あなたのタマシイいただきます!

さくらんこ

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★本編★あなたのタマシイいただきます!

【9-1】 散りゆく桜と古き記憶

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既に閉店した喫茶【シロフクロウ】の入口扉についている鈴音が鳴り響く。
約束の人物が来たのだろうと僕は視線を上げた。

「左千夫。お疲れさまー。
言われてた茶葉手に入ったから持ってきたよー。」

「十輝央兄さんこそ、お疲れ様です。
すいません、僕のわがままを聞いてもらって。」

声の主は神功十輝央〈じんぐう ときお〉、神功財閥の跡取り息子であり、僕の義兄でもある。
その後ろから入ってくるのは三木柚子由〈みき ゆずゆ〉。
彼女の母は、僕の義父さん〈とうさん〉の今の妻であるが、十輝央兄さんと血は繋がっていない。

少しややこしい話ではあるが、十輝央兄さんは神功家総帥、神功忠仁〈じんぐう ただひと〉と前妻の子供である。
前妻は既にお亡くなりになられていて、現在父さんは柚子由の産みの母と婚姻している状態だ。
そして、柚子由はその母と違う男との子供である。
柚子由は、その違う男、父方に引き取られて生活していた。
しかし、彼女は現代医療では治療の難しい病に掛かり、今の義母とお人好しの義父が僕を連れて見舞いに行った時に初めて出会った。
不思議なことに彼女は僕の精神へと直接語り掛けて来ることができたのだ。
それから僕は父に頼んで彼女を引き取り、僕が統括している地下組織のメンバーと一緒に暮してもらっていた。
今はもうそこから独り立ちし、神功家が所有しているマンションへと移り住んでいる。
因みに、十輝央兄さんと柚子由は恋仲である。

濃い栗色の外ハネボブヘアーに、ブラウンアイのくりっとした二重の瞳で小柄な彼女は此方を見つめてくる。
少し引っ込み思案な性格は今も変わらないが、とても芯が強い女性だ。

更にその二人の後ろから付いてくるのは兄さんの執事、錦織一誠〈にしごりいっせい〉である。

いつも通りの皺一つない黒いスーツを着こなし、緑の艶が見えるほど黒い髪も乱れを知らないようにきっちりと七三に分けている。
堅苦しく不機嫌な視線が煩いくらいに僕に突き刺さる。
高校時代に色々あってから兄さんの執事はボディーガードも兼ねるようになった為、細身のスーツからも見て取れる圧力のある肉体は流石と言ったものがある。

CLOSE作業は既に終わっていたため、他のメンバーはキッチン近くで寛いでいるが、那由多くんだけカウンターの掃除をしてくれていたため調度側に居た。
十輝央兄さんがカウンターへと荷物を運んでくれるので自然と二人が並ぶ。
青い癖っ毛の髪、大きな青い瞳、少し兄さんの方が色濃く、髪も短いが並ぶと本当に似ていると改めて思った。
取り巻く雰囲気や性格が全く違うため僕達喫茶店メンバーは見間違うことはないが、赤の他人から見れば双子と見えないことも無いだろう。

喫茶【シロフクロウ】で使うコーヒーの豆や茶葉は十輝央兄さんの会社から仕入れている。
兄さんは神功家の飲料部門を担当しており、コーヒー豆と茶葉の専門店【Citrus HANAYU〈シトラス ハナユ〉】と言う問屋を新しくオープンさせた。

因みにこれは殆ど僕の為であったりもする。
柚子由の為という側面もあるが…。

僕が喫茶店をやりたいと父に相談したところ勿論快く承諾してくれた。
たまたまその話を聞いていた十輝央兄さんが。

『なら、僕は左千夫の為に仕入れしようかな。
父さん、飲料部門の統括僕に譲ってもらっても良い?成果が出なかったら直ぐにクビにしてもらっていいから。』

僕も驚いたが、何より驚いていたのは父だった。

元から神功家が僕を養子に取った理由の中に、兄・十輝央兄さんの向上心の無さを焚き付けるためと言うものがあった。

そんな事を言われてしまう財閥の跡取り息子はどんな出来の悪い人物なのだろうと思ったが、僕の想像とは180度違ったのがこの兄だ。
確かに優しいし、人を蹴落としてまで人の上に立つということはしないタイプだが、芯が強く一度言い出したら聞かない。
これは総帥である義父にも当てはまるが、神功の血筋は寛容と拘りに特化している。
なんというか、間がないんだ。

