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★本編★あなたのタマシイいただきます!
【3-1】鴉の瞳は宝石を宿す。
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【千星那由多】
「はぁ………。」
次の授業はスポーツ科学講座だ。
座学のときもあるんだけど、今日は実習の日だった。
まず、嫌なこと一つ目、そもそも俺は体を動かすことが好きじゃない。
次、二つ目、去年出席日数が足りなくて落としてしまった科目なのでこれが二年目である。
最後、三つ目、運動場がキャンパスの中でもものすごーく、ものすごーく僻地にあること。
往復の時間がエグすぎる!!!!
運動場の側の更衣室で自前のジャージに着替えると俺は外に出ていった。
山を切り開いたと丸わかりな運動場に学生達がチラホラ集まっていた。
「おー、なゆ!今日は一緒だな!!」
「うぉ…。なんだ、剣成か…」
後ろからガシッと、肩を組まれ、俺はびっくりしてピンと背筋が伸びた。
この声は剣成だ。
剣成とは違う教授を選択しているため座学では一緒では無いのだが、実習だからであろう、今日は一緒であった。
知り合いが居るのは心強いのだが、体育で、剣成とは一緒になりたくない…。
だってコイツは筋肉の塊みたいな奴だし、何よりそもそも武道家の家系だ。
一緒に居たらとてつもなく目立つ!
剣成は巽ほどではないが友達も多く、「おいーす」とか、「チィース」とか、ちゃらちゃらした挨拶が交わされている。
俺の肩を組んでいるのに俺そっちのけで剣成は違う人物と話している。
ぶっちゃけ、もう、逃げたい。
まぁ、でも、短髪で清潔感があり、背も高く、筋骨隆々。
いかにもスポーツマンって感じの性格で、後、目力も強い。
まさに男子のノリ!ってのが好きな人には堪らないタイプだと思う。
俺はもちろん遠慮したい。
開始早々、長距離移動もあり俺の精神はもうすぐ限界を迎えそうなところまで来てしまっていた。
剣成が離してくれないのでそのままで今日の講義の内容を聞く。
なんか、フライングディスク、…フリスビーをするらしい。
もちろん教授は回転の使い方、男女差が出にくい競技のルールを考えてみたなど、色々言ってるのだが、頭には全く入ってこなかった。
そのうち配られた、硬いプラスチックのディスクと、柔らかいソフトディスクで投げて行くことになる。
「…………よっ、と。うへー、これ、おもしれー!!」
剣成は器用なので、初めてのディスクでもなんの問題もなく飛距離を出していた。
勿論ブーメランのように半円を描き戻してくることもできる。
そんな剣成を横目に、俺は一人地味に、ちゃんと授業やってますよー感を出しながらディスクを赤い三角コーンに当てる競技をしていた。
…………当たってはいないけど。
そんなこんなしていると、授業は終盤まで差し掛かっていた。
あともう少しで終わると、心の中は嬉しさに踊り始めた。
そうやって油断したのが行けなかったのか。
俺が投げたディスクは全く見当違いのところへ飛んでいってしまった。
しかも、結構遠い。
はぁ――――と。長い溜息を落とし、仕方なく取りに行こうとしていると、調度俺の対角線上にいた剣成が、俺のディスクを拾い上げてくれた。
取りに行かずに済んでラッキーと思ったのも束の間。
「なゆ!いっくぜー!!!」
あ、これ、やばいやつだ。
剣成が体をこれでもかと言うくらい捻る。
遠心力が最高の状態でディスクは離され宙を滑る。
案の定、ディスクにはすっごい回転が掛かって、ものっっっすっごい勢いで俺に向かって飛んできた。
シュルルルのと、まるで何かを切断する刃物のような超回転だ。
「ちょーーーー!!!むりーーーーーーっ!!」
「あ、ちょっ!何で、よけんだよーーーっ!!!!?」
俺は直ぐにデスクから目を離して頭を抱えるようにしてしゃがんだ。
シュッっと俺の髪を掠めたディスクの回転で髪が数本ハラハラと舞う。
これぞ殺人ディスクだ。受け取ったら俺の手が、なくなる…!
「真剣白刃取りしろよー!!」っと、遠くから聞こえたが、それができるのは同級生では晴生と巽だけだと思う。
俺が視線で追わなかったディスクは見事に農学部の山の方へと消えていった。
【明智剣成】
やっべ。特大ホームランやらかしちまった。
ナユが受け取ってくれると思ってたのでディスクは戻ってくるような回転を掛けてはいない。
100メートル走を走るかのようにきれいな直線を描き、山の中へと姿を消していく。
途中からナユも起き上がって一緒にその行く末を見届け、俺は肩を落とした。
まぁ、やっちまったもんは仕方がない。
「教授ー!見失ったんで、取ってきまーす!」
体育会系の俺からすると、『報連相』は必須事項なので、大声で伝える。
それから俺は一目散にディスクに向かい走りだすが不意にナユから声がかかった。
「ちょっ、俺もいくよ…ッ」
「おー?全力疾走するけど、いい?」
「ダメッ!絶対にだめ!!」
なんだか薬物乱用防止のフレーズみたいだなぁ、と、クックッと喉を揺らしながら俺は足を緩めた。
ナユタは面白い。
全てのこと(ゲーム以外)にやる気は無いのにこういう面倒くさいことにはちゃんとついてくる。
俺に取ったら不思議なことで、彼の中の好きな一面でもある。
小走りで山道を駆け抜けて行くが、ナユの存在が気になりところどころ足を緩める。
「なゆー、まだー??」
「ちょ…っと、待てって!…俺、お前と違って、んな、体力ねーからっ」
まぁ、仕方はないと思う。
毎日鍛えている俺からしたらこんなこと何でもない。
それと同時に一般人では付いてくるのが不可能な程度で俺は走っている。
それはどういうことかと言うと、長年、俺や日向瀬、天夜に付き合わされたコイツは一般人よりは体力があるし、足も速いと言うことだ。
ただ、…勿体無いことに本人が気づいてない上に、やる気が無いので結果は出てないが。
そして、俺達【シロフクロウ】のメンバーを超越することも難しいのだ。
なんつっても、化けモン級の集まりだからな。
「ハァ…ハァ…、剣っ成…、も、無理、死ぬっ」
「なゆー、もちっと鍛えとかねーとこれから大変だぞー。」
落ち葉を踏みしめ、足場の悪い山道をだいぶ進んできた。
俺の憶測が正しければそろそろの筈だ、高傾斜の岩の上にと飛び乗ると、ナユが登りやすいようにと手を差し伸べる。「ありがとっ…」と、ナユが手を掴んできたのでそのまま引き上げた。
「んー。多分この辺だと思うんだけどなー。」
膝に手をつき肩で息をしているナユを尻目に、俺はキョロキョロと辺りを見渡した。
グラウンドで見たときは、山の中でも木々が生い茂ってる場所ではなく、調度切り開けた場所に落ちたのでしらみつぶしに草を掻き分け探し始めた。
野鳥の囀と、風の音を聞いてると不意に大きく鴉が鳴いた。
【千星那由多】
シンドイ。
吐きそうだし、倒れそうだ。
ぅぷ…と、手を口にすると、喉元まで来ている胃液をなんとか押さえ込み、ゼィゼィと肩で呼吸を繰り返す。
俺が巻いた種でもあるので一緒に探しに来たはいいけど、剣成速すぎるしな!
加減してくれてんのはわかってるけど、それでもひどい…。
絶対に俺の限界ギリギリを突き付けてくる。
あまりの息切れに探すどころではなく蹲って居ると。
周りでカラスの声が大きく鳴いた。
それは一度、二度ではなく、やさぐれた俺の神経を逆撫でするように、何度も何度も嗄れた、カラスの声が山の中を木霊する。
「あー!!もー!!うるせぇー!!なんか文句あんなら、こっちこいよッ!!」
カラスに言っても意味はない。
声ももちろん止むはずもなく。
俺の声は山の中へと虚しく消えていく、…………筈なのだが。
顔上げるとそこには片目に大きな傷跡がある、真っ黒いカラスがいた。
うん。これは、良くない展開だ。
凡人の俺でもこの後の展開は予測がつく。
独眼のカラスの見えている方の瞳がキラーンと音を立てて光ったような気がした。
やっぱり、あのゴツい鉤爪のような嘴で突かれるっ!と、思った側からカラスはこちらに向かい、翼をバッサバッサと揺らし、飛翔してきた。
「ちょ!ちょ!!なんで、こーなるんだよー!
おいっ、剣成たすけろってぇーーーーーっ!!」
「おー、ナユ。
また、面白いもん連れてんなー。」
「面白くねーっつーの!!助けろって、ちょ、あぶねっ!
