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あくまでも幼馴染
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やっぱり、また少し痩せたな。
自室の窓の外。公園と我が家の間の道路を歩く綾人を見かけた。朝から薄々思ってたけど、あらためてそう思った。ちゃんと食べれてないんだな。
だから猫に構ってる場合じゃないってのに…
窓から見下ろす私に気づいた綾人は、軽く手を挙げた。私も小さく手を振る。
よく見ると、隣には綾人の妹もいた。でも彼女は気づいてない。いや気づかないふりかも。私はあの子にあんまり好かれてないから。
長い前髪に隠れて綾人の表情はわからない。本当はけっこう綺麗な顔立ちをしているのにな。もったいないな。でも前髪を伸ばしている理由もわかってる。それを知っているのは家族以外では私だけ。
私だけ。良い響き。
本当はもっと色々してあげたい。昼食くらいなら私が毎日用意するのに。なのに綾人はそれを嫌がる。人の負担になるのを過剰なほど気にする性格だから。自分の負担には無神経なくらい鈍いくせに。
綾人が私の負担になることなんてないのに。だって、私は綾人の一部だから。
相変わらず、でかい家だ。
ブロックが重なったような形の鉄筋コンクリートの2階建。デザイナーズハウスというやつなんだろう。ありふれた住宅街の、なんてことない公園の正面に建つには、やや場違いな建築。
窓から見下ろす祈に挨拶すると、右手がグイッと引っ張られる。
「ねえ、早くいこ」
夜の公園は暗い。その中で公衆トイレの灯だけがボウっと際立っていて、不気味だ。暗闇が苦手な妹にはおっかなすぎるんだろう。
いつの間にか握られていた手を離すことなく、スーパーまでの道を急ぐ。
思ってたより風が強い。昼間と違って撫でるような冷気を感じる。春のこういうところも苦手だ。
「はあ」
魂まで抜け出すような、重くていため息が出た。今日で何度めだろう。風に揺られた公園のブランコが、ギイギイと音を鳴らす。
すると俺の右手を握る莉子の左手が、ギュッと締まった。同時に子供の高い体温が掌を通して伝わった。
この小さな手が主張する熱は、いつも俺を繫ぎ止める。気がつくと現実から逃げそうになる俺を、なんとか踏みとどまらせている。
それが良いことなのか悪いことなのかは、正直微妙なところだ。
つい振り向いて、通り過ぎたはずの祈の家を見てしまった。彼女の部屋の窓から溢れる明かりに、不思議と励まされた。祈は、角度的に見えないけど、なんとなくまだこっちを見ている気がする。
祈は俺にとって特別で、たぶん祈にとっても俺は特別。気がつけば二人でいる。意識しなくても自然と寄り合う。小学校の頃からそうで、今に至るまで全く変わらない。それを不思議がる人は多い。
俺にも、どうしてなのかはわからない。わからないけど、気にならない。それくらい当たり前になっている。
でも、どれだけ親密であっても、どれほど心を許しあっていても、俺と祈が恋愛関係になることはこの先も絶対にない。
綾人の妹が、彼の手を引いてそそくさと行ってしまう。
あらあら、そんなに私が嫌なのかな。大好きなお兄ちゃんを取られたくないのかな。そんなに心配しないでいいのに。綾人と私はこれからも付き合わないんだから。
綾人と私はこれからも付き合わない。
自分の頭の中で生まれた言葉のはず。なのに飛んできたナイフみたいに突き刺さる。
「はあ」
今日初のため息。なんだか寒いな。
私は机から立ち上がり、ベッドの上に膝立ちで乗る。サイドにかけてあるパーカーを手にとって、羽織った。
サイズが大きすぎる紺のメンズパーカー。腕を通していない袖部分を胸に持ってくる。誰かさんの腕に、後ろから抱きしめられているみたいだ。
