16 / 113
過去編【あなたまメンバーの裏生徒会(高校生)時代】
【過去編】2 イデアロス
しおりを挟む
地区聖戦を優勝した後、千星は浮かれた。
優勝校の(裏)生徒会メンバーであれば、高校卒業後に就職出来る企業も選びたい放題だったし、推薦してもらえる大学も様々な種類があり、援助金まで出ると言う話を聞かされたからだ。
放課後いつものように集まり、会長である神功が今回の優勝の恩恵を伝えていく。
「す、凄いですね…会長ッ…こんな大学まで推薦で行けるんですか?」
「はい、どこでも選択できますよ。優勝景品みたいなものですからね」
「おい、巽見てみろよこれ!晴生も!!お前らどこにするんだよ?」
「んー……俺は那由多と一緒のところでいいよ」
「俺は千星さんと同じところならどこでもいいッス」
ハモるような返答に千星の表情が引き攣る。
これだけ有名な大学や企業が並んでいても、二人の重要なポイントは千星那由多〈せんぼし なゆた〉 がそこにいるかどうかなのだ。
千星はよく考えてみると、自分が進学校である愛輝凪高校に入れたのは天夜のスパルタのお陰であり、日当瀬も博士号を取得しているほどの頭脳の持ち主だ。
二人からしてみればこのリストの大学は推薦なんて使わなくても入れる事に気付いてしまった。
ガックリと項垂れていると視界の端にいつものように官能小説を広げている九鬼がチラついた。
国語の補習を一緒に受けていた彼ならこの恩恵を共有出来るのでは…!と、千星はいきり立たった。
「副会長はどこにするんですか?」
「ん~?ボクはもう辞退したヨ」
「ジタイ?ジタイ大学なんてありました………って!辞退って!?なんで…ッ!!」
「(裏)生徒会を手伝うのはあくまでも地区聖戦って目的があったからだしネ。それに、ボク無理なんだよネ~、政府直属組織とか任務とかそーゆー堅苦しいの♪左千夫クンに命令されるのは大歓迎なんだケド!」
「……え?…………え?」
九鬼の言葉に千星は目を白黒とさせる。
キョロキョロと神功と九鬼を交互に見遣る。
その様子に表情は笑みを湛えたままの神功が唇を開く。
「愛輝凪高校は政府直属の上位組織となりました。
今迄の任務に加え、政府から依頼される政府の為の任務もこなしていくことになります。
そこに関して九鬼は同意しかねるという事で僕達とは別行動を取ることになりました」
「左千夫クンの言い方堅苦しいッ!まぁ、でもそう言うことダネ~、今まで通り手伝いには来るヨ。でもそれはあくまでも左千夫クンや君たちから望まれればって感じカナ。ボクは家柄的にも政府ってのは支配するものであってもされるものではナイし、そもそも会長と副会長って相容れない間柄だしネ~」
呑気な言葉遣いのまま九鬼は茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべて椅子を揺らす。
本を閉じ立ち上がると、神功のすぐ横まで歩いていき、座っている神功へと意味深に笑みを向ける。
神功は表情を崩すことも否定することも無く九鬼を真っ直ぐに見据えていた。
「ちゃんと対価は貰ってるからそこの部分は気にしなくてイイけどね~、ボクと左千夫クンの仲だし♪
何かあったら携帯に連絡してくれたら飛んで行くヨ、と、言ってもちょーっと実家に帰るかもだケド」
「実家って………」
「中国ダヨ♪ボクのお家、分かりやすく言えばチャイニーズマフィアだから。じゃ、今後の話もあるだろうし、部外者は出ていくネ~」
そうだ、副会長も普通ではなかった。
その思考と共に千星の表情にどっと疲れの色が滲む。
九鬼は手を振ると(裏)生徒会の部屋から姿を消してしまう。
対価、の言葉に脅されているのではないかと千星は神功に視線を向けたが、いつもの調子だったのでそんな事はないのだろうと安堵し、また色々な大学や企業が並んでいる紙面へと視線を落とす。
そして千星は気づく羽目になる。
結局、地区聖戦の優勝商品の恩恵を受けるのは自分だけなのだと。
目の前でいつものようにお茶をしている神功左千夫〈じんぐう さちお〉はそもそも家が一流企業であるし、校内ランキングは常にトップの頭脳の持ち主である。
その横にちょこっと可愛らしく座っている三木柚子由〈みき ゆずゆ〉も勉学に置いてはトップ10にランクインしている。
他のメンバーにとっての地区聖戦はあくまでも愛輝凪高校の就職率、進学率を上げるための奉仕活動にしか過ぎないことを目の当たりにして、喜んでいた自分が少し恥ずかしくなる。
「良かったナ、ナユタ。この景品はオマエの為にあるヨウナものダ」
「そんな、ズバッと言うなよな…」
神功の反対側に座っていたヒューマノイドのイデアが千星に向かって無遠慮な機械音が混じった声を響かせる。
金髪に赤い瞳でまるで少女のような出で立ちをしているが
彼女はロボットであり、ケタ外れな戦闘力を有している。
政府から(裏)生徒会を手伝う為に派遣されてここに居るのだ。
「オマエは頑張った。ダカラ褒美がでタ、なにか間違っているカ?」
「間違ってねぇ…けど」
不貞腐れながらイデアをジトっと見詰めていたが千星は思い直した。
確かにメンバーに頼るところも多かったが自分も精一杯頑張った結果、貰えたものだ。
そう考えると、とても価値のあるものだと思えたからだ。
また(裏)生徒会でこれからも頑張っていこうと気合いを入れ直すように紙面を握りしめた。
しかし、そんな気持ちが続く事はなかった。
「グギゃぁァァァァァァ!!!!」
悲惨な悲鳴が耳を劈く。
千星は肩で呼吸を繰り返し、目の前で行われている行為に目を見開く事しかできない。
既に能力のリミットを解除し、両手で武器の剣を握り締めているがその場から足が進むことは無かった。
「…………?那由多くん、もう少し近くに居てもらわないと守り難いです」
「か、会長………これ、なんですか?」
「……キメラですね、イヌとオオカミですかね?其れ等の遺伝子を改良して獰猛性を上げたものですね」
神功は三叉の槍で何の抵抗も無く、キメラと呼ばれる動物達を突き殺していく。
赤かったり青かったり緑だったり、色々な色の血液や体液が床を汚していった。
更に奥からノソノソとゆっくり歩いてくる物体に千星は恐怖に歪んだ視線を向けた。
そこには人が居た。
年齢的にも年端も行かない子供だったが、神功は容赦なく槍で突き殺してしまう。
「ギィァァァァァ!!ァ……ァ……!」
赤い血液が迸る。
千星は自分の目の前が真っ赤に染まっていく様にリアリティを感じられないまま、競り上がる嘔吐感を我慢出来ずにその場で吐いてしまう。
血の臭いが凄まじい。
その血溜まりの中に立ち竦んで居た神功は瞳に光を宿しておらず、次にこちらに来る敵に対応するように槍を構えたが千星の異変に気づき、ハッとしてから後退し走り寄った。
そして宥める様にその背中を撫でる。
「那由多くん?……すいません、配慮すべきでしたね」
「会長………ぅ、………ぇ…………殺す、必要……あるんですか?」
「……はい、政府からの命令が施設の壊滅と実験体の消去ですので」
「でも、でも……!!あんな、小さな子ッ!!」
「見た目は小さい子供ですが人間ではありません、よく見てください」
神功が体液を撒き散らしてのたうち回る子供の後ろを指差すと蔦が伸びておりそれを辿るとウツボカズラのような食肉植物がいた。
のたうち回る肉塊が蔦に引きずられるようにして回収され、捕虫器と呼ばれる壺状の部分に引きずり込まれてジュ……と、音を立て溶けていく。
千星には子供が植物に食われているようにしか見えずに更に頭が混乱してくる。
神功は奥から更に聞こえる足音に槍の柄を握り直す。
走り出そうとするが、それは千星が腕を掴むことにより阻止されてしまう。
「那由多く……──」
「助けられませんか?ッ……こんなこと、おかしいですッ!助けられる子は……人は、動物は……いないんですか!?」
「……那由多くん、しかし……」
懇願するような声が千星から漏れる。
神功は否定しようとしたが余りにも真摯な表情に考え直す。
確かに最近の政府から告げられる任務は慈悲のない殲滅行為が多い。
普段はうまくはぐらかしながら神功一人で片付けて居たのだが、今回は他の通常任務の延長線でこの施設を発見してしまったので全員が居る状態となってしまった。
殺す必要はあるのかと言われれば、神功の中に迷いが生じた。
ここの実験体は既に人間の形をしていなかったので殺すほうがいいかと考えたが、もし人間の形をしていたら自分はどうしていたのだろうか。
殺せていたのだろうか。
しかし、自分の作ったエーテルといういわく付きの子供を教育、治療している施設で受け容れるとしても限界がある。
けれど、横で思いを自分にぶつけてくる千星も無下にはできなかった。
一つ息を落としてから神功は緋色の瞳を巡らせた。
更に赤く、血の色のように染まると空気が淀み全てのものが惑わされるような甘い香りが充満する。
奥から近付いてくる実験体たちがバタバタと倒れていく。
彼は政府の任務を貫き通すのではなく、千星の意思を尊重することにした。
ただその千星にもその事実を告げる事なく、施設を消滅、実験体を全滅させた嘘の記憶を作成し、催眠術で千星に植え付けてしまう。
「那由多くんには可哀相ですが、彼から政府に情報が漏れると困りますしね……」
できるだけ残酷ではない記憶に置き換え、意識を失う千星を抱えると、眠らせた実験体を回収する為にエーテルの人員へと連絡を取った。
施設のシステムの破壊は残り(裏)生徒会メンバーにより遂行されたため、後は監視カメラの映像だけ神功は塗り変える。
全て殲滅させたようにすり替え終わるとその場から撤退した。
-----------------
「あれ……俺……」
「千星さん、大丈夫ッスか?……チッ、会長のヤツ、千星さんをこんなにしやがった癖にどっか行きやがったんですよ!ありえねぇ!」
「晴生、会長も忙しいんだって……」
「……でも」
千星が目を覚ますと(裏)生徒会の仮眠室だった。
酷い頭痛に悩まされるように額を手にやるとどうして気を失ったか考えてしまう。
すると、自然と施設壊滅した時の情景が浮かび上がり前屈みになりながら口許を手で覆う。
