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「…これはアリかもな」
「なにがですか?」
「え!?いやいや、なんでもないよ、ははは」
PCで会社の在庫データを眺めながら、つい独り言ちた俺に、並木さんは訝しげな顔をした。
時刻は閉店時間である20時を少し回ったところで、そろそろ締め作業も終わる。
俺はパソコンの電源を落とし、買取テーブルの拭き掃除をしている並木さんに、声をかけた。
「あのさ、ちょっと頼みごとというか…アレなんだけど…」
「はい?なんでしょう?」
「その、業務と関係ないし、嫌ならぜんぜん断ってくれてよくて、ほんとうに嫌なら遠慮なく言ってほしいんだけどさ」
「なんですかwそんな大変なことなんですか?w」
「大変…まあ見方によっては大変かもだけど…その…」
手に汗が滲んできた。これから俺が言おうとしていることは、下手すれば会社での立場に影響することだから、とてつもなく緊張してしまう。
「このあとって、時間空いてる?」
「え?」
「ちょっと付き合ってほしいところがあるっていうか…」
並木さんは俺からの誘いに、ポカンと口を開けたままフリーズした。まずい…やはり上司からのプライベートの誘いなんて迷惑でしかないか。このままだとセクハラで訴えられかねないことを懸念した俺は、慌てて言葉を継いだ。
「なーんて、忙しいよね!?ごめんごめん、忘れて…」
「行きます」
「へ?」
「行きたいです」
「いや、ほんとに無理しなくても…」
「行かせてください」
「う、うん、じゃあ頼むよ」
並木さんは言いながらどんどん近づいてきて、最終的には頭突きが入りそうな距離感まできた。嫌だけど上司からの誘いだからことわりづらい…とかではなさそうだ。
俺はホッと胸をなでおろし、いそいそと閉店作業を終えた。
勤務を終えた俺たちが訪れたのは、立山駅近くにあるレストランだった。
「素敵なお店ですねえ」
並木さんは店内を見渡し、うっとりと告げた。
木製のテーブルが立ち並ぶ店内は、オレンジの明る過ぎず暗過ぎずな照明で暖かな雰囲気を演出していて、店の真ん中に無造作に積まれた木のラックによるタワーがそびえ、オシャレな雑貨や英字の本などが飾られている。大きな窓の向こうにはテラス席も見えた。
「ほんとうにお洒落な店だな」
俺はしみじみと呟きながら、ヤケを起こして一人で来なくてよかったと、あらためて思った。
平日だというのになかなかの混みようで、家族連れから、仕事終わりに一杯やっている若い会社員のグループ、もちろんカップルもいた。完全なデート仕様の店ってわけじゃなさそうだが、だからといって一人でリラックスできるような感じでもない。
店内の二人がけの席に案内された俺たちは、とりあえずビールを頼んだ。店員を呼ぶまでもなく、スマホから注文できるらしい。
並木さんはまだ飲んでいないのに、若干顔が火照り気味で、いたって機嫌が良さそうである。どうやら若い女性にもウケが良さそうで、またひとつ胸をなでおろした。
「ここに来たかったんですか?」
「まあね、気になる店だったんだけど、男一人じゃ来づらくてさ、ごめんね付き合わせて」
「いえ、嬉しいです」
なんか、落ち着かない空気だな。まあ仕事でしか絡みのない人間同士で初めて飲むのだから、多少気まずいのも当然か。
「…れいします」
失礼の失をほとんど発音しない店員がやってきた。20代前半の明るい髪色をした大学生バイトと思しき彼は、生ビーの中ジョッキを俺たちの前においた。
「ガンッ!」
卓に着地したジョッキが、思いのほか大きな音を立て、少しビクッとなってしまった。店員は気にした風もなく、そそくさと立ち去る。並木さんが、その背中を目で追い、眉根を寄せた。
気を取り直して、俺たちは乾杯し、料理を注文する。
事前に調べた通り、パイ食べ放題がウリで、他にもバーガーやローストチキンなど、アメリカンな家庭料理が充実している。よしよし、イメージ通りだ。ここでよさそうだな。
しばらくしてやってきた料理を口にすると、味も申し分ない。パイは看板メニューのアップルパイが絶品で、また肉や野菜を使った甘くない系のやつもあるようで、飽きもこない。
そして別で注文したチーズピザもやってきた。
「すごいですね、これ」
「胃にもたれそうだなあ」
若者らしく目を輝かせる並木さんに対し、俺はいかにもおっさんな感想が漏れた。
見た目はピザというよりは、ホールのチーズケーキのようで、カットされた一片を掴むとずっしりと重く、チーズがこぼれそうになる。一口かじれば濃厚なチーズのコクと、がっつりとパンチのきいた塩気、さらに焦げ目からくる苦さが舌にからむ。いろいろな種類チーズをまぜてるのか、ほんのりと癖のある風味が鼻をぬける。
「…これはきっと好きだろうな」
「はい!こういうの大好きです!」
俺の独り言に、並木さんは快活に返事をした。
「なにがですか?」
「え!?いやいや、なんでもないよ、ははは」
PCで会社の在庫データを眺めながら、つい独り言ちた俺に、並木さんは訝しげな顔をした。
時刻は閉店時間である20時を少し回ったところで、そろそろ締め作業も終わる。
俺はパソコンの電源を落とし、買取テーブルの拭き掃除をしている並木さんに、声をかけた。
「あのさ、ちょっと頼みごとというか…アレなんだけど…」
「はい?なんでしょう?」
「その、業務と関係ないし、嫌ならぜんぜん断ってくれてよくて、ほんとうに嫌なら遠慮なく言ってほしいんだけどさ」
「なんですかwそんな大変なことなんですか?w」
「大変…まあ見方によっては大変かもだけど…その…」
手に汗が滲んできた。これから俺が言おうとしていることは、下手すれば会社での立場に影響することだから、とてつもなく緊張してしまう。
「このあとって、時間空いてる?」
「え?」
「ちょっと付き合ってほしいところがあるっていうか…」
並木さんは俺からの誘いに、ポカンと口を開けたままフリーズした。まずい…やはり上司からのプライベートの誘いなんて迷惑でしかないか。このままだとセクハラで訴えられかねないことを懸念した俺は、慌てて言葉を継いだ。
「なーんて、忙しいよね!?ごめんごめん、忘れて…」
「行きます」
「へ?」
「行きたいです」
「いや、ほんとに無理しなくても…」
「行かせてください」
「う、うん、じゃあ頼むよ」
並木さんは言いながらどんどん近づいてきて、最終的には頭突きが入りそうな距離感まできた。嫌だけど上司からの誘いだからことわりづらい…とかではなさそうだ。
俺はホッと胸をなでおろし、いそいそと閉店作業を終えた。
勤務を終えた俺たちが訪れたのは、立山駅近くにあるレストランだった。
「素敵なお店ですねえ」
並木さんは店内を見渡し、うっとりと告げた。
木製のテーブルが立ち並ぶ店内は、オレンジの明る過ぎず暗過ぎずな照明で暖かな雰囲気を演出していて、店の真ん中に無造作に積まれた木のラックによるタワーがそびえ、オシャレな雑貨や英字の本などが飾られている。大きな窓の向こうにはテラス席も見えた。
「ほんとうにお洒落な店だな」
俺はしみじみと呟きながら、ヤケを起こして一人で来なくてよかったと、あらためて思った。
平日だというのになかなかの混みようで、家族連れから、仕事終わりに一杯やっている若い会社員のグループ、もちろんカップルもいた。完全なデート仕様の店ってわけじゃなさそうだが、だからといって一人でリラックスできるような感じでもない。
店内の二人がけの席に案内された俺たちは、とりあえずビールを頼んだ。店員を呼ぶまでもなく、スマホから注文できるらしい。
並木さんはまだ飲んでいないのに、若干顔が火照り気味で、いたって機嫌が良さそうである。どうやら若い女性にもウケが良さそうで、またひとつ胸をなでおろした。
「ここに来たかったんですか?」
「まあね、気になる店だったんだけど、男一人じゃ来づらくてさ、ごめんね付き合わせて」
「いえ、嬉しいです」
なんか、落ち着かない空気だな。まあ仕事でしか絡みのない人間同士で初めて飲むのだから、多少気まずいのも当然か。
「…れいします」
失礼の失をほとんど発音しない店員がやってきた。20代前半の明るい髪色をした大学生バイトと思しき彼は、生ビーの中ジョッキを俺たちの前においた。
「ガンッ!」
卓に着地したジョッキが、思いのほか大きな音を立て、少しビクッとなってしまった。店員は気にした風もなく、そそくさと立ち去る。並木さんが、その背中を目で追い、眉根を寄せた。
気を取り直して、俺たちは乾杯し、料理を注文する。
事前に調べた通り、パイ食べ放題がウリで、他にもバーガーやローストチキンなど、アメリカンな家庭料理が充実している。よしよし、イメージ通りだ。ここでよさそうだな。
しばらくしてやってきた料理を口にすると、味も申し分ない。パイは看板メニューのアップルパイが絶品で、また肉や野菜を使った甘くない系のやつもあるようで、飽きもこない。
そして別で注文したチーズピザもやってきた。
「すごいですね、これ」
「胃にもたれそうだなあ」
若者らしく目を輝かせる並木さんに対し、俺はいかにもおっさんな感想が漏れた。
見た目はピザというよりは、ホールのチーズケーキのようで、カットされた一片を掴むとずっしりと重く、チーズがこぼれそうになる。一口かじれば濃厚なチーズのコクと、がっつりとパンチのきいた塩気、さらに焦げ目からくる苦さが舌にからむ。いろいろな種類チーズをまぜてるのか、ほんのりと癖のある風味が鼻をぬける。
「…これはきっと好きだろうな」
「はい!こういうの大好きです!」
俺の独り言に、並木さんは快活に返事をした。
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