僕は財閥の養子と言う、表の地位が欲しかっただけなのだが、この二人に見事に懐柔されたのは言うまでもない。
この二人はとことん僕を甘やかす。
そして特に見返りを求められたりもしない。
本当の家族として受け入れてくれているだけなのだが、好き勝手やらせてくれるところと、異常なほど過保護なところがきっちり別れている。

今まで神功の仕事には関わらなかった兄だが、部門を手がけるやいなや頭角を現し、飲料部門の売上は2倍以上に膨れ上がったのは言うまでもない。
元から兄のポテンシャルの高さを分かっていた僕は驚きもしなかったが、周りの従者たちが凄く喜んでいたのは知っている。
そして、柚子由もそこの仕事を手伝い、執事の錦織も兄さんの側を離れることはないので自動的に一緒に経営しているようだ。
そもそも兄の能力は、能力の源とも言える“電磁波”なので放っておいてもそうそう死なないとは思うのだが…。
兄の能力はとても強大なため表向きには伏せている。
電子レンジのように、物を温める事ができる能力程度にしか広まらないように情報操作している。
それくらい特殊能力の中では上位に属するものだ。

那由多くんと話をしている十輝央兄さんを横目に、僕はコーヒーと紅茶を用意する。
兄さんの執事は僕の事を嫌悪しているので、神功家の本邸なら僕に対しての対応はきちんとするが、喫茶【シロフクロウ】では入口付近から此方に入って来ることはない。
兄さんにコーヒーと柚子由に紅茶を出してから、入口付近のテーブルにコーヒーを置く。
錦織に「どうぞ。」と、声を掛けると業務的な「ありがとうございます。」が、返ってくる。
彼とはそんな関係であるが特に困ってはいない。
僕は人が近くに居るのを好まなかった為特定の執事はついていない、毎日こんな圧に晒されていたら息が詰まってしまう。
その辺りを受け入れることができる兄は流石だと肩を竦めた。
それから、兄と柚子由と仕事の話をし、柚子由の体のメンテナンスの為、彼女と一緒に1階の奥にある応接室へと入っていく。

「そういえば柚子由が考案してくれた瓶に入った茶葉のサンプルはとても好評ですよ。
持ち帰りのフルーツティーの売れ行きもいいのでまたこれからもお願いしますね。
新作を楽しみにしているお客様も沢山います。」

「そうなんです…か?左千夫様も飲んでくださいましたか?」

「ええ。僕は少し酸味の強いベリーとレモンと紅茶の組み合わせのものと、イチゴとマスカットが入ったものと甜茶を組み合わせた、とても甘みのあるものが僕のお気に入りですね。」

「嬉しいです。
また、左千夫様の分も作ります!…だからちゃんと飲んでくださいね。」

「勿論です。
柚子由の作ったものを僕が頂かない訳はないでしょう?」

視線を逸したり、泳がせたりしながらも柚子由は自分の意見を言うときはこちらを真っ直ぐに見つめてくる。
視線を交えながらゆったりと笑みを浮かべ、応接室まで来るとソファーへと導く。

「さて、始めましょうか。」

彼女の前に跪き、いつものように笑みを湛えながら視線を合わせると、柚子由がエプロンを外すところまでは、…別にいい、確かに無いほうが診やすいのは診やすい。
だが、彼女はそこまででは止まらず、シャツに手を掛けて脱ぎ始めたので慌ててその手を持ち制止する。

これは多分僕が悪い。
そもそもそう言う概念が人と違うことは百も承知だったので気をつけはしたが、柚子由は僕と長くいる時間が多かったので、恥じらいが少し欠如している。
…僕も人の事を言えたものでは無いが。

「柚子由……お前は十輝央兄さんの恋人なんですよ?僕と言えど肌を見せることは躊躇して下さい…。
医者の前で脱ぐようなもの、ではあるのですが…」

「え、あ、…左千夫様だったので、その…。」

「これに関しては僕も責任が無いとは言い切れないので…。
取り敢えず、兄さんを悲しませるような事はしないであげてください。
優しい人ですが、柚子由に対しては嫉妬深い一面を持っていると思うので。
さて…………少し、触らせて下さいね。」

彼女と瞳を合わせながら服の裾からゆっくりと手を入れて、掌を腹部から鳩尾へと向かい当てていく。
中の臓器の動きを確かめるように触診し、柚子由の精神へと僕の精神を溶け込ませていく。
とても緩やかで柔らかい気配を感じながら体の中の巡りを確かめていく。
彼女は薬が効かない体質であったが、彼女自身の能力“中和”が発動してからは正常に動かなかった臓器がゆっくりと元の動きを取り戻しはじめた。
今診た感じでは、もう僕の“薬が効かない訳はない”と、思い込ませる催眠術は必要ないだろう。
安堵と共に少し感傷的になりそうな気持ちを振り切るように、更に笑みを深めた。
そして朱い瞳を揺らめかせ、彼女の精神に働きかける。

「もう体は大丈夫なようなので、掛けていた幻術を解きますね。
油断は禁物ですのでちゃんと自分の体とは向き合うように……と、まだ、これをつけていたんですね。」

「左千夫様に……頂いたものなので。」

触診していた手にペンダントトップが触れた。
それは彼女が僕と能力を共有する時に使っていたものだ。
柚子由は律儀なのでいつも肌身離さず持っていてくれたのだろう、しかし、そこにつけるものはもう僕があげたものであってはならない。
視線をゆっくり眇め、それから瞳を揺らめかすようにして精神介入を紐解いていく。

柚子由が告白されたと僕に報告し、更には付き合おうと思ってると言われたとき僕の頭は真っ白になった。
義兄に一瞬だが殺意を覚えたのを今でも覚えている。
その後に冷静に考えてみると、神功家と言う立場を除けば、十輝央兄さんは男しては素晴らしい人間であると自分に言い聞かせた。
今は勿論、柚子由の相手が十輝央兄さんで良かったと心から思っている。
本当に人の感情というものは難しいものだ。

「ずっと肌身離さず持っていてくれているのは嬉しいのですが、治ったことですし、何よりここにはもっと相応しいものがあると思うので………少し、借りますね。」

僕は柚子由の背後に周りペンダントを首から外す。
応接室の奥へと向かうと【シロフクロウ】の小物の在庫の中から、ラケダイモンをモチーフにした、キーケース付きキーホルダーを取り出す。
喫茶【シロフクロウ】の必要な箇所の合鍵を付け、更に僕が彼女に送った十字架に薔薇が巻き付いたペンダントトップも、そこへと一緒に飾り付ける。

「はい、どうぞ。
気に食わなければ捨ててもらっても構いませんからね。」

「あ、…ありがとうござ…います。」

柚子由が受けるように両手を差し出してきたのでその掌に乗せる、彼女は頬染めた後いそいそと自分の鞄を漁り、彼女のマンションの鍵らしきものを取り出すと、僕が渡したキーホルダーに追加していた。
その姿が微笑ましくてクスクスと小さく喉を揺らしていると、彼女も小さく笑い始めた。

その時扉をノックする音が部屋に響き渡る。

「マスター、ちょっといいですか?」

「はい、ちょうど終わったところなのでそちらに行きますね。
柚子由、行きますよ。

巽くん、どうかしましたか?」

僕は柚子由を待ってから、部屋の扉を開く。
彼女に先に出るように促してから扉前で待っていた、巽くんと視線を合わせ、【シロフクロウ】のホールへと歩き始めた。

「明日の仕込み終わったんですけど、桜餅多いほうがいいですよね?」

「そうですね、個数は確保しといた方がいいですね。
すいません、ケーキの供給が難しくなってしまって…直ぐに変わりのお店を手配しますね。」

「そこはマスターの拘りもあると思うので、俺はゆっくりでも大丈夫ですよ。
あ、そういえば言われてた桜餅、試作品作ったんです。
三木さんも食べるよね?持って帰れるように詰めるね。」

「巽くん、ありがとうございます。」

「桜餅…ですか?そう言えばどこも売り切れてますよね」

「はい、ここ数日。何故かこの近辺ではどこのお店も作れば作るだけ売れるといった状況ですね。
前に柚子由に伝えた《紅い魂─あかいたましい─》 が関わってそうなんですが、まだ詳しい状況は掴めてなくて。」

僕は小さく肩を竦めた。
ケーキに関しては神功系列の店から取り寄せていたのだが価格と品質が少し僕の思っていたものから逸れてしまった為契約を解除した。
僕と九鬼が手伝っても、巽くんの負担になるとわかっているのだが、甘いものが好きな僕は妥協が出来ないんだ。