胃の中のものが競り上がってくる感覚に汗が滲み、上腹部に力を入れるように耐える。
自然と呼吸が上がる千星を日当瀬は心配そうに見詰め、後から入ってきた天夜が千星の名前を呼びながら額に手を触れさせていた。
千星の中に疑心が生まれる。
(裏)生徒会に、神功に対して不信感が募っていく。
その事件から神功は別行動が増え、一緒に行動する任務も政府から通達されるものは犠牲者が出た。
建物のハイジャック事件では神功から指示された待機時間が長く何が起こっているか分からなかったが、片付いてからニュースを見ると人質が屋上から突き落とされて死亡していた。
あの待機時間が無ければ、神功や(裏)生徒会のメンバーが力を合わせれば被害者を出さずに済んだのではないか。
そんな思いが千星の中を埋め尽くしていく。
それに政府からの任務は愛輝凪高校をより良くするものから掛け離れたものばかりである。
政府にとっては必要悪であると言い聞かされることばかりである。
今日も重い足取りで(裏)生徒会室へと向かった。
これは、先日神功が一つの施設へと潜入したときのことだ。
今日も反敵対組織の壊滅というきな臭い任務だった。
彼は能力を開放し、武器を片手に組織の内部へと攻め込んでいく。
「誰だ!!貴様は!?──────!!」
「な、なんだ、コイツ!!…………ぅ!!」
組織の中に居る、“人間”の処遇は特に指定されていないので気絶させていく。
いきなり能力を全開にして催眠術で眠らせていってもいいのだが、与えられている情報が少ないため出来るだけ能力は温存して置くにこしたことはない。
昔はこう言った潜入や前線は良くこなしていたなと戦闘奴隷のような扱いを受けていた記憶が思い起こされる。
神功は自分を形成してきたものは忘れないように反復している。
なので勘は鈍る事はなくこういった類の任務はお手の物だった。
元より敵対組織の秘密裏での殲滅、ターゲットの抹殺は能力を使わなくても彼にとっては手慣れたことである。
目の前に小さな子供や、自分と同じ年齢くらいの人の形をした者が歩いてくる。
ひと目で実験体だと分かった。
殺らなければ殺られるとも直感が警告し槍を振り上げた瞬間、『助けられませんか?』そんな千星の言葉が頭に浮かんで神功がたじろいだ瞬間、目の前で爆発が起きる。
反射的に神功は後退し、物陰に隠れるようにして事なきを得たが少年少女だった筈の肉片が辺り一帯に飛び散って、もう息があるものは自分だけだった。
自爆したのだろうか、させられたのだろうか、悲鳴すらも聞こえなかった者は人間だったのか、それとも人によって作られた兵器だったのか。
その定義で分けると自分はどちらに分別されてしまうのだろうと苦笑を零した。
「僕も……こんな事がしたくて、ニンゲンになった訳ではなかったんですがね」
千星の純粋な訴えは、千星が想像もしない程に神功に突き刺さる。
また昔と変わらず命令のままに動いている事に気づいてしまう。
体は如何であれ、この感傷的な部分は人間だと言わざるを得ない。
かなり薄れた筈の感情は神功家に養子に迎えられ、他人と多く関わるようになってからまた神功の中へと舞い戻ってきた。
(裏)生徒会の会長になってからは更に色々な感情が芽生え、欠如していた記憶も戻ったものがある。
まだ吹き荒れる爆風のなか、神功は更に奥へと歩みを進める。
沢山檻のような柵が並ぶ場所へと辿り着くと、息を抜くように笑みを湛えた。
「さぁ、貴方達もニンゲンになりませんか?……きっと楽しい事が沢山待ってますよ」
神功が静かに微笑みを浮かべる。
奥に潜む全ての実験体へと向けて手を差し伸べるように伸ばし、爆発に寄って開いた穴から風が吹き込んで彼の黒い髪を靡かせた。
瞳は緋色に、そして甘く燻り、キャパオーバーを告げるように赤い血の涙が瞳から零れ落ちた。
また一つ、神功は政府に対して嘘を重ねる。
その嘘を隠すために更に多くの嘘を“能力”によって重ねていった。
これがつい昨日の出来事であった。
そして、彼はいつもの(裏)生徒会室でいつもの場所に腰掛けるが、視線は携帯の画面へと注がれていた。
彼は一つメッセージを送るとそこにヒューマノイドであるイデアが入ってくる。
「お疲れ様です、イデア」
「……アイツらはまだカ?最近たるんでいるナ」
「また、特訓が必要ですかね…………、でも、もうそれも叶わなくなるかもしれません」
「…………サチオ?どういうコトだ?」
----------------------------------
千星と天夜、日当瀬、三木は(裏)生徒会へと向かう道中で珍しく全員が揃った。
千星、天夜、日当瀬は共に行動する事が多いので、天夜や日当瀬に用事が無ければ一緒に(裏)生徒会まで行くことが多いのだが、三木は表の生徒会での仕事もあるので先に生徒会にいるか、後から来る事が多い。
地区聖戦までは全員が揃えば和気藹々と言った言葉が似合うように話題が飛び交っていたのだが、ここ最近の神功の不在に加え、理不尽な命令に全員の気持ちが沈み言葉を発するものは居なかった。
「あ、あの……文化祭なんだけど……募金愛好会としてなにか出来ないかな……って」
「三木さん……」
その重い空気を浮上させるように三木が口を開いた。
自然に視線が集まってしまうので恥ずかしがりやな彼女は頬を染め、モジモジと自信なさげに言葉を小さな声で綴っていく。
募金愛好会とは(裏)生徒会のメンバーが表向きに入っているとされているクラブの名前である。
なにか催しがある時はこの名前を使って活動する事になっているのだ。
暗かった雰囲気が一変して千星を中心に頷き始めると、天夜と日当瀬も会話に乗ってくる。
調度(裏)生徒会室へ繋がる理科準備室に差し掛かったところでその会話を遮るような異変が起きる。
「柚子由!皆さん…ッ中庭へ!!」
あまり聞いたことがない神功の焦った声が全員の耳へと届く。
バァァァンッと大きな音が響き渡ると同時に壁が無残にも崩れ落ち、神功が何かにぶっ飛ばされたように千星達の方へと飛んでくる。
巽によって受け止められた神功は既に幾つもの傷を負っており、鋭い瞳から放たれる殺気に全員の体が緊張に萎縮する。
神功がこんなにも追い詰められる相手は誰なのかと全員が砂埃の立つ壊れた壁の向こうを見詰めた。
そこに立っていたのはなんと、鞭を手にしたヒューマノイドのイデアであった。
「イデア……どうしたんだよ……」
「すいません、僕のせいで暴走してしまった……よう……です」
「会長のせいって……また、政府からの?……イデアに、イデアに……何をしたんですか!」
「そんなところですかね……ッ、……!詳しくは後で、……ッ!はやく中庭の結界の中に……ッ!!」
会話している最中もイデアのムチが撓り全員へと襲い来るが、神功が槍で勢いを殺しながら弾いていく。
イデアと千星達の間に立ちはだかり身を挺して守りに徹する。
しかし、靭やかに弛み、幾つもの曲線を描く動きに自分以外も全て守るとなると神功の体に鞭がかすり、裂傷を刻んでいく。
千星は三木の手を引くと中庭へと逃げていく、その後ろに天夜がクナイでイデアを牽制し、先に走った日当瀬が中庭の結界を作っていく。
結界の中に入ってしまえば他の生徒から見られることはない。
どこへ逃げても、苦楽を共にしたヒューマノイドのイデアは千星達の隠れそうな場所を全て知っているため、彼女から隠れる事は出来ないだろう。
「千星さん!はやく、こちらへ!!」
「お、おう……!!ッ……!!??エイドス?お前……なんでこんなとこにッ」
「ウルサイ、ウルサイッ、うるさーーい!!千星ッ!オマエか!オマエがイデアを暴走させたのかッ!?」
「お、俺!?俺は何もしてない……会長が……」
「神功か……神功の奴めッ!!俺の、俺の感情プログラムにまでッ……ERRORが、……………ッ…て、───ァァァアアアア゛ッッッ!!」
中庭に付くと日当瀬が結界を張り巡らせるが、そこには既にイデアの片割れのエイドスが居た。
エイドスはイデアと同じ設計図で作られたが、髪は長く、瞳の色は青い。
見た目こそ双子のようだが、プログラムの上では全く別個体である。
更にエイドスは感情プログラムと言うものが埋め込まれており、非常に人間らしい表情や考えを形成している。
エイドスが頭を抱えて長い前髪を振り乱す。
更に長くその髪が伸びれば彼を取り囲むように蠢き、地面へと広がって行く。
「おい!エイドスッ!!どうなってんだよ……エラーって……イデアはッ!どうなって……」
“殲滅セヨ……殲滅セヨ……”
千星は三木から手を離し前に出るようにして守りの体勢に入るが、次に彼が見たエイドスにはもう人間らしさは全く残っていたなかった。
ホラー映画に出てくるような無機質な、表情の無い人形が髪を幾つもの刃にと変形させて、光のないブルーの瞳をグルングルンと回し、自分たちを殲滅する為のターゲットと認識している。
異様な機械音が中庭中に響き渡り全員が恐怖に慄いた。
「か、解除ッ!!」
全員が能力と武器を開放する。
その瞬間エイドスの髪が真っ直ぐに自分たちに向かって刺し殺すように伸びてくる。
千星は剣をぶち当ててなんとか軌道を逸らすが、次々に襲い来る髪の毛の刄に直ぐに劣勢になって行く。
「…………ぐっ!」
「千星君っ!」
三木もそこに加勢するように二又の槍を手に自分達に伸びてくる髪の刄を弾いていく。
初期の頃とは掛け離れた動きだが、それでもケタ外れの能力を有するヒューマノイド相手では防御が精一杯だった。
「那由多ッ!!皆、集まって背中合わせにッ!離れたら殺られるッ!!」
「うっせぇ、天夜ッ!テメェに言われなくても分かってんだよ!!」
天夜が軽い身のこなしで体を捻るようにエイドスからの攻撃を空中で避け、千星達のすぐ側まで来る。
同様に日当瀬も銃で幾つもの空気砲を撃ち込み、刄の軌道を変えると自分が走り込める通路を作り千星の側まで来る。
全員で円を組むようにしてエイドスからの攻撃を凌いでいく。
そこから体制を立て直し、エイドスに対して千星が前衛、日当瀬が後衛、間に天夜を挟むいつもの陣形まで持っていくことができた。
この形になれば何とかなると思った。
いつもの戦い慣れた陣形であるし、何と言っても4対1である。
