黒ギャルとパパ活始めたら人生変わった

Hatton

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「はあ」

ラーメン屋から出た杏子は、がっかりした表情で、ため息をついた。

「美味しかったじゃないか」

「そうだけんどさー」

と振り向き、さっき出たばかりのラーメン屋を見た。

そこには、それなりの行列ができている。どうやら、俺たちはたまたまピークになる直前に来ただけで、実際には隠れた名店だったわけだ。

「食べた瞬間はキタコレ超穴場発見!?…って思ったのに」

「ははは、すぐに怒涛の勢いで席が埋まりはじめたもんなあ」

街中は、仕事終わりと思しきスーツ姿の男性や、フォーマルな装いの女性などで満ちている。

そろそろ、俺たちもお開きかな。なんだかあっという間だった。

「チッ」

隣から盛大な舌打ちが聞こえ、ギョッとなって彼女を見た。

杏子はスマホの画面を見ながら、険しい顔をしている。スマホは着信を知らせながら、急かすように振動していた。

出るでも拒否するでもなく、震えたまま、杏子は鞄にしまった。

そういえば、この前もひっきりなしに着信がきてたな。

「出なくていいの?」

「いいのいいの」

杏子はそれ以上は何も言わなかった。何も聞くなと醸し出す空気で主張していた。

ひょっとしたら、パパからの着信なのかもしれないな。

出会ったばかりの頃、いまはフリーだと言っていたが、杏子なら一日あれば新しいパパくらい簡単に見つけるだろう。

だから、なんだって話だけど。

きっと俺と違って、仕事も金も時間にも余裕のある男なんだろう。

大手企業の部長クラスか、ノリにノッてるベンチャー社長か、芸能関係なんてのもありそうだ。

だから、なんだって、話だけど。

そのとき、

「え?」

立ち止まり、思わず声をあげた俺。

杏子はそれに反応して、振り向いた。

「え!?泣いてんの!?」

「泣いてる?俺が?」

「だって…」

彼女は俺の頬を指さす、指で触れるとたしかに濡れていた。

同時に、ポタンポタンと街路樹の葉が、音を立てた。

頭のてっぺんに雫が落ちる感覚もした。

「ああ」

と彼女は、雨の降り始めた空を見上げる。

雨音はやがてバラバラと大きな音をたてはじめる。

「うわ!?いきなり!?」

俺は呆然と立ち尽くし、慌てる彼女をぼんやりと眺める。

「なにポケッとしてんの!せっかく買った服が濡れちゃうじゃん!」

杏子は俺の手をとり、少し先にあるコンビニまで小走りで向かった。

俺はあのピキッという音が、また俺の中で鳴ったことについて考えていた。

もちろん、折れた音なんかじゃない。

でも、それなら、あれは…

「やみそうにないね」

コンビニの屋根の下、空を見上げながら、彼女は物憂げに呟く。

雨粒は、アスファルトや木の葉の上を、踊るように跳ねていた。

細かく、激しく、外界を叩く音は、ザーっという伸びやかな単音に聞こえ、一周回って静けさを演出していた。

俺の胸や頭の内も、似たような感じだった。

激しく回りすぎて、止まっているかのようだった。

「もったいないけど、傘買うか」と俺は言う。でもその俺は、渦巻く意識に囚われた俺とは別個体に思えた。

俺たちは、一本しか買えなかった傘をシェアし、駅までの道を歩いた。身長差のため、傘を持っているのは杏子の方なのが、なんとも締まらない。

雨は一向にやむ気配がない。

「さっきはびっくりしたよ、急に泣きはじめたのかと思っちゃった」

「はは、まさか」

「どーだか」

彼女は傘の柄から顔を覗かせ、俺を見おろしながら、柔和に笑った。

「岩城さん、泣き虫だからなあ」

もうダメだ。これ以上は誤魔化せない。

思い当たる節なんて、いくらでもあった。

今日、出かける前、クローゼットの服を引っ張り出して、延々と悩んだー結局バッサリと切り捨てられたが。

昨日だって、セクシー系の動画サイトを漁っていたとき、なぜかギャル系の女優の作品ばかりが気になった。

そのくせ、それを観る気にはなれず、全然雰囲気の違う女優の作品を観たんだっけか。

彼女からの直接的な誘惑を断ってきたのは、杏子が良い子だからってだけじゃない。

彼女にとって数多くいるパパの中に、含まれたくなかったからだ。

なのに、そんなパパの存在が匂うだけで、情けなく、折れるような音をたて、心の表面がひび割れたのだ。

こんな矛盾だらけの情動を連れてくるものなんて、一つしかないだろう。

「岩城さん?さっきからなんか変だよ?」

「へ、変って?」

「なんか変な顔してる」

「元からだよ」

「それもそっかw」

「おいおい」

「うそだよ、今の岩城さんはけっこーいい線いってる」

「アタシのおかげでね」と彼女は、イタズラっぽく、誇らしげに、笑った。

ほらな。杏子が笑えば、全部がどうでもよくなる自分がいる。

もう認めるしかない。 

俺は、杏子のことが好きなんだな。
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