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過去編(高校生)

赤ずきん①

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【千星 那由多】


ああ、腹が減った。
最近まともな食事にありつけていない。
そもそも俺に人を襲うなんてコトは無理なのかもしれない。
群れの奴等にもそんな甘さで見捨てられ、ここ数日体力も無くなってきている。

俺は狼だ。
主食は動物の肉。特に人肉は最高の食事と言われている。
けど、生まれてこの方仲間に分けてもらうくらいしか食したことがない。

森の中で自分の空腹をごまかすように木の実をかじりながら、木にもたれ掛かって辺りをぼんやりと眺めていた。 
こんな森の奥、動物はいても人が通ることなんて滅多にない。
それに、もし出会ったとしても、俺には襲うことなんてできないだろう。
深くため息を吐きながら落ち込んでいると、木々の隙間から赤い何かが動いたのがわかった。

「…?」 

目を凝らすとそこには赤い頭巾をかぶった人間が歩いているのが見えた。
俺は本能と共に全身が脈動するのがわかった。


……飯だ!!!


ごくりと喉を鳴らし、目を見開きながら彼の後を追う様にゆっくりと近づいていく。
木の陰から間近で見ると、その赤い頭巾を被っているのは、金髪で片目が隠れている顔立ちの整った少年だった。
気だるそうな表情さえ美しく、思わず俺は飯だと言うことも忘れて見とれてしまっていた。 


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【日当瀬 晴生】


夏岡お母さんに天夜おばあさんのところにお使いを頼まれた。
本当は天夜おばあさんは気に食わなくて、好きじゃねぇンだけど。
夏岡お母さんの頼みは断れない。

お母さんが、俺にいつものように赤い頭巾を被せてくれる。
俺はこの瞬間がとても幸せだ。

バスケットにリンゴとパンとワインをいれて森へと繰り出す。
森には悪いオオカミが居るから気をつけてとお母さんは言っていたが大丈夫だ。
オオカミなんていざとなったら俺の空気砲で撃ち殺してやる。
そんなことを考えていたら目の前にオオカミが現れた。
しかも、ぼさっと突っ立ったまま俺を見つめてやがる。


「でやがったな!オオカミめ!!撃ち殺してやる!!!」 


そう思って、俺専用の銃を構えた瞬間に、ギュルルルルルルル――。と、なんとも奇妙な音が辺り一帯に響き渡った。 


え。なんだよ、今の腹の音。
もしかして、こいつの腹の音…?
つーか、こいつすげぇ弱そう。
しかも、オオカミの癖に優しそうな顔してんな。
もしかして、犬とかかな…?

「お前…もしかして、腹減ってんのか?」 


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【千星 那由多】


やばい、バレた!
覗いているのが赤頭巾にバレると、逃げ出そうかと思ったが、彼はすぐさま俺へと銃を向けた。

「うわああちょっ!たんまたんま!!!」

その制止の声と共に、俺の腹が情けない音を立てて辺りに響き渡った。
…は、恥ずかしい…。

俯きながら地面にへたり込んでいると、赤頭巾が声をかけてきた。

「う、うん…最近あんまり…食べれてなくって…」

おずおずと困ったように笑うと、赤頭巾は銃を元へ戻し、俺へとりんごをひとつ投げつけてきた。
それを両手でキャッチすると、「やる」と言った表情で俺を見ている。

「あ、ありがとう…」

正直りんごなんかじゃ腹は膨れなかったが、木の実よりマシだ。
それに必死で噛り付きながら、赤頭巾へと視線を戻す。

やっぱり、人間はおいしそうだ。
白い肌に牙をたて、その肉を頬張りたい。
骨まですべてしゃぶりつくしたい。
俺の本能は確かにそう言っている。

だけど…そんなことできっこなかった。
仮にこいつに襲い掛かったとしても、さっきの銃で殺されてしまうのがオチだろう。
自然と流れ出るよだれをふき取りながらリンゴを全て食べきった。

「……おまえ、こんなとこで何してたの?
森で一人だと、俺の仲間に食われるぞ」

こんなことオオカミが言う言葉ではないだろう。
だけど、リンゴをくれたお礼と言っちゃなんだが、思わずお節介を焼いてしまった。 


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【日当瀬 晴生】


なんだこのオオカミみたいな物体は…。
渡したリンゴも食べちまった。
リンゴを食うオオカミなんて初めて見た。

しかもすげぇ弱い。
オオカミはもう少し、いや、もっと強かった気がする。
なんだか気が抜けた俺は溜息混じりに息を吐き、またおばあさん家までの道を進もうとしたがあちらから声が掛った。 

「俺?俺は森の奥の天夜おばあさん家に仕方なくおつかいだ。
本当は行きたくねぇンだけどな。
オオカミなんかに食われねぇよ。俺、強しな。
つーか、お前こそ、こんなとこで何してんだよ。」

ずれた赤頭巾を一度取ると金髪の髪が靡く、それからまた被り直すと小さく首を傾げた。
オオカミにこんなこと聞くなんてどうかしてると思ったがなぜだか放って置けなかった。 


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【千星 那由多】


確かに彼は強そうだ。
オオカミの一匹や二匹倒すなんて容易いだろう。
でも、俺は仲間達のオオカミの事を考えるとゾッとした。

女子供も容赦せず無残に食い殺していく。
それが俺達オオカミだ。
全員でかかれば小さい村ひとつ潰すことだって容易い。
だけど、俺はそんな自分達の本能や習性があまり好きではなかった。
そんなことを考えていると、彼に質問をされた。

「あ…えーと……」

おまえを食べようと思ってたなんて言える訳がない俺は、言葉を詰まらせながら思考を巡らせていると、あることを思い出した。 

「…そっちの道には俺達の仲間がいるんだ。
危ないから遠回りしておばあさんの家に向かった方がいいよ。
俺、抜け道案内するし!」

そう言った俺は無理矢理赤頭巾の腕を引いて別の道へと歩みを進める。
赤頭巾の向かおうとしていた方向には仲間達のアジトがあるのは事実だった。
さすがに彼一人でもあの大人数の仲間とやりあうのは生死を彷徨うことになるだろう。

赤頭巾は何も言わずにおとなしくついてきていた。
疑っているんだろうか?
無言のまま彼の腕を引っ張っていると、人間の身体に触れていることにより本能がうっかり現れそうになるので、俺は慌てて口を開いた。 

「お…俺、オオカミだけど、人間食い殺せないんだ。だから安心して。」

俺はそのまま振り返らずに一気に言葉を続けた。

「ちっさい頃あんたみたいな金髪の人間の子と仲良くなっちゃってさ…。
結局それが仲間にバレて、俺なにも出来ないままその子食べられちゃって。
だから…リンゴ分けてくれたあんたにはそんな運命辿ってほしくないな、と思って」

つらつらと無言の空間を壊すように意味のないことまで喋ってしまった。
初対面の彼にこんなことを話してしまったのは、あの時の子と彼が少し似ていたからだ。
もう二度と優しい人間をあんな目には合わせたくない。

抜け道へと進んでいく足が心なしか速くなっていった。 


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【日当瀬 晴生】


オオカミに付いて行くなんて俺もどうにかしてる。
でも、彼の言っている言葉は嘘だと思えなかったので、俺は後を付いて行った。

不意に彼は、昔の話をした。
俺と同じ金髪の少年の話を。


「それ……俺の兄貴……」


そう、それは俺の兄貴だった。
小さいころ俺は兄貴からオオカミの話ばかりを聞いていた。
それはとても楽しそうで俺もはやく森に行ってみたいと思った位だ。
それが、彼だったのだ。

兄貴はある日突然帰って来なかった。
そう、彼の言う通りオオカミに食い殺されたのだ。

「そっか。貴方に食い殺された訳じゃなかったんですね。」

どうやら彼は最後まで兄の味方だったようだ。
なんだか、それを聞くと少しホッとした。
兄は無念にも友達に食い殺されていたと思ったからだ。

それから抜け道を歩いていると、不意に視界に薬草が入る。
しかも、中々お目にかかれない高価なものだ。

「な!!……すげぇ!生えてるの初めて見た。
これ、ここに生えてたの知ってたんですか?」

思わず俺は、その薬草に食い付いた。
その茂みに駆け寄り徐に腰を下ろす。 


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【千星 那由多】


どうやらあの時の子は赤頭巾の兄貴だったみたいだ。
妙な出会いに俺は胸が騒いでしまう。
申し訳ないような、嬉しいような、複雑な気持ちだった。

俺に食い殺されたわけじゃないと言った赤頭巾の言葉に、胸がきゅっとなる。
謝るべきかと思ったが、うまく言葉が出てこなかった。
なぜか彼は実の兄貴と友人だったことに気を許したのか、言葉遣いが急に柔らかくなった。
人間に敬語を使われるのは、少し、こそばゆい。

抜け道を歩いていくと薬草が生えた草原へと辿りついた。
赤頭巾は俺の手を離れ、珍しい薬草に食いつくように反応すると、嬉しそうにこちらを振り返った。

「それ珍しいんだ?
たまに生えてるの見かけるけど…」

俺は夢中になって薬草を摘んでいる赤頭巾の横へと座り込んで彼を眺めた。
頭巾が後ろに下がったのにも気づかず、白い首筋が露出する。

また本能が疼いた。


肉にありつけ。
食い殺せ。
今すぐ、首筋に牙を立てろ。


震える体を拳を握って抑え付ける。

やはり空腹すぎると自我がうまく保てない。
結局俺も獣なのだ。

「……」

朦朧とする意識の中、彼の頬へと手を伸ばし、そのまま一気に首筋へ顔を埋めた。


「オオカミさん?」


歯を立てた瞬間、彼の声でハッとなった俺はごまかすように首筋に舌を這わす。
人間の味がする…。

「…っごめん、俺、本能で、おまえを…食べたくなって…」

声を震わせながら何度も何度も首筋を舐め回した。 


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