ただそんな希望は長く続かなかった。
「はぁ……はぁ……近づけねぇ…………」
「日当瀬ッ……後、何発……?」
「うる……はぁっ、せっ!もう、10発もねぇ……よ、テメエの暗器は……どうなんだよ……ッ」
「俺も、これが、……ラスト」
伸びた髪が邪魔をして誰もエイドスの本体まで攻撃が届かない。
髪の刄を切り落としたり、燃やしたりするのだが再生の方が早く減る気配が無い。
それよりもこちらの体力や武器が先に尽きてしまうと誰しもが思った。
少し離れたところで大きな爆発音が聞こえる。
イデアの容赦のない追撃を防いでいる神功の助けは期待できなかった。
頼みの綱の九鬼も今、日本には居ない。
絶体絶命と言う言葉がピタリと当てはまる現状に千星は絶望した。
そうすると集中力がどうしても切れてしまう。
真っ直ぐに伸びてきた刄の軌道を反らせそこなって、三木が居る後ろまで突き進んでしまう。
「三木さんっ!!」
「───きゃぁっ!……ぅ!大丈夫ッ!!」
三木も懸命に槍で刄を受け止めるが、彼女も後衛から幻術を駆使して足場などを作成した為に、既に気力が限界に近かった。
そのまま彼女の腕を刄が切り裂き赤い血が滴るが、よろけるだけでギュッとその腕を押さえるように止血して、槍ではじき返すとエイドスを睨みつけた。
「すいませんッ、俺ッ……」
「大丈夫ッ……大丈夫だけど、……ッ……どうしたらッ……どうしたら……いいのかなッ」
三木の呼吸が弾む。
全体の集中力が切れ始めた時エイドスが動き出す。
バラバラに襲ってきていた髪の刄が絡み、矛先のように太く鋭いものへと変形し、一直線に三木と千星へ向かって突き出された。
「─────ッッ!!!!」
「那由多ッ!!」
「千星さん!!」
真っ向から千星は剣身で受ける。
後ろから走ってきた天夜は鎖鎌の峰で、日当瀬は銃の腹で、千星の剣を後ろから押すようにして三人で受け止めるがズルズルと地面を滑るように後退していく。
三人がかりでもエイドスが突き出してくる髪の刄が幾つも絡み合った矛先は止める事ができなかった。
このままでは全員が突き殺されてしまう。
「──ッ!!火之矢斬破〈ヒノヤギハ〉!!」
そんな事をさせはしない。
そんな思いが千星に宿る、後ろには先程自分が集中力を切らせてしまった為に傷ついた三木がいる。
これ以上彼女を傷付けたくない。
千星が言葉に力を乗せると彼の能力が発動する。
彼の剣が燃え上がりその炎は大きくなり、矛先から火が燃え移り一直線にエイドスの本体に向かって火柱が走っていく。
エイドスの顔が歪む、誰もがやっと本体を攻撃する事が出来たと気が緩んだ瞬間、悪魔のような機械音の笑い声が響き渡った。
“ギィ─────、ギィ、ギィ────ギャハハハハハハハハハッ!!!”
まるで千星がはじめからこうすると解析されていたかのように、エイドスは自分本体に燃え移る前に刄を切り捨てる。
そして直ぐに2本目の太い矛先が千星へと襲い来る。
慌てて剣で受けるが無惨にも千星の剣は折れてしまう。
「那由多!!」
剣が折れた千星はその場で硬直してしまう。
目の前まで伸びてくる尖った先端に恐怖を感じる事しかできない。
その矛先が触れる既の所で天夜が飛び付くようにして千星を切っ先から逸れさせる。
「って………巽………たつみッ!!?」
後ろに尻餅を付くようにして倒れた千星の前には腹に刄が貫通した天夜が立っていた。
掠れた悲痛な声で千星が天夜の名前を呼ぶ。
天夜の顔は青白いが、千星を見詰めて困った様に笑みを浮かべる。
「俺は、…………治る、……げほっ……から」
全員の血の気が引く。
三木は両手で口を覆い、瞳がゆらゆらと涙に揺らめく。
千星は開いた口が塞がらず唇ガタガタと震える。
その中でも日当瀬はその伸びた槍のような先端を分断させようと銃を構えるが、先程の衝撃で壊れてしまったようで、トリガーを引くなり銃自体が崩れさった。
もう、爆弾のように扱えるカートリッジもない。カートリッジの中身を入れ替える時間もなかった。
エイドスがまた髪を編み込んでいく。
天夜に刺さった刄は天夜が握り締めている、が、何度も吐血を繰り返している。
このままでは間違いなく全滅である。
その時彼の頭の中に一つ考えが浮かんだ。
日当瀬は分析能力を最大限まで解放し、遠くの気配までをも感じた。
そして、自分の中で結論付けると最近の能力の研究で浮かび上がって来たことと千星の能力から導き出された答えを頭の中で纏める。
両手を広げるように立つと、全神経を集中させる。
分析能力を全開にして自分をカートリッジだと仮定し、自分の周りの電磁波を引き寄せる。
「千星さん……後、お願いします」
「晴生?……はるきっ!!!?」
それだけ告げると日当瀬はエイドスへと向かって走り出した。
首をあらぬ方向に回転させ、狂ったような笑い声を響かせる機械へと引き寄せられるように走っていく自殺行為にしか思えない背中に、千星は大声で名前を呼ぶが彼は振り向く事はなかった。
エイドスは矛先を形成しているものとは別の髪の刄で日当瀬を襲う。
日当瀬は致命傷だけ避けて傷を負いながらエイドスの本体の側へと向かって走るが、それもすぐに敵わなくなり最後に飛び上がった瞬間四方からエイドスの刄に囲まれた。
「は、はるきぃぃぃいーーー!!!」
千星の声が木霊する。
静かに日当瀬の口角が上がるが直ぐに表情は緊張感を持ち、日当瀬は両掌に力を込めると“パンッ”と大きく手を打ち鳴らした。
「ギィイィぃ!!!!」
ゴゥっ!!と、音を立て幾つもの鎌鼬が日当瀬の周りを踊り狂う。
それはエイドスの髪の刄を切り裂き、エイドスの本体をも切り刻み、裸同然にしていく。
天夜もエイドスの刄から開放されるとその場に崩れるように地面へと突っ伏した。
一気に優勢になるように見えた日当瀬の攻撃だったが、その日当瀬が起こした風の刃は日当瀬自身も切り裂いた。
彼は初めて行った能力の属性化を操り切ることは出来ずに自身すらも鎌鼬が切り刻み、その場に血塗れでドサッと倒れた。
千星はもうどうしたらいいか分からなかった。
日当瀬はこうなる事を予測していたので千星に後を任せたのだろう、けれど彼には荷が重すぎた。
近くで血に伏せた天夜にも、遠くの日当瀬にも視線を向ける事しかできず、三木と同じく震えた。
“修復……修復ヲ開始シマス”
エイドスから機械音が響く。
シュー、シューと異音を響かせ、目を剥き出し、笑い壊れたように口角を上げたまま日当瀬に向かって、ガタガタと歩き出す。
髪は無く、動きもゆっくりであったがその手には切り刻まれた髪の刄が握り締められていた。
「や、やめろぉぉぉっ!!!」
千星はハッとしたように折れた剣に炎を灯して走り出す、そしてロボットの首に向かって炎の刄をふりかざした。
「…………ッ!!!!」
しかし、千星はエイドスの首を切り落とす事は出来ない。
首に炎が触れているがそこから刄が進まない。
千星の両腕がガタガタと震える。
彼の刃は彼自身が斬ろう、殺そうと思い振るわなければ斬れないナマクラなのだ。
能力も同様に気持ちが付いてこないと威力が半減されてしまう。
エイドスが千星へと壊れかけの首を、不安定な動きで向ける。
その顔は笑っていた。
千星の中で更に混乱が広がる。
日当瀬に向けられていた刄が千星へと向き一直線に向かって伸びて来ていることにも気付かなかった。
次の瞬間エイドスの動きが静止する。
三叉の槍が頭、首、肩へと突き刺さり千星の前でエイドスの壊れた笑顔が絶望の表情に変わったように思えた。
神功である。
神功がなんの躊躇いもなくエイドスを刺し殺し、片手をエイドスの穴が空いた頭の隙間から内部へと差し込むと、ブチブチブチと嫌な音を立てながら中の回路を引き千切る。
「遅く……なりました……」
「ギャ、ギャ、異常!──異常!!熱量ぼう……そ……」
しかし、それだけしてもエイドスは神功に向かって口から毒針を吐き出す。
体を反らすようにして避けるがエイドスが千星へ向けていた刄を神功に突き刺す。神功は避けきれず手で刄を掴むようにして攻撃を防ぐ。
「と、言っても何も片付いてないんですがね」
神功の制服は既にボロボロで上半身は殆ど布を纏っておらず、幾つもの鞭による裂傷が走っていた。
しかし千星はその神功よりも無残に頭を勝ち割られたエイドスに動揺し過呼吸になっていく。
神功はそんな千星の様子に気づく事なく此方に疾走してくるイデアに向かって刺さっている槍ごとエイドスを投げつける。
「柚子由、槍を……」
「はい。左千夫様…ッ」
「熱暴走!熱暴走!!ERROR!ERROR!E R R────!!」
機械音を響かせながらエイドスはイデアへと向かって飛んでいく。
イデアはその壊れた機械を鞭で掴むと上空へと投げた。
ドォォォォンと爆発音と爆風が辺り一帯を包む。
エイドスを形成していた機械の破片がハラハラと地へと降り注ぐが、神功は顔色一つ変えず柚子由から槍を受け取った。
「どうして…………」
「那由多くん?」
「どうして……そんな簡単に殺せるんです……か?」
「エイドスは人ではありません、機械です」
「でも、でも、アイツは笑ったり、怒ったりするんですよ!他に、他に方法は……」
「有りません」
「──────ッ!!??」
「無いんですよ、那由多くん。僕にはこれしかありません」
神功は静かに言葉を吐き捨てると集中力を切らさないまま糸のように長く細い呼吸を吐いた。
しかし、後ろから向けられる殺気に視線だけを向ける。
そこには千星が折れた剣に炎を灯して、その切っ先を神功へと向けていた。
「イデアは……イデアは、壊させません!!」
「ホントに君は……甘いですね」
神功の静かな、しかし一瞬で殺されてしまうのが分かるような殺気が千星を襲う。
殺気に当てられた千星は呼吸が出来なくなり、剣を落とすと自分の首を両手で掴んだ。
そのまま跪き吐き気を催しながら肩を上下させると、神功が殺気を向ける対象をイデアへと変えた為ゆっくりと酸素が戻ってくる。
目の前で繰り広げられる戦闘の影が地面にチラ付く。
酸欠のせいでどこか夢見心地に感じられた。
神功とイデアが跪いた千星の前で対峙している。
「本当に(裏)生徒会に欲しい人材ですよ……イデア」
─俺が弱いから?
