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過去編【あなたまメンバーの裏生徒会(高校生)時代】
【過去編】5 VS絶有主
しおりを挟む愛輝凪高校が政府に反旗を翻した事は直ぐに全高校の(裏)生徒会に通達された。
普通なら公に潰されそうなものであるが、神功、日当瀬、明智の後盾が強く、政府は彼らを公に潰すことは不可能であった。
そうなれば矢張り他の(裏)生徒会を通じて捕獲、抹消の司令が下される事となるが、愛輝凪と関係があった近辺の高校は反対意見が出たりとうまく機能せずに(裏)生徒会のシステム自体が荒れていった。
神功が率いる(裏)生徒会も向かってくる者に関しては容赦せずに叩きのめしていた。
「剣成くん、手袋を取りましょうか」
「へ?ちょ!!神功会長……!俺、操作出来無い…ッ!ぅわっ!ちょ、触んなって!!副会長が治せるのわかってるけど……て、あれ……腐らねぇ」
「僕はもう、攻略したので剣成くんに触れますよ」
ある日の放課後。
神功が明智に対して突拍子もない事を言い始める。
そして、無理矢理明智の黒い手袋を外してしまうが明智に触れても神功の手は腐敗しなかった。
「……ッ、攻略?不発じゃなくて、…ッスか?」
「はい。君の能力は微生物による腐敗ですよね?」
「らしいっスね、日当瀬によると……俺わかってやってないんで……」
「理解してください」
「…………………は?」
「君は無意識のうちに微生物が適した環境を形成して増殖させているんです。そしてその菌が腐敗を引き起こしている」
「……え?………あ……はぁ」
明智は元から勘は良いが頭は良くないため、具体的に説明されているにも拘らず意味を理解できない。
その明智が肌見放さず持っている長巻に神功は視線を向ける。
「君の武器は特殊武器ですか?」
「……いや、俺のは普通の刀鍛冶が打った業物だけど」
「なら、何故腐敗しないのですか?」
「………!?……た、確かに……いや、金属だし!!」
「刀身はそうかもしれませんが、柄や鞘は?」
「………う……」
「それに今は鉄を腐食させる微生物も発見されています。剣成くんは鉄を腐食させることも可能なはずです」
「え!?……いや、でも……」
「いきなりは難しいかと思いますので、まずは微生物を増殖させているという意識から。
増殖させなければ腐敗させられません、なので人体が腐ることも無いんです。
今、僕は君が増殖させようとしている微生物を熱で殺しています、だから腐敗しない。
君が整えようとしている環境を此方で破壊しているだけですが、そんな事を出来る敵が増えると意識的に調整できないと……痛い目を見るのは君です」
明智は、う………と喉を詰めた。
確かに自分はこの能力を操れない。
それでも特殊素材で出来た手袋を外せば、人体を腐敗させられるのでいいと思っていた。
しかし、目の前の神功はその原理すらも打ち崩す。
この能力に目覚めてから明智は能力を使う時以外は、手袋をはめての布越しにしか人に触れていない。
久々の人の体温に酔い痴れそうになった。
また、人に触れられるようになるならそれに超したことはないと思ってしまうほど神功の手は温かった。
「……わかったぜ」
「なら、晴生くんに色々と教えてもらってください」
「はぁ!?!?なんで俺なんだよッ!」
「詳しい知識は僕よりも君のほうが深い」
「面倒事押し付けてるだけだろッ!」
「まー、まー、日当瀬。会長がああ言ってんだからよろしく頼むぜ」
「ちっ………、一日で覚えろ、じゃなきゃコロス……」
いきなり振られた日当瀬は神功に噛み付くが、既に明智の能力に興味をソソられていた彼は、分厚い微生物図鑑を明智の前にどんっ!とけたたましい音をたてて置いた。
「む、無理だって……」
「じゃあ、死ね」
「ひー……待てって!やる!やるから!!」
「後、皆で不意打ちで剣成くんを触るので……くれぐれも腐敗させないように」
「は!?……まだ無理ッス!!」
「頑張ってくださいね」
「いや……ッ!?ちょ!会長!!いきなり、手の温度下げたら……て、あれ?」
神功は微生物の増殖を食い止めるために熱を利用していたのだが、明智はその微妙な変化に気づいた。
神功が手の発熱を止めると、明智は微生物が繁殖しないような環境に変えてしまうと、神功が触れたままであったが腐敗することは無かった。
明智は慌てて手を引いて、握ったり開いたりしてから神功を見つめるが、彼はいつもの微笑みを浮かべているだけであった。
「……流石ッスね、今のでなんとなくはわかりました。けど、急に触るのはもうちょっと慣れて──」
「ナニナニ~♪けんけん触っても良くなったの~?」
「ふ、副会長ッ!アンタ、自分の怪我治せないッすよね!絶対触ったら駄目なやつッス!!」
「ケンケンが腐らせなかったらいいだけだヨ♪あ、あとボクが治癒出来ちゃうこと秘密にしてるから外にバラさないでネ~」
「わ、わかりま…ひぃ!?…マジ、さわっ…ッあーもう!!分かったッス、5秒待って……まっ、待てって言ってんだろ!!」
急に会話に入り込んできた九鬼から剣成は逃げるが、真面目に追いかけてくる九鬼は剣成に飛びついてしまう。
そんなやり取りを千星は遠目で見つめていたが、自分は明智には絶対に触らないと心に決めていたところであった。
が、こっちに二人纏めて走ってくる。
しかも明智は九鬼の方を見ているため気づいて無いようだった。
「う、わ……明智…ッ…ぶつか…!!」
「うお、千星……ッ!!あ゙!!」
明智の両手が千星の胸に触れる。
慌てて手を離すが、勿論、そんなに直ぐにすべてがうまく行くはずもなく千星の制服が一瞬にしてボロボロと糸くずになって胸が曝け出されてしまう。
「わぉ☆なゆゆ、いい乳首してるね♪」
「……わ、わりぃ……なんか……」
ピンポイントで両胸だけ布が無くなった状態は滑稽で、九鬼が悪戯に喉を揺らし、明智もつられるように堪えきれない笑いが漏れる。
「副会長…!笑わないでください!明智ッ……!!お前のせいだろ!!弁償しろよな!」
結局千星は二人に巻き込まれる事になるが、このあと日当瀬が明智に徹底的に知識を詰め込み、持ち前の勘の良さもあってか徐々に能力を操る事は出来るようになっていく。
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政府と愛輝凪高校が牽制し合う日々は長くは続かず、ある日(裏)生徒会に一通の手紙が届く。
絶有主〈ゼウス〉高校からの決闘状であった。
勝ったほうが負けた方の言い分を聞くという簡潔なものだがその奥深さに神功は自然と眉を寄せた。
決戦場所は政府の各施設が近くにある都心部、絶有主〈ゼウス〉高校となっていたが行かないわけにはいかなかった。
日にちは三日後となっておりこの短期間に神功は愛輝凪〈アテナ〉高校の守備と自分達の戦闘準備を全て進めなければならない。
「九鬼。特殊素材は残ってますか?晴生くんと協力して各自に必要な武器を。
僕もかなり長めの槍が欲しいですね」
「了解~☆後は巽の暗器くらいかな?…はるるは自分で作るだろうカラ必要なのあったら言ってネ~」
陽気な九鬼の声が(裏)生徒会室にこだまする。
神功は守備を固めるためにと部屋から出ていき、他のメンバーはラボに降りると支度をし始めた。
九鬼はいつもは地面や壁に触れ、必要な物質を取り出して“創造”の力で色々なものを創るが、今回は必要な素材を自分の周りに並べ細部まで拘り創り上げていく。
いつものように愉しそうな表情だがどこか真剣な眼差しで、武器を造っていると九鬼は千星の気配を感じた。
「副会長……」
「なゆゆジャン、準備終わったの?」
「いえ、その……俺の武器って…!」
「え?……あー……なゆゆの武器は創る予定ないかな」
「え!?じゃあ、俺は……」
「と言うか、やっぱりなゆゆって剣って柄じゃナイんだよネ~。振り回されてるっていうか……努力は勿論認めるし今までが無駄だったとはイワナイ。でも、剣を振って身につけた筋力は他の事に回すほうがいいと思う」
「………………………」
九鬼の珍しくマトモなアドバイスに千星は口を噤むしかなかった。
しかし、千星も「はい、そうですか」と引き下がる訳にもいかなかった。
他のメンバーとの実力の格差は元からわかっている。
そして、自分はイデアが造った武器が無ければ能力すらも使えず、はっきり言って今まで以上に足手まといになっているのが現状だからだ。
下唇を噛むように言い淀む千星に、九鬼は表情こそそのままだが千星の意を汲んだように視線を眇めた。
そして、明智の方へと視線を向ける。
「剣士って言うのは、ああいうのを言うからネ。
ボクはけんけんとはマジで闘いたくないナ、絶っっっったいメンドくさいカラ~」
同じく千星は明智に視線を向けるが、明智は日当瀬に微生物について最終段階だと扱かれている最中であったが、彼のすぐ横には愛刀が立て掛けられてあった。
持ち歩けるときは必ず何らかの剣を傍らに置いて、必ずと言っていいほど手にしている明智を思い出すと、千星は自分との違いにグッと眉を寄せる。
確かに素振りを教えてもらおうとした事もあったが、基本から違うようでなんで刀を武器にしたのかと問われた事が近い記憶にあり蘇った。
自分の今までの努力を否定されたようで落ち込む千星に、何かを思い出したように日当瀬が走ってきた。
「そう言えば千星さん、コレって知ってますか?」
そう言って走ってきた日当瀬は小さなペンに差し込むインクのようなものを持ってきた。
しかし色合いは黒ではなく緑に輝いている。
「いや……知らねぇけど」
「アレ~?それって左千夫くんがなゆゆの誕生日にあげた万年筆のインクと同じタイプだけど~」
「テメェに聞いてねぇよ。
イデアさんのアトリエから出てきたんスよね」
「あ……ペンケースに入ってたと……、あれ?ケースあるけど中が…」
「あ、やっぱりそうッスよね、横に万年筆も置かれてました、千星さんのネームも入ってるので間違いないかと」
千星は鞄の中を漁ると万年筆が無くなっている事に気づき焦った。
しかし、その本体はイデアにより抜かれて居たようでラボにあったようだ。
日当瀬から万年筆を受け取ると久々の質感に自然と手の上で転がしてしまう。
装飾が豪華すぎる為普段使いには向かないが、神功から貰ったものなので持ち歩いていたのだが、まさか抜かれてしまっていたとは思わなかった。
「その万年筆のインクなんですけど……その、はじめは透明で空洞だったんです……なのに俺が触っちまったからか…その、緑にかわっちまって……すいません」
「へ?…いや、……そんなことあんのか?あ、…確かに本体のインクは抜かれてるけど……」
「あ?ナニナニ?触ったら色が変わるインク?イデちゃんまた変なの造った……」「あ、おい、九鬼触るな」「あぁッん♡……な、なにこれ~めっっっちゃくちゃキモチイイ!!アレ、でも1回しかならないのか」
日当瀬が掌に乗せていた緑に輝くインクを横にいた九鬼が触った。
すると九鬼は艶めかしい声をあげ、とろける様な快感に頬を紅潮させる。
日当瀬も同じように快感を味わったのかソッポを向いていた。
千星は見てはいけないものを無理やり見せられているようで、呆れるように九鬼を見つめたままであった。
九鬼が無意味に喘いだだけではなくちゃんと変えインクにも変化があり、マーブリングをしたかのように緑の中に白が加わった。
「あー……なんか、キモチイイし疲れた…し、なんダロ…コレ。けんけーん、キャーッチ☆」
「あ!九鬼!?…明智落としたら承知しねぇからな!!」
「は!?ちょ!今なんか怪しげなことになったやつ…!ッくぅ……!………は♡、やば、これ……オナった後みてぇ……」
九鬼が明智にインクを投げつけると受け取る以外の方法は残されておらず、片手でキャッチするが、その瞬間に頬が染まり詰まるように息を詰めてから俯き加減に肩を落とした。
思わず出た本音に千星は凄く複雑そうな顔をするしかなかった。
「あれ、皆ココに居たんだ。
九鬼副会長、暗器ありがとうございます、使い勝手良かったですよ」
そうしているうちに訓練施設で調節していた巽がラボへと入ってくる。
