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再再会
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「ちょ……!オーナー!?俺、まだ心の準備がッ!!」
「ハイハーイ♪さっさと〈食霊〉しちゃいましょーネ~」
「あ、ま、ッ!─────ッッッッ!!」
九鬼オーナーが俺の後頭部を掴んで、ぶちゅぅううううっと音が立ちそうな程、唇を目の前の相手へと押し付けた。
と、言っても人では無く……猫の姿をした紅い魂なんだけど。それでも泥だらけで、ドブ臭くて、出来れば口なんかで触れたく無かったが、一緒に居たのが九鬼オーナーだったのが運の尽きだ。オーナーは女の紅い魂しか〈食霊〉しない。
スン……となんの前触れもなく泥だらけの猫の姿が消えて俺の腸が熱くなる。これは俺たち能力者の“もう一つの仕事”だったりする。と、言っても俺は〈食霊〉は出来るけど他のメンバーのように普通の人間から逸脱した能力は使えない。
「ぅぅう……ごちそうさまでした」
俺、千星那由多《せんぼし なゆた》はふつうーのどこにでもいる大学生である。
高校時代の先輩達が経営している、大学のキャンパス近くのお洒落な喫茶店【シロフクロウ】のキャストのバイトをしている。
その喫茶【シロフクロウ】は表向きは老若男女から人気のイケメンキャストがおもてなしをしてくれるちょっぴり豪華な喫茶店であるが、他のキャスト達も異能の持ち主で裏ではこうやって亡くなったものが現世が残した思念を成仏させている。その思念の塊を俺達は紅い魂……略して、〈紅魂〉と呼んでいる。そして、その魂を成仏させる事を〈食霊〉と呼んでいるんだ。なんで食べると表現するかと言うと、口を近付けて食べるようにエネルギーを貰って成仏させるからなんだけど……。ちょっっっとばかりそのせいで色々不都合が起きる。
キャストによって唇を寄せるキーポイントが異なる。俺と一緒にいる九鬼オーナーは相手の手足に唇を寄せて〈食霊〉する。そして、俺は……口。すなわち相手とキスをして〈食霊〉する事になる訳だ。
さ、ら、に!不都合な事に〈食霊〉すると相手の想いも食べちまうわけだから食あたりみたいな症状が起きる。腹が痛くなる……ならマシだったかもしれない。俺達に起きる症状はムラムラする、……エッチな気分になるって事だ。直ぐになるって訳じゃねーけど、俺はなりやすいタイプなので既にほっぺたが火照っていた。
紅魂の邪魔が入ったけど喫茶店のクローズ作業中だったので残りの看板を片付けてさっさと部屋に戻って休もうと思っていたらオーナーから声がかかった。
「あれ?なゆゆ、怪我した?」
「そーっすね、誰かさんが手伝ってくれなかったからですね」
「えー……、相手普通の猫だったよネ?仕方ないなァ」
ざっくりと俺の手の甲には猫に引っ掻かれた傷が残っていた。興奮していたので気付かなかったけど、指摘された瞬間からかなーり痛い。しかも結構深いようで、滴るように赤い血が手首近くまで下りて道路に滴っていた。
その手をオーナーが掴んだ。九鬼オーナーの能力は〝創造〟、簡単に言えば錬金術みたいにそこにある物で別の物を創り上げる事ができる。しかも等価交換じゃないのでかなりチートな能力だ。布で包帯でも造って巻いてくれるかと思ったら違った。九鬼オーナーの左小指のピンキーリングが鋭利な刃物に変形して、ブシュッ……と音を立てながらオーナーが自分の手首近くの腕を切り裂く。
「……え?な……!?」
「怪我させたの左千夫クンにバレたら殺されそうだから秘密ネ~」
「あ……治って」
オーナーの血液が俺の傷口へと注がれると違和感を感じた。傷口の中から沸騰するような、逆に血の気が引いて冷たくなるような不思議な感覚は純粋に気持ち悪い。九鬼オーナーは自分の体液を起点に他人の人体の中の創造も出来る。この能力を知っている人物は限られているし、九鬼オーナーも滅多にこの能力は使わない。さっき言っていた、「左千夫クンに殺される」って言うのが俺の傷を治した理由だろう。破茶滅茶な九鬼オーナーを従わせる事が出来るのは喫茶【シロフクロウ】のマスター、神功左千夫しかいない。確かに前回も俺が無理矢理〈食霊〉させられた時、九鬼オーナーはマスターにこっ酷く叱られてた。
血液を拭われると皮膚まで綺麗に創り上げられていて、そこにはもう傷は無かった。だけど、オーナーの能力は痛みを取り除いてはくれないので普通に痛い。傷がないのに傷があるように痛かった。この痛みを無くすのは気持ちの問題だとマスターは言っていたけど、普通に痛いものは痛い……!
「はい、元通り~」
「普通に……痛いんスけど」
「それは気の持ちよう!ボクの能力範囲外。あれ?なゆゆー、あの子。前一緒にお酒呑んだ子じゃない?」
「へ?……あ、六架じゃん、おーい、りっ…………!?」
そこには闇カジノで出会った佐久間 六架と言う名の青年が居た。だけど心ここにあらずといった感じでフラフラと覚束ない足取りで歩いてきたと思ったら貧血でも起こしたかのように倒れた。
慌てて駆け寄ろうとしたら既にオーナーが地面に倒れ込む前にその体を支えていた。
「……っと。アッブナーイ、セーフ♪」
「六架……ッ!な、どうしたんだよ!」
「ん……那由多?……また、頭痛くて、お前のとこきたらマシになるかな……って、ははッ、情けねぇ」
六架はオーナーの腕の中で弱々しい表情だった。この儚げな表情に俺はどうしても弱い。
六架は元から紅い魂に取り憑かれやすい体質だ。初めて会った時も次に再開した時も〈紅魂〉が憑いていた。俺は紅い魂を〈食霊〉出来るけど、憑いているかどうかまでは判断がつかない。
紅い魂にも種類があって、さっき〈食霊〉した猫みたいに魂自体が生き物の形をして現世に紛れ込んでいるものもあれば、今六架の中にいるように人間に背後霊みたいな形で取り憑いてるものもいる。九鬼オーナーに視線を向けるといつもの開いてるか開いてないかわからない糸目だったが首を縦に振っていたので六架の中には〈紅魂〉が居ると言う事だ。
……しかーし、こっからが問題だ。俺の〈食霊〉方法は口から口、マウストゥーマウス……そう、六架にキスしなければならないんだ。何回かやってる、やってる!小汚いおっさんの〈紅魂〉にすることを考えたらかなーりマシなんだが未だ対人の〈食霊〉はやりたくない。でも、苦しそうな六架を放っては置けないし、といつの間にか頭を抱えてウンウン……唸りながら悩んでいると溜息が聞こえた。九鬼オーナーだ。また、無理矢理キスさせられる……!と思ったらどうやら違うようだ。
「エネルギー効率良さそうだから貰っといてあげるヨ」
そう言って、九鬼オーナーは脈を測る振りをして六架の手の甲に唇を寄せた。
オーナーから漏れる気配に俺の背筋が総毛立つ。鋭い視線の奥のシルバーの瞳がギラついていて不快感に息が詰まった。パンっと弾けるような小さな音ともに夕日を朱く反射する水滴がいくつも空中に浮遊する。幻想的な光景に視線を奪われていると、水晶のような水の粒は六架の視線に入る事なく跡形も無く消えていった。「吃饱了」とオーナーから小さく聞こえたので〈食霊〉が終わったのだろう。俺は〈食霊〉しても何もアクションは起きない。だけど他のメンバーは〈食霊〉して魂をエネルギーとして抽出する時に各自異なったアクションが起きる。全員個性的で、俺から見てる分にはかっこいいと思う。むしろなんで俺だけアクションが起きないのかと恨めしくも思うけど、アクションがあるとバレないように〈食霊〉するのは大変らしい。
「あれ……、体軽くなった。え?なんで?すげーじゃん那由多。やっぱお前超能力者とかだろ?」
「は?違うってたまたまだし……!」
「なゆゆ、すっごーい顔見ただけで元気でる~♪」
「ちょ!オーナー!悪ノリしないで下さい!!」
「え~。でもまだ顔色悪いし、なゆゆ部屋で休ませてあげたら?」
「……へ?」
「ボク残りの片付けやっとくカラ♪」
そう言って、九鬼オーナーはエプロンを結び直しながら看板の片付けをして店内に戻って行ってしまった。確かにこのまま帰ってもらうのはかなり心配だった。だけど基本人見知りの俺は他人を部屋にあげるのは物凄く緊張する。顔まで強張っていたのか六架が申し訳なさそうにへにゃっと笑った。
「あー……いいぜ?もう大丈夫だって」
「え……でも……」
「それに俺帰るとこねーから泊めてくるとこ探さねぇといけねぇし」
「え?」
「あれ、行ってなかったけ?俺家って無いんだよねー。職場も転々とするし、大体友達の家かセフレつくってその子家かなんだけど、さっき本命出来たとかで追い出されてさ。今から泊めてくれるとこ探す予定ー」
「そ、そんなの聞いたら余計、帰れって言えないだろ……」
「大丈夫、大丈夫~。最悪あてはあるし、どーにかなるって」
「ぅうう……3日、3日だけ置いてやるからその間にどうにかしろよな!」
「え?ラッキ~。相変わらず優しいな那由多」
「仕方なくだつーの……!てかどっか部屋契約出来ないのかよ?」
「んー……色々面倒でさ。ほら、そもそも職業があれじゃん」
「あ……」
そうだった。六架は違法カジノのディーラーである。そもそもその職業が限りなくブラックなものなので部屋を借りるとなると難しいんだろう。そんな仕事辞めて別の仕事探せと言えるほど深い仲では無いし、無責任に頑張れとも言えないし結局無言で専用のエレベーターで自室に向かった。
全てオートロックで指紋や虹彩認証を採用している建物なので六架からの視線が気になる。
「前も思ったけどよ。ここのオーナーマジで何もんなんだよ」
「九鬼オーナー?あんま詳しくしらねぇーけどきれいな金じゃないかも……?」
「なんだよ、それ。他のメンバーもここに住んでんのかよ?」
「キャストは住み込みだからここの階に居るぜ。オーナーは最上階、マスターは一つ下の階だったはず」
「まー、確かにここのメンバー美形揃いだもんな、囲う価値あるわな」
「俺を除いてだろ……」
「ぷっは、せっかく言ってなかったのに」
「言われなくても分かってるつーの。ま、俺がここに居るのはマスターとの高校からの腐れ縁だろうけど、大学から近いし三食飯つきだからラッキーって思うことにしてる。バイトも……悪くねぇしな」
「俺は那由多はいるべくしてここにいる、と思うけどな。お邪魔しまーす」
六架の言葉は完全にお世辞だろう。本当は喫茶【シロフクロウ】のメンバーは全員が異能の持ち主なのでここに集まっているのだがそんなこと一般人の六架には言えないし、オーナーの本業はチャイニーズマフィアなのだがそれも言っていいかどうかも定かでは無いので黙っていた。
虹彩認証で部屋の扉を開けると散らかっているソファーを片付ける。取り敢えず座れるようになったら六架に譲って晩飯をどうするか悩んでいたら部屋にノック音が響いた。
「那由多いる~?」
「巽」
「おつかれ。あれ、制服のまま?あ、六架さん……?」
「あー、色々あってよ。暫くここに居ることになった」
「すんません、邪魔してまーす」
「お久しぶりです。ならご飯どうする?持ってこようか?下降りる?」
「んー……、降りる」
「なら先に行って用意してるね。六架さんもどうぞ」
「それじゃお言葉に甘えてお邪魔しまーす」
巽はお節介なので何か言ってくるかと思ったけど特に何もなかった。それどころか六架の飯の準備までしてくれて、共同スペースで食べたので他のメンバーも混ざって、色々話してあっという間にその日が終わった。六架は客商売をしているだけあって他のメンバーとも打ち解けるのがはやかった。この時間から仕事の時もあるらしいけど今日は非番らしく俺の部屋に戻ってソファーで寝てもらった。
喫茶【シロフクロウ】には客間とかもたくさんあるんだけど俺の身分では流石にそこを借したりとかは出来ないのが心苦しい。俺はモーニングの仕事を入れていたので翌朝はさっさと起きて、六架を起こさないようにバイトに出た。六架には認証の代わりになるカードキーを渡しておいたので問題は無いと思う。
モーニングの仕事が終わったらそのまま大学に向かう。いつも通り講義を受けて、一般教養は他のキャストと受けて、昼飯も巽と一緒に食ったりと結局は喫茶【シロフクロウ】のメンバーと過ごしている俺にとって六架はかなり新鮮な存在である。
あの後、体調の変化がないか気にはしたけど特に何も変化は無くてホッとした。講義が終わってまた喫茶【シロフクロウ】のバイトをして、部屋に戻ったけど六架の姿は無かった。
〝仕事行ってくる。
俺のアドレス登録しといてよ。
xxxxxxxxxx〟
そんな置き手紙があって、登録してメッセージを送って、2日経ったけど返事が返ってこないどころか既読すらつかなかった。
確かにそんなに仲がいいわけじゃない。まだ三回しか会ってないし、込み入った話もしてないし?でも、俺的にはもうダチだと思ってたのに六架はそうじゃ無かったのかと思ったら少しだけ腹立たしくて、……虚しかった。
でも、連絡先もわからないのでどうすることも出来なくて大学からの帰り道で溜息を吐いた。
今日は喫茶【シロフクロウ】の定休日なのでそのまま自室に戻って虹彩認証で部屋の扉を開けるときも、六架の事が頭に浮かぶ。そういえばカードキーも返して貰ってないな、と考えながら扉を開くとむわぁっっと白い煙とニコチンのにおいが溢れ出てきた。
「あ。那由多おかえりー」
そこには前回と何も変わらない六架が居た。
「へ……?あ……?お前出て行ったんじゃなかったのかよ?」
「え?仕事って置き手紙してただろ?携帯電波届かないとこだったからさ。返事はさっき送ったけど?」
「え!?……ほんとだ気づかなかった」
「なになに~俺が居なくて寂しかった?」
「だ、誰がだよ!つーかここでタバコ吸うなよな!せめて換気扇の下!!」
「へいへーい」
パーカーに緩いズボンを履いて完全にソファーでくつろいで居た。
しかも窓を閉めたままタバコを吹かして、部屋中煙で真っ白だった。灰皿なんて俺の部屋には無かったのに持ち込まれているし、なんか、六架の荷物が部屋の至る所に置いてあった。完全に居座る気である相手に物申してやろうと思ったところでいろんなところに貼られたり、撒かれたりしている包帯に目が入った。
「あれ、そんな傷あったか?」
「あー。これ?今回の客ハズレだったんだよねー。羽振は良かったんだけどな、失敗失敗」
「え……仕事って」
「あれ、言ってなかったっけ?俺、ディーラーの他にウリの仕事もしてんだよ。ホストみたいなこともしてっけど」
「え?それって危ないんじゃ……」
「んー。まー、でも生きていけねぇしな。金欲しいし」
「でも」
「はいはーい。お説教はそれくらいにして、なんか食おうぜ。俺腹減ってんだよねー。喫茶店で食おうと思ったら今日は定休日なんだろ?」
「そうだ……けど」
衝撃的な内容に頭がついていかなかったけど六架はそれ以上立ち入って欲しくなさそうだった。苦笑いを浮かべられるとどうしてもそれ以上踏み込めずに仕方なく、言いたいことを飲み込んだ。
他の相手なら気にならないのにどうしても六架だけは気になってしまう。モヤモヤして自室の冷蔵庫を開けてみたが勿論食べれそうなものは無かった。今日は他のキャストも居ないし、頼みの巽も実家の居酒屋を手伝いに帰っているので不在だ。となると、外で食べることになるんだが俺は今金欠だ。仕方なく共同スペースならなにかレトルトがあるだろうと二人で四階に降りることにした。
「外でもいいぜ?金入ったから、俺奢るし」
「その金で部屋探せよな」
「それは無理かなー。借りても帰れねぇ日も多いから勿体無いんだよね」
「屁理屈だろそれ」
「ま、そうかもしれないけど。……一人って好きじゃねーんだよな」
まただ。
エレベータで見た六架の横顔はとても繊細で、今にも崩れそうなほど危うい雰囲気だった。どうしてもこの顔をされると俺は弱い。その後は気まずい空気のまま四階の共同スペースについた。かなり広いLDKの部屋に入ると、マスターが居た。マスターは棚の片付けを辞めて俺たちに向かっていつも通りの優しい笑みを浮かべた。
「お疲れ様です、那由多くん、それに六架さんどうかしましたか?」
「あ、いや、……腹が減って」
「僕でよければ何か作りますよ。冷蔵庫に食材が余ってたので色々下処理をしていたところです」
「え!でも、折角の休みなのに」
「片付けていたのでちょうど良かったです。良かったら先にお風呂入ってきて下さい、その間に作りますね。六架さんもどうぞごゆっくり」
「あ。はい。お言葉に甘えさせてもらいます」
神功マスターは喫茶店が休みなので制服のベストは着ていなかったが喫茶【シロフクロウ】の指定の黒いハイネック姿だった。いつも通り髪は三つ編みに結われていて、休みを感じさせないほどテキパキと動いていた。容姿も性格も全てが完璧でこれ以上素晴らしい人はこの世には居ないと思う。
言われるがままに六架と一緒に浴室へ向かった。後から考えると別々に入っても良かったんだけど男同士だし、ここの風呂は広いので小柄な俺たちなら問題が無いと考え直して浴室へと入った。六架が脱衣所で包帯を外している間に頭を体を洗って湯船に浸かる。すると六架が入ってきたんだけど、その体はいろんな痕が生々しく刻まれていて一緒に入ったことを後悔した。ミミズ腫れもあるし、キスマークもあるし、色んな妄想しか膨らまなくて俺は早々に風呂から上がった。
「先上がるぜ」
「はーい」
六架にとっては普通の事なのかなんてない返事を背後に聞きいてから浴室を後にした。ルームウェアに着替えて共同スペースのリビングに戻ると既に机にはさまざまな料理が並びはじめていた。高級ホテル並みの盛り付けに感嘆の息を吐いているとマスターがキッチンから更に料理を運んできていた。
「おや。早かったですね。すいません、まだ半分程しか出来てなくて」
「いえ。十分デス……ッ!と、いうか絶対食べきれないです」
「他の皆さんも返ってきたら食べるでしょうし、僕もたまには凝った料理を作らなければ腕が鈍りますしね」
「え。でもマスター厨房も出来ますよね。モーニングだって」
「喫茶店業務とはまた少し違いますかね。応用は効くのですが」
「そ、そんなもんなんですか?」
「そうですね。それよりも……六架さんまた、紅い魂が憑いてますね」
「え!?九鬼オーナーがこの前〈食霊〉していたのにですか……!?」
「僕もそう聞きましたし、確かに九鬼は〈食霊〉したみたいでしたが……」
「う……なんで六架にだけ……、どれくらい憑いてるんですか?」
「個体数はそれ程。しかし、強い思念も感じますね、よければ見れるようにしましょうか?」
「え!?出来るんですか?」
「出来ますよ。催眠術を掛けるのと同じ原理なので僕の瞳を見ててくださいね」
神功マスターの能力は〝精神〟と呼ばれるものだそうだ。いつもよく使っているのは幻術。思い通りの世界を相手に見せることが出来る能力だ。
俺と真っ直ぐに視線を合わせたマスターが軽く首を振った。両耳に嵌めている非対称のピアスが揺れて、俺の視線がその優雅な動き奪われる。流れるように視線が動く最中、マスターの緋色の瞳が更に赤く揺らめいて直ぐに元のイロへと戻った。
「これで大丈夫です」
「へ?何も変わってませんよ!?」
「ちゃんと変わってますよ……ほら、六架さんが来ましたよ」
俺自体に特に変化は無かったがマスターに言われるがままドライヤーの音が立つ脱衣所を覗き込んだ。
すると、そこには見たことがない光景が広がっていた。
六架に色んなものが絡みついている。
人の手であったり、動物だったり、植物の蔦であったり、────女の人そのものだったり。六架はいろんなものに縛られていた。
きっとこれがマスターがいつも見ている世界なんだろう。ゴクリと大きく喉を動かすと六架の後ろから抱き締めるようにくっついている女性の紅い魂《あかいたましい》が俺を見て柔和に笑った。そして思わず開きそうになった口をマスターが塞ぐ。
「気をつけてください、君は喋りかけると紅い魂《あかいたましい》を実体化させる力があるので。既に人に取り憑いているので形状がかわったりしないと思いますが」
「す、すいません……ッ」
「あと、君が見たいと思ったときしか見えませんので普段はいつも通りに過ごせると思います。効果も数週間で切れるのでまた必要なら言ってくださいね」
「はい。わかりました」
「あ、後……〈食霊〉なんですが」
「え?あ、はい」
そこまで言うとマスターは少し悩ましげに視線を眇めた。口角が上がっているので柔らかな表情のままだが言いにくそうにしている様子に俺は首を傾げる。
そして、もう一度六架へとマスターは視線を向けた。
紅い魂《あかいたましい》は強いものは独自で実体化しているものもあるが基本は一般人には見えない。俺も見えないんだけど、俺が紅い魂《あかいたましい》にアクションを起こすと実体化して全員が見えるようになってしまうらしい。
マスターが俺に視線を流してから六架へと向かった。
「キーポイントには、必ずしも触れる必要は無いのは知ってますか?」
初 耳 で す け ど !!
え?どう言うこと?食霊《しょくれい》 ってキーポイントに口を触れさせてエネルギー吸い出すんですよね!マスターそう言ってませんでしたか……!?
そんな俺の心の声を知ってか知らずか、マスターは上半身裸の六架へと新しいタオルとバスローブを持って向かって行った。
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