「今からでも遅くありません、どうですか?一緒に活動しませんか?」
──俺は必要ない?
「返事は貰えないようですね……すいません、終わりにしますね」
───俺は、俺は……!!
千星は顔を上げると冷たい言葉を落とす神功の背中だけが見えた。
その奥で鞭を振り回すイデアは塗装が捲れ、皮膚が割れ、バチバチと断線している部分が幾つも見て取れたが、その表情はいつものイデアのものであった。
神功が重心を下へと落とす。
那由多ですら分かった、これが最後なのだと。
神功の言葉に反応を返さなかったイデアは壊されてしまうのだと。
あの問いかけだけで壊れたと判断されてしまうのだと。
バグが起きていると。
それでいいのか?
なんとか止めなければ。
手立てはもう、本当に手立てはないのか。
このままイデアは壊されてしまうのか。
千星の中に色々な記憶や思いが流れる。
中でも誕生日に彼女が千星の家に来たことが一番鮮明に思い出された。
自分の記憶の中にある、母親の作ったご飯を食べていた彼女は“人間”にしか見えない。
「志凪突飛子(シナツヒコ)」
千星から言葉が落ちる。
自然に剣の先と唇が動いた。
折れた剣からふわりと風が揺らぎそれが一瞬で大きくなると神功に向かって一直線に三日月のような風の刃が走っていく。
後ろからの攻撃だが全神経を集中させている神功はそれに気づくと体を撓らせるようにして避ける、しかしそのすぐ後ろに並ぶような二撃目と走り込んでくるイデアに表情が固まる。
千星を甘く見ていたツケは大きかった。
前と後ろから挟み込まれるように向かってくる攻撃に神功は一瞬で判断を迫られる。
結果イデアに背中を向け、槍を背筋に添わせるように真っ直ぐ背面で持ち、鞭が触れた瞬間に絡めて槍ごとイデアを遠くへと飛ばす。
そして、彼は千星の風の刃を体の前面で受け止める。
神功の鎖骨の間から臍の下、下腹部までが綺麗に切り裂かれて血飛沫が舞う。
「本当に君は…………グッ……はっ……」
出血から来る目眩に神功は両膝を付く。
視界が霞み、意識も霞むが今倒れたらどうなるかは自分が一番分かっている。
そんな神功の横を何かに浮かされたように千星が折れた剣を片手にイデアに向かって歩いていく。
「なぁ……イデア、これって嘘なんだろ?暴走なんてしてないんだろ?
いつもみたいな地獄の特訓なんだよな?
イデア、おい……ッ!なんか言えよ……!!」
「消去セヨ……対象を消去セヨ……」
「ほら、イデアこっちこいよ、また俺んちで飯食おうぜ?」
「消去?……消去消去消去消去消去消去消去消去消去消去消去………」
機械音が狂った。
意識が霞む中で神功はまた千星が奇跡を起こしたのかと、朧な視線を千星の背中とイデアの表情にと向けた。
しかし、次の瞬間神功の表情は凍り付いた。
四肢の信号を切断する、自分は無傷だと思い込ませていく、まだ動けると、いや動けと走れと。
早くしないと間に合わない。
もう自分は惨めな思いをしたくない。
その思いだけが神功を突き動かす。
血液で地面を汚しながら地を蹴る。
もう何も現実を瞳には写していない千星の肩を掴み、後ろに大きく飛ばすように引っ張る。
それと同時に、胸が大きく開き鉄製の刃を何本も突きだし千星を喰い殺そうとしていたイデアの開いた胸へと左手を突き入れた。
遠くからだが、神功は日当瀬が能力を属性化していたのは見ていた。
そして、元からそんな噂が有ったのは知っている。
神功は指先に集中する、瞳を赤く赤く燻らせ、自分より紅い瞳を見詰めると切なげに視線を眇めた。
「消去───な、ゆた────しょう」
「─────グッ!!」
口のように開いた扉が閉まると刄が何本も腕へと突き刺さる。
赤い血だけでは無くてイデアの緑色の体液が混ざって神功の腕を滴り身体へと流れていく。
右手でイデアの顔を掴む。
目を剥き出し、笑っているとは言い難い苦痛に満ちた表情を隠すように掴み上げると神功の左手は炎を纏いそのままイデアの身体を突き抜けた。
緑色の体液が神功に降り注ぐ。
「ァ゙…………ァ゙……………ァ゙………………a……」
「あ゙……あ゙……ぁああああ゙!!!」
前から聞こえるイデアの機械音が小さくなって行く。
後ろから千星の悲鳴に似た叫びが聞こえるが、神功は振り向かなかった。
右手にも炎が灯るとイデアの表面が溶けていき、神功は指を頭の中へと突っ込むと中の回路を引き千切る。
そして、自分の左手ごと、激しく燃やしてイデアを炎に包んでいく。
「なんで、なんで……イデアが……ぁ、……あ゙、俺の名前……呼んだのに……バグなんて……なおせるかもしれないのに……」
千星の視界が涙で歪む。
とめど無く頬を伝う涙は止まることなく千星から視界を奪っていく。
正常な思考でいることができない千星は頭を振り乱しながら言葉を綴る。
そんな千星の耳に一つの声が届いた。
“ありがとう ミンナ ダイスキ”
千星の涙が一瞬途切れる。
イデアだ。
イデアの声だ。
千星の頭の中には普通の少女の様に笑ったイデアが映し出される。
ハッとして顔を上げるが、その視界に映し出されたのは冷酷な表情のまま血の涙を流し、ヒューマノイドを炎で融解させている神功だけであった。
手の甲で涙を拭うと千星は立ち上がる。
「今…………イデアが……ありがとうって……大好きって」
「そうですか……、僕には何も聞こえませんでした」
「どうして、どう……して、……会長は、……イデアを……殺したんですか?」
「……これしか方法が無かったからです」
「もし俺が、こうなったら会長は…………俺を殺すんですか?」
神功は全て無くなっていく様を見詰め、長く息を吐いた。
そして、千星の質問に一瞬表情を固めるがまた、すぐに笑みを湛えて首を縦に振った。
「そうなりますね」
「─────ッ!!」
ボロボロの心が神功に寄って更に傷を付けられる。
千星は神功の事を尊敬していた。
何でもできる凄い人だと思っていた。
そんな相手が千星の事を簡単に殺すと言った。
千星は動揺を隠せずに視線が彷徨う。
嘘でもいいから違うと言って欲しかった。
「会長ッ!!俺……強くなりました!!」
「そうですね」
「皆と肩を並べたくて……いや、少しでも足を引っ張りたく無くて……」
「はい……」
「でももう、……無理ですッ。俺、会長みたいにはなれません。
こんなに……こんなに強いのに……、どうしてこうなるんですか…………」
「………………」
「会長……俺、生徒会辞めます……」
「…………………わかりまし……た……………君の期待に応えれず申し訳ありません」
神功と千星は視線を合わせることなく会話を続け、千星は生徒会を辞めることを告げ、神功はそれをひどく他人行儀に受け入れる。
引き止める素振りすら微塵も見せることなく、神功は千星からの話が終わると先に負傷者を手当している柚子由の手伝いへ向かう。
千星も直ぐに巽に走り寄るが、頭の中がぐちゃぐちゃで痛そうな巽を見るとまた涙が流れていった。
今日、(裏)生徒会からイデアが消えた。
end
優勝校の(裏)生徒会メンバーであれば、高校卒業後に就職出来る企業も選びたい放題だったし、推薦してもらえる大学も様々な種類があり、援助金まで出ると言う話を聞かされたからだ。
放課後いつものように集まり、会長である神功が今回の優勝の恩恵を伝えていく。
「す、凄いですね…会長ッ…こんな大学まで推薦で行けるんですか?」
「はい、どこでも選択できますよ。優勝景品みたいなものですからね」
「おい、巽見てみろよこれ!晴生も!!お前らどこにするんだよ?」
「んー……俺は那由多と一緒のところでいいよ」
「俺は千星さんと同じところならどこでもいいッス」
ハモるような返答に千星の表情が引き攣る。
これだけ有名な大学や企業が並んでいても、二人の重要なポイントは千星那由多〈せんぼし なゆた〉 がそこにいるかどうかなのだ。
千星はよく考えてみると、自分が進学校である愛輝凪高校に入れたのは天夜のスパルタのお陰であり、日当瀬も博士号を取得しているほどの頭脳の持ち主だ。
二人からしてみればこのリストの大学は推薦なんて使わなくても入れる事に気付いてしまった。
ガックリと項垂れていると視界の端にいつものように官能小説を広げている九鬼がチラついた。
国語の補習を一緒に受けていた彼ならこの恩恵を共有出来るのでは…!と、千星はいきり立たった。
「副会長はどこにするんですか?」
「ん~?ボクはもう辞退したヨ」
「ジタイ?ジタイ大学なんてありました………って!辞退って!?なんで…ッ!!」
「(裏)生徒会を手伝うのはあくまでも地区聖戦って目的があったからだしネ。それに、ボク無理なんだよネ~、政府直属組織とか任務とかそーゆー堅苦しいの♪左千夫クンに命令されるのは大歓迎なんだケド!」
「……え?…………え?」
九鬼の言葉に千星は目を白黒とさせる。
キョロキョロと神功と九鬼を交互に見遣る。
その様子に表情は笑みを湛えたままの神功が唇を開く。
「愛輝凪高校は政府直属の上位組織となりました。
今迄の任務に加え、政府から依頼される政府の為の任務もこなしていくことになります。
そこに関して九鬼は同意しかねるという事で僕達とは別行動を取ることになりました」
「左千夫クンの言い方堅苦しいッ!まぁ、でもそう言うことダネ~、今まで通り手伝いには来るヨ。でもそれはあくまでも左千夫クンや君たちから望まれればって感じカナ。ボクは家柄的にも政府ってのは支配するものであってもされるものではナイし、そもそも会長と副会長って相容れない間柄だしネ~」