身を縮こませ、パーカーに包まれるような姿勢で、私はベッドに倒れこんだ。
自室の窓の外。公園と我が家の間の道路を歩く綾人を見かけた。朝から薄々思ってたけど、あらためてそう思った。ちゃんと食べれてないんだな。
だから猫に構ってる場合じゃないってのに…
窓から見下ろす私に気づいた綾人は、軽く手を挙げた。私も小さく手を振る。
よく見ると、隣には綾人の妹もいた。でも彼女は気づいてない。いや気づかないふりかも。私はあの子にあんまり好かれてないから。
長い前髪に隠れて綾人の表情はわからない。本当はけっこう綺麗な顔立ちをしているのにな。もったいないな。でも前髪を伸ばしている理由もわかってる。それを知っているのは家族以外では私だけ。
私だけ。良い響き。
本当はもっと色々してあげたい。昼食くらいなら私が毎日用意するのに。なのに綾人はそれを嫌がる。人の負担になるのを過剰なほど気にする性格だから。自分の負担には無神経なくらい鈍いくせに。
綾人が私の負担になることなんてないのに。だって、私は綾人の一部だから。
相変わらず、でかい家だ。
ブロックが重なったような形の鉄筋コンクリートの2階建。デザイナーズハウスというやつなんだろう。ありふれた住宅街の、なんてことない公園の正面に建つには、やや場違いな建築。
窓から見下ろす祈に挨拶すると、右手がグイッと引っ張られる。
「ねえ、早くいこ」
夜の公園は暗い。その中で公衆トイレの灯だけがボウっと際立っていて、不気味だ。暗闇が苦手な妹にはおっかなすぎるんだろう。
いつの間にか握られていた手を離すことなく、スーパーまでの道を急ぐ。
思ってたより風が強い。昼間と違って撫でるような冷気を感じる。春のこういうところも苦手だ。
「はあ」
魂まで抜け出すような、重くていため息が出た。今日で何度めだろう。風に揺られた公園のブランコが、ギイギイと音を鳴らす。
すると俺の右手を握る莉子の左手が、ギュッと締まった。同時に子供の高い体温が掌を通して伝わった。
この小さな手が主張する熱は、いつも俺を繫ぎ止める。気がつくと現実から逃げそうになる俺を、なんとか踏みとどまらせている。
それが良いことなのか悪いことなのかは、正直微妙なところだ。
つい振り向いて、通り過ぎたはずの祈の家を見てしまった。彼女の部屋の窓から溢れる明かりに、不思議と励まされた。祈は、角度的に見えないけど、なんとなくまだこっちを見ている気がする。
祈は俺にとって特別で、たぶん祈にとっても俺は特別。気がつけば二人でいる。意識しなくても自然と寄り合う。小学校の頃からそうで、今に至るまで全く変わらない。それを不思議がる人は多い。
俺にも、どうしてなのかはわからない。わからないけど、気にならない。それくらい当たり前になっている。
でも、どれだけ親密であっても、どれほど心を許しあっていても、俺と祈が恋愛関係になることはこの先も絶対にない。
綾人の妹が、彼の手を引いてそそくさと行ってしまう。
あらあら、そんなに私が嫌なのかな。大好きなお兄ちゃんを取られたくないのかな。そんなに心配しないでいいのに。綾人と私はこれからも付き合わないんだから。
綾人と私はこれからも付き合わない。
自分の頭の中で生まれた言葉のはず。なのに飛んできたナイフみたいに突き刺さる。
「はあ」
今日初のため息。なんだか寒いな。
私は机から立ち上がり、ベッドの上に膝立ちで乗る。サイドにかけてあるパーカーを手にとって、羽織った。
サイズが大きすぎる紺のメンズパーカー。腕を通していない袖部分を胸に持ってくる。誰かさんの腕に、後ろから抱きしめられているみたいだ。
身を縮こませ、パーカーに包まれるような姿勢で、私はベッドに倒れこんだ。
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