そしてここ数日何故か桜餅の持ち帰り注文がとてつもなく多い。
キッチン側にも外から持ち帰りで注文できる窓口があるのだが、そこにも頻繁に問い合わせが来る程だ。
お客様のニーズにはどうしても応える必要があるため個数の確保はしているのだが、違和感があるブームが少し引っかかる。
ただ、《紅い魂》 のせいと言っても周りに迷惑をかけるタイプではないので出所がまだ掴めずにいる。

巽くんとキッチンへと向かう柚子由に視線を向けていると、兄さんから声が掛かったので僕はカウンターへと向かった。

∮∮ yuzuyu side ∮∮


「左千夫、相変わらず顔色悪いけどちゃんと食べてる?
この前よりはマシだけどさ。」

「そうですか?僕の顔色を悪いというのは兄さんくらいですよ。」

「まぁ、いいけど…あんまり無理するようなら実家に連れて行くからね。」

「はい、わかりました。」

そう言われてみると、この前よりは大丈夫だと思うけれど、左千夫様は調子が悪そう。
キッチンからチラチラと左千夫様と十輝央さんの様子を盗み見る。
【シロフクロウ】のみんなは上の共同スペースに上がってしまったみたいで、キッチンには千星君と天夜君の二人だけだった。
でも、いつもと違ってちょっと距離が遠い気がする…。
いつもなら天夜君は千星君にべったりなんだけどな。

天夜君が持ち帰り用の箱を三つ用意してくれて、それぞれに「今日の余り物で悪いけど。」と、ケーキと桜餅を詰めてくれている。
どれも美味しそうで、甘いものが大好きな私はぐーっと身を乗り出した。

あれ?でも、よく見ると桜餅っぽいものが二つある。

「天夜君、これとこれはどっちも桜餅?」

「三木さん、正解。
この紅白饅頭の薄皮みたいな小麦粉の生地に餡を挟んだ方も、おはぎみたいなもち米が原料で中に餡を挟んでるやつもどっちも桜餅って言うんだって。
地方で違うみたいで、今日来たお客さんがどっちも食べたいって言ってたから作ってみたんだ。
また感想教えてね。」

天夜君は楽しそうな笑みを浮かべながら、私のケーキ箱に多めに色々詰めてくれていた。
その横で千星君が袋に入れてくれている。
「流石にそれは入れ過ぎだろ?」とか、「そう?三木さん甘いもの好きだから大丈夫だよね?」とか、いつもの二人に戻って会話を繰り広げていた。
さっきの変な雰囲気は私の見間違いかな。

私は手提げ袋に入れてもらった三つの箱を持ち、十輝央さんのところに戻る。

「十輝央さん、これ【シロフクロウ】の皆さんからです。
はい、錦織さんのも。」

錦織さんは、私から見ると少し怖い。
いつも怒ってるような表情をしてるし、左千夫様にもどことなく他人行儀だし。
私もあまりよく思われてないのはオーラでわかるけど、十輝央さんと付き合うって事はそういう事がいっぱい待ち受けているのを私は分かっているので気にしないって決めた。
十輝央さんからも、沢山守って貰ってるし。
母からも父からも要らないと言われた私を初めて欲してくれたのが左千夫様。
その次に、私のことを好きだから傍に居てほしいと言ってくれたのが十輝央さん。
そのときにドキドキしたことを今も私は覚えている。

「柚子由さん、そろそろ帰るよー。」

「はい。あ、でも私ちょっと寄りたいところが…なので、歩いて帰りますね。」

「え、駄目だよ。もう日も暮れてるし危ないから僕がついていくよ。」

「でも…」

「はいはい。決まり決まり、柚子由さん行くよ。
錦織、車頼んだよ。」

「十輝央様!それではご一緒してる意味が…!」

「固いこと言わない。
じゃあね、左千夫。また来るね。」

「はい。今後共よろしくお願いしますね。」

十輝央さんは私の両肩を持って押すようにして喫茶【シロフクロウ】の扉へと向かう。
錦織さんは絶対納得してないと思うけど、十輝央さんがこのモードに入ったときは言う事を聞かないのを彼は知っているので急ぎ足で車へと戻っていった。
きっと車を会社に置いたらまた、十輝央さんを探しに来ると思う。

小さく手を振る左千夫様に私は会釈し、天夜君からもらった手提げ袋を片手に喫茶【シロフクロウ】を後にした。

¬¬ tokio side ¬¬

僕の執事は本当に真面目過ぎる。
まぁ、それが彼のいいところでもあるので僕は否定しないけど、たまには気遣いってもんがあってもいいと思う。
仮にも僕と柚子由さんは恋人同士なんだし。

でも、今日は柚子由さんの買い物のお陰で二人きりになれた。
今、彼女とスーパーで果物とドライフルーツを購入してきた帰り道だ。
フルーツティーの試作品の為の材料らしいので会社の経費から出すと言ったのだけど、ホントのホントの趣味の試作品?とか言うやつみたいで却下されてしまった。

柚子由さんはなかなか僕に奢らせてはくれない。
この前だって、「十輝央さん、私のお金使う機会を奪わないでください」と、泣きそうな上目遣いで言われて僕の心が痛んだのが記憶に新しい。

柚子由さんは自分のお金と言うものをほとんど持ったことが無かったらしい。
後で左千夫から聞いた話だけどお小遣いと渡されていたものでさえも殆ど、手を付けておらず、左千夫がトップを務める【エーテル】と言う組織から出るときに残っていたものは返却されたと言っていた。

だからといって、とても豪華な物を買うわけではない。
僕とデートしたり、誰かのためになるものに柚子由さんはお金を使うことが多い。
この試作品もきっと左千夫のことを思って作るのだろう。

ここは少し、いやかなり妬けるのだが、柚子由さんにとって左千夫は本当にかけがえのない人なのでぐっと我慢する。

「ありがとうございます。
十輝央さんのおかけで帰ったら直ぐに桜餅に合うお茶を淹れることができそうです。」

「そう、ならよかった。いいのが出来たら僕にも味見させてね?」

「十輝央さん、さえ…よければ一緒に桜餅食べませんか?」

「……………え?」

「帰ってから、その、一緒に……仕事なら、あれですけど」

「食べる!部屋行くよ!あ、…僕の部屋に来てもらったほうがいい??んー…まぁ、どうせ錦織もいるからどっちでもあれか…」

因みにまだ柚子由さんとは体の関係はない。
そういうものは結婚するまで大切に取っておくものだと思ってた、思ってたんだけど、いざ彼女と付き合うとなってからはたまに頭の中がその事で埋め尽くされる。
僕も至って普通の男なんだな、と、改めて思い知らされた。
こういう時はどちらの部屋に行くのがいいのだろうか、いや、ホントはどっちも駄目なんだろうけどこんなチャンスはなかなか無いのでものにしたい。
柚子由さんは道具が揃ってるから自分の部屋に来てほしいと言われたので、僕は大きく頷いた。

「………?十輝央さん、あれって何に見えますか?」

浮足立った心を隠せずに歩いていると、スーパーから少し離れた人通りの少ない路地裏で柚子由さんが急に立ち止まる。
すると、道路の電柱の近くに立っている何の変哲もない一人の女の子を真っ直ぐに見詰める。

「高学年くらいの女の子…だけど?」

その女の子はずっと何かを喋っているようだ。
別の女の子がその子の隣で止まって話を聞いている。
喋りかけられている子は鞄からして塾帰りだろうか、熱心な彼女の話に耳を傾けている。

「へぇ、それは美味しそう。私も食べたいなぁ。」

話を聞いていた子がそう言った所だけが聞き取れた。
そして話を聞いていた子は帰路につく。
友達とかそういう関係ではないようだ。

柚子由さんが“あれ”と表現した女の子はまだ、その場に留まっている。
もう時刻は20時を回っている。
女の子一人では危ないと声を掛けに近付こうとしたところ、柚子由さんにギュッと腕を掴まれた。

「十輝央さんは…近づかないほうがいいと思う……ちょっと待ってて下さい。」

「え!?でも、そう言うって事は危ないんじゃ…」

「危ない訳ではないです。
後、左千夫様を呼ぶので大丈夫だと思います…」

そう言って彼女は僕の前に出る。
勿論荷物も持たせてもらえてなかったので柚子由さんから荷物を預かると彼女は鞄の中からキーケースだけを取り出し女の子に向かって歩いていく。
確かに左千夫を呼ぶなら僕に出番は無いだろう。
能力者か地下組織の人間か、そんな感じだろうと僕は少し緊張感を持つ。
いざという時は僕が彼女を助けられるように。


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あれから僕達は上の階の共同スペースへと上がった。
いつもは余りここに長居することもないのだが、柚子由が持ってきてくれたフルーツティーを共同キッチンへと収納して、晩御飯が終わった【シロフクロウ】のメンバー全員分のお茶をいれたので、今日はここで寛いでいる。
一つ下の同級生メンバーは奥の掘りごたつの和室テイストな場所に居るので、邪魔にならないようにとティーセットと桜餅だけ運ぶと、共同スペース内のダイニングへと戻り、自分と九鬼の分を机に置いてから本を読んでいる九鬼の横に腰掛ける。

その時だった。

〖左千夫様、左千夫様…聞こえますか?〗

柚子由の声が頭に響く。

〖はい、聞こえますよ。どうしましたか。〗

〖左千夫様が言っていた《紅い魂─あかいたましい─》 を見つけたかもしれません、まだ【シロフクロウ】の近くに居ますので来れますか? 〗

〖わかりました。この距離ならいけそうですね、先程のキーケースを媒体としますので胸の辺りで持っててくださいね。〗

九鬼が何かに気付いたようで、こちらに視線を向けてきた。

「ちょっと、行ってきますね。」

僕は彼に視線を絡めると“無”表情ではなく、いつもの接客中のように微笑んでから彼の肩に頭を預け、精神と肉体を分離させる。
精神体だけになったカラダを空気と同調させるようにして瞼を落とし、目的の場所へと飛ばした。


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次に目を開くと、僕の前には高学年くらいの見た目をした《紅い魂》が居た。
柚子由の横に実体化して佇む。
久々だったが、やはり柚子由と僕の精神体はとても相性がいいのか苦労することなく彼女の精神へと侵入し、ペンダントトップを媒体として実体化することができた。

「ありがとうございます。
《紅い魂》で間違いないですね、《食霊─しょくれい─》 してきますので柚子由はここに居てくださいね。」

《紅い魂》から負のオーラは感じられなかったが、《蒼い魂─あおいたましい─》 の、気配は感じる。
この魂の主はどこかで生きている。

「うわぁ、キレイな兄さんやなぁ!そやそや、兄さん、桜餅って知っとるか?
なんか、こっちの桜餅は上品でなぁ、食べた気せんねん。
もっと、モチモチっとしててな、重たーい感じのが食べたいねん。
お兄さんもそー思うやろ?美味しそうやろ?」

僕が近づいていくと彼女は言葉を話し始める。負のオーラは全く無いが、凄く耳障りな声がする。
声自体は悪くないんだが、人が操られてしまう声だ。
僕の思惑どおり桜餅ブームは《紅い魂》のせいだった。
この程度の“想い”では僕を操る事は出来ないが、普通の人間はこの声を聞くと桜餅を食べたくなるだろう。
ただ、彼女の言葉は純粋で悪意は感じない。

「そうですね、そう言えば僕、そのもちっとした重たーい感じの桜餅知ってますよ?」

「ホンマに!?どこ、どこにあんの?
って言うても、うちお金無いから買われへんねんけどな」

「僕のお店で作っているので差し上げますよ、それではお家を教えて頂きたいので──────失礼しますね。」

僕はその場に屈むと彼女の頬から耳にかけて手を添えて、瞼に触れるか触れないかのキスを落とす。
女性の瞳の中が円を描くようにくるりと揺れ、僕の瞳もそれを映す鏡のようにゆらりと揺れる。
足元から淡い色合いの炎の輝きが彼女を包み込み、緩やかなスピードで頭の先まで侵食していく。

「わぁ、温かいなぁ。
兄さんありがと。ほな、うち待ってるからよろしく頼むで!」

軽快な言葉と共に、にっこり笑った彼女は瞼を落とした。
その瞬間に炎はゴォォッと音を上げて空高く火柱を上げた。
少し息を吸うとその炎は僕へと移り、僕の中へと溶け込んでいく。
彼女に添えていた頬の手の上に《蒼い魂》を残して跡形もなく少女は消えていった。

「御馳走様でした。
さて、柚子由、悪いのですが桜餅を譲ってもらえますか?
場所はこの魂が案内してくれますので。
柚子由の分はまた改めて僕がお届けに上がります──」「左千夫、それ何?また何か危ない事してるの?」


「危ない事?危なくは無いですが…兄さんには関係がないこと…いえ、んー………。」

忘れていた訳じゃない。
忘れていた訳ではないんだけれど。
グッと僕の《蒼い魂》を持っている腕を握りしめてくる。 
十輝央兄さんの低音に自然と気持ちが引き締まる。
兄さんの声質から考えて、彼を突き放す言動をするとまた拗れる気配を感じて僕は珍しく言い淀んだ。
高校時代はここで失敗したため、兄さんは能力者開花してしまい、僕達と同じ世界に引き摺り混んでしまった。
今回は僕個人として行っている事なので兄さんを巻き込む気はさらさらないんだが、関係ないと言ったら多分また取り返しの付かない事になる。

何も言わず実体化を解いて帰ってしまおうかと思ったが、兄さんに腕を掴まれているせいで実体化を解除することができない。

「兄さん、能力の使い方かなり上手くなりましたね。」

「そうかな?でも、左千夫には負けてられないしね。ずっと練習はしているよ。
何にしろ僕の能力が強大ということは左千夫に言われて痛い程わかったしね。」

「その勤勉さには恐れ入ります。《蒼い魂》にはキャンセル能力をかけないでくださいね、これは幽体離脱しているようなものなので、消されると困ります。」

「人間本体からでちゃった魂ってこと?」

「そんな感じですね。」

兄さんの能力は“電磁波”
マイクロ波を震わせて電子レンジのようにものを温めたりは勿論、それを対人間で行うことが出来る。
要するに人間の中の水分子を揺らし熱を発することができるという事だ。生身の人間は一溜まりもない。
それとは反対に電磁波を遮断出来る。
つまり能力のキャンセルだ。
彼に僕達の能力は効かない。
僕や九鬼の様に肉体を鍛えている者は勝機があるが、能力だけで十輝央兄さんを倒すのは至難の業だろう。
今現在も部分的なキャンセルを行っているのだろう、僕の“精神”は実体化を解いて体に戻ることはできない。
肩を竦めるようにして小さく息を落とす。

「あ。溜め息吐いた。」

「吐きたくもなりますよ、どうしてそう強情なんですか。」

「左千夫は直ぐ無理するからね。
それに、兄なんだから弟が危ない事をしてるなら止めないと。」

「別に危ない事ではありません、それにこれよりも危ない事は沢山しています。」

「瞬間的にとか突発的には、僕には止めようがないけど…今やっている《食霊》?って言ってたかな、…それは継続的な行為でしょ?
体調が思わしく無い事にはこれが関係あるんじゃないの?」

「い、え、…そう言う訳では───」

「喧嘩しちゃ駄目…です。
十輝央さん、左千夫様は十輝央さんの事を思って言わないだけなんです、迷惑をかけちゃ駄目だと思って…。
私には凄くその気持ちが分かるので、今回は大目に見てあげてもらえませんか?」

不意に十輝央兄さんに掴まれている僕の手と掴んでいる兄さんの手に柚子由が触れる。

「柚子由さん…でも、……」

思わぬ所からの助け舟に僕は数度瞬いた。
いつも引っ込み思案だった柚子由が、僕達の間に割って入って自分の意見を述べている様子に心が鎮まっていく。
チラチラと僕を見上げてくる柚子由は十輝央兄さんにどこまで話そうか悩んでいる様子だったので、僕の方が根負けする事にして肩を竦めた。

「僕達のヒューマノイドのイデアは覚えていますか?彼女を再起動させるためのエネルギーを集めているんです。
人の迷惑になるものとして漂っているエネルギーを浄化して集めているだけなので、特に悪い事はしてないと思います。」

「…そっかぁ。…んー、んー、わかった!今回は柚子由さんに免じてこれ以上介入しない。
ただ、左千夫がそれ以上体調が悪くなるようなら止めさせるからね!」

兄さんはここ最近会うたびに体調が悪そうだと言ってくる。
僕はアルビノの遺伝子があるので元から血色良くは見えないし、体も極限まで絞っているので軟弱に見えないことも無いんだが、兄さんはそうでは無いと分かっているはずなのに。
一ヶ月前は九鬼も居なかったし、那由多くんも入ったしで忙しかったので分かるのだがここ最近の僕の体調は悪くない。
逆に兄が何を見てそう言っているのかが解らずに僕は眉を下げた。

「僕、元気なんですけど…。
取り敢えずわかりました、体調面は気を付けますね。
それでは柚子由、後は頼みました。」

それだけ告げると彼女の手を掬い上げ《蒼い魂》を乗せるのと同士に実体化を解くと、キーホルダーもその手の中へと戻っていった。


▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲



「左千夫くんおかえり~。」

九鬼の間延びした声が頭上から響く。
肩にもたれ掛かった筈の体は何故か九鬼に膝枕されている状態になっていた。

調度僕の臀部の辺りにある九鬼の手を一瞥してから此方に向く視線に視線を絡める。

「セクハラで訴えますよ。」

「え!イイじゃん!減るもんじゃないし!!」

セクハラの常套句を告げる彼に小さく抜くように笑みを浮かべる。
これくらいの事は気にはならないのだが、態とらしく肩をすくめて見せながら返答する。

「……減るかもしれませんよ?貴方の腕とか。」

「左千夫くんコワーイ。鬼ー!悪魔ー!」

冗談気に揺れる喉を見上げながら、ゆっくりと体を起こしていく。
ソファーに座り直すとすっかりと冷めてしまったフルーツティーへと手を伸ばす。
自然と掘りごたつから溢れる談笑が耳に入る。


「そういえば千星さん、ここ数日の桜餅愛は収まったんですか?」

「え?あ、あー、んなこと言ってた気もする…。もちっとしたやつな?」

「那由多、もう冷めちゃったの?
お客さんからそのもちっとした桜餅のレシピ聞けたから作ってみたんだけど…」

「んー…確かにうまいけど、俺元の薄皮のやつが好きかも」

晴生くんと那由多くんと巽くんの取り留めもない会話だが、僕の中で何かが引っかかる。
そう言えば今日の《紅魂》も一体で《idea─イデア─》 化できるたけの充分なエネルギーがあった。
《紅い魂》が那由多くんの力を借りなくても実体化したり、エネルギー効率がいいものもたまにはあるのだが、基本は大量の力の弱い《紅い魂》を《食霊》して貯めてからエネルギー化する。

と、言うことは…。

「何日か前、高学年くらいの女の子が桜餅について力説してたんだよ。
その子と話してたら、すげー食いたくなったんだけどついさっき冷めてしまっ…た?」

「相変わらず、ナユはひでぇーやつだな!天夜が報われねぇ」

剣成くんが腹を抱えて笑い、巽くんは肩を落として溜息を吐いている。
と、言う事はやはりあの女の子を実体化したのは那由多くんなのだろう。

口許に手を当て思案げに視線を流すと、本から視線を外し此方に視線を向けていた九鬼と目が合った。

「なゆゆは分かってやってないからタチが悪いネ。」

「矢張りそうですよね…、魑魅魍魎がその辺に溢れるかもしれませんねぇ。」

「こわーい、左千夫くん助けて~。」

「1日ノルマ10体ですかね。」

「え?それ、左千夫くんのだよネ?」

「僕と貴方は運命共同体ですよ?」

「1日10体とかボクのチンコ爆発しちゃうけどイイ?」

「コックリングでも、嵌めとけばいいんではないですか?ムラムラはしないんでしょう?」

「ムラムラはしないけど…!!」と、その後も九鬼は何か文句を言っていたが僕の思考は別の方向へと向かっていた。
きっと那由多くんは無意識のうちに数多の《紅魂》に話しかけたり、返事をしたりしてこの辺りに実体化した《紅魂》 を蔓延らせてしまっているのだろう。
他のメンバーにも伝えて明日から少し気をつけて大学付近を回ってもらおう。
あとは那由多くん自身にも忠告はしたほうがいいんだろうが、そうすると他社と会話することに支障が出るかもしれない。
そうなることは望ましくないので、那由多くんには好き勝手してもらって周りがサポートするのが望ましいかと、深くソファーに凭れて更に思考を巡らす。

「周りの三人がついていればなんとかなりそうですしね。」

僕の中で思考が固まればフルーツティーへと沈んだスプーンで果物を掬って口へと運ぶ。

後で柚子由が教えてくれたのだが、《蒼い魂》の主はお婆さんだったようだ。
そのお婆さんの思い出が一番強かったのがあの年頃だったのだろう。
地方から此方の家族の元に出てきて、色々環境が違って塞ぎ込んでしまったと言っていた。
柚子由は怪しまれないように上手に作り話を作ったのだろう、彼女が慌てているのを十輝央兄さんがフォローしたところが目に浮かぶ。
桜餅を渡すときに僕の店の名刺と十輝央兄さんの名刺を渡したと言っていたので、わざわざ僕の店にまでご家族さんからお礼の電話がかかってきた。
故郷で食べていた懐かしい桜餅を柚子由が持っていったことでまた元の饒舌さが戻ったとの事だったが、抜け出てしまっていた《蒼い魂》が体内に戻ったことも関係しているだろう。
何にせよまた暫くはこういった忙しい日々が続くに違いない。
また一つ、地下のイデアの部屋の鳥籠が赤く灯った。



End
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