呑気な言葉遣いのまま九鬼は茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべて椅子を揺らす。
本を閉じ立ち上がると、神功のすぐ横まで歩いていき、座っている神功へと意味深に笑みを向ける。
神功は表情を崩すことも否定することも無く九鬼を真っ直ぐに見据えていた。
「ちゃんと対価は貰ってるからそこの部分は気にしなくてイイけどね~、ボクと左千夫クンの仲だし♪
何かあったら携帯に連絡してくれたら飛んで行くヨ、と、言ってもちょーっと実家に帰るかもだケド」
「実家って………」
「中国ダヨ♪ボクのお家、分かりやすく言えばチャイニーズマフィアだから。じゃ、今後の話もあるだろうし、部外者は出ていくネ~」
そうだ、副会長も普通ではなかった。
その思考と共に千星の表情にどっと疲れの色が滲む。
九鬼は手を振ると(裏)生徒会の部屋から姿を消してしまう。
対価、の言葉に脅されているのではないかと千星は神功に視線を向けたが、いつもの調子だったのでそんな事はないのだろうと安堵し、また色々な大学や企業が並んでいる紙面へと視線を落とす。
そして千星は気づく羽目になる。
結局、地区聖戦の優勝商品の恩恵を受けるのは自分だけなのだと。
目の前でいつものようにお茶をしている神功左千夫〈じんぐう さちお〉はそもそも家が一流企業であるし、校内ランキングは常にトップの頭脳の持ち主である。
その横にちょこっと可愛らしく座っている三木柚子由〈みき ゆずゆ〉も勉学に置いてはトップ10にランクインしている。
他のメンバーにとっての地区聖戦はあくまでも愛輝凪高校の就職率、進学率を上げるための奉仕活動にしか過ぎないことを目の当たりにして、喜んでいた自分が少し恥ずかしくなる。
「良かったナ、ナユタ。この景品はオマエの為にあるヨウナものダ」
「そんな、ズバッと言うなよな…」
神功の反対側に座っていたヒューマノイドのイデアが千星に向かって無遠慮な機械音が混じった声を響かせる。
金髪に赤い瞳でまるで少女のような出で立ちをしているが
彼女はロボットであり、ケタ外れな戦闘力を有している。
政府から(裏)生徒会を手伝う為に派遣されてここに居るのだ。
「オマエは頑張った。ダカラ褒美がでタ、なにか間違っているカ?」
「間違ってねぇ…けど」
不貞腐れながらイデアをジトっと見詰めていたが千星は思い直した。
確かにメンバーに頼るところも多かったが自分も精一杯頑張った結果、貰えたものだ。
そう考えると、とても価値のあるものだと思えたからだ。
また(裏)生徒会でこれからも頑張っていこうと気合いを入れ直すように紙面を握りしめた。
しかし、そんな気持ちが続く事はなかった。
「グギゃぁァァァァァァ!!!!」
悲惨な悲鳴が耳を劈く。
千星は肩で呼吸を繰り返し、目の前で行われている行為に目を見開く事しかできない。
既に能力のリミットを解除し、両手で武器の剣を握り締めているがその場から足が進むことは無かった。
「…………?那由多くん、もう少し近くに居てもらわないと守り難いです」
「か、会長………これ、なんですか?」
「……キメラですね、イヌとオオカミですかね?其れ等の遺伝子を改良して獰猛性を上げたものですね」
神功は三叉の槍で何の抵抗も無く、キメラと呼ばれる動物達を突き殺していく。
赤かったり青かったり緑だったり、色々な色の血液や体液が床を汚していった。
更に奥からノソノソとゆっくり歩いてくる物体に千星は恐怖に歪んだ視線を向けた。
そこには人が居た。
年齢的にも年端も行かない子供だったが、神功は容赦なく槍で突き殺してしまう。
「ギィァァァァァ!!ァ……ァ……!」
赤い血液が迸る。
千星は自分の目の前が真っ赤に染まっていく様にリアリティを感じられないまま、競り上がる嘔吐感を我慢出来ずにその場で吐いてしまう。
血の臭いが凄まじい。
その血溜まりの中に立ち竦んで居た神功は瞳に光を宿しておらず、次にこちらに来る敵に対応するように槍を構えたが千星の異変に気づき、ハッとしてから後退し走り寄った。
そして宥める様にその背中を撫でる。
「那由多くん?……すいません、配慮すべきでしたね」
「会長………ぅ、………ぇ…………殺す、必要……あるんですか?」
「……はい、政府からの命令が施設の壊滅と実験体の消去ですので」
「でも、でも……!!あんな、小さな子ッ!!」
「見た目は小さい子供ですが人間ではありません、よく見てください」
神功が体液を撒き散らしてのたうち回る子供の後ろを指差すと蔦が伸びておりそれを辿るとウツボカズラのような食肉植物がいた。
のたうち回る肉塊が蔦に引きずられるようにして回収され、捕虫器と呼ばれる壺状の部分に引きずり込まれてジュ……と、音を立て溶けていく。
千星には子供が植物に食われているようにしか見えずに更に頭が混乱してくる。
神功は奥から更に聞こえる足音に槍の柄を握り直す。
走り出そうとするが、それは千星が腕を掴むことにより阻止されてしまう。
「那由多く……──」
「助けられませんか?ッ……こんなこと、おかしいですッ!助けられる子は……人は、動物は……いないんですか!?」
「……那由多くん、しかし……」
懇願するような声が千星から漏れる。
神功は否定しようとしたが余りにも真摯な表情に考え直す。
確かに最近の政府から告げられる任務は慈悲のない殲滅行為が多い。
普段はうまくはぐらかしながら神功一人で片付けて居たのだが、今回は他の通常任務の延長線でこの施設を発見してしまったので全員が居る状態となってしまった。
殺す必要はあるのかと言われれば、神功の中に迷いが生じた。
ここの実験体は既に人間の形をしていなかったので殺すほうがいいかと考えたが、もし人間の形をしていたら自分はどうしていたのだろうか。
殺せていたのだろうか。
しかし、自分の作ったエーテルといういわく付きの子供を教育、治療している施設で受け容れるとしても限界がある。
けれど、横で思いを自分にぶつけてくる千星も無下にはできなかった。
一つ息を落としてから神功は緋色の瞳を巡らせた。
更に赤く、血の色のように染まると空気が淀み全てのものが惑わされるような甘い香りが充満する。
奥から近付いてくる実験体たちがバタバタと倒れていく。
彼は政府の任務を貫き通すのではなく、千星の意思を尊重することにした。
ただその千星にもその事実を告げる事なく、施設を消滅、実験体を全滅させた嘘の記憶を作成し、催眠術で千星に植え付けてしまう。
「那由多くんには可哀相ですが、彼から政府に情報が漏れると困りますしね……」
できるだけ残酷ではない記憶に置き換え、意識を失う千星を抱えると、眠らせた実験体を回収する為にエーテルの人員へと連絡を取った。
施設のシステムの破壊は残り(裏)生徒会メンバーにより遂行されたため、後は監視カメラの映像だけ神功は塗り変える。
全て殲滅させたようにすり替え終わるとその場から撤退した。
-----------------
「あれ……俺……」
「千星さん、大丈夫ッスか?……チッ、会長のヤツ、千星さんをこんなにしやがった癖にどっか行きやがったんですよ!ありえねぇ!」
「晴生、会長も忙しいんだって……」
「……でも」
千星が目を覚ますと(裏)生徒会の仮眠室だった。
酷い頭痛に悩まされるように額を手にやるとどうして気を失ったか考えてしまう。
すると、自然と施設壊滅した時の情景が浮かび上がり前屈みになりながら口許を手で覆う。
胃の中のものが競り上がってくる感覚に汗が滲み、上腹部に力を入れるように耐える。
自然と呼吸が上がる千星を日当瀬は心配そうに見詰め、後から入ってきた天夜が千星の名前を呼びながら額に手を触れさせていた。
千星の中に疑心が生まれる。
(裏)生徒会に、神功に対して不信感が募っていく。
その事件から神功は別行動が増え、一緒に行動する任務も政府から通達されるものは犠牲者が出た。
建物のハイジャック事件では神功から指示された待機時間が長く何が起こっているか分からなかったが、片付いてからニュースを見ると人質が屋上から突き落とされて死亡していた。
あの待機時間が無ければ、神功や(裏)生徒会のメンバーが力を合わせれば被害者を出さずに済んだのではないか。
そんな思いが千星の中を埋め尽くしていく。
それに政府からの任務は愛輝凪高校をより良くするものから掛け離れたものばかりである。
政府にとっては必要悪であると言い聞かされることばかりである。
今日も重い足取りで(裏)生徒会室へと向かった。
これは、先日神功が一つの施設へと潜入したときのことだ。
今日も反敵対組織の壊滅というきな臭い任務だった。
彼は能力を開放し、武器を片手に組織の内部へと攻め込んでいく。
「誰だ!!貴様は!?──────!!」
「な、なんだ、コイツ!!…………ぅ!!」
組織の中に居る、“人間”の処遇は特に指定されていないので気絶させていく。
いきなり能力を全開にして催眠術で眠らせていってもいいのだが、与えられている情報が少ないため出来るだけ能力は温存して置くにこしたことはない。
昔はこう言った潜入や前線は良くこなしていたなと戦闘奴隷のような扱いを受けていた記憶が思い起こされる。
神功は自分を形成してきたものは忘れないように反復している。
なので勘は鈍る事はなくこういった類の任務はお手の物だった。
元より敵対組織の秘密裏での殲滅、ターゲットの抹殺は能力を使わなくても彼にとっては手慣れたことである。
目の前に小さな子供や、自分と同じ年齢くらいの人の形をした者が歩いてくる。
ひと目で実験体だと分かった。
殺らなければ殺られるとも直感が警告し槍を振り上げた瞬間、『助けられませんか?』そんな千星の言葉が頭に浮かんで神功がたじろいだ瞬間、目の前で爆発が起きる。
反射的に神功は後退し、物陰に隠れるようにして事なきを得たが少年少女だった筈の肉片が辺り一帯に飛び散って、もう息があるものは自分だけだった。
自爆したのだろうか、させられたのだろうか、悲鳴すらも聞こえなかった者は人間だったのか、それとも人によって作られた兵器だったのか。
その定義で分けると自分はどちらに分別されてしまうのだろうと苦笑を零した。
「僕も……こんな事がしたくて、ニンゲンになった訳ではなかったんですがね」
千星の純粋な訴えは、千星が想像もしない程に神功に突き刺さる。
また昔と変わらず命令のままに動いている事に気づいてしまう。
体は如何であれ、この感傷的な部分は人間だと言わざるを得ない。
かなり薄れた筈の感情は神功家に養子に迎えられ、他人と多く関わるようになってからまた神功の中へと舞い戻ってきた。
(裏)生徒会の会長になってからは更に色々な感情が芽生え、欠如していた記憶も戻ったものがある。
まだ吹き荒れる爆風のなか、神功は更に奥へと歩みを進める。
沢山檻のような柵が並ぶ場所へと辿り着くと、息を抜くように笑みを湛えた。
「さぁ、貴方達もニンゲンになりませんか?……きっと楽しい事が沢山待ってますよ」
神功が静かに微笑みを浮かべる。
奥に潜む全ての実験体へと向けて手を差し伸べるように伸ばし、爆発に寄って開いた穴から風が吹き込んで彼の黒い髪を靡かせた。
瞳は緋色に、そして甘く燻り、キャパオーバーを告げるように赤い血の涙が瞳から零れ落ちた。
また一つ、神功は政府に対して嘘を重ねる。
その嘘を隠すために更に多くの嘘を“能力”によって重ねていった。
これがつい昨日の出来事であった。
そして、彼はいつもの(裏)生徒会室でいつもの場所に腰掛けるが、視線は携帯の画面へと注がれていた。
彼は一つメッセージを送るとそこにヒューマノイドであるイデアが入ってくる。
「お疲れ様です、イデア」
「……アイツらはまだカ?最近たるんでいるナ」
「また、特訓が必要ですかね…………、でも、もうそれも叶わなくなるかもしれません」
「…………サチオ?どういうコトだ?」
----------------------------------
千星と天夜、日当瀬、三木は(裏)生徒会へと向かう道中で珍しく全員が揃った。
千星、天夜、日当瀬は共に行動する事が多いので、天夜や日当瀬に用事が無ければ一緒に(裏)生徒会まで行くことが多いのだが、三木は表の生徒会での仕事もあるので先に生徒会にいるか、後から来る事が多い。
地区聖戦までは全員が揃えば和気藹々と言った言葉が似合うように話題が飛び交っていたのだが、ここ最近の神功の不在に加え、理不尽な命令に全員の気持ちが沈み言葉を発するものは居なかった。
「あ、あの……文化祭なんだけど……募金愛好会としてなにか出来ないかな……って」
「三木さん……」
その重い空気を浮上させるように三木が口を開いた。
自然に視線が集まってしまうので恥ずかしがりやな彼女は頬を染め、モジモジと自信なさげに言葉を小さな声で綴っていく。
募金愛好会とは(裏)生徒会のメンバーが表向きに入っているとされているクラブの名前である。
なにか催しがある時はこの名前を使って活動する事になっているのだ。
暗かった雰囲気が一変して千星を中心に頷き始めると、天夜と日当瀬も会話に乗ってくる。
調度(裏)生徒会室へ繋がる理科準備室に差し掛かったところでその会話を遮るような異変が起きる。
「柚子由!皆さん…ッ中庭へ!!」
あまり聞いたことがない神功の焦った声が全員の耳へと届く。
バァァァンッと大きな音が響き渡ると同時に壁が無残にも崩れ落ち、神功が何かにぶっ飛ばされたように千星達の方へと飛んでくる。
巽によって受け止められた神功は既に幾つもの傷を負っており、鋭い瞳から放たれる殺気に全員の体が緊張に萎縮する。
神功がこんなにも追い詰められる相手は誰なのかと全員が砂埃の立つ壊れた壁の向こうを見詰めた。
そこに立っていたのはなんと、鞭を手にしたヒューマノイドのイデアであった。
「イデア……どうしたんだよ……」
「すいません、僕のせいで暴走してしまった……よう……です」
「会長のせいって……また、政府からの?……イデアに、イデアに……何をしたんですか!」
「そんなところですかね……ッ、……!詳しくは後で、……ッ!はやく中庭の結界の中に……ッ!!」
会話している最中もイデアのムチが撓り全員へと襲い来るが、神功が槍で勢いを殺しながら弾いていく。
イデアと千星達の間に立ちはだかり身を挺して守りに徹する。
しかし、靭やかに弛み、幾つもの曲線を描く動きに自分以外も全て守るとなると神功の体に鞭がかすり、裂傷を刻んでいく。
千星は三木の手を引くと中庭へと逃げていく、その後ろに天夜がクナイでイデアを牽制し、先に走った日当瀬が中庭の結界を作っていく。
結界の中に入ってしまえば他の生徒から見られることはない。
どこへ逃げても、苦楽を共にしたヒューマノイドのイデアは千星達の隠れそうな場所を全て知っているため、彼女から隠れる事は出来ないだろう。
「千星さん!はやく、こちらへ!!」
「お、おう……!!ッ……!!??エイドス?お前……なんでこんなとこにッ」
「ウルサイ、ウルサイッ、うるさーーい!!千星ッ!オマエか!オマエがイデアを暴走させたのかッ!?」
「お、俺!?俺は何もしてない……会長が……」
「神功か……神功の奴めッ!!俺の、俺の感情プログラムにまでッ……ERRORが、……………ッ…て、───ァァァアアアア゛ッッッ!!」
中庭に付くと日当瀬が結界を張り巡らせるが、そこには既にイデアの片割れのエイドスが居た。
エイドスはイデアと同じ設計図で作られたが、髪は長く、瞳の色は青い。
見た目こそ双子のようだが、プログラムの上では全く別個体である。
更にエイドスは感情プログラムと言うものが埋め込まれており、非常に人間らしい表情や考えを形成している。
エイドスが頭を抱えて長い前髪を振り乱す。
更に長くその髪が伸びれば彼を取り囲むように蠢き、地面へと広がって行く。
「おい!エイドスッ!!どうなってんだよ……エラーって……イデアはッ!どうなって……」
“殲滅セヨ……殲滅セヨ……”
千星は三木から手を離し前に出るようにして守りの体勢に入るが、次に彼が見たエイドスにはもう人間らしさは全く残っていたなかった。
ホラー映画に出てくるような無機質な、表情の無い人形が髪を幾つもの刃にと変形させて、光のないブルーの瞳をグルングルンと回し、自分たちを殲滅する為のターゲットと認識している。
異様な機械音が中庭中に響き渡り全員が恐怖に慄いた。
「か、解除ッ!!」
全員が能力と武器を開放する。
その瞬間エイドスの髪が真っ直ぐに自分たちに向かって刺し殺すように伸びてくる。
千星は剣をぶち当ててなんとか軌道を逸らすが、次々に襲い来る髪の毛の刄に直ぐに劣勢になって行く。
「…………ぐっ!」
「千星君っ!」
三木もそこに加勢するように二又の槍を手に自分達に伸びてくる髪の刄を弾いていく。
初期の頃とは掛け離れた動きだが、それでもケタ外れの能力を有するヒューマノイド相手では防御が精一杯だった。
「那由多ッ!!皆、集まって背中合わせにッ!離れたら殺られるッ!!」
「うっせぇ、天夜ッ!テメェに言われなくても分かってんだよ!!」
天夜が軽い身のこなしで体を捻るようにエイドスからの攻撃を空中で避け、千星達のすぐ側まで来る。
同様に日当瀬も銃で幾つもの空気砲を撃ち込み、刄の軌道を変えると自分が走り込める通路を作り千星の側まで来る。
全員で円を組むようにしてエイドスからの攻撃を凌いでいく。
そこから体制を立て直し、エイドスに対して千星が前衛、日当瀬が後衛、間に天夜を挟むいつもの陣形まで持っていくことができた。
この形になれば何とかなると思った。
いつもの戦い慣れた陣形であるし、何と言っても4対1である。
ただそんな希望は長く続かなかった。
「はぁ……はぁ……近づけねぇ…………」
「日当瀬ッ……後、何発……?」
「うる……はぁっ、せっ!もう、10発もねぇ……よ、テメエの暗器は……どうなんだよ……ッ」
「俺も、これが、……ラスト」
伸びた髪が邪魔をして誰もエイドスの本体まで攻撃が届かない。
髪の刄を切り落としたり、燃やしたりするのだが再生の方が早く減る気配が無い。
それよりもこちらの体力や武器が先に尽きてしまうと誰しもが思った。
少し離れたところで大きな爆発音が聞こえる。
イデアの容赦のない追撃を防いでいる神功の助けは期待できなかった。
頼みの綱の九鬼も今、日本には居ない。
絶体絶命と言う言葉がピタリと当てはまる現状に千星は絶望した。
そうすると集中力がどうしても切れてしまう。
