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isc(裏)生徒会
疑惑
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【三木 柚子由】
昼休み。購買に昼御飯を買いに行った私はまた昨日のように追い掛けられている。
昨日も結構しつこかったけど今日は昨日よりしつこい。
走っても走ってもまるでどちらに逃げるかばれているかのように追いてくる。
私は一階の渡り廊下を後ろを向きながら走っていたため、思いっきり前から来ていた人物にぶつかってしまった。
「っ!あ!ごめんなさッ…あ、千星君?……ッ、ごめんなさい。また追い掛けられてて…」
ぶつかった相手は書記の千星君であったけど、今は立ち止まる訳にはいかない。
だって後ろから追い掛けてくる男は何故だかハエタタキを持っているから。
そうして直ぐ走り始める私に千星君は着いてきてくれた。
「千星君?」
そのまま二人一緒にプールの裏路地へと逃げ込んだ。
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【千星 那由多】
移動教室の音楽の授業が終わり昼休みになった。
この授業だけ巽と日当瀬は美術なので、俺がひとりになれる唯一の時間だった。
授業終了のチャイムの後、俺はすぐに教室を出た。
日当瀬が迎えに来るかもしれないので、少しでも一人の時間を作ろうと思ったからだ。
昨日はすぐに寝こけてしまったので、多少寝不足は解消されたが、やっぱりまだ体の疲れは完全には取れていなかった。
移動の最中もイデアアプリを起動する。
昨日は全然できなかったので、少しでも・・・と思い携帯画面を見たまま歩いていると、正面から走って来た誰かとぶつかってしまった。
「・・・って・・・・・・三木、さん?」
ぶつかった相手は三木さんで、全力で走ってきたのか息もだいぶ上がっていた。
どうやら昨日のストーカーとやらにまた追いかけられているらしい。
三木さんは「追われている」と言った後、その場からすぐに走り出す。
俺なんかがどうしようもできないかもしれないけれど、とりあえず彼女を守りたいと思い三木さんの後を追った。
「俺なにもできないけど・・・とにかく一緒に逃げましょう!」
何故ついてきてくれるのかと、不思議そうに俺の名前を呼んだ三木さんにそう答える。
男として目の前にストーカーに追われている女性がいるんだ。
放っておくわけにはいかない。
最近は任務でよく走ったりしていたが、やっぱり疲れた体には結構堪える。
走るたびに頭の中身がズンズンと重くのしかかってくるような気がした。
俺と三木さんは校舎を出ると、プールの方へと向かう。
未だに奴は付いて来ているようだ。
俺にはわからなかったが、三木さんにはどうやら「何者かに尾行されている」とわかるらしい。
プールの裏路地の入り組んだ所へ逃げ込んだところで、二人で身を隠した。
少し狭かったが、俺と三木さんは身を寄せて息をなるべく整える。
近い・・・けど今は走ってきて疲れているため、そんなことはどうでもよかった。
やっぱり全速力で校舎からプールまでの距離は・・・辛い。
頭がクラクラする。
「はぁっはぁっ・・・まだ・・・追ってきてますか・・・?」
肩で息をしながら三木さんに質問をした。
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【三木 柚子由】
千星君と一緒にプールの裏まで逃げたのは良かったけれど、ブロック塀が高いので気配を感じる事が出来ず、辺りをキョロキョロと見渡した。
「ごめんなさい…わからない…」
乱れる呼吸を整えながら小さく呟き、いつものように躯の前で手をもじもじと動かす。
それにしてもどうしてこんなに追尾されるのだろう。
気を付けて逃げているはずなんだけど。
不意に気配を感じ、慌てて頭上を見上げるとブロック塀の上に三人が並んでいて、路地裏の入口ばかりを気にしていた私たちには逃げ道は無かった。
一人の男がハエタタキを振りかざして飛び降りて来たため、私は千星くんを更に奥へと押し飛ばした。
すると目の前までハエタタキが迫っていた。
両手でハエタタキをガードしたけど思っていた痛みは無く、その代わり身体中に網が絡まり私を拘束した。
「千星くん…!イデアアプリを―――きゃぁあああっ!!!」
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【千星 那由多】
ブロック塀の上に三人の男が現れたと思った瞬間、三木さんが俺をかばうように奥へと押し飛ばす。
俺は壁に寄りかかる形で体勢を整えた。
「三木さん!!」
俺と三木さんの間に、ハエタタキ野郎が飛び降りてきた。
三木さんににじり寄ろうとしているので、止めなければと思い、ハエタタキ野郎に掴みかかろうとするが、一瞬酷い眩暈に襲われる。
こんな時に疲れはMAXに達しようとしているみたいだ。
早く三木さんを・・・。
一瞬頭の中がぐるりと回る。
ふらつく頭を無理矢理起こしハエタタキ野郎の方へと向かおうとした時、三木さんはハエタタキの網のようなものに拘束されてしまっていた。
三木さんの体は網でぐるぐるに縛られ、宙に浮いている。
早くなんとかしなくちゃならない・・・!
その時三木さんが叫んだ「イデアアプリを」という言葉に、俺はハッとし携帯を取り出す。
多分これはこういう時に使うもの、戦闘になった時にイデアアプリを解かなければならないんだ。
イデアアプリを起動しようとした時、俺にもハエタタキの網が迫ってきていた。
だめだ!逃げれない!!
そう思った瞬間網は俺の体にも絡みつき、俺は体の自由を奪われてしまった。
抵抗すると余計に絡まってしまうのか、必死でどうにかしようと暴れるが、余計に自分の体を締め付けてしまった。
握っていた携帯が地面へと落ちる。
くそっ・・・だめだ・・・。
三木さんは必死で俺の名前を呼んでいた。
こんな時に女性に心配されるなんて、なんかすげえカッコわりい・・・。
「クック・・・ハハハハハハ!!
