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さくらんこ

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過去編【あなたまメンバーの裏生徒会(高校生)時代】

【過去編】9 薬師河悠都《やくしがわ ゆうと》VS神功左千夫《じんぐう さちお》 イロハVS九鬼

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九鬼と神功はクロコッタの能力である空間の歪から吐き出された。
神功は完全に戦意喪失をしており膝を付いたまま立ち上がる事が出来ず、その前へと敵から神功を隔てるように九鬼は立ちはだかりグローブを嵌め直す。
位置的には旧校舎の屋上近くになる筈だが辺りは四角く切り取られた空間になっているだけで地形が凸凹としているほかは何も無かった。
九鬼と神功の他に二人の人影が佇む。
奥でにこやかな笑みを浮かべて佇んでいる黒髪のショートヘアの青年が薬師河悠都《やくしがわ ゆうと》。絶有主《ゼウス》高校の副会長である。そしてその少し前には前髪が真ん中で分かれた長身で整った顔立ちの男が立っていた。その容姿を見た瞬間九鬼の表情が歪んだ。

「マ、ジ…ッ!?……ヤバイちょータイプなコが居るんだケド!ね!左千夫クン!ちょっとしっかりしなヨ!見て!ほら、アソコに左千夫クンが居るヨ!?」

自失している神功などお構い無しに九鬼は神功とポニーテールに結われた淡い水色の髪の男を交互に見詰めた。
頬を紅潮させるほどその男の容姿に心が踊り、ゆさゆさと神功を揺らす。
そのお陰と言っていいのか分からないが神功はハッとしたように槍を握り直して立ち上がった。

「無様じゃな、神功。なぜ妾《わらわ》を、差し置いてコヤツが政府のお気に入りなのだ?解せぬ」
「……イロハさん、ですかね?」
「え?なに!?左千夫クンの知り合い?もしかして、生き別れた兄弟!?もしかして、感動の再会……ッあ…!ちょ、ウソ、ウソだって!ソレ、ホンモノの槍だからネ!?刺さったら死ぬカラ!」

高揚した九鬼が収まることを知らず言葉を捲し立てるが神功が今にも殺すと言わんばかりの表情で槍を突き付けた為に静かになった。その様子に神功は溜息を吐くと槍の柄を地面へと付けた。

「試験管人間、認識番号0000168、コードネームはイロハ。優良遺伝子を組み合わせて作られたプロトタイプ。能力は人の能力・容姿のコピー。プロトタイプの中では成功例とされており、能力は申し分ないが社会適応性が皆無」
「妾《わらわ》が悪いのではない。他の下民が悪いのじゃ……誰も妾の気持ちを理解できぬ」

イロハと呼ばれた、神功にそっくりの容姿を持った人物は大袈裟に前髪を掻き揚げた。その動作の一つ一つが九鬼の目に止まり、胸元の服を握り締めながらはぁ………と、艶かしく息を吐いた。

「能力か……。能力でもイイかな……すっごく好み」
「………………………………………九鬼」

神功が呆れたと言わんばかりに名前を呼ぶが既に九鬼は聞こえてない様子で真っ直ぐにイロハを見詰めていた。
しかしその甘い視線が一気に凍てつく。
神功までが畏怖するように、鋭く尖った視線の先には薬師河悠都《やくしがわ ゆうと》が食えない微笑みを湛えながら歩いてきた。

「気持ちを理解してもらう為には、相手の気持ちも理解してあげないといけないよ、イロハ」
「悠都の言う事は哲学的過ぎじゃ、妾にはわからん」

邪気のない笑みを湛えながら薬師河はイロハの肩を柔らかく叩く。九鬼が冷たい視線を向けている横で神功は矢張り信じられないモノを見ているかのように瞳を大きく揺らし声を溢した。

「〝サチオ〟……いえ、今は薬師河悠都《やくしがわ ゆうと》と呼ぶのが正しいですかね……」
「久しぶりだね、7913-34-333-6。あ、今は神功左千夫《じんぐう さちお》だったね。この空間は外と遮断されているから情報が漏れることはないから安心してね」
「どうして……貴方が生きている」
「実は死んでなかったんだ。……伝えようかとも思ったんだけど」

薬師河は柔らかな笑みを浮かべたまま、対象的に驚きを隠せない表情の歪んだ神功と、今にも殺すと言いたげで殺気を撒き散らしている九鬼を一瞥した。そしてまた神功を見つめ直すと更に笑みを深める。

「なら……」
「言う必要はないかな……って思って」
「───────ッ!!」

薬師河の一言一言に神功は動揺が隠せない。
目に見える程取り乱し、抉られたように痛む心に呼吸が弾んだ。戦意喪失に近いその状態の最中、イロハから無数に伸びた植物が神功を串刺しに掛かる。しかし、神功が微動だに出来ずとも横にいる九鬼が床をタッチして壁のようにして植物の進行を塞ぐ。そしてその壁が手のように形を変えてイロハを後方へと押しやる。

「ちっ。便利な能力じゃのっ!」
「イロハちゃんはボクと遊ぼっか~★積もる話もあるみたいだし。すっっっっごく気に食わないケド……………、今だけ、譲ってやるヨ」

ズザァァァァァァと床が波のようにイロハを別場所に押しやっていく。九鬼は神功の顔を見つめてから薬師河へと殺気を込めた戒めのような言葉を放った。しかし薬師河は静かに微笑んだまま微動だにせず、九鬼は更に面白く無さそうに眉を顰めてからイロハを追った。

「7193……いや、左千夫とこうやって手合わせするのはいつぶりかな」
「……………ッ!?……それはッ」
「あ、そういう意味で言ったんじゃないよ。
僕を殺したことなんて、もう忘れてくれていいからね」
「────────ッ!!」

神功の脳裏に記憶が蘇る。
神功は幾度と無く繰り返された実験により記憶が断片的に欠けているが。九鬼との幼少期の出会いを思い出した時に同じく薬師河悠都《やくしがわ ゆうと》のことも思い出していた。
更に脳が刺激を受けた事により、当時は“サチオ”と名乗る少年とのでき事が今また鮮明に蘇っていく。神功は“サチオ”、今は薬師河悠都《やくしがわ ゆうと》と名乗る男を確かに殺した。自分が実験体であった頃、研究員のお遊び紛いの同士討ちの相手が彼であった。神功は自分の殺し合いの相手が薬師河と最後まで気づく事なく、突き出したナイフが彼の首を切り裂き、彼と気づいたときには既に亡骸であったのだ。
しかし今目の前にいるのは間違いなく薬師河悠都《やくしがわ ゆうと》、“サチオ”であった。
戸惑い、逡巡し、罪悪感や歓喜、全ての感情が巡る。薬師河はそれ以上は何も言わず微笑んだままであった。そんな彼を見つめているとゆっくりではあるが神功の心音が整い始める。
別にいいでは無いかと。
自分の前に姿を現さなかったのはきっともう自分には会いたくなかったのだと。嫌われてしまったのだと理解すると後は純粋に〝サチオ〟が薬師河悠都《やくしがわ ゆうと》として生きてくれていた事に神功にも自然と静かな笑みが浮かんだ。

「そう、ですね。……すいません、悠都。もう、僕の顔なんて見たくないと思いますが─────、そこを退いていただけませんか?」

神功は薬師河の事は何一つ分からなかったが、彼が生きていた事を素直に歓んだ。そして、薬師河が神功に生きていた事を伝えなかった事実を自分とはもう会いたくなかったと結論付けた。
そもそも自分を殺そうとした相手に喜んで会う趣味を持ち合わせている人物のほうが稀だろうと。
再び神功の瞳に色が戻ると槍を突き出すように構え直す。薬師河もゆっくりと手を開いたまま構えると二人同時に地面を蹴った。
同じ研究施設にいたが互いに手合わせした回数は多くない。それでも自分の命を預けた事もある相手の思想は熟知していた。
初手は神功から。
突き出される槍を薬師河が掌で合わせるように軌道を逸らす。靭やかな体の動かし方と自然と逸れていく槍を正すように肘を曲げて横に薙ぐと次は足の脛で受け止められる。
ミシッと槍が嫌な音を立てたために神功はその手を止めて後ろに飛ぶようにして距離を取った。

