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SSスポッチャ(後編)
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勝負は一球で終わった。バッター負傷による退場で、ゲームセットだ。
「あははははwうけるわーw」
年齢と日々の運動不足を顧みないスイングによって、いわせた腰の痛みに耐えきれず、俺はベンチで寝そべっていた。杏子はそんな俺を見下ろし、痛む腰をツンツンと刺激して遊びながら、宣言通り大笑いしている。
まあ、これは確かに笑うしかないよな。くそ。
一通り笑い終えた杏子は息を整えて、機嫌よく言った。
「ふー、喉乾いたから飲みもん買ってくんね、岩城さんはなんかいる?」
「いや、おれはいいよ」
「じゃ、戻ったら罰ゲームね」
この状況がすでに罰ゲームみたいなものだが、どうやら容赦する気はないらしい。
痛みは徐々にマシになっているから、たぶんギックリ腰ではなさそうだ。もう少し休めば、なんとか歩ける程度には回復するだろう。
俺は寝返りを打ち、無意味にバッティングセンターの黄ばんだ壁を眺めた。
数分ほど経過し、杏子がやけに遅いことが気になってきた。何かあったのかと思ったところで、若い男の声が耳に届く。
「じつわ前から話してみたくてさあ」
「そうそう、俺ら同クラなのに全然絡みなかったし」
「そーかもね」
二人の男と杏子が話しているようだ。内容からして、クラスメートと偶然再会したといったところだろうか。
「え?てか一人?」
「まあ、ひとりっつーか」
「よかったら下のカラオケとか一緒にどう?男だけだとさみしくってさあ」
「えっとねー」
杏子は煮え切らない返事だ。ツレがいるとは言わなかった。
そりゃそうか。こんなオッサンと一緒だなんて、クラスメートに知られたくないだろう。
俺はこのままバッセンで昼寝してる、さみしいオッサンになりきるべきだ。若者同士の親交を邪魔する権利なんてない。
そう、俺はおとなしくするべきなのだ。なのになんで俺は、腰の痛みをこらえて立ち上がり、ネットをつかんで、体を引きずりながら、三人の元に歩みを進めているんだ?
10メートルほど先に、二人の男子高校生の後ろ姿が見えた。二人とも明るい茶髪で、目立つグループにいそうな雰囲気のある子たちだ。
近づく俺に、少年たちの前に立っている杏子がいち早く気づいた。
「ぷっ!ちょwなにやってんのw」
老人のような足取りがよほどおかしかったのか、彼女は吹き出す。少年二人が振り向き、困惑の表情を浮かべた。
しまった、近づいたはいいが、なんて声をかければいいんだ?
スマートに彼女の腰に手を回し「ごめんよ坊やたち、今日は俺が先約なんだ」ってスマートに言えたら良いのだが、この腰じゃ無理だ。いや腰どうこう以前の問題か。
なんて言うべきかわからない俺に、少年の一人が戸惑い気味に聞いた。
「えっと…お父さん、ですか?」
まあ、そうなるわな。ぜんぜんショックなんかじゃないし。
答えるより前に、杏子が駆け足気味に俺に近寄り、彼女の方が俺の腰に手を回し、支えてくれた。
そしてなぜか手のひらで頭を抱え、自分の胸に俺の頭をおしつけた
「お父さんじゃないよ、アタシのカ・レ・シ」
「は!?」
男子たちは驚愕で目を見開く。直後に俺の頭でムニュんと潰れる彼女の胸にその目が奪われた。
「童貞捨てさせてもらおうと思ったんだろうけど、ごめんね」
杏子はさらにギュッと俺を引き寄せ、ほぼ抱きしめるみたいな体勢になる。
「アタシ、同級生にキョーミないからさ」
図星だったのか、二人の少年は顔が真っ赤になり、しどろもどろに何かを言いながら、そそくさと去っていった。なんだか気の毒なことしちゃったかな。
ふたたびベンチに寝そべる俺。杏子は今度は優しく腰をさすってくれていた。
「なんかごめんな」
「なにが?」
「クラスメートの前でしゃしゃり出ちゃってさ。変な噂がたったら…」
「べつにいーよ、アタシがパパ活してることなんて、けっこうみんな知ってるし」
「そうだったのかい?」
「そーだよ、だからたまにああいう童貞がワンチャン狙って声かけてきたりすんだけどさ」
「でも…」
「ん?」
「一人なのか聞かれた時、なんか困ってたから」
「それは…岩木さんに迷惑かかるかなって」
そうか、そうだったな。彼女はこういう子だ。憎たらしいし生意気だけど、パパ活JKだけど、めちゃくちゃ良い子だったんだ。
照れ臭さを紛らわすように、杏子が手を叩いてイキイキと告げる。
「そうだ!罰ゲームしなきゃね』
「お、お手柔らかにお願いします」
すると杏子は無言で俺の頭をもちあげ、滑り込ませるように座り、自分の膝の上に乗せた。
「また誰かに声かけられんのも面倒だから、しばらく虫除けになってよ」
「これが罰ゲーム?」
「そ、恥ずかし?」
「かなり」
「だよね、でも罰ゲームだからやめてやんない」
制服姿のJKに膝枕される見た目40代のアラサーか。尊厳も何もあったもんじゃないし、知り合いに見られたら終わる。でも、ちっとも罰ゲームになっていなかった。
現役女子高生の、それも杏子のようなスーパー美少女JKの膝枕なんて、金払ってでもしてもらいたいやつは大勢いるだろう。そんな高級オプションを無料で体験できるなんて、おれはいったい前世でどんな徳を積んだんだろうか?
杏子は俺の頭を優しく撫でたり、耳をふにふにといじったりした。くすぐったさと羞恥で顔が染まる。
俺はその手から、逃れるように寝返りを打った。
「腰どう?」
「…だいぶマシになったよ、そろそろ歩けると…思う」
「じゃあ最後はカラオケで締めんべ」
「い、いいね」
仰向けになった俺の視界には、バンと張り出した見事な双丘が広がり、杏子の顔を覆い隠していた。眼福を通り越して、もはや絶景だ。
俺はたぶん、前世で国でも救ったんだろうな。
「あははははwうけるわーw」
年齢と日々の運動不足を顧みないスイングによって、いわせた腰の痛みに耐えきれず、俺はベンチで寝そべっていた。杏子はそんな俺を見下ろし、痛む腰をツンツンと刺激して遊びながら、宣言通り大笑いしている。
まあ、これは確かに笑うしかないよな。くそ。
一通り笑い終えた杏子は息を整えて、機嫌よく言った。
「ふー、喉乾いたから飲みもん買ってくんね、岩城さんはなんかいる?」
「いや、おれはいいよ」
「じゃ、戻ったら罰ゲームね」
この状況がすでに罰ゲームみたいなものだが、どうやら容赦する気はないらしい。
痛みは徐々にマシになっているから、たぶんギックリ腰ではなさそうだ。もう少し休めば、なんとか歩ける程度には回復するだろう。
俺は寝返りを打ち、無意味にバッティングセンターの黄ばんだ壁を眺めた。
数分ほど経過し、杏子がやけに遅いことが気になってきた。何かあったのかと思ったところで、若い男の声が耳に届く。
「じつわ前から話してみたくてさあ」
「そうそう、俺ら同クラなのに全然絡みなかったし」
「そーかもね」
二人の男と杏子が話しているようだ。内容からして、クラスメートと偶然再会したといったところだろうか。
「え?てか一人?」
「まあ、ひとりっつーか」
「よかったら下のカラオケとか一緒にどう?男だけだとさみしくってさあ」
「えっとねー」
杏子は煮え切らない返事だ。ツレがいるとは言わなかった。
そりゃそうか。こんなオッサンと一緒だなんて、クラスメートに知られたくないだろう。
俺はこのままバッセンで昼寝してる、さみしいオッサンになりきるべきだ。若者同士の親交を邪魔する権利なんてない。
そう、俺はおとなしくするべきなのだ。なのになんで俺は、腰の痛みをこらえて立ち上がり、ネットをつかんで、体を引きずりながら、三人の元に歩みを進めているんだ?
10メートルほど先に、二人の男子高校生の後ろ姿が見えた。二人とも明るい茶髪で、目立つグループにいそうな雰囲気のある子たちだ。
近づく俺に、少年たちの前に立っている杏子がいち早く気づいた。
「ぷっ!ちょwなにやってんのw」
老人のような足取りがよほどおかしかったのか、彼女は吹き出す。少年二人が振り向き、困惑の表情を浮かべた。
しまった、近づいたはいいが、なんて声をかければいいんだ?
スマートに彼女の腰に手を回し「ごめんよ坊やたち、今日は俺が先約なんだ」ってスマートに言えたら良いのだが、この腰じゃ無理だ。いや腰どうこう以前の問題か。
なんて言うべきかわからない俺に、少年の一人が戸惑い気味に聞いた。
「えっと…お父さん、ですか?」
まあ、そうなるわな。ぜんぜんショックなんかじゃないし。
答えるより前に、杏子が駆け足気味に俺に近寄り、彼女の方が俺の腰に手を回し、支えてくれた。
そしてなぜか手のひらで頭を抱え、自分の胸に俺の頭をおしつけた
「お父さんじゃないよ、アタシのカ・レ・シ」
「は!?」
男子たちは驚愕で目を見開く。直後に俺の頭でムニュんと潰れる彼女の胸にその目が奪われた。
「童貞捨てさせてもらおうと思ったんだろうけど、ごめんね」
杏子はさらにギュッと俺を引き寄せ、ほぼ抱きしめるみたいな体勢になる。
「アタシ、同級生にキョーミないからさ」
図星だったのか、二人の少年は顔が真っ赤になり、しどろもどろに何かを言いながら、そそくさと去っていった。なんだか気の毒なことしちゃったかな。
ふたたびベンチに寝そべる俺。杏子は今度は優しく腰をさすってくれていた。
「なんかごめんな」
「なにが?」
「クラスメートの前でしゃしゃり出ちゃってさ。変な噂がたったら…」
「べつにいーよ、アタシがパパ活してることなんて、けっこうみんな知ってるし」
「そうだったのかい?」
「そーだよ、だからたまにああいう童貞がワンチャン狙って声かけてきたりすんだけどさ」
「でも…」
「ん?」
「一人なのか聞かれた時、なんか困ってたから」
「それは…岩木さんに迷惑かかるかなって」
そうか、そうだったな。彼女はこういう子だ。憎たらしいし生意気だけど、パパ活JKだけど、めちゃくちゃ良い子だったんだ。
照れ臭さを紛らわすように、杏子が手を叩いてイキイキと告げる。
「そうだ!罰ゲームしなきゃね』
「お、お手柔らかにお願いします」
すると杏子は無言で俺の頭をもちあげ、滑り込ませるように座り、自分の膝の上に乗せた。
「また誰かに声かけられんのも面倒だから、しばらく虫除けになってよ」
「これが罰ゲーム?」
「そ、恥ずかし?」
「かなり」
「だよね、でも罰ゲームだからやめてやんない」
制服姿のJKに膝枕される見た目40代のアラサーか。尊厳も何もあったもんじゃないし、知り合いに見られたら終わる。でも、ちっとも罰ゲームになっていなかった。
現役女子高生の、それも杏子のようなスーパー美少女JKの膝枕なんて、金払ってでもしてもらいたいやつは大勢いるだろう。そんな高級オプションを無料で体験できるなんて、おれはいったい前世でどんな徳を積んだんだろうか?
杏子は俺の頭を優しく撫でたり、耳をふにふにといじったりした。くすぐったさと羞恥で顔が染まる。
俺はその手から、逃れるように寝返りを打った。
「腰どう?」
「…だいぶマシになったよ、そろそろ歩けると…思う」
「じゃあ最後はカラオケで締めんべ」
「い、いいね」
仰向けになった俺の視界には、バンと張り出した見事な双丘が広がり、杏子の顔を覆い隠していた。眼福を通り越して、もはや絶景だ。
俺はたぶん、前世で国でも救ったんだろうな。
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