13 / 16
きっと神様が見ている
しおりを挟むバイトを休むなんて、冬にインフルエンザにかかった時以来だ。でもいま駅のホームに立ったら、俺は「黄色い線の外側」に足を進めてしまう気がした。
そして助けを求めるように、祈がいる場所に来てしまった。
また俺は祈に寄りかかってしまう。俺の毎日にはどうしようもなく祈が必要だ。でもそれは、どうしようもなく卑怯なことかもしれなくて…
ーー私、綾人が好き
祈から告白された時、俺は震え上がった。絶対にその気持ちに答えることができないから。でも答えないと、祈が遠ざかってしまうかもしれないから。
でも祈は変わらなかった。
現にいまこうして、俺に応えようとしてくれている。俺は何一つ、祈に応えてなんか無いのに。
それは、祈の気持ちにつけこんでるだけじゃ?仮に俺のことなんかもうどうでも良くても、自分を振った男の側に居続けることなんて、しんどいんじゃないのか?
そんな思いさせるくらいならいっそ…
頭の中の靄はどんどん濃くなっていく。ただ鮮明なのは祈の顔だった。それすらもう霞んでしまうんじゃないかと思うと、怖い。
「俺、やっぱりさ…」
祈の側にいるべきじゃないのかもしれないと言おうとした。言わなきゃいけないと思った。でも言葉が詰まる。喉に鉛が突然現れたみたいだ。心なしか息も苦しい。
グルグルグル考え続けて、考えて、考えて、頭の中にはたくさんの言葉が存在するはずなのに、どれ一つとして声にならない。
怖い、情けない、でも怖い
「綾人」
靄の中で、何にも阻まれず、まっすぐにその声は届いた。
伏せていた目を上げると、祈の顔が近づいてくる。俺が引き寄せられてるのか、彼女の方から近寄ってきているのか。
やがて拳一つ分くらいの距離になる俺と祈。両頬に彼女の小さな手が添えられる。
最初に感じたのは、ジワリとした温もり。祈の手は暖かい。
次に祈はやっぱり綺麗だと思った。恋も性欲もない俺でも、造形を美しいと感じる心はある。俺はときどき、何百年も人々を魅了した名画を目にしたかのように、祈に見惚れることがある。
いっそ広義的に捉えて、これを恋ということにしてしまってはダメだろうか?
そして次に感じたのは、強烈な熱と痛みだった。
「!!?」
俺は後方に大きくのけぞった。額にはジンジンとした衝撃が残っている。何をされたのか理解できなかった。
目の前の祈もまた、額を押さえて悶えていた。
「いったー、外も中もカチコチだなあ!綾人の頭は!」
どうやら俺は、ヘッドバッドされたらしい。
ヘッドバッド?ようやく認識できた事実が、改めて信じられん。
「なんだ?どうしてそうなる?」
「いやさあ、なんか余計なこと考えてそうだから、スッキリさせてやろうと思って」
たしかに頭の中の靄は晴れた。というか吹っ飛んでいた。
「言っとくけど」
祈は俺の眼前に指を突き出した。
「私は綾人から距離を置かれたら泣くから!」
「はあ?」
「脅しじゃないからね。そんで可愛らしくシクシクとなんて泣いてやらん!獣のように吠えながら泣いてやるからな!どうだ?困るでしょ?」
「こ、困るな、それは」
「しかもあんたの教室に乗り込んで、みんなの前で胸ぐら掴みながら泣き叫ぶから、きっと驚くだろうなー、目立っちゃうだろうなー、学年中の噂になるだろうなー」
大手を広げて舞台役者のよう彼女は捲し立てる。
セリフは自分の影響力を踏まえた上での、恐ろしい脅迫だ。そして俺の胸をトンと拳で叩く。
「綾人の意見なんて聞かないから、そんなつもりなくても私が「距離を置かれた」と判断した瞬間に実行するから!」
「だから、綾人は、私を放ったらかしちゃダメだから!じゃなきゃうっかり勘違いして、綾人の学校生活をめちゃくちゃにしちゃうかもだから!」
「でも俺は、いつもお前に寄りかかってばかりで…」
「そんなのただの順番でしょ?今は綾人のターンってだけじゃん?」
「どうせそのうち私のターンが回ってくるんだから、その時に綾人が側にいなきゃダメでしょーが!」
再び頰が祈の手に挟まれる。ただし今度はガシッと掴まれる感じだ。本当に、こいつには敵わない。
「…ごめん」
「だーかーらー!」
祈は掴んだ手を話さないまま、頭だけわずかに遠ざけ…
「謝んなっての!!」
こうして俺は本日2発目のヘッドバットを食らったのだった。再び悶える俺と祈。御社殿にいる神様も流石に吹き出すんじゃないだろうか。
「いってー、えへへ」
額をさすりながら笑う祈は、あの日、俺の秘密を全て聞いたあの時と同じ顔をしていた。
本当に、鈍くて、硬くて、腹立たしいやつ。
でも悲しいかな、どこまでも可愛くて、愛おしい人。
ようやくマシになった顔色を携えて、綾人は神社から立ち去った。これからバイトに行くらしい。一回休むって連絡入れたんだから、そのまま休めばいいのに。
呆れちゃう。でも好き。
それにしても、寄りかかってばかりか…気にすんなって言っても無駄だろうな。
なら仕方ない、無理矢理にでも「私のターン」にするしかないか。
神社の鳥居を出ようとした瞬間。ゴワっとした波のような風が吹いた。
御社殿の鈴が鳴る。
ガランガランガラン
木々が揺れ、ざわめく。
ゴワゴワ、ザワザワザワ
どの音もやけに刺々しい響を帯びていた。まるで咎めてるみたいに。あながち、そうなのかも。
私は御社殿の方をそっと見つめた。向こうも私を睨んでいる気がした。もし神様が見てるなら、これから私がすることを、許すとは思えないから。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】私の婚約者(王太子)が浮気をしているようです。
百合蝶
恋愛
「何てことなの」王太子妃教育の合間も休憩中王宮の庭を散策していたら‥、婚約者であるアルフレッド様(王太子)が金の髪をふわふわとさせた可愛らしい小動物系の女性と腕を組み親しげに寄り添っていた。
「あちゃ~」と後ろから護衛のイサンが声を漏らした。
私は見ていられなかった。
悲しくてーーー悲しくて涙が止まりませんでした。
私、このまなアルフレッド様の奥様にはなれませんわ、なれても愛がありません。側室をもたれるのも嫌でございます。
ならばーーー
私、全力でアルフレッド様の恋叶えて見せますわ。
恋情を探す斜め上を行くエリエンヌ物語
ひたむきにアルフレッド様好き、エリエンヌちゃんです。
たまに更新します。
よければお読み下さりコメント頂ければ幸いです。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
【完結】婚約者と幼馴染があまりにも仲良しなので喜んで身を引きます。
天歌
恋愛
「あーーん!ダンテェ!ちょっと聞いてよっ!」
甘えた声でそう言いながら来たかと思えば、私の婚約者ダンテに寄り添うこの女性は、ダンテの幼馴染アリエラ様。
「ちょ、ちょっとアリエラ…。シャティアが見ているぞ」
ダンテはアリエラ様を軽く手で制止しつつも、私の方をチラチラと見ながら満更でも無いようだ。
「あ、シャティア様もいたんですね〜。そんな事よりもダンテッ…あのね…」
この距離で私が見えなければ医者を全力でお勧めしたい。
そして完全に2人の世界に入っていく婚約者とその幼馴染…。
いつもこうなのだ。
いつも私がダンテと過ごしていると必ずと言って良いほどアリエラ様が現れ2人の世界へ旅立たれる。
私も想い合う2人を引き離すような悪女ではありませんよ?
喜んで、身を引かせていただきます!
短編予定です。
設定緩いかもしれません。お許しください。
感想欄、返す自信が無く閉じています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる