り、そのままベッドに突っ伏して寝てしまっていたようだ。
時刻は朝6時。
重い身体を起こして仮眠室から出ると、イデアが椅子に行儀よく座っていた。
「……」
俺はイデアに何も言えないまま、日当瀬のいた部屋へと足を運ぶ。
いない。
「ハルキはイッタ」
いつの間にか俺の真後ろに立っていたイデアがいつもの起伏のない声で喋る。
それに「そうか」とだけ返答して仮眠室へと戻り自分の鞄を手に取った。
「ナユタ」
俺が帰ろうとしていることに気づいたのか、イデアが呼びとめる。
怒られるような気がした。
ヒューマノイドでも、人間に失望とかするんだろうか。
「ワタシには恐怖やトラウマとイッタ感情ガわからナイ。ダカラ、何も言えナイ」
「……」
「タダ、ハルキはどうしてもオ前を連レテ行きたくナイと言ッタ」
日当瀬が…。
「オマエはそれデ本当にイイノカ?」
イデアの言葉に耳を傾けていたが、不甲斐ない自分は十分に分かっていた。
もう、何も言われてもきっと無理だ。
あいつ…巽とは戦えない。
俺はイデアに何も返答せず、そのまま(裏)生徒会室から出て行った。
白く霧がかった通学路進み、家へと向かっていく。
今頃日当瀬は敵地に乗り込んでいるのだろうか。
三木さんは無事だろうか、何もされていないだろうか、ケガなんかしていないだろうか。
心配になるなら行けばよかったんだ…このバカでヘタレが。
本当に本当に最初から今まで迷惑をかけっぱなしだ。
だけど、だけど、だけど。
俺は込み上げてくる思いをぐっとこらえ、俯きながら足を早める。
今日はゴールデンウィークに突入したため、早朝は休日といった雰囲気だった。
チラホラと人通りはあったが、それ以外は静かな朝と言った感じだ。
「あれっ君…」
暫く歩いていると、すれ違った誰かに声をかけられた。
俺はそれが巽なんじゃないかと、身体を強張らせながら恐る恐る声のする方へと目をやる。
「あーやっぱり!千星くん!!」
この大きな声は…この間会った元(裏)生徒会長の夏岡先輩だった。
その隣には、メガネをかけた白髪の男がいた。
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【夏岡陣太郎】
こんな早朝にすれ違うとは思ってもみなかったが、俯いている濃い青色をしたパーマの男子は千星くんだった。
「どしたの?こんな早朝に!!もしかして任務帰り?」
俺の言葉に少し戸惑うような表情を見せた千星くんは曖昧な返事してまた俯いた。
その態度に疑問を持ったが、とりあえず隣にいる太一を千星くんに紹介をしなくては。
「メガネのこいつねー千星君と一緒で書記やってたんだよ!!ついでに俺の親友…っつーか腐れ縁っつーか?
今図書委員で(裏)生徒会の補佐もしてるけど会ったことない?」
千星くんが、俺のどこかの言葉に身体をビクッと反応させた。
ますますおかしい。何かあったんだろうか?
横にいる太一は無愛想な顔して挨拶さえしないので小突いてやった。
「弟月太一って言うんだ、こいつ!無愛想だけどいい奴だよー」
それでも明らかに千星君の元気はない。
…少し鎌をかけてみよう。
「(裏)生徒会は楽しんでる?晴生とはうまくやってるかー??」
それでも彼はあまりいい返答をしなかった。
何かあったに違いないが、俺は今からバイトがあるため時間を割いてあげられない。
横にいる太一に目配せするとため息をついたのがわかった。
「…あー!俺これからバイトなんだよね!!
ここで会ったのも何かの縁だろ!太一っ!!先輩として色々アドバイスしてやれよ!
んじゃ、俺行くから!!あ、太一ノートありがとな~♪じゃねー!!」
そう言って千星くんの頭をぐしゃぐしゃと撫でた後、去り際に太一に「頼んだ」とだけ小声で伝えると、俺はその場を走って去った。
太一なら大丈夫だ。……多分。
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【千星 那由多】
夏岡先輩の言葉にはいい返答をすることができなかった。
任務から逃げ帰ってきたなんて…言えるわけもない。
相変わらずのマシンガントークだったが、親友という言葉や日当瀬の名前が出た時には少し動揺をしてしまった。
俺がどういう状況かはバレるわけないと思っていたが、今の態度は少しおかしいと思ったのには違いなかった。
そしてまた俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で、嵐のように去っていき、俺は初めて会う(元)裏生徒会の書記の弟月先輩と二人きりになる。
初対面で二人きりは大の苦手だったが挨拶はしておかなければと思ったので、軽くお辞儀をして名前を言った。
「どうも…千星那由多、です。今書記やってます」
弟月先輩はメガネで視線が見えなかったが、俺を見ていたと思う。
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【弟月 太一】
面倒事を押し付けられた。
夏岡、…陣と行動しているといつものとこでもう慣れたのだが、GW初っぱなから、早朝にノートを持ってこさされただけでも大概なのに、その上これか。
嫌でも溜息が出る。
俺が陣を目だけで見送っていると、現(裏)生徒会の彼が言葉を掛けてきた。
名前は千星那由多と言うらしい。
しかし、見るからに冴えない青年だ。
今は何か抱え込んでいるからかも知れないが覇気も無い。
「あの会長が選んだとは思えないな。」
千星には聞こえない位の声だが口から出てしまった呟きは俺の本心だった。
明らかに話にならない。
俺には人選ミスだとしか思えないが陣に頼まれた手間放っておく訳にも行かない為また溜息を落とした。
「千星…、場所を変えるぞ。」
そう言って俺はスーパーの袋片手に踵を返し、一番近くのファミレスへと入った。
元から俺は余り饒舌ではない。
席に座るまでは互いに一言も話すことは無く、注文を確認する為に声を掛けた。
掛けたと言っても俺がほとんど決めてしまったが。
千星にコーヒーでいいかと言ったところ彼は頷いたので、コーヒー二つとサンドイッチの盛り合わせを頼む。
何から話そうかと、分厚いレンズ越しに千星を見つめる。
「…千星はどうして(裏)生徒会に入ったんだ?」
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【千星 那由多】
なぜか夏岡先輩のせい……計らいで俺はいきなり初対面の人とファミレスでお話しなんてことになってしまった。
二人に会っただけでも、今日の任務に参加しなかったことに更に罪悪感を感じていたのに、早く帰りたかったがさすがに先輩なので好意を無碍にはできない。
どことなく弟月先輩は俺と似ている気がした。
こういうことも苦手そうだし、喋るのも面倒みたいで言葉数も少ない。
自分に似ているとなると、ますますこの場所に連れてきてもらったのが悪いと感じてしまう。
頼んでくれたコーヒーとサンドイッチが来る前に、弟月先輩は俺に質問を投げかけてきた。
どうして生徒会に入った…なんて言われるとどう返答していいか困ってしまう。
「……あの…なりゆきって言ってしまったら失礼なんですけど…入ったのは半ば無理矢理でした」
これは事実であったが、今はその事を別に恨んでいたりはしないし、今現在(裏)生徒会にいるのは自分の意思だ。
「今いるのは自分の意思ですが…でも、なんか結局みんなに迷惑かけまくってて…」
俺の言葉の後、暫く沈黙が流れる。
その時店員がコーヒー二つとサンドイッチの盛り合わせを持ってきた。
弟月先輩がコーヒーに何もいれずに口をつけたのを確認してから、俺もミルクと砂糖を入れ、軽く会釈をしてからカップに口をつけた。
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【弟月 太一】
「だろうな。俺もそんなもんだった。」
成り行きと言う言葉を聞くと思っていた通りなので深く頷く。
コーヒーに口を付けると、取り皿へと2つだけサンドイッチを移動させ残りを全て千星へと押し遣る。
「差し詰め迷惑が掛かるし、手に負えなくて逃げてきたってとこか。
…イデアは何も言わなかったのか。」
彼の行動を分析すると眼鏡の真ん中の位置を中指で押し上げる。
見たままの実力不足なのだろうな。
確かに千星が三木や日当瀬、ましてや会長と肩を並べられるとは思えない。
でも、それは当たり前の事だ。
それを彼に気付かせてやることは出来るだろうか。
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【千星 那由多】
逃げてきた、と言われて、身体が強張る。
すでに弟月先輩にも、もちろん夏岡さんにもほぼバレているんだろう。
そうだ、逃げてきたんだよな、俺は。
そう言われると更に自分の中で再び罪悪感が目立った。
この言葉は間違ってはいないから余計に。
俺は押しやられたサンドイッチに目を落としながら、こうなれば全部話してもいいかと考えていた。
「…イデアには、言われました。それでいいのかって…」
間を開けて込み上げて来る感情をぐっと飲み込む。
巽のことを言っていいのかわからなかったが、曖昧に話していても逆にあちらも話が進まずイライラしてしまうだろう。
「でも…今回は……無理なんです。どうしても、怖くって…」
視線を机に置かれたコーヒーへと落とし、膝の上で握られた手に力を込める。
「親友が、相手、で…俺……そいつに裏切られ、た、みたいな感じになってて…。
怖くて、怖くて……今回は行けないって…日当瀬に…」
そう言った所で自分が泣いているのに気付いた。
我慢していたのに、巽のことや日当瀬、三木さん、イデアのことが一瞬にして頭に広がりぐちゃぐちゃになった。
流れる涙を服の袖でふき取る。
ああ、すごい面倒なやつなんだろうな、今の俺って。
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【弟月 太一】
恐怖心による逃走。
よくある話で別に千星に限っての話ではない。
それなのに涙してしまうとなるとまだ、未練があるのだろう。
「それで、日当瀬一人で行ったのか?それとも三木と二人でか?」
どうやら前者のようで俺は深く溜息を吐く。
今、確か会長は留守の筈だ。
そうなるとアイツ一人になるのは仕方が無いかもしれないが、本当にこいつらは日当瀬の事を分かっているのだろうか。
「誰にだって正義はある。
千星が正しいと思った事と、その親友が正しいと思った事が今回は違ったんだろ?
……正してやれとは言わないが、何もしないとお前は後悔する気がする。」
そう告げると涙目ながら不思議そうに千星がこっちを見てきた。
しかし、俺も口下手な類なのでどう伝えようかと腕を組む。
「お前は俺と似ている。俺もお前と一緒で始めは何度逃げ出そうと思ったか…」
まぁ、俺は別の意味で逃げられなかったんだが。
辛いイデアのスパルタを思い出し俺は頭を抱えた。
「でも、今では逃げなくてよかったと思う。
逃げなかったから陣の隣に居れるだけの実力も付いた。
お前はその親友がやろうとしていることが正しいと思うのか?」
なんだか昔の自分を見ているようで小さく俺は笑んだ。
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【千星 那由多】
俺と巽の正義が違った。
そうなんだ、あいつはあいつなりの正義で俺を正そうとしている。
なのに、俺はそんな巽から逃げた。
逃げて更に周りを巻き込んだ。
三木さんを見捨てた。
日当瀬にすべて押し付けた。
イデアに何も言えなかった。
どんどんと感情が涙になって込み上げて来る。
弟月先輩の話に耳を傾けながら、その言葉をしっかりと受け止めていた。
どう喋っていいのかわからないといったそぶりをしていたが、俺にはきちんと伝わっていた。
そして、逃げなくてよかったと、逃げなかったからこそ夏岡先輩の隣に居れる実力ができたんだと、
そう言われたところで、夏岡先輩と弟月先輩が俺と巽の姿とリンクする。
夏岡先輩は弟月先輩を親友だと言っていた。
俺も、巽は親友だ、本当は失いたくない、裏切られたと感じている今でもそれはどこかで思っている。
「お前はその親友がやろうとしていることが正しいと思うのか?」
そう言われた後、何かを思い出すように小さく微笑んだ弟月先輩を見て、俺は少し考えたが、すでに返す答えは決まっていた。
「正しい、とは思いません…」
そう言ったが、俺の身体はやはり震えていた。
わかっているんだ、自分がどうしたいかってことは。
こんなところにいる場合じゃないことも、頭では理解してる。
だけど
「だけど…怖いんです…」
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【弟月 太一】
どうやらこいつの中では考えはきっちりまとまっているようだ。
それにホッとしたが次いで出た言葉に自然と眼鏡を触ってしまう。
「逆にこう考えてはどうだ?怖くて当たり前だ。
千星が、親友にどう裏切られたかは知らない。
だから、そんな事で怖がるなとも言わない。」
それから、一つ息を吐き、また眼鏡を弄り神妙な面持ちで愚痴まがいの言葉を落としてしまった。
「と、言うか怖くて当たり前なんだ。
なんで今まで平凡な生徒してたのにいきなり武器を持って不良に殴りかからないといけないんだ。
理不尽にも程がある、俺は生まれてからずっと一般人として過ごしてきたし体力がある訳でもない。なのになんで先陣切って突っ込まないといけないんだ。
なのに…くそ…まぁ、今はいい。悪いな俺の私情が出てしまった。」
悪い癖だ。(裏)生徒会時代を思い出すとろくな思い出が無い。
目の前でポカンと聞いている千星で我に帰るとコホンと息を吐く。
「要は、怖いから行かないじゃなく、怖いけど行く。でも悪くないと思うぞ。
震えてたって役に立たなくたって仕方ない。それは実力だ。
でも、お前が下がる事によって日当瀬が前に出る事になる。それは覚えて置け。」
俺が下がる事に寄って陣が前に出る事になる。
それが嫌で俺はいつも先陣を切っていたから。
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【千星 那由多】
弟月先輩は、俺に語りかけながらも自分の過去を思い出しているようだった。
神妙な面持ちなのに愚痴っぽく言っている弟月先輩を見て、ちょっとあっけにとられてしまった。
この人も相当苦労しているみたいであった。
いや、多分俺のこんな悩みなんかよりもっと辛いことやトラウマになることもあっただろう。
怖くて当たり前…か。
俺は今までできないことは極力やらずに逃げてきた。
めんどくさいって言い訳して、できそうなことにだって挑戦しなかった。
そして、ここまで恐怖を感じたことは初めてで、それをどう消化していいのかも正直わからなかった。
だから、逃げるしかないと、それしか頭に浮かばなかった。
怖いから行く、そういう選択肢もあるのだと、弟月さんの言葉にハッとした。
そして、俺が下がれば日当瀬が前に行く。
風紀との戦いの時、三木さんが俺を守ってくれたのと一緒だった。
俺が逃げることによって、誰かの背中を見なければならない、隠れなければいけない。
それは、嫌だった。
「……」
俺は震える手を握りしめた。
大丈夫だ、いや、大丈夫じゃなくていい、怖くていいんだ。
涙を拭い、弟月さんを見る。
「ありがとうございます、俺…やるだけやってみます…」
ハッキリと「巽と戦いに行く」と言う言葉は言えずそれが精一杯の言葉だったが、俺は席から立ち、ポケットの中の小銭をありったけ出して机に置く。
「また今度、きちんとお礼させてください」
そう言ってお辞儀をしてから、俺はその場から立ち去った。
足手まといになるかもしれない。
でも行こう、三木さんを助けに。
日当瀬と一緒に戦いに。
巽と本気で向き合うために。
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【弟月 太一】
「無理だと思ったらその時また逃げればいい。
日当瀬に頼るのも間違いではないからな。まぁ…日当瀬は前線に誰か居て初めて実力を発揮するタイプなんだけどな…」
今の会長とは性格も戦い方も相性が悪いので仕方が無いのだろうが。
律儀に礼をしていく千星を視線だけで見送り、小さく笑みを湛える。
結局自分の朝飯になってしまったサンドイッチを頬張っているとここでバイトをしている陣が後ろから姿を現した。
「千星くん、大丈夫かなぁ…」
「駄目なら、駄目。その時は仕方がないのが人生だ。
まぁ…。アイツなら大丈夫だと俺は思うけどな。」
俺は小さく笑いながら、他の店員が見てないのを確認してから、朝飯を食べてないだろう陣の口にサンドイッチを突っ込んでやる。
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