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「へー、いいじゃん」
いつの間にか隣に来ていた杏子は、カットを終え、整髪料でセットされた俺を見て、満足気に頷いた。
たしかに、もとがもとなのでイケオジとは程遠いものの、けっこう見れるようにはなった気がする。
髪型ひとつで結構変わるもんだ。麗香さんの腕によるところが大きいんだろうが。
素直にお礼を言おうと口を開きかけたところ、被せるように杏子が麗香さんに言った。
「ついでにメイクもしちゃおう」
「はあ!?」
「そうだねえ、せっかくだし」
「まったまった、メイクって俺に?」
「他に誰がいんのさ」
「そんな、芸能人じゃあるまいし…」
「あーもう、古い古い、これだからおじさんはさあ」
「ふふ、今はメンズメイクも当たり前になっているんですよ」
そうなのか?いまどきは普通なのか?
だとしたら、やっぱり時代は知らず知らずのうちに大変革を遂げていた。
「ま、とりまやってみなよ」
「気に入らなかったら落としますから」
二人の女性による美容圧の前に、俺は無力だった。
もうどうとでもしてくれ…
「はええ」
十分後、仕上がりに対し、俺は間抜けな感嘆をあげた。
なんというか、思いのほか、良い、
骸骨を思わせる目元の窪みは目立たなくなり、見ただけでカサカサの質感を想像させる肌は、しっとりと潤いを帯びているかのようになっていた。ついでに気になっていたデコのシワも綺麗に消えている。
しかも、これだけ変わっているのに、メイクをしている感は一切ない。
「いかがですか?やっぱり落とします?」
麗香さんは一応尋ねつつも、落としたいわけないよね?という自負に満ちた顔をしている。
「いえ、このままで」
正直なところ、いたく気に入った。
これならすれ違う人の目端に映る、0コンマ数秒程度の視界の上でなら、イケオジと認識されるかもしれん。
「お、見違えたじゃん」
トイレから戻ってきた杏子も、ほらアタシの言ったとおりだったでしょ?的な顔で俺を見た。
はい、確かに仰る通りでした。
改めて麗香さんにお礼を言い、会計に移った。
レジ前で、カードを出す俺の姿を、杏子が横からパシャリと撮った。
そして店を出ると、杏子は意気揚々と告げる。
「じゃ、次は首から下ね」
「服ってこと?わりかし間に合ってるんだけどなあ」
彼女はあらためて俺の全身を見定めた。
10年履いているジーンズに、いつ買ったか覚えていないシャツとセーター、別に普通の格好だと思うのだが。
「いかにも休日のおじさんって感じ」
言葉のナイフが肺腑を抉る。心中で「ゴフッ!」と嘔吐いてしまった。
「つーわけで、間に合ってませーん」
と杏子は俺の肘に腕を絡め、そのまま引っ張るように足を進めた。
俺と同じ歳くらいの会社員が、すれ違いざまにチラリと視線を送った気がする。どうか仲の良い親子くらいに見えてますように。兄妹なんて贅沢は言いませんので。
「あははははww似合わねーーww」
試着室のカーテンを開けた俺を見て、杏子は大笑いしながらパシャパシャと写真を撮った。
俺は顔の筋肉のすべてが脱力し、無の表情で醜態を晒し続けた。
若者向けのセレクトショップ内に、杏子の楽しげな声が響く。
いいんだ、いいんだ、彼女が笑ってくれるなら。
チラリと側面の鏡を見れば、首から上と、その下が絶望的なほどアンバランスであることが伺えた。
「あの店員さんとほぼ一緒なのにねーw」
彼女は店内を指差した。
俺も試着室から首を出して覗き、服を畳んでいるスタッフの姿を見つけた。たしかに似ている。服だけは。
同じダボっとしたルーズなカーゴパンツに、これまたダボっとしたオーバーサイズの白シャツというスタイルなのに、モデルが違うだけでこうも違うもんか。
ひと通り笑った杏子はスマホを下ろし、試着室のカーテンを閉めた。
「じゃあ次は真面目に選ぶから、さっさとそれ脱いじゃって」
「似合うわけないのわかってて着せたのかい?」
「面白かったでしょ?w」
「…君はね」
遊ばれてんなあ。
試着室を出て、店内のやや奥まったところに行くと、少し雰囲気が変わった。
フォーマルなジャケットやスラックス、ネクタイなどが陳列してあるのだ。
へえ、こういうテイストの服も置いてあるんだな。
杏子は「NEW ARRIVAL」というポップと共ハンガーに掛かっている濃紺のジャケットを手にとり、俺にあてがう。
「うん、これでいいんじゃね」
と満足そうに頷くと、ちょうど通りかかった女性スタッフに声をかけた。
「すいません、このジャケットに合わせて、いい感じにフルコーデしてもらえます?」
ゴージャスギャルと冴えないアラサーという珍妙な組み合わせの俺たちに、彼女は一瞬訝しげな表情をしたものの、すぐに感じの良い笑みを浮かべた。
「はい!では試着室へどうぞ!」
そして彼女もまた、瞳の奥がメラっと燃えた気がした。
どうやらお洒落な人は自分だけでなく、他人を着飾るのも好きらしい。
いつの間にか隣に来ていた杏子は、カットを終え、整髪料でセットされた俺を見て、満足気に頷いた。
たしかに、もとがもとなのでイケオジとは程遠いものの、けっこう見れるようにはなった気がする。
髪型ひとつで結構変わるもんだ。麗香さんの腕によるところが大きいんだろうが。
素直にお礼を言おうと口を開きかけたところ、被せるように杏子が麗香さんに言った。
「ついでにメイクもしちゃおう」
「はあ!?」
「そうだねえ、せっかくだし」
「まったまった、メイクって俺に?」
「他に誰がいんのさ」
「そんな、芸能人じゃあるまいし…」
「あーもう、古い古い、これだからおじさんはさあ」
「ふふ、今はメンズメイクも当たり前になっているんですよ」
そうなのか?いまどきは普通なのか?
だとしたら、やっぱり時代は知らず知らずのうちに大変革を遂げていた。
「ま、とりまやってみなよ」
「気に入らなかったら落としますから」
二人の女性による美容圧の前に、俺は無力だった。
もうどうとでもしてくれ…
「はええ」
十分後、仕上がりに対し、俺は間抜けな感嘆をあげた。
なんというか、思いのほか、良い、
骸骨を思わせる目元の窪みは目立たなくなり、見ただけでカサカサの質感を想像させる肌は、しっとりと潤いを帯びているかのようになっていた。ついでに気になっていたデコのシワも綺麗に消えている。
しかも、これだけ変わっているのに、メイクをしている感は一切ない。
「いかがですか?やっぱり落とします?」
麗香さんは一応尋ねつつも、落としたいわけないよね?という自負に満ちた顔をしている。
「いえ、このままで」
正直なところ、いたく気に入った。
これならすれ違う人の目端に映る、0コンマ数秒程度の視界の上でなら、イケオジと認識されるかもしれん。
「お、見違えたじゃん」
トイレから戻ってきた杏子も、ほらアタシの言ったとおりだったでしょ?的な顔で俺を見た。
はい、確かに仰る通りでした。
改めて麗香さんにお礼を言い、会計に移った。
レジ前で、カードを出す俺の姿を、杏子が横からパシャリと撮った。
そして店を出ると、杏子は意気揚々と告げる。
「じゃ、次は首から下ね」
「服ってこと?わりかし間に合ってるんだけどなあ」
彼女はあらためて俺の全身を見定めた。
10年履いているジーンズに、いつ買ったか覚えていないシャツとセーター、別に普通の格好だと思うのだが。
「いかにも休日のおじさんって感じ」
言葉のナイフが肺腑を抉る。心中で「ゴフッ!」と嘔吐いてしまった。
「つーわけで、間に合ってませーん」
と杏子は俺の肘に腕を絡め、そのまま引っ張るように足を進めた。
俺と同じ歳くらいの会社員が、すれ違いざまにチラリと視線を送った気がする。どうか仲の良い親子くらいに見えてますように。兄妹なんて贅沢は言いませんので。
「あははははww似合わねーーww」
試着室のカーテンを開けた俺を見て、杏子は大笑いしながらパシャパシャと写真を撮った。
俺は顔の筋肉のすべてが脱力し、無の表情で醜態を晒し続けた。
若者向けのセレクトショップ内に、杏子の楽しげな声が響く。
いいんだ、いいんだ、彼女が笑ってくれるなら。
チラリと側面の鏡を見れば、首から上と、その下が絶望的なほどアンバランスであることが伺えた。
「あの店員さんとほぼ一緒なのにねーw」
彼女は店内を指差した。
俺も試着室から首を出して覗き、服を畳んでいるスタッフの姿を見つけた。たしかに似ている。服だけは。
同じダボっとしたルーズなカーゴパンツに、これまたダボっとしたオーバーサイズの白シャツというスタイルなのに、モデルが違うだけでこうも違うもんか。
ひと通り笑った杏子はスマホを下ろし、試着室のカーテンを閉めた。
「じゃあ次は真面目に選ぶから、さっさとそれ脱いじゃって」
「似合うわけないのわかってて着せたのかい?」
「面白かったでしょ?w」
「…君はね」
遊ばれてんなあ。
試着室を出て、店内のやや奥まったところに行くと、少し雰囲気が変わった。
フォーマルなジャケットやスラックス、ネクタイなどが陳列してあるのだ。
へえ、こういうテイストの服も置いてあるんだな。
杏子は「NEW ARRIVAL」というポップと共ハンガーに掛かっている濃紺のジャケットを手にとり、俺にあてがう。
「うん、これでいいんじゃね」
と満足そうに頷くと、ちょうど通りかかった女性スタッフに声をかけた。
「すいません、このジャケットに合わせて、いい感じにフルコーデしてもらえます?」
ゴージャスギャルと冴えないアラサーという珍妙な組み合わせの俺たちに、彼女は一瞬訝しげな表情をしたものの、すぐに感じの良い笑みを浮かべた。
「はい!では試着室へどうぞ!」
そして彼女もまた、瞳の奥がメラっと燃えた気がした。
どうやらお洒落な人は自分だけでなく、他人を着飾るのも好きらしい。
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