珈琲の匂いのする想い出

雪水

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俺なんかでいいんですか(光輝視点)

双葉くんと言う少年

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俺はある冬の夜、近所に住む少年双葉くんに出会った。

風のうわさで中学受験をするというのは聞いたことがあったのでその話を聞いてみることにした。


結構話し込んでしまったらしくそろそろ帰らないと、という双葉くんを1人で帰らせるわけにもいかず家まで送っていくことにした。

双葉くんが家に帰りドアが閉まりかけた瞬間に俺は

「ゆっくり休むことも大事だからな!」

と言っていた。

いや決して考えなしにいってしまったわけではなく、受験生の体調管理は大事だよな、とか無理してたらダメだなとか思ったのも事実だけど本当はまた喋りかけても良いように最後の最後で印象を残そうとしたんだよ。

このままで君とお別れは少し寂しい感じがしたから。

でも杞憂だった。

俺の仕事が終わってあの日、出会った場所を通りがかる時間と君が塾終わりあの道を通る時間は寸分の狂いもなく毎日同じように重なっていた。

それからというもの何回も会話を重ねながらちょくちょく人生の先輩として軽く助言をしたり、あるいは君から最近の流行について教えてもらったり。

とても短いけど楽しい時間を過ごしている。

たまに、といっても2.3日に1回程度の頻度で君はとても欲情しているように見えた。

表情は素晴らしく明るいんだけどなんて言えば良いんだろう、表情の奥底、それのさらに奥に鈍く光ってる何かがあるような気がした。

例えるなら獲物を狙うときの獣の目のようなギラついた感じの鈍い光。

だけどその視線を向けられるのが嫌ではない自分に気づいたとき、多少動揺した。

そんな動揺をねじ伏せようとしながらもたまに見せるあの感じが次第に頭から離れなくなっていった。

頭の中が君に染まり始めた。


ある日、いつもと同じように喋っているとふいに君が言う。

「最近ずっと学校から塾直行してるんだけどさ」

「うん、ってご飯はどうしてるの?まさか抜いてないよね?」

「底は大丈夫、お母さんが持たせてくれてるよ。」

「なら良かった。おっと悪い、話続けてくれ。」

「それでさ、学校終わった後から塾始まるまで1時間半くらいあるんだよね。その間暇だから学校の図書館で時間つぶしてるんだけどなんかいい時間の潰し方ない?」

「うーん、そうだなぁ」

なんてもっともらしく唸ってみたが実際のところ頭の中はどうやってその時間も俺に会いに来てもらおうと模索中である。

そんな俺はひらめきました。

俺がその空き時間で勉強教えればいいじゃん。

俺が務めている会社はテレワーク完全対応型の会社だったのでたまにある会議の日以外は出勤しなくても仕事ができてしまうのだ。

といってもやっぱり会社にいるほうがクオリティの高い仕事はできるんだけどね、家のパソコンと会社のパソコン比べたら冗談抜きにスイカとメロンくらいの差がある。

...あんま面白くないしわかりにくいな。

まぁそれは良い、そんなことより問題はニヤけたまま固まっているであろう俺を双葉くんがどう見ているかなんだが...

「ね、光輝さん。」

「んっ、あぁごめん何?」

「なにかいい案ない?」

「そうだなぁ、双葉さえ良ければその空き時間俺の家おいでよ。勉強教えるくらいならできるよ?」

「まじ!?やった、行く行く!」

こんなに喜んでくれるとは思わなかった。

「この前の煮物のお返しと少しでも双葉くんの模試の結果が良くなるようにっていう意味も込めてるんだから双葉くんは何も気にせずどんどん質問してくれていいからね?」

「そう煮物!あれどうだった?お母さんはちょっと甘すぎたかもって言ってたけど...」

「え、そう?めっちゃ美味しかったけど。」

「なら良かった。じゃあ勉強の件、お母さんに相談しときますね。」

うなずきかけて煮物のお礼もあるし、と考えを改める。

「いや、煮物のお礼も持ってきてるしついでに俺から言うよ。」

「そう?」

「うん、じゃ行こっか。」


「ただいまー」

「遅い時間に失礼します。」

「あら、光輝さん。どうされました?」

「この前の煮物のお返しをと思いまして...」

すごすごと差し出したのは光輝さんが作ったであろうクッキーだった。

「あら、クッキー?ご自分で作られたんですか?」

「はい、一応料理は趣味程度にしているので。」

「すごいわね~、双葉もちょっとでも料理できるようになったら?」

「僕には出来ないんだよ、料理とかスイーツ作ったりするの。」

「お話が変わるんですが、」

光輝さんがそう切り出した。

「双葉くんが学校と塾の間の時間がもったいないって思うようで、その時間を使って俺が勉強を教えようと思うんですがどうでしょうか。」

「あらあら、双葉がそうしたいなら良いんですけど光輝さんのお仕事の都合は?」

「うちテレワーク対応してるんで大丈夫です。」

「ご迷惑じゃないかしら、」

「こう見えてそこそこの大学をストレートで卒業しているので頭は悪くないですよ!迷惑でもないのでお任せください!」

「そこまで言っていただけるならお願いしようかしら、双葉、ちゃんと勉強するのよ?」

「わかってるよ、ありがとう光輝さん!」

そして時は流れた。

毎日いろいろな君の顔を見ている度に俺は君のことが気に入ってきたようだった。

実際のところ自分の感情はよくわかってない。

ペットみたい、というのが一番近い感覚かもしれない。

そして来る受験当日。

いつもならなるはずのない時間にインターホンが鳴った。

不思議に思いながらマイクに向かって声をかける。

「はい?」

すると意外な声が聞こえてきた。

「僕です、双葉です。ちょっとだけ良いですか?」

俺は玄関の鍵を開け、双葉くんに要件を聞く。

「あれ?今日受験当日じゃなかったっけ?どうしたの。」

「光輝さん、行ってきます!!」

「ふふっ、そういうことね?行ってらっしゃい、双葉くん。」

そうして駆け出していく君をしばらく眺めてからなんとなく幸福感に満たされ、仕事を休んだ。

「元気だなぁ、可愛らしい。」
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