この女と一緒にいたのが悪かったな!!
一般生徒みたいだが・・・ちょっと気を失ってもらおうか・・・?」
ハエタタキの男がこちらに振り向き、甲高い声で高らかに笑った。
だいぶ意識は朦朧として目の前がぼやけているので、男の顔までははっきりわからない。
そして、俺に絡んでいた網の力がさらに強くなる。
「ぐ・・・あ・・・っ・・・!」
息が詰まって体にも力が入らない。
もうダメかと思った瞬間、どこかで誰かの声がした。
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【三木 柚子由】
「せん…ぼし…くん」
どうやら彼はまだ“イデアアプリ”の解読方法が分かっていない様子で、私と同じようにハエタタキの網に捕まってしまった。
でもなぜ、この武器を彼らが持っているの?
これは特殊武器。ヒューマノイドであるイデアちゃんしか作れないはずなんだけど。
藻掻けば藻掻くほど網は身体中に絡まり、足すらも地面に着かなくなってしまった。
あの時に私一人が逃げていれば千星君を巻き込まずに済んだのに。
「ぅ、ああっ!!!やめて!彼は…関係…ないッ……ッんん!!」
涙で視界が霞む、千星君が入ってからは後悔ばかりしてる気がする。
網が千星君を締め上げていく、まさにその時聞こえた声に私は耳を疑った。
「おや、いけませんねぇ…。女性にそんな手荒な真似をしては」
「……ッ!?誰だ!オマエは!!!」
路地裏の入口に訪れた青年。
この位置からでは逆光で私も三人組も顔は分からないけど、私には分かるその声に苦しいのも忘れて其方を見つめたまま瞳が揺れる。
「フフ…、只の一般生徒、ですよ。先生、こちらです。先程言っていた不審者です!」
「な!!?おいッ!!一旦引くぞ!!」
私はこの感覚を知っている。先生達の足音や声が聞こえるがこれはまやかし。
彼が先生を呼ぶ身振りをするがそれもまやかし。
それに気付かずに、三人組が逃げていくと私と千星君に絡んでいた網が解け地面に落下するはずだったのだが。
私も千星君も離れていた位置にいた彼に受け止められていた。
「ご苦労様です。柚子由」
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【千星 那由多】
この声は、どこかで聞いたような気がする。
優しく奥深いが、どこか影のある海の底のように真っ暗な、そんな声。
飛びそうな意識でその声をどこか冷静に聞いていた。
その声の誰かが先生を呼んでくれたのか、ハエタタキの三人衆は俺と三木さんを縛っていた網を解いて逃げていった。
・・・よかった・・・三木さん、無事だ・・・
俺は咳き込みながら地面に落下・・・したと思ったのだが、何故か誰かに受け止められていた。
三木さんも同じように俺を受け止めている誰かの腕の中だった。
「・・・・・・?・・・」
甘い匂いが微かに香る・・・。
落ち着くけれど、なぜか悲しくなるようなそんな匂いだった。
「っはぁ・・・・・・っだれ・・・だ・・・?」
朦朧とする意識の中、霞む目で俺と三木さんを受け止めている人物に目をやる。
生憎逆光と視界の悪さで顔は見えない。
その誰かが何を言っているか分からなかったが、微かに耳に入ったその声は、先ほど聞こえた声と一緒であることに気付いた。
それと同時に俺の意識は闇へと落ちていった。
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【三木 柚子由】
「おや。意識を失ってしまいましたか。仕方ありませんね。…柚子由、自分で立てますね。」
「はい。」
この方のお手を患わせるわけにはいかないと私は抱き締められている胸から抜け出した。
触れられていると、心臓が高鳴るのが自分でも分かる。
私はなんとか心臓を落ち着け、彼の直ぐ横に立つ。意識を失ってしまった千星君を見て眉を下げた。
「大丈夫です…よね?」
「さっきの攻撃よりも、睡眠不足に過労、それによるものでしょう。
僕は彼を保健室に運びますから、お前はクラスの誰かに伝えて置いてください。」
「分かりました。」
意識の無い千星君を肩に担ぎ上げると、携帯電話で何かを話ながら彼は私の前から姿を消した。甘い香と共に。
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【謎の生徒】
「イデア。あの依頼箱の任務ですが…、受けることにします。」
「そうか、わかっタ。晴生には連絡ヲいれてオク。」
「それでは、お願いしますね。
フフフ…、僕の柚子由を傷付けた罪は重い。」
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【風紀委員長:御神】
「クソッ!!あと少しのところでっ!!」
俺様のフライスウェイターであの女と知らない男を縛りあげた所まではよかった・・・。
それなのにあんな人気の無い所に一般生徒が来るとは・・・!
「ざ、残念でしたねェ・・・」
下僕のうっとおしいサルがにやにやとした表情で手を揉んでいる。
「煩いクソザル!!!貴様らが役にたたんから俺様の超完璧な作戦が失敗に終わったんだ!!!」
目障りなサルを蹴り上げ黙らせ、俺様は机に拳を突き立てた。
「完璧な俺様が失敗するわけないんだ・・・容姿端麗頭脳明晰・・・
全国のアホどもが羨むほどのこのパーフェクトな俺様に不可能などないはずなんだ!!!!」
俺様に失敗という文字はない。
小さい頃からそうだった。
俺様の周りには下僕どもが集まり、媚び諂い、俺様を「御神様」と崇めてきた。
それなのに何故失敗してしまったんだ!!!!
あの(裏)生徒会の女を捕まえ、(裏)生徒会の居場所と仲間を聞きだそうと思っていたのに・・・!!
「バカ島っ!紅茶を淹れてこい!!今すぐにだ!!!!」
「は、はいっ」
背が高いだけでとりえのないクソオタクのバカ島に指示を出す。
今は落ち着かねばならない。
姿見の前で衣服を整え、ポケットから愛用の櫛を取り出しす。
俺様の綺麗な胡桃色の髪へと櫛を滑らせながら息を整えていく。
なんて美しいのだ・・・。
まるで地上に舞い降りた天使・・・いや、神ではないか?
「次、こそは・・・っ!次こそはあの女を・・・!!!!」
「やっちゃいましょう!!」
下僕の猿が言葉をさえぎる。
「煩いと言っているんだ!!!!!」
ギッと鋭い目つきで睨みつけると、サルはまたへらへらと笑いながら身を縮めた。
「・・・ククッ・・・ハハハハハハハッ俺様は強い!!!
(裏)生徒会などに・・・この学校は守れん・・・。
ヒーローはただ一人・・・俺様でなければならないんだ!!!
フフッ・・・ハーッハッハッハッハ!!!!!」
俺様の鶯のような美しい笑い声が教室に響き渡った。
「今に・・・見ていろ・・・!!!!」
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【千星 那由多】
俺は夢を見ていた。
甘い香りのする深い森の中を必死で走り回る。
誰かが追ってきているようだった。
でも、誰かはわからない。
重い足で必死に草木を掻き分け逃げる。・・・何故逃げてるんだ??
わからない。なんでだっけ?
なにかを守ろうとしていたような気がする。
「・・・・・・っ・・・た・・・」
「?」
「な・・・・・・・・・・た・・・・」
誰かが、俺を呼んでいる声がした。
聞き覚えのある、慣れ親しんだ声――――――。
「那由多!!」
「・・・・・・た、つみ?」
目を開けるとそこはベッドの上で、目の前には物凄く心配そうな表情をした巽の顔があった。
「あれ・・・俺・・・どうしたんだっけ・・・?」
俺は状況がまったく分からず、目を擦りながら身を起こした。
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【天夜 巽】
やっぱり、俺の想像通り那由多は倒れた。
保健の先生によると、過労と睡眠不足の所為だったようだ。
那由多のベッドの横に座り、隈の刻まれた重たそうな瞳を眺める。
きっと、また、何かに巻き込まれてるんだろうな…。心配だ。
不意に俺の横の机に置いてあった那由多の携帯が震える。
メールアドレスと件名の「日当瀬晴生です」という文字が見えて俺は思わず手に取った。
中身を見てはいけないのは分かっている。これは那由多のプライベートだ。
しかし日当瀬くんと仲良くなってから那由多の疲労が溜まっているのも事実。
そう悩んでいると画面に触れてしまって、俺のガラパゴス携帯とは違い、スマートフォンで有るためにメール本文が展開された。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
件名:日当瀬晴生です。
本文:すいません、勝手にメールアドレス調べてしまって。
今日は俺がそばにいながらこんなことになってしまって本当にすいません。
次からもっと早く迎えに行きますね。
後、新しい用事の事でメールしました。詳細はまた口頭で。
明日の放課後また付き合って下さい。
本当に今日はすいませんでした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
それは当たり障りの無い文章だったが逆に何かが隠されていると感付いてしまう文章でもあった。
しかし、これだけでは確証が無いし那由多を問い詰めるにはまだ弱い。
「調べなくちゃね……」
俺は携帯のメールを未読に戻して、机に戻した。
那由多へと視線を戻し、汗の滲む額に貼りついた、癖のある髪を撫でていると急に那由多がうなされ始めた。
「那由多!!なゆたッ!?しっかりして!!ねぇ、那由多ッ!!」
何か怖い夢でも見ているのか、俺は那由多を必至に揺すり起こす。
すると、苦しそうだった瞼が開き、青み掛かった海のような瞳が俺の焦った表情を映す。
「・・・・・・た、つみ?」
「那由多…。よかった。うなされていたよ、変な夢でも見た?
起きれる?起きれるなら家まで送って行くけど?」
少し後ろめたさが残っているので早口でまくしたてる。
先生から那由多の帰る準備を持っていくように言われた為持ってきた鞄を那由多に見せて困ったように笑った。
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【千星 那由多】
起き上がると同時に、心配している巽がまくし立てるように声をかけてきた。
どうやらここは保健室みたいだ。
そういえば俺、ハエタタキの男に網みたいなので縛られて誰かに助けられてから・・・。
「!!三木さん!!三木さんはどうなった!?」
倒れるまでは一緒にいた彼女がいないことに気付き、思わず俺は巽に掴みかかった。
巽は俺のそんな形相に驚いたのか、目を丸くしていた。
巽に言ってもわからない・・・よな。
「あ、ご、ごめん、ちょっとテンパってた・・・。忘れて!もう、大丈夫だから」
巽を掴んでいた手を離すと、制服を整えてベッドから降りる。
時刻はもうすでに17時を回っていた。
自分がどれだけ寝ていたのかと考えると少し恐ろしくなった。
巽から鞄を受け取り、寝ていたせいかいつもより酷くなった髪型を少し直す。
「遅くまでありがとな、巽。おまえ部活の手伝いは?今日はあるんじゃないの?」
巽はいつもなら色んな部活の手伝いに行っている時間だった。
俺が尋ねると、心配そうな目で訴えかけてきていたのを見て、ああ、今こいつは部活より俺の体調の方が大事なんだなと感じた。
「わかったよ・・・一緒に帰ろう」
俺がそう言うと巽に笑顔が戻る。本当にこいつは俺の母親みたいな奴だな。
先に三木さんの無事を確認しておこうと、巽に少し寄るところがあるとだけ告げ、トイレへと駆け込む。
誰もいないのを確認して、携帯で三木さんに電話をかけた。
1...2...3...4...
4コール目で彼女は電話に出た。
「三木さん無事でした!?」
俺は思わずトイレの個室で声を上げてしまった。
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【三木 柚子由】
日当瀬君が怖い…。
結局放課後は日当瀬君が迎えに来てくれた。
どうも、誰かと一緒にいるときは襲ってこないみたい。
今日は日当瀬君が家に送ってくれるらしいんだけど…。
その日当瀬君がさっきからブツブツ言いながらパソコンに何かを打ち込んでいる。
俺の千星さんを…
たこなぐりに…
許さねぇ…
フッフッフ…
もっと…こうした方が…
明らかに邪のオーラを放っている日当瀬君。元から近寄り難いけど、今日は視線も向けられず俯いていると携帯が震えた。
……!!
ディスプレイに出てきた名前を見ると私は固まってしまい、通話ボタンを押せたのは4コール目だった。
「はい…、―――!!」
「三木さん無事でした!?」
「あ。うん。大丈夫。…あの後、たまたま先生が通りがかって…逃げていったの。
千星君も大丈夫?あ、今日はもう任務は無いから、帰ってゆっくり休んでね?」
日当瀬君に代わろうかとも思ったけど、あの人から、今は疲れているだろうから遠ざけるようにと言われている為にヒソヒソと言葉を綴る。
相変わらず日当瀬君は此方に気付かずブツブツ言ってるので少し笑ってしまった。
「…良かった。千星君が無事で。ごめんなさい、私ことに…巻き込んで…」
なんだかホッとすると声が擦れてしまった。
でも良かった。本当に。
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【千星 那由多】
どうやら三木さんはなにもなく無事で、あの後のことを少し話してくれた。
守ることができなかったけど、あの時先生が通りかからなかったらきっと大変なことになっていただろう。
俺は三木さんの声を聞いてここで一気に力が抜けたような気がした。
「俺の方こそ何もできなくってすいませんでした・・・。今日は帰ってゆっくり休みます。三木さんも気をつけて帰ってください」
巽を待たせていたので、素っ気無い返事であったが、無事が確認できただけでもよかった。
俺はまた明日放課後に、と伝えた後電話を切った。
それにしても、あれは先生だったかな?
声がなんか・・・若かった気もするんだけど。
あの時の記憶は曖昧だったが、三木さんがそう言うのであればそうなのだろう。
そこで俺は携帯にメールが来ていたことに気付く。
「あれ・・・メール来てたのか」
そのメールは日当瀬からのものだったので、また家に帰ってから返事をしようと携帯をロックした。
巽の待つ下駄箱へ行くと、あいつは俺が来たことに気付いて笑顔で手を振っていた。
こいつにもすごい心配かけたなあ・・・。
(裏)生徒会のことは言えないから、今後こんなことが無いように自分の体調は自分で管理しなければダメだ、と俺はぐっと手を握り締めて自分に渇を入れた。
その日の帰りは巽と久々に色々話した。
だいぶ濁してはいるが、日当瀬が俺に対して最初はツンツンだったこととか、
赤ん坊はかわいいとか、また勉強教えてくれとか、なんだかいつもの学生に戻れた気がした。
この1週間、俺の高校生活はかなり変わってしまったけど、巽は変わっていない。
やっぱりこいつと二人でいると落ち着く。
ここに日当瀬が入るとかなり疲れるんだけどな。
そんなことを思いながら俺は俯いて笑った。
あっという間に家の前についた俺達は、家まで送ってくれた巽にお礼を言う。
「今日はありがとな、マジで迷惑かけた。今日からはちゃんと寝るから。じゃあ、また明日な」
俺は巽に手を振り、あいつがいつもの笑顔で手を振り返すのを見てから、家の中へと入っていった。
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【天夜 巽】
那由多は起き上がって直ぐに“三木さん”と叫んだ。
那由多が自分の胸ぐらを掴む程動揺するなんて珍しい。
三木さんとは、俺に那由多が倒れている事を伝えてくれた副会長の子だ。
彼女は全く何も無かった様子だった為那由多の動揺と辻褄が合わない。
――――――那由多は俺に、何かを隠している。
それが言えないのか言いたくないのかは分からないが、隠し事があるのは事実だ。
用事があると言って出ていく那由多の背を見るとなんだか悲しくなった。
下駄箱で待っていると那由多は直ぐに来た。
なんだかそのまま遠くに行ってしまいそうな気がしたので、ホッとしてしまって、昔のように色々な話をした。
昔と違うのは那由多からしてくれる話が俺の知らないものが増えた事。
それでも那由多は俺の横で楽しそうだった。
昨日までの疲れ切った様子は無く楽しそうに次々話してくれた。
やっぱり那由多は俺が見て置いてやらないと…。
「ううん。本当、あんま心配掛けないでね?明日、迎えに来るよ。久々に一緒に行こう?」
そう言って手を振って見送った。
那由多は俺が守らないと。
昔から那由多は俺だけは守ってくれた。
父親がいなくて仲間外れにされていた俺を友達にしてくれた。
給食費が無くなって、貧乏な俺が疑われた時も、アイツだけは俺を疑わなかった。
「三木柚子由。日当瀬春生…。」
この二人が絡んでいるのは事実だと思う。
これ以上那由多を苦しめるなら例え那由多の友達でも容赦しない。
既に日が暮れ、青く染まり始めた空を見上げ、俺は誓った。
昼休み。購買に昼御飯を買いに行った私はまた昨日のように追い掛けられている。
昨日も結構しつこかったけど今日は昨日よりしつこい。