勿論、九鬼がすかさず明智が机に置いたインクを巽に向かって投げた。
「次は巽ネ~」
「え?な………ぅッ!?♡………はぁ、………なに?……」
「イデちゃんの造った武器、カナ?」
背筋を電流のように駆け上がる悦に身悶えてから巽は脱力感に眉を顰めた。
マーブル模様には更に“紫”と“黄”の色が追加された。
二度目に触れても何も起きない事を理解した九鬼は巽の手からそのインクを受け取ると、千星が持っている万年筆本体へとインクをはめ直す。
「“書いて”みなヨ」
「え!……あ………わかりました」
能力のリミットを解除してペンに触れると万年筆から千星の右腕にかけて、緑、白、紫、黄の色合いの光が絡みつく。
千星はまず目の前に居た九鬼の属性である“水”の文字を宙に綴った。
「─────ッ!!」
剣で文字を綴っていた時と同じように千星の周りに水の球体が浮かんだ。
久々の感覚に千星は目を白黒とさせるが、自分がまだ戦える事に安堵して肩を落とす。
続けざまに、“風”“土”“雷”と書き綴って行くと千星の周りに旋風が現れ、そして守るような土の壁が床から突出し、バチバチと辺りに雷光が瞬いた。
「うお、すげぇな!魔法使いみたいだな、千星!!なんの能力だよ?」
「う、うるせー!……武器の能力…だよ」
初めて見る明智は楽しげに声を上げ、その幻想的な能力を見つめた。
しかし、千星の返答を聞くと彼は傾げた。
そんな武器があるなら能力が弱い人間に対して全てに配られてそうなものだが、(裏)生徒会に所属していた自分は聞いたことがない。
グッと自然に眉を寄せていたが、九鬼がいつもの表情のまま人差し指を唇の前に立てたので明智はそれ以上は何も言わなかった。
千星が集中を一度解くと周りに渦巻いていた現象は全て消え、土の盾は意識的に元へと戻る。
そして、いつも一番使い慣れていた“火”の文字をゆっくり、じっくりと空中へと綴っていった。
一番初めから千星の戦闘を助け、一番威力も高い属性である文字の最後のはらいまで心を込めて綴ったが────、何も起きなかった。
「───────ッ!!?な、なんで……」
千星は理解が追いつかず声を上げた。
一番親しんでいた属性能力の筈なのに、千星の周りには炎のほの字も沸き起こらなかった。
万年筆を持った右腕を見詰めるとよく見れば先程よりも腕に巻き付いてた光の長さが減っていた。
「武器を使う条件が足りてないのかな?」
その様子に気付いた天夜が千星の横へと歩み寄る。
更に日当瀬も覗き込むように千星の状態を見詰めると自身の能力である分析を進めた。
「見た感じですと、白いエネルギーが水、緑が風、紫が土、黄色が雷を作り出していたようですね……つーことは…」
「ただいま、戻りました。
おや、面白い能力……いえ、武器ですね」
千星を含む全員の考察が一致したところに会長である神功が戻ってくる。
そして全員から一心に注がれる視線に神功はゆったりと首を傾げた。
「会長!その、……能力と言うか、エネルギー?を分けてもらえませんか?」
「エネルギーですか?いいですよ、如何すればいいですか?」
「えーと……万年筆の中にあるインクカートリッジに触れてもらえれれば……」
「それは、僕がプレゼントした……。わかりました、拝借しますね」
千星の手にあったものは神功がプレゼントした万年筆であったが普通の万年筆では無くなってしまったことは興味深く、視線を向けたまま歩いていくと、千星は万年筆の蓋を閉め、胴体部を神功に向けて差し出した。
そして、神功がその胴体部に触れた瞬間二人に変化が起こる。
「ッ………………………ん♡」
「───や、ぁっああっ♡なっ…に、コレ……!?」
二人を焼けるような快楽が襲う。
神功は片目を閉じる程度に留まるがその後に脱力感を感じて小さく息を逃した。
千星は脱力感こそ無いものの感じたことの無い熱っぽい悦に少し前屈みになってしまったのは言うまでもない。
「…………どうやら、君が持っているときであればインクカートリッジを出さなくてもエネルギーを補充できるようですね。
全く、イデアの考える武器構造には恐れ入ります」
「え?………あ、黒い光が」
千星の腕に今まで無かった黒い光が巻きついていた。
改めて万年筆を握り直し、空中に火の文字を綴った。
すると昔と同じように火の玉が自分の周りに姿を表していく。
千星はホッとした表情を浮かべ、その姿を見た神功は微笑んだ。
そして、九鬼が造りかけていた槍の柄尻を爪先で踏むと細身の槍を構えた。
「那由多くん、久々にどうですか?」
神功の静かだが何処か挑発の色を含んだ声音に千星はゴクリと大きく喉を揺らした。
元より神功には炎系統の技は効かないので、剣では無く万年筆を体近くまで引くと、筆先を神功に向けインクを飛ばすように手を薙いだ。
「火之矢斬破〈ヒノヤギハ〉!」
千星の周りの火の渦が矢の形へと変化すると神功を貫くように降り注ぐ。
昔よりも威力が上がった火の塊に千星は一瞬焦るが、神功は笑みを湛えたまま掌を前に翳した。
初めに現れる炎は赤色、そこから温度をあげて黄色、白、青へと変化させていく、そして神功が自分の能力との融合で編み出した幻想の炎、黒炎まで火力を上げると、飛んでくる火の矢を撫でるようにして消滅させた。
「ふむ。……威力も上がってますね、那由多くん…良ければ後2日僕と一緒に能力の練習しますか?」
「え、あ……はい!」
同じ炎の筈なのになぜ消えてしまったか千星は理解できなかったが、いつもの癖で神功の問い掛けには頷いてしまう。
神功は更ににっこりと微笑を湛えるとその後直ぐに表情を切り替えて奥にいる九鬼を殺すと言わんばかりに睨みつけた。
「調度。誰かさんを消し炭にしたくて……最大火力を安定させたかったんですよね」
その視線の先にいた九鬼は冷や汗を掻きながら千星に耳打ちしに来る。
「酷いよネ~、左千夫クン。
最後の決戦前に緊張を解してあげようと思ってイタズラしただけなのに……」
「な、何やったんですか?副会長……」
「え、なんもしてないヨ~、左千夫クンに差し入れたクッキーの中に激辛クッキーなんて混ぜてないヨ~」
九鬼の告げた内容に千星はがっくりと肩を落とした。
甘いものが好きな神功だが、辛いものは苦手である。
それを分かりながら潜り込ませるのはこの男くらいであろう。
九鬼なりの緊張感を解すための可愛い冗談なのかもしれないが、残念ながら神功に通じることは無い。
造りかけの槍を九鬼に向けて遠投すると神功は訓練施設へと向かっていく。
千星もそれについていこうとしたが日当瀬から予備のインクカートリッジを差し出された。
勿論、そのカートリッジに全員のエネルギーを詰めるために全員が快感を得たあと物凄い倦怠感に襲われたのは言うまでもない。
そして決闘状によって指定された当日。
神功たち愛輝凪高校(裏)生徒会のメンバーは手紙の転送装置を使うと絶有主〈ゼウス〉高校の門の前まで瞬時に移動し、指定された今は使われていない旧校舎へと向かった。
愛輝凪高校自体の守備は前会長である夏岡達にお願いしてきた。
後はこの決闘に勝って政府が自分達に手出しをできないような契約を結ぶだけだと神功は白い制服を纏い、神経を研ぎ澄ませていった。
一方、残りの時間ギリギリまで神功にしごかれた千星は全身筋肉痛で動くだけでも辛かった。
動きはぎこちなく、万年筆すらも持てそうにないぐらい腕が上がらなかった。
それを見兼ねた巽が、苦笑しながら千星の横に寄ると、胸に挿している万年筆に触れるようにして自己治癒力で千星を治していく。
「はい、那由多。ちょっと無理矢理だけどなおしといたよ」
「サンキュー…巽」
「なんかでも、変な感じだね。
俺が入ってからも色々な高校と戦ったけど、これが最後なんでしょ?なんかいつもと変わらなくてさ」
「……!?おまっ!死ぬかもしれねぇのに呑気な奴だな……」
「うーん……そうなんだけどさ。
……あのまま(裏)生徒会を知らなくて那由多と別々で高校生活を過ごすほうが俺にとっては怖かったかも」
「はぁー……信じらんねぇ」
「でも、那由多だってそうなんじゃない?」
「まー………な」
最後尾での会話を聞いていたのか聞いていなかったのか神功の表情は変わらず神経を研ぎ澄ませているものの、微笑を浮かべていた。
「では、行きます。
ここより先は絶有主〈ゼウス〉高校のテリトリーなので」
旧校舎の扉を開くと神功を先頭、全員が部屋の中へと入る。
「ヴゥォオオオオオ」と言う獣の鳴き声が響き渡ると共に扉が締まり一瞬真っ暗になるが、まるでロールカーペットが、伸ばされるかのように順番に部屋の照明が点いて行く。
旧校舎の中は学校という原型を留めておらず広い空間が広がった。
「ようこそ、絶有主〈ゼウス〉高校へ。
ワタシは(裏)生徒会長のアクラシアだ」
「お久しぶりですね、アクラシア」
「久しぶりダナ、お前が裏切るとはナ。上官がボヤいていたゾ」
「仕方ないですね、僕は君と違って“人間”ですから」
アクラシアと呼ばれる青年の風貌はブロンドヘアーにボブスタイルでイデアと酷似しているが、性別は男として創作されたイデアと同じプログラムで同調していたヒューマノイドである。
「余裕ダナ。イデアを壊した時のオマエのプログラムがイタダケナカッタのが残念だ」
「彼女はとても強かった……なので貴方にも僕は手加減しませんよ」
「フ……残念だガ、オマエの相手はワタシではナイ」
アクラシアの抑揚の無い声、変わることのない表情が冷たく降り注ぐ。
神功は静かに唇を結び、槍を持っている手に力を加えるが、アクラシアの後ろから歩いてきた人物に瞳が大きく揺れた。
「久しぶりだね、左千夫。……いや、7…と、ここでは言わない方がいいね」
「“サチオ”?…そんな……まさか……お前は僕が殺したはず」
「実は生きてたんだ。……ごめんね、ずっと黙ってて」
神功は、他の愛輝凪の生徒会メンバーが初めて見るほどの動揺を見せた。
神功が“サチオ”と呼んだ青年は絶有主〈ゼウス〉の裏副会長である薬師河悠都〈やくしがわ ゆうと〉、黒い髪と黒い瞳に泣きボクロがある青年だ。
優男と言う言葉がピッタリと当て嵌まる風貌で威圧的な雰囲気は無く、凛とした声だけがよく響いた。
次の瞬間、再び「ゥオオオオオォン!!」と
けたたましい咆哮が響きわたった。
「ミンナ、避け……ッ!?左千夫クン!?」
「那由多、危ない!!」
「ッ…明智、上ッ、な!?」
「あ、おい、……日当瀬ッ!!」
「会長?……副会長!!?晴生、あ、明智!!!!!」
いつも一番に声を掛けるはずの神功が機能せず。
九鬼がハッとするように声を掛けるがそれでも神功は動く事はなかった。
九鬼が神功に抱き着くようにして咆哮の衝撃波から逃げようとするが既に遅く、その声の波に触れた瞬間二人揃って消えてしまった。
然しその咆哮の波はそれだけでは留まらず次元を歪めながら残りのメンバーをも襲う。
天夜も千星を抱き寄せるようにして避けると、すぐ横の次元が歪むだけとなった。
日当瀬は上空に飛び上がり、明智もその上昇気流に鉱石の足場を作るようにして避けようとするが頭上から伸びてきた蔦が日当瀬に絡みつき引き摺り込む。
その蔦を明智が握ったため二人纏めて上の階へと引きずり込まれていった。
「手筈通り……かな?あまりこう言うの好きじゃないんだけどね」
「ウルサイ、弾き出されたデータには従う契約ダ」
「それじゃあ、次の手もシミュレーション通りかな。クロコッタ頼むね」
「ワォォン!」
薬師河がしゃがみ込み、アクラシアの側に座っているクロコッタと言う、チワワの様な小型犬の頭を撫でると、その可愛らしい容貌が一鳴きする。
すると、大きな次元の歪みが形成され、薬師河はその裂け目へと入っていった。
「アクラシア。生死問わずって言われてるけど生け捕りにするようにね」
「ソレはミッションにはない、ワタシはプログラム通りにしかウゴカない」
最後に凛とした声を響かせて薬師河悠都〈やくしがわ ゆうと〉と生徒会名簿に記されている黒髪の青年は消えてしまう。
そして、だだっ広い空間には千星、天夜、アクラシア、クロコッタの三人と一匹が残された。
END
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