真っ直ぐに伸びてきた刄の軌道を反らせそこなって、三木が居る後ろまで突き進んでしまう。
「三木さんっ!!」
「───きゃぁっ!……ぅ!大丈夫ッ!!」
三木も懸命に槍で刄を受け止めるが、彼女も後衛から幻術を駆使して足場などを作成した為に、既に気力が限界に近かった。
そのまま彼女の腕を刄が切り裂き赤い血が滴るが、よろけるだけでギュッとその腕を押さえるように止血して、槍ではじき返すとエイドスを睨みつけた。
「すいませんッ、俺ッ……」
「大丈夫ッ……大丈夫だけど、……ッ……どうしたらッ……どうしたら……いいのかなッ」
三木の呼吸が弾む。
全体の集中力が切れ始めた時エイドスが動き出す。
バラバラに襲ってきていた髪の刄が絡み、矛先のように太く鋭いものへと変形し、一直線に三木と千星へ向かって突き出された。
「─────ッッ!!!!」
「那由多ッ!!」
「千星さん!!」
真っ向から千星は剣身で受ける。
後ろから走ってきた天夜は鎖鎌の峰で、日当瀬は銃の腹で、千星の剣を後ろから押すようにして三人で受け止めるがズルズルと地面を滑るように後退していく。
三人がかりでもエイドスが突き出してくる髪の刄が幾つも絡み合った矛先は止める事ができなかった。
このままでは全員が突き殺されてしまう。
「──ッ!!火之矢斬破〈ヒノヤギハ〉!!」
そんな事をさせはしない。
そんな思いが千星に宿る、後ろには先程自分が集中力を切らせてしまった為に傷ついた三木がいる。
これ以上彼女を傷付けたくない。
千星が言葉に力を乗せると彼の能力が発動する。
彼の剣が燃え上がりその炎は大きくなり、矛先から火が燃え移り一直線にエイドスの本体に向かって火柱が走っていく。
エイドスの顔が歪む、誰もがやっと本体を攻撃する事が出来たと気が緩んだ瞬間、悪魔のような機械音の笑い声が響き渡った。
“ギィ─────、ギィ、ギィ────ギャハハハハハハハハハッ!!!”
まるで千星がはじめからこうすると解析されていたかのように、エイドスは自分本体に燃え移る前に刄を切り捨てる。
そして直ぐに2本目の太い矛先が千星へと襲い来る。
慌てて剣で受けるが無惨にも千星の剣は折れてしまう。
「那由多!!」
剣が折れた千星はその場で硬直してしまう。
目の前まで伸びてくる尖った先端に恐怖を感じる事しかできない。
その矛先が触れる既の所で天夜が飛び付くようにして千星を切っ先から逸れさせる。
「って………巽………たつみッ!!?」
後ろに尻餅を付くようにして倒れた千星の前には腹に刄が貫通した天夜が立っていた。
掠れた悲痛な声で千星が天夜の名前を呼ぶ。
天夜の顔は青白いが、千星を見詰めて困った様に笑みを浮かべる。
「俺は、…………治る、……げほっ……から」
全員の血の気が引く。
三木は両手で口を覆い、瞳がゆらゆらと涙に揺らめく。
千星は開いた口が塞がらず唇ガタガタと震える。
その中でも日当瀬はその伸びた槍のような先端を分断させようと銃を構えるが、先程の衝撃で壊れてしまったようで、トリガーを引くなり銃自体が崩れさった。
もう、爆弾のように扱えるカートリッジもない。カートリッジの中身を入れ替える時間もなかった。
エイドスがまた髪を編み込んでいく。
天夜に刺さった刄は天夜が握り締めている、が、何度も吐血を繰り返している。
このままでは間違いなく全滅である。
その時彼の頭の中に一つ考えが浮かんだ。
日当瀬は分析能力を最大限まで解放し、遠くの気配までをも感じた。
そして、自分の中で結論付けると最近の能力の研究で浮かび上がって来たことと千星の能力から導き出された答えを頭の中で纏める。
両手を広げるように立つと、全神経を集中させる。
分析能力を全開にして自分をカートリッジだと仮定し、自分の周りの電磁波を引き寄せる。
「千星さん……後、お願いします」
「晴生?……はるきっ!!!?」
それだけ告げると日当瀬はエイドスへと向かって走り出した。
首をあらぬ方向に回転させ、狂ったような笑い声を響かせる機械へと引き寄せられるように走っていく自殺行為にしか思えない背中に、千星は大声で名前を呼ぶが彼は振り向く事はなかった。
エイドスは矛先を形成しているものとは別の髪の刄で日当瀬を襲う。
日当瀬は致命傷だけ避けて傷を負いながらエイドスの本体の側へと向かって走るが、それもすぐに敵わなくなり最後に飛び上がった瞬間四方からエイドスの刄に囲まれた。
「は、はるきぃぃぃいーーー!!!」
千星の声が木霊する。
静かに日当瀬の口角が上がるが直ぐに表情は緊張感を持ち、日当瀬は両掌に力を込めると“パンッ”と大きく手を打ち鳴らした。
「ギィイィぃ!!!!」
ゴゥっ!!と、音を立て幾つもの鎌鼬が日当瀬の周りを踊り狂う。
それはエイドスの髪の刄を切り裂き、エイドスの本体をも切り刻み、裸同然にしていく。
天夜もエイドスの刄から開放されるとその場に崩れるように地面へと突っ伏した。
一気に優勢になるように見えた日当瀬の攻撃だったが、その日当瀬が起こした風の刃は日当瀬自身も切り裂いた。
彼は初めて行った能力の属性化を操り切ることは出来ずに自身すらも鎌鼬が切り刻み、その場に血塗れでドサッと倒れた。
千星はもうどうしたらいいか分からなかった。
日当瀬はこうなる事を予測していたので千星に後を任せたのだろう、けれど彼には荷が重すぎた。
近くで血に伏せた天夜にも、遠くの日当瀬にも視線を向ける事しかできず、三木と同じく震えた。
“修復……修復ヲ開始シマス”
エイドスから機械音が響く。
シュー、シューと異音を響かせ、目を剥き出し、笑い壊れたように口角を上げたまま日当瀬に向かって、ガタガタと歩き出す。
髪は無く、動きもゆっくりであったがその手には切り刻まれた髪の刄が握り締められていた。
「や、やめろぉぉぉっ!!!」
千星はハッとしたように折れた剣に炎を灯して走り出す、そしてロボットの首に向かって炎の刄をふりかざした。
「…………ッ!!!!」
しかし、千星はエイドスの首を切り落とす事は出来ない。
首に炎が触れているがそこから刄が進まない。
千星の両腕がガタガタと震える。
彼の刃は彼自身が斬ろう、殺そうと思い振るわなければ斬れないナマクラなのだ。
能力も同様に気持ちが付いてこないと威力が半減されてしまう。
エイドスが千星へと壊れかけの首を、不安定な動きで向ける。
その顔は笑っていた。
千星の中で更に混乱が広がる。
日当瀬に向けられていた刄が千星へと向き一直線に向かって伸びて来ていることにも気付かなかった。
次の瞬間エイドスの動きが静止する。
三叉の槍が頭、首、肩へと突き刺さり千星の前でエイドスの壊れた笑顔が絶望の表情に変わったように思えた。
神功である。
神功がなんの躊躇いもなくエイドスを刺し殺し、片手をエイドスの穴が空いた頭の隙間から内部へと差し込むと、ブチブチブチと嫌な音を立てながら中の回路を引き千切る。
「遅く……なりました……」
「ギャ、ギャ、異常!──異常!!熱量ぼう……そ……」
しかし、それだけしてもエイドスは神功に向かって口から毒針を吐き出す。
体を反らすようにして避けるがエイドスが千星へ向けていた刄を神功に突き刺す。神功は避けきれず手で刄を掴むようにして攻撃を防ぐ。
「と、言っても何も片付いてないんですがね」
神功の制服は既にボロボロで上半身は殆ど布を纏っておらず、幾つもの鞭による裂傷が走っていた。
しかし千星はその神功よりも無残に頭を勝ち割られたエイドスに動揺し過呼吸になっていく。
神功はそんな千星の様子に気づく事なく此方に疾走してくるイデアに向かって刺さっている槍ごとエイドスを投げつける。
「柚子由、槍を……」
「はい。左千夫様…ッ」
「熱暴走!熱暴走!!ERROR!ERROR!E R R────!!」
機械音を響かせながらエイドスはイデアへと向かって飛んでいく。
イデアはその壊れた機械を鞭で掴むと上空へと投げた。
ドォォォォンと爆発音と爆風が辺り一帯を包む。
エイドスを形成していた機械の破片がハラハラと地へと降り注ぐが、神功は顔色一つ変えず柚子由から槍を受け取った。
「どうして…………」
「那由多くん?」
「どうして……そんな簡単に殺せるんです……か?」
「エイドスは人ではありません、機械です」
「でも、でも、アイツは笑ったり、怒ったりするんですよ!他に、他に方法は……」
「有りません」
「──────ッ!!??」
「無いんですよ、那由多くん。僕にはこれしかありません」
神功は静かに言葉を吐き捨てると集中力を切らさないまま糸のように長く細い呼吸を吐いた。
しかし、後ろから向けられる殺気に視線だけを向ける。
そこには千星が折れた剣に炎を灯して、その切っ先を神功へと向けていた。
「イデアは……イデアは、壊させません!!」
「ホントに君は……甘いですね」
神功の静かな、しかし一瞬で殺されてしまうのが分かるような殺気が千星を襲う。
殺気に当てられた千星は呼吸が出来なくなり、剣を落とすと自分の首を両手で掴んだ。
そのまま跪き吐き気を催しながら肩を上下させると、神功が殺気を向ける対象をイデアへと変えた為ゆっくりと酸素が戻ってくる。
目の前で繰り広げられる戦闘の影が地面にチラ付く。
酸欠のせいでどこか夢見心地に感じられた。
神功とイデアが跪いた千星の前で対峙している。
「本当に(裏)生徒会に欲しい人材ですよ……イデア」
─俺が弱いから?
「今からでも遅くありません、どうですか?一緒に活動しませんか?」
──俺は必要ない?
「返事は貰えないようですね……すいません、終わりにしますね」
───俺は、俺は……!!
千星は顔を上げると冷たい言葉を落とす神功の背中だけが見えた。
その奥で鞭を振り回すイデアは塗装が捲れ、皮膚が割れ、バチバチと断線している部分が幾つも見て取れたが、その表情はいつものイデアのものであった。
神功が重心を下へと落とす。
那由多ですら分かった、これが最後なのだと。
神功の言葉に反応を返さなかったイデアは壊されてしまうのだと。
あの問いかけだけで壊れたと判断されてしまうのだと。
バグが起きていると。
それでいいのか?
なんとか止めなければ。
手立てはもう、本当に手立てはないのか。
このままイデアは壊されてしまうのか。
千星の中に色々な記憶や思いが流れる。
中でも誕生日に彼女が千星の家に来たことが一番鮮明に思い出された。
自分の記憶の中にある、母親の作ったご飯を食べていた彼女は“人間”にしか見えない。
「志凪突飛子(シナツヒコ)」
千星から言葉が落ちる。
自然に剣の先と唇が動いた。
折れた剣からふわりと風が揺らぎそれが一瞬で大きくなると神功に向かって一直線に三日月のような風の刃が走っていく。
後ろからの攻撃だが全神経を集中させている神功はそれに気づくと体を撓らせるようにして避ける、しかしそのすぐ後ろに並ぶような二撃目と走り込んでくるイデアに表情が固まる。
千星を甘く見ていたツケは大きかった。
前と後ろから挟み込まれるように向かってくる攻撃に神功は一瞬で判断を迫られる。
結果イデアに背中を向け、槍を背筋に添わせるように真っ直ぐ背面で持ち、鞭が触れた瞬間に絡めて槍ごとイデアを遠くへと飛ばす。
そして、彼は千星の風の刃を体の前面で受け止める。
神功の鎖骨の間から臍の下、下腹部までが綺麗に切り裂かれて血飛沫が舞う。
「本当に君は…………グッ……はっ……」
出血から来る目眩に神功は両膝を付く。
視界が霞み、意識も霞むが今倒れたらどうなるかは自分が一番分かっている。
そんな神功の横を何かに浮かされたように千星が折れた剣を片手にイデアに向かって歩いていく。
「なぁ……イデア、これって嘘なんだろ?暴走なんてしてないんだろ?
いつもみたいな地獄の特訓なんだよな?
イデア、おい……ッ!なんか言えよ……!!」
「消去セヨ……対象を消去セヨ……」
「ほら、イデアこっちこいよ、また俺んちで飯食おうぜ?」
「消去?……消去消去消去消去消去消去消去消去消去消去消去………」
機械音が狂った。
意識が霞む中で神功はまた千星が奇跡を起こしたのかと、朧な視線を千星の背中とイデアの表情にと向けた。
しかし、次の瞬間神功の表情は凍り付いた。
四肢の信号を切断する、自分は無傷だと思い込ませていく、まだ動けると、いや動けと走れと。
早くしないと間に合わない。
もう自分は惨めな思いをしたくない。
その思いだけが神功を突き動かす。
血液で地面を汚しながら地を蹴る。
もう何も現実を瞳には写していない千星の肩を掴み、後ろに大きく飛ばすように引っ張る。
それと同時に、胸が大きく開き鉄製の刃を何本も突きだし千星を喰い殺そうとしていたイデアの開いた胸へと左手を突き入れた。
遠くからだが、神功は日当瀬が能力を属性化していたのは見ていた。
そして、元からそんな噂が有ったのは知っている。
神功は指先に集中する、瞳を赤く赤く燻らせ、自分より紅い瞳を見詰めると切なげに視線を眇めた。
「消去───な、ゆた────しょう」
「─────グッ!!」
口のように開いた扉が閉まると刄が何本も腕へと突き刺さる。
赤い血だけでは無くてイデアの緑色の体液が混ざって神功の腕を滴り身体へと流れていく。
右手でイデアの顔を掴む。
目を剥き出し、笑っているとは言い難い苦痛に満ちた表情を隠すように掴み上げると神功の左手は炎を纏いそのままイデアの身体を突き抜けた。
緑色の体液が神功に降り注ぐ。
「ァ゙…………ァ゙……………ァ゙………………a……」
「あ゙……あ゙……ぁああああ゙!!!」
前から聞こえるイデアの機械音が小さくなって行く。
後ろから千星の悲鳴に似た叫びが聞こえるが、神功は振り向かなかった。
右手にも炎が灯るとイデアの表面が溶けていき、神功は指を頭の中へと突っ込むと中の回路を引き千切る。
そして、自分の左手ごと、激しく燃やしてイデアを炎に包んでいく。
「なんで、なんで……イデアが……ぁ、……あ゙、俺の名前……呼んだのに……バグなんて……なおせるかもしれないのに……」
千星の視界が涙で歪む。
とめど無く頬を伝う涙は止まることなく千星から視界を奪っていく。
正常な思考でいることができない千星は頭を振り乱しながら言葉を綴る。
そんな千星の耳に一つの声が届いた。
“ありがとう ミンナ ダイスキ”
千星の涙が一瞬途切れる。
イデアだ。
イデアの声だ。
千星の頭の中には普通の少女の様に笑ったイデアが映し出される。
ハッとして顔を上げるが、その視界に映し出されたのは冷酷な表情のまま血の涙を流し、ヒューマノイドを炎で融解させている神功だけであった。
手の甲で涙を拭うと千星は立ち上がる。
「今…………イデアが……ありがとうって……大好きって」
「そうですか……、僕には何も聞こえませんでした」
「どうして、どう……して、……会長は、……イデアを……殺したんですか?」
「……これしか方法が無かったからです」
「もし俺が、こうなったら会長は…………俺を殺すんですか?」
神功は全て無くなっていく様を見詰め、長く息を吐いた。
そして、千星の質問に一瞬表情を固めるがまた、すぐに笑みを湛えて首を縦に振った。
「そうなりますね」
「─────ッ!!」
ボロボロの心が神功に寄って更に傷を付けられる。
千星は神功の事を尊敬していた。
何でもできる凄い人だと思っていた。
そんな相手が千星の事を簡単に殺すと言った。
千星は動揺を隠せずに視線が彷徨う。
嘘でもいいから違うと言って欲しかった。
「会長ッ!!俺……強くなりました!!」
「そうですね」
「皆と肩を並べたくて……いや、少しでも足を引っ張りたく無くて……」
「はい……」
「でももう、……無理ですッ。俺、会長みたいにはなれません。
こんなに……こんなに強いのに……、どうしてこうなるんですか…………」
「………………」
「会長……俺、生徒会辞めます……」
「…………………わかりまし……た……………君の期待に応えれず申し訳ありません」
神功と千星は視線を合わせることなく会話を続け、千星は生徒会を辞めることを告げ、神功はそれをひどく他人行儀に受け入れる。
引き止める素振りすら微塵も見せることなく、神功は千星からの話が終わると先に負傷者を手当している柚子由の手伝いへ向かう。
千星も直ぐに巽に走り寄るが、頭の中がぐちゃぐちゃで痛そうな巽を見るとまた涙が流れていった。
今日、(裏)生徒会からイデアが消えた。
end
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる