あなたのタマシイいただきます!

さくらんこ

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★本編★あなたのタマシイいただきます!

【11-1/4】 藤の花は地下で舞う

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「お疲れ様です、今日は那由多くんしか居ませんか…?」

「お疲れ様です、マスター。あ、はい!他の皆は講義だったり、部活だったりです…ね。」

「そうですか…」

「どうかしたんですか…?」

「いえ…九鬼も居ないので、もう一人居るとよかったんですが…致し方ありませんね。

那由多くん僕とドライブ、行きましょうか。」

「は、はい!……は?」

今日は喫茶【シロフクロウ】が休みだったので、講義が終わり大学から戻った俺は4階の共同スペースで寛いでいた。
マスターは常に多忙のようで【シロフクロウ】が休みの平日に共同スペースに顔を出すことは珍しい。
俺は誰も居ないので私室に戻ってもいいのだが、巽と夕食の約束をしていたためここで時間を潰していた。
約束と言っても作るのは巽なので、掘りごたつ近くのテレビに備え付けられているゲームをしていたんだけど。

顎に手を置き、思案げに視線を眇めていたマスターがいつものようにニッコリと微笑む。
マスターはいつも結論から話す。
俺にとっては分かりやすくていいが、その結論が突拍子もない事が多い。
今もビジネス会話という観点から見れば100点満点の提案なのだろう。
現に俺の心はマスターに鷲掴みされている。

マスターが一段上がった掘りごたつ場所まで近付いてきたので、俺は慌てて立ち上がる。
畳から降りようとするが、マスターはそれを留めるように腰に手を回して来た。

「少し触らせてくださいね。」

「え、あ、は、はいッ」

掘りごたつは段差が30cmほどある為に自然とマスターを見下ろす形になる。
いつもとは違う視界に広がるマスターの姿に、彼推しの俺としては鼓動が速くなっていく。
事もあろうに俺が了承してしまったので、マスターは俺の体に触れ始めた。
と、言っても触れるか触れないかのタッチだがそれが逆に、なんか、なんか…。
マスターの甘い香りが俺の精神を満たしていく、なんというか気になっている可愛い女の子が近くにいる感じだ。
学生時代の甘酸っぱさを思い出して頬が紅潮する。
緊張して体は固まってしまうんだけど、視線は外したくないあの感じッ!

「那由多くん、華奢な割には…安産型なんですね…」

「え、その…あの…」

視線は今下半身に注がれている。
安産型とはケツがでかいと言いたいのか?
しかし既に俺の頭は物事を考えることを放棄している。
本能特化型になってしまっているのでイチモツをおったてそうで非常にマズイ。
体のラインを確かめるようにポイントを触って行かれると、呼吸が弾むのが我慢できなくなっている。

マズイ、そう思った瞬間にマスターと目が合った。

ギリギリ服を持ち上げ始めた股間を見られることは無かったが、コレはコレでかなり来るものがある。
身長差から考えて上目遣いのマスターなんて中々見られない。
顔を引いて目線だけを上に上げこちらを見詰めてくる様は、マスターの妖艶な色合いの瞳を更に強調させる。
どこか甘えたような印象にも見え、男からすると頼られて居るような気分になってくる。

マスターの触れるか触れないかの手は腹部から胸部、そして首の後ろへと回されていく。

今度こそ…今度こそ…ッ、間違いなくキスのパターンだと俺からもマスターの頬に手を添えると、マスターが肩を竦めた。
それから、クスリと息を抜くように笑みを湛えると、俺の手に彼の手を重ねてきた。
俺は少し前屈みになりながら顔を寄せて行った



∞∞ nayuta side ∞∞


のだが…


「那由多くん…。お手間を取らせてしまいましたが採寸、終わりましたよ?」

「え、終わり?今から、今から…するんですよね、…え?あれ?」

俺の視界にはてなマークが無数に飛んだが、マスターの目の前にもマークは飛んでいそうだ。
二人同時に小首を傾げた。
少し困ったようマスターの表情も堪らない。
いやいや違う違う。

「採寸…ですか?」

「はい。《紅い魂─あかいたましい─》 の情報が出揃ったんですが、そこの組織に入り込むのに“新人”バーテンダーと言う肩書が必要でして…。
僕では演じるのに苦しい役柄なので那由多くんにお願いしようかと。
そこにあるのが那由多くんのエプロンですか?」

「あ、はい。」

「お借り致しますね。」

「マスター、お、俺、バーテンダーなんてできませんよ?」

「大丈夫ですよ、紅茶がカクテルに変わるだけです。
……それよりもちょっと困った条件が…労働条件に“この下着を着用すること”と、言うのがありまして…怪しすぎるのですが、巽くんにお迎えをお願いしときますのでなんとか逃げきってくださいね?」

紅茶とカクテルは違う、絶対違う。
そう言いたかったがマスターの中では決定事項のようで事は進んで行く。
その間に俺の股間のナニも熱量を失っていく。
俺のエプロンを拾い上げると、マスターは再び俺の元へと戻ってきて、ポケットから取り出した紙袋を俺の手の上に乗せる。
とてつもなく怪しいがマスターの眩い笑みに負けて、俺はその紙袋をグッと握り締めた。

「僕はプログラムを調節しますので、その間に下着だけ着替えて貰っていいですか?」

口調こそ疑問形だが、既に決定事項とも言える言葉に俺の喉が上下する。
そう言うと、畳の部屋の一角にある晴生のパソコン前にマスターは胡座をかいて腰を据える。
色々言いたいことがあったので言葉を掛けようとしたが、パソコンに集中したマスターはガラリと雰囲気が変わる。
ロボットの様に瞬く事もせず、とんでもないタイピングスピードで訳のわからない言語をコンピューターに打ち込んでいっている。
改めて俺が見ているマスターは氷山の一角でしかない事実に追い打ちをかけられ、「ゔ…」と、喉を詰めると渋々と着替える場所として一番近い脱衣所へと入った。


「これ絶対布面積少ないやつだよな………。……ッ!?!?」

ブーメランパンツやメンズティーバッグを想像しながら袋を開けたが、想像の遥か上を行くスッケスケの下着が姿を現した。
女性のセクシーランジェリーと言われる類のものだ。
色は水色を主体とした淡い色合いで細かいレースで編まれているがティーバッグだし、下の部分に殆ど布が無いし、俺のイチモツをどう隠したらいいかも分からない。
クロッチの部分にサファイア色の宝石がペンダントップのように垂れていた。

履くのか!?男の俺がこれを履くのか!?
嫌すぎる、きっと何かを失う、絶対履きたくない!!

エロい下着を見詰めながら10分以上、股間部に当ててみたり、光に透かしてみたり、片足を突っ込んでみたりしたがどうしてもそこから進まなかった。

不意に扉からノック音が聞こえる。

「ふぁ…ッ、はいぃぃ!!」

俺が返事をしてしまったからか、ガラッと扉が開かれた。
調度ズボンも、下着も脱いで片足をランジェリーに突っ込んでいるところだったので、恥ずかしさに俺は耳まで赤くなる。

「那由多くん、こっちは調整終わりました。
…すいません、もう着替え終わってるかと」

「いや、そのッ!履き方がッ……」

「嗚呼、結びましょうか?」

「え、あの!」

「すいません、急いで探したので女性物しか無くて」

「え、ちょ、ちょ!!!」

探したってことは、マスターが探して買ってきたのか!?
て、言うことはマスターの趣味!!?

耳を通り越して頭の先まで赤くなりそうに熱が上がっていく。
マスターは色々持っていた荷物を置き床に膝を付くと、下半身丸出しの俺に何の抵抗もなく下着を上へと上げていく。
俺のイチモツにレースの部分を被せ、サイドをリボンに結ぶタイプなので片方ずつ解いてから結び直してくれる。
そして、直ぐ離れてくれるのかと思いきや、クロッチの部分から垂れているサファイアを指先に掬いあげ、怪しく瞳を揺らめかせながらジッと見つめる。

それから、その何処か冷たくも感じる視線が俺の視線と絡んだ。
顔は熱いのに一気に背中が冷める感覚に小さく全身が粟立ち、俺のイチモツが反応したのは言うまでもない。

「すいません、一つ安全策を………。………?那由多くん?」

「い、いえ、その、は、恥ずかしくて…あ、あの、調整終わったって何ですか?」

マスターから股間を隠すようにカバっと両手で覆い俺は慌てて背中を向けた。
肩越しに視線を向けながら質問したけど、恥ずかしさに泣いてしまいそうだった。

マスターは脇に抱えていた俺のマントを広げる。

「そうですよね、すいません。…嗚呼、マントのプログラミングですね、イースターの時のように衣装チェンジさせました。
さて、僕はこれで視界を塞いでおきますので上のシャツも脱いでもらっていいですか?」

な・ん・の・プ・レ・イ・だ!!

そう叫びたかったが叫んだって終わらない!!
マントを広げてくれているためマスターからこちらが見えないのがせめてもの救いか。
マスター、バーテンダーって言ってたよな!?
言ってたけどこの下着だよな!?
つーことは衣装……イースターみたいにまたヤバイ系なのか!!?

しかし、もう既に俺は何かを失ってしまったので、ここで引き返しても同じだろう。
半ばヤケクソ状態でシャツを脱ぎ捨てると、バサリと床に音を立てて落ちた。
マスターがその音を逃すはずも無く、すぐ様俺の剥き出しの肌を布が覆っていく。
現実逃避するように鏡を見つめていたが…………俺の思考はどんどん現実に引き戻されていく。
濃い色のカッターシャツに灰色のベストにスラックス。
肌触りもよく思ったより普通に格好良い。
九鬼オーナーとは大違いだ。

「急いで作ったので少し…丈が長かったですかね…」

「……ッ、いや、大丈夫ですッ」

マスターが膝立ちのまま直ぐ横まで来るとベストの裾を触る。
マスターの手が不意に触れ、スースーしている股間部分を覆っているエロい下着を思い出してしまった俺は、ビクッと体を震わせた。

「時間がないので僕も着替えてしまいますね。」

てっきり俺はマスターもプログラムを施したマントで着替えると思ったのだが、徐に服を脱ぎ始めた。


もう、色々刺激が強過ぎて平常心を保てない俺は慌ててマスターに背を向けた。

「マ、マスターはプログラミングされた服、着ないんですか?」

「はい。僕は君とは違うルートで内部に入り込むので、その防御力に特化した特殊素材は纏えないんですよ。
検問でバレてしまうので、普通に変装ですかね?コントローラーバトルで使用していた投影技術で髪と目の配色は変えますが……と、言っても那由多くんは覚えてないですかね…」

ジジジ…、と、スボンのジッパーの音だろうか布ズレの音が一緒に聞こえた。
マスターの言っているコントローラーバトルは何かわからなかったが、響きからして少し楽しそうな気がした。
背後から『Ready?』と言う機械音が聞こえてからマスターが「OK」と返すと一瞬だけ脱衣室全体が見えなくなるほど発光した。
驚いた俺は瞬くと同時にマスターの方へ振り返ると、そこにマスターは居なかった。

いや、マスターは居る。
居るには居るんだけど。
両耳に赤い揺れるピアスを嵌め、小指にピンキーリングを嵌め直している凄くセクシーな金髪と同じ色の瞳をした男性は、マスターなんだろう。
顔は間違いなくマスターだ、ただマスターが言っていたとおり配色が違う。
黒く艶めいていた髪は眩いブロンドに変わり、三つ編みの長さもいつもより長くなっている。
赤く怪しく揺らめく瞳は薄い金色に変化していた。
しかも、しかも!
シースルーの赤い上着の下に黒いレースのチューブトップ、エナメル質のぴっちりした赤いパンツを履いているマスターはとんでもなくエロかった。
寧ろこの格好でマスターは何をするつもりなのか。
言葉が出ない俺を他所にマスターはいつもの笑顔で準備を進めていく。

「さて、那由多くん。顔を他人から覚えられないように僕の能力を君に掛けておくんですが、念には念を…髪をセットしていきますね。
必要な能力もかけていくので、直接でも鏡越しでも大丈夫ですので、僕の瞳を長い時間見てもらってもいいですか?」

マスターが俺の前へと回ってきた。
瞳へ視線を合わせると、金色の裏側で緋色が怪しく揺らめいているため、不思議な色合いになっている。
俺のマントと一緒に持ってきたのだろう荷物からアクセサリーケースを開くと、そこには耳朶にあたるところに精巧な装飾を施されたラウンドカットの青い宝石、更にはそこから真珠とチェーンを繋ぐように伸びた先にドロップカットされた同じく青い宝石がついたピアスがあった。
ひと目見ただけで高価だと分かるそれが俺の耳へと嵌められる。
俺の耳にピアスホールはないので、マグネットピアスのような原理で耳に固定された。

マスターはピアスの揺れて動く宝石部分を指の腹へと乗せ、暫く見つめてからゆらゆらと揺らす。
多分、マスターの能力の発動条件を満たしているんだと思うが、俺には何をしているのかさっぱりわからない。
マスターが背後に回ってしまったので、鏡越しに不思議な色合いの瞳を見つめた。
因みにマスターの格好が卑猥すぎて色々妄想してしまい俺はもう駄目だ。
逆上せそうになりながらマスターの瞳を見つめていると、整髪剤を俺の髪にかなり多めに伸ばしてからヘアーアイロンで癖っ気をストレートに変えていかれる。

「那由多くんも投影技術で色彩変更をしても良かったんですが…このエプロンを変化させた服のように丈夫なものではないので、衝撃を与えて壊してしまうと元の自分に戻ってしまうんです。
なので今回はこれで行きますね。」

マスターの色彩を投影しているシステムはピアスに入っているようで、指でトントンとピアスを叩いていた。
センター分けにされて、完全とはいかないが癖っ気をできる限り伸ばし整髪料で纏められた自分は、ピアスと服装もあってか別人に見えた。
なんつーか、イケてる、格好良い!

「那由多くん、格好良いですね。」

太鼓判を押されるようにマスターからも声を掛けられると、自然と自分に自信が沸いてくる。
条件を満たしたのか、鏡越しに視線が合っていたマスターの瞳の揺らめきが収まっていく。
水色の瞳に戻ってしまうとマスターは微笑んだまま小さく息を抜いた。
それから俺に冊子のようなものを渡す。

「今回乗り込むのは地下闘技場や、違法カジノを生業としている建物になります。《紅い魂》は闘技場側とカジノ側、両方に紛れています。《紅い魂》自体が従業員になってしまってるのか、生身の人間に《紅い魂》が入り込んでしまっているかは分かりませんが《食霊》の方法自体はいつも通りで大丈夫です。
建物の見取り図なので目を通しておいて下さい。
那由多くんはカジノ側の《紅い魂》を 《食霊》後はすぐ退避を、…僕は地下格闘技場で《食霊》してきますが、帰りは適当なところで逃げてきますので気にしなくて大丈夫です。
……勿論、失敗したと思ったら逃げてもらっても大丈夫ですからね。また後日行けばいいことですから。」

「わかりました…」

内心、分かりたくはなかった。
なんか、ヤクザが沢山絡んでそうな内容に自然と眉根が寄ってしまう。
怖い、怖すぎる。
マスターはこの格好で地下格闘技へ出場するつもりなのか?それとも観客?
しかも建物の見取り図を覚えろって言うのも俺にとっては難題すぎる。
そう思ってチラッと冊子の中を覗いた。

あれ、これ、見た事ある。
これも…。

1ページ目を捲る気すら無かったが、俺の手はどんどん進んでいく。
何故がその建物の見取り図は俺がいつもやっているバトルロワイヤルのゲームマップの一部を抜き出したようになっていた。
どのゲームの、ステージ、階層かも明記されていたのでとても覚えやすかった。
と、言うことはだ。
この見取り図を俺用に書き換えたのは間違いなくマスターで、マスターはこれを作るために俺がやっていたゲームのマップに目を通して酷似したものを引っ張りぬいたと言うことになる。
肩越しに彼を見つめると自然とマスターは視線を絡めてくる、いつものように穏やかな笑みを湛えているがさっきのあの時間でこれまで作り上げたとしたら矢張り彼は人間では無い。

「さて、時間ですね。車を回してきますので、裏口で待っていてもらえますか?」

そう言ったマスターはスリットが深く入った膝丈の黒いコートを羽織った。
元より肌の露出自体は少なかったし、視覚的に妖艶さはかなり抑えられたと思うが駄目だやっぱりエロい。
そもそもマスター自体がエロいことを再認識してしまう。
つーか、この服が実際に販売されていると言うことも信じ難い。
サングラスまで掛けてしまうと、確かにもう誰か分からない。
色彩と服装の、イメージや印象操作の優秀さを改めて思い知った一日である。
と、ここで一日を終えたくなったがまだまだ俺の一日はこれからだ。



▲▲ sachio side ▲▲

自分が目立つ存在で在ることは重々解っているので、いつもはシックな色合いで纏めることにしている。
目立ちたい時は逆にしてしまうと、こんな感じになる。
時々体が鈍らないよう、違法の地下格闘技に潜り込むことにしている。
その時は足が付かないようにこの投影システムを使用している。
那由多くんを待たせてはいけないので急いで地下の車庫へと向かう。
ピンヒールに足を通すと、足首にチャームの通ったストラップを回しベルトを締める。
今日用に神功家にお願いして貸りてもらった、赤いメタリックのオープンカーへと乗り込むと地上へと繋がるシャッターを開き裏口へと車を回す。

「お待たせしました、ドライブ行きましょうか。」

ど派手な車だからだろう、那由多くんの表情は引き攣っていた。
一度車を止めると助手席へと周り、荷物を預かり扉を開くと那由多くんが座り終わるまで待って扉を閉める。
ピンヒールの音が気になるのか那由多くんの視線は足元に注がれていた。
運転席に戻ると「良かったらどうぞ。」と、オープンカーは冷えるので笑顔と共にブランケットを彼へと手渡すと再びエンジンを掛け、車を動かしていく。
狭い道から大通りに出ると嫌でも視線が集まるが、僕にも那由多くんにも既に幻術を掛けてあるので特に気にはしない。

「マスター、なんで今日なんですか?」

「そこの地下格闘技は毎日開催される訳ではないんです。
それが調度今日であったことと、闇カジノの《紅い魂》の情報が揃ったからですね。
勝ち抜き戦の後半は盛り上がるので、客が此方に集まり闇カジノが手薄になると思います。そこが狙いどころですね。」

初夏の夕暮れ時なのでオープンカーが切る風はまだ肌寒い。
此処からは少し距離がある場所なので途中ドライブスルーがあるカフェに立ち寄って、那由多くんと自分の飲み物を買う。
潜り込むに当たって、起こりうるアクション、アクシデント、それに対する対応、緊急時の脱出方法を事細かく打ち合わせしながら現地へと向かった。

「こんなに目立ったら危なくないですか?」

「目立つ事で掛けることができる幻術もあります。明日には僕達の顔は思い出せず、赤い車のことしか覚えてないと思いますよ。
…一瞬で僕の事を覚えてしまえる相手は何をどうやっても欺くことができないので、不特定多数の目を欺いて自由に行動したいときは目立つ事が一番ですかね。
隠れて動くとなるとどうしても行動制限がつきますので」

時間の調整も兼ね、ゆっくりめに運転をしていたが、那由多くんとのなだらかな時間も終わってしまう。
シマと呼ばれる一角に入ると僕は神経を研ぎ澄ませていく。
繁華街の一角、地下組織が多く滞在している場所を警戒しながら進んでいくと、目的地の少し手前で人気のない路地裏へと車を止め、辺りに気配が無いことを確認してから那由多くんが降りやすいように助手席の扉に手をかけた。

「それでは手筈どおりに。
そこの裏通りを真っ直ぐ行って、この名刺を渡してください。」

「…マスターも気をつけて下さいね。」

手渡した名刺を強めに握り締めた那由多くんから掛かった言葉に内心驚いた。
どう考えても彼のほうが危ないと言うのに。
もう一度彼を上から下まで見下ろすと、初モノが好きな人には堪らない雰囲気と外見をしていた。
我ながら彼の良さを引き出せたと思う、が、もう少し控え目にしてもよかったかと那由多くんの頬に手を添えて人差し指でピアスの宝石部分を揺らす。

「那由多くんこそ、気をつけて。
携帯とアクセサリー類から位置情報は常に出ています。
巽くんには連絡も取れているので、無理しないでヘルプ信号送って下さいね。」

それだけ告げると人の気配を感じたので、僕は助手席側から運転席へと車に飛び乗った。
サングラスをずらして那由多くんに視線で挨拶してから目的地の地下駐車場へと車を走らせる。


いくつかの検問を通ってから地下駐車場へと車を止める。
今日開かれる地下格闘技用の駐車場なのでイカツイ車ばかりが並んでいるのを一瞥してから、エントリーは既に済んでいるので受付だけ済ませに行く。
もう、笑顔も作る必要が無いので表情なく必要な用紙に記名だけしていく。
勿論コチラ側にしても、アチラ側にしても形だけの書類だが。
変声機能は付いていないため基本喋ることはない。
監視カメラにも証拠を残したくないので基本は映らないように歩くか、データを狂わして自分の痕跡は全て消していく。
地下で遊ぶときの名前である“ウィステリア”を記名していくと、今日の勝ち抜き戦の出場順番とルールが手渡される。
いつもは当日乱入なので武器ありの試合が多いのだが、今日は主催者側が用意した武器のみの使用が許可されているだけだった。
僕は地下の研究施設から逃げ出した後も裏社会の情報は常に集めている。
なので参加者の名前を見れば大体の目的が解る。
一ヶ月間、九鬼も居なかったし、《紅い魂》関連の事で“ウィステリア”として地下組織を荒らし過ぎたからか、完全に自分を倒すことを目的に組まれた試合に肩を竦めた。




控室に行く前に紛れ込んでいた《紅い魂》を数体《食霊》してきた。
僕専用の狭い牢屋のような部屋に到着すると、武器として使えるものはナックルダスター、メリケンサックとも言われる類のものしかなかった。
しかも僕の控室だからか細工されているようで、一発殴ったら壊れるような物ばかりが並んでいる。
長物が好きな僕としては使えない武器ばかりだ。

地下格闘技と言えど観客を楽しますことは必要なので、その中でも見目がキレイなものを選ぶ。
こういう場所が好きかと問われると大嫌いな部類ではあるのだが、それより恐ろしいことは自分の戦闘の勘が鈍る事である。
人間に欲がある限り無くなることが無い場所なので、勘が衰えない相手を探すのには調度いい。
サングラスを目元が隠れるようなレース調のマスクに変え、ピンキーリングが嵌っていない右手に宝石が並んでいるナックルを嵌めるとモニター越しに他の対戦を見やった。
視線はモニターに向くものの思考は那由多くんのことばかり考えていると、声が掛かる。
無口なキャラを押し通しているので声を発したりしないし、表情も特に作らなくていいのでその辺は楽だなと無駄な思考を働かせながら闘技場へと向かった。

“ここでこの大会注目の選手!!! ウィステリアの登場だァァァァ!!
今宵こそ、異国の死神を血祭りに上げることはできるのか!?藤の花“ウィステリア”を真っ赤に染め上げるのは一体誰だァァァァ!!!”

「ぐふふふ、まずは俺が相手だぜ…オマエの枝みたいな首なんて、へし折ってやるぜ!!」

スポットライトと歓声が眩しい。
ノリノリのナレーションもどこか遠くで聞こえるほど慣れてしまった場所に緊張感は無い。
観客が近いときもあるがここの闘技場は10メートルほど高い壁に囲われたものだった。
実験動物と闘わせたりなどもできる頑丈な施設なのだろう。
色々と視線を遊ばせていると開始のゴングが鳴ったようだ。
そもそも、相手の言葉に返答する気がないので何も聞いていなかったな。
僕に向かって強気な音を発していた相手の顔面へと、ナックルを付けている手で殴りかかる。
粗末なナックルは言うまでもなく砕けちって、僕は驚いた様に目を見開いてやる。
しめしめと言った顔をする屈強な対戦相手の表情は実に愉快だ。
体重を乗せていない僕の顔面への拳は全く相手には効いていなかったようで、そのままボディに拳を食らう。
実際には打撃を貰ったわけでは無く“ここでこの大会注目の選手!!!、僕が後ろに飛んだだけなんだが、そのまま闘技場の地面を転がるようにわかりにくく受け身を取ると、追い打ちを掛けるように相手が突っ込んでくる。

“おーと!!ここでいきなりウィステリアダウーン!!今大会注目選手はすぐに散ってしまうのか!?”
 
観客のボルテージが一気に上がるのを肌で感じる。
僕が悪者な訳だからこれくらいはサービスしてやらないと、ただの独り善がりのショーになってしまう。

好機と勘違いして僕を地面へと勢いよく叩きつけるように殴り込んでくる相手を、空中へと飛び上がり前宙するように避けてからそのまま脳天へと踵落としを食らわしてやる。
無いウエイトに重力を足すことにより相手を地に沈める。
そのまま両足膝の硬い部分で、頸部を挟み込むヘッドシザーズという絞め技で相手の意識を落としていく。

シン………と闘技場内が静まり返る。
緊張と緩和、人を愉しませるには必要なスパイスだ。

動かなくなると脚を抜き立ち上がる。
まだ、コートすら脱いでないので、ポケットに手を入れ、カツカツとヒールを鳴らしながら噎せてのたうち回る男の肩を踏みつける。

「Give up. You can't win.」

反対の脚のピンヒールの一番鋭利な部分で喉仏を押し込むように軽く踏みつける。
相手にだけに聞こえる冷たい声で告げてやるが、そんな事を言わなくてもリングサイドのゴング音が鳴った。


僕が不利なようにゲームは作られているのだけど…。

“………な、な、なんと!!ウィステリア選手!開始ものの数分で相手をダウン!!今宵も絶好調超の彼を倒す相手は現れるのかァァァァ!?”

普通の人間が相手だったら何をどうしようと僕を止める事はできないので、今日も観戦者を白けさせない程度に暴れる事にする。
なるべく那由多くんの方にいる客も此方に引き寄せたいので観客の目を愉しませる事に尽力する。

さて、ルール上勝ち抜き戦になるので負けるまでこのリングを降りる事はない。
目的の試合は最後である為、小さく呼吸を整えた。



▲▲▲▲▲▲▲▲▲


もう何人くらい倒しただろうか、両手では足りない気がする。
コートは既に脱いだ。
上着のシースルーも下のエナメルパンツも傷が付くように裂けている。
それだけで怪我をしているように見えてしまうのが滑稽である。
実際僕は傷一つ付いていない。
少し前から身体強化系能力者は出てきたが取るに足りないものだったので、能力に驚いたフリをして少し劣勢を演じてから地に伏せておいた。

問題は… 

“おーーっと!ここで!!運営側の隠し玉かぁぁあ!!2m30cmの白髪混じりの頭の大男が出てきたぞ!!
そして、今大会では禁止のはずのナタをてにしている!?それとも彼の控室にはナタが用意されていたのかァァァァ!?ゴングを待てない男の一撃が謎の男、ウィステリアへと炸裂したぞぉぉぉ!”

闘技場へ入ってくるなり開始の合図を待つこともなく真っ直ぐに走ってきて、僕に向かってナタを振り下ろす。
流石にコレを食らうと傷を負ってしまうので振り下ろすその柄の部分にピンヒールを当てるようにして受け止める。
ヒールはミシッと音を立てるが力の逃した方を考えているので折れたりはしない。
シナリオ的には僕が悪役として描かれていても、観客を魅了する事を考えて動けば僕の一挙一動に注目が集まり歓声が上がる。
きっと運営側としては面白く無い限りだろう。

観客のボルテージは高く高く上がっていく。
僕が倒されても、僕が敵を倒してもきっと同様に歓喜するのだろう。

逆の手で殴り込まれるのをナタを止めていた足を滑らせるようにして側面から押して横に力を逃がす。
横に逃した脚を地面に付くとその足を軸にして相手に背中を向けるようにしながら踵のピンヒールで顎を目掛けて蹴り上げる。
残念ながら僕の足は空を切ってしまったのでその勢いを利用して体を捻ると対面の形へ戻していく。

ここで初めて対戦相手と瞳が合った。
矢張り《紅い魂》が中に居る。
表情無く相手を見つめていると急に頭を抱えるようにしてもがき始めた。

『ぐ、グォぉぉぉぉぉ!!!!』

“ここで、大男が更にでかくなったぁぁあ!!彼は実験動物だったのか?!
ウィステリア大ピーンチ!!”

血管が浮き上がり、既に2m半ある体格が更に大きくなる。
まるで人体実験で動物と掛け合わせたキメラのようだと思考が動くが、先程よりも倍以上速い速度で距離を詰められた為静かに体を横へと滑らせた。
が、相手の関節が変な方向へと曲がり腕を撓らせるようにしてナタが追いかけて来たので、そのナタを返そうと手首を掴んだ。
しかしどうやら触れるという行為は間違いだったようで、その手首がまた変に回転し遠心力に負けた僕の背中は闘技場へと打ち付けられた。

「─────!」

“ウィステリアがここでダウン!!このまま殺されてしまうのかァァァ!”

相手はナタを逆の手に持ち替え、僕の手首をあり得ない動きで掴み返してくる。
それを阻止しようと僕が掴んでいる手首に強く力を入れてみたが、グニッとまるで軟体動物を掴んだような感触がするだけで、痛みなど与えられていないようだった。
僕を地面に留めるように手首を押さえつけ、逆手に持ち替えたナタを顔面へと振り下ろすのを視界が捉えた瞬間、自分の手首の関節を抜いて相手の拘束から逃げる。

ドォォォォンッ

けたたましい音と共に闘技場の床が割れた。
首跳ね起きの要領で逃げたので足から地面に着地し、直ぐに抜いた手首を入れてしまう。

僕はウエイトが無いので、近距離戦になると屈強な相手には関節技で決めてしまいところなのだが、効かなさそうな相手に心が冷えるのが分かった。

嗚呼、面倒くさい。

強ければいい。
技術があればいい。
駆け引きがあれば愉しい。

ただ、目の前のバケモノは今回の武器が使用できないという闘技場のルールと、近距離同士で闘った時に僕に対して優位な特性を持っているだけで他に取り柄が無かった。
相手から貰ってしまった一撃で総てが推し量れてしまう。
時間は掛かるけれど負けることの無い勝ち筋が見えた相手に心が凍る。
会場内を覆うような殺気が漏れてしまう。

僕が初めて背中をついた事により沸き上がっていた観客にも伝染したかのように、…シンと静まり返ってしまう。

客に魅せる、という時間を掛けてやる事すらも放棄すれば、後はもう僕の独壇場だ。

優雅に舞うように闘ってきた戦闘スタイルから一転、体重を地面へと落とした。
ヒールは邪魔なんだが如何ってことはない。
一直線に相手へと飛び込むと、手が触腕の様にうねり僕を拘束しようとする、体を捻るように回避するとどれだけ軟体になろうとも掴むことは出来るボディをがっしりと掴む。
腰もグニャリと形を無くすが、別に腰を締め上げたいわけではないので構わない。
逆にデカイ相手なのに背中まできっちり手が回って嬉しい限りだ。
直ぐにナタを持った手が僕の後頭部を刺そうと撓るように突き刺してくる。
狙う場所が読み易過ぎて笑いが出てしまいそうだ。
腕は操作できないがナタの柄は柔らかくならないので、ボディを掴みながら片脚を後ろに上げ、ピンヒールの先を柄に当てる。そして、ナタの剣先が対戦相手の顔面へと伸びるように軌道を変えてやる。
そうすればそれを避けようとする動きが相手に自然と出るわけで。
ナタから逃げるために相手の体は背中を曲げようとしたので、そのまま押し倒す事にする。
もう片足も地面を蹴り上げると、相手の体重を利用して腰から下を前に引きずり込むように体を丸め、前宙する。
何も体が柔らかいのは彼だけではない。
腰の手を離すと相手の首から肩に乗り上げるようにして相手を後ろに押し倒し、ナタはそのまま蹴ってしまうと場外へと飛んでいく。
相手の喉仏の上に腰を下ろすように乗り上げると僕は両足を開脚し、両手首をピンヒールでグッと標本のように押さえつける。

『ギィヤァァァァァァァァ─────』

“…………な、な、なんと、ここでウィステリア!大逆転!!華奢な体からは考えられない!どんな卑怯な技を使って大男を倒したんだぁぁぁ!!
脚をM字開脚に大きく開脚して大男をピンヒールで押さえつける姿はまさに女王様その者だ!!!!”

僕の気配に圧倒されて切れていたナレーションが再び声を取り戻す。

人間相手に、少し大人気なかったですかね。

背後から変な撓りをみせて相手の脚が迫ってきているのは理解している。
右手の中指を親指へと引っ掛けると、逆の手で頬杖を付きながら相手を見下ろし、見てるものを全てを魅了するように唇に笑みを乗せながら、相手の眉間にデコピンをした。

『ヒギッ!!───────ッッッ』

振動が骨を伝って脳に直撃すると脳震盪が起きる。
相手が大きく一度痙攣したあと全身が脱力するのを見届けると、舌なめずりしてから相手の前髪を掴み上げ頭を起こす。
そして、白目を向いている瞳をゆったりと舐め上げた。

『ギィ…、ィ、ギァ、ァアアアッ!!』

《食霊》の条件が完了したため、気を失っている筈の男から悲鳴が上がる。
赤い血飛沫のようなモノが舞い、それを隠すように男から赤い煙が立ち込める。
と、言ってもこれは《食霊》時のアクションを僕が操作しているだけなので、ホントは闘った相手が小さく縮み元の160cmほどの男に戻っていっているだけだ。
少し息を吸い込むと赤い煙が僕の中を満たしていく。
乗り上げた彼の上から立ち上がると、観客全員が僕を見て息を呑むのが感じ取れた。

「I’m done.」

衣装に付いた砂埃を払うように整えていると、歓声とブーイングが半々に巻き起こる。
そう言えば控室に行く前に《食霊》したものも含め、今回の物もかなりのエネルギー量だ。
また那由多くんが無意識に実体化したのかもしれない。

イカにでも話しかけたんですかね…彼は。

先程の相手の見た目と手足の動きをもう一度思い出すと、一番近い軟体なものはそれしか思い浮かばなかった。
海洋生物が那由多くんにより実体化され、それが人間に乗り移るとあんな感じになるのかと、新しいデータを頭の中に書き留める。
地下格闘技のプログラム的には終わりなのでリングから降りようとしたのだが。



「え~、ボクもう帰るって言ったでショ。」

聞き覚えのある声が耳に届く。



▲▲ sachio side ▲▲

「そこをなんとかッ!!このままじゃ、ここのメンツが立たねぇんスよぉ!」

「君たちが闘えばイイじゃん。
それに、ウィステリアちゃんって、優勝賞金持って帰らないんデショ?それで観客も盛り上げてくれるなんてイイコじゃーん!
ま、ボクのカワイイ子には負けるだろうけど★
待たしてるから早く帰りたいんだよネ、今日だってオジサンの頼みだから顔出しただけだし。」

「俺達調整中だから闘えねぇんスって!九鬼さんならパッと出てパッとやったら終わりっしょ!!貸元の顔を立てると思って!」

「オジサンにそんな事頼まれてないしー、カワイイ子のほうが大事~………って、あれ…。」

僕の帰るルートを塞ぐように白銀の髪の青年が聞き覚えのあるチャラい声を響かせている。
無理矢理ここの組織の幹部メンバーに押されてリング近くまで来る彼を僕は見間違うことは無い。
だって彼は九鬼なのだから。

「ふーん…。やっぱり気が変わった♪遊んで帰ろうかナ」

それは逆も然りで。
一瞬で僕の事を覚えてしまい、何をどうやっても欺くことができない相手が目の前に居る。
こういう時は能力で記憶を消すか、物理的な力で記憶を消すかになるのだが。
どちらも出来そうにない相手の瞳が弧を描いたことに肩を竦めた。
と、言うか僕はちゃんと彼に連絡は入れたんですがね。
ここに潜り込んでから分かったことだが妨害電波があり携帯は使用できない。
いつも返事が早い彼から音信が無かったことに納得する羽目になってしまった。



▽▽ KUKi side ▽▽

今日は喫茶【シロフクロウ】の定休日だと言うのに、オジサンに言われて面倒くさいけど仕方なく会合に参加していたんだけど。
何故か左千夫くんが目の前にいる。
パツキンでおめめも金色で人形みたいだけどあれは間違いなく左千夫くんである。
服装も彼らしくないエッッッッロい、ルージュのように赤いシースルーにエナメル質のパンツだし、よほど親密でないと分からないがボクにはわかる。
と、言うか破きたい、脱がしたい。

ルールを聞いてみたけど、左千夫くん側は指定の武器って言っても何も持ってないとこを見るとかなーり粗末なものを渡されてもう壊れたってとこだろう。
で、コッチは何でもありと。
ヒジョーーに闇社会のコッチ側らしいルールに笑ってしまうが、彼はそんなこと百も承知だろう。
折角こっち側へと遊びに来たのだから此処は構ってあげるのがオーナーの勤めだよネ♪

「九鬼さーん、グローブはめないんスかぁ!!」

「ハンデ♪ハンデ♪…すぐ終わっちゃ可哀想だしネ。
それとも、ウィステリアちゃん武器作ってあげようか~?」

「…………………………………。」

「九鬼さん、そいつ多分日本語分かってないッスよー!!」

ナルホド。
かなり作り込まれた設定である。
誰も彼が神功財閥の養子である神功左千夫〈じんぐう さちお〉とは気づかないであろう。
顔も名前もいろんな業界に知れ渡っていると言うのに本当に彼は化かすのが上手い。
僕達二人の闘いに他人が闘技場内に居ると邪魔にしかならないので、僕を押しやってきた奴らを観客席へと帰らせる。
降ってくるナレーションと歓声にヒラヒラと手を振ってから彼と対峙する。
グローブは無いんだけど、確かめるように両手の甲を撫でてから地面を足の指で掴むように力を入れる。


“なんと!中国マフィアの次期承継者と名高い九鬼がここで殴り込みだぁぁあ!!ウィステリアには分が悪いかぁ?スペシャルマッチ、ファイト!!”


「変声器使ってないなら、喘がないようにしな、よッ」

前半部分は彼だけに聞こえるように小さめの声で言ってやる。
たまにはこう言う、お遊戯もイイもんだ。
手始めに何度か拳を繰り出すが、受ける事なく躱してしまうところは流石である。
近くに寄ると彼の衣装は汚れたり裂けたりしているものの、彼自身には傷が付いてないことが分かった。
ナルホド、ココの奴らから聞いた、鉄パイプをブン回し、ピンチに遭いながらも敵をエッロく倒していく、左千夫くんが演じるウィステリアちゃんは観客を魅了する筈だ。
今だってボクの拳を避けてるだけなのに動きはかなりアクロバティックだ。

あ、ヤッバイ、興奮してきた。

こういう場所にも《紅魂ーあかたまー》 は集まりやすいのでさっきいくつか《食霊》はしてきた。
いつもより数が少なかったのは彼が先に喰ったからだろう。
《霊ヤラレ》 の興奮プラス、彼と遊べる興奮が相俟って思考回路が変に繋がる。
久々に、オレも愉しむとするかな。

「左千夫くん、オレ我慢できそうにない。」

至近距離で彼だけに聞こえる声でそう告げると、レースのマスクに囲われた目が見開かれた後、優雅にそして艶やかに笑みを浮かべた。
そうだよネ、オレもキミも我慢できるはずがない。
こんな愉しい時間を。

フワリとオレの体躯が宙を舞って、背中から闘技場が割れる勢いで投げつけられる。

自分よりも華奢な相手で、オレの腕を掴んでコレをやってのけるのは左千夫くんだけだ。
余程フラストレーションが溜まる試合ばかりだったのか、自分よりも欲情した瞳で見下される。
直ぐ様急所を突くように勃起している股間をピンヒールで踏み付けにくる左千夫くんは、流石としか言いようがない。
ホント、オレ好みで微笑ってしまう。
流石に再起不能は困るのでたおやかな足首を掴んでぶん投げてやる。
跳ねるように起き上がると首に手を置き、曲げるようにゴキッと鳴らす。
打ち付けられた背中は痛いが、もう既に“痛みは快楽”の域に達していた。
カツンとヒールの音を立てて地面へと降り立つ相手の赤いピンヒールを見つめる。
あんな靴でこんな動きが出来るのは流石としか言いようが無い。
オレがゆったりとした思考で居たからか冷たい瞳が俺を射抜く。
熱烈に感じてしまうそのアクションに自分の中の体温が上がっていく。
地面に脚をつけると直ぐに此方へと突っ込んでくる彼は、ピンヒール部分で俺の顔面に風穴を開ける勢いで色んな角度から回し蹴りを繰り出してくる。

今度は逆にオレがそれを躱す番で、頬にかすり傷を負ってしまうほどギリギリで躱していく。
スピードに特化している彼の攻撃をいなすのでは無く、躱すのは大変だ。
蹴りが胴体部へと移行すると、避ける事は避けられるんだがダボ着いた上着を着ていたのでヒールで斜めに引き裂かれてしまう。

「…ッ、ウィステリアちゃんのエッチ。」

戯言を紡いでいると返事を返されるように拳が飛んできた。
ソレを躱しながら乱れた服を着ていると動き難いので脱ぎ去り、布を広げるように投げて左千夫くんの目を眩ませる。
まぁ、そんな攻撃に慣れ切っている彼は、オレの服を足で器用に纏めて地面へと押し付ける用にピンヒールで踏んづけている。
オレの服を駄目にしたんだから、今度これを口実にデートでも誘おうかな。
本当は捕まえてしまいたいんだけど、ナカナカ隙がない。
最後に繰り出された脳天へと向けた踵落としが躰の芯を捉えるものだったので避けきれずにオレも脚を上げ、踵側の足首を蹴り上げる様にして相殺させようとしたが彼は足首の角度を変えて、オレの靴紐にヒールを引っ掛けて横へと引っ張る。

流石だけど残念な事にオレはそんなにきっちりと靴を履いていない。

「残念。次はオレ」

オレも足首を捻ると靴を脱いでしまう。
ヒールに引っ掛かって脱げてしまった靴はそのまま、場外へと飛んで行った。
と言うことは靴が脱げなからったらオレは飛ばされていたわけだ。
オレの番だと言っても、我侭でカワイイ相手は聞いてくれる訳もなく、逆足でオレの顎先を蹴り上げてくる。
このボディバランスと身体の柔らかさは正直見惚れる。

後ろに倒れるようにしてその蹴りを躱すと、そのままバク転しながら蹴り上げた相手の足首を両足で挟んでバク転の勢いを使って放り投げてやる。

「─────ッ!」

両足が宙に浮いているときを狙ったので左千夫くんが場外へと向かって吹っ飛ぶ。
空中で姿勢を整えて勢いを殺すところは流石だけど。
バク転途中に闘技場へと付いた手でグッと地面がひび割れるほど押すと、空中で体勢を整えている相手へと追いつく。
左千夫くんはそれに気付いて身体を捻る。
でも、追い付いてない箇所が一つ。

「駄目駄目。キミは少しでも変えてしまったところは……弱い…ッ」

いつもより長い三つ編み。
先の部分はシステムだから掴めなかったら困るので、いつもの長さである中程をグッと掴む。
髪の先まで自在に操る相手だから、いつもは髪を掴まれるなんてヘマはしない。
ただ、今日はいつものカレではないから。

「紛い物でも愉しませてくれよ?」

まぁ、見た目が違うだけで結局は左千夫くんなんだけど。
それでも、髪一つでも違うとこうなってしまう。
元の統制された美を思い出してしまってオレは快感に震えた。
勢い良く地面に投げつけると、左千夫くんの体が後頭部から無残にも地面にめりこむ。
追い打ちを掛けるようにまだ靴を履いている足で頭を踏み付けてやる。
悲鳴一つ挙げることなくコチラを軽蔑するように見上げてくる彼は流石だ。
因みにコレはまだ序章に過ぎない。



▲▲ sachio side ▲▲


観客の声も解説者の声も、もう聞こえない。
息を呑む音だけが時折聞こえる。
彼との世界に没頭してしまい、早何時間か。

シースルーは既に形を無くしてしまった。
ピンヒールも何度か折られそうな場面はあったが、九鬼の好みなのだろう其れは折られることはなかった。
自分はグローブを着けていないのに、僕にはヒールと言う武器を与えてしまう彼は馬鹿である。
お互いに生傷が絶えず満身創痍だが、はっきり言って滅茶苦茶気持ちいい。
この気持ちいいとしか表現しようがない高揚感を如何伝えればいいのか。
序盤に後頭部にキツイ一発を貰ったせいか、一瞬足元がふらつく。
お互いにこういった小さな好機は見逃す事は無い。
足払いを仕掛けられまともに上に飛んだ為、喉を掴むようにして後ろに押し倒されてしまう。
両手は相手の手首を持ち身体を捻ろうとしたが、それよりも速くウエイトを利用して、九鬼が腹に乗り上げるようにマウントポジションを取った。
此処から返す方法は幾らでもあるが九鬼が耳元に唇を寄せてきた為動きを止めた。

「そろそろさ?…お互い落ち着こっか♪……殺したくなってくる。」 

「─────ッく───は……。」

ゾクゾクゾクゾクと背中に九鬼の殺気が走って思わず艶かしく息を吐いてしまった。
九鬼の言ってる事と体から醸し出されるオーラが合致していない。
多分それは僕も同じであろう。
彼に乗り上げられているという不服な体勢ではあるが、停戦を持ちかけたのは彼からなので飲む事にする。
元からこんな何もない狭い場所で近距離・武器無しでは殺す勢いでないと彼には敵わない。

停戦を受け入れるように僕の首を掴んでいる腕を握っていた両手を、ダランと地面へと垂らした。
そうすると呼吸が急に弾んできて大きく胸を上下させる。
いつもの表情に戻った九鬼も呼吸を弾ませ見下ろすので、僕もジッと相手を見つめる。

「で、このままだとボク、ウィステリアちゃんの顔がぐっちゃぐっちゃになるくらい殴らないといけないからナントカ後処理よろしく♪」

他人任せとしか言えない言葉に両目を瞬かせる。
そうだ、コイツはこういう奴だった。
そもそも、一番序盤で僕と闘わないという選択もあったはずなんだ。
フラストレーションが解放されたから良しとするが、大きく溜息を吐いてから僕の緋色の瞳が金色の裏側で怪しく揺らめく。

見ている観客全員に、幻術で作った九鬼とウィステリアの戦闘シーンを魅せ付けていく。
最後まで決着が付かず闇カジノ終了の時間が来て、僕が逃げるように去っていく、そんなシナリオにしておくのと同時にカメラの撮影は砂嵐しか映らないように狂わせておく。
この色彩の僕、“ウィステリア”はこれからも使用するので彼に負ける姿を観客に見せるわけにはいかない。
九鬼は幻術に掛からない。
しかし僕が作り上げているものを観る事はできるので、視線を闘技場へと向けていた。
広範囲に幻術をかける為作り上げることへと精神を練り込んでいく。

九鬼の合図と共に観客と闘技場が遮られるように屋根ができる。
昔はあの上に行きたいと思っていたのに、行けたそばからまた下に戻ってきてしまっていることに気付いて小さく苦笑を零した。
そして全てが終わると少しキャパオーバー気味なので、一度瞳を閉じ体の中の流れを整える。
思考を空にすると電波が通じないという情報を思い出して、那由多くんが心配になってきた。
観客と隔たれて今二人しか居ないので僕は口を開いた。

「那由多くんも一緒に来ているので、見に行かないと行けません…………九鬼?」

一向に自分の上から動かない相手を不思議に思って疑問を落とす。
すると首を掴んでいる相手の手に力が入って僕は焦った。

「大丈夫、殺さないカラ。あー……やっぱり興奮が収まらないからちょーっとお仕置きネ?
ちゃんと連れて帰ってあげるから安心してネンネしていいヨ」

「─────!?────ッ…………く…………」

油断した。
さっきこういう奴だと考え直したばかりなのに。
何が大丈夫なんだ。
視界が霞む、息ができない、酸素を運ぶ血液が足りない。
きっちりと頸動脈を遮断され、もう片方の手も添えられて首を絞められるには最高のポイントを全て押さえつけられている。
腕に爪を立て、脚をばたつかせるが大した抵抗にならなかった。
九鬼の残虐性の高さを忘れた訳ではないし、逆に暴れる方が相手の思い通りにならなくて危ないのは分かっているが。
興奮に冷めやらない相手からの視線と手から伝わる熱を感じ、僕の表情に苦悶の翳りが色付く。
スッと…暗くなるように僕は意識を手放した。

「ボク言ったよね……もう少しウエイトあげないと大変な事になるよーって。あー、すっきりした♪じゃ、帰ろっか!」

意識が無いボクに対して吐き出された言葉はもう届くことはない。
直ぐに首から手は離れ、意識の無い僕の唇は熱を感じた。

End



----------------------------------

続きはサイドストーリー
元戦闘奴隷なのに、チャイニーズマフィアの香主《跡取り》と原住民族の族長からの寵愛を受けて困っています
【11-4】僕の愛しき藤の花へ

https://www.alphapolis.co.jp/novel/26142536/643697848/episode/6483801



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