「流石。そのまま突っ込んできてくれると楽なんだけどな……」
「脚になにか……仕込んでますね」
「仕込むってほどでも無いけど。簡単に刄は通らないかな」

薬師河がズボンの裾をずりあげるようにして中を見せるとそこには包帯のように布が巻かれていた。神功は普通の布ではなく九鬼がグローブにしている特殊素材と似たものだと気付くと静かに眉を寄せる。

「なら通して差し上げますよ」
「怖いなぁ。君は有言実行タイプだしね」
「悠都。出来れば僕は貴方と手合わせしたくありません」
「残念だけど…………」

神功は槍を構えるが気乗りしない戦いに自然と視線が細くなる。しかし薬師河はすんなり引いてはくれず九鬼の側にいるイロハに視線を向けた後そのまま息を吐くように声を紡いだ。

「護りたいものがあるだ」
「…………交渉決裂ですね、仕方がありません。
それでは僕の用事が終わるまで眠っていてください」
「左千夫こそ、ゆっくりしていってよ。悪い様にはしないからさ」

静かだが殺気を含んだ言の葉が交わされた後二人の姿が消える。目にも止まらぬ速さで動いた二人の衝突音が所々で轟き、空間を震わせた。
神功はリーチの長さを活かして槍を何度も突き出す。油断すれば蜂の巣にされそうなほど的確な急所狙いを薬師河は掌と膝から下を使って器用に受け止めた。神功は一際大きく後ろに肘を引くと小細工なく真っ直ぐに槍を突き出した。すると薬師河は槍の柄の部分を掌で滑らせて減速させ、足裏を前に突き出すようにして矛先を真っ向から受け止めた。
〝ガギンッッ〟と鈍い金属音が響きわたって神功が眉を顰める。そのまま、ぐぐぐぐぐッと押し込もうとするが脚力と腕力の違いから押し切る事は出来ず。また、靭やかな優男の割には薬師河のウエイトは重く、ちょっとやそっとでは動く事は無かった。神功が薬師河の瞳から貫通した靴底の更に奥を見つめる。衝突で靴底は無惨にも穴が空いてしまったがその奥の足の指の付け根の辺りに硬い鉱石がプロテクターのようにはめられていた。

「足技が好きな事は知っていましたが……」
「僕も、君が長ものが好きなのは知ってたけど」

お互い知っていた頃よりも格段成長した姿に自然と笑みが浮かんだ。それは尊敬でも、侘しさでもあり、満たされない月日と心を埋めるように互いが全力でぶつかる。再び距離を取ると神功はただ突き刺す動作だけでは無く槍を回転させ、薬師河に防がれた後もグルッと大きく回して柄の攻撃も入れていく。普通の相手なら次に柄先が来るのか矛先が来るのか悩んでしまいそうだが、薬師河は黒い瞳で確りと見つめてギリギリまで引き寄せてから躱す。そして、その躱してそった体のままバク転やバク宙をして蹴り技を披露する。ただの蹴りではなく鞭のように撓った足は空気を切り裂き、特殊素材でできた神功の制服を裂いた。
しかし、神功は怯むことなく更に一歩踏み込むと槍のリーチを捨て、短く持つとバク宙して地面に降り立つ前の空中にいる薬師河へと槍を突き入れる。
それも薬師河には触れるとこはなく空中で体を捻られてしまうが神功は槍の柄先を蹴り上げ、逆の足で矛の付け根を地面へと向かって踏み込んで軌道を無理矢理変え、更に遠心力を乗せる。
流石の薬師河もそれ以上体位を変える事はできず、急に上から斜め下に袈裟斬りのように落ちてきた刃先は不可避で、左脚の太腿から右足の膝下へと斜めに裂傷が走る。先ほど刄を通さなかった包帯が無惨にも切り裂かれ、赤い飛沫が神功の白い制服を染めた。

「…………………ッ。……流石、属性化も完璧なんだね」
「不完全な状態にしておくのは苦手なんです。さて、君の機動力はこれで………ッ、なに……?!」
「残念だけど……。僕治せるタイプなんだ。肉体の再生それが僕の能力。どんな肉体からでも僕を作り上げれる能力かな…?少し説明が難しいし、僕もあんまりわかってないんだけどね」

神功は薬師河に接触する瞬間に槍に炎の熱をもたせた。更に殺傷能力を上げた矛先が見事に薬師河の足を切り裂いたはずだがその傷が見事に塞がっていく。
元から絶有主《ゼウス》のメンバーで能力が知られているのは試験管人間のイロハのみである。
薬師河悠都《やくしがわ ゆうと》はノーフェイスとコードネームを名乗っており、愛輝凪高校が地区聖戦で優勝し政府直下の組織となったときに初めて実名を知ったというほど情報が無かった。薬師河と過ごした幼い頃はまだ能力が目覚めていなかった為、治癒に関する能力なのかはたまた全く別の能力なのか神功は分からなかった。しかし、手を止める事なく再び槍を構え、武器に炎の熱を伝えたその時、ちらちらと白い丸い塊が視界の隅を舞い始める。神功は一瞬だけ視線を薬師河から外すと気温がグッと下がった事に長く息を吐いた。

「属性化……ですね。雪……?水の派生……か」
「うん。……と言っても、僕、普通の能力も、属性化も下手なんだけどね。君と一緒のときはまだ開花してなかったし」
「確かにそうですが、それでも君は誰よりも強かった」
「そんなこと無いよ……左千夫は僕の事買い被り過ぎだから」
「加減はしませんよ」
「怪我させたくないんだけどな……」

どれだけ神功が殺気を放とうと薬師河は微笑んだままであった。しかし、二人とも高揚は隠せずに呼吸のスピードが速くなって、神功の周りの雪が水に変わり、薬師河の周りは空気に氷の結晶が混じっていく。
そんな二人が本気でぶつかり上がった瞬間。大きな水蒸気の塊が発生して切り離された空間の仲が霧で満たされていった。




一方その時九鬼の能力によって二人から引き剥がされたイロハはコピーしたリトーの能力である〝植物〟を駆使して、九鬼が作り上げた地面の手から逃げ出す。
軽やかに華麗に着地するさまを九鬼はうっとりと見つめるがザワザワと肌を凍てつかすような殺気は放ったままで、機嫌の悪さを全面に出していたがイロハはそんな事はお構い無しであった。

「お主は妾《わらわ》の事が好きなのであろう?
跪いて許しを乞うなら助けてやろうぞ?」
「残念だけど、──跪くより跪かせたいタイプなんだよネ。でも、よかったヨ、キミみたいなカワイイコが相手でさァ…………じゃないと、ちょっと今日は加減してあげれそうにないカラ♡」

嘘か本気か分からない言葉を軽い調子で綴りながら九鬼は嗤った。流石のイロハもこれには口をへの字に曲げたが直ぐに口角を上げた。

「醜悪な男じゃ。妾《わらわ》に敵うとでも思っておるのか?まぁ、よい。お主みたいな傲慢なオトコがひれ伏すサマが一番愉快だからのぉ!!」

次の瞬間、いくつもの空間の間が九鬼の周りを囲む。黒い丸い円形の和が出現しては消えてを繰り返し、九鬼に迫っていく。一瞬だけ九鬼は真顔になったがその顔はすぐに口角が上がり、突っ立ったまま真っ直ぐにイロハを見つめ震えた。

「ほーら、怖いのじゃろ!泣け!泣き叫べッ!お助け下さいイロハさまと頭を地面に擦りつけ、許しを請うがよいっ!」

現れたり消えたりする空間の歪みはクロコッタの能力であり。九鬼が地面を隆起させた場所に出来ると空間の歪から近くの物質が吸われ、隆起された地面がガリガリガリッと嫌な音を立てて削れた。人体でもそうなるぞと言いたげなイロハの行動だが九鬼は震えているがその場から動くとこはなかった。

「なんだ、粋が良かったのは最初だけじゃな。つまらぬ、さっさと惨たらしく散るがいいッ!」

ズアッンッと嫌な高域の音を立てて九鬼の周りを黒い歪みが囲った。しかし次の瞬間に幾数もの突出した地面によって黒い時空の歪が切り裂かれる。

「なに……ッ!?」
「ナンダ、ツマンナイ。これだったら、〝ブラックホール〟の能力のほうが強かったカナ?殴って壊れるなら攻略楽勝だよネ~」
「……く、ほざけ!」

イロハの姿が空間の歪へと消える。しかし九鬼はまた慌てることなく辺りをゆっくりと一瞥し、グッと拳を握った。

「3………2………1……ビンゴ……!」
「……ッぐあ゙!なぜじゃッ!なぜ妾《わらわ》が現れる場所がぁっ!」
「二番煎じなんだって。ザンネンだけどその能力は効かないなァ……啊《アァ》、イイね、その顔でその表情……興奮する……好き、愛してる……ッ」

次にイロハが現れた瞬間、目の前に九鬼の拳があり真っ向から顔面でパンチを受け止めたイロハは後ろにすっ飛んだ。流れる鼻血を押さえ、酷い激痛に床を転げ回ったあと立ち上がろうと九鬼を見ると人とは思えない程獰猛な眼差しでイロハを見下ろしており満足そうな表情であったがとても愛してる人間に向けるものではないと背筋が凍った。

「なんじゃ、おぬしは⁉︎妾《わらわ》の事が好きでは無いのか……ッ」
「好き。好きだヨ、愛してる……啊《アァ》、すっごく興奮するなァ……好きなものが壊れる瞬間……あ、大丈夫だヨ、壊れても可愛がってあげるカラ」
「…………ッ!!?なんじゃお主ッ!意味が分からぬッ」

ポキポキと指を鳴らしながら九鬼がイロハに近づいてくる。欲情を抑えられないと言うかのように表情は歪み、しかし口角は引き攣るように上がって呼吸も荒い。精神すらも喰らうような獰猛さにイロハは怖気づいた。
尻餅をつきながら後ろに下がる様はより一層九鬼を興奮させてしまい瞳が弧を描く。

「なんじゃ、お主はッ!狂っているッ!」
「ボク、ナンデモイイんだよネ~、生きてようが死体であろうが、レプリカであろうがホンモノであろうが……唯一、ただ一つを除いてはその形状は問わないんだァ♡ニセモノでも美しければそれでイイヨ♡♡生きてなくても、その顔なら使い道たくさーぁんあるから♡……さっさと逝こうカァ?」

ゾゾゾゾゾゾッとイロハが総毛立った。
次の瞬間オートでリトーの能力である植物が辺り一面に蔓延り、イロハの身を隠す。更に神功と薬師河の衝突により発生した霧が九鬼の視界を塞いだ。
植物により姿が隠れたイロハは少しでも九鬼から距離を取ろうと走った。そして己に対して、落ち着け、落ち着けと繰り返しながら自分の中にある遺伝子の能力を引っ張りだす。足を速くして更に遠くに逃げ、体を透明にして植物に紛れ込み、息を殺した。九鬼は異種であった。あれを人間とは認めたくなかった。自分と同じ普通でないものがこんなに恐ろしいと初めて知ったイロハは殺されないために必死に対抗できそうな能力を探った。しかし、何度イメージを繰り返しても自分が亡骸になる姿しか思い浮かばずに涙が出そうになったその時、丸くなり膝を抱えた目の前に九鬼が居た。

「ねぇー、イロハちゃん。どれだけ姿を消してもニオイを消さないと~。怖い怖い~♡ってあまーいニオイがクッサイんだよネ~」
「ヒィッ!やめっ……!」
「この髪って黒く出来るの?あーでも、水色のままでもいっか~、顔だけ見てたら一緒だし、色違いもアリだね!」
「い、いだあぁぁあっ、髪っ、引っ張るでなぁっ!」
「はぁ……♡声が違うのがちょっとアレだけど、やっぱりイイヨ、イロハちゃん、その顔が歪むの最ッッッッ高!今までは黒い髪の赤い瞳の子をたくさーぁん殺してきたけど、顔が似てて色が違うっていうのもまたイイナァ……」
「ひっ………ぅっ!?」

逃げる間もなく伸びてきたてがイロハの首を掴んで地面へと抑え向けた。そのまま喉を押しつぶし、九鬼の指に力が入るとともに首が閉まっていく。イロハは色々な能力を有しているのに目の前の男に与えられる恐怖に屈服し、それ以上は能力が切り替わらなかった。喉を押し潰している手を必死に引っ掻いて、引っ張って足をばたつかせるがびくともせず視界が霞んでいく。

「啊《アァ》……もう終わりか……やっぱりツマンナイなぁ……ボクを満たせるのはやっぱり、さ…………ッッ!?」

九鬼の瞳がゆっくりと三日月を描いて、指が深く頸動脈に埋まろうとしたその時、九鬼の死角から氷のナイフが飛んできた。それに気づいた九鬼が一本目をグローブで挟むとそのすぐ後ろの影にもう一本潜んでおり、首を締めている手を緩めたくなかったので体を捻って躱すとその氷のナイフは九鬼の頬を傷つけ床へと刺さった。九鬼がその行動が間違いだと気づいたのはその後だった。更にそのナイフが通り過ぎたその奥から薬師河悠都《やくしがわ ゆうと》が足裏を前面に出して蹴り込んできたのだ。
体勢が悪かった九鬼は仕方なく両腕をクロスして受ける。しかし、九鬼のウエイトを持ってしても受けきれずに体がイロハから離れるようにぶっ飛んだ。

「ゲホッ、ガハッ……ぐ、ゆ、悠都ッッ」
「大丈夫?イロハ?……ちょっとイロハには荷が重かったかな……」
「悠都ッッ!なんなのじゃ、あヤツは!気持ち悪いぞよっ!妾《わらわ》はっ、わら、わ……はッ」
「落ち着いて、イロハ。アイツも君と一緒で場の空気読めないやつだから」

薬師河はイロハに駆け寄ると上体を支えながら起き上がらせた。そして直ぐに飛んでくる神功の槍を避ける為に氷のナイフを拾い、イロハを横抱きにしてから地面を蹴って茂みへと飛ぶ。
後から追いかけてきた神功は地面に刺さった槍を引き抜く。そしてそこにドコンッと床を壊すほど踏みしめて立ち上がる九鬼が戻ってきた。

「────ぁー、うっぜ」
「九鬼、すいません。逃しました」

九鬼の口調が荒くなるが神功はそんな事はお構い無しで、霧が深くなった辺りの気配を探る。その神功の制服は風圧で切り裂かれ所々に血が滲んでいるがそれよりも多くの返り血を浴びていた。そのざまにいつもなら気にする程ではない状態なのに九鬼が背後から冷たく殺気立つ。

「左千夫クンやられ過ぎデショ?」

地を這うような冷たい声と共に神功の手首を掴みにかかるが次は逆に燃えるような殺気が神功から放たれて、勿論腕など持たしてもらえず、九鬼の殺気が押し返された。

「致命傷はありません。九鬼、殺気立つのはいいですが今は邪魔です」

九鬼の殺気が強過ぎて薬師河とイロハの位置がわからないと言いたげに神功は九鬼を睨んだ。
九鬼は先ほどまでのイロハとのお遊び以上に神功の殺気に興奮し、体が満足感を覚えていく。矢張り自分を満たせるのは神功しかいないんだと再び理解するといつものおちゃらけた彼に戻った。

「ひど~い!左千夫クンのせいで取り逃がしちゃったし!」
「悠都は強いので仕方ありません」
「もう話は終わったノ?」
「…………はい」
「じゃあ、もうアイツも殺してイイよね?」

折角抑えた九鬼の殺気が再び爆発する。神功は溜息を吐くがこうなったら止められないので放っておくしかない。
九鬼の気配が強過ぎて位置を探せなくなった為に支線を九鬼に戻して槍の柄先を地面へと付けた。

「殺す必要はないと思いますがね……生きたまま拘束で」
「無理そうカナ~」

そんな二人のやり取りの最中。
神功と薬師河が起こしていた霧が晴れていった。
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