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さくらんこ

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過去編【あなたまメンバーの裏生徒会(高校生)時代】

【過去編】8 千星VSアクラシア

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2022.11.19加筆再アップ
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真紅の瞳を宿したヒューマノイドのアクラシアは真っ直ぐに千星那由多《せんぼし なゆた》を見詰めた。品定めするような視線に千星は萎縮し、神功のエネルギーで作った炎の刄を握り締める。アクラシアは武器である鞭をどこからともなく引き出すと、〝パシン〟と、小気味良い音を立てて戦闘モードへと突入した。

「何度デモ、言う。センボシナユタ、オマエではワタシには勝てない。無駄に命を散らすカ、降伏するカ、さっさと選べ。ただ、どちらにしてもオマエが、生き残る可能性は低いダロウな」
「そ、そんなのやってみなきゃわかんねぇだろ……ッ」
「ワカル。イデアと共有していた過去の情報がソウ言ってイる」
「……ッ、イデア、イデアって、お前はイデアの何なんだよ!」

千星は神功から絶有主《ゼウス》メンバーについて簡単には聞かされていたがそれでも目の前に現れた、〝アクラシア〟と名前のつく〝イデア〟を成長させ、性別を変えたようにしか見えないヒューマノイドを受け入れる事が出来なかった。

「ジングウ サチオから聞いていないのカ。まぁ、聞いていたとシテもオマエのゆるい頭では理解デキないか……」
「………ぐっ!」
「ワタシは、アクラシア。イデアと同じ製作者である犬飼教授により作られた後継作である。与えられた役割は異なるがな……。
イデアロスは他のヒューマノイド同様、武器製造、裏生徒会の補助が主な役割でアッタが、ワタシは違う。裏生徒会メンバーとして政府の指示通りに動くことがワタシの使命である。そして、ワタシはイデアと全ての情報を交換しテいた。イデアが聞いたモノ、見たモノは全てワタシの中《メモリー》ニある。だが、ソレがある日を境に途絶えタ…………イデアはERRORを起こしてまで政府に仇なす事をワタシに伝えたくなかったようダな。なぜダカ分かるか?」
「…………ッ、知るわけないだろ……ッ、俺だって知りたいぐらいだ!」
「オマエに聞いたワタシが愚かだった……もうオマエと話スことは無い」
「ぅ、わっ!!……ッ、速いッ!」
「オマエはイデアロスにすら手も足もでなかったノデあろう?そんなオマエが後継機のワタシに敵うハズもない……タツミもまた選択を間違ッた」
「そんなの、やってみな、─────ッッ!!!いってぇ…………っ!!」

アクラシアの鞭が空中を走る。決して直線的に攻めてくれない、しなる縄を対処出来る程の実力を千星は持ち合わせていなかった。今までは誰かがフォローしてくれていたが今日はアクラシアと一対一である。圧倒的に経験不足、実力不足である千星は、炎を剣で鞭の攻撃を止める事が精一杯である。流石にこのままではマズいと千星がアクラシアが鞭を引く動作に合わせて1歩出ようとしたその時、今まで撓っていた鞭が直線的に千星の二の腕を貫く。

「………ッ、…………く」
「ツギは心臓だ。もう一度聞ク、命乞いはしないノか?」

ブシュッと血管が割かれる音が響いて千星の腕から血飛沫が上がった。アクラシアの鞭は縄でできたものであったが、直線的な動きに変わる瞬間に縄の外側を鉛が纏い、イバラ鞭のような機械鞭へと形状が変わった。
歪で無機質で感情のないアクラシア本人を描いたような外装へと変化し、殺傷能力が格段に上がった。
しかし、千星も寸でのところで指先が“解”文字を無意識に綴っていてアクラシアの鞭のルート解析をしてくれた為、貫通は免れた。それでも白いワイシャツを赤く染めていく血液は止まることはなく、千星の表情は青ざめていく。昔なら間違いなくここで逃げていた。しかし、もう何度も〝逃げる〟選択を取って後悔をしている。その相手は幼馴染から始まり、親友、敵、仲間、家族……思い出せばキリがないほど千星は自分が後悔したこと思い出してしまう。そしてその全ては自分から動く事をしなければ解決しない事ばかりであった。千星の表情が苦く笑んだ後、ぐっと歯を食いしばるように体が前傾に傾いた。

「しない……ッ!」
「ならば……死ネ……」

千星が炎の剣を構え直すとアクラシアが機械の鞭に指示を送る。腕のしなりだけではなくアクラシア自身から発する電気信号でも動くようになった鞭は、様々な基線を描いて千星に襲いかかる。千星は一気に表情を引き攣らせると共に〝土〟の字を綴ると、防御用の壁を作った。
正直勝てる気がしない。だが勝つしかない。
こんな状況は昔から何度も経験はしている。でも、結局いつも自分は最後に誰かから助けてもらっていた。もしかしたら今回も巽が、晴生が、明智が、そして会長たちが助けに来てくれるかもしれない。そんな自分らしい弱い考えにすこしだけ気持ちは緩んだ。劣勢には変わりないのに心が軽くなった。俺の仲間は何があっても俺を裏切ることは無い。それだけは揺るがない真実である。

(仕方ねぇから助けてやろうか?)

そんな声が千星の中から聞こえた。
初めてではない。この感覚は前回千星の体が誰かに乗っ取られた時に感じたものだった。あの時は能力の暴走と類似したものとして片付けたけど、もしかしてこれも俺の能力の一つではと千星がそう思った瞬間、ペン先が空中を滑った。
〝受〟と言う文字と続け様に〝力〟と言う文字を自分に向けて綴った。千星は〝力〟の文字は綴った事がある。副会長の九鬼と対峙したときに綴り、その後引き千切れそうなほど体が痛くなってしまいそれ以降使ってない、と、言うかその能力を忘れていた。
千星の全身に力が漲る。しかし炎の剣は消えてなくなり神功に貰った万年筆だけが残った。

(そもそも俺、左利きなんだよな)
「は?……何言っ…………ッ!!」
「さっきからウルサイぞ。恐怖デ更におかしくなっタか?」

千星が自分の奥底から聞こえる声との会話に集中していたとき、目前の土の防壁が脆く音を立てて崩れさった。そしてずっと千星と距離を取っていたアクラシアが目の前まで来ており、千星は大きく目を見開いた。再度炎の剣を作ろうと万年筆が動くよりも速く、左手の人差し指が〝風〟の文字を綴った。
自分の文字とは全く違う字体から繰り出される旋風は荒々しく、何重にも円を描いてアクラシアに襲い掛かる。

「──────?……センボシ ナユタ………左利き?……いや、そんナ、データは無い」

パシンパシンパシンッ─と風と鞭がぶつかって辺りの気流が乱れる。アクラシアは表情こそ変わらないが、千星の新たなデータの入力処理を始めた為瞳が赤く幾重にも重なった瞳孔がライトのように光り処理を始める。処理と並行してアクラシアは機械鞭を直線的に繰り出し、千星を串刺しにしようとするが、千星の左半身が先導してバク宙して避けていく。

「ひぃぃぃ、お、ぉ?お!?……っぶね!!」
(はぁー……ちゃんと付いてこいよな……お前そんなんでよく……ま、いっか。肉体潰されたら俺も困るしな)
「へ?……ちょ、まっ…………ッ!!」
(とばしていくぜッ!)

千星は自分の体の動きに驚いた。そして左手は右手を無視して文字を綴る。〝火、水、風、雷、土〟全ての属性を自由に操り、そしてその能力は万年筆の中のエネルギーを必要とすることは無かった。千星の左手の周りの空気が揺れ、そこから手に吸い上げられて行くような感覚が湧き上がる。逆に右手は自由に動く為、〝土〟を主流とした守りでアクラシアからの攻撃を封じた。

「オマエにこんな能力があったトはな……」
「へ?……そう、なのか?」
「……………?なるほド……そういうコトか」
「そういう事って……」
「センボシ ナユタ。役職は書紀。能力不確定。イデアロスが作製した特殊武器を使用時のみ多彩な属性を扱えるが全てに置いて取るに足りない、ジングウ サチオがお飾りの為に用意した愛輝凪高校の生徒会役員。それがオマエのイデアからの評価だ」
「………ぅ、イデアの奴……言い過ぎだろっ」
「だが、ドウヤラ違ったようダな」
「……………?」
「イデアはずっとオマエに関しては嘘の情報を流していた。ジングウの指示だけでは無い、そこにはイデアの意志があった。そうでなければこんな能力ガ政府に伝わらない訳ガない。それはオマエを守るためだったと現時点でハ仮定する事がでキる……と、なると……オマエか、イデアを壊したのは」
「な、なんの事だッて言ってんだろっ!?イデアは会長が……ッ」

そこまで告げるとアクラシアは戦闘の手を止めた。
解析をエンドレスで行う機械音が辺りに響きながらも、アクラシアは言葉を続ける。

「違う。イデアを壊したのはオマエだ。ずっとおかしいと思ってイた。ジングウ サチオが幻術で狂わせたシナリオも考えたが、ヤツは仲間には甘イハズ、そしてイデアがジングウ サチオのために嘘を吐くとは思えナイ……。
なんたってアイツは一人なら一国を容易く沈めるオトコだかラな。
そうするト結論は一つだ。イデアはセンボシ ナユタ、オマエを守ろうとして、データ共有を無理矢理解除シ、ERRORを起こしたとみて間違いナイだろう」
「……………は、……ッ、嘘だろ……会長は、自分が反旗を翻すって言ったから……ッて」

そこまで言って千星は神功の言葉を思い出した。
『きっと……イデアには守りたいものがあったのでしょうね。』
頭の中で反芻された言葉。千星はその言葉を聞いた時、それは(裏)生徒会全員の事だと思ったが、よくよく考えると他のメンバーは誰かに守って貰う必要が無いほど強かった。唯一、自分だけが、毎回イデアの地獄の特訓に音を上げ、追加で罰を受け、そして……いや、もう思い返す事も辛い日々であったがそれでも千星はイデアの事を感情が無いと思った事が無かった。まるでもう一人、口の悪い妹が出来たようだと感じて居たのだった。
千星の瞳から静かに涙が流れた。その表情にアクラシアが理解できないと言うかのように視線を眇める。

「ナゼ泣く?」
「なんでって……悔しいからだろ……俺がもっとしっかりしていたらイデアは……ッ」
「理解デキない。イデアは感情プログラムを持たない。プログラムに忠実な筈のヒューマノイドがそんな事でERRORを起こすのは不良品でシカない。そんな出来損ないニ同情スル、オマエの気持ちがわかラない」
「違う……ッ!イデアは不良品なんかじゃない…ッ!イデアは……大切な俺達の仲間だ…ッ!」
「理解デキない。ユウトもそうだが、オマエもだ。出来損ないと定義されたものを出来損ないと言われるだけで怒り狂う心理がワタシにはワカラない」
「それが分からないお前のほうが出来損ないだろ…ッ」
「…………オマエとワタシが理解できる日が来ないことだけは理解した……、ワタシはこの情報を政府に届ける義務がアル。だかラ、できるだけ速くオマエを殺す」

千星は手の甲で目尻を拭った。再び右手が〝火〟〝剣〟を描くと炎の剣が手の中に現れた。逆の手も〝火〟を綴ると両手で握った炎の剣がより一層大きく空気を吸い上げながら燃え盛った。

(で、おしゃべりは済んだのかよ?)
「うるせーな、……つーか、お前なんなんだよ、お前も俺の能力の一部なのか?」
(ま、半分は正解だな)
「半分……て、ッ、来るッ」

カキンッと鈍い音が響き渡る。
アクラシアが距離を開けると、また千星の奥底から話し声が聞こえた。そして、千星の左手は勝手に〝土〟の文字を綴り、その属性で作った岩で手を覆うと、アクラシアから伸びてくる機械鞭の軌道を逸らせていった。
攻撃も防御も粗方オートでやってくれるので、千星はゲームのような感覚になってくる。しかも〝力〟を使ったからか体も軽い。息は切れるが変な緊張感が無くなっていく。普段なら千星は攻撃された瞬間、萎縮し、身構え、目も閉じてしまうと言う散々な反応をしていたが〝受〟と綴ってからはそんな事はなくスムーズに体が動いた。いや、動かされた。
アクラシアの襲い来る鉄の鞭から千星は自分の体がオートで動く。バク転して距離を取り、普段千星が見ている仲間のような動きを自分がしていることはまだ腑に落ちなかったが、これならアクラシアと互角に戦える。
千星は自由な右手で文字を綴った。左手はオートで動き、万年筆のインクを使用せずとも自然エネルギーを自在に操れて、まるで魔法使いにでもなったかのようだった。それに加えて右手でアクラシアの隙をつき文字を綴る。幸いゲームで慣れている為〝見る〟〝合わせる〟という行為は彼の得意とするところだ。
アクラシアの攻撃を交わし、火の玉をいくつも作り打ち込むが、残念ながら一筋縄で行く敵ではなく。未だ傷一つ付けられない状態であった。

「……ヌルいな」
「く……、人間じゃねーのはわかってっけど……強過ぎる」
(ボス攻略みてぇーで愉しいじゃん……!)
「あ、ちょ……!?」
「さっきからオマエは何なンだ。センボシ ナユタ……まるで2人イルような動きだな」
「俺も訳はわかんねぇ……けど、……ッ!」
「───────ッ!!!」

左右の手が初めて同じ文字を綴った。
千星の両手が同時に〝炎〟の文字を綴る。すると今までに類を見ないほどの大きな業火が玉の形を成し、流石のアクラシアも見たことが無い炎の塊に解析が追いつかず動きが鈍る。

「だあぁあああああああっ!!火之矢斬破《ヒノヤギハ》」
「……………」

ゴゥぅッと激しく酸素巻き込みながら炎の塊はアクラシアを飲み込んだ。もしかしたらダメージを与えられたかも!と、千星は喜びに目を見開き、左半身も一瞬弛緩するが、炎の中の人影がゆっくりと濃くなっていく。
そして、カツンカツンと言う地面を踏みしめる音と共にアクラシアが炎の中から姿を表した。

「……ッ、なんでだよ……なんで燃えない…ッ」
「簡単なコトだ……、ワタシを燃やすには温度ガ低すぎる」
(あー……ダリィ。二人合わせても火力足りないとかやべーな)
「……ッ、会長との特訓で火の威力はかなり上がってる筈のなのに……ッ」

千星の中に焦りが生まれる。反対にプログラムに忠実に動くアクラシアは表情を変えることなく、煤で汚れてしまった服を払ってから地面を蹴った。
千星が後ろに下がると同時に左手が自動的に文字を綴り、水の細長い魚が空中を優雅に動きながらアクラシアを拘束する。しかし──────。

「火之矢斬破《ヒノヤギハ》!!」
(あーっ!おい!俺が闇水津波《クラミツハ》で捕まえてんだから普通は雷だろ!雷!)
「う、……悪い……つーか、雷ってなんだよ……ッ」
(猛御雷《タケミカズチ》だろ!)
「何となく想像はつくけど……打ったことねぇーし」
「誰と話シテいる……」
「う、ぁああああああっ!!」

千星は一人であるにもかかわらず、焦りから段々と左右のリズムがずれていく。折角水で拘束したのに炎を放って弱め。雷と風を同時に作って相殺してしまい。その隙をアクラシアが付いて攻め込んでくる。左手は防御に動くが右手は掌を前にして完全に怯んだ状態になると、鞭を受けきれず後方にぶっとんで千星の体は物のように転がった。

「っ゙!痛ぇっ!……ぐ、ぅ……」

ドロっと額から血が流れる。ハァハァと忘れていた呼吸が上がり、無敵時間が終わったのだと告げられたような気がしてきた。そうなると千星の動きは元のように鈍っていき、恐怖が前面に出てきて自分の奥底の声も聞こえなくなってくる。

「おしゃべりは終ワリか?」
「……ッ、まだまだ!」

完全に強がった言葉を吐いた瞬間。アクラシアと千星を隔てるように空間の歪が現れた。
二人の動作が止まった時、歪から吐き出されるように天夜巽《あまや たつみ》と小さな犬の姿に戻ったクロコッタか落ちてきた。血塗れの一人と一匹が地面へと投げ出されると千星は血相を変えて走り出す。

「た、巽ッッッッッッ!!」
「ぅ………はぁ、………那由多………ッ?」

天夜は自己治癒力が追いつかないほど肉体が損傷しており、見えない瞳で探すように首を左右に動かすがその動きもすぐに緩慢なものになっていく。
千星は天夜の側に行きたいが一本の鞭がその行く手を阻んだ。

「調度いい、二人纏めて、シね……」

アクラシアから落ちる信じられない言葉に千星は目を見開いた。天夜ならまだしも、天夜の腕の中にはクロコッタがいる。それにもかかわらず、刃が剥き出しの機械鞭が天夜とクロコッタの首を引き裂くように宙を走った。

(「生砂詠美《イザナミ》」)

千星の声と心の声がリンクする。
地面が隆起し、女神の像を象る土の盾が出来上がると鞭の威力を殺すように両手が包み込み、そして崩れて消え去っていく。
そしてその奥にアクラシアが見たものに初めてアクラシアの瞳が不可解に細められた。一人しか居ないのに二人見える。そんな解析不能な状態にアクラシアは鞭を強く握った。

「なんでそんなことできんだよ……ヒューマノイドだからっておかしいだろ……ッ?クロコッタはお前の仲間だろ!」
(……はー、ざけんなよな。俺の巽に何すんだよ、ナニサマのつもり?)

アクラシアには確かに声が二重に聞こえた。
どちらも自分を卑下するものであるが内容は全く異なるもので更に険しく眉が寄る。理解、解析出来ないものができると頭が軋む。無理に処理を掛け自分を納得させるとバシンッと地面を鞭で叩いた。

「クロコッタは任務ニ失敗した。実験体であるソイツは始末シナければならない」
「はー……、もういい。イデアの後継機とか嘘だろ……。お前は何一つイデアを超えて…………ッない!」

千星の意識が一つになる。
不思議なほどに自由に体が動いた。頭の中の戦略は別の誰かが考えているような気すらする完璧なもので、左手は指で〝炎〟と描くと拳に火が纏わりついた。万年筆で〝風〟と書き、推進力をあげその拳で思いっきり殴りかかるとデータ外であったからかアクラシアの頬にクリーンヒットした。
ガキンッと機械音を立ててアクラシアが吹っ飛ぶ。しかし直ぐに体勢を立て直されてこちらに頭から突っ込んできた。
千星は左右の手でいろいろな属性を綴りアクラシアの攻撃に対応するが、埒が明かない。その間に万年筆から伸びている光のインクが底をついていく。水、土、雷、風、そして炎と順に光が消え去ってしまうと、そこにはただの万年筆が残った。

「………っ、こんな時に……ッ!」
「万事休す……だな」

予備のカートリッジはあるが、アクラシア相手に変えるようなどなかった。左手は相変わらず周りのエネルギーを受け入れ防御に徹するが、右手は万年筆を握りしめるだけで動く事はなかった。
このまま何も出来ずに自分は負けてしまうのか、と、表情を苦く歪めたその時。

“ありがとう ミンナ ダイスキ”

そんなイデアの声が頭に響いた。

大好き。
千星はイデアから貰ったその言葉にかけることにした。
万年筆を持っている右手に左手を添えた。
そして両足を止めて真っ直ぐにアクラシアに両手を突き出す。
一見すると投降するかのようにも見えるポーズにアクラシアの無機質な瞳が千星を真っ直ぐに見つめる。

「諦メタのか?」
「……足してやるんだよ、お前に無いものを」
「…………な、に………………?」

千星の手が文字を綴る。
はじめに綴った文字は〝喜〟
その文字は真っ直ぐに吸い寄せられるようにアクラシアに飲み込まれた。
アクラシアは文字が触れた胸の位置を触るが何も怒らない。しかし、次の瞬間大きく視界にノイズが入る。

「く………な、んだ、コレ………は」
「イデアが言ったんだ……俺に、俺達に大好きって……」

アクラシアの視界に欠損が生まれる。
電気系統がうまく繋がらず四肢を動かす信号が鈍る。
ハッとすると直ぐ目の前に千星がいて慌てて鞭を振るうが、そこにはもう姿がなくまた自分の体に〝怒〟の文字が吸い込まれていく。

「んなこと、今まで一回も言わなかったのに、……あいつ笑ってた。壊されてるのに……笑ってたんだぜ」

アクラシアの欠けた視界でも分かるほど千星の表情が苦く微笑む。苦しそうなその表情をアクラシアは理解できなかった。一介の人形が壊れただけだと言いたかったが音声機能が正確に働かない。

「俺もバカだよな……。会長ばっかに責任を押し付けてさ……俺が壊したなんて……俺が原因だったなんてこれっぽっちも考えなかった……」

ポンとアクラシアの肩に千星の手が触れる。そして同時に〝哀〟の文字が体に吸い込まれた。

「政府に喧嘩売んの、正直怖いって感情しかなかった。皆行くしついていくしかないって気持ちで来たけど……。やっぱり俺、もっかいアイツに、イデアに会いたいから……悪いけど、お前には負けねぇ」

千星の強い眼差しがアクラシアを突き刺す。
それと同時に最後の文字である〝楽〟の文字がアクラシアに吸い込まれていった。目の前にいる千星は吹っ切れたようなスッキリした顔をしていたがアクラシアは何も理解できなかった。体の中の電気信号が狂い、視界もどんどん白くなっていった。すると一つの声がアクラシアの頭の中を通り過ぎる。



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「ユウト。オマエはナゼそんなニ無駄なことをする……」
「無駄?僕、無駄って思ってしてないけど」
「いや、してイル。オマエの行動は全て無駄だ」
「………相変わらず酷いな、アクラシアは」

絶有主《ゼウス》高校の(裏)生徒会室でいつものような会話が繰り広げられる。
薬師河悠都《やくしがわ ゆうと》は事あるごとに政府の命令に背き、悪のレッテルを貼られていく。強さが認められている為生かされてはいるがいつ殺されてもおかしくない状況を自分から招いている事をアクラシアは理解できなかった。しかし、薬師河はアクラシアからの問いかけを歯牙にもかけない様子で、犬の姿をしているクロコッタを撫でていた。薬師河から答えを求められないと諦めたその時、不意に思い出したように薬師河は話を続けた。

「あ。一度だけあるかな。
大事な人を殺しそうになったとき。
自分が殺そうとしてる相手が大事な人だったって気付いた時にはもう遅くて、色々ね…考えてみたんだけど多分どのルートを選んでも間違いなく死ぬのは相手で、僕が生き残るしか道は無くて……、でも受け入れたくなくて足掻いてみたらこんな事になっちゃったんだよね。あの時ばかりは必死にしたかな、無駄な悪あがき」
「…………無駄なことをした結果がソレか」
「そうだねー……。一瞬の事だったんだけど、僕にとってはとても長くて、必死で、……最高に苦しい時間だったよ。幸い相手は死なずに済んだから無駄なことをするのはいい事なんじゃないかな?」
「……………ナゼそんな体になったのに、その結論になる。ソイツが死んでオマエが普通に生き残ればよかったとは考えないのか?」
「うー………ん。難しい事なんだけど……僕はどうしても殺したくなかったし、死んでほしくなかったから……」
「やはり理解デキナイ、相容れない、シネ……」
「……わっ、……うーん、いきなり戦闘モードに入らなくても……と」

アクラシアからERROR音が発生すると同時に鞭が撓りを上げて薬師河に襲いかかる。薬師河はクロコッタを抱きかかえたまま窓枠に飛び乗るとそのまま外へと飛び出し、地面へと着地する。
窓から下を見下ろすと、クロコッタの手を持ちこちらに振っている薬師河と視線が合った。

「アクラシアも会えるといいね、自分の全てを狂わせてくれる人に」

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ERROR ERROR ERROR
電気信号OFF
遮断シマス、遮断シマス

アクラシアから機械音が響き渡る。
千星はその音を聞きながらも天夜に駆け寄り、傷口を必死に押さえた。意識が無くとも自己治癒力は発動している様子でホッとした千星に、更なる災難が襲いかかる。
アラートが鳴り響いているアクラシアから機械鞭が一直線に飛んできたのだった。

「ッ!!!ぁああああ゙っ!!」
「センボシ ナユタ!オマエはキケンダ、オマエはケス、ケス、ケスケスケスケスケスケスケスケス」

ズシュッと嫌な音を立てて太腿が斬り裂かれる。
獣が威嚇したときのようにアクラシアの全身が熱により誇張して見える。ERRORを起こしているはずなのにこちらに向かって歩いてくる相手に千星は太腿を押さえながら立ち上がった。

「うるさいっ!消えるのはお前だろ……ッ」

千星は素早く万年筆のカートリッジを差し替えると再び〝炎〟〝剣〟の文字を綴った。
その赤く萌ゆる炎を目にした瞬間アクラシアの意識が引っ張られる。
『オマエの負けだアクラシア。素直に負けヲ認めろ』
「イデアロ……ス、……ッ」
『感情プログラムがないワタシ達が感情を持たされた事によって既に勝負ハついている』
「偉そうに言ウな……壊れた分際……デ」
『そうダナ……ただ、本体が壊れていようがオマエを止める事はデキル』
「………なんだ、……と」
『オヤスミの時間だ、アクラシア』
「イデアロス……一体、なニ…ヲ───────────………」



千星の目の前でアクラシアが急に停止する。
ガタンッと大きな音を立てて倒れ。いろんな箇所から蒸気が吹き出し始めた事でやっと勝ったのだと実感が湧くと、千星はその場に尻もちをついた。

「はー………………勝った。」

久々の一人での勝利にホッとすると〝よくやったナ、ナユタ〟と聞き覚えのある声が聞こえて後ろを振り返った。勿論そこに声の主はいるはずも無く千星はまた急いで巽の傷の手当へと戻った。


END
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