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濡れたお前に欲情してる③

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【天夜巽】

濡れた寝間着は洗濯機にいれ、那由多のも一緒に回してしまう。
予備のパジャマが備え付けられているクローゼットから出すとそれに着替えていく。
俺と那由多を仕切る扉越しに座ると那由多へと話しかけた。

「まず、チューリップの花言葉が“名声”“思いやり”“愛の告白”だね。
その中でも、チューリップは色によって言葉が変わるみたい。
赤いチューリップの花言葉の中には“永遠の愛”があるから、これかなー?
白いチューリップの花言葉にも、諸説あるけど、…きっと、“許してください”……かな?」

「へー。花言葉って奥が深いんだな。」

いつものように聞いているのか聞いていないのか分からない返答が返ってくる。
室内にはシャワーの音が響き渡り、俺の喉の渇きがひどくなっていく。
視線を上げると、調度脱衣所の鏡に湯気には包まれているものの濡れた那由多の背中が映った。
その時何かが自分の中で弾けるのを感じた。
俺の我慢は限界を迎え、飢えた一面が全面に出てくる。
でも、流石に今、事に及んでしまえば、どうなるかはわかっている。
収まらない熱を無理に収めるために眉を寄せながら下着の中から自分の性器を引き摺り出した。

いつもは、スマートフォンの中の那由多をおかずにしているのだが、今日はそれもいらない。
目の前に鏡越しではあるがホンモノの那由多がいる。
俺は左手で自分の既に熱を持ち始めている竿の部分を根本から握りしめた。
熱いソコが外気に触れて冷まされるような感覚は心地よい。
右手で、スマートフォンの那由多を探すために、左手ですることに慣れてしまった俺の手を、血液を集中させるように上下に浅黒い皮膚を動かす。

「つーか、巽はこわくねーのかよ」

「んー……、オバケって言うよりはエネルギー、て、感じだからかな。こわくないよー?」

不意に那由多から質問が投げかけられ、ビクリと体が揺れる。
那由多の声に身体は更に欲情し、気分も高揚していくのだが、それを悟られないように細心の注意を払い返答する。
所々シャワーの音が止み、俺は鏡越しに那由多を盗み見る。
大学で離れてから、いやもう少し前から視界に収めていない四肢を脳裏に焼き付けていく。

濡れた肌。
那由多は余り外に出ず、ゲームばかりしてるので白くハリがある。
昔から変わらない、いや、それでも俺の記憶の中にあるよりも少し体つきも変わったし、ホクロ、痣も増えているかもしれない。
舐めるように湯気の中を見透かすように視線を眇め、手の中の性器を擦り上げていく。
堪らない、止まらない。
完全に熱を持った自身は左手ばかりで自慰をするからだろうか、少し左側に癖づいていて、亀頭の先走りを捏ねるようにして皮越しに擦る。


俺が那由多をおかずにすることには全く罪悪感がない。
だって那由多が悪いんだから。
俺をこんな思いにさせている那由多が悪い。
それでも手に入らない那由多が悪い。
俺は那由多以外いらないのに、那由多はそうじゃないみたいだ。
この気持ちを昔、那由多には伝えた事があるが、すごく歪〈いびつ〉に伝わってしまった。
ただ、那由多はその時の記憶を喪ってしまっている。
今、俺と那由多にある関係は、“昔からの幼馴染”と、言う関係だけだ。
もう一度やり直すことはできるのだろうか。
俺にはチャンスが与えられたのだろうか。

シャワーの音が止むと、浴槽へと足をすすめる那由多が鏡へと映る。
肌を飾り付ける水飛沫が美しい、火照った頬に火傷しそうだ。
まだ、バレてはいけないこの想いを隠しきれず愉悦に表情が歪む。

「────────っ」

「たつみー?いるー?」

「ちゃんと、いるよー…。」

那由多が俺の存在を確認するかのように声をかけてきた。
ちゃんといる。
ずっと居る。
永遠に居る。
一時も那由多から、離れたくない、那由多しかいらない。
後は那由多が俺を求めてくれるのを待つだけ。
それは今じゃない。
今焦ったら、また、同じあやまちを繰り返すことになる。


那由多への衝動を抑えるために、キツく先端に親指の爪を立てる。
ドロリと、欲望の膿が鈴口から溢れると伝い落ちて、左手を汚していく。
鏡越しに映る、あの小さくて控えめな口に俺の欲望を突き入れたくて仕方ない。
自然に速まった手の動きに、意識を集中させていく。
浴室には小さな鼻歌が響き渡り、俺の口角は自然と歪んだ。
那由多その表情を、快楽に歪め、快楽に溺れさせたくて仕方がない。
《食霊ーしょくれいー》にセックスは付き物だ。
《紅い魂》を取り入れると何故か体が疼く。

ペロリと浅い息で乾いた唇を舐めると、俺の口角は知らずに上がっていた。
まだ、待て。
もう少し待て。
必ず那由多を喰うため。
必ず那由多を手に入れるため。

「は…………………っ、……………ん」

那由多の鼻歌にかき消される程小さく愉悦にまみれた呼吸を落とした。
止まることなく左手は血管の浮き出た性器をしごきあげ、左へと引っ張る。

「那由多ぁー、俺には、何色のチューリップが、…似合いそう?」

「んー。巽だろ?やっぱ、黄色ー」

那由多の声が俺の方を向いている。
那由多のやる気がなく控えめな透き通った声。
俺に向けて落とされる………っ声。

限界が訪れるとペニスは音もなく爆ぜた。
服が汚れないように床にポトポトと白濁色の液体を零す。
いつも那由多の事を考えながらする自慰は気持ちが良いが。
今日は殊更気持ちいい、最高だ。

少しぼんやりする思考をやり過ごしながら肩呼吸に変わっている息遣いを直していく。
不意に画面を見ると先程検索した画面のままで、黄色いチューリップの花言葉が目に入り、酷くドス黒く、深くまで落ちてしまいそうな感情に俺の口角は歪んだ。

黄色いチューリップの、花言葉は『正直』
しかし、裏のネガティブな花言葉も存在する色だった。

諸説ある内容から俺の目に止まったのはーーーーーーーーーーー。

『望みのない恋』

ホントに那由多は酷い。
何も意図せずにこうやって俺の心を切り刻んでいく。
酷く冷めた心がまた冷えていく。
身体は火照るばかりなのに、心はもうついてこない。
熱の収まった性器をズボンの中に仕舞うとこの欲望もひとまず閉まった。
ティッシュで床を拭き取ると、ゴミ箱に捨て。
俺は隔てていた透明な扉を開く。



「那由多ー?そろそろ上がらないとのぼせるよー。」

「ヘーイ、てか、開けんなって、わかったからっ!」

いつもの調子の声、いつも通りを装いながら那由多に声をかけて迫っていくと脱衣所から追い出される結末となる。
次は脱衣所の扉を背中に、先程同様那由多と会話を続ける。
今はまだこれでいい。
直ぐに手に入れる、今度こそ、失敗はしない。





End
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