待って、俺は別になんもしないって、
体育の落とし物、探しに来ただけだって!」
剣成は喉を揺らし愉しそうにこっちを見てるが、それどころではない。
正直、満身創痍だったが人間とは不思議なもので、窮地に立つと不思議と力が湧いてくる。
いや、もう、本当は湧かしたくない。
これからフライングディスクを探して、またグラウンドまで戻って、そっから大学の中央キャンパスまで戻るという道のりが待っているというのに。
独眼のカラスに追い立てられるように更に山道を登っていく。
ギリギリのところで、カラスからの攻撃を躱しながら走っていく。
酷い息切れで耳鳴りまでしてきたときに人の声が聞こえ幻聴かと思ったが枯れた地面を踏む足音と人影が見えた。
「あれー、どこ行っちゃったのかなー、可愛いカラスちゃんは。」
如何にもチンピラと言った風貌の若者が2人。
赤と金髪は痛み、ピアスも顔面の至る所に開いていた。
カラス?よく辺りを見上げれば無数の鴉の声が木霊していた。
先程よりもかなり大きいな声が聞こえる。
「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥‥ぃって!!」
自然に止まっていた足に何かがぶつかる。
そういえば片目の凶暴カラスから逃げていたんだった、ひぃ!っと慌てて後ろに仰け反ったがそこにいたのは、片目の大人のカラスではなく、毛がまだ滑らかではなく、ボサボサの小ぶりのカラスだった。
俺はそのまま尻もちを付いてしまい、小さなカラスは驚いたように自分からも逃げていく。
「お、いたいた!あれ、人もいんじゃん、ま、いいやー、お兄さんも愉しいショー、見ていきな‥‥っよ!」
耳を流れる声も、目の前で流れる映像もスローモーションに見えた。
顔面にピアスまみれの男が手に持っていたのはボーガンだった。
照準がカラスの子供に向くと、直ぐにボーガンの矢が勢い良く発射された。
一連のその動きを追うことは出来、自分も直ぐにカラスのヒナに向かって駆け出すことができた。
でも…、間に合わない。
「――っと、いけねぇなぁ。イケてねぇ、イケてねぇ。」
どこからともなく降ってくる声。
自分の視界には節ばった指が映る。
バシッと音を立てて矢が剣成の手によって掴まれる。
まるでボールでも掴んだかのように、自分の左手で掴んだ矢を投げたり掴んだりしている。
また、カラスのヒナは俺の方にぶつかってきたので慌てて首に掛かっていたタオルでくるんで捕まえてしまう。
「こら、っ、逃げんなって」
しどろもどろしている間に、剣成はチンピラ風情に近づいていく。
その表情はどこか冷たく見えた。
「ああん!?テメーなに、邪魔してんだよ!」
「…俺、何も見なかったことにするんで、さっさとどっかいってもらえねーっすか。」
「はぁー!?ふざけん…………………ひぃ!!!」
そこらからは一瞬だった。
剣成がボーガンを持った野蛮な男のすぐ目の前まで移動した。
先程手で掴んだ矢の先は男の目の数ミリ手前でとまっている。
剣成の表情は凍りつきそうなほど冷たかった。
いつも色のある瞳がどこか冷えて、今にもホントに相手の目を潰してしまいそうな勢いで俺も息を潜めた。
「それとも、一回自分が刺されてみねぇとわかんねーんス、かねぇ?――――命はな、お前らのオモチャじゃねーんだよ。」
「ヒィ!わ、悪かったって!そんなつもりじゃっ!!おい!行くぞ!」
剣成の殺気に腰が抜けたように崩れ去り、慌てて地を這いずりながら逃げていく。
完全に二人の姿が見えなくなると、剣成の身の毛もよだつ殺気が消えていく。
そういえば辺りのカラスの声も止んだ。
きっとこの子を助けるために周りで飛び回っていたのかもしれない。
「いやー、やばかったやばかった。ギリギリだったなー。」
どこがだよ、と、思いながら俺は苦笑を零すしかなかった。
その時俺が捕まえていた小ガラスが「クエー」と、大人になりきれてない小さな鳴き声を零しながら、自分の腕の中から飛び立った。
「あ、ちょっ!」
「んー。もしかしたら巣に帰るかもしんねぇし、ついていってみっか。
カラスの巣は高ぇみたいだし、登れなかってもあれだしなぁ。」
慌てる俺とは裏腹に、剣成はグーと背伸びをして、カラスの後を着いていく。
確かにもう、あいつらは逃げた訳だから安心かと思い、俺も剣成の後をついていく。
そういえばあの片目のカラスはどこに行ったんだろうか。
たまたま、俺が人間の形をしていたからあいつらの仲間と間違われて襲われただけなのだろうか。
そうであるのなら滅茶苦茶迷惑な話だけど。
溜息をついていると、一際大きな木が目の前にあった。
勿論カラスの子供はそれを目の前に「クエ、クエ」っとか細い声を上げている。
また木登りか、と思い、剣成の方を見た。
こういう時はコイツが居てくれて心底助かる、と思ったのだけど。
「よっしゃ、一緒に登るぜー!!!」
無理ー!!!の静止の前に俺の手をひっぱり、もう片方でヒナをすくい上げ太い木に飛び乗っていく。
「ヒッ!む、むむむむむり!おれ、高いとこ無理ー!!」
「いける、いける。ちゃんと足の裏で枝蹴って、次はつま先で次の枝掴むようにして、はいまた蹴り上げるー」
剣成は人の話をまっっったく、聞いていない。
もしかしたら、100歩譲って木登りは出来るかもしれない。
でも、俺はそもそも高所恐怖症なんだ!
もう、引っ張り上げられてるので言われた通りにするしかない。
恐怖に目は見開き、鼻水が垂れそうなくらい顔は引き攣っているが、絶対に後ろを振り返る事はできない。
見たら高さを認識してしまうから終わりだ。
そうこうしているうちに、どれぐらいの高さだろう考えたくもないが、調度死角になる位置に巣を見つけた。
黒いひよこのような小さいカラスが何匹も「クエ、クエ」と、鳴いている。
と、同時におとなのカラスも1羽いた。
突然の来訪客に大人のカラスは威嚇の体勢を取ろうとしたがそれよりも早く剣成はヒナを巣に返す。
「もう、落ちんなよー!!」
軽快な声が響き渡り、そっから、そっからっ…!?
俺を小脇に抱え直すと、太い幹を蹴り、つたや枝で反動をつけ、まるでターザンかのように木から木へ「あ、ああ~」と、飛び移った。
余りの恐ろしさに俺は意識を手放したのはいうまでもない。
【明智剣成】
「なゆー、見てみろ、ここ特等席っ!…………て、あれ?」
那由多を脇に抱えるようにして別の木に飛び移ったが、急に抱えているナユが重くなった為、視線を斜めに落とし、両手で胸の前に抱き倒した。
ナユの顔を見ると青白く、泡を吹いていたので、あちゃーと、俺は苦く笑った。
まぁ、起きてしまったことは仕方ないので、ナユを肩に担ぎ直し、見晴らしのいい木の上からあたりを見渡す。
「ナユ、軽いけど重いなー。」
陸で担ぐ分には問題ないが、流石に意識を失った青年一人を担ぎながら自由に空中移動は難しい。
眺望が利く木の上から辺り一面を見渡していると俺は目的のものを見つけた。
俺の視力はいいほうだ。
勿論、能力を解放させた日向瀬、それに、マスター、神功左千夫には敵わない。
まぁ、日向瀬は見えるっていうよりは解析してわかるって感じだけど。
マスターの方はあれだ、○○族とか狩猟民族並だ。
さすがの俺でもそこまでは見えない。
「みーっけ。さて、ナユが起きねぇ内に降りるか。
また、気絶されてもあれだし。」
エンドレス気絶にならない様にサッサと木から降りていく。
いつもより小股で、枝から枝もそんなに離れてないものを選びながら地上へと向かっていった。
振動を少なく下まで降りるとナユはまだ気を失ったままだったのでおんぶの形に背負い直す。
地面があるところまでくれば、ナユくらいの体格ならなんてことはない。
危なげない足取りで俺は先程木の上で見つけたフライングディスクに向かって山道を小走りで向かった。
「お、見っけー。よっ…と。」
目的地までつくとフライングディスクはすぐに見つかった、ナユをおぶったままだったので、フライングディスクを蹴り上げるように頭上に上げた。
そのまま首で挟んで滑らせるようにしてナユと身体の間に入れようとしたのだが、不意に血の臭いが鼻につく。
カランと受け取ることができなかったディスクが再び地面へと転げ落ち、小石に当たって音を立てる。
臭いのする方へと視線を向けると、そこには無残にもボーガンの矢で撃ち抜かれた、カラスの死骸があった。
近くにナユを下ろすと、ずり落ちないように気をつけながら、木へともたれ掛からせる。
ゆっくりとそのカラスへと歩みを進める自分は今どんな表情をしているのだろうか。
このカラスは多分あいつ等に殺られたのだろう。
あの場で腕の一本でも折っておくべきだったか。
いや、亡骸の状態から見て俺達が奴等に会う前に被害に会ったカラスだろう。
俺達がここに着いた頃には既にカラス達は何かを伝えるように鳴き声を上げていた。
既になにかコトが起こっていたということだ。
