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人間っておっかねえな。
杏子の話を聞き、彼女と地田のメッセージのやりとりを見た率直な感想だった。
「失礼いたします。ラストオーダーのお時間です」
話がひと段落したとこで、ちょうど店員がやってきたので、「もう大丈夫です」と俺は返事した。
ファミレスのソファー席に座る、目の前の杏子は目を伏せ、一口ぶんだけ欠けたプリンをジッと見つめていた。
アイスティーの入ったグラスは、氷が溶けて溢れそうになっている。
会ったときよりメイクが落ちているからなのか、杏子の顔にはより疲労の色が濃く現れていた。
単純にやつれているし、目の下が黒ずんでいる。
それもそうだろう。こんなイかれたやつと、一週間近くやりとりしていたのだ。
「ごめん」
店員が離れたと同時に、杏子が口を開いた。
「なんで杏子が謝るのさ?」
「巻き込んじゃったから」
「むしろもっと早く相談して欲しかったくらいだよ。謝るなら『一人で抱え込んでてごめんね』かな」
「でもこのままじゃ、岩城さんも危ないかも」
それは確かにそうだな。メッセージからして、俺が彼女の新しいパパーやや変則的ではあるもののーだと知れば、なにかしてきそうな雰囲気はある。
「この人、本当に俺が親戚だって信じてるの?」
「それは大丈夫だと思う。電話で話した感じだと」
改めてメッセージのやり取りを見た。
昨日と一昨日で、三時間から四時間もの通話記録がある。
そりゃやつれもするわ。
「それにほら、ホテルとかも行ってないから」
「ああ、そっかそっか」
そうだよな。普通のパパなら、デートのあとはホテルだよな。
実際そういうパパだった地田からすれば、ただ飯食って遊ぶだけのパパ活なんて想像つかないか。
送られてきた写真も、仲の良い姪と叔父でギリギリ成立する程度のシーンしかない。
よかった。バッセンでしてもらった膝枕のところなんかを撮られていたら、言い訳がきかなかったな。
「彼はいま実家にいるんだっけか?」
「うん、静岡だって。一月くらい前からいるみたい」
それならこの写真は人に撮らせたってことか。
探偵まで雇うなんて、いよいよ見境がなくなっている。
今は向こうも多忙だから、この程度で済んでいるんだろう。
もし落ち着いて、こっちに戻ってきたらと思うと…
嫌な想像がよぎり、背筋がゾクっとなる。ゆうちょに構えていられそうもない。
「どうしよう、岩城さんに何かあったら…やっぱりごめん、ごめんね…」
杏子はいつになく弱々しい、震える声でポツリポツリと告げた。
この期に及んで俺の心配とは、まったくこの子は…
俺は呆れ混じりの苦笑を漏らしながら答える。
「どうせ杏子と会ってなかったら、投げ出してた命だよ」
「そんなこと言わないで」
「だから、もちろん大事にするさ」
俺は彼女の頭に手を伸ばし、よしよしと撫でた。
「でも、杏子の身に危険が及んでるなら、少しくらいは張らせてくれよ。命の恩人のためなんだから、それくらいしなきゃだろ?」
俺に撫でられながら、杏子は唇をギュッと結んだ。
「だから助けさせてくれ、頼むよ」
彼女は頷くようにコクンと頭を垂れ、前髪で隠れた目から、雨のように雫を落とした。
迷いなんてあるはずもない。この子を泣かせるようなやつは…ん?この場合は俺が泣かせたってことになるのか?
とにかく、絶対になんとかしよう。
「さて、そうはいったものの…」
どうしたもんか?
厄介なのは、いまのところ犯罪めいた匂いがないことだ。
メッセージの中身も、脅迫めいたニュアンスを巧妙に隠している感じかした。
芯から狂ってるのに、変なところで理性的だったりするんだよなあ。
やっぱり人間っておっかねえ。
客はもう俺たちしかおらず、あと数十分もすれば閉店だ。
食洗機の音や店員の動作音がやけに大きく店内に響いている。
そういえば、学生時代は俺もファミレスの深夜勤のバイトをやってたな。
当時は二十四時間営業なんて当たり前だったから、俺が家に帰るのは早朝で、よく仕事に行く親父と入れ違いになったもんだ。
こんな感じで思考が脱線したとき、ふと閃くものがあり、俺は杏子に尋ねた。
「この人って実家が金持ちなんだよね?」
「う、うん、お父さんが都内の方にもいくつかマンションとか持ってて、その管理を任されてるみたい」
「他に仕事は?」
「してないと思う、たぶん」
そして、父親の選挙活動に駆り出されていて、いまは一緒にいると。
もしかしたら、いけるかもな。いやでも流石にそれは怪しすぎるか?
「まあダメ元でやってみるかな」
「え?」
「今からこいつに電話してくれないか?」
俺は杏子経由で、ある提案を地田に持ちかけてみることにした。
杏子の話を聞き、彼女と地田のメッセージのやりとりを見た率直な感想だった。
「失礼いたします。ラストオーダーのお時間です」
話がひと段落したとこで、ちょうど店員がやってきたので、「もう大丈夫です」と俺は返事した。
ファミレスのソファー席に座る、目の前の杏子は目を伏せ、一口ぶんだけ欠けたプリンをジッと見つめていた。
アイスティーの入ったグラスは、氷が溶けて溢れそうになっている。
会ったときよりメイクが落ちているからなのか、杏子の顔にはより疲労の色が濃く現れていた。
単純にやつれているし、目の下が黒ずんでいる。
それもそうだろう。こんなイかれたやつと、一週間近くやりとりしていたのだ。
「ごめん」
店員が離れたと同時に、杏子が口を開いた。
「なんで杏子が謝るのさ?」
「巻き込んじゃったから」
「むしろもっと早く相談して欲しかったくらいだよ。謝るなら『一人で抱え込んでてごめんね』かな」
「でもこのままじゃ、岩城さんも危ないかも」
それは確かにそうだな。メッセージからして、俺が彼女の新しいパパーやや変則的ではあるもののーだと知れば、なにかしてきそうな雰囲気はある。
「この人、本当に俺が親戚だって信じてるの?」
「それは大丈夫だと思う。電話で話した感じだと」
改めてメッセージのやり取りを見た。
昨日と一昨日で、三時間から四時間もの通話記録がある。
そりゃやつれもするわ。
「それにほら、ホテルとかも行ってないから」
「ああ、そっかそっか」
そうだよな。普通のパパなら、デートのあとはホテルだよな。
実際そういうパパだった地田からすれば、ただ飯食って遊ぶだけのパパ活なんて想像つかないか。
送られてきた写真も、仲の良い姪と叔父でギリギリ成立する程度のシーンしかない。
よかった。バッセンでしてもらった膝枕のところなんかを撮られていたら、言い訳がきかなかったな。
「彼はいま実家にいるんだっけか?」
「うん、静岡だって。一月くらい前からいるみたい」
それならこの写真は人に撮らせたってことか。
探偵まで雇うなんて、いよいよ見境がなくなっている。
今は向こうも多忙だから、この程度で済んでいるんだろう。
もし落ち着いて、こっちに戻ってきたらと思うと…
嫌な想像がよぎり、背筋がゾクっとなる。ゆうちょに構えていられそうもない。
「どうしよう、岩城さんに何かあったら…やっぱりごめん、ごめんね…」
杏子はいつになく弱々しい、震える声でポツリポツリと告げた。
この期に及んで俺の心配とは、まったくこの子は…
俺は呆れ混じりの苦笑を漏らしながら答える。
「どうせ杏子と会ってなかったら、投げ出してた命だよ」
「そんなこと言わないで」
「だから、もちろん大事にするさ」
俺は彼女の頭に手を伸ばし、よしよしと撫でた。
「でも、杏子の身に危険が及んでるなら、少しくらいは張らせてくれよ。命の恩人のためなんだから、それくらいしなきゃだろ?」
俺に撫でられながら、杏子は唇をギュッと結んだ。
「だから助けさせてくれ、頼むよ」
彼女は頷くようにコクンと頭を垂れ、前髪で隠れた目から、雨のように雫を落とした。
迷いなんてあるはずもない。この子を泣かせるようなやつは…ん?この場合は俺が泣かせたってことになるのか?
とにかく、絶対になんとかしよう。
「さて、そうはいったものの…」
どうしたもんか?
厄介なのは、いまのところ犯罪めいた匂いがないことだ。
メッセージの中身も、脅迫めいたニュアンスを巧妙に隠している感じかした。
芯から狂ってるのに、変なところで理性的だったりするんだよなあ。
やっぱり人間っておっかねえ。
客はもう俺たちしかおらず、あと数十分もすれば閉店だ。
食洗機の音や店員の動作音がやけに大きく店内に響いている。
そういえば、学生時代は俺もファミレスの深夜勤のバイトをやってたな。
当時は二十四時間営業なんて当たり前だったから、俺が家に帰るのは早朝で、よく仕事に行く親父と入れ違いになったもんだ。
こんな感じで思考が脱線したとき、ふと閃くものがあり、俺は杏子に尋ねた。
「この人って実家が金持ちなんだよね?」
「う、うん、お父さんが都内の方にもいくつかマンションとか持ってて、その管理を任されてるみたい」
「他に仕事は?」
「してないと思う、たぶん」
そして、父親の選挙活動に駆り出されていて、いまは一緒にいると。
もしかしたら、いけるかもな。いやでも流石にそれは怪しすぎるか?
「まあダメ元でやってみるかな」
「え?」
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