走っても走ってもまるでどちらに逃げるかばれているかのように追いてくる。
私は一階の渡り廊下を後ろを向きながら走っていたため、思いっきり前から来ていた人物にぶつかってしまった。
「っ!あ!ごめんなさッ…あ、千星君?……ッ、ごめんなさい。また追い掛けられてて…」
ぶつかった相手は書記の千星君であったけど、今は立ち止まる訳にはいかない。
だって後ろから追い掛けてくる男は何故だかハエタタキを持っているから。
そうして直ぐ走り始める私に千星君は着いてきてくれた。
「千星君?」
そのまま二人一緒にプールの裏路地へと逃げ込んだ。
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【千星 那由多】
移動教室の音楽の授業が終わり昼休みになった。
この授業だけ巽と日当瀬は美術なので、俺がひとりになれる唯一の時間だった。
授業終了のチャイムの後、俺はすぐに教室を出た。
日当瀬が迎えに来るかもしれないので、少しでも一人の時間を作ろうと思ったからだ。
昨日はすぐに寝こけてしまったので、多少寝不足は解消されたが、やっぱりまだ体の疲れは完全には取れていなかった。
移動の最中もイデアアプリを起動する。
昨日は全然できなかったので、少しでも・・・と思い携帯画面を見たまま歩いていると、正面から走って来た誰かとぶつかってしまった。
「・・・って・・・・・・三木、さん?」
ぶつかった相手は三木さんで、全力で走ってきたのか息もだいぶ上がっていた。
どうやら昨日のストーカーとやらにまた追いかけられているらしい。
三木さんは「追われている」と言った後、その場からすぐに走り出す。
俺なんかがどうしようもできないかもしれないけれど、とりあえず彼女を守りたいと思い三木さんの後を追った。
「俺なにもできないけど・・・とにかく一緒に逃げましょう!」
何故ついてきてくれるのかと、不思議そうに俺の名前を呼んだ三木さんにそう答える。
男として目の前にストーカーに追われている女性がいるんだ。
放っておくわけにはいかない。
最近は任務でよく走ったりしていたが、やっぱり疲れた体には結構堪える。
走るたびに頭の中身がズンズンと重くのしかかってくるような気がした。
俺と三木さんは校舎を出ると、プールの方へと向かう。
未だに奴は付いて来ているようだ。
俺にはわからなかったが、三木さんにはどうやら「何者かに尾行されている」とわかるらしい。
プールの裏路地の入り組んだ所へ逃げ込んだところで、二人で身を隠した。
少し狭かったが、俺と三木さんは身を寄せて息をなるべく整える。
近い・・・けど今は走ってきて疲れているため、そんなことはどうでもよかった。
やっぱり全速力で校舎からプールまでの距離は・・・辛い。
頭がクラクラする。
「はぁっはぁっ・・・まだ・・・追ってきてますか・・・?」
肩で息をしながら三木さんに質問をした。
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【三木 柚子由】
千星君と一緒にプールの裏まで逃げたのは良かったけれど、ブロック塀が高いので気配を感じる事が出来ず、辺りをキョロキョロと見渡した。
「ごめんなさい…わからない…」
乱れる呼吸を整えながら小さく呟き、いつものように躯の前で手をもじもじと動かす。
それにしてもどうしてこんなに追尾されるのだろう。
気を付けて逃げているはずなんだけど。
不意に気配を感じ、慌てて頭上を見上げるとブロック塀の上に三人が並んでいて、路地裏の入口ばかりを気にしていた私たちには逃げ道は無かった。
一人の男がハエタタキを振りかざして飛び降りて来たため、私は千星くんを更に奥へと押し飛ばした。
すると目の前までハエタタキが迫っていた。
両手でハエタタキをガードしたけど思っていた痛みは無く、その代わり身体中に網が絡まり私を拘束した。
「千星くん…!イデアアプリを―――きゃぁあああっ!!!」
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【千星 那由多】
ブロック塀の上に三人の男が現れたと思った瞬間、三木さんが俺をかばうように奥へと押し飛ばす。
俺は壁に寄りかかる形で体勢を整えた。
「三木さん!!」
俺と三木さんの間に、ハエタタキ野郎が飛び降りてきた。
三木さんににじり寄ろうとしているので、止めなければと思い、ハエタタキ野郎に掴みかかろうとするが、一瞬酷い眩暈に襲われる。
こんな時に疲れはMAXに達しようとしているみたいだ。
早く三木さんを・・・。
一瞬頭の中がぐるりと回る。
ふらつく頭を無理矢理起こしハエタタキ野郎の方へと向かおうとした時、三木さんはハエタタキの網のようなものに拘束されてしまっていた。
三木さんの体は網でぐるぐるに縛られ、宙に浮いている。
早くなんとかしなくちゃならない・・・!
その時三木さんが叫んだ「イデアアプリを」という言葉に、俺はハッとし携帯を取り出す。
多分これはこういう時に使うもの、戦闘になった時にイデアアプリを解かなければならないんだ。
イデアアプリを起動しようとした時、俺にもハエタタキの網が迫ってきていた。
だめだ!逃げれない!!
そう思った瞬間網は俺の体にも絡みつき、俺は体の自由を奪われてしまった。
抵抗すると余計に絡まってしまうのか、必死でどうにかしようと暴れるが、余計に自分の体を締め付けてしまった。
握っていた携帯が地面へと落ちる。
くそっ・・・だめだ・・・。
三木さんは必死で俺の名前を呼んでいた。
こんな時に女性に心配されるなんて、なんかすげえカッコわりい・・・。
「クック・・・ハハハハハハ!!
この女と一緒にいたのが悪かったな!!
一般生徒みたいだが・・・ちょっと気を失ってもらおうか・・・?」
ハエタタキの男がこちらに振り向き、甲高い声で高らかに笑った。
だいぶ意識は朦朧として目の前がぼやけているので、男の顔までははっきりわからない。
そして、俺に絡んでいた網の力がさらに強くなる。
「ぐ・・・あ・・・っ・・・!」
息が詰まって体にも力が入らない。
もうダメかと思った瞬間、どこかで誰かの声がした。
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【三木 柚子由】
「せん…ぼし…くん」
どうやら彼はまだ“イデアアプリ”の解読方法が分かっていない様子で、私と同じようにハエタタキの網に捕まってしまった。
でもなぜ、この武器を彼らが持っているの?
これは特殊武器。ヒューマノイドであるイデアちゃんしか作れないはずなんだけど。
藻掻けば藻掻くほど網は身体中に絡まり、足すらも地面に着かなくなってしまった。
あの時に私一人が逃げていれば千星君を巻き込まずに済んだのに。
「ぅ、ああっ!!!やめて!彼は…関係…ないッ……ッんん!!」
涙で視界が霞む、千星君が入ってからは後悔ばかりしてる気がする。
網が千星君を締め上げていく、まさにその時聞こえた声に私は耳を疑った。
「おや、いけませんねぇ…。女性にそんな手荒な真似をしては」
「……ッ!?誰だ!オマエは!!!」
路地裏の入口に訪れた青年。
この位置からでは逆光で私も三人組も顔は分からないけど、私には分かるその声に苦しいのも忘れて其方を見つめたまま瞳が揺れる。
「フフ…、只の一般生徒、ですよ。先生、こちらです。先程言っていた不審者です!」
「な!!?おいッ!!一旦引くぞ!!」
私はこの感覚を知っている。先生達の足音や声が聞こえるがこれはまやかし。
彼が先生を呼ぶ身振りをするがそれもまやかし。
それに気付かずに、三人組が逃げていくと私と千星君に絡んでいた網が解け地面に落下するはずだったのだが。
私も千星君も離れていた位置にいた彼に受け止められていた。
「ご苦労様です。柚子由」
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【千星 那由多】
この声は、どこかで聞いたような気がする。
優しく奥深いが、どこか影のある海の底のように真っ暗な、そんな声。
飛びそうな意識でその声をどこか冷静に聞いていた。
その声の誰かが先生を呼んでくれたのか、ハエタタキの三人衆は俺と三木さんを縛っていた網を解いて逃げていった。
・・・よかった・・・三木さん、無事だ・・・
俺は咳き込みながら地面に落下・・・したと思ったのだが、何故か誰かに受け止められていた。
三木さんも同じように俺を受け止めている誰かの腕の中だった。
「・・・・・・?・・・」
甘い匂いが微かに香る・・・。
落ち着くけれど、なぜか悲しくなるようなそんな匂いだった。
「っはぁ・・・・・・っだれ・・・だ・・・?」
朦朧とする意識の中、霞む目で俺と三木さんを受け止めている人物に目をやる。
生憎逆光と視界の悪さで顔は見えない。
その誰かが何を言っているか分からなかったが、微かに耳に入ったその声は、先ほど聞こえた声と一緒であることに気付いた。
それと同時に俺の意識は闇へと落ちていった。
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【三木 柚子由】
「おや。意識を失ってしまいましたか。仕方ありませんね。…柚子由、自分で立てますね。」
「はい。」
この方のお手を患わせるわけにはいかないと私は抱き締められている胸から抜け出した。
触れられていると、心臓が高鳴るのが自分でも分かる。
私はなんとか心臓を落ち着け、彼の直ぐ横に立つ。意識を失ってしまった千星君を見て眉を下げた。
「大丈夫です…よね?」
「さっきの攻撃よりも、睡眠不足に過労、それによるものでしょう。
僕は彼を保健室に運びますから、お前はクラスの誰かに伝えて置いてください。」
「分かりました。」
意識の無い千星君を肩に担ぎ上げると、携帯電話で何かを話ながら彼は私の前から姿を消した。甘い香と共に。
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【謎の生徒】
「イデア。あの依頼箱の任務ですが…、受けることにします。」
「そうか、わかっタ。晴生には連絡ヲいれてオク。」
「それでは、お願いしますね。
フフフ…、僕の柚子由を傷付けた罪は重い。」
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【風紀委員長:御神】
「クソッ!!あと少しのところでっ!!」
俺様のフライスウェイターであの女と知らない男を縛りあげた所まではよかった・・・。
それなのにあんな人気の無い所に一般生徒が来るとは・・・!
「ざ、残念でしたねェ・・・」
下僕のうっとおしいサルがにやにやとした表情で手を揉んでいる。
「煩いクソザル!!!貴様らが役にたたんから俺様の超完璧な作戦が失敗に終わったんだ!!!」
目障りなサルを蹴り上げ黙らせ、俺様は机に拳を突き立てた。
「完璧な俺様が失敗するわけないんだ・・・容姿端麗頭脳明晰・・・
全国のアホどもが羨むほどのこのパーフェクトな俺様に不可能などないはずなんだ!!!!」
俺様に失敗という文字はない。
小さい頃からそうだった。
俺様の周りには下僕どもが集まり、媚び諂い、俺様を「御神様」と崇めてきた。
それなのに何故失敗してしまったんだ!!!!
あの(裏)生徒会の女を捕まえ、(裏)生徒会の居場所と仲間を聞きだそうと思っていたのに・・・!!
「バカ島っ!紅茶を淹れてこい!!今すぐにだ!!!!」
「は、はいっ」
背が高いだけでとりえのないクソオタクのバカ島に指示を出す。
今は落ち着かねばならない。
姿見の前で衣服を整え、ポケットから愛用の櫛を取り出しす。
俺様の綺麗な胡桃色の髪へと櫛を滑らせながら息を整えていく。
なんて美しいのだ・・・。
まるで地上に舞い降りた天使・・・いや、神ではないか?
「次、こそは・・・っ!次こそはあの女を・・・!!!!」
「やっちゃいましょう!!」
下僕の猿が言葉をさえぎる。
「煩いと言っているんだ!!!!!」
ギッと鋭い目つきで睨みつけると、サルはまたへらへらと笑いながら身を縮めた。
「・・・ククッ・・・ハハハハハハハッ俺様は強い!!!
(裏)生徒会などに・・・この学校は守れん・・・。
ヒーローはただ一人・・・俺様でなければならないんだ!!!
フフッ・・・ハーッハッハッハッハ!!!!!」
俺様の鶯のような美しい笑い声が教室に響き渡った。
「今に・・・見ていろ・・・!!!!」
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
俺は夢を見ていた。
甘い香りのする深い森の中を必死で走り回る。
誰かが追ってきているようだった。
でも、誰かはわからない。
重い足で必死に草木を掻き分け逃げる。・・・何故逃げてるんだ??
わからない。なんでだっけ?
なにかを守ろうとしていたような気がする。
「・・・・・・っ・・・た・・・」
「?」
「な・・・・・・・・・・た・・・・」
誰かが、俺を呼んでいる声がした。
聞き覚えのある、慣れ親しんだ声――――――。
「那由多!!」
「・・・・・・た、つみ?」
目を開けるとそこはベッドの上で、目の前には物凄く心配そうな表情をした巽の顔があった。
「あれ・・・俺・・・どうしたんだっけ・・・?」
俺は状況がまったく分からず、目を擦りながら身を起こした。
-----------------------------------------------------------------------
【天夜 巽】
やっぱり、俺の想像通り那由多は倒れた。
保健の先生によると、過労と睡眠不足の所為だったようだ。
那由多のベッドの横に座り、隈の刻まれた重たそうな瞳を眺める。
きっと、また、何かに巻き込まれてるんだろうな…。心配だ。
不意に俺の横の机に置いてあった那由多の携帯が震える。
メールアドレスと件名の「日当瀬晴生です」という文字が見えて俺は思わず手に取った。
中身を見てはいけないのは分かっている。これは那由多のプライベートだ。
しかし日当瀬くんと仲良くなってから那由多の疲労が溜まっているのも事実。
そう悩んでいると画面に触れてしまって、俺のガラパゴス携帯とは違い、スマートフォンで有るためにメール本文が展開された。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
件名:日当瀬晴生です。
本文:すいません、勝手にメールアドレス調べてしまって。
今日は俺がそばにいながらこんなことになってしまって本当にすいません。
次からもっと早く迎えに行きますね。
後、新しい用事の事でメールしました。詳細はまた口頭で。
明日の放課後また付き合って下さい。
本当に今日はすいませんでした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
それは当たり障りの無い文章だったが逆に何かが隠されていると感付いてしまう文章でもあった。
しかし、これだけでは確証が無いし那由多を問い詰めるにはまだ弱い。
「調べなくちゃね……」
俺は携帯のメールを未読に戻して、机に戻した。
那由多へと視線を戻し、汗の滲む額に貼りついた、癖のある髪を撫でていると急に那由多がうなされ始めた。
「那由多!!なゆたッ!?しっかりして!!ねぇ、那由多ッ!!」
何か怖い夢でも見ているのか、俺は那由多を必至に揺すり起こす。
すると、苦しそうだった瞼が開き、青み掛かった海のような瞳が俺の焦った表情を映す。
「・・・・・・た、つみ?」
「那由多…。よかった。うなされていたよ、変な夢でも見た?
起きれる?起きれるなら家まで送って行くけど?」
少し後ろめたさが残っているので早口でまくしたてる。
先生から那由多の帰る準備を持っていくように言われた為持ってきた鞄を那由多に見せて困ったように笑った。
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【千星 那由多】
起き上がると同時に、心配している巽がまくし立てるように声をかけてきた。
どうやらここは保健室みたいだ。
そういえば俺、ハエタタキの男に網みたいなので縛られて誰かに助けられてから・・・。
「!!三木さん!!三木さんはどうなった!?」
倒れるまでは一緒にいた彼女がいないことに気付き、思わず俺は巽に掴みかかった。
巽は俺のそんな形相に驚いたのか、目を丸くしていた。
巽に言ってもわからない・・・よな。
「あ、ご、ごめん、ちょっとテンパってた・・・。忘れて!もう、大丈夫だから」
巽を掴んでいた手を離すと、制服を整えてベッドから降りる。
時刻はもうすでに17時を回っていた。
自分がどれだけ寝ていたのかと考えると少し恐ろしくなった。
巽から鞄を受け取り、寝ていたせいかいつもより酷くなった髪型を少し直す。
「遅くまでありがとな、巽。おまえ部活の手伝いは?今日はあるんじゃないの?」
巽はいつもなら色んな部活の手伝いに行っている時間だった。
俺が尋ねると、心配そうな目で訴えかけてきていたのを見て、ああ、今こいつは部活より俺の体調の方が大事なんだなと感じた。
「わかったよ・・・一緒に帰ろう」
俺がそう言うと巽に笑顔が戻る。本当にこいつは俺の母親みたいな奴だな。
先に三木さんの無事を確認しておこうと、巽に少し寄るところがあるとだけ告げ、トイレへと駆け込む。
誰もいないのを確認して、携帯で三木さんに電話をかけた。
1...2...3...4...
4コール目で彼女は電話に出た。
「三木さん無事でした!?」
俺は思わずトイレの個室で声を上げてしまった。
-----------------------------------------------------------------------
【三木 柚子由】
日当瀬君が怖い…。
結局放課後は日当瀬君が迎えに来てくれた。
どうも、誰かと一緒にいるときは襲ってこないみたい。
今日は日当瀬君が家に送ってくれるらしいんだけど…。
その日当瀬君がさっきからブツブツ言いながらパソコンに何かを打ち込んでいる。
俺の千星さんを…
たこなぐりに…
許さねぇ…
フッフッフ…
もっと…こうした方が…
明らかに邪のオーラを放っている日当瀬君。元から近寄り難いけど、今日は視線も向けられず俯いていると携帯が震えた。
……!!
ディスプレイに出てきた名前を見ると私は固まってしまい、通話ボタンを押せたのは4コール目だった。
「はい…、―――!!」
「三木さん無事でした!?」
「あ。うん。大丈夫。…あの後、たまたま先生が通りがかって…逃げていったの。
千星君も大丈夫?あ、今日はもう任務は無いから、帰ってゆっくり休んでね?」
日当瀬君に代わろうかとも思ったけど、あの人から、今は疲れているだろうから遠ざけるようにと言われている為にヒソヒソと言葉を綴る。
相変わらず日当瀬君は此方に気付かずブツブツ言ってるので少し笑ってしまった。
「…良かった。千星君が無事で。ごめんなさい、私ことに…巻き込んで…」
なんだかホッとすると声が擦れてしまった。
でも良かった。本当に。
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【千星 那由多】
どうやら三木さんはなにもなく無事で、あの後のことを少し話してくれた。
守ることができなかったけど、あの時先生が通りかからなかったらきっと大変なことになっていただろう。
俺は三木さんの声を聞いてここで一気に力が抜けたような気がした。
「俺の方こそ何もできなくってすいませんでした・・・。今日は帰ってゆっくり休みます。三木さんも気をつけて帰ってください」
巽を待たせていたので、素っ気無い返事であったが、無事が確認できただけでもよかった。
俺はまた明日放課後に、と伝えた後電話を切った。
それにしても、あれは先生だったかな?
声がなんか・・・若かった気もするんだけど。
あの時の記憶は曖昧だったが、三木さんがそう言うのであればそうなのだろう。
そこで俺は携帯にメールが来ていたことに気付く。
「あれ・・・メール来てたのか」
そのメールは日当瀬からのものだったので、また家に帰ってから返事をしようと携帯をロックした。
巽の待つ下駄箱へ行くと、あいつは俺が来たことに気付いて笑顔で手を振っていた。
こいつにもすごい心配かけたなあ・・・。
(裏)生徒会のことは言えないから、今後こんなことが無いように自分の体調は自分で管理しなければダメだ、と俺はぐっと手を握り締めて自分に渇を入れた。
その日の帰りは巽と久々に色々話した。
だいぶ濁してはいるが、日当瀬が俺に対して最初はツンツンだったこととか、
赤ん坊はかわいいとか、また勉強教えてくれとか、なんだかいつもの学生に戻れた気がした。
この1週間、俺の高校生活はかなり変わってしまったけど、巽は変わっていない。
やっぱりこいつと二人でいると落ち着く。
ここに日当瀬が入るとかなり疲れるんだけどな。
そんなことを思いながら俺は俯いて笑った。
あっという間に家の前についた俺達は、家まで送ってくれた巽にお礼を言う。
「今日はありがとな、マジで迷惑かけた。今日からはちゃんと寝るから。じゃあ、また明日な」
俺は巽に手を振り、あいつがいつもの笑顔で手を振り返すのを見てから、家の中へと入っていった。
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【天夜 巽】
那由多は起き上がって直ぐに“三木さん”と叫んだ。
那由多が自分の胸ぐらを掴む程動揺するなんて珍しい。
三木さんとは、俺に那由多が倒れている事を伝えてくれた副会長の子だ。
彼女は全く何も無かった様子だった為那由多の動揺と辻褄が合わない。
――――――那由多は俺に、何かを隠している。
それが言えないのか言いたくないのかは分からないが、隠し事があるのは事実だ。
用事があると言って出ていく那由多の背を見るとなんだか悲しくなった。
下駄箱で待っていると那由多は直ぐに来た。
なんだかそのまま遠くに行ってしまいそうな気がしたので、ホッとしてしまって、昔のように色々な話をした。
昔と違うのは那由多からしてくれる話が俺の知らないものが増えた事。
それでも那由多は俺の横で楽しそうだった。
昨日までの疲れ切った様子は無く楽しそうに次々話してくれた。
やっぱり那由多は俺が見て置いてやらないと…。
「ううん。本当、あんま心配掛けないでね?明日、迎えに来るよ。久々に一緒に行こう?」
そう言って手を振って見送った。
那由多は俺が守らないと。
昔から那由多は俺だけは守ってくれた。
父親がいなくて仲間外れにされていた俺を友達にしてくれた。
給食費が無くなって、貧乏な俺が疑われた時も、アイツだけは俺を疑わなかった。
「三木柚子由。日当瀬春生…。」
この二人が絡んでいるのは事実だと思う。
これ以上那由多を苦しめるなら例え那由多の友達でも容赦しない。
既に日が暮れ、青く染まり始めた空を見上げ、俺は誓った。
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