遣る瀬無い思いを逃がす場所もなく俺は長く生きを吐いた。
辺りには黒い羽根が散乱しており、このカラスが抵抗したのだろう気配がうかがえる。
「……んと、ヒデェことするよなぁ。」
自分の手で守れるものなんて高が知れてるとは分かっているんだが、こういう事が起きるとどうも感傷的になってしまうのも確かで、長く細く息を吐く。
更に近くまで来ると不意に視線が亡骸の瞳を取らえた。
そのカラスは片目に傷があり、ナユを襲うように追いかけていたカラスと酷似していた。
自然と眉間にシワが刻まれる。
もし、ナユを追い立てていたカラスとこのカラスが同じだとしたら時系列が合わなくなる。
俺達がこの山に来たのは、この片目のカラスが死んだ後だ。
それとも、俺の考えが間違いでこのカラスは俺達が追い払った二人にあの後に殺られたのか。
俺は記憶を復習〈さら〉えていると、ふと、ナユに視線を向けた。
「そっか。呼んだからか……」
那由多には不思議な能力がある。
《紅い魂》を実体化させてしまう能力だ。
カラスの声が木霊していたとき、ナユは『こっちへ、こい』と、言っていた。
それが、《紅い魂》になっていた独眼のカラスを具現化していたのだろう。
と、なると更に話はややこしくなる。
俺達は独眼のカラスを既に見失っている、それは
《紅い魂》を野放しにしている状態であるという事。
「んー。どうすっかねぇ。」
そのとき、「ぎゃぁああああああ!!!」と、一際大きな悲鳴が響いた。
聞き覚えある声と言うことはさっきの不良達だろう、既に俺の頭は混乱状態で次にどうしたらいいか分からなくなってきて腕を組んだ。
難しいことは嫌いだ、並行処理もどちらかというと嫌いだ。
その時ナユが目を覚ましたようで起き上がってきた。
「あ、なゆ、はよ!なーんか、もう、訳わかんねぇけどちょっくらいってくる。
あ、そこの仏さんには触んなよー!!!」
ナユは起きるなり、カラスの死骸を見てビビり、俺が置いていこうとしたもんだから「置いてくなー!」と、慌ててついてきていた。
ククッと喉を揺らして疾走する。
悪いが、ナユを待っている時間はない。
足の筋肉をフルに使って声にする方へと向かえばそこには、先程の男達二人が居た。
一人、金髪の方は正常だが、既に脚の腿をボーガンの矢で撃ち抜かれ恐怖と焦燥で表情は歪んでいた。
もう一人の赤髪は腕にボーガンの矢が突き刺さっており、表情が既にイッていた。
ヨダレを垂れ流し、目は血走ってる。
この状態は見た事がある、《紅い魂》が人に取り憑いた状態だ。
「おぃ……っ、タケシ、どーしちまったんだよ…ひぃ、もう、撃つな、撃つなァァァ!!!」
どうやら二人はお互いの持っているボーガンで撃ち合いをしてこの結果を招いたようだ。
片方は正常だというのに、襲われたら撃ち合いになる、人間は本当に浅はかな生き物だと知らしめるような行為に自然と表情が冷たくなるのを感じた。
だけど、これも“仕事”なので放って置くわけにも行かない。
「エプロン持ってきてねーけど、ま、いっか。」
「も、剣成っ、速すぎ、て、これどーゆっ!!」
遅れてやって来たナユの口を塞ぐ、しっと人差し指を立てて小さく苦笑を浮かべる。
「俺達の“もう一つの仕事”案件っぽい。
なゆは《食霊ーしょくれいー》はできんだっけ?」
口を塞がれたままのナユが慌てて首を横に振る。
そろそろナユも、色々教えてやられねぇと危ねえかもしれないなぁ。
ナユの口から手を離すと、青ざめたナユが俺を見つめていた。
「マスターが、…教えてくれようとしたけど……その……先に、接客のマナーからですかねって言われた…」
緊張感のある場面には間違いないのだが別の緊張感が一瞬流れた。
喫茶店の作法に関しては割と細かいとこあるからな、マスター…。
「ぃだぁぁあっ!!やめ、も、やめー!!」
ならず者から聞こえる悲鳴に意識が切り替わり、二人一緒に奴らに視線を向ける。
取り憑かれていない金髪の方がまた、矢を撃ち込まれたようだ。
すると、金髪の奴のボーガンが、赤髪の胸、明らかに致命傷を負うだろう部分へと向けられた。
走り出そうとしたナユを手で制してから俺は二人の間へと飛び込む。
二人から発射されるボーガンの矢を左右別々の手で握りしめるように圧し折り、その場に落としてしまう。
カラスの魂に取り憑かれてるやつに体を向け、殺気を込めた視線を肩越しに金髪へと向けた。
「ヒィ、もう、なんなんだよっ!!やめろっ、殺さないでくれっ…」
太腿に矢は刺さっているが動けるようで、そのまま後退りながら走って逃げて行ったので視線を前へと向けた。
目の前の赤髪はどこか怪しな雰囲気を纏っている。
俺は剣士なので、本当は武器が欲しいところだが。
「まぁ、なきゃ、仕方ねぇや。」
【千星那由多】
散々だ。
なんかもう。
高いとこで気を失うし、カラスの亡骸はみるし、なんか目の前でボーガンで撃ち合いしてるし…!
俺では止められないけど、俺の足は止めに入ろうとしていた。
面倒事には巻き込まれたくないのにどうして俺の足は動こうとするのか。
剣成は俺を制して二人の間に入っていった。
一人は逃げてしまったようだが、剣成は今もう一人の顔面ピアスの赤髪と対峙している。
なんだろう、まるでゾンビが歩いているかのようにのっそのっそとそいつは剣成に近づいていった。
「なぁ、止めにしねぇ?…そんな汚ェのの中にソレ以上居てもいいことなくねぇ?それとも、出れねぇだけ?
――――それなら、出してやるよ。」
剣成は全く緊張している様子はなく、悠長にならず者に話しかけていた。
内容の意図が分からず俺は見つめるしかできなかった。
間合いがゆっくりと縮まっていく、どちらが仕掛けるかの瀬戸際までくると俺はゴクリと大きく喉を動かした。
その時だった。
赤髪の方がボーガンを構えるように手を動かした瞬間、地を滑るようにかなりの間合いを一瞬で詰め、剣成がその手首を押さえつける。
暴発したボーガンの矢は地に刺さり、次弾を装填する暇を与えず剣成はボーガンに触れた。
「このパターンは初めてだけどっ…な!」
パターンってなんだよ!と、俺は心の中で叫んだが。
剣成が触れた部分から、パキパキと音を立てて紫の鉱石が覆っていく、それは段々大きくなりボーガン全体を包み込み、ならず者の一部に接触した瞬間、剣成はボーガンを相手から奪うように宙に投げた。
その瞬間顔面ピアスの男はそのまま地面に崩れ落ちた。
紫の鉱石で覆われたボーガンは空中でパキンと、弾け、ボーガンがそのままの形で落ちてくるその横にふわりと、赤い火の玉が揺らめいていた。
あれ、火の玉じゃん。
え?なになに、昼間っから火の玉って見えんの?
え?なに、やっぱ俺、呪い殺されるやつ?
もとから悪い頭が更に悪くなった気がした。
いやもう現実逃避したい。
でも目の前で起きていることは事実で、多分これが“もう一つの仕事”なのだろう。
俺は目を逸らすことなくその非現実を見つめた。
火の玉はゆらゆら揺らめいて、くるくると円を描くように回るとカラスの形を形成していった。
しかしその姿は………先程みたボーガンに貫かれた亡骸の独眼カラスそのものだった。
グロテスクな、その見た目に俺は自然と口に手を置いた。
「ビンゴ。やっぱお前だったか……。
おいで、もうゆっくり眠っちまえ。
お前が助けたかった小さいカラスは無事だぜ?ナユのおかげでな?」
緊張は張り詰めたままだが剣成の瞳にどこか優しさが宿る。
剣成は俺の方に視線を向けるが、俺は本当に何もしていない、ただカラスに追いやられてあの場所に行っただけだ。
姿を表したカラスは痛々しい見た目のまま剣成が伸ばした腕へとおりていく、剣成は腕に乗せたカラスを自分へと引き寄せ、カラスから突き出るボーガンの棒先に唇を落とした。
ふわりと、独特の空気が渦ず巻き、土煙が静かに剣成の周りに巻き上がる。
紫かがったその細かな粒がいくつも片目のカラスへと付着していき、突き刺さっていた矢が風化したかのように崩れ去り消えていった。
元の姿を取り戻したカラスはキラキラと輝く宝石、鉱物に覆われていきその姿が見えなくなっていく。
歪な水晶に閉じ込められてしまうと、剣成は重さを感じさせないそれを宙へと優しく放つ。
日の光を集め、眩しく大きく煌めいた後、浄化されたと言わんばかりになんの不純物もない大きな紫の水晶が姿を表した。
「ごちそーさまでした…!」
剣成が両手を合わせた瞬間、水晶が下方からハラハラと砂粒のようになり風に紛れ風化していく。
幻想的な一連の流れに俺は見惚れてしまい、声が出なかった。
「はー、なんか、一気に溜まった感じだ。」
いつものようなあっけらかんとした表情で剣成が自分の腹の部分を擦っていたので、緊張がとけ、現実に戻った俺は少し青くなる。
「え?……もしかして、食った、とか?」
「ん──。まぁ、違うけどそんな感じー。」
「え!?“もう一つの仕事”って火の玉食うのか!?」
「んーと、まー、そんな感じ?
あ、ナユ、俺そういうの多分説明出来ねーから、日当瀬に聞いて。
あ、もしもーし、日当瀬?
農学部の山の………今、マップで送ったとこに人倒れてるから救急車かなんかよろしくー!
あ、後、今度、ナユに《食霊ーしょくれいー》について教えてやってくんねぇ?」
剣成が、俺のところまで戻ってくると矢次に質問を仕掛けた。
しかし、剣成は話半ばで携帯を取り出すと晴生に全部なすりつけていた。
電話口で晴生が、なにかギャイギャイ言ってたような気がするけど剣成は用件だけ伝えると「ま、よろしくなー」と、電話を切っていた。
正直、俺の頭の中で“もう一つの仕事”イコール『魂を喰うこと』に結びついたのは言うまでもなく、くるくると整理し切れない脳内に頭を抱えてしまう。
「さー、てと。ナユ、人が来る前にもうひと仕事!」
剣成は俺の手を引いてまた走り出す。
既に通常の3日分のカロリーを消費しているだろう俺はクタクタだったので引き摺られるようについていった。
「もうひと仕事って…あ、……ここ」
剣成が戻って来たのは、先程の片目に傷があるカラスがいる場所だった。
先程、剣成が食べた(?)筈のカラスの亡骸はまだそこにあって、空想的な世界から現実に引き戻される遣る瀬無さに俺は肩を落とした。
剣成はゆっくりとその亡骸へと近づいていく。
無残に矢に貫かれたカラスへと指を近づけ静かに言葉を落した。
「カラスって、カラス同士でも死骸食うらしいからホントはほっとくのがいいかもしんねぇけど…」
剣成がカラスに指を触れた瞬間、一気に原型を失い溶けたように腐敗し、そのまま手を翳し続け、工程を分解へと導き地面の栄養として吸収されていくものまでに形を変えていく。
一瞬であった。
亡骸が腐敗し無くなってしまう光景は気持ちがいいものではなくて俺の表情は強張った。
しかし言葉を出す事はできず、俺も剣成と一緒に両手を合わせた。
当初の目的のフライングディスクを剣成から渡され、現実に戻るかのように先程の一連の流れが頭を過るとふと人間業じゃない所業にジト…と剣成を見詰めた。
「……そういや、そーゆーの出来たよな、お前」
「ん?そ~そ~、危ねぇからあんま使えねぇけどなー」
そういえば、俺の友達は一人として普通のやつが居なかった。
唯一俺を除いて…!!
思わず俺から出た言葉に、いつもと同じ声音で返した剣成だが、瞳はどこか憂いを帯びていた。
【シロフクロウ】でのバイトも終わり、今日は共同スペースでダベる気力もなく、ベッドへと突っ伏してる状態だ。
今日も、もうヒットポイントは1も、残っていない。
いや、0.1も無いかもしれない。
あー、やばい、気持ちいい、途轍もなく布団が気持ちいい。
瞼が枕に吸い込まれそうなほど擦り付けていると、不意に「カァー」と、鳴き声が聞こえ、俺の体は凍りついた。
ギギギギギ、と、錆びた機械音が聞こえそうなほどゆっくりと首を窓の方に向けると案の定、部屋の中に片目に傷のカラスがいた。
『ア リ ガ ト』
金縛りにあったかのように固まっている俺を他所にそれだけいうと、窓をすり抜けるように部屋の中から消えていった。
カラスって喋れたっけ?
いや、頭も記憶力もいいから喋れる個体がいてもおかしくは無い。
それよりも、なんで俺のとこにお化けになってでてくるんだー!!
俺の声にならない悲鳴が部屋に響きわたったのは言うまでもない。
【何者でもない誰か(語り部)】
明智剣成〈あけち けんせい〉が地下へと続くエレベーターに乗り込む。
姿はいつもの喫茶店の制服の下に着ている紫色の袖が少しだけあるタートルネックとマント、白いズボンの正装。
どこか表情は気怠げで重い雰囲気と重い気配を纏う彼が降り立ったのは真っ白い部屋。
しかし、部屋自体は白いが光は閉ざされており、辺りは暗闇が包む。
その部屋の中で輝くのは鳥籠の中のエネルギー体《ideaーイデアー》のみ。
部屋の中には先客が一人。
白いマントにうっすら浮かぶアラベスク模様のような折りが《ideaーイデアー》の光によって浮き彫りになる。
しかし、それよりも彼の瞳は怪しく妖艶に惑い、アンドロイドイデアから振り返ると明智を見つめ唇に笑みを湛えた。
「お待ちしていました。」
明智が来ること、いや、今日あったこと総てを知ったかのような言の葉が神功左千夫〈ジングウ サチオ〉から落ちる。
闇に溶けるような微笑を浮かべ、ヒューマノイドイデアの傍らに立っていた彼はゆったりと、闇を纏いながら明智へ向かって歩いて行く。
二人の視線が絡むと言の葉は要らないと言うかのように互いに笑みを湛えた。
明智は腰にある見目麗しい、刀装具〈とうそうぐ〉の施された刀を腰から鞘ごと外す。
蒔絵塗りを施され、紫色の繁組の下緖を太刀結びされた立派な日本刀を両手で掲げるように持ち、片膝をつく。
位が上位の相手に献上するかのように刀を掲げた。
神功は立ったまま両手でその刀を下から掬うように受ける。
「剣成くん、此方を向いてください。」
頭を下げていた剣成の視線を誘導する。
再び視線があった瞬間、辺りが紫色を基調とした色々な種類の宝石が包み込む。
鳥籠の《ideaーイデアー》の光を反射し、取り込み、浄化されていくように瞬き、水晶の粒は空中を浮遊し、神功と明智、二人が掲げている日本刀の上へと集まってくる。
大きく歪な石の塊を形成させたあと、滑るように回転が始まりオーバルブリリアンカットのアメジストのようにエネルギーが圧縮されていく。
が、それは圧縮し終わることなく、パキンとヒビが入り崩れさっていった。
「い!?あれ、なんでだよ。
足りてなかったのか??
ちゃんと体内では練ってきたはずなんだけどな…」
初めての現象を目の当たりにした明智が声を荒らげるが、神功は笑みを湛えたまま視線を斜め上へと上げる。
そこは位置的に千星那由多〈せんぼし なゆた〉の私室があるところだ。
「最近、御挨拶に行ってしまうんです。また、戻ってくるので問題ありません。
剣成くん、お疲れ様でした。」
「お、う…。なら、いいっスけど。
つーか、《ideaーイデアー》はただのエネルギー体だっつってなかったか?」
「そうだと、思っていたんですが…。
ただ、戻ってきた《ideaーイデアー》は只のエネルギー体…電磁波の塊になってますね。」
「益々意味ワカンネー…。
つーか、マスター、ナユにまだ《食霊ーしょくれいー》教えてなかったんスね。」
「はい。
喫茶店でのマナーと、“もう一つの仕事”《食霊ーしょくれいー》と、一緒に教えてしまうと混乱するかと思いまして、敢えて分けたのですが…。」
神功は変わらぬ笑みを湛えたまま無数に羅列する、鳥籠の中から一つの扉を開ける。
どこからともなく現れた先程抽出した光のような宝石が小さく渦巻き、紫色に輝くエネルギー体《ideaーイデアー》を作り上げていき、また一つ鳥籠を灯した。
剣成も立ち上がると二人でその、紫にきらめく鳥籠を囲んだ。
「日当瀬に頼んどいたぜ!ナユのこと教えてやってくれって。
つーか、一つの、《紅魂ーあかたまー》で腹いっぱになるのはナユのせいっスか?
今までは、沢山喰わねぇとエネルギーとして取り出してもらえる量にはならなかったんだけど……」
剣成はエネルギーが満ち溢れることを腹がいっぱいと表現し、同時にジェスチャーも腹部を擦る。
《紅い魂ーあかいたましいー》を体に宿したときの人の感覚はそれぞれで有り、表現も人それぞれである。
神功はゆっくりと瞬くと再び剣成へと視線を戻した。
「そうみたいですね、那由多くんの“何か”が、《紅い魂》の密度を上げているんだと思います。
なぜ、そうなるかまでは僕には分かりませんが…」
神功は少し顔を伏せ、言葉を並べると、鳥籠へと鍵を掛ける。
「それでは、僕は部屋に戻りますね。
剣成くんも、ゆっくりと休んでください。」
喫茶店で見せるような穏やかな笑みを浮かべると神功は剣成の横をすれ違う様に歩いって行った。
剣成は何か考えるように自分から抽出された《ideaーイデアー》を見詰めるが、たはーっと、息を吐くと表情が一気に緩む。
「まぁ、考える方は専門じゃねぇしなぁー。」
鞘ごと取り出していた刀を腰へと据え直すと踵を返し、神功を追うようにエレベーターへと向かっていった。
End
「はぁ………。」
次の授業はスポーツ科学講座だ。
座学のときもあるんだけど、今日は実習の日だった。
まず、嫌なこと一つ目、そもそも俺は体を動かすことが好きじゃない。
次、二つ目、去年出席日数が足りなくて落としてしまった科目なのでこれが二年目である。
最後、三つ目、運動場がキャンパスの中でもものすごーく、ものすごーく僻地にあること。
往復の時間がエグすぎる!!!!
運動場の側の更衣室で自前のジャージに着替えると俺は外に出ていった。
山を切り開いたと丸わかりな運動場に学生達がチラホラ集まっていた。
「おー、なゆ!今日は一緒だな!!」
「うぉ…。なんだ、剣成か…」
後ろからガシッと、肩を組まれ、俺はびっくりしてピンと背筋が伸びた。
この声は剣成だ。
剣成とは違う教授を選択しているため座学では一緒では無いのだが、実習だからであろう、今日は一緒であった。
知り合いが居るのは心強いのだが、体育で、剣成とは一緒になりたくない…。
だってコイツは筋肉の塊みたいな奴だし、何よりそもそも武道家の家系だ。
一緒に居たらとてつもなく目立つ!
剣成は巽ほどではないが友達も多く、「おいーす」とか、「チィース」とか、ちゃらちゃらした挨拶が交わされている。
俺の肩を組んでいるのに俺そっちのけで剣成は違う人物と話している。
ぶっちゃけ、もう、逃げたい。
まぁ、でも、短髪で清潔感があり、背も高く、筋骨隆々。
いかにもスポーツマンって感じの性格で、後、目力も強い。
まさに男子のノリ!ってのが好きな人には堪らないタイプだと思う。
俺はもちろん遠慮したい。
開始早々、長距離移動もあり俺の精神はもうすぐ限界を迎えそうなところまで来てしまっていた。
剣成が離してくれないのでそのままで今日の講義の内容を聞く。
なんか、フライングディスク、…フリスビーをするらしい。
もちろん教授は回転の使い方、男女差が出にくい競技のルールを考えてみたなど、色々言ってるのだが、頭には全く入ってこなかった。
そのうち配られた、硬いプラスチックのディスクと、柔らかいソフトディスクで投げて行くことになる。
「…………よっ、と。うへー、これ、おもしれー!!」
剣成は器用なので、初めてのディスクでもなんの問題もなく飛距離を出していた。
勿論ブーメランのように半円を描き戻してくることもできる。
そんな剣成を横目に、俺は一人地味に、ちゃんと授業やってますよー感を出しながらディスクを赤い三角コーンに当てる競技をしていた。
…………当たってはいないけど。
そんなこんなしていると、授業は終盤まで差し掛かっていた。
あともう少しで終わると、心の中は嬉しさに踊り始めた。
そうやって油断したのが行けなかったのか。
俺が投げたディスクは全く見当違いのところへ飛んでいってしまった。
しかも、結構遠い。
はぁ――――と。長い溜息を落とし、仕方なく取りに行こうとしていると、調度俺の対角線上にいた剣成が、俺のディスクを拾い上げてくれた。
取りに行かずに済んでラッキーと思ったのも束の間。
「なゆ!いっくぜー!!!」
あ、これ、やばいやつだ。
剣成が体をこれでもかと言うくらい捻る。
遠心力が最高の状態でディスクは離され宙を滑る。
案の定、ディスクにはすっごい回転が掛かって、ものっっっすっごい勢いで俺に向かって飛んできた。
シュルルルのと、まるで何かを切断する刃物のような超回転だ。
「ちょーーーー!!!むりーーーーーーっ!!」
「あ、ちょっ!何で、よけんだよーーーっ!!!!?」
俺は直ぐにデスクから目を離して頭を抱えるようにしてしゃがんだ。
シュッっと俺の髪を掠めたディスクの回転で髪が数本ハラハラと舞う。
これぞ殺人ディスクだ。受け取ったら俺の手が、なくなる…!
「真剣白刃取りしろよー!!」っと、遠くから聞こえたが、それができるのは同級生では晴生と巽だけだと思う。
俺が視線で追わなかったディスクは見事に農学部の山の方へと消えていった。
【明智剣成】
やっべ。特大ホームランやらかしちまった。
ナユが受け取ってくれると思ってたのでディスクは戻ってくるような回転を掛けてはいない。
100メートル走を走るかのようにきれいな直線を描き、山の中へと姿を消していく。
途中からナユも起き上がって一緒にその行く末を見届け、俺は肩を落とした。
まぁ、やっちまったもんは仕方がない。
「教授ー!見失ったんで、取ってきまーす!」
体育会系の俺からすると、『報連相』は必須事項なので、大声で伝える。
それから俺は一目散にディスクに向かい走りだすが不意にナユから声がかかった。
「ちょっ、俺もいくよ…ッ」
「おー?全力疾走するけど、いい?」
「ダメッ!絶対にだめ!!」
なんだか薬物乱用防止のフレーズみたいだなぁ、と、クックッと喉を揺らしながら俺は足を緩めた。
ナユタは面白い。
全てのこと(ゲーム以外)にやる気は無いのにこういう面倒くさいことにはちゃんとついてくる。
俺に取ったら不思議なことで、彼の中の好きな一面でもある。
小走りで山道を駆け抜けて行くが、ナユの存在が気になりところどころ足を緩める。
「なゆー、まだー??」
「ちょ…っと、待てって!…俺、お前と違って、んな、体力ねーからっ」
まぁ、仕方はないと思う。
毎日鍛えている俺からしたらこんなこと何でもない。
それと同時に一般人では付いてくるのが不可能な程度で俺は走っている。
それはどういうことかと言うと、長年、俺や日向瀬、天夜に付き合わされたコイツは一般人よりは体力があるし、足も速いと言うことだ。
ただ、…勿体無いことに本人が気づいてない上に、やる気が無いので結果は出てないが。
そして、俺達【シロフクロウ】のメンバーを超越することも難しいのだ。
なんつっても、化けモン級の集まりだからな。
「ハァ…ハァ…、剣っ成…、も、無理、死ぬっ」
「なゆー、もちっと鍛えとかねーとこれから大変だぞー。」
落ち葉を踏みしめ、足場の悪い山道をだいぶ進んできた。
俺の憶測が正しければそろそろの筈だ、高傾斜の岩の上にと飛び乗ると、ナユが登りやすいようにと手を差し伸べる。「ありがとっ…」と、ナユが手を掴んできたのでそのまま引き上げた。
「んー。多分この辺だと思うんだけどなー。」
膝に手をつき肩で息をしているナユを尻目に、俺はキョロキョロと辺りを見渡した。
グラウンドで見たときは、山の中でも木々が生い茂ってる場所ではなく、調度切り開けた場所に落ちたのでしらみつぶしに草を掻き分け探し始めた。
野鳥の囀と、風の音を聞いてると不意に大きく鴉が鳴いた。
【千星那由多】
シンドイ。
吐きそうだし、倒れそうだ。
ぅぷ…と、手を口にすると、喉元まで来ている胃液をなんとか押さえ込み、ゼィゼィと肩で呼吸を繰り返す。
俺が巻いた種でもあるので一緒に探しに来たはいいけど、剣成速すぎるしな!
加減してくれてんのはわかってるけど、それでもひどい…。
絶対に俺の限界ギリギリを突き付けてくる。
あまりの息切れに探すどころではなく蹲って居ると。
周りでカラスの声が大きく鳴いた。
それは一度、二度ではなく、やさぐれた俺の神経を逆撫でするように、何度も何度も嗄れた、カラスの声が山の中を木霊する。
「あー!!もー!!うるせぇー!!なんか文句あんなら、こっちこいよッ!!」
カラスに言っても意味はない。
声ももちろん止むはずもなく。
俺の声は山の中へと虚しく消えていく、…………筈なのだが。
顔上げるとそこには片目に大きな傷跡がある、真っ黒いカラスがいた。
うん。これは、良くない展開だ。
凡人の俺でもこの後の展開は予測がつく。
独眼のカラスの見えている方の瞳がキラーンと音を立てて光ったような気がした。
やっぱり、あのゴツい鉤爪のような嘴で突かれるっ!と、思った側からカラスはこちらに向かい、翼をバッサバッサと揺らし、飛翔してきた。
「ちょ!ちょ!!なんで、こーなるんだよー!
おいっ、剣成たすけろってぇーーーーーっ!!」
「おー、ナユ。
また、面白いもん連れてんなー。」
「面白くねーっつーの!!助けろって、ちょ、あぶねっ!
待って、俺は別になんもしないって、
体育の落とし物、探しに来ただけだって!」
剣成は喉を揺らし愉しそうにこっちを見てるが、それどころではない。
正直、満身創痍だったが人間とは不思議なもので、窮地に立つと不思議と力が湧いてくる。
いや、もう、本当は湧かしたくない。
これからフライングディスクを探して、またグラウンドまで戻って、そっから大学の中央キャンパスまで戻るという道のりが待っているというのに。
独眼のカラスに追い立てられるように更に山道を登っていく。
ギリギリのところで、カラスからの攻撃を躱しながら走っていく。
酷い息切れで耳鳴りまでしてきたときに人の声が聞こえ幻聴かと思ったが枯れた地面を踏む足音と人影が見えた。
「あれー、どこ行っちゃったのかなー、可愛いカラスちゃんは。」
如何にもチンピラと言った風貌の若者が2人。
赤と金髪は痛み、ピアスも顔面の至る所に開いていた。
カラス?よく辺りを見上げれば無数の鴉の声が木霊していた。
先程よりもかなり大きいな声が聞こえる。
「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥‥ぃって!!」
自然に止まっていた足に何かがぶつかる。
そういえば片目の凶暴カラスから逃げていたんだった、ひぃ!っと慌てて後ろに仰け反ったがそこにいたのは、片目の大人のカラスではなく、毛がまだ滑らかではなく、ボサボサの小ぶりのカラスだった。
俺はそのまま尻もちを付いてしまい、小さなカラスは驚いたように自分からも逃げていく。
「お、いたいた!あれ、人もいんじゃん、ま、いいやー、お兄さんも愉しいショー、見ていきな‥‥っよ!」
耳を流れる声も、目の前で流れる映像もスローモーションに見えた。
顔面にピアスまみれの男が手に持っていたのはボーガンだった。
照準がカラスの子供に向くと、直ぐにボーガンの矢が勢い良く発射された。
一連のその動きを追うことは出来、自分も直ぐにカラスのヒナに向かって駆け出すことができた。
でも…、間に合わない。
「――っと、いけねぇなぁ。イケてねぇ、イケてねぇ。」
どこからともなく降ってくる声。
自分の視界には節ばった指が映る。
バシッと音を立てて矢が剣成の手によって掴まれる。
まるでボールでも掴んだかのように、自分の左手で掴んだ矢を投げたり掴んだりしている。
また、カラスのヒナは俺の方にぶつかってきたので慌てて首に掛かっていたタオルでくるんで捕まえてしまう。
「こら、っ、逃げんなって」
しどろもどろしている間に、剣成はチンピラ風情に近づいていく。
その表情はどこか冷たく見えた。
「ああん!?テメーなに、邪魔してんだよ!」
「…俺、何も見なかったことにするんで、さっさとどっかいってもらえねーっすか。」
「はぁー!?ふざけん…………………ひぃ!!!」
そこらからは一瞬だった。
剣成がボーガンを持った野蛮な男のすぐ目の前まで移動した。
先程手で掴んだ矢の先は男の目の数ミリ手前でとまっている。
剣成の表情は凍りつきそうなほど冷たかった。
いつも色のある瞳がどこか冷えて、今にもホントに相手の目を潰してしまいそうな勢いで俺も息を潜めた。
「それとも、一回自分が刺されてみねぇとわかんねーんス、かねぇ?――――命はな、お前らのオモチャじゃねーんだよ。」
「ヒィ!わ、悪かったって!そんなつもりじゃっ!!おい!行くぞ!」
剣成の殺気に腰が抜けたように崩れ去り、慌てて地を這いずりながら逃げていく。
完全に二人の姿が見えなくなると、剣成の身の毛もよだつ殺気が消えていく。
そういえば辺りのカラスの声も止んだ。
きっとこの子を助けるために周りで飛び回っていたのかもしれない。
「いやー、やばかったやばかった。ギリギリだったなー。」
どこがだよ、と、思いながら俺は苦笑を零すしかなかった。
その時俺が捕まえていた小ガラスが「クエー」と、大人になりきれてない小さな鳴き声を零しながら、自分の腕の中から飛び立った。
「あ、ちょっ!」
「んー。もしかしたら巣に帰るかもしんねぇし、ついていってみっか。
カラスの巣は高ぇみたいだし、登れなかってもあれだしなぁ。」
慌てる俺とは裏腹に、剣成はグーと背伸びをして、カラスの後を着いていく。
確かにもう、あいつらは逃げた訳だから安心かと思い、俺も剣成の後をついていく。
そういえばあの片目のカラスはどこに行ったんだろうか。
たまたま、俺が人間の形をしていたからあいつらの仲間と間違われて襲われただけなのだろうか。
そうであるのなら滅茶苦茶迷惑な話だけど。
溜息をついていると、一際大きな木が目の前にあった。
勿論カラスの子供はそれを目の前に「クエ、クエ」っとか細い声を上げている。
また木登りか、と思い、剣成の方を見た。
こういう時はコイツが居てくれて心底助かる、と思ったのだけど。
「よっしゃ、一緒に登るぜー!!!」
無理ー!!!の静止の前に俺の手をひっぱり、もう片方でヒナをすくい上げ太い木に飛び乗っていく。
「ヒッ!む、むむむむむり!おれ、高いとこ無理ー!!」
「いける、いける。ちゃんと足の裏で枝蹴って、次はつま先で次の枝掴むようにして、はいまた蹴り上げるー」
剣成は人の話をまっっったく、聞いていない。
もしかしたら、100歩譲って木登りは出来るかもしれない。
でも、俺はそもそも高所恐怖症なんだ!
もう、引っ張り上げられてるので言われた通りにするしかない。
恐怖に目は見開き、鼻水が垂れそうなくらい顔は引き攣っているが、絶対に後ろを振り返る事はできない。
見たら高さを認識してしまうから終わりだ。
そうこうしているうちに、どれぐらいの高さだろう考えたくもないが、調度死角になる位置に巣を見つけた。
黒いひよこのような小さいカラスが何匹も「クエ、クエ」と、鳴いている。
と、同時におとなのカラスも1羽いた。
突然の来訪客に大人のカラスは威嚇の体勢を取ろうとしたがそれよりも早く剣成はヒナを巣に返す。
「もう、落ちんなよー!!」
軽快な声が響き渡り、そっから、そっからっ…!?
俺を小脇に抱え直すと、太い幹を蹴り、つたや枝で反動をつけ、まるでターザンかのように木から木へ「あ、ああ~」と、飛び移った。
余りの恐ろしさに俺は意識を手放したのはいうまでもない。
【明智剣成】
「なゆー、見てみろ、ここ特等席っ!…………て、あれ?」
那由多を脇に抱えるようにして別の木に飛び移ったが、急に抱えているナユが重くなった為、視線を斜めに落とし、両手で胸の前に抱き倒した。
ナユの顔を見ると青白く、泡を吹いていたので、あちゃーと、俺は苦く笑った。
まぁ、起きてしまったことは仕方ないので、ナユを肩に担ぎ直し、見晴らしのいい木の上からあたりを見渡す。
「ナユ、軽いけど重いなー。」
陸で担ぐ分には問題ないが、流石に意識を失った青年一人を担ぎながら自由に空中移動は難しい。
眺望が利く木の上から辺り一面を見渡していると俺は目的のものを見つけた。
俺の視力はいいほうだ。
勿論、能力を解放させた日向瀬、それに、マスター、神功左千夫には敵わない。
まぁ、日向瀬は見えるっていうよりは解析してわかるって感じだけど。
マスターの方はあれだ、○○族とか狩猟民族並だ。
さすがの俺でもそこまでは見えない。
「みーっけ。さて、ナユが起きねぇ内に降りるか。
また、気絶されてもあれだし。」
エンドレス気絶にならない様にサッサと木から降りていく。
いつもより小股で、枝から枝もそんなに離れてないものを選びながら地上へと向かっていった。
振動を少なく下まで降りるとナユはまだ気を失ったままだったのでおんぶの形に背負い直す。
地面があるところまでくれば、ナユくらいの体格ならなんてことはない。
危なげない足取りで俺は先程木の上で見つけたフライングディスクに向かって山道を小走りで向かった。
「お、見っけー。よっ…と。」
目的地までつくとフライングディスクはすぐに見つかった、ナユをおぶったままだったので、フライングディスクを蹴り上げるように頭上に上げた。
そのまま首で挟んで滑らせるようにしてナユと身体の間に入れようとしたのだが、不意に血の臭いが鼻につく。
カランと受け取ることができなかったディスクが再び地面へと転げ落ち、小石に当たって音を立てる。
臭いのする方へと視線を向けると、そこには無残にもボーガンの矢で撃ち抜かれた、カラスの死骸があった。
近くにナユを下ろすと、ずり落ちないように気をつけながら、木へともたれ掛からせる。
ゆっくりとそのカラスへと歩みを進める自分は今どんな表情をしているのだろうか。
このカラスは多分あいつ等に殺られたのだろう。
あの場で腕の一本でも折っておくべきだったか。
いや、亡骸の状態から見て俺達が奴等に会う前に被害に会ったカラスだろう。
俺達がここに着いた頃には既にカラス達は何かを伝えるように鳴き声を上げていた。
既になにかコトが起こっていたということだ。
遣る瀬無い思いを逃がす場所もなく俺は長く生きを吐いた。
辺りには黒い羽根が散乱しており、このカラスが抵抗したのだろう気配がうかがえる。
「……んと、ヒデェことするよなぁ。」
自分の手で守れるものなんて高が知れてるとは分かっているんだが、こういう事が起きるとどうも感傷的になってしまうのも確かで、長く細く息を吐く。
更に近くまで来ると不意に視線が亡骸の瞳を取らえた。
そのカラスは片目に傷があり、ナユを襲うように追いかけていたカラスと酷似していた。
自然と眉間にシワが刻まれる。
もし、ナユを追い立てていたカラスとこのカラスが同じだとしたら時系列が合わなくなる。
俺達がこの山に来たのは、この片目のカラスが死んだ後だ。
それとも、俺の考えが間違いでこのカラスは俺達が追い払った二人にあの後に殺られたのか。
俺は記憶を復習〈さら〉えていると、ふと、ナユに視線を向けた。
「そっか。呼んだからか……」
那由多には不思議な能力がある。
《紅い魂》を実体化させてしまう能力だ。
カラスの声が木霊していたとき、ナユは『こっちへ、こい』と、言っていた。
それが、《紅い魂》になっていた独眼のカラスを具現化していたのだろう。
と、なると更に話はややこしくなる。
俺達は独眼のカラスを既に見失っている、それは
《紅い魂》を野放しにしている状態であるという事。
「んー。どうすっかねぇ。」
そのとき、「ぎゃぁああああああ!!!」と、一際大きな悲鳴が響いた。
聞き覚えある声と言うことはさっきの不良達だろう、既に俺の頭は混乱状態で次にどうしたらいいか分からなくなってきて腕を組んだ。
難しいことは嫌いだ、並行処理もどちらかというと嫌いだ。
その時ナユが目を覚ましたようで起き上がってきた。
「あ、なゆ、はよ!なーんか、もう、訳わかんねぇけどちょっくらいってくる。
あ、そこの仏さんには触んなよー!!!」
ナユは起きるなり、カラスの死骸を見てビビり、俺が置いていこうとしたもんだから「置いてくなー!」と、慌ててついてきていた。
ククッと喉を揺らして疾走する。
悪いが、ナユを待っている時間はない。
足の筋肉をフルに使って声にする方へと向かえばそこには、先程の男達二人が居た。
一人、金髪の方は正常だが、既に脚の腿をボーガンの矢で撃ち抜かれ恐怖と焦燥で表情は歪んでいた。
もう一人の赤髪は腕にボーガンの矢が突き刺さっており、表情が既にイッていた。
ヨダレを垂れ流し、目は血走ってる。
この状態は見た事がある、《紅い魂》が人に取り憑いた状態だ。
「おぃ……っ、タケシ、どーしちまったんだよ…ひぃ、もう、撃つな、撃つなァァァ!!!」
どうやら二人はお互いの持っているボーガンで撃ち合いをしてこの結果を招いたようだ。
片方は正常だというのに、襲われたら撃ち合いになる、人間は本当に浅はかな生き物だと知らしめるような行為に自然と表情が冷たくなるのを感じた。
だけど、これも“仕事”なので放って置くわけにも行かない。
「エプロン持ってきてねーけど、ま、いっか。」
「も、剣成っ、速すぎ、て、これどーゆっ!!」
遅れてやって来たナユの口を塞ぐ、しっと人差し指を立てて小さく苦笑を浮かべる。
「俺達の“もう一つの仕事”案件っぽい。
なゆは《食霊ーしょくれいー》はできんだっけ?」
口を塞がれたままのナユが慌てて首を横に振る。
そろそろナユも、色々教えてやられねぇと危ねえかもしれないなぁ。
ナユの口から手を離すと、青ざめたナユが俺を見つめていた。
「マスターが、…教えてくれようとしたけど……その……先に、接客のマナーからですかねって言われた…」
緊張感のある場面には間違いないのだが別の緊張感が一瞬流れた。
喫茶店の作法に関しては割と細かいとこあるからな、マスター…。
「ぃだぁぁあっ!!やめ、も、やめー!!」
ならず者から聞こえる悲鳴に意識が切り替わり、二人一緒に奴らに視線を向ける。
取り憑かれていない金髪の方がまた、矢を撃ち込まれたようだ。
すると、金髪の奴のボーガンが、赤髪の胸、明らかに致命傷を負うだろう部分へと向けられた。
走り出そうとしたナユを手で制してから俺は二人の間へと飛び込む。
二人から発射されるボーガンの矢を左右別々の手で握りしめるように圧し折り、その場に落としてしまう。
カラスの魂に取り憑かれてるやつに体を向け、殺気を込めた視線を肩越しに金髪へと向けた。
「ヒィ、もう、なんなんだよっ!!やめろっ、殺さないでくれっ…」
太腿に矢は刺さっているが動けるようで、そのまま後退りながら走って逃げて行ったので視線を前へと向けた。
目の前の赤髪はどこか怪しな雰囲気を纏っている。
俺は剣士なので、本当は武器が欲しいところだが。
「まぁ、なきゃ、仕方ねぇや。」
【千星那由多】
散々だ。
なんかもう。
高いとこで気を失うし、カラスの亡骸はみるし、なんか目の前でボーガンで撃ち合いしてるし…!
俺では止められないけど、俺の足は止めに入ろうとしていた。
面倒事には巻き込まれたくないのにどうして俺の足は動こうとするのか。
剣成は俺を制して二人の間に入っていった。
一人は逃げてしまったようだが、剣成は今もう一人の顔面ピアスの赤髪と対峙している。
なんだろう、まるでゾンビが歩いているかのようにのっそのっそとそいつは剣成に近づいていった。
「なぁ、止めにしねぇ?…そんな汚ェのの中にソレ以上居てもいいことなくねぇ?それとも、出れねぇだけ?
――――それなら、出してやるよ。」
剣成は全く緊張している様子はなく、悠長にならず者に話しかけていた。
内容の意図が分からず俺は見つめるしかできなかった。
間合いがゆっくりと縮まっていく、どちらが仕掛けるかの瀬戸際までくると俺はゴクリと大きく喉を動かした。
その時だった。
赤髪の方がボーガンを構えるように手を動かした瞬間、地を滑るようにかなりの間合いを一瞬で詰め、剣成がその手首を押さえつける。
暴発したボーガンの矢は地に刺さり、次弾を装填する暇を与えず剣成はボーガンに触れた。
「このパターンは初めてだけどっ…な!」
パターンってなんだよ!と、俺は心の中で叫んだが。
剣成が触れた部分から、パキパキと音を立てて紫の鉱石が覆っていく、それは段々大きくなりボーガン全体を包み込み、ならず者の一部に接触した瞬間、剣成はボーガンを相手から奪うように宙に投げた。
その瞬間顔面ピアスの男はそのまま地面に崩れ落ちた。
紫の鉱石で覆われたボーガンは空中でパキンと、弾け、ボーガンがそのままの形で落ちてくるその横にふわりと、赤い火の玉が揺らめいていた。
あれ、火の玉じゃん。
え?なになに、昼間っから火の玉って見えんの?
え?なに、やっぱ俺、呪い殺されるやつ?
もとから悪い頭が更に悪くなった気がした。
いやもう現実逃避したい。
でも目の前で起きていることは事実で、多分これが“もう一つの仕事”なのだろう。
俺は目を逸らすことなくその非現実を見つめた。
火の玉はゆらゆら揺らめいて、くるくると円を描くように回るとカラスの形を形成していった。
しかしその姿は………先程みたボーガンに貫かれた亡骸の独眼カラスそのものだった。
グロテスクな、その見た目に俺は自然と口に手を置いた。
「ビンゴ。やっぱお前だったか……。
おいで、もうゆっくり眠っちまえ。
お前が助けたかった小さいカラスは無事だぜ?ナユのおかげでな?」
緊張は張り詰めたままだが剣成の瞳にどこか優しさが宿る。
剣成は俺の方に視線を向けるが、俺は本当に何もしていない、ただカラスに追いやられてあの場所に行っただけだ。
姿を表したカラスは痛々しい見た目のまま剣成が伸ばした腕へとおりていく、剣成は腕に乗せたカラスを自分へと引き寄せ、カラスから突き出るボーガンの棒先に唇を落とした。
ふわりと、独特の空気が渦ず巻き、土煙が静かに剣成の周りに巻き上がる。
紫かがったその細かな粒がいくつも片目のカラスへと付着していき、突き刺さっていた矢が風化したかのように崩れ去り消えていった。
元の姿を取り戻したカラスはキラキラと輝く宝石、鉱物に覆われていきその姿が見えなくなっていく。
歪な水晶に閉じ込められてしまうと、剣成は重さを感じさせないそれを宙へと優しく放つ。
日の光を集め、眩しく大きく煌めいた後、浄化されたと言わんばかりになんの不純物もない大きな紫の水晶が姿を表した。
「ごちそーさまでした…!」
剣成が両手を合わせた瞬間、水晶が下方からハラハラと砂粒のようになり風に紛れ風化していく。
幻想的な一連の流れに俺は見惚れてしまい、声が出なかった。
「はー、なんか、一気に溜まった感じだ。」
いつものようなあっけらかんとした表情で剣成が自分の腹の部分を擦っていたので、緊張がとけ、現実に戻った俺は少し青くなる。
「え?……もしかして、食った、とか?」
「ん──。まぁ、違うけどそんな感じー。」
「え!?“もう一つの仕事”って火の玉食うのか!?」
「んーと、まー、そんな感じ?
あ、ナユ、俺そういうの多分説明出来ねーから、日当瀬に聞いて。
あ、もしもーし、日当瀬?
農学部の山の………今、マップで送ったとこに人倒れてるから救急車かなんかよろしくー!
あ、後、今度、ナユに《食霊ーしょくれいー》について教えてやってくんねぇ?」
剣成が、俺のところまで戻ってくると矢次に質問を仕掛けた。
しかし、剣成は話半ばで携帯を取り出すと晴生に全部なすりつけていた。
電話口で晴生が、なにかギャイギャイ言ってたような気がするけど剣成は用件だけ伝えると「ま、よろしくなー」と、電話を切っていた。
正直、俺の頭の中で“もう一つの仕事”イコール『魂を喰うこと』に結びついたのは言うまでもなく、くるくると整理し切れない脳内に頭を抱えてしまう。
「さー、てと。ナユ、人が来る前にもうひと仕事!」
剣成は俺の手を引いてまた走り出す。
既に通常の3日分のカロリーを消費しているだろう俺はクタクタだったので引き摺られるようについていった。
「もうひと仕事って…あ、……ここ」
剣成が戻って来たのは、先程の片目に傷があるカラスがいる場所だった。
先程、剣成が食べた(?)筈のカラスの亡骸はまだそこにあって、空想的な世界から現実に引き戻される遣る瀬無さに俺は肩を落とした。
剣成はゆっくりとその亡骸へと近づいていく。
無残に矢に貫かれたカラスへと指を近づけ静かに言葉を落した。
「カラスって、カラス同士でも死骸食うらしいからホントはほっとくのがいいかもしんねぇけど…」
剣成がカラスに指を触れた瞬間、一気に原型を失い溶けたように腐敗し、そのまま手を翳し続け、工程を分解へと導き地面の栄養として吸収されていくものまでに形を変えていく。
一瞬であった。
亡骸が腐敗し無くなってしまう光景は気持ちがいいものではなくて俺の表情は強張った。
しかし言葉を出す事はできず、俺も剣成と一緒に両手を合わせた。
当初の目的のフライングディスクを剣成から渡され、現実に戻るかのように先程の一連の流れが頭を過るとふと人間業じゃない所業にジト…と剣成を見詰めた。
「……そういや、そーゆーの出来たよな、お前」
「ん?そ~そ~、危ねぇからあんま使えねぇけどなー」
そういえば、俺の友達は一人として普通のやつが居なかった。
唯一俺を除いて…!!
思わず俺から出た言葉に、いつもと同じ声音で返した剣成だが、瞳はどこか憂いを帯びていた。
【シロフクロウ】でのバイトも終わり、今日は共同スペースでダベる気力もなく、ベッドへと突っ伏してる状態だ。
今日も、もうヒットポイントは1も、残っていない。
いや、0.1も無いかもしれない。
あー、やばい、気持ちいい、途轍もなく布団が気持ちいい。
瞼が枕に吸い込まれそうなほど擦り付けていると、不意に「カァー」と、鳴き声が聞こえ、俺の体は凍りついた。
ギギギギギ、と、錆びた機械音が聞こえそうなほどゆっくりと首を窓の方に向けると案の定、部屋の中に片目に傷のカラスがいた。
『ア リ ガ ト』
金縛りにあったかのように固まっている俺を他所にそれだけいうと、窓をすり抜けるように部屋の中から消えていった。
カラスって喋れたっけ?
いや、頭も記憶力もいいから喋れる個体がいてもおかしくは無い。
それよりも、なんで俺のとこにお化けになってでてくるんだー!!
俺の声にならない悲鳴が部屋に響きわたったのは言うまでもない。
【何者でもない誰か(語り部)】
明智剣成〈あけち けんせい〉が地下へと続くエレベーターに乗り込む。
姿はいつもの喫茶店の制服の下に着ている紫色の袖が少しだけあるタートルネックとマント、白いズボンの正装。
どこか表情は気怠げで重い雰囲気と重い気配を纏う彼が降り立ったのは真っ白い部屋。
しかし、部屋自体は白いが光は閉ざされており、辺りは暗闇が包む。
その部屋の中で輝くのは鳥籠の中のエネルギー体《ideaーイデアー》のみ。
部屋の中には先客が一人。
白いマントにうっすら浮かぶアラベスク模様のような折りが《ideaーイデアー》の光によって浮き彫りになる。
しかし、それよりも彼の瞳は怪しく妖艶に惑い、アンドロイドイデアから振り返ると明智を見つめ唇に笑みを湛えた。
「お待ちしていました。」
明智が来ること、いや、今日あったこと総てを知ったかのような言の葉が神功左千夫〈ジングウ サチオ〉から落ちる。
闇に溶けるような微笑を浮かべ、ヒューマノイドイデアの傍らに立っていた彼はゆったりと、闇を纏いながら明智へ向かって歩いて行く。
二人の視線が絡むと言の葉は要らないと言うかのように互いに笑みを湛えた。
明智は腰にある見目麗しい、刀装具〈とうそうぐ〉の施された刀を腰から鞘ごと外す。
蒔絵塗りを施され、紫色の繁組の下緖を太刀結びされた立派な日本刀を両手で掲げるように持ち、片膝をつく。
位が上位の相手に献上するかのように刀を掲げた。
神功は立ったまま両手でその刀を下から掬うように受ける。
「剣成くん、此方を向いてください。」
頭を下げていた剣成の視線を誘導する。
再び視線があった瞬間、辺りが紫色を基調とした色々な種類の宝石が包み込む。
鳥籠の《ideaーイデアー》の光を反射し、取り込み、浄化されていくように瞬き、水晶の粒は空中を浮遊し、神功と明智、二人が掲げている日本刀の上へと集まってくる。
大きく歪な石の塊を形成させたあと、滑るように回転が始まりオーバルブリリアンカットのアメジストのようにエネルギーが圧縮されていく。
が、それは圧縮し終わることなく、パキンとヒビが入り崩れさっていった。
「い!?あれ、なんでだよ。
足りてなかったのか??
ちゃんと体内では練ってきたはずなんだけどな…」
初めての現象を目の当たりにした明智が声を荒らげるが、神功は笑みを湛えたまま視線を斜め上へと上げる。
そこは位置的に千星那由多〈せんぼし なゆた〉の私室があるところだ。
「最近、御挨拶に行ってしまうんです。また、戻ってくるので問題ありません。
剣成くん、お疲れ様でした。」
「お、う…。なら、いいっスけど。
つーか、《ideaーイデアー》はただのエネルギー体だっつってなかったか?」
「そうだと、思っていたんですが…。
ただ、戻ってきた《ideaーイデアー》は只のエネルギー体…電磁波の塊になってますね。」
「益々意味ワカンネー…。
つーか、マスター、ナユにまだ《食霊ーしょくれいー》教えてなかったんスね。」
「はい。
喫茶店でのマナーと、“もう一つの仕事”《食霊ーしょくれいー》と、一緒に教えてしまうと混乱するかと思いまして、敢えて分けたのですが…。」
神功は変わらぬ笑みを湛えたまま無数に羅列する、鳥籠の中から一つの扉を開ける。
どこからともなく現れた先程抽出した光のような宝石が小さく渦巻き、紫色に輝くエネルギー体《ideaーイデアー》を作り上げていき、また一つ鳥籠を灯した。
剣成も立ち上がると二人でその、紫にきらめく鳥籠を囲んだ。
「日当瀬に頼んどいたぜ!ナユのこと教えてやってくれって。
つーか、一つの、《紅魂ーあかたまー》で腹いっぱになるのはナユのせいっスか?
今までは、沢山喰わねぇとエネルギーとして取り出してもらえる量にはならなかったんだけど……」
剣成はエネルギーが満ち溢れることを腹がいっぱいと表現し、同時にジェスチャーも腹部を擦る。
《紅い魂ーあかいたましいー》を体に宿したときの人の感覚はそれぞれで有り、表現も人それぞれである。
神功はゆっくりと瞬くと再び剣成へと視線を戻した。
「そうみたいですね、那由多くんの“何か”が、《紅い魂》の密度を上げているんだと思います。
なぜ、そうなるかまでは僕には分かりませんが…」
神功は少し顔を伏せ、言葉を並べると、鳥籠へと鍵を掛ける。
「それでは、僕は部屋に戻りますね。
剣成くんも、ゆっくりと休んでください。」
喫茶店で見せるような穏やかな笑みを浮かべると神功は剣成の横をすれ違う様に歩いって行った。
剣成は何か考えるように自分から抽出された《ideaーイデアー》を見詰めるが、たはーっと、息を吐くと表情が一気に緩む。
「まぁ、考える方は専門じゃねぇしなぁー。」
鞘ごと取り出していた刀を腰へと据え直すと踵を返し、神功を追うようにエレベーターへと向かっていった。
End
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