痛愛と狂恋

Hatton

文字の大きさ
上 下
4 / 16

あくまでも幼馴染

しおりを挟む
やっぱり、また少し痩せたな。

自室の窓の外。公園と我が家の間の道路を歩く綾人を見かけた。朝から薄々思ってたけど、あらためてそう思った。ちゃんと食べれてないんだな。

だから猫に構ってる場合じゃないってのに…

窓から見下ろす私に気づいた綾人は、軽く手を挙げた。私も小さく手を振る。

よく見ると、隣には綾人の妹もいた。でも彼女は気づいてない。いや気づかないふりかも。私はあの子にあんまり好かれてないから。

長い前髪に隠れて綾人の表情はわからない。本当はけっこう綺麗な顔立ちをしているのにな。もったいないな。でも前髪を伸ばしている理由もわかってる。それを知っているのは家族以外では私だけ。

私だけ。良い響き。

本当はもっと色々してあげたい。昼食くらいなら私が毎日用意するのに。なのに綾人はそれを嫌がる。人の負担になるのを過剰なほど気にする性格だから。自分の負担には無神経なくらい鈍いくせに。

綾人が私の負担になることなんてないのに。だって、私は綾人の一部だから。




相変わらず、でかい家だ。

ブロックが重なったような形の鉄筋コンクリートの2階建。デザイナーズハウスというやつなんだろう。ありふれた住宅街の、なんてことない公園の正面に建つには、やや場違いな建築。

窓から見下ろす祈に挨拶すると、右手がグイッと引っ張られる。

「ねえ、早くいこ」

夜の公園は暗い。その中で公衆トイレの灯だけがボウっと際立っていて、不気味だ。暗闇が苦手な妹にはおっかなすぎるんだろう。

いつの間にか握られていた手を離すことなく、スーパーまでの道を急ぐ。

思ってたより風が強い。昼間と違って撫でるような冷気を感じる。春のこういうところも苦手だ。

「はあ」

魂まで抜け出すような、重くていため息が出た。今日で何度めだろう。風に揺られた公園のブランコが、ギイギイと音を鳴らす。

すると俺の右手を握る莉子の左手が、ギュッと締まった。同時に子供の高い体温が掌を通して伝わった。

この小さな手が主張する熱は、いつも俺を繫ぎ止める。気がつくと現実から逃げそうになる俺を、なんとか踏みとどまらせている。

それが良いことなのか悪いことなのかは、正直微妙なところだ。

つい振り向いて、通り過ぎたはずの祈の家を見てしまった。彼女の部屋の窓から溢れる明かりに、不思議と励まされた。祈は、角度的に見えないけど、なんとなくまだこっちを見ている気がする。

祈は俺にとって特別で、たぶん祈にとっても俺は特別。気がつけば二人でいる。意識しなくても自然と寄り合う。小学校の頃からそうで、今に至るまで全く変わらない。それを不思議がる人は多い。

俺にも、どうしてなのかはわからない。わからないけど、気にならない。それくらい当たり前になっている。

でも、どれだけ親密であっても、どれほど心を許しあっていても、




綾人の妹が、彼の手を引いてそそくさと行ってしまう。

あらあら、そんなに私が嫌なのかな。大好きなお兄ちゃんを取られたくないのかな。そんなに心配しないでいいのに。綾人と私はこれからも付き合わないんだから。



自分の頭の中で生まれた言葉のはず。なのに飛んできたナイフみたいに突き刺さる。

「はあ」

今日初のため息。なんだか寒いな。

私は机から立ち上がり、ベッドの上に膝立ちで乗る。サイドにかけてあるパーカーを手にとって、羽織った。

サイズが大きすぎる紺のメンズパーカー。腕を通していない袖部分を胸に持ってくる。誰かさんの腕に、後ろから抱きしめられているみたいだ。

身を縮こませ、パーカーに包まれるような姿勢で、私はベッドに倒れこんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

お見合いすることになりました

詩織
恋愛
34歳で独身!親戚、周りが心配しはじめて、お見合いの話がくる。 既に結婚を諦めてた理沙。 どうせ、いい人でないんでしょ?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

大人な軍人の許嫁に、抱き上げられています

真風月花
恋愛
大正浪漫の恋物語。婚約者に子ども扱いされてしまうわたしは、大人びた格好で彼との逢引きに出かけました。今日こそは、手を繋ぐのだと固い決意